はてなキーワード: 魔法少女とは
『まどか☆マギカ』 まどかウエハースを140枚購入してカードをコンプリートしたスレ民・・・ | やらおん!
上記の記事を見るに、どうやら25枚のカードを手に入れるためにウェハースを140個開けたスレ民がウェハースの魔女に食べられたようなんだ。というよりもはや本人が絶望してウェハースの魔女になりかねない。むしろ俺なら魔女化する。それにしてもこのシャルのやつかわいいな。
もうすぐビックリマンシール(第1弾)も復刻されるとかされないやらで、人々の蒐集欲はどの時代もとどまることを知らない。ビックリマンシールは第1弾の37種類に新キャラが3種類増えて全部で40種類。全部で40枚だったら…うん、ダブリも考慮して60枚ぐらい買えばコンプリートできそう!
さて、ここからちょっと算数の時間。苦手なひとや結果だけ知りたいひとは次の見出しまで跳躍してくれるといいよ。
この問題は「Coupon collector's problem」として有名な問題で、日本語だと「食玩問題」とか言われたりします。食玩ってあたりがなんだか日本の文化って感じ。
さて、全部で n 種類のシールがあるとして、1種類目を手に入れるために必要な購入回数を t1 、1種類目を手に入れてから2種類目を手に入れるために必要な購入回数を t2 、一般化して、k-1 種類目を手に入れてから k 種類目を手に入れるのに必要な購入回数を tk で表しましょう。するとコンプリートに必要な購入回数 T は t1 + t2 + ... + tn-1 + tn になりますね。あとはこの犠牲 T の期待値 E(T) を求めてやればいいことになります。そして期待値は足し算を分けて考えれる便利な性質があるので、それぞれの E(tk) を求めてやりましょうか。
確率 p で起きる事象が1回起きるまでの期待回数は 1/p ですね(幾何分布ってやつ)。確率0.5なら2回、確率0.1なら10回ってのは直観的にもなんとなーくわかってもらえそう。E(tk) は 全 n 種類のうち、まだもってない n-k+1 種類を引き当てるまでの期待回数なので、 (n-k+1)/n の逆数、つまり n/(n-k+1) です。
あとはこれを全部足し合わせると、次のようになります。
E(T) = E(t1) + E(t2) + ... + E(tn-1) + E(tn)
= n/n + n/(n-1) + ... + n/2 + n/1
= n ( 1/1 + 1/2 + ... + 1/(n-1) + 1/n )
これだと足し算がいっぱいあって計算しづらいのでちょこちょこっと大学数学の結果を使っちゃうと、ほぼ次のようになります。どうしてこうなるか知りたいひとは教科書でもみとけ。
E(T) = n ( log(n) + 0.5772 ) + 0.5
さて、上の式をEXCELにぶちこんで計算してみます。セル$A$1に全部で何種類かをいれて、次の算式をどこでもいいので適当なセルにコピペしてぽちっとな。
=$A$1*(ln($A$1)+0.5772)+0.5
では颯爽とセル$A$1に25と入力してみると…おっと、95.4019、え、96個…? たった25種類集めるのに…? どうしてこうなった…。
単純に考えて、ラスト1個を引き当てるためには平均して n 回の犠牲が必要。最後から2番目には平均して n/2 回、最後から3番目には平均して n/3 回。ではまどかカードの場合この3種類を集めるのに平均して 25 + 12.5 + 8.333 = 46 回必要です。裏を返すと、コンプリートまであと3種類!ってところまでは 96 - 46 = 50 回ぐらいでたどりつけるということです。なんてことでしょう。最後の3種類を集めるためだけにほぼそれまでと同じぐらいの回数をこなさなければいけないなんて。もう最後の3つは諦めてショップで買ったほうがいいんじゃね…。
ちなみに、セル$A$1にビックリマンシールの40種類を入力すると、172回という驚きの結果が返ってきます。一部界隈で非難轟々だったように復刻版は1個30円じゃなくて84円なので、およそ14500円かかるというわけですね。ひぇー…あ、いや、案外普通だった。大きいお兄さんならなんとかなるな。
ただし、ここではキラシールみたいなレア物の確率を考慮してないので、実際はもっと期待回数はあがるんじゃないかな。
計算が複雑になるのでここでは扱う気全くないですが、 x 個買った時にコンプリートできる確率ってのも当然考えることができます。こちらのサイトには導出のイメージと計算機が公開されてるので感謝しつつ計算してみましょう。冒頭のひとは140個目で揃ったということなので、
おまけの種類の数:25
これから欲しい数:25
これから買う数:139
として計算すると…0.9169とでました。つまり、139回の犠牲をはらってもコンプリートできない人は全体のおよそ 8.3% これは40人のクラスに3.3人ぐらいの計算ですね。たしかにだいぶ運が悪い方だとは思いますが、各クラスから3.3人も魔女が出てたらそれはそれは大変なこと。
知らなかったゆえに絶望して魔女化して魔法少女に倒されグリーフシードとして消費される。でもほむらちゃんにならわたし消費されてもいいかなって、ティヒヒ。
似たような話で、アイマスシンデレラガールズになぜ大きなお兄さんは大金を突っ込むのかって話が盛り上がってたのでご紹介だよ。最後の3枚を集めるのはほんと鬼畜だってばよ。
161 ほとんどコピペ :2011/02/24(木) 03:29:45.26 ID:q32K6zHQ
BRIGADOONまりんとメラン:主人公のマリンとその周りの人達が送る心温まるストーリー!!
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魔法少女まどか☆マギカ:大切な願いを守るため奮闘する少女たちの王道魔法少女ストーリー!!
http://anond.hatelabo.jp/20111013124015
ソウデスネ。
どうでもいいけど、この文章なんでちょくちょく言及されるかな。
正直書いてからしばらくは放置されてたから失敗作だと思ってて、
特に反応もなかったから私も忘れ去られるままにしておけばいいや、と思って特に訂正とかしなかったんだけど。
一回REVさんに補足されてから反応がついて、後になってからも時々言及される・・・。
どっかで紹介されてたりする?よろしければ、どこ経由でこれ読んだか教えていただけますか?
内容についてはあなたのおっしゃってるとおりだと思いますよ。うん。
魔女の概念そのものが消えるだけで、もともと魔女だった存在なんてどこにもない。そりゃそーだ。
その代わりにはてウヨとか新興宗教みたいな代わりを見つけるだけだね。
もともと、こういうシステムって、まどかみたいな特異点が発生しない限りは
利用する側の存在と、それに搾取される存在以外にとって全く関係のない話だよね。
GREE潰したところでドリランドやってる奴がまともになるとも思えんし、風俗なくしたらかなり危険だろう。
そう考えると、生贄に頼らない、エタヒニンなどの身分差別に頼らない社会って、
その恩恵を受けてた「普通の人」にとって本当に幸せかなぁってところを言いたかったの。
つまり、この物語を賛美する奴は、今何か社会がうまくまわるために虐げられている存在に対して同じ想像力を持てって話なわけでしょう?
魔法少女や魔女にされた人間にとってはハッピーだけど、他の人はそのぶんの負担を引き受けることになる。
それでも魔法少女だけが犠牲になる物語より、世の中に魔獣が溢れて一般人が被害に合う世の中のほうがキレイで納得いくものだ。
原発止めるなら、エネルギー効率競争で負ける日本はグローバル競争で負けて生活の質が上がるけど福島の人間を犠牲にするよりはずっといい。
まどマギってそういう話なんとちゃうん。
というかさ、そんな細かいところはどうでもいいよ。
私はまどマギ大嫌いなんだわ。 まどかを絶賛してるやつらも嫌いなんだ。私が言いたかったのはそれだけなんよ。
まずはそれを分かれよ。正直言ってあんたみたいな反応って一番ムカつくんだよ。
実際は頭が悪くて理解できてないだけでもいいよ。 もったいないとか思わなくていいからほうっておいてくれ。
要するに、私はまどか教には入れなかったってそれだけでいいよ。タイトルだけが言いたかったことで後の中身は阿呆の考えってことでいいじゃん。
http://anond.hatelabo.jp/20110424063737
筋を古いモノから流用し、装飾や人々を今の時代に合わせ、最後の結末に自分たちのメッセージを盛り込む。
これだけでも十分面白いモノが出きるのに。
「守破離」の全部が大事なのに、今のアニメは「守」だけ「破」だけ「離」だけみたいに、個別の実装しかないものが多い気がする。
QBやその周辺の出来事に象徴される「社会の現実性/残酷性」という「破」
魔法少女の枠組みを乗り越え賛否の分かれる結末とメッセージを提示しきった「離」
「魔法少女」っていう小さな視野で見ても、かなり綺麗に守破離してる。もちろん違う角度から見たときにも様々な守破離があるのがまどまぎの魅力。
多分あなたがまどマギがオモシロイと思った理由は、あなたの解釈戦略にすっとなじむ形だったからだと思う。
たとえばこういう感じ。
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20110211/p1
でもさ、その守破離(序破Q)のやり過ぎによって、破るべき守を使い果たしてしまったわけじゃないですか。
その後どうやってあらたにスタンダードを創り上げていくかの模索が今面白いところなのだ。
それが守破離がないから残念っていうのは、あまりにも保守的な姿勢だな、と思う。
アニメを単品で見て評価すると言うこと自体、アニメの楽しみ方としてどうかと思う。
ラノベもそうだけれど、こういうのはその時々の時代である程度群れを見て、なにが起こってるのかを楽しむのが筋であって、
その中から時々、群れを代表するような作品や、10年選手ものの異端児が登場するわけじゃないですか。
で、その作品と同時代の礎の作品を比較したりするのって、なんだか青色ダイオードの特許問題くらい不毛だと思うわけね。
守破離をきっちりさせた作品が作れるってことはそれだけ時代が煮詰まってこないと難しいわけで。
常にそれだけを求めるのは贅沢病とか教養病だと思う。
ジブリや千年女王のように時代性無視して君臨する作品を除いては、単品で論じることにそれほど意味があると思わんけどな。
あなたが古い作品に対して行なっている楽しみ方を、あなた自身が現代の作品にも活かせとか強制するつもりはないんだけど、
古い作品でそれができるように、新しい作品でもそれがリアルタイムでできてる人がいるわけですよ。
けどその1割弱を探すためだけにアニメの世界に飛び込めば、まさに「渡る世間は萌えばかり」、あるいは「前門の厨二アニメ、後門の監督が厨二の自称芸術unkoアニメ」ばかりじゃん!
アニメの作り手にしても、ちょっと成功して有名になるとすぐ芸術気取りしたり宮崎駿の後継者気取りしてばっかじゃん!
そんな中途半端なことをするくらいなら、いっそワーグナーみたく「アニメはただの芸術じゃない。神聖な祭事だ!」ぐらい突き抜けつつ「よろしい!私に投資する権利をやろう!」的なノリで資金調達&製造とかやれるだけの実力と人間としてゲスな気概を持って挑めよ!
特に'00年代は酷かったよ!観客の声を聞かずに監督が見たいアニメか、大向うの観客の声しか聞いていないアニメばっかだったよ!
「そもそも今客席にいない人を、どうやって小屋に来てもらうか」を考えている人なんて皆無だったよ!
だから、こういう指摘は資本主義の犬とか、教養主義の人間が、数百年単位の流れを毎年要求するようなウンコだと思うわけ。
週刊ジャンプを毎日連載して、毎日クライマックスで、毎日バトル展開を入れてくれ、みたいな要求するのって、恥ずかしく無いですか?
古い作品のメタ要素、関連情報は確かに作品を面白くしてくれるが そこにこだわり過ぎるとバロック方面に偏るか、焼畑農業しかないと思うんだ。
作品の解釈戦略はいくつかバリエーションがあったほうがいいと思う。
あと、時間に余裕があるなら、最初はこういう「作品解釈エンジン」を休ませてできるだけ何も考えずに見るのが良いと思うよ。
あなたは多分ちょっと、アニメの経験が少ない割に、頭でっかちというか固定的にになりすぎだと思う。
力抜けよ。そうすればあなたの狭い穴にもアレとかコレとか挿入できるとおもうぞ。
「私は 人類がワルプルギスの夜を迎える前に ひとつだけ知っておきたかっただけなんだ
私と同じように 辛くなったら逃げ 耐えられなくなったら約束も反故にするってことを・・・
それさえ分かれば あとはどうなってもいい
まどかが人類を滅ぼす存在になるならそれでもいい まどかならいい
世界はあなたを助けなかったんだから 遠慮せず私ごとぶちかますといいわ
なのに なんで」
「あーあ、やっぱり こんな結末になったね
まったく君の見込みのない計画に付き合わされて骨折り損だったよ」
「そんなの・・・あの弱虫まどかが こんなに強い人間だったなんて誰も考えはしないわ」
「いや、彼女は弱い人間だよ 人類全体から見ても 下から数えたほうが早いだろう
すぐ泣き 傷つき 暴力には笑っちゃうくらい無力だ
実に強力だ
僕が揺さぶってもビクともしない・・・まるで難攻不落の要塞だよ
かつての魔法少女達が そうであったようにね
おそらく 彼女の『世界』において 君との約束を破り マミやさやか達を危険に晒すなんて
君がまどかに関して見当違いの予想を繰り返していたのは
「何よそれ・・・それじゃ私だけがバカみたいじゃない」
「バカじゃないよ 君はただフツーの人なんだよ」
QBえらい親切やのう。あとほむらの絶望具合がまどかより軽いかっていうとそんなことたあないと思うのでかなり違和感。
ただし、ほむらが、幕引きとしてまどかが契約する以外に方法がないことをわかってたってことだけは的を射ている作品だと思った。
『まどマギ』は、ファンタジーな設定に現実の重さを乗っけた作品だけど、『ピンドラ』は逆。
妹の死という現実に直面する兄弟に対して、次々とファンタジーが襲来する。
奇妙な連中とドタバタを繰り広げるうちに、いつのまにか「シリアス」は掻き消され、「コミカル」に支配されている。
語弊を恐れず言えば、『まどマギ』は視聴者に緊張を強いる作品。
常にQBの言動に惑わされ、衝撃の展開の連続で、魔法少女たちは苦しみ続け、主人公はずっと何もできない。
対して『ピンドラ』は「見ているだけで気持ちいい」というタイプ。
決して作画が良いわけではないが、色彩やデフォルメが駆使され、快楽的な絵が作られている。
そして、おそらく無数の謎は最後まで解決されない。
ほむ「まず、このスレで書いてあることは全国のコンビニで起きているわ。ロー◯ンだって例外じゃない。」
Q「そんなのコンビニだけに限った話じゃないよ。どこの業界だって廃棄はある程度だすものさ。
Q「暁美ほむらきみは・・・。」ほむ「あなたたち本部が廃棄を他の業種以上に強要するのにはもう一つ理由があるはずよ。」
ほむ「それは特殊な会計方式によって廃棄から多大な利益を生むことができるからよ!!」Q「・・・。」
杏「ああっ!?そんな事聞いてねーぞ!?」Q「聞かれなかったからね。」
杏「ああ!?テメー、一番くじの一等賞にして捌くぞ!!」ほむ「杏子ちゃ人身売買はやめて!」杏「売らー!」
マミ「暁美さんその特殊な会計方式は本部に多大なメリットを与えるの?」
ほむ「ええ、廃棄だけでなく万引きなどによる棚不足からも利益を生むわ。当然、私たち加盟店からその利益分は引かれるわ。」
マミ「そんな!!そんなことしたら値引きしてみんな売り切るしかないじゃないっ!!」
Q「マミ、見切り販売なんてしちゃダメだ!そんなことしたら全国で値段のパワーバランスが崩れる。
全加盟店に迷惑をかけることになるんだよ。」ほむ「いいえ、あなたたち本部が恐れていることはそんなことじゃないわ。
あなたたちは見切り販売が行われることによって廃棄、つまり収益が減ることを恐れているのよ!
だから、加盟店の裁量で値引きしようとすると、契約の破棄を匂わせて、私たちの生活権を脅かす。
つまり、公正取引委員会から排除命令が出た今でも見切り販売の制限は秘密裏に行われているのよ。狡猾にね。
未だにコンビニで見切り販売をあまり見かけないのはこうした理由からだわ。」
杏「テメー!!おでんの具にして捌いてやるよー!!」ほむ「杏子ちゃんQ肉販売はやめて!!」杏「食うかい?」
Q「やれやれ、君たち加盟店はいつもそうだ。契約した後になって騒ぎ出す。
僕たちはあくまで君たちの合意を前提に契約しているんだ。なんの問題もないはずだよ。」
ほむ「しかし、口頭のよる説明は必ずと言っていいほどしないわ。それにあの記述だけでは誰だって何のことだか分からないわ。
事実、コンビニ会計を知らない加盟店の方が圧倒的に多い。これだけでもあなたたち本部の説明義務違反だわ。」
Q「じゃあ、公取にでも申告すればいい。」ほむ「無駄よ。あなたたちの経産省側の議員への献金が効いているわ。」
まど「ほむらちゃん、私たち加盟店は一体どうすればいいの・・。」
ほむ「FC法よ。議員に呼びかけて本部の暴走を規制する法律をつくるしかないわ。」
マミ「でも議員は献金で抑えこまれてるのでしょ?私たち加盟店は円環の会計に導かれて搾取されつづけるしかないのよ。」
ほむ「いいえ、世論を動かすのよ。世論が動けば議員も動かずを得ない。このことは一般的には知られていないわ。」
さや「そうだ!!マスコミよ!!新聞社に駆け込めばいいんだわ!!」
ほむ「無駄よ。」さや「えっ!?」ほむ「マスコミにとって本部はスポンサーであり、流通元だわ。耳を貸さない。」
さや「そんな・・。私ってホントばか・・・。」杏「さやかー!!」マミ「逝ってしまったわ。円環の・・」
まど「そんなのってないよ。それじゃ電力会社と変わらないじゃない。」
ほむ「そうよ、それがコンビニ業界、あなたたち本部の正体よ!」Q「・・・。」
ほむ「マスコミがだめならネット発の情報発信しかないわ。高岡蒼甫のように。それが最後に残った道しるべだわ。」
1何度も何度も論じられてきた古い問題に、遅れてきた人がコロンブスの卵を主張してどや顔で叫ぶ
2その見苦しい光景を見て、先行者が呆れ顔でまとめたり、いらぬ茶々を入れる。
3呆れられているのではなく俺の言ってることが素晴らしすぎて理解出来ないと勘違いしている1側の人が
これまたドヤ顔でお説教を始めるが途中で自分が周回遅れであることに気がついてトーンダウンする
4最後まで空気が読めないキチ○イが語尾に「にゃ」とか使う奴が出てきて会話がぐちゃぐちゃになる ←イマココ
5俺以外に語尾ににゃをつかうやつは許せんと地下猫先生がマジギレしながら参戦しサヨクとか赤木とかを巻き込んで今日も平和なtogetter村
話題については、じゃあ女をビッチ呼ばわりしても言葉狩りしないでくれと言いたい。
真面目な話、男ってのは一定の年代超えたら童貞以外は清純な女よりビッチな女のほうが好きになるんです。
ところが男がビッチ好きだって言うと初な女性とか枯れたおばちゃんが猛反発してきてうざいから仕方なくくそつまんない、幼稚な女についてしか語れないんだっての。
男が語る女像がイツマデタッテモ進化しないとか憤るバカ女どもは、まずお前らの幼稚さを何とかしろと言いたい。
男に何と言われようと、まず少なくとも女はビッチに対して寛容になれないようじゃ、基本的に気弱な男たちが成熟した女性像なんてことを語る日は永遠に来ないよ。
まどかマギカの脚本家はビッチ好きが一周して魔法少女萌になったという話は本当ですか? できれば15年後のあんことか見たいです。
と冲方は言っている( http://towubukata.blogspot.com/2011/07/blog-post.html )。 文中、むしろ漫画にしてくれた事は評価しているし、出来るだけパクリが可能な条件を出している。原作付けや黙認だって提案している。ただ、彼は立場上それをするわけにはいかないと言っているに過ぎない。
実際、SFはいろんなものをパクったりパロディする事で成り立ってきた。タイトルだけだが筒井康隆の「万延元年のラグビー」だとか「日本以外全部沈没」とかもある。スターウォーズみたいな作品を「スペースオペラ」と言うけど、あれだって西部劇のパロディ。最近話題になった「まどか☆マギカ」だって、既存の魔法少女をパロディする事でなりたっている。だから、SF作家が盗作を許容しないなんてあり得ないのだ。パロディと盗作は違うというかもしれないけど、そんなのは紙一重の差しかない。
結局のところ、盗作が許容されないのは、それが「(金銭的な意味で)関係者に迷惑をかける」からに過ぎない。今時、源氏物語の筋をなぞって新人賞に応募したって、誰も文句を言わない。却って知的評価が高まるでしょう。日本一有名な漫画である「ドラゴンボール」だって、西遊記のパクリなんだし。
そういう意味で、早川の本(SF?)や冲方の作品を読んでいると言っているスクエニの田口とか言う人が「オリジナル」なんて言葉を使っている( https://twitter.com/#!/tah3gucci3cozy3/status/91576660729667584 )のは、明らかな嘘つきか、無知に等しい。彼がここで「オリジナル」なんて言葉を使っているのは、別に創作行為に敬意を払っているからじゃない。新規IPが欲しいからだ。本当に創作を支援する気があるなら、如何にパクって作品を面白おかしくするかに心血を注ぐはずだ。彼が欲しかっているのは、マルチメディア展開できて、かつケチのつかない作品、要するに第二のハガレンが欲しいだけだ。
その決め台詞「ティロ・フィナーレ」は、魔法少女ものなら普通のもので、この時点では取り立てておかしなわけでもない。
むしろ戦闘シーンは「格好良い」と評判は良かった。(今現在も評判は良い)
結末はショッキングで話題にもなったが、この時点でマミさんだけが特異だとする情報は無い。
その後、話が進むにつれ、(すでに退場した)マミさんはどんどんネタ化していく。
この辺りには、3話の最後を使ったニコニコのMADなどが強力に作用している。
台詞そのものが既にネタとなっていた「ティロ・フィナーレ」も中二に取り込まれる。
こうしてすべてが終わった後で、シロクマ先生が「どぉれ」と現れるわけだが、現状からオタの異常性を創作するから、どうしても破綻する。
考察すべきは、むしろマミさんネタ化の過程であるべきで、結果なんてものは、すでに大衆に消費されるベタになってしまっているんだから、意味がない。
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20110710/p1
あれはオタの、女性めいた、陰湿な、いじめを目的とした連帯だと思ってるんですが。
そう、マミさんはちょっと調子に乗りすぎてこの約束事を破ってしまった。
その時から、マミさんはおもちゃとして、格下の存在として位置づけられるようになった。
うかつにも群れを外れたから。マイナス方向に大きく目立ってしまったから。格好の標的としてロックされてしあったから。
なんのこたぁない、ただのいじめだ。無邪気な。「いじってやってる」つもりの。傲慢な。
リアルだったらマミさんはさんざんいじられた挙句に「ありがとうございます」って言わないといけないんですよねわかります死にたい一般人にいじめられるだけならたいしたことないけどオタにハブられたりオタの中で一段下にランク付けされるのはほんとに死にたい。
あと杏子やクールなほむらがぼっち言われないのもめちゃくちゃ簡単な理由で、オタは自分より強い人間には決して立ち向かわない。ただそんだけ。いじってあとで反撃受けるのが怖い。たとえ二次元のキャラであっても、現実において卑屈な生活を営んでいるオタは本能的に強そうなやつをいじりに行くのは避ける。
そのかわり、メガネほむらが出てきた時のオタどもの目の輝きようといったら。いやみてないけどありありと想像できるわ。
「オラッもっと泣け、もっと震えろ」といいながらニヤニヤしてるオタどもの気持ち悪さといったら。はぐれものの魔法少女の中でもさらにハブられて、リーダー格のまどかおねえさまに頼らざるをえないほむらを見てボクは「もっと絶望しろ。もっともっと絶望しろ」って願ってた別に救われる必要はなかったむしろまどかに置き去りにされてざまぁって言いたかったちくしょうなんで救われてるんだずるいよほむら。
まどマギについては、既に山のような論が出ているが、個人的には、どんな理屈をつけようと、「きちんと作ってある事」につきると考えている。脚本にしたって、演出にしたって、ありきたりなクリシェに依存せず、必要な事を必要なだけ作成し、丁寧に作り上げたことが、あの作品を十分鑑賞に耐えるものにしている。その中から、今回は副題を取り上げてみたい。
通常、副題を付ける一番簡単なやり方は、その回のアウトラインをまとめてしまうこと。その方法は、モーニング編集長によって、まとめられている( http://togetter.com/li/58023 )。
まずは比較として、セーラームーンの副題上位12話を挙げて見る。
とまあ、大体その内容を示唆する単語が含まれ、舞台、または主題がおおまかにわかるようになっている。
これと同じ手法をまどマギに当てはめてみると、こんな感じになる。右には比較として実際のタイトルをつける。
見ればわかる通り、実際のタイトルは何も作品内容を示していない。タイトルだけでは、何が起こるのか、いっさいわからない。じゃあ何から付けられたかと言えば、作品の中で登場人物の感情を最も表現するセリフから取られている。
ということは、サブタイトルについては、おそらくは最初に仮タイトルがつけられ、最後まで脚本が書かれた後から、改めて付け直された思って良い。つまり、一度サブタイトルを再検討する時間がきちんと割かれているという事だ。それだけ適切な時間をかけた作品である事がこの事からわかる。
こういう事が、「作品に手を抜かない」ということなのだ。
「ほら、三分前にやろうと思ってたことをいつの間にか忘れてるって、よくありま……せんか?」
向かいに座っている彼女の語尾が、こちらを窺うような視線と共に弱まる。
「ないですね」
砂糖を大量に入れないと苦味が消えないようなこの飲み物がなぜ世界中で飲まれているのか疑問に思いながら、僕は食後のコーヒーを飲んでいた。
「私はよく後輩に用事があって席に寄っても、直前に別のことに気を取られたりすると肝心の用件を忘れちゃったり。で、『私、何しに来たんだっけ?』って後輩によく訊くんですが」
「家の鍵や財布を研究室に忘れたりとかも……。そういうのって、よくありま……せんか?」
「ないですね」
やや恥ずかしそうにこちらを窺うと、彼女はカップを両手に抱いてコーヒーを飲み干した。
「すごいですね」
「僕は男なので全部ズボンのポケットに入れますが、女性は鞄に入れますからね、そういうの」
「そう、そうですよね」
彼女は満足したように口を結んで何度も頷いた。
喫茶店の窓から見える外はすでに黄昏時だった。年末の繁華街はいつにも増して道を行き交う人が多い。
細長い指先で砂糖の空き袋を折り目をつけながら、彼女が訊いてきた。
「秘密に好きも嫌いもないと思うんですが、どういう秘密ですか」
「なるほど」
相槌を打ちながら考える。これは何か隠していることを打ち明けてくれるということなのだろうか。
整った綺麗な爪がテーブルの上で砂糖の空き袋を縦に小さく折りたたんでいく。
周囲の客の雑談と共にBGMが店内に流れていたが、音楽に疎い僕にはさっぱり分からない。
僕は砂糖を入れても苦いコーヒーに口をつけ、彼女の言葉を待った。次に頼むとしたらオレンジジュースだな。
折りたたまれている空き袋はどんどん短くなっていった。
「大抵はそうですね」
「あと特殊能力とか持ってるキャラとかも、周りの人には秘密にしてますよね」
「基本ですね。物語の後半で正体が明かされるエピソードとか入れて盛り上げたり」
空き袋が限界まで折りたたまれ、白い小さな物体になった。
顔を上げた彼女は一瞬目を合わせ、逡巡したように視線を泳がせると、ふたたび僕と目を合わせた。
「ほう」
「ふむ。――実は魔法少女だとか? 美人怪盗というのもいいですね」
口に出した直後、どちらも少し無理があることに気付いた。
もうすぐコーヒーを飲み終えそうだ。
「……信じてませんよね」
この後、彼女に連れられた僕は厄介な地球外知性体らが繰り広げる小規模な星間戦争に巻き込まれるのだが――それはまた、別の話。
しばしば黒い感情に苛まれることがある。
嫉妬だったり、不安だったり、あるいは色んな感情が複合しすぎていて何を悩んでいるか分からない時もあるが、
とにかくそういった幸福ではない感情が渦巻いてる時、胸のあたりに重くつっかえるような感覚がする。
これをどう解消するか。
人に聞いてもらうというのは手っ取り早くかなり効率的な方法だと思う。
言語化することによって自然悩んでいる内容を整理して原因を再確認できるし、相手の反応も悩み解決の判断材料にできる。
共感してもらえたりアドバイスをしてもらえるだけで、ずいぶんすっきりするものだ。
しかし愚痴を聞いてもらうという行為は、聞き手にこの黒い感情を分け持ってもらうことでもある。
こう思うのは、自分が聞き手の立場に回ったときそう感じるからだ。
相手の話に人事とはいえ少なからず心は痛めるし、コンディションによって受け流しきれない時もある。
最終的に、話し手がすこし気が楽になった分、今度は聞き手がすこし心を病む。黒い感情をもつ。まどか☆マギカの魔法少女システムの小規模版ぽい。
ツイッターでもTLに結構な頻度でネガティブツイートが現れるので、それらを目にしては自分の心が疲れるのを感じる。
こう思うこともあって、自分はなかなか人に気軽に愚痴を言ったりできないし、ツイッターでもネガティブツイートはしないことにしている。
だからこそ、胸のあたりがもやもやっとしたとき、これをどうしたものかなと考える。
愚痴るより手っ取り早い解消方法で人様に迷惑をかけない方法はないものだろうか。こう書きながら、匿名での発散はひとつの手段かもしれないと思った。この日記にしかり、某掲示板にしかり。誰かに不快な思いはさせるかもしれないけど、そのことに大して自分が責任を負わなきゃいけないというプレッシャーを持たなくていいから、それがいいかどうかは別として、まあそりゃあ気は楽だ。
この文章を打ちながらもとりたてて他にいい解消方法が考えつかなかったので、やっぱり、愚痴を聞いてくれる相手に感謝し、最後に聞いてくれてありがとうと伝えることが一番建設的かもしれない。
愚痴を聞かされて多少嫌な気持ちになっても、最後にありがとうと言ってもらえれば、まあいいか、ひとついいことをした、と思えるような気がするから。
やれSFだとかそれファンタジーだとかいけ魔法少女モノだとかまたゼロ年代だとかいう文脈で語られるまどか☆マギカ。
だけど私は思う、まどか☆マギカは徹底的なリアリズムだ、第三話以前と最終回を除いて。
もっとも、その除かれた物も、現実の只中にある視聴者が希求してやまないものだった。
一部の人間は日常の延長としての水着回を、あるいは美化された青春に永く留まっていたかった。
現実を突きつけられた視聴者は少女たちの救済を願って止まなかったし、事実それは達成された(視聴者の意図とはずれようとも)
少女たちは友人の死、避けられない宿命、隠されてきた歴史、対価と代償、資源枯渇の様々な現実を見せつけられ、翻弄された。
そしてそれは「よりよい終末」という政治的な解決(そしてそれは因果律を書き換えるほどの困難)によって救われる。
さて、なぜこれがリアリズムなのか。
数年前、蟹工船がブームになったのは、まだ記憶に新しいだろうか。
内容や当時の潮流などはさておいて、平成の世にまたブームが巻き起こるのは当然理由がある。
もちろんそれは今でも色褪せぬ現実がそこに描かれていたからにほかならない。まさに共感による再燃である。
つまり、文学的、思想的な背景は無視され、そこに描かれた現実のみが人を動かしたのである。
むろん、そこからの解釈は薄いと言わざるを得ない。表層的な一致が、ブームにつながったのだから。
しかしながら、それは今となっては関係がない。理解の程度はブームとは無縁なのは、バナナダイエットが示したとおりである。
さて、リバイバルヒットというのは、ときに悲しい事実さえも教えてくれる。現実は変わっていないということだ。
悪く言えば、成長していないということでもある。
いつか働かなくても生きていける社会が来ると、望んでは嘆き、を繰り返す。
そしてまた時が経って再評価されるのである。
いつか、まどか☆マギカが忘れられたときに再評価されるだろうか?
それはわからない。
報われない彼女らと、報われない私を重ねて。
あんまりネタばれするのも好ましくないから多くは語らんけど、少女の願いがなんちゃらかんちゃらの部分はほむほむの腕に装着されたほむスピナーとQB、および「まどか以前の魔法少女」と最終回以降のアレでSF分的には補完されているのだと個人的には考える。
願いがエネルギーって科学的にプギャーとかそういうんじゃなくてさ、セカイそのものの仕組みが割とロジカルに構成されてるかどうかでSF分って判定されるもんだと思うんだ。
そういった意味で、まどマギはストーリー(&世界観)にきっちりとした筋を付けたことにより漏れはSF分の高い作品だと思ってる。
シュタゲは、序盤だからまだなんだろうけどロジカルパワーよりオカルトパワーの方が勝ってる感じ。「バタフライエフェクトよ」って台詞だけでごまかされても困る。
今のところ、「実は全てオカリンの夢でした」でも通じちゃう程度には脆弱とは言えるだろ。(今やってるサブタイトルが夢幻のホメオスタシスだから当然なんだが)
嫁がまどか☆マギカにハマっておかしくなった。
今までは本当に普通のいい嫁だった。
俺が朝起きれば食卓には朝食が、夜疲れて帰れば疲れも吹き飛ぶような笑顔とお風呂においしい夕食。
趣味はと言えば、手芸にお菓子作り、あとは週に一回のスイミング。
少しドジで可愛くて優しくて、しかも巨乳で本当に自分にはもったいないくらいの嫁だと思っていた。
そんな彼女がおかしくなったのは、深夜偶然見せてしまったあのアニメのせいだった……
俺は仕事柄帰宅があまり早くなく夕飯を食べた後、ひとりで深夜遅くまでテレビを見る習慣がある。
あの日もそんな日だった。
俺はひとりで深夜、なんとなく毎週見ていたまどか☆マギカの第三話を見ていた。
マミさんがマミられる、あの回だ。
嫁は冷蔵庫から出してきた麦茶をコップに注ぎながら聞いてきた。
「えーどうしようかなあ」
嫁はチラッとテレビ画面を見た。
いつもならここで「眠いからいいやーおやすみ」と言って寝室に戻ってしまうのだが、この日は
そう言い、俺の座っているソファの横に座ってきたのだ。
初めて見るまどマギに嫁は「このピンクの子が主人公?魔法少女なの?」とか「黄色、かわいー」とかキャッキャしながら見ていた。
そして、あのシーンがくる。
マミさん……!!
「えっ!?」
声をあげたのは嫁だった。
「えっなになに、黄色食べられちゃったの?」
「あ、見てたんだ」
「半分見てたよ。なんなの、このアニメ」
「だからこれは……」
「たぶん見れるよ。明日さがしてみようか」
「お願い」
そう言ったっきり、嫁は黙って食い入るように画面を見つめていた。
その後からだった。嫁の様子がおかしくなったのは。
朝はご飯を作ってくれるのだが、急に立ち上がって窓を見つめて
「きゅーべー……」
と暗い顔で出迎えて
「なんで!?」
と聞いたら
「ティロ・フィナーレ!!」
と言われ玉を思いきり握られ夜の生活を拒否された。
そして、嫁は外出が増えた。
ネットで知り合ったという自称魔法少女達と日夜ファミレスで会議を繰り返しているらしい。
まどか1人と杏子1人、それになぜか人型のキュウベエ、マミさんにいたっては嫁を含めて3人いた。
一応、挨拶をして俺は部屋に閉じこもった。
部屋の外には異空間が広がっていて一歩も外に出られなかった。
本当にどうしてこんなことになってしまったのだろう。
もしも本当にキュウベエが存在するのなら、俺は迷わずキュウベエと契約して「嫁を元に戻して!」と契約しようと思っている。
だから、お願い。
元増田も書いてるけど、まおゆうの魔王勇者はまどかじゃなくてインキュベーターの方だろ。まどマギはそういうテクノクラートが構築したシステムを否定した話。話のベクトルがまったく逆。まどかは結果として支配者にならなかったんじゃなくて、魔王勇者のようにシステムを構築して支配する気は最初からない。
http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20110425/p1
まどかは、ホロコーストの悲惨を知らないし、非正規雇用の悲惨も知らない。両親の愛を存分に受けて育ち、またさやかのように失恋の痛みもない。彼女がその眼で見たのは、魔法少女の悲惨であり、魔女の悲惨である。キュウべえは、それが歴史の最善であると彼女に教える。人類の進歩は彼女たちの犠牲によって達成されたのであり、そのような犠牲は世の中にいくらでもある。もしその悲惨を許せないとするならば、かのじょは牛や豚を食べるべきではない。
キュウべえが試みたのは、自分自身の無力さをまどかに対して刻印づけることにあったのであり、彼女の内面に一つの法を措定することである。それが、神話的暴力とよばれるものの力なのである。キュウべえの口から語られる人類の歴史は、キュウべえによって因果付けられた道徳物語としての神話であり、それまでの法の説明であるとともに新たな法を打ち立てるものでもある。この法は、たとえばエネルギーなんちゃらの法則といったものとはなんら関係はない。
だが、まどかは願いによってその法を破壊するのである。彼女は、世界の摂理に対して考えるのをやめる。そして、目の前の魔法少女と魔女の悲惨だけを見る。目の前の悲惨は悲惨であるがゆえに、救済しなければいけない。彼女は魔法少女と魔女を救いたかったのであり、そしてやりたかったことをやったのである。母親やほむらの制止があったとしても。そして、かのじょたちがどれだけ自分を愛しているか知っていたとしても。まどかは自分自身以外のものを言い訳にせずに、自分のやりたいことをやるのである。かのじょは、どのようなダイタイアンも提示していない。まどかの願いが、それ以外の世界の摂理に関係していたという説には一切根拠がない。