はてなキーワード: 高山とは
花咲くいろはの聖地となった湯涌温泉に先日行ってきた。個人的には非常に印象が良い温泉街であったが、この温泉街が抱え持つんじゃないだろうかという悩みも分かったような気がしたため、あくまで一観光客の暴論ではあるが書き留めることにした。
まず、湯涌温泉街に入ってすぐ抱いた印象は、ここが上品な「静かさ」を持つ温泉街であり、こうした選好を持つ個人客向けにぴったりな温泉街だろうなというものだった(一例とすれば、温泉街にありがちな射的や場末的バーがない)。これは私個人とすれば、この温泉街に希少な強みのように思え、この「静かさ」を壊しかねないアニメファンの流入をなぜ許そうと思ったのか?ということが非常に気がかりであった。
詳しく言えば、うらぶれていない「静かさ」というものを湯涌はブランド価値として認識しているのだろうか?そもそもそれを、ブランドとして認識しているのか?次に認識しているとしたらなぜいろは招致を行ったのか?そのリスク管理をきちんと計算しているのか?というのが気がかりであった。
さて、観光業もまた普通の産業と同じように、投資のリターンを得る産業である。簡単に言えば、高山鉄道を作ったり、そこに歴史ロマンがあるのだというアピールをしないアルプスは単なる険しい山だ。観光地のPRの宣伝文句自体が、宣伝文句と同じブランド意識を作るのであり、ブランドイメージは絶え間ないPR戦略によって形作られる。では、湯涌が長年投資してきたブランドイメージとは何か?
湯涌温泉観光協会によれば、湯涌温泉のブランドというのは、「名湯がある静かな温泉街」であろう。湯涌温泉は、このブランドイメージのために投資を続けてきたのであり、それは後述するように恐らく成功しているといっていい。
問題は、こうしたブランドを花いろ招致が傷つけるのだろうか?という点にある。しかし、これは表層的な次元の話なのでもう少し深い次元についての話をしてから述べたい。つまり、そもそもなぜ、「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージから通常、広告を打つべき20代以上女性層、30代以上男性層ではない層に宣伝したのかという話である。「名湯がある静かな温泉街」というブランド自体に湯涌温泉側が価値を見いだせなくなっているのではないか?これが極めて重大な深い次元での問題である。
湯涌温泉の経済状況ははっきり言って分からない。以下、本項では一般的な温泉街へのイメージであるやや経済的に苦境に立っている温泉街というイメージを湯涌に勝手ながら当てはめる(潤ってたらすいません)。つまり、「名湯がある静かな温泉街」では競合他社が数多く存在し、このため他にもう一つアピール材料が欲しいともがく湯涌温泉、そもそも「名湯がある静かな温泉街」というブランドに魅力があるのか怪しんでいる湯涌温泉というイメージである。
繰り返しになるが、一観光客として湯涌温泉の魅力として感じたのは、「静か」であることであり、団体旅行客向けと一瞬で分かるような老朽化した大型ホテルがないという2点だった。湯についてはその効能が他の温泉と何が違うのかよく分からなかった。ただし、白鷺の湯の盛況ぶりを考えれば地元の人々に非常に愛されていることが分かり良いお湯なのだろうということは分かった。「名湯がある静かな温泉街」というのは、概ね成功しているようである※1。
であるが、やはり「名湯がある静かな温泉街」のみではメインターゲットである宿泊客は集客できないという判断があったのだろう。そこで、湯涌には「名湯がある静かな温泉街」以外のアピール材料として、それは夢二館と江戸村を設定しているようである。しかし、夢二のアピールはそれが単独で温泉街を支えられるほどの魅力かはあやふやなものであろう(東京に美術館があり、生まれ故郷も宣伝し、他の温泉街でも夢二アピールする場所があり、そのなかでなぜ湯涌が選好されるのかは分からない)。江戸村は総花的な江戸時代博物館となってしまっており、金沢の奥座敷というブランド宣伝と違ったファミリー向けの平凡な教育施設となっている。夢二館と江戸村も既存宿泊客(リピーター)に害をなすような施設ではないため加点要素は少ないが減点要素はないのは幸いとはいえる。とはいえ、とどめをさすようで気が引けるが、web上にある湯涌温泉街MAP(事前の予習に非常にお世話になった)を見ていただきたい。右端には大正ロマンの街散策と書いてある一方、左端には武家・街やゾーンがアピールされている。これでは何を見ればいいのか分からない。湯涌の自己意識の分裂ぶりが明瞭に映し出されていると言っていい(もちろん、江戸時代から明治・大正につながる構成になっていれば文句ないのだが、江戸の住宅と夢二に大した関係はない)。
結局のところ、現在、湯涌温泉の獲得している資源とは、「静か」であることと「うらぶれていないこと」である。「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージは一応確保していると思われるが、メインターゲットである宿泊客をひきつけることに成功していないのではないだろうか。白鷺の湯目的で来るような人間の訪問時間を増やそうという目的があるだろう夢二館、江戸村は、しかし、一泊させることにはつながっていない。どっちとも見ても温泉に入って日帰りで帰れてしまう。いろは聖地巡礼も同じである(それでも、日帰りでくるような客層はファミリーであるため、「名湯がある静かな温泉街」というブランドは大して傷つくことがなく、メインターゲットである宿泊客に不快感を与えることはおこらなかったはずである)。
勝手な憶測だが、湯涌温泉とは、メインターゲットである宿泊客が減少する中、これを「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージのみでは防げないとして、新たなアピール材料を探しているが既存の施設(夢二館、江戸村)では十分に成功していないという温泉街なのではないだろうか?そこにアピール材料としての新候補としてやってきたのが花咲くいろはである。
では、ようやく元に戻る。さて、この「名湯がある静かな温泉街」というブランドを花いろ招致は傷つけるのだろうか?はっきり言うが、現状のままならば傷つけるに決まっている。4月9日の配布イベントだが、あれを宿泊客が目撃したらどう思うだろうか?あるいは爆音をならしながらバイクで聖地巡礼をする人間について宿泊客はどう思うのか?しかし、これは湯涌温泉としては当然予想できたことである。問題なのはブランド価値を傷つけるリスクを負ってまで花いろを招致したことに、どのような意図があるのかということである。
1つは、メインターゲット自体を変えたいということが考えられる。つまり、宿泊客から日帰り客に客層をシフトさせたいという意図が考えられる。「静か」というブランドに価値がもうないと判断しているという可能性がある。もう1つは、花いろ招致は、今までと同じような単なるPRの一つに過ぎないと湯涌温泉が考えており、それがブランド価値を減ずるものと分かっていないという可能性がある。あるいは、ブランド価値を減ずることは分かっていも、新規客層の増加のメリットの方が大きい(騒ぎも半年もすれば収まる)と判断している可能性がある。
第一の可能性の場合、今のところ湯涌温泉に落としそうなお金は個人につき1000円以内だろうということが予想され、この単価引き上げが急務だろう。サイダーは温泉側にとっては最悪な商品になりかねないことを肝に銘ずるべきである。1本200円のあれ(店だと189円でした)は瓶そのものもお土産としての価値があるため、食べ物+グッズという選択肢を見事に消してしまえている。いろはにおいてはグッズ問題は解決するはずだが、日帰り客にシフトさせたいのならば単価引き上げは急務だ。白鷺の湯の規模的に日帰り客を狙うことはあまり考えていないように思える(あたらしや、やました、戸田屋では日帰り客を狙った展開を考えているようである。このアピールはもっと強調してもいいだろうが、現時点では諸刃の刃と認識されているのか扱いがいまいち見えない)
第二の可能性の場合はかなり末期的であるとしか言いようがないので考えないことにする。
最も考えられそうなのは、第三の可能性、一時的にブランド価値を減ずることは分かっていも、新規客層の増加のメリットの方が大きいという判断である。花いろの良いところは視聴層が10代、20代と非常に若いため潜在的顧客を長く保てるという点にある。このため長期的に見ても、花いろ招致はプラス面を強く持つだろうことは予想できる。しかし、それでもだ。既存客にダメージを与えるマイナス面にはやはり注目すべきであり、この管理もまた重要ではないだろうか。マイナス面についてはもっと慎重に考えるべきではないだろうか。長年投資してきた「名湯がある静かな温泉街」というのは意外に貴重である可能性が十分あり、現状のリピーターを奪ってしまう可能性は深刻なものと受け止めるべきである。
では、湯涌温泉は花いろについてどう対処すべきなのだろうか。答えはシンプルであり、少しでも不快な事態が起これば、PAワークスにすぐ苦情を申し立てたり、出来ればファン向けに何らかの注意を呼びかけるべきである。バイクについては深いところまで入れるべきではないだろう。イベントについては他箇所に譲る、あるいは、逆に大々的なものにしてしまいファンではない他の客を一笑に付させてしまうのが良いと思われる。湯涌温泉に分かっていただきたいのは、作品を愛するアニオタの敵は、その作品世界観を壊そうとするアニオタであり、激しい同族嫌悪が我々の特徴であるということである。そして、このアニメは作品を愛するファンを数多く生み出すことが予想できるのだから、過剰反応と思われない程度には警告を発し続けるべきである(出来るだけマナーを守るファンとそうでないファンを分断させるような方法で)。
さて、長くなったが、まとめると、
①花咲くいろはは朝ドラ・昼ドラ的なものをアニメに移植させ新しい科学反応を試すという冒険作であり、いわゆるアニメとは違ったアニメになるだろう(信者的目線では)。しかし、それはアニメを見ればの話であり、アニメを見ない層からはいわゆる深夜アニメでしかない。
②湯涌温泉が長年投資してきたブランドとは、「名湯がある静かな温泉街」であるが、名湯はアピールしきれておらず、「静かな」は花いろ信者の来訪によって傷つけられる可能性がある。
③花いろ効果は②のマイナス面を打ち消して余りあるものになると思われるが、それでもマイナス面については慎重に考慮すべきである。苦情を言ったところで、それはファン間の内ゲバになるだけで、ついてくるファンは数多くいる。
④そもそもこうしたブランド価値を傷つけかねないPR誘致を行った原因についてはきちんと整理するべきであり、湯涌温泉はブランド戦略について徹底的な議論を重ねるべきである。
⑤とりあえず、日帰り客は大してお金を落としていないので、客単価を引き上げる行動をするべきである。
以上の事を、先日感じました。物事にはプラス面とマイナス面があるのは当然なことですが、今回の場合、そのマイナス面が湯涌温泉が投資し続けてきた資源を傷つけかねない(元々観光地で生計を立てていたというところが鷲宮等と決定的に違う)のが気がかりです。花いろ誘致は大正解だと思いますが、慎重に取り扱ってほしいなと。ま、アニオタ専用温泉とかに開き直るのもいいのかもしれないけど、個人的にはそうなったら行きたくないので。
※1
個人的には、この路線の徹底的な深化が議論に上がったかどうかが非常に気になってしまう。先ほど述べたように、湯がどれほど良い湯なのか一見でも分かるようにアピールし尽くせていないのは問題である。本当にいいお湯ならば、どういう比較優位があるのか等アピールし尽くすべきであろう。湯が本当に良く静かならば、高価格路線(現在の湯涌は中価格)でも全く問題ないはずだが、この可能性はなかったのだろうか。あるいは、金沢駅から立地が近く、それでいて静かな温泉というのは相当貴重なはずであり、立地の優位を生かして個別・ファミリー別に送迎するなど中価格ながら高品質なサービスを提供するのも手であったはずである。
「奇兵隊」とは何ぞや、なんて、やりあったらしいじゃないの。
だけど、実際に、明治維新が何だったのか、
司馬遼太郎を読んだくらいじゃ、ほとんどわからない。
刀を振り回して、改革ダー! と叫んだって、
運がよかったら、高山彦九郎くらいにはなれるかもしれんが、
大久保利通は絶対無理だ。
廃藩置県と秩禄処分だと思う。
若干の涙金で廃止してしまう。
それがなぜ可能だったか。それは、日本全国が「夕張」だったからなのよ。
どこの藩も借金で死にそうだったからね。
一足先に、自主的に廃藩してたところもあったくらいだ。
今の日本は、まだ墜ちきっていないのよ。
だから田沼意次とか松平定信みたいな、制度の枠のなかでの改革しかできない。
ギリシャでは、76ある州を13に、1000を超える自治体を300にするらしいけれど、
だから、徳川末期みたいに、あと二十年だか五十年だかは、
残念ながら、苦しむしかない。
それはまだ少し、先のことだろう。
いわば「旧時代」に生きなくてはならない今の世代が目指すべきは、
維持費数十年分<中止コスト 八ッ場ダム算用 国交省
民主党が建設中止を目指す八ッ場ダム(群馬県長野原町)が完成した場合、年間の維持管理費は八億~九億円と国土交通省が試算していることが、同省への取材で分かった。利根川水系上流域の既存六ダムの実績から概算したという。国交省は「数十年分の維持管理費を含めても、建設中止の方が高くつくのではないか」とみている。建設と中止のどちらが無駄なのか。ダムをめぐる議論が白熱しそうだ。
国交省によると、既存の藤原ダム▽相俣ダム▽薗原ダム▽矢木沢ダム▽奈良俣ダム▽下久保ダムについて、二〇〇三~〇七年度までの五年で、年間の維持管理費を平均すると、八億三千六百万円だった。
工法などが異なるダムもあるが、八ッ場ダム(貯水量一億七百五十万トン)の維持管理費を試算してみると、同じタイプで貯水量が一・二倍の下久保ダムの維持管理費(年平均九億一千七百万円)をやや下回るという。
建設か中止かについて、国交省は、新しい国交大臣の判断に従う方針だ。ある幹部は「建設中止で治水、利水効果を放棄しても、建設費と数十年分の維持管理費の合計を上回る中止コストが新たに生じかねない。その問題をどう乗り越えるのか」と心配している。
国交省の説明によると、八ッ場ダム建設を中止すると、ダム本体工事関連約六百二十億円は不要になるが、特定多目的ダム法で約千四百六十億円を利水関係五都県に返還する義務があり、差し引き約八百四十億円の新たな負担が国に生じる。
これに加え、六都県から治水関連の直轄事業負担金最大約五百二十五億円の返還を求められたり、ダムを前提に建設する付け替え道路など本年度以降の生活再建関連事業費最大約七百七十億円の負担を下流域の都県が拒否したりして国の負担が増える可能性もある。
◆下流自治体『水源確保に影響』
八ッ場ダムの建設推進派は、ダム下流六都県が支出した直轄事業負担金や、ダム完成を前提に五都県が取得した暫定水利権(利根川からの取水)を盾に中止撤回を主張する。主張は妥当なのか。異論もある。
利根川の支流に建設中の八ッ場ダムは、水道用水供給や治水などのための多目的ダム。今年十月に本体工事に着手し、二〇一五年完成の予定だった。総事業費は約四千六百億円。残るのは本体工事と住民向けの生活再建関連事業の計約千三百九十億円だ。
ダム下流都県は、二〇〇八年度までに執行された事業費約三千二百十億円のうち、治水関連で直轄事業負担金約五百二十五億円と、利水関連で約千四百六十億円をすでに負担した。
下流自治体の知事らは「建設中止なら負担金の返還が必要」「中止の方が継続よりコストが高い」と強調。
これに対し、ダム見直し派の市民団体「八ッ場あしたの会」の渡辺洋子事務局長は「各都県が事業に賛成して支出した費用で、国に返還義務は生じない」と反論する。
建設中止で暫定水利権は失効する。暫定水利権の割合は、ダム完成時に供給される水量の約半分に及んでおり、下流自治体は「水道水や工業用水などの水源確保に影響が出る」と訴える。
ダム事業を疑問視する「八ッ場ダムを考える一都五県議会議員の会」代表世話人の関口茂樹・群馬県議は「水は足りており、現在の水利権行政を改めれば、ダムを建設しなくても水利権配分は可能。生活に必要な水源の確保と、不要なダムの建設事業を早急に切り離すべきだ」と反論している。
◆中止公約に反発 住民協議会設立 推進派300人参加
八ッ場ダム建設中止を掲げる民主党に反発する地元群馬県の住民や県議らが十日、事業継続を求める「八ッ場ダム推進吾妻(あがつま)住民協議会」の設立総会を同県長野原町で開いた。約三百人が参加し、町長や住民代表らがダムの必要性を訴え、中止撤回を強く求めた。
同県の大沢正明知事は「関連都県や市町村へ相談がないまま、ダム本体工事の入札が延期されたことは言語道断」と国土交通省の対応を批判。長野原町の高山欣也町長は「中止はダム完成を前提とした住民生活を脅かす」と強調した。
同協議会長に選ばれた八ッ場ダム水没関係五地区連合対策委員長の萩原昭朗さん(77)は「住民との約束を一方的に破ることは許されない」と憤りをあらわにした。
中止を強行して本当に出費がかさんだらどうするつもりなんだろ。
「どうにもならなかったら、ごめんなさいと言えばいいじゃないか」by藤井裕久
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▽
遠山の金さんといえば庶民感覚で犯罪者を裁いた”名裁判官”として歴史に残る。通俗大衆小説のモデルにもなり、何回かテレビドラマにもなった。
お白砂には花吹雪舞う刺青の松方弘樹扮する金さんが颯爽と登場して悪を懲らしめ、弱き庶民から拍手喝采をあびる。
江戸時代までは検非違使の伝統が息づいていた所為か警察、検察、司法が同じ行政機関で行われた。警察が逮捕し、検察が起訴し、裁判所が法に従って結審するという近代の概念はなかった。火つけ強盗改めの長谷川平蔵も然り。
大岡越前守も温情主義裁判で庶民に人気がある。考えてみれば南町と北町奉行所の同心だけであらゆる民事裁判をまかなっていたのである。
江戸時代を世界同時代的に俯瞰すると日本はたいそう治安が良かった。日本人が裁判沙汰を好まなかった証左にもなる。
水戸黄門様は印籠をかざして即席裁判。これは超法規行為であり、そもそも黄門様は司法の独立って概念を知っていたのかな。
そういうわけだから日本人は争い事が嫌い、裁判は避ける。なにごとも裁判で決着をつけ、交通事故でも弁護士をよぶ米国とは法律の風土が違う。
だが世の中が変わり「国際化」というアメリカ化が進んだ。外国人の犯罪ばかりか、外国企業との軋轢、特許係争が頻発し、あげくは米国からの強い要求が突きつけられる。日本に弁護士が少ない、と。
この結果、二つの政策が実現した。まずは大学に雨後の竹の子のごとく誕生した法科大学院。
そして日本に馴染むかどうか不明な新制度、すなわち裁判員である。しかもこの裁判員が臨む裁判と言えば殺人、傷害致死、放火、身代金誘拐などの重大犯罪であり、死刑か量刑か無罪かを決める「大岡越前」の小型ヴァージョンとなる。実際に最初の判決が八月初旬に実現し「業界予想よりすこし思い」量刑が下った。世間の常識が裁判官の常識を変えた例になった。
ともかく裁判員制度の発足は米国からの圧力が遠因、これに財界の要求が一致し、日弁連が便乗した。奇妙な、面妖な裁判員制度が日本にうまれた。
左右の境界線がないまま賛否両論が渦巻き、「ともかく始めてみなければ分からない」ということになったわけだ。
議論は曖昧なまま、米国へのジェスチャーのごとくに審議が進み、国民が誰も知らないうちに米国流の「陪審員」制度の誕生となったことは述べたが、米国には黒人奴隷制やリンチによる縛り首があった。日本とは異なり犯罪者も多く、弁護士は百万人以上、なかには悪徳弁護士、アンビュランス・チェイサー(救急車を追いかけて患者から事故の弁護士を成功報酬でいかがかと注文をとる)もいれば、マッチ・ポンプもいる。セクハラをでっち上げて日本企業から大枚をせしめた手合いもいる。
だから伝統重視の保守派がいきり立って反対の論陣を張る。教養の低い、裁判官に比べると法律知識のない素人にそんな重大犯罪を判定させて良いのか、それこそ左翼の思う壺ではないのか、と。
第一に無知蒙昧なる庶民が重大犯罪を裁けるのか。冷徹な判断が出来ず情実に走り、死刑を避ける傾向が顕著になるのではないのか。
第二に陪審員は買収されやすく誤審、冤罪が多く死刑執行後に真犯人がでるケースが米国では頻発している。だから「逃亡者」というテレビは大ヒットした。反面で、陪審員を黒人ばかりにして、妻殺しの「無罪」を勝ち取ったO・J・シンプソン事件のような法廷テクニックの悪用がおこる。
第三にこれは基本的に人民裁判であり、ソクラテスの「法は法なり」と言って毒杯をあおいで死ぬようなケース、あるいはマリー・アントアネットのように左翼お得意の人民裁判が復活する恐れはないのか。
▲上告審には適用されず、なんのために必要なのかは不明
細かな問題点はほかにも多々ある。
一、選挙管理委員会のリストを元に無作為に選ばれる「裁判員候補者」は面接で拒否されることもあるシステムとはいえ、拒めば罰金とか、法廷の密室での協議内容は一切喋ってはいけないが、違反した場合、数十万円の罰金とか馴染めない特徴あり。
四、多数決で裁定することが本当に妥当なのか等々、問題点が沸騰する。
ところが新制度では凶悪犯罪の一審でしか適用にならず、高裁から最高裁へと上告するに従い、裁判員はおかれない。どのみち現在の裁判で一審で終わる裁判は稀だから、それならいったい何のためにこういう「改革」が必要かも論議された。
裁判員制度導入に賛成する保守の論客も意外に目立つ。代表選手はコラムニストの高山正之氏だ。
高山氏は産経新聞ロスアンジェルス特派員時代に多くの裁判を傍聴し、陪審員制度に精通し日米の裁判に関連する著作も多い。
法律の解釈しか知らない裁判官、世間知らずの無知な裁判官より大衆の叡智、つまり民度が裁いたほうが適正な判決が出やすく、主知主義、インテリの暴走、左翼優勢といういまの偏向状況を覆せる嚆矢になるかも知れないという。世間智の欠如甚だしきインテリの裁きより大衆のほうが賢いという日本人への信頼がそう言わせるのだろう。これぞまさしく遠山の金さんの時代への回帰ではないか。
ただし米国の陪審員制度といい、今度の日本の裁判員制度といい、これらは民主主義の発展とは相関関係にはない。司法の民主化などというお題目は寝言の部類であり、推進側だったはずの日弁連ですら一部は反対に回っているそうな。
通巻第2702号
そういえば、この前の休みに高山に遊びに行った時、久しぶりにすずめを見た
久しぶりだったことに驚いた
インチキ専門学校卒、フリーターから地元のやや有名企業に潜り込み、社内ニートとしてもうすぐ10年を迎えるオレが経験則から編み出した「いかに仕事をせずに社内ポジションを保持するか(もしくは自分の能力を過大評価させる10の方法)」。一生懸命やっても、どうせ誉めてもらえないという貴方、腐っていてはソンですよ!この10箇条のライフハック(笑)をぜひ実践して、社内評価とお気楽生活を一挙に手にしてみてはいかが?
(1)本当にこの会社にいるべきなのか?
「会社にいて仕事をしないのは、仕事をすることより難しい」。普通の会社というのは、みんな働いて当然というスタンスですから、この認識が必要です。仕事をしないと居られないような会社であれば、辞めた方がいいでしょう。また、自分以上に仕事をしていない社員が複数見られる場合も、早めに辞めるのが賢明です。新たなステージでこそ、あなたの社内ニートとしての才能は開花するのかも知れません。
(2)立ち位置をしっかり確認する
組織がキッチリしているシビアな会社では、社内ニートは生息できません。義務と責任の狭間に咲くあだ花、それが社内ニートです。あなたが、ちゃんとしている会社にいるなら、ちゃんとした方が間違いなくトクします。ちゃんとした会社かどうかは、2ちゃんとかで確認してみるといいでしょう。残念ながらあなたの会社が「ちゃんとしていた」としても悲観することはありません。ちゃんとした会社にも、ちゃんとしてない部署はひとつふたつあるはずです。そこへ「あえて」転属願いを出す(不採算部署を自分の手で立て直すくらいの大風呂敷を広げて)のも手です。
厳しさを増すビジネスシーンの片隅で、社内ニートとしてひっそり暮らす(そう、高山に咲く希少植物のように!)ためには、まず自身のキャラづけが必要です。例えば、ドラマ「相棒」における水谷豊のように、「独特の才能を持っている雰囲気」を醸し出すことを推奨します。水谷豊であれば物語上、事件を解決しなければなりませんが、あなたは雰囲気を出すことだけに腐心すればいいのです。具体的には、あなたの会社(もしくは事業部)が、まだ手を出していない分野の書籍を買い集めて机上に散乱させたり、できるだけ年輩者の揃った会議の場で、わけの分からないビジネス用語を連発してオッサン社員を煙に巻いたりすればいいでしょう。ただ、その後のフォローはくれぐれもお忘れなく。キーマンを絞った丁寧なフォローで「知識をひけらかす」イメージではなく、「熱心さが故に」専門用語で熱弁を振るったイメージを演出しましょう。
(4)新規事業・困難案件には積極的に参加
社内ニートっていってんのに矛盾してね? とお思いの貴方、ちっと黙っとけ。社内ニートとなった貴方を守ってくれるもの、それは「イメージという幻影」以外にはありません。(2)のイメージ付けの延長で、ただの扱いづらいキモメン的な評価を避けるために、仕事には積極的なポーズをつねに取り続けましょう。ただし、責任者ではなくあくまでサポートとして。責任者はハイリスクハイリターンなので、失敗したとしても(それは大した問題じゃない)、一定の評価はもらえるサポート的なポジションがお勧め。諸葛孔明気分で「殿!敵は総崩れですぞ!」とか言っておけば、責任者もご満悦です。「おだてに乗りやすいタイプの上司」が責任者になったときは、すかざすそのプロジェクトに参加しましょう。おだてまくれば、勝手にどんどん走っていってくれます。失敗しても、元から「困難案件」なので貴方のせいにはならないはず。むしろ注意すべきは与し易い案件です。
どうせ一日中ネットに張り付いているんだろうから、日中ITmediaあたりで集めた、なんとな??く会社に関係ありそうな事案を、週に1回まとめて上司に提出してみたりするといいんじゃないかな(月曜の午前中あたりに「週末に調べ物をしててこんなニュースが…」というスタンス)。とりあえず、IT系のニュースはいろんな業界(とか顧客)に結び付くのでお得です。そのうち、社内でネットを見てても、仕事の調べ物をしてるんだとか思ってもらえるようになります。
リアルニートに一番欠けている能力「コミュ力」。これが社内ニートでは大切なスキルのひとつになります。決して過剰にはならない程度に、ツボを押さえたアプローチ。この距離感が大切なのですが、こればっかりは現場の空気を肌で感じながら調整していくしかありません。ポイントは「広く浅く、上司はピンポイント」。現場社員は年齢・キャリアを問わず広く浅く(仲良しになる必要はありません!笑顔で挨拶を交わす程度で十分)、上司に関しては"現場まで見えていないような、やや上級の上司"とピンポイントで親しくなれれば完璧です。社内の空気を読みながら、大変そうな同僚や部下に声を掛けたり差し入れをしたりする。実は、これが社内ニートで一番大変なポイント。他人に気を遣うとかまっぴらゴメンだぜ!とかいう中二病をこじらせたような人は、社内ニートとかせずに、まじめに仕事をすればいいんじゃないのかな。
(7)備えあれば憂いなし
ここまで来ると、あなたは社内ニートとしてかなり居心地の良い住処を見つけているはずです。しかし、過信は禁物。あなたの回りでは、厳しさを増す景気動向に多くのビジネスマン達が喘いでいます。あなたの同僚も例外ではありません。ぬくぬくとお茶を啜っている貴方を見とがめて、「いいかげんに仕事しろ!」と怒鳴り込んでくる場合もあるかも知れません(最悪の場合、直接上司にチクるかも!)。そんな時は務めて冷静に対処しましょう。ヒマに任せて作っておいた企画書(題材はなんでもいい)や、社内システム改善案などを見せて、「実は上司の勅命で内々にこの案件を進めている」と返してみてはいかが?このような状況に備えて、なんか適当な企画書を2本くらい用意しておくと安心です。また、怒鳴り込んでくるような同僚は、きっと仕事で余裕がなくなっている状況のはず。ここは飲みにでも誘って、悩みを聞いてやるふりをしてガス抜きをすれば問題ないでしょう。
(8)攻撃は最大の防御
上記のようなケースがあると、どうしてもその怒鳴り込んできた当人を中心に、貴方への疑念の包囲網が出来上がりがちです。上記のケースがあれば、即座に「逆包囲網」形成のための対応が必要です。当人への対応をしっかり終わらせた後で、「あいつ、大変みたいだからフォローしてやってね」と、彼の回りの人たちに彼を気遣うように促します。これで、彼が貴方に対しての不満を口にしたとしても、周囲の人たちには「心配してくれている人を悪し様に言う人間」としてインプットされます。ただ、彼を悪人に仕立てないよう、細心の注意が必要です。本当の悪人は貴方なのですから。自分はラクして、他人に気持ちよく働いてもらう。それが社内ニートの真骨頂です。
社内ニートとはいえ、あなたが会社に在籍し続ければ、先輩や退職者からの引き継ぎ物件も入り、大して働かなくてもそれなりの売上を上げている状態になっているはずです(面倒なクライアントは即、元気な後輩に引き継ごう。金額が大きければ感謝までしてくれる!)。一部のしっかりした会社を除いて、中小企業の社内評価なんていいかげんもいいところです。同じ1000万円の売上であれば、より派手にいきましょう。200万円の10年契約より、1000万円の単年契約。取引先が10年後、ホントに続いているかなんて、誰にも分からないのですから。
結果的に言えば、出来ます。一代で財を成したような創業者社長は別ですが、たいがいの中小企業の社長は、人望と調整能力だけのボンクラです。決定権なんて、多くの場合、社長個人に委ねられるなんてことはありません。要は「いかに上手く人を使えるか」。社内ニートである貴方の最終的な目標は、「社長」と言う名の社内ニートなのです。
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社内ニート2.0 実践のための追記を追加しました(仕事しろ)。
http://anond.hatelabo.jp/20080604095249
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| 気象台 | 月/日 | 気象台 | 月/日 | 気象台 | 月/日 | 気象台 | 月/日 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 稚内 | #N/A | 輪島 | 07/21 | 銚子 | 07/28 | 大阪 | 07/19 | ||||
| 留萌 | #N/A | 相川 | 07/23 | 津 | 07/20 | 和歌山 | 07/27 | ||||
| 旭川 | #N/A | 新潟 | 07/15 | 浜松 | 07/15 | 潮岬 | 07/28 | ||||
| 網走 | #N/A | 金沢 | 07/17 | 静岡 | 07/22 | 奈良 | 07/14 | ||||
| 札幌 | 07/25 | 富山 | 07/19 | 東京 | 07/27 | 厳原 | 07/29 | ||||
| 帯広 | #N/A | 長野 | 07/20 | 尾鷲 | 07/23 | 福岡 | 07/10 | ||||
| 釧路 | #N/A | 高田 | 07/09 | 横浜 | 07/27 | 佐賀 | 07/15 | ||||
| 根室 | #N/A | 宇都宮 | 07/22 | 大島 | 07/06 | 大分 | 07/16 | ||||
| 浦河 | #N/A | 福井 | 07/18 | 八丈島 | #N/A | 長崎 | 07/16 | ||||
| 函館 | 07/29 | 高山 | 07/19 | 西郷 | 07/18 | 熊本 | 07/11 | ||||
| 青森 | 07/30 | 松本 | 07/22 | 松江 | 07/18 | 鹿児島 | 07/18 | ||||
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理科年表より。
http://anond.hatelabo.jp/20070805060211が自分の居住地を書かないのがいけない!(だから頼まれてねぇって自分!)
まあ、なんとはない。
の本日付朝日新聞の巽孝之による書評を読んだらば、これは久しぶりな「必」読書かと思って、近くのショッピングモール内紀ノ国屋に行ったらば、「カルチュラルスタディー」も「言語学」のコーナーもないので、あるはずもなく、とりあえず出て行ってタワレコ入ってみれば、
を見っけたので、何とはなしに購入。
でうろとろして帰宅せばいと徒歩すれば、突然老人が「○○○○はあとどれ位かかるのかねぇ」と徒歩では数時間かかる場所を尋ねてきて、「実家は誰もいーへん」だとか「100円玉が入っとる思ったら数十円しかなかった」とか言いやがって、どうしたいんだろうともわからず、この場から離れるために300円をこの老人のために渡してしまった。
故に、金銭感覚の非境界性、なのだ。