はてなキーワード: 駆け引きとは
#竜馬とたけち#
身分制度に疑いを持たないため、将来彼を自分の手足として使うことを当然と考える武市と
そもそも身分制度に頓着がないため、純粋な友人として見ている竜馬の違いは大きいのう
#大村益次郎の知恵#
「竹竿台場も江川台場も役に立たぬ意味では同じです。画餅にすぎぬ。
もともと実現不可能なものを命じられているのであれば、幕府に差し出さねばならぬ図面や設計書もうんと立派なものにする。
図面さえ出しておけば幕府は安心し納得する。5~6年以上かかる大工事の計画書でなければいけません。
なに、心配入りません、3年待たずして必ず状況は変わります。程無く幕府も砲台設置は無意味と気づくでしょう。」
「吉田寅次郎はアホな人ですね。
天下の佐久間象山に就いておきながら、なぜ蘭学を学ばない、なぜ科学を収めようとしなかったのか!
蘭書を読み科学を学べばわざわざ命を捨ててアメリカに行く必要はない。」
あの船の動力室を見れば、西洋の合理主義もオランダの国力も手に取るようにわかる。
→多分これが可能なのは佐久間象山と大村益次郎のふたりだけで、
吉田は日本の中ではとても優秀ながら、これが出来なかった、というか普通できないから海外に行こうとした。
子供の頃から山鹿流を極めて、外国と合戦するという視点に囚われていたから
逆にそれをUnlearnするのはなみたいていのことじゃ難しいというのもあったと思う。
大村益次郎や福沢諭吉レベルの合理性というのは、なかなか難しい。
しかし吉田松陰は合理性の鬼ではないどころかその逆に非常に忠義や友情と言った人間的なものに強かったから
教育者としては短い人生で歴史に名を残すほどに多くの人に影響を与えているというのが面白い。
大阪には、庶民のためにここまで命を投げ出す人がおったんか、と何やら胸が熱うなったな。
それまでわしにとって大阪は出世前の足場に過ぎず、いずれ若い頃学んだ江戸に戻って一旗揚げるつもりやったんやが
何やしらん、大阪の町と底で暮らす人々が愛おしゅう思えてきてね
「この土地に骨をうずめるのも悪うないか」と思って、大阪で異形を開き、適塾をスタートさせることにしたっちゅうわけや。
アヘン戦争が最も愚かな戦争であれば、こちらは戦争と呼ぶのもおぞましいヤクザのゆすりたかり。
アヘンで荒廃した国を蹂躙し、さらに絞り足りぬといえに土足で入り込んで略奪放火までしていくとか。
勝利後の条約がまたひどくて、お前紳士の国とかそれ歴史の教科書見ながらいえんの?レベル。
(ただ、当時の補給線・調達や、兵隊の編成事情を見ても多少は納得する部分もある。
アングロサクソン系はもともとどうしようもない野蛮人であり、それをよく知っているからこそ
自分を律する啓蒙主義みたいなのも流行ったんだと考えると、今やたら紳士ぶってるのもわからんではない
特にロシアの領土拡大・不凍港獲得は、開国後の日本を威圧することに。
→アヘン戦争とか見てると、本当にこの当時のゲスでヤクザなイギリスを相手にしないためにも
鎖国というのは全く不合理ではなかったかも、と思えてくるから困る。
当時のイギリスのゲスさ強欲さ残忍さなどどれをとっても、松前商人をはるかに上回るレベル。(ただし頭も良いから余計たち悪い)
(日本が侵略されなかったのはこちらを食べつくすのに忙しかったからと、日本はそれほど旨みがなかったから、なんだろうか)
→にも関わらず、イギリスはなぜか日本に対しては国と国としての対応をシてくれている。(フェートン号事件をはじめ3件くらい海賊行為があったけど)
実際オランダと同じように、軍艦を一隻無料で寄贈してくれたりとよくわからない。
オランダやロシアとことを荒立てないみたいな駆け引きがあったんだろうか・・・なぜ他の国も辛抱強かったんだろうか、とかいまだによく分からない。
横山健のメルマガで講座の内容をダウンロードできたのでまとめてみた
1.弱弱しくしない(ずっと敬語でしゃべり続ける、おどおどしない、こんな俺でよければ…など)
2.会話のキャッチボールができない
3.女々しくしない(あの時こうだった、数日メール返ってこないだけで嫌われた)
5.自分勝手(相手の話を聞かない、興味のない話をする)
2.好意レベルによって変える
4.S=いじらない、M=ほめない
5.まじめ系=下ネタ×、非まじめ系=無難な会話をしてはいけない(質問攻め×、面白いこと○)
1.心を開かせる
2.酒を飲んでセックスして、それを利用する
(心を開かせてない場合は好意がない)
1.頻繁に付き合ってる子=やさしくする、話を聞くなど(いる場合は別れた時まで待つ)
アスペルガーの場合、会話のキャッチボールができない上に自分勝手になりがちだ
横山健をもってしても無理ということか…
爆笑しそこねた。もう少しひねりが欲しい。
せっかく「賢者タイム」という面白いネタをベースにしているんだから、彼氏との駆け引きの会話はシリアスとギャグを混ぜたほうがよかった。
設定がPeepingLifeのどこかの女みたいだけど、それにも及ばないしなあ・・・
どうしても自分の思い込みで男は絶対こうだと、相手の気持ちを完全無視して、男がどう自分の気持ちを正直に言ったところで、「どこを同解釈すればそこに飛んでいくわけ?」というほどネガティブな話にすっ飛んでいく女の話があったんだが、アレは面白かった。
増田は、是非見たほうがいい。あ、これこれww
クソ映画だとわかってて見たのにそれでも見てられないぐらいの凄さだった。
一応全部見なきゃいけないと思い録画して早送りしながらなんとか最後まで見た。
が、『ICHI』では演技が下手っていうレベルを超えているのでまるで演技する気がないように見える。
だいたい綾瀬演じる市は
極度に感情も表情も乏しく能動性の無い女、というつまんない人格に設定されていて
ほとんどのシーンでただ周囲の人の話を無表情無反応に聞いてるだけということになる。
こんな役を大根にやらせるので、本当に「ただ立ってるだけ」「座ってるだけ」をしていて、演技する気がさらさら無い。
(このただ座ってるだけの女にオッケーをだす監督も凄い。
静かな役なんかだけはやらすなと言いたい。
あまりの異様さに「こいつなんなの……!?」と違和感を覚えるのも最初だけで、
視聴者はすぐに市がどうでも良くなる。
他の登場人物も全くキャラが立ってないにもかかわらず。
眠くなるのとも違う新感覚。
悪役は中村獅童演じる「万鬼」という剣客が頭目の不良グループだが、
この万鬼は顔の火傷で仕官出来ないのを悩んでるだけのしょっぱい奴で
万鬼党は狂気と破壊衝動で暴れるだけの、バカが好んで描くタイプの悪役。
経済観念すら乏しくわざわざ住み心地悪そうな岩場に男だけで住んでおり
唯一の寄生先である宿場で無意味な殺戮を始めるようなアッパッパーだから
話の溜めもクソも何も無い。
悪い親分のところに市が上がりこんで行って
下手に出たりとぼけたり脅したりするような駆け引きも全く無い。
ほとんどショッカーレベルの悪役なので中学生以上だとシラフで見ていられない。
日曜朝の30分戦隊物でも『ICHI』よりはマシな脚本を書いている。マジで。
(一方、善良な民衆側の宿場の顔役は復帰直後の窪塚洋介がいつものあの抑揚で演じているが
全てが意味不明な『ICHI』ワールドの中では大変好感の持てる常識的なアンちゃんに仕上がっている。
この映画を見た人間はみんなちょっと窪塚洋介を好きになれる。)
・八州周りが宿場にやってくると街道の民衆が総出で土下座。大名か。
・八州様を宿場の顔役達が供応してるところに脈絡も無く万鬼党襲来。
よりにもよって八州様の目の前で住民の殺戮を始める。
「やや展開が無茶だけど万鬼党に抱きこまれてる八州だったかー」と思って見ていたら
血刀下げた万鬼党は震える八州の胸倉を掴み「見なかったことにしろよな!」と恐喝。
無頼の主人公が八州周りを殺しちゃうトンパチ展開も時代劇では稀にあるが、
田舎ヤクザが八州周りを単純に脅しつけて帰す展開は何気に史上初なんじゃないだろうか。
脚本書いてる奴〇ね。
綾瀬演じる市はただ杖持って伏し目がちにしてるだけ。
盲人の剣客、という役作りが物凄く大雑把に、
2「その上で自分なりの市の癖を作る」
だとして、
1すらやる気が全く無い。
歩き方も話掛けられたときの反応も何もかもが健常者。
一応目をはっきり相手に向けないことだけはしているが
内向的な市の性格なので多分目が見えても同じような動作になる。
平時でも修羅場でも、耳や全身で周りを窺う演技がまったく無い。
市の挙動は常に、ただ物事への反応が鈍い重度の鬱病さんかなんかにしか見えない。
というか、これさあ、製作陣は盲人を描く気なんか無かったんじゃないか?
なんか意図があっての事か、単にめんどくさかったのか、なんだかわからないが。
(少なくとも市の盲目設定を取り除いても『ICHI』には全く支障が起きない。
また、斬り合いだったら斬り合いで、
息を詰めたり飲みこんだりするような演技も綾瀬は全くやらない。実力伯仲の命懸けの斬り合いでも。
クールビューティとかそういう問題ではなく、もはや製作陣は脳や神経に障害がある。
こいつらが持ってる感情演出手法は目の端からポロリと流れるふざけた一粒涙だけ。
ダイジェストでレイプされる市の目の端から同じ涙がポロリと流れるのはもう完全にギャグ)
酷すぎる。
下手とかじゃなくてもはや意味不明。
監督は剣劇なんてもんに全く興味が無い上に勉強する気すら無いのが雄弁に伝わってくる。
動きの流れにケレンミ・リアリティどっちも求めない凄い奴なのはわかっていたが
『ICHI』ではそういう酷さが悪化している。
その綾瀬の棒みたいな動きばっかりクローズアップする撮り方するので
もうどういう攻防なのか誰にもわからない動きをする。
手傷を負うシーンは必ず腕や腿がアップになって服が破れるカットで説明し
どういう流れでそこを斬られたかは多分考えるつもりすらない。
時代劇を見てれば殺陣の下手糞な役者なんかはいくらでも出てくるし
(スローモーションでバチャバチャと血を出すのだけはお気に入りみたいで、
市も蹴られて盛大に血を吹くがあれはどう見ても内臓破れてるレベルの量。
何も考えて無いからどうでもいいんだろうが。)
市が能動性皆無なので
「稽古中の事故で母親に怪我させてから真剣が抜けなくなった」という
万鬼の顔面コンプレックスに匹敵するぐらいしょーもないトラウマでグジグジ悩む男で
万鬼党との戦いに加勢しては刀と鞘を持って「抜けないいいい」とパントマイムをするのが持ち芸。
毎度渾身の力で刀を抜こうとするが
いや、「真剣が抜けない」ってそういうことじゃないだろ。
この演技指導した奴も素直に従う大沢たかおも、脳腐ってんのか。
一応筋を最後まで書くと
それを綾瀬はるかはお得意の何も演技をしてない「本当の無表情」で聞き流し、
でもなんか心が動いて戻ってきて
宿場は救われた!終わり。
だんだん浪人に惹かれていった(ような描写は乏しいので鑑賞者が補わないといけないけど)市の脳裏一杯に
フラッシュバック的に大沢たかおの笑顔が映し出されるとこが感動シーンの最高潮ですが
盲人の市がどうして浪人の顔を知ってんでしょうね。
そこは聞き覚えた声とかかつて握った手とかで演出しろよと感じますが
前述の通り市の盲人性を真面目に扱わない製作陣にはどうでもいいことだった。
根本的な間違いとして、
更に自閉的な性格をあててしまったらどうにも話が成り立たない。
なんだかんだ言いつつ相当な世話焼きで、
腰は低いけど欲も意地もあるし優しいしよく怒る。
これぐらい濃い人格が噴出してくるから目の見えない体と釣り合いが取れる。
主役の人格はやはりアクの濃い悪い奴になっている。)
中学生が初めて書いた小説の主人公みたいにおもしろみのなーい傷心由来の内向的な性格で
こんなもんを目の見えない体に入れたらそりゃ話が動かずつまらん事になるのは当たり前。
おわり。
日本の電子書籍の市場は2009年段階で米国の300億に対して574億とすでに世界一の規模を誇っている。
ただし日本の場合、携帯電話向けに配信されているコミックやケータイ小説が9割以上をしめているのが特徴で、すでに飽和気味である。
一般書に関しては専用端末が普及していなかった上、電子書籍化に関する契約の仕組みが整備されていないといった理由から、積極的な動きが見られていなかった。
(中略)
ちなみに、2011年はもうすぐ数字出るけど、アメリカの市場が2000億めざす一方で、日本は700億程度。一般書は50億にもみたない。
野村総研によれば、ガラケーを除く電子書籍向け端末の類型販売台数は2015年までに1400万台の規模になると予測し、それに応じて
2012年度は900億(うち一般150億)、2013年は1100億(うち一般400億)、2014年は1300億(うち一般600億)と見積もっている。
ただし、一般書が伸びるといってもipadやkindleのサービス以外からどれほど売上が発生するかは未定。ぶっちゃけほとんど期待できないといっていい。
むしろしがらみが少なくて金を払ってくれる顧客がいる場所であればはどの国よりも早く対応するんだよね。
企業で働くってのはそういうことで、やると決めたら動きは早いし、徹底的にやる。組織プレイはすごく強い
問題は、余計な法律とか、既成概念が多い所では、積極的に動ける人がいないってことなんだなぁ。
電子書籍は、既存の本から市場を奪う性質のものではないと思っている。
(マンガやラノベは除く。マンガは新作からメジャー作までさっさと電子書籍に移行すべき。ワンピースとかもう家に買って置くのは不可能。
境界線上のアレも、単行本でよむ気がしない。ラノベは電車の中で読むという読書スタイルに全く合わない。自炊サービスに頼んだけど断られるとかなんなの?)
私なんかは本に書き込みができないと困るし、目次や脚注に行ったり来たりできないと読んでて辛い。基本的にはまだまだ本がいいのだ。
このあたりが解決されない限り、一回読んだ本を保存する、という「自炊」「電子で保管」程度の利用方法にとどまると思う。
むしろ、電子書籍は、最初はむしろ友達におすすめするときなどに便利だと思うので、そこで消費が伸びるはずだ。
「布教」が手間いらずで行われ、口コミなどの形で広まるはずだ。「読まれなくても買われる」本の数が伸びると思う。
Kindleのレンタル機能などにも注目しているが、これも本の消費を減らす結果にはならないと思う。
うまくやれば、しばらく本と平行して電子書籍の売上が純粋に伸びていき、途中から統合されるような形になっていたはずだ。
それを、業界内での権利の争いやら、書籍リーダーの開発遅れなのかここでも権力争いだったのかはよくわからんが、
不毛な駆け引きに明け暮れて、新規の取り組みを阻害してる間に、全部kindleかAppleに持って行かれるであろう現状がなんとも情けなや。
BDとHDDVDの争いのような、普及する前から規格争いをしていたメーカーと比べると、なんともチンタラしたお話で残念であります。
いわゆる東京大阪比較は主題ではない。「なんでやねん」の意義を主張したい。
会話の中で許される応答が否定と肯定の2つしかなかったらと考えると恐ろしい。
私にはとてもじゃないが耐えられない。
きわどい話には、どっかの小鷹さんみたく「え、なんだって?」とスルーするしかなくなるだろう。
阿呆のふりをして、逃げることばかり考えるだろう。
相手の機嫌を損ねたくないばかりに、ヘラヘラと追従するだけになるだろう。
否定の拳をふりあげては、振り下ろす場所とタイミングに悩んで頭痛持ちになるだろう。
冒頭の宣言を覆すようでなんだが、やはり東京に出てきて少し戸惑ったことは事実だ。
お互いに肯定ばっかり。だよねー。ですよねー。
あほらしい話がどんどん膨らんでいって、変なノリが形成される。
一度出来上がったノリが、誰も崩せないところまでいって、みんなで赤信号わたるみたいな
「誰も望んでない結末」みたいなのを何度か経験させられた。
相手の会話の途中に異議を挟むと、すぐ喧嘩になってしまうというのもあった。
「なんでやねん」さえあれば、と思うことが度々あった。と言うか結局すぐ使うようになった。
こうして俺の大学デビューは結局関西人キャラということになってしまった。
ツッコミを期待してのボケとかそういうのは中級者以上の話なのでかんがえなくていい。
もっと初歩的な話だ。「なんでやねん」はそもそもなんのためにあるのか、だ。
「でもポジティブフィードバックは返しませんよ」の2つを兼ねる。
話が脱線したりずれそうになったときに、制止をかける役割を果たす。
その上で、この「なんでやねん」は否定や反論ではないてんが重要である。
さらに相づちを打つ側の自己完結的な行動として扱われる。
つまり、話し手はこの「なんでやねん」にいちいち応答する必要がない。
否定されたわけでもないから、ただちょっと相手の反応が芳しくないというのを察して、
話のテンポを落としたり、少しコースをかえたりという微調整をすればいい。
「なんでやねん」は会話の受けてにとって無くてはならないものだと思う。
「なんでやねん」があることによって、相手に相槌を返しやすくなる。
相槌というのはそもそも話し手の会話のテンポをコントロールするためのものだ。
「うんうん」「なるほど」「それでそれで」など加速する方向はみなさんもよく使っているだろう。
ただし、減速が必要になる時もあるのだ。
会話の中に、この装置が組み込まれていないと、なにかと困る。
こちらについても「ちょい待ちや」とか「おいおい」とか「そんな阿呆な」とか色々あるけれど
やはり「なんでやねん」が一番便利だ。深く考えずに使っても、あんまりカドが立たない。
漫才とかのせいで、アクション付きの攻撃的な言葉と勘違いされているが、
実際は会話のカドを丸め、とんがりにキャップを被せるような使い方をするものなのだ。
というような話を今日の飲み会で熱く語ってドン引きされました。
話がヒートアップする前に、誰かが「なんでやねん」と言ってくれさえすればこんな事には・・・。
余談。
会話が苦手な人は、なぜ自分がそれを苦手としているか、という時に
「心にないアクションをとるのが嫌だ」とか
「相手の意見が理解できなかったり、違和感を感じる時にどう反応すればいいかわからない」
そういう時には、何も考えずに「なんでやねん」という言葉を使うといろいろ捗るぞ。
(もちろん、ポジティブフィードバックのみの会話に親しんでいる方々など、
少しの制止にも不快感を示す方々もいるけれど、そういう人達とは付き合わなければいい。
肯定のみの世界で生きるなんて私には息苦しくて耐えられない)
あとね、これはいわないほうがいいと思うんだけどこの際だから言っちゃおう。
他人の話に軽くでも異議を唱えるってものすごい快感なんだわ。最も手っ取り早い自己表現だしね。
逆に、ずっとYesの返答を続けるのってストレスなんだわ。コントロールされてる感じするでしょ。
だから「なんでやねん」ってのが会話に混じってると聞き手の健康を守る効果があると思うのね。
さらにいうと、「なんでやねん」という反応があるお陰で、話し手側も安心ってのがある。
滑り覚悟でボケてもいいし、ちょっとキツめや喧嘩腰の物言いを「試してみる」ことが出来る。
中二病系と言われるやつがわかりやすいけど、別に中二病系に限った話ではなくラブコメとかでもそう。
世界滅ぼすとか、問題解決してみんなハッピーとかそういうのはわかりやすくてええし、結末はそうあってほしいんだけど。
なんといえばいいのか、主人公たちの攻撃力は高いわりに、防御力はどうやねん、って思うのが多い。
結構器は小さそうなのに、攻めるときだけガンガンいこうぜ状態で、周り見えてないけど結局うまく行っちゃうとか、そういうのはちょっとなぁ。
プロレスじゃないけど、もうちょっと主人公が物語世界の人間関係やら環境の理不尽をちゃんと受けきった上で攻めて欲しい。
攻撃力と防御力のバランスがあまりに崩壊してると、すごく、さめる。
一番嫌いなのは、クールとか鈍感な感じで、周りの人間の気持ちを受け止めるのを避けてるくせに
勝利が確定した時に急に覚醒しちゃうやつとか。
コミュニケーションとか駆け引きとか完全に無視じゃんそれ。どこまで据え膳やねん。
どちらかというと、鈍感な時よりも、覚醒モードになった後にイライラする。読後感が最悪。
リスクとか考慮して、戸惑いながらも、えいやで決断するとか最低そのくらいの描写がないと
ただでさえこっちは
「主人公だから死なないんだろ、死なないってわかってるからこういうことできるんだろ」って斜めから見てるのに
書き手から主人公からが、その前提に安易にのっかかってあぐらをかいてるのを見るともう壁殴りたくなる。
ごめん、どう表現していいのかわからず、わけわからん文章になってしまった。
ここから応答。
神明解ろーどぐらすいいよね。私も好き。
電波的な彼女は個人的にはダメだった。みーまーのほうが好き。みーまーは防御力低くなくてアレしちゃったけど、頭の使い方は好き。
初恋とか友情のどこが防御力高いんだよwww
烙印の紋章は友人にもススメられたのでいまポチって到着待ってる。ザンヤルマの剣士も読みます。
だけれども、個人的要望ではできるだけ日常ものでもうちょい腰の入ったやり取りを見たいので、ファンタジー系で探すのは後回しにしたいです。わがままでごめん。
私の表現がアレでわかりにくいと思うけど良さげな奴があれば教えて下さい。ちゃんと読みます。というか読みたくてしょうがないのれす。れす。
読むものがなくなるといよいよクロニクルとかホライズンとかに手を出さなければいけなくなりそうでやだー。別に壮大さは求めてないんだよー
ミスマルカは個人的にダメです。というか実はこの記事はミスマルカとアクセル・ワールドがなんか私的にあわない、ってところからスタートしてます。
ロケッティアはいいっすね。小早川さんはまだ読んでない。ロミオにそこ期待して大丈夫だろうか。
十文字青作品はひとつも手をつけてないですねー。文体が超苦手なので尻込みしてるけど読んでみようかしら。
禁書はダメです。アレはダメ。何がダメって、防御力が理不尽に高い。いや、イマジンブレイカーのことじゃなくて、普通あんだけ殴られたら死ぬでしょってところが平気で助かっちゃうから。そのくせ主人公が殴ったら一撃でダウンする敵。イライライライライライライライライラする。こころ我折れてなきゃ無敵って設定が嫌いすぎる。
追記 ついったーで「ロバスト」って表現教えてくれた人ありがとー。それです。したたかとかしぶといとかそんな感じ。
ある程度痛めつけらても大丈夫とか、困難があってもいろいろやりくりして乗り越えるとか。
その際にいきあたりばったりじゃなくてちゃんと頭使ったり、一度ぐっと堪えたりとかそういう部分が欲しいってことです。
http://anond.hatelabo.jp/20111022115648
料理ひっくりかえす云々や怒りの基準云々はともかく
情動の形としてはかなり理解できる
これ、めんどくさがりなんだよね多分
・細かいことでプチ不機嫌になったりはしたくない
・怒るときはもう交渉とかそんなことはしたくない
怒ると決めたら破滅的に突っ走る
相手に思い知らせてやるためならこっちの損は全然OK
みたいな
昔の日本人はこういうのが多かったらしい
序盤の何週も、「ため」「ひき」としか表現しようの無い展開なのね
何考えてんのかと
とにかくくらーくてだるーい展開が続くの
っていうか「ヒカルの碁」も一皮向くと結構ローテンションな部分はあってさ
サイっていう魅力的な設定&キャラが全てを補ってスタートダッシュしてくれたよね
あと小畑の巧みな絵のフォロー
無愛想な奴、ツンケンした奴、嫌な感じの奴はほった作品に凄く多い
もう、作者がそういう男を好きなんだとしか思えない
絵が小畑じゃなくなるとこれがもう
オブラートの無い「単なる嫌な奴」になっててさあ
特に主人公が、内気でウジウジ&なのに結構他人に恨みがましい言葉・批判的な言葉を吐く、
(のちの人間的成長を期してのことではないと思う、
ヒカルも似たような攻撃的な部分はあったけどガキ大将風に絵でフォローされて致命傷を避けてただけ)
この主人公の父親がまた、口数が少ない、不機嫌な表情の、しかも主人公のスケートをよく思ってない親父でさ
この二人のスケートにまつわる駆け引き、しめっとしてて本当に嫌な感じなの
あんなもんを何週も何週も見せられたらそりゃ読者は精神的に持たないよ
「ユート」は不幸な方にめぐり合わせがあったと
それだけなんだよね
ヒットって難しいね
で、もちろん他の人も記録を見れる。
お気に入りのidや気になるアンチクショウが今月どんな本を読んだのかな?ってわかる。
もちろん人に見られることを意識して見栄張る人もいるかもしれないけどそこは駆け引き。ブクマと一緒。
その本を読んでるidがズラーっと出たり、感想の一言コメント、それを取り上げてるダイアリー、
等などが見られるようになってるの。
どうでしょうか。
はてなの人達はお互いの読んでる本を盗み見たり自慢したりして喜ぶようなとこがきっとあると思う。
これは文盲や低学歴やゆとりの巣窟に過ぎない他のネットコミュニティでは実装しても意味ない、
永遠の書生気質どもが集うはてなだからこそ価値のあるサービスだと思う。
是非ご検討いただきたい。
この「日本人は甘い」というコメントにも「ルールを変える発想が無い」という指摘にも、
何か違和感を感じたので、ちょっと考えてみる。
「1回のフライングで失格」という規定は厳しいなと感じた。
なるほど、こういう理由もあるんですね。
とりあえず、ここでは「この規定は厳しすぎる」という前提で話をしよう。
この発言は一体何を意味しているのだろうか?
直感的に感じたのは、
「今まで俺は(そして多くの人は)理不尽なルールで戦わされてきた。それを強いられてきた。
そして受け入れてきた。ルールは変えられないとあきらめてきた。
ルールを変えてほしいというのは、ミスを許してくれと言うようなもので、考え方が甘い。」
という感じ。どこまで正確に捉えられているか、もしくは見当はずれなのか、よく分からないけれど。
この「一部の人が一部の人に都合の良いルールを作り、結果その理不尽なルールがまかり通っている。」
そしてそれに対して、
A. あきらめてそのルールの中でがんばる
C. ルールを作る立場になろうとする
などの対応をする人がいて、
Aの人にとってBやCは卑怯者のように見える。
これらはいずれも「その集団の中でどうしたら上に立てるか」という発想から来るもの。
「ルールの中で自らは頑張る一方で、正当なルールに変更できないかを考える」
人もいるだろう。そういう人の目的は集団の中での自分の立場ではない。
こういう目的の違いが両者の相互理解を拒んでいるような気がする。
「世の中はどうあるべきか」という発想で見られる人を僕は応援したい。
知名度に恥じないだけのクオリティだと思う。
しかしまさか、あの作品の登場人物みたいなシチュエーションをリアルで体験することになろうとは・・・。
と言っても俺はエスカミーリョではない。それは別の人だ。
ルックスも育ちも悪くないのに、コミュ方面がとんでもなくウブだったり、仕事では男ばっかの組織で中堅の末席を汚してる所とかそっくり。
あと、俺もバラを貰ったら萎れてからも後生大事に取っておいてドヤ顔する人です。
ただ、出会った女の順番が逆だった。
最初のカルメンとは、少しばかりの火遊びから程なくして、ものの見事にフラれた。
当時はマジでオペラよろしく「昔は愛し合っていたじゃないか!」と憤ったものだ。
今はもう、そういう真剣さにはあまり意味がないことは分かってるけどね。
そして彼女はあっという間にエスカミーリョ氏とデキ婚してしまった。お幸せに。
以上、元カノの話は終わり。
そんな黒歴史的アバンチュール(?)から1年くらい経って、今カノのミカエラを知り合いから紹介された。
ただし青い服ではなく、長いストレートの黒髪がトレードマークだ。
この人とは慎ましいけど落ち着いた関係が続いていて、ゆくゆくは結婚したいと思ってる。
結果的に超シャイな彼女をこっちが一方的にリードし、時には「俺について来い」的ポーズを取ることもある感じ。
なので女性に情熱的刺激を求める男にとっては退屈でダルい人ということになると思う。
かくいう俺は刺激より安らぎが欲しいので助かってるけどね。
最近は「たぶんこの人となら大丈夫だろう」という、根拠のない信頼感を抱くようになった。
気持ちが燃え上がる代わりに、静かな喜びを味わっているというか。
まあでも先のことは誰にも分からない。
もし万が一、今の彼女とも上手く行かなくなったら、さっさと諦めた上で他の人を探すしかないだろう。
もちろん別れが辛くないと言えば嘘になる。
でも「彼女じゃなきゃダメなんだ」「彼女と絶対一緒になりたい!」みたいな童貞臭い思い入れは、現実の前ではとことん無力なのだ。
あーめんどくせ。
他にオペラネタといえば、さらに昔サロメばりに交際を迫られたこともあったっけ。
とにかく病的なくらい一途で、危ないくらい情熱的で怖かった。昔の彼氏に対してもそんな感じで付き合ってたのだろうか。
こちとら別に預言者でもなんでもないし、いきなり服脱ぎ出すとか、首を刎ねられた上にキスされるとかはなかったけど。
で、本当の所ホセなのかヨカナーンなのかについては、実はどちらでもなく、レイズナーのマンジェロということでとうの昔に結論が出ている。
つまり誰かと付き合うことでお互いの人生が変わることはあっても、持って生まれた非コミュでキモメンで変態な人間性は微塵も変わらないということですね。当たり前だけど。
あ、別に「マンジェロ系男子」や「マンジェロ系増田」を流行らそうみたいな意図はない。
それこそ「ネタが古過ぎて伝わらないモノマネ選手権」の世界だろう。
というわけで、レイズナーは別に見ても見なくてもいいから、カルメンだけは絶対に見とけ(あと余裕があればサロメも)と、ここまでの話を要約して締めることにする。
好みで、いいなって思った人がいたらちゃんとアプローチはかけてる
ただ、なんかやるたびに神経すり減らす上にうわべだけの付き合いじゃなくて相手の意図とか感じれるようになるとこっちから冷めてしまうと言うか
YESとNOをハッキリしてくれない人が多くて、「遊べそうなら連絡するね(○^ω^○)ノシ」みたいなメールが来たら9割9分、お断りorキープですよ(遊びには付き合いませんよ)ってのもわかった
駆け引きとかしたくないのに、心が擦り傷を負う事ばかりで…
向こうから声をかけて来るのはハズレと言うか、何人か断ってきたから、変な考え方だけど断ってしまった人に悪いから積極的にがんばろう!とした時期があった
その結果、いいなと思った人と出会えるきっかけを何度か掴めたけど、その人の交友関係をmixiとか紹介してくれた友達の噂で聞くと自分以外にも複数の自分と同じポジションの男がいて、そういうのに狙われてる状態をキープして楽しんでるだけなんじゃないかって勘ぐってしまって
煮え切らない返事ばかりが返ってくると、こっちとしてもどんどん誘う気力がなくなっていくと言うか、断られてるじゃん、俺。迷惑じゃん、俺、ここはめげずに誘っていいの?って思っちゃって
そう、めんどくさいの。相手が本心を話してくれたら気楽なんだけど、常に含みを持たせてきたり、返事が一週間遅れだったりで
私の気持ちを肯定してくださって、ありがとうございます。
おかげで少し気持ちが楽になりました。
やさしい方ですね。
そのつもりで、異性の親友ポジションとしてバランスよくやってこれてました。
先日ちょっとした関係を持つまでは…。
変な期待もたせないでよもう…。
すっげー好きな人がいる。
付き合ってたけど相手の仕事の都合で遠距離になるからって振られた。
決定的な言葉は貰ってない。また話しあおうって言ったきり音沙汰がなくなった。ふざけんなって思った。
二年経った。音沙汰をなくす理由が何となく分かった。面倒だからだ。二年の間、自分も色々と経験してそれに気付いた。
で、再会した。こっちに戻ってきてた。もう新しい恋人が居るみたいだった。
こっちの気持ちにはこたえられないし期待もするなって言われた。
でもまだ好きだ、って伝えて。メールしたら、この二年間が嘘のように返信がきた。遊ばないかと誘ったら頷いた。
でも、期待しないでよ、こたえられないからね、分かってるよね?
と。
こればっかりは理解不能だよ。それでも会おうとしてる自分がすげえ気持ち悪い。恋は人を馬鹿にするっていうレベルじゃねーよなこれ。
諦めてほしかったから返信しなかった、と言うなら、どうして会おうとするんだよ。どうしてメールで付き合ってたころの思い出話するんだよ。