はてなキーワード: 飢餓とは
社会的機関の多くは、自らの氏名を道義的に絶対的のものとし、経済的な費用効果の対象とはしない。
経済の世界では、より大きな成果を得るために常に資源の配分を変える。すべてが相対的である。
しかるに社会的機関においては、より大きな成果などというものはない。より大きな善もない。
目的を実現できないということは、努力を倍加すべきことを意味するだけである。
飢餓撲滅運動のリーダーは、飢えている子供が一人でもいるかぎり、われわれの使命は終わらないとする。
可能なかぎり多くが発育不全にならないだけ食べられるようになれば、
われわれの使命は終わるとでもいおうものならば、リーダーの地位を追われるだけとなる。
しかし、目標が最大化にあったのでは、決して達成されることはない。
それどころか、達成に近づくほど一層の努力が求められる。
なぜならば、最適値を超えるや、得られる成果は指数関数的に小さくなり、必要とされるコストは指数関数的に大きくなるからである。
こうして社会的機関は、目的の達成に近づくほど不満を感じ、より一層活動に力を入れることになる。
さて問題です。
なぜでしょうか。
年間に自殺する人が3万人いて、20代、30代の死因の1位が自殺っていうのを聞いて
由々しきことだなあと思った。
事件でも、戦争でも、病気でも、飢餓でもなく、「自殺が死因の1位」って、かなり恵まれた国なのに。
由々しきこと、と来たもんだ。
保険などの医療制度がきちんとしてるから、若年にも関わらず病死することが少ない。
(国民性もあるが)治安もしっかりしているから、事件で殺されるわけでもない。
これを悲観する人は、どんなパラダイスに住みたいんだ?
ちなみに、他人に迷惑の掛からない死、なんてありえないから、利己的な死は勘弁してくれってのはある。
海か山でヒッソリと死に、死体が自然に帰るまで発見されず、戸籍や保健、賃貸などの社会的な制度上でも顧みられることなく死んだら、迷惑はかからんかもしれんが・・・・
それはもう、生きながら死んでるのと変わらんしな。
最近TPPについて知りたいけど何の本を読んだらいいのか分からないという人がTwitterに散見されるので
TPP賛成派も賛成の立場から何かお奨め本があればお奨めの本を付け加えていくといいかも
必須2冊(TPPについて考える前にアメリカのこれら有名経済学者の影響を受けた人達がどう考えるか
ということを感じておくべき)
「フリーフォール」グローバル経済はどこまで落ちるのか スティグリッツ 定価1800円+税
経済学部以外の人が初めに読んでおいた方がいい本(下に行くほど読みやすい。ただし教科書に書いてあることを
そのまま鵜呑みにしないこと )
「スティグリッツ マクロ経済学」といいたいけど・・・5040円と高いので余裕があれば
ナツメ社の「図解雑学 マクロ経済学」1365円をおすすめしておく
「アメリカの高校生が学ぶ経済学」クレイトン 2520円(「比較優位」について分かりやすく書かれている)
何を守るべきなのかというラインを見極めるための1冊
「ルポ貧困大国アメリカ」堤 未果 735円(アメリカとメキシコがFTAした結果生まれた悲惨な状況やアメリカの貧困構造詳細 2巻はまだ未購入)
現代農業 2011年4月号の関良基さんが書いた「飢餓を生み出すTPP」という記事 バックナンバー800円+送料120円
アメリカのやり口について読んでおきたい2冊
「売られ続ける日本、買い漁るアメリカ」 本山美彦 1300円+税
「仕掛け、壊し、奪い去るアメリカの論理」原田 武夫 税込1500円
その他目を通しておいた方がいい2冊
「人権」とか「子供たちの命を救え」とか言いながら最低限の食べ物や医療を与えて全員ギリギリで生かして、
そうして生かされたギリギリな奴等はまた危機感と「それしかやることがない」って理由で繁殖しまくる。
国外からの援助のせいで、本人たちの身の丈を超えた食料だけは供給されるから、ギリギリな子供がどんどん増える。
どうすんだよこんなことしてて。
「熊さんかわいそう」って言いながら森にドングリ撒いてるのと変わらないぞ。
そうすると森全体の飢餓&飽和ストレスで熊さん同士の酸鼻な殺し合いが始まるか、
熊さんが人里に下りてきて襲撃&略奪を始めるか、
どっちかだぞ。
「無計画にエサあげて増やしすぎちゃいました、めんごめんご」
「しばらく干上がって10分の1ぐらいになってくれや」
っていうわけにはいかないんだぞ。
先進国でもそうだが、
援助で食う癖がついた奴と言うのは
どんどん繁殖するし浪費する。
そういう奴等に計画的な繁殖をもう一度教えるのは
援助漬けにした奴等の仕事だぞ。
いつまでドングリ撒く気なんだ。
俺は地方から大学をきっかけに東京へやってきた。で、大学を中退後、バイトをしながらふらふらと食いつないでいた。
地方にいたときはサブカル全般に対して強烈な飢餓感というのがあって、東京に行けばそれなりに面白い奴もいて、色々と見聞を深められるんじゃないか、という青臭い気持ちで出てきたこともあり、色々な人とも会ったりしていた。
何かしらのイベントがあれば飛んでいくし、講演会とかにも出席したりしていた。その甲斐あってか、そういう知り合いもたくさんできた。
最初の頃は、凄く楽しかったんだけど、段々と面白くなくなり始めた。というのも、どこへいっても既視感のある人しか関係がないからだ。どこへいっても、また同じような人間と関わりを持ってしまう。
そんなことも無いだろう、と気になってA3ノートに人間関係を整理してみると、見事に循環しているような図ができてしまった。自分も何度か恋愛沙汰があったけれども、それですら循環構造になっているのを知ってしまった。
さすがに自分の行動範囲や観測範囲が狭すぎることもあるんだろうし、あるいは興味が偏りすぎているから、同じような人間しか集まらない、という可能性もある。
仕方ないので、東京から出て地元に帰ることを考えている。あるいは暫く今の興味を離れて、他の興味を覚えたりする必要があるんだろうな。
そうしたら、またちゃんと楽しく接することができるようになるかもしれないし。
希望が無い(-1) → 終わりを望む(-) が それを止める材料として 恐怖がある(+2)
プラス/マイナスはポジティブネガティブの意味ではなく拮抗していることを指します
この二つを対比してしまうと
希望が恐ろしく無い(-10000) → 終わりを望む(-) が それを止める材料として 恐ろしいまでの恐怖がある(+20000)
他にも色々表れます。
回答者の話をさせていただきますと、まず前提として、回答者は長生きを望んでおりません。終わりを望んでおります。
その時点で-です。現時点での死を積極的に行いはしませんが、未来に対しての希望というものはございませんので、マイナスとなります。そうなると、そもそもの「長生きを望む(+)→恐怖がある(+2)」これが成り立ちません。長生きというのを1秒たりとも長生きとおっしゃるならば話は別ですが、回答者が申しているのは、漠然とした未来のことを差しております。恐怖とは、死に対する抑制には成り得ますが、決して積極的な生への渇望には成り得ません。ですから、恐怖=希望とは成り得ないというのが私の考えです。
仮に、私の考えを無視してそれを厳密に数値化したとしても、回答者の場合「長生きは望まない-1 死にまつわる恐怖+1 =0」となります。本文をご理解いただいておれば分かると思いますが、回答者はただなんとなく生きております。それは生まれ落ち、現状について意思を持たずに維持しております。それはまさに0の状態です。もしマイナス要因が加算されれば死ぬでしょうし、プラス要因が加算されれば長生きを望むかもしれませんが、現時点ではどちらに振れることもありません。
話を戻しますが、あなたのおっしゃることは、恐怖=希望という図式になるのでしょうか。死への恐怖は長生きの希望と同等のものでしょうか。数字の上で、生存年数を測る事だけを考えればそうかも知れませんが、中身はどうでしょうか。私はそうは思えません。残念ながら。
また、私個人的には幸不幸は数値化出来るとは思っておりません。飢餓で死のうが憂鬱で死のうが、死という結果に対してのマイナス度合いは同等だと考えております。裕福が人間の悩んだ末での自殺も、貧しい人間にもたらされた必然的な死も、死という結果に差異は無く、同等と考えております。あなたのおっしゃる-1であろうが-10000であろうが、それが死に至る絶望には変りないというのが私の考えです。
喫煙がどの程度認められるかは文化によって著しく異なり、喫煙率の数字自体で一概に指標とすることは難しい。
ただ、以下のデータに示されるように、豊かで、女性の人権が守られている国ほど喫煙率の男女比が1に近づくという傾向は見てとれる。
| 国名 | 男性 | 女性 | 男女比 |
|---|---|---|---|
| スウェーデン | 12.2 | 15.7 | 1.29 |
| ノルウェー | 21.0 | 22.0 | 1.05 |
| イギリス | 22.0 | 21.0 | 0.95 |
| デンマーク | 24.0 | 22.0 | 0.92 |
| ハンガリー | 36.9 | 33.5 | 0.91 |
| ニュージーランド | 19.3 | 17.0 | 0.88 |
| オーストラリア | 18.0 | 15.2 | 0.84 |
| アメリカ合衆国 | 17.9 | 15.1 | 0.84 |
| オランダ | 32.0 | 25.0 | 0.78 |
| カナダ | 19.9 | 15.1 | 0.76 |
| スイス | 23.4 | 17.6 | 0.75 |
| ベルギー | 23.6 | 17.7 | 0.75 |
| フランス | 30.6 | 22.3 | 0.73 |
| スペイン | 31.6 | 21.5 | 0.68 |
| ドイツ | 27.9 | 18.8 | 0.67 |
| イタリア | 28.9 | 16.4 | 0.57 |
| メキシコ | 39.1 | 16.1 | 0.41 |
| 日本 | 39.5 | 12.9 | 0.33 |
| トルコ | 43.8 | 11.6 | 0.26 |
見ての通り、トルコ(イスラム教徒が多い)よりマシな程度であり、メキシコやイタリア(昼間から公然とポルノが放送され、男女差別が社会に根ざしていることが指摘されている)以下である。いかに日本の女性が社会的な差別に晒されているかが見て取れる。
2.もう一つ、別のデータを見てみよう。痩せすぎ女性の比率である。言うまでもないが、豊かな国、女性が保護されている国の女性ほど少ないはずである。
| 国名 | 比率 |
|---|---|
| オーストラリア | 2.8 |
| スペイン | 3 |
| アメリカ合衆国 | 3.3 |
| アルゼンチン | 3.4 |
| ブラジル | 3.5 |
| デンマーク | 3.7 |
| イタリア | 5.8 |
| イギリス | 5.9 |
| スイス | 5.9 |
| 南アフリカ | 6.2 |
| 韓国 | 6.5 |
| カメルーン | 6.7 |
| ノルウェー | 7.0 |
| 中国 | 8.5 |
| ガーナ | 8.6 |
| ジンバブエ | 9.2 |
| マレーシア | 10.0 |
| リベリア | 10.0 |
| 日本 | 10.4 |
| コンゴ | 13.2 |
| ナイジェリア | 15.2 |
| セネガル | 18.2 |
| ベトナム | 28.3 |
| インド | 35.6 |
これが先進国の数値かと目を覆いたくなる。世界でも有数の豊かな国の女性が、アフリカのいくつかの最貧国すら上回り、マレーシアと肩を並べる飢餓状態に置かれていることが分かる。いかに日本の女性が不当な扱いをされているかが見て取れる
この物語のテーマが「契約と対価」にあることは8話まで視聴すれば分かると思います。以下8話までのネタバレを含みます。
「ハッピーエンド」の「対価」として大きな何かが失われて終わるものだとみられる。
巴マミを神格化しすぎたさやかは、巴マミが彼女に与えた「自分の為に祈るのか」「他者の為だけに祈るのか」という二択を、「マミさんのように自分への見返りを求めず戦う」ことが正解なのだと誤解してしまいます。
※実際のところ巴マミは孤独に飢えており、鹿目まどかの才能を見抜いていたことから、コンビを結成して戦うつもりでいました。魔法少女として生きる辛さを知りながら、「自分を孤独から救うため」に、キュウべぇを殺害して魔法少女が生まれるのを阻止しようとした暁美ほむらと敵対し、先輩面してまどかたちを危険な魔女との戦闘に誘い、魔法少女に誘導するつもりでいたのです。3話において美樹さやかは理想となる巴マミに近づくため自ら危険を冒してグリーフシードを監視し上條恭介を守ろうとします。その結果、彼女は巴マミが曝け出した「弱さ」を知らないまま死別したのが皮肉的です。
そして幼馴染に振り向いて欲しいという真の願いを押し殺し、あくまで他者のためだけを祈り契約した結果、彼女自身はゾンビになり幼馴染と結ばれないというあまりに重すぎる代償を支払うことになります。
それでも尚、巴マミに感化された彼女は「対価」を求めずに、世界を救う正義の味方として戦い続ける選択肢を選びます。
しかし彼女が本当に救いたかったのは世界ではなく上條恭介の存在であり、言い換えれば上條恭介こそがさやかの世界の全てでした。上條恭介を志筑仁美に取られたと誤解したさやかは「この世界に救う意味があるのだろうか?」という疑問を抱き、ようやく「自分が世界を救う対価を欲している」ことに気付きます。
その人、あんたのことが大事で喜ばせたくて頑張ってたんでしょ
あんたにもそれが分かってたんでしょ
なのに犬と同じなの?ありがとうって言わないの?役に立たなきゃ捨てちゃうの?
「ホストの為だけに全てを貢ぐキャバ嬢」に「世界の為に全てを捨てて献身する自分」を重ねて見た結果、自分も役に立たなければ世界に捨てられてしまう犬のような存在なのだと気付き、そして「見返りを得られない飢餓」から、「見返りを与えない他人を呪う」気持ちに取り付かれてしまうのです。
世界を救う希望の「対価」である絶望の「穢れ」をグリーフシードに押し付ける魔法少女の仕組みを理解したときにはもはや手遅れでした。
平たく言えば見返りを求めない考えはいずれ破滅するというのがさやかのテーマでした。
合掌。
なぜグリーフシードを受け取れば助かったのに自ら破滅に向かったのか。
彼女の真の願いであった上條恭介と結ばれることが叶わなくなり、自身を魔女と戦うだけの化け物だと自暴自棄になっていたというのが一つの理由です。
もう一つ大きな理由として、美樹さやかには「正統な対価が支払われたものしか受け取らない」という矜持があるのです。
7話で佐倉杏子のリンゴを拒絶し決別したシーン、8話で魔法少女契約を拒んだまどかの言葉を受け入れなかったシーンがそれを提示しています。
「人間の犠牲という間違った対価によって得たグリーフシードを受け取る」ことは理想とした巴マミから遠ざかる行為であり、魔女を狩るだけの化け物に成り下がった美樹さやかにとって、神格化された巴マミの矜持を堅持することだけが、己の破滅よりも優先されることだったのです。
佐倉杏子は7話でデレたという見解が一般的ですが、実は美樹さやかに重症を負わせる程度で使い魔狩りを阻止した5話の時点でデレていると思います。
美樹さやかがあのまま使い魔狩りを続ければ、魔法少女が3人もいる供給過剰な見滝原市は、いずれ「穢れ」を押し付けるグリーフシードが枯渇します。
そうなると「穢れ」を押し付ける対象はお互いのソウルジェムしかなく、生き残りをかけた魔法少女同士の本気の殺し合いに発展していたからです。
「使い魔を成長させて魔女からグリーフシードを集めろ」という発言は、魔法少女同士で戦えばルーキーである美樹さやかに勝ち目がないことを前提にした、100%善意から来ている助言です。
佐倉杏子は一環して「自分のため」という独善を口にしながら「他人のため」になる行動を取っており、「他人のため」という偽善を口にしながら「自分のため」の見返りを求めるさやかと対比したキャラとして描かれています。
頭の体操ですから、ゲームの理論は明確に指定してください。実際の戦闘で軍を動かす事を想定して
軍にどのような命令を下すのかを具体的に支持してください。
あなたは、独裁者なので、すべてのことについて、詳細に明確に支持する必要性があります。
>電撃的に殺すし国外脱出なんかさせん。
ではなく。何歳以上を殺すと条件を指定してください。
その年令に近い、老人はなんとかして、脱出を試みるものとします。
国外脱出なんかさせんではなく、空港を封鎖する。など行動を指定してください。
ゲームの理論として、国民は可能なかぎり自分の生命財産を守ろうとします。
独裁政権なので、みなあなたをおそれ言われたこと以外はしません。
基本的に悪化する可能性があるものは、具体的に支持しない限り悪化します。
国外脱出させないために、空港を封鎖しました。預金を封鎖しました。
だれも、預金を使わなくなり 市場では ドル・金地金などを中心とした取引になり 闇市が立つようになりました。
空港が封鎖されているので国外との交流が絶たれている(または弊害が出ている)ので、
輸出・輸入ビジネスが停滞し、日本各社はアメリカ支社が暫定本社になりました。
>どの「その他の病院」を保険の効くマッサージサロンにできる気か言ってみろ。
普通に健康のために、医者に健康診断に通い、薬をもらう行動に国民は切り替えました。
軍部の圧政により精神を止む国民が増え、向精神薬の消費が増大しました。医療費が増大していきます。
マッサージは廃止されましたが、それ以外の医療行為が大体として増加しました。
国民は自分の命を守るために、何かの医療行為を禁止された場合、代替可能な保険のきく医療行為を選択するものとします。
原則ゲームのルールとして、実行したことは確実に実行されます。
反面、反作用として考えられることはすべて現実に起こるものとします。
ただし、程度問題なので、それでいきなり崩壊、飢餓の増加は起きないものとし、そういう傾向があると捉えてください。
同じ傾向が度重なった場合、被害が増大し、最終的に破綻するものと換算します。
原則、革命で起こした政権なので、他国政府が容認していない。物として議論をしてください。
現実的には、複数の反作用が並行して起きますが、頭の体操なので、大きなものしか起きないものとします。
ただし、何かをすればかならず1つ以上の悪化は起こります。
悪化よりも大きな、プラスを起こして相殺してください。
>預金が封鎖されているので
一部の流通で値上がりを予期した買い占めが起こり、さらに物資の流通が滞っています。
このままでは、都心部でみよりのない若者を中心に餓死者が出ます。
本日20時から下記のURLで実施されていた公開セミナーの内容。
http://www.seminars.jp/skaigi/kanda/kandaust.html
前半はビジネスノウハウの話が多くて普通の人には関係ないと思うし、
やっぱりそこはちゃんとメール会員登録して聞いた人が恩恵受けるべき部分だと思うのでカットして、
後半の、誰にとっても大事かな、と思う部分だけ共有します。
はてな的には「ソーシャルマーケティング」について言及した部分が受けるかもしれない。
今の飢餓感は「生きる理由」とか
それは与えることはできない。気づくきっかけを与えるしかない。
→そういう人には、
→目的は、周りの人と一緒になって何かを成し遂げること。
→その人自身が気づいていない熱い気持ちを
自分を見て思い出してもらう。そういうひとだけ惹きつけられれば上等。
だってみんな本当はできるならなにか頑張りたいと思ってるはずだもの。
◆もう相手に直接答えを与えない。
だから、考えて分かることじゃあない。
○ <Feel Trust Thank × You(周りの人)>
☓ <Think × I (自分のことばっかり)>
世の中の人に喜んでもらえることをやってみようとする。
それでいろいろ試行錯誤する。
失敗もするが、そこから学びが得られる。
◆人に喜んでもらいたいという気持ちはどういう事か。
小学生の方がよほどよく知っている。
それに閉じこもるんじゃなくて、核を持った上で自分って概念を広げていかないと。
たとえ役に立った人がいても、誤解をさせてしまったなら
ちゃんとその良い悪い両方を包んで先に持っていかなければいけない。
→デザイン思考に近づいてきたなぁ
=本当に持っているコアバリューを発掘することが大事
そういう高い視点から全体の最適をはかることが必要
→たとえばいま猫も杓子もtwitterとかソーシャルマーケティングだとか言ってるが、
親密性・人とのつながりが強さならTwitterとかFacebookやればいい。
そうじゃないなら、やってもいいけどその前にちゃんと自分の強みを磨けよ。
何でもかんでもやらなきゃいけないと思うのはやめよう。
むしろお客様とべったりしてスピード遅くなったら強みが失われる
ウォルマートがいくらtwitterで仲良くしてきても、意味が無い(どうせ嫌いでも行く)
→ただ人とのつながりは今後強力なのは間違いない。
今後はもっとよくなると期待して自分がなにもしないなら死ねる。
そのために、自分の商品のコアを理解し、相手を喜ばせるパッケージを。
というか、とにかく相手の心に入り込む、つかむ、そういう技術。
◆スキルはもちろん大事だけれど、もう本読んで勉強、では遅すぎる。
実際に誰かのために行動することを通じて、戦場で学ぶくらいの心構えで。
そういう意味で、あえて必要なスキルがあるとすればサバイバルスキルだけ(笑
そういうのはある程度社会で通用できるようになってからにしなさい。
どうせある程度上にのぼれば教養がないと越えられない壁がでてくる。
◆これから3~4年間は、借り物の服やら
自分が知らず知らず付いている嘘をそぎ落としていく期間。
4~5年後にはそういうごまかしは一切通用しなくなっている。
そっから先は支持されるのは、共感可能な物語を持ってる企業だけ。
「わかるやつだけ付いてこい」という姿勢で、それでも人が付いてくるような
魅力的な自分になれるように!
自分がサイクル&ステージで考えて今どこにいるのかを正しく把握し、
今自分がやるべき事を考える。
それが数年後の大成長と大失敗の分かれ目。
http://www.seasons-net.jp/wss/hantei/hantei.html
現在私は秋3年目でした。=「次の12年にいく枠が広げられる大切な時期」
体のエネルギーは落ちてしまう季節。しかし、その分、頭は冴えてきます。
さまざまなものがやってくる時期でもあります。
◆来年のことを考えるためにも、
まず今年頑張った自分をちゃんと労ってあげよう。
そして、来年は今年よりもっと良い年にしよう。
以上です。
トラバで質問して貰えれば、自分の理解の範囲でよければ答えます。
間違ってたら他の人が訂正してくれるだろう。
しかし、無能であるという事実は程度程度において揺ぎ無いので、無能であるということは無能であること以外を表さない。
無能ということは、言い換えれば能なしである。
能なしというのは、他人が決めることである。
その他人が、自分より劣ったものを見下して、能なし、ろくでなし、無能、ばか、というのだ。
それの信頼性は先に述べたとおり程度問題なのだが、言った者と言われた者の間においては絶対なのだ。
誰が誰に言ったかでは、手間もかかるし、信頼性も薄い。
だから、社会的に信頼のおける基準をクリアしたかどうかで、無能かどうかを判断しようというものだ。
たとえば、電話帳にアクティブな関係(たとえば半年以内に一度は連絡をとるような関係)のアドレスがどれだけ登録されているか。
いろいろあるが、どれもないよりはあったほうが善いとされるものである。これを否定するのは、単なる嫉妬や、自分の現状を認められないゆえの逃避である。
だから、大学に入れないというのはある意味で無能であり、就職できないというのも、やはりある意味で無能なのだ。
そういうと、大学に言ってないけど働いてるぞ、無職だけど東大出たぞ、などと言うアホウがいるが、考えてみて欲しい。一方のフィルターをくぐることは、もう一方のフィルターをくぐることを、必ずしも意味しない。数あるフィルターをくぐりぬけた強者が、他のフィルターにくぐりやすくなることはあるが、絶対ではない。
しかし、傾向はある。一子相伝、形質遺伝の獲得、ではないが、同じフィルターをくぐったものは、やはり、別なフィルターもくぐりやすいものである。
つまり、有能なものは有能に、無能なものはより無能に、なるものなのだ。海に棲むように、陸に棲むように。
こうしたことを繰り返し、ニッチを獲得するように、各人の居場所が固定化されていく。
これは悪いことではない。無能は無能らしく生きればいいのだ。他人に蔑まれ、蹴飛ばされ、つばを吐かれるような人間も、必要なのだ。
それが誰とは言わない。そこにいるものが、無能というだけで、誰である、ということを定めまではしない。
ところが、人間というのはわがままで勝手で、無能という烙印を捺されたにも拘らず、有能になりたがる。有能な人間は有能なままでありたがる。
同じところに必要以上の人間は住めぬのだ。
諦めよ。
定員オーバーになったエレベーターは、誰かが降りねば動作しない。
足を切る、首を切られる、そんな人間は必要なのだ。
堀は何重にも重ね、石垣は何層にも積み上げ、敵を阻むのだ。
ただ無能な人が、最初に捨てられる、最初に踏破される、最初に埋められるだけに過ぎない。
脂肪を蓄えるのは、寒さと飢餓への備え。豊かなときに蓄えた脂肪が、何日もの寒さ、何日もの飢えから身を守ってくれる。
無能なものを踏み越えて、有能なものは進むのだ。
やっぱりそうじゃないか。どう見ても。君はお気に召さないし傷つくかもしれないけれど、それ以外に答えようがない。
この言葉一つで説明がつく「君と俺とでは立場が違う」だだそれだけ。
そもそも立場が違うんだから、君の基準で同列に俺を批判されても、話にならないよ、としか答えようがない。俺は一番最初からそう断っているんだから。
だからこっから先は蛇足の返答となる。
まずアタシの基本的な考え方から。アンタはいろいろ言葉を尽くして語るのが好きっぽいけど、アタシはなるべく簡単に短い言葉で伝えるのが好き。
好きとか嫌いとか、君はあるかもしれないけれど俺にはない。俺はただ自分の言葉が出来うる限り正確に相手に伝わるように努めているだけ。もちろん可能な限り言葉を尽くしたとこで100%正確に伝わるとは思ってない。だけど、君の言葉は短くて簡単な分、今回の俺のように何が言いたいのかさっぱりわからない。察してくれというけれど、何をどう察するのかもわからない。だからこんなに何度もやりとりを重ねることになった。伝わらない言葉は、伝える意思がないのと変わらない。伝える意思がないなら初めから何も言わない方がいい。誤解を生むだけ。ただ、本当に伝える意思がなければ、こう何度もやりとりはしなかっただろうけど、それなら、俺だったら最初から伝わるように努力する。それだけ。
最初にアンタが一番知りたがってたことに答える。
俺が知りたいんじゃなくて、君が察して欲しいんだろ?そのために必要なのは、何を察するか、だろ?ちなみに俺が聞いているのはそれだけじゃない。エントリーのどの部分に対してどう怒っているのか?何故怒っているのか?何故君が怒ることがあるのか?何故君が俺に対して怒る立場であるのか?生きる事の何が大変なのか?何故傷ついているのか?何に傷ついたのか?どこに傷ついたのか?どう傷ついたのか?それは本当に、俺のせいなのか?具体的に。貼っただけだから既に答えている事も含まれているけど、別に無理に答えなくていい。そのかわり、それ相応にしか察する事は出来ない。俺は神でも超能力者でもないから。
ふつうの人が望むようなことはほとんど何も求めてない。アタシはただ「ごくありきたりに生きる」ことを切実に求めてる。
なにこれ、どう違うの?俺が言ってるただ生きるだけと、君の言うごくありきたりに生きる事には大きく隔たりがあると思うよ。精神面なのか、肉体面なのか、それだけでも大きく違う。確かに、肉体的に言えば、俺はごくありきたりに生きている。それが無い人に、俺は満たされていると言われてもそれはしょうがない。何とも答えようがない。「ごくありきたりに生きる」ってどういうことだ?精神的な意味で言えば、俺はごくありきたりに生きる事も求めてない。それがどういう事かというと、「普通の人が思い描くような幸せ」ではなく、普通の人が普通に生きていれば得られるような「喜び」「楽しみ」も求めていない、望んでいない、得る事は出来ないということ。だから君がもしそれを望んでいて、得ようと思うなら、その努力は俺より必要だと思うし、その分生きるのは大変で負荷もかかってくる。そのおかげで君が俺に比べて生きるのが大変だとしたら、それは君が幸福を望んだから、という事になる。俺は望んでいない。当然幸福を得るための努力も不要だし負荷も少ない。
いや、優しさや思いやりが足りないと言うべきか。アタシはアンタに「差別された」とは言わないけれど、「無神経で思いやりのない言葉に何度も傷つけられた」とは言っておく。それと、この文章は要約すると「俺と立場の違う人間のことなんか知ったことじゃない。俺には関係ない」ということでしかないと思う。もうちょっと言葉を慎重に選んだ方がいいよ。
俺が、俺の事を話すのに、誰に優しくするんだ?特定の誰かに対してその人の事を話すなら、優しさや思いやりを持って、というのはわかるが、自分で自分の事を言ってるだけなんだけど?俺は君の話なんか何もしてないよ?それとも自分の話をする際に、俺が知らない、誰ともわからない、俺と違う人間の立場の他人の話も混ぜろって言いたいのか?出来るわけがない。何のために?なんでそこまでしないといけない?自分の話をするだけなのに?俺は飽くまで自分の話しかしてないし、する気もない。そもそも違う立場の心情なんてわからないし、俺が言いたい事でもない。君が言うように、俺の知った事じゃないし関係ない。少なくとも俺が自分の話をする上では。当たり前だろ?
アタシはアンタが悩んでないとも辛くないとも思ってないし、人の苦しみを代弁してるなんて思ってない。ただこの一文からアンタに「切実な」悩みや辛さがあるようには、どうしても思えない。
俺は悩んでもないし、辛くもないよ。
アタシがアンタに「察しろ」なんて言うのはおかしいけど、いい加減察してよ。もうどうでもいいから、アタシは早くこのやり取りを終わらせたいんだよ。
放置すれば終わるよ。今回やったように、他も全部削除してしまえばそれはそれで終わるよ。俺は何も強要していない。それは君が判断することだ。子供みたいな事は言わないで欲しい。
君は興味ないと思うけど、少しは俺の話も混ぜておこうか?自分ばかり何か言わされた気になられても困るから。なってないかもしれないけど。
俺は別に、今生きる事に辛さや悩みは抱えていない。それが、君が俺に対して真剣に生きていないだとか、楽をしているとか、なめているとかそう感じた発端ではなかろうか。
でも俺はその代わりに、というよりは、それと同時に、楽しみや喜び、生活感、生き甲斐、充実感、満足感、それらも抱えていない。そういうのは俺にはほとんど感じられないみたいだ。
だから、俺はただ生きているだけ、という表現を使った。俺は辛さや悩みはないし、不満もないが、この生活に疲れを感じている。だから、生きる事に対して積極的でもない。
俺が今何の悩みも辛さもなく生きているのは、簡単に言えば大人になったから、自分をそう仕向ける事が出来るようになった。
子供の頃からそうではなかったから、俺は幼い頃から如何に苦痛を取り除くか、それだけをずっと考えて生きてきた。ただ、生命を維持するためだけに。
そして、君がぬるいと感じるように、それだけで生命の維持が覆されるような苦痛や恐怖も味わっていない。戦争や飢餓、そこまでいかなくても
病気や障害、事故や事件、いじめや生活苦といったものも、それに該当するだろう。だから、俺にとってこのただ生きるだけ生活は、今はそれはほど難しくはない。
必死で生きている人からして、俺は楽している、と言われても、間違ってはいない。俺は何も求めていないから、その分活動が少ない。ただ、真剣に向き合っていない、と言われたらそれは違う。真剣に向き合った結果、俺は自分を維持するために「如何に楽をするか」、「如何に苦痛を取り除くか」、それだけが生存の手段であり目的になっている。そのためだけに生きている。君がどういう意味で「真剣に向き合う」という言葉を使っているのかは知らないけれど、傷ついて、倒れて、恨んで、憎しんで、喜んで、這い上がって、頑張って、やり遂げて、切磋琢磨して、殺し合って、助け合って、そういう抑揚のある生き方は俺には出来なかった。残るのは痛みと傷だけで、あまりにも割に合わなかった。生命の維持に関わる事だった。だから、可能な限り避けようと努力してきた。それでも波はあったが、運良く大きな波にはぶつかっていない。今のところ生命の維持は出来ている。特に大人になってからは、自分が揺らぐ事も少なくなった。今後どうなるかはわからないが。俺はこの人生が辛いとも苦しいとも、楽しいとも嬉しいともなんとも思っていない。ただ生きているだけ、ただ時間が過ぎるだけだ。
以上が俺の甘えた生活だけど、君から見てこれがどう写ろうが、それは君の基準から見たらそうなんだろうとしか言えない。君の人生ではなく、俺の人生なのだから、それを甘えていると言われても、どうしようもない。そして、何度でも言うけれど、俺は自分の生き方を書き綴っただけに過ぎなくて、誰も批判はしていない。俺を侮辱した!とか言ってくる人が出てきても、してないよ、君の事なんて触れてもいないよ、としか言いようがない。それで傷ついたなどと言われても、俺にはどうする事も出来ない。生きるのも死ぬのも簡単じゃないと言われても、それは君の人生だ。君の人生について俺は一言も話していない。
あの…
最初に私が口汚く罵ったことについては謝るね。ごめんなさい。
あのね。私は最初からあなたと議論をするつもりはなかったんだよ。
これは必死で生きてる私のただなんとなく生きてるというあなたに対する抗議なの。
俺がいつ、俺に対して罵った事を謝れって言った?そんな事はいいから、少しでも俺の質問に答えてくれないかな?議論する気がないのに抗議があるとか、抗議があるなら抗議らしく、相手に伝わる言葉で、筋を通して言ってくれないかな?ただ自分の言いたい事だけをわめき散らすだけは、そんなのは抗議でもなんでもないよ。
俺には、君が何をわかっているのかも、何一つ伝わってこないぞ?
全然同じようには語ってないぞ。読めばわかると思うけど。
私にとって「生と死」はとても切実で、つらいことなの。
あのね。あなたは私が一方的に怒鳴ってたように思ったかもしれないけど
私はあなたを貶めようとか傷つけようと思って怒ってたわけじゃないよ。
必死で、必死で私の気持ちを訴えてたんだよ。
だから、何がどうつらいのか、何一つ伝わってこないって。俺はけなされたとも傷つけられたとも思ってないけれど、何度も言ってるように、意味が分からんって言ってる。何が言いたいのか。何の話をしているのか。君から伝わったのは、「俺のエントリーに対して怒っている」「生きるのは簡単じゃない」「傷つけられた」というかなり曖昧な事だけ。エントリーのどの部分に対してどう怒っているのか?何故怒っているのか?何故君が怒ることがあるのか?何故君が俺に対して怒る立場であるのか?生きる事の何が大変なのか?何故傷ついているのか?何に傷ついたのか?どこに傷ついたのか?どう傷ついたのか?それは本当に、俺のせいなのか?具体的に、言ってもらわないとわからない。俺は何度も質問したよな?訴える気があるなら、答えてよ。
あなたは冷静な議論こそ正義で、感情的なものを絶対悪と思ってるかもしれないけど
泣いたり笑ったり怒ったりするのが人間なだよ。
どうしようもない感情を持っているんだよ。
意味が分からん。何が言いたいんだ。正義とか悪とか、どっからでてきたんだ?
あのね。あなたは「君の状況を何も知らない」と言ったけど
それは私のことを知ろうと思って言ってくれたんだよね。ありがとう。
でもね、人には言えないこと言いたくないことも沢山あるんだよ。
私は家族にも友達にも「死にたい」気持ちを話したことはないし、話せないでいるんだよ。
あなたは年齢を訊くくらいの軽い気持ちで訊いたかもしれないけど、
あなたは車いすの人に「どうしてそうなったの?事故で?病気で?」なんて訊ける?
あなたはそれを聞いてどうするつもりだったの?
俺があれだけ説明しても、君は本当に何もわかっていないな。俺が君の事を知ろうとした?知って欲しいとか察して欲しいとか言ってるのは君じゃないか。君の言う事を理解しようとするには、まず君が何をもってそういう事を言っているのか、その根本的なことを抜きで話ができるわけないだろ。俺が言いたいのは、何も伝えていないのに、伝えようとすらしていないのに「わかろうとしない」とか言われる筋合いはないっていうこと。わかる?俺は君が車イスかどうかもわからないんだよ?
例えば車イスの人間が、「俺が車イスで生活している気持ちを知ってくれ、察してくれ」と言うなら、俺は「じゃあそれはどういう気持ちなの?」と迷わず聞くよ。真剣に聞く。自分ならどう思うかなんていう想像ではなく、その人は事実そういう身の上で、どう感じているのか。嘘偽り想像誤解の入る隙間もないように聞く。聞かないとわからないから。だって、知って欲しいんだろ?聞かずに知ることは出来ないよ。ここに書けないならメールで送れ。答える気がないなら知ってくれとか察してくれとか言う資格はない。
言ってないから。俺はそれに付け加えて、病んでるとかいじめられてるとか貧乏とかも入れたぞ。君はその状況ではないのか?と聞いている。その状況下で俺と比べられても基準が違うから話にならないぞ、と言っている。繰り返しになるけど。
あのね。私はあなたにもう一度「生と死」について考えてほしい。
私に訊くんじゃなくてあなた自身で。
なぜ私が「死にたい」ではなくて「生きたくない」という言葉を敢えて使うのか、
どういう想いでその言葉を使っているのかを。
むちゃくちゃ言うね君は。わからないから聞いているのに、考えろだと?考えるもなにも、その元手の情報が無いのに何を考えろというの?だから俺は考える元となる情報の提供を頼んでいるのに、それも出そうとしないで、むちゃくちゃすぎるよ。自分がどれだけむちゃくちゃな事を言ってるのかわかってる?俺は今、全く言葉のわからない国の人に怒鳴られて、その意味を考えろって言われる気分なんだけど。俺の手元には辞書もなければ、その国の人の文化、しきたり、ならわし、ルール、マナーが載った資料もない。第一、その人がナニジンで、何語を話しているのかさえ見当つかないんだよ?なのにその意味を考えろ?どうやって?
最貧国で飢えや病気に苦しんでる人たちと、先進国で文化的な生活を謳歌してる我々と、
何が違ったのかといえば、ただ単に「生まれた国が違った」だけだ。
そもそも、最貧国がなぜ最貧国になったかというと、元を正せば列強、現在の先進国の、
植民地化による収奪によるものと考えられるわけで、我々が今の生活水準を維持してるのは、
不当な収奪の結果と言える。
「最低限の文化的な生活」は、世界的に見れば搾取と略奪の結果だろう。
全世界の人が先進国並みの生活を送ったら、すぐに資源が枯渇するし、滅茶苦茶な環境破壊になる。
であれば、すべての人が平等ならば、最貧国の生活水準を全世界の平均レベルまで引き上げ、
先進国の生活水準も全世界の平均レベルまで押し下げなければならない。
多分、日本人は今の1/10位の収入で生計を営まなきゃならなくなるだろう。
我々が今の1/10の収入で生きることを受け入れれば、世界から飢餓や貧困はなくなるし、
ところが実際には、そんなことを受け入れる奴なんていない。俺だって受入れられない。
http://anond.hatelabo.jp/20090530044416
菜食主義者に聞きたい7つの質問
(1) :16歳の頃から、かれこれ10年以上ベジタリアンを続けています。
(2) :
もともと体調不良や、強い痒みを伴う発疹、不調時は嘔吐するなど、体質に合いませんでした。(血液検査で食物アレルギーも判明していたが、死に至るような重度ではない。)
その為、「好き嫌いはいけない。何でも食べないと大きくなれない」という学校や家庭の方針から、肉食を強いられてきましたが、高校に入って給食制度から解放され、体も十分に大きくなったため、自分の意志で徐々に一つ一つ除去物を増やしていき菜食へと変えていくことにしました。そしてそれは、<なんでも食べること>を美徳とした日本の社会で、時にはわがままな人間として彼氏や友人から理解が得られず…肩身を狭く感じる日々のはじまりでもありました。。
ですが、ネットで菜食レシピを探す過程で目にした『屠殺場の映像』や、大学の生物学部の授業で『世界の肉食が減少して、家畜の餌となる穀物が1割程度でも人間用にすることができれば、飢餓の問題は(カロリーベースの計算では)解決する』…と学び
『死なないレベルのアレルギーで、好き嫌いとして肉食を拒否すること』も1つの選択肢として、肯定されるのではないか…わかってもらえないことがあることは仕方ないけれど、自分は自分で続けていこう…と考えて、今も菜食の生活を続けています。
肉類、魚類、乳製品、卵類 です。 あとはアレルギー上、一部のフルーツもだめでした。
経験上、食事の場に「主義」を持ち込むだけで不愉快な気持ちをされる方もいるように感じました。ですので、初対面や浅い付き合いの相手でしたら、「軽いアレルギーですが体のことを考えて避けています。一緒にお食事を楽しめず申し訳ありません。」…とお断りして、お食事されてる隣で、お茶を飲みながらナッツをつまんだりしています。
よほど親しい方でないと、踏み込んだ話はしないですね。
(5) : 肉を食べることに対する抵抗はありますか?
何年も続けていると、体がうけつけなくなるみたいです。
(6) : 菜食習慣をする前と後とで、周りの人の反応は変わりましたか?
菜食に対しては「なんで?やめなよ!」「付き合いづらい…」「誰か芸能人のマネしてるの?(笑)」など否定的な反応が主でした。
が、アレルギー性皮膚炎はよくなりました。
(7) : 菜食主義者でない人たちのことをどう思っていますか?
それぞれ様々な理由で、(アレルギー、主義・信条、文化、信仰、好き嫌い"←私はコレ”など)、一定の割合で菜食を必要としている人がいます。ですが日本人のベジタリアンに対する認知度・理解度は、西欧諸国やアジアの他の仏教圏の国に比べて低いと言わざるを得えません。日本は、何でも食べることが美徳とされ、食に対する選択肢の狭められた社会になっています。
様々なニーズがある現実にそくし、それぞれ食事に対し異なる価値観を持つ多様な人々を許容する“懐の深い”社会として、、日本でもベジタリアンが非難されず、選択の1つとして受け入れられてほしい、と思っています。
菜食主義者でない人に、“菜食主義者になれ!”と思ったことは、本当に一度もなくて、“あなたにはあなたの食事への価値観があり、わたしにはわたしの価値観があります。”と、思うのです。。
長々とすみません。
…という事は俺みたいな部外者よりもバンナム側の方が明確に理解してるはずなわけで、それでも「アイマス」が潰れない戦略が既にあるのだとしたら、果たして何があるのか。ポイントはそこだと思う。
そうせざるを得ない事情があった、という可能性もあるけどな。2chの関連スレッドでも言われてるが、
こういった考察がされてる。
箱○がもう少し(商売が成り立つ程度に)普及していれば、こういう事態も無かったのかも知れないけどね…。
国民?
議員?
総理大臣?
文科省?
日教組?
そんな大きな話じゃない?
親の教育?
いやいや、全部違いますよね。わかってますって。
本人のせいでしょう。
ゆとり教育に甘んじて切磋琢磨しなかった本人が一番悪いんです。
生まれたときは、ベースはみんな同じなんです。
とんでもない不遇で生まれても、血の滲むような努力をした結果、上に上り詰めた人なんて数多居ます。
何故上と下があるか、それは頑張れば上に行き、頑張らなければ、そこから動かないからです。
下にいる人は落ちたのではありません。動かなかったのです。ただそれだけです。
日本は豊かな国です。死ぬ気で努力すれば大抵のことはできます。
ゆとりに聞けば分かるでしょう。彼らは努力をしたことがないはずです。
本当に努力をしたのならば、その結果は学歴や資格などに表れてきます。
「貧乏でお金がないから、高校時代はバイトに励み、その傍らで勉強をして奨学金制度も利用して志望の大学に行きました。
バイトは毎日入っていて、一日8時間、帰ったら2時間は必ず勉強をしました。」
あるいは
「貧乏でお金がないから、高校時代はバイトに励み、バイトで必要な資格を取得し、さらに業務に対し真摯に取り組み、バイト先で採用されました。」
これができないのがゆとりでしょう。
四六時中遊んでしかいません。
バイトも遊ぶためにやっているだけ、別に目的はないんですよね。
ゆとりの中には「夢はクリエイター」だとか言う人もいますが、「クリエイターに向けて何かやっているのか?」と聞いても骨のある答えが返ってこないのが多いのが、ここ最近です。(大抵趣味のレベルから上に行かない。趣味の範疇で自己満足し完結することが多い。)
ゆとりが生まれるのは、ゆとり教育が悪いのではないと思います。
個々人がゆとり教育に甘んじて、自分を磨こうとしない、切磋琢磨しないということが悪いのだと思います。
ですがそれは、景気が悪いのではなく、ゆとりが増えたからです。
ゆとりを減らす方法は、社会の側が対応するくらいしかないでしょう。
ゆとりの実数は減らせないまでも、ゆとりを無理に雇用することにより、減ったように見せかけることはできます。
彼らもアルバイター並の労働は可能ですから、それを目当てに採用するのです。
勿論、そんなことをする組織があるとは思えないですけどね。
だから、一般の方々は気にする必要はないのです。
親に寄生するのも限度というものがあるでしょうから、その内、飢餓などで自然に減っていくことでしょう。
少なくとも、子孫は残しませんから、寿命まで生き切ってくれても、ゆとりの子は発生しませんしね。
この流れにより、ゆとりは淘汰され、まともな人間のみが残る社会が1世紀後くらいには形成されていることでしょう。
なお、全文冗談ですので、本気にしないでくださいまし。