はてなキーワード: 音響とは
これだけでは、わからないと思うけど
怖いなと思ったのは、10年以上前に親がいきなり来た時に、相談に行った共産党系の医療生協の病院の車椅子のいかにも正義派のように見えるケースワーカーが、やたらにこちらを責めてきて、婦人相談所も他の街で駄目だったと言っているのに、半ば強制的に怒って、あなたが行かないから!と責めて、行かせたくせに、区役所からの問い合わせには、こちらの紹介じゃありません、と言った事
ナイーブな人潔癖な人、自分を良い人だと思いたがる人たちの方が怖いんだなと思いました。
自分たちが、良い人と思えなくなる事実を排除したり否定したりするから。私はこの時私の立場で言っても、全部被害妄想にされる可能性もある、と怖がってました。そうしたら、「この前、こちらの紹介で、パラノイアの患者さんを夫の暴力から逃がすために、入所させました」と怒られたり「言ってどうなったか、聞かせて下さい、このN里が聞きますから!」と自分の胸をどんと叩くと言うパフォーマンスさえ演じました。
区役所職員は私の前で電話をかけ、「そう 言ってる事がわからんの」 などと言ってました。 (同じ頃県議の選挙のポスターで知った立候補してその後の選挙では落選弁護士の事務所に相談に行った時、事務員にそんなふうに言われませんでした。弁護士には弁護士会に言って下さいと断られましたが。弁護士とはそれしか話してません ) その区役所職員は、あなたは自活していて、信念も持ってるようだから、一人でやっていっていいと思います、と言って保護しませんでした。 私が信念を持っていようといまいと関係ない事だと思います。持ってても親からの被害には遭います。 その前に電話で、言ってる事がわからないと言いつつ、信念持ってるって・・・? 言ってる事がわからない人を医者の手当ても受けさせずに放置して良いのでしょうか? 共産党系の病院と区役所が、そんなに仲が良いとは知りませんでしたし。。。 国や行政の批判は、よく書いているから、そういうものが行き届いてないという事を言ったら怒ってくるとは思いませんでした。
こういう人たちは、日本が民主的な法治国家で、何の問題も無いと思いたいから、それを信じられなくなる事実を否定したり排除したりするのではないかと思い、変な宗教家のようで怖くなって、良い人と潔癖な人は恐ろしいと思いました。
残念ながら、行政が訴訟を起こされることも、あるし 色々あるから、弁護士のような職業もあるわけなのに。。。
共産党だって、そのへんのところを指摘して食ってるようなものなのに
いつかの選挙の時に近くのスーパー前に来て、大音響で演説してたから、聞こえてきたけど、実現できるとも何とも言えないような事を、当選したらこうします、どうします、とか夢物語のように何かに酔ったように語り、明るく()笑 楽しそうに 演説して行きました。
共産党は不況で少しは票を伸ばしましたが(他地域)、共産党に入れる人は、そんな現実的な実行力に期待して入れる人ばかりじゃないと思います。
ピーターフランクルさんも、昔書いてました。 一番理屈に合っているから、支持する と。
共産党は、過半数取らないと運営を維持できない党でもないのに、少しの議席も保てず減らしてしまう。。。 明るく楽しくばかり、他の政党の真似をしてやっても仕方ないのに。 だって、共産党が存続を維持するために必要な票の数は、他と全然違うのだから、もっとニッチな層に受けるように、食い込むように、政治に関心がないわけではないけど、だからこそ選挙に行かないとか、もっと言えば白票で出すような層に働きかければいいのに・・・
そういう人は騙せないからと言って、そんなに貧乏な人がいるわけでもない街で、弱者救済だけやってても、票は取れないと思う。(私は貧乏ですけど)
つけたし
上に出てきたケースワーカーは、区役所で職員に合った後、医療生協の病院に電話したら「N里先生は、お帰りになられました」と言われ音信不通です。その後お変わり無いのでしょうか?車椅子の調子はどうでしょうか?事故か何かで人生の途中から、脊椎損傷で下半身不随になられたのに、健気に働く殊勝ないかにも正義派で弱者の味方に見える方でした。顔はちょっと辻本氏に似てました。あんな感じでいかにも正義派w
http://anond.hatelabo.jp/20111011004006
多くの人の(大衆の?)わからないというのをわかって、わきまえて暮らしてきましたが
私が今まで被害を被ったような事に専門に取り組んでいるはずの人たちや、それを批判してお金を得ている人たち(出版など) もいるのには、何とも言えない気になります。
実際、変なというか普通はしなくて良い親を保証人にできない場合の不動産賃貸に関する情報交換が載っているスレもあります。そんなに見てませんがあまり雰囲気は良くないです。
http://alfalfalfa.com/archives/1494324.html
みんなで、行政に言うべきだし、どこかに陳情するべきと言っても、全然盛り上がらず、当事者ではない叩きも来てるようだし
こういう事で、私の頭がおかしいと思いますか?と聞いたらそうは思わないけど、自分はわからないからと書かれたりもしました。
わからないなら、もっと広めて欲しい
怖いなと思ったのは、10年以上前に親がいきなり来た時に、相談に行った共産党系の医療生協の病院の車椅子のいかにも正義派のように見えるケースワーカーが、やたらにこちらを責めてきて、婦人相談所も他の街で駄目だったと言っているのに、半ば強制的に怒って、あなたが行かないから!と責めて、行かせたくせに、区役所からの問い合わせには、こちらの紹介じゃありません、と言った事
ナイーブな人潔癖な人、自分を良い人だと思いたがる人たちの方が怖いんだなと思いました。
自分たちが、良い人と思えなくなる事実を排除したり否定したりするから。私はこの時私の立場で言っても、全部被害妄想にされる可能性もある、と怖がってました。そうしたら、「この前、こちらの紹介で、パラノイアの患者さんを夫の暴力から逃がすために、入所させました」と起こられたり「言ってどうなったか、聞かせて下さい、このN里が聞きますから!」と自分の胸をどんと叩くと言うパフォーマンスさえ演じました。
区役所職員は私の前で電話をかけ、「そう 言ってる事がわからんの」 などと言ってました。 (同じ頃県議の選挙のポスターで知った立候補してその後の選挙では落選弁護士の事務所に相談に行った時、事務員にそんなふうに言われませんでした。弁護士には弁護士会に言って下さいと断られましたが。弁護士とはそれしか話してません ) その区役所職員は、あなたは自活していて、信念も持ってるようだから、一人でやっていっていいと思います、と言って保護しませんでした。 私が信念を持っていようといまいと関係ない事だと思います。持ってても親からの被害には遭います。 その前に電話で、言ってる事がわからないと言いつつ、信念持ってるって・・・? 言ってる事がわからない人を医者の手当ても受けさせずに放置して良いのでしょうか? 共産党系の病院と区役所が、そんなに仲が良いとは知りませんでしたし。。。 国や行政の批判は、よく書いているから、そういうものが行き届いてないという事を言ったら怒ってくるとは思いませんでした。
こういう人たちは、日本が民主的な法治国家で、何の問題も無いと思いたいから、それを信じられなくなる事実を否定したり排除したりするのではないかと思い、変な宗教家のようで怖くなって、良い人と潔癖な人は恐ろしいと思いました。
残念ながら、行政が訴訟を起こされることも、あるし 色々あるから、弁護士のような職業もあるわけなのに。。。
共産党だって、そのへんのところを指摘して食ってるようなものなのに
いつかの選挙の時に近くのスーパー前に来て、大音響で演説してたから、聞こえてきたけど、実現できるとも何とも言えないような事を、当選したらこうします、どうします、とか夢物語のように何かに酔ったように語り、明るく()笑 楽しそうに 演説して行きました。
共産党は不況で少しは票を伸ばしましたが(他地域)、共産党に入れる人は、そんな現実的な実行力に期待して入れる人ばかりじゃないと思います。
ピーターフランクルさんも、昔書いてました。 一番理屈に合っているから、支持する と。
共産党は、過半数取らないと運営を維持できない党でもないのに、少しの議席も保てず減らしてしまう。。。 明るく楽しくばかり、他の政党の真似をしてやっても仕方ないのに。 だって、共産党が存続を維持するために必要な票の数は、他と全然違うのだから、もっとニッチな層に受けるように、食い込むように、政治に関心がないわけではないけど、だからこそ選挙に行かないとか、もっと言えば白票で出すような層に働きかければいいのに・・・
そういう人は騙せないからと言って、そんなに貧乏な人がいるわけでもない街で、弱者救済だけやってても、票は取れないと思う。(私は貧乏ですけど)
失礼しました。
ここまでやっといてアレだけど、正直自分もクチャラー自体は擁護できないw
いや、祖母がね。的な個人体験があってですね。不快なのはまあ想像つくんだよね。
世の中にはたとえそれが赤の他人であっても、人間が泣いていることがたまらなく耐えがたい人種とかも居るんですよー。
元増田は「こいつ低音響かせて迷惑だから」ってのを楯にとって、ハンマー持ち出すわ壁に暴言ペイントするわくらいのことやってますよ。
ふとインターネットをやっていたら、以下のような記事を見かけました。
当たり判定ゼロ モテるSTG女子力を磨くための4つの心得「東方を知らない女をアピールせよ」等
どうやらモテる女子力を磨くための4つの心得「オムライスを食べられない女をアピールせよ」等というネタ記事を改変してつくられたものみたいですね。シューターならゲラゲラ笑ってしまいそうな内容です。
ところでダライアスシリーズのなかでも特に『ダライアス外伝』は、たくさんの女性プレイヤーを全国各地で見かけたシューティングゲームでした。現在ゲーセンで稼動中の『ダライアスバーストAC』にも女性のプレイヤーが確認されており、ときにはカップルでキャッキャウフフと遊んでいる光景も見かけます。弾幕や美少女キャラクターの目立つゲームよりは女性でも手を出しやすいのかもしれません。
ばかなこといってんじゃないよ。
ゲーセン行って『ダライアスバーストAC』。今、シューティングゲームで女子力を発揮するならこれしかありません。これであなたの女子力は最大96倍まで上昇するはずです。
【1暗さを味方につけろ!】
ダライアスバーストACは、大型筐体のなかで遊ぶシューティングゲーム。宇宙空間が舞台ということもあってか、筐体内は全体的に暗めです。暗いって、いいと思いませんか?ショットバーや居酒屋の照明と同じで。しかも時々、画面の照り返しや赤い警告ランプが、あなたの横顔を神秘的に彩るのです。ボス戦前の警告音の最中に、ちょっとだけ男性のほうを振り向いちゃうのも効果的かもしれません。
【2狭い筐体を生かせ!】
ダライアスバーストACの筐体は、コックピットをイメージしたのか、それとも音響効果や視覚効果を重視したのか、やや狭めです。実際、「筐体の天井に頭をぶつけないでください」という警告が書かれているほどです。奥さん!この狭さは地の利ですよ!筐体への出入りの時や全身を使った激しい弾除けの時、それとなくボディタッチしても、「狭いからしようがないよね」という大義名分が立つというものです。もたれかかったりしたら、さすがにあざとすぎるでしょうけど。でも、ちょっと触れたときに「あっごめんなさいっ」って言うぐらいなら、いいんじゃないでしょうか。
ちなみにシューティングゲーム愛好家の男子のなかには恋愛にうぶな人も結構いるので、あまり激しくやっちゃう&誰彼かまわずにやっちゃうと、勘違い君が出現するかもしれません。ご利用は計画的に!
【3一緒に強敵と戦って「吊り橋効果」をゲット!】
よく、恋愛の本に乗っている「吊り橋効果」。ドキドキするような局面を共有すればうまくいく、というあれです。
さて、このゲームにはハラハラドキドキするような場面が目白押しです。大きなクジラとの戦いや、ハリセンボンのホーミングレーザーから逃げ回る際には、ほっといても心拍数があがります。協同プレイで吊り橋効果をゲットしましょう。ただし、
【4優越感を煽って主導権を握れ!】
「吊り橋効果は欲しいけど、私そんな強敵と戦えない」「バーストカウンター?なにそれ?」と言う女子もいるかもしれません。案ずることはありません。むしろ逆に考えましょう。ここは優越感を譲って、実をとりましょう。むしろ、へたくそさをアピールするぐらいが良いかもしれません。
草食系男子とか色々言われてるけど、たいていのシューターは、「お姫様を守るオレ」をやりたがっていますから、実を取るなら、あなたはネクストあたりを選んでプラプラしてましょう。そうしたほうが「協同プレイに貢献しているオレ」を満喫していただけるというものです。間違ってもボスに超接近して張り付き瞬殺をキメたり、バーストカウンター96倍を総なめしたりしてはいけません!ドン引きはされないとしても、それじゃあ男子の優越感をくすぐれません。
【5漁場はインターネットでチェック】
さて、いくら意気込んでゲーセンに出かけても誰もいなければ女子力を発揮することも出来ません。ですが、タイトーの公式ページに行けば、どのゲーセンのダライアス筐体にどれだけ人が集まっているのかを知ることができます。具体的にはクロニクルモードのランキングで上位30位ぐらいの店舗には、たくさんのプレイヤーがいると思って間違えないでしょう。
これらのtipsを意識すれば、さあ、今日から『ダライアスバーストAC』はあなたの漁場です。小魚をいっぱい引き連れる“姫”を目指すのも良し、大物を見繕って一本釣りを仕掛けるも良し。どちらにせよ狭い筐体とボイスソニックはあなたの味方です。もちろん、シューティングゲームとしても遊びやすくて奥が深い作品ですから、女子の嗜みとして悪いモンじゃあありません。そうと決まったら、大物釣りを目指して全国の漁場へゴー!であります。
※もちろんネタですが、実際、『ダライアスバーストAC』は二人以上で同時に遊べるちょっとしたアミューズメントとして、お勧めです。
3Dテレビはごろ寝してると立体に見えないでしょう。(違ったらごめん)
そこがネックだと思ってる。
立体音響はどうなんだろう。
数年前ネット上で話題になった立体音響。従来の左右のみの位相だけでなく、奥行き――つまり三次元的な音の捉え方によって、あたかもその音が目の前で鳴っているかのように聴こえる。都内のオーディオショップで体感したとき「これは凄い」と思ったのだが、社会的にはあまり話題にならなかった。
需要が無かった。でもそれ以上に一般の人を遠ざけた理由は、立体音響というシステム自体が、単なる音フェチのオナニー用具として機能していたからだろう。
立体音響をヘッドフォンで聴くと分かるが、首の近くで喋っているようで、くすぐったくなったり、こそばゆくなったりする。一般の人はゾワゾワして、聴くのをやめてしまうだろう。だが音フェチの人間にとっては、それこそが快感。ゾクゾクするのだ。環境音や、朗読のCDを聴きながら、心行くまでそのゾクゾク感を体感する。
一般人はおそらく、その音フェチのトンデモ具合に引いてしまったのだ。ドン引きしてしまった。立体音響が音フェチたちのオナニー用具として使われていることを敏感に嗅ぎ取った一般消費者層は、立体音響から離れていった。ただ、それだけのこと。
さて、ついにオンラインでの映画レンタルサービスが発表されましたね。
アップル、日本のiTunes Storeでも映画配信スタート
返却期限を過ぎて延滞金を取られたとか、借りた DVD に傷が付いてて見れなかったとか、そんな不便な経験をしたことがある人も多いんじゃないんでしょうか。
僕も、延滞金が保留になっててブラックリスト扱いされてるお店がありますw
お値段も新作 500 円、旧作 300 円からとそんなに高くない (地方の店だとこれぐらいザラ)。
良いところたくさんのこのサービスの開始によって、影響を受けそうな映画館、ツタヤとかゲオなんかが今後どうなるのかちょっと考えてみました。
ここはそんなに影響受けることはないんじゃないかと思います。
なぜなら、多くの映画ファンにとって「映画館で観る映画」と「家で DVD で観る映画」は別物だと思うからです。
あの大スクリーンに豪華な音響施設、映画を観るためだけの映画館という施設の魅力というか雰囲気、何よりいい映画の場合、他の観客と感動を生で共有できる (マナーの悪い人もいますけどね…) という独特の味みたいなものがあります。
デパートの屋上でコーヒーカップに乗っても普通の楽しさですが、ディズニーランドで乗ると楽しさ 10 倍くらい増しません? あんな感じです。
結論:
映画館は一種のアミューズメント施設なわけで、利便性を売りとしているオンラインレンタルとは競合しにくいかな。
ここがキモです。
でも僕は、少なくともツタヤはすぐ死ぬってことはないんじゃないかと思ってます。
iTunes Store ではおもしろい映画の提案はしてくれません (少なくとも今は)。
Music Store を見ても最新チャートがズラッと並んでいるだけで、今まで iTunes Store の方から音楽を提案してきたことは、機械的なレコメンド機能を覗いて皆無です。
つい先日脱税やらで恥ずかしい報道がされていましたが、やっぱり頭のいい人間はいるみたいで、ツタヤは最近こんな企画をやっています。
【TSUTAYA発掘良品】100人の映画通が選んだ本当に面白い映画。
名前でどういう企画かすぐわかりますね。
興味が出た方は、お店に行って返金対象の映画でもどうぞ。
で、何が言いたいかというと、今後お店が生き残る道の一つとして「客に提案できる店」というのが考えられると思う。
年に何百本も映画を観てるツタヤの店員に「これおもしろいっすよ~^^」なんて言われたら、よほどのことがない限り興味が湧きません?
これは機械でできてる iTunes Store には決してできないこと。
それに、ゲオにもこれはできません。
ゲオはレンタル料金の価格破壊ということで業界に参入してきたけど、映画というものは『観れる時間』という限られたパイがある。
レンタル料金を下げたら、限られたパイの争奪戦になりいずれ立ち行かなくなるということがわからなかったのだろうか。
わからなかったから、あんなことしたんだろうけど。
当然だけど売上は下がって、お店は昔のようにヘンテコな作品を置いてお店を賑わすことが難しくなり、メジャーな映画やドラマ・韓流といったつまらないものばかりになってしまった。
こんなめくらな商売をする会社に、驚くような対抗策が出せるとは思えない。
レンタルの次はポイント事業だし、やってることが全部 CCC (ツタヤの親会社) の後追い。
あー、ウザいから早く潰れないかなこの会社。
結論:
お店に行く楽しみを提案できるのなら、この先数年は大丈夫だと思う。
たぶん。
当日券組と当選券組が照蓮寺に集まっている (1:30くらい)
正門に集まる。
そこに今日の声優が乗ったバンが駐車場に止まり(2:00くらい)
皆集まってる中ガードされながら正門から中に声優が入っていく(そのとき皆写真撮りまくる) ※ガードされてるので映ってるかどうかは知らないが並走して写真撮ってる奴もいた。
当日券組の整列が始まる(正門)(2:30くらい)
当選券組は後でゆっくり入れるので喫茶店でも行ってと勝ち組アナウンス
ここでリハーサルの中島の声が聞こえる。正門が開いたままなのでここでも写真を撮られる(遠目に見てたのでよく分からないがたぶん写真を撮られたと思う)
そしてすぐに正門が閉じられ歌のリハーサルが行われた。スピーカーから歌が聞こえ良いBGMになっていた。
開始時間が近くなると正門ではなくもう一つの門(東門?)に当選券組が移動され、整列が始まる(3:00くらい)
先に当日券組(立ち見)が入り、後からゆっくり当選券組(パイプ椅子用意)が入る(ゆっくりとあるが整列から30分以上待たされてる)
当日は天気も良く日が当たると少し暑いので待つのはちょっと辛かった(待たされた場所が階段というのもあるかも)
結局開始が遅れる。
席番号は前から横に番号がふられてた。
一番前列が1~15ぐらい?(5,6,7が正面ベストポジションぐらい)
階段があって少し下から見上げるのだが一番前列から5メーターぐらい?近い(余裕で顔をガン見だった。)
席は空席がなかった(確認した分だけだが)
さて、イベント開始
儀武ゆう子の足がピンクのタイツでドキドキしてよく覚えてないが、煽ったりして空気を暖めてた。
んでキャスト登場をあやちー、かなちー、ゆかちー、さとじゅみちーのかけ声で登場。(登場するまで時間が掛かり拍手が長かった) ※時間が掛かったのは、登場場所が境内なので離れから歩いて出てきていたため。
左から
儀武、竹達、阿澄、井口、監督 ※監督は和尚の法衣を着て登場。
一人ずつ自己紹介、竹達から右順。
で、竹原市で5人は1日役職を貰った事を話題に。
竹達は1日竹原市長。 ※実際に市役所に行って認定式(?)をしたらしい。阿澄井口も同様。
阿澄は1日教育長。
内容は
・たまゆらは竹原前市長(イベント当日は1日市長の竹達なので)がノリノリで市をあげて協力したらしい(実際に竹原市役所の外壁にたまゆらの絵がラッピングしてあったり、町の中にポスターがいっぱい張ってあった)
・ほり川のたまゆら焼き(お好み焼き)とデザート(アイスの盛り合わせ)についてはキャストが考えて考案したらしい。たまゆら焼きは竹達と儀武。アイスは最初阿澄だけだったが、井口は他にも考案してあったのがボツになり名前を井口が考えたらしい(名前はラブリーなんとか(すいません忘れました))、ちなみにたまゆら焼きは松来未祐監修。
・たまゆら上映会の椅子並べを手伝ったのは儀武で、「ここを中央にしましょう」と仕切っていたらしい
・監督と儀武が色んな所でイベント行ってる事を他のキャストは知らないらしく、阿澄がそうなんですかと聞くと監督が儀武とユニット組んでるんだよと言い「ユニット名は、たまゆLIPS」と言ってLIPSをネタにして、阿澄が弄られてた
・監督が、儀武と行動するといつも雨なので、今日は晴れて良かったと言った、儀武はそれに対して、「もし今日雨だったら土下座しなきゃ」と言ってた
など。
トーク中の事など
野外なので蚊がいてトーク中に、竹達や阿澄が蚊と戦っていた
あと、始まる前に水を持ってきた人がこぼして机が水浸しになり儀武がそれをネタにしてうまくフォローしてた。(竹達もトーク中に水をこぼしたが儀武がフォロー)
トークする所に逆光が入り阿澄が「まぶし」と言ったが儀武がそれも「後光が差してますよ」とネタにする。(この後も後光ネタがたびたび出てくる)
次はお絵かきコーナーで、
キャストと監督で竹原市のイメージキャラを考えようというコーナー。(実際ラジオでこの企画をやったがどうやら手違いで白紙になったらしい(井口の作成したキャラ))
最初に竹達がキャラクターを発表した。内容はまぁ普通だが山をモチーフにしたキャラでロボットのように中に入れるらしい。(つまり山をくりぬいていると他に突っ込まれフォローしてた。市が森林とか大切にしていると言う事で)
2番目が阿澄で、某万博のキャラに似たキャラクターを書いてた、本人はインスパイアしたと言ってたが井口から総突っ込みだった。しかし竹原の良いところをインスパイアした今回の内容と合ってるらしく最後には納得してた。
3番目が井口で、萌が竹原市にも取り入れるのが良いと言って、萌絵を描こうとしたが画力が足りないキャラになった(前回は井口の作成したキャラにしたため、気合い入れたが今回は最後には諦めてた)
4番目が儀武で、竹原コブラと言うキャラを書いたがやはり画力が足りない(ラジオで前回書いた悪い所を直して改良?したらしい)
ラストが監督で本気で書いて、キャスト陣から大人げないと言われてた
今回書いたキャラはたまゆら写真館(笹井邸)に展示するらしいので、ぜひ行って見てほしい。(キャストのサインやキャストや監督スタッフが撮った写真も展示してます)
トークとお絵かきコーナーが終わって、
まず、中島が登場。中島と言っても中島ノブユキの方。ピアノが置いてあり、そのピアノで伴奏した。
そのころには丁度夕方近くになり雰囲気が出てきて良い感じだった。
特別版と言うことでピアノを中島ノブユキが弾き、中島愛が歌った。ダブル中島ですねと儀武がネタにする。儀武ェ(褒め言葉
これも夕日が沈みかけの良い雰囲気で良かった。ちなみに中島愛の足にドキドキしてたのは内緒(曲はメロディと夏鳥の2曲)
そして、寺での使用された機材は照蓮寺の物らしい、立派な音響セットで普通にライブが出来る。(寺でライブ出来るとかどんな和尚だろう)
地方イベントなのに人がいっぱいで、人気声優の力はすごかった。
イベントのスタッフはあまり慣れてないようなので現地の人だったのかなと言う印象(開始も遅れたし)
それでも、問題なのは時間ぐらいで全体としては良イベントだと思う。
帰りに、アンケートが入っていたので出して帰りました。
竹達がお疲れ気味なのは前日のイベントの影響?とツイッターの方にもありましたが、疲れてる印象はあった。
たとえば他の声優が喋ってるときなど。(蚊がいてテンション下がってた、だけかもしれないが)
あと、儀武のMC能力の高さに吃驚。
色々とアクシデント(水こぼし、逆光、蚊(虫)など)もネタに変えてがんばってたし、客弄りも上手だった。
最後の挨拶時に井口がぜひTVシリーズもと言ってた、それに対して監督はTVシリーズも一応視野に入れて作ってる的なことを言ってたが、
やはり売れないと難しいみたいなので皆買ってください、そして竹原市に行って竹原の空気に触れてください。
以上レポでした、長文乱筆失礼。
NHKが受信料をとるのは、CMがないからじゃない。法律でそう決まってるからだ。放送法32条一項な。
協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であって、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。
というわけで、原則としてTV受像機を設置すれば契約の義務があり、その契約に基づいて受信料を支払わなければ契約違反。罰則はないけど、契約違反だから裁判になったら必ず受信料を徴収されると思った方がいい。TV受像機を捨てない限り契約の解約はできないからね。
協会は、他人の営業に関する広告の放送をしてはならない
というわけで、営利は禁止されていても自団体であるNHK自身の広告は問題無いんだ。
妙な理屈に聞こえるかもしれないが、そもそも理屈云々じゃなくて、法律がそうなっているということだ。理屈がおかしいと思ったら法改正運動を行うべきで、NHKには一片の非もない完璧な遵法行為というわけだ。
ま、TV持ってない俺には関係ないんだけどなw
勝手な決まりを作り、強制的に守らせる。昔は良かっただろう。でも、今は必要ない。この21世紀には必要ない。
伝統によって地域がまとまらなければいけない時代などとっくに終わってる。
俺の高校では暴力的な前夜祭があった。一年生の時、それを体験した。上級生達が、大音響の音楽で暴れ、一年生を無理やり踊らせる。ノリが悪い奴らには後ろからタックルや蹴りをいれる。もちろん、大音響&馬鹿騒ぎの中だから気付かれない&黙認されている。
こんなことはおかしいと思った。こんなことが許されていいわけがないと思った。全ては伝統で片づけるこの学校は狂ってると思った。
そして次の年、俺たちの学年は 伝統 を廃止した。
それによって何が起こったか。下級生が上級生を敬わなくなった。元々進学校とは名ばかりで、実際は落ちこぼれ一歩手前の人間が入ってくる高校に過ぎない。
俺はそこで初めて伝統の意味を理解した。彼ら(高校の先輩)は下級生を無理やり従わせるためにこの伝統を利用していたんだ。暴力で上級生への恐怖を植え付けることで、下級生をおとなしくさせようとしていたのだ。
そして俺は思った。そんなことをしなければ従わせられないのなら、そんなものは無駄なんだと。
ダメな人間ばかりが集まってきたのなら、それを何とかしようとする努力が必要だった。しかし教師たちは何もしなかった。面倒だったからだ。そこで、生徒を利用することにした。
力による支配をさせることで、支配している側に優越感を与えながら(ある意味では上級生の自覚となる)生意気な下級生を抑える。こんな馬鹿げた方法を「対策」としてきたのだろう。
暴力で抑えられた人間は、暴力から解放された時、その溜まりに溜まった痛みは弱者へと向けられる。上級生に痛めつけられた下級生が、今度は上級生となり下級生を痛めつける。暴力の連鎖だ。
これを断ちきった俺たちは偉いと思う。そしてそのおかげで俺は暴力の無意味さに気付くことが出来た。
体罰も同じだ。学校という閉鎖環境に置いて、何らかの暴力を伴った「教育」を行ってはいけない。社会の歪みを子供のころから実感させてはいけない。新しい世界を創れる彼らだけが希望なのだから
2級品ねぇ・・・一昔前の一級品より、今の2級品の方が性能がいいのに2級品ていう名前の響きだけで、劣等感を感じるんだとしたら、騙されてるよねぇ。
2010年度に、3Dが楽しみたいなら、映画館に行くべきだし 対応コンテンツ数とスクリーンの広さと、座席指定できる便利さと音響を考えたら2010年は映画館の方が断然いいよ。1日なり、レイトショーなりあるだろ?
第一、現在、コンテンツがあんまり無いのに3DTVを今買っても、余り意味が無い。
コンテンツが充実する頃には、今の3DTVより性能の良い、2級品が出てるだろうから、安くそれを買えばいいよ。5万(激安品)とは言わないけど、中級機を買えばいいよ。
って話。
元増田が昔はよかったっていってるが、昔はブラウン管で絵はきれいな物もあったけど、大変だったんだぞと。液晶なんて最近で1インチ1万円って言われてたのに、安くなったじゃないかと。買えるじゃないかと。何を嘆くんだと。そもそも、昔でも食い詰めるやつはいたんだと。上ばかり見て話するなと。
いやさぁ、憧れて、欲しくて、それを目指して頑張るんだつーならわかるし、頑張れないほど貧困国や紛争国のように酷いということもないし がんばって一級品を買えよ!っていうけど。
悲観するんだったら、2級品で賢く生活すれば、結構、いい生活できるよ?たとえば、ポルシェだってちょっと乗りたいだけなら、中古安いよ? プチ贅沢でプチ幸せあるよ?って話だろ?
あぁ、あと、30で給料頭打ちって、言い方変えれば、子供の世代は、今よりも性能の高いもので飽和して、安く買えるんだから、そもそも困らんだろうし、高い給料が欲しいなら、それこそ、実力で、海外展開でも何でもして、自力で稼げと。そのレベルを、会社や社会に頼るなと。そういう話だねぇ。
よくわからないけど、社会のレールに載っていたら贅沢できるとか、そら、ゆとりすぎる。繰り返しになるけど、おれらの親の世界でも、食い詰めたり肉体労働や劣悪な環境で若くして死んでるやつなんていくらでもいるから。
ようするに、借金してでもモノを買わせようとする、消費者戦略の幻想だよ。そのへん。ただ、商売道具とか、必要なものは高くてもローン組んでもいいものを買っておけとは思う。
ゆっくりと衰退の一途を辿っていくのをおもしろいと思うのもおかしいけど。
ここまでファンに嫌われ戸惑われ庇われ続けながら、どんどん自分の世界に没頭していく堂本剛と。
ひたすらにひたむきに技術を身につけ才能を伸ばし、一流のエンターテイナーに登りつめて行く堂本光一。
対局に位置するふたりを内包するKinKi Kidsというグループが、今後、どういう衰退の一途を辿っていくのか。
そして、5年後、10年後、彼らがどうなっているのか。
未来は見えない。
だから、興味深い、と思う。
ネットでのかくある論争(とも言えないほど、ただひたすらに平行線をたどる3つ(ないし2つ)のお互いに話を聞かない、押し付け合いっぱなしの話だけど)。
ネット上でのことなんて、リアルな世界の一部でしかないとも思うし。
実際、そこまで真剣に彼らを応援したり、解散要求を出したりしてるファンがどれほど居るんだろうとも思うけど。
それでも、そういう話がでる自体が異常なことだとも思うし。
ただ単に、どこかの熱狂的なファンが、なんかしらの思惑で煽っているだけなら、こんなに長く、根深いモノにはならなかったと思う。
常に、火種は剛の口から、行動から発信されていて。
それは、たぶん、剛自身が意図してない方向で、次々と自身のアンチを生み出している。
否、少なくともジャニタレでも、特異な行動をしたり、分かりやすいくらいに特別扱いをされていたり、仕事を真面目にやらないタレントは、Jr.、デビュー組に問わずアンチがつきやすく、嫌われるものだけど。
ここまで、本気でかつてファンだった人に嫌われるジャニタレは初めてじゃないかと思う。
と、先入観を抱かせるのもどーかと思うけど。
自分がもう嫌いっていうか、自担にはこういう風にはなってほしくないと思ってるし。
本気で近づかないでくれ、影響受けないでくれ!常に反面教師にしていてくれと願わずにはおれないもんで。
どうしても中立的な立場にはなれないんだな。すでに。
KinKiファンは、大きく3つの立場に分かれている。
KinKi Kidsのファン。
堂本剛のファン。
堂本光一のファン。
同じじゃん、と思われるだろうが、全く違う。
KinKiのファンはグループのファンで、どちらか寄りとかがあったりはするが、少なくともKinKiのふたりとも好きな人たち。
こちらは、剛に心酔し、信者とまで揶揄されるほどのファンが多くを占めていると思われる。
が、ほとんどはKinKiファンになるので、本気で剛オンリーとなっている人は意外と少ないんじゃないかと思う。
たとえば、光一アンチ化するまでの剛オンリーは、そんなに居ないと思う。
こちらは、ほぼ半数以上が剛アンチを兼ね備えたファンだと思う。
剛を受け入れることができなくなって、KinKiファンを辞めざるをえなくなった、KinKiにいる光一を楽しむことができなくなった。
ある意味、病的なまでに剛を嫌い、ときにはそれ完全に思い込みじゃ。。。という持論も捲くし立てるけど。
少なくとも「一番好きな男の横に、常に一番嫌いな男がいる」光景を見続けなければならないことを考えれば。
その時には脊髄反射的な反応もしょうがないと思うし。
逆に、そこまで嫌われる剛って何者だよ、とも思うが。
結局、クオリティがKinKiでの活動<光一のみの活動となっている現状を見ると致し方ないと思う。
そりゃ、剛ファンはKinKiに固執するよ。
かつて光一が作り上げたアイドルKinKi像を、はちゃめちゃにして壊し続ける剛の行動の結果が現状によく出ていると思う。
まあ、剛本人は壊していると思っても居ないし、剛ファンもKinKiファンも、きっとそう思ってるんだろうけど。
簡単に嫌いになれれば、それが一番楽な道筋だ。
でも、光一本人に嫌いになる要素がない。
ただただ、彼が一緒に仕事をしている剛を知れば知るほど、嫌いになっていく。
剛の言動に「どうして?」「なんで?」と疑問を持ち、考えれば考えるほど、嫌になっていく。
終いには、観ているだけで虫酸が走ったり、名前を見るだけで悪寒を抱くほど嫌いになるのに。
否が応でも眼に入る。
そして、剛が発言する度、行動する度、怯え傷つき、ますます拒否反応を抱く。
それでも、光一がいる、好きな人がいる、笑っている、歌っている、踊っている。
そんな状況、正直体験したこともないし、想像もつかないけれど。
ある意味で幸いなのは、年数を重ねる度に、KinKiが剛色に染められていったこと。
光一の表情が明らかに違うこと。
(まあ、KinKiファンはそう思ってはないし、それもファンの見方次第なんだろうけど)
KinKiで本気の光一を見ることが出来ないのならば、応援する必要はない。
大切な金銭を消費する理由はない。
そう判断をくだすことができたということ。
KinKiにとって不幸だったのは。
光一ファンが(一部でも)そういう判断を下してしまったこと。
下してしまえるグループに成り下がってしまったということ。
10代の頃に、芸能界で生きることを決意し、音楽に限らず、演出の勉強もした。
今の光一の仕事ぶりをみれば、並々ならぬ努力を10年以上重ねていたんだろうと推察されるほどに。
うまく廻っている時期があった。
それが黄金期だった。
剛があまりその辺に興味がなく。
のちに剛自身が「周りの大人達の言うことを聞いてきた」というようになる時期だ。
光一がメインとなって(しかし、それを必要以上にアピールすることもなく)。
スタッフと相談し、意見を言い切磋琢磨しながらKinKiを創っていた頃。
ファンも当然、剛もそうなのだろうと思っていた。
たとえ、コンサートで剛の顔色を伺いながら、今日のコンサートの出来不出来を伺うことに何の疑問を抱いてなくても。
のちに「おみくじコン」と揶揄されるKinKiコンでは、それが当たり前だった。
ファンは常に剛の顔色を窺う。
今日の剛の機嫌がどうかをまず確認する。
機嫌がよければ、コン中もにこにこしているし、MCでもよく喋る。
しかし、機嫌が悪ければ、ムスッとしたり、MCでは押し黙る。
コンサートが終わって「今日の剛は機嫌がよかったから、よかったねーw」とか「剛、機嫌悪かったね。体調良くなかったのかな」とか。
そういう会話が当たり前だった。
(否少なくとも、今でもそうだと思う)
ちなみに「ドーム規模の公演でもKinKiコンはおもしろい」そう思っていた時期もあった。
毎年行っていたツアーで、「今回はちょっと構成が間延びしてたよね、微妙だったなぁ」と感じるコンサートがあった。
光ちゃんどうしたのかな?と思ったら、雑誌で意気揚々と剛が「今回のコンサートはオレが演出した」と言っていた。
お前かwwwwやっぱりだめなんだな、剛はw
で、当時は済んでいた(自分的に)。
でも、それから先、コンサートがおもしろくなることなくなった。
それから。
剛が「これからは戦っていく」という発言を皮切りに、KinKiに剛が意見を出してくるようになった。
それが、光一を含め、スタッフとお互いに納得するまで、とことん話し合い、意見を出し合い、そうして共通のKinKi像を成立させるために。
最強のグループにするためのものだったらよかった。
というか、普通そうだろうと思ってた。
そもそも、それまで剛が話し合いに参加していなかったのは。
剛曰く「自分は優しいから、周りがやって欲しいことに従ってきたから」で。
それは、光一やスタッフが「剛どう思う?」「こういうのはどう?」と意見を聞いてきたときに、ただ「それでいいと思う」と答えてきただけと推察されるわけで。
そんな剛が意見を言い出したら、ただの暴君だった。
後出しジャンケンのように、全てが終わった後で「自分はそんな風に思ってなかった」「ホントは違うことがやりたかった」という趣旨の発言を繰り返したと思えば。
そのうち「周りの大人が自分の意見を聞いてくれない」「僕は常に戦っている」と言い出す。
結局、自分の思うようにならなかったら機嫌を損ね、事後にメディアを使ってスタッフ批判、相方批判を繰り返す。
コンサートで口を開けば愛を語り、自分は優しく傷つきやすい人間で、しまいにはパニック障害や過呼吸症候群も持っていると病気まで持ち出す。
病気を持ち出されたら、何も言えない。
どうすることもできない。
ステージ上で薬を飲んでも、笑って踊らなくなっても、MCでダンマリを決め込んだり、光一を置いてその場から離れても。
ファンは心配することしか出来ない。
そして、ふと我に返る。
コンサートって、ファンを楽しませるためにあるんじゃないの?
なんで、剛の体調を常に気遣う必要があるの?
なんで、剛の機嫌を伺う必要があるの?
なんで、楽しむために来ているコンサートで、剛の心配をしなきゃいけないの?
気付いたファンは、疑問を抱く。
そうしてモヤモヤした気持ちを抱える日々が始まる。
光一がきている公演で「僕は長い間人間不信だった。バンドのメンバーに逢って救われた」と言ったこと。
光一の数々の音楽活動を知っているはずなのに、新聞で「光一は音楽に興味がない」と発言したこと。
自身のソロ活動でコンサートをする度、名前を変える度に、それまでやっていたことを完全否定すること。
ジャニーズ事務所を否定し、アイドルを否定し、それでも、ジャニーズ事務所やアイドルに固執していること。
年齢を重ね、社会人となりそういうファンの前に、いつまでも成長しない剛があり続けた。
10代後半、20代前半なら笑って「若いからね」と赦される言動も、ファン自身が幼いために見過ごされる言動も。
どうしても引っかかってしまうファンが増えた。
31にもなって、未だに「大人は汚い」「自分の気持ちを理解してくれない」と言う剛。
若い頃から自分の未熟さを認め、多くのスタッフにぶつかり、若さゆえに否定され、それでも食らいついて努力を重ね続けた光一とは、すでに雲泥の差がついている。
それは傍から見ていても判るほどに、顕著だ。
彼が携わった作品に、全てが顕れている。
本人がどれだけ努力をしたか、どれだけの勉強をしたかを語ることがなくても。
出来上がったものが、全てを証明している。
私自身にとっても、エンタメを享受する人間として、理想とする「ショービズに活きる人間」の理想像は光一だったりする。
観客のために、ショーのために、最大限の敬意払い、努力をし、楽しんでいる人。
どんどん要求が高くなる観客を相手に、その要求、理想を満たすものを自ら生み出し提供し続けていけていること。
歌って踊って、自分のみならずステージに上がっている人たちを輝かせることができる人。
口先だけの言葉はすぐにバレる。
全部、作品に出るから。
しない、のではない、できないのだ。
剛が観客を巻き込む。
スタッフを巻き込む。
妄想かもしれない。
でも、結局、剛は自分を否定する人たちを残していかなかった。
誰でも見れる雑誌で、友達を否定し。
真剣に剛を想ってくれている人たちが、どれだけ周りに残っているんだろうかと思う。
仕事として、真剣な議論がどう想像しても成り立っているとは思えない。
そういう風にしか生きられない彼を可哀想とも思うし。
そんな彼と15年以上2人きりのグループとして仕事をし続けてきた光一を単純にすごいと思う。
(どう想像しても、私は絶対、剛とは一緒に働きたくない)
KinKiは衰退して行く。
KinKiファンが異常に、ふたりが接近することに歓喜することも。
ふたりが仲がいいことを望み、渇望し、そういうふたりを見せておけば納得するほどまでに、レベルが堕ちてしまったことも。
少しでも剛の批判をすればファンによる集中攻撃を受け、批判ではなく「愛あるダメ出し」や単なる批評であっても。
剛を否定することは許されないネット上の状況も。
光一ファンが異常なまでに剛を拒絶し、KinKiの解散を望んでいることも。
剛を心から愛し、ファンとタレントとして共に切磋琢磨しながら成長しようというファンがいないということも。
結局、剛も、剛ファンも、KinKiファンも、光一ファンも、みんなが光一を望んでいるということも。
剛やファンから、光一はたくさんの責任を背負わされ、それらによって批判も賞賛も得るけど。
剛はみんなが甘やかして、ちやほやして、いいよいいよーと褒め称えられるだけ。
どちらが不幸で、どちらが幸せなのか。
たかがジャニヲタの。
たかがいちアイドルグループの。
本当の実情なんて、メディアに出ている以外には知らない人間の戯言ですが。
すでにKinKiファンの間から光一ファンが立ち上がり、剛アンチが声を上げ始めてから4年ほど経つ。
これから先、彼らがどういった経緯を辿って、どんな未来に落ち着くのか。
こんなに興味深い観察対象はない。
ちなみに光一ファンを剛アンチ化した顕著な一例を付記しておく。
T「今回は曲が持ってるパワーを大事に考えて、どういう歌割りや構成がいいか考えながらやりたいっていう話をスタッフの方にして」
K「ふ~ん、そうなんや」
T「知らんかった?歌割りも、サビをユニゾンにして二色(二人の声)が一つになることで曲の要素を壊すようなら、いさぎよくやめようっていう話もした。で、今回は主旋律とハモになって」
K「そうなんやぁ~。いつもはレコーディングのときにいろいろ試して、この組み合わせがいいかなとかってやってるやん?でも今回は“光一全部ハモ”って言われた。だから俺、『夏模様』のサビの主旋律、知らないもん、…って言うとだいぶウソだけど(笑)」
T「ウソなんや(笑)」
K「知らなくはない(笑)。しかしこの曲、歌うと難しいな」
これがなんなの?と思っても、これでKinKiを捨てた光一ファンが確かにいる。
自分が好きなグループは、提供される曲をどうこうしてるということは全くないし、コンサートDVDの編集に自ら口を出すこともないけど。
こういう風にはなんないでね、と、勝手に思っている。(ホントに関係ないんだけど)
いや、言葉にできないなら言葉にする必要はないよ。どうせ他人には正確に分かってもらえないんだし。
印象的な言葉は無理に言おうとすると途端にくだらない価値観しか語れなくなったり、意味不明になったりする。
だからそういう感情は自分の胸の中にひっそりと秘めておけばいいよ。出してはいけない。
それと蛇足ながら例に追って反論するけど
演奏の感じって何?音響だとかリズムだとか、観測できる事実以外の「何か」を抱くの?有り得ない。
絵画のそれぞれの色の美しさや、それがまとまったときの色彩感は?
すばらしさとは?色の美しさとは?
ttp://www.iamas.ac.jp/~mmiwa/mosquito.html
「天声人語」で、私が最近気になっていたことに触れらていて複雑な気持ちになりました。「モスキート音」なるものを発生する装置を使って、「真夜中の公園にたむろする若者を追い払う実験が、きのう東京都足立区で始まった」という話題です。この話を私は、数日前にラジオのニュースで聞いてただひとりすごくショックを受けていました。迷惑な若者達を追い払うために彼らにしか聞こえない(はずの)音を使って「追い払う」試み・・まず、その発想それ自体に、そして、それが、困っている周辺住民達の「奇行」ではなく自治体の「試み」として行われ、またさらに、そのことを何の違和感もなく報道するメディアに私は驚いたのです。
他人の迷惑が想像できない身勝手な若者は叱られるべきです。そして必要ならば罰を受けても仕方がないかもしれません。しかし彼らはゴキブリやネズミではありません。私達がかれらを「駆除」するかのように、そのようなテクノロジー即ち「暴力」によって処遇することを誰もが公然と正当化することは、私には正気の沙汰とは思えません。若者達に「おまえらうるさい!」と住民が叱って、彼らに逆ギレされたら・・と思えば尻込みしてしまうかもしれないし、警察に通報しても相手にしてもらえないのが日本社会の現状なのかもしれません。しかし、そうなら、まさにそちらが問題なのであって、一定年齢以上の人々にはその存在すら意識されないグロテスクな音響発生装置によって若者を「駆除」することがひとつの解決策だとは私にはどうしても思えません。そして、それを他ならぬ「年を重ね」ているらしい天声人語の筆者が当然のことのように語っていたことに驚いたわけです・・「年を重ね」た大人が話題にすべきなのは「はた迷惑な若者達」などではなく、テクノロジーを用いたこのような無言の暴力を公然と認めるようになった、即ち子供達(若者)を害虫のように表象するようになった私達の社会の方ではないでしょうか? 三輪眞弘
まあ、他の主演女優賞の映画みてないからなんともいえないんだけど。
個人的によかった去年公開された邦画は「ディアドクター」、「空気人形」、「愛のむきだし」あたりです。
「サマーウォーズ」はまだみてないよ。
みんとねー。
【受賞者一覧】
◆最優秀作品賞:『沈まぬ太陽』
◆最優秀アニメーション作品賞:『サマーウォーズ』(細田守監督)
◆最優秀主演女優賞:松たか子/『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』
◆最優秀照明賞:川辺隆之/『劒岳 点の記』
◆最優秀美術賞:種田陽平・矢内京子/『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』
岡田将生/『ホノカアボーイ』『僕の初恋をキミに捧ぐ』『重力ピエロ』
平愛梨/『20世紀少年<第2章>最後の希望』、『20世紀少年<最終章>ぼくらの旗』
◆最優秀外国作品賞:『グラン・トリノ』(配給:ワーナー・ブラザース映画)
◆協会特別賞:羽田澄子(記録映画作家)、帆苅幸雄(音響効果)、松下潔(背景)、松田孝(衣装)
◆会長特別賞:故 中岡源権(照明)、故 松林宗惠(監督)、故 村木与四郎(美術)
◆会長功労賞:三國連太郎、西田敏行/『釣りバカ日誌』シリーズ
◆話題賞作品部門:『アマルフィ 女神の報酬』
http://anond.hatelabo.jp/20100120061450
元増田は自暴自棄になった男の怖さを知らない。考えてもみてくれ。出世の芽があるのにセクハラするか? 女にモテる男がセクハラするか? 友達がたくさんいる男がセクハラするか?
セクハラをする男=会社および社会から脱落しかけている男 だ。
元増田にちょっかい出しているのも、最後の一押しが欲しいからだ。
どういうわけだか、人間って奴の中には、物事がうまくいきかけるとぶち壊したくなる人種がいる。
交流分析の一番簡単な紹介を載せておく。
下記アドレス参照
http://www.kokoro-lab.info/exindex/kyakuhon.html
「実生活では「幸せになれず、健康であれず、孤独で、成功しない」という人生脚本通りに、人生に幕を引きました。」とあるだろ?
今、元増田が仕掛けられているのは「ゲーム」と呼ばれる相手を不愉快にするためのちょっかいだ。相手の手に乗れば、お互いが(主に元増田が)不愉快な思いをするだけだ。
相手が嫌なことをしてきたら、「良いこと」をしてやりたまえ。そしたら(いつもと勝手が違う)と思い始める。いつでもどこでもどんなときでも、その男のことを褒めちぎって回ればいい。嫌なことをする相手を褒める。相手にとって、こんなに不気味なことはない。
例えば、こんな風だ。
男「じゃあな。クサマン」
元増田「えええええ? なんですか? クサマン? クサマンっ言いましたよね? ねえねえねえね、クサマンってー? 教えてくださいよー。先輩。いよ、大統領」と大音響で騒ぐ。
この反応をされて、セクハラを続けるような根性の男だったら、上司はクビにしようと手ぐすね引いてるはずだから、この件で相手の男は呼び出しを食らうだろう。
いいかい。
こんな卑劣な男の手にのることはない。公衆の面前で、思いっきり恥をかかせてやればいい。たった今から、絶対に会社に一人になるなよ。もし、一人になりそうになったら、ウィルコムかソフトバンクの携帯電話を持って、誰か友達(ほんとは切れててもいい)と常時電話を繋いでおきなよ。「他人の目」があれば、無茶はしないはずだ。たぶん。
くだらないことから、……やはりくだらないことまで増田にいろいろ記事を書いてきたが、そうだ、苦手なジャンルの記事も書いてみよう、ということで、音楽の記事を軽く書く。
とは言え、私はほとんどアニソンしか聞かないので、さて何を書こうと思ったとき、前々から思っていた疑問である「駅前で演奏している生の音楽に(音楽のセンスのない私が)たまに異常にインパクトを受けるのはなぜか?」をちょっとだけ言及したい。
もちろん、音楽にはちゃんと音楽理論があるらしいので、的外れかも知れないが書いていきたい。
まず、やはり私がインパクトを受けるのは、「演奏が(ある程度)うまい奏者」だと思う。別の楽器から紡ぎ出される……別の場所から空気の振動として、自分の体それ自体にも伝わってくる音色やリズムがアセンブルされて一つの調和になってしまうという驚き、インパクトというのはあると思う。ヘッドホンやスピーカーでは、あまりその辺が分からない。もっとも、私の使っているオーディオがしょぼいから、という面は大いにあるだろうが、音響の良い映画館で音楽を聴いても、やはり、何か違うなあ、と思ってしまうのも確かだ。
それでもう一つ思ったのは、月並みだが、ライブかどうか、という面が大きいのではないかという点だ。
なぜ、ライブかどうかが重要かというと、観客の心の一部に「演奏者の失敗を期待している自分」という面があるからではないかとと思う。それを別に責めている訳ではなくて、スリルの裏返しでもある訳だから、それも含めて観客は楽しんでいるし、演奏者もそれも含めて楽しませようとしているのではないか。
だから、そういう意味……ストリートパフォーマーという意味で、大道芸人とミュージシャンは一緒くたにされるのだろうと思う。
そして、題名の件に話が移る訳だが、「良いコンサートは眠くなる」らしい。私もネットで見た発言なので、そうらしい、としか言えないが。おそらく高級なクラシックコンサートやハイソな現代音楽のようなコンサートの話をしていると思うので、ふーん。そうですか。おにぎりおいしいです。としか言えない面はあるが、何となく理由は想像できるような気がしてきた。
要するに、無茶苦茶設備が整ったホールで、マナーの良い観客の前で、一流の演奏者が演奏する訳だから、もはや「精密すぎて」もはや人間が演奏しているのか、機械が音を出しているのかよく分からない境地に達しているのではないだろうか。……いや、そう書くと語弊があるか。「安心感」が異常にありすぎるということだと思う。
だから、街の雑踏の中では、「それなりにうまい奏者がうまく弾ききれるか」という面で、スリルを感じた衆目の目を惹きつける、という様な意味では、なかなか良くできたシステムだと思うし、「良いコンサートは眠くなる」という話は、なかなか贅沢な時間の使い方で大変結構なことではないか、などと思う。
多分幻聴だと思ってはいましたが、「まるで始まりの合図のように、パーンという乾いた音がしました。」
「えーっと。コレは何かの挨拶?」まさかね。などと口走った矢先から『キリングタイム』だったので、
まったく洒落に成っていないシャレ。を菊地殿から初めて聞く日が来るとは...。としばし青ざめ、
(だって『構造と力』も『(フランツ・カフカの)アメリカ』も半ばアカデミズムを気取った品の良い洒落のつもりだったでしょ。
今回下品だと言っている訳では有りません。寧ろ綺麗にボディーに入ったので苦笑いしております・笑)
爆音再生中です。だって元々フルヴォリューム指定じゃないですかこれは。半分でもこんなに耳が痛いのに。
多分幻聴だと思ってはいましたが、『New York Hell Sonic Ballet』が出た模様です。
因にアマゾンでは
「ニューヨークの、地獄の音響で踊るバレエ。菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールの、北米、オペラ、バレエ、サルサへの第一接触。 前作「記憶喪失学」から一年、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールの最新作がついにリリース。菊地成孔は本作でクラブのダンスフロアに、オペラ/バレエというクラシックを持ち込み、今まで誰も聴いたことのなかったハイブリッドなダンスミュージックアルバムを完成させた。マイケル・ジャクソン、ピナ・バウシュ、マース・カニングハム、マサカー、NO NEW YORK等、80年代初頭以降のニューヨーク・イコンをアルバムの随所に散りばめ、ミニマル(現代音楽)やモントゥーノ(ラテン)、またはパンクロック、そしてソプラノ歌手を起用したオペラを用い、菊地成孔とぺぺ・トルメント・アスカラールにしかできない、クラブミュージックマナーとクラシックマナーの見事な融合を実現。菊地のボーカルトラックも2曲収録の、菊地成孔の超先鋭的なコラージュ感覚がもたらしたペペ史上最高に“踊れるアルバム”ここに完成。 初回プレス限定“ペペ・トルメント・アスカラール ステッカー”付き」
などと盛大に紹介されています。
これを見て飯を噴いたのは言うまでもありません(笑)
〜T.H.