はてなキーワード: 関西ローカルとは
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161 :やめられない名無しさん :02/06/25 12:52
ケンタッキーの家庭での作り方を何回も挑戦して、本物と食べ比べても
どっちがケンタのか判らないヤツ作ってたよ。
1 鶏(骨付き腿肉1枚)3つに切る
2 塩を振らないで、塩水で肉をなじませる(水45cc)塩(5グラム)
3 牛乳(135㏄)に玉子(1個)を加えてまぜる、
さらにコーンスターチ(大さじ2)を加え生地を作る
4 別のボールに薄力粉(大さじ9)
パプリカ,ガーリック,ジンジャー,オールスパイス,
チリ,黒ペッパー,オレガノ,パセリ,(各小さじ1弱)
薄力粉とスパイスを混ぜる。(この粉がケンタッキーの香り!)
5 (揚げ油)固形のショートニングを溶かして使う。【重要】
6 軽く塩水を落として、肉を生地に付ける、
それからスパイスと薄力粉の混ぜたヤツに全体にギュっと付ける
7 160℃で7分ぐらい揚げる(このレシピの場合(肉が3つの時))
最後に190℃にして30秒~40秒揚げたら完成。
http://anond.hatelabo.jp/20090119210533 よりつづく
モーリー:はあ。でもずいぶん意識に隔たりを感じる部分があって、発展途上国でWindowsを買うお金も無いからバッタモノのWindowsをインストールしたとか、そういうんだったらなんかわかるんですよ。全体的につらい、貧乏な状況にいるっていうか。でも、買おうと思えば買える人たちがすごくがんばって違法というか、やっているんですか、ファイル交換というのを。
津田大介:ウィニーだけじゃなくて、もうちょっとカジュアルに使えるファイル交換ソフトというのもありますよね、たとえばカボス(Cobos)と言われてたりとか、あとはライムワイヤー(Lime Wire)と言われているような、ウィニーほど匿名性は高くないけどまあその分ファイルはいっぱい流れていて落ちやすいみたいなソフト。音楽とかってデータが少ないですから、わざわざCD、3000円のを買うまでもないやという人は落としている人はいるし、僕が聞いた事例とかだとほんとにいま20代から30代、子どもがいる家庭で、お母さんとかお父さんとかがジブリアニメとかをそういうファイル交換ソフトで落としてきて。
モーリー:子どものために?
津田大介:そうそう。それで見せる。
モーリー:ええええっ?!!!!!
津田大介:ぼくも最初ええっと思ったんですけれど、意外とそういう使われ方をしているのが実際に結構増えてるんですよね。
モーリー:でも、たとえばそういうものをもうちょっとスッキリさせるためにアイチューンズ(iTunes)が大成功したというのがボクの認識なんですけど、ぜんぜんそこに行ってない人たちがすごくいるってことなんでしょうか。
津田大介:だからやっぱりみもふたも無い話ですけれど、タダで済ませられるものはタダでいいやと考える人がいるということですね。
モーリー:ただそれにまつわるリスクをまったく意識して無いってことなのかな。でも逮捕された記事が出るとさっと止める人がいるというのは意識はしてるんですよね。万引きみたいな心理でやってるの?
津田大介:万引きというほどの罪悪感もおそらく無いと思うんですけど。さっきの最初の話とつながりますけど、いままでファィル交換ソフトを使ったダウンロードすること自体は合法なんですよ。ネットにアップロードして、インターネットって誰でも情報落とせますから、アップした奴が一番悪いわけじゃないですか。アップしたらそこで数十万とか数百万の人に売り物がバラまいてしまう。だからアップする奴がいなければそもそもダウンロードする人もいないというんで、それで日本の著作権法だとアップロードする奴が逮捕されるようになっていたんですけど、ただダウンロードする側はそれは自由というのがいまの日本の法律で、それじゃいまはもう収まらないから著作権者、映画会社がそういうのはもう被害が収まらないからそういう違法なものをダウンロードした側も違法にしましょうよという議論をずっと三年ぐらいやってたんですよね。
モーリー:たとえば、どうなんだろ、だんだんややこしい話になってきたような気がするんですけど、iTunesの日本でもUSでも売ってない古い曲とか、ユーチューブに行くとジャケット写真の静止画とともにそういう曲が載ってるというのがあって、やっぱりファンがかなり聴いてるケースがあって、最近そういうケースの曲を結構数多く掘り起こしているんですが、コレは最初に津田さんが言ったようなかんじで著作者に支払いがいってるんでしょうか、それとも勝手にやってる感じなんでしょうか。
モーリー:それも違法になるんですか? いまのダウンロードの違法ということになると。
モーリー:今はね。
津田大介:これまたややこしい日本の議論なんですけど、日本の議論だと、一応今回の三年ぐらいの議論の中だと、ダウンロードを違法化しましょうという話になったんですけど、ただ、ストリーミングは対象外ということになってるんです。ユーチューブって一応ストリーミングじゃないですか、あれは、ニコニコ動画とかユーチューブって。
モーリー:ああ、フラッシュのファイルがストリーミングしてるんだ。
津田大介:要するに、文化庁の解釈としては、ダウンロードっていうのはネットにつながらない状態でも
モーリー:iPodで持ち歩くとか…
津田大介:パソコンで遂次再生できるってことが、保存、ダウンロードということなので、ストリーミングというのはネットにつないだ状態でないと見れない一次的な視聴だからそれは複製ではないという考え方なんですよね。
モーリー:でもそれはフリーウェアなんかを使うとユーチューブのストリーミングしているというタテマエの動画を抜いたり、他のファイルの動画に変換したり、3000円でそういうツールも売ってますよね。
津田大介:ありますよね。フリーソフトでもありますよね。それは明示的に自分で意識してユーチューブの動画をパソコンのなかに保存するという行為は、それは複製なんですよ、それは違法です、著作権法上複製ということに当たるので、違法にしましょう、という話です。
モーリー:これは一般論として語るといろんなところに議論が分岐していっちゃうので、ひとつの事例にしぼってみたいんですけれど、たとえば具体的にぼくの身近に起こったところでは、去年の五月にチベット暴動に関連して聖火リレーの妨害というのが世界各国でオリンピック前に行われたんですね。そうすると、当時の日本政府、福田政権だったんですけれど、非常に親中的なところがありまして、メディアが非常にトーンダウンしたんです。聖火リレーが長野に来たときも中国から「赤い軍団」と呼ばれる人たちを、アルバイトなんかボランティアなのか強制なのか知らないけどいっぱい来て、どうも現地の人の話を聞くと警察はむしろ彼等を守っていて、というふうに変なねじれ現象が起こっていたんですね。そこら辺をするどく指摘する報道というのはメインストリームのニュースからは外れた時間帯だったり、ちょろっとした流さなかったりするから、見たという実際の実体験を画面の前で持つ人は少ない。そういうふうにバイアスがかかっていたと思われるときに、それをユーチューブを使って民放やNHKが流したものをうまく編集してつないだりして意識をもっと周知を徹底させるための運動というのがチベット問題とかで起こったわけですよね。これは一種の報道のフェアネスにもひっかかってくるんですね。
津田大介:そうですね。
モーリー:ところが、たとえばこういう状況が将来おきて、なんでもいいんですけれど、社会正義のために、テレビがちょっと偏ったことをやっていたときに、ここをもっとひっぱり出さなければならないと、市民運動レベルで民放やNHKのニュースをいっぱい流すと、ほんとに政治的に都合の悪いことだったら、すかさずテレビ局はおろせって言うじゃないですか。それを実際にやったんですよ。チベットの時も二日以内になにか告発するような動画や関西のテレビ局だけがチベット問題をずっとうるさく言ってメジャー局がなにも言わない時期があったんですね。その時に関西ローカルだから、全国で見てほしい、世界中で日本語のわかる人に見てほしいとどんどんアップしては削られがずーっと続いていたんです。で、どうして削ったのかという、一種の情報公開をせよという請求にはすごくあいまいな答えしか返ってこなくて、それがまた二重三重に政治的な配慮を感じられるわけね。だからそういう状況にあると、なにが起きたかというと、やっぱりもぐらたたきのようにあちこち動画を移してまわったり、ぼくはあまり2ちゃんねるの仕組みはよくわかっていないんだけれど、2ちゃんねるが好きなアフロダにも公開していたみたいなのね。こういった社会正義のために市民が起こした運動も全部ブランケットに違法になっちゃうんですか、見たことも。
津田大介:著作権っていまモーリーさんが仰ったみたいに、実は著作権ってすごくそういうときに「悪用」って言ったらおかしいけど、利用されやすいんですね。たとえば、明確に日本の法律でコンピューターウイルスを作成したのって、どういう罪に問われるんだろうって時に、結構微妙なんですよ。
モーリー:ふーん。
津田大介:コンピューターウイルスって、作者は明らかに被害を及ぼしているわけじゃないですか。ウイニーを使った情報漏えいウイルスを作ったりコンピューターに破壊活動を行わせるようなウイルスを作ったときに、その作者はどういう罪状でどういう対応をしてどういう署名をして起訴までいこうかと考えたときに、逮捕までいくのが結構大変で、そういうときに一番わかりやすかったのがウィニーを使ってるとどうしてもいろんなところにアップロードをしまくるという特性があるので、あれは非常に著作権侵害なりやすいツールなんですね、法律的にも。そこでウイルス作者を著作権侵害で逮捕したりするんですよ。ほんとに結構そういう例っていうのは結構あって、本来それは著作権侵害ではなくてもっと悪いことしてるよねみたいなときに、そういう著作権侵害っていうのが都合よく使われている。
モーリー:別件…
津田大介:別件とまでは言わないですけど、やりやすい方法で著作権が利用されて逮捕されたりとか、逮捕じゃないけれどそうやって一部から脅される口実に使われたりということがあって、本来的な著作権の使い方とは違うんですよね。あれってもともと創作者が経済的利益や人格的利益を守るためのものなのが、方便としてそういうふうに使われてしまっているというのが非常にぼくは歪んだ状況だと思います。
モーリー:うーん。たとえば、直近でいうと、テレ朝でしたっけ、ブログの自作自演疑惑。
津田大介:ありましたね。
モーリー:あれを報じるNHKもふくめて、やっぱりあちこちにまとめサイト的にユーチューブで動画が公開されていますよね。こういったときに、どっちかというとボクの直感では、テレ朝はは黒か黒に近いグレーだと思うんですよ。そういうことをみんなが議論したりするときも、テレ朝が著作権を主張して自分の都合の悪い報道を全部降ろすっていうことがあり得るんですか、そういう法律が。
津田大介:もちろんそれは法律が通っていなくても、アップロードですからいまやろうと思えばできるっていうのがありますよね。それをやるための、権利者側がやりやすいツールというのがグーグル側が提供していますから、たぶんもうどんどんすぐ削除できます。
モーリー:ただそれは露骨にやると、ほんとに露骨に隠蔽しているから、ますます火に油を注ぐことになって、毎日のワイワイ騒ぎみたいに大きくなっていく。
津田大介:そうですね。だからそこら辺は、要するにモーリーさんが仰った報道の公共性ってどうなるんだというところがすごく大きいじゃないですか。結局、報道って限られた電波を使っているがゆえに、ニュースみたいな報道とか、公共の利益になることをやっている、やらなければならないということが規定されているわけで、著作権とは別なレベルでやっぱり周知しなければならない社会的な問題みたいのがあって、ユーザーがユーチューブみたいに報道とは違う動画で大量に伝播させる手段を持ってしまったがゆえの対立というのが起きているのですけれど、でもこれはぼくがおととし出した「コンテンツフューチャー」という本の中でMXテレビの草場さんっていう方も言っていましたし、ボクと同世代ぐらいのNHKのニュースの記者の人と話したりそういう人とユーチューブってどう思っているのと聞いたら「報道にとってはいいことだよ」と。要するに、報道ってどうしても検証されなかった、と。テレビの報道って「消えモノ」っていうところがあったんで、録画といっても毎日の報道を録画してる奴なんていないし、っていうのがユーチューブみたいのがあって、録画してだれかがアップしてそれに対しての論評が誰しも簡単に論評検証ができるようになったことによって、もうああいうバレバレの自作自演とかいわゆる偏向的なものというのが、ある種市民の目にすごく曝されやすくなったわけじゃないですか。それは報道にとっては実はいいことなんだよというのがわりと30代くらいの現場の記者なんかでは、その中でも進歩的な考え方をしている人なんかでは、そういうふうに思っていて、結構それはあると思うんですよね。
モーリー:ふーん。
津田大介:そういう意識とは別に、でもやっぱり著作権っていうことで、これは自分のところの番組の不祥事だから削除しようというのが、それは報道の現場とは違う力学ですよね。
モーリー:うん。
津田大介:やっぱり社内のコンプライアンス委員会だとか、やっぱり対外的にどうなんだというところ、対外的にこういった騒ぎが不祥事じゃないか、不祥事はやっぱりとにかく削除できないかというふうに、著作権侵害で簡単に落とせますよっていうのがあったら、テレ朝とか制作会社とかがそういうふうに行ってしまうというのが当然と言うか、仕方の無い話なのかなあという気はします。
Posted by i-morley : 2009年01月16日 17:46
ブックマークとトラックバック、一通り読ませていただきました。あまりの反響の多さに驚いています。好意的な反応も悪態も含めて、ひとまずはどうもありがとうございました。
しかしそこで敢えて憎まれ口を聞くと、結局は半分ぐらいの方にしか理解して頂けなかったのだなあ、と思います。あの話を、東京やら関西やらが好きか嫌いか、とか、そういう話だと思ってしまった方がかなり多かったのは相当がっかりしました。そういう風に誤解されないように気をつけて書いたつもりなのに。
個別に返事をすると量が爆発するので、まとめてお返事することにします。ただし、論拠を示さず「関西弁は下品」だの「大阪は民度が実際に低い」だのと繰り返すだけの発言にはコメントしませんのでご理解ください。
まず、親関西(東京)の人にも反関西(東京)の人にもこれはあらかじめご理解頂きたいのですが、私が元記事を書いた前提には、
「東京であれ、関西であれ、その他の地域であれ、文化や言語に優劣などありはしないのだ」
という認識があります。元記事の趣旨はもっぱら、「東京こそが中心である」という思いこみへの批判でしたが、当然「関西は東京より優越している」という命題も全く同様の理屈で論破できることがおわかりでしょう。すなわち、「東京(関東)のローカル文化を特別視して押しつけるな」と言うからには当然、「私も関西の文化を押し売りする気はない」ということも表明しているつもりです。
そういうわけで、私に対して好意的な反応の中には「関西弁で書けばよかったのに」という意見もありましたが、これは私の立場に反するということをご理解いただきたいと思います。元記事でも述べているとおり、私が「じゃん」や「じゃね?」が嫌いなのと同様、関西弁を嫌う人もいることは想像に難くない訳で、それを押し売りするのでは全く筋が通らないでしょう。だから私はここでは共通語(元記事では「標準語」と書いたけれど、「共通語」が適切でしたね)で書いた。それが、日本語文化圏で公共の場でものを言うときの作法だと思うからです。同様に、私は自然科学の論文なら英語で書くでしょうし、無理に日本語で書こうとは思いません。そういう世の現状に対して言いたいことは山ほどあるけれども、です。ルールが気にくわないからと言ってルールを無視するという態度は私は取りません。
同様のことは、関西以外の一切の地域について言えます。私が「東京に対抗意識を燃やしている関西人」だと思った方がいらっしゃるようですが、そう思われるのは私としては不思議であり、不本意でもあります。関西弁が関東弁に劣るものでないのと同様、東北弁に優越するわけでもない。関西文化が九州文化に劣るわけでもないし、琉球文化に優越するものでもない。それはあまりにも当たり前のことです。
誰しも、自分の言語や文化を卑下する必要はありません。標準語との距離がどれほど離れていようと、それは僻地の方言などではありません。同様に、郊外の文化は大都市の文化に従属するものではありません。
こうしたことがよく理解されていないとしたら、その責任は別に東京だけにはありません。早い話、関西人にも傲慢な輩はいるでしょう。しかし私はそれにとどまらず、地方人の屈折した態度全体に問題があると言いたい。
たとえば今回の私の元記事に「関西人はよその土地でも平気で関西弁をしゃべる」という文句を言われた方がいますが、では、外国人があなたの地元で外国語をしゃべっていたら腹が立ちますか?それに腹が立たないとすれば、関西人があなたの地元で関西弁をしゃべろうとも、あなたが世界のどこの土地であなたの地元言葉でしゃべろうとも、誰も文句を言われるいわれはありません。それだけのことです。
こういうと「方言と外国語は違う」と言われそうですが、それは事実に反しています、とだけ述べておきましょう。詳しくは、たとえばロシア語とウクライナ語の関係、ドイツ語とオランダ語の関係などを調べてみられればそのあたりの事情がおわかり頂けるかと思います。
そういうわけで、皆さん、変な奴隷根性や、その裏返しの傲慢さはやめませんか。あなたの言語の価値は、「標準語」からの距離にあるわけではない。実用上は、日本語の共通語だとかあるいは英語その他の外国語だとか、そういった言語を話さざるを得ない状況ももちろん出てくるでしょう。しかし、それはあなたの言語が劣っているせいではないのです。
だから、お互いに意思疎通が負担なく可能な状況であれば、あなたがあなたの言語を話すことに何のはばかる必要もないはずです。逆に、東京で関西人同士が関西弁でしゃべっていようと、中国人同士が中国語同士でしゃべっていようと、それに文句を付けるのは、あなたが何者であれ、了見が狭いことではないでしょうか。
最後に、どうでもいいんですが、「関西人は傲慢だ」と言われる原因についてちょっと自覚があるので書いておきます。
これは大阪に限らないと思うのですが(私も大阪人ではありません)、関西では「負け惜しみ」を自虐ネタとして言うことがあります。一番わかりやすいのは、阪神の低迷期の阪神ファンの言動で、たまに巨人に勝とうものなら「勝った、勝った、また勝った、弱い巨人にまた勝った、勝たんでもええのにまた勝った!」とお祭り騒ぎをしていました。言うまでもなく、このセリフの真意は言葉の表面とは全く反対のところにあります。阪神ファンは「強い」巨人に勝ったから喜んでいたのであり、「勝たんでもええ」どころかどうしても勝ってほしかったから喜んでいたのです。つまり、このセリフは巨人を侮辱しているどころか、憎らしいほどの強敵として賞賛するための屈折したセリフなのです。その証拠に、阪神が強豪と呼ばれるにふさわしくなった昨今、このセリフは余りはやらなくなりました。
ただ、こういう言葉の表裏というのは案外通じにくいものらしいということは、私も最近実感しつつあります。ごく稀に、自虐ネタを言ったつもりが気まずい空気が流れてしまってとまどうことがあるのですが、「暗黙の突っ込み待ち」という文化が関西ローカルであるということを最近ようやく理解して、原因がわかってきたように思えます。私見ですが、関西で一番受けている部類の芸人が全国放送でまるではやらないという理由はこのあたりにあるのではないでしょうかね。
ともあれ、関西人(というか特に大阪人)が「東京なんて所詮あずまえびすじゃボケがぁ、わしらがほんまもんの西側先進国やぞ」とか言っていたとしたら、それは上記の通り、半分以上は負け惜しみの自虐ネタですので、あまり真に受けて怒らないでやっていただけると幸いです。
こんなことぐだぐだ書かずに「マイ・フェア・レディでも観たら?」とでも言えばよかったかな。標準語と首都方言の違いとか(もっともドイツ語なんかだとベルリン方言と標準語は全然違うんだが)、言語で優劣を付けることのばからしさとか、「民度」なんて概念のむなしさとか、あの映画を観れば一目瞭然なんだけれどね。
約一名、普段「リテラシー」が云々とかおっしゃってる方がこの記事にひどくお怒りのようで、言いたいことをちょっと書きかけたのですが、この人だけに反発するのも不公平な気がするのでやっぱりやめときます。元記事もこの記事も、真意は題名その他で強調している通りなので、それ以上に邪推をされる方と話をしても生産的とは思いにくいですし。