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2009-07-31

朝鮮人が認められない歴史事実一覧

朝鮮人が認められない歴史事実一覧

弥生人長江流域からやってきた百越系民族であること

半島南部の先住民倭人(=弥生人=百越系民族)であること

新羅の建国時の宰相倭人であり、王家の一つ昔氏が倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても倭人説があること

百済新羅大和朝廷に対し従属的地位にあったこと

大和朝廷による伽耶地域の支配(半島南部における多数の前方後円墳の存在)

半島における文化的独自性の欠落(あらゆる分野での古典の不在)

・常に某かの国の属国として歩んできた歴史

・姓が漢族のものであること

朝鮮征伐が日本と明との戦争であったこと(李朝の軍は明の将の指揮下に入り、和平交渉日本と明の間で行われている)

朝鮮通信使が実質的に朝貢使節であったこと(琉球江戸上りと同じ)

・オンモン(朝鮮文字)がパスパ文字、契丹小字をもとにしたものであり、しかもカナより600年遅れて作られたものであること

韓国併合の合法性と妥当性

近代以前の竹島に関する不認識

・併合下における近代化の功績

土地を奪ったという嘘(そもそも土地を持たない極貧小作農が大半。不申告や所有権が証明されないため総督府が接収した土地

 全耕地の3%にすぎない)

名前を奪ったという嘘(http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/73/Japanese_Name_Change_Bulletin_of_Taikyu_Court

_.jpg

言葉を奪ったという嘘(日本統治時代には公教育として朝鮮語・オンモン教育を実施)

強制連行という嘘(出稼ぎのために密航したのが実態。当時は渡航制限があった。しかも戦後にやって来たケースもある)

・性奴隷という嘘(売春婦。親により前借金の形として売られたのが実態)

・固有語の語彙が乏しく、また日本のように字訓という制度保証がない状態ですでに語彙のおよそ7割が漢語であること(学術的語彙は9割が漢語)

2008-10-24

麻生太郎総理大臣の超豪華ディナー贅沢豪遊三昧

30日 ANAインターコンチネンタルホテル東京日本料理店雲海」、バー「マンハッタンラウンジ

1日 紀尾井町のグランドプリンスホテル赤坂中国料理店「李芳」

2日 六本木飲食店「馬尻」

3日 帝国ホテル、会員制バー「ゴールデンライオン

4日 銀座フランス料理店「ペリニィヨン」

5日 帝国ホテルで食事

6日 皇居着。千賀子夫人とともに天皇皇后陛下と夕食

7日 ホテルニューオータニ日本料理店「藍亭」、「カトーズダイニング&バー」

8日 帝国ホテル、会員制バー「ゴールデンライオン

9日 帝国ホテル、会員制バー「ゴールデンライオン

10日 ホテルオークラ日本料理店山里」、バー「オーキッドバー」

11日 グランドホテル浜松日本料理店「聴涛館」、同ホテル内のラウンジ「サムデー」

12日 オークラアクトシティホテル浜松宴会場「平安の間」

13日 帝国ホテルで食事

14日 六本木飲食店「馬尻」

15日 元赤坂明治記念館日本料理店「花がすみ」、広尾日本料理店京寿々

16日 ANAインターコンチネンタルホテル東京中国料理店「花梨」、ホテルオークラ、バー「バロンオークラ

17日 有楽町フランス料理店「アピシウス」

18日 六本木飲食店「馬尻」

19日 帝国ホテルで食事、バー「インペリアルラウンジ アクア」

20日 ホテルオークラ宴会場「メイプルルーム」、バー「ハイランダー

21日 赤坂ウナギ料理店「重箱」、ANAインターコンチネンタルホテル、フレンチ&イタリアン料理店『イタロプロバンスダイニング』

22日 官邸での夕食会後(高級料理出前)バーには寄らず、私邸に「直帰」

三権長江田五月参議院議長の超豪華ディナー贅沢豪遊三昧

30日 その後、スタッフと「桜なべ中江」で夕食と打ち合わせ。

1日 19時から2時間強、知人と夕食懇談。

2日 17時半には議員宿舎に戻りました。(夕食不明)

3日 東京駅で夕食を取り、20時過ぎの新幹線で、帰岡。

4日 孫と夕食。孫が調理した魚は、白身で実に美味でした。セイゴの幼魚でしょうか。

5日 「日韓市民社会フォーラム」の最終セッションに出席しました。その後は夕食懇談で、

6日 17時半に出て、夕食用の買物をして、議員宿舎でひとりで江田鍋を突きました。野菜いっぱいで、満腹、満足!

7日 議員宿舎への帰途、夕食の買物。きりたんぽが目に付き、買い求めました。もう、その季節になったのですね。今夜も、満腹、満足!

8日 19時から2時間強、中華料理で夕食懇談。楽しいひと時でした。

9日 16時過ぎの新幹線で、帰岡。(夕食不明)

10日 湯田温泉中国地方弁護士大会、懇親会

11日 新山口に急ぎ、17時過ぎの新幹線で、帰岡。(夕食不明)

12日 夜は自宅で夕食団欒。

13日 18時に出て、岡山駅付近で夕食を取り、予定通りに19時過ぎの新幹線で、上京。

14日 17時から1時間ほど、サラ・ハイドさんと懇談。英国ケント大学准教授で、現代日本政治研究者です。その後、夕食懇談。

15日 17時半ころ退出して、買物をして議員宿舎へ。

16日 18時過ぎに、世界平和研究所の設立20周年記念パーティーに、

17日 17時前に、買物に出掛けました。このところ私が、議員宿舎で一人で鍋の夕食を取ることが多いので、議長公邸議員会館スタッフの皆さんが、みんなでこの江田鍋を囲もうということになりました。

参加者17人で、食材は16,600円。鳥挽き団子、鯛のアラ、牡蠣のほか、野菜満載で、ジャガイモや人参まで入れます。大根レンコンの薄切りを、しゃぶしゃぶ風にします。

18日 18時から2時間半強、「ボニージャックス結成50周年記念コンサート早稲田の杜の詩人たち」を聞きました。(夕食不明)

19日 13時過ぎに、昼食の中華丼(夕食不明)

20日 18時から2時間強、学生時代の友人らと夕食懇談。

21日 17時半から1時間半ほど、議長公邸で、国立図書館会議の皆さんの歓迎レセプションを行い、私の歓迎挨拶

ブータン公文書館ツェリン館長の答礼挨拶に続き、河野衆議院議長音頭乾杯をして、懇談しました。

22日 18時から、ハンガリー大使館で、ナショナルデーのレセプションに出席

2008-01-05

ログ読み完了

正月の3、4倍近いログが流れてますね・・・。

これはあれですか?

今日から仕事ネットにはつながるが仕事もロクにない人たちがおおかったのでしょうか?


南京だらけでした。

南京の虐殺がどうこうは自分はその時代に生きてはいないし、

別にだからどうしたとも思わないので追求する気も、それで自分の責任を問われるつもりもさらさらありません。

ただ中国人とは隣国どうしなかよくやっていきたいです。

昔のことばかりごちゃごちゃ言うやつとは仲良くやれそうにありませんが、

そんなのは中国でも一部の思想をもったひとだけだろうし、

日本でも特定の思想をもったひとたちだけなのであまり気にしてません。


で、南京どうこう言ってるひとたちは・・・

長江黄河が書き込めるぐらいの中国地図を書いたとして、

南京がどこにあるか指し示せますか?

ちょっとふつうにテストしてみたいな。。。

2007-11-21

1/3の意味

 私の年齢は23。これは、さだまさし氏が『精霊流し』を発表した年齢と同じだ。私も作曲とか作詞とか、そんなことをやってるけれど、『精霊流し』のように人の心に響き渡るような歌詞を描くことは到底できそうにない。

 私と同じ23の頃、あれほどの素晴らしい歌詞を描いた彼は、やはり詩の天才だと思う。詩だけではない、もちろん曲も素晴らしく、ラジオテレビでのトークも面白い。それに『眉山』『解夏』など、小説まで書けてしまう。紅白歌合戦の後の、彼の番組視聴率が高いのは当然の結果だとしか言いようがない。まぁ、だからこそ13億もの借金を完済することができたわけだが(彼は二十代の頃、自作映画長江』で大コケした過去がある)。

 彼が背負った額の借金を返済することは、当然一般人にはできない。年に100万返済すると1300年かかり、年に1000万円返済したとしても、それでも130年もかかる。…130年前って、江戸時代じゃん。

 そんなことはさておき、やはりさだ氏の歌詞センスは素晴らしいと、改めて思う。彼は、聴く人に変な疑問を残さない。自身の感情を簡潔に、しかも余すことなく伝えている。以下で「1/3」という言葉について取り上げるが、その同じ言葉でも、SIAM SHADEと比較すると、用いるセンスに差があるのがわかる。

 まずはSIAM。

『1/3の純情な感情(抜粋)』(作詞・曲:SIAM SHADE

壊れるほど愛しても三分の一も伝わらない

純情な感情は空回り I love you さえ言えないでいる my heart

長くて眠れない夜が君への想い 「それは恋なんです」と囁くよ

とめどなく語りかける揺れる鼓動は 微熱混じりのため息へと変わる

Give me smile a shine day 

君のsmileで凍てつく夜の寒さも Good こらえられる

壊れるほど愛しても三分の一も伝わらない

純情な感情は空回り I love you さえ言えないでいる my heart

 この歌詞を見て、多くの人が「なんで1/3なのさ」と疑問を持つと思う。「じゃあ残りの2/3は何なのさ?不純な動機か?」なんて突っ込みが入れられそう。もし川本真琴のように『1/2』だったら、それが何を意味しているか勘が付くし、付かなかったとしてもキリがいいから、それはそれとして流せる。けれど、どうして「1/3」なのか。この疑問を、さだ氏は『生きることの1/3』で解消している。

生きることの1/3』(作詞・曲:さだまさし

生きるということの 1/3は哀しみで出来ている

生きるということの 1/3は悔しさで出来ている

残りの1/3はね 笑うことで出来てるはずさ

きっときっと生きることは そんな風なものなんだ

泣きすぎても 悔しすぎても 笑いすぎても きっといけないのだろう

1/3は何処まで行っても 割り切れることがないように

生きるということも 何処まで行っても割り切れないのかな

きっと人を愛しながら きっと人を憎みながら

その手のひらに 最後に残る 1/3は きっと笑顔なんだろう

生きるということの 1/3は哀しみで出来ている

生きるということの 1/3は悔しさで出来ている

残りの1/3はね 笑うことで出来ている

 歌詞で太くした部分だが、つまり「1/3」は「割り切れない」と言うことを表現するための言葉を指している。それをSIAMは明らかにしないまま「なんとなく」使っている。

 考えてみると、恋愛人生と同じく、割り切りにくいものである(「同じく」という書き方はおかしいかもしれない。恋愛人生の一部だから)。たとえば「友達/恋人結婚相手」がいい例だと思う。この3つの異性に対する見方は、割り切れないとはいえないけれど、割り切るのは非常に難しい。だから「友達以上、恋人未満」なんて言葉が生まれてくる。また、異性を恋人として見るか、結婚相手として見るか、それだけでも価値判断が異なってくる。この「割り切れなさ」をSHAMはもっと表現するべきだったんじゃないかと思う。

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