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はてなキーワード: 鍼灸とは

2011-11-05

柔道整復師になりたい!続きです

柔道整復師専門学校入学すれば、ほぼ100%柔道整復師になれるようです

でも、試験を受けるまでの3年間は、おそらく血の滲むような日々が待ち受けていると思います

それでも、なりたいと思うのは、僕が格闘技をやってきて怪我に悩まされたかです

多くの人が様々な怪我に悩まされ、克服しようとしている現状、そのような人たちの力に少しでもなれればと思い柔道整復師の道を選択しました。

絶対に日々の授業に付いていき、3年間乗り越えてみせます

これまでの候補の学校一覧

福岡医療専門学校 http://www.jusei.ac.jp/jusei/

福岡市早良区祖原にある柔道整復師専門学校でほかにも鍼灸http://www.jusei.ac.jp/shinkyu/)、理学療法士http://www.jusei.ac.jp/rigaku/)、診療放射線技師http://www.jusei.ac.jp/housyasen/)、看護http://www.jusei.ac.jp/kango/)などが学べるようです

九州医療専門学校 http://iryo.kac.ac.jp/

こちらも、鍼灸柔道整復をはじめ歯科技工士を目指す学科があるようです

http://anond.hatelabo.jp/20111105010734

柔道整復師になりたい!

いま柔道整復師専門学校に行くことをまずの目標に最終的には柔道整復師になりたいと思っています

九州在住なのでいろいろな福岡大分佐賀熊本あたりの専門学校を探しています

今日は、いくつか学校ピックアップしてみました。

福岡医療専門学校 http://www.jusei.ac.jp/jusei/

福岡市早良区祖原にある柔道整復師専門学校でほかにも鍼灸http://www.jusei.ac.jp/shinkyu/)、理学療法士http://www.jusei.ac.jp/rigaku/)、診療放射線技師http://www.jusei.ac.jp/housyasen/)、看護http://www.jusei.ac.jp/kango/)などが学べるようです

九州医療専門学校 http://iryo.kac.ac.jp/

こちらも、鍼灸柔道整復をはじめ歯科技工士を目指す学科があるようです

正直、いまどちらかに迷っていますがほかにも、マッチするのがあったら候補に入れたいと思います

2011-10-03

http://anond.hatelabo.jp/20111003133116

友人数人と都心の広めの物件(築浅ではない)でルームシェア、同居メンバーは全員未婚(恋人の有無はよく知らない)

職業フリーライター鍼灸師、大学講師博士号未取得・非常勤)など(学歴は高い)

勤務時間の柔軟性が高いので悠々自適

週末はほぼ確実にオフなので、広い家に友人知人(職業編集者とか大手メーカー勤務とか公務員とか色々)を招いて飲み会をしたり、車で遠出したり

みんな顔が広くて、知り合いの中には道楽者の金持ち中年も混じっていたりするので、たまに高級な家具やら服飾雑貨やら酒やら生活小物やらがタダで貰える



俺の知ってる奴らはこんな感じ

書いてみて改めて思ったけど、コミュニケーション能力フル活用で生きてるな

2011-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20110228232904

仕組みがわからなくても、統計的に有意義な数字が認められれば科学として認められるよ。

でなければ、分子構造が分かっていなかった頃の化学非科学的になってしまう。

物理学だろうと、化学だろうと、統計にわかっているだけで、原理が分かっていない事ってあると思うけど?ないの?

光が波動と粒子の両方の性質を持つことはわかっているけど、その理由って解明されてたっけ?みたいな?

 

いちおう鍼灸は、西洋医学はないけど、東洋医学として 統計的に有意義な数字が認められるものに関しては科学だし

からこそ、保険適用できるんじゃね?

 

科学定義は、論理的または物理的いずれかの再現性。

というのも、論理的には、誰が計算してもそうなるので、正しいはずだけど、たとえば、宇宙のこととかで実験できなかったり

物理的には何回やっても、そうなるんだが理論は未証明 というものも 一応科学ではある。

統計学科学だし、実験から証明する場合の、証明中というステータス実験が正しければ、究明中という状態ではあって、統計的に有意義な数字が取れれば科学としては認められる。

2011-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20110228232904

言ってることには大方同意なんだけど、ここでいう鍼灸たいな方法や装置や現象の側じゃなく、

それらに対する論理的(あるいは理論的)説明の側を「科学」と呼ぶんじゃないか

2010-09-02

めも。

親が今までハマってきた・ハマってる疑似科学オカルト新興宗教民間療法その他もろもろを思いつくままに。

俺が産まれる前はさすがにわからんので省略。


アムウェイ

十字式

手かざし(なんかハンドパワーで身体がよくなるらしい)

鍼灸(なんか整体も混ざってた気が)

有機栽培

地球村

ワールドメイト

メディー(なんかホメオパシーとはちょっと違うらしい)

ホメオパシー ←New!

波動(水は人間感情がわかるとかなんとか)

EM(なんか消臭効果があるとかでスプレーにして部屋に撒いてた)

健康食品(多すぎて忘れた)

野菜スープ大根の葉っぱとかを煎じたもの。悪臭が酷い上に味も不味くてトラウマになった)

アルカリイオン浄水器(40万した)


(まだ何個かあったはず。思い出し次第追加していく)

(それにしてもはてなキーワード充実してんなー)

2010-08-26

ホメオパシー叩くしか能のない男の人って……

結局、問題は「いかに(比較的)健全な逃げ道を用意してやるか」に尽きるんじゃねーのと思ってる。ただホメオパシー叩いてりゃいいってもんじゃない。はてな村民にはそこが足りない。

ホメオパシーとか今すぐ地球上から滅びればいいと思ってやまないんだけど、でもそういうのに縋る人の気持ちもわかんないでもないんだよね。

自分家族がそうで、タイムリーなことについ最近ホメオパシー関連の団体に入会した(ついでに入会書に勝手に俺の名前書いてたので死ねと思った)んだけど、その直接的な理由がどうも、妹のアトピー皮膚科でくれる薬を塗ってもちっともよくならない、それどころか数年来悪化する一方(であるように本人たちの目には見える)なのが原因らしい。

その話を聞いて正直アホかと思ったんだけど、同時にその心理はわからなくはないわけで。

一般化すれば末期ガン患者が拝み屋だの黒酢だのに手を出すような。

はてな村民なんかはバリバリ科学世界観に生きていて、俺も今のところはそうなんだけど、だから疑似科学ボッコボコにしてもなんともないわけですよ。新大陸行ったら現地人がわけのわからん偶像拝んでた、みたいなもんで、打ち滅ぼすべき悪と確信してやまず、あまつさえ教化の使命に身を震わせてたり。

でも日本人のほとんどはまだまだ呪術世界観に生きてるわけで(この前どっかの大学社会学先生ブログでそんなこと書いてた)、彼らが病院でもうダメだ、となったときにどうするのか。縋るものが必要なわけでしょ。

終末医療におけるホスピスのように、そういう適度な精神安定剤は当然必要なわけ(このへん、日本では宗教がうまく役目を果たしてないからよけいに悪徳宗教とか疑似科学流行るって話もあったりするわけで)。

これからのこの社会課題として、そういう「逃げ道」として(比較的)健全さを保った、(比喩としての)プラシーヴォ効果を一定程度供給してくる疑似科学なり宗教なりをいかに確保し、かつ100万円の壷買わせる拝み屋、みたいのをいかに排除していくか、について科学世界観の持ち主、社会の善導者たるエリート様におかれましては向きあう必要があるのではないでしょうか(そういう意味では、現状での温泉とか鍼灸がヒントになる気もする)。せめてもの妥協として。

少数派は批判されればされるほど、その事実こそが自らの正しさを証明しているのだと思うようになる(って心理学実験論文が出たってGIGAZINEかどっかにも書いてあった)わけだし、叩くのではなく「仕分け」た方が効率がいいはず。

もちろん同時に、義務教育課程においていかに科学的な思考法を浸透させていくかも問題になるわけだけど、まあ所詮限度があるだろうし、そもそも世代交代には時代がかかるわけだから、当面は上に書いたことを推し進めていくしかないと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20100826015255

月の光を溶かして飲んだりするんだぜ。

それはなんだかロマンチックだね。魔術はキライじゃないよ。



自分では思っている」ことがホメオパシーの根幹。

結局ホメオパシー本質的な部分は「ホメ医の見立て」なんだよ。

ほんとうは、これは心理療法の人が担当すべきなんだろう。

代替療法というのは、科学的にはアレが多いけど、患者メンタルな面を支えているから支持があるんだろう。

よくスポーツ選手でも、マッサージ師とか鍼灸師とかに心を許しているということを聞く。

http://blog.livedoor.jp/goldennews/archives/51534087.html

忘れもしない今年の5月18日

武蔵野赤十字病院循環器科医師から次のような宣告を受けた。

膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年

妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽運命だった。

普段から心底思ってはいた。

「いつ死んでも仕方ない」

とはいえあまりに突然だった。


確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、

改善されることはなく、MRIPET-CTなどの精密機器検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。

気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。

はてな村民はこれも叩く(というか、惜しむ)のだろうか。皮肉ではなく、純粋に気になる。

2010-08-25

2010年8月25日水曜日) 「さようなら

忘れもしない今年の5月18日武蔵野赤十字病院循環器科医師から次のような宣告を受けた。「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽運命だった。普段から心底思ってはいた。「いつ死んでも仕方ない」とはいえあまりに突然だった。

確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、改善されることはなく、MRIPET-CTなどの精密機器検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。

宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。病状は確実に進行する日々だった。

一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、「ちゃんと死ぬための用意」にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。

手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書最後サインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。「はぁ…やっと死ねる」なにしろ、その二日前に救急武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。

ということで早速腹はきまった。私は自宅で死にたい。周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。

妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。「死ぬってのも悪くないかもな」理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。ただ、一つだけどうしても気に入らない。「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。「やれやれカレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。死の世界シーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。死ぬのもツライよ。断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。私が暮らしているあの家へ。

少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。自分自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい

さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。ところが。肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。ありゃ?ある意味、こう思った。「死にそびれたか(笑)」その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師看護師ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。

生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。実はガンのことはごくごく身の回り人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。

死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメ世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。

出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。それに、骨への転移への影響で下半身麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏わがままも理解してやっていただきたい。だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。自分の生きた世界を愛している。そう思えることそのものが幸せだ。

私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。いま死について思うのはこういうこと。「残念としかいいようがないな」本当に。

しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。両親とマッドハウス丸山さんだ。今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。許しを乞いたいような気持ちだった。

自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。「すいません、こんな姿になってしまいました…」丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。感謝の気持ちでいっぱいになった。怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。

一番の心残りは映画夢みる機械」のことだ。映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。何せ今 敏原作脚本キャラクター世界観設定、絵コンテ音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。もちろん、作画監督美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。けれど少しは理解もしてやって欲しい。だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。

私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、「大丈夫。なんとでもするから心配ない」とのこと。泣けた。もう号泣。これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。今回も同じだ。私も進歩がない。丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。今 敏アニメーション監督としても幸せ者でした。

両親に告げるのは本当に切なかった。本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。

それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。一大決心をして親に会うことにした。両親だって会いたがっていた。しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。私は本当に幸せだった。ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」何も言えなかった。

両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。

ありがとう、お父さん、お母さん。二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。本当にありがとうございました

親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。

両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。

最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。「私、最後までちゃんと伴走するからね」その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。「私の妻はすごいぞ」今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。

気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。深く深く感謝いたしております。

そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。 2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。何から何まで、本当に世話になった。で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。心から頼む。

さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。

じゃ、お先に。

今 敏

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http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/565

無断転載しました。ごめんなさい。

2010-08-01

http://anond.hatelabo.jp/20100801083906

鍼灸師ってホント脱がすのな。

転職したいな。

2010-07-24

気が感じられない鍼灸マッサージ

鍼灸学校では、気は実在するものとして教えられる。

経絡も実在するものとして教えられる。

だから、それらが実在するという前提で、古代中国から伝わる東洋医学理論を学ぶ。

学校で学ぶ臓腑は、解剖学的な内臓とは異なったものであり、より概念的な機能を持つ。



東洋医学的知識を身につけたからといって、東洋医学治療ができるようになるわけではない。

いくつか診断・治療の手法を学んだが、私には馴染まなかった。

そう、治療の手法が山ほどあるのだ。東洋医学には。

西洋医学では、標準的な治療法に収斂していくというのに。




私は、学校では、気を感じるということを学べなかった。

鍼灸師は鍼を使う気功師だ」という言葉があるが、私は自分の気も人の気も扱うことができない。

不足している気を補う「補法」、過剰な気を取り除く「瀉法」。形はできるし質問されれば答えられる。

でも、その作業で本当に気が出入りしているのか? それが私にはわからない。

イメージしてみる、ことはできる。でもそれは結局私の頭の中の妄想だと思う。



講習会で人にマッサージをしていて、講師に「自分の気を相手に入れ過ぎ!」と叱られた。

自分の気」を治療に使うと消耗するので、「天地の気」を使えというのだ。

もちろん、そんなやり方教わったことなどない。その場で口頭で説明されてもできるものではない。



筋や筋膜の緊張をゆるめることはできるようになった。

関節周囲の筋や腱を緩めて、関節可動域を向上させられるようにもなった。

気や経絡は感じられなくとも、「反応のあるツボ」=身体の不調により触知しやすくなっている経穴 は、みつけられるようになった。



努力は、しているつもりなのだけれど。気功教室にも行ってみたりしたし。

中国拳法とかもやらないといけないんだろうか…。



それとも、「気を感じる努力」なんて捨ててしまって、物理的刺激だけを行い評価するようにすべきだろうか。

2010-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20100709233348

鍼灸マッサージ師です。



月経困難症でしょうか。

まず、月経がつらい原因を確認した方がよいと思います。

婦人科受診お勧めします。

ピルの処方で改善する場合もあるようです。

子宮内膜症などで貧血が酷いとか、生活への支障が大きい場合には、年齢や出産希望の有無等によっては子宮や卵巣の摘出も検討されると思います。

ただし年齢が若い場合は、卵巣を両方取ってしまうと急に更年期障害の状態になってしまうため、片方の卵巣は残すようです。

どんな治療を受けるにせよ、よく医師相談して説明を受けることをお勧めします。



私は鍼灸マッサージ治療も効果があると感じています。足・腰を温めるのもよいようです。

2010-03-31

代替医療トリック・・・接触鍼はプラセボか?

代替医療トリック」に鍼灸医が猛反発してるらしい。

ほとんどは感情論精神論的な反論だと思ったが、

日本鍼にはそもそも刺さない鍼(接触鍼)があるから、偽鍼は必ずしもプラセボとは言えない」

って指摘には同意する。

接触鍼の効果を検証しないと、第2章がまるまる意味を成さなくなるんじゃね?

というか、今までの研究機関での臨床試験無意味だったってことになるんじゃね?

2009-07-10

オレは片目が見えなかった

オレは片目が見えなかった。

残りの目もそれほど視力はよくなかった。

その頃、目が見えない障害のある人間には選択肢はほとんど一つしかなかった。

鍼灸師になることだ。

それについては迷う余地がなかった。

オレは周りの人間に勧められるまま、というか選択しようとせずに鍼灸師の道を目指した。

楽そうじゃないか、と思った。

だが、オレは鍼灸師には満足できなかった。

なんとかして金を儲けたかった。

社会的に高い地位につきたいと思っていた。

そのためには何でもしようと思った。片目が見えないことなど問題ではない、と世間に知らしめてやるつもりだった。

犯罪にも手を染めたし、何度か逮捕もされた。

だがオレはくじけなかった。

大きなきっかけになったのは、宗教団体に入信したことだ。

オレはここで宗教団体のテクニックを学んだ。

そこには社会的地位の高い人間たちもいた。

そこでは常識的な価値観が通用しなかった。

まったく別の価値観が支配していた。

宗教ならオレのような底辺の人間でも社会的地位の高い人間と対等に渡り合える。

宗教なら、オレの望みを叶えてくれる。オレにはそう思えた。

どのようにすれば人を宗教的な集団に取り込むことができるのか熱心に考えた。


最終的にはかなり強力なテクニックを作り上げることができたように思う。

一種の洗脳自己啓発セミナー宗教団体がよくやる内容だが、効果には間違いがない。

このテクニックは予想以上にうまくいき、順調に信者を増やすことができた。

神秘体験に免疫のない若者がどんどん入信してくれた。

出家を推奨し、出家した信者からは財産をすべて巻き上げることができた。

いつしかオレは「自分にできないことはない」といった気持ちになっていた。

今から考えると慢心だが、当時は信者からの献金がとてつもない額になっていたので、

本当になんでもできるような気になってしまっていた。

国政に関わるつもりだったので立候補もしたが、票が集まらずに落選した。

選挙区民全員を洗脳できればよかったのだが、そこまではさすがに無理だった。

さらに信者を増やし、勢力を拡大するつもりでいた。

しかし、あるときからオレの身辺に警察の手がまわりはじめた。

我ながらアホだとは思うのだが、どうも自分には遵法精神というものが先天的に欠けているようだ。

原因は組織にとって不都合な人間を黙らせるために荒っぽい手を使ったせいだ。

これが警察との泥沼の戦いに引きずり込まれる鍵だったとは当時は気がつかなかった。

最後にはオレ自身にも手がまわりそうになった。

オレが逮捕されればこの宗教団体は終わりだ。

結局我々の敵は警察組織、ひいては日本国家だということになった。

そうであるならば、潰すか潰されるかだ。まだ相手が油断しているときに先手を打つべきだ、というのがオレの判断だった。

初撃で致命的なダメージを与えれば反撃できないだろう。

一か八かの賭けだが勝算はあると踏んでいた。

証拠がなければ逮捕できない。テロリズムによって警察を混乱させ、かつ力を奪い取ることができる。

腹心の信者たちに地下鉄サリンを撒かせた。

結局のところ、これは失敗だった。

オレが指示したことが結局はバレてしまった。

警察にもたいしたダメージを与えることができなかった。

オレは賭けに負けた。逮捕され死刑判決を受けた。あとは死刑を待つのみだ。

もっと本当に大きな力をつけてから警察力に立ち向かうべきだったと思う。

正面から立ち向かわずに、裏からなんとかすべきだった。

すでに政界に進出している宗教団体がやっていたのと同じ手段を使ったほうがよかった。

そうするためにはオレは直情的な人間ありすぎた。

冷静な判断ができなかった。

都合の悪い人間を消すときももみ消す準備を先にしておくべきだ。

後進の宗教団体関係者はオレの失敗に学んだほうがよい。

武力やテロリズムではなにも解決しない。重要なのは金とコネだと今では思う。

2009-07-01

中国人の17%が精神異常と衝撃の報告

もし本当なら二億四千万人がメンタル・ディスオーダー(精神障害)となる。

ヘラルドトリビューン紙にでた、その記事はあまりに小さく見逃すところだった。

6月17日付け同紙は「中国では成人の17%が精神障害を煩っており、従来の報告で中国精神患者は1%からせいぜい9%とされた(1984-2004年の調査)が、これらの数字をはるかに凌駕する脅威のデータが飛び出した」。

コロンビア大学北京山東浙江省青海甘粛省精神病医師らが協力し合い、実に16000名の精神科医が、63000人の住民に面接調査したものを『LANCET』誌がまとめた(同誌は世界四大医学雑誌のひとつ)。

http://www3.kmu.ac.jp/medicine2/topics/lancet.html

この調査はロックフェラー財団などの支援で国連WHOが財政支援をなした本格的調査である。

地方患者の多くは精神病院に行ったことも精神科医にかかったこともなく、僅かに8%が診察を受けたことがあると答えた。

患者は、とくに地方に多く、強度のアルコール依存症、酒乱が40歳以上の婦人にもみられる。ただし、調査では近年の都市移住者のメンタルイルネスに関して詳しい報告がない。

中国では文革前後、とくに共産党幹部で失脚した階層精神障害が頻出し、華国鋒治療したという説がひろく信じられた。

中国の有名な精神科医で米国研修留学にでて、一年後に台湾亡命した張文和氏を亡命先を尋ねてインタビューしたことがある。

医師は「精神病の原因はメランコリー猜疑心が二大要素。だから文革のようなショックが尾を引く」と言い出した。

そのうえで「中国では精神病棟は設備が劣悪なうえ、鍼灸漢方治療していた。米国では電気ショック療法が広く用いられ、これを中国式と併用した臨床実験で有効な治療結果が多かった」と語った(詳細は講談社『現代』に掲載後、拙著中国の悲劇』天山文庫に所載)。

にわかには信じがたい数字だが、WHOの調査結果であるだけに留意するべきデータである。

2009-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20090119083957

三砂ちづるとあの著書を『身体論をイメージして女性生物学的性への回帰提唱し、状況的には、フェミニズムに対する見直しの潮流(いわゆる「バックラッシュ」)の一貫と位置づけられたエッセイ』とみる、という見方なら一般的だろうけど、それを「カルト」とか「トンデモ」とか評してる人はそれこそちょっとどっちかに偏った人しかいないんじゃないかな。


個人的には、それなりに名の通った場所であの本をトンデモ呼ばわりしたのって、今は亡き『論座』'05.2に載った田中美津とかいう鍼灸師の人の文章くらいじゃないかと思うんだけど(wiki見ると香山リカも批判したようだけど、それは「配慮が不足」という批判であって「カルト」とか「内容がトンデモ」とかそういう批判ではないよね)、田中美津って「4年間メキシコに行って悟って鍼灸師になった」、自称東洋医学界のスター鍼灸師』で、「光線治療器」が「癌に効く」とか、「邪気(病気エネルギー)」に「気孔」で対抗する、とか言ってる人だよ。そういう人が誰かをトンデモ呼ばわりするというのはどういうことを意味するか、ちょっと考えてみてもいいんじゃないかなあ。

参考:http://www.tanakamitsu.com/rera3.html

2009-01-17

http://anond.hatelabo.jp/20090117202430

あ、あと数ヶ月間集中的に鍼灸院に通ったらだいぶよくなったよ。

もし鍼灸に抵抗なかったらお試しあれ。

2008-12-29

白菜にあやまれ

チラ裏でお目汚しすまない。


受験勉強していてぎっくり腰腱鞘炎になった18歳の夏。


それ以来寒暖の差が激しかったり強烈に怒ったりすると腰が痛みだす。

整形外科で痛み止めもらっても辛いから鍼灸に通っていた。

数年ぶりに通う羽目になってしまったんだが

そこの鍼灸師のおじいさんとマッサージ師のおに"いさん(親子)に

「あーあこんなにふとっちゃって。ひどいねぇ」と繰返し言われる。

針打っている最中、ささっている状態で言う。お灸が乗った状態で言う。


どこをどうみても太っているのは自覚している。理由がなんであろうと

はたから見たら好きなものを好きなだけ食べて自堕落が歩いているようなものなのだろう。

目の前が真っ白になった。このくされ白菜が。


そんなわけで白菜に申し訳なく思った。

2008-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20080327143621

春は憂鬱になるものです。

肩こりには鍼灸院いいよ、効くよ!

2008-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20080317012420

痛み止めに、日本でもモルヒネとか処方してもらえると思いますけど……。ただ、腰痛モルヒネっていうのは聞いたことないですね(※)。確かに。モルヒネによる危険とのバランスの問題なんだとは思いますが。

腰痛の原因は何なんでしょうかね。整体とか鍼灸とかその辺はもう試したのかもしれませんけれど、痛み止めと平行して原因自体を何とかするのもした方がいい気がします。原因不明なのか原因は分かっているのかもよく分からないので、あまり余計なことは言えませんが、くれぐれもお大事に。


※追記:

痛み止めに使われるモルヒネですが、腰痛には効かないようです。。。「腰痛 モルヒネ」で検索するとソースが山ほど出ます。

ちなみに、「腰痛 マリファナ」で検索すると、マリファナを求めて海外に渡った腰痛患者の話が結構出てきます。ご参考までに。。。お勧めは出来ないですけれど。。。。。。

http://www.google.com/search?num=50&hl=ja&q=%E8%85%B0%E7%97%9B%E3%80%80%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%8A&lr=lang_ja

2007-11-07

快感昭和

ふと、頭によぎった言葉快感」。

中学生ぐらいにはエロワードとして「快感!」とか言ってはしゃいでいた気がする。でも最近はあまり聞かないな。

今なら「気持ちいい」だろう。自然でくだけた表現だし。


Google先生にお伺いを立てると「快感キーワードは1700万件あるらしい。「気持ちいい」は1000万件ほど。

なんだまだまだ快感の時代だな、と安堵するにはまだ早い。関連検索でピックアップされる組み合わせがアレだった。

快感フレーズ快感MAP快感戦士バスティー、快感マップ、胃の不快感快感職人快感マテリア前立腺 快感、胃 不快感、湯快感 花やしき

気持ちいいこと、ああん 気持ちいい、気持ちいいことしてあげる、気持ちいいキス、気持ちいい発見、気持ちいい鍼灸院、気持ちいいよぉ、姉ちゃん気持ちいい、気持ちいいだろオラ、掲示板 女子 気持ちいい


後者は見てるだけでオッキするような言葉が並んでいる。やはり快感への高揚は昭和の彼方にあるということか。

快感(笑)

2007-07-26

anond:20070726132935

最近ではそうでもないようだけど、一般に「サムライ仕事」(○○士)は公的資格を有する職業だ。弁護士とか。

いっぽう、医療健康関係仕事だと国家資格士でも「○○師」ということが多い。鍼灸師とか。

 

だから、「売春師」、だろうな。

2007-06-26

光市アレ

どっかの闇の鍼灸師に鍼かなんか打たれて

ああやってシラを切っている最中に、本人の意志とは無関係鬼畜なホンネを少しずつ口にして

本人は言うのを止めようと脳では思っているけど、自動的になにもかもゲロして

そのまま全身の孔という孔から血と臓物が吹き出て、あわてて法廷から逃げる最中に爆死すればいいんです。

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