はてなキーワード: 金言とは
【民主党】鳩山由紀夫前首相「議員を続ける方向に気持ちが傾いている」 明言していた政界引退を撤回する意向をハノイで★2 http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1287936646/14 14 名前:名無しさん@十一周年[sage] 投稿日:2010/10/25(月) 01:14:23 ID:Qlpkily+P >>1 ハトヤマ。 君こそ、真ノ邪悪ダ。 君には「敵意」がナイ。 「敵意」…… 「敵意」には力が向カッテ来ル…… ヨリ強い力が「敵意」を必ずタタキにヤッテ来ル… 「敵意」はイツカ倒サレル。 実に単純ダ。 ダガ君は違ウ…… 君には敵意もナケレバ、悪気もナイシ、 誰にも迷惑ナンカかけてナイと思っテイル。 自分を被害者ダト思っているし、他人に無関心のクセに、 誰カガイツカ自分を助けてクレルト望ンデイル。 だが、ソレコソ悪より悪い「最悪」と呼バレルものダ。 他人を不幸に巻き込んで、道づれにスル「真の邪悪」ダ。
両親の為に生きる必要性、それ自体は、恐らくは存在しないと言えるだろう。
っていうか必要性って何だよ!? といったような突っ込みが多々飛んでくるかもしれないが、まあそれは後で説明しよう。
さて、まず私たちは生きており、更に生活をしているわけだが、その中で自分の両親に援助してもらった部分が多々あることは、自明の理であると思う。
さらにそのことで思い煩っている人々が、少なからずいるのではないだろうかとも思う。
「両親に仕送りを送らなければ、私は親不孝者だ」などと思ったり「少なくとも何らかの形で親に寄与するようなことをしていなければ、社会的な存在価値が危ぶまれる……」とさえ思い詰めている方が、ひょっとしたらおられるかもしれない。
そんな方々の為に、私は金言を授けよう。
遠慮なく受け取ってほしい。
さて、我々が何故両親に対して寄与しなければならないと思うかと言えば、それは勿論我々の成長発達段階において、親からの援助が大いに存在していたからである。
その為に我々は今すぐにでも、具体的な形で、その援助してもらった恩を返さなければならないと思っているのである。
それは例えば生活環境を整えてあげることであり、またあるいは仕送りをしてあげることでもある。
しかしそう言ったことを義務だと思いつつも実行できない、そう言った方々が少なからずいるだろうことも存じ上げている。他でもない、私自身がその一人だからだ。
だが私は敢えて提言しよう、それは義務などではない、単なる個人的な関係性に過ぎないのであると。
先程述べたように、私たちは成長発達段階における援助に対して恩返しをしなければならないからこそ、義務感を覚える、と書いた。
これを更に掻い摘んで書けば、つまり両親がいなければ、『私』自身は成長することもできなければ、存在することすらできなかったからこそ、こういった義務感を覚えるのである。
だがしかし待ってほしい。それを言うならば、その私たちにとっての両親にさえ、また、成長発達段階で不可欠であった『両親』が存在するではないか。
しかもその『両親』には更に必要不可欠な『両親』がいる……いやいや待ってほしい、更に言うなれば、そもそも人類の種自体が存在していなければ、我々の存在は有り得なかった……!
そして言うまでもなく、そう、この地球が存在しなければ、我々の存在する余地はないのである。
母なる大地よアーッ!
いやいや、さらに言えば、この宇宙さえ、そも世界さえが何モノかによって生み出された存在なれば、もはやこの『根源追究レース』は普遍的、哲学的領域に突入してしまうことになる。
つまり結局のところ何が言いたいかと言うと、冒頭で述べたような義務の感じ方を追求すれば、もはや貴方を縛るものは何もないのだという理解につき当たるのだ!
そう、両親の為に生きる必要、というのは存在しないのだ。
まあ、そこで結局問題になるのは、貴方と両親との間に存在する個人的な関係性に限られるのだ。
たとえば、貴方が両親を悲しませたくない、というただその一点の感情を持っているなら、そのようにすればいい。
諸君 私は歴史学が 好きだ
諸君 私は歴史学が 好きだ
諸君 私は歴史学が 大好きだ
政治史が好きだ 経済史が好きだ 社会史が好きだ 文化史が好きだ
交渉史が好きだ 比較史が好きだ 歴史哲学が好きだ 読者論が好きだ 史料学が好きだ
居室で 教室で 喫茶店で 図書館で 研究室で 文書館で 講堂で フィールドで
この地上で行われるありとあらゆる研究活動が 大好きだ
目録の並べた参考文献の芋づる検索が 轟音と共に既存のイメージを吹き飛ばすのが好きだ
寝不足でくたくたになった卒論生が 打ち上げでふらふらになった時など心がおどる
司書が大切に保管してくれた 文書館の史料が マイクロフィルムの白黒でないのが好きだ
悲鳴を上げて 文字の潰れた画面から 意味を推量しなくてよい時など 胸がすくような気持ちだった
カードにそろえた史料の異同が 既存の校訂を蹂躙するのが好きだ
五里霧中の初学者が 既に明らかになった誤植で 二度と躓かなくなる様など 感動すら覚える
発表予行の準備不足が ゼミ室の机上に吊るし上げられていく様などは もうたまらない
泣き叫ぶ主張の列柱が 進行の振り下ろした手の平とともに
金言助言の十字砲火で ばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ
哀れな発表者として 史料を見直し 健気にも立ち上がってきたのを
学会での質疑応答が 土台ごと木っ端微塵に粉砕する時など 絶頂すら覚える
学術誌の査読者に 滅茶苦茶にされるのが好きだ
必死に守るはずだった着想が蹂躙され 勉強不足がさらされていく様は とてもとても悲しいものだ
予算の制約に押し潰されて 殲滅されるのが好きだ
定年教員の席には後任予定がなく 図書館の限界に追いまわされ 図書の購入は控えて下さい 不要本(!)は廃棄して下さい と言われるのは屈辱の極みだ
諸君 私に付き従う 院生戦友諸君
君達は 一体何を望んでいる?
鉄風雷火の限りを尽くし 三千世界に鴉を殺す 嵐の様な歴史研究を望むか?
よろしい
ならば論文だ
我々は満身の力をこめて 今まさに振り下ろさんとする握り拳だ
だが この学費と書籍費激増の暗い闇の底で 十数年もの間堪え続けて来た我々に
ただの史料発掘ではもはや足りない!!
大論文を!!
一心不乱の大論文を!!
ならば我らは 諸君と私で 総兵力百万と一人の研究集団となる
図書室を閉鎖の彼方へと追いやり 眠りこけている連中を叩き起こそう
耐震補強工事の貼紙をつかんで引きずり下ろし 扉を開けさせ思い出させよう
まっとうに就職した優秀な連中に 歴史学の楽しさを思い出させてやる
天と地とのはざまには 金儲けの哲学では 思いもよらない事がある事を思い出させてやる
全フラッペン 実証活動開始 旗艦「投稿」 始動
離床!! 全ワイヤー 全索引線 解除
第X次論争作戦 執筆を開始せよ
征くぞ 諸君
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/3906/kakikae/hell0.html
英語教育のガラパゴス化ってか、そうならざるをえないんだよね、これ。
http://d.hatena.ne.jp/Britty/20081202/p1
今どうか知らないが、かりにひとクラス40人に英語、とくに会話を教えるってどう考えても不可能。仕方がないから文法中心にならざるを得ない。しかも日本の社会環境、英語を使う必要は普通はまったくないわけで、そういう条件で外国語教育って砂漠に水まいて熱風ふきつけてるもんだよ。これは。
にもかかわらず、よくやってると思いますよ、ええ。少なくとも中学の教科書、きちんとやれば基本はできる。まじめにやってりゃ、基本的な単語と数字が言えるでしょ?これってすごいことですよ。だからこの基本を大事にして、あとはひたすら使うだけなんだよ。Brittyさんのいうとおりで。
それをさ、なんか便利な方法があるみたいなエントリが受けるって、みんな勘違いしてる。みんな基本はあるんだよ。本当に。だから、あとはひたすらつかえ、つかえ。聞いてしゃべれ。Brittyさんのおすすめの本にブクマするより、英語を直接読め。ポルノでもなんでもいいから、なんか読め。
ブックマークにも書いたが、学問に王道なしという『原論』の金言は言語学習にも妥当する。もう一度いう。王道などない。文法を学び、語彙を増やし、多く聴き多く発話し多く綴る、それ以外にある言語に熟達するすべなどない。
http://d.hatena.ne.jp/Britty/20081113/p1
あとブクマにも書かれてたけど、教員不足が決定的に問題で、先生が足りない、予算がない。会話の授業をしようと思えば、ひとクラスせめて10人、せいぜい15人で構成しなけりゃいかん。その分の税金を日本人は払うつもりはないし、それはそれでいいんだろうとは思う。個人の努力の範囲でいいんだから。なら、諦めるか、努力する。ただし、無駄な努力をして、語学学校や教材にご奉仕する愚は避けろ。
ほかのエントリ読んだら、こういうのもあった。少し引用が長いのは、すごく共感したから。
これはある意味美質ではあるのだが、日本人は分からない表現に対し、どうも自分の英語力が足りないためと考える傾向が過剰にあるように思われる。しかし相手が分からないことをいっているので分からないということだってありえて、さらにほんとうに自分の言語能力の問題だったとしても、いまどきであれば自分ひとりで悩むより「どういう意味?」とメール一本書く、あるいはその場に二人ともいるのならその場で訊くほうが早くて正確なのかもしれないのだ。職業として有償で翻訳や通訳をする人ならば知らず、対等な立場でのコミュニケーションであればこそ、「俺にわかってほしいなら俺にわかるように喋れ、もっとはっきりわかりやすく喋れ、おまえが何をいってるのか悪いが俺にはわからないよ、俺はおまえがなにをいってるか分かりたいんだ、もっと歩み寄れ」と相手にいうべきなのではないだろうか――相手が何をいいたいのか、ほんとうに理解したいと思っているのなら。
http://d.hatena.ne.jp/Britty/20081122/p1
そう。
ちょっと渋い顔して「どういう意味?」と聞くことに慣れる。これ、すごく大事だし、これができないと損をする。分かったふりしてフンフンいうのが大事な場面もあるけど、分からなければ意味を聞く。コミュニケーションの基本だ。僕は昨日、この手で「小便をする」という意味のある外国語の優雅な表現(本当に優雅だった)を覚えた。こういうことの積み重ねなんじゃないだろうか。
そこでこのモデルですよ。
http://anond.hatelabo.jp/20081119120552
あと農村の夜這いの問題と江戸の離婚再婚の問題は別に考えたほうがいい。
杉浦日向子が言ってたけど、江戸時代の文献にそう書いてあったからそうだとは限らない。
たとえば未来の人が現代日本の法律を読んで、高速道路は100km/hが制限速度と書いてあるから、みんな100km/h以内で走ってたんだろうと考えると、それは違うと。実際にはびゅんびゅん走ってるわけで。だからこそその法律が必要だったと。
江戸の事も、そういう金言が必要ってことはそうでない現実があったのかもしれない。なかったかもしれない。一つ言えるのは、遊郭があったってことは、それなりに性的活動の制限を受けていたであろうこと。農村にはそういうものはないからね。自由に性行為ができるわけで、金払ってやる奴はいない。時代、地方によってかなり違う問題なんで一概に「おおらか」と言い切っていい種類ものじゃないよ。
「そもそもファッションなんてものは同じコードを共有していなければ土台理解なんてできないものだからね。」
「たとえばダメージジーンズなんてものが流行ったことがあるけど、あれもその時代のファッション誌を読んで同じコードを共有していた若い人達からすれば全然問題ないし、それどころかオシャレの最先端ですらあるわけだよね。でも、それを共有していない大人からすればそれは単なるみすぼらしい破けたジーパンでしかないわけだ。だって大人はそれをオシャレだとするコードを共有してないからね。さすがにワンレンボディコンファッションがオシャレの最先端で止まってるってこともないだろうけど、何がオシャレで何がオシャレじゃないかって決められたコードを元に判断しているわけだから、コードを更新せずに昔のまま止まっている人と、最近のファッション誌を読んでる人じゃ、オシャレの基準が違うわけだね。だから、娘のファッションを理解できない親御さんってのは、いつの時代にもいるわけだ。」
喋り続けることで落ち着きを取り戻しつつあった僕は更に続けた。
「そう、だから時代によってオシャレは変わるし、それは必然とも言える。何十年か前のファッションが再評価されることもあるけれど、あれは当時のファッションを評価するコードが新しく現代のものとして流通するからであって、普遍的なオシャレってのがあるわけじゃない。当時の服をオシャレとする基準を身につけたからそう思えるだけの話。だから、いつの時代でも変わらぬオシャレな輝きを有するファッションってのは存在しないんだ。あくまで何をオシャレとするかという基準があるだけでね。でも、そんな中、唯一の真理に近いものがあるとしたら、僕はブランメルの言葉だと思うんだ。ジョージ・ブライアン・ブランメル。19世紀のイギリスの人なんだけど、オシャレなことで有名なんだ。オシャレっていってもド派手なファッションじゃなくて、むしろ地味ともいえるようなファッションを好んだんだけど、その人がこんな言葉を残してる。『街を歩いていて、人からあまりじろじろと見られているときは、君の服装は凝りすぎているのだ』僕はね、これを金言だと思うんだ。金言至言まさに名言。確かにいつの世にも変わらぬオシャレなんてないよ。でも、こういった心がけが、いつの時代もオシャレを作る、必要不可欠なものなんじゃないかなって思うんだよね、僕は。ねえ、どう思う?」
「さあ?」
僕の3分にも及ぶスピーチをたった二文字で返しやがりましたよ、このアマは。大体なんで僕がこんな長ったらしいスピーチをぶらなければならない理由をとんとわかってないと見える。今日は僕と彼女との初デート。身長が167cmある彼女は手足もすらっとスタイルが良い。学校の制服なんてとてもよく似合っている。まあ着こなしを見る限りファッションに興味がないんじゃないかなって気はしていたけど、それを補って余りあるスタイルの良さだから、お母さんが買ってきたシマムラファッションだったとしても、彼女が着ればすらっと素敵なファッション美人。そう。そうなると思って、僕はウキウキワクワクデートに来たわけだ。
場所は駅前にある変な銅像。うちの市出身の芸術家の人が作ったらしい、よくわかんない猿の像。なんだか漢字が多い長ったらしい題名がついてはいるのだけど、誰もそんなの覚えてなくて、みんな「おさるの所」なんて呼んでいる。13時におさるの所。ウキウキワクワク5分前集合。ごめん、待った?いいや、今来たところさ、なんて言いたいからね。5分前に着いた僕は周りを見渡した。日曜日ってこともあって、人が多い。カップルカップル男女男男女ウサギ女カップル。ん?なんか変なのがいた気がする。もう一度。カップルカップル男女男男女ウサギ――。ウサギ!?うわー、何あれ。前に渋谷で動物のパジャマみたいなのがギャルっぽい人の間で流行ったことがあるけど、よく見てみるとそれとも違う。パジャマみたいな薄手でぺらぺらな素材ではなく、ピンクのもこもこした厚手の起毛で、動物の着ぐるみとかで使うような、結構しっかりした作り。手足は共に七分丈で、袖は膨らみを持たせたちょうちん袖のような仕上げ。僕とは逆っ側を向いてるから頭を包み込んでる頭部の作りはよくわからないけど、それでもわかるぴょこぴょこと揺れるウサギの耳。
嫌だね、全く。僕はああいった、ファッションは自己表現ですからとかいう輩が一等嫌いなんだよね。10年もしたら普通の服装に戻って、あの時は若かったから、なんて言っちゃうんだぜ、あいつらは。嫌だ嫌だ。なんて思っていると、ピンクがとことこ寄ってくる。うわ、もしかしたら露骨に嫌なのが顔に出ちゃったかな。なんか言われるのかな。なんか文句あんのー?自己表現なんですけど、なんて。うわあ、どうしよう、携帯掛かってきた振りして逃げ出しちゃおうかな。それよりも彼女早く来てくれないかな。ていうか遅いよ全く。普段からちょっとズレてるキャラだなだとは思っていたけど、初めてのデートくらい5分前くらいに来ておいてよ。そうすれば僕もこんなウサギに――と、空転しまくる思考はそこで遮られた。
「やっほー」
そう。そういったわけで、テンパる頭を押さえつつ、連続深呼吸を5回ばかりキメた僕は、彼女に延々とファッションのなんたるかを、控えめというオシャレイズムの尊さを、説いたわけなんだけど、彼女は一言、さあ?と返した。このアマが。さあ?って何だよさあ?ってさあ!どう思う?さあ?って何だよその会話。くそ!どうしたものか。更に平易な言葉を用いて説明を試みるべきか。それとも有無を言わせず服屋に連れ込んで適当なものを見繕うか。はたまた用事があるとブッチしちまうか。いずれにしろこんなウサギとデートなんてできるわけがない。こうしてる今も周りの目が痛くてたまらない。やめて見ないで違うんです彼女はちょっとズレてるだけなんです僕は普通なんですオーディナリーボーイなんです、と沸騰しそうな頭で考えてる僕の思考はまたもや彼女の一声で終わりを告げた。
「かわいく……ない?」
傾げる小首にウサ耳揺れて、僕の価値観が砕け散った。可愛い。可愛い!可愛い!!それだけでいいじゃないか。充分すぎる程に最高だ。いつの世も変わらぬものはない?10分前の俺に見せてやりたい。200年前の侍を連れてきても、1000年前の貴族を連れてきても、3000年前の縄文人を連れてきても、銀色のスーツ来た未来人を連れてきても、宇宙の果てからグレイを連れてきても、やつらは全員同じ言葉を言うだろう。可愛い。そう。人類は2008年にして辿り着いた。究極のファッションに。至高のオシャレに。ブランメルを呼べっ!説教してやる!お前は守りの姿勢だから辿り着けなかったんだ。究極のファッションは人を振り向せる運命にある。いつの世のいかなる人をもだ。彼女を可愛くないだなんていうやつがいたら連れてこい。三日三晩に渡って説教してやる!72時間聞き取れますかだ。ああ、そうだ。こんなことを考えてる場合じゃない。今も不安げな顔で僕に問いかけてる彼女に伝えなければ。
「可愛いよ!最高に可愛いよ!」
「本当……?」
「ふふ。ありがと。」
嬉しそうに頬を染めて照れる彼女。可愛さ量が等比数級的に増大し続けて駅前やばい。可愛さのブラックホールが生まれそう。彼女に吸い込まれそうになる体を必死に地面を踏ん張ることで耐えていると、もじもじしていた彼女が僕に何かを差し出した。ん?何だいハニー?っと見てみると、ネズミーランドでつけるような、カチューシャ型のウサギの耳。僕は固まる。え?いや、それは、ちょっと、あの、その、本当、え?なんで?なんて逡巡しているとまたもや彼女の桃色破壊光線。
「……だめ?」
その後、駅前の繁華街で、デートを楽しむ一組のウサギカップルが目撃された。周囲の冷ややかな視線とは裏腹に本人達は至って幸せそうだった。
昨日まで大暴れしていたtinycafe=fuwaridaysの人ですが。
今日の増田はデカいフォント使う人がいないなあ、なんて思って、他の増田で紹介されていた彼女の本拠地を見てみたら、何と昨日のうちに退会していたのでした。
ツッコミどころはいろいろ多いですが。
今回彼女が学んだことは、せいぜい増田への参加の仕方くらいで、結局tinycafeはtinycafe以上に進化できなかった、ということでしょうか。
何を言っても彼女に伝わることはないのでしょうが、ネット界にはこういう時に使える、いい言葉がありますね。もはや金言といえるかも。
「半年ROMれ!」
即ち、今必要なのは今後も活動していく意思表明ではなくて、自分のネット拠点を全て閉鎖し、ひたすら他人のブログやサイトを読むのに費やすことではないでしょうか。
あと、再び拠点を立ち上げる際には、
などが効果的なのでは?と愚考しつつ、このエントリを終わりにします。
…でも、やっぱりまた戻ってくるんだろうなぁ…(;´Д`)
あなたは最初に陰口を言う人の方が貧しい人生を送っていて、言わない人が豊かな人生を送る(傾向がある)と言った。その理由が「口は災いの元という言葉があるから」なのだろうか。
口は災いの元、ということわざは、「つまらないこと(この場合は陰口といってよい)を言わないほうがよい」という教訓/世間知あってのものだ。つまりその問いにはyesだ。
自分がプラスだと判断する物を、成功者は多く選択しているだろう、選択していけば成功するだろうというのはあなたの信仰に過ぎないので一般化はできない。
たとえば、成功者の名言集あるいは金言集というものがあるが、そこにある指摘の要素を抽出してほかの要素(たとえば、陰口を言うことに対しての肯定的態度とか)との量的比較をする、というのは、その一般化可能性の一端を示すものだろう。そしてそれは実際に可能なことではある。
(計測可能性を検討もしないで「信仰だから一般化できない」っていうんだったら、まあ、そりゃなんでも言い放題だけどね)
陰口はやめよう何故なら、他人に陰口を言った分だけ、自分に返ってくるから。
……このような意見をたまに見かけるが、本気で思ってるんだろうか?
陰口は良くないとかやめましょうという理由付けに、こんなデタラメを使うのは良くない。
「陰口を言わないほうがいいなんて言うな」ってのも言葉が足りないか。
「「陰口を言わないほうがいい(なぜならば自分に返ってくるから)なんて言うな」ということね。
軍曹の金言を持ち出すのはフルメタルジャケットを休憩なしで最低10回見てからにしろ、ほほえみデブが。
お前の親父の金言に、バカとつきあうな、ってのがあるだろ?お優しいお前はそれに納得と同時に反感を抱いたんだろうけどさー、
そりゃお前の親父が全面的に正しい。負け犬とはつきあうな。負け犬は伝染るんだ。
だからよ、お前はこれ以上親父とつきあうな。親父は負け犬なんだ。2ちゃんねるにいがちなクズどもと生真面目に論争なんぞしたところで
不毛だろ?あれと一緒だ。お前自分で言ったじゃないか。「結婚」にも向き不向きがある。「大人」にも向き不向きがあるってよ。
「親父」にも向き不向きがあるんだよ。お前の親父は「親父」に不向きだったんだ。残念だろうがよ、世の中にごまんとあることだ。
言ってることは理屈でいえばある意味正しいが、その核は憂鬱で希望のない凡人以下のクズの世界にお前を巻き込む代物だ。
しかも自分ではそうだと気づいていねえ。お前のためになると本気で思ってる。だがそのいうことをまともに聞いたら、
同情したり影響されたりしようものなら、お前はもう将来いつかといわず今すぐ負け犬になっちまうよ。
親父は全面的にお前の味方だが、全面的に役に立つかどうかは別問題なんだ。