はてなキーワード: 醍醐味とは
女医が教えるセックスなんたらという本のレビューに、「セックスの必殺技を知りたくて読んだのに載ってないし、内容が冗長でつまらなかったです」とあった。
あの本は「セックスに必殺技なんてものは無いよ」と読者に伝えたかったんだと思う。しかし読者は必殺技を期待してしまう。
女の身体をゲームに見立てると私も共感できる。一定のペースでボタンを押し続けると敵がじんわり倒れます~なんて製品があったら、それは酷いクソゲーだ。
必殺技やらコンボやらがキマって、ド派手に倒せるからこそゲームは面白い。そういう意味では女の身体ははっきり言って面白くない。
やりこみの努力をすることで強くなるのもゲームの醍醐味だと思うが、女は男の努力に応じて良い反応を返すようにはできていない。
気分にムラがある。何もしていないのになぜか上機嫌でやたらと優しいときもあれば、良いことをしたのになぜか不機嫌なこともある。
努力に対する正当な報酬が得られないようでは、プレイヤーもやる気を失ってしまうだろう。
ゲーム開始時の初期ステータスがプレイヤーによって違いすぎるのも、やる気を削ぐ一因だと思う。
初期ステータスがやたらと高く、初戦からボス戦で、一回で倒してしまって終了…というパターンもあれば、
初期ステータスが低すぎて最弱のザコ敵すら倒せず、時間だけが経過してしまい終了…というパターンもある。
俺は女に人間として興味がないのだと
何十人と抱いたけど、セックスしたらもう興味がなくなる。
告白でもされようならただのさよならフラグだとしか思えなくなった。
俺は女をただの性欲処理の相手としてしか価値を見いだせない人間なんだと
というかセックスに困らない男は
Q:そんなにセックスしたいなら風俗の方が手っ取り早いんじゃないの?
A:風俗嬢相手のセックスは所詮お金が絡んだ味気ないものです。
素人女を騙くらかして、心も体も犯すのがセックスの醍醐味です。
もちろんそんな顔を見せては女性に嫌われますからたいてい演技してます。
考えてみてください。たった一回の射精のために3~5万も風俗で払う男性がいることを。
痴漢や盗撮など人生をふいにしてまでも性犯罪に走る男性が大勢いることを。
行動に移さないまでも願望として持っている男性は非常に多いです。
それだけ男性の性欲は凄まじいのです。恋人がいようが結婚してようがいつも
「セックスできる女がいないか」と虎視眈々と常に狙っているのが男という生き物です。
A :男性は恋愛映画やドラマなどをほとんどみません。つまり愛や恋などには
本能的に興味がないのです。男が大好きなのはAVです。つまり興味の中心は
セックスなのです。 それが普通であり一般的です。それから恋愛映画に出てくる
男性像は現実とかけ離れたものばかりで白馬に乗った王子様など存在しません。
AV女優を見て「これは作り物。こんな女はいない!」って女性は思うでしょう?それと同じです。
Q:そんなことして空しくならないの?罪悪感はないの?
男には400万年かかって形成された撒種本能があります。これができるだけ
多く、1人でも多くの女とセックスしたい、 と考え行動する理由です。男はほぼ同時期に
100人の女を妊娠させる事ができますが女性は1人の男の子供しか産めません。
そういう体の構造からして浮気願望は男の本能の欲求であり健全な願望です。
罪悪感などは感じません。 むしろオスとしての満足感、達成感に満たされます。
横だけど、今話題のハックルさんネタで盛り上がってたのでこの記事もその観点で読んだ。
http://anond.hatelabo.jp/20111021103234
についてた批判をまとめると、そのバリエーションの乏しさに驚く。
・本に書いてることとなんも変わらない(キリッ
・面接(=表紙アピール)が強いだけで、実際の中身はたいしたことないんだろ。
・こんなの一般常識じゃん。パッケージだけ変えてさも新しいことのように人を騙してブクマを集めるなんて乞食みたいですね
・はいはい就活ネタと非モテネタと学歴ネタはブクマがたくさん稼げてよかったでちゅねー。俺には無理だわー。そんな浅ましいことできないわー。
・カ、勘違いしないでよね。このネタ元の人はすごいかも知れないけど、それをまとめてるだけのお前はただの雑魚で全然偉くないんだからね。
こんだけ。俺はもっと違う批判をしてみせるぜっていう人がいたらどうぞどうぞ。
これだけ見ると、みごとにもしドラ批判と全く同じ。
というか、これだけしかバリエーションがないことを考えると、何事においても、こういうパターンにハマるんだろうと思う。
去年くらいに、はてなの重鎮まなめ氏が、はてブは読者の条件反射的な心をとりあげる装置として面白いって言ってたけど、
こんだけしかバリエーションないんだったら、はてブって対して役に立たないんじゃないの?
どうしてこうなるのか考えてみたけれど、
スキルを磨かないで感情のまま条件反射的にやる批判ってのは、たいしてバリエーションがないんのだと思われる。
一方的に批判する側って、基本的に自分が勝ってると思ってるから自分の腕前を磨かない。
で、自分の批判が通じないとか、自分が凹ませてやった奴が平気な顔をして同じようなことを書いてると逆上して人格批判を始める。
で、人格批判すら通用しないとなると、「俺はこいつと遊んでやってるんだ」っていって自分を納得させるわけか。
まぁ中にはそういうのを一切合切含んだ上でお約束として楽しんでいる人もいるみたいだけど、そういう遊びがない人間とかもいてまじで地獄。
一応マナ飯およびアルファブックマーカーのためにはてブについてフォローもしておく。
ただ、上にまとめたような「軽い」批判コメを残してる奴は、新参者が多いようで、
ひとりずつ確認してみるとブクマ数が1000以下かつ「お気に入られ」がゼロのやつなんだよな。
一方、古参組の奴は、こういう低レベルの奴らとくらべて少し情報力が多くて「重い」。さらに自分の隙を減らす工夫が見られる。
新参はまだそこら辺の機微がわかっておらず、ただ場の空気に合わせて上っ面だけなぞったコメントを書いてる感じがある。
こういう100文字で、しかも人を批判するだけの簡単なお仕事でさえ、露骨に差が出るのが面白い。
また、はてブには役に立つ面がいろいろある。
記事に関する参考リンクとか貼ってくれる人がいたり、長文でわかりにくい文章の概要を総括してくれる人がいるのがまずありがたい。
また記事の書き手にとっては、ブコメそのものよりも、ある程度ブコメを稼ぐと、自分の書いた記事と似たようなことを書いている記事をリコメンドしてくれるという機能がありがたい。
あと、なんだかんだいってブコメを稼ぐことによって本来私の記事なんか読まないであろう人も読んでくれることがあるという利点は捨てがたい
(はてブ経由で来る読者の8割くらいはクズだけど、たまに良いコメントとか書いてくれる人がいるんだよね。)
こういうのは今のところはてなやってないと味わえない醍醐味だと思ってるので、なんだかんだいって総合するとはてなもはてブも好きだ。あってほしい。
ただし、一部の低レベルなバカに感情のはけ口を与えてる点については、単純に問題ありだということが言いたかった。問題点は問題点として指摘しないとなー。
まとめ
噛み付いてって、こっちがリターンで書いてもいないつぶやきを見て、何か自分のページに引っ張って書いてた。
偶然そいつのページを見てしまったら、そんな事が書かれてて驚いた。
拡散希望 できれば協力して下さい という言葉くらいたくさん毎日毎日あの中で使われてると思う。
興味が無ければ無視、というスタイルがツイッタの醍醐味と聞いてたからそうなのかと思ってたけど。。。
弁護士がどうのこうの、証明がどうのどうの、もっと信用できる情報を共有云々て・・・
弁護士の事も色々書いてあるのに、それを言ったら、弁護士が信用できないのに、なぜツイッタ民は信用できると思うんだと言われた。
知ってもらい騒ぎになる事で、良い方向に行く事もあるから、広めようとしているというのと、個人的に信用できるかどうかは、全然話が違うのではないか
というか、全く噛み合ってない質問だか反論だかわからない言葉だから、戸惑いを覚える。
個人なのに、ものすごく体面を重視する人
役所か何かみたいにw
という印象
今回は少し前によく聞いた「自分探し」について。
世の中的にもナンバーワンよりオンリーワンだ!と言われていたし、
本当に自由に自分のことを決めていいよってなった途端、
そんな流れだったように思えます。
じゃぁ具体的にどうすれば良いかよく解らず、
でも結局よく解んないですよね。笑
まず、決めなきゃいけないのはこれだと思います。
少しだけ関心があったり興味があるくらいで何個か決めてください。
=====================================================
1)「それ」が世の中にとってどういうものなのか
2)誰が喜んでくれて誰のためになっているのか
4)その役割を一緒に達成する仲間は誰か
6)自分が、仲間が頑張ることで世の中のためになっている事を実感する
7)それが生きる意味になったりする
=====================================================
自分がいることでの小さい変化を実感する。
まずはここだと思います。
最初はそれをどういう人ができているのか、
じっくり観察してその人のポジションを奪いにいきましょう!
それってすごく楽しくなります。
自分探しって未だによく解りませんが、
世の中に無数にある役割の一つを全力で掴みに行く事だと思いました
それが一つの答えなのかもしれません。
例えばネットが世界に普及して、ソーシャルメディアというものが生まれ、
もっと小さい規模でも、たくさんの役割が生まれ、
そのポジションを誰かが掴んでいるんしょう。
栃東が引退したとき、私は自分が多少不安だったが、彼のように朝青龍の顔面を張る根性はなかったから何もしなかった。
ついで、千代大海が引退した。私は前よりも不安だったが、八百長が攻撃されたわけではないらしいので何もしなかった。
ついで、琴光喜が野球賭博で攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。
ついに八百長が攻撃された。私は魁皇だったから行動したーしかし、それは遅すぎた。
外国人力士同士のガチ取組も見ていて面白いですが、彼らは彼らにしかできないポジションで相撲の面白さを提供してくれました。何も横綱を目指すことや優勝を狙うことばかりが相撲の醍醐味ではないことを教えてくれました。長い間お疲れさまでした魁皇関。
なんかびっくりするくらい惚れられて付き合い始めた
でも、こっちは全然本気じゃなくてむしろ遊びのつもりだったから
恋愛ごっこに付き合ってあげた後、さもそれっぽい理由付けて振った
冷たくかつあっさりと。でも付き合ってた期間は本気だった風を装って
別れ話はメールだったんだけど
すげー落胆してんのが伝わってくんの
でも迷惑かけないようにか知らんけど平静を装ってんの。必死で。
こっちは別に余裕しゃくしゃくなのに。
今まで振られた女への仕返し達成、みたいな気分もあったけどそれだけじゃない
うまく表現できないけど、征服したとか勝ったとかそんな気持ちよさ
「俺最低だなw」とは思うけど嬉しかったのもは止められない
ヘビーな恋愛ばっかだから軽く恋愛ごっこからセックスしたかったのがきっかけだけど
こういう形の醍醐味があるならチャラチャラした恋愛も悪くないね。
出来れば気の住むまで遊んだ後に落ち着いて結婚できたら言うことないけど
こんな極悪な考えだと絶対どこかで痛い目見そうだwww
普通の大学生は「コース料理1万円」を「社会勉強」で食べるな発想がそもそもねえよこのブルジョアが
そりゃ大学生なら1万くらいいつでも出せるけどたかが一食に出そうとは思わねえよ普通は
っていうか何が「醍醐味」だ
東京大学ご入学、おめでとう。
これからは残された青春時代を謳歌しながら、自分のやりたい勉強にむかって突き進んでいくことができます。勉強したいことがない人も、友達と酒を飲めばそのうち見つかるので気にせずにキャンパスライフをエンジョイしよう。
それぞれの興味関心が違うので、絶対に受けるべき授業ってのはホントはないと思う。
どういう授業に感動するか、好奇心をくすぐられるかはひとによってまちまちだろうから。
それでも、大学人になるにあたって、大学の空気に慣れることも必要なように感じる。
その点で僕は、総合科目Aの「科学史」、小松美彦教官の講義をおすすめする。
東大の先生ではないのだけれど、毎年夏学期に行われているから、彼の定年まで続くのだと思われる。この授業にぜひ潜ってほしい理由は、次の3点である。
まず、この授業は「科学史」ではない。まごうことなき「生命倫理」の講義である。
彼の専門領域である「臓器移植」の問題をてがかりに、「死」についての見識を深めていく。
『高校教師』という昔のテレビドラマを見せられ、最後に愛の逃避行をしたふたりは「死んで」いるのかどうかを問う。
「帝銀事件」という日本を騒がせた事件を取り上げ、人体実験のありかたを問う。
最後の授業では『あしたのジョー』がどういうマンガかを語り、1時間以上延長する。
それらはすべて「生命」というタームで結びついているのだが、高校まで単調な座学を受けてきた人間には意味不明に感じると思う。
そしてこれらは、基本的に教官の意図を強要される。教官の意図と異なることを言えば、なぜかキレられる。寝てたらチョークを投げられる。なんとも理不尽な授業である。
しかしそうした教官の高圧的な態度に、反逆できる機会が与えられている。
教官ははじめにこう言うのである。「テストは『授業受けた人用』と『授業受けなかった人用』の2種類を用意する」と。
つまり授業に一切出なくても、初回とテストさえ行けば、単位は取得できるのである。ここに、大学という組織がどういうものなのかが凝縮されているように感じる。授業はすべて、「教官のターン」なのである。「教官のターン」を不快に思うなら、授業に出なくてよいとあらかじめ公言しているのである。
その代わり、「受講者のターン」である「期末テスト」には出席を求められる。「受講者」は、授業や教官の著書に対して、反論を記すことが認められる。見事教官をうならせたら「優」、とりあえず書いたら「可」である。明瞭である。
テストは、教官と受講者の勝負なのだ。教官が下す「優」は、「お前の解答には納得させられた」という白旗とほぼ同義なのである。
授業に出なくてもよいという教官のスタンスは、彼が全共闘世代であることにも関わっているように感じる。いまや大学教官の下す「優」「良」「可」「不可」に振り回される学生が、支配に対し反逆した時期が45年ほど前にあったのである。彼の授業は、その時代を追体験させてくれるようでもある。
大学に反逆したものの多くは、今や予備校に流れている者が多い。小松教官が、東京大学出身であるのに東京海洋大学教授であるという肩書にも、何かあるのではないかと勘繰ってしまう。
大学というところは、授業だけ考えたらぬるいものである。だから「意識の高い学生」は、やれ学生団体だの、サークルだのバイトだのに力を入れ、大学という組織の無力さを呪う。
しかしそうではない。大学の授業(講義)ひとつ取ってみても、議論を活性化させるタネが転がっているのだ。ゼミのアットホーム(優しい・厳しいを備えた)な雰囲気も大学の醍醐味であるが、マス授業の緊張感も味わってもらえればと思う。
東京大学ご入学、おめでとう。
これからは残された青春時代を謳歌しながら、自分のやりたい勉強にむかって突き進んでいくことができます。勉強したいことがない人も、友達と酒を飲めばそのうち見つかるので気にせずにキャンパスライフをエンジョイしよう。
それぞれの興味関心が違うので、絶対に受けるべき授業ってのはホントはないと思う。
どういう授業に感動するか、好奇心をくすぐられるかはひとによってまちまちだろうから。
それでも、大学人になるにあたって、大学の空気に慣れなけれないけないように感じる。
その点で僕は、総合科目Aの「科学史」、小松美彦教官の講義をおすすめする。
東大の先生ではないのだけれど、毎年夏学期に行われているから、彼の定年まで続くのだと思われる。この授業にぜひ潜ってほしい理由は、次の3点である。
まず、この授業は「科学史」ではない。まごうことなき「生命倫理」の講義である。
彼の専門領域である「臓器移植」の問題をてがかりに、「死」についての見識を深めていく。
『高校教師』という昔のテレビドラマを見せられ、最後に愛の逃避行をしたふたりは「死んで」いるのかどうかを問う。
「帝銀事件」という日本を騒がせた事件を取り上げ、人体実験のありかたを問う。
最後の授業では『あしたのジョー』がどういうマンガかを語り、1時間以上延長する。
それらはすべて「生命」というタームで結びついているのだが、高校まで単調な座学を受けてきた人間には意味不明に感じると思う。
そしてこれらは、基本的に教官の意図を強要される。教官の意図と異なることを言えば、なぜかキレられる。寝てたらチョークを投げられる。なんとも理不尽な授業である。
しかしそうした教官の高圧的な態度に、反逆できる機会が与えられている。
教官ははじめにこう言うのである。「テストは『授業受けた人用』と『授業受けなった人用』の2種類を用意する」と。
つまり授業に一切出なくても、初回とテストさえ行けば、単位は取得できるのである。ここに、大学という組織がどういうものなのかが凝縮されているように感じる。授業はすべて、「教官のターン」なのである。「教官のターン」を不快に思うなら、授業に出なくてよいとあらかじめ公言しているのである。
その代わり、「受講者のターン」である「期末テスト」には出席を求められる。「受講者」は、授業や教官の著書に対して、反論を記すことが認められる。見事教官をうならせたら「優」、とりあえず書いたら「可」である。明瞭である。
テストは、教官と受講者の勝負なのだ。教官が下す「優」は、「お前の解答には納得させられた」という白旗とほぼ同義なのである。
授業に出なくてもよいという教官のスタンスは、彼が全共闘世代であることにも関わっているように感じる。いまや大学教官の下す「優」「良」「可」「不可」に振り回される学生が、支配に対し反逆した時期が45年ほど前にあったのである。彼の授業は、その時代を追体験させてくれるようでもある。
大学に反逆したものの多くは、今や予備校に流れている者が多い。小松教官が、東京大学出身であるのに東京海洋大学教授であるという肩書にも、何かあるのではないかと勘繰ってしまう。
大学というところは、授業だけ考えたらぬるいものである。だから「意識の高い学生」は、やれ学生団体だの、サークルだのバイトだのに力を入れ、大学という組織の無力さを呪う。
しかしそうではない。大学の授業(講義)ひとつ取ってみても、議論を活性化させるタネが転がっているのだ。ゼミのアットホーム(優しい・厳しいを備えた)な雰囲気も大学の醍醐味であるが、マス授業の緊張感も味わってもらえればと思う。
モバゲーだからで思考停止して何も調べずにあれこれ言ってる人が多いのでちょっと調べてみた。
なお一度もプレイしていないし、プレイすることもないので間違えていることも多いと思います。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110105-00000729-yom-soci
3つの派閥(肉体・頭脳・セクシー)から自キャラを選んで、ミッションをクリアしてお宝を集めていく。
お宝は確率でしか手に入らない上に、派閥ごとに手に入るお宝が決まっているのでミッションだけではコンプリートすることはできない。そこで目的のお宝を持っているプレイヤーから奪い合う。
お宝にはいくつものシリーズがあり、7種からなるシリーズをコンプリートすると特殊なアバターアイテムなどが手に入り、それ以降そのシリーズのお宝は奪われなくなる。多くのシリーズをコンプリートさせるのがゲームの目的であり、コンプリート特典のアバターアイテムがモチベーションとなっている。
お宝を手に入れる手段は3つ
ミッションをクリアしたり、他プレイヤーを仲間にすると「手下」3人が増える。
この「手下」をお宝の攻撃・防御に配分するのお宝攻防の肝となる重要な要素で、仲間は増やすほど有利(レベルごとに仲間上限がある)。
また仲間はミッションクエストで駆けつけて応援してくれたりもする。逆に仲間と縁を切ると「手下」が5人減るペナルティがある。
仲間プレイヤーに「ウインク」機能でメッセージを送ると自分の「手下」が回復する機能があり、これによってプレイヤー間に絆を作ることにゲーム上のメリットを作っている。仲間を外させることにペナルティがあることもあって、仲間が増えるほどゲームをやめにくくなる効果があるのかもしれない?
お宝を相互に交換するトレードする機能はなく、一方的にプレゼント機能しかないため、仲間の間で効率よくアイテムを交換して進めるという手は使えない。
基本的にはダブった親愛の証としてお宝を配ることで仲間との関係性を強化するためにあると思われる。またお宝をプレゼントできるのはシリーズのうち5種類未満しか揃ってないものだけで、プレゼントだけでコンプリートはできないようになっている。
このSNSコミュニティとゲームが噛みあっているゲームデザインはなかなか絶妙だと思う。
つまりこの制約によりシリーズを5種類程度まで集めるのは難しくないのだけど、そこからコンプリートするためには、自分のアイテムが奪われないうちにいかに他人のアイテムを奪って2種類を埋めるか、という戦略性が必要になる。
レベルが上がるとプレイヤー人口が減るため、アイテムの出回り自体が少なくなり、特にレアリティの高いものについては奪い合いも活発化する。この希少価値がRMTの温床にもなっている。
お宝の攻防は「手下」と「罠」。
「手下」を「ミッション要員」「攻撃要員(他プレイヤーからお宝を奪いにいく)」「防御要員(お宝を守る)」にふりわける。
相手の「防御要員」より自分「攻撃要員」が上回ればお宝奪取が可能なのだけど、ここで3点ほど留意すべき点がある。
まず「罠」、これが仕掛けられていると攻撃に成功しても問答無用で敗北する。
そして「派閥相性」、肉弾→頭脳→セクシーというジャンケン関係があってこれが作用すると一定確率で問答無用で負ける?
最後に「警察」、相手の防御要員に比較して多すぎる攻撃要員を派遣すると警察に捕まってしまう。
これにより手下数の多い廃人プレイヤーが初級プレイヤーに対して一方的に有利にならないような仕組みになっている。
使い捨ての罠はミッションで手に入るものだけでは足りなくなり、お宝を守り続けるには課金罠を買う必要がでてくる。
課金装備のレンタルも必須ではないのだけれど、レベル上げの時間を短縮して先に進められるならと気軽に買う人が多い
結果として、終盤のお宝やコンプリート特典のアバターは数万円の納金、数十時間~数百時間分のプレイの結晶であり、一見めちゃくちゃに見える値段も実はプレイ時間を時給換算するとそこまでおかしくもなかったりするんだと思う。
ただこれは怪盗ロワイアルという場がこれだけ連日CMをガンガン流して賑わっている結果であって、怪盗ロワイアル自体が下火になれば当然一連のアイテムの価値もなくなる。
携帯ゲーム市場は仮想アイテムが数万でやりとりされるチョロい情弱商売だ、というのは間違い。
ただのデータに過ぎないものに多くのプレイヤーがこれだけの価値を見出すまで熱狂させた、そういう劇場型演出が商売の本質で、簡単に真似できるものでもないだろうと思う。
「アイテムを奪い合うゲームじゃないの?詐欺られたならそれもゲームの一環でしょ?」という風に考えていたけど、もっぱら詐欺られるのは、奪い合うお宝ではなくて、課金アイテムのようだ(?)
お宝を引き換えに課金アイテムの「罠」や「課装備」をプレゼントして欲しいと持ちかけられ騙されることが多いようだ。
面白い手口だと高レベルの自分が仲間になってあげるから、「課金装備」を貢いで欲しいと言って逃げられたりとか。
怪盗ロワイアルはリアルタイムに時間が流れ、常にお宝を奪われる可能性があるため、罠などお金がいくらあっても足りないのだろう。
月10万近く費やしているという例は特殊なのかもしれないが、とにかくゲームを有利に進めるためにはリアルマネーが必須というゲームだ。
しかし小中学生など基本無料と聞いて遊んできたプレイヤーは、レベルを上げるうちにこの課金の壁にぶつかることになる。
そこで詐欺を働いて無料で課金アイテムを手に入れようとするプレイヤーが増えているのではないだろうか。
ただのゲームデータなら無理。課金アイテムの詐欺に関してはメイプルストーリーの前例があるのでググってください。
課金アイテムを「ゲーム内データ」とみなすか「ゲーム内でサービスを受ける権利」としかみなすかによって責任が問えるかどうか変わる。
それでなくとも法整備がまったく進まず、警察に持ち込んでも専門家がいないとかで話が進まないことが多いので、
被害者の多くは泣き寝入りするか、掲示板などで詐欺師などと糾弾してゲームから排除するという手に出るんだろう
仲間の数が重要そうなこのゲームで風評被害は致命的なため、詐欺を働き続けるのは大してメリットがないようにも思うけどどうなんだろう?
出回ってるミッションバトルの戦闘画面だけで見れば「何この数世代前のゲーム」という感想が正しすぎると思う。
いや数世代前でも例えば隠しルールが豊富で戦術次第で低レベル攻略がいくらでも可能なFF5やロマサガ2のデザインは美しかった。
でもそこまでの戦術・戦略を求めているユーザーがどれくらいいたんだろうか?8-15の法則も知らずにニコニコ動画で眺めて分かった気になってる人だけじゃないの?
ゲーム自体は単純に、分かりやすく、お宝の奪い合いをメインにコミュニティの面白さ(=中毒性)に重点を置いたのが怪盗ロワイアルだと思う。
コミュニティまで含めたゲームデザインとしては秀逸で、それをマスマーケティングで最大限に引き出せた結果がブームなんだろうな。
もう少し突っ込んだ内容。
わがままなやつだと思ってくれ。
家族は、非常にうるさい。今日も、妻が叫んでいる。子供は走り回っている。この騒々しさもひとつの醍醐味だという人がいるが、俺にはそうは思えない。ただ、いらだたせるだけの他人だ。
『暖かい家庭を築こうね』と妻は結婚前に言っていた。その『暖かさ』がどんな意味かは知らなかったが、俺は適当に相槌を打っていた。彼女の言う『暖かい家庭』とは、常に何かしら生活音が鳴っており、騒々しい家庭のことだったようだ。
やれやれ。
俺と妻と子供は、布団の中でくっつきあうようにして眠る。妻は後ろを向く。俺は妻の背中を見る。それでよい。老けてしわが多くなってきたお前の顔など見たくもない。寒くなってきたので、くっつきあうことで体温はちょうど良い暖かさになる。
暖かい家族はまどろみの中にしか存在しない。この瞬間だけ、俺は家族の暖かさに触れるのだ。本質的な意味として。
だが、暖かさにも質がある。そして最近ではその質が下がってきている。
妻の顔は老化し始め、体はたるみ始めた。今だって、手を伸ばせば彼女の脂肪に手が触れる。妻も子供も最近では布団の中で豪快に屁をする。屁のぬくもりなど俺はほしくない。しかし、ぬくもりを逃したくは無いので、俺は布団の『窓』をさっと開けて、なるべく冷気が入らないように、中の空気を消臭する。
そして俺は布団の中で『どうしてこんなことになってしまったのか』という寂寥感によって眠りに落ちるのだ。
という記事が、ブクマを集めてる。
肯定否定は、半々といったところだろうか。
自分は、10年くらい前に、ほんの少しのあいだ、
末端の官庁で、元記事にあるようなスーパー官僚に会ったのか会ってないのか、
よくわからなかった。気になってしらべてみたんだけど↓、
http://countrystudies.us/singapore/48.htm
http://sunzi.lib.hku.hk/hkjo/view/50/5000233.pdf
30年前の数字しか見つからないが、人口が250万人のところ、
官庁の公務員が8万人弱、
公団とか各種団体のみなし公務員が5万人。
トップのDivision 1が公務員の10%から15%。
さらにそのうちの、Administrative Serviceに属するのが、
別名"supergrade"で、これが実数500人以下。
これが、20代前半の若僧が、入省してすぐになれるのか、
それとも、数千人はいるはずのDivision 1から、
年功と業績で適宜選抜されるのか、そこが大事だと思うんだけれど、
どうもよくわからない。
で、くりかえしになるけど、自分がいたのは大した役所じゃなかったんだが、
最高学府の国立大出が何人かいた。たぶん、Division 1だったんだろう。
若い人たちは素直で優秀。四六時中ニコニコしていて、なんだか頼りない感じ。草食系。
中年以上は、英語は下手になるけれど、精悍な仕事のできる人が多かった。
だからね、元記事にあるように、公務員を試験で厳選して給料をバンバンやれば、
国がうまくいきますよ、というのは、ちょっと違うような気がする。
シンガポールはシンガポールなりに、太平洋戦争中は犠牲者も相応に出して、
マレーシアとも半分戦争のようになったりして、ずいぶん苦労してる。
日本もそうだけど、地道な努力の結果に、経済発展があったわけで、
官僚制度がよかったからです、で片付けたら、普通のシンガポール人は怒るんじゃないか。
とりとめもなく書いていくと、シンガポールは公務員天国だったね。
役所にもよるだろうが、仕事は楽だった。あの国での成功者の証のひとつは、
どんな小さな車でも一千万円くらいかかっちゃう。部下を自家用車に乗せてランチにいくのが、
管理職の醍醐味なわけです。もちろん毎日じゃないけどさ、日本じゃありえないでしょう?
大臣クラスだっていう組織のトップの家にも、招待された。ジャングルのなかの一軒家で、
もちろんフィリピン人のメイドさんもいて、アメリカとかヨーロッパの金持ちほどではなくても、
いい暮らしぶりだった。
シンガポールの官僚制度がいいのかわるいのか、あるいはそれなしに経済発展は無理だったのか、
自分はちょっと居ただけだし、経済の専門家でもないし、よくわからない。
ただ、いいことづくめではないよね。ガラガラの箱モノとか、計画の失敗らしい痕跡もずいぶんあった。
首相が世襲したでしょ? 役所のなかでもね、あいつはXXさんの息子だからとか、あったようですよ。
官僚が完全に能力ベースで選抜されてるか、自分はかなり疑問に思う。給料がGDPと連動しようが、
人事はどんな組織だって、試験なんかである程度足きりをしたあとは、主観的な評価で決まっちゃう。
どの国もそうだが、富裕層とか指導者層がだんだん固定化して、一種の貴族制度ができている。
シンガポールの町並みは、立派なところは立派だけれど、貧困を感じさせるようなエリア、人々を見る機会は
少なくとも10年前は、東京なんかよりずっと多かった。日本も格差社会といわれてるけど、
シンガポールで中流以下の「はじかれ具合」は、気分のいいもんじゃないですよ。官僚天国とは無縁の世界。
意味のない選挙とか、政府批判できないとかは置くとして、英語の発音聞いて姿格好みただけで、
どの程度の人間か、inなのかoutなのか、一目瞭然なわけだから。
官僚も庶民も、同じユニクロ着て同じアクセントの言葉しゃべってる日本という国は、
まあ貧相だし、どんどん沈んでるけど、それなりに価値はあるわけですよ。
それをね、もうちょっとなんとかしたいから、スーパーエリートに任せちゃおう! ってのは、
やっぱり、安易な考えじゃないだろうか? 人間の質は、どの国の官僚も政治家も、そう変わらないと思いますよ。
200人だかの優秀な人間がナントカできるもんなら、アメリカでもどこでも、
今みたいなアホな世の中にしてるわけないし。安定的で迅速な政策決定ができる政治体制・選挙制度の構築とか、
まずはセクキャバとは何かについて説明しよう(wikipedia「セクシーパブ」より引用)
セクシーパブとは、女性接客係が男性客の座るソファーの横で接待し、体に触らせるサービス(以下、セクシーサービスという。)を提供している飲食店。
客が女性接客係の体を触るなどの行為が許されている点でキャバクラとは異なる。中には女性の服を脱がせるといったサービスを行う店もあるが、一般にはソファーに座っている客の上へ女性が対面で乗り、キスや体を触らせる行為を行う。
要は、おっぱい触れてキスが出来るキャバクラと考えてもらえばいいです。
っと思ってるあなた!それは大間違いですよ!!!こればかりは一度行ってみてもらわなければわからないですが、セクキャバに行くだけでわりと満足できます。まぁ、ヌキたくなることもあるにはありますが、別にお金払ってまでピンサロやら風俗に行きたいほどではないですね。セクキャバの女の子で妄想オナニーで十分です。それで満たされます。(これが私個人に特化したことであるなら申し訳ありませんm(_ _)m)
射精のためだけのサービスも確かに大切だと思います。筆下ろしには最適だと思いますし、そういったサービス業を営む方々にも美人さんや、トークが上手い方も一杯いらっしゃいます。
けれど、自分にとっての費用対効果・コストパフォーマンスとしてはセクキャバが一番良いと感じるのです。
私は恋愛に必要な要素のほとんどをセクキャバが含んでいるからだと考えます。ちょっとイメージのためですが、私が良く行くセクキャバは、1対1のサービスで仕切りで仕切られたソファの中で女の子とおしゃべりしたりします。そんで音楽はうるさくない。但し、ハッスルタイムも無い。
ここで私がすることは、自己紹介をお互いして、お酒を飲みながら色々な話をします。そんで、キスしたり、ペッティングしたりします。要は、ココまでのセットが恋愛の一番楽しいプロセスだと思うんですよね。セックスに至るまでの過程、これこそが恋愛の醍醐味なのです。
誤解を恐れずに言ってしまえば、男性にとってはセックスをしてしまうことが興奮するプロセスなわけで、一度セックスをしてしまった相手っていうのは、相性が良くない限りは段々と飽きてくるものだと思います。そういう、一番楽しい段階をフルで経験することができる場所がセクキャバなのです。私は、ソープやらピンサロなどいったことはありますが、全然セクキャバの方が楽しいです。
それは、私がセックス苦手だからじゃない?という意見もありそうですが、私ももちろんセックスはしたいです。まだ二人だけですが、仲良くなったセクキャバの子と外であってセックスはしたことはあります。ただ、付き合うことはしませんでしたし、関係を持ったのも両方一度きりです。遊びとして割り切るには、スッパリと関係をきらなければいけないと思います。
とにかくセクキャバはおもしろい!ぜひぜひ行ってみてね!
例えば、「うだつの上がらない青年がある日化け物と遭遇して魂を抜かれてしまったと思ったらそこにおっきい刀をもった少女が登場してなんだかよく分からない力を使って化け物を倒してくれた上に自分に代わりの魂を吹き込んでくれた」ような話がおおむね殆どのラノベなんだけど、そこに作者の現状が反映されていると、1ミリでも思うのかね。
主人公に与えているコンテクストは、作者の現状なんかではなく「読者がそうであろう、感情移入のしやすい器」であって、決して作者が思いを入れて動かしているものじゃあねえぞ。
装置をどれだけうまく使って演出を施せるかが小説(フィクション)の醍醐味なんだが、そこに入ってくるのは演出論であって現状がどうとかまったく関係がないだろ。むしろ隠し味でしかない。
作者の願望っていう意味ではその通り。作者のイマの願望を妄想エンジンにてブーストして味付けをファンタジーにしたりリリカルにしたりシリアスにしたりするのが小説。そこに異存はない。
先日、私は久々にナンパをした。少なく見積もっても5年ぶり。ひょとしたら8年ぶりくらいかもしれない。本当はもうナンパなどしている歳でもないのだろうが、閉塞感を打ち破りたい気持ちもあり、ナンパをすることにしたのである。場所は花火大会の会場。24歳のシャイなイケメンを相方とした。もともと彼が花火大会に行きたいと言い出したのである。花火大会でナンパがしたい、と。彼はシャイなのでナンパができない。そこで、少しはナンパの経験がある私が彼にナンパの仕方を教える。そういう目的の花火大会参加であった。
だが、暑い。我々二人は暑さで溶けそうになりながら、花火見物のベストポジションへ向かった。早めに向かったのは良かったのだが、開始時刻までの時間つぶしを用意すべきであることも知らず、場所取りのレジャーシートを持参すべきであることも知らなかった我々は、固いアスファルトの地面にじかに座り、何もすることがなく、ただ開始時刻を待ったのだった。女の子に声をかけるなら花火が終わってから、駅に向かうまでの間だよな、などと二人で話したりしていた。
最初の花火が打ち上げられると、観客たちが悲鳴のような声を上げる。もちろん歓声なのだが、花火の迫力は圧巻で、そのような声になるのも納得できる。金属元素の炎色反応が演出するドラマ。我々はしばしナンパのことも忘れ、花火に見入った。
だけれども、男二人で花火を見ていてもやはり飽きて来るもので、私は帰りの電車の時刻が心配だったこともあり、花火を見ながら帰りの駅へ向かうことにした。観客でびっしりのエリアを抜け、屋台が軒を連ねるエリアに来たとき、我々はジュースを買って休むことにした。そこでこの日初めてのナンパを行う。女の子二人組を見つけたのだ。
私は、相方に声をかける練習をさせようと思い、声をかけるセリフ、立ち位置、姿勢、などを細かく指示した。だが、彼はタイミングを逃し、「次行こう」などと言い出す。これではダメだなと思った私は、とっさに自分で動いた。花火の音がもうしなくなっていたから、「花火はもう終わりなんですかね?」と自然な感じで声をかけることができた。相手の反応は良かった。最後に昼になったのかと思うくらいの連発の花火があがるはずで、それを待ってるんだとのこと。相方も話に加わり、彼女たちは○○(都道府県名)に住んでいる大学生で、中学からの知り合いであること、その花火大会にはほぼ毎年来ていることなどを聞き出した。だが、その後の会話を弾ませることができなかったからか、「じゃあ私たちそろそろ行くんで」と笑顔で言い残し、彼女たちは去っていった。去る者は追わない、というのが私の基本方針なので食い下がったりはしなかった。準備不足(セリフの用意・流れの想定など)もあるなぁと私は感じた。
二件目のナンパは、道を聞くふりをして女の子二人組に話しかけた。「あ、すいません。あの○○駅っていうのは○○(鉄道会社名)の駅なんですかね?」という第一声。我ながら平凡だなと思うが、これが私のナンパのスタイル。いかにもナンパ、という声のかけ方はしない主義だ。私の質問に対して、一人の女の子が誠実に教えてくれた。「どうやって帰るんですか?」と尋ねると、「車で送ってもらうんです」との答え。彼氏か親を待っているのだろう。それ以上話していても意味もないだろうと思い、我々は礼を言って駅に向かった。
ナンパの魅力的な点はいろいろあって、例えばこちらの第一声に対してどんなふうに返してくれるのかなというくじ引きを引くときのようなドキドキ感。あるいはこちらが前もって考えておいた筋書き通りに話が進んでいくかというゲームのような感覚。だけど、ナンパの醍醐味は何といっても意外な出会いがあること。人は見かけでは判断できない。愛想が悪そうに見えても、話してみるとすごく素直ないい子だったりするものなのだ。この二件目のナンパでの女の子がまさにそうだった。「え、この子、こんなに優しいの!?」という印象。長くナンパをしていなかったから忘れていたナンパの魅力を思い出し、たまにはナンパをするのも悪くないなと感じた。
ナンパをするために花火大会に来て、2組にしか声をかけられなかったのははっきり言って情けないことだ。ただ、今回は電車の時間の都合などいろいろな事情があり、仕方なかったとも思っている。また次回、だ。
ナンパをすると、普通に生活しているのでは出会えないような女の子に出会うことができる。そして普通に生活しているのではあり得ないような会話を交わすことができる。それこそがナンパの魅力だ。そして私は、まだまだこの世界も捨てたものじゃないなという感覚を持つことになったのである。
多くの人がナンパについて考えるとき、「怖くてナンパなんてできない」というように感じるようだ。だけど、一体何が怖いというのか。「拒否されるのが怖い」、そういう声を聞く。でも拒否されることは本当に怖いのか。拒否されたらどうなるというのだろう。例えば、ナンパして遊びに行こうよと言ったら「そういうのはちょっと…」と断られた。それはあなたが人生において打撃となるのだろうか。私はそうは思わない。
これがもし、長く付き合っている彼女であったらどうだろう。ある日、彼女を「今度の休みに遊びに行こうよ」と誘った。そうすると彼女が言う。「あなたと遊びに行くのはちょっと…」。これは打撃となると思う。長く付き合っていてお互いのことを知っている。そういう間柄の人にあなたと遊んでもつまらないという意味のことを言われたとしたら、それはあなたの人格の否定であると言ってもいいものだろうし、それで傷つくのは当然でもある。だけれども、ほんの数分前に知り合った人につまらないと言われたとしても、あなたは傷つくのだろうか。多くの人は、ナンパをすることもなしに、傷つくことばかり考えて恐れているのではないだろうか。ナンパで断られることなど、大したことではないのだ。何度かナンパをしているうちに、断れることにも慣れてくる。
あともう一点指摘しておきたいことがある。それは、日本人の女の子は礼儀正しく、ナンパを断るときにも丁寧に断ってくれる、ということだ。こちらが「人格の否定」と受け取るしかないような、そういう非情な断り方をしてくることはめったにないのだ。上述の一件目のナンパでは、「じゃあ私たちそろそろ行くんで」と笑顔で去っていくという断られ方をした。これはなんら我々にダメージを与えるものではなかった。他に私が体験した断られ方としては例えば、「すいません。私これからバイトなので」などというもの。これも言われて傷つくものではない。
ナンパに近いものとしてホストの客引きがある。私は街を歩いていて、客引きしているホストに出会うと、早足で追いかけ、何を話しているかを聞いたりしている。そしてほとんどの場合は女の子が断っているのだが、その断り方は非情に柔らかいのだ。たいていの女の子が「すいません」と言いながら断っている。ホストに客引きされて、「すいません」なのである。路上でのキャッチセールス等は禁止されているのだから、どちらかと言えば謝るべきはホストの方であるのに、である。このように日本人の女の子は基本的に礼儀正しく、優しい。相手がナンパしてきた男であれ、ホストの客引きであれ、丁寧に接してくれる。もしあなたが、ナンパなんてすると「ウゼえんだよ。話しかけてんじゃねえよ。」などときつい言葉を浴びせられるというイメージを持っているなら、それは間違っていると言わざるを得ない。日本人の女の子は、捨てたものじゃないんだってことを知って欲しい。
ナンパをしても、あなたが失うものなんて何もない。ナンパを何かを得ることはひょっとしたら難しいかもしれない。でも、ナンパは生き物だ。何が起こるかわからない。あなたは、ナンパをすることで、当初想像していたものと全く違うものを得ることになるかもしれない。人間関係とは何か、ということをいつもとはちょっと違った角度で考える、そのきっかけとして、私は「ナンパをしてみたらどうですか」とあなたに勧めたいのである。
※ちなみに私のルックスは並以下。背も低いし。ひどいルックスという程でもないと自分では思っているけれど…。
一週目はぬるいからSL25付近でラスボス倒せるよ。
馬鹿みたいにひとつのステータスだけあげるんじゃなくて、入手した装備品を目指してステータスを上げるとかなりスムーズにいく。
そもそも敵の動きにはよく観察しないと分かりにくいもののパターンが存在するから、大盾でも装備して敵の攻撃を完全に防ぎつつゆっくり攻略していった方がむしろすぐに終わるかも。
更にこちらの有効な武器の種類、攻撃属性(打撃、斬撃、刺突、魔法、炎)のパラメータを考えてから攻撃すれば敵の弱点は必ず見つかる。
AIONはベータテストから参加していて、当初からゲーム自体は良くできていた。問題は運営。ちなみに正式サービスは月額3000円であった。
1.アカウントハック
正式サービス開始が2009年7月中旬で、下旬-8月にはアカウントハックだらけの状況だった。50人弱ギルドの1/3が被害に遭ってたような状況。アカウントハック(第3者にログインされ、装備やアイテム、所持金を丸はぎされる)が発覚しても運営は何も告知しなかった。被害者は泣き寝入りで、ギルド内でお金を支援するなどしていた。
その後の告知「windowsupdateを行え(8月)」「被害は申告された後調査し仮想通貨で返す(1-2ヶ月以上かかった)」「パスワード変更キャンペーン(9月)」「セキュリティカード導入(10月中旬)」
一方、先にサービスを開始していた韓国でもアカウントハックは同じく起こっており、韓国のテストサーバにセキュリティカードが導入されたのが2009年6月。
後に "4Gamer.net ― 「The Tower of AION」,事前アンケートデータからアカウントハックの傾向を検証する" http://j.mp/1mxwQU
他インタビューの中で「当初のスケジュールを優先させた」などの発言から、正式サービス開始以前、あるいは前後には既に問題を把握していたと思われる。
把握していたのも関わらず正式サービスを強行したのは大変残念だ。同運営社の別のゲーム「リネージュ2」では既にセキュリティカードは導入されており、サービス開始を延期し、セキュリティカードを導入することもできたはずだ。また、発覚後の告知も遅く、被害を拡大させた。
アカウントハックの原因を、「アカウントハックはwindowsupdateをしておらず変なサイトをみたユーザのせい」(公式には言っていないが)としているが、ギルドの1/3が被害に遭った状況などから、とてもそうとは思えなかった。
2.BOTの横行
ベータテストでもBOT(ユーザが操作しない自動プログラムによるキャラクタ)はいたが、正式サービス開始後は急増した。敵NPCを倒したいのに、BOTが複数で占有し、まったく狩りにならない場所も発生した。運営は「BOT通報機能」を実装したが、BOTは一向に減らなかった。運営曰く「BOTか判断するのは難しい。BOTのような動きをしていても、ユーザが操作しているかもしれない」
(私のかなり偏向した見方だが)BOTもお金を払ってくれればユーザ、という認識のようだ。
私は3ヶ月でAIONをやめた。
以来なんどもウェルカムバックキャンペーンというメールがきている。1週間で30時間(?)無料でプレイできるそうだ。
そして今。AIONサーバ統合のお知らせのメールがきた。9のサーバを統合し5つにするという。AIONの醍醐味は対人戦にある。
たとえゲームがどんなに面白くても、ユーザが最低限楽しく遊べる環境を作るのに努力もなにもしない運営のネットゲームは、残念ながらダメゲームである。ベータテスト中に見抜けなかった私の責任でもある。