はてなキーワード: 酒井とは
http://anond.hatelabo.jp/20111209095945
ライフハックとか自己啓発とかの記事の中には、単に昔から上司が部下に教えてきた「普通の仕事の常識」のポイントをまとめたものにすぎないものも多くって、それって、どこが啓発でどこがハックなんだよ、単なる新入社員教育じゃん、みたいなところがある。
fromdusktildawnさんのこれは名言やなぁと思う。
というわけで、ライフハック好きの人たちのために「色々漁るよりまず基礎固めしろ」ということで新入社員をターゲットとした自己啓発書をおすすめする。
良書に特徴的なのは「上司の単なる言いなりのロボットではなく、会社から必要とされる人間になるためには何が必要か?」という問からスタートしていること。
それに対して、「まず会社という環境で自分の居場所を確保せよ」「まず存在を認められる何者かになれ」ということを目標に掲げ、そこから応用していく仕組みになっていく。
この2つについて、読んで満足して終わり、のスローガンではなく、実際にステップを踏んで実践方法を書いてある。
新入社員だけでなく、未だに会社で居場所がない、何者にもなれない、と感じる人間は大勢いて、そういう人はライフハックを求めているのだと思う。
難しいやつは読んでも実践できないだろうから、まず「ライフハック入門編」「ライフハックを実践できる自分の確立」を目指してこういうところから読んで行かれると良いと思う。
自己啓発目的なので、考え方やコミュニケーションを中心にして、「マーケティング」や「会計意識」などについてはあえて削除してます。
http://www.amazon.co.jp/dp/4480878181/
新人にとって最初にぶつかるであろう社内コミュニケーションに関する話が中心の本。
自分の立場をしっかりと確保するための戦略について述べられています。
http://www.amazon.co.jp/dp/4478015422/
酒井譲さんの「リーダーシップでいちばんたいせつなこと」とどっちかで迷ったけどこちらをチョイス。
ちょっと要求レベル高いです。自己裁量で動き、成果を挙げるところまでについてのアドバイス。
http://www.amazon.co.jp/dp/4479300554/
この本でなくても良いです。なんでもいいので、最低1冊はコーチングの本を読みましょう。
書いてる内容が直接役に立つことは少ないでしょうが、
自分の心に問いかけ、気持を開示することによって、自分の意識を変えうることは知識として持っておきたいところ。
自分だけでUnlearningが出来るかどうかは人によりますが、他人やツールの力を借りればだれにでも可能です。
行き詰まったときなどに、このことを知っていると必ず力になります。
「自分がやるべきこと」と「自分のやりたいこと」の区別、すりあわせなどもコーチングの得意分野です。
http://www.amazon.co.jp/dp/4422100513/
定番ですが、本当に本書に書かれていることを実践すれば効果があるのだから仕方が無い。
これは新入社員の時にこそ読んでほしい。力がないからこそ真剣に読めるはず。
Wikipediaとかで項目だけ読むのはNG。ちゃんと本に挙げられている実例とともに読もう。
「人を動かす三原則」「人に好かれる六原則」「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」とありますが、新入社員にとって重要なのは前の2つ。
まず「人を動かす三原則」だけを10回くらい繰り返し読むべし。これが身につくまで先に進まないほうが吉。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4766416244/
あえて「学問のすすめ」ではなくてこちらを。実際こっちを先に読むべきだと私は思う。
新入社員である自らを、「列強国に囲まれた日本」「他国と対等に語る手段や言葉を持たぬ日本」といったイメージにあてはめて読むと心にグッときます。
危機感が足りないと思ったらこの本読んで喝入れましょう。
http://www.amazon.co.jp/dp/4569571182/
新入社員にとっての最終関門。
一言で言えば社内で「会社人生におけるメンター」を獲得するための戦略について書かれている。
この本の要求をクリアできれば会社で成功するのはほぼ約束されると思う。
ただ少し古い本なのでアレンジも必要。今は社内にこだわらずWeb上に目標となる人やメンターを見つけるのもよいと思う。
http://www.amazon.co.jp//dp/4561233857/
この本じゃなくてもいいですが、セルフアセスメント(自己評価)のためのツールは何か持ってるといいと思います。
3年ほど前に「さあ、自分に目覚めよう」のストレングス・ファインダーがブームになりましたが、コミュニケーションのきっかけとしても便利なのでお勧めです。
定期的に「客観的な基準で」(社内の基準ではなく)自分の棚卸をする習慣がないと、会社の中で腐る危険があります。
http://www.amazon.co.jp/dp/4904336275/
セルフアセスメントとのバランスとして、組織のアセスメント手法も学んでおくとなおグッドです。
ジョブズを絶賛しているような人はアップル社は客観的に評価するとどういう会社なのか、などがわかって楽しいでしょう。
ただちょっと値が張るので、組織文化の分類にどんなものがあるのか、とチェックシートだけを立ち読みするくらいでいいと思います。
一方、読むべきでない本
タイトルからはわかりにくいですが採用活動に関するアドバイスの本です。
悪いことは言わないから読むのやめておこう。確実に胸糞悪くなります。
この人も中小企業のオーナーであり、また採用活動のアドバイザーです。つまりきれいごと理想が高いです。
自らの採用スキルの高さを強調し、自社のブランド価値を高めたいのはわかるけど、基準に満たない学生の扱いがひどいことになってます。
ただ、一般に上の人は新入社員をこういうふうに見ているということは嫌というほどわかるでしょう。
塩野七生 - Wikipedia :しおのななみ
塩見三省 - Wikipedia :しおみさんせい
深水三章 - Wikipedia :しんすいさんしょう
読み方が音訓混在してて、酒井坂井美紀真紀よりもややこしい。深水をふかみと読んでしまったら、もう戻れない。
追記
内野聖陽 - Wikipedia :うちのまさあき
内田朝陽 - Wikipedia :うちだあさひ
この二人も間違いやすい。読みにくい名前も原因か。
菅直人首相の資金管理団体「草志会」が、北朝鮮による日本人拉致事件容疑者の親族が所属する政治団体「市民の党」(東京、酒井剛代表)から派生した政治団体に、計6250万円の政治献金をしていたことが1日、分かった。年間の献金限度額上限の5千万円を支出した年もあり、大口の献金者だったことがうかがえる。政府の拉致問題対策本部長でもある首相側の献金先としては「不適切」との批判を受けかねない。
菅首相側が献金していたのは、「市民の党」から派生した政治団体「政権交代をめざす市民の会」(神奈川、奈良握(にぎる)代表)。
菅直人首相の資金管理団体が、日本人拉致事件の容疑者の長男(28)が所属する政治団体「市民の党」(東京、酒井剛代表)から派生した政治団体「政権交代をめざす市民の会」(神奈川、奈良握代表)に6250万円の政治献金をしていた問題で、鳩山由紀夫前首相の資金管理団体「友愛政経懇話会」も平成19年に1千万円の献金をしていたことが2日、分かった。民主党の首相経験者がそろって多額献金をしていたことで、同党の拉致問題に対する姿勢が改めて批判されそうだ。
政治資金収支報告書などによると、友愛政経懇話会は、めざす会に19年に1千万円を献金。この年には菅首相の資金管理団体「草志会」も5千万円を寄付していた。当時、鳩山前首相は党幹事長、菅首相は党代表代行で、そろって党要職に就いていた。
やれやれ。部分的には首肯してかまわないとこもあるが、こんだけ長く書いてひとを「読解力がない」といってる割にはねえ。
元増田のどこに、「酒井の論を論拠に」なんて書いてある?「酒井順子本を論拠に」ってあるだろ。「酒井順子本」の中には、
そしてアメリカの医師は、「激痛分娩は妊婦に多大な精神ダメージを与えるので、可能であれば無痛分娩をすることを医学的に勧めている」
って書いてあるわけだ。
まずここで読みきれてない。元エントリを読もう。
(酒井本では、無痛分娩は当然あっていい選択なのに)しかし、日本では「激痛分娩を経てこそ、母親になれる」という訳わからない精神論が横行し、先進国唯一の激痛分娩国になっている、と書かれている。
だから、これを論拠にして、元エントリでは
「ホメオパシーは医学的に非合理」と判断する一方で、「出産は激痛分娩でなきゃダメ!」と医学的に不合理な選択を妊婦に強要する日本社会は、ある種の「ダブルスタンダード」じゃないのか?
と書いている。タイトルに「激痛分娩を妊婦に強いる日本社会が」ともあるように、精神論があるから妊婦は激痛分娩を「強要さ」れてるんだ、と言ってる。
つまり"無痛分娩という当然の選択"VS"激痛分娩を強要する精神論"の話を元エントリではしてたはずだ。にも拘らず、最後にいきなり分娩方法のリスク量によっては論拠が崩れる、と言い出してる。上記の対立構造とリスクの話はまるで別物で、今までの論拠とは関係ないのに。
お前は元増田を正確に読めてない上に、さらに、お前の文章は意味不明だ。一番不明なのがここ。
無痛分娩で科学的リスクがいくら上がっても、精神論否定が結果的に無痛分娩数増加に繋がり、精神論の温存が(無痛分娩数)減少に繋がりさえすれば酒井論は肯定される。
ここからだらだらだらだらと、俺の論が「現実にありえない」とか言ってるんだが、これは単純に「酒井論が肯定されるには何が必要か」の話をしてるにすぎない。なのに、
日本人が、人間が今まさにもってるとする精神論が、いつのまにか勝手に否定されたりするわけないだろ。(略)何の理由もなく、いきなり否定されはじめることなんて、ないだろ。アホか。現実的にありえない仮定をもとにしてるから、この仮定は全く意味が無い。
とか言い出す。アホか。理由なんて妊婦の経験談でも何でもいいだろ。「一人目は病気のせいで無痛で産んで、二人目は痛く産んだけど、産んだ後の気持ちは変わんなかった」みたいな話がすごく有名になるとかな。ありえない仮定でもないし、問題は「酒井論を論理的に成立させる条件」なんだから、意味がないわけがない。
ま、このへんは確かに「温存」じゃないほうがいいな。「大流行りしたとしても」とかに変えようか。別にいいよ。
すると「無痛分娩の科学的リスクが高くても、精神論が否定されるなら、無痛分娩数増加に繋がる」になるんだが。(略)で、母親になれるとかなれないとかは関係なく同じならば、単純に「子を産む」に際して、なんでわざわざリスクが高いほうが選ばれるのか意味が不明。論理的に破綻してる。
そりゃ「高いリスク」が周知されてりゃね。激痛分娩では痛みのせいで出産が滞り母子を危険に陥らせるリスクがあるらしいが、そのリスクは周知されていないだろうから、その理由で無痛分娩を選択する人間は少ない。母親のなるならないも2人して死んじゃあはなから意味ないのに、精神論以前なのに、だよ。現実がどうでも、知らないことは考慮なんかしないで「わざわざリスクが高いほうが選ばれる」わけだ。実際に「論理的に破綻してる」んだな。
で、その上で「精神論が否定されるなら、無痛分娩数増加に繋がる」んであれば、酒井論も肯定するしかなくなりうる、というわけ。なぜなら酒井論を成立させるにはその条件が要るわけだから。俺、おかしいこと言ってるか?
"日本では「激痛分娩を経てこそ、母親になれる」という訳わからない精神論が横行し、先進国唯一の激痛分娩国になっている"という酒井の論はどうやっても肯定されないわけ。
どうやってもお前の立てた仮定では、酒井の論は肯定されないんだよ。
と言ったって、酒井論を肯定しようとしたら上で言うようなアプローチしかないだろ? "論拠は「精神論が無痛分娩数増加に繋がったか否かのデータ」しかありえない"んだから。
ちなみに、これから無痛分娩が広まったとき、初めて、「激痛分娩を経てこそ母親になれるとか、それはない、関係ない」って否定されだすんだぞ。
無痛分娩したけど、ちゃんと(良い)母親ですよっていうのが自分の評価でも他人から見ても広まれば、分娩における痛みの強さは、母親になる条件ではないなーっていう認識が広まるだろ。
これはそうなるといいねえ、としか言えんな。無痛分娩者の評価がきちんと広まるかどうかについておれはそこまで楽観視できない。少年犯罪も凶悪犯罪も児童虐待も、善男善女のおおかたは現実の件数とは別に、マスコミ報道を根拠にして「増えている」と思い込んでるんだろうから。事実がちゃんと世間に浸透する保障はない。
俺はべつに酒井論が肯定されようとされまいとどうでもいいし、無痛分娩がどれほど増えようと問題はない。
ただ、酒井論の根拠がなにかも知らないうちに酒井論を根拠にした話に頷いても仕方ないし、酒井論の正否とリスクの話を混ぜても意味がわからんし、麻酔医の不足はそんな与太話よりももっと考えるべきことじゃねえのか、とは思うがな。
どうやったらお前みたいな文章が書けるのか、どうやったらお前みたいな思考になるのか、
あんまり驚いたんで長文。
自分の読解力の無さを棚上げして「まったくもって意味不明」とか恥ずかしいなお前。
空気読めとかいう問題じゃない。思い込みを捨ててまず元の文章を正しく読め。
「酒井順子本を論拠に」ってあるだろ。
「酒井順子本」の中には、
そしてアメリカの医師は、「激痛分娩は妊婦に多大な精神ダメージを与えるので、可能であれば無痛分娩をすることを医学的に勧めている」
って書いてあるわけだ。
元増田はその記述をもとに、「日本でも、無痛分娩の方が奨励されるべきでは?」って思って書いてるわけ。それくらい読みとれ。
だから最後に、「無痛分娩の方が科学的に有リスクなら、教えてくれ」って書いてる。
何故だか分かるか?
元増田は、
「もし、無痛分娩は科学的にリスクが高いならば、科学的にリスクの低い激痛分娩の方を奨励すべきだ(たとえ妊婦の精神にダメージはあっても)。」
と考えているわけだろ。
元増田にとって、科学的にリスクの低い手段を選ぶ方が当然のことなわけ。
かつ、元増田は、「これは誰にとっても当然だろう」と思ったんだろ。だから、わざわざ書かないわけ。
で、ふつう、元増田の文章だけで、何が当然のこととされているかとか、読み取れるわけ。
お前は、読み取れてないわけ。それを棚に上げて、「意味不明」って言ってるわけ。恥ずかしいだろ?
お前は元増田を正確に読めてない上に、さらに、お前の文章は意味不明だ。一番不明なのがここ。
無痛分娩で科学的リスクがいくら上がっても、精神論否定が結果的に無痛分娩数増加に繋がり、精神論の温存が(無痛分娩数)減少に繋がりさえすれば酒井論は肯定される。
これ、不足を補い整理すると、
--
たとえ無痛分娩で科学的リスクが上がっても、精神論が否定されるならば無痛分娩数は増加し、かつ、
たとえ無痛分娩で科学的リスクが上がっても、精神論が温存されるならば無痛分娩数は減少するならば、酒井論は肯定される。
--
になる。
で、まず前提として。
日本では激痛分娩を経てこそ母親になれるという訳わからない精神論があると、酒井は言っている。
が、日本に、そうした精神論があるのかどうかまず証明は難しいだろ。どんだけアンケート取るのか。
かつ、精神論があったとして、精神論があることが原因で日本では激痛分娩がなされているのかどうかの証明は難しいだろ。これは酒井の思い込みレベルの話なんだよ。
だから、精神論があることを前提に、「精神論否定」とか「精神論温存」ってお前は言ってるけど、まずそれが成り立たない。
たとえ精神論があると証明され、精神論によって激痛分娩がなされているとされ、
その上で、激痛分娩を経てこそ母親になれるという精神論が否定されれば、確かに無痛分娩数は増加するだろう。
だけど、そもそも、現状で精神論があるとして、その精神論を否定していく根拠、理由になるものって何だよ。
日本人が、人間が今まさにもってるとする精神論が、いつのまにか勝手に否定されたりするわけないだろ。
もし精神論が否定されていくなら、そこには必ず、それなりの根拠なり理由なり必要だろ。
日本人が、今、激痛分娩を経てこそ母親になれると考えているんだよね?
それを日本人がこれから、「いやそんなことない」って否定するんだよね?
どうしたら、「激痛分娩を経てこそ母親になれるとか、そんなことはない」って否定しはじめるのか?
いや、とにかく何かの理由で「そんなの迷信だ、思い込みだ」っていきなり否定しはじめるんだとして、
その可能性てどんだけなんだよ。
何の理由もなく、いきなり否定されはじめることなんて、ないだろ。アホか。
現実的にありえない仮定をもとにしてるから、この仮定は全く意味が無い。
後半も意味が通らない。
激痛分娩を経てこそ母親になれるという精神論が温存されそのままなら、無痛分娩数の減少には繋がらないだろ。
ここまでをまとめると、精神論はなんかしらんけど勝手に否定されたりしないし、だから無痛分娩数の増加に繋がるわけはないし、
精神論が温存されたとしても、無痛分娩数は減少に繋がらず「そのまま」なわけ。
まず、こうした意味の無い仮定に基づいている以上、
"日本では「激痛分娩を経てこそ、母親になれる」という訳わからない精神論が横行し、先進国唯一の激痛分娩国になっている"
という酒井の論はどうやっても肯定されないわけ。
さらに、「無痛分娩で科学的リスクがいくら上がっても、」の部分と絡めるとさらに意味不明。
現状で、無痛分娩がなされているわけで、そのリスクがこれから上がったりすることはない。
ここだけでもうおかしいんだが、とりあえずリスクが高い、と読み替えることにする。
すると「無痛分娩の科学的リスクが高くても、精神論が否定されるなら、無痛分娩数増加に繋がる」になるんだが。
「激痛分娩を経てこそ母親になれるという精神論」が否定されるということは、
「激痛分娩することにより母親になれるとかなれないとか関係ない、激痛でも無痛でも、同じ」だ。
激痛分娩の否定じゃないんだぞ。
それを否定しても、「無痛分娩によって母親になれる」にはならないぞ。
激痛でも無痛でも「同じ」になるだけだ。
で、母親になれるとかなれないとかは関係なく同じならば、
単純に「子を産む」に際して、なんでわざわざリスクが高いほうが選ばれるのか意味が不明。
母親になれるとかなれないとか関係なく同じならば、
自分や子どもの安全ために、痛いけど我慢してリスクの低い激痛分娩を選びましょう、ってなるだろ。
まあ、リスク高いけど痛いのはイヤだわという理由で、無痛分娩を選ぶ人もいるにせよ。
それにしても、一方的に、リスクの高い無痛分娩の方が増加するとは言えない。
さて、後半、「無痛分娩の科学的リスクが高くても、精神論の温存が無痛分娩数の減少に繋がる」。
精神論がそのままなら無痛分娩の数はそのままなのは先に書いた。
で、無痛分娩のリスクが高く、精神論がそのままならば、やっぱり「そのまま」だ。
いま、激痛分娩がなされてるんだからな。
以上まとめると、そもそも仮定の条件がおかしいことに目をつぶっても、
どうやってもお前の立てた仮定では、酒井の論は肯定されないんだよ。
おまえの書いてる麻酔科医のクダリも、それでググっただけで産科における麻酔科医の数が不足しているのかどうかは判明しないし、精神論があろうとなかろうと~って、精神論があって麻酔科医の数の少なければ現実を越えるまでも無くやっぱり精神論で激痛分娩の数は多いだろうから「あろうと」は余計だとか、いろいろメチャクチャなんだが、疲れたからコレくらいにしとく。
ちなみに、これから無痛分娩が広まったとき、初めて、
「激痛分娩を経てこそ母親になれるとか、それはない、関係ない」って否定されだすんだぞ。
無痛分娩したけど、ちゃんと(良い)母親ですよっていうのが自分の評価でも他人から見ても広まれば、
分娩における痛みの強さは、母親になる条件ではないなーっていう認識が広まるだろ。
まあ、麻酔科医の不足が原因かもしれないけどな。それはまた別の話だ。
当方、酒井順子本を論拠に論を組み立てているので、無痛分娩の方が科学的に有リスク、となると、
論拠が一気に崩れるので。
まったくもって意味不明。
酒井の論が"日本では「激痛分娩を経てこそ、母親になれる」という訳わからない精神論が横行し、先進国唯一の激痛分娩国になっている"だから、論拠は「精神論が無痛分娩数増加に繋がったか否かのデータ」しかありえない。
無痛分娩で科学的リスクがいくら上がっても、精神論否定が結果的に無痛分娩数増加に繋がり、精神論の温存が減少に繋がりさえすれば酒井論は肯定される。
で、問題は精神論でしか説明不能なのか。
多分一番の理由は「常勤麻酔科がいる産婦人科が少ないから」です。
日本ではまだ設備の整った産婦人科と大病院で、希望する人と疼痛に耐えられない心疾患などの患者のためにしか無痛分娩されておりません。
「麻酔科医 数」で検索すれば、麻酔科医が足りていないらしいことは容易にわかる。さて、その足りない麻酔科医を、医療側はどう使おうと考えるか。
つまり、激痛だろうと何だろうとひとまず産むことはできる妊婦と、麻酔科医なしでは実行不能の救急や手術、どちらに使うかだ。
前者にリソースをジャブジャブ使おうとするバカは多くはないだろう。
みんなのうた「コンピューターおばあちゃん」について(平成22年4月2日)
ttp://www.nhk.or.jp/pr/keiei/otherpress/100402.html
(報道資料)
平成22年4月2日
みんなのうた「コンピューターおばあちゃん」について
1981年に制作した、みんなのうた「コンピューターおば あちゃん」の映像の一部を手直しすることになりました。経緯と対応についてお知らせします。
○番組
アニメーション:とこいったさん
○放送
1981年(昭和56年)12月が初回放送
その後たびたび再放送をしており、最近の放送は2009年(平成21年)6月・7月です。
○内容
アニメーション画面の一部に使われている風景・人物 などの連続映像(全体で15秒程度)の中に、女性のおしり・胸・下着姿の写真がそれぞれ約0.1秒ずつ3カット含まれていました。
制作以来30年を経た現在の視聴環境や視聴態様を考慮に入れると、ファミリー向けの番組としてはよりふさわしい表現をとるべきだと考えました。
○わかった経緯
この作品は2004年にNHKエンタープライズから発行したDVD全12巻セットの第7集に収録され ており、DVDを見た方から指摘があり現在の番組担当者が確認しました。
○対応
今後の放送予定はありませんが、当該部分を手直し し、放送する場合には手直ししたものを使用します。
DVDはすでに販売が終了していますが、当該曲の収録されている第7集については販売会社に依頼して手直ししたものをお送りし、古いものは返送をお願い する予定です。
以上
インターネットの発達で、紙の本や雑誌は滅びる――そういわれてから何年たつだろう。そしてそろそろ事態が動きはじめたかと思われる節がある。まずグーグルが世界的にすさまじい量の書籍の電子化に乗り出した。コンテンツはこれでかなりの蓄積ができた。またリーダー機器の面では、日本では未発売だがアマゾン・コムがキンドルという電子ブックリーダーを発表し、一定の成功を収めている。流通も、アマゾンの電子ブック販売や、アップルのiTunesストアなどが手法をほぼ確立しつつある。
だがその過程で、電子メディア特有の問題も次第にあらわになりつつあるようだ。それを示す事件が最近立て続けに起きている。
アマゾン・コムのキンドル用に、オーウェル『1984年』『動物農場』の電子ブックを買った人は、6月に驚愕した。版元に問題があったから、としてこれらの本が手元のキンドルから勝手に消し去られていたのだった。いったん買った本や雑誌やソフトが、自分の本棚やパソコンから勝手に消し去られるなんて、これまでは物理的にもありえない!
アマゾンは、この対応について平身低頭し、二度とやらないと宣言した。が、そもそもそんなことができるということ自体に多くの人が戦慄した。そしてその舞台がまさにそうした情報統制社会の恐怖を描いた『1984年』だったとは、なんたる運命の皮肉か。
一方アップルは、オンラインのiTunesストアで販売されるiPhone/iPod用のソフトの健全性に、たいへん神経を使っている。わいせつ語が入っているソフトは、軒並みアダルト指定を受ける。先日、なんと普通の英語辞書がこれを理由に改変を要求され、ストアへの出店を拒否された。アップルは対応のまずさを認めたものの、方針にはいまのところ変化はない。
わが国では動画投稿サイト、ニコニコ動画が同様の問題を示した。酒井ノリピーの昨今の騒動を受けて、彼女の替え歌を歌唱ソフト『初音ミク』に歌わせた動画が投稿された。ところがなんとその歌唱ソフトのメーカーであるクリプトン・フューチャー・メディアが、そんなことに使われたら自社ソフトのイメージダウンだ、と称して削除を要求したのだ。
当然ながら彼らはそのコンテンツについて何の権利ももっていない。が、信じられないことに、ニコニコ動画を運営しているニワンゴは、この無根拠な抗議にあっさり応じて、問題の動画を削除してしまった!
ニワンゴの経営陣でもある西村博之がこの対応に疑問を述べ、その後同社は、問題の動画を復活させた――投稿者に対する自主検閲を促すコメントつきで。
ネットは著作権無視の違法コピーが横行する面ばかり取りざたされることが多い。でもじつはデジタルコンテンツの真の問題は、コントロールができすぎてしまうことなのだ。今回取り上げたケースが如実に示しているように。
これはネット法学の第1人者ローレンス・レッシグの10年前からの主張だが、それが急激に現実味を持ち始めている。紙媒体では物理的にできなかったことが、デジタル媒体では平気でできてしまう。そのとき、いま当然と思われている権利や自由があっさり破壊されかねないのだ。
いま多くの日本のコンテンツ運営業者は、抗議があればそれが正当なものだろうと不当なものだろうと、人に不快感を与えてはいけません、といった低級なお題目の下に問題のコンテンツをとりあえず消して、ほとぼりが冷めるのを待つ、というのがありがちな対応だ。ニワンゴの対応はその好例だろう。ブログの罵倒合戦くらいならそれでもいい。
だがデジタルメディアが紙媒体を置き換えるなら、紙媒体で建前にしても重視されている規範をどう維持するのかも考えるべきだ。目先の個人的な快・不快なんかより重要なことが世の中にはあるんだから。デジタルコンテンツも、それを考えざるをえなくなりつつあるのではないか。そしてそれを私企業の倫理だけに任せられないとしたら、どんな規制がありうるだろうか?
じつは今年、そのヒントになりそうな出来事がもう1つあった。脳科学者の肩書で各種メディアに頻出している茂木健一郎が、ネット上のボランティア執筆による百科事典ウィキペディアでの自分に関する記述に文句をつけ、それをかなり我田引水なかたちで大幅に書き直した。それに対して項目執筆者たちはひるむことなく、ウィキペディアの執筆ルールに基づいて茂木の苦情に形式的には対応しつつ、ほぼ従前の記述を復活させて、誠実な対応とメディアとしての中立性を見事に両立させたのだ。
こうしたネット上の自主的な倫理や規範も多少の可能性があるのでは? むろん、それがどこまで公的な権利保護の規制を補完代替できるかとなると、まだまだ考える必要はあるのだが。
日米欧の関心は雇用と所得、鳩山次期政権は現実に対応出来るだろうか?
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鳩山政権は明日発足するらしい。しかし不思議や不思議、熱狂的期待感は皆無、酒井のりビー保釈と閣僚人事予測が同列のエンターテインメントになっている。この一種壮大なニヒリズムは何だろう?
本来のニヒリズムではなく、投げやり、明日のことはどうでも良い、難しいことは考えない。そんな怪しい空気が日本を蔽っている。政権交代とか、個別、民主党の圧勝とかの区分けは表面的すぎないか、と多くの政治分析を眺めつつ一種違和感が私の脳裏に去来する。もっとも筆者には自民党を断固支持するというメンタリティはない。
日本の「政権交代」は結果として、イデオロギーの交替でもパラダイムの交代でもなく、或る精神の後退である。戦後日本の精神的混迷という極北状況の中で、導き出されたひとつの結論である。それは耐えられない日本の軽さの証明でもある。
ブッシュ・シニアは湾岸戦争を主導し、国連決議を成立させてイラクに空爆、圧勝をもたらした。当時、アメリカ国民の人気は90%もの支持率を誇った。しかしパパ・ブッシュは再選されなかった。クリントンがいみじくも言ったように[Stupid,It’s Economy]だった。
パパ・ブッシュは選挙中にスーパー・マーケットに立ち寄り、庶民の味方という政治演出を試みたが、まったく物価を知らない実態を写し出され、国民の多くが反発し、アーカンソウの馬の骨(クリントン)にも票が流れた。保守革命を忘れたブッシュに保守側から挑んだロス・ペローによって共和党支持票がみごとに分割し、馬の骨が漁夫の利を得た。
麻生首相は漢字が読めない漫画ファンというのはご愛敬にしても庶民の物価感覚がわからなかった。自民党支持票は大量に小沢ガールズに流れた。
クリントンは学生時代にロシアに招待され、夫人のヒラリーはニクソン弾劾キャンペーンの活動家だった。
青春時代、いわば極左にいたクリントンの政権が誕生し、保守は不安視したが、しかし政権掌握後、クリントン夫妻が選択した政策は保守主義の濃い、中間路線だった。リベラル色濃い政策は議会が反対した。
おりからのITブームにも助けられクリントンは軽々と再選を果たした。民主党を支えたのは左派イデオロギーではなく、雇用と安定と所得の増加だった。
▲「Stupid,It’s Economy」とクリントンは言った
その政策に息切れがでたときにブッシュ・ジュニアが本命ゴアを破って辛勝する。ジュニアは反テロ戦争に打って出て、やはり90%近い支持率に支えられ再選されるが、政権最後の日々は不評さくさく、ブッシュ・ジュニアの後継になる筈だったジョン・マケインはイラク戦争を表面にだして巧みに中盤戦をリードしたが、リーマン・ショック直後からの経済混迷の荒波にあっけなく飲み込まれ、どこの馬の骨とも分からないオバマに敗北した。アメリカ国民が求めたのは『気分転換』だった。
共和党の敗因は経済であって、イラクでも、アフガニスタンでもなかった。アメリカ国民は雇用と所得に関心があり、外交問題は二の次、三の次だった。
鳩山民主党は濃厚な左翼イデオロギーが支持されて勝ったのではない。経済である。つまり、選挙民にとって身近な問題は雇用と所得であり、失業増大、所得の目減りに対して殆ど無策と言って良かった自民党に対して体制保守、生活保守派さえ失望した。
明日はどうなろうと、空気の入れ換えを求めた結果が自民党の大敗を産んだのである。経済政策に何かを期待して、民主党を選んだのでもなければ、中国政策に共鳴して投票したのでもない。まさに「Stupid,It’s Economy」だった。
さて鳩山政権は誰が見ても、というより世界水準から言って三流の政治家である。一流に絶対になれないことは誰もが知っているが、二流にはなれる可能性がある。それは何か?
ヒトラーが名言を吐いたと三島由紀夫は『我が友ヒトラー』のなかで、次の台詞を用いている。「政治とは右を切り、左をきって中道を歩む」ものである。民主党イデオローグは左バネが強いが、そちらに傾斜すると政権の運営は難しいだろう。
自民党は改憲を謳い、靖国神社参拝を公約しながら実行せず、いやそれどころか後藤田、野中という極左を中枢に抱えて左傾化した。さらに自民党は連立相手の公明党バネに押されて政策を歪め、中道から左にぶれた。つまり自民党の無様な敗北は左傾化という誤断からだった。
同様に鳩山民主党が党内党友の左派路線にぶれると基本の方向性を歪め、再選はあり得なくなるだろう。鳩山次期首相が党内左派の連合、日教組、同和路線を斬る蛮勇があれば、二流の仲間入りが出来るだろう。
国民の多くは日米同盟の破綻を望んでいなければ、中国への急傾斜や東アジア共同体の成立を期待してはいない。雇用が安定し、所得が回復すること、外交にはそれほどの関心がないのである。
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通巻第2712号
マスコミは「酒井法子容疑者の自宅から覚醒剤が発見された。それなのに『あったかどうかわからない』とすっとぼけている!」という風に批判してるけど、どうなのこれ?発見された覚醒剤って0.08グラムなんでしょ。
酒井法子が不起訴になる可能性があるそうです。部屋にあった微量の覚醒剤基礎には0.3g必要なんだそうで、0.08gじゃ足りないんだそうです。
ただ、常習性を示す証言が出てくる一方で、酒井容疑者の自宅マンションから見つかった覚せい剤がごく微量(0・008グラム)だったため、これまでの捜査状況では「起訴できない可能性もある」と専門家は指摘している。
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2009/08/12/01.html
スポニチは誤植だと思う。0.08グラムなら使ってるときにちょっとこぼしたりとか、くしゃみなんかで飛ばしたとかそれぐらいの量だと思うんだがどうだろう?本人は家にあるのは使ったり処分したりして家にはないと認識しているのに、クシャミなんかで飛ばしたりした覚醒剤が見つかっただけなんじゃないだろうか?10グラムの覚醒剤が見つかったというならともかくも、0.08グラムなら酒井法子がすっとぼけているとは思えないのだが。覚醒剤0.08グラムって結構な量なんだろうか?
お久しぶりです。相変わらずの長文ですが、おつきあい下さい。
のりPが逮捕されました。今日のワイドショーによりますと、酒井法子容疑者に起訴猶予の可能性が出てきたとのことです。
ですが、この聞き慣れない「起訴猶予」って、いったい何でしょうか。
起訴猶予のことを勉強する前に、検察官のお仕事についておさらいしておきましょう。
昨日付けで、酒井容疑者は送検されました。つまり、身柄が警察から検察へと移されたことになります。
検察庁には検察官がいて、警察から送られてきた容疑者(法律用語では被疑者といいます)に対して、
法的な視点を重視してさらに捜査を遂げ、被疑者に対する処分を決定します。
警察の捜査官・取調官(現場の刑事さんですね)は、法律の適用についてポカをやることがあるので、検察官がさらに検査している、というイメージでしょうか。
(後述の「罪とならず」なんて場合がたまにあることを考えると、非常に重要な役割です)
さて、検察官が被疑者に対してする処分には、起訴処分と不起訴処分とがあります。
起訴処分とは、そのまんま、裁判所に被告人を起訴して、裁判を請求することです。
一方で、不起訴処分というのは、次のような事情により、起訴しないことをいいます。
1.訴訟条件欠缺(親告罪なのに告訴がない、時効が成立している、など)
起訴猶予は、起訴が相当でないと検察官が考えた場合に下される処分です。
この「起訴猶予」を検察官に認めた条文があります。それは刑事訴訟法248条です。
248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
このように、検察官には、起訴するかどうかを、事案に応じて判断することが可能です。
このことを、「起訴便宜主義」といいます。
起訴便宜主義が認められている理由のひとつには、「段階的処遇」という考え方があります。
刑法や刑事訴訟法を杓子定規に解釈すれば、覚せい剤を所持してさえいれば、所持の罪に罰金刑はないので、即ブタ箱行きです。
ですが、これがあまりに不当なのはみなさんもおわかりになるかと思います。
法律の世界でも、「短期自由刑の弊害」という言葉で議論されています。
つまり、犯罪傾向の少ない人が、留置施設や刑務所で、他の犯罪傾向の強い人から影響を受けてしまい、
出てくる頃にはすっかり犯罪傾向が進んでいた、なんてことでは困ってしまうというわけです。
このように、犯罪を行った人の犯罪傾向に応じた、適正な処分をしよう、というのが「段階的処遇」というものです。
段階的処遇の例は起訴猶予の他にもあります。
たとえば、スーパーで食料品を万引きしたのを警備員が取り押さえて事務所まで連行したという事例で考えてみましょう。
常習犯や被害額が大量なら間違いなく通報しますが、少年だったり被害額が僅少だったりすればここで釈放しますよね。
次に、警察が事件として立件するかどうかを決めます。
事件と呼ぶにはあまりもアホくさい事件なら、事務所に警察官が来た段階で、帰っていい、ってことになりましょう。
また、警察が事件として取り上げた後は、検察官に送致するかしないかを決めます。
前科前歴が無かったり、素直に犯行を認めていて反省が深まった場合には、これ以上の処分が不必要ということになります。
警察官にはこの「検察官送致便宜主義」とでもいうものが認められていますが、これを「微罪処分」といいます。
刑事訴訟法246条ただし書を根拠とするもので、検察庁が指定した一定の罪について認められています。
そして、検察官に送致された後も、起訴するか起訴猶予とするかが認められているのは先ほど見てきたとおりです。
さらに、窃盗罪の場合は罰金刑がありますので、起訴されたとしても、公判請求するか、略式請求(罰金をさっさと払ってもらう手続)するか、の裁量があります。
裁判官は、公判請求、つまり、通常の裁判の手続になったとしても、3年以下の懲役にする場合には執行猶予を選択できます。
また、裁判官は、再犯者については刑の長期を引き上げることができますし、検察官は短期間で窃盗罪でブタ箱に何度も行ってる場合には、常習累犯窃盗罪という罪で起訴することができます。
このように、犯罪傾向の少ない者を早く刑事手続から解放し、犯罪傾向の進んでいる者に適正な処罰を与える仕組みができあがっているのです。
蛇足ながら、微罪処分や不起訴処分を受けたことは「前歴」といい、裁判を請求されて有罪判決を受けたことを「前科」といいます。
刑法上、有罪判決を受けたことによる不利益は、時間の経過や恩赦で消滅しますが、警察・検察のデータベースでは消えません。
本件で、積極事情はいくつかありますので、挙げてみましょう。
・有名人であり、大きく報道されることによりすでに社会的制裁を受けていること(犯人の境遇)
・使用の事実は証拠が不十分で、公判を維持できない可能性がある(=公判で否認されると立証が困難)(犯罪の情状)
・所持していた覚せい剤の量が0.008グラムと微量であること(犯罪の情状)
・これまでに前科前歴のないこと(ですよね?多分)(犯人の境遇)
・まだ10歳の子がいること(犯人の境遇)
逆に、消極事情もあります。計画的に逃亡していたこと(犯行後の情状)です。
酒井容疑者の弁護人は、酒井容疑者に、これをなんとか崩すべく指示しているはずです。
「気が動転してしまって」という主張はまさにそれでしょう。
しかしながら、「再起」といって、再び事件を掘り起こして、新たに処分をする可能性もあります。
たとえば、窃盗の例に引き直すと、
起訴猶予後に再び窃盗を繰り返した場合、起訴猶予になった窃盗が時効に掛かっていなければ、これも再起して起訴したりします。
そこらへんは執行猶予と似ている部分があるかも知れませんね。
山口登(やまぐち のぼる)。明治35年(1902年)、兵庫県神戸市兵庫区で生まれた。父は、初代山口組・山口春吉組長だった。山口組事務所は、神戸市兵庫区西出町にあった。大正14年(1925年)、山口春吉の引退により、山口組二代目を継承した。この時、山口組はまだ、大島組・大島秀吉組長の系列組織だった。同年、神戸市須磨の料亭で、山口組二代目相続披露宴が行われた。跡目相続の儀式は、大島組幹部・浦安五助の仲人で行われた。披露宴には、大島秀吉、大島組幹部・川端勝次、大島組幹部・本多仁介、その他の大島組幹部、大島秀吉の舎弟、大島秀吉の若衆、兵庫県県議会議員、神戸市市議会議員などが出席した。山口春吉の手から離れ、新しく山口登の子分となった者は、34人だった。難波島之助は、山口登の舎弟となり、参謀格となった。その後、山口組組員と大島組組員の喧嘩が多発した。山口登は、大島組組員との喧嘩を諌めることはしなかった。昭和2年(1927年)1月、大島秀吉宅に年賀に行った。大島秀吉は、山口登に、山口組組員と大島組組員の喧嘩が多発していることを咎めた。山口登が詫びを入れると、川端勝次が山口登に本心で詫びを入れているのかを詰問した。山口登は激怒した。本多仁介が、川端勝次と山口登をなだめた。昭和3年(1928年)3月、金融恐慌が発生した。山口組は、神戸市兵庫区古湊通りの鮮魚・塩干物の朝市を縄張りとし、仲買人の魚を小売店に運搬する利権を独占していた。そのため、経済的な打撃が限定的だった。同年、山口登は大島組への上納金をやめた。昭和4年(1929年)1月、山口登は、大島組への上納金をやめたために、大島秀吉から破門された。昭和5年(1930年)3月、神戸市は、失業者対策として、兵庫区浜新町に神戸中央卸売市場の建設を計画した。新浜町は、大島組の縄張りだった。この利権を巡り、山口組は大島組と対立した。同年7月、神戸市新開地で、山口登の若衆・田尻春吉が川端勝次を射殺した。同年8月6日夜、山口登は、山口組組員に拳銃や日本刀を持たせて、5台の荷馬車に、神戸市兵庫区西出町の山口組事務所の家財道具全部を載せて、山口組事務所を出発し、同区切戸町に向かった。一部の山口組組員は、切戸町の新しい山口組事務所で待機していた。他の山口組組員は、大島組本家を監視していた。同年8月7日午前3時、山口登は山口組事務所を、兵庫区西出町から同区切戸町に移した。ここは大島組の縄張りで、神戸市中央卸売市場建設予定地の近所だった。同年8月7日、神戸中央卸売市場の杭打ちが始まった。山口組組員は武器を持参して、工事現場に寝泊りした。同年10月、、田岡一雄(通称はクマ。後の山口組三代目)が、新開地本通りの剣劇小屋「湊座」で、料金を支払わずに入場したため、木戸番から咎められた。田岡一雄は木戸番を殴り倒し、湊座の舞台に上がって暴れた。山口組が湊座の用心棒を務めていた。その後のいきさつには2説ある。
溝口敦・笠井和弘・ももなり高『実録・山口組武闘史 血と抗争! 菱の男たち1』竹書房、2002年、ISBN 4-8124-5658-4や正延哲士・天龍寺弦・池田鷹一『実録 鬼頭良之助と山口組二代目 激動ヤクザ伝』竹書房、2006年、ISBN 4-8124-6362-9では「田岡一雄は山口組舎弟・古川松太郎(山口登の娘婿)や山口組若衆・山田久一(通称はトラ。後の三代目山口組初代若頭)に捕まった。田岡一雄は神戸市切戸町の山口組事務所に連行され、暴行を受けたが、根をあげなかった。山口登は田岡を古川松太郎に行儀見習いとして預けた。田岡は古川の自宅に居候した」となっている。飯干晃一『山口組三代目 1野望篇』徳間書店<徳間文庫>、1982年、ISBN 4-19-597344-9では「数日後、田岡一雄は、山口組組員に捕まり、山口登の舎弟・灘波島之介の自宅に連行された。灘波島之介は、山口組組員が田岡を暴行しようとするのを止めて、田岡の身柄を預かった。田岡一雄は、灘波島之介の家に寄宿した。その後、灘波島之介は、田岡を古川松太郎に預けた。古川松太郎が田岡に行儀を仕込んだ」となっている。昭和6年(1931年)1月、須磨の料亭で、宴会を開き、馴染みの花隈の芸妓・ぽん太を呼んだ。その後、月に2、3度、ぽん太と逢引した。昭和7年(1932年)5月、山口登が後援会長を努める大関・玉錦(後に横綱)が、前頭の宝川と揉めた。田岡一雄は、日本刀を持ち、山田久一や玉錦、山口組舎弟・西田幸一らに連れられて、宝川の元に押しかけた。田岡は、日本刀で、宝川の指を切り落とした。同年7月7日、須磨の待合で、山口登はぽん太と会った。同日午後10時すぎ、大島組の刺客・守屋謙造に襲撃された。山口登の若衆・村上常吉が1ヶ月の重傷を負ったが、山口登は待合から逃げた。同年7月8日、守屋謙造は、山口登殺害に失敗したため、大島組を去った。その後、本多仁介は、「日本が軍国調になっていくときに、抗争事件を起こすのはまずい」と大島秀吉に進言した。大島秀吉は、本多仁介の進言を容れて、大島組から山口組への殴り込みを禁止した。それから、山口登は、山口組の新しい資金源として、浪曲興行に着目した。神戸市議会議員・福森庄太郎に相談すると、福森から浪曲師・松風軒栄楽と鬼頭良之助(本名は森田良吉。父・山口春吉の兄弟分)を紹介された。同年7月、山口登は四国で、松風軒栄楽の花興行を催した。興行は赤字だった。庄村吉之助(通称はホラ吉)が、松風軒栄楽のマネージャーだった。山口登は、庄村吉之助を引き抜き、山口組興行部を作って、庄村を山口組興行部支配人に据えた。また、庄村吉之助の側に、山口登の若衆・笠種次を付けた。同年12月、神戸中央卸売市場が開業した。山口組は中央卸売市場の利権を獲得し、市場に賭場を開いた。同年、もしくは昭和11年(1936年)1月20日[1]、山口登は田岡一雄を若衆とした。昭和8年(1933年)4月、山口組興行部は、神戸市湊川神社前の「八千代座」で、鼈甲斎虎丸、東家楽燕、初代天中軒雲月らによる浪曲大会を開いた。昭和9年(1934年)4月、山口組興行部は、八千代座で、ディック・ミネ、美ち奴、楠繁夫、東海林太郎らによる興行を行った。同年 8月、海員争議が起こり、会社側から山口登に、紛争解決の調停役を依頼された。山口組舎弟の西田幸一と田尻春吉が、山口登の代理人として会議に出席した。西田と田尻は、組合と話し合いを持ったが、組合側の右翼や総会屋とこじれて、乱闘となった。西田幸一は殺害され、田尻春吉は意識不明の重体に陥った。田岡一雄と、田岡の親友・岡精義は、西田幸一死亡の知らせを受け、海員組合争議本部に乗り込んだ。田岡が、日本刀で組合長を斬りつけ、重傷を負わせた。田岡一雄 は傷害罪で懲役1年の実刑判決を受け、神戸刑務所に服役した。同年9月3日夜、山口登は、庄村吉之助と笠種次を伴って、法善寺横町近くの料亭で、吉本興業社長・吉本せいと会い、吉本興業の東京進出に尽力することを約束した。同年10月13日から、吉本せいが東京・新橋演舞場で大阪漫才公演を開催すると、この東京興行の応援に駆け付けた。翌日、吉本せいから「自分が東京にいる間は、浪曲師・広沢虎造を吉本興業の専属にしたい」と云う相談を受け、快諾した。その日の公演が終わった後に、吉本せいと共に、東京浅草の浪花家金蔵宅を訪ねた。浪花家金蔵との話し合いの結果、広沢虎造を吉本興業の専属にすることと、広沢虎造のマネージャーを引き続き浪花家金蔵が行うことがを取り決められた。昭和10年(1935年)、山口登は、藤田仙太郎(元関脇・山錦善治郎。本名は山田善治郎)を若衆とした。同年10月、田岡一雄は神戸刑務所から出所した。昭和11年(1936年)1月20日、もしくは昭和7年(1932年)[3]、山口登は田岡一雄を若衆とした。同年2月、不二拳倶楽部主催者・岡本不二夫から、国技館で、チャンピオン・ピストン堀口と挑戦者・ジョー・イーグルの東洋フェザー級タイトルマッチ開催の依頼を受けた。岡本不二夫は、日本拳闘倶楽部の協力を得て、国技館に、東洋フェザー級タイトルマッチ開催を打診した。国技館は「西洋のスポーツであるボクシングの試合を開催させることはできない」として、岡本の要望をはねつけていた。山口登は、岡本の依頼を引き受けた。同日、嘉納健治(通称はピス健。嘉納治五郎の弟。大日拳創立者)に会い、国技館での東洋フェザー級タイトルマッチ開催の了承を得た。その後、上京して、相撲協会と会談し、国技館での東洋フェザー級タイトルマッチ開催の了承を得た。翌日、右翼団体40、50人が、山口登の宿に押しかけ、国技館での東洋フェザー級タイトルマッチ開催に抗議した。山口登は、頭山満と会い、右翼団体を抑えてくれるように依頼した。頭山満は、山口登の依頼を快諾した。同年7月、田岡は、昼夜2回の浪曲師広沢虎造の花興行を行った。昼席は福原の「大正座」で行い、夜席は兵庫県県会議事堂で行った。昼の興行の利益は全て、山口登に上納された。同月、田岡一雄が口答えをしたために、怒った。田岡は山口の怒りが収まるまで、東京の玉錦の元に身を寄せた。その後、若衆の大長政吉(通称:悪漢政。二代目山口組若衆頭・大長一雄の弟)を破門にした。大長政吉が新開地で酔って大暴れし、堅気の人間3人を傷付けたためであった。昭和12年(1937年)1月27日、国技館で、ピストン堀口とジョー・イーグルの東洋フェザー級タイトルマッチが行われ、山口組は国技館の警護に当たった。ジョー・イーグルの判定勝ちが決まると、田岡一雄がリングに上がり、審判に詰め寄った。田岡は警官に取り押さえられ、拘留された。同年2月、玉錦のとりなしで、田岡を許した。田岡は神戸市に戻った。同年2月25日、大長政吉が、新開地の菊水館で、支配人(元、山口春吉の舎弟)を殴打し、売上金を勝手に持ち出した。菊水館の用心棒だった山口組の若衆・山田久一は、田岡一雄とともに、大長政吉を探し、福原遊郭の「大阪楼」にいることを突き止めた。2人は大阪楼を急襲した。田岡が大長政吉を鉄瓶で殴打し、大怪我を負わせた。これに激高した大長政吉の弟・大長八郎(二代目山口組若衆)が、その日のうちに、切戸町の山口組事務所に殴り込んできた。田岡が大長八郎を日本刀で斬り殺した。同日、田岡は警察に自首した。同年2月27日、田岡は懲役8年の実刑判決を受け、服役した。同年、神戸市の荷役業者の鶴井組・広田寿太郎組長、酒井組・酒井新太郎組長、藤原組・藤原光次郎組長が兄弟分の盃を交わし、「鶴酒藤」を結成した。昭和13年(1938年)、山口登の舎弟・新居利治は、徳島県小松島市で、小天竜組を結成した。まもなく、大長一雄は山口組を去った。昭和15年(1940年)、山口登は、広田寿太郎、酒井新太郎、藤原光次郎と兄弟分の盃を交わした。広田寿太郎、酒井新太郎、藤原光次郎が拠点を横浜港に移すと、山口登は鶴酒藤神戸支部長となった。同年7月、広沢虎造が吉本興業に無断で下関・籠寅組(組長は保良浅之助)の企画による映画出演の誓約書を書いた。これに、吉本せいは立腹し、山口登に調停を依頼した。山口登は、下関で保良浅之助と交渉し、映画出演を白紙に戻させた。同年7月28日、浅草の浪花家金蔵は籠寅組幹部・山村周平の訪問を受け、「籠寅組で映画を作りたいのだが、広沢虎造を出演させたい」という申し出を受けた。翌日、浪花家金蔵は神戸に行き、山口登に相談した。山口登は「8月2日に、浪花家金蔵宅で、籠寅組と話し合いをしたい」と云う旨の電報を保良浅之助に打った。同年8月2日、山口登は東京・浅草の浪花家金蔵宅で籠寅組と話し合いを持った。このとき、ボディーガードに客分の中島武雄を連れていた。和解金として用意した、十円札で1000円の札束を胴巻に入れていた。籠寅組からは5人が臨席した。山口登は「広沢虎造を籠寅組には貸さない」と云う旨を伝えたが、籠寅組の5人に襲われた。中島武雄が日本刀で刺殺された。山口登は庭に出たが、日本刀やあいくちで18ヶ所の傷を受けた。ただ、胴巻の札束が刃を止め、一命を取り留めた。浪花家金蔵が浅草の地回りの一団を連れてきたために、籠寅組の刺客たちは退散した。昭和17年(1942年)10月4日、山口登は、この傷がもとで、死亡した。享年、41。
http://anond.hatelabo.jp/20081101232814
どれだけ厳しい批判が寄せられているだろうかと恐る恐るみてみたら、好意的な反響が多く、胸をなでおろしています。
増田に書く理由としては、ひとつめ、専門外のことに長く関わるつもりがないこと、ふたつめ、連休の出先で手元に一冊の参考書籍もなく、HDDとネット上のソースだけを参考に書いたエントリなど、歴史を専攻したものとして、しかも専門外のものとして、とても胸を張って提示できるものではないこと、みっつめ、それゆえ、ホームに書いたら全て書き換えるほどの修正をせずにはいられないだろうが、その気力も時間もないこと、よっつめ、しかし、あれを「論文」とすることには憤りを覚えたので、せめて学問を知る人にはトンデモはトンデモであると伝えてみたかったこと、いつつめ、増田であれば上記の点をそれほど気にやまずに済むこと、このくらいでしょうか。したがって、私のエントリはいわゆる「ちらしのうら」です(文献表記がみにくいのもわざとです。すみません)。私はさくっと書き逃げする卑怯者です。内容がいかがわしいのも推敲が甘いのも全て私の責任です。でも、もろもろの言い訳によって逃げられるものではないですよね。ああ。
さて、前回のエントリでは、後半にさしかかったときにから睡魔に襲われ、最後は「藁人形叩き」ばかりになってしまいました。ようやく投稿できたと思ったら、字数超過で記事を分割せねばならず、つづきでは田母神氏の論文タイトルを間違えてしまいました。謹んで失礼をお詫びします。いろいろとミスがあろうと手をいれるつもりはなかったのですが、批判する論文タイトルの間違いはいくらなんでもひどいので、訂正します(ついでに「シンガポール華僑粛清事件裁判記録」後編のミスも直します)。これも後出しですが、原文が縦書きの漢数字は、横書きなので適宜英数字にしています。
では、気をとりなおして「藁人形叩き」ばかりをしていたところに補足してみたいと思います。最後に与太話の蛇足ですが雑感を述べてしめます。
しかし人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。
(前回と同じく、はてな記法による引用の出所は、田母神俊雄「日本は侵略国家であったのか」2008年http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf)
第2次世界大戦開戦の時点であっても、カナダ、オーストラリア、南アフリカなどが自治領化・独立した例がありますね。フィリピンでも独立を前提とした自治領政府が成立していましたね。
また、どちらかといえば植民地統治体制の比較の話ですが、自治・独立とまではいかないまでも、現地の住民を支配機構に採用していく次のような例もありました。
「1920年代より英国はビルマに赴任するICS〔引用者注:インド高等文官の略称〕に英国人のみならずビルマ人も採用すべく方針を変え、その結果1939年末の段階で、ビルマにおける全高等文官のうちビルマ人は32.8%を占めるに至った」(根本敬「英領期のビルマ人高等文官(ICS/BSC)とタキン党」『東南アジア史学会会報』63、1995年、17ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0004924657)
それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るのがあと百年、2百年遅れていたかもしれない。
1940年代において、宗主国が疲弊し、植民地の独立運動が高揚したのは確かなことでしょう。ただし、歴史学の領分は、「もしも」を考えるというより、その過程をつまびらかにして、それぞれの要因や重要性を検討することにあります。
まず、開戦の詔書には「東亜ノ安定」「世界ノ平和」「万邦共栄」「東亜安定」「東亜永遠ノ平和ヲ確立」という表現はありますが、肝心の戦争目的を述べている部分は、あくまで「今ヤ自存自衛ノ為蹶然起ツテ一切の障礙ヲ砕碎スルノ外ナキナリ」(「御署名原本・昭和十六年・詔書一二月八日・米国及英国ニ対スル宣戦ノ件」1941年12月8日、アジア歴史資料センターレファレンスコードA03022539800。引用部分の漢字は適宜新字体を用いました。センターホームページの検索バーに左記のレファレンスコードを打ち込めば該当資料のページへ飛べますhttp://www.jacar.go.jp/)ということであり、「アジア諸民族の解放」、「植民地の解放」、や「独立」といった文言は一切ないことを指摘しておきます。文面上はまさに自存自衛の戦いをうたっており、解放の約束は明文上ではなされていません(ちなみに、みればわかりますが「八紘一宇」もないです)。では、実際、アジア諸国にどう接し、現地住民はどう対応したのか、前回は文献名をあげただけのものから少し引用しておきます。
「ビルマは1943年8月1日主権を有する独立国家となったが,真の独立を求めるビルマ人にとってそれは,’’偽の独立’’,’’メッキの独立’’にすぎなかった。ビルマ人は,独立が’’空虚’’であることを知っていた。この当時の日本人に対するビルマ人の態度は,「愛していなくても我慢して接吻する」ようなものであった」(大野徹「ビルマ国軍史(その2)」『東南アジア研究』8(3)、1970、360ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/55632/1/KJ00000134014.pdf原文の注の番号は引用者が削除しました。以下の引用文でも同じ)。
「日本の『朝日新聞』は、この作戦について、「皇軍航空部隊の空襲は一見、印度民衆の苦難を一層増大せしめるかに見えるが、爆弾の雨の中に、皇軍の印度独立運動に対する無限の慈愛と支援が含蓄されている」と書いていた。まことに「含蓄」の深い論評だったと言うべきであろう」(中里成章「日本軍の南方作戦とインド」『東洋文化研究所紀要(東京大学)』151、2007年、190ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/5716/1/ioc151004.pdf)。
「本稿では不十分ながら、日本の大東亜共栄圏=アジア主義のプロパガンダが、そして、その大枠の中で動いたチャンドラ・ボース等の活動が、インド社会との接点を持てずに、空回りしていたことを明らかにしえたのではないかと思う」(前掲中里論文、195ページ。ボースたちについては、197ページの注6、200ページの注22、202ページの注26、208ページの注80も参照)。
インドネシア、フィリピン、ベトナムの抗日闘争について、詳しくは論文本文を読んでいただきたいのですが、結論としては、
「要するに、東南アジア諸国の反植民地・民族独立運動は、太平洋戦争と日本の侵略によって生じた情勢やその他条件を、主体的、積極的に活用して日本に対応し、戦前に比して飛躍的な成長を遂げた。そして、このことは、戦後における東南アジア諸国の民族独立運動の高揚や民族独立の達成の決定的要因となった。この意味において、太平洋戦争と日本の侵略は、東南アジア諸国の民族独立運動史における一大転換点であったということができよう」(谷川榮彦「太平洋戦争と東南アジア民族独立運動」『法政研究(九州大学)』53(3)、1987年、395ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008279870原文にあった傍点は除いた)。
以上でつっこみの補足は終わりです。現下の情勢については特に言及しません。
さて、今回のエントリ執筆の目的としては、可能な限り速やかに「論文」が論文になっていないことを示すことでした。大事なのは「内容」とおっしゃるのは結構ですが、学問的に批判可能な形式(もちろん既存の研究にとらわれない革新的な独自形式でも、読者に史料を提示できればかまいません)をとらないものは、「無敵な人」の独自な「歴史観」の告白にすぎないでしょう。それに価値を認めるのは個人の自由ですが、学問や教育の場に持ちこむのはお門違いです。そのような姿勢では、いつまでたっても歴史学における扱いはトンデモのままですよ。もちろん、大学や研究所にいる専門家でなければ歴史の話をしてはいけないということではないです。「昭和史論争」を引き起こしたのは歴史研究者ではありませんでした。しかし、自己の見解を教科書にのるような通説となさりたいのであれば、専門家と同じ舞台に立ち、その批判に応答しなければならないでしょう。「つくる会」はその舞台に立つ気はないと宣言した結果どうなっているでしょうか。今なら学術雑誌に投稿しなくても、インターネット上でいくらでも長文の論文を発表できますよね。
一般に、歴史研究者は、四年生大学で専門的なトレーニングを受け、さらに修士課程二年間、博士課程三年間以上を費やして史料を読み込み論文を紡ぎだしています。それでも、個々の論文の結論で言えることはささやかなことです。また、研究会・学会・書評などの形でお互いに切磋琢磨しています。それぞれが広範な史料に目を通しているからこそ、個々の研究がその時代の歴史像のどこに位置づけられ、どの部分がその時代の特徴をよくとらえられているかを議論できるのです。自分の個別研究が歴史研究の大きな流れのどこに位置づけられるのかをとらえるため、歴史を学ぶ標準的な手順としては、まずは先達がエッセンスを詰め込んだ教科書、概説書を読み、そこから主要な研究文献やレビュー論文、目録等を漁って研究史をたどり、そこで用いられている史料を読み、先人の研究の妥当性を検討したり自己の問題関心を追求していくのです。木簡のように新しい史料が見つかったり、機密文書が公開されたりして史料が増えれば、それがどのように従来の見解に修正を迫り、新たな知見を付け加えるのか議論します。そのような積み重ねのなか、通史は更新され、教科書の記述も変わっていきますが、このことをもって歴史は定まりないものだから最新の研究成果も独自研究も変わりないということは的外れでしょう。それはかえって科学としての歴史学が機能している証拠にほかなりません。
さて、歴史学者全体がイデオロギー的に偏向している、現行の教科書は自虐史観・マルクス主義史観に基づいているという「つくる会」の主張もありますね(それでいて『国民の歴史』のように、専門家の研究から剽窃したりするの会員もいるのは厚顔無恥ですね。参照、尾藤正英『日本文化の歴史』岩波新書、2000年、あとがき)しかし、戦後長く標準的な高校教科書として採用されてきた山川出版社の『詳説世界史』の執筆者には林健太郎(故人への敬称は略します)が含まれていました。日本史にしても伊藤隆氏が編者であった『近代II』を含む、『日本歴史大系』山川出版社、1984-90年、が、受験前に初めて読む通史だった私などには、学会の主流がマルクス主義史観など妄言にしか聞こえません。岩波だから駄目などという意見も見ることがありますが、最新の『岩波講座世界歴史』岩波書店、1997-2000年、では、古代・中世・近世・近代という時代区分はもはや採用されていません。そもそも研究の場では、評価は自分の目で確かめてから下すもので、事前に確定できるものではないのです。
「いずれも〔引用者注:本文でふれられている臼井勝美氏、酒井哲哉氏の研究のこと〕,侵略の時間的連続性〔引用者注:満洲事変から日中戦争へ〕を,陸軍の遠心性,すなわち現地機関の好戦性や暴走に帰さない画期的な研究であった」(加藤陽子「書評 安井三吉著『柳条湖事件から盧溝橋事件へ―1930年華北をめぐる日中の対抗―』」『アジア経済』45(9)、2004年、67ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/7473/1/kato45_09.pdf)。
「日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する」なんて本質論は、学界ではなされていませんよ。人事面でも、システム設計・運用面でも、上部の問題は大きかったですよね。私みたいなものにも自衛隊に信頼できる友人はいますので、余計に上が軍の失敗を反省するそぶりもみせないのは問題と感じるわけです。
最後に、余計なお節介でしょうが、歴史学入門、史学史についていくつか参考文献をあげておきます。ご興味のある向きは手にとられてみてはいかがでしょうか。
小田中直樹『歴史学ってなんだ?』PHP新書、2004年。(CiNiiの定額許諾を契約している大学関係者は、下敷きとなった論文をDLできるかもしれません。私は今DLできる状況にないので保障はしません)
小田中直樹「言語論的転回と歴史学」『史学雑誌』109(9)、2000年。
http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0002622266
歴史科学協議会編『卒業論文を書く―テーマ設定と史料の扱い方』山川出版社、1997年。
今まで述べてきたような研究の積み重ねに対し、自説の根拠もまともに示さずに自分の意見を広めたいと主張する行為がどういうものか、一度お考えになっていただけたら幸いです。
また見苦しい長文になってしまいました。最後まで読んでくださった方に感謝します。
(追記)さすがに人名の誤記は看過できないのでミスを修正しました。
(再追記)引用文の出典が抜けていたのも直しました。すみません。
(再々追記)直ちに答えられるトラバをいただいたので応答します。ホロコーストの研究の進展について次の文献を参照してください。
芝健介「ホロコーストとニュルンベルク裁判」『史論(東京女子大学)』55、2002年。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008575897
http://mainichi.jp/life/job/news/20080625ddm013040105000c.html
酒井さんは工場で車のバンパー単品を塗装前に磨いてちりを落とす作業をしていた。
…略…
時給1270円は悪くない。1カ月約25万円になった。だが部屋代、つなぎのクリーニング代、食費、光熱費などを差し引くと残らない。食堂の社員割引もない。「正社員が400円のメニューを600円で食べた」
25万ってそんなに簡単に消えるのか?色々引かれたとしても…。
もっと詳しく内訳を知りたい。
分不相応な部屋に住んでいるのか? クリーニング代が数万いったりするのか? 交通費が支給されないのに、遠い所で働いちゃったりしてるのか?
食堂の社員割引がなければ、弁当作るか、パンでも買って食べればいいじゃないの。
工場で働いたことないから、この記事が派遣の問題以前に疑問だらけだよ。
教えてエライ人。
また痴漢.
もうやだょ
高3になってから痴漢に遭うの当たり前になってきてるんだけど、
昨日と今朝連続で痴漢してきた奴が酷い手口でホント許せなくて勇気出して声あげたのに
ヘタレな使えない駅員がキョドってるから線路に飛び降りて逃げられた
そのまま電車にひかれて死ねば良かったのに
まず痴漢死ねだけど
駅員もなんなの
対応悪すぎ
何で逃がすの
つか線路に逃げたならどっかしらのホームに上がったときに捕まえられる可能性もなきにしもあらずじゃないの??
普通に[あ-逃げられちゃったぁ-]で終わらせられて
[捕まえられませんでした次はちゃんと捕まえます]とか言われてさ
ありえなくない??
次っていつだよバカス
今日中央線埼京線山手線が遅延で困った人ゎ酒井のせいですごめんなさい
てか現在進行形で遅延だけど…
ホントもう嫌だ
グループでの犯行なんだか単に個々に集結しちゃったんだかなんだか知らないけど
埼京線どうにかなんないの??
まあどうにもならなさそうだけど
めぐ一緒に行ってくれてたのにごめんね
なんか悔しぃし怖いし頭イカれる
この人たちが将来選挙に立候補したら今日の日のことを思い出そう。
長野聖火リレー 2008.04.26 8:26-12:30 曇・小雨 気温10.1℃
走者のリスト(80名中64名:50音順)
アシュリー・ヘイズ, 阿部可菜子, 新井美貴子, 荒家遼太郎, 有森裕子, 板倉敏和,一橋忠之, 大槻計典, 大野豊, 岡崎朋美, 荻原健司, 北島康介, 窪田里江, 久保田寛, 黒岩隆, 黒山こずえ, 越和宏, 小林和幸, 小林恵子, 小林光一, 酒井登, 佐藤政子, 清水和江, 清水正洋, 末續慎吾, 杉山侑, 高橋准一, 高橋揚子, 高見澤靖,滝澤明美, 竹田恆和, 竹内忠雄, 竹内愛国, 玉井秀樹, 千葉真子, 勅使川原郁恵,寺島美千代, 中原里実, 中山翔太, 西澤弘子, 野口みずき, 萩本欽一, 橋本聖子,林理恵, 林衛, 早田卓次, 福原愛, 藤澤純, 星野仙一, 細川佳代子, 堀内拓也, 松岡修造, 松本賢一郎, 丸山佳織, 丸山博明, 三澤拓, 皆川賢太郎, 宮尾啓子, 宮下智成, 宮林侑梨, 矢田雅子, 山岸重治, 雪入忠司, 吉田沙保里
辞退:青山祐子
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