はてなキーワード: 部落差別とは
最近、ウヨサヨの戦いが「親中韓vs反中韓」という空中戦になってる件について、
アイデンティティは人が人であるために大事なものであると思いますが、
経済問題をそっちのけでアイデンティティ同士で戦っているのには虚しさを感じます。
俺の親父はあまり表には出ないが「靴屋は云々」と言うくらいではあった。
んで俺はと言えば、今年40だがいまどき靴屋とかどうよ?と思うわけで、当然子供には話してない。
こんなもんよ。
あったよ。部落差別。
うちの親が差別者だった。
うちの親は部落というか、広範囲に渡って差別してた屑人間だったけど。
残ってるところは残ってるんじゃないかな、まだ。
http://hamusoku.com/archives/4613244.html
私も東電社員だけど、こういうのは例外だからね。そこはわかってね。
ただ、心情的にはこういう普段だったら許せない気分になる事を言う奴でも、まだ外の人間よりはましだ、まだ近く感じる、と思ってしまう自分に驚いた。
今はそのくらい、今は外側との断絶がすごい。 優しい人もいるけど殆どの人にはまともに会話もしてもらえない。
多分同じ日本人として扱われてない。実際体験したことないし、よく知らないけど、昔教科書で習った部落差別とかってこんな感じだったんだろうか。
それで本題の「給料カットされたら逃げるのか?」という話だけど、少なくとも私は今のところそのツモリはない。
見る気もないから調べてないけど、多分上の若い子は東京とかに住んでるんだろう。
で、東北にヘルプか何かで来て、うちの社員に周囲がキツイ態度をとってるのを見てついカッとなったんだろう。実際酷いからね。
でもね、そう簡単にはやめれないんだよ。地元にいる人ならわかるはずなんだけどな。
確かに周りの人はやめろやめろと言っている。でもいざやめたらあいつは東電から逃げた奴だって言われる。
周りの人はどっちにしろ受け入れてくれない。それどころか、東電の輪から外れたら真っ先にリンチされるだろう、くらいに考えてる。
だから、私は東電の名誉が回復されるまでは、東電にしか頼るものがないくらいのつもりでいる。
正確に言うと、上の人のことは私も全く信用してないけど、家族と同僚、そして上司という身近な人だけが今の支えだ。
そういう人たちの為に私もできることをやって、いずれまた受け入れてもらえる日を待つしかない。
もちろんどうしようもなくなったら、今まで積み重ねてきたものすべてを失う覚悟をして仕事をやめて遠くに逃げるだろうけど出来ればそうしたくない。
確かに東電は悪かったかもしれない。その社員である私も同罪かもしれない。じゃあ私の家族は?何かしたんだろうか。
そう思うと今受けている仕打ちはやりきれない。素直に周りの人に頭を下げる気分にはならない。気持ちは分かるけど大嫌いだ。
女性差別の独特さは、声を上げる事すら許されない状況にあると思う。
障害者差別、傷病者差別、部落差別、民族差別でも同様。同性愛差別だって多分そうだ(ただし男性に限る)。
例外は女性差別だけだな。
差別に反対し声を上げる者が、痛い、かっこ悪いとして叩かれるという何とも醜い構図。
ついこの間まで日本では女に選挙権がなかった事すら忘れてる奴が多いんじゃないか。それも当時の日本政府が認めた訳でなく、あくまでアメリカに負けてようやく与えられた権利。選挙権があっても、そもそも選挙に行かない奴らが多いから軽く考えてるのか。
そして現在でも所得格差は大きい、本人の努力ではそうにもならない美醜や年齢で格差を付ける事に疑問すら持つ事が許されないってひでーよ。法の上でさえ、婚姻年齢の差という差別は残ってる。
横だけど。
かつてそういう考えかたが一般的だった時代があって、所謂部落差別なんていうのは
ある程度年長者にとっての常識であるってのは間違いないわけですよ。若い世代はそんな差別を実感したことはまずないし。
そーいうわけで、年相応(というか生まれた時代相応)の常識を持っているということは
別段差別には当たらないし、事実なのではないかと思うんですけども。
時代相応の考え方を持った「普通」の人間だ、と判断することは別段差別には当たらないのでは。
だって、事実その世代その場所でその考え方は「普通」であったわけなんですから。
そんで、生まれた世代相応の「頑固で融通の利かない」(これも客観的事実だよね)思想を持った普通の人間だったってことで
全く差別には当たらないと思うけれど。誰だって、融通の聞かない生まれた世代相応の思想を持ってるでしょ。我々だってそうだ。
生まれた世代ごとの常識があって当たり前ですし、そういう「常識」ってのは強固なものですよね。
カルチャーギャップ、ジェネレーションギャップというヤツです。
数百・数千あっても「義務」だと自分が思うならリソース割くと思うけどなー。やらなくていい「義務」ってあるのかな。
はてなでいろいろな問題が取り上げられたりするけど―例えば女性差別、ホームレス問題、部落差別問題、アイヌ問題、etc,etc―ひとしきり騒いで、問題に「関心のある人たち」は結局どうしたの?っていう。
ひとつ女性の職での問題でいえば、既存の会社では問題があるから、女性のための制度がきちんと整った・女性の・女性による会社を新たに作ろうという動きは当然あるはずだよね。男女の平等を考えたら、「女性の会社」はもっとなくちゃいけないんだし。
で、そのための動きってなんか出てきた?
はてなの「支持者から資金を募」ったり、フェミニストが「(女の?)金持ちを説得」したりして会社を起こすみたいな動き。現実が変わる動きってさ。
ネットで騒ぐことがそれにつながってくるなら(現実に運動を先導できるなら)ネット騒ぎに意味はあるんだけど、ネットで騒ぐだけで結局現実を何ひとつ変えないんだったら意味ないよね。あの手の人って、「彼らの問題じゃない、我々の問題だ」とか言うもんなんだけど。
「関心のある人たち」の中からも現実を変える動きが出ないなら、現実はいつ変わるのかな。やるべきことって、本を読んでまとめをネットにアップすることや、アップされた文章を読んで同意の「きもち」だけ持つことなのかな。ちゃんと地道に活動した他人の成果を「わたしもこうなるべきと思ってました!」と後追いで言うだけでいいのかな。
もちろん、正しいの間違ってるのじゃなくて、重要な権利やら自由の話やらじゃなくて、「~だったらいいねー」「まあできたらがんばってほしいよねー」程度のぼやーっとした希望でしかないんならそれでいいけども。
その理屈なら外国人参政権も実施する必要は無いだろ。外国人が投票出来ない現状に特に不都合は無いんだから。
それが参政権と何の関係があるんだ?
中国と日本は、一衣帯水ともいえるくらい、文化的差異は小さい。
漢字文化圏だしな。
文字が同じだから大丈夫とか楽観視にも程があるだろ。同じキリスト教文化を共有してる欧米圏ですら過去何百年と戦争してるだろ。中国は過去に同じ仏教文化を持ってるインドと領土を巡って戦争してる。チベットを弾圧してるのも知られた話。
あの国は軍事独裁国家。表現の自由も思想信条の自由も無い。情報統制は当たり前のように敷かれていて、反権力活動の弾圧すら合法な国。そもそも自国民にまともな選挙権すら与えてない。つかあの国は、宗教自体を公には認めてないだろ。
そんな国と日本が「文化的差異は小さい」とか、都合の良い未来を夢見すぎ。
だーかーらー、その「教育する」ってのが傲慢なんだって。要するに、彼らに祖国への愛国心を捨てさせるよう仕向けることだよ。どうしてそれが理解出来ないかな?
その上で、彼らが母国へ帰って政治体制を変えるのか、変えないのか、それとも他国へ移住するか、日本国で永住し続けるかは、彼らの選択次第なんだし。
そう、彼らが選択する事。同様に日本の政治を決めるのも我々日本人。
しかし外国人参政権は、その選択権を日本人以外にも渡そうという事。だから賛成できない。
もしかして、同和教育とか受けたことない人?
その前提はあくまでも法的な手続き上のものであり、その手続きに欠陥が無い事が前提になっている。
どんだけ政府を盲信してるんだ。
国家権力が法律上の手続を順守しているのであれば、特に不都合がない限り、問題にしようがない。
そもそも現行の制度自体、海外から安価な労働力(現代版の奴隷)を輸入したい財界の思惑を色濃く反映したものであり、仮に日本の国益に合致していたとしても受け入れる外国人達の利益に合致しているとは限らない。彼らの大半は日本という外国で格差の底辺に押し込められ続ける生涯を送る事になるわけだから。
だから、改善の一環として、永住資格を有する外国人には、地方参政権付与しようということになるんだけど。
もしくは、重国籍を容認するか。
それは、遠く離れた国であり、文化の差異が大きすぎるから生じてるんじゃないの?
中国と日本は、一衣帯水ともいえるくらい、文化的差異は小さい。
漢字文化圏だしな。
賛成派こそが、まさに人種差別思考の持ち主である事が今はっきりしたな。もしくは「啓蒙」の意味を間違えているか。
(以下略)
まぁ、そう思いたいなら思えばいいよ。
中国国内で彼らがどうしようが、それは彼らの自由。
日本国は民主制の国家なんだから、日本に永住するというなら、民主制の素晴らしさを教育するのは当然じゃないのか?
その上で、彼らが母国へ帰って政治体制を変えるのか、変えないのか、それとも他国へ移住するか、日本国で永住し続けるかは、彼らの選択次第なんだし。
もしかして、同和教育とか受けたことない人?
うちの団地の民度が非常に低い。公営住宅だから我慢しているが、愚痴る。
自転車置き場の話。
一番自転車を取り出しやすいところはなぜかバイク・原付置き場になっている。その暗黙のルールが確立される前に、私がそこに自転車を置くと、雨の日でも野ざらしの場所に移動されていた。
そこがバイク・原付置き場になっているとは誰も知らされていない。公営住宅だから管轄の役所に問い合わせてもみたが、そのような区分は設けられていない。
バイクを所有する気違い(誇張ではなく、本当の意味で気違いだ。生活保護で暮らしている)が勝手にそこをバイク置き場と決め、勝手に自転車を撤去したのだ。
次会ったら一言言ってやろうと思ったが機会がなく一年が過ぎた。団地の組合の人たちにももちろん不公平は伝えたが、気違いのおじさんが怖くて何も言えない。
それはまあ仕方がないだろう。私だって頭のおかしい人とは関わりたくない。
というか組合の人も少しおかしい。
突然「私の自転車置く場所、雨がかかるからあなたの場所と変わってよ」と言ってきたり、インターネット回線のマンション契約を「よくわからないから」といった理由で却下されたり。
私は若輩で、近所付き合いというのをよく知らないから、これくらいのトラブルはごく普通のことかもしれない。けれどどうしても一部住民の頭の悪さを感じて苛々する。
組合の人たちは悪い人ではない、と思う。自分達の決めたルールや言動でほかの人が不満を感じるといったことに思い当たらないのだろう。
自転車置き場の場所を決めるために、自転車の台数を聞き取ることには思い当っても、そのアンケートをどう生かせばよいのか分からなかったのだろう。
組合の人が取り出しやすいようなめちゃくちゃな置き場の配置にしても、不平が起こると分からなかったか、もしくはそうしなければ損だと感じたのだろう。
そもそも、自転車置き場の場所を決めなければいけなかったのはなぜか? 団地外の住民が通勤に便利だからと勝手に自転車を置くのを防ぐためだ。
そんな土地に住んでいる人でも、公営住宅の敷地内を近道のために横切ったり、自転車置き場を勝手に使ったり、ゴミを散らかしたりしていく人がいる。
公営だからいいという意識なのだろうか?私には理解できない。
この団地には生活保護の人が何人も住んでいる。その人たちは特に、威張る。なぜか威張る。
頭のおかしいおじさんは、近所の小学校の登校時刻になると大威張りで街頭に立ち、汚らしい服で子供たちを出迎える。だけでなく、ハイタッチを強要する。
無論、保護者から苦情が殺到したらしいが今のところ彼が教師気取りの日課を控えるといったことはないので、何の注意もされていないのだろう。
ここまで愚痴愚痴言っておいてなんだけれど、住民なんざピンキリだ。けれど確実に傾向ってのはあると思う。公営住宅には公営住宅の傾向、民度の低さが。
なぜか? 当然、家賃が安いからです。
上のようなことをつらつら考えていて、ふと部落差別のことに思い当たった。
団地はその一区画だけが安いけれど、部落周辺は丸々地価が安い。
小学生の頃は部落差別なんて理解できなかった。教育で初めて部落の存在を知った。(あの教育がなければ部落差別なんて生まれないんじゃないのと思う)
なんだかひどいことがあったんだな、いけないことだな、という理解のもとすくすく育ち、中学生の頃だ。家族が部落差別的な発言をした。
私はもちろんそれは差別だ、いけないことだと反論し、彼女らの言い分には納得しなかったのだけれど、今なら理解できる。
同意できたところをかいつまんで言うと、こうだ。
特権を享受しなければ損だと考える人間性。補償されて当然だと感じるその精神を差別する。
その特権の一部には、異常に安い土地代や家賃、その他金銭的な補助が含まれる。
家賃が安い地区は民度が低い。治安が悪い。そしてどこか、卑しい。
生活保護を受けている人は恥ずかしくないのだろうか。貰わなければ損という考え方。
皆が皆そうではないと分かっているけれど、貰えてラッキー、労働厨ざまぁ、なんてのは釣りでも腹が立つ。人間性が卑しい。私が知る生活保護の八割までが尊大で卑屈で横柄だ。
生活保護受けたい、仕事辞めたいという冗談も、あまりいい気分にはならない。
生活保護を楽でずるいと感じるのは仕方がないけれど、そこで受給者を心底羨ましいと思うか、軽蔑するか。
羨ましいと思う人は、生活保護で暮らしている人が身近にいないんだろうね。
羨ましい環境だ。生活保護で「のうのうと」(これ重要)暮らしている人間は軽蔑するまいと思っても、無理です。大嫌い。
(ちなみに、部落差別に関する家族の意見で同意できなかったものもある。
一部にやってる奴がいるならそれを問題視したり反論するのは当然。
それは同意してる。
世論が動かなければ問題ないなんてことはない。
繰り返すけども程度問題。大小に応じて、批判の仕方も変わる。
あんたが勝手に「行き過ぎた」と決め付けてるだけじゃないか。
言ってるじゃないか。シートンが、部落差別・在日朝鮮人差別を強姦絡みで女性問題とあわせて論じるのは明らかに行き過ぎだろう?筋が違いすぎる。
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20091212/1260629555
議論のきっかけになった最初のだって、挙げられてるコメントに「自衛厨」に相当するのなんてどれだけいるの?
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20091203/1259844768
だいたい、「自衛厨」認定してるので「治安の悪い場所で犯罪にあうのが自業自得」と明確に割り切ってるのがどれだけいるんだ?僕の言い分をわざわざ曲解して反論してるのと同じように、「自衛厨」認定も相当いい加減じゃないか?
http://anond.hatelabo.jp/20091213152314
表現の仕方、議論の仕方。証拠は一連の応答だよ。
あと何を根拠に大騒ぎといってるのかまったく理解できない。
まあそれはそうだ。所詮ははてなの中だけの話。しかし、はてなのネタとしてはよく続いて盛り上がってるよ、このネタが。
おいおい曲解するなよ。もし「馬鹿は放置しろ」というお前の考えが正しいなら、黙るのが正しいといってるだけで、こっちは「馬鹿は放置しろ」というお前の考えは正しいとは思ってないし、当然黙るべきといいたいわけでもない。反語とか皮肉ぐらい理解してくれ。
もう一度、引用しようか。
そもそも馬鹿の言うことだから放置すべきなら、あんたらが「はてさ」の相手をするのはなぜ?曲解して屁理屈を述べる「はてさ」の相手なんかする必要ないんじゃないかね。
どう読んだって、だからお前は黙っとけって意味だろう。あなたそう言ってるよ。屁理屈で自己正当化して、相手を落とすんじゃないよ。
このツリーで書いたのは「率先して行ってる人」を対象としたものじゃないよ。あんたのように直接やらないけど、そういう風潮に加担しちゃってる卑怯者への批判がメイン。
ちゃんと書かなかった僕が悪かったが、「『もともと性差別を率先して行っている人達には、相も変わらず何も届かない』」を引用して「目的」と書いたのは、そもそもあなた達の目的とするところが、という意味。このツリーに限定したものじゃない。
その上でいうと、曲解、強引な自己正当化、それから皮肉?「率先して行ってる人」も「卑怯者」も、あるいはもっと自覚がない人も、あなた達の意見を読んで引いてるのがまだ分からないの?そして、どれだけ「卑怯者」に付けいられるスキを作ってるのか、分からないの?
http://anond.hatelabo.jp/20091024145924
「お互いに立場が違うので議論も平行線」
確かにそうなのかも、と思った。
もともと会社員をやっていたのを親の引退を機に地元に戻って今のところを継いだのだが、立場の変化によって考え方も変わることを実感している。会社員をやっていた時代は、こういう話を「許せない」と感じていた。
しかし経営者になると守るものが格段に増える。自分の生活と社員の生活を守るために、顧客との関係も守らなければならない。文字通り、死守しなければならない。生産性を上げると同時に会社としてのリスクをいかにして発見・回避していくかを考えるのが日々の生活の中で大きな部分を占めている。
「社名を晒せ」
わたしは実際にこの彼の面接を行ったわけではない。
社名を晒す義務は特に感じていない。
晒せ、との論拠を沿えた上で自分の氏名や勤務先を同時に述べる覚悟があるのかをこちらからも問いかけたい。
「同じ理屈で職業差別とか部落差別とか外国人差別ができるライフハック。オブラートに包んでる分、こちらの方がより醜悪」
その通りだと思っている。こういう判断をする経営者がいるからよくならないのだということはわかる。
では職場で、あなたの隣の席に座っているあの人が、ある特定の宗教を信仰しており、困惑するあなたに執拗な勧誘を続け、選挙で特定の候補者に投票するよう周囲の選択に干渉するようなことがあっても、なお同じことが言えるのかを問いたい。
「勧誘するかどうかは人それぞれ」
「創価という組織に対する差別と学会員個人に対する差別はまったくの別物」
その通り。
だからこそ、あえて考えうる最悪のケースを問うているのだ。
逃げずに、真摯に考えてほしい。
部落差別について言及するコメントがいくつかあったが、部落出身者への就業における差別にはこのような構図があったことを今理解しているところだ(だからと言って許されるものではないこともわかっている)。わたしは部落出身者にも同様の考えを適用させるのかと言うと、たぶんしない。時代が変わったからだ。現代における部落差別の問題とこの問題は、似てはいるが背景が違う。
では外国人なら?これは悩む。国籍によるところも大きい。場合によっては宗教と同じく「差別」することも出てくるように思う。
こう考えると「文化・価値観」の異同がひとつの判断基準になっているようだ。
だいたいおしなべて既存の社員とも客先とも「うまくやっていける」と確信できる人ならば、そこまで心配はしない。
そこに出自は関係ない、というのはきれいごとではなくそう思う。
問題は採用までの間に、その「確信」をつかむチャンスが少ないということだ。
トラバにもあったが、面接の段階でこれを見極めるのは非常に困難だ。
「だいたい、こういう人なのだろう」と推測することしかできない。
人と人との有機的な付き合いというのはいつだってそういう側面を持っている。
あえて「有機的」と書いたが、職場での人間関係というものは非常に有機的なものだ。
家族や古くからの友人とはまた違うが、確かに人と人との関係が形成される場だ。
互いに互いを無機物の部品や道具のように扱いながらうまくことを進めてゆくことは不可能であると思う。
「ビジネスの場で宗教の話を持ち出すな、と言えばいいだけのこと」
では経営者に許された線引きはどこまでとお考えだろうか。
すなわちこの論理で「仕事がらみの人間にはその手の話をするな」と言うならば、プライベートの領域にまで足を踏み込まなければならなくなる可能性が出てくる。
それこそ真正面から「パワハラだ」「宗教差別だ」と糾弾されるべき行為である。
(蛇足だが、最近「飲み二ケーション」についてのエントリが賑わっているようだが、わたしは会社員時代にこれで何度も面倒な思いをしてきたので自分はやらないことにしている。)
その人の価値観や信条を完全に理解できるような面接試験のやりかたがあるのならば、ぜひ教えていただきたいと思っている。
圧迫面接は確かにその人の資質を試すひとつのやり方ではあるが、では宗教や文化、価値観、信条といった、本来ならば雇用者が踏み込んではならない領域を見ることのできる圧迫の仕方が果たしてあるのだろうか。そもそもあったとして、そのような面接が許されてよいのだろうか。
重ねて言うが、わたし個人は創価に対して何の恨みもないし、友人が「実は学会員でした」と言ってきても、そのこと自体で友人に対する印象を変えたりすることはないと思う。幸福の科学に一家で入っている知り合いもいる。そことは家族ぐるみの付き合いで、おうちの都合でお子さんを一時的に預かることもある。わたしにとってその時間はとても楽しみな時間だ。彼らがうちの家族を勧誘したことは一度もない。お互いに「そういうものだ」という認識で付き合っている。
申し訳ないが、反論する方々のレスからは「所詮、他人事なんだな」という印象を受けるに留まっている。
追記:
「差別反対は建前でしかない印象」
とのコメントについても。
わたし個人は上に書いたとおり宗教で人を差別するような生き方はしていないが、その人間性すら否定されたようでこれには残念な気持ちになった。
何らトラブルの心配がないのであれば、採用時に思想信条には関わらない、というかこだわってはいけない。
にもかかわらず経営者としてこのような選択をする理由はなぜなのか、について今書いているところだ。
断片的に拾い上げればそれはさまざまな解釈ができるだろうけれども、全体を通じて「マイノリティは排除すべし」という意味のことは書いていないし考えてもいない。マイノリティであろうがマジョリティであろうが仕事に影響がなければ一向に構わない。今回の内容は職場の秩序維持の観点から不安材料があるので看過できないということを先ほどから言っている。「マイノリティ」という大雑把なくくりで話を広げすぎないでいただきたい。
厳正な処分とか書いてるが、結局毎日と同じでまた放置。
朝日新聞社?がまた同じような事やってんじゃんないのーw
いや、増殖?www もはや公害
http://www.asahi.com/national/update/0331/TKY200903310332.html
朝日新聞社内のパソコンからインターネットの掲示板に不適切な内容の書き込みがされていたことが分かった。本社は31日、この文章を書いた社員を特定し、事情を聴いたところ、投稿を認めた。
社員は東京本社編集局の校閲センター員(49)で、掲示板サイト「2ちゃんねる」に断続的に投稿していた。部落差別や精神疾患への差別を助長する内容が含まれていた。3月30日夜、外部から指摘があり本社が調査を開始した。
このセンター員は「他の投稿者と応酬するうちにエスカレートしてしまった。悪いことをしました。釈明の余地はありません」と話している。
◆本社「厳正に処分」
朝日新聞社広報部の話 弊社社員が2ちゃんねるの掲示板にきわめて不適切な書き込みをし、多くの皆さまに不快な思いをさせ、ご迷惑をおかけしたことをおわびします。事実関係をさらに確認した上で、厳正な処分をいたします。
・「小沢さん」を擁護する書込みが激減
・民主党を擁護する書込みが激減
・日教組を擁護する書込みが激減
・マスゴミ擁護の書込みが激減
・低レベルな論争が減り非常に静かになった(N+,ν速,東亜,極東等)
セールスには影響しないから構わないからと、そういうふうに思うのは勝手だけれども、世間とは違う認識を無自覚に世間に垂れ流したら批難されるのは仕方がないよね。
お前が「世間に垂れ流すべきじゃない」と思うのは勝手だけど、でも非難はするな。ましてや「批難されても仕方がない」などと言うな。
繰り返すけど、(1)俺は「ホームレスとか犬とか猫とか宇宙人にどう思われてもいいでしょ?どうせセールスに貢献しないんだから」で別に構わないし公言してもよいと思う(表彰されるような尊い考えだとも思わないが、特段噛み付くような話でもない)。(2)そして、お前がそれを気に入らなくて口にすべきではないと思っているのもわかった。
要はそれだけであって、そこに「世間」とか「批難されるのは仕方がない」が入り込む余地はない。
何ではっきりと、「俺は気に入らない」「そういう考え方は俺は嫌いだ」と言えないのか。
歯牙にもかけない人たちに対して「歯牙にもかけてない」ことを無自覚に表明してしまうのは落度だよね。
落度じゃないよ。「お前が気に入らない」ことを「落度」とか定義するな。
「わざわざ面倒なことをいうんだね」とか「ひょっとしたら犬や猫やホームレスだって、あんたのDVDを買うかもしれないのに。潜在顧客を失うことにならんか?」という感想なら判るよ。でも、落度っておかしいだろ。
そういうことは、「歯牙にもかけてない」人たちに聞こえないところでやるのが、世間的なマナーというやつでしょ。最低限の。
そんなマナーは存在しないし、最低限でもないし世間的でもないよ。単なるお前ルールに過ぎん。
いいえ。別に良識を疑ったりはしない。「わざわざ面倒なことを言うなあ」とは思うかもしれないけど、そんなことでいちいち良識を疑ったりはしない。