はてなキーワード: 邦楽とは
それはただの傲慢だよ。
反例はいくらでもあるが、搦め手としてゼロ年代のゲームオタクが生み出した最大最悪の二次創作「ゲハ戦争」がコミュニティに何を還元したのか考えてみればいい。
加えて言えばオタクはコミュニティ外のものを当然のように収奪する。
オタクコミュニティ以外の、例えば映画やドラマをネタを引っ張ってきた同人誌を読んだことはないか?ニコニコで洋楽や邦楽を無断使用した動画を見たことはないか?それらは正しく元のコミュニティに還元されているか?
スラムダンクやジョジョやハンターハンターなど有名漫画は海外文化(ファッションやアート)からトレスによって平然と収奪しているが、不買運動を展開したことがあるか?
答えは「NO」だ。「俺たち」は他文化の収奪には抵抗を持たない。
これも的外れだろう。
今オタク言論で主流のゼロ年代、そしてこれから生まれる10年代のオタクは迫害の歴史を歩んでいない。にも関わらずコミュニティの排他性を継承している。
なぜならこの攻撃性は迫害の歴史が生んだのではなく、韓国文化の流入に激怒しスポンサーに突撃するような、典型的な日本人が持つレイシズムが源流にあるからだ。
アメリカは「俺ら」側として洋画を許容し、韓国は「彼ら」側として文化を抹殺しようとする不寛容さを、「日本人の外れ者」のはずのオタクが色濃く引き継いでいるのは皮肉な話だね。
*
「現代アートコミュニティは〜著作権者の申し立てまでもに反逆する気はない」については、今後のカオス*ラウンジの動向に注目していこうと考えている。
動向に注目するまでもなく、法に逆らうことはできない。
「俺」の作品が奪われたならば訴えればいい。それが文明人として正しい態度だ。
「俺ら」の作品が奪われるかもしれないと恐怖に怯えるフリをしているが、実際に「俺ら」の胸の内にあるのは怯えなどではなく弱った獲物を追い詰める、野蛮な肉食動物の歓喜じゃないのか?
むしろ、彼らには彼らの信じる「現代アート」を徹底的に突き詰めて、オタクコミュニティも納得する作品を世に出すことを望んでいる。
その未来はありえない。
オタクコミュニティの不寛容さは、一度敵対した人間の作品を評価することはないだろう。より正しく言えば、評価することを許さない。今現在にしても、評価した人間も敵と見なされる。それが、永遠に続く。
OK、ちょっと良さげだね。出先なんで聞けないから感想はあとで。
絵だけでも「勝っている部分」が何か判りそうな動画だね。
さてと、そんじゃ約束通り。
学生時代に洋楽が流行った世代で、そのままバンドブームとかカラオケ全盛期を抜けてるんで、邦楽洋楽問わず聞いてるよ。
洋楽では、カントリーやブルースも好きでメジャーどこは聞いたかな。
個人的に好きなのは、邦楽だとアルフィーで、洋楽だとYESという古さ。
CDだと3000枚は超えてるんだけど、アーチスト数はよく判らない。
まぁそんなわけで、節操なくCDは買ってるんだけど、こだわりは特にない。
って感じかね。
現在26歳の男。
地元の、そこそこいい高校を出て、そこそこいい国立大学に進学した。
ここでいう「そこそこ」は、ホントに「そこそこ」。
エリート生が謙遜して言ってるわけでなく、中の上ぐらい。
「もてそう」と、お世辞だとしても言われるほどのルックス。
恋は、高校生に、目も当てられぬほどの不甲斐ない恋をして、大学まで引きずる。
大学時代にようやく、これだと思った人に出会って、彩りを与えてくれた。
2年半付き合った。
終わってから4年経つ。
考えなかった日はない。
でも、高校時代もそうだったように、
いつか新しい恋をして、昔のことなんて、すっかり忘れられるものだと信じていた。
でも、いつまで経っても忘れない。
連絡を取るのは恥だ。
でも、久しぶりを装って、1年に1回はメールしていた。
目の前が真っ暗になった。
それでも、本人から聞けたことに、よかったと前向きに考えていた。
それでも、それからというもの、精神は悪い方向にいっている気がしてならない。
別れたのは、何だか先が見えなかったし、自然な流れだったので、それ自体はいい。
問題は、終わったことを、いつまでも引きずることだ。
わかっているのに、わかっていない。
結婚をしたというのに、今でも、何とかできる気がしている。
何とかなんて、できるわけないのに。
ああしたらいい、こうしたらいい、と、思っていることの半分以下も実現できてない。
忘れるためには、新しい恋をすることしかないとわかっているくせに、わかってない。
じゃあやれよ、ということが、ほとんどできない。
学生ならまだしも、もうすぐ30になろうかという人間が、このままでいいのだろうか。
もちろん、アプローチは怠ってない。
変えるために、自己啓発に勤しんだり、心理カウンセリングを受けたり、間接的にあの子に想いを伝えたり。
それでも、学生時代と、精神的に変わってない、あれから、何の成長もしていない、気がする。
さっさと結婚すれば、すべて解決する気がしている。
でも、相手はいない。
誰でもいいわけがない。
第一次結婚適齢期を逃した世の男女が通る道に今、自分はいるのかもしれない。
趣味に没頭するか?
お見合いパーティーにでも行くか?
そんな、教科書通りのこと、あまのじゃくの自分がするわけがない。
邦楽界に溢れる、モラトリアムを謳った歌たちを聞くことができない。
みんな同じ道を通っていることが、気持ち悪い。
今、何が、こう気持ちをアンニュイにさせているのか。
ある面では、相当ありがたいポジションにいるといっていい。
それでも、自分を取り巻いているのは
「このままでいいのか」
という感情。
いろいろ、巡り巡って、始まりに帰結する。
これの解決はもう、略奪愛しかないのかねぇ。
こんな人いるのかな?
この先の結末は、どうなるのかな?
「音楽」っていうのは、ここでは邦楽というか、J-POPのことを指すことにする。
別に、日本の音楽界を批判したいわけではない。もしかしたら洋楽だって同じことかもしれないが、洋楽を語るほどに、洋楽のことを知っているわけ
ではないので。また、自分はそもそも、それほど音楽をたくさん聞かないので、もしかしたら知らないだけかもしれない。
で、本題に入る。
いつも不思議に思うのだけど、日本で聞こえてくる曲のほとんどすべてと言ってよいくらい、ラブソングばかりだ。
そして、必ずと言ってよいほど、誰かが好きだとか、誰かに振り向いてもらえないだとか、誰かを好きだったけど別れちゃった、ふられちゃったとか、
そんなのばかりだ。もう、大御所といわれるような人の歌でも、なんたら言う駆け出しのアイドルでも、み~んな判で押したように同じ、ラブソング。
しかも、2人の仲がうまく行く前か、終わったあと。たまーに、幸せすぎていまツライ的な歌があるくらい。(ドリカムさんくらい?)
で、自分が不思議なのは、『2人で付き合いだして(結婚して)数年たっているけど、それでもうまくやっています』的な歌なんて聞いたことがない。
どうにも不思議。音楽は売れてなんぼの商売なんだから、そんなのニーズがないだけでしょって思うかもしれないけど、仮に、J-POPと言われているものが
10代~30代後半くらいが対象とすると、「数年間、同じ相手と付き合ってます or 結婚して数年たちます」って人の数は決して少なくないと思うんだけど、
それでも、そんなことを題材にした歌を耳にすることは少ない。
なんでだろう?
適当に考えてみると、おそらく、同じ相手と付き合って数年とか言うと、どうしても慣れ合ったり所帯じみてしまったりして、トキメキが薄くなるから、
ラブソングとして成立しにくいから、とか、そもそもラブソングなんてユメを見せるものだから、付き合い始めの楽し~い時期の話が曲としても一番
盛り上がるから、とかかな。自分でも今ひとつ納得がいかないけど。
でも、自分が思うのは、恋とか愛とかは政権と同じで、勝ち獲るまではそれはそれで大変だけど、むしろ本番は奪い取ったそれをいかにうまく運営し、
できるだけ長く続くように維持していくか。そのことの方がより大変だし、重要なんだ。と。
・・・と、結婚3年目の男は思いました。
でもまぁ、じゃあアンタ、そんな歌が聞きたいのかと言われると、別にそんなことはないんですけど。
取りとめのない文章ですいません。。
該当する項目が多いほどゲイの可能性が高いよ☆(オレ調べ)
ノーベル賞受賞者から、日本の教育システム、特に理系はそれほど悪いものではないという話が出ている。
会見の冒頭。「私は日本の(悪名高い)受験地獄の支持者だ」。理由は、高度な研究になればなるほど、「基本が大事になるから」。それをたたきこんでくれたのが、日本の教育だった、というわけだ。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/101007/acd1010070904010-n1.htm
鈴木 私の考えでは、我田引水ではないんですが、日本のいわゆるサイエンス、ケミストリーだけでなくて、日本の理科系、工学系も含めてですが、レベルは非常に高いと思います。そういうレベルを今後も続けていかないといけない。
http://www.asahi.com/national/update/1007/TKY201010070004_01.html
ところがこれが気にくわない人が多いようで、問答無用でトンデモ扱いしている人が多いようだ。ブクマとか見ると非難囂々だ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/culture/academic/101007/acd1010070904010-n1.htm
どうしてみんな意地でも、日本の教育システム、なかんずく大学がそれほど悪いものではないことを認めたくないのだろう。
大学受験を人格破壊的な詰め込み勉強だと思っているのだろうか。しかし大学受験はそれほど極端に難しいものではない。高校の教科書が理解できていれば東大だろうがどこでも通れる(文句のある奴は、たとえば自分が高校の数学の教科書の公式を全部その場で証明できるか考えてみろ。できないということはちゃんと理解できてないということだ)。競争試験の形を取っていても、事実上は資格試験である。その程度のことができない奴は最高学府(東大という意味ではなく大学という意味だ)で「学問」を学ぶのに本来は値しないのである。「大学」に入るということはそういうことだと認識しておけ(何?昔はともあれ今は違うだと?俺が受験したのは高々十年前なんだが。少子化がさらに深刻化した現代の受験が当時よりも難しいとは絶対に言わせない)。
そもそも、高校球児をはじめとするスポーツエリートがどれだけ退屈な基礎トレをしていることか、芸術の道を志す人がどれだけ退屈な練習課題をこなしていることか(稀にこれを回避できてしまう人もいるが、一流の人の間でも多いとは言えない)、そのことを考えたら、学問の道を志す人間が一年やそこら退屈な問題集に取り組むぐらいのなにが不満なんだ?
だいたい、お前らがマンセーしているアメリカの大学の学部教育の本質は詰め込み教育だ。早い話、アメリカの大学の教科書(特に理工系科目)を見てみるがよい。演習問題の量の多さに驚くはずだ。要は、アメリカ人は高校までがぬるいために、勉強の要領がつかめていないから、チャート式まがいの勉強を大学でやるハメになるのだ。要は、基礎の詰め込みはどこかでやる必要があって、避けては通れないのだ。そういう「不都合な真実」から逃げるんじゃないよ。
ああ?なんだと?受験で覚えたことなど役に立たない?それはお前が「ボクは知識を生活に役立てる術を知りません」と自白してるようなものだ。たとえば経済一つ取っても、高校レベルの国数英理社の知識がなければろくに理解できないのは当然ではないか。
そもそも、知識というのは持っているだけで人生が楽しくなるはずのものだ。お前らはアニメやゲームやITに関する知識を溜め込むことは大好きなのに、自然や社会や人間に関する知識を溜め込むことは無益だというのか?それはただの偏見だ。
勿論、日本に何の問題もないわけではない。米国のみならず、世界各国(特に東アジアと欧米)の教育制度には見習うべき点が多いし、特に全体として英米の大学(欧米とは言わない。率直に言って、欧州大陸の大学が日本の大学に比べて優れているとは全く思えない)は日本に比べて実績が総じて多いのは確かだ(ただしノーベル賞の数で比べないように。文学賞のことを考えればわかるが、結局誰がもらえるかはコネで決まる部分も多いからだ)。しかし、メジャーリーグの前では日本のプロ野球に価値がないとはいえないように、日本の大学にもそれなりの価値があるのだ。そして、何でもメジャーの猿真似をしては逆に日本野球の良さ(イチローはその極致であろう)が損なわれる部分もあるように、敢えて言葉の壁に立ち向かってまで英米で学ぶことは日本で学ぶことに比べてあらゆる意味で優れているなどということはないのだ。そのことは事実としてもっと知ってもらいたいものだ。
だいたいアンチ学歴のお前らは、日本の大学を散々馬鹿にする割にはハーヴァードやスタンフォードは無条件でマンセーしているようだが、そういう「ハーヴァード>>>>>東大」とかいうお前らの脳内図式は「東大>>>>>早稲田」とかいう学歴厨と何が違うんだ?お前らはどっちも「虎の威を借る狐」でしかないんだよ。
学歴で飯が食えないなんてことは高学歴者自身が一番知ってるよ。むしろお前らみたいに、大学名を名乗っただけで血圧を上げる奴を日頃から相手にしてるからこそ、そんなやつらは実力でねじ伏せられるだけのものは持っておこうとそれなりのことはしてるよ。TOEICとかTOEFLをマンセーしているお前らなんかよりも、よっぽど「試験で測れるものと測れないもの」は理解していて、試験で測れないところまで含めた総合的な実力を育もうとしてるよ。「高学歴者」と「学歴至上主義者」は違うんだよ。それは「白人」と「白人至上主義者」が違うようなものだ。敵を間違えて誤爆するのはやめてくれ。
ちなみに平日のこんな時間に書いているが学生ではない。広義のIT方面の研究開発をしている技術者(「エンジニア」とは名乗りたくない。「邦楽」が「日本の伝統音楽」からいつの間にか「J-POP」の意味になってしまったように、「エンジニア」はいつの間にか「コーダーやSE」の意味になってしまった)だ。今日は年休充当日だ。
日本の大学を出ても使えないだの理系はコミュ力がないだの草食系男子は人間力が低いだの、何もわかってない馬鹿どもに頭ごなしに見下されるのはもううんざりだよ。
さて、昼飯がてら近所のマクドにでも行って昨日ダウンロードした論文でも読んでくるかね。
ブコメへ。
s-tomo 「学問の道を志す人間」が5割も居るわけ無いのに5割進学してたら、そりゃ平均値はダメ学生になるだろうよ!! 2010/10/08
「平均値」の話ではなくて、ノーベル賞が視野に入ってくるような人間、つまり研究者志望の人間の話をしてるんだと思ったんだが?ちなみに、日本の大学進学率は先進国の中で極端に高いわけではない。
Kou_RYU 日本, 教育, 科学 でも受験地獄で得られる学力って受験で多く得点を取るスキルであって、基礎学力や応用力と得る事とは別な気もしないでもない…。 2010/10/08
それは勉強の仕方が間違ってるだけですね。逆に、案外こういう世界は急がば回れで、基礎学力や応用力(どう違うのかようわからんが)を得ることを最優先に勉強してれば点数は取れて余りありますよ。ただ、「得点を取るスキル」は馬鹿にしたもんじゃないですよ。学問の世界ではともかく、ビジネスの世界では意外なほど役に立ちます。早い話、点数のために物事を最適化するのと、金のために物事を最適化するのは発想が非常によく似てるんですね。正直、自分の会社の人間がみんなもっと「得点を取るスキル」みたいなものを持ってくれたらいろんなことが要領よく回るのになあって私自身いつも思いますね。
ngsw 詰め込みで問題なのは、精神的にいい悪いはおいといて、各家庭の経済力に左右されて機会均等がなされないことでしょうね。公的な義務教育だけでまかなえる詰め込みなら全然ありだと思う、お得感ある。 2010/10/09
いや、逆に米国みたいに課外活動が大学進学時に問われてしまう方がもっと格差が広がりますよ。金のかかるスポーツ・文化活動で何らかの入賞歴みたいなのがあるかってのが加点項目になってしまうわけだから。むしろ詰め込みは比較的安上がりな教育方法ですよ。その気になれば独学だってできますから。ただそれでも色々な要因で経済格差が学歴格差を再生産してしまうことはあるわけですが。あとその筋で言うならば、日本の場合は国公立大学の学費が異様に高いのが問題だと思います。
ahyask 認識がずれてないかな.それほどダメではないとパーフェクトではないは対立しない.否定的な人たちは,よそのよいところとここのわるいところだけを見て最高のシステムを夢想しているだけだと思うけど 2010/10/09
ただそういう「夢想」の過程で、「ここ」のシステムで育った人間に「わるいところ」が全部押しつけられてスケープゴートにされてしまうのが問題なのですよ。例えば一時の官僚バッシングやオウムの時は「東大が悪い」ということにされていました。現実にはノンキャリア官僚にも問題があったわけだし、オウムの場合も低学歴の信者も沢山いて、たまたま高学歴の信者が知識を利用されただけなわけです。そしてそういうときには必ず「西洋のエリートにはノブレス・オブリッジという思想がある」云々と聞かされたわけですが、実際その「西洋のエリート」がリーマン・クライシスを引き起こしているわけです。要は本当は五十歩百歩なわけなんですけどね。
jack_oo_lantern 理系は知らないけど、歴史学の私は、ゼミの一番最初の授業で高校まででやった歴史は全部忘れろと言われたけど・・・。 2010/10/09
それは理系も同じです(特に数学)。高校までで習ったことはないものとして講義を進められるのが普通です。ただし、「一旦忘れる」ということは「知識がない」こととは似て非なるものであって、例えば中学生に大学の講義をいきなり聴かせれば大多数が脱落するのが自明です。要するに「全部忘れろ」というのは「知っていることを知らないものとして先入観なしに新しい考え方を学べ」ということであって、「今までの勉強は無駄であり、知っている必要はない」ということとは全然違いますよ。
sabro 教育 でも詰め込み勉強は一番大事な学ぶことへのモチベーションを破壊するよね。自発的にやれば本来面白いはずの知識の習得に関しておっくうになってしまい、一度いいポストについてしまえば勉強しなくなったりする 2010/10/09
厳しいことを言えば、そこでモチベーションを破壊されてしまう人はそれまでの人だと思うし、逆にそれだからこそ割り切ってやらなければいけないんです。走り込みや筋トレに飽きてしまうスポーツ少年に才能があるといえますか?それに、白紙からはじめて一つの分野の基礎知識を一通り身につけるというスキルは大学受験だけに留まる物ではなく、一生使えるものですよ。昔学んだことの蓄積だけで生きていけることは多くないのですから。
olive-cafe 匿名, 釣り 自分の意見に自信があるなら、匿名じゃないとこで書けばいいのにね。 2010/10/09
そういうあなたも匿名で発言されてますね。私ははてなのidが筆名に相当するほど立派な物とは思っていませんし、匿名ダイアリーもブログも五十歩百歩だという認識です。あしからず。
junglejungle 日本より受験戦争がひどい韓国や中国のノーベル賞受賞者数はいくつだったっけか。たしか平和賞1つづつだけだよね。 2010/10/09
受験期の詰め込みというのは一つの要因でしかありませんからね。それに、中国からは優秀な研究者は沢山輩出されてますよ。古くは陳省身とか楊振寧とか(Chern類とかYang-Mills理論といえばピンと来る人もいるはず)、現代でも優れた論文の著者が中国人ということは多いです。韓国は確かに私の周辺では存在感がありませんが、理由はわかりません。
cepheid 「社会で求められる平均的な素養」のうち受験勉強で埋められるのはごくわずかという点が問題。研究者なんてある意味学校の延長なんだから学校での詰め込みが役に立って当然だろ。何言ってんだか。 2010/10/09
「受験が天才をスポイルする」みたいな社会通念があったと思いますが、それが「当然」誤りだと思ってもらえているなら結構。ところで、あなたの「社会で求められる平均的な素養」って何ですか?コミュニケーション能力だとか人間力だとか下らないことを言わないで下さいよ。
junya_asa 教育, 勉強, 増田 筋トレの話が出ているけど、それをやるのは必要であることがハッキリしており、それがそのまま結果に直結するからでは。勉強だとその部分が非常に見えにくく分かりづらいから、だからどうしたって回避したくなる。 2010/10/09
大学に行くということは、法律や経済や文学や自然科学といった学問を学ぶことで、それらを学ぶ基礎として高校レベルの勉強が必要なのは自明ではないですか?それを勉強したことがどう生きるかわからないのだとしたら、それは「大学に行く意味がわからない」というもっと根本的な問題ではないかと。
SyncHack 雑談 英語教育とかは嘆いていい。難解なクイズと化していてコミュになっていない。答えが分かっている問題はお得意のエリート様だが答えの無い問題に対して解く方法を持ち合わせていない木偶が多い気はするがね。 2010/10/09
それはなんでもそんなもんです。例えば音大生なんかで難しい練習曲は弾ける癖にまともな曲を弾かせてみると素人以下に無味乾燥な演奏しかできない人は結構います。しかしだからといって素人の方が演奏解釈が音大生より総じて優れているというと言いすぎです。そもそも解釈というのは技術を持っていることで触発されてくる面もあるのですから。そして世の中で一番多いのは、答えがわかっている問題も答えがない問題もろくに解けない人種です。
torinosito 増田 「それほど悪いものであることを認めたくないのだろう。」がどうしても気になる。全体の内容からすると、×ある ○ない ではないだろうか 2010/10/09
指摘ありがとうございます。直しました。
kimihito 大学, 海外 受験に関しては同意見。学歴コンプに関しては賛同できない。コンプがあるからやってけてる部分が私はあるので。コンプレックスを跳ね返すために地道な作業を繰り返していきたい。 2010/10/09
勿論そういう方もいるかとは思いますが、八つ当たりだけはしないで下さいね。親の敵のように何かといえば「高学歴人間が悪い」と私怨をぶつけてこられる方(たとえば某有名ブロガーとか)がいるので辟易してるんですよ。
rzio 人に『「虎の威を借る狐」でしかない』って言ってるけど、冒頭のノーベル賞受賞者の引用はなに? 2010/10/09
答えを言うなら「単なる釣り」。気にくわないならそこを読み飛ばしてごらん。まったく論旨に影響がないことがわかるはずだから。
tokoroten999 言いたいことわかるけどさー、マクドで論文読んでる姿をさー、塾通いしてる小中学生が見てさー、「勉強ばっかしてるとあーなっちゅうんだぜ」って言われて反論できるー? 2010/10/10
意味不明。反論する必要などどこにもないよ。俺は自分のやりたい生活をして満足してるんだから。「あーなる」ことの何がいかんのか知らんが、それが気に食わん人間は自分が同じことをやらなきゃいいだけじゃないの?
repunit 教育 高学歴者でも数学の公式の証明はやらんと思う。ていうかこの人が学歴コンプそのものな気がしてきた。あとコミュ力を軽視しすぎ。学び合いとか聞いたことない? 2010/10/11
「思う」ってひどい憶測ですね。これは実体験として言えますが、「高学歴」でそれができない奴はただの落ちこぼれです。文系とか生物系とかならまあ許してもらえるかもしれませんがね。私が学歴コンプかどうかの判断はお任せしますが、そもそも高校や大学は「コミュ力」を養成するところではありませんのでお門違いとしか言いようがありません。あと、「学び合い」とか教師の世界のスラングを普遍的なものだと思いこむのはやめた方がいいですよ。
後進の者には、過去の学説は、提唱者の時代を無視して、全部が一つの袋に入って、一挙に与えられる。もちろん同時代に属する諸業績は、フローとして順次現われるが、それらもまたストックの袋に入れられると、出現の順序は重要でなくなる。———森嶋通夫
なんか2009年頃の邦楽カバー曲ブームも同じことのような気がしていた。なんかもう現代史を生きるという感覚もなく、煤払いに主張があるわけでもなく、いまがいつなのかもよくわからない。ただ、古い本の「自炊」は archive.org とかがやってくれてるから、思いもかけないところでばったりと学術的非実在高齢者に出会う。
■http://anond.hatelabo.jp/20100809011728
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■で
昔の「欧米に追いつけ追い越せ」「日本を文化国家に」からずいぶんおちぶれたな。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808160707
おまえばかだな。
公共の福祉じゃないか。
Permalink | トラックバック(0) | 16:14
それでは人権と同じになってしまう。公共の福祉が指示しているものはたんなる日本人全体の欲求であってはいけない。もっと日本人の欲求に反するキチガイみたいな目標をもち、それでもって人権を虐げる必要がある。もともと高度成長期の不必要に難解な入試問題も大学受験競争も経済界も邦楽界も日本人離れした目標による日本人の抑圧だったはず。なのに今ではそういう公共の福祉がないのではないか。
Permalink | トラックバック(0) | 15:43
■http://anond.hatelabo.jp/20100808120540
公共の福祉が消えるかもしれないという未曾有の事態になってるんだな。数十年前までは公共の福祉はあって当たり前だった。しかしここ最近ずっこけて日本が統率者不在のただの集団になった。それを戻すための統治行為論的状態になっている。
Permalink | トラックバック(1) | 12:07
■http://anond.hatelabo.jp/20100808115014
確かに、公共の福祉が特別感をなくしているよな。政府権力者が国民の中に埋没して憲法が想定していない状況が生じている。
Permalink | トラックバック(1) | 12:05
■http://anond.hatelabo.jp/20100808114639
つまり、一心同体の国民がこれで幸せだ、と思える利益の外に、政府権力担当者の利益というのがあって、そいつでもって国民の利益が抑圧されているのが日本だよ。だから学校にせよ何にせよ、国民が「これで幸せになるのに何でそうしないんだ」って場合は、政府が絡んでいるんだよ。そういうことでしか憲法は説明できない。
あと、憲法を説明するには、政府権力担当者というのは国民の支持や意識により生まれたらいけないものであり、国民から分離ないし乖離し、別の利益共同体を形成し、常に国民の利益に相反していないといけない。でないと人権と公共の福祉が混同して憲法が崩壊する。早い話、政府権力担当者的利益共同体は、一般国民の幸福を抑圧する形でこの社会の中に入り込み、領分を確保してなければならないわけ。
そういうふうに、日本人一般の利益が、政府権力者という特別な人間の利益に抑圧され、政府権力者は自己利益だけを追求し、国民を益したらいけないわけだ。しかしここ最近、その構造が感じられなくなってきた。これは一体どういうことなのか。
Permalink | トラックバック(2) | 11:50
■http://anond.hatelabo.jp/20100808114039
だから政府権力担当者の利益と国民の利益は同じじゃいけないんだよ。政府権力担当者には一心同体の日本国民とは別の特別の利益があって、それが公共の福祉になるんだから。
Permalink | トラックバック(1) | 11:43
■http://anond.hatelabo.jp/20100808113024
だから、人権は金になる、と言ってる奴の利益が公共の福祉だろ。つまり公共の福祉というのは政府権力担当者の頭の中の都合だよ。そうであるとすれば、日本国民の中に政府権力担当者という特別な領域を置いて、国民全体とは関係のないそいつらの利益が公共の福祉であると言える。
Permalink | トラックバック(1) | 11:35
■http://anond.hatelabo.jp/20100808111925
だから実質的衡平の原理なんてなくて、人権それ自体が公共の福祉なのではないか。つまり、公益というものを、ここが人権で、ここが公共の福祉と分けられず、人権即公共の福祉になっているから、憲法は説明がつかないだろ。だから公共の福祉ってのは人権とは関係のない別の利益を指していて、その利益に反しない限りで人権が認められるというわけだが、じゃあその利益とは誰のどんな利益なのか。
Permalink | トラックバック(1) | 11:23
■http://anond.hatelabo.jp/20100808105728
つまり人権行使と別の利益が確保されていないといけないわけだが、問題は、その利益も国家行政の活動によりもたらされる以上、実は人権行使と同じじゃないかということ。つまり人権と公共の福祉は結果的に同じ公益になるわけ。その公益の中身を、ここは人権で、ここは公共の福祉というふうには分けられないんだよ。なぜならそれは別のものではなく同じものだから。
Permalink | トラックバック(2) | 11:04
■http://anond.hatelabo.jp/20100808104757
なら公共の福祉とは、国民の人権行使とは関係のない国家や行政の利益ということになるが、国家や行政の構成員も国民であって人権を行使できるんだが。それとも公共の福祉とは、人権行使とは別の、人権行使から結果的に得られる、国家や行政の利益なのだろうか。しかしアメリカで言う公共の福祉とは人権とは別にみんなで共通に実現しようという価値なので、国家や行政の利益でなくて、国家や行政の活動によって得られる、社会一般の人権行使とは別の利益なのではないか。
Permalink | トラックバック(1) | 10:52
■http://anond.hatelabo.jp/20100808103923
その人権相互のバランスをとる公共の福祉とやらはやはり特定の誰かになるのではないか。それは誰なのか。その人が国民であったならば人権論とは矛盾しないのか。その特定の誰かの考え方によって人権が調整されるとすると、その考え方と人権の問題はどうなるのか。
Permalink | トラックバック(1) | 10:42
■http://anond.hatelabo.jp/20100808103209
Permalink | トラックバック(2) | 10:35
■http://anond.hatelabo.jp/20100808102426
国民全員の人権行使による特定の誰かの利益が公共の福祉ということでいいの?それなら別に矛盾ではないが。公共の福祉がみんなの幸せという意味なら、人権行使の状態と一致するから矛盾。
Permalink | トラックバック(2) | 10:29
■http://anond.hatelabo.jp/20100808101319
その弁護士バカだろ。公共の福祉=他人の人権とか説明したらおもいっきり混同してるじゃん。何で「公共の福祉が憲法の最高価値で、人権はそれに適合するように行使しなきゃいけない」という真相を教えないのか?ってかそれ以外に実務を説明できる考えはない。
人権を金に接続して、人権も満足、金も回って満足ってのは同源だから、この最高状態を公共の福祉と呼び、人権がそれに適合的に行使されろってのが12条の意味だろ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808100617
憲法には人権と公共の福祉が書き分けられているわけだよ。だったらそれに対応する何かが別異のものじゃないとおかしいだろ。しかしお前のいうとおりだと同じものを指示してるとしか思えんわけだが。仮に全ての概念はあいまいな部分を含むとしても、人権と公共の福祉の場合、同一感が強すぎる。
Permalink | トラックバック(1) | 10:08
■http://anond.hatelabo.jp/20100808100251
なら人権イコール公共の福祉になるだろ。おもいっきり矛盾してるわけだが。
Permalink | トラックバック(1) | 10:04
■http://anond.hatelabo.jp/20100808095706
公共の福祉は公益だろ。すると人権行使で金が回るってのは全部同じ公益だろ。だから人権と公共の福祉が同じものを指しているってことで矛盾する。
■http://anond.hatelabo.jp/20100808095235
じゃあそれと公共の福祉の関係はどうなるんだ。お前の言い分だと人権と公共の福祉が混同しているようだが。
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■結論
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808091041
金よりも、お前が犯罪をしたときに逮捕して獄に送る警察や裁判所、んでお前にどんな教育を施すかについて権限を持っている中央官庁の権限の方が強大なわけだが。
なんで人権は金より学歴、社会的地位や職務権限で差がついていることを認めないんだ?
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808090418
一概に金だけとも言えない。少なくとも世の多くのサラリーマンは学校で16年も勉強漬けにされ、本来の人格と乖離した高級な感情や言語を刷り込まれて虐待を受けている。だから妥協でしょ。だから裁判官とか役人みたいな上級職につけなかった落ちこぼれがやたら金を強調してるんだよ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808090309
つまり金の論理で人権を制限しているんだろ。人間のクズは死ね。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808090043
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808085311
お前みたいな会社員は善良な市民に飯を供給する能力があるから天皇に存在を認められているだけであって、お前みたいな醜い奴が仕事以外の場所で人格を発露することは本来認められていない。天皇からすればお前みたいなサラリーマンは結果を出す能力があるからビルの中に隠れて仕事をしてもらうようになっているわけで、天皇が本当に評価しているのはお前じゃなくて宮崎駿とか学者のように素晴らしい芸術や研究をしている人間なんだよ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808084349
会社員なんて掃いて捨てるほど居るんだから大きな視点からは人権はないよ。それにお前みたいな発想をしている奴は健全な市民や子供にバッシングされるように仕組まれてるから、地下でゴキブリのように這いずり回るしかない。結局常に評価され、最後に盛大に評価されるのは宮崎駿みたいな天才とか大学の学者とか森毅みたいな教養人だろ。要はゴキブリに人権はないんだよ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808084006
お前が会社の書類とかで形だけでも最高級の語彙を使わないといけないのは、お前の卑劣な人権を高級な人権が抑圧している証なんだがな。そしてお前は高級な言語の中でいかに卑劣な目的を実現するか熟考を重ねるうちに自己欺瞞の矛盾に埋もれてゆき、歳をとってからNHKの教養番組などにいじめられ、鬱を発症して自殺することになる。つまり悪は働けるときに利用されるだけで利用されて、社会からポイされたら学者や教養人に人生を否定されて不満たらたらのジジイになっていくんだよ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808083639
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808083021
ねーよ。人権の価値は、脳みそ筋肉にして働いているかどうかより、いかに難しい入試問題が解けたか、そして高度な教育を受けて人格が洗練されているかで決まる。お前は日ごろ使用しなければいけない言語を形だけでも最高級なものにすることを強制されて卑劣な人権を虐げられているんだからくやしさで泣き喚けよ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808082701
人権の価値は正社員かニートかではなくどこの大学に入ったかで決まる。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808080401
人権を金の論理で制限するところが最悪。どうせ世の中なんて金につなげられるかどうかで全てを見ているんだろ。んでしまいには「お前も満足したし政府も金を生めて満足したしハッピーエンドじゃん」とか言うんだろ。要はお前が最悪。人間のクズだな。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808080237
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808075947
最低の発想だね。
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■政府の発想
人権は金になる。
にちゃんねるや、そのまとめサイトではGO!FESの客入りが酷いと話題になっている。
- 幕張メッセの邦楽フェス「GO!FES」の客入りが凄いことになってるとネットで話題に
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1443350.html
これらのサイトをみると、ガラガラの客席の写真やレポなどが見られる。
しかし、私は二日通しで会場に行っていたが、これらの写真は正直なところ、"悪意の塊"で、
事態を面白がるために撮られた写真であると断言できる。
もちろん写真はウソをつかないし、これが捏造だと言う気はない。
ただ、1ステージしかない会場で、演奏中に飲食ブースがガラガラになるのは当然だし、
導線の都合上、中央の道を歩くことなど私自身、ほとんど無かった。
そう言った「酷そうに見える写真」だけを集めて、失敗だ!失敗だ!と言うのは
あまりにも短絡的すぎるのではないだろうか。
ここでは、このフェスを最大級に過大評価し、成功だったと言い切ってみたい。
それらの写真では、まったくもって人がいないように見えるが、
実際はと言うと、そこに写ってるよりは"もう少し"客入りはあった(ように見えた)。
初日はPerfumeやら、ファンモン、スキマなどの集客力のあるアーティストのおかげで
キャパの7割程度は居たのではなかろうかと思う。
正直結構埋まっていて逆にビックリした。
ただし、写真の取られた二日目はこの半分強が良いところだろう。
なのでキャパの4割程度という所か。
これがどの程度かと言うことは、皆様の想像力におまかせする。
写真の印象そのままだよ!と言われても、想像力なので否定は出来ない。
当たり前ながら4割の客入りではどう考えても「大成功!」とはならない。
「4割の客入り」と言う言葉だけであれば、それが意味するものは「失敗」だ。
だが、ビジネスと言うのはそんな直接的に結び付けられるものではない。
では、「4割の客入り」で成功となるためには、客入り以外の何かと言うことが問題になる。
==それは、グッズ売り上げか!?==
答えはNO。
他のフェスの時には恐ろしい程の行列をしてグッズが買われていき、
人気のあるデザインなどは午前中のうちに売り切れる事が頻繁にあるが、
今回のフェスでは「1つのグッズも、1つのサイズも売り切れていなかった」。
これではグッズの売り上げも期待できない。
これもおそらくはNO。
もう一度言う。「豆しば」と言う、なんとも珍妙なコンテンツブースのみだ。
要するに、ここではまったく金が動いていないのだ。
それが唯一の企業ブースであって、他に企業ブースが見受けられない事から、
大口の企業スポンサーはほとんど無いと言っても問題ないと思う。
なお、出演者の事務所からそう言った金銭的なやり取りがある可能性はあるが、
それはどうしても実証できないので、ここでは不問とする。
さて、そろそろ本題に移る。
GO!FESはいったい何のために実施されたイベントなのかという点。
今回のGO!FESはマーケティングのために行われたものであり、
沢山の調査結果が取れたので、成功なのである!
大赤字ではない、それは調査結果に払った金額なのだ!!
では、なぜそんな金のかかる実験をしたのか!?
ロックインジャパンを代表とする邦楽ロックフェスに行く人々など、
フェスに行く人間たちは様々いるが、彼らは総じて、GO!FESに出演しているような
そう言った人々をここでは「フェス選民」と呼ぶが、彼らが今回のフェスに集まるとは、
例えどんなに電通がバカだとしても思っていないはずだ。
フェスバブルの昨今、フェスはもう飽和状態であり、新たなフェスを立ち上げたところで、
よほどの魅力が無い限り、フェス選民は集まらないだろう。
(それはJAPAN JAMとROCKS TOKYOがそのうち証明してくれるはずだ)
今まで通りのフェスをやっていたのでは、人は集まらない。
人が集まり、大きなビジネスチャンスが生まれる。
実際、日本最大のフェスと言われているフジロックが3日間で13万人前後を動員するが、
例えばGLAYなどは、1日で20万人以上を動員した実績があったりする。
フェス選民の人口など、音楽業界全体から見ればちっぽけであり、
それらを一気に切り捨てると言う決断は難しくはないと言う事が分かる。
そもそもフェス選民は、JAY-Zやらスマパン、場合によってはMUSEのような世界的アーティストを呼んでも
自分好みでなければ貶すようなワガママな人たちであるから電通としては良い客ではない。
特に電通は、所謂スイーツ(笑)やDQNと呼ばれる様な、広告によって扇動されやすい層を
メインターゲットにしているのだから、今回のフェスも同様だと考えられる。
つまり、GO!FESとは、今までのフェス選民以外をターゲットとしたと言う所で、
"まったく新しい"フェスなのである。
そして、今回のGO!FESは、そのための足がかり。
初回マーケティングだったと言える。
そこで取得された客数や客層などの沢山のデータ。
その結果を踏まえ、秋までに適切なメンツや適切な宣伝などの戦略を練ってくることだろう。
秋がダメでもその次、それがダメでもその次と、かならずいつか「成功」するフェスとなるはずだ。
考えてみれば、初回から成功しているフェスなど、ほとんどありはしない。
フジロックも初回は台風で中止になるような酷い事態であったが、
日本にフェス文化は根付かないと言われていたのをひっくり返したし、
北海道でフェスなんて誰が行くんだよと言われていたライジングサンも
10年かけて、あの広大な場所で満員御礼を掲げるまでとなった。
そしてGO!FESも同様、数年後にはそれまではフェスなんてものに行った事のなかった
数万人の"イマドキの若者たち"が大終結するイベントとなり、主催者は"商業的"成功を収めることになるだろう。
そしてその時の大成功とともにこう叫ぶのです。
「完全勝利!!!」
<あとがき>
これは完全に推論で書かれた記事です。
もしこれが間違っていても、「失敗プギャー!メシウマ!!」と叫ぶだけ。
あるところに、Cという男がおりました。
A「そういえばこないだテレビで」
B「ああアレ? 面白かったよね」
C「お前らまだテレビなんか見てるの? 俺もうテレビとか何年も観て無いわ。家にあった奴もだいぶ前に捨てたし。毎日テレビ観て面白いか?」
A・B「……」
A「昨日ミュージックステーションに出てたあの人誰だっけ?」
B「ああ、なんだっけ? すごいいい歌だったけど」
C「お前らまだ邦楽なんか聴いてんの? Jポップとかいって、どれもみんなオリジナリティのない洋楽の劣化コピーばっかじゃん。うちにあるCDはだいたいヨーロッパの…」
A・B「……」
A「このステーキ屋おいしいらしいよ?」
B「ほんとだ、おいしそう。こんど食べに行く?」
C「お前らまだ肉なんか食ってるの? 俺ほとんどタンパク質は魚と豆しかとらねーわ。なんつーか、胃にくるんだよね、胃に。いいねえ、若い人はね」
A・B「……」
A「今週のジャンプ読んだ?」
B「読んだ読んだ。ワンピースがさ…」
C「お前らまだジャンプ読んでるの? あんなの子供向けだろ。俺はコミックビームとIKKIしか読まねえな。話の密度が違うよね、やっぱ」
A・B「……」
Cは、狼に食べられてしまいましたとさ。めでたしめでたし。