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はてなキーワード: 遺憾とは

2012-01-23

物語の良し悪しは、読み手の許容出来るしきい値によって決まる

祝!岩崎夏海結婚!!



連日ごくごく限られた範囲でもめている「ゲーセン少女」問題です。

http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4077578.html

私はこの「ゲーセン少女」をみて、はじめて「まおゆう」にたいして憤っていた人が何に腹を立てていたのかと実感した。 

フィクションからではない、実話をフィクションだといったからじゃない、そこに「タチの悪いウソ」を感じた人がいたという話なのだ

ただ、私は彼らの指摘を呼んだ上で、まおゆうは素晴らしいと思ってる。

彼らの指摘は間違いではないが、些細なこと、後で考えればいいや、という程度に受け止めた。その問題は私にとっては作品の是非を損なうほど重要度が高くなかった。

私にとって重要な部分については許容範囲内、しきい値内に入ってたということだ。



ところが、「ゲーセン少女」に対しては、私はただのウソじゃなくて、「タチの悪い嘘」を感じたわけだ。

ところが、まおゆうにおいては私がそうだったように、「感動したんだからいいじゃん」とその部分を許容出来る人もいるのだ。

このあたり、人によって、作品によって立場が変わる、完全に相対的な話なのだ。だから、肯定する側も否定する側もお互い好きにすればいい。



その前提に経つと、こういう記事は非常に遺憾である。ああもちろん島国大和の記事はこれに輪をかけて不快だけど、不快すぎるので引用しない。

http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20120122#p1

こういうのをハックル行為と呼ぼう。読みの独占を主張したり、優劣をつけようとする行為のことだ。自分ブログで自著のアフィリエイトまですると芸として昇華されます


自己の読みを、主張を正当化しようとするあまり、絶対化しようとするあまり、他者に攻撃的になる、他者をバカにしたり憐れむようになる。

僕は最近、「よくできたフィクションを消化し、必要な栄養分だけを自分に取り込む力」が、どんどん失われてきているのではないか、と感じているのです。

fujiponさんは、ハックルさん公認のハックルさん嫌いである。

そのfujiponさんが、よりにもよって自分が散々批判していたハックル行為をするというところに、読みというもの相対性が伺える。


他人が自分の気に入らないよみをしている。しょうがないじゃないか。相対的なものなんだから

自分の読みのほうが良いと思うなら、自分の読みを相手に提示してどや、でいいんです。

空中戦はやめよう。直接のよみじゃなくて、こういう「・・・はいかがなものか」ってメタな領域で戦うのはNOTHANKYOU。

そういうのは文学部人間文学部の中だけでやってればいいんです。それを極めると内田樹のような人間になるということを覚悟した上でね。

あかん、この話については語ると必ず争いに入り込む仕組みになってる。ブラックホールだ。話切り上げよう



よーするに何がいいたかというと、自分はこういうふうに読みました、だけ書いてりゃいいんです。

結局そのナマの部分の蓄積がモノを言う。最初からメタメタするのはつまらからやめてくれ、と。

読みに対する批判合戦はやめて、作品と向きあえ、と。




最後にこれ聞いて終わり。「ゲーセン少女」は、その周りの感想記事に向きあうより魅力的な作品だったか

作品周りの方が面白いのだと思ったら、まぁそういうことだ。

最初から作品の読みについて何かごちゃごちゃいう必要はないってことだ。最初からあんたらは作品の話をしてなかったんだから

2012-01-16

はちまの「今回の騒動について」をビジネス文書風に訳してみた。

あくまでビジネス文書「風」ってことでよろしく。

  

原文

http://blog.esuteru.com/archives/5722252.html

  

  

関係会社各位

お世話になっております

株式会社KND清水でございます

今回の件で、様々な憶測が飛び交い、大変ご心配迷惑をお掛けしております

弊社の情報が表に出ました件につきましては、

大変遺憾ではありますが業務上やむをえないことだと考えております

  

しかし、日頃お世話になっておりますお取引先の皆様につきまして

あわせて情報が流れておりますことで、

多大なご迷惑をかけていることにとても申し訳なく思っています

  

ここに社を代表いたしましてお詫びします。申し訳ございません。

  

今回の件の責任をとるため、

弊社の担当清水(鉄)を更迭し、

清水(友)を新担当といたしまして、

弊社宣伝ブログ更新は新担当の業務とさせていただきます

営業自体は継続させていただきたいと思います

  

お取引先の皆様には大変ご迷惑をお掛けいたしまして申し訳ございませんでした。

話題の提供である部外者の評論は意に介さずという社の方針でございましたが、

局面がここにいたりまして、

お取引先の方々よりの温かいご指導にはしっかりお答えしなければと思い、

このような形でご報告させていただきました。

なにとぞご容赦ください。

  

株式会社KNDも貴社から広告の売り上げがなければ成り立ちません。

これからもあることないこと書いて界隈をビジネス的に盛り上げて行きたいと思いますので

今後ともなにとぞ弊社の広告宣伝事業にご支援賜りますようよろしくお願いいたします。

  

これで今回の騒動からさようならさせていただきたいと思います

今までと変わらぬ弊社とのお取引をなにとぞよろしくお願いいたします。

  

株式会社KND 清水

2011-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20111125114038

日記に対して勝手シンパシーを感じるのはキミの自由だ。

でも、キミの書いた文章に油日記タイトルをつけることは大変遺憾だ。

悪いがキミの書いた文章は酷く醜く文学性のかけらもない。

キミの外見が酷く醜いのと同様にキミの人間性が酷くい醜いことがよくわかる。

2011-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20110915114528

一方、そういう愛情や躾を受けずに大きくなっちゃった子は

周囲のことなんか一切考えない脳味噌が出来上がっちゃってるから

もうソフトなやり方で躾をするのは難しい。



お前が「愛情や躾を受けずに大きくなっちゃった子」だと思ったら、

そいつはお前に何されたって文句言えねえって事?



愛情や躾を受けずに大きくなっちゃった上に

お前の理屈で、しかソフトではないやり方で躾けられるだなんて

踏んだり蹴ったりつーか、そいつにとってすごい迷惑で不快なんじゃね?



「嫌な思いをさせてしまったのは遺憾」っていう回路、おまえにゃ備わってるようには思えんぜ。

おまえはいつも躾ける側にいるつもりでいるんだろうし、正しい側にいるつもりでいるのだろうけどよ



躾けてるつもりの相手が「嫌な思いさせられた」って訴えてきたら、おまえどうするの?

敏感に察して恐縮した様子で謝りに行く?

http://anond.hatelabo.jp/20110915095538

犬犬っていうけど

ちゃんと愛情もって育てた犬は

「好ましくない行動」を周囲の反応で察して控えるよ。




トイレはなるべくシートの真ん中でやった方がいいとか、

人を傷付けない甘噛みの強さはここまでだとか、

この人は体弱いかコンタクトソフトにとか。




かなり甘やかしてる犬でも

人に嫌な思いをさせたり怒らせるようなことしちゃったとき

敏感に察して恐縮した様子で謝りに来る(すごくかわいい)。




犬でも「周囲に嫌な思いをさせてしまったのは遺憾」っていう回路が備わってる。

ちゃんとした犬の躾って、犬に苦痛屈辱を与える罰なんか一切要らないんだよね。




一方、そういう愛情や躾を受けずに大きくなっちゃった子は

周囲のことなんか一切考えない脳味噌が出来上がっちゃってるから

もうソフトなやり方で躾をするのは難しい。

2011-09-11

鉢呂経産省ってどんな人だったの?

朝刊(日経)を読んだら「原発再開に向けて地元の説得に意欲を見せていた」「農業派なのでTPPでの調整役として期待されていた」と書かれていたので,

そういう立場の人なのかと思ったら「脱原発・反TPPなので言葉狩りにあった」とかいう話が流れていて,あれれどういうポジションの人なんだ?と混乱している次第です



調べた限り,現実的かつ比較良心的というか市民的(原発嫌だよね,農業も助けないとね)な立ち位置のようで.

「反原発・反TPP」と言い切るのはちょっと語弊がある気もするが,どちらかというとそのポジションのようで.

こういう人が能力的問題でクビにされるならわかるけど,「市民感情を逆なでる失言」でクビになるというのは,

なんか違和感があるというかなんというか.



まぁいまどきの政治家に最も求められる「あげ足を取られない能力」に問題があったといえばそうなんでしょうが..

■ TPP結論先送りを示唆 鉢呂経産相関税ゼロは非現実的」(産系ニュース@2011.9.4 21:51)

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110904/plc11090421530014-n1.htm

鉢呂吉雄経済産業相は4日、フジテレビ新報道2001」で、政府が11月末をめどとする環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加判断について「日本農業関税ゼロというのは農業経営を行うには現実的ではない。東日本大震災もあったか果たして11月が本当のタイムリミットなのか」と先送りを示唆した。

日本のTPP交渉、「世界の流れと別は難しい」=鉢呂経産相

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-23028920110905

鉢呂吉雄経済産業相は5日、ロイターなどのインタビューで、環太平洋連携協定(TPP)に対する方針について「日本経済世界の流れとは別にということは難しいと思っている」と述べ、交渉参加は不可避との認識示唆した。

鉢呂吉雄経産相「TPP議論、対立越える余地」 (産経ニュース@2011.9.6 08:02)

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110906/fnc11090608030001-n1.htm

--エネルギー政策の見直しの中で、原子力発電をどう位置づけていくのか

 「新設は難しいし、寿命がきた原発廃炉にしていくという方針は、首相とも共有している。既存原発の敷地内での新たな原発建設リプレース)もできないだろう。基本的には原発ゼロになっていく」

<中略>

--原発輸出という成長戦略への影響は

 「相手国との契約の中で輸出を続けていく。原発の稼働を停止しても原子炉管理は長い年月続き、技術的なものも続くので、必ずしも輸出ができないということではない」

<中略>

--環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)についての基本的な姿勢

 「経産大臣になったわけだから日本全体の通商貿易担当として、あるべき姿を描いていきたい。TPPは『絶対反対』か『絶対推進』という議論に陥りやすいが、対立を乗り越える余地はある」

地元上関、困惑と評価 経産相発言、島根は明確方針要求 (中国新聞@2011/09/07)

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201109070070.html

島根原発3号機など工事が進んでいる原発の稼働については鉢呂経産相はこの日、「なかなか議論があるところだ」などと発言。島根県の溝口善兵衛知事は「国としての考え方を早く整理して」と、具体性を欠く政府姿勢に不信感を募らせた。「エネルギー政策は国の経済政策の根幹。政府は早く議論し、揺るぎない方針を」と求めた。

■ 鉢呂経産相:「原発の新規建設困難」発言 敦賀市長が不快感 /福井毎日新聞 2011年9月8日 地方版

http://mainichi.jp/area/fukui/news/20110908ddlk18010686000c.html

原発の新規建設は困難で、将来的に原発をなくす方針を鉢呂吉雄経済産業相が明言したことを受け、敦賀市河瀬一治市長は7日、「我が国の根幹に関わるエネルギー政策に混乱を招くものであり、誠に遺憾」と不快感を示した。

■ (西日本新聞朝刊@2011/09/08)

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/262187

鉢呂吉雄経済産業相は7日、都内で記者団に対し、九州電力川内原発鹿児島県薩摩川内市)3号機増設計画など、建設に向けて手続き中の原発について「まだ建設に入っていないものは相当難しい」と述べ、あらためて建設推進に否定的な考えを示した。

■ 無念の経産相、辞任 (河野太郎2011年09月11日

http://www.taro.org/2011/09/post-1083.php

鉢呂経産相は、野田総理原子炉の新規立地はしない、耐用年数が来たものは確実に廃炉にするとの方針を着実に進めようとしていたし、それを実現するためのかなり大胆な人事を考えていた。

経産省内外の抜擢すべき人物の発掘を多方面に依頼していたし、ガンとよばれる幹部の異動も考えていたふしがある。

個人的にはかなり期待していただけに残念だ。

■ 鉢呂経産相辞任 記者クラブ言葉狩りされて (田中龍作@2011年09月11日

http://news.livedoor.com/article/detail/5852621/

小沢一郎氏の例が物語るように記者クラブ官僚の目障りになる政治家は陥れられる。鉢呂氏の場合脱原発と反TPP」が、記者クラブメディア官僚の機嫌を損ねていたことは確かだ。

2011-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20110824112427

そうかしら。アムウェイだって面会しなければ済む話だけど(だから遺憾ながらあの商法も合法なわけでね)。

韓国についてネガティヴ報道がされないことは、日本国益、ひいては個々人の生活を棄損する可能性もあるので、「チャンネルをまわせばすむ」話ではないけどね。

2011-08-17

いきなり元も子もないこと言いますが、私は政治に興味がありません。

なんで興味がないかって言うと、「今の日本」では誰が総理大臣になろうが何も変わらんと思っているかです

なんで「今の日本」っていう言い方してるかというと、私は今の国の状態ってのが別に政治家のせいだとは思ってないかです

※     ※     ※

私は人間って生き物は基本「自分が一番かわいい生き物」だと思ってます。それは政治家国民も変わりません。

で、政治家ってのはうかつな言葉を発したり、キャバクラ行ったところをマスコミ写真とられたりしたらめちゃくちゃ叩かれますよね。

要するに揚げ足とられるし、監視されてるしで、非常に不自由なんですねあのエラい人達は。

ここで今ここを読んでるあなたに質問です

あなた自分の言うことすぐ揚げ足とったり、キャバクラいったら文句言うヤツと友達になれますか?

別に法律違反してるわけじゃないのに、ちょっと刺激的なこと言ったらグダグダ言われ、仙人のような行動を強要してくるヤツ。

オレならそんなヤツ絶対友達なれません。むしろ超うぜえと思う。てめえはオレの親かこのボケがってなるよ。

もうわかるよね、政治家にとって国民ってそんな存在なのよ。

自分らは平民から何したって何言ったって自由だけど、お前らは国のリーダーなんだから聖人君子でいやがれっていう存在

当然ヘタな事言ったら揚げ足とられるから言葉を選びまくるよね。だから政治家の会見って「あー」とか「おー」とか言いながら、

なんか当たり障りのないこといって「まこと遺憾であります」とかで終わるのばっかでしょ。

気付いたかな? 政治家めっちゃ口汚く過激な発言するときって、決まって今やってる不信任案の討論みたいに「対象が特定の

政治家あるいは政党」に限定してるとき、つまり自分らの身内に対してだけなのよ。

すごいでしょ今日の管首相への言い草とか、下町酒場でこんな言いあいしたら絶対殴り合いになりそうな勢いよ。

ぶっちゃけこの過激な討論そのものが、オレには政治家世論をえるために自分らをいかにも人間くさくみせるパフォーマンスしか

見えないのよね。こんだけ身内には罵詈雑言吐けるのにそれ以外ではいつもあーとかうーとか言ってるわけだから

まり政治家国民のためにうんぬんなんて最初から考えちゃいないと思うのよ。

なんで自分のことは棚に上げて要求ばっかりしてくるヤツのために何かしなくちゃならんのよ。あなただったらそんなヤツのために働くか?

からオレは政治に興味がない。その一番の理由は政治家国民がお互いにお互いをどうでもよくしちゃってるから

じゃあどうすりゃよくなるのか。これははっきりいって「国民側」が基本意識を変えなくちゃいけないと思う。

別に過激なこと言ったっていいじゃない、ちゃんと言ったことを実行してくれるなら。

別にキャバクラ行ったっていいじゃない、ちゃんと仕事してくれるなら。

日本をうまく操縦してくれるなら、些細なことはどうだっていい。離陸してまだ安定しないうちからケチつけてすぐ辞職だなんだと騒ぐから

はいつまでたっても安定しないんだよ。それはなんちゃない、国民意識がそういう風になっちゃってるからだと思う。

政治家だって人間なんよ。国民と同じ。彼らだってオレら平民と同じように無責任なこと言いたいし、ハメはずして遊びたいんだよ本当は。

オレもお前も 私もあなたも 吾輩も貴様も わらわもそなたも 皆同じ人間なんだってば。

その辺をまず国民が理解した上で、くだらないことにこだわる前に「やるべきことをやっているかどうか」にのみ注目するようになれば、

おのずと政治家国民に心を開いて政治国民が本当の意味で一体となって国をよくすることができるでしょう。

そういう態勢が今の日本じゃ望むべくもないから興味がわいてこないってわけなのですね。

今の日本じゃ、本当に変えたいと思ったら自分が超エラくなって自分で国を変える力を持つしかないもの

でもそんなん無理だから、オレは国に対してなんも求めない。自分で変えようって努力もできねえのに、要求ばっかするのはカッコ悪いと

思うから。もちろん税金たくさんとられたら、「日本め!」とか思うこともあるけど、しょうがないよね国民なんだから

もし今の国に文句があるならさ、お前が変えてみせれよ。それができねえなら、黙れ。

それもできないなら、国民意識を変えていくために、政治国民を本当の意味で一体化させるためには何をすればいいか考えようよ。

まあ今回書いたのはあくまでオレ個人がそう思ってるってだけなんで、そんなわけねえだろアホか死ねかいろいろあると思います

とりあえず今の政治討論とかいつ見ても劇団ひまわりしか見えん。

誰かこういうの得意な人、本当の意味で国がよくなるためにはどうすればいいのか語ってくれw

韓国スーパーお笑い芸人

フジテレビ韓流ごり押しが批判されている。

非常に遺憾である


ここ5年テレビを見てないし、テレビがあっても、アナログテレビなので、今、フジテレビがどんな韓国コンテンツを流しているかはわからない。


しかしながら、あえて言おう。

少なくともお笑いというカテゴリーに限っていうと、韓国お笑い芸人は、日本の1歩先を行っている。


ごり押しなどしなくても、これは多くの人の共感を得ることができると信仰している。


歴代、韓国お笑いのトップはレベルが高いが、5年位前、最強のスーパーお笑い芸人がいた。

彼の名は


ノムたん

<,,‘∀‘>



私が知る限り、世界トップレベルお笑い芸人である


かれには数多くの名言を発し、そのたびに全世界を笑いの渦に突き落とした。

詳細は下のページなどをみるといいだろう。

http://mesiken.2-d.jp/index.php?%C8%D3%C5%E8%BD%B6%C4%B9%B8%E6%B8%C0%CD%D5


彼の体を張ったギャグ自分どころか、全国民の体を張ったギャグは笑いを通りこして敬意すら感じている。

当時は朝鮮日報愛読書になったり、本場の雰囲気を味わいたくてハングルまで勉強を始めようとしたくらいだ。


ただ、彼にも欠点があって、実は韓国の一般市民には彼の芸風はうけなかった。

ある韓国友達など、彼を蛇蝎のごとく嫌っていた。まるで、敵をみるような態度だった。

おそらく、ノムたんは、韓国お笑い世界に届けるため、ある意味、自国の人たちを犠牲にしたんだと思う。



それだけにカレの死は残念だった。

彼が韓国お笑い界に君臨する限り、私は安心していられたのだ。。。


昔ばなしはやめよう。

私はノムたんという偉大な芸人を知っているので、今回のフジテレビの一件は残念である




ゴリ押しなどしなくても、十分、日本人の心をつかむお笑い芸人がたくさんいるのだ。



・・・さて、韓国のことだけ持ち上げて終わると、ネトウヨ(笑)がうるさいので、日本のことも話そう。

最初、「韓国お笑い芸人は、日本の一歩先」を言っているといった。



そう。いるんだ。

今の日本には。

完成されたスーパーお笑い芸人が。




それも、二人も。




そう、数年日本お笑い界のトップに踊りだした鳩山氏や菅氏のことだ。

以前より、お笑い芸人としての一部マニアの間では人気だったが、ここ数年、大ブレークした。



いや、正直、私は彼らの芸風がおもしろくない・・・

いや。。。正直いおう。

嫌いだ。憎んですらいる。



でも、韓国とか中国ロシアなんか外国の人たちにはうけがいいようだ。

非常に安らかな顔で、彼らの芸を見ている。


私は天国のノムたんに報告したい。



どうだい。日本もやるだろ。

あなた匹敵する芸人日本にもでてきたんだぜ。


それも二人も。もしかすると、そろそろ三人目も。

2011-07-27

今こそゆとり以下の世代に浜田雅功凄さを語ろう

ダウンタウンというコンビについて、「天才松本を補佐する凡才浜田」という間違った認識人間がとても多い。ゆとり以下のガキどもに至っては、浜田に対して、クソつまら芸人だという認識しか持っていないと思われる。

しかに近年、クソ番組MCをただこなしているとき浜田は、いくつか落とすパターンこそ持ってはいるが、さんまや、中堅のくりぃむ上田等に比べると、明らかにパターンの数が少ない上に、相手の話を膨らませる能力にも乏しくはっきりいって面白くない。

浜田がその実力を遺憾なく発揮し芸人として、テレビタレントとして革命的な存在だったのは、売れ始めてから成り上がるまでの時期だ。

テレビ画面に現れた、まだ若さの残る浜田は、競演した大御所や先輩タレントに対して、問答無用でツッコんでは、時にどついてみせた。

たったこれだけである

だが、これがとんでもなく衝撃的だったのだ。

それに先んじて、とんねるずが お笑いアイドルミュージシャンとの関係性を変化させていた。当時、芸人歌手より地位の低い物と見なされており、「公の場」でアイドルをバカにしたり、ミュージシャン無礼な振る舞いをする芸人は、ほぼ存在しなかった。たけし(軍団)ですら、公の場ではその関係性を守っていたのだ。

だが、とんねるず体育会系ルールそのままに、年上に対してはそれなりの礼節を持って振る舞ったが、年下のアイドルミュージシャンに対して、平気でタメ口をきいたり、時にバカにしたりして笑いに変えた。そうして芸能界の暗黙の掟を一変させたのである

浜田革新性は、こういった土台があったからこそという側面はある。それでも、芸能界において先輩後輩の序列は絶対であり、そこを侵す者は現れなかったのだ。浜田を除いて。

そのことに気づいてから、俺はテレビ浜田を追いかけるようになった。相手が誰であろうとも、己の信念と姿勢を曲げることなく容赦のないツッコミを浴びせる浜田は間違いなく『パンク』な存在であった。そして、上下関係抜きの辛辣ツッコミを浴びせても、浜田は決して場の空気を乱すことがなかった。それ故に、つっこまれた人間は、浜田に怒りの感情を示すことがなかった。松本天才性の陰に隠れてはいたが、この事実は、浜田もまた紛れもなく天才であったと言うことの証左である

だが、いつのからだろうか。おそらく、ダウンタウンが多くの冠番組を持ち始めてからのことだが、主に若い世代から浜田に叩かれることを喜ぶような連中が現れた。こうなると、もはや猪木のビンタと変わらない。ツッコミの鋭さそのものは変わらずとも、その意味合いは、全く別のものになっていった。

ダウンタウンが売れたのは、松本の力であろうか?

わたしはそれを否定する。松本天才であったのは間違いないが、浜田という斬り込み隊長存在がなければ、もっとマニアック存在としてしか、世に出ることはなかったと思われる。若かりし頃の浜田には、とんねるずと同じように、予定調和をぶち壊し、新しい地平を切り開く革命家としてのパワーが宿っていたのだ。それは、ともすれば狂気的とも言えるものであった。

浜田が切り開いた新しい地平の上で、松本がその才能を遺憾なく発揮した結果として、日本テレビお笑い史上最高のコンビになった、というのが俺のダウンタウンに対する短評である

今のテレビお笑い界、特に若い世代に、登場するたび「今日は何をやらかすんだろう?」と、わくわくさせてくれる存在がいるだろうか? 浜田とんねるずも年をとった。丸くなってしまった。たとえ懐古厨と言われようとも、俺をテレビに夢中にさせた、かつてのダウンタウンとんねるずほどの存在は、テレビに誰一人見あたらない。強いて言うなら大泉洋であったり、ブラックマヨネーズであったりといったところだが、大泉は役者であるし、ブラマヨは真の実力(フリートークスキル)を発揮できる場を与えられないまま年を重ねている。

寂しいことだ。

2011-06-19

結局どっちの問題なの?

http://togetter.com/li/151267

別に何も恥ずかしい事やってるつもりはない。

梅ラボがやってる事を一概に犯罪だと断言する事はできなくて、議論の余地があるというだけの話だと思う。

むしろ重要なのは、それをどういう風に議論していくかということであって、そういうことを含めた展覧会をしたいと思ってる。

それはキャラクター文化とも密接に関わってることで、

要するに梅ラボが作品を作って売るのは、コミケ版権もの同人誌を作って売るのと、営みとしてには何も変わらない。

梅ラボの作品を犯罪と言う以上は、コミケの営みも否定してしまう事になる。そうならない議論の余地は必ずあるし、そう信じて作品やテキスト制作展覧会を開く。

(なぜなら)カオスラウンジ)が問題になってるのって著作権とか商標の問題だと思うんです

VS

お騒がせをしちゃあ、詫びたりしながら世間に存在感を醸しているだけで、内容が無い。内容に困ると展覧会して集客。というまぁ、日本式の古式豊かなプロレス現代美術

上の世代が作った遊び場で遊びたい、それが無理になると同世代で連帯する/あるいは上の世代の敵方にくっついて砂かける、あの世代はほとんどそうですよ。

たちの悪さは、僕から学んだアート内でのマーケットロジックを表面撫で付けて、あることないこと、それらしく吹聴している事ですテーゼ云々ではなくビジネスの信用問題

都合のいいときだけのエスケープエリアとしてのアートと言う場を使っていて遺憾に思っている。

2011-05-21

原稿用紙一枚ルール

http://maname.txt-nifty.com/blog/2011/05/hitei1.html

(ついき)

回りくどいかたから言い直す。「否定的な感情をすくいやすい」ってわかってるなら、デフォルトは非表示にしろと。

はてブの100文字とブログの長々とした記述の中間部分の間が欠けてる気がしてなりませぬ。

twitterと連動するよりはてなハイクとかをもっと肯定的な意見ツールとして使えるように出来ませんかね。




しい否定の方法を教えてあげれば良いのです

その必要はないわ。というか彼らはどうせその必要がない限り学ばない。

記事を書いてきっちり否定・反論する必要がない限り、人は楽な方に流れる。

そして、その楽な流れを作ったのがはてブの罪なのであって、悪いもんは悪い、それを「はてブの功績」とか言われても困る。

もちろん物事には両面あるから功績を評価するのもいいとは思うけど、そっちを強調されると当然反発したくなる。


否定するならば、同じリスクステージで否定しようということ

そのとおりだと思う。

たった100文字で反応することそれ自体が無礼なのですよそもそもが。

たった100文字で相手が書いたものを切り捨てるその無礼な態度にお咎めがないということ。

それに対する書き手の反応を引き受けなくて良いというその甘えた態度。

今まではそういうのが不可能だったのに、それを可能したのがはてブ

それにとどまらず、この無礼な態度をコピーして拡散できるようにしたのがtwitter非公式RT

それを正当化する理由ってどこにもないと思うんだけれど。

「もうこの流れは止めようがないから引き受けよう」ってなら分かるけど、なんでそんなに肯定的?




というわけで、

記事を書いた人とはてブ野郎は対等だとか、両者の間でコミュニケーションを取るべきだとか

そういう勘違いさえなくせばお互い幸せになれると思う。

基本的に書き手にとってはてブとはゴミであって、それを書き手が取り上げるかどうかは書き手の気まぐれ次第だという認識デフォルトにならない限り

はてブは今後もずっとゴミ製造機になるとおもう。



私は相手を批判するときは最低でも400字以上の文章を書くことを要求するルール(といっても道徳みたいなもので規則ではない)を提唱したい。

400字以上かけない人間に応答しなくても、それは400字すら書けないで他人を否定するヤツのほうが馬鹿であるということが常識になってほしい

どんな反応も脊髄反射で簡単にできるようになっていくからこそ、反応する側にモラルを求めなくてどうするのよ。

スルースキル」みたいな言葉はほんまに死滅して欲しい常識としてはそのとおりでも、馬鹿がこの言葉を使えるのは極めて遺憾

2011-05-20

信用できませーん。

拡散予測、翌日未明には官邸に…首相らに届かず

枝野官房長官は20日午前の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所事故をめぐって放射性物質拡散予測した

SPEEDI(スピーディ)」の試算結果が、事故発生翌日の3月12日未明首相官邸ファクスで届いていたことを明らかにした

その上で、「(官邸の)幹部で全く共有されず、担当部局で止まっていた」と述べ、菅首相らには届いていなかったとし、

首相官邸内の情報伝達に落ち度があったことを認めた。

枝野氏は、3月12日に届いた試算は仮定に基づくものだとしたうえで、「情報存在自体が伝えられなかったのは大変遺憾だ。

避難指示の時にそういった情報があれば意義があった」と述べ、経緯を検証する考えを示した。仮定に基づく試算結果存在

枝野氏らが知ったのは、12日から数日後だったと説明した

2011年5月20日12時21分 読売新聞

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110520-OYT1T00516.htm?from=rss&ref=rssad

2011-04-13

「騙された」とか歌って喜んでる斉藤和義信者はこれ読めよマジで

戦争責任者の問題

伊丹万作


 最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじつているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見ときくようになつた。

 そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとつて、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。

 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚しいである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつている。すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。

 すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのであるしかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。

 このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織いかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである

 たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだがたまに外出するとき普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れられない。もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現はないのであるしかるに我が同胞諸君は、服装をもつて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来に扱つている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによつて、自分の立場の保鞏(ほきよう)につとめていたのであろう。

 少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所郵便局交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいたい何を意味するのであろうか。

 いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争必然結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかつた事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。

 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。

 そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかつたか」と。たとえ、はつきりうそ意識しないまでも、戦争中、一度もまちがつたことを我子に教えなかつたといいきれる親がはたしているだろうか。

 いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである

 もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。

 しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。

 ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最小限にみつもつたらどういう結果になるかを考えてみたい

 もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによつてだまされたものの責任が解消するであろうか。

 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。

 しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つのである」ことを主張したいのである

だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からもくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである

 もちろん、純理念としては知の問題は知の問題として終始すべきであつて、そこに善悪観念の交叉する余地はないはずであるしかし、有機的生活体としての人間の行動を純理的に分析することはまず不可能といつてよい。すなわち知の問題も人間の行動と結びついた瞬間に意志や感情コンプレックスした複雑なものと変化する。これが「不明」という知的現象に善悪の批判が介在し得るゆえんである

 また、もう一つの別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたらとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである

 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである

 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつた国民全体の文化無気力、無自覚、無反省無責任などが悪の本体なのである

 このことは、過去日本が、外国の力なしには封建制度鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくそ本質を等しくするものである

 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民奴隷根性とも密接につながるものである

 それは少なくとも個人の尊厳冒涜(ぼうとく)、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である

 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣反省しなかつたならば、日本国民というものは永久に救われるときはないであろう。

「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人人の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。

「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである

 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣自己反省努力がなければ人間進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱(ぜいじやく)な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである

 こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であつて、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである

 こんなことをいえば、それは興味の問題ではないといつてしかられるかもしれない。たしかにそれは興味の問題ではなく、もつとさし迫つた、いやおうなしの政治問題にちがいない。

 しかし、それが政治問題であるということは、それ自体がすでにある限界を示すことである

 すなわち、政治問題であるかぎりにおいて、この戦争責任の問題も、便宜的な一定の規準を定め、その線を境として一応形式的な区別をして行くより方法があるまい。つまり、問題の性質上、その内容的かつ徹底的なる解決は、あらかじめ最初から断念され、放棄されているのであつて、残されているのは一種の便宜主義による解決だけだと思う。便宜主義による解決の最も典型的な行き方は、人間による判断を一切省略して、その人の地位や職能によつて判断する方法である現在までに発表された数多くの公職追放者のほとんど全部はこの方法によつて決定された。もちろん、そのよいわるいは問題ではない。ばかりでなく、あるいはこれが唯一の実際的方法かもしれない。

 しかし、それなら映画場合もこれと同様に取り扱つたらいいではないかしかもこの場合は、いじめたものといじめられたものの区別は実にはつきりとしているのである

 いうまでもなく、いじめたものは監督官庁であり、いじめられたものは業者である。これ以上に明白なるいかなる規準も存在しないと私は考える。

 しかるに、一部の人の主張するがごとく、業者の間からも、むりに戦争責任者を創作してお目にかけなければならぬとなると、その規準の置き方、そして、いつたいだれが裁くかの問題、いずれもとうてい私にはわからないことばかりである

 たとえば、自分場合を例にとると、私は戦争に関係のある作品を一本も書いていない。けれどもそれは必ずしも私が確固たる反戦の信念をもちつづけたためではなく、たまたま病身のため、そのような題材をつかむ機会に恵まれなかつたり、その他諸種の偶然的なまわり合せの結果にすぎない。

 もちろん、私は本質的には熱心なる平和主義であるしかし、そんなことがいまさら何の弁明になろう。

 戦争が始まつてからのちの私は、ただ自国の勝つこと以外は何も望まなかつた。そのためには何事でもしたいと思つた。国が敗れることは同時に自分自分家族も死に絶えることだとかたく思いこんでいた。親友たちも、親戚も、隣人も、そして多くの貧しい同胞たちもすべて一緒に死ぬることだと信じていた。このばか正直をわらう人はわらうがいい。

 このような私が、ただ偶然のなりゆきから一本の戦争映画も作らなかつたというだけの理由で、どうして人を裁く側にまわる権利があろう。

 では、結局、だれがこの仕事をやればいいのか。それも私にはわからない。ただ一ついえることは、自分こそ、それに適当した人間だと思う人が出て行つてやるより仕方があるまいということだけである

 では、このような考え方をしている私が、なぜ戦犯者を追放する運動に名まえを連ねているのか。

 私はそれを説明するために、まず順序として、私と自由映画人集団との関係を明らかにする必要を感じる。

 昨年の十二月二十八日に私は一通の手紙を受け取つた。それは自由映画人集団発企人の某氏から同連盟への加盟を勧誘するため、送られたものであるが、その文面に現われたかぎりでは、同連盟の目的は「文化運動」という漠然たる言葉で説明されていた以外、具体的な記述ほとんど何一つなされていなかつた。

 そこで私はこれに対してほぼ次のような意味の返事を出したである

現在自分の心境としては、単なる文化運動というものにはあまり興味が持てない。また来信の範囲では文化運動の内容が具体的にわからないので、それがわかるまでは積極的に賛成の意を表することができない。しかし、便宜上、小生の名まえを使うことが何かの役に立てば、それは使つてもいいが、ただしこの場合は小生の参加は形式的のものにすぎない。」

 つまり、小生と集団との関係というのは、以上の手紙の、応酬にすぎないのであるが、右の文面において一見だれの目にも明らかなことは、小生が集団に対して、自分の名まえの使用を承認していることである。つまり、そのかぎりにおいては集団はいささかもまちがつたことをやつていないのである。もしも、どちらかに落度があつたとすれば、それは私のほうにあつたというほかはあるまい。

 しからば私のほうには全然いい分を申し述べる余地がないかというと、必ずしもそうとのみはいえないのである。なぜならば、私が名まえの使用を容認したことは、某氏手紙示唆によつて集団が単なる文化事業団体にすぎないという予備知識を前提としているかである。この団体の仕事が、現在知られているような、尖鋭な、政治的実際運動であることが、最初から明らかにされていたら、いくらのんきな私でも、あんなに放漫に名まえの使用を許しはしなかつたと思うのである

 なお、私としていまつの不満は、このような実際運動の賛否について、事前に何らの諒解を求められなかつたということである

 しかし、これも今となつては騒ぐほうがやぼであるかもしれない。最初ボタンをかけちがえたら最後ボタンまで狂うのはやむを得ないことだからである

 要するに、このことは私にとつて一つの有益な教訓であつた。元来私は一個の芸術家としてはいかなる団体にも所属しないことを理想としているものである。(生活を維持するための所属や、生活権擁護のための組合は別である)。

 それが自分の意志の弱さから、つい、うつかり禁制を破つてはいつも後悔する破目に陥つている。今度のこともそのくり返しの一つにすぎないわけであるが、しかし、おかげで私はこれをくり返しの最後したいという決意を、やつと持つことができたのである

 最近、私は次のような手紙を連盟の某氏にあてて差ししたことを付記しておく。

「前略、小生は先般自由映画人集団加入の御勧誘を受けた際、形式的には小生の名前を御利用になることを承諾いたしましたしかし、それは、御勧誘の書面に自由映画人連盟の目的が単なる文化運動とのみしるされてあつたからであつて、昨今うけたまわるような尖鋭な実際運動であることがわかつていたら、また別答のしかたがあつたと思います。

 ことに戦犯人の指摘、追放というような具体的な問題になりますと、たとえ団体の立場がいかにあろうとも、個人々々の思考と判断の余地は、別に認められなければなるまいと思います。

 そして小生は自分独自の心境と見解を持つものであり、他からこれをおかされることをきらうものでありますしたがつて、このような問題についてあらかじめ小生の意志を確かめことなく名まえを御使用になつたことを大変遺憾に存ずるのであります

 しかし、集団の仕事がこの種のものとすれば、このような問題は今後においても続出するでありましようし、その都度、いちいち正確に連絡をとつて意志を疏通するということはとうてい望み得ないことが明らかですから、この際、あらためて集団から小生の名前を除いてくださることをお願いいたしたいのです

 なにぶんにも小生は、ほとんど日夜静臥中の病人であり、第一線的な運動名前を連ねること自体がすでにこつけいなことなです。また、療養の目的からも遠いことなです

 では、除名の件はたしかにお願い申しました。草々頓首」(四月二十八日)


(『映画春秋昭和二十一年八月号)

2011-03-12

震災地は募金より売春宿で復興

震災枕詞のような募金です

募金なんてやめといた方がいいですよ。

被災地では同じ札が何回使われたか重要です

募金する本人も善意でやっているわけですがこれは大変な悪徳です

つまり負の労働です

例えばアナタが100億円もってたとして

ウン十億円も一気に寄付できるようであればそれはとてもいい募金です

アメリカなんかだと寄付分控除になるのでこのような寄付が盛んです

ビルゲイズが善意寄付してるなんておもっちゃだめですよ。

しかし私もふくめ多くの方はそのようなことができません。

震災がおこると多くの基金がたちあがるのでアナタはそのうちの1つをピックアップして

インタネットの振込画面から指定の口座に振り込むか郵便窓口とかにいってお姉さんたちに頼むはずです

すばらしいことに日本人労働対価は世界的に見て非常に高い物となっております

おそらく多くの日本人にとって寄付決定から振り込むまでの機会コスト

振込金額を超過します。

この程度の労働力だと銀行などいかデートしたりして

しっかり休んだ方が営業日生産性があがり

機会コスト寄付する金額以上は社会貢献できると思うので

やはりこれは負の労働です

たま信号機の前で同じ場所で群れて募金つのっている方々が

素敵な笑顔を私に振りまいてきます

私はアレを見るたびこの時間をそのまま

コンビニなりキャバクラ也で働いて直接きふすればいいのになぁと

不思議がります

その笑顔顧客に向けるべきです

本日たかが200人の死んだ人間遺体を引き上げるために

5万人もの自衛隊派遣したそうです

もちろん遺族の気持ちを考えると大変遺憾におもいますが

優先順位がおかしいのでわないでしょうか。

ただでさえ高い公務員給与に土日なので休日出勤手当もかさんで大変な負担です

あれはただの公費を利用した政治パフォーマンスです

では被災地にはどのように接していけばいいのでしょうか?

それは仕事を持っている人なら勤勉に、

ニートなら職を探して経済の輪にくわわり

稼いだお金貯金をせずしっかり使うことです

できれば被災地ちかくで使ってあげるといいですね。

おみやげを買うなり女の子を買うなりすると大変被災者貢献できます

甚大な被害をうけた方は 貯金などせずにそのまま消費に回ると思われるので

ドミノエフェクトは加速します。

しいては 日本国債買い支え

日本負債拡散というもっと大きな問題解決とベクトルは同じ方向になります


災害で死んでしまった方々 ご冥福をお祈りいたします。



エントリ

はじめて書いたにっきだったんですが沢山よんでいただいてありがとうごいました

http://anond.hatelabo.jp/20110312131044

2011-03-04

京大カンニング事件について私も疑問があります

この事件も一週間で国民の皆様からは忘れられると予想されます

そのため、マスメディアは安心して過剰報道できるわけです

私たちの側でできる対策としては「テレビニュース)を見ない」ことが挙げられます

視聴率を下げれば、その行為は行えなくなります

 

 

ではニュース情報はどこから得ればいいか

通信社から直接取れば安心と言えそうです

テレビ局通信社から情報を買い、それを改変し放送します。

ですので、一次情報である通信社ウェブサイト無料配信もしている)を見るのがおすすめです

通信社に関して、詳しい情報検索されて下さい。

共同通信時事通信ロイターなど名前だけはご存じかも知れません。

 

 

両親による子どもへの早期教育子ども未来の押しつけ、それを礼賛してきたメディアなど、まず自分の側に思い当たる点はなかったか、大人の側こそ真剣に考えてみる必要性がありそうです

 

 

こういう時、体制側(国家擁護側)と反体制国家を疑う者)で罪の問われ方が変わってきます

相撲協会や現行のマスメディア国立大学は体制側です浪人生無職反体制として扱われます

前者の罪は軽く、後者の罪は重くすることで今の国家が成り立っています。

これが逆になったら、どうなるでしょうか。

 

 

今後このような行いをする場合、「匿名化」するという発想を義務づける必要性があるでしょう。

匿名化とは身元を完全に隠す技術のことで、「Tor」というプロキシソフトにより簡単に身元を隠蔽できます

スマートフォンにもTorアプリ存在する事実は、需要結果といえそうです

 

 

技術立国日本であるのに、国民の皆様の通信に対する無知が露呈される結果となり大変遺憾です

 

 

Anonymus

2011-02-16

(◕‿‿◕)ラノべえ「そんなことより僕をテーマにして研究生になってよ!」

つい先日、卒業研究を終えました。この日記は後輩やこれから卒業研究を自由に決められる人のためになればいいな、程度に書きました

私は卒研テーマに「ゲームをする人」を掲げ、一年自分のやりたいことを自由にできましたので、非常に幸せしたですので、後輩にもぜひ好きなテーマ卒研をして欲しいと思っていました

私の同じ研究室には、3年生の後輩の一人に、「ライトノベル(以下ラノベ)を読む人」をテーマにして、実際発表した後輩がいましたしかし、後輩に「今の自分研究テーマをそのまま卒研にするのか?」という旨を尋ねたところ、悩んでいるという回答が帰ってきました

どうやら、発表の反応が鈍いことで二の足を踏んでいるようでした

そこで私は思い切って、「この世の果てで恋を唄う少女YU-NOwikipedia考察いかに素晴らしかたか」という話をしたかったのですが、酒の席であること、他の後輩もいたこと、説得力に欠けていたこともあって、遺憾ながら場は白けて終わってしまいました

この世の果てで恋を唄う少女YU-NO - wikipedia ((http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%93%E3%81%AE%E4%B8%96%E3%81%AE%E6%9E%9C%E3%81%A6%E3%81%A7%E6%81%8B%E3%82%92%E5%94%84%E3%81%86%E5%B0%91%E5%A5%B3YU-NO&oldid=28528480))

また、「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」は「アドベンチャーゲーム」の代表例として実際に卒業研究になっているようです

CiNii 論文 -  マルチシナリオゲームにおける並列世界モデル ((http://ci.nii.ac.jp/naid/110002942865))

これらを編集、記した方々は私よりも遥かな、確かな、達成感・効力感を持っているに違い有りません。(実際、素晴らしい考察だと思いませんか?)

他にもネットを探すとユニークテーマに出くわせます。例えば「プロ野球選手結婚するための方法論に関する研究」なんて研究もあります

卒業研究は、CiNii - NII論文情報ナビゲータ ((http://ci.nii.ac.jp/))で検索しなくても大学生ならば、各々の大学の概要集を捲れば自然と笑みがこぼれるものです

しかに、「好きだからテーマしますたwwwサーセンwww」なんて動機は発表までに、必ず根本的で大きな壁とぶつかり、ツケを払うハメになるでしょう。ですが、学生の本分は研究です研究について真剣にできるならば、それが真に正しい姿だと思います。

学生のあり方について、素晴らしい文章があります

修士論文の代わりに退学願を提出してきた - As a Futurist... ((http://blog.riywo.com/2009/02/27/120733))

=====以上が、今回の日記意図です

もう一つせっかくですので、私がなぜ「ラノベを読む人」が素晴らしいテーマだと思うかについて書きたいと思います。

論文とは「問い」です。一般的に論文テーマとなる問い(リサーチクエスチョン)は根源的な、直感的なものが白眉であると知られています。

ラノベを読む人」で解釈すれば、「ラノベを読む人はなラノベが好きか」ということになるのでしょうか?

これはなかなか直感的だと思います。もちろん、大きな欠陥があることも否めません。それは、村上龍のこの箴言に集約されていると思います。

「「好き」は理性ではなエモーショナル部分依存する。だからたいていの場合、本当に「好きなこと」「好きなモノ」「好きな人」に関して、わたしたちは他人に説明できない。なぜ好きなの?どう好きなの?と聞かれても、うまく答えられないのだ。「好き」が脳の深部から涌いてくるもので、その説明を担当するのは理性なので、そこに本来的なギャップが生まれるからだが、逆に他人にわかりやすく説明できるような「好き」は、案外どうでもいい場合が多い。」

無趣味のすすめ - 情報考学 Passion For The Future ((http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1021.html))

つまり、「どう好きかは聞き出せない」という点です。聞き出せないならば、研究意義はないのでしょうか?それは違うと思います。つまり、いままで『「説明でき」なかったであろう「好き」の理由』を導ければいいのです

そのためには、誰よりも人一倍考察が半ば前提的に必要になると思いますが。(私も自分の先輩に研究前にコテンパンに全否定されましたが、それがあっての卒業研究になっています。)私の後輩の考察は活き活きと良く出来ていた分、勿体無いという感情がたしかに私の中にはあるのです

さて、前提的な考察は、すなわちラノベの「定義」と、研究する「意義」とに、密接に関わっていきます。まず、ラノベの「定義ですが、混沌としているようですね。

青少年を対象にした娯楽小説

程度で良いと思います。「読む人」に焦点があるならば、よく読む人はおそらく青少年から成人男性20~30代)でしょうから。(成人男性青少年対象の小説を読んでいる点は「オタク」で考察・解説すれば重複すると思うので、日記では割愛します。)

また、文学物語といった点に対する「ラノベ」の遍歴も欠かせないでしょう。ここで、古めかしいものとの接点を設けること、考察をしてるサイト、本から概念引用することが結果を導く前から既に必要となります

例えば、物語的に観れば大塚英志提唱した物語消費」がありますね。また、ラノベではありませんがアドベンチャーゲームとの類似点があると思います。

れとろげーむまにあ: アドベンチャーゲームを振り返って思ったこと((http://nesgbgg.seesaa.net/article/185700949.html))

ライトノベルにおいてもゲーム的な世界観が必要であり、大きな影響を与えてきたということは言われていますね。

また、純文学の外に広がるキャラ萌え世界について詳しい

オタクたちのメンタリティには、教養主義文学性を引きずりながらも、シミュラークルに代表される動物的な消費社会の波に骨の髄まで浸かっているという両義性がある。という指摘をした東の「動物化するポストモダン」(1・2)も取り入れられると思います。

東浩紀動物化するポストモダン|FRAMES INTERVIEW ((http://moura.jp/frames/interview/070423/03.html))

ここで、「外部性」や「キャラ萌え」(この日記では、美少女キャラに限定します。)が「文学としてのラノベ」のキーワードカテゴリー)として浮かび上がってくるのです。言い換えれば、「外部性」は「社会性」、「キャラ萌え」は「女性性」にあるといえるでしょう。

ところで、先ほどラノベ定義は「混沌」としていると述べましたが、同じく「混沌」とした定義文学に「SF」がありますね。

サイエンスフィクションもまた、外部性の幅が限界まで拡張されることによって何十年も前から定義は揺らいでいました

ここで一つのSF批評を紹介します。

小谷真理の『女性無意識』に対する松岡批評です。なお、小谷真里は、SF研究者であり、ラディカル・フェミニストであるそうなので「文学としてみたラノベ」を知る上で意外に検討する必要があると思います。

最初ハーバード大学フェミニズム文学者アリス・ジャーディンが「ガイネシス」(女性的なるもの)という言葉を造り出した。 (中略) テクノイネシスはそれにもとづいて提案した概念で、

父権的な社会蔓延するなかで女性的な無意識の紐帯が結ばれていく可能性を示していた。

長いあいだ、文明の基準や男性覇権社会価値観のなかでは、普遍的すぎる母性、すべての他者をとりこむ包容力、あるいは基準をいちじるしく逸脱する狂気、説明のつかない無意識などは、しばしば社会の外部に押しやるべき面倒として片付けられてきた。中世魔女裁判だけでなく、近代以降も「女子供の戯言」として片付けられ、20世紀後半になってもこの傾向と対決するためのウーマンリブ運動セクハラ問題が噴出してきた。

では、そのように外部に押しやられた意識をつなげたらどうなのか。あるいは、家庭という内部(実は外部的辺境)に押し込められた意識といってもよい。男性から見れば、多くの家庭は基準社会の外部にあたっているからだ。 ジャーディンはこういう問題を引き取って、そこにはそのままこれらを連鎖させるべきメタネットワークがありうるのではないか、それは女性無意識を象徴するガイネシスになるのではないかと見た。

(中略)著者はこんな出だしで手をゆるめない。次から次へとバウンダリートランスグレッション(境界侵犯)を見せつけた。

また、女性SFに関してこういう考察もなされています。

それにしてもいつのまに、女性こそが文学可能性と限界を語るに最もふさわしい発言者だという情勢になっていたのだろうか。

まずはエレイン・ショーターが父権文学規範の修正を迫ったそうである。ついでパメラ・サージェントが『驚異の女性たち』のなかで、メアリーシェリーの『フランケンシュタイン』に始まる女性SF史がありうることを指摘した。他方、これに呼応するかのようにして、陸続とサイエンス・フィクションに挑戦する女性作家が出てきたようだ。 そこで、ヴァージニア工科大学の英文学者マーリーン・バーが「女流SFフェミニズム理論には相似的な進行があるのではないか」と指摘した

(中略) なぜこういうことがいえるかといえば、マーリーン・バーによると、多くのSFは“外部の他者”を描くわけだけれど、そこには現実を超えた出来事があまりに現れすぎて、文学的にはサブジャンルに追いやられるようになっていた。

しかし考えてみれば、そのように追いやられる宿命をもっていたのは、実は“外部の他者”の扱いを受けつづけてきた女性なのである。これではSFフェミニズムとが連関していて、まったく当然だったということなのだ。

松岡正剛の千夜千冊『女性無意識小谷真理 (( http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0783.html ))

ということで、ここでは「外部の他者」たる女性文学との密接な関連がみえてきました。これは美少女に「キャラ萌え」する「ラノベ」も他人ごとはないのではないでしょうか?

では、そもそも男性にとっての「女性」とはどういうものなのでしょうか?もはや哲学の領域に関連しているように私には思えます

そこで、デリダにとっての「女性」というものを引用します。ちなみに、「動物化するポストモダン」の著者であり、前述した東は

「【デリダとは】仏哲学者20世紀のすぐれた哲学者の常として「哲学なんていみなくね?」というのをすごく哲学的に言って、ややこしくなってしまったひと。でも基本の着想はいいので哲学呪縛から解き放たれればいい仕事できた可能性がある。」

ツイッター上で紹介しています。* ((http://twitter.com/hazuma/status/24868908779446272))

デリダは、「真理が女性であるとすれば」という『善悪彼岸』冒頭のニーチェの仮定から出発して、「女性というもの(=真理というもの)」は存在せず、したがって「性的差異というものも存在しない」という驚くべき帰結を導き出している。(「性的差異」の問題が重要はないと言っているわけではない。逆に、デリダは、ハイデガーニーチェ読解には、「存在論的差異の問題」はあっても「性的差異の問題」がないことを問題にしている。)

ニーチェは『悦ばしき智彗』の中で、「女性たちの最も強力な魅力は、それを遠方性において感じさせること」、つまり「遠隔作用」だとしている。

女性の魅惑を感じるために、「遠隔」が必要なのであり、遠隔のところに身を置くことが必要なのである

女性というものは、「遠ざけるものであり、自分自身から遠ざかるものなので、女性本質存在せず」、「女性の真理は存在しない」。

女性は、真理が存在しないことを知っているのであり、真理の存在を信じない限りにおいて、女性であり、真理であるのだ(女性本質、真理の本質は、それが存在しないということであり、自分存在しないということを知っているということである)。

実際のところ、「女性=真理」を信じているのは、「男性」なのである(この意味で、フェミニスト女性たちは「男性」なのであり、「フェミニズムとは、それによって女性男性に、独断論者の哲学者に似ようとする活動」だということになる。)

ニーチェの『善悪彼岸』の「序言」の冒頭は、次のように始まっている。

真理は女性であると想定すれば、すべての哲学者たちは、彼らが独断論者であったかぎりにおいて、女性たちをうまく理解できなかったのではないかと疑うべき理由があるのではなかろうか。

そして、これまで彼らが真理を探求してきた際の恐るべきまじめさ、不器用な無遠慮は、女の子をものにするためには、拙速で不適切なやり方だったのではないか

デリダ女性も真理も、与えることによって所有するのであって、こうして贈与=所有も非弁償法的な決定不可能性は、あらゆる存在論的、現象学的な解釈の試みを失格させてしまう、とした

つまり、贈与に先立つ固有なものの存在がないのだから女性(真理)というものはないのであり、性的差異といういものはないということになる。という帰結に至った。

(知の教科書 デリダ 著者 林好雄 廣瀬浩司

見事にややこしいこの解釈から女性の振る舞いは虚構的であるという面ががわかってきたのではないでしょうか。

ニーチェ芸術的と指摘しましたが、遊戯的、ゲーム的と捉えても過言ではないでしょう。

つまり、オタク男性)にとって、ラノベとは

女性という存在外部性とを遊戯的につなげている文学メディア媒介装置

であることがわかります。(また、女性性を獲得し、同時に女性に所有されたいという願望を解消するメディアとも解釈できます。)

十数年前に、男性オタク達は「萌える」という言葉発明した;「萌える」という言葉を使えば「セックスしたい」「愛してる」といったストレート表現を避けながら、美少女キャラクターへの思慕をオブラートに包んで表現できる

オタクが豚になった――「萌えるからブヒる」へ - シロクマの屑籠(汎適所属) ((http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20110215/p1))

という指摘もあります

例えば、オタクにとっての現実における外部性インターネットがあります

オタク男性であろうツイッターユーザーアイコンが、イラストアニメ美少女アイコンである可能性が高い点はオタクにとっての外部性無意識に象徴しているのではないでしょうか。

また、ラノベ作家は決して女性が多いというわけではないですが、その必要はなく、いわゆるユング提唱したアニマ(男性女性的側面)による手で書かれている点、それがラノベを好む多くの男性読者に受け入れられている点こそ検討すべきでしょう。これはつまり、女性を真理とするのではなくアニマこそを真理とするさらなる「遠隔作用」をもたらしているとも考えられますね。

このアニマを真理とすることによる遠隔作用の効果としての共時性

先程のツイッターイラストアニメ美少女アイコン無意識的に選択させる要因になっているかどうかを検討することは興味深い対象ではありませんか?

以上より「ラノベ読者はなラノベを好むか」という問いの考察を注意しつつ踏まえ、ラノベ読者(男性)の実際に構築しているコミュニティ家族間の関係、他の好きなメディア媒体等について研究することは簡単には説明できなかったラノベ読者の感性、つまり一つの社会的な側面を知る上で、大いに意義があると思うのです

ラノベ本質は-文学であり-女性性であり-外部性であり、それがラノベ読者の実生活と対照的にどう関わるかが重要なのではないでしょうか?

私はそのことについて考える限り、とても意義ある研究だと断言できると思っています。

2011-02-07

2月7日は「北方領土の日

今年も「政府の立場とは相容れない」「極めて遺憾」「北方領土日本固有の領土」と主張する作業がはじまるお;;

2010-12-27

岩崎夏海さんの文章の正しい読み方

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20101213/217523/

もしドラ作者がコラムを始めたというので読んでみることにした

とても不思議な文章である。なんというか、私は文章を読んでいるはずなのにまるで頭に入ってこないのだ。

4ページめまで来たとき、もしやと思い「ぼくは」で記事全体を検索しその周辺だけを読んでみた。

とたんにこの人の文章がよくわかるようになった。




ぼくはこれを丁重にお断りした。なぜなら、『もしドラ』に類する本は書かないと、もうすでに決めていたからだ

そこでぼくは、こうお答えしたのだ。「任天堂と、浅田真央さんです

ぼくは浅田真央さんに興味があった。

ぼくは、中継やニュース彼女を見る時には、いつもその演技や言動に引きつけられた。しかし一方では、なぜそれほど引きつけられるのかが分からなかった。

ぼくは、自分に気づかされた。「あ、ぼくは、浅田真央さんに興味があったのだ!」

ぼくは、予備知識をほとんど持たないままに生中継を見た

ぼくは、思わず叫んだ。「すごい!」

ぼくはショートプログラムフリーの時も、真央さんの番となると画面に釘付けになり、滑ってる間はすごいすごいと連発しながら、その演技に夢中になっていた。

真央さんの天を見上げる顔が大写しになった瞬間、ぼくは心を貫かれた。「これは……」

ぼくは、年来の疑問が少しだけ解けたことを知ったのだった。「ぼくは、浅田真央さんに人間の本当の顔を見たのだ。その顔に興味を持ち、なぜそうした顔ができるのかを知りたいと思った。だから、興味を抱いたのだ」




ぼくは、ショートプログラムが開催された日、つまり2010年11月26日金曜日に、エリック・ボンパール杯が行われたパリベルシー体育館へと赴いた。

ぼくは、非常な興味を持って彼女の練習を見守った。すると、滑り始めた彼女を見てまず思ったのは、その表情が明るいということだった。

ぼくはこんなふうに答えていた。「いや、実はぼくはそうは見ていないんです。むしろ、NHK杯のあの転倒によって、真央さんのすごさをあらためて実感したところです

NHK杯真央さんを、ぼくはすごいと思いながら見ていた。いやむしろ、そういう思いしか湧きあがってこなかった。

ぼくはハッとさせられた。

ぼくは、その見方に自信があった。ぼくは、これまでの42年の人生をかけて、ほとんど一つのことを習得することに専念してきた。その一つのこととは、「ものを見る目を養う」ということだ。「何が価値あるものなのか」を見極める目を持つというのが、ぼくの人生の大きな目標の一つだった。そうして、そのための修練を、これまで積んできたのである。その達成には、もちろんまだまだ遠いのだけれど、しかしそれでも、かなりのところにまで来たという自負はある。ものの価値を見定めることも、最近はいくらかできるようになってきた。余談だが、『もしドラ』という本は、「200万部は売れるだろう」という予測のもとに書いた。先日、それが現実のこととなったというのは、ぼくの見方がそう間違っていなかったということの、一つの現れだと思っている。

そういうわけで、ぼくは真央さんがNHK杯で身体を沈み込ませた後、いつ、どのようにジャンプするのかを見極めようと、パリにまで取材に来たのだった。

ショートプログラム前の真央さんの練習を見たぼくは、驚いた。

ぼくは、名古屋で身体を沈み込ませた彼女が、ぼくの読みとは違って、もう少し早く、このパリジャンプをするのかとも思ったのだがしかしながら、そうはならなかった。


試合を観戦し終えたぼくは、真央さんが今のこの調子、あるいは成績をどう見ているかというのが気になった。

ぼくとしては、多くのマスコミが悲観しているのに反して、真央さん自身はそれほど気にしていないように見えた

真央さんは、ぼくの目からは、あえて跳ぼうとしていないように見えた。

から、ぼくには、真央さんもそれに気づいていたから、直前になって力をセーブし、跳ばなかったように見えた

それでぼくは、多少失礼かも知れないと思ったが、こう尋ねてみた。


全日本フィギュアスケート選手権では、そんな、試合に出ることに喜びを感じている真央さんを見ることになるだろう。それが、ぼくには今から楽しみである







なんという東方ぼくラッシュ。なんというぼく殺天使。でも愛なら仕方ない。

ちょっと半端ない。日本人離れしている。わずか6ページの間に30回もぼくは、が出てくる。

今まで最も自己主張が激しかった河合薫遙洋子比較しても、「私は」の出現率が倍である

村上春樹ですら「おまえちょっと自分に酔い過ぎ」と言いだしかねないレベル




もしドラにもこのテイスト遺憾なく発揮されている。

もしドラはこういう文章で始まる。

みなみには、ひとつ目標があった。それは、野球部甲子園に連れていくということだった。

 彼女はそのためにマネージャーになったのだ。

 それは夢などというあやふやなものではなかった。願望ですらなかった。明確な目標だった。使命だった。

 みなみ野球部甲子園につれて「いきたい」とは考えていなかった。つれて「いく」と決めたのだ。」

お、おう・・・。



そして、もしドラマネジメントを読んだみなみ

はじめにマーケティングありきで顧客の求めるものを突き止める作業を始める。

この流れはいいな、と思う。

野球部のするべきことは、顧客に感動を与えることなんだ。顧客に感動を与えるための組織というのが野球部定義だったんだ!

うん。これも良い。で、次の文章。


こうして野球部定義が定まった。ついで目標もすぐに定まった。それは甲子園に行くということだった。

これは元々はみなみ個人の目標だった。しかし、野球部定義けがなされた今、あらためて部の目標として設定されたのだ。

というのも、甲子園に行くというのは、感動を与えるための組織地王野球部定義に最もかなう目標でもあったからだ。

もし本当に甲子園に行くことが出来れば、多くの人に感動を与えるだろうことは想像に難くなかった。

ちょっとまて、わからん




そして、岩崎夏海さんさんはもしドラのあと「甲子園けが高校野球はない」という本を出している。

意味が分からない。理解不能!理解不能!

俺は階段を登ったと思ったらいつのまにか降りていた。

200万部ベストセラーとかはてな1000ブクマとかそんなちゃちなものじゃねぇ。

もっと恐ろしい物を味わったぜ。



要するに私たちは浅田真央の文章を読もうとして岩崎夏海さんの内面を読まされている。

マネジメントに関する本を読もうとして岩崎夏海さんの読書記録を読まされている。

それならば、この岩崎さんの内面や思考法が果たして有用であるかどうかにかかっている。

そのことさえ理解していれば期待はずれでがっかりすることも腹がたつこともない。

2010-08-05

ユーモアのセンス抜群だなw

http://d.hatena.ne.jp/hiroyukiegami/20100805

17:50 こんなSNSがあるんか。。。怖すぎ。。。同じ寂しいをテーマにしているサイト管理人として遺憾だわ。 http://anond.hatelabo.jp/20100801021102

2010-07-31

首都大学東京は、本日教員懲戒処分等を行いましたので、下記のとおり公表します。

1 処分等の対象教員及び内容

(1)懲戒処分

所属

職名 氏名 年齢 性別 処分内容

システムデザイン学部

インダストリアルアートコース

准教授 久木元 拓 43 歳 男 諭旨解雇

(2)措置

所属

職名 年齢 性別 措置内容

システムデザイン学部

インダストリアルアートコース

准教授 46 歳 男 訓告

管理監督者であるシステムデザイン部長及びシステムデザイン学部インダストリア

ルアートコース長を厳重注意とした。

2 処分等事由

(1)【諭旨解雇

平成 22 年 6 月に、自らのゼミにおいて、先般退学処分とした学生卒業制作に関連し

作成した映像を視聴した際、その内容の不適切さを認識し、当該学生が企図したイン

ターネット上の動画サイトへの投稿については制止の指示をしたものの、製作継続

ついては容認するかのような発言を行うなど、その教育指導が不十分であった。

その結果、本学の社会的信用の著しい失墜など、重大な事態を招いた。

・今回の不適切な映像についての問題発覚後、上記の経緯と異なる虚偽の報告を行った。

(2)【訓告

・上記学生作成した別の映像(「募金」に関するもの)について、社会から誤解を招く

ような不用意なコメントインターネット上の簡易投稿サイトに掲載したことにより、

本学に対する非難を惹起し、本学の社会的信用を失墜させる一因となった。

3 処分等年月日

平成 22 年7月6日

教員懲戒処分等について

問い合わせ先

公立大学法人首都大学東京

経営企画広報担当

連絡先(直通 03-5320-7080)

平 成 2 2 年 7 月 6 日

公立大学法人首都大学東京

学長コメント

去る6月24日に、不適切な映像製作し、動画サイト投稿した本学シス

テムデザイン学部学生2名及び大学院生1名に対して、懲戒処分を行って以来、

引き続き、指導的な立場にある教員につきましても、徹底した調査を行い、本

件の詳細な把握に努めてまいりました。

これまでの学内における調査において、映像製作の過程での本学教員による

関与があったことが判明いたしました。誠に遺憾な事態であり、深く皆さまに

お詫び申し上げます。

調査の結果、当該学生が所属する研究室の指導教員につきましては、当該学

生が製作した不適切な映像を視聴した際、ネットへの投稿については制止の指

示をしたものの、製作を続けることを容認するかのような発言を行うなど、十

分な教育指導を行わなかったことが判明しました。大学としてはこの事態を厳

粛に受け止め、教員1名を諭旨解雇といたしました。

また別の教員1名については、不適切な映像への直接的な関与は認められま

せんでしたが、当該学生製作した別の映像(「募金」に関するもの)に対して、

簡易投稿サイト上で、不用意な発言を行い、結果的に本学に対する非難を惹起

し、本学の社会的信用を失墜させる一因となったことから、文書により訓告

行いました。

さらに、これらの所属教員に対する管理監督責任により、当該の学部長及び

コース長に対し、それぞれ厳重注意を行いました。

本学といたしましては、今回の事態を深く反省するとともに、今後、このよ

うなことを二度と引き起こさないよう、全学をあげて信頼回復に努めるため、

教育実施体制の検証を中心に、再発防止対策を策定、実施することといたしま

した。

まず、早急に取り組むべき課題といたしまして、システムデザイン学部イン

ダストリアルアートコースでの教育内容の検証及び改善を進めるため、同学部

長を中心とする再発防止対策委員会を設置いたしました。再発防止対策委員会

において、インダストリアルアートコースにおける教育研究に係る指導方針、

指導状況等を検証し、改善策の策定及び実施を図ってまいります。

また、関係教員担当している研究室につきましては、今回の事態が教育界、

社会一般に与えた影響の大きさを踏まえ、当分の間、研究室教育活動を自粛

し、その教育指導状況等につきまして、外部専門家の力もお借りしながら、徹

底的な精査を行う所存でございます。

さらに大学全体の取組といたしまして、学長を中心とし、副学長、学部長

で構成する対策会議を設置し、人権倫理重視の観点から、本学構成員全員に

対する人権倫理意識の向上、さらには学生への情報教育における情報倫理

徹底等を進めてまいります。

最後に、多くの皆さまに多大なご迷惑をおかけいたしましたことを、改めて

心よりお詫び申し上げます。

平成22年7月6日

首都大学東京学長

原島 文雄

平成22年7月6日

再発防止対策について

1 基本的考え方

今回の事態を踏まえ、再発防止の観点から、本学の教育内容の検証を行うとともに、教育・研

究活動における人権意識倫理観の確立及び良好な学修環境の確保を一層図る。

2 具体的内容

◆学部長をトップとする「再発防止対策委員会」を設置し、早急に以下の内容に取り組む。

インダストリアルアートコースにおける教育内容の検証

教育研究に係る指導方針、具体的な教育指導状況を検証した上で、必要な改善策を策定・

実施

・外部専門家を含む「(仮称)アート教育倫理委員会」を設置し、倫理上の観点から芸術教育

の内容を定期的かつ継続的に検証

・本件に関連する研究室のあり方の精査

芸術倫理教育に係るカリキュラム新設に向けた検討

学長を中心とし、副学長及び学部長等で構成する「(仮称)倫理意識向上等対策会議」を設置し、

人権倫理重視の観点から、全学の教育のあり方を検証し、以下の内容に取り組む。

学生教職員に対する人権倫理意識の向上

現在策定中の「ダイバーシティ施策行動計画」において、人権倫理教育に関する具体的

取組を明記

・全部局において、内部及び外部専門家による研修を定期的に実施

情報倫理に関する教育の徹底

情報教育情報リテラシー)におけるメディアリテラシー情報倫理に関する教育を徹底

学生生活全般に係る指導・支援を拡充するために、担当する副学長の機能強化

・役割分担の明確化や増設の検討

3 今後の対応

上記対策の取組結果等については、改めて報告書としてまとめ、23年3月末までに公表

システムデザイン学部に関するもの

2 全学に関するもの

2010-05-27

http://mainichi.jp/select/seiji/futenma/news/20100527k0000m040070000c.html

普天間移設:「あまりに許せない」 沖縄から激しい怒り

 「5月末決着」を声高に唱えた政府米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の移設問題は、日米共同声明に「辺野古」(同県名護市)を盛り込みながら、閣議で決める政府対処方針には「辺野古」を明記しない方向となった。連立政権の維持を優先したいがためにひねり出した苦肉の「二枚舌案」。沖縄からは激しい怒りと不信の声が上がっている。

 県内移設反対を掲げて当選した名護市稲嶺進市長市長選で支援した沖縄県議会の玉城義和副議長(名護市選出)は「首相辺野古と明言したことは全国の人が知っている話で、あまりに許せない対応だ」と憤る。そのうえで「現政権はその場しのぎの対応ばかり」と突き放した。

 辺野古で移設反対の座り込みを続けるヘリ基地反対協の安次富浩代表委員は「こんな小手先のやり方で県民をだませると思っているのか」と批判した。

 鳩山首相は23日に沖縄を訪れた際、仲井真弘多知事に移設先として「辺野古」と明言した。県知事公室の又吉進室長は「23日の首相言葉がすべてと受け取っており、すでに知事が『たいへん遺憾で極めて厳しい』という県の考えを述べている」と話し、県のスタンスは変わらないとの考えを示した。【井本義親、斎藤良太】

実際騙されてたじゃん。去年の衆院選の時に。周囲が無理だって何度言っても聞く耳持たなかったじゃん。

関連:http://anond.hatelabo.jp/20100526084505

2010-05-26

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2010/05/24/02.html

鳩山さんはなぜ平気でうそをつく?」

 鳩山由紀夫首相は23日、沖縄県を訪れ、米軍普天間飛行場宜野湾市)の移設先を名護市辺野古とする方針を県側に初めて表明した。仲井真弘多知事は「大変遺憾で極めて難しい」との認識を強調した。日米両政府は28日に合意文書を発表する方向だが、県側で反発が強まるのは確実。社民党福島瑞穂党首も反対を表明し、党内では政権離脱論も浮上した。

 首相は午前10時半ごろに県庁を訪問。知事と向き合って着席したが、ほとんど目を合わさず無言のまま。知事に発言を促されると、意を決したように紙を取り出し読み上げた。現行計画とほぼ同じ結論で「断腸の思いで下した。県外との言葉を守れず大変混乱を招き、心からおわびする」と陳謝した。会談は約20分で終了。4日の初訪問時には知事握手を交わしたが、今回はしなかった。

 その後、県北部12市町村長らと会談。名護市稲嶺進市長からは「鳩山政権が掲げる友愛政治を自ら否定するものだ」と詰め寄られた。会場の外には「沖縄差別許さん」などと書かれた紙や横断幕を掲げた市民約1000人(主催者発表)が集結。約1時間の会談終了後、首相の乗った車が猛スピードで通りすぎると「帰れ、帰れ」と怒号を浴びせた。

 初訪問時のような市民との対話集会はなく、首相が行く先々で激しい抗議が行われた。県警は初訪問時より多い約900人態勢で警戒。13年余り移設反対の座り込みを続ける嘉陽宗義さん(88)は「なぜ鳩山さんは平気でうそをつけるのか。だまされる方が悪いとでも言うのか」と声を荒らげた。

鳩山の空想に振り回された沖縄の人には同情するけどさ、でも今回に限って言えば、騙される側にも問題ありでしょ。

この人達って本気で県外・国外移設出来ると思ってたの?

あの鳩山がそんなに信頼できそうな人に見えたの?

もしそうだとしたら、ちょっと目が曇りすぎなんじゃないの?

2010-05-25

最近新聞記者DVD転売して逮捕された事件があったじゃん?

…って聞いても誰も知らないのでやっぱ情報統制されてんのかな


中日新聞:福井新聞記者逮捕 DVD複製、販売の疑い:福井発:日刊県民福井から(CHUNICHI Web)

市販のDVDを複製し、著作権者に無断でインターネットを通じて販売したとして、県警生活環境課と越前小浜両署は二十二日、著作権法違反の疑いで越前市室町福井新聞記者堀一尋(かずひろ)容疑者(36)を逮捕した。同課などは同日、福井市大和田町の福井新聞本社などを家宅捜索した。

 逮捕容疑では、二〇〇九年二~十月の間に、東京都内映像制作会社二社が制作、発売した脳科学研究者が解説するDVDCD計十五点をコピーし、無断でインターネットオークションで販売して著作権侵害したとされる。容疑を認めているという。

 同課によると、販売されたのは通常価格十三万九千六百~一万九千八百円の八商品で、同容疑者は県外の男性五人に一商品当たり九千~三千円で販売し、六万円を得ていた。

 映像制作会社二社が昨年八月と十月にそれぞれ著作権法違反容疑で告訴し、県警が捜査していた。

 同課などはこの日、福井新聞本社のほかに堀容疑者の自宅、昨年三月まで勤務していた小浜支社など関係先を捜索。自宅からはコピーされた五十数枚のDVDパソコン本社からはメモ類を押収した。

 堀容疑者小浜支社勤務の後、昨年四月に本社へ異動となり、文化生活部で勤務していた。

 同社の青山直弘総務局長は「逮捕されたことはまこと遺憾著作権保護について十分な知識を持つべ報道機関として重く受け止めている。事実関係を確認の上、厳正に対処する」とコメントした。


普通新聞関係で事件を起こすのってやれ販売員とかアルバイトじゃん

それが文化生活部て。記者て。

いっきり中枢じゃない


新聞社なんて普通コンプライアンスとか厳しそうなのになー

36歳かあ

そんなに金なかったのかなー


でまあここからが本題なんすけど

複製された方の脳科学者というのがあの苫米地英人


本人もブログで怒ってます

「なぜこの件が報道されないんだ」

ドクター苫米地ブログ − Dr. Hideto Tomabechi Official Weblog : 私のDVD不正コピー販売者が逮捕された


この記者さんは苫米地信者だったわけね


で、気になるDVDのお値段ですが


先行予約された方のみ通常価格128,000円 の10%引きにて

限定500名様に限りご提供致します。

なんといまなら驚きの115,200円で提供して頂けるんですってよ奥さま。

さらに、

先着200名様には苫米地英人博士を囲むパーティー無料でご招待いたします。

こういうのを買っちゃう人がいるのね

そしてそういう人が記者をやってる時代なのね

2010-05-24

http://www.asahi.com/politics/update/0523/TKY201005230078.html

首相辺野古付近」「ヘリ部隊切り離し断念」沖縄知事

 鳩山由紀夫首相は23日、仲井真弘多(なかいま・ひろかず)・沖縄県知事県庁で会談し、米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の移設問題について、名護市辺野古周辺の海域に代替滑走路を建設する考えを初めて表明した。さらに「『できる限り県外』という言葉を守れなかったことを、心からおわび申し上げたい」と陳謝した。

 仲井真知事は「大変遺憾で、極めて厳しい」と述べ、辺野古への移設は困難という考えを示した。社民党も強く反発。地元、連立与党米国が合意できる移設先を5月末に決めるという首相約束は守れないことが明確になり、首相政治責任が厳しく問われる事態となった。

 日米両政府は「辺野古周辺」を移設先として明記する両国の外務・防衛担当相(2プラス2)による共同声明を月内に発表する方針だ。その場合社民党連立政権からの離脱に踏み切るかどうかが政権運営の焦点となる。

結局は元鞘。

おまけに「最低でも県外」を「出来るだけ県外」と言い換えて、自分の発言すら「無かったこと」にしてしまった。これだけ人(特に宜野湾市民や辺野古住民)をバカにした発言も無いだろう。

国外移設だの県外移設だの唱えてる奴らがどれだけ非現実的な空想や妄想に取り憑かれたバカ揃いなのかを実証する事が出来ただけでも、この8ヶ月は無駄ではなかったと思いたい。





それでも鳩山の支持を辞める気が無いアンポンタンが居たら何かコメントしてくれ。

- 転職ならen
- 派遣ならen
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