はてなキーワード: 運動神経とは
あとこんなのを読んでみてはどうか。
そうしたら、この見事な出来栄えのシチューを食べて貰えるのに。
映画も一緒に見られるのに。
帰りによくいくバーで一杯一緒に引っ掛けられるのに。
壊れた物もああだこうだ言いながら一緒に直せるのに。
寒い時もくっついて動いてりゃ暖かくなるのに。
いつでもあの足が見てられるのに。触れるのに。
ちょっとぼーっとしててもすぐにあの声が聞こえるのに。
頬を触ってニコニコしてる所を軽くツネって困ってるの見て謝るのに。
そうすると今度は鼻を摘んでくるから、お互いの顔を摘みあう合戦になるのに。
仕事が二人とも遅くなるから、帰ってきたらお疲れ様って言って何も考えずに布団に横になるのに。
朝起きて、二人でかわりばんこに運転して、隣の島に行ってご飯を食べてきたりとか、
カメラ持って無言でお互い完全無視で写真を撮りあったりとか。撮った写真で張り合ったりとか。
頬は摘みやすいほうで、鼻は高い方で、運動神経はそっちね。とかね。
親に挨拶する時はどうすればいいかとかね。そのうち親の介護はどうしようかとかね。
なんであの日ああ言っちゃったんだろう。
4年も付き合ってたのに1年もかけて傷つけあったんだろ。
39度の風邪まで引いてるのに別れをいいに新幹線に乗ったんだろ。
着いた先で別れ話しながらダウンして看病されて本当バカ。
氷嚢まで買ってくれてありがとう
うれしかったです。
でももう別れるべきだと思いました。
もう傷つくのが嫌だった。
もう二度と連絡するなと言った言葉を守り続けてくれてどうもありがとう。
君の事は今でも好きです。どんなに形が変わっても。
やっと誰にも靡けない理由が解けました。
結婚すると聞きました。
おめでとう。この言葉はきっと届かないしこんな所を今夜見てるはずも無いけれど。
幸せになってください。
昔そんな事を書いてた音楽の深い素養があるカタカナサヨクの経済学者もいたが、あの人はリアルでケンカした事なんか無いだろうw
忍者の子孫の俳優の柳生博さんが、父親にケンカする時は、相手の弁慶の泣き所を狙えと小学生時に教えたそうだが、教えられてもないのに、そこを狙っていた。
思えば、体育は男女混合だが、何かの測定や競技の時は、相手が女子だったからではないか?と。私はどうも女相手の、本気の勝負みたいな事ができない、またはできにくい傾向があるように思う。運動神経無いはずなのに、授業でやったソフトボールでは、二打席ニ安打十割十分十厘を誇っていたw 二打席しかやってないからこその成績だけど、運動神経ないはずなのに、いきなり打って打てるものなのだろうか?と不思議に思う。
こういうの、当たり前だがその時は気付いていなかった。高校生の時に女の友達で、女の子は甘えさせてあげなくてはいけないみたいな気になるとか、気を遣ってしまうとか言ってた子がいて、「あんたみたいな子は、ええんやけどな」と言われた。どういう意味なんだろう?とか、甘えさせてあげなければとか、自分はそこまで考えた事はないなあと思ったが、よく考えてみれば自分もあるかもしれないと気付いた。それが上記のことだった。
ということ
昨日の「Togetterかわいい彼女を作る方法」とか今日の「非コミュに足りない10のスキル」みたいな話を読んで「そんなの無茶だー」とか「だったら俺はいいわー」とかはてブでコメントしている人が散見されるけど、まあ冗談半分で書いてるのかもしれないけど、そうじゃなくてもし本当に「世の中そういう仕組みになっているのか…そんなの嫌だー! うわー」と思っている人がいたら、そんなことないよと言いたい。
少なくとも俺はそうではないやり方というのを知っている。
件の話を書き込んでいる人にとってはそれが真実なんだろうけど、それはその人の経験した範囲での話でしかなくて、まあ「うれしいが貯まると恋に落ちるんだよ」みたいなのはものの捉え方の一例でしかないわけで、村上春樹が言うところの「便宜上世界がコーヒーカップだと考えても何の支障もない」(だっけ?)みたいな話だ。
だからそれが都合よければその考え方を採用してもいいし、「なんか気色悪い発想だな、それ」と思った人(俺だ)は、全然別の発想をしてもいい。
俺の経験から言うと恋愛にはタイミングが大事だと思う。オタクに恋愛の苦手な人が多いのは、要は運動神経が鈍くてタイミングが掴めないからだ。押すタイミング、引くタイミング、誘うタイミングに告白するタイミング。間合い、とか、呼吸、とか言ってもいい。だからまあ運動とかしたらいいと思う。すごいてきとうだけど。
「非コミュにたりないスキル」についても俺ははっきりと真に受けない方がいいと言い切れるし(生まれてこのかたお歳暮を送ったことはないが友達もいるし仕事も上手くいくし恋愛も絶好調だ)、とりあえずそんなスキルはその話を書いた奴がそう主張しているだけなのだからほっといていいと思うよ。ちょっとした情報をメールする? いやー普通にうざいととられる可能性は高いと思うよー。まあその辺は距離感なんだろうけどそれが上手けりゃ非コミュにならんのでは。10個のうちの1個がそれって変だな。多分この人は周囲からちょっと浮いてる気がする。それはともかく非コミュに足りないスキルは、ネットに書いてあるたわごとをスルーするスキルだ。もっと実践(自分の経験)によって人生の指針を定めた方がいい。これは結構、正鵠を射ているのではないか。
英語が必要とされる職場に、TOEICの点数が低いイケメンと、点数が高いブサメンが応募したとする。
そこで点数が低いイケメンが採用されたとなれば、これは不当な容姿差別だろう。
業務に必要とされる技能をより高いレベルで持っている、ブサメンの方を採るのが正当だと思う。
美形は広報担当や求人用写真のモデルなど、容姿を必要とする他の仕事にも使えるから、企業側のメリットが大きいのだ。
これは差別なんだろうか?
でも男女が逆だったら?スキルが同等の美女とブスが応募してきたとして、自分が採用担当者だったらどちらを採る?
当然のように美女を採ると思う。
どうかすると「美形の方が採用後も使い道が広くて社にとって有用だから」なんていう理由すらなく、
「やっぱカワイイ子のほうがいいよねー」なんていう私的な理由で採る低能も居るだろう。
自分は容姿が悪いが容姿の良い相手と結ばれたい場合、そのギャップを他の多くの要素で埋め合わせるしかない。
たとえば性格が良くて相手を癒せるとか、歌が上手い等のスキルで格好良く見せることができるとか、
仕事や勉強やスポーツで尊敬を集められるとか、金持ちだから相手にリッチな体験をさせてやれるとか。
そういった埋め合わせの方法を持たないただの不細工は、そのままただの不細工でしかない。
何の魅力もないただの不細工が、容姿の良い相手に片思いしても、たいていは笑いもので終わる。
それを「俺が恋愛できないのは容姿差別だ!」とわめくのはあまりにも見苦しい。
見た目だけでなく心までクリーチャーだと思う。
「配られたカードで勝負するしかないのさ」というスヌーピーの名言があるらしい。
(家が金持ちで、家族関係も良好で、運動神経抜群、美形、健康、成績がよい、話が上手い)と、
(家が貧乏で、DV離婚虐待など生育環境最悪な上、運痴、不細工、持病・障害有り、成績が悪い、コミュ障)が居る。
あまりにも良いカードばかりの人間は、余裕で勝ちすぎてゲーム自体がつまらないだろう。
状況判断によって勝つか負けるかが変わってくる、良いカードも悪いカードもいいバランスで振られている「普通」の人間が、
悪いカードを振られていても勝てる人間というのは、短所を長所で補って勝っているのであって、
(たとえば努力の才能があるとか、精神力が強いとか、多少無茶しても大丈夫なだけの健康があるなど。これらのカードは一枚だけでも強い。)
本当に長所がひとつもない人生には、悲惨な敗北しか待ち受けていないと思う。
クソカードの人に衣食住の保障をするのは、憲法に定められた社会の義務かもしれないけど、
彼らの性欲や恋愛への欲求、承認欲求を社会が満たしてやる義務はまったくないと思う。
というかそういうものは社会が仕組みを整備することで満たせるものじゃないし、
クソカードの人がどれだけ社会に当り散らしたところで、その手の欲求は死ぬまで満たされないと思う。
全部クソカードに思えていたけど、良いカードを一枚だけ発見した、それを生かして頑張ろうとか思える人は、変わるんだろうけど。
たいていは一生ダメだと思う。
・成績がいい
・寡黙
・眼鏡
・インドア
・痩せ型
・理系
・繊細な文学作品を好む
・クラシックを聴く
・ピアノが弾ける
・色白で肌がきれい
・私服も襟付き
っていう男子が居るんだけど
エロ本とか持ってたら嫌だなあ
データとして持ってるだけでも嫌だなあ
実写でも二次元でも嫌だなあ
興味持ってても嫌だなあ
本当に格好良くてマジで好きだったんだけど
話しながら歩いているときに3cmぐらいの段差でつまづいて
転びそうになって「おっふ」みたいな変な声をあげた
たったそれだけで激烈に冷めてしまって心底悲しくなったのを思い出す
小5の頃の好きな人は運動神経を理想化しすぎてドンくさい姿が受け入れられなくて
知能はみな本来一緒なのだから言っているけど、
知能をこそ全てって言いぷり感じがするね。
運がつよいって事でもいいじゃないの?
コレヲヨンダホウガイイ
女は男と体の作りが全然違うし
男と女がまったく同じ人生を送ろうとしたら逆に歪みが出てくるに決まってる
別の生き物なんだから
原始時代ってジェンダーってものが全く無かったと思うんだよね
アマゾネスからカラハリ狩猟採集民みたいなのまでいろいろいる中で
科学技術を発展させて先進工業国を築き上げた欧米人たちってどんな人?
こんな人たち
http://gigazine.net/news/20100609_misogyny_ad/
もちろん今はマシになってますが、
男が仕事で女が家庭、男尊女卑っていうのが人類にとってハイパフォーマンスな社会形態なのです。
女が狩りに出て男が家庭の事をやっちゃうと文明の発展がジャングル住まいの部族水準で止まっちゃう。
出生率は下がるわアファーマティブアクションで馬鹿女を職場に放り込まれるわでもうウンザリ。
「会社に尽くして、いいことあるの?」
http://news.www.infoseek.co.jp/society/story/12gendainet000132608/
だったら家に引きこもってろよ・・・
悪口は言わず誰に対してもにこやかに笑って「遊ぼうよ」という子だったそうです。
女の子とも遊んでいましたがスカートめくりといったイタズラとは無縁にすごしていました。
とても感受性豊かでいろんな事に感動するのか、すぐ泣く泣き虫でした。
どうやらクラスのリーダー格の子に気に入られなかったんでしょう。
靴は隠されました。
「放課後oo公園集合な」と言われていくとそこには誰もいませんでした。
2時間くらい待っていたら遠くから遊ぶはずだった友達が見ていました。
いじめ、というものを経験するとぼくの何かが変わったようでした。
転校先ではうまく馴染めました。
このころもまだ、男の子とも女の子とも分け隔てなく遊んでいました。
その先ではあまり友達ができませんでした。
もうすでにグループができている学校で「転校生いじめ」を受けました。
無視、教科書がなくなる、机に落書き等、典型的なものは受けました。
だから家でピアノを弾き、一人でリフティングをし、趣味としてギターをはじめました。
それもいじめの対象になったのかもしれません。
特に歴史(日本史)が大好きで、ずっと資料集を読んでいました。
身長は高くなかったのですがなぜか運動神経はよかったようでした。
ぼくはたまたま持っていてその子もたまたま持っていただけでした。
「好き」ってなんだろう。そう考えるようになりました。
ぼくもその時は思春期で、AVやエロ本を読んでいてそこで間違った知識を得ていました。
その本には『「好き」な人としかエッチはしない』と書いてあったのです。
今思えばなんて馬鹿げていたのでしょうか。
ぼくはその子の顔が好きなわけでも性格が好きなわけでもなかったのです。
ただ、その子の中1にしてはちょっと成長した身体を好きになっていたんだと思います。
コンドームを先輩にもらい家にその子を呼びなんなく童貞を捨てました。
これがよくなかったのでしょう。ぼくはエッチにハマってしまったのです。
その子に特別な感情が湧くことはなく、思春期のそのエネルギーをただただその子にぶつけていただけでした。
キスはしました。キスが特別なものであるという感覚もありませんでした。
ただ、目をつぶってしまえば同じ。そう考えていたのだと思います。
その子と別れたのは中3の夏です。
その頃はもう親公認の仲になっていましたがふとしたことで喧嘩しました。
ただ、「本当にわたしのこと「好き」なの?」と言われたので「今はどっちでもいい」
正直な話、もうその子に「エッチしたい」と積極的には思わなくなっていたのです。
エッチはオナニーと違って、相手も楽しませなければいけないものです。
それがおっくうになっていたんだと思います。
だからもう積極的に「きみが「好き」だよ」とは言えなかったのです。
ぼくはこの子と付き合うことにしました。ぽっちゃりしている中2の子でした。
高校生になると髪も染めれるようになりました。でもそれより大きかったのは
顔がちょっとかっこよくなったことです。「イケメン」と言われるようになりました。
そして高校では「好き」だと思った子に積極的に告白することにしました。
どうしても二番目にいた小学校のあったところの高校に行きたいと親に頼みました
そこまでは越境なので転校が必要でした。
親の仕事で今の場所に住んでいたので結果は
一人暮らしをする
1年生の時に4人に告白しました。そのうち3人がOKしてくれました。
その3人ともとエッチをしました。そして3人とも別れた後も関係が続きました。
2年生の時に学年で一番可愛い子に告白したら何とOKもらいました。
それでその子とは長く続きましたが、さすがに1年付き合うと「好き」じゃなくなってきました。
その時に当時はまだ単なる出会い系だったモバゲーを使ってみました。
そこである子と出会いました。それは幼稚園のときに一緒によく遊んでいた子でした。
その子とメールをして10年ぶりくらいに会うととても可愛くなっていました。
この時すでにその子を「好き」になっていました。家においでよと誘うとついてきました。
このときぼくは初めて、その日のうちに女の子とエッチしました。
3年生になり受験勉強を一生懸命やりました。学年で1番可愛い子とも付き合ったままで
一緒の塾にかよって、帰りにぼくの家で復習をするという毎日でした。
けっか、ぼくは第二志望の私立大学に、彼女は第一志望の国立大学にいくことになりました。
もう「好き」ではなくなっていてちょうどいい機会なのでわかれました。
ぼくはその名前は知っていましたが具体的にどんなことをするとことろなのか知りませんでした。
そこで驚愕しました。お金を払えば「エッチができる」つまり「好きになる」のでした。
ぼくは困り果てました。今までの「好き」の概念がぶっこわれてしまったのです。
ぼくはこのときまで「好き」は「エッチしたい」と同じだと思っていました。
でも、世間のみんなは「好き」を違う意味で考えていたようでした
だから、食事がのどを通らないほど「好き」、とか、「好き」すぎて胸が苦しいとか
「好き」なくせに告白しないなんて頭腐ってるんじゃねぇの、とか思っていたのです。
「好き」って何なんだろうと考えるようになりましたがこたえはでませんでした。
女の人をみて「エッチしたいな」と思う人はいてもそれ以外の意味で惹かれる人はいませんでした。
どの子も頭が弱く中身はからっぽで「エッチしたい」とは思ってもそれ以外の目的では会話もしたくありませんでした。
「愛している」とか「好き」とかの言葉は道具として使っていました。
そうぼくがいえば女の子は安心したりよろこんだり「エッチさせて」くれたりするということを知っていたからです。
サークルに入ったら逆に、お持ち帰りしたことを誇っている頭悪そうな男ばっかりでした。
経験人数の多さがステータスとか童貞喪失年齢が低ければいいとかエッチした回数がステータスとか。
残念ながら、ぼくより早く童貞を捨てた男もエッチした回数が多い男もいませんでした。
「ねぇ、「好き」って何かな?」そうぼくは友達に聞いてみました。
だれも正解を教えてくれませんでした。
http://anond.hatelabo.jp/20101122004732
なんだーみんな「カノジョ=エッチする相手」って考えているんだって納得はしました。
しかし
思春期に燃え上がるようにあった性欲のことを「恋」だと思っていました。
だから「「恋」しちゃったんだー多分ー気づいてなーいでしょー」という歌の意味もわかりませんでした。
純愛もわかりません。
「恋」や「好き」が目に見えるものなら良かったのに。
多分ぼくは幼いころにいじめにあって、この部分の気持ちをなくしてしまったんでしょう。
何が正しいのかなんて分かりません。
「好き」ってなんなんでしょうか。「恋」ってなんなんでしょうか。
そしてそれらは性欲と切り離して考えることができるものなのでしょうか。
逆にコミュニケーションが下手くそで運動神経も悪い奴とのセックスは最悪。
こっちが「どうして欲しい?」って聞いても恥ずかしいんだかなんだか知らないが口をもごもご動かすだけ。やりはじめても反応が変わらないのでどこがいいのか分からない。わずかな反応を手がかりに試行錯誤しつつ感覚を聞いても喘いでるだけで返事しない。てめーだけ気持ちよくなってんじゃねーぞコラ。
気持ちよくなってきたのかツメ立てまくりで抱きついてくる。マジで痛い。ちょっとでいいから俺のことも考えろ。俺はお前が痛くないようにわざわざ深爪にしてあるというのに。あんまり痛いんで手を取って顔の横で押さえると今度は顔を背ける。顔が見えるのが恥ずかしいらしい。なんなの?素っ裸でやってんのにいまさら恥ずかしがる必要あるの?意味わかんない。
しかもよせばいいのに上になるとか言って乗っかってくる。案の定うまく動けない。動き方を教えると一応動けるようになるけど暫くすると動けなくなる。「動き方わかんなくなった」とかなんとか。バカか。
俺は元増田だ。
自覚がないのかも知れないけれど、怒るようなことを言ったり、したから。突然じゃなくて予兆はあるはずだけど、感知していないんだろうね
いま考えてみれば、予兆はあった。ふたりでマックから出るときに、ものすごい握力で手を握られたのだ。とても痛かった。
そのときは、「運動神経はないくせに握力はすごいなあ」としか思わなかった。
あれが予兆だったのか。不覚。
言いたくないから。伝える必要がないから?認めたくなかったり、どこか後ろめたかったりするのかな
「俺のこと好きなの?」と聞いたたときに、「うん、どっちなんだろうね?」などという回答はやめて欲しい。
たしかに、期待というのはそのようなものだと思う。証拠は何も残らないから、期待したやつが悪い。
あいての期待をうまく操る戦略を立てられることが、コミュニケーション能力の高さ(の一部)だ。
あの女の得るものは、「男のぬくもり」というか、やさしくて話を聞いてくれる男友達だろう。
しかし残念なことに、俺はぬいぐるみにはなれなかった。
遊女はくちびるを許さなかったなんて話があるくらい、大事なことだから。胸を揉ませてくれたなら、生理的に嫌ってことはないんだろう
遊女って本当にそうだったのか? 都市伝説かと思っていた。あるいは時代小説での作り話とか。
俺が知りたいのは、江戸時代の遊女のことではなく、現代の女のことだ。
生理的に嫌われていたとは考えていない。
だが、見込みがないなら「胸さわりたい? いいよ、さわっても」などというのはやめて欲しい。
もう同じじゃない人と付き合いたくない。
本当に長くなればなるほど絶望の渦に巻き込まれるから。
例えばシーズンが切れたら服なんて流行遅れで着なくなってしまうモノだから
そんなに高いモノを買わなくたっていいと思う。
でも敢えてシーズンとか時代とかから外れきった、体にも合ってない安い服を着るのは許せない。
お金がないなら全身ユニクロで全然構わない。だから最低限の出資と見立てはして下さい。全身8千円以内でコーディネイトでいいから。
例えば髪だって少なくたって構わない。ハゲとかボールドとか言い出す人もいるかもしれない
それは年齢重ねた証じゃないか。胸を張ればいいと思う。
ただ、抜けるのが怖いからとかで清潔にしないのはどうなの。
シャンプーと水道代はケチると後で皮膚科の世話になる位荒れる人だって居るんだ。洗って下さい。
例えば食べるモノだって安くたって構わない。でもどう考えても材料費を物凄くケチったような安い店に入っていって、
店の中で不味いというのは辞めて下さい。不味いのに気付かないで美味しいとか言われると更に不安になります。
そして記念日に高い店に入ったら値段対サービスが合わないからってイライラしないで。貴方も店にそぐわない振る舞いしてるの。
だったら一緒に最低の価格よりも少し財布が痛む程度のレベルの食材と酒を買って一緒に調理しようじゃないか。
例えば専門バカでも構わない。貴方が今生きる為の糧を稼ぐために重ねてきた知識じゃないか。
胸を張って専門を晒すがいいと思う。その内貴方の右に出るものはいなくなる筈。
でもね、せめて中学あたりで習う知識は忘れないでくれ。常識レベルの知識は保持して。戦国武将は大化の改新よりずっと後。
専門の事は知らなくても恥を掻かないけど、そこは抑えておかないと一緒にいる人も恥ずかしいです。
将来子供に説明出来なかったり、子供自身が同じように見られるかと思うと心配です。
例えばスポーツに後ろ向きでもいい。元々運動神経がいいのはよく知ってる。
貴方は結構なんでもこなせます。テニスもスキーもサッカーも水泳もこなせます。正直羨ましいです。
私より後に始めたボードも初日から普通に滑ってジャンプも決めてましたね。アホかと。
でもね。同じ筋肉組成ではないので私は運動してないと太らなくても動けなくなるの。一人でも頑張ってるけど無理なの。付き合え。って
そう。セックス。はっきり言って満足はしてます。でも貴方は供給過多。いえ、過剰。
私も貴方も残業月50越えは当然酷いときは150~200ですものね。ええ、ストレスが溜まってるのもわかります。
でもね、二人で合ってるからって疲れてる時は疲れてる。人が寝てるのにごそごそと動いて勝手に始めようとするのは
強姦行為に値します。デートレイプだばかやろう。もげてしまえ。タコ。こっちは眠いんだ。寝かせろ。
どうしてただ温度感じる程度に抱き合ってるだけじゃダメなんですか。脳の神経が異常をきたしてるんですかああ納得。
外の文化に触れる事に後ろ向きにならないで。旅行に出かける事にすら拒まないで。
日本にも見てない所が沢山あるじゃないとか言う割に旅行の計画を立てると仕事だなんだと大変後ろ向きですよね。
私実は海外旅行とか好きなんですよ。ええ、あまり行った事無いけどあの全くレンジの違う価値観に囲まれる瞬間好き。
あの文化的差異の中で普段気にもしなかったような事が見えるような現実逃避が好きなんです。
長くいたらそこにはそこの人達の生活もあるのは重々承知だけど、そういうのに憧れるんです。どうしてそこまで背を向けるのか。
じゃあもういいです。一人で行きます。だからその一人になる時間を下さい。
こういう理由で結婚直前までこぎ着けた相手と別れました。
今までに2度。
ちなみに両方とも仕事上の理由で別れた後に海外出張で飛ばされて散々こちらが言ってた意味が分かった、楽しいな。
とか言ってきました。あほか。もげてしまえ。
そんなちっちゃな事を気にしてた昔を思い出しました。
結婚間の時点で随分色々瞑っていたなああ。結婚したら瞑る所なくなるんじゃないかて程迄に。