はてなキーワード: 遊具とは
いろいろみても悩む・・
でも持っていない子もいる。
でも持っていない子もいる。
友達が持ってれば興味津々。
でも、友達(一人に限らず)が遊びにきてる時に
うちのコにかしてくれたことはない。
うちは下に年中がおる。
これも興味津々。
のぞいたりつい手が出たりする。
(上もだけど)
でもやっぱり貸してもらえず
ぶちぎれされてぼろくそ言われてる・・
私としては・・
単純に・・
貸すわけでも一緒にプレイするわけでもなく
うちがもってないので通信するわけでもなく
怒るのならば
旦那さんはその様子を聞いて
「それでも一緒に遊んでる事になるんじゃないの?」とのほほん
「そうだよね・・」と引き下がり
終わるのをずっとそばで何もせずに待っていたり
しびれを切らせて
「一緒にベイブレードしようよ!」と誘っても
見るに見かねて「ちょっと休憩しようよ!○○くんが持ってきてくれたおやつたべよ」と
声かけて
無言で飲み食い・・
とか
やっぱり・・なんできたの?としかー
いまどきはそういうものだろうか・・
相手の親にも何かの流れで「うちにはDSなくて~」と
話してあるのに持たせてくるし
遊んでて実際「ゲームやりたいから帰る」と会ってすぐ帰ることも
ゲームが悪いとかじゃなく
一緒に遊べる!と期待して
ゲームばかりされると・・
じっと待ってる子供がかわいそうに見えちゃう
でも旦那さんは「かわいそうじゃないよ~楽しんでるよきっと」って言うんだけど
それ理解できない・・
旦那さんいわく
私の方だし
もっといえば子供が起きてる間でも「ゲームしてぇ」って時あるし
やってないだけで
かわいそすぎてゲームを与えたくなる時あるけど
あげたらずっとやりそうで不安だし・・
ずっとやると私が楽なんで私がなにもしなくなりそうなのが不安ってゆう意味で・・
いざ「今一番欲しいものは?」って聞くと「なんとかスイッチ(ライダーの?)かブーブ(車のおもちゃ?)」
っていうし、なんかすごくDSが欲しいわけでもないのかなぁとか。
ビーゴ(ちゃれんじも)やってるからゲームあげたらそっちやらなくなりそうって
なんかイライラして「こっちもかったるわー」と子供に買い与えたくなる時もあるし・・
もしゲーム与えたらうちとしては「一日何時間」にあまり意味はないと思ってて
(眼精疲労とかドライアイとか、やからちょっと休憩しろよとは思うけど)
やることやったらどんだけやってもええとか思ってて
ただあんまり遅くまで起きてて朝起きれないなら
それはあかんやろーできないなら寝ろやってなって
じゃー休日で学校とかなければ夜までやっててええんかい言われたら
ええんちゃうの?って言いそうでこわいとか・・・
平日も子供が友だちと遊びたいと飛び出していくより
家でDSやっててくれた方がハラハラドキドキしなくてすむし・・
行き場のない子供たちが
さほど接点もないのに
そういう子達に外で出会って絡まれて
連れてくる事もなかろうにと
でもなんか親の責任放棄しそうで
なんかいいのかなぁとか。
テレビももっとつけててええよ(つーかちょっと今○○やってるから(ご飯作ってるとか風呂掃除してるとか)みててくれ)
思っても突然「もういい」て消したりするからな・・
親がこれみたいねん!って、もう今日はテレビ見ながら限界まで起きてていつの間にか寝ちゃったね☆パターンでいってくれ
ゆう時でも「もう見なーい」ゆうたり
与えたところで
思ったよりゲームにはまってくれない気もする・・
与えたら「上手くなって欲しい!」とか「続編(?)出たから欲しい!」とか
親の方があつくなりそうだし
そもそもDSもってない子と遊ぶときにDS持ってくるってどうなの
公園でやったりするけど
公園でやるなら遊具で遊びたい子の邪魔やからじぶん家でやればええやないの・・
もし「家でやらないで外で遊びな」と出されてるとしたら
約束破ってることになるし
とにかくいらいらしちゃう
「なんでDSやってちゃいけないの?」って聞かれたりするけど
(持ってきた子に)
「きたねぇ手でさわんなよ!きもちわりーなそばによんなよ!」
逆に「ゲームやめて遊んだら」ってなぜ思っちゃ不思議よ?と思うんだけど
友達トラブルが嫌で小学校入学後に習い事が増えると聞いたこともあるし
なるほどなとも思うし
実際そういううちも多いけど・・
うちは平日の習い事嫌がるしな・・
とにかく友達と遊びたいわけで・・
やっぱりまだ与えない方がいいのかなぁと思ったりの繰り返しで
悩む悩む悩む
ソフトかせとか買えとかそういう問題も出てきそうな不安もよぎるなぁ
えんどれす
イルカの仲間では最大であり体の形はイルカそっくり。お腹は黒く目だけ白いその姿はパンダを連想させる
こんなシャチだからプールではシャチフロートも大人気。(フロート…空気を入れてプールなどに浮かべる遊具)
鴨川シーワールドではシャチショーが大人気。世界中の海に生息します。
しかしシャチは英語でキラーホエール。殺し屋クジラと呼ばれる。
イカやイワシなどの魚はもちろんペンギン,カモメまで食べます。
さらにアザラシ,イルカ,ホッキョクグマまで食べるらしい。その気になればシロナガスクジラやホオジロザメ(いわゆる人食いザメ。ジョーズ)までも食べる。
体長は7~8メートル。体重はおよそ5~6トン。この大きさに鋭い牙を持つ。
知能も高く氷の下からの奇襲・群れでの協力・挟み撃ちなど、高度な狩りの技術を持つらしいですよ。
海岸のアシカくらいなら海から体を出して食べてしまうようです。
これは海の最強生物と言ってもいいのでは。
海では敵なし状態にも関わらず奇抜な体のデザインとシャチショーで子どもたちの心を掴んでいるとはしたたかすぎる。
ホオジロザメと互角かそれ以上に強いにも関わらず頭がいいため人間は襲わずイメージよし。
地球上の7割は海であり海洋生態系の頂点に位置するシャチ。さらに知能も高い。
もしかしたら人類より先に文明を獲得したのはシャチだったかもしれない。海洋シャチ文明。
いや既に文明は芽生えているのかもしれない。海の中までは人間の目も行き届かない。
着々と人類の地球支配をひっくり返そうと根回しをしている段階かもしれませんね。
一歩間違えたらシャチと人類の全面戦争も起こりそうなレベルですよ。
こんな記事を書いてシャチageをしている余裕なんてないかも。なんとか海洋シャチ文明と人類との友好的交流はできないものか。
この記事のほとんどの情報はウィキペディアのシャチの記事からのものです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%81
いろいろ調べる内にシャチの魅力に引きつけられてしまいました。
メメさんが死んだ。
正確には、半年前にもう死んでいるんじゃないか、って分かってて
丁度物置が老朽化して、新しいのに入れ直す作業をしていたトキさんの息子さんが見つけたらしい。
誰も異臭に気が付かなかった。
息子さんいわく
「猫は最後まで飼い主に迷惑をかけないんだよ」
と言った。
メメさんは、肩からせ中にかけて灰色の細長い模様がある、白い猫だ。
息子さんはトキさんを「飼い主」と呼んだが、正確にはメメさんはトキさんの飼い猫ではない。
片目を何時も半開きにして、目やにを出しているから、
「おメメちゃん」と呼ばれていた。
そこに置かれた餌を食べはしたが、誰にも懐かなかった。
トキさんは猫達を「飼って」いたわけではないらしい。
猫たちが集まっても、何も言わずに縁側でよく手仕事をしていた。
猫たちの多くは、他の人から餌をもらっていた。
中には、本当は他の家の飼い猫である、なんてのも居た。
猫たちはトキさんの膝や、隣や、ささやかな庭にごろごろ転がって
時々喧嘩もしていたが、大した騒動にはならなかった。
メメさんがトキさんの家に顔を出すようになったのは、しばらく後だった。
トキさんの隣の家の車の下で、トキさんの家に集まる猫を見ていることが多かった。
トキさんの家に集まる猫たちは、メメさんを気にしつつも、目を合わせないようにしていて
猫たちの間に流れる妙な緊張感を、周囲の人はなんとはなしに見守っていた。
トキさんの家に嫌がらせがあったと聞いたのは、丁度その頃だった。
それは猫嫌いの人が除草剤を撒いたのだと言う噂が立った。
同じ頃、公園の反対側にあった小さな工場が廃業して、ひとかたまりの建売住宅が建った。
そこに越してきた人の中で野良猫の保護活動をしている、という人が居て
集まってくる猫をちゃんと屋内で飼うか、そうでなければ避妊手術をするべきだ、と言いに行った、と聞いた。
トキさんは「そうはいっても、これは私の物じゃないからねえ…」と笑っていた。
新興住宅の婦人は、保護活動で地域では結構有名な人だったらしく、
野良猫の保護・避妊手術のカンパなどの活動の話が町内で何度かされた。
その話は、1,2年くらいでぷっつり聞かなくなった。
それと同時に、ちらほらと見た野良猫の姿も、消えた。
隣の車の下からトキさんを見ていたメメさんは、トキさんの座る縁側で眠るまでになっていた。
メメさんは相変わらず片目が半開きだったけれど、もう目やにはない、綺麗な顔だった。
トキさんの孫に当たる娘さんで、よくトキさんはお孫さんは頭が良いから、大学に受かった、と嬉しそうに話していた。
もうお孫さんはずっと前に結婚している年齢なのに、トキさんにとって孫が大学まで行った事は今でも一大事件のようだ。
お孫さんも、トキさんの家に集まる猫が好きで、良く縁側でなでていた。
けれど、メメさんはお孫さんがくると、隣の車の下にそっと逃げてしまっていた。
生めないと言ったのよ、とトキさんが話してくれた。
「子供なんて、生むが易し、っていうのにねぇ」とトキさんは寂しそうに言った。
第一預かってくれる所もないから、無理だ、という理由らしい。
「昔は子供なんて、誰彼が見ていてくれたのにね。」
自分がお孫さんの力になれないのが残念なようにつぶやいた。
昔は、一日中賑やかだったのにね」
昔メメさんが居た公園から、遊具が撤去されたのはもう随分前の話だった。
最初は遊具から落ちた子供が怪我をしたとかで、昔からあった幾つかがなくなり、
次には子供の声がうるさいと苦情が出て、残った遊具も休憩所みたいな物に変わってしまった。
今では、お年寄りや犬の散歩の人が寄るくらいで子供は滅多にいない。
時折居ても、何やらゲームをしているらしく、うんともすんとも言わず、数人で俯いている。
「猫も随分減ったしね…猫だって、昔は誰彼が面倒見てたのにね」
トキさんの言葉に、メメさんはしらんぷりをしていたが、片耳だけが少し動いた。
半年前、メメさんの姿がなくなり、縁側にトキさんしか居なくなった時、
その時に、私たちがメメさんを最初「おメメちゃん」と呼んでいた事を言うと、
トキさんはそれを知らなかったのだと言った。
「メメ」と名づけたのは、お孫さんで、灰色の模様がカタカナの「メ」に見えるからだったらしい。
そして、最近めっきり足腰が弱った自分を心配して、息子さんが老人施設のパンフレットを持ってきたのだと言った。
「綺麗な所でしょ。ホテルみたい」
トキさんの家が売りに出されたのは、メメさんが見つかってから三ヵ月後だった。
今は古い小さな平屋に、まだ新しい物置だけが不似合いに残っている。
幸せとはなんだろうか?
「仕事と遊びが分断されていないこと」
これが俺の定義だ。
.
「分断されている」とは一体どういうことか?
これは、次の二点を指す。
A. 遊ぶために、我慢して仕事していること
B. 仕事の疲れを発散させるために、遊んでいること
.
順に説明しよう。
.
しかも、仕事は、遊びという価値をもたらす「交換価値」に過ぎない。
すると、当然、仕事を深く楽しめない。
.
逆に、Bの状態の人は、遊びを深く楽しめない。
彼の中では、遊びがストレス発散度というワンパターンな尺度で測られる。
これでは、遊びそのものを深く楽しめない。
.
言うまでもなく、AとBは併発するのが普通だ。
そういう人のことを、俺は「不幸な人」とみなしている。
.
そういう不幸な人は、AやBの状態を当然と考えている。
だから、そうじゃない幸福な人もいることを、説明する必要があるだろう。
.
幸福な人は、次のような状態である。
C. 仕事のなかに遊びがある
D. 遊びのなかに仕事がある
.
順に説明しよう。
.
Cの状態の人は、仕事を遊びとして感じる。
.
では、「遊びとして感じる」とはどういうことか?
それは、「多様性を味わい、その楽しさを追求する」ということである。
これが遊びの本質だと俺は考えている。
.
例えば、ブランコという遊びを考えてみよう。
ブランコは、反復運動であり、何が楽しいのかと思うかもしれない。
これが不幸な人の感性である。
.
いろんなやり方でこいでみる。
すると、いろんな味わいが生まれる。
「どんなタイミングでどうこげばどうなるか」
「立ってこげば、また違った面白さがある」
などの発見も生じる。
また、いろんな要素を遊びのなかで発見することもできる。
腰の角度、頭の位置、風を切る感覚、足を振り出す反射神経、遊具の音、景色の変化、などなど。
こういう多数の要素をもったものとして遊びを捉える。
そうすると、また異なる味わいが生まれる。
異なる味わいが生まれれば、新しい発見にもつながる。
そうして、いろいろ遊んでいるうちに、
「じゃあ、これくらい高くこげないかな」
などと目標を立てることもできる。
それに、創る喜びが生まれ、楽しい思い出になる。
.
こうして、単調な物事であっても、味わい、発見し、目標を立てる。
そうすることで、遊びが生まれ、深まっていく。
.
これと同じことが仕事にも言える。
仕事を単調な作業とみなすのではなく、そこに多様性を見いだす。
いろいろ変化をつけてよく味わう。
そうして、さまざまな深みを感じていく。
すると、新しい深みを味わいたくなり、目標を立ててみたくなる。
その目標に意欲的に取り組むことで、喜びが深まる。
.
これがCの状態、すなわち「仕事のなかに遊びがある」である。
・
長くなった。
今度は、Dの状態、すなわち「遊びのなかに仕事がある」について説明しよう。
.
これは、遊びが享楽に堕していないということだ。
言い換えると、目的があるということ。
他人のため、社会のため、地域のため、未来の自分のため、真理のため、美のためになっているということ。
「そんなことを考えていたら楽しめない」と思うかもしれない。
しかし、これは楽しむために大切なことだ。
なぜなら、享楽に堕していると、ワンパターンな尺度でしか遊びを捉えられないから。
その典型例が、先に触れた「ストレス発散度でしか遊びを評価できない」という状態である。
それは、発見が無いからである。
すでに述べたように、遊びの楽しさは、多様性にある。
そして、単調で浅い喜びしか得られないようになってしまう。
発見が無ければ、さまざまな味わいを見いだし、比べ、探求していくという深みが生まれない。
だからこそ、遊びは、単なる享楽であってはならない。
単なる享楽ではなく目的があることで、多様性の喜びがもたらされる。
.
以上で、CとDの説明は終わりである。
このCとDの状態、すなわち、
C. 仕事のなかに遊びがある
D. 遊びのなかに仕事がある
を兼ね備えた人こそが幸福な人である。
.
「では、仕事をしていない学生はどうなるんだ?」と思うかもしれない。
その問いに答えよう。
・仕事は、義務と言い換えても同じ。
・遊びは、楽しみと言い換えても同じ。
すなわち、次の定義になる。
・義務のなかに楽しみがある
・楽しみのなかに義務がある
この二つの状態を兼ね備えていること。
民主党政策INDEX2009より。
http://www.dpj.or.jp/policy/manifesto/seisaku2009/index.html
気になった事項を抜粋。
●内閣
靖国神社はA級戦犯が合祀されていることから、総理や閣僚が公式参拝することには問題があります。何人もがわだかまりなく戦没者を追悼し、非戦・平和を誓うことができるよう、特定の宗教性をもたない新たな国立追悼施設の設置に向けて取り組みを進めます。
・月額2万6000円(年額31万2000円)の「子ども手当」創設
次代の社会を担う子ども一人ひとりの育ちを応援する観点から、所得税の扶養控除や配偶者控除を見直し、子ども手当を創設します。子どもが育つための基礎的な費用(被服費、教育費など)を保障するため、中学校卒業までの子ども一人あたり、月額2万6000円(年額31万2000円)を支給します。
子どもたちを性的虐待や性的搾取から守るため、児童買春・児童ポルノ処罰法を改正します。
児童ポルノの定義の明確化、児童ポルノ取得罪の新設、罰則の全般的引き上げと対象範囲の拡大、被害にあった子どもたちに対する保護規定の見直しやフォローアップ体制確立などを図り、実効性ある内容に充実させることを検討します。
●消費者
自動車や回転ドア、公園遊具など、消費者に危害を及ぼすおそれのある製品・物品等に関する情報について、消費者の立場に立って企業に公開を義務付ける「危険情報公表法」を制定します。これにより、一般消費者には製品等の危険情報が迅速に提供され、被害の発生を防ぐことができます。
●行政改革
・霞が関改革・政と官の抜本的な見直し
与党議員が100人以上、大臣・副大臣・政務官等として政府の中に入り、中央省庁の政策立案・決定を実質的に担うことによって、官僚の独走を防ぎ、政治家が霞が関を主導する体制を確立します。なお、政・官の癒着によって公正であるべき行政が歪められることがないよう、政治家と官僚の接触に関する情報公開など、透明性確保のための制度改善を図ります。また各省設置法のあり方を抜本的に見直し、内閣の意思によって柔軟かつ機動的な省庁再編を可能とするよう改めます。
●政治改革
・政治資金の透明化
政治に対する国民の信頼を回復するため、政治資金の実態をガラス張りにして国民の監視のもとにおきます。
具体的には、(1)政治団体に普通預金等や保有する現金の残高を収支報告書に記載させる(2)政党本部や政治資金団体の収支報告書に対する外部監査を義務付ける(3)インターネットによる収支報告書の公開を総務省等に義務付けるとともに政治団体や総務省等が収支報告書等を保存する期間を延長する(4)政治団体が領収書等を保存する期間を現行の3年から5年に延長する――などを含む、政治資金規正法改正を行い、政治資金の透明化を強く推進します。
・衆議院の定数80削減
政権選択の可能な選挙を実現するため、小選挙区選挙をより重視する観点から、衆議院の比例議席180中、80議席を削減します。
また、1票の較差拡大の原因となっている「基数配分」(小選挙区割りの際にまず47都道府県に1議席ずつ配分する方法)を廃止して、小選挙区すべてを人口比例で振り分けることにより、較差是正を図ります。
政策本位の選挙・カネのかからない選挙の実現、候補者と有権者との対話促進などを目的として、インターネット選挙運動を解禁します。
民主党が2006年の164回通常国会に提出した「インターネット選挙運動解禁法案」を成立させ、政党や候補者に加え、第三者もホームページ・ブログ・メール等インターネットのあらゆる形態を使って選挙運動ができるようにします。インターネット導入に伴って予想される不正行為に対しては、(1)誹謗・中傷を抑制するためにホームページ等を使って選挙運動をする者の氏名・メールアドレスの表示を義務付ける(2)「なりすまし」に対する罰則を設ける――など、きめ細かな対応策を講じます。
民主党は結党時の「基本政策」に「定住外国人の地方参政権などを早期に実現する」と掲げており、この方針は今後とも引き続き維持していきます。
●法務
日本では1984年の国籍法改正により「国籍選択制度」が導入され、外国人との結婚や外国での出生によって外国籍を取得した日本人は一定の時点までに日本国籍と外国籍のいずれかを選択することとなりました。法改正以後出生した者がその選択の時期を迎えており、就労や生活、父母の介護などのために両国間を往来する機会が多い、両親双方の国籍を自らのアイデンティティとして引き継ぎたいなどの事情から、重国籍を容認してほしいとの要望が強く寄せられています。こうした要望を踏まえ、国籍選択制度を見直します。
・人権侵害救済機関の創設
人権侵害を許さずその救済を速やかに実現する機関を創設します。
民主党が2005年の162回通常国会に提出した「人権侵害による被害の救済及び予防等に関する法律案」(人権侵害救済法案)では、内閣府の外局として中央人権委員会、各都道府県に地方人権委員会を設置し、人権侵害に係る当事者への助言・指導などの一般救済手続きと調査・調停・仲裁等の特別救済手続きを行うことができるよう定めています。報道機関による人権侵害については特別救済手続きの対象とはせず自主的救済制度をつくる努力義務を定めています。
人権侵害の救済機会を広げるため、国際機関に対し個人が直接に人権侵害の救済を求める制度(個人通報制度)が適用されるよう、政権獲得後速やかに関係条約の選択議定書の批准等の措置をとります。
個人通報制度を規定する人権条約には、女子差別撤廃条約選択議定書、自由権規約選択議定書、拷問禁止条約22条、人種差別撤廃条約14条があります。
●外務・防衛
東アジアや世界の安定と平和に寄与するために、日韓両国の信頼関係を強化します。
韓国は、6者協議の当事国でもあり、良好な日韓関係の再構築は、北朝鮮による拉致・核・ミサイル問題の解決はもちろん、朝鮮半島の平和と安定のために重要です。東アジアや世界の安定と平和に寄与するため、両国の信頼関係を強化し、さらに日韓中3カ国の強力な信頼・協力関係を構築していきます。日韓FTA締結や竹島問題の解決等に取り組みます。
日本国憲法の理念に基づき、日本および世界の平和を確保するために積極的な役割を果たします。自衛権は、これまでの個別的・集団的といった概念上の議論に拘泥せず、専守防衛の原則に基づき、わが国の平和と安全を直接的に脅かす急迫不正の侵害を受けた場合に限って、憲法第9条にのっとって行使することとし、それ以外では武力を行使しません。
●農林水産
米、麦、大豆等販売価格が生産費を下回る農産物を対象に農業者戸別所得補償制度を導入します。この制度は、食料自給率目標を前提に策定された「生産数量目標」に即した生産を行った販売農業者(集落営農を含む)に対して、生産に要する費用(全国平均)と販売価格(全国平均)との差額を基本とする交付金を交付するものです。交付金の交付に当たっては、品質、流通(直売所等での販売)・加工(米粉等の形態での販売)への取り組み、経営規模の拡大、生物多様性など環境保全に資する度合い、主食用の米に代わる農産物(米粉用、飼料用等の米を含む)の生産の要素を加味して算定します。これにより、食料の国内生産の確保および農業者の経営安定を図り、食料自給率を向上させ、農業の多面的機能を確保します。
●文部科学
・教育の無償化
高等学校は希望者全入とし、公立高校の授業料は無料化、私立高校などの通学者にも授業料を補助(年12万~24万円程度)します。この内容を具体化した「高校無償化法案」は参議院で可決されましたが、引き続き同法案の成立を目指します。
義務教育就学前の5歳児の就学前教育の無償化を推進し、さらに漸進的に無償化の対象を拡大することによって、保護者の教育費負担の軽減を図ります。
中小企業支援予算の大幅増加を実現します。現在の中小企業対策予算に加えて、最低賃金の引き上げに対応した中小企業支援のための財政上金融上の措置にかかわる予算、中小企業の研究開発力の強化のための予算などの確保に努めます
●厚生
・中国残留邦人支援
老齢年金の満額支給や生活支援給付の実施を定める改正中国残留邦人等自立支援法が、民主党も含めた超党派の働きかけにより2007年成立しました。旧満州(現中国東北部)で終戦を迎え、親と死別・離別した日本人孤児など中国残留邦人に対する支援策を盛り込んでいます。民主党は改正法の実施にあたって、生活支援の収入認定について2世・3世と同居する者が不利にならないこと、残留邦人等が死亡した場合は配偶者も生活支援の対象にすること、医療支援については医療機関の選択を認めること等、きめ細かい運用を図ります。
●労働
雇用失業情勢の悪化に伴い、派遣労働者を含む多くの非正規労働者が職場を追われ、ネットカフェ等で寝泊りしなければならない人が増加しています。この状況を改善するため、「住まいと仕事の確保法」を制定し、住居がなく、安定した就職が難しい若者等に対して、ハローワーク・自治体・企業の連携のもと、カウンセリングや職業紹介、職業訓練、賃貸住宅への入居などを支援します。
自立を希望する若者が安定した職業に就けるよう、(1)「若年者等職業カウンセラー」による職安での就労支援(2)「個別就業支援計画」の作成などによる職業指導(3)民間企業での職業訓練――等を行います。必要に応じて就労支援手当(1日1000円、月3万円相当)を支給します。
教育機関・企業・国・自治体が連携して、職業体験学習や企業見学、インターンシップなどを行い、若い世代の就労意欲の向上を図ります。
・最低賃金の大幅引き上げ
まじめに働いた人が生計を立てられる水準まで最低賃金を着実に引き上げます。2007年に成立した改正最低賃金法には、民主党の修正提案により、「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう」との文言が地域別最低賃金の原則に加わりました。中小零細企業で最低賃金の引き上げが円滑に実施されるよう財政上・金融上の優遇措置を実施します。そのうえで、最低賃金を全国平均1000円まで引き上げることを目指します。
●国土交通
高速道路は、原則として無料とします。これにより、(1)生活コスト・企業活動コストの引き下げ(最大2.5兆円の国民負担の軽減が可能、家計消費増や企業の設備投資・賃金引き上げ等で内需拡大)(2)地域活性化(生活道路、地域道路としての利用、サービスエリア・パーキングエリアの活用を含む観光産業活性化など)(3)温暖化対策(渋滞の解消・緩和、CO2の発生抑制など)(4)ムダづかいの根絶(バイパス建設抑制による財政負担の軽減など)――を図ります。
首都高速・阪神高速など渋滞が想定される路線・区間などについては交通需要管理(TDM)の観点から社会実験(5割引、7割引等)を実施して影響を確認しつつ、無料化を実施します。
実施に当たっては、道路会社の職員の雇用、首都高速・阪神高速の株主たる自治体の理解、競合交通機関への影響及び交通弱者等に対する十分な配慮を講じます。
「交通基本法」を制定し、国民の「移動の権利」を保障し、新時代にふさわしい総合交通体系を確立します。
その内容は、(1)国民の「移動の権利」を明記する(2)国の交通基本計画により総合的な交通インフラを効率的に整備し、重複による公共事業のムダづかいを減らす(3)環境負荷の少ない持続可能な社会を構築する(4)都道府県・市町村が策定する地域交通計画によって地域住民のニーズに合致した次世代型路面電車システム(LRT)やコミュニティバスなどの整備を推進する――等です。
●憲法
「憲法とは公権力の行使を制限するために主権者が定める根本規範である」というのが近代立憲主義における憲法の定義です。決して一時の内閣が、その目指すべき社会像や自らの重視する伝統・価値をうたったり、国民に道徳や義務を課したりするための規範ではありません。民主党は、「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」という現行憲法の原理は国民の確信によりしっかりと支えられていると考えており、これらを大切にしながら、真に立憲主義を確立し「憲法は国民とともにある」という観点から、現行憲法に足らざる点があれば補い、改めるべき点があれば改めることを国民の皆さんに責任を持って提案していきます。民主党は2005年秋にまとめた「憲法提言」をもとに、今後も国民の皆さんとの自由闊達(かったつ)な憲法論議を行い、国民の多くの皆さんが改正を求め、かつ、国会内の広範かつ円満な合意形成ができる事項があるかどうか、慎重かつ積極的に検討していきます。
最後の憲法。自民が過半数以上の今なら、国民投票で憲法が改正されることもあるのかな。
てか、財源どうすんだろ。
昨日公園でたたずんでいたら、遊具のあるエリアから5歳くらいの幼女がこちらに向かってトコトコと寄ってきた。
どうやら俺の近くにいた鳩に興味を持ったらしい。
嬉しそうに飛び跳ねたり走り回ったりしているのを眺めていると、思わず笑みがこぼれる。
すると幼女は、こちらの視線に気づき、手で顔を覆って「壁|∀`*)」のようにして此方を伺い始めたではないか。
それを見て、また癒やされた気持ちになる。
そんなこんなで幼女と少しの時間戯れていたら、遊具のほうから母親らしき人が連れ戻しにやってきた。
やや表情をこわばらせ、セカセカと歩いてくる母親を見て、嫌な予感めいたものは感じていたが、それは見事的中した。
ちょうど子供を抱きかかえる時の、母親の警戒するような目線。あまり気分の良いものでは無かった。
あれは間違いなく、何か子供にしでかそうとしているロリコンを見るような目つきだった。
断っておくが、俺は決してロリコンなどでは無い。特別子供が好きというわけでもない。
ただ、その時その女の子がとても楽しそうだったので癒やされたし、構って欲しそうなので少し遊んであげたというだけの事だ。
もちろん、昨今は幼女に構い過ぎると不審な目で見られかねない事は知っている。
だから、遊んだといっても、話しかけたりお菓子を与えたりはせず、いろいろと誤解をまねかないように気を配った。
なにしろ、ただベンチに座ったまま表情を交わしたり、彼女と一緒に鳩にエサをやったりしていただけなのだから。
それなのに、母親の不審者を見るようなあの目つき。
なかなか嫌な気持ちにさせられた。
この感覚は、街を歩いていて前から自転車に乗った女性がやってきて、スカートのあたりを何気なく見やった時に、
女性に警戒されてキッと睨まれるような感じに、非常に似ている。
そんなつもりは全く無いのに変質者扱いされる気持ち。
若い女性の表情というのは、非常に良く警戒心や猜疑心といったことを物語るから、
変質者を見るような目で見られた時のダメージも結構大きなものである。
なんだかすぐに真っ直ぐ帰りたい気持ちになって、家に向かった。
「俺はロリコンじゃないんだ!違うんだ!悪気はないんだ!」などと自分に向かってしきりに弁明するものの、なかなか納得がいかない。
家につくと少し気持ちが落ちついたものの、やはり釈然としないので、ぼんやりテレビ見ながらいろいろ冷静に考えてみた。
その結果、俺はやはりロリコンではなくて、博愛的で人に対してオープンな感性を持っているだけなんだという結論がでた。
実際に俺は、老若男女関わりなく相手に親しみを持つことが多いように思われるし、初対面の人に話しかけたり微笑んだりすることが多い。
レストランや服屋などの店員さんと親しくなるのは得意なほうだし、近所のおばさんでよく立ち話する人も何人かいる。
また、嫌いな人や苦手な人はほとんどおらず、割と誰とでも楽しく接することができるほうなのではないかと思う。
もちろん、相手に悪い印象を与えないようにしているし、何か見返りを求めてオープンな態度をとっているのでもない。
また、中には話しかけられるのが嫌な人もいるので、そこは配慮するようにしている。
博愛というと大げさ過ぎるかもしれないが、長所は誰にでも一つや二つあるもので、
そんな長所の一つとして、俺は博愛傾向が他の人より強く出ていると思う。
そのように考えることで、ようやく納得がいき、傷つけられた自尊心が回復した。
きっと明日の夕食は美味しく食べられるはず。
多分、働きにでるしかないよ。
だって、元増田は「それしか逃げ道がない」って決めて、どんどん自分を落してるんだから。
子供を他人に預けるのに金がいるのは当たり前だよね?。
だってそれが元増田の「逃げ道」になるんだったら、金払ってでもお願いしたいんじゃない?
とりあえず、毎日とは言わないけど遊びに出たら?
(友達作るの苦手なんです…っていうなら、働きに出たって同じ)
車でも自転車でもいい。徒歩だっていいさ。
おもらし、って年齢ならもう遊具でも遊べるよね?
外でおもきり遊ばせたらガっと寝るから。
背中に背負うか、シートの上に転がしといて隣で自分の時間だよ。
他人から与えられる事しか楽しめない受動的な生活しか知らないなら、
色々手を出してみる。邪魔する人は誰もいない。
あと、これは定番だから分かり切ってると思うけど
子持ち専業主婦の一番の特権だけは、今だけだとしても、勿体ないから逃がさないように。
とりあえず問題もまとめてみたのでとりあえずあげてみる
(長久手ごめん)
●2-01 [小1]五十音の最後の文字はなに
●02 これをはさみで切ると何本
●03 これを何の花が咲く
●04 きらきらひかるおそらのほしよ?しては
●05 おたまじゃくしは1が出て2が出て3が出てかえるになります
●06 (左右がつりあって真ん中を指でささえる)これは?
●07 1マ コ1モ2 ゴ2ラ
▲08 ****
▲09 この絵のなかからはなさかじいさんはどれ
▲10 この絵にいるのは10人 しんやくんの前には何人いますか
●2-01 こまかい A細い B細かい
●02 AからBまえでの長さ
●03 カブトムシ 幼虫→?→成虫
●04 行きの家
●05 とんぼのめがねは[?]めがね
●06 かぐや姫 絵を並べてくださいA女の子がみんなの前で B竹から小判 C月へ D竹から女の子
●07 こののぼったりおりたりよこへいく遊具
▲08 この中で述語は
▲09 ?2-48=24
▲10 か?た に?に 十字にひらがなを入れて2文字の言葉を2つ
●02 形 この部首は
●04 いきつぎの記号を書いてください
●05 | | | 左 真ん中 右 真ん中 この運動は
●06 広?外 会?合
●07 地名などがはいっていない地図
▲08 この空欄に入る指示語は
▲09 そそぐ
▲10 1ダースを3等分で何本
●4-01 この[回っている]大きな羽根は何をするため
●02 引き算の答えをなんという
●04 おおいぬ座の(1)は最も明るい1(2)星
●05 120度の反対側はなんど
●07 山 サンは音読み やまは何読み
▲08 この本の題名は
▲09 9/4を…
▲10 この写真はなにをする道具
●5-01 山から土が川を通り海に流れてできた地形
●03 暑さ寒さも(?)まで
●04 この絵でメダカを長く飼うため足りないのは
●05 季節によって風向きを帰る風をなんという
●07 平行四辺形の面積を求める公式
▲08 この写真の結び方
▲09 1 1/5を小数に
▲10 共通してつく部首 米 魚 刀
●6-01 1634年長崎に作られた人工島
●02 あらゆる方面 ?方?方
●06 (たて3cm よこ6cm 奥行き5cmの)の体積
▲07 男性の高音は
▲08 円柱を描いて
▲09 この絵を蜘蛛の糸の順にならびかえて
●10 今こそ(?)いざさらば
●友達を大事にする/人間関係を絶たない
まこちんにとって友達の存在は大きい。友達の支えがなければ美人美容師にアタックする事もできなかっただろう。
ニートは恥の意識から昔の知り合いなどを避けて引きこもりがちだ。
だが人間関係は人間の成長に欠かせないものであるからして、ニートでも人付き合いは大切にするべきである。
●部屋はオモチャでいっぱい
遊具があって仲間も多い刺激的な環境で育てたラットは脳と体が他より大きいそうだ。
人間だって何もない殺風景な部屋よりも、ガラクタでも良いから色んな物があった方が精神的に良い。
オモチャを部屋に配置するのは箱庭療法みたいなもので一種の癒しだ。
まこちんでさえ女の子を部屋に連れ込んでいるのだから、、、
我々も例えそれが那由他より低い確率であったとしても、女の子に入られて恥ずかしくないように部屋を飾りつけるべき!
●世間体を気にしない
変に人目を気にすると余計にこじれる。コンプックスを感じてしまうのが一番良くない。
ゴーイングマイウェイで引け目を感じなければ、まこちんの様に堂々と彼女を作ったりもできるのです。
●特技を伸ばす
まこちんには漫画という武器があったからこそ成功した。何か一つでも特技があれば女の子を惚れさす事は可能・・・!
芸は身を助ける。
●話術を磨く
マニアックな分野でも構わないので二時間でも三時間でも話せてウケを取れる持ちネタを用意するべきだ。
まこちんは必殺のUFO談義でヤンキーからも絶大な支持を誇っていた。
●人気者になる
人望があって皆から愛されるキャラならニートでもリア充になれる。
俺には無理だが・・・OTL
いつも、どこかで飛行機を見ていた。いつも音が聞こえていた。
空港に近すぎもせず遠すぎもしない成田ニュータウンでは空港関係者のほうが多い。学校では親の職業というのがそれとなく広まっていて、あの子のお父さんはパイロットだから金もちなんだとか、何丁目は整備士が多いとかグラウンドサービスの人が多いとか管制官が多いとかそういう住み分けがされていて、それが当たり前だと思っていた。
反対派も無関係な人も空港関係者も同じように暮らしていて、同じところで買い物をして、その子供はその土地で育って友達になったり喧嘩をしたりした。それが日常だった。見上げればいつも飛行機が飛んでいた。それを気に留めることすらないほど当たり前のようにそれはそこに存在していた。
上京して、飛行機の音が聞こえないことに驚いた。空を見上げても何もないことに驚いた。時々飛行機の音がすると驚かれるほどすばやく反応した。それくらい慣れ親しんだ音だった。ヘリコプターとは違う、飛行機の音。
ニュータウンは子供たちが育って出て行ってしまうと、閑散としてしまった。小中学校は人が減り、子供の声が聞こえなくなった。公園の遊具はさび付き、雨にぬれるままになっている。もともと人口は減るものとしてニュータウンは計画されていたのだ。小学校は老人ホームにできるように最初から計画して作られている。いずれいくつかの小学校は統廃合されるだろう。ニュータウンはそろそろその役目を終えて、死んでいこうとしている。いや、いこうとしていた。
高速鉄道の計画は20年前から聞こえてはいたが、実際に動き始めたのは数年前からだ。成田イオンモールに駅を作るかどうかでもめて膠着状態にあったが、結局作らないということで線路の敷設が始まっている。帰省するたびに、高校時代自転車で走りぬけた田んぼ道が切り開かれて、高架が建設されていく。緑のじゅうたんの中ににょきにょきとコンクリートの足が生えている。うっそうと茂った林が切り開かれて、地層があらわになっている。
実家付近には駅ができる予定になっているので、駅のそばということで再び開発が行われ始めたようだ。区画整理はされたものの野原のままだった土地がさらに細かく分割され、たくさんの家が建てられている。帰るたびに軒先に車が止まっている家が増え、子供のおもちゃがほったらかされている家が増え、犬がなき、子供の声がこだます。また町が息を吹き返している。コンビニができ、駐車場が増え、竹林が切り倒されて家が建つ。山が切り開かれて道ができる。水はけが悪くて雨の後には大きな水溜りができていたあの野原にも家が建った。よく知った場所も、よく遊んだ場所も、夏に一息ついたあの木陰もひとつずつ消えて、誰かのものになっていく。
駅で見かける賃貸物件も値段が上がり、駅前の再開発もまた行われている。東京まで40分乗り換えなしだから、通勤圏内ということで空港関係者でないひとたちもこれから流入してくるのだろう。成田の周囲の市町村は寂れていく一方だからそちらからの人口流入もある。実際につい最近周囲の市町村と成田は合併して大きくなって、どんどん店が増えている。
東京へは少し遠い、しかし遠すぎはしない、千葉北東部の物流の中心、成田。
これから死んでいくのか、それとも息を吹き返すのか。
「海の向こうでは今『せんそう』(湾岸戦争)が起こってます。
なんで人は殺し合うんでしょうね・・・」
というようなことを言ったのがそれで、その時はとにかく
「遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるんだ・・・。」
くらいにしか感じなかった。
「平和そのものの天気」と「遠くにあるおそろしいもの」がひどく対照的で違和感を感じた。
父はある日「すごいお土産だぞ」と、
灰色でかわいくて格好いい形をした機械を持ってきた。
あの頃、飛行機を巧く操縦できる奴は神だと思った。
機体を傾け、緑の輪をくぐる。静かな着地。
少し経ち、マリオカートやぷよぷよを持った友達の家に皆が遊びに行くようになる。
スト2はみんな持ってた。↓R↑LYBXA。
おれらはもっぱら「ファミコン」。
もう、昔何やってたなんてそのくらいしか思い出せない。
信号機を自在に操れる熊の親父とか。
クラスで元気のいい女子が「スナックがかっこいい」だの同級生を
テレビでは米不足米不足うるさかった。
小3か小4の頃。そーりだいじんは
「名前の読みにくい徳川家康の子孫」や「眉毛ぼーぼーの爺さん」で、
なんとなく面白く感じていた気がする。
暗闇の中、ベッドから飛び起きて「何事か」と
この頃の記憶は割とある。
「バブルが・・・」「バブルのせいで・・・」と大人がよく言っていた。
なんか今苦しんでる(ように大人が見える)原因のようなものなのかなあ、
と漠然とした理解しかなかった。
バブルなんかよりも目先のジーンダイバーとか恐竜惑星の方が重要だった。
フルハウスとかアルフの方が大切だった。
横取り40万とか嘘つき四択とかヤングチームとかNGワードとかの方が
自分で自分を褒めたいアトランタオリンピックはよくわからんまま終わった。
男子は全員ポケモン。「ミュウの出し方分かった・・・!!!」と、
どこかで聞いた情報を興奮気味に話す奴とか。
ペラペラのキャラがラップするゲームをやっていてすごくおしゃれに見えた。
6年時、その「機械」を持っていること自体がある種のステータスだった。
田舎だったから特に。
余談だが、「1984年度」生まれは1991年=小1、1992年=小2、
と一の位が学年なので西暦を言われると何年生だったかがすぐ分かって便利。
そして俺たちは人生の中で最もださく恥ずかしい時代を迎えた。
例のあれの時は「赤い実はじけた」中1だったが
「あんたと年が近いのにあんな残酷なことするなんてねえ・・・怖い時代だねえ」
なんてよく大人から言われた。一方おれらは、
ナイフで生きた屍を切り裂いたり脳天をショットガンで撃ち抜くことに夢中だった。
気が付けばクラスの男子のほとんどがあの「うすっぺらでCDを入れて遊ぶ機械」を持っていた。
一時期、どこでも買えなくてイライラしていた。
一番強かった奴(モンスター系統図の完全な情報を持っている奴)は
と言われていて羨ましかった。学校では出来なかった。
ていうか誰もパソコンなんて持ってなかった。
グレイとかラルクとか、「なんとなく格好いい」ものが増えてきた。
あの日までカウントダウンしておびえていた。
結局あの日(月)はなにもなかった。
地域振興券使わしてくれ使わしてくれとずっと言っていた。
卒業間近、学校で「インターネット(PC)」の学習をするための教室が出来た。
家のボロパソがメモリ64MBだったからか「超」最先端に感じた。
数回しかなった情報の授業中、
好きなバンドを検索すると掲示板のようなものが結果の上位に出てきたのでクリックした。
口汚く罵倒されていて身が震えて泣きそうになった。
ハンドルネームを誰もいれていないのが非常に不気味だった。
俺たちは何かを得たし、間違いなく楽しく生きていた。
ミレニアムだの新世紀だので盛り上がっていたころからだ。
どこに行ってもカチカチやってる奴が増えたのは。
最初、ちらほらと増えていく「カチカチ病」に違和感を持っていたが
田舎なのに、7??8割は所持していた様に思う。
auじゃないやつが心底羨ましかった。
小遣いが多かったのか料金親持ちだったのか知らんが、
docomoってだけで「裕福な家庭死ね」なんて思ったものだ。
高2の運動会前日。遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるようだった。
開会式でも全くふれなかったのが今思うと印象的だった。
「CDを小さいデータに変換してパソコンにたくさん詰めこんで、
ということを説明するのは当時、骨が折れた(今もあまり変わってない気がするが・・・w)。
マッキントッシュを作っている会社が白色でかわいくて格好いい形をした機械を世に出した。
全く流行らなかったし、説明しても誰も興味を持ってくれなかった。
「MDの方が格好いい」「“えむぴーさん”だっけ?オタクくさいね」
なんて言われたり。俺は流行らないと思った。
「パソコンに音楽を取り込む」こと自体が一般人にとって非常に抵抗のある行為だという感覚は理解出来たから。
W杯。休み時間の談話室(テレビがある部屋)の盛り上がりがすごかった。
「複素数を知らないこどもたち」
「常時接続が安く使える時代突入」+「工学部・情報系学科の知人との出会い」で、
その知人は「本名出して私生活を晒しまくる」ウェブサービスを教えてくれた。
本名・顔写真・所属している(していた)集団と私生活全部暴露。
今でこそ「知人以外には非公開」が多いけど、
当時はとにかく誰も彼も晒しまくり。俺は使うのに気が引けた。
携帯さえあれば、とりあえずコミュニケーションには事欠かない。
そのころ「文中にやたらと下線が引いてあるブログ」
を目にすることが多いのに気付いた(それまで気付いてなかっただけかもしれんが)。
シンプルで、どことなくおしゃれなデザインだが書いている内容は気持ち悪いものが多い気がした。
その頃大学内で「それっぽい」奴は「萌えってどういう意味?w」だの
「お前の時代来たぞw」とかからかわれていた。
ホリエモンだの球団再編だの買収だのヒルズだのセレブだの勝ち組だの負け組だの格差だの、
なんとなくカオス。
いつの間に「無職」の状態を「ニートやってるんでw」なんて明るく言えるようになったんだろうか。
就活は、売り手市場なんて実感はなかったが内定先は大手メーカー。
「ブラックを避ける」という消去法で選んだ。
家ではリモコンで遊ぶ奴が急増。
ファミ通の売上チャートを見て(10年前から毎週見てるが)頭がくらくらした。
他はサブプライムローンがどうこう、原油高がどうこう、環境が、民主党が、
・・・食品会社に行った知人はえらくストレスを抱えている様子だった。
相変わらずの原油高は鬱陶しい。台湾もなんか変。
そう言えばちょっと前は、遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こっていたようだ。
傍観していた人がその動画を撮ってアップしたりそれが罵倒されたり。派遣がどうこう。
俺はこんな感じだが、他の俺「たち」はどうか知らない。
俺は約150万人いる「1984年生まれ」の中の一人に過ぎない。
大学ではADSLになってブログだのmixiだのでどうでもいい自分語りをしていた人間だ。
それだけだ。
平成9年から営業していた川崎ルフロン9Fの紀伊國屋書店が1月31日をもって閉店していた。
オレが生涯でもっとも多くの本に親しんだ場所。オレの貴重な「思考する場」の一つだった。
*はてな「思考する場」とは 時に壮大な妄想にふけったり、記憶のあれこれを整理したりするところ。
主にお風呂場やトイレなどで、作家にとってなくてはならない場所。
だがオレは一昨日(2月18日)まで紀伊國屋が閉店していたことに気づかなかった。
今でも信じられない。
*はてな「一昨日のオレ」 4日ぶりに外に出た
なんでイエローサブマリン(9Fにあるディープな玩具屋)に行ったときに気づかなかった?
そこに紀伊國屋の閉店を告知するかんばんが立っていたはずだ
だがオレは読まなかった
まさかあそこにあんな重要なことが書いてあったなんて・・・。
オレの大好きなライトノベル、「キノの旅」や「しにがみのバラッド」、「とらドラ!」「狼と香辛料」と出会ったのもここだった。
最後に買った本は「狼と香辛料 VI」と「GLITTER」かな?
立ち読みだけじゃなくて買っとけばよかった
約10年か、もっと昔からあった気がするよ
最近、忙しくて、そして嫌なことばかり続いて、部屋にひきこもってばかりだったのがいけなかった・・・。
ひきこもってなかったら、もっと早く閉店に気づいていたのに
もっとながく紀伊國屋にいれたのに・・・
紀伊國屋がなくなったなんて信じられない
そうやって買ってもらった本の数々が本棚からこちらを見ている
川崎駅前もずいぶん変わった。ラゾーナ川崎が駅前を大きく変えた
現在「あなたのウェアハウス」がたっている場所にあった、いつ潰れてもおかしくなかったコジマがあっただけだ
*はてな「川崎のあなたのウェアハウス」とは コジマの跡地に建てられた廃墟ふうの大型ゲームセンター。
子どもは入れない。かんばんの女の子が何気に可愛い。店内は中国!
*はてな 「オレの記憶力」 川崎駅前の錆びてボロボロになったナショナルの乾電池の自販機はいまどこにあるの?
わすれがちだが、ラオックスだってあったんだぜ
現在のウェアハウスの前にある大通りの坂道をまっすぐ行くとそこには桃源郷がある。
そして親子は道をまっすぐ進み川崎温泉(そんなような名前の銭湯)を目指す
オレの記憶の中には陸橋をくだってまっすぐいった先には銭湯がある。
細かい道は忘れたが、とにかくあの坂の先をまっすぐいった先には銭湯がある!
一昨日、親父とケンカした。
ケンカといってもオレが一方的に殴っただけだが…。
オレはおもむろに近くにあった椅子を持ち上げた、そのとき親父は自分に椅子が投げつけられるんだと思ったみたいで
その時の恐怖に歪む親父の表情が頭から離れない・・・。
そんなオレも今月20歳になった
飲んだくれになった親父とはもう全てが合わない
<< 川崎温泉にもいつの間にかたどり着けなくなっていた >>
昔はあんなすごいのじゃなくて
モザイク式のかんばんだった。
モザイクでピンとくるかなぁ?
サイコロみたいのが壁に埋まっていて
まるでルービックキューブの面をそろえるように四角いドットがカクカク動いてかんばんが変化する
「カッ!カッ!カッ!カッ!」
「・・・」
「カッ!カッ!カッ!カッ!」
一定のリズムで、お決まりの音とともに、今日の天気とか競馬情報とかを表示するんだ。
ドットがいくつか欠けててね。そこだけ動かないんだ
エスカレータを下っていくうちにかんばんが角度的に見えにくくなって、緑色とかオレンジ色が目立つんだ
「カッカッカッカッ」というかんばんが変わるときに発する音
いまでも鮮明に思い出せる
<<< 昔の川崎駅前といえば西武百貨店とさいか屋のツートップ >>>
ドリキャスもってなかったけど、買いそうになった。あれ、限定版のパッケージめっちゃでかいんだよなぁ
たぶん今でも売れ残ってると思うわ
紀伊國屋がなくなったおかげで、ますますあのビルに行く理由もなくなった
1Fから4Fのヨドバシにはこれからも行くだろうが、それより上の階はFrancfrancに行くぐらいか・・・
紀伊國屋がなくなったおかげで、ますますあのビルに行く理由もなくなった
オレにとっての今のさいか屋のようにあのビルにも行かなくなっていくだろう
エスカレーターのところにあるキティちゃんのポップコーン製造機で何回つくったことか
オレは塩だが、弟はバターなんだよな
最後にさいか屋におとずれたときにはまだあったキティちゃんのポップコーン製造機ははたしてまだあるのか...
もっとローカルネタになるとヌマヤの屋上のゲームセンターでオレは常連だった
じいちゃんと週に2回以上、遊びにいったよ
アフターバーナーをやりまくった(一回50円)
あれは、なぜか最後までクリアするとコンテニュー用に投入しておいた50円がどっかいっちゃうん・・・だ。
*はてな 「ヌマヤ」とは 今では普通の服屋。当時は玩具屋もあった。じいちゃんと出かけたときの昼飯はいつもヌマヤのラーメンである。
現在のCDショップは、少し前までは大人向けホビーショップで、その昔は普通の玩具屋だった。
子どもだったオレには、そのディープ感がある品揃えには満足できず
もう一つの玩具屋によく行っていたよ
一時期、その玩具屋の前にプラモ屋までできた。すぐになくなって服屋にかわった。
スカイパークという屋外の遊び場もいつの間にかなくなってたなぁ
滑り台付きジャングルジムを何個もひっぱってきてつなげて
よく要塞とかつくったなぁ(はた迷惑なこどもだ!)
はてな 「スカイパーク」とは 正しくはスカイコートであり、現在もしっかりと川崎Be、5Fに存在する遊具施設である。
駅ビルに買い物に来たママさんたちはここに子どもたちをあずけ、買い物や社交にはげむ
今では駅ビルの5Fは文房具屋によるだけ
6Fの有隣堂に寄るためのただの通過点になってしまった。
P.S. 楽器屋はいつまでもそこにあってください。友だちがこの前ハーモニカを買いました。
それほど、川崎駅前周辺はオレの生活の一部、テリトリーだったってわけよ
神さまもしっかりと見ているようだ。東口が廃れる番がやってきたのだ。
オレは記憶を文章にすると、忘れる癖がある。昔の駅前の雰囲気や思い出も、そう遠くない未来に忘れてしまうことだろう
<<<で、昨日、スーパー「しりげや」というのが気になって>>>
「かんなぎ」というマンガが読みたくなったんですね。そいで川崎中の本屋をまわったんですよ(ラゾーナを除く)
*はてな 「しりげや」とは スーパー「しりげや」のテーマも歌えます!
どこにも売ってないっす
そもそもコミックREXのコーナーが見つからない
4巻は売ってるのに!!
これが紀伊國屋だったら話は違った
オレは紀伊國屋書店でのREXの位置は把握している
明日、おとなしく川崎のアニメイトで「かんなぎ」を一巻から買いに行こう。
友だちがバイトしてて行きにくいんだ。
え?ラゾーナには行かないのか?って
オレの親父はラゾーナで働いてるん だ。
小学校3年ぐらいの時にスイミングスクールに通っていた。そこではスクールの終わり5分ぐらいの時に遊具(デカい竹輪みたいな)を水中に
放り込んで遊ばせてくれるのだけど、ある日その遊具にまたがっていると突然股間に快感が訪れた。その日以来スクールの終わりごとに遊んでいるふりをして快感を味わっていた。やがてスイミングスクールは止めてしまい、他の遊びでその快感を味わうこともしないまま小学生として過ごした。
その快感は数年後に味わうオナニーとも、そのまた数年後に味わうセックスの快感とも違う、股間からはじまって腰全体を覆われるような快感だった。おれが思うに、女性が性行為の時に味わう快感に近いのかなと思ったりする。特にオチは無いです。でも自分でも性欲強い方になった
のはあのスイミングスクールの体験のせいかな、とは思う。
告ろうとした気配を読まれて振られた。
多分振られたのだと思う。
きっと振られたのだろうと思う。
それでもダメ元でしっかり告白しようと思える勇気も無く、
じゃあせめて電話かメールで思いを伝えるだけにしようと卑怯な事を考える元気もなく、
終電を捨て、サンダル履きの足で(皮膚が擦れてとても痛い)、何時か通った道をふらふらと歩いた。
飲み会の帰りに駅まで送ってもらったときの会話を思い出したかった。
途中で寄って話をした公園にたどり着いて、そこで失恋気分を味わってすっきりするつもりだった。
一人では公園にたどり着けなかった。
あんなに幸福だと思った時間はそんなに遠い日のことではないのに、もう二人で辿った道筋を思い出せない。
惨めったらしい気分になって、やけくそのように道路を一本ずつ潰して回った。
見覚えのあるアパート、見覚えのあるコンビニ、確かにこの近くなのにたどり着けない。
思い出せないことが悲しかった。思い出せないことが悲しかった。
そうして20分ほどさまよって、やっとたどり着けそうになった。
分かった、思い出せた、というよろこびは一瞬だけだった。
その公園に足を踏み入れれば確実に自分は失恋してしまう気がして、足がすくみ、公園に入れず、
ああ、とか、うう、とか呻いて引き返した。やめよう。
何時かきちんと告白して、ちゃんと振られればいいだけの話だ、もしかしたら、万が一、可能性だって……
いい訳をしながらその場から離れた。
そして、そうして彷徨っている間も、駆け足で公園から離れたときもずっと携帯電話を握っていた。
とてつもなく惨めったらしかった。
こうしてそれを、増田に書き込んでしまう自分の浅ましさも、惨めったらしい。
生き苦しい。生きてるだけで心が痛くて仕方がない。どうすればいいのだろうか。
考えた。が、すぐにやめた。そんなこと昔っから考え続けてる。だから私には期待できない。じゃあ誰かに相談しようか。が、それも無理だ。相談できる人なんて誰一人いないんだから。そんなことをいつものようにぐるぐると考えながら帰る途中、道端で捨て犬を見つけた。段ボールの中から上目遣いで私を見つめるその子犬と目を合わせて数秒。私は閃いた。これだ、と。そして私は子犬を隠した。寂れた公園の半円にいくつか穴が開いている遊具の中に。私だけの場所に。だって、家に持って帰るわけにはいかないし、誰かに拾われてしまっても困るから。この子は大事なんだから。私のこれからを決めるんだから。
翌日から給食の残りを持って帰り、子犬にあげるようなった。子犬は私を見ると尻尾を振り、嬉しそうな顔をして食べる。それを屈んで近くで見る。子犬は数秒、不思議そうな顔をして首を傾げるが、すぐに食事に戻った。私はその様子をじっと見ていた。子犬は食べ終わると満足そうな顔をして私の方を見上げる。私は頭を撫でてやる。幸せそうな顔をして、撫でられるのに身を任せていた。
そんな生活が1週間程続いた。私は準備ができたので、いつものように、しかし、いつもと違うものを持って、子犬の元へと向かった。子犬は1週間で大分私に懐いたらしく、私が近くに寄っただけで、わんわんと嬉しそうに吠えた。近づいてみると、尻尾をぶんぶんと振っていた。それを見た私は、手に持ってたビニールの中身を段ボールの中にぶちまけて、素早く段ボールをガムテープで密閉した。取っ手の穴が開いてるので酸素は大丈夫だろう。子犬は最初何が起こったのかわからないのか、呆としていたが、すぐにキャンキャンと、今まで聞いたことにない大きな声で吠えた。そしてガタガタと段ボールが動く程に暴れた。私が入れたものは、子犬を見つけて閃いた次の日に用意した、魚と鼠と鳩の死体と生ゴミを1週間ビニールの袋に詰めておいたものだ。袋を開けて段ボールに入れた瞬間、一瞬だけだったのに、人間の私ですらあまりの臭いに頭がくらついた。何万倍も嗅覚がある子犬は、逃げ場がない子犬は、一体どうなるのだろう。どうするのだろう。キャンキャンという音を発してガタガタと動く段ボールを背に私は家に帰った。
翌日、段ボールを開けるとぐったりとした子犬がいた。全身傷だらけで、とりわけ鼻がひどかった。おそらく、自分で何度も打ち付け、潰したのだろう。犬は、私に気づくと、私を恨みがましく見つめ、そして何をするでもなく、単に何もできないだけなんだろうけど、またぐったりと倒れ込んだ。私は、中のゴミを出して、元いた場所に戻しておいた。そして私はヒントを得た気がした。
一度要領をつかんだ私は次に、スーパーから段ボールをいくつかと、品物用の緩衝材を貰い、そして学校の飼育小屋からウサギと、用具室から古いCDラジカセを持ってきた。学校の方は夜中だったし、バレないだろう。そして、昨日の子犬と同じ要領で、密閉した段ボールにウサギと最大音量にしたCDラジカセを入れた。人なんか滅多に来ない公園の奥の奥にある遊具の中だし、段ボールを何重にもしたし、緩衝材を目一杯入れたし、多分誰かに気づかれることはないだろう。しかし、少し心配な気もしたので、念のために来ていた上着でくるんで立ち去った。
翌日、微かに音が漏れ聞こえる赤い上着にくるまれた段ボールを開けると、子犬と同じように傷だらけでぐったりとしたウサギがいた。そして同じように耳の損傷がひどかった。ウサギは学校で少し騒ぎになっていたので、その日の夜に飼育小屋に返しておいた。
子犬で得たヒントは、ウサギで確信へと変わった。人より嗅覚が優れる犬は耐えられないとき鼻を潰す。人より聴覚が優れるウサギは耐えられないとき耳を潰す。それでは犬やウサギより心が優れる人間は? そして私は心を潰した―――
「何ボケってしてんだよ!早く咥えろよ!」
男に殴られて吹き飛ばされたまま、昔のことを思い出していたらしい。思い出すだなんて珍しいな。変な所でも打ったんだろうか。そんなことを考えるとまた後ろへと吹き飛ばされる。
「早くしゃぶれっつってんだよ!」
私は目の前に差し出された棒を咥えながらまた考える。あれが私を救ってくれたな、と。だって、あれ以来、あんなに恐ろしかった罵声がちっとも恐ろしくない。あんなに怖かった拳がちっとも怖くない。あんなに臭かったこの棒がちっとも臭くない。あんなに不快だったセックスがちっとも不快じゃない。そして何より、あんなに痛くてしょうがなかった心が、ちっとも痛くないんだから。