はてなキーワード: 進歩とは
・一見おとなしそうでマジメという印象を持たれている。本人はそれを好印象と思っているが、他人には変な人、挙動不審な人としか認識されていない。
・謙虚なのは最初だけで、気を許すと途端に攻撃的になる。会話が苦手なだけで、本当の性格は短気で傲慢、他人を見下している。そのため人間関係が長続きしない。
・プライドが高く「本当の自分はこんなはずじゃない」と常に鬱屈した感情を持っている。
・人との関わりを避け、ゲームやアニメ、マンガなど1人で没頭出来ることを趣味としている。
・子供の頃は親や周囲の大人の言う事をよく聞き、大人になってからも自立せず囲いの中で生きている。
・親との仲が良い。その日の出来事は包み隠さず親に話す。母親は息子を王子様扱いし、他人にはばからず話すので、周囲からは息子はマザコンだとばれている。
・論理的、合理的な思考を重んじる。
・女性にモテるイケメンやDQNに対して強い不快感と憎しみを持つ。
・恐怖心から他人を名前で呼ばない。タメ口や馴れ馴れしい言葉遣い、呼び捨てにされると強い不快感を示す。
・基本的に声が小さく、よく人に聞き返される。女性との会話は普段よりかん高い声になる。コミュニケーション能力も乏しい。
・人と交わらず苦労してないので年の割に顔にしまりがなく、ファッションに対する意識は中学生の時から進歩していない。
・淋しがり屋だが団体行動が苦手、ワイワイ盛り上がるのも苦手。逆にみんなが盛り上がってると妙に冷める。
・静かで清楚な女性が好き。これは好きと言うより、自分が主導権を握るためで我が強い。
・大事件や大災害が起こらないかなぁ・・・と毎日心の何処かで期待している。
・逃避するだけの毎日、過去の失敗を引きずっていてそのことを思い出す度に思わず声が出そうになる。
・容姿や身長、体格になんらかの強いコンプレックスを持っている。
・絶対に自分の非は認めず、何かあれば「他人が悪い、社会が悪い」と責任転嫁する。女性にモテない理由は「最近の女は男を見る目がない」から。
Pythonをかれこれ5年ほど使っているけれど、いい加減頭にきた。
大体頭に来るような内容というのは限られていて大体は
http://www.aoky.net/articles/steve_yegge/tour_de_babel.htm
本当にPythonを殺し、メインのスクリプト言語となる望みを、あるいは何であれメインの言語となる望みを絶ったのは、永久凍土の問題なのだ。人々はいまだ埋め込みインタプリタにTclを使っている。どのような面から見てもTclよりPythonの方が遥かに優れているというのに——ただし永久凍土の問題を別にすれば。
これに尽きる。
よく言われるが、インデントに縛りがあるのもselfが付くのも慣れてしまえばさほど気にならないし、むしろ魅力的とも感じる。
しかし、Pythonを本当の意味で糞たらしめて居るのはその言語を使っているコミュニティがあまりにも思考停止しているからだ。
インデントやselfが気に入らないなんて些細な問題を他の言語使いから散々文句を言われたがために、本当の意味で言語の弱点になっている部分が指摘された時にも「それは言語仕様が悪いんじゃない。言語仕様に沿って考えられないお前の頭が悪いだけだ」と言ってくる。
実際のところ、Pythonの仕様には言い逃れのできない仕様の穴は幾つもある。もちろんよく引き合いに出されるRubyやPerlにも仕様の落とし穴は山ほどある。仕様の穴そのものは実はそんなに深刻な問題ではない。
真に問題なのは、Pythonコミュニティはその仕様の穴を断じて穴と認めない事だ。
言語同士でdisり合いになったとき、何かその穴をつつかれた場合の各人の反応はおよそこんな感じだ。
Perl使い「そうだよね、そこの仕様は頭悪いよね。でもPerl6のこの機能使えばこんなに短く綺麗に書けるんだぜ(と全く読めないコードを出す)」
Ruby使い「うんうん、仕様の話題でもそこは殺人現場とか呼ばれてるね。コミュニティ的にはこっちの機能を使うことを推奨しててそっちはobsolatedだね」
PHP使い「それ言い出したらこっちにこんなに大きな地雷あるし、この地雷なんてもっと大きいぜ。ほんとPHPは地獄だぜ」
Python使い「お前の思考通りに言語が動くんじゃなくてお前の思考を言語に添わせるんだよ、言語の挙動すら理解せずに使おうとするんじゃねえ」
こんな感じに、まず最初に質問者へ人格攻撃を行う。インデント言語であることやselfの問題について未熟なプログラマからのどうでもいい指摘を散々受け流してきたPythonコミュニティは、言語仕様について文句を言われる事に慣れているためまず相手を攻撃する。初心者を寒波が洗礼するのだ。
言語仕様が汚くなっている事まではどの言語も一緒なのだけれど、Pythonコミュニティだけは欠点を認めず必死に(∩ ゚д゚)アーアーきこえないという態度を取る。
これこそがPythonを糞言語たらしめる最大の弱点である永久凍土の問題。コミュニティが凍れば言語の進歩も凍る。
思うんですけどね、ぼく、脳にチップを埋め込んで知識を頭に直接ダウンロード的な世界が本気で到達しないかなーと思ってるんですよ。でも一言で知識といっても。全知識のことでは無く、いわゆる理科学系的な知識のこと。
そのような未来感に対して在野の方は「知識を頭に叩き込んでも知識の使い方を覚えられない」という文句がでるんですが、僕はそんなもの詭弁に過ぎないと思うんですよね。
何故ってそもそも人ってあなたみたいな偉そうな人が言うほど馬鹿じゃないよって思うし、論理とやらは数学でも良く出来た人文系の本でも読めば会得できるものだと思うからです。
加えて理系的知識のみ頭に直接叩きこんでも構わないというのは、理系的知識が(複雑系的な言説が代表する最先端の知を除いて)すべてがファクト(らしい)だからです。
例えそれが原理的に「ファクトらしい」ことであるとはいえ、少なくとも恣意的では無いんですよね。それでですね、そしてそんなファクトらしいことをファクトとして扱って科学はここまで技術化され人類の進歩発展に帰依してきた(ここれ辺が人文知とは異なるところです。人文知はその恣意性が暴力的な力を持っている。そしてその暴力性が人文知の力。すなわち文脈を書きかえること。個人にとって一見関係無かったものを一つの視座を持って関係づけ、切実なものにする。それが人文知の力、だと思ってます。)(一方理化学的な知識にも別種の暴力性が当然あります。そのことに自覚的でない科学者はみんな根本的には自分勝手なクソ野郎なんだと思います。残念ながら。)
うう、かっこの中の話で本筋から遠ざかった…。
ぐだぐだ言ってきましたが、ここまで言ってきたことは一言です。基本的な理系知識というものは大抵が世代を超えて一個の人間がまた改めて一から学ぶほど価値があるわけではないということ。
いわゆる理系学生の中に以下の現実に気づいて憂鬱な気分になっている人は多いと思うんだけれど、若いころの時間を使って結果の分かりきってる学生実験をする価値なんて99%以上無いんですよね。
え、実験道具の使い方?レポートの書き方?全部別プログラムでやらせた方がよっぽど効率的です。だってどちらも理系的な知識を使わないじゃないですか。どちらかというと体育と国語ですよ。
そりゃ回数重ねてれば何かの偶然で新しいことが起こるかもしれないけれど、そこに若い学生の時間を使うのはいかがなものかと思います。どちらかというならこれから寿命がますます伸びた年配の方がおやりになればよい。しかも年配の方々は数が増えるのは分かりきっていることなのだから。可能性の伸びしろとしてはそちらの方が全然優位なはず。
そしてぼくはそのような年配の方(時間があって、科学とかゆるく好きで、しかも高校の教科書的な所から大学の2~3年程度の知識が頭に一括ダウンロードしてある方)が自由に研究を趣味的にできるような場がこれからあると良いなーと思います。
知識があったとしても大抵は無駄な研究もどきなるとは思いますいが、それでいいんです。無駄は文化になります。文化は物語化されてブランド足り得ます。
今までに比べてはるかに安いコストで、気軽に研究できる。しかも初めから自分の興味のある分野を。これってとてもいい社会だと思います。それにそのようなある種のハードルを下げるにはとても良くて、実際的に何がいいのかというと人材流入のハードルが下がれば在野の人の既得権の縛りが解かれる+競争激化+多様性が増しイノベーションが起こりやすくなるんですよね。(その弊害は例えばPixivなんかで散見されますね。すなわち雇用の問題。)
これからデジタルに親和性の高い世代が高齢者になったり、ある程度英語等でコミュニケーションで来て人材の移動性が高まる時代に、それを実現できたら、かなりのその地域引いてはその国のブランドになりえるし、いいことだと思うんですよね。
日本というのは自然災害がその立地条件からして根本的に多い国だし、今回の放射能ははそもそも強いと思われていた農作物のブランドの(程度はどうであれ少なくとも方向性として)下落につながった。その後の日本政府の立ち振る舞いも同様に日本全体をパッケージとして観たときのブランド価値は下がったと思う。
つまり日本というのは根本的に他国に比べブランド価値が強くなければ優秀な人材を引っ張ってこれない国だと思うんですよ。例えばわが身ひとつで立身出世しようと考える優秀な中南米人が「日本は色々災害とか身の危険あるけど○○があるからここで仕事をしよう」と思ってくれないとダメなんですよね。でなければきっとこれから日本という国は戦えなくなる。(経済的に豊かでなくなってくると無駄の確保ができなくなります。無駄の重要性は上に述べてきたとおり)。
さて、ここまでメリットばかりあげてきましたが批判も数多く考えられます。例えばその筆頭にしてもまっとうなものが「科学の発展が加速したらますます倫理の側が追いつかなくなるじゃないか」というものです。
しかし、僕はこの観点も保証できます。なぜなら時間に余裕のできたものは、退屈な事実の再確認や荒唐無稽な技術への信仰ばかりするのではなく、確かな今を見据える人文知的なものを学びたくなる欲求が高まるはずで、加えて言えば知識の記憶に費やす時間が短くなれば余暇が創出できるので、そのような歴史、思想史、哲学史を学べる機会は増えるはずなんですよね。たとえあなたが時間があるから大丈夫(=自身の倫理を構築できる)とは限らないなんては思えなくとも、学生実験をやるよりはよっぽど有意義な時間が過ごせるとは思いませんか?
以上のことがもっとも実現可能性の高い場はラボをシェアするという理念の元運営されているいくつかの団体だと思います。なぜなら人材の流動化がこれから激しくなる時代に情報系のものを除く理化学系研究が根本的に抱える問題とは研究はラボというその場でしかできないことで、その土地でしかできないならその場にしかいられない。そこをシェアをすることでより開放するサービスが圧倒的に人々に受け入れられるだろうからです。
また実現に向けて初めに脳内に知識ダウンロード、と言いましたが、それより若干コストは高くなるかもしれないけれど海外のよく勉強したにもかかわらず文系就職しそうな元理系学生とか先生に雇って、そのサポートに比較的リーズナブルに提供できれば十分今まで述べてきた未来の足場としては実現可能だとも思います。
結婚して子供を持ち、とても幸せそうに暮らしている若い夫婦を知っている。
結婚が幸せを作るわけではない。魅力のない男と魅力のない女が生活のために妥協しあって無理に結婚したところであの幸せは生まれない。
幸せになる能力を持っている人が、幸せになっていくだけなんだ。
魅力のない男や魅力のない女、友達をつくれないコミュ障、そういった人々を
無理に結婚というシステムや、飲みニケーションといったシステムにはめ込んだところで、彼らをより不幸にするだけだと思う。
コミュニケーションは結構人間の根源的なところに近い欲求の一つだと思うんだけど、
それも、今やネットで充足されちゃってるんだよね。
家電が男が結婚する必要を無くしたように、ネットがリアル友達を作る必要を無くした。
つまり、人は様々な欲望を技術の進歩で解決し、コストをどんどん下げてきたわけだ。
際限の無い縮小社会。
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20120112/p1
稽古事や学習塾は放課後や休日に通われるものであり、それらが増えるということ=それだけ友達とのスケジュール調整が難しくなるということ であり、一人で遊ばざるを得ない時間が増えることでもある。
稽古事や学習塾が、同年代と遊ぶ時間を奪うだけのものであるというのは間違い。
中学受験の塾では、志望校ごとのクラスが作られるので、そこで中学入学前に友達を作っておくことができるし、
高校受験の塾でも同様のことが行われていた。
稽古事や学習塾は、別の学校に通っている同級生との出会いを生む場になっている。
友達や配偶者が居ないデメリットを金で解決できるようになったからだと思う。
だから一人暮らしは成り立たず、誰もが「親の家から出てすぐ結婚」もしくは「親の家から出て下宿を経て結婚」という道を辿っていた。
家事負担が家電の登場という「技術の進歩」によって軽減した今では、男たちには無理に結婚して他人と同居し、養ってやる必要がない。
女たちにとっても、均等法の施行によって自力で稼ぐチャンスが生まれたので、好きでもない男で妥協してまで結婚する必要がない。
旧世代の人間にも、今の世に生まれていたら結婚などしていなかったという人間は多いのではないか?
熟年離婚の多さがそれを物語っているような気がする。彼らは元々結婚に向いていなかったのに、結婚しないと生活できないから無理に結婚していたのだ。
友達が居なくても生きていけるようになった理由も、「技術の進歩」だ。
ゲームが無いころヒマでヒマでしょうがなかったのが、ゲームをやって楽しく過ごせるようになった。
自力で解決できない困ったことが起きたら知人に解決策を聞かなければならなかったのが、ネットで調べれば知人より精度の高い答えを得られるようになった。
夜中に急にものが必要になったときそれを持っている知人を頼らなければならなかったのが、深夜営業の店が増えて簡単に入手できるようになった。
ニッチ・レアな製品を手に入れるためにはオタクコミュニティに属して関係構築しなければならなかったのが、
ネット通販やオークションで金さえ払えば手に入れられるようになった。
「技術の進歩」によって、コミュニケーションをしなければ得られないものが減った。
コミュニケーションをとらなくても生きていくことが、欲望をみたすことができるようになった。
今あえてコミュニケーションをする人々は、コミュニケーションが目的である人だけだ。
コミュニケーションを手段としてしか捉えていなかった人間は、今の世の中ではする必要がなくなった。
それによって少子化による経済停滞や孤独死の増加による巡回コストの増加も進むだろうが、時代を元に戻すことはできないだろう。
友達同士の助け合いには金銭が絡まないので税は取れないが、友達がおらず企業によるサービスを利用する人からは税を取れる。
恋人同士や夫婦間のセックスには金銭が絡まないので税は取れないが、キャバクラや風俗では税を取れる。
国の思惑はそうだったのかもしれない。
無事次の年を迎えることが出来た投げ売り堂の増田への12月の結果と雑感を書き込みます。
| 項目名 | 12月 | 11月 | 増減 |
|---|---|---|---|
| ユニークユーザー | 4854 | 4429 | +425 |
| ページビュー | 34212 | 26269 | +7943 |
| 平均ページビュー | 1.66 | 1.56 | +0.10 |
| 平均滞在時間 | 1:54 | 2:39 | -0:45 |
| 新規訪問数 | 15.87 | 16.13% | -0.26% |
詳細はいつものように以下の Analytics の PDF に書いてあります。
今月は色々大変だったんですが、新機能やプレゼント企画をすることが出来ました。
「アニメDVD・BD」と「プラモデル」のカテゴリーの追加をしました。
「PC関連商品」を本当は追加するつもりだったんですが、「プラモデル」関連商品の要望があったので今回はこちらに。
カテゴリーの追加自体は比較的容易に出来るようになったので、色々と今後追加していきます。
一気に5つ増やし、レイアウト変わりすぎるのも混乱を招きそうというのもあり
5つのカテゴリーのうち、好きな3つ表示が出来る様にカスタマイズ出来るようにしました。
表示状態は cookie に保存するようにしました。今後ログイン機能を付ける予定なので
将来的にはどの端末でも同じように使えるようにしたいと思います。
先月末にプレゼント企画をやりました。
前にやったプレゼント企画の際、「6商品中17人しか応募が無かった」という悲しい結果だったんですが
その際にご意見・ご要望をお聞きし、今後の更新で非常に有用なアドバイスをいただきました。
今回のプレゼント企画はやって本当に良かったです。
いえ、あなたの言っている事とは逆では?
少なくともあなたの提示したPDF( http://www.niph.go.jp/wadai/mhlw/1992/h040452.pdf )を見る限りでは、そのように書いてあるような。
逆に言えば他の死因が減少したためSIDSに注目が集まったともいえそうです。
下記PDF(http://www.niph.go.jp/wadai/mhlw/1992/h040452.pdf)から転載
従来ならば呼吸器感染症と診断されたものが本症として診断されるようになったとも考えられる。
しかし、本症が増加し始めた1986年は0.18であったので、
本症が急激に増加した最近5年間では窒息同様に僅か0.05の減少しか示さなかった。
1986年からの窒息と肺炎及び気管支炎の減少分を加えても0.1であり、
本症の同年からの増加分0.18を十分に説明することはできない。
その他の疾患から診断名が変更になってきた可能性は少なく、
本症の発生頻度の最近の急激な増加は、
SIDSを問題視する理由は他の死因が下がったからだけではないようですよ。
目を逸らしていいものでもありませんよ。
もちろん「私はリスクを飲むよ!」というのであれば、どうぞご自由に。
ただリスクが無いような書き方をするのはまずいでしょう。
妊婦が普通に働けるとか、別に母乳じゃなくて良いとか。そういうのは害だと思います。
そもそも育児中の女性が仕事に向くのか?って議論はあって良いと思う。
働きやすい職場ってそういう事じゃないのかね、『大丈夫!私、働けるからー!』って言い切るじゃなく。
その時、夫が働き生活を成立させれば良いでしょう。
2人で働くよりは生活レベルは下がります(男女ともに働く社会なのだから当たり前です)が、それは受け入れるべきでしょう。
あと、あなたは『自分の性』を受け入れられてないように見えます。
で、これを四六時中つけていて大丈夫なのは、ある程度肌に擦れて回転してるから。
回転しないと皮膚が圧迫される。だから定期的に外さないと皮膚にはよろしくない。
指輪が危険じゃない?無自覚で腎臓疾患のある人が指輪はめっぱで壊疽起こして切断とか知らないのか?
金属アレルギーはピアスでなくても起きてます。ネックレス、ヘソピアス、甲冑、様々な金属でおきる可能性があります。
起きにくい、起きやすいは接触する体の部位でもアクセサリーの種類でもなく、金属の種類に依存します。
どの金属もアレルギーを起こさないとは断言できません。比較的起きにくいとされてるAu,Ptがよく使われてるだけ。
あいた口がふさがらない。LED電球が家庭で購入できるほど技術は進歩したのに?
今後もコストがかかり続けると思ってるの?
とりあえず履歴書に書いて、「PCできるんだって?エクセルとかワードとか?」「ハイ。一通り」「ホームページは?」「いじれます」
泣かずに説明したんでしょ?偉いじゃない。
繰り返しになるけど別に卑下する必要ない。
わかるわけない未体験のこと、現場に出てからしか判断付かないことについても説明したわけだ。
これだよ。
採用面接官が物凄く好意的に採ろうとしてたとしても説明してくれない人は一番採りにくい。
(逆に「採用面接官が物凄く悪意的で最初から採る気が無い」というネガティブな見方をするなら
そんな面接についてアレコレ悩むだけ無駄だからやはり考える必要は無い。)
>障害者はパソコンの大先生より更にそのへんの融通の用意はある。
じゃあなおのこと採ってやりゃいいじゃんとしか思えない。
全くだ。
相手の善意を信じて、相手が採りやすいような形を整えてやるべきだ面接受ける側も。自分で出来る限りは。
また、それでも運や相対評価はあるだろうけどね。
「ノウハウが無い企業に障害者雇う資格無し」ってことなら席を立てばいいだけだが、
融通なんかないんじゃん。
「どんな配慮が必要ですか?」って当人に聞くのは
当人の希望に沿って調整する用意があると言うことで、
俺の日本語ではこれを融通って言うんだけど
君の日本語では融通はどういう内容?
逆に当人の希望を聞かずに「ここに入ってね、うちここしか空きが無いよ」が融通無い状態。
それはいいんだけど、立ち会う人間には(採用側としても)サポートの能力が欲しいわけでしょ。
家族にしろ職安職員にしろ、採用側より障害について知ってるから求められてる。
「十全なのかー」って十全なわけないし十全なんて求められてない。
というか障害者に限らず「十全な面接サポーター」ってどんな存在か述べてみて欲しい。
(述べられなかったら、屏風の虎を追うような不毛な論法に気付いて欲しい。)
常識非常識っていうなら障害者雇用の時点で「セケンイッパンノジョウシキ」からは離れてる。
本人が泣いてて説明できないで終わるだけなのと、代弁者が説明するのなら、
後者のほうが双方にとっていい。
非常識になりかねないから代弁者はダメ、ってスタンスが何の利益を生むのか考えてみて欲しい。
障害者だから有利とかいう話じゃないんだってば。現に元増田の所感は「面接ダメだった…」ってなってるし。
何が有利やねんアホか。
君との話し合いは繰り返し日本語の問題に突き当たるけど
「有利」と「必勝」は違う。
元増田は今回は有利さを生かせなかった。
そして元増田の側に立つ(君の言い方を真似するならばだが)という君も
「相手が歩み寄らなかった」「相手が全部悪い」ばっかり。
しまいには「相手はもとから悪意しかなかったんだ」「悪い奴だ」って。
これとか。
そもそも、要求して何が悪いんだろう。企業の要求は悪なのかな?
負けずに要求し返したりすればどうだろう?
それを元増田のものと思っていて、しかも元増田がその「知能に関する障害」の故にこんな珍妙なことひねり出したんだと言わんばかり。
読み返しても
「そんな指摘をするなんてお前はあっちの味方だな」という反応は小児的だし混乱してる。
「いやそれ珍妙っていうか企業が言い出したことだから。つまりボンクラは企業」つーたら、
「あっホントだ!」じゃなくていのいちに「は?」とか言われたし。
それが君の気に触ったのかもしれないけど
何について「は?」なのかというと、その時の君の論理展開がさっぱりわからないから「は?」なのね。
今もわからないけど。
日本語として、もしくは論理の展開として「あなたの言わんとすることがよくわかりません」の「は?」。
「pardon?」の「は?」。
君の中では「元増田の側に立つ俺の弁に「は?」と言いやがった、じゃあ敵の側に立つ気だな!」という処理らしいけど
繰り返し出てくるその処理パターンのネガティブさ自体が君の問題だと気付く方がいいと思う。
世の中が敵だらけになってるんじゃないだろうか。
まさに今ストレスフルな相手に対して(中略)はな。
君が今凄くストレスを感じてるのはわかってる。
そういう時の自分の文をこそ観察して、思考パターンの動きを省察するといいと思う。
ザッと流し読みしても「バカ」とかそういう言葉が激増している。
ネガティブ・不貞腐れ思考、対立認識、破滅願望、攻撃性、etc.
そのパターンが一度でも君を本当の意味で愉快な気持ちにしたり、
物事の解決の助けになったりすることがあったか思い返してみて欲しい。
好きな女性に便利に使われてしまう。キャバ嬢に入れあげて貢いでしまう。
声優に入れあげてグッズの購入やブログの監視に明け暮れ、時間と金を浪費してしまう。
思うように女性が手に入らないことに苦しみ、憎悪に悶えている。
一切の性欲を持たない状態。
「自己愛」のみで性処理ができる状態。
男性作家が生み出した小説・漫画・イラストのみをオカズにする。
女性作家による作品や、女性声優に声を吹き込まれたキャラなど、
男性作家や女性作家がかいた小説や漫画、イラストなどをオカズにする。
「実在女性の声」や「実在女性の容姿」など、実在女性のみが生まれ持った魅力は性的対象としない。
風俗利用。即時破門。
女性への復讐が目的ではないので、「ゲイになる」「男の娘に走る」はズレています。
このような道に進んでも、イケメンなり、一番可愛い男の娘なりに振り回されるのは変わりません。
魅力がある者がない者を振り回し、搾取する構造は変わりません。
先日、TBSの番組「夢の扉+」を見ていた。TBSの中で視ているのはこの番組だけだが。先日のテーマは「小さな町工場から日本の製造業を支える!」というもので、職人集団「チーム等々力」の免震テーブルの開発について綴られていた。
確かに、各職人の技術はすごい。ああいう職人技が日本を縁の下の力持ちとして支えているのも事実だと思う。例えば、新幹線の先頭ノーズはあれは職人手作業じゃなかっただろうか?
違和感を感じたのは、「職人が大学教授の求めているモノを理解出来ない」という点だった。結局番組では理系大学出身の技術者が、大学教授の要求(要件定義)を職人に分かるように図面に起こした事になっている。
それでいいんだっけ? 図面になっている物は作れるが、図面を起こす事が出来ないということだろうか?
我々IT技術者は、顧客のまだ具体的になっていない要求をヒヤリングするところから始まり、要件定義をし、設計し、実装し、テストし、納入し、運用・保守をする。だから、顧客の専門用語や技術も分からなければならないし、情報技術も分かっていなければならないし、運用・保守コストも考えなければならない。それに情報技術は進歩が早いにもかかわらず、分野によっては製品寿命が20年とかいうのもあるから、新技術だけ知っていても話にならない。
「チーム等々力」の方々は、いい製品を作るかもしれないけれど、IT業界的に言えば、コーディングだけ、という事に。否、それでも範囲が広い。コーディングは一種の「設計」でもあるから、範囲はもっと狭い。
そういえば、ITで「制作・製造」ってどの部分を指すんでしょうね。もしかして、コンパイル・リンクしている時間だけかも。なにしろ、コーディングも設計の一部であるから。
自分は、顧客の要求をヒヤリングするところから、運用・保守まで全てに関わっている。ヒヤリングしている時点でどう実装すれば良いか、どう保守するか、保守のための実装はどうするか、を考えながら顧客と接している(ここでいう実装とは、ハードウェアも含む)。
かなりゼネコン化されているので、元請けが仕事を取ってきて、こちらに仕事を発注する事になる。その時点で、かなりの情報が欠落している。元請けの方は、顧客(この場合エンドユーザー)の専門が分からないまま受注している事が多い。その上、実装を分からずに発注してくるから、かなり困る。結局、元請けに対し、かなりの懸案事項が発生する事態となる。顧客に対してこの設計では足りないとか、設計に対し実装不可能とか。それをいちいち指摘しないとならないが、これが時間がかかる。
こういう案件がたくさん来ると、今度は実装出来る人間に限界が出てくる。なので、実装するのをさらに下層の外注ソフトハウスに出すの事になるのだが、今度はこれが、エンドユーザーの事が分からないため、なんだかよく分からないブツが上がってくる。その上、金の切れ目は縁の切れ目だから、運用保守に関しては全く考慮されていないブツ。もちろん、中には優秀な外注さんもいて、すばらしいコーディングのブツが出来上がってくる事もあるが、そういう人に出会える確率は万分の一程度か。
そこへ追い打ちをかけるように、コスト低減要求と短納期要求、仕様変更。人月の神話。
顧客の頭の中を覗く人、顧客の要求を情報技術者向けに翻訳する人、翻訳されたものを実装する人、実装されたモノをテストする人、テストし終えたモノを納入・設置する人、運用・保守する人、がそれぞれ分業・連携取れていないのが、現日本のIT産業の姿です。
最近は自社の社員も質が下がってきていて、Windowsしかいじれないとか、統合開発環境内でしかブツが作れないとか、コンピュータがどう動いているかイメージ出来ないとか、果ては、顧客の専門用語が分からない、というのもいる。ソフトハウスに至っては、作ったはいいが、作ったモノに対してデバッグ出来ないとか言い出す始末。
というわけで、就活生には、ITはお勧めしない。もし、プログラミングだけしていたいというのであれば、メーカーではなく、小さなソフトハウスに就職した方が良い。でなければ、顧客と対等(同等)の(製品)知識と、新旧情報技術に対応出来るだけの能力が必要とされるのである。
プロフェッショナルであれば正々堂々と記事を書けばはてブがつくのかもしれないが、
自分が書ける範囲ではてブがつきやすい記事というのはこれしかない。
難しすぎず、かといってよみ飛ばして終わりというのでもなく、
少しだけ頭の体操になったり、その話題について他のやつと話題を共有できることが期待できるような話。
ニュースサイト管理人は、幅広い話題の中からそういう記事を選び、集めてきて読者に提供する。
自分が書くよりも、他の人が書いた良い素材を集めて、それをそのまんま提供するほうが価値が高い。
私は一般人のくせに、ニュース管理人みたいな努力をするのが嫌だ。
ゲームやラノベネタ、健康や勉強ネタ、ニュースネタなんかが作りやすい。
そうやって、自分の考えたネタで、はてブの人が遊んでくれているのを見ると嬉しいとか思ってた。
実際はニュースサイトの「恣意性」と、ブロガーの「品質保証に責任をとらない」の悪いところどりしてただけなのにね。
今日いきなり飽きた。ふと学校についてのネタを書いてて急に醒めてしまった。
なにやってんだ俺。これ高校時代にやってたことの延長じゃねーか。
あの時も、一生懸命ネタ集めて、誇張して、クラス限定での盛り上がりを演出とか頑張ってた。
朝の授業始まる前とか中途半端な空き時間とか、暇を持て余してる時はそれで相手してもらえたけど、
部活とか友達どうして遊ぶ輪に入れなくて、ぼっちだったじゃん。
俺の努力ってその場で消費されて、全然積み上がらなかったじゃん。
友達がいなくて、クラスで居場所が欲しくて、イジメられたくなくて、
それでヘラヘラしながら必死に話題作ってそれだけ終わったあの頃から何も進歩してねーじゃん。
何も築けてない。何も積み上がってない。相手の役にも立ってない。ただ時間つぶしになっただけだ。
もうやめる。絶対やめるんだ。
自分ために時間使って、はてなじゃなくてリアル側で友達の役に立てるような人間になるんだ。
ちゃんとした自分を積み上げるんだ。
2011年ボジョレーヌーボーキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!! : 2のまとめRより。
95年「ここ数年で一番出来が良い」
96年「10年に1度の逸品」
98年「10年に1度の当たり年」
99年「品質は昨年より良い」
00年「出来は上々で申し分の無い仕上がり」
01年「ここ10年で最高」
04年「香りが強く中々の出来栄え」
05年「ここ数年で最高」
06年「昨年同様良い出来栄え」
07年「柔らかく果実味が豊かで上質な味わい」
08年「豊かな果実味と程よい酸味が調和した味」
09年「50年に1度の出来栄え」
11年「50年に1度の出来」
これを出来の良い順に並べる、というのに挑戦してみる。
まず目につくのが「○年に一度」という表現。例えば11年の「50年に1度の出来」だが、これを過去50年で最高とするのは早計。そもそも同種の短評が、ここに上げた17例の中に5例ある。同じような「○年に一度」の中では数字が大きいほど出来がよいとみるだけに留めるのがいいだろう。
よってその5例については以下の様になる。
ちなみに評価が同等の場合は、醸造技術の進歩なども考慮して年度が古い方を上とした。
さらにこれらの5例との比較が明示されているものをピックアップしてみる。
99年は98年より上ということであるが、これが09年や11年同等の50年に一度、あるいはそれ以上の出来であるならば、「昨年より良い」などという評価でお茶を濁すとは思えないので、それよりは下にするのが妥当だろう。「09年と同等」と評価された10年については先述した通り、同等評価なら古い方が上の原則を適用し、出た暫定ランキングが以下。
次に注目したいのが、05年の「ここ数年で最高」ここ数年というのが過去何年なのかが曖昧だが、前年よりいいだけなのであれば99年のように、「昨年より良い」でいいはずなので、少なくとも過去2年よりも上と解釈すべきだ。すると100年に一度であった03年を上回る。翌06年も05年と同様に良いということなので、これも03年よりは上とする。よってここまでで
ここからが若干難しくなるのがだが、まずは
について考えてみる。
96、98年の評価は「10年に1度」級であるが、最初に言った通り「このレベルのものはここ10年なかった」などと読むべきではない。だが、97年については96年よりは上でなければならない。99年とどちらが上なのかについてはひとまず保留。
次に
95年「ここ数年で一番出来が良い」
だが、1976以来の出来である97年よりは下であるのは間違いないのだが、「10年に一度」である96年と比較してどうなのか。統計的に解釈すれば「10年に一度」というのは「全ての年に序列をつけたならば上位10%に入るであろう」とも読めるのだが、95年以前がどうであったのかが分からないのでどうにも判断のしようがない。単位が違うので比較するのは少々乱暴ではあるが、「数年」よりは「10年」ということで、96年より下とする。
まだランキングされずに残っているのは
00年「出来は上々で申し分の無い仕上がり」
01年「ここ10年で最高」
04年「香りが強く中々の出来栄え」
07年「柔らかく果実味が豊かで上質な味わい」
02年 > 01年であることに異論を挟む必要はないだろう。さらに01年が「ここ10年で最高」であることから、99年以下に入るはずはない。99年の一つ上は11年の「50年に1度の出来」である。どちらを上とするか。最近10年の内、「50年に一度」以上の評価が5回も出現するあたり、この評価の尺度の信ぴょう性にはいささか疑問があるのだが、「ここ10年で最高」程度が「50年に一度」を上回るというのも考えにくいので、それよりは下とする。したがって、ランキングは以下のようなものとなった。
残ってしまった4年度については、恐らく「大した出来ではないが今年の特徴は〇〇である」ということを、ぼやかしたものであろう。よって、95年以下で、順位については飲む人のお好みで、とするのが妥当ではないか。
保留にしたままの97年と99年であるが、50年、100年に一度の出来がここ十年で5度も出現するほど醸造技術は年々進歩しているのだろうということで、とりあえず99年を上とする。
越えられない壁(以下は順不同)
学生さんwww
「仲間はずれにされるー こわーい いやー」ってなってるのはわかったけど
君の知能・知識で悩んだって詮無いことだ。
怖いことは忘れてジャンプでも買いに行けよ。
韓米FTA反対デモ、道路占拠し警官隊を暴行
韓米自由貿易協定(FTA)の批准に反対するデモ隊が10日午後、ソウル市永登浦区汝矣島の国会議事堂近くの産業銀行前で道路を不法占拠しデモを行った。
同日午後2時半ごろ、警察の推定で1200人(デモ隊は5000人と主張)のデモ隊が「韓米FTA反対」というスローガンを叫び、集会を行った。参加したのは、アゴラ(インターネット掲示板)、金属労組、全国民主労働組合総連盟 (民主労総)、建設労組、公共運輸労組、進歩新党、民主労働党などの旗を持ったデモ隊で「ハンナラ党が強行採決すれば、現政権とハンナラ党に審判を下す総力闘争に突入する」などと訴えた。
午後3時35分ごろ、集会を終えたデモ隊は、国会議事堂前の道路の片側3車線を占拠し、ハンナラ党本部に向かって行進しようとしたが、約5800人の警官隊に阻まれ、にらみ合いとなった。
警察は午後3時45分ごろ、放水を開始。逮捕に乗り出した戦闘警察官1人がデモ隊に倒され、足で蹴られる暴行を受けた。この騒動で、戦闘警察官を暴行したデモ参加者とイ・ヘソン民主労働党最高委員ら11人が警察に連行された。デモ隊は午後5時ごろに自主的に解散した。
しかし、デモ隊約800人(警察推定)は、午後7時ごろに産業銀行前に再び集結し、韓米FTAに反対するろうそく集会を開いた。
東京から来たという労働運動家は「韓進重工業の闘争とFTA反対闘争は日本でも伝えられている。これからは共に闘争しよう」と話した。大学修学能力試験を受験し、京畿道富川市で服を着替えて駆け付けたという浪人生(20)は「ツイッターを見て、試験が終わってすぐに来た。2008年の米国産牛肉輸入反対集会には参加したが、FTA反対集会は今回が初めてだ」と語った。
集会にはインターネット放送で活動する鄭鳳株(チョン・ボンジュ)元国会議員、鄭東泳(チョン・ドンヨン)国会議員(民主党)、姜基甲(カン・ギガプ)国会議員(民主労働党)らも参加した。鄭東泳議員は「朴元淳(パク・ウォンスン)氏が(ソウル市長選で)勝ち、韓進重工業(の闘争)も勝利し、FTAでも勝つことができる」と気勢を上げた。デモ隊は午後10時10分ごろに自主的に解散した。
一方、午後2時ごろにはソウル駅前広場で在郷軍人会など10の保守系団体で組織する「愛国団体総連合会」の2000人(警察推定)が、韓米FTAの早期批准を求める集会を開いた。参加者は「国会は北朝鮮追従・反米勢力に振り回されず、韓米FTAを即刻批准し、国益を守れ」などと主張した。