はてなキーワード: 通過儀礼とは
黙ってれば就職も結婚もできて女性に比べたら生活スタイルを変えることもほとんど必要なかったのに(家事は母親→妻がずっとやってくれるし)何が通過儀礼だったんだろうか。
発生させること自体が通過儀礼
重ねて言うが、カテゴリーに属するほぼ全ての人への強制イベントじゃないと通過儀礼にはならないっての。
発生させること自体が通過儀礼なんだろ。
中高時代の反抗なんてそれこそ親から見放されない前提で人生狂わない程度にやるもの。一種の通過儀礼として自分の決断だと自信を持てるものがないという感じなのだろうけど,仕事は自分の判断で責任もって色々やれてるんでしょう?十分だよ,それで。
「反対を乗り越える」ことが必ずしも「自分の決断」なわけではない。健全な自分の欲求でも親も(偶々)望んでいるために選択肢から外すのは,むしろ支配されているとも言える。好きな女と家庭を作るって親関係なくいいことじゃない?
いずれ親も老いて,色々と自分を頼ってくるようになる。自身も親になってもいいくらいの年齢になってくる。差し当たっては,今より親との距離をとって日常生活で親を意識する機会を減らせばいいのでは。同居しているなら別に家を借りてみるとか。
精神的な「親殺し」は通過儀礼だ。誰でも通る道だし、通常、それですんなり親との距離が取れるようになって(親も大変だったんだろう)とか(毒親いらね)とか切り捨てられるようになる。盛大にやろう!
http://d.hatena.ne.jp/potato_gnocchi/20100526
「若い人が投資をする理由は複利だ」とか言ってるけど大嘘。
他にも「習うより慣れろ」とかもあるね。
大嘘。
色々と言い訳はあるだろうけど、日本で麻雀といえば金を賭ける。
ひところ大学の寮などに行けば、新入生が上級生から金を巻き上げられるなんてのは、まあ通過儀礼みたいなもんだった。
いわば、カモから金を巻き上げるわけだ。
(もちろんそれは単なる通過儀礼だから、上級生からすれば授業料、とでも思ってる節はあった)
じゃあ、儲かってる人はどこから金を巻き上げるのか?デカく負けるひと?大口の取りこぼし?
違うね。
1万円、5万円、10万円ぐらい負けてる一般人からうすーくひろーく巻き上げるのさ。
だから、FXの入門書や株の入門書が氾濫している時ってのは、稼ぎどきだったわけだ。
訳もわからない初心者が「無くなっても授業料だと思って」大挙してやってくる時期だから。
まさに、カモネギ状態だ。
複利?
馬鹿言っちゃいけない。1%の複利でも積み重ねればデカイ。それはそのとおり。
で、ペーペーの若人が金突っ込んで複利の恩恵を享受できるもんか?
できないね。
若い人が投資を行う理由はたった1つだ。「痛みを伴った学習は身につくから」
もっと身も蓋もない言い方をしてもいい。「賭け事なら熱くなるから」
株をやらなきゃ、そもそも株式会社ってのはなんで、どうして合併が起こるのか気にすらしない。
どの業界がどんな仕事をしていて、どうして利益を生んでるかわからない。
コンシューマ向けの仕事をしているところ以外は、就活の視野に入らない。
「賭け事に勝ちたい」というある意味凄まじく純粋で強力な動機から、そういったことを知ることが出来る。
(WBSのトレたまで取り上げられるだけで株価が上下するなんていう、市場のイイカゲンさも肌で感じることが出来る)
考える事、調べることが大量にあって、勝つには動向を調べる必要がある。
そりゃそうだ。ライバルに勝ちたきゃ、ライバルに先んじる必要がある。
それは、場代を徴収する雀荘に勝つ為でも、たまにいる雀ゴロに勝つためでもない。
それよりも、なぜGoldの相場が最近上がりっぱなしなのか、土地に投資するのはどういう意味を持つのか、OPECってニュースで言う時にじゃあそれは家計にどういう影響がありそうなのか、
そういった自分が生きている世の中を知ることが出来る、情報の読み解き方を知ることが重要なんじゃないか?
ダビスタに費やした1万時間は輝かしい勲章かもしれないが、経済指標の影響力が判るわけじゃない。
棒テン則リー全ツッパ、相手が張れば運だのみ。
それじゃ勝てないし上手くもならない。
勝てたとしたって単なる星の巡りだ。
FXも同じだ。
「上がりそうだから」「下がりそうだから」の2択のギャンブルじゃルーレットと同じだ。
「みんなが上がると思いそうだから」なんていう根拠をどうやって出していくか。
政権交代したら円ドルレートはどう動くのか?それを自分はどう考えるのか?
株だってそうだ。
上がり調子の株に張るのに根拠がなきゃ、それは大金かけたスロットだ。
スロッターだって研究するご時世、どうなるかわからん株を買うのか?
そしてその分析は、日々の生活の中で役に立つ。
シューカツするなら日経読もう。大いに結構。
でも、小銭を稼ぐために血走った目で世界情勢追っかけてる連中の情熱を持って読めるかな?
業界研究するときに、100万突っ込むつもりで分析してるかな?
「うちの会社は大丈夫かなあ」と溜息つくときに、同業他社と材料比較できるかな?
だから、若い人が漫然とインデックスファンドの手数料を比較しても、持株会に入ってもあまり意味はない。
ギャンブルに勝つつもりで、不順な動機で突っ走るために本気で分析してこそ意味がある。
向いてる向いてない、投資だ老後だなんて言う前に、目の前の鉄火場に本気になる。
それこそが、結局世の中を知ることになるし、社会の仕組みの一端に触れることが出来る。
麻雀やパチンコ、桃鉄やその他もろもろのエンターテイメントと同じく、単なる遊びだ。
どうせ熱くなるなら、あとで使える知識が身につく賭け事に時間を費やそう。
それに、なんだかんだいったって人生落ち着けばギャンブルみたいなヤクザなことからは足を洗うんだ。
ついに今日を迎えてしまった。それまでは心のどこかに「19だから、未成年だから」という意識が少なからずあった。いや、かなりあった。別に悪いことはしてないけど良いこともしなかった。何もしなかった。そのことを「まだ子供なんだから……」と慰めのような言葉で紛らわしていた。誰かに言ってもらうわけでもなく脳内で何度も繰り返した。気持ちの悪い自慰行為である。しかしカレンダーをめくるように今日で僕は社会的に成人となった。もうあのフレーズは使えない。僕みたいな人間が成人とみなされていいのかと自分のダメっぷりにはいつも嫌気がさしている。小学生の頃夢想していた大人に僕はなれなかった。あの頃の自分に申し訳ない気持ちさえする。ごめんねマジごめん。ぬるま湯に浸かりすぎた僕はいきなり熱湯に浸かることも冷水を浴びることもできない。かといって風呂場を出る気もない。日本にも通過儀礼的な行いがあればいいなと思う。同窓会となんら変わりのない成人式のようなものではなくてある程度心身に苦痛を伴うような行事が。ま持論だけど人が変わるというのは一日程度で変化するような劇的なものではなく火にかけた水が沸騰するような漸進的なものだしそういう外部的な機会に頼ろうとしている時点でやっぱり僕はまだまだガキだ。通過儀礼も国全体として緊張感のない日本で行ったところでただのイベントに成り下がる気がする。やっぱり通過儀礼なんかなくていいや。ふふっあーあどうしよう。なんだかなあ子供のころはプレゼントもらえたりでウキウキしていた誕生日が今は全然嬉しくないや。自分は大人だと納得できる日は何年後になるのだろうか。叱責されて「君はまだ子供だね」と言われる方がまだよっぽど心地が良い。