はてなキーワード: 通勤とは
http://anond.hatelabo.jp/20120213205315
( ´∀`)人(´∀` )ナカーマ
よう、一年前の私。
ちょっとだけ欝かもしれないけど、あえていう。
頑張れよ。すっごく頑張れよ。
欝っぽいならしっかり休めよ。
でも、休むのは2ヶ月以内にしろよ。
休むなら思いっきり休めよ、遊べよ。
本気で頭空っぽにしろよ。
とにかく全力でな。
俺の時みたいに、中途半端な時期を作ると
後悔なんかないはずなのに未練とか感じて歩みが遅くなるぞ。
今の決断を忘れないように、思い返せるように、ちゃんと毎日見返せよ。
これも、2週間くらい放置するだけで頭がぼんやりしちゃうぞ。絶対に忘れんなよ。
あと運動は絶対に欠かすなよ。
通勤が結構いい運動になってたって思い知るようになってからじゃ遅いぞ。
ほかにもいろいろ言いたいことあるけど
とにかく自分にまけんなよ。
自分にだけはまけんなよ。
2週間くらい前の話。
隣駅にある保育園からの帰り道、保育園用のリュックと通勤カバンを提げ、前には約9キロの娘を抱え、「よいしょよいしょ」と地下鉄の階段をのぼりきって(けっこう重かった)、歩かせるために娘をおろしたら娘が転んで泣いた。それを見た通りすがりの見知らぬおばあさんに「悪いママね!ひどいね!」と怒られた。
その翌日の話。
私の見ていないところで娘がお皿を机の上から落として割った。その音に驚いた私が「わ!」と大きな声をあげたら、義母に「お皿落としただけで大声あげるなんて、悪いママだね、こんなことで大声あげるなんて!」と責められた。
この頃、夫の帰りが遅くて家事も育児も一人ですべて抱え込み、仕事も忙しかったが娘のお迎えのために毎日必死になって片付けた。
娘の体調が悪かったが会社は休めるわけなく、なんとか時間を作って小児科に連れて行ったり、とにかく自分なりに色々一生懸命だった。朝起きてから寝るまで疾走している気分だった。
忙しかったけど、娘のごはんは栄養を考えてきちんと手作りしているし、昼間に仕事で一緒に遊べない分、散歩がわりに通園時に手をつないで遠回りしたり、夕食後も娘と鬼ごっこしたりブロック遊びしたり、寝る時は添い寝して絵本を読んだり子守歌を歌ったり。
自分なりに、愛する娘を幸福にする「良い母」になろうと努力していた。
色々とせっぱつまっていた時期だったのもあって、他人に「悪い母」と言われたことに泣くほどショックを受けた。
いまだにこのことを思い出すと腹ただしい。
1歳の子供が歩いて転ぶのは当然じゃないか。それともあれか、転ぶと危険だから歩かせるなとでも言うのか。そんなんじゃ体力の無い子供に育つだろ。
大きな音に驚くのは当然じゃないか。それともあれか、大きな音でも驚かないのが「母親」か。お皿の割れる音にも動じないって、いくらなんでも鈍感すぎるだろ。
怒ったり泣いたり、その結果思ったのは、これから子供を育てていく上で、こういうことは何度もあるんだろうということ。
100のうちの1を見て、それで100を理解した気で口出してくる他人は、きっとたくさんいるってこと。
だから、いちいち怒ったり泣いたりしていても仕方ない。
自分でも「良い母」にとらわれすぎてると思う。
しかし、父子家庭で育った私にはドラマや映画や小説や育児書にでてくるような「良い母」しか知らない。
変な話だが、母親もウンチするのだろうか。母親もオナラするのだろうか。母親も鼻クソほじるのだろうか。
とはいえ、保育園のお迎えで娘の顔を見るとホッとするし、娘とのお風呂の時間は楽しいし、娘の柔らかなほっぺをプニプニするのは至福だし、歩くときに娘から手を伸ばしてきて手をつなぐと嬉しいし、とにかく、娘のこと大好きだ。宝だ。私の生きる意味だ。大好きというか愛しているのだ。
ようは、愛する娘のために何かすることは苦にならない。どんな努力も。
東日本大震災からの復興施策の司令塔となる復興庁が10日、正式に発足し、東京都港区赤坂の民間ビルに設けられた本庁で、野田佳彦首相や初代復興相に就任する平野達男復興担当相らが看板掛けを行う。設置期限は2020年度末までで、本庁、地方合わせ常駐職員約250人体制でのスタートとなる。
復興関連予算の要求・配分を一元的に担うほか、被災地に規制緩和や税財政上の特例を認める復興特区、住宅の高台移転などに使える復興交付金も所管する。
もしかしたら、この記事を読んだ諸君は、「なんでもうすぐ一年にもなるというのにもっと早く立てなかったの?」とか、「なんで東北に立ててないの?」とか思いの方もいるやもしれません。
が、考えて欲しい。彼らが東北に立てた復興庁とやらに自ら足を運びたがるか?、ということだ。彼らが復興庁に通勤するためには、東京にあるということは絶対条件なのだ。
ついこないだもNEC社員と思しき人間が宮城県のしょぼい街に異動になって阿鼻叫喚だったろう?「まともな人間」にとって東京以外というのは田舎でしかない。ましてや出世から外れようとエリートであることには変わらない彼らが、どうして田吾作と一緒に汗水流して復興してやらねばならんのだ?というのが、大方の本音であろう。
というわけで、霞が関の外に庁舎が立てられたというだけ、被災者諸君はありがたやありがたやと拝まなければなりません。これは決定事項です。
お疲れ様です
いちおう業界人?だけど本当に本当につまらないありきたりありきたりのことを、書く。
昔からあるアレです。
なんだかんだで一番レスポンスはやい&欲しい情報だけが出てくる
昔からあるアレ。
Perfume好きの人をフォローするとPerfumeの最新画像がいつでも見れて便利。
昔からあるアレ。
特定の人物・キャラクターを思い浮かべてYes/Noで答えられる質問に答えていくと
ランプの魔人が言い当ててくるやつ。まあおもしろい。
友人を有名人みたいに登録しておくとウケる。
昔からあるアレです。
空いていそうな車両を選んでは乗っていたが、ある時、ある事に気づいてから、他の車両に乗れなくなった。
僕の通勤時間は、学生さん達の通学時間とも被るから、僕の座る席の回りも、学生さんでいっぱいになる。
毎日同じ電車なので、名前は知らなくても知った顔が増える。かといって挨拶するわけでもないが。
ある日、途中の駅で乗り込んでくる学生さん達の中にその子はいた。
女の子だ。
なんとはなく、違和感を感じた。その違和感がなにか確認するため、翌日も同じ車両の同じ位置に座る。
高校生、いや、それにしては顔つきが幼い、中学生かもしれないな。
違和感の正体は体型だった。
はじめは、ダイエットの失敗かとか、なんかの病気かとも考えたが排除した。
背景に何があったかはともかく、この子はその生命を絶とうとはしなかった。そして制服を着て、電車で通学する。なかなかすごい決意である。
ただ、席を譲らせてくれないのだ。
そろそろ、諦めて、座って欲しい。見ていて、いつ転ぶか、正直怖い。
なんとか、席を譲り渡す、よい方法は無いかねぇ。(まわりはわりと無関心モードなので気づいておらず、下手にばらすとその子が針のムシロであることも、なかなか強攻策に出られない理由である)
(訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)
村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。
ところがその目論見は外れることになる。
期待していたのは、バルセロナやパリやベルリンのような街だった。
そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ、劇場、文学、シットコム、フィルム・ノワール、オペラ、ロックといった、
西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタンな世界都市を私は期待していた。
誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。
実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。
そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。
アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、
私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。
最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、
どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。
私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。
そして蜂の巣状のガラス製ピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき、
ついにユキという村上のアシスタントに見つけてもらうことができた。
あまりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。
実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。
そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。
村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初の記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなたの最初の記憶はなにかと尋ねる。
それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。
彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。
流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル。
そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。
「明確に覚えている」と彼は言う。
「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」
村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。
その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶は自分の中にある、と感じた。
ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。
村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分の記憶を写し込んでいたのだ。
村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中、
週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。
その結果、電力、公衆衛生、メディア、政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。
大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。
この本はアジアで数百万部を売り上げ、
まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。
62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学の最高峰としての地位を確かなものにしている。
疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界の大使となった。
そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。
アメリカによる戦後占領を受けた1949年の京都、日本の前首都である。
「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。
「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。
「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。
彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、
そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である。
彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説とジャズに没頭して十代を過ごした。
二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブを東京で開いた。
掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、
作家としての村上のキャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。
どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生を根底から変えてしまう。
29歳の村上は地元の野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴ・ヒルトンというアメリカ人助っ人バッターが二塁打を打つのを見ていた。
平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上は天啓に打たれた。
そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。
そして彼は書いた。
数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。
それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。
アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。
わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。
『名犬ラッシー』、『ミッキーマウス・クラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲、フランスの映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディラン、マーヴィン・ゲイ、エルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストック、サム・ペキンパー、ピーター・ポール&マリー。
以上はごく一部に過ぎない。
そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本の芸術の引用がまったくない。
村上作品のこうした傾向は日本の批評家をしばしば苛立たせている。
そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆に時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。
「時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。
30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。
すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。
彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。
そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。
「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」
そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。
30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンル(SF、ファンタジー、リアリズム、ハードボイルド)と様々な文化(日本、アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。
どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。
そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。
彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。
なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。
とはいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。
特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。
安全な言葉遣いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。
私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。
数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。
彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロン掛けが好きだという)。
靴は履いていない。
彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップでブラックコーヒーを飲んだ。
その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からのお気に入りの小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。
話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。
その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。
「大きいな」と村上は言った。
「電話帳みたいだ」
事故のニュースじゃ決まって軽の方が亡くなってる⇒軽は自身に重きを置いてない・置かれてないような人が乗る車種⇒そこそこ責任が科せられてくる20後半独男で軽は恥ずかしい(と世間から見られてしまう)
以上の考えから、よく走って気に入ってたんだけど半年後に車検が切れるスバルR2から乗り換えようと思います。
年300万の底辺貧民なので予算は80~100万を頭金として、本体150~160万位の車を狙っています。中古含めて。
デミオスポルト(G:デザインが良くそこそこ余裕の走りが出来そう。維持費も安いしね。・B:内装が地味で、そこそこにしか走らなそう。)
スイフトスポーツ(G:このクラスじゃ(GTIを除いて)最高?B:デザインが…。ボディがリッター車なんで維持費が鬱陶しく感じるかも)
もう一声で、
ロードスター(良くも悪くも今しか乗れない。面白そうだけど、これ一台じゃ。あと通勤に使うと後ろ指指されそう。)
CR-Z(意外と洒落たデザインだけど、中身がFITとの噂も聞いて)
二年目にして既に仕事辞めたくて迷ってる。
医者からは「辞めるなり休むなりするなら診断書書くよ」とは言われている。
今の仕事のいいところは、
▲年収400万弱あるから一人暮らしで貯金しながら十分遊んで暮らせる
いやなところは
▼残業が多い(1年平均で月100時間超、半年以上日付変わる前に家に帰れていない)
▼土日返上がしょっちゅうある(代休はない、運がよければ休出手当てをつけてもらえる)
▼年末年始・大型連休も仕事(リリース、保守作業があるから当番で出勤)
▼女の人がいないので部署内で孤立している
良くも悪くも
■仕事内容は嫌いではない
■上司・先輩からはしょっちゅう怒られるが原因は自分にあるのでそこは腹を括っている
■同僚とは距離があるものの、たまに一言二言仕事に関係ない雑談をすることはある
どうしたらいいんだろうかと迷えば迷うほど気持ちが沈んで悪循環。
転職エージェントみたいな人に会う予定は立てたけどどうなることやら・・・
ここ数ヶ月仕事もプライベートもうまくいかず、ずっとイライラしている。
かといってそんな荒んだ心を癒してくれる存在のはずの彼女(同棲中)は仕事の愚痴ばかり言い、詳細を聞いてもはっきり答えず泣くか当たられるばかりでこちらのストレスなぞ露知らず。そして性格がだらしなく、掃除が出来ない。物忘れも健忘症レベルで、小さいことも大事なこともすぐ忘れそれの尻拭いをさせられるので癒されるどころかストレスが増す。気分転換にと外を歩きゃ当たり屋紛いに絡まれ文句を付けられる。唯一安らげる通勤時や昼の外食時は金切り声で叫び暴れる子供とそれを全く注意しない親、音洩れ野郎、携帯大音量ババア、ヲタ話を大声で恥ずかしげもなく2ch語で会話するニコ厨、そんなのに毎日のように遭遇する。
そんなこんなで今日ついに限界が来たのか、立ってるのもキツイくらいの頭痛が襲ってきたのでちょっと早めに帰らせてもらい、彼女もまだ帰ってきていないので頭痛薬を飲んで横になった。少し落ち着いて、音楽でも聞こうかとプレイヤーを再生したらハイロウズの日曜日の使者が流れてきて、普段カラオケも行かない自分が大熱唱を始めてた。
追い込まれている自分の現状と歌詞が重なり、今まさに励まされているようで、歌っている途中で涙が溢れ声が詰まった。
ブルハの頃ヒロトは好きで、ハイロウズになってちょっと離れていって、クロマニヨンズはノータッチだったけど、色々聞いて見ようかな。
10数年前に私が使っていたころは(朝9時前頃)ホームに着いても3本待たないと乗れないくらいの混雑度だったので、
今はそんな混みかたではないです。筑波エキスプレスができてから緩和されたのか?よくわからんが。
これはそう。他の車両の乗客は押し込まれてる。
あと「他の車両はもっと混んでる」って可能性もあるかもしれません。
http://www.geocities.jp/tsubasa131/senyou-hantai2.htm
女性専用車両がある平日朝ラッシュ時は10号車へ向かって女性客がけたたましい騒音を立ててダッシュしていきます。
ただし、これは痴漢対策で女性専用車両を利用するというよりも、
女性専用車両は空いていて発車直前でも座れるため、着席目的で女性専用車両を利用しているといった方が正解でしょう。
そのため、残り少ない女性専用車両の空席に座るため、女性客による激しい座席争奪戦が繰り広げられているわけなのです。
帰ってくるなり「痴漢されたわぁ…(´・ω・`;)」と報告された。
「この歳でされるとは思わなかった…」とかなり困惑していた。
母は、私が娘だから報告したのであって、父には報告しない。
世の中には、女性専用車両の撤廃を訴え、痴漢冤罪に怒りながら、実際に起きている痴漢被害に対しては無関心で、
本音を言うと「痴漢ぐらい我慢してろよ」みたいなスタンスの男性がたくさんいる。
まず父がそうだし、ネット上にもたくさんいる。
でもそういう男性って、自分の母や妻や娘が痴漢にあうことをリアルに考えているんだろうか?
身近な男性に痴漢被害を報告することを、恥だと感じたり、落ち度を責められる気がして、避けている女性は多いと思う。
私も本屋で痴漢にあい、店から逃げ出しても付けまわされたことがあって、
それから本はAmazonでしか買わないようになったんだけど、そのことは父には言っていない。
どうせ、ひと気のない一角に居たのが悪いとか、それぐらいで怖がるのが悪いとか、非難されるだけだと思うから。
彼氏にも言う気がしない。無意味どころか、マイナスにしかならない気がする。
だから痴漢の発生数に関する認識が、男女間で大きく異なるんだろうと思う。
23区内の職場に通う奥さんを持つ旦那さん。23区内の私立中学や高校に通学している娘さんを持つお父さん。
奥さんや娘さんが毎日毎日、知らない男とべったり密着して通勤通学していることわかってますか。
わかってたら、電車もトイレのように男女別にしていくことに前向きになれると思うんですが。
もちろん、自宅勤務やフレックス制が普及して混雑が根本解決するのが一番なんですけどね。
どうして皆、学校のような仕組みに基づいて企業を運営しようとするんだろう。
両親の勤めているような企業はもう一生体質変わらないだろうし、何も期待できない。
今度はキミが、「うるさい音漏れにはちょっとくらいのシャカシャカ音は含まれないと皆思ってる」っていうデータを探してみるべきじゃないかな。
という意見に対しては色々探っているんだけど、統計というかきちんと議論をしているコンテンツがないんだよね。
そもそもこれにいちいち反応しているのはマナーやモラルを理由に大声で0.1dbの音漏れも許さんぞっていう人間は実は少数派の声がでかい神経症なんじゃないかという主張だ。
http://anond.hatelabo.jp/20111221124303
「音漏れ=爆音=難聴」というのもおかしい決め付けだと感じる。
これはもう脅迫観念なのかもしれないけれど、ほんの微小な音(プレイヤーの最小設定)で聴いていても「シャカシャカ音」が漏れているんじゃないかと不安になる。
もちろんそういう奴もいるかもしれないけれど「シャカシャカ音」に関してはそういう場合だけではない。
本質として音楽は自由なものだし携帯プレイヤーがこれだけ普及しているのに屋外で音楽を聴く人間はジャンキーなんて意見は頭がおかしいとしか思えない。
まとめると音漏れが良い・悪いの話ではなくて
「盛大に音漏れするのはもちろんダメ。だがイヤホンや音量にも気を使っているのにほんの微量の音漏れだけでも許されないなんて息苦しい。」というのが通勤時に音楽を怖々最小音量で聴いている自分の考え。
たとえば以下のページを見てみると大体わかるんだけど
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=47922
音漏れはどこまで許せるのか、というような議論になると大抵過激な電車内無音至上主義者がマナーやらモラルやらを盾に音楽を聴くのがそもそも悪いというような論になるのだけれど(統計をとったわけではないが)シャカシャカ程度なら気にならないという意見もある程度あるなかで「音楽をいつでも楽しむ権利」を阻害されるのはいかがなものなの?
放置されていた駅前のどぶ川を埋め立てて
スペースを広く取りきれいに整備して
こじゃれたベンチを並べたところ
ホームレスが現れた。
便利だし活気がよいしそれでいて清潔だった。
ところがしばらくすると
どこからともなくホームレスが現れ、そのベンチに座るようになった。
わざとベンチには座らず地べたにござを敷いて座りカネをねだるホームレスまで現れた。
垢で顔が真っ黒な年齢不詳の彼らはどうも
何をするでもなくずっとベンチに座っている他、
空き缶収集のような現金収入事業はしていないが何故か小銭は持っていて
近隣のコンビニエンスストアに入って来ていることもある。
ずっと駅前にいついていることと含め
ともかくベンチには人が寄り付かなくなり、
子供・学生・お年よりと幅広かった駅前広場の利用者も別の客層に変わった。
バラエティに富んだ利用者が居なくなり、見るからにガラの悪い無職らしき少年団に取って代わった。
きれいな駅前広場はもはや、顔をしかめて通るだけの不快なエリアと化した。
ホームレスの行動はどんどん大胆になり、
駅構内に入ってきて構内のベンチに座るようになった。
そのベンチは構内の飲食店が設置したベンチだ。
いつでも女子高生を中心ににぎわっていたこの店ベンチからも人影が消えた。
店の中を見ても全く客が見えない。
店の中の席に座っても、すぐそこにホームレスが見えるのだ。
飲食には向かないし、何よりその店のメイン客層である女性は怖がる。
最近は毎日のように店ベンチにホームレスが座っている。1人ではない。
いつ見てもにぎわっていたその飲食店周辺は、今はホームレスしか居ない。
店は潰れるのかもしれない。
山手線(つーかJR?)はすぐ遅らせたり止めたりするし駅員の態度も悪いよ。
他と比べて明らかに。
ホームのアナウンスだって何故かいつもキレ気味の上から姿勢だし嘘アナウンスばっかりするし。
(たとえば山手線で「まもなく次の電車も参ります」って言うときは嘘で、
むしろ次の電車は遅れてるから素直に信用なんかすると痛い目を見る。
ベテラン通勤客はみんな知ってるから狼少年状態でアナウンス誘導は無効になってる。)
駅構内のスペースも利用人数に比して異常に狭かったり動線が見事にクロスしてたり
突っ込みどころが満載。
まあ話がそれて悪いけど。
>「ラッシュが嫌だけどラッシュ時間帯に通勤してる人は全員社畜」なんでしょう。
だから「全員」なんていつ言ったんだよ…。
あともう一度同じこと書きますけど
はっきりと反論で述べることがある人は
「これこれこうだからお前の発言は間違っている」と説明しますよ。
「ラッシュが嫌だけどラッシュ時間帯に通勤してる人は全員社畜」なんでしょう。
あと、本当にはっきりと反論で述べることがある人は
「これこれこうだからお前の発言は間違っている」と説明しますよ。
みじかく「そんなこと言ってない」「お前おかしい」みたいなことしか言わなくなったあなたは
朝の通勤電車の中で、同じ駅から乗る、同じ車両で良く見かける女子高生に、昨日告られた。
目的の駅について電車から出た時、いきなり声をかけられて、彼女がいるのかとか、どんな仕事をしているのかとかまくし立てられた。
こっちは急いでるんですが。「メアド交換してください!」いや無理だし。何度もいうがこっちは忙しいんで。乗り換えの電車に乗ったらさすがについてこなかった。
ちょっと気を遣うことが出来るような子だったら話は後日聞く、とかしようかとも思ったけど。ルックスはまあまあだったし。
こんなバカと付き合ったりセフレにでもしたら絶対面倒くさいことになる。
問題は月曜からどうしようかってことなんだ。
3両編成の電車なので、乗る位置を変えても見つかってしまうだろうし、
1時間に2本しかないので、1本遅らせたら遅刻、1本早めたら30分も早く起きなければなら無い。
ああもう余計な悩みを抱え込ませやがって。
バカ高校の制服を来ていたがやっぱりバカだったんだな。
なにか知恵ください。