はてなキーワード: 通信制とは
http://2chcopipe.com/archives/51767875.html
912 名前:えっちな18禁さん[sage] 投稿日:2011/10/21(金) 13:31:57.52 ID:I2d/8r2f0
★高卒★
ビル・ゲイツ、ウィル・スミス、イチロー(オール5)、中田英寿(秀才)、江守徹、安藤忠雄
島田紳助、水道橋博士、矢部太郎、ケンドーコバヤシ(全国模試7位)、うじきつよし、福山雅治
水谷豊、寺脇康文、東貴博、前川清、田崎真也(ソムリエ)、尾田栄一郎
麻木久仁子、水野裕子、益戸育江、鈴木杏樹、小田茜、小西真奈美、中川翔子、村川絵梨、比嘉愛未(農林)
デヴィ・スカルノ(通信制)、BoA、加藤ローサ、佐藤ありさ、豊田エリー、杉山愛
★中卒★
田中角栄、黒澤明、ジョン・メジャー首相(英)、ポール・キーティング首相(豪)、ガダルカナル・タカ、伊集院光、
柴崎コウ、上戸彩、佐々木希、戸田恵梨香、中島美嘉、YUI、宮沢りえ
★小卒★
★幼卒★
★無学歴★
トーマス・エジソン
このコピペを見て、どんな反応をするかでその人がどんな人かが分かるよな。
「学歴が無い有名人はこんなにいるんだ!学歴が無いからと言って悲観することはないんだ」
http://anond.hatelabo.jp/20110620084145も参照。
はてなを侵食中のタイケン学園のスパム(http://anond.hatelabo.jp/20110620074956)ですが、wikipediaでもスパム行為を働いています。
外部リンク 学校法人タイケン学園 学校法人タイケン学園グループ理事長 柴岡三千夫 学校法人タイケン学園グループ [スポーツ校] 日本ウェルネススポーツ専門学校 日本ウェルネススポーツ専門学校 新潟校 日本ウェルネススポーツ専門学校 広島校 日本ウェルネススポーツ専門学校 北九州校 名古屋ウェルネススポーツカレッジ 学校法人タイケン学園グループ [医療福祉校] 日本ウェルネス歯科衛生専門学校 学校法人タイケン学園グループ [ペット&アニマル校] 日本ペット&アニマル専門学校 学校法人タイケン学園グループ [通信制 高等学校・サポート校] 日本ウェルネス高等学校 東京キャンパス 日本ウェルネス高等学校 茨城キャンパス 日本ウェルネス高等学校 松本キャンパス 日本ウェルネス高等学校 名古屋キャンパス 日本ウェルネス高等学校 広島キャンパス 日本ウェルネス高等学校 北九州キャンパス 日本ウェルネス高等学校 沖縄キャンパス 日本ウェルネス高等学校 AKIBA高等学院 学校法人タイケン学園グループ [幼児・保育園] ウェルネス保育園 学校法人タイケン学園グループ関連法人 財団法人日本幼少年体育協会 (株)タイケンキャリアカレッジhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E5%B2%A1%E4%B8%89%E5%8D%83%E5%A4%AB
柴岡三千夫のページなのに必要以上の外部リンク。これはスパム行為でしょう。
2011年3月28日 (月) 02:34時点における版 (編集) (取り消し) Sawadakiyoshi (会話 | 投稿記録) (→外部リンク) + **学校法人タイケン学園グループ [スポーツ校] + ***[http://www.taikenku.edu/ 日本ウェルネススポーツ専門学校] + ***[http://www.taiken.ac.jp/niigata/ 日本ウェルネススポーツ専門学校 新潟校] + ***[http://www.hiroshimawellness.jp/ 日本ウェルネススポーツ専門学校 広島校] + ***[http://www.taiken.ac.jp/kitakyushu/ 日本ウェルネススポーツ専門学校 北九州校] + ***[http://www.nagoyawellness.net/ 名古屋ウェルネススポーツカレッジ] + **学校法人タイケン学園グループ [医療福祉校] + ***[http://www.taiken.ac.jp/jwd/ 日本ウェルネス歯科衛生専門学校] + **学校法人タイケン学園グループ [ペット&アニマル校] + ***[http://www.petandanimal.jp/ 日本ペット&アニマル専門学校] + **学校法人タイケン学園グループ [通信制 高等学校・サポート校] + ***[http://www.wellness-school.com/ 日本ウェルネス高等学校 東京キャンパス] + ***[http://www.wellness-ibaraki.net/ 日本ウェルネス高等学校 茨城キャンパス] + ***[http://www.wellness-matsumoto.net/ 日本ウェルネス高等学校 松本キャンパス] + ***[http://www.wellness-nagoya.net/ 日本ウェルネス高等学校 名古屋キャンパス] + ***[http://www.wellness-hiroshima.net/ 日本ウェルネス高等学校 広島キャンパス] + ***[http://www.wellness-kitakyushu.net/ 日本ウェルネス高等学校 北九州キャンパス] + ***[http://www.wellness-okinawa.net/ 日本ウェルネス高等学校 沖縄キャンパス] + ***[http://www.taiken.ac.jp/akiba/ 日本ウェルネス高等学校 AKIBA高等学院] + **学校法人タイケン学園グループ [幼児・保育園] + ***[http://www.taiken.ac.jp/hoiku/ ウェルネス保育園] + **学校法人タイケン学園グループ関連法人 + ***[http://www.youtai-kyokai.com/ 財団法人日本幼少年体育協会] + ***[http://www.taiken.ac.jp/haken/ (株)タイケンキャリアカレッジ]
最新 | 最古) (以後の50件 | 以前の50件)(20 | 50 | 100 | 250 | 500)を表示 2011年6月19日 (日) 23:55 (差分 | 履歴) Nm 福祉相談支援センター (←新しいページ: ''''一般社団法人 福祉相談支援センター'''(いっぱんしゃだんほうじん ふくしそうだんしえんせんたー)は、少子高齢...') (タグ:参考文献(出典)に関する節がない記事の作成) 2011年6月19日 (日) 23:52 (差分 | 履歴) 一般社団法人福祉相談支援センター (→外部リンク) 2011年6月19日 (日) 23:51 (差分 | 履歴) m 一般社団法人福祉相談支援センター (→外部リンク) 2011年6月19日 (日) 23:51 (差分 | 履歴) m 一般社団法人福祉相談支援センター 2011年6月19日 (日) 23:51 (差分 | 履歴) 一般社団法人福祉相談支援センター 2011年6月19日 (日) 23:48 (差分 | 履歴) N 一般社団法人福祉相談支援センター (←新しいページ: ''''一般社団法人 福祉相談支援センター'''(いっぱんしゃだんほうじん ふくしそうだんしえんせんたー)は、少子高齢...') (タグ:参考文献(出典)に関する節がない記事の作成) 2011年3月28日 (月) 12:29 (差分 | 履歴) 日本ウェルネススポーツ専門学校 (→関連項目) 2011年3月28日 (月) 12:28 (差分 | 履歴) 日本ウェルネススポーツ専門学校新潟校 (→関連項目) 2011年3月28日 (月) 12:27 (差分 | 履歴) 日本ウェルネススポーツ専門学校北九州校 (→関連項目) 2011年3月28日 (月) 12:25 (差分 | 履歴) N 日本ウェルネススポーツ専門学校北九州校 (←新しいページ: '{{日本の高等学校 |校名=学校法人タイケン学園<br/>日本ウェルネススポーツ専門学校北九州校 |画像= |過去校名= |国公私立...') (タグ:参考文献(出典)に関する節がない記事の作成) 2011年3月28日 (月) 12:21 (差分 | 履歴) N 日本ウェルネススポーツ専門学校広島校 (←新しいページ: '{{日本の高等学校 |校名=学校法人タイケン学園<br/>日本ウェルネススポーツ専門学校広島校 |画像= |過去校名= |国公私立=[[...') (タグ:参考文献(出典)に関する節がない記事の作成) 2011年3月28日 (月) 12:14 (差分 | 履歴) 日本ウェルネススポーツ専門学校新潟校 2011年3月28日 (月) 12:12 (差分 | 履歴) N 日本ウェルネススポーツ専門学校新潟校 (←新しいページ: '{{日本の専門学校 |校名=学校法人タイケン学園<br/>日本ウェルネススポーツ専門学校新潟校 |画像= |過去校名= |国公私立=[[...') (タグ:参考文献(出典)に関する節がない記事の作成) 2011年3月28日 (月) 02:38 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (最新) 2011年3月28日 (月) 02:34 (差分 | 履歴) 柴岡三千夫 (→外部リンク) 2011年3月25日 (金) 12:42 (差分 | 履歴) AKIBA高等学院 (→関連項目) 2011年3月25日 (金) 12:41 (差分 | 履歴) AKIBA高等学院 (→設置学科) 2011年3月25日 (金) 12:40 (差分 | 履歴) AKIBA高等学院 2011年3月25日 (金) 12:39 (差分 | 履歴) N AKIBA高等学院 (←新しいページ: '{{日本の高等学校 |校名 = からAKIBA高等学院 |画像 = |過去校名 = |国公私立 = 私立学校 |設置者 = 学校法人タイケン国際...') (タグ:参考文献(出典)に関する節がない記事の作成) 2011年3月25日 (金) 12:24 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→関連項目) 2011年3月25日 (金) 12:19 (差分 | 履歴) 日本ウェルネス歯科衛生専門学校 (→外部リンク) 2011年3月25日 (金) 12:18 (差分 | 履歴) 日本ウェルネス歯科衛生専門学校 (→関連項目) 2011年3月25日 (金) 12:13 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→外部リンク) 2011年3月25日 (金) 12:12 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 2011年3月25日 (金) 12:12 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→法人概要) 2011年3月25日 (金) 12:10 (差分 | 履歴) ウェルネス保育園 (→関連項目) 2011年3月25日 (金) 12:09 (差分 | 履歴) ウェルネス保育園 2011年3月25日 (金) 12:02 (差分 | 履歴) ウェルネス保育園 (→所在地等) 2011年3月25日 (金) 11:59 (差分 | 履歴) ウェルネス保育園 (→関連項目) 2011年3月25日 (金) 11:57 (差分 | 履歴) ウェルネス保育園 2011年3月25日 (金) 11:56 (差分 | 履歴) ウェルネス保育園 (→外部リンク) 2011年3月25日 (金) 11:55 (差分 | 履歴) N ウェルネス保育園 (←新しいページ: ''''ウェルネス保育園'''(うぇるねすほいくえん)は、埼玉の朝霞、新座・志木にある学校法人タイケン学園が運...') (タグ:参考文献(出典)に関する節がない記事の作成) 2011年3月25日 (金) 11:31 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 2011年3月25日 (金) 11:23 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→外部リンク) 2011年3月25日 (金) 11:09 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 2011年3月5日 (土) 00:11 (差分 | 履歴) 日本ウェルネススポーツ専門学校 (→外部リンク) 2011年3月5日 (土) 00:11 (差分 | 履歴) 日本ウェルネススポーツ専門学校 (→外部リンク) 2011年3月5日 (土) 00:09 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→関連項目) 2011年3月5日 (土) 00:08 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→関連項目) 2011年3月4日 (金) 11:03 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→学校法人タイケン学園グループ) 2011年3月4日 (金) 11:01 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→学校法人タイケン学園グループ) 2011年3月4日 (金) 10:59 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→学校法人タイケン学園グループ) 2011年3月4日 (金) 10:58 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→学校法人タイケン学園グループ) 2011年3月4日 (金) 10:56 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→学校法人タイケン学園グループ) 2011年3月4日 (金) 10:54 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→学校法人タイケン学園グループ) 2011年3月4日 (金) 10:51 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→学校法人タイケン学園グループ) 2011年3月4日 (金) 10:49 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→学校法人タイケン学園グループ) 2011年3月4日 (金) 10:49 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→学校法人タイケン学園グループ) 2011年3月4日 (金) 10:48 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→学校法人タイケン学園グループ) 2011年3月4日 (金) 10:45 (差分 | 履歴) 学校法人タイケン学園 (→学校法人タイケン学園グループ)Sawadakiyoshiの投稿記録 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/Sawadakiyoshi
http://anond.hatelabo.jp/20110601132716のスパマーのひとりで、タイケン学園関係者と思われるk:id:taiken05 (http://k.hatena.ne.jp/taiken05/)がはてなキーワードを作成しています。
学校法人タイケン学園(がっこうほうじんたいけんがくえん)は、東京都板橋区成増一丁目に本部を置く学校法人。1998年4月の日本ウェルネススポーツ専門学校の開校以来、スポーツや健康に関する日本ウェルネススポーツ専門学校、歯科衛生士を養成する日本ウェルネス歯科衛生専門学校?、ペットや動物・海洋生物に関する日本ペット&amp;アニマル専門学校?、通信制の日本ウェルネス高等学校、ウェルネス保育園?、幼児・児童のチャイルドスポーツ指導者の養成とした一般財団法人 日本幼少年体育協会?を全国で展開する。http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%BF%A5%A4%A5%B1%A5%F3%B3%D8%B1%E0
「を全国で展開する。」とか、なんか宣伝くさい。はてな記法の使い方といい、続々スパムなキーワードを作成する悪寒。
タイケン学園グループは、これまで積み重ねてきた教育プログラムを通して、皆さんが思い描く目標の達成に向けて成長していくことを願っています。http://d.hatena.ne.jp/keyword/%bc%c6%b2%ac%bb%b0%c0%e9%c9%d7
柴岡三千夫(しばおかみちお)は、高知県出身、陸上自衛隊 少年工科学校 13期卒、日本体育大学卒業。学校法人タイケン学園グループ理事長、財団法人日本幼少年体育協会理事長、日本ウェルネススポーツ専門学校校長、日本ウェルネス高等学校校長を兼務。専門は幼児体育指導論。著書に『幼児の心理と水泳指導』(日本文化科学社)、『幼児体育指導教範』(タイケン)など多数がある。
学校法人タイケン学園(がっこうほうじんたいけんがくえん)は、東京都板橋区成増一丁目に本部を置く学校法人。1998年4月の日本ウェルネススポーツ専門学校の開校以来、スポーツや健康に関する専門学校、歯科衛生士を養成する専門学校、ペットや動物・海洋生物に関する専門学校、通信制の高等学校、保育園、財団法人等を全国で展開する。
タイケン学園のグループ校からはアテネ五輪(2004年)及び北京オリンピック(2008年)の代表選手やシドニー五輪(2000年)日本選手団公式トレーナー、ワールドカップ大会の優勝者、世界選手権出場者等、国内外の大会で活躍する幾多のアスリート やトレーナーを輩出している。
私はネトゲ廃人で、完全に昼夜逆転し、授業にはほとんど出なくなっていた。幸い2年まではそこそこ真面目に単位をとっていたので、なんとか4年で卒業できたが、卒業時点では無い内定だった。翌年に奮起して公務員試験を受けて、今は地元の市役所でまったり働いている。
A君は鬱病で1年留年した。ただしその前に10ヶ月アメリカに留学していたので、留年はそのせいということにして就職活動を上手く立ち回り、中堅企業に滑り込んだ。
B君は違法薬物に溺れて学校に来なくなり、そのうち自主的に退学した。今では家族や彼女さんの奮闘のおかげで薬は断ち切って、実家の店を継いでいるらしい。
Cちゃんは卒業と同時に結婚して専業主婦になったけれど、間もなく離婚した。今は派遣社員として食いつないでいるらしい。
D君は二留が決まって退学した。その後、通信制の大学を卒業し、現在はブラック企業として有名な外食産業で働いている。たまに「死にそう」とツイッターで呟いているが、まあ、生きている。
E君は、仲間の中では一番普通の学生だった。よく部室で麻雀をやっていて授業をサボってはいたけれど、根が真面目なので要所要所では出席して効率よく単位を稼ぎ、そこそこ名の知れたIT企業に就職した。
仲間思いで、真剣になるべき場所と不真面目になるべき場所をわきまえている、一緒にいて楽しい奴だった。
そのE君が、自殺した。
何の前触れもなかった。いや、あったのかもしれないが、卒業してからは半年に一度程度しか集まって飲むことがなかったので、気づくことが出来なかった。
他の奴が死ぬならまだ分かるのだ。無い内定で卒業した私は、当時の精神状態からしていつ発作的に電車を止めてもおかしくなかった。A君は、鬱病だった当時、ODして死んでもおかしくなかった。B君は薬物の影響で死んでもおかしくなかった。Cちゃんは離婚したショックで自殺していたかもしれないし、D君は明日にも過労死しそうだ。
それなのに、なぜE君なのだ?
人間、死ぬ時は突然なんだなあという空しさと、気づいてあげられなかった罪悪感で、やりきれない気持ちになる。
きっとE君は、本当は誰よりも一番ダメな奴だったのに、私たちが先にダメな奴専用席を占拠してしまっていたから、ダメさを発散できなかったのではないだろうか。
本当に、心底ダメな奴だ。自殺するなんて、これ以上のダメな行動が他にあるだろうか。
こんな形で彼のダメさを知りたくなかった。もっと早くから、例えば酒を飲みながらダメ自慢合戦をしたかった。
私たちのE君はもう戻ってこない。だからせめて、今日まだ生きているE君の皆さんは、自殺する前にもっと別の方法でダメさを発散して下さい。少しぐらい道を外れようと、仲間はきっと、「ダメな奴だなー」と苦笑いしながら、受け止めてくれるはずなのだから。
トイレがボットン便所で台風が来たら家のトタン屋根が一部飛ぶような、父親がアル中で母親がパチンコ狂いの借金まみれ家庭に育ちましたが、
奨学金だの国民生活金融公庫の学資ローンだのを駆使してマーチレベルの私大を出た。両親は健在だけど、ただ同居してただけだ。
別にある種のマッチョ理論を押し付けたい訳ではないし苦難を乗り越えた俺は偉いとオナニーしたい訳でもない。
俺は3人兄弟で弟は知的障害者で今は工場で働いてる真面目な子、妹は大学院に行ってる頭のいい子。
両親は障害のある弟と念願の女の子である妹を大切に育ててきたの、長男である俺にあまり
かまってあげられなくて済まなかった。と以前から言ってる。
でもね、前も言ったけど全然そんな感じじゃないから!むしろ大切に育てられたから!
確かに俺は高校卒業してから親の支援を受けてないけど、それと俺が派遣してるのとは関係ないから!俺が悪いから!
俺は昔から人と接するのが苦手で、今まで友達も恋人もいなくて俺の誕生日パーティも家族以外としたことないし
もう本当にダメダメ人間だけど、両親にはそんなに自分を攻めるな!と言いたい。
だからこんな状態で自殺したら、余計迷惑がかかると思うと実行できない。
家族が大事なの?本当に?家族のおかげで努力しなくていい言い訳が作れてラクでいいな、なんて思ってるんじゃね?
家族が本当に大事だったら、学歴はともかくスキルをつけようと必死になるだろ?向上心を持とうとするだろ?演技してでも少しずつ性格を直していこうとするだろ?
何で逃げから入ってんだコラ。言い訳垂れて逃げてる奴が「家族が大事」なんて言って誰が信じる?
どう考えても非コミュなのに仕事がないから接客業やってる人もいるし、出稼ぎの中国人やブラジル人に混じって夜勤でコンビニの弁当を作りながら家計を支えてる主婦だっている。
旦那のDVに耐えかねて離婚してシングルマザーになってから、子供二人を食わせるために昼は保険営業で週何日かは夜勤でスーパーの棚卸バイトやってる母親なんてのがいる。
社会人やりながら通信制の大学に通って大卒資格を取ろうと頑張って、34歳でやっと大卒になれた男性だって居た。
ねぇ、お前何してんの?
ほぼ無料で受講できる職業訓練について調べようとしたか? http://d.hatena.ne.jp/pha/20080429/1209464163
自分の性格に悩んで心療内科に駆け込もうとしたり、自己啓発セミナーに行ったり、メンタルヘルス関連の本を読み漁ったり、
心の電話相談に電話しようとしたりしたか?http://www.rofuku.go.jp/rosaibyoin/kokoro_soudan.html
そこまで重症じゃないか?だったら俺より恵まれてるじゃねえか。
http://anond.hatelabo.jp/20100624140030
意外となんとかなるよ、と自分の事だけで見て、楽観的な事言ってみる。
中学から不登校のひきこもりだったけど、なんだか普通に大学行って、普通に就職したよ。
特に何もしなくても良いんだと思う。みんな言ってるように不登校になるのに理由なんて無いし、だからただ普通にしてれば良いと思うよ。
今時不登校引きこもりなんて珍しくもないし、狼狽えずにちゃんと「親」をしてくれれば良いと思う。
有効な手とか大抵幻想だから、ただ、「親」をしてくれ。「親」で居てくれ。
なんてことを思いながら読んでたら、自分の半生をちょっと書いてみたくなった。
別に中学がそんなに過剰に嫌だったわけじゃない。クラスに友人は一杯居たし、勉強もトップクラスとは言わないまでもある程度は出来る方だった。
部活にも一応ながら入っていた(不真面目だったけど)し、友人と遊んでゲームして、普通の中学生だったと思う。
ちょっと本を読むのが好きで、インテリぶって知識を持ったつもりになってるだけの、ただのガキだった。
で、なんだかある日、さらっとなんとなく面倒になった。多少の仮病気味でも休ませてくれた親の甘さも有ったと思う。
一週間程仮病で休んで、その後親に「学校に行く意味が分からないから行かない」って宣言して引きこもった。
全然そんな事はない。学校に行くのが面倒で、ただ単にネットでチャットでもしたりネットサーフィンしながら引きこもったり、家でゲームしてるほうが幸せだっただけだ。
よく親も許したとは思う。全く甘い親だった。
バラ色のひきこもり生活はとても単純だった。
昼に起きて、ご飯を適当に作って食べる。たいていチャーハンとかインスタントラーメン、カレー。
で、PC前かTVの前。ネットサーフィン、チャット、ICQ(当時はメッセンジャーなんて無かった!)、IRCでダラダラと過ごし、FFやDQをやったりとか、ヨッシーアイランドをALL100点にしてみたりとか。
ダラダラとネットでいろんな人としゃべってたんだけど、当時のネットなんてオタクの集まりみたいなもんで、話してるうちに僕も勝手にどんどんオタクになっていった。萌えとか言ってた。
いわゆるオタクだった僕の外出は、週に1~2回程度本屋やアニメイトに行ったりする程度だった。
漫画新刊とラノベにカバー無かったんだぜ、うちの近くのアニメイト。お金なんか当然無いわけで、ひたすら立ち読みで済ませた。
本を読むのは大好きだったな。家にある親の本とかも含めて凄い勢いで読んでた。
親は教師だったりしたんだけど、ひきこもりだす前から教育書とか読んでた。
朝4時、5時くらいになったらそろそろ眠くなってくる。布団に入って適当に寝てしまう。
深夜ネットやってる廃人組もこのくらいにはみんな居なくなるから、ちょうどよかった。
っても学校行ってないから何するでもないわけで。
一応中学の間は進研ゼミを取ってたんで、中学の終わり頃に進研ゼミを全部やれって言われた。
当然の放置状態だったんだけど、適当に本体やって、赤ペン先生のテスト出せば親がお小遣いくれたから、むしろ喜んでやった。
高校なんて普通の高校に行けるはずもなかった。通信制の高校に行った。
テストを受けたかも定かではないけど、とりあえず希望すれば確実に入学は出来た。
週一回だけ学校に行って、とても簡単な課題だけこなしてれば一応高校卒業ってことになる。
特に何かしたいわけでもない僕は、まぁ一応親のススメ通りそこに入学した。
単位制で出席回数とかのラインもがっちり引かれてたから、コントロールするのは簡単だった。
当然単位が取れるギリギリ分しか授業には出なかった。当たり前。
学校自体が楽だったのもあるけど、何より一応は勉強してるっていう体裁だから、親がお小遣いくれるのが嬉しかったな。本当にクズ。
相変わらず学校行く日以外は昼過ぎに起きてたし、学校も行ったらとりあえず寝てるか本読んでるかだったし、家事とかしてるわけでも無かったし、ただのクズ以外の何者でも無かったと思う。
高校卒業した後はどうしようかなーって思った時に、大学生の人が「大学は人生の夏休み!」って言ってたのをよく知っていた僕は、まぁ堂々とモラトリアム期間延長出来るなら大学行くかーって思った。
「大学は行くよ」って言ったら親が喜んで参考書代出してくれたしな。
受験勉強はしたよ、三年の夏からな。当時五教科平均偏差値38。必死に、そう必死に毎日2時間の勉強をしたよ。ゲームは毎日8時間してたけど。残りの時間はネット。
勉強用の部屋が何故かTVとゲームが有る部屋だったから、親が来たらすぐにTV消して勉強してたフリするんだよな。妹が来ても全然気にせずゲーム継続。受験勉強で、家族の足音を聞き分ける能力が一番ついたと思う。
大学受験に目標なんて無かったし、別に浪人しても良いかと思いながら勉強してたから、受験のときも適当にその時の学力に合わせて受けた。
なんか適当に一応入っても良いくらいの大学に受かったから大学入ったよ。所詮ニッコマレベルだけどな。
大学で一人暮らし初めてサークル入って。中高の青春を取り戻す!ってわけじゃないけど、すごく一般的な大学生活してた。
サークルしてバイトして、単位は友達の手を借りてギリギリ突破して。
サークルとか、なんていうかオールラウンドみたいなところじゃなければ、ちょっとオタクでも十分に受け入れて貰えるよ。楽しめるよ。男女比半々とかだと出会い(笑)とかもあるよ。
ああ、授業は全然出てなかったよ。相変わらず昼起き、夕方起きが当たり前だった。
大学行っても授業出ないでサークルのメンバーとダラダラしてるだけとか基本だった。
家に居る間は常にPCの前か、ゲームしてるか、布団の中で本読んでるかだった。
それでもなんだか遊び足りなくて、親に「一年遊ぶわ!」って言って、学費生活費自分で払いながら単位ほとんど残ってない5年生とかやったりしてた。
だって就職とか面倒じゃん。働きたく無いじゃん。引きこもりたいじゃん。
で、5年生になる直前に「うーん面倒だけど新卒で就活出来るのも今だけだよなー」と思って就活ってのをやってみた。
これがまた割と面白いんだ。勿論面倒で、家の外にも出なきゃいけなくて、履歴書手書きとかただダルくて、嫌な事も多いんだけど、なんだか面白かった。
ああ、親に「就活忙しくて金が無い」って言ったらお金くれたのも大きい。本当にクズ。
薄っぺらな誇張にも騙されてくれたりとか。いや勿論向こうもある程度は割り切ってるんだろうけど。
就活中にいろんな人と知り合うのも面白い。女の子にメール送ってデート出来たりとか無視されたりとか。
スタートしたのが5年生の4月で内定は4月終わりにとりあえず1つめ貰った。っていうかそれまでの過程でいくつかの会社並行して受けてたけど、この時点で何処の選考もつまずいてなかった。
別にどこかの会社に入りたいなんて思ってなかったから適当に2chとかの評判含めて見て受けていったし、内定貰っても保留して放置してた。
さすがにその後はいくつか落ちたりもしたけど、5月終わりの時点でとりあえず内定4つ貰って、そのうちから1つ選んだ。一応「とーしょーいちぶじょーじょー」って奴らしい。全然知らないし、調べずに受けてたけど。笑い話でよくある「全部上場するのはいつですか?」って実は就活初めて最初は思ってたよ。
一応選んだけど夏選考とかも受けてみた。さすがに全然受かる感じでは無かった。そりゃそーか。
正直言って働きたく無いんだけど、全然働きたく無いんだけど、いまんとこ他に方法考えつかない。
じゃあとりあえず、「働かなくて良い状態」を目指す間だけでも就職してみるかーって思った。
目標だとか野望なんて無い。とりあえず。
で、今就職して二年目。
適当に仕事しながら、あんまり残業しないでオタクな事にお金かけて、適当に貯金してる。
「働かなくて良い状態」になりたいなーとは思うけど、いまんとこ何もしてない。
何かしないとなーとは思ってるけど、なんだか思いながら何もせずダラダラ働いていくのかもなーとも思ってる。宝くじで3億円くらいあたらねーかなー。宝くじ買ってないけど。そんな感じ。
結局根本のところは変わってなくて、ネットにつながったPCの前に居れば時間はいくらでも潰せるし、幸せ。あとはたまにゲームやったりとか。
ぐうたらなのも変わってなくて、眠くて面倒だと午前半休取って昼まで寝たりとか。
平日も帰ったらネットしてアニメ見て本読んでゲームして、あとはちょっとはお金あるから、お酒飲んだり美味しい物食べたりだね。たまに同僚と飲みに行ったり遊びに行ったりして。
ま、普通の「社会人」って奴なんだろうと思う。「社会人」とか全然定義もよく分からんけどね。
そんな感じで色々過ごして来ての結論だけど、中学生時代のキツさって相当だよ。
みんながみんなそう思うとは限らないけど、ある程度そういう人が居るはずだよ。
いやまぁ、社会的な状態に最初に晒されたからとか、思春期だからとか、集団行動を習う時期だとか色々理由はあると思うんだけど、はっきり言って僕にとっては、会社で仕事してる状態とか、大学生とかよりよっぽど中学生の方が大変だった。
教師が「これから社会でもっと大変な事が一杯有る」なんて言うけど、そりゃーそう感じる人も居るんだろうけどそうじゃない人も割と居るだろって話。
「社会人ナメるな。」?「社会にでたらもっと大変な事、理不尽な事が一杯有る。」?
アホか。社会人こそ中学生ナメんな。中学生には大変な事、理不尽な事が一杯有るぞ。
どんだけ偉いんだよ社会人。あんたも僕もただの人だろ。変わんねーよ。社会って何処だよ。そんなもんねーよ。
でまぁ、だからこそ、学校行かないぐうたらな子でも、とりあえず親は「親」で居てほしいなー。
僕がまっとうな(本当にそうかは怪しいけど)道に進めたのはそりゃ親がちゃんと最後まで「親」でいてくれたからだと思うし。
僕もそりゃ「これで良いのか」なんて悩んだりもしたけど、悩むだけで結局刹那的快楽に負けて、ネットしたりゲームしてるんだよね。
うちの親も不登校時代や引きこもり高校生時代はかなりドキドキだったらしいけど、「ま、息子は息子だし、私たちはその親だし。」とは思ってたらしい。そりゃそうだよなー。どう見ても息子、引きこもりニート一直線コース。
実際のとこ色々と体面悪かっただろうな、近くの人とかも教えてる教師なのに、その息子が引きこもり不登校とか。
元増田の場合だと学校以外のところには外出するって話だし、大丈夫だと思うけどね。
する事が無くなったら本当に何もしなくなるし、閉塞感に耐えられなくて攻撃が外部に向く可能性が高いと思うんだけど。家でゲームしてテレビ見てる方がよっぽど健康的だよ。
この状態で世界を取り上げられたらそれこそ行き止まりだよ。
賭けても良いけど元増田の場合、「高校には行きたい」ってのは「とりあえず堂々とモラトリアムしたい」って意味だよ。
中卒でニートになるのは怖いもん。バイトするのも嫌だし、就職なんてもっての他だし。
そうなるととりあえず、学生は続けたいんだよね。でも勉強はしたくない。そりゃとりあえず「高校は行きたい」って言うわ。だからって何かするわけじゃないんだけどね。
ネットしてると、「単位全落ちwww」「今日も授業サボったわ」「一ヶ月大学行ってねえわwww」って言ってるクズみたいな大学生ばっかりだよ。大学が本当に人生の夏休みに見えてくるよ。楽したい為に大学入りたいって思うようになるかもよ。
実際多分大学行っても4年間(高確率で+α)遊んで、適当に単位取るだけだけど。
でもさ、上で書いたそのクズみたいな大学生のうちほとんどが結局、普通に就職して普通に働き出すんだよね。
いーじゃん、高校、大学とモラトリアムさせて。日本の学生なんてほとんどみんなそんなもんだよ。大学に勉強するために行ってる奴なんて、ほとんど居ないよ。学生からの延長線でなんとなく仕事してる奴ばっかだよ。「だから近頃の新人は」なんて言われるんだけどそんなのずっと同じだよ。
世の中なんて意外とユルいし、クズにも優しいよ。
元増田は当然子供にしっかりした真面目な人になって欲しいんだろうけど。
でも、世の中、ほとんどの人がぐうたらで面倒臭がりだよ。所詮、そんなもんだと思う。
そんなわけでずっと書きなぐってきたけど、結局のところ、意見というか、お願いはひとつ。
最初に書いた通り、ずっと、「親」で居てあげて下さい。
ある大学の先生(体育系の担当らしい)がラジオでしゃべってた。
「今の子どもは弱いです」
「ウチの大学にも通信制の高校出身の、弱さを抱えた子どもたちがたくさん来ます」
「うちの自慢は、一人も辞めさせないってことなんです。それが私のコンセプトなんです」
「そのためには嫌だって言われても家まで行きますし、お茶一杯、おにぎり一個の大切さを教えて行きたい」
最後何言ってんのかわかんねえ。
なんてことも言ってた。それって、話がこじれてからか?
家までおしかけて話こじらせてしまって、それをどうにかできると思ってるのか?
それって親身になるのと話が違うってわかってないのかな。
お前のコンセプトはいいけどさ。
何その適性ガン無視な方針は。
辞めさせないってのは、失敗ややり直しを認めねえってことか。
どうやったって、届かないところがある。
やってみなきゃわからない、とも言うけどさ。
自分のことならまだしも、それを相手に求められるの?
届くところには限界があるし、限界に近づくことを強要することは、私にはできない。
「すべてを失っても構わない」なんて言葉があるけど、例外がある時点で大嘘だし、言葉にしてる暇があったら動け、って話だ。
分からない、分かる力が無いってのは、見ていて本当に哀しいんだぜ。
たぶんこの哀しさは、元カノに言われたように、
「自分の敷いたレールに乗せたいけど乗ってくれない、乗り続けてくれない」
って不満からくるものなんだろう。
否定はできないなー。
放っておけば良いように変わっていくもんだ、ってのはファンタジーにしか思えないなぁ。
大局的には充分納得できる。「世界のことは世界に任せておきな。なんとかなっていくものさ」ってうろ覚えだけど、好きな作家の一節にあった。
けど、個別の話にそれを転用するのはどうなんだろう、って思う。
いやまあ、私が実際にやってること自体は結局のところおせっかい以外の何者でもないしね。
まあいいか。それで救われる人もいるんだろう。
私は私の仕事をしよう。
通信制だけど、ピッタリの学科を見つけたのでそこに行こうと思った。
って、言ってるから。通信制なら、面倒な人づきあいは半減だし、まずまずの選択だと思うよ。
昨年の夏から休学していて今年も休学で、いつか退学するつもりだったけど踏ん切りがつかず先送りにしていた。
大学に戻る予定はないのだけど、やはり退学するということは怖かった。でもずるずる籍を置いていても意味がない気がして、辞めることにした。
大学行かなきゃ、学歴なきゃダメと考えて生きてきただけに、書類を郵送するまで辛かった。でも郵送してみれば気分が楽。
入学したものの学部があわなくて毎日辛かったが我慢して卒業しなきゃいけないと思っていた。
結局ノイローゼになって倒れた。
それが人生を左右すると思えるくらいに大きな出来事だった。
中学から私立に行かせてもらっていたのに中退してごめんなさいと泣いた。
自分のしたいことを見つければ折り合いが付くと思って、小さい頃から本が好きなので日本文学を勉強したいと思った。
通信制だけど、ピッタリの学科を見つけたのでそこに行こうと思った。
しかし薬の加減か分からないけど、本が読めない。パソコンでも文字が読めない。
頭に入ってこなくて混乱する。
本を読むことが楽しみだったのに絶望的な気分になった。
高卒の知人がいるのだが、よほど学歴がコンプレックスらしく、何かにつけて「どうせ俺は高卒だから差別される」「高卒の俺は社会的弱者」「大卒のくせに無能なやつらがムカツク」という話ばっかりする。そういう話さえしなければ、普通に有能な男なのに勿体ないなあと前から思っていた。
ブランドの服を買い、高級車を買い、異業種交流会のようなイベントにも行き始めた。
イベントで、自分が唯一高卒だったのに一番モテた、なんていう自慢をするようになった。
習い事やら通信講座やらを始め、いくつかの横文字の資格を取得した。
大卒者を見つけては、「お前何か資格持ってるの? え、持ってないの? 駄目だよ今時資格ぐらい取らないと」とか言い出すようになった。
それだけの時間と金があるなら、彼がすべきことは、「通信制か何かの大学に入って、大学卒の肩書きを得て、コンプレックスをなくす」ことだと思ったのは俺だけだろうか。資格をとる時間、高級車を買う金があれば、簡単なのに。
それをやらないで、安全地帯から高学歴者を批判し、高卒仲間を見下していい気になっている。結局大卒者と同じ土俵で戦う自信がないのだろうか。
昨今、大学の運営費を削減する政策のおかげで国立大では先生を減らしている。
海外の大学での教員一人当たりの生徒の数とどんどん乖離していっているのに。
それはまっとうな大学ではないところの先生たちも、泥舟から脱出すべく虎視眈々と"まっとうな大学"のポジションを狙っている。
なので、私は提案したい。
"まっとうではない大学"をつぶして、その運営費や補助金を"まっとうな大学"の運営費にして
Fランの先生たちは、国立大や有力私大へと転職したくてうずうずしている。
うちの地元にもあるけどxxx国際大学とかFランの大学はいますぐつぶせばいいと思う。
(つぶすのは忍びないなら、完全通信制にしてしまってネットで配信して,単位認定を厳しくして
設備とか、Fランの"学生管理"のコストをもっと圧縮すべきだ)
(タバコのすいがらをなすりつけたあととかゴミはちらかりっぱなしとかある)
4年間、バイトと遊びに時間を費やすためにやってきている人たちばかりだ。
(しかし、彼らが大卒になったところで入社できる企業はあまりかわらないのが実情。)
一部のそうでない人たちはそもそも"まっとうな大学"へ入れた人たちなので心配はいらない。
(彼らは不幸にも、推薦入試という高校に対するリベートの枠に落とされたかわいそうな人たちだ)
"まっとうな大学"へ転職して、研究に専念したいと思っている。
誰もそこにいたいと思ってない。
反論されそうだから先にかいておくと
介護/看護/教員系などの資格系統の学科は、"大学"にはせずに”高度な”専門学校とすればいい。
(同じ大学を名乗るのでも、きちんと分類すべきだ)
資格取得のために受験勉強で教養とかやってる暇ないんだから大学って言わなくてもいい。
だいたい、地方だと、国立大や公立大があるくらいのレベルで十分ニーズは満たされている。
誰もが高校に行くべきではあるご時世かもしれないが
勉強したい人だけが入れる数に圧縮して
「不登校」という言葉は、差別用語だと考えていて、あまり使いたくないのだけど、経験者として、書いておく。
まず、「不登校支援」という名目で活動している団体と関わるのに、注意した方がいい。
名前通り、どこかの施設に入れて、徹底的に叩き直そうという団体で、暴行事件などが起こって問題が表ざたになっているから、意外と知られている。
文字通り、不登校を直すための秘訣の書かれた本を高額で売りつけたりする。SEO対策がされているため、検索してほいほい引っ掛かる。
心理学や精神科の専門家が関わっていて、一見すると、信頼の置けそうな組織。不登校の研究をしようと思っても、なかなか会えるものじゃないし、
多くのサンプル数を集めるのは、大変だ。そこで、不登校支援の名の下で、不登校児たちの生態について研究するために設立されている。
(4)自助グループ
子供が学校に行かなくて悩んでいる親たちが、自分たちの悩みを解消するために結成されるもの。あくまでも、親のためであって本人のためではない。
自助グループがさらに発展したもので、「不登校」というものに独自の哲学やら思想などを持っていて、それを広めている。
通信制や定時制の学生のための学習や高認取得の支援をする予備校。
世間では、(1)や(2)が危険ということは知られているけれど、実は、(3)、(4)、(5)もかなり危険な存在じゃないかなと考えている。
肝心の解決法なのだけれども、検索しても出てこないだろうし、恐らく、上の団体に聞いてもお決まりの答えしか用意してくれない。
十数年苦しんで、考え続けて思うのは、何かをして解決する種類の問題とは違うと思う。時間が解決するといったらいいのかな。
つまり、周りの人間にもどうにもできないし、自分で何とかしなければならないわけだが、決定的なものはないといっていい。
自分の体験を述べると、戦前の人の本を読んで、彼らの生き方は、大いに参考になった。戦前には、小学校を中退していても、立派な業績を残している人がいて、
彼らの生きた道は、まさに教科書といってもいいと思う。
あとは、不登校支援とはまったく無関係な人と幅広く付き合った方がいいと思う。
その際、根強い偏見があるから、不登校であることはカミングアウトしない方がいい。
自分で、言っておいてなんだが、経験者や当事者の意見だからといって信用しない方がいい。
なぜなら、あなたが見ている景色と、他の人の見ている景色は、同じ不登校であっても違っている。
結局、あなたのことを一番分かってあげられるのは、あなた自身なのだから。
私は高1、父子家庭になったのは小6の時
身バレしそうだがもう少し詳しく書くと、小3の時に離婚して小5秋に三つ離れた姉と共に隣町に引っ越して3人で暮らしていたのだが
(主に姉が)新しい環境に馴染めず、私に当り散らし虐め、耐えきれずそれこそもう表ざたにはならないが自殺未遂は何度もした。
結局半年もしないで私は父親のところで暮らすことになった。決定したのは土日によく逃げ帰ってよく父のところへ遊びにいった私なんだが、
今思うと私は母親に姉が私を虐めるのも、私が出ていくのも止めて欲しくてそんなことを言ったのかなと思う
戻ってきてからの生活は酷い生活だと思う。現在進行形だけど。
父はろくでもない人間で、大して強いわけじゃないのにこれが無いと眠れないとかいって毎日飲むアル中、半年に1回は些細なことで大暴れ。健康保険?滞納してるから保険証が出ずインフルエンザで死にかけた。マジで。
おまけに家で風呂たてると金がかかる!とかいって1人で銭湯通い。私は家で毎日シャワー。
春夏はいいが冬は雪がバンバン降る地域だから寒くてたまったもんじゃない。
ろくに保護者用のプリント持ってきても子供任せ、印鑑だけでもとせがむとキレて怒鳴りつける。先生との面談なんか消費税だとか思いっきり関係無い話でずっと親父のターン。
何かボイコット的な意味だか正直具体的な理由は無いが、とにかく全て嫌になって中学は半分行ってない。けど一応高校は出てる。成績はクラスで5本の指に入るほうだから、真面目に出てればもう少しレベルの高いところに行けたのではとよく言われる。
もうこの位になってやっとうまい付き合い方を見つけたが、始めの頃は壮絶だった。
自分でも普通の人としてすごせるようにすごく努力したと思う。拒否っといて何を言うと鼻で笑われそうだけど。
とにかく何もかも1人で頑張って、今望む今出来る理想の自分を実現してみせた。今は正に理想。今すごく楽しい。世界で一番楽しい気がする。
辛いときは母に助けを求めるのだけど、やっぱりやんわりと頑張って!高校に入ったら一緒に暮らそう!と行ってくれるが具体的には何もしてくれない。というか、頼めることが何もないというのが事実だけど。
肝心の今、高校に入ったら、なのだが。三つ上なので丁度姉の手が空くと思いきや、
なんと姉は境界性人格障害?とやらで通院してるらしい。しかも精神安定剤飲みまくって春に救急車運ばれたとか。通信制の高校ダブったらしい。
絶句した。姉は何一つ進歩していないのか。私はこんなに頑張ってるのに、姉はのうのうと母と暮らしてこれなのか。
そう思うと母と暮らすべき時間を姉に取られたのかと思ってしまった。実際違うとはわかっている。
あと自分も何か精神疾患になっていないかと急に怖くなって保健室の先生に相談したら、あなたのお家は機能不全家庭ってレベルじゃないやばさだけどあなた自身は大丈夫。強い子ね、といわれた。なんか逆にこの状況で発病してないとか馬鹿じゃねーのwwwって言われた気がしないでもないけどw
私が無理を押しとおせば引っ越すことはできるのだろうけど、折角入った高校、そこで知り合った友達、今までの友達、住み慣れた土地、そしてどうしようもない父。
今の自分を作ってくれた半面教師たちをまるっと捨てて母のところに行くのには正直躊躇してる。
親父は多分長くない。土建関係だから割と危険な職業だし、去年は親父の同僚が職場で事故にあって、腰の骨がボロボロになった
母も多分長くない。3月に仕事が忙しくて倒れたらしい。すぐに連絡をくれなかったのがちょっと寂しかった。私は家族にカウントされてないのかな。
今ここで母のところに引っ越したら、親父はすぐにくたばりそうな気がしてならない。可愛くないウサギだなあ…
それに正直新しい土地で慣れることが出来ない気がする。虐められでもしたらきっと私は今度こそ立ち直れない。
なるべくここにいて、今やってるバイトでお金貯めて貯金して大学に進学したいと考えている。でもお金足りないから多分無理。
…という一連の流れをかいつまんで大人に離すと大人だねぇすごいねぇと誉めてくれる。いや、誉めて欲しくてしてるんじゃないんだが…。
でもたまに友達の母親やバイト先で仲のよさそうな子供連れを見てると、
卑屈な考え方だけど「なんでこいつには両親がいて私にはいないんだ?普通になるためにこれだけ努力してる私なんなの馬鹿なの死ぬの?」
ってすごい空しくなる。自分が悪いわけじゃないんだと一応事実だし認めることはできる。でも納得はできない。
一番の理想は母と暮らしつつ今の高校に通うことだが、県外だし母はもう親父の傍には死んでも嫌だと行ってるから無理である
私が引っ越すのは生活水準は超あがるだろうが上の理由からあまりしたくはない。それにまた姉に虐められるのではないか、上手く行かなかったら今度こそ父のところには戻れない、というのもある。わがままなのはわかってる。でも普通の子はそれを普通にしているのがこれまた理解に苦しむ。彼らは私と何が違うんだろう?
自分は何をしたいのかどうするべきが私にとってベストなのかわからない。制服でタバコ吸ってるアーパーゆとりには両親も暖かい家もあるのに私には何故母がいないのかもわからない。
もちろん両親いない親なんてごまんといることは知っている。実際に見たこともある。しかし彼ら彼女らはまだ子供でいられたからまだ幸せなのかなと思う。そもそも幸せ不幸せを比べるなんてのはケースバイケースだから無理なんだろうけど。
一応文章反芻はしてるんだけど、ボロボロ泣いてるし匿名ダイアリー書くの初めてだから何書いてるかわからないです
俺はもっと不幸だった!とかの不幸自慢じゃなくて具体的にどうするべきか意見もらえるとありがたいです
今、ブックマークで注目を集めている記事に
http://d.hatena.ne.jp/kawango/20090626/1246030883
読み進んでいく上で、なんか言いしれぬ違和感を感じていたのだが、一番最後に
お金を稼げば稼ぐほど貯め込んでいく一般の産業界よりもコンテンツ業界にお金がまわる仕組みにしたほうが世の中が楽しくなると思うのは僕だけだろうか。
と言う文章があってその正体が分かった。
この人、想像力が全く足りないのだ。つまり、自分が観測可能な部分だけで論理を組み立てているのだ。つまり、知らないだけだと。
いうまでもなくこれはいくらでも改変ができる言葉だ。ざっくり作ってみよう。
いくらでも変えられるし、それぞれに真実もある。そもそも稼いだ金をため込むなんて状況が現代日本で実現するには、タンスにしまうか穴掘って埋めるぐらいしかないのだが、その点で基本的な経済の流れを理解していないのではないかという気もする。しかし、ただ一つ言えることは、これらの言葉が、他の可能性とその理解を全く否定していると言うことだ。
それをふまえて見てみると、まさに様々おもしろい。この人は、今コンテンツ産業が革命への転換点にいることを頭では分かっていても、事実として受け止め切れていないのでは、と。
たとえば、活版印刷が発明されたとき、従来型の手で書き写すものに投資するのと、活版印刷に投資するのとでは、どちらの方が効率がいいか。
たとえば、産業革命の時に家内手工業に対して膨大な投資をするのと、蒸気機関による工場生産に投資するのとでは、どちらの方が効率がいいか。
たとえば、コンピュータが発明されたとき、今までの従来型の機械式計算機に投資するのと、コンピュータに投資するのとでは、どちらの方が効率がいいか。
たとえば、IPの急速な普及期に、今までの電話交換機に投資するのと、IP通信制御機器に投資するのとでは、どちらの方が効率がいいか。
すべて言うまでもないだろう。今コンテンツ産業は、そう言った急速な転換期に来ているのは間違いがない。
もちろん過渡期の話は分かる。活版印刷の装置が間に合わなければ手で書き写さねばならないし、蒸気機関が間に合わなければ手で作るしかない。コンピュータがまだ不安定ならば、機械式計算機を使ったり、今までの電話交換機を買ってくることも必要だろう。
ただ、過渡期の存在を理由に、将来を信じ切れなかったものは、理解しきれなかったものは滅んだと思う。そして、理解しきれないからこそ、今までの方式が正しいのだという言葉を吐くのだ。
必要なのは新しい方式はコストが下がり、回ってくる金が少なくなることを心配することではない。
新しい方式で、いかに投資効率を上げ市場を広げていくか、たくさんの人を巻き込んでいくかだ。なぜならイノベーションは止められないからである。特にコンテンツ産業の革命は、すでに先駆者がスタートを切って走っている。後ろから続くものがその欠点を発見したとしてもできることは、先駆者に追いつくか、そのおこぼれに預かるかしかない。もしくは、自ら滅びるか。
http://d.hatena.ne.jp/kawango/20090616/1245130321
ブックマークにて、一つだけ明らかに意図が伝わっていないコメントをしてくださった方がいるので、追記をしておく。
「そういった産業の転換点では、投資の効率が全く変わってくる。」反証:エルカセットとかβマックスとかキャプテンシステムとか…/枯れた技術の水平展開も大事じゃねえの?
挙げられているエルカセット、βマックスはそれは技術の洗練の話であって、革新的な、産業の転換期が発生したのはそれよりも前、磁気テープと言う技術が発明されたときだろう。なのでその指摘は反証にはならない。そんな個別の話ではない。
私はこの文章の中で、特別な商品名を出していないことでこの意図を伝えようとしたのだが、読み誤らせてしまったのは残念だ。
たとえば産業革命の際に、よく分からない有象無象の装置の中には失敗して売れなかったものもたくさんあるだろうことは想像が付く。しかし、産業の転換というものは止まらなかったように、それらは些細な話である。このように、個別の事案についての話ではない。また、個別の商品が失敗したことが、この全体の流れが間違っていると言う話にはならないだろう。βマックスが駄目だといって別のものを選択するとき、磁気テープすべてを否定しフィルムに戻るなんてことは明らかに投資の効率を落としている話だ。それではいずれ滅びる。
そして、キャプテンシステムだが、これは発想的には進んでいたと言えるが、それが産業の転換をもたらしたわけではないという点で反証になりうるかもしれない。これは蒸気機関にたとえるならば、トーマス・ニューコメンの蒸気機関であろう。その後のパソコン通信・アーパネット、インターネットとつながる一連のものを、ワット以降の蒸気機関とすれば、である。と言うことは、これが産業の転換期の前触れであった、あるいは、条件の一つであったという言うことにはなるだろう。ただ、これがトーマス・ニューコメンの蒸気機関ではなく、ワットの蒸気機関が爆発的な産業革命を起こしたように、キャプテンシステムが産業の転換期を作れなかったわけである。この差を見極めるのは非常に難しい事ではあるが、これは投資のタイミングの話ではあっても、産業の転換期に投資の効率が変わってくることに対する反証にはならないのではないかと私は考える。
最後に、「枯れた技術」であるが、これは水平展開は必要ないだろうが、保存の必要はあるように思う。なぜ水平展開が必要ないかと言えば、すでに保存されている枯れた技術を見れば分かる。
保存された枯れた技術…これは「文化財」(文化ではない)などとよばれ、特別に保護されているものがその代表だ。これらは、産業の転換が起きた後には、それそのものが持つ機能―――革新的な技術等が置き換えてしまった前の機能が必要であるがために残されていたものではなくなり、すでに当初とは別のものになりはてていると言ってもよいだろう。産業系の博物館などに行ってみればこの手のものはごろごろしている。
そして、古いものを直すときに、それらが必要になるときも来るだろう。しかし、それを水平展開する必要はない。なにしろ、それよりも革新的な技術は、嫌でも広まってしまっているので。
置き場所が無かったので、ここに置いておきます。
何の参考にもならないし、読んでもらいたいということではありません。
こんなこと別に書かなくても良いんだろうけど、
去年の夏、恋してました。====
記憶をもとに書いているので、多少違うところもあるかもしれません。
脚色している部分もあるかもしれません。
通信ってやっぱ、大人の大学生ばっかじゃん。
平均年齢30歳くらい。
だから、同い年の人なんていないと思ってて、いたとしても、
会わないだろうと思ってました。
何となく監視されているというか、窮屈に感じて、自分で非公式の交流サイト作ったのよ。
まあ、掲示板とかがあるだけのようなものだったけど。
それが結構ヒットと言うか、学生が集まってきて、まあ自分から見れば、
おばちゃん・おじちゃんだけでワイワイ楽しくやってました。
そしたらあるとき、僕と同い年という女の子の書き込みがあったわけ。
同い年の人がくるなんて予想してなかったから、すごくうれしかった。
女の子ということより、同い年ということの方がうれしかった。
それから掲示板で交流することはもちろんのこと、何がきっかけか個人的なやりとりもし始めました。
チャットが多かったです。
Yahoo!メッセンジャーのチャットとか、その頃の癖で未だに、
パソコン起動すると、ヤフーメッセを立ち上げてたりします。もう長いこと誰ともチャットしてないけど。。。
ほんと、チャットではめちゃくちゃ話がはずみました。
今思えば、あの、はずみようは何だったんだろう。と思うこともあります。
次第に、直接会いたいね。みたいな感じになっていました。
向こうは関西で、こちらは東海で少し距離があって、なかなか会う機会がなかったのですが、
学校のイベント(スクーリングだったかな)で、来ることになっていました。
当日は、学校で介助というかサポートしてくれるようなことにもなっていたのですが、
当日、体調が悪くなって来れなくなったと携帯に電話(この日のために一応、番号を教え合っていた)がありました。
この日、初めて彼女の声を聞いたのですが、
第一印象は、「おばちゃんみたいな声だな」という印象でした。
今思えば、ひどいですが。。。風邪とかかもしれないし。
結局、自分と送り迎えしてくれた知人と一緒に行きました。
その日のことは、話が外れるので詳細には書きませんが、あまり面白くはありませんでした。
帰ってきたら、親父の同乗する車が子どもを引いたとかで親父が切れてたし。(幸い子どもは、ケガをしたかしていないかのレベルでしたが)
それからというもの、若干、彼女との連絡も疎遠になっていました。
あとから聞くと、仕事を始めたから。ということでした。
実家から引っ越しもして、ネット回線を引くまで時間がかかったようです。
主にチャットだったので、時間が合わなくなったというのも一因です。
メールもしたかしてないかくらいでした。
やけにテンションが高かったので、自分で自分のこと引きました。
それで、ついにはプッツリと縁が切れました。
まあいいや。と自分でも思っていました。
1年半くらいたった頃でしょうか。
「また前みたいに連絡を取り合いたい」と。
ぶっちゃけた話、うれしかったです。
(以下、第2部のようなもの)
それから、やっぱ直接会いたいみたいなことになって、
海の近くの某所で会いました。
そこは、障害を持つ子が楽しく遊べるように知人がボランティアで始めた場所です。
一目、彼女を見た時は、「あ、この容姿なら大丈夫。恋愛的に好きにはならない」という失礼な思いでした。ブサイクとかではないです。
自分は少し、人の顔を芸能人レベルで見てしまう癖があるようです。
学校のこととかです。
しばらく経って、部屋の中に入って、お茶を飲みながら二人っきりでお話ししました。
不思議と緊張しなかったです。
そして今でもどうしてか思い出せないのですが、
このときの話の中で僕の言ったことに対して、彼女は爆笑していました。
肩も軽く叩かれました。
僕はそんなに笑うとは予想外だったので、何で笑ったのか今でも思い出せません。
笑いのツボが明らかに違います。
その後、何の話をしたのかも忘れましたが、場の空気がちょっと悪くなってきました。
ようするに、ネタが尽きてきたわけです。
そしたら彼女は、「うん」とニコッと笑って言ってくれました。
そのとき、ちょっとかわいいかも。と思いました。
海の方へと二人で歩きました。
外をバリバリ走るタイプのものではないので、速度も外だと遅いし、手が疲れてきたら彼女に頼んで押してもらおうと思っていました。
小川の橋を渡って、海まであと少しというところで疲れてきました。
頼もうとしたとき、
何、この絶妙なタイミング。とドキッとしました。優しくされることに弱いのです。
彼女は別に、福祉関係の人とかいうわけでもなく、ボランティアとかもしたことないし、車イスとかもあんまり押したことないと言っていました。
そんな人が、「車イス、押そうか」と自分から言ってくれたことに、ものすごい好感を覚えました。
今思えば、これが好きになったきっかけかもしれません。
車イスを押してくれて、海に向かう途中、
僕がちょっとした自虐的な冗談を言ったのですが、彼女は反応しませんでした。
少し笑うはずのところなのですが……
海に着いて、二人で並んでお話をしました。海に浮かぶ空港があるので行ったことあるかとか、こんないいところ1日中本とか読んで過ごしたい。みたいなちょっとした話です。
そして、彼女はあることを言いました。
突然のことだったので、返答に困りました。その時の僕は、将来への不安は抱いていたものの、人に話せるような明確な目標は持っていなかったのです。
「うーん。無いな。」と正直に言いました。
「大学卒業したら、何か仕事しなきゃいけないとは思ってるけど、いろんな人に相談してもなかなかね……説教されてばっかり(苦笑)」と言いました。
彼女の海を見る横顔は、少し残念そうでした。
今思えば、ここで海を見ながら熱く夢を語る男というのは好感度上がるんだろうな。と思いました。
逆に聞いてみました。
「彼女さんは、夢とかあるの?」
「うん。先生になりたい。あ、普通の学校の先生とかじゃなくて、今、寮母として働いているところの。」
別に宗教的とか怪しいとかいうのではないです。
生徒同士が協力してログハウスを建てる。とかそういった感じのです。
職業的に学校の先生というのはあまり好きではなかったからです。
適当に相づちを打って、海から離れることにしました。
古い民家が立ち並ぶところを歩きました。会社の保養所とか古い別荘のようなものもあります。
僕は、そろそろ帰ればいいかなと思い、帰り道を選択しました。
でも彼女は、逆の別の道を言っていました。
僕は、これ以上、遠くに行くのは危険かなと思ったので帰り道を言いました。
理由は言いませんでした。
ちょっとした押し問答みたいになりましたが、彼女は景色を見て、
「うん。こっちでもいいや。」と折れてくれました。
今思えば、彼女の方の道を選択していれば、もっといろんな話ができたのかな。とは思います。
元の場所に帰ってきました。いたのは知人のスタッフの人(おばちゃん)だけで、あとはもうみんな子どもたちも帰っていました。
そこへもう一人のスタッフの人(おじちゃん)が帰ってきました。
その人は、そこを住居にして暮らしているのです。
おばちゃんに、ここの場所の説明をしてもらうとして、いろいろと中の見学となりました。
僕は、おじちゃんと部屋(管理人室)の中に入って、疲れたので横に寝かせてもらいました。
ほどなくして、彼女とおばちゃんが入ってきました。
おばちゃん、おじちゃん、彼女でいろいろと話していました。
彼女の職場の話もしていました。おばちゃん・おじちゃんは共感していたようです。
今度、七夕祭りで、某有名交響楽団のコンサートがあるから来て下さい。というような話になっていて、
本当におばちゃんとおじちゃんが行ったのにはびっくりしました。
僕は、行きたくても遠くて行けませんでした。
僕の体力も回復してきたので、起きました。
それから、部屋にあるパソコンを立ち上げて、僕が運営しているその場所のサイトを見たり、彼女が働いている職場のサイトを見たりしながら、
みんなでお話しました。
その中で、僕があるつまらない冗談を言ったのですが、
彼女の顔が真顔。能面みたいで、あれ?と思ったのが印象的でした。
笑いどころが明らかに違うのです。
夕方になり、晩飯をどうするかみたいな話になって、
4人で近くに食べに行くことにしました。
海鮮料理が食べられるところです。僕は、昔に一度家族で行ったことがありました。
僕は、おじちゃんとおばちゃんのと彼女が話すのを聞いていました。
複数人で話すのはどうも苦手なのです。
その中で、
「お父さんとは、別々で暮らしている」というのが印象的でした。
家族の話をしても、父親の話とかは出てこなくて、mixiのバトンとかにも、
父親 いない
とか書いてあったので、何となく複雑なんだと思ってはいましたが。
食べ終わったら、おじちゃんが俺が払うよ。と言って、おごってもらいました。
店を出るとき、彼女が、のれんをさりげなく、手でどけてくれました。
僕の言う冗談に対しては無視(?)しているのに、ちゃんと気遣ってくれていることに好感を覚えました。
外は、もう真っ暗でした。元の場所に戻って、解散することにしました。
別れ際、ちょっと二人っきりになったところで僕は、
「今度は、僕の家で会おうよ」と、とっさに言っていました。(別に、やましい意味ではないです。)
彼女は、「うん。いいよ」と言っていました。
それから彼女に対して、笑いどころが違うというもどかしい思いと、さりげない優しさへの好感という複雑な気持ちを持ちました。
笑いどころが違うというか、僕が言う冗談に対して無反応という人に初めて会いました。
別に自分に笑いのセンスがあるとは思っていませんが、笑わせようとしている空気を読み取って、愛想で笑うこともできるはずです。
そういうのはありませんでした。
ラブレターとかではないですが、近況と、いつ自分の家で会うかの提案です。
それと手紙を書くということで、予想外の僕への好感を持ってもらいたかったからです。(たぶん、下心です。阿呆です。)
彼女から返事はありませんでした。
しかし、こんなこと自分でもよく覚えているなと思う。
ストーカー的気質があるのか、女の子と二人っきりで長時間話すことなんて無かったので印象的な出来事として脳が記録しているのか。
続き。
返事はありませんでした。別件でメールを送ってみることにしました。
この前はありがとうみたいなことと、七夕祭りに、おじちゃんとおばちゃんが行ったんだって。的なことです。
すぐに返事が来ました。
その中で、
手紙ありがとう。読んだよ。私も手紙書くの結構好きなんだ。はてな匿名くんもよく書くの?とメールにありました。
僕は、たまーーに書いたりします。なので、手紙を書くことが特別なことではありません。
しかし、手紙書くの好きなのにメールで返されたのは少し残念な出来事ではありました。
そこで夏に会う件について、触れられていました。
OKということでした。嫌々という印象は受けませんでした。
そのまま、日程を決めて自宅で会うことになりました。
その日程の月は、嫌なことがありました。
そのことがずっと頭にあったのがいけなかったのかもしれません。
正直、彼女と何を話したのか覚えていません。
ただ言えることは、彼女に良い印象は与えていないということ。
ここで僕のイメージは下がったかもしれません。
・途中、アクビをしていた。
・やっぱり、笑いどころが違う。
あまり効果は無さそうでした。
正直、頭の中が真っ白のまま終わりました。
人と話すことでこんなにストレスを覚えたのは初めてでした。
このときのことは、思い出すたびに、ため息が出ます。
ただ、初めて会ったときより、かわいいな。と思いました。
そういうことを知人に話したのですが、恋しただけだろ。みたいなことを言われました。
客観的に見るため、初めて会ったときに一緒に撮った写真を見たのですが、
やっぱり顔は変わっていました。痩せたのかな。と感じました。
そして後日、彼女から、うちの母と話せて良かったとメールがありました……
それっきりメールの交流は続きませんでした。送信しても彼女から返事が無いのです。
神様のいたずらか(あまり好きではない言葉だけど)、のちに途中で止まっていることに気がつきました。(携帯)
年が明けて3月。卒業式。
彼女は、受付をしているとのことでした。
会って話せると意気込んでいたものの、受付がめっちゃ混んでて、
あっ、どうも。と目くばせをしたくらいでした。
あとで、「話せなくて、ごめん」とメールが来ました。
ただ、メガネをかけていたせいか顔が全然違った感じがしました。
いまいちというか。ちょっと太ったような。
会うたびに、顔の印象が変わっているという人も珍しいなと思ってて、
実は彼女は複数いるんじゃないか。と思ったりもしています。(ミステリー?)
しかし、僕が風邪を引いて体調を崩しました。
会うのは中止になり、
自分の中で、もう会っちゃいけないんだという変な納得感が生まれました。
それっきり、会っていません。
来月、彼女から年賀状は来るのでしょうか。僕は年賀状自体、止めることにしたので送りません。
来た人へは返す予定でいますが。
今、会いたいか?って言われれば、会いたくないことはないですが、
学校も卒業して関係性が変わったことを考えると、自分から求めてはいけないような気がします。
マイミクは解消されてなくて、彼女の日記が更新されると必ず読んでますが、
でもやっぱ、会いたい・・・・・・・・。orz
このまま何もなければ、時間が経って思い出になるだろうけど。たぶん。
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だけど、笑いどころが違うためか僕は全然面白くなかった。こんなに笑えない映画と言うのも初めて観た。
シュールというか。
でも、アマゾンでの評価は高い。。。
映画好きに受けるのかな。
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ちりとてちん 完全版 DVD-BOX I 苦あれば落語あり(4枚組)
これは面白かった。
てか、好きな人の好きな作品を観てるのって、
いかがなものか。ですよね。
同級生の友人(女)に、高校を中退して派遣とスーパーのバイトとかを繰り返している子がいるんだけど、何か鬱病をこじらせているらしく、せっかく通っていた通信制の高校もやめてしまって、本当にどうするのかと心配になってる。最近会ったとき、多分煙草が常習的になってるのか口臭がひどくなってたのがショックだった。
もうそろそろ20代前半も終わる年にさしかかるんだけど、何か現実認識というか、危機意識がないというか、フリーターや派遣=即ワーキングプアという今の世の中で、本気で心配しているんだけど、こっちからメールしても「体調が悪くて…」としか返ってこなくて、最早何を言っても無駄なのかという心境になる。
やっぱり本人が「気がつく」しかないのかなあ。しかしそのまま放置していても、30代になって挽回のチャンスって、結婚ぐらいしかない気が…しかも、そんな人に出会えるかどうか、っつーのがこれまた低い確率だし。増田先生ならどうやって説得しますか?