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はてなキーワード: 送別会とは

2012-01-04

私の全て ⑧崩壊

有休消化期間に入った私は、毎日自分のの送別会で出かけていた。

家に帰ると、彼が待っていた。こんな日がずっと続いたらいいのになぁと思っていた。

同時に、続くわけないとも思っていた。終わらせないといけない。

その週の土曜日、彼が遊びに行っている間に、メールを送った。

から別れを告げるつもりはなかった。別れなければいけないとは思っていたけど、別れたいとは思っていなかったから。

彼に本心を言って欲しかたから、誘導するつもりだた。

彼は見事に誘導に乗り、「無理なんでしょ?」わかった。荷物は近いうちに取りに行く」というメールを送ってきた。


これで終わる、と少しほっとしたが、最後にどうしてもあの疑惑を確認したかった。

私に隠れて元カノと会っていたことについて、本当のことを言って欲しかった。

別に、会っていたこと自体をどうこう言うつもりは全くなかった。

ただ、嘘をつかれている事が嫌だった。

でも彼の答えは、「隠れて会ったりなんてしていない」だった。

そして「こんな誤解で終わるなんて嫌だ」「お願いだからもう一度信じて欲しい」「必ずもう一度信じさせる」

そんな言葉を続けた。でも、私はもう信じられなかった。


どうして嘘をつき続けるのか、分からなかった。

付き合って間もない恋人浮気した、とかならまだよかったかもしれない。

でも私にとって彼は恋人というよりも、ものすごく大事友達だった。入社してから5年間、ずっと仲が良かった友達

そして、一生一緒に生きていこうと思った人だった。この人となら絶対大丈夫だと思っていた。

そんな人に裏切られた。


私はそれまでの人生で、色んな人に助けられてきた。

本当に、周りに恵まれているなぁと実感することが多かった。

病気大学に通えなくなった時、仕事を始めたばかりで何も分からず辛かった時、元彼を亡くした時。。。

一人ではどうすることもできない辛い状況に陥った時、周りの人が支えてくれた。彼も、その中の一人だった。

から、どんな時でも自分の周りの人を裏切る事はしなかったし、逆に、裏切られる事なんて考えた事もなかった。


でも、彼に裏切られた。

大事大事友達の一人で、一生一緒に生きていこうと思った彼に。

もう、誰も信じたくなかった。誰とも関わりたくなかった。何も考えたくなかった。


そして同時に、元彼のところに行きたい、という気持ちが溢れてきた。

彼が亡くなって2年1ヶ月、一度も考えたこともなかった事だった。

ずっと抑えてきた気持ちは一度あふれ出したらもう、とめることはできなかった。


しかしたら、会社を辞めて彼の名前を見る事ができなくなってしまったことで、

保っていた心のバランスが崩れてしまっていたのかもしれない。

コップの水がすれすれまで入っていて、彼の裏切りが、最後の一滴だったのかもしれない。


生まれて初めて「死にたい」と思った。

その日1日、死ぬ事しか考えられなかった。


そしてその日の夜私は、これから死ぬつもりであるというメールを彼に送った。

もちろん、わざとだった。


私が死んだ後、彼に私と同じ思いをさせるのだけは嫌だった。

から最後に嫌われるようなことをすればいいと思った。

から自分が嫌われるためには、わざと自殺を仄めかす発言をすればいいと思った。

彼は、そういうタイプ人間が嫌いなはずだから

それに、私が死ぬなんて言ったところで、彼は絶対に相手にしないだろうと確信していた。

そういうことを簡単に言うやつは嫌い、と言われるのを期待していた。

しばらくメールをやりとりを続け、最後にするつもりのメールを送信しようとした時、玄関ですごい音がした。


彼が合鍵を使って部屋に入ろうとしていた。私の目論見は、見事に外れた。

内側からロックをかけていたので入ってこられずに済んだものの、彼は開けろと玄関先で叫んでいた。


しまいには、開けなかったら窓ガラス割ってでも入ると言い出した。

これは脅迫だろう。。。と思いつつ、仕方なく部屋に入れた。


部屋には入れたものの、彼の話を聞く気は全くなかった。

一通り自分の言いたい事を言えば気が済んで帰るだろうと思っていた。

が、何時間経っても帰る気配はなく、そのうち言いたいことがなくなったのか、無言になった。

この時点で私の当初の計画は失敗だった。


この人は、私が死んだら悲しむ事になるのかな。。。


彼に私と同じ思いをさせるのだけは、どうしても嫌だった。

からといって、「後を追いたい」という気持ちも、どうにもならなかった。

なんとなく思いつきで、彼に「生きているのが嫌なほど辛かったことってある?」と聞いてみた。

彼は「ある」と答えた。予想通りだった。


彼は自分が辛かった時期の事を話し始めた。

気付いたら私は、「これからも一緒にいて欲しい」と言っていた。

嫌われるためにした行動で、全く逆の結果になってしまった。

でもその時私は、この人となら一緒に生きていけると思っていた。


私はこの人の事が、男としてではなく、“一人の人間として”好きなんだなぁと思った。


そんな事件があってからしばらく経った日曜日、彼と浴衣を着てどこかに行こうという話になった。

候補にあがったのは、エプソン品川アクアスタジアム浴衣を着ていくと、割引が受けられた。

からも近かったし、二人とも水族館が好きだった。

でも私は3年前に、亡くなった元彼と一緒に行ったことがあった。

少し不安になりつつも、二人で浴衣を着て出かけた。


結果、悲しい気持ちには全くならなかったし、以前のように元彼の事を思い出して

後悔するということもなかった。純粋に楽しかった。


私は自分の変化を感じていた。


元彼は体のラインが出る服が好きで、私は服を買うときいつも自分の好みよりも

元彼が喜んでくれそうな服を選んでいた。

ピンクと白がよく似合うと言ってくれていたので、買う服はピンクと白が増えた。

でも今シーズン、ピンクと白の服は1着も買っていなかった。


元彼と付き合っていた3年前、私はヒールのある靴が苦手だった。

いつも3cmぐらいしかヒールのない靴を履いていた。

でも元彼が高いヒールのある靴の方が綺麗だというので、どうにか努力して

6cm程度のヒールの靴で歩けるようになっていた。


ある時、たまたま通りがかったショップの店先に、ロングブーツがディスプレイしてあった。

ちょうど欲しいと思っていたニーハイブーツ。でも、ヒールがなくてぺったんこ。あー、だめだー。

そう思って通り過ぎようとした時、もう無理してヒールのある靴を履かなくていいんだ

ということを思い出した。


私は昔、パーカーが好きでよく着ていたが、元彼がパーカーがあんまりきじゃないというので

全く着なくなってしまいこんだままになっていた。

久し振りに出して着てみると、彼は「パーカー好きなんだよねー」と喜んだ。


ゆったりした服も、ヒールのない靴も、パーカーも、慣れてしまえばそれが普通になった。

私が着たい服を着て彼が喜んでくれるのが嬉しかった。

でも、元彼が好きだった私が消えてしまうような気がしていた。

彼を確実に好きになっていたが、好きになってはいけないという気持ちもあって悩み続けた。

2011-12-18

うつ休職して転職した話

新卒入社した会社で、入社1年足らずにうつ病休職した。

入社直後から体調不良でよく休み、人事に怒られ、落ち込んで夜眠れず、また体調不良の負のループ

人事の言葉はいつも辛らつだった。「期待していたのに裏切られたわ」と、入社一ヶ月で言われた。お前に騙されて採用したと。

「お前は頭がおかしいから、精神病院受診しなさい」と、病院リストを渡されて、今すぐ電話をして予約しなさいと迫られた。予約するまでこの部屋から出さないと言われ、頑なに拒否し続けて、気づいたら三時間経っていた。安全配慮義務おそるべし。

あれだけ抵抗したものの結局、辛すぎて自分心療内科受診することを決めた。薬を飲んでも、辛いままだった。一ヶ月経った頃、休職することにした。

復職したら、閑職に回された。当然だ。自分の作った書類は、4人の先輩がチェックした。本当に厳しかった。思い出したくないから書かない。人事部の近くの席で、「一度悪いことをした人は、また必ず悪いことをするわ」「また間違えて精神病患者採用しないためにはどうすればいいだろうか」「やっぱり現役で有名大に入った人は打たれ弱くてだめね」なんて聞こえてくる。僕は罪をおかしたのだろうか。

就業規則には、著しく精神に異常のある者は解雇されると記載されていたが、解雇はされなかった。自己都合退職をして欲しいのかと思えば思うほど、意地を張って、耐えた。

休職前は仲の良かった同期や先輩が、休職を期にどっと離れて、復職後も少しずつ離れていった。今思えば復職後の方が、精神の状態が悪化していた。心配してくれた人につい愚痴をもらせば人事部に密告され、と言うことが何度かあり、誰に対しても、心を開けなくなっていたからだ。


一度、珍しく一人で書類整理を任された時に、自分より先にうつ病退職した先輩の名前が書かれたファイルを見つけた。中を開くと、発症前後の行動、メールを裏ルートで抜き出したログや、経過などがボロクソに記されていた。僕の記録も必ずあるはずだとゾッとした。


管理職の何人かは「お前は必ずやり直せる。焦らずに、少しずつ回復していけ」とこっそり励ましてくれたけれど、うつ病患者となり飼い殺されている僕を笑う同期や先輩たちの心無い言葉に負けそうになった。いや、完全に負けていた。



それでも、最後プライドで意地でも居座ってやると思っていたし、「僕には他に行くところなんてない」と思っていたけれど、結局転職した。業界では平均年収の高い企業だったが、僕の給与はとても生活できないものだったからだ。

「もう限界なので、退職します」と話した時、応援してくれていた課長は、残念だと言った。その瞬間から上司と部下の関係が終わった。


人事から「よく見つかったね」「今より給与下がるでしょ?いいの?」最後最後まで嫌味を言われたが、耐えた。

それでも、所属部署の人たちが送別会を開いてくれて、お花をいただいた時、「頑張ってね」とエールを送っていただいた時は、会社に何一つ貢献できなかった事を本当に情けなく思った。

入社当時は仲の良かった同期や先輩は、最後までノーコメントだった。何度も退職する人に色紙を書いてきたが、自分はそのようなものをいただく権利はなかった。一人で帰路につく僕を、営業部のやつらが笑っていた。僕は彼らに、何か悪いことをしたのだろうか。


それ以来あの会社の人とは会っていない。


転職して2年が過ぎた。会社を辞めてすぐに、心療内科卒業した。本当にあっさりと、「もう薬を飲まなくていいですね」と主治医は言った。その半年後に、内臓疾患が発覚した。やっと、あの身体のだるさの本当の原因が分かった。これは今でも治療を続けている。


時々、あの会社の人たちにとっての僕は、今でも人間のクズなのだと思うと、叫び出したくなる。忘れているに違いないけど、完全に記憶を消し去れるわけではないのだ。フェイスブックツイッターで、会社賞賛する元同僚の書き込みや、同期同士の飲み会写真を見て、絶望したりする。そう、僕は2年経っても、縛られ続けている。


今の会社では普通に過ごしている。可もなく不可もなく。取引先のやり取りもチェックなしに進めさせてもらえるし、たまに褒められたりする分、僕なりに成長したのではないだろうか。しかも、こんな僕に前の会社より高い給与をくれる素晴らしい会社だ。


僕はこの会社で罪を償いたい。もっともっと利益をもたらせる社員になる。

そうすれば、いつか許される日が来るだろうと信じている。

2011-11-20

社畜になって学んだ20のこと

学んだというか、社畜生活を通して思ったことですが。

サラリーマンって書くと文字数が多いので社畜と書きました。

なので、社畜サラリーマンと読み替えてください。


基本的に思い込みです



1)2年間働けば何かしら身に付く

僕は社畜生活が2年間だった。

時間に換算すると、8時間×365日×2年で5840時間になる。

5000時間集中して取り組めば何かのエキスパートになれる説があり、

僕も、自分の体験上、この説を支持している。



2)残業するのは効率が悪い証拠

3)ただし効率が良くても残業することになる

基本的に、社畜残業するのは効率が悪い証拠だと考えている。

残業お金目当ての意図的なものであることもあるし、

本人のスキルが足りてないからかもしれないし、原因はいろいろ。

もちろん情状酌量の余地はあるものの、残業は悪だ。


ただ、効率が良いからといって、残業せずに済むほど社会は甘くない。

効率が良くても誰かに足を引っ張られて、残業することも多々ある。

僕も、50代のおっさんが頻繁にタバコ吸ってるせいで残業したことがある。

「いい加減にせい、お前は」とキレそうになった。



4)お金時間は両立しない

お金があったら、時間がない。

時間があったら、お金がない。

それだけ、はい



5)社畜になることは楽をすること

社畜になるというのは楽なことだと思う。

線路の上を走っている限り、何も考える必要がない。

意思を捨てれば良い。それだけで楽な人生が待ってる。



6)学生とは比較にならないほどの責任感が身に付く

社畜は、お金をもらって何かをしている以上、責任感が違う。

ある日職場放棄することなどしてはいけない。建前上は。

仕事責任もって完遂することで次の仕事が手に入る。

途中で投げ出したり、適当にやったりする奴に仕事はない。


ただし、責任感が身に付いたと思ったら、

残念ながら、それはあなた社畜になった証である



7)飲み会楽しいものとは限らない

忘年会送別会幹事だといろいろ気を使うのである

めんどくさいルールはあるし、話の合わない人とも話さなきゃいけない。

ただ、うちの会社は、上司が払ってくれるのでタダ飯は食えた。

それを差し引いても、決してすべての飲み会楽しいわけではない。



8)金曜日希望に満ちている

土日という社畜にとって至福の時間を前にした金曜日

頭の中は、業後のことでいっぱいである。

ただし、社畜には休日出勤というオプションがあるのでこの限りではない。



9)歯向かう相手は慎重に選ぶ

干されます。気をつけましょう。



10会社に使われるのではなく、会社を使う

僕が前職で一番尊敬していた人の言葉

自分はどうなれるのか。その過程会社をどう使えるのか。

それを考えて、会社を利用することが、社畜にできる数少ない抵抗。

逆に、これを考えないと、本当の意味での社畜に成り下がる。



11)デキる人ほど辞めていく

12)ただし辞めた人がデキるとは限らない

経験則的に、これは正しい。

今の時代、デキる人なら転職しやすいから、

より条件の良いところを見つけて移る。

しょうもないのばかりが残るので、中途採用を行う。

ちなみに、前述の尊敬する人も、僕の入社後数ヶ月で辞めた。


一方、僕のように、デキないのに自分能力を過信して辞める人間もいる。

しかし、これは、あながち間違った選択ではない、たぶん。

デキないのにデキないことを自覚せずに残るよりはマシだと信じてる。

どんなダメ人間でも、外に出ることで、自分ダメさ加減を認識できる。



13)資格なんて役に立たない

~検定1級持ってます

で?

TOEIC~点です

で?

ごく一部の難関資格でない限り、持ってるだけじゃ役に立たない。

資格セルフブランドするためのツール。ツールは使えてなんぼ。



14)社畜には仕事を選ぶ権利がない

15)ランチ自分の想いを伝えるチャンス

社畜特に若年層の社畜仕事を選ぶ権利はない。

試しに「その仕事はちょっと…」と言ってみると良い。

その仕事をやってくれる中国人インド人は世の中に五万といる。

仕事ベースは信用。嫌な仕事でもやらないと信用は得られない。

逆に、信用を得られれば仕事をある程度選択できるようになる。


とは言え、自分のやりたいことがあるのが普通社畜である

その想いは、ランチ時間に伝えるのが正解だと思う。

業務時間中に言ってもスルーされるし、

飲み会中に言っても忘れられることが大半。

酔ってないけど砕けて話せるのが、ランチなのである



16)自分だけ特別扱いされることはない

これは、自分退職する時に陥りそうになった罠。

僕がFPとして働きたいと役員のおっさんに言ったら、

好きな部署やプロジェクトに移してやると言われた。

退職するって言って好きに異動できるなら、皆やってるわい。

よほどのことでない限り、自分けが特別扱いされることはない。



17)親の喜ぶ顔が見れる

思いつき。社畜=安定と考える親にのみ通用する。

少なくともニートになるよりかは親孝行になる。



18)中途採用の人は出世できないけど能力が高い

うちの会社の決定的にダメな部分。

新卒入社の中間管理職層はしょうもないのが多かった。

一方で、中途の人は優秀であることが多かった。

なのに新卒の方が出世するスピードが速い。


もう少し一般化して考えてみる。

経験値というものは、社会に通用するものとその会社固有のものに分けられる。

そして、その経験値というのは、1:2くらいの割合で貯まっていく、たぶん。

新卒で入った場合は、会社固有の経験値がかなり貯まる。

中途で入ってきた人は、社会に通用する経験値がそれなりにある。

から新卒は社内で出世しやすい。

が、結果的に年を経るほどに新卒は自社にしがみつくしかない。

一方で、転職数回の中途の場合、固有の経験値が少ないものの、

そもそもその固有の経験値にバラエティーがあるから

気がつくと社会に通用する経験値に転換されている。



19)社畜は格好の搾取対象

源泉徴収という制度がある限り、搾取は避けられない。

年金未納が増えたからって、未納者の保険料増額は非現実的。

なら、確実に納めてくれる社畜保険料を増額すれば良い。

世の中にたくさんある所得に関する税制もすべてそう。



20社畜になることは不安定な道を選ぶこと

会社がなくなったら、どうするの?

社畜生活ほどリスキーものはない。

自分の腕一本で食えるようになるのが安定というもの




以上、異論反論は多々あることかと思います

あくまで、僕の乏しい経験上での思い込みですのでご容赦を。

2011-08-19

ブレックス

ここの所立て続けに被害(?)に遭っているので過度に毒を撒き散らさせてもらう。


障害者の元ってのぁやっぱり障害者なんだよな、ふつーのニンゲンからならふつーの子が生まれたハズ

確かに一概にゃ言えねーだろうがそれでもなっちまったってんなら運にも見放された劣等種なんだろう

誤解を招かないように言うが、劣等種だからって卑屈になる必要はねぇ事だけぁ言わせてもらうぜ


最初のはオレが悪いんだとは思う、

アスペルガーテスト会社問題児達が軒並み高得点を叩き出して欠陥が浮き彫りだったのが面白かったから他の連中にもやらせてーなwwwってボイスで言ったんだ

よくよく考えたら最近会った高校の同級生の息子が自閉症だかなんだかって書いてあったから失敗したかなーと思ったよ

案の定切られたね

まぁそれはどうでもいい、みくそなんてペラいもんだから


んで何ヵ月か後にいついつに送別会兼プチ同窓会を開こう!って事になった、オレの親友国外へ年単位で転勤っちゅー非常事態だったから募集したさ

個人的にはヤローだけでヤりたかったんだ、言うてもオタクだらけの集まりだしオンナに気ぃ遣うのもかったりーしな

ただまぁA型連中は「ご婦人も呼ぼう!」っていきまいてたからまぁ勝手にしてくれって言ったんだ。

それが1ヶ月前。

コースで予約するから1週間前に出欠を確認したらとあるご婦人は行けるけどその友人は来ない、って話でまとまってたのよ

でーまぁうまく席も取れて飲み放題でこんぐらいだよ~って連絡すらぁな?後は当日を待つばかりです

したら前日の夕方に人数変更イケる?ってきたんですよ、お前バカだろ 思いながら相当イライラしたけどなんとか店側も対応してくれて事なきをえたんだわ

やれやれ、大所帯になったなぁと感慨に浸りながら家に帰ったさ、明日ゆっくり寝てよう、4時半頃出発してゲーセンで涼んでいよう、って微睡んだよね

当日



4時頃に「アタシ行けないから」「○○が行かないなら私も行かない」etc



・・・


さすがにおじさんも怒り通り越して笑っちゃったよね


これぞまさしく土壇場キャンセルってヤツだよね


まぁ理由が凄かったよね、親戚のおじさんが退院する日だったからとか子供がぐずってるとか


前日に行くって わ ざ わ ざ 連絡してくんのにそうなんだ。


で○○が行かないなら~とか今日中学生でも言わないような言い訳をしたアラサーが冒頭のソイツですよ。


もうね、一言の謝罪も無しに用件だけ言ってなかったことにするとか



死ね

これから地球の為に


死ね




当然キャンセルなんか出来ねェから幹事のオレが立て替えとこうと思ったけど、そいつらを呼ぼうっつったヤツが責任感じて被ってくれたよ


マジ手続きに奔走したオレにも謝ってもらいたいけど、ソイツにはちゃんとワビ入れといてほしい。


当然ソイツはブチ斬れてた


モノモライが出来たからって理由でグラサンしてたけど凄ェ怖かった。


あのオンナ共無事かな…


まぁいいか


仁義弁ぬ不貞の族にかける情けなど無し。


迷惑かけないように自閉症の息子共々生きたまま検体に回されろ

2011-08-06

社内SEへの異動

私、某社でSEをしとります。会社は今年の就活生の人気ランクの上位50位には入っていたかな?

先々月まで約15年間、証券トレーディングシステムを作る部署にいました。

トレーディングシステムはお分かりのように、プロトレーダー用にカスタマイズして作っております

東証大証(+JASDAQ)にダイレクトでつながっていまして、レイテンシーチューニングしまくり、一注文あたり数マイクロ秒で処理できるくらいまで持ち込みました。

箱(ハード)もかなり投資していただき、サーバネットワークディスク等どこを取っても三重系以上にするなど凝りに凝った作りにしました。

個人的にこの仕事は難しいけどやりがいがあり、とても気に入っていまして、定年までこの仕事一本だろうと思っておりました。

それが2011/3/11東日本大震災を契機にお客さんの業績が悪くなり、

ITに簡単に投資をしてもらえない役員に交代したことにより弊社への注文も目に見えて減ってきました。

それからはなりふり構ってられず、いろいろな証券会社仕事を取り、なんとか食っていけるようにしていましたが

限界が見え始め、何年も一緒になってシステムを作り上げてきたパートナーさんを切らざるを得なくなりました。

しかし、それでも部としての経営がなりたたなくなって来て、私の席の周りの人間が一人減り、二人減り・・・

毎月月末に送別会をしている状態でした。

そしてついに私にも異動の命令が出ました。情報システム部への異動です

正直、社内ネットワークの面倒を見てるだけの部署なのかなと思っておりましたが、全然違っていました。

2011-06-27

怒涛の上半期がおわる。

2011年の上半期は何かもう、色々すごかった。

自分の周りの人がどんどん去っていくんだよ。

通ってた習い事で超仲良しだった先生退職したりとかさ、

友達が転勤になったりとかさ、ご不幸があったりとかさ。

好きな人も、転職するからって会社やめちゃったよ。

好きだったけど、好きって面と向かっていえなくて、

送別会ときカードに「好きでした」と書いてプレゼントと一緒に渡したな~。

まぁ、何の連絡も貰ってないので玉砕ってことだろうがw


その他も色々嫌なことも多かったよ。震災だろ、豪雨だろ、もう何この上半期。

呪われてるんじゃないかってくらい。


ため息ばっかりついてた上半期ももうすぐ終わる。

つーか落ちまくりだったこの上半期。もうコレ以下の底はない気がする。

後は這い上がるだけじゃねーか。


押忍、頑張るぞ。

2011-04-05

送別会

 とくに親しくもない同僚の送別会があって、幹事からあいつにも一応こえかけとくかな」ライクに

お誘いがあったんだけど、空気よめずに出席することにしてしまった。


 明日。今お腹ちょう痛い。

2010-12-13

心に響いたシステム屋の14のセリフ

先日、在籍中にはずいぶんとお世話になっていたシステムエンジニア・兼・プログラマの方が亡くなられた。

その方が仕事で私に色々とご指導されたなかで、インパクトのあったものをここに書きます言葉の力とは凄いもので、私は人生観が変わってしまいました。何が一番変わったかっていうと、人生が楽しくなったという事。人生が、です仕事が、ではありません。

私と同じ様なお仕事をされるかた、そうでないかたも、興味のある方はどうぞ心の片隅にとどめてください。

それではいます

わかりやすい事は正義。わかりにくい事は悪。

確か品質の高いプログラムシステムとは、の話の中での言葉…。

お前は会社オナニーしにきてるのか?

私が作った資料が分かりづらい時のご指摘の言葉…。

そりゃぁけっこうなこった!神様オナニー世界を作ったしな!

「お前は会社オナニー…云々」を2年ぐらいしからもう一度聞いたときオナニーしに来ています」と答えた。腹がたったので。

その時に上司が言った言葉です

いいプログラムにはコメントがない。コメントがなくてもわかるからだ。

私が書いたプログラムコメントを指摘されたとき言葉ですね。

仕事を「させられている」と思う奴は言ったこと「しか」出来なくなる。

私が言われたとおりの事をして、結局その「言われたこと」に間違いがあって、そのまま実行した事でトラブルを起こした時の台詞

考えろ!!人は考える動物!!!

「部下は上司の命令通りに動くものでは?」という私の文句に対して。

システム」とはお客さんの「業務」をルールブックに書き出したものだ。業務がわかればシステムが判る。システムが判っても業務は判らない。そして業務を知るって事は、人を知るって事だ。

これは確か、仕様書ミスプログラマが業務にそぐわないプログラムを書いちゃって、そのトラブル対策会議での話。

色々な性格の奴が集まって作られたシステムはいいものになる。

規模の大きなプロジェクト最中での言葉

金を稼ぐ手段は色々あるけど、お前はその中からプログラマを選んだんだよな?自分が得意で好きな事をして、それが人の為になって、お金も貰えて、それのどこが悪い?本当にSEになるのがお前にとって大切なのか?

SE研修にて、やる気あるのか?と言われて、SEになりたいのか?プログラマになりたいのか?どっちだ?

SE研修に来てるという状況を踏まえて)SEになりたいですと回答。

SEプログラマ仕事、どっちが楽しいか?プログラマのほうと回答。

で、質問には「やっぱりプログラマのほうが好きです^q^」と回答。

安かろうよかろうはその場しのぎにはいいが、ずっと続けば色々と悪い事が起きる。めぐりにめぐって自分に還ってくる。

システムコストダウンの話を顧客に要求されて。

だって最初は出来ない。まずは自分には出来ないって事を理解しろ。それから人は強くなる。

ミスった私の部下が「自分には無理です」と言った事に対して。

人を信じろ。そうすれば信じた人に信じて貰える。人って生き物は自分を信じてくれる人を裏切らないように出来てる。いつしかお前はお前を信じて、お前自身がお前を裏切らないようになってくれる。

トラブって私が一人会社に残って対応した。後日、なんで他の人に協力を要求しない?という話の中で。

部下を信じるっていうのは部下がミスをやらかさない事を信じるって意味じゃない。部下がミスをやらかす事を信じるって意味だ。

私の部下がミスやらかした時。

「信じる」っていう言葉通りの意味じゃなくて、「理解する」「受け入れる」という意味だと思う。

自分が愛せるようなモノを作れ。お前が作ったモノをお前が愛さなくて一体誰が愛してくれるんだ?

送別会の中で、真っ赤な顔をして真面目な顔で言った、最後のお説教

在籍中は私はこの人は「技術者」ではなくて「職人」だと思っていました

けれども、あらためて言葉を思い出すうちにどうやらそれも間違っているような気がします。

でもまぁ、こういう人の残した言葉っていうのは、本人がいなくなってから身に染みますね。

2010-10-16

K子に捧げるレクイエム。あるいは東京で働くことについて

 本人にも告げられず、mixiにも個人的すぎて書けないのでここに投下。


 今日、K子からメールが来た。無題のメールで、本文は「辞めた!」

昨日、彼女から会社を辞める決意をしたことは聞いていたが、ついに辞表を出したらしい。

前々から、彼女会社ブラックっぷりは聞いていたので、特に驚くところは何もないのだが、彼女のことを考えると実に複雑な気分になる。

 僕とK子は、去年の暮れに知り合った。友人が、K子を待ち合わせしていた飲み屋に連れてきたのだ。

僕はその当時、仕事が辛くて毎日登山用のザイルで首を吊ることしか考えられなかったぐらいひどい心理状態で、その気晴らしに友人を誘ったのだが、

むかしから女っ気のない友人が何の連絡もなく女を連れてきたことで、僕は椅子から転げ落ちそうなぐらいびっくりした。

その飲み屋は僕の当時住んでいた家から徒歩で行ける距離のダイニングバーで、話を聞いてみると、K子の家もそこからすぐだった。

 話を聞いてみると、K子は友人が前から話していた「好きな同僚」だった。友人とは大学の頃からの腐れ縁だったのだが、働きだして暫くすると

「同僚に同じ歳の女の子が入ってきた。彼女は日曜に教会とか行ったり、日本文学好きだったり、超童貞向きの子なんだ。最高」というような意味合いのことを言っていた。

僕は、友人からそんな話を聞く日が来るとは思わなかったので、驚くと同時に喜んだ。良いじゃない、君もそろそろいい年だし。ユー付き合っちゃいなよ。

あわよくば結婚しちゃいなよ。等々。

 しかし、その後暫く経ってからその同僚のことを聞くと、同僚には振られたらしい。詳しい話を聞くと、なんとなく納得いかない点がいくつか

あって、僕は怒った。なんて女だ!友人を振るなんて、男を見る目がない女!なんかその同僚お高く止まってるんじゃないの?何様?どこ視点?ねえ彼女はどこ視点から

見てるの?許せないね!等々。

 それと関係あるかないか、友人はいつしか会社を辞めたいと言うようになった。僕が鬱の階段を転がり落ちると同時期に、彼の転職話も進んでいったのだった。

 そんな時に彼が連れてきたのがK子だった。その時点では、友人の転職話は既に決定していて、退職日も決まっていた。友人は、送別会の帰りに僕と飲む予定で、

それにK子を連れてきたのだ。

 僕は、鬱と自己嫌悪の暗闇のなかで暗黒舞踏を踊っていたので、最初に周りの客が引くぐらい驚いたあとは、酔いにまかせてK子を無視して好きなことを喋っていた。

そもそも、僕は友人の話を聞いて、K子に対して良いイメージを持ってなかったのだ。どうせ一度会ってもう二度と会わないんだからどうでもいいや、と思い、

カンボジアのトゥールスレーン収容所の話や、ウクライナ女性首相の話や、LHCの話などをしていた。しかし、友人でさえ興味なさそうな話にK子は意外にも食いついて

きた。

 早い話、話が合ったのだ。

 それから年が明けて、僕も会社辞表を出した。もう何もかも限界だったのだ。「可能な限りはやく退職させてください」と、僕は言った。「引き継ぎが必要な業務はありません」

 そして、それから少し経って、連絡先を交換してないはずのK子からメールが来た。早い話が、「引っ越す前に飲みに行きませんか?」だった。うっぷす、なんというビッチ

友人から連絡先を聞いたらしい。そして、退職してオープンマインドになっていた僕は、それにホイホイ付いて行った。正直な話、友人には悪いが僕もK子には興味があった。

 そのようにして、僕とK子の友人づきあいが始まった。読んでる方にはおわかりのように、あまり良い子ではない。プライドは異常に高いし、打算的だし、ワガママだ。

僕と一緒に飲みに行くと、友人が彼女に対して持っていたイメージは、すべて彼女の作り物だということがすぐに判明した。そもそも、彼女が友人の会社に中途で入ってきたのは

前職での不倫が原因だったのだ。例のバーで、強いカクテルをごくごく飲み干した彼女は僕の手を握りながら言った。(そもそも友人は、彼女が酒を飲めないと言っていたのだ!)

「**君はどう思う?(不倫で前職の同僚が離婚したことについて)私に原因があると思う?ブラックホールに飲み込まれるべきだと思う?わたし」

 僕は、その問いに対して声を大にしてイエス!と答えたかった。ブラックホールどころか、お前は超新星爆発を起こすべきだと思っていた。

「いや、僕はそうは思わないよ。そういうことは誰にでも起こりえるんだよ、しょうがない。人生一度なんだからね」

 だが、話を聞いてみると、教会に通っているのも、日本文学が好きなのも本当だった。ただ、教会に行くのは、自分の(不倫して相手の家族を滅茶苦茶にしたことに対しての)

罪を償いたくて行ってるらしい。なんて自己愛の強い女!

 その後すぐに僕は、東京の家を引き払って、地元神奈川に帰った。そうなっても、なぜかK子との親交は続いていた。東京で会ったときは、明らかに色目を使ってきたK子も、

僕の地元で会ったときには頭のスイッチが切り替わったようにドライな態度を見せた。

 「**君とは友達でいたいよ」とか急に言い出した。茅ヶ崎の海岸をふたりで犬の散歩しているときのことだった。「**君もそう思うでしょ?」

 そんな自己中心的なK子の態度に、僕はそれから何度も怒って、そして何度も喧嘩した。僕をこれほど怒らせるのは彼女だけだ。僕の地元に来た彼女に対して、僕は他の女の名前

呼び間違えるということをやってのけた。プライドを燃料として生きる彼女に対して、7回も呼び間違えた。たぶん、K子のプライドをこれほど傷つけた男も僕だけだろう。

 そんなK子が仕事を辞めて実家に帰るらしい。今後は、看護婦資格を取って鎌倉で暮らすのを目標とするとか。



 とても長くなってしまったチラ裏だけど、僕はそんな彼女をとても愛している。この悪文を書きながら、彼女の苦悩や、浅はかさや、腹立たしいところを思い出しながら、やっぱり

そう思う。心から彼女幸せになって欲しいと思っている。

 どんな形でさえも、やはり幸せになって欲しいと願っている。K子の感性や、ユーモア感覚や、癇癪をやっぱり愛している。

 それが、伝わればいいのだが、きっと彼女には理解できないだろう。

2010-10-08

引継ぎで毎度モメる職場

親会社からの圧力で切られることになった下請の社員

切られると知ったとたん、前にいた職場と比べて

この職場がいかに悪いかを語り始め、最終日になっても

仕事を残したまま定時でバックレた。

噂ではその直後に下請の会社をクビになったそうだ。



人員削減で他所の職場から入ってきたベテラン

異動することになった2,3年目の新人

引継ぎの際にベテラン担当仕様や作業内容を上手く説明出来ない新人

散々詰ったらしく、送別会の夜に居酒屋で罵りあいのケンカになった。

なお、現在でも双方フロアは違うが同じ社屋にいる。



自分仕事を引き継いだ時は、

前の担当は鬱で月に数日会社に来れればいい方。

見る限りでは、知識も経験もあるが、それに固執するあまり

要求仕様を掴めていないように見えた。

結局資料を渡されただけで、長期病欠に入ってしまった。



仕事属人的な上、辞めたにせよ異動にせよ職場に再び戻ってきた人が

今まで一人もいないような職場じゃこうもなるか‥

2010-07-16

http://anond.hatelabo.jp/20100710224551

別に友達の1人もいない寂しい学生時代ってわけじゃなく、普通に友達付き合いはあったけど、非モテリア充普通に体験することをしてないと思う。

ちなみに俺(28歳男)の場合は、初めての携帯電話は18歳。

大学進学と1人暮らしと同時に。

リア充たちは16歳くらいの頃からケータイなりPHSなりポケベルなりを持ってたように思う。

初めてのカラオケは二十歳の時。

初めてのビリヤードも同じ年に。

といっても、カラオケはその後数回体験したけど、ビリヤードはそれっきり。

リア充たちはこれも高校生くらいの頃に体験してるんじゃないかと。

そういえば、二十歳のころに酒とか煙草経験した。

煙草は本当にくわえてみた吸い込んでみたってだけだけど。

思ったより、飲み会なんてそうなかった。

歓迎会送別会新年会、まあ年に5回くらいじゃないかな。

くりかえすけど、普通に友達はいた。

休み時間に話したり、一緒に昼飯を食べたり、教科書貸し借りしたり、そんな感じ。

大学時代に普段なにやってたの?って聞かれるけど、うーん、家で本読んでたり、市民体育館筋トレしたり、あとネットしにネカフェにいったり。

2010-07-04

http://anond.hatelabo.jp/20100704094850

検索かけてみたら結構いろいろみたいだよ

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0401/305423.htm?o=0&p=0

アメリカでも ちぃ2010年4月2日 5:21

アメリカで知り合いの同僚が飲み会を断ってばかりいるので

いろいろ口実つけられてクビになりましたよ。

アメリカ日本と同じようなもんだなと思いました。

会社パーティーに出てこない人ばかり解雇されていますね。

(しかもうまく辞めさせるように持って行く)

こういう現象はアメリカ日本だけかなぁ?

ヨーロッパではどうなんだろう?

習慣は違えど・・・ くらげ子 2010年4月2日 13:41

日本のように職場での飲み会はないけれど、欧米では家族ぐるみ若しくは

夫婦カップル同伴でのパーティー参加は多いとアメリカ在住の友人から

聞きましたよ。

強制ではないけれど参加しないと変わり者扱いだそうです。

>先日職場での飲み会(歓送迎会)の出席を断ったら、俺の命令が聞けないのかと上司に激怒され酷い目にあいました。

これってもしかして思っていることをそのまま上司に言ったんですか?

しかも歓送迎会

気持ちは分かるけれど、あなたの言ってることはどうしても「その通りだね」とは言えません。

人間関係がうまくいかなくなり辞めていく人たちはみんな同じようなことを言います。

バカばっかりの会社だ!」

アメリカの、とある会社場合 米国勤労人 2010年4月3日 8:11

アメリカでも、というレスを読んだら、私の経験と違うのでちょっとびっくり…。同じ国でも業界地域によって違うのかもしれませんね。

私のは、米国のとある大会社東海岸技術系部門の話です。そこでは、夜の飲み会、というものはまったく存在しません。プロジェクト打ち上げ、みたいな機会には、業務時間内に、レストランランチに行きます。業務を潤滑に進めるための懇親、という認識なので、当然、業務時間内です。何か名目がある場合は、会社から補助金も出ます。

たまに、気前のいい部門長が部門全員を休日のBBQパーティー家族ごと招待したりすることはあります。でも、これは、友人として招いているので、強制とは全然違います。招くほうも結構大変(部門長がせっせと肉を焼く…)なので、これは数年に一度くらいのことです。

イメージ低下や訴訟を避けたいためか、ハラスメントに関する社員教育や、苦情処理の仕組みが実に充実しています。あなたの上司のような言動は、たぶんマズいです。

あなたの怒りはもっともだと思います。アメリカ(の、しかも今いる会社)に来てよかったなぁ、としみじみと思ってしまいます。

フリーで働くしかありませんね。 OL 2010年4月3日 10:04

日本では」と書かれていますが、実際の海外の実情をご存知ですか?

おそらく日本にある外資系企業外国人駐在員の働き方を想像しているんと思いますが…。

只今アメリカで働いています。

普通オフィスワーク企業ですが、大きな案件が終わったらチームで飲みに行ったり、

送別会は部でやりますよ。(なぜか歓迎会はやらない)

クリスマス前のみんなが休暇に入る前にはシャンパン乾杯して立食パーティ

下手したらボスの自宅でサンクスギビングパーティに呼ばれたり、

各種ホームパーティに呼ばれます。

こちらでレイオフされる時は、

色々理由をつけるので「ヒューマンスキルが低い」という理由で簡単にクビです。

それを恐れて参加してる人もいるかもしれませんね。

アメリカでいう「プライベートを大事にする」というのは、

自己責任無駄残業をせず、

会社に遠慮しないで休暇を取る事だと思います。

会社の付き合いを毛嫌いするという事じゃありませんよ。

私もアメリカですが… 木村 2010年4月4日 10:00

業務時間以外の集まりは年に一回、クリスマス休暇の前に部門ごとにお食事会だけです。

もちろん費用会社持ちだし、強制でもないので全員揃うことはありません。(それでも9割以上は出席です。)

会社の同僚とはある程度の距離を保てる今の会社でよかった。

前述のアメリカ在住の方々からのコメントを読んで

転職する際に、業務時間外のパーティーが多いか少ないかも考慮しなくてはと思いました。

人それぞれでしょうが、私は面倒くさいと思ってしまう方です。

私はお酒が苦手だし、飲み会独特の雰囲気が嫌いなので、

日本在住時は飲み会が本当に嫌でしたね。

だからトピ主さんの主張もよくわかります。

ただ日本で最後に所属していた外資系では、

歓送迎会は部署ごとに会社負担のランチだけでした。

全体の忘年会はありましたが。

こういう会社が増えるといいですね。

も大嫌い Nut 2010年5月9日 18:43

私も飲み会嫌いです。好きな時もあるけど、基本的にはメンバーの問題で楽しくないし、できる限り断ります。

でも、歓送迎会だけは一次会くらいは参加するのがマナーでは?

日本人は…って言いますけど、アメリカスペインに転勤してた時も、それくらいありました。もちろん断る時もかなりオープンに断るのが欧米流?って感じでしたが、ここは空気呼んで参加でしょって時に参加しない人はちょっとね~って言われてました。

それに…例え欧米がみんな定時過ぎたら一切関わらないとしても日本では多少は付き合いするのが一般的でしょ?

ここは日本なんだから、これだから日本人は…とか言うなら貴方の望む働き方のできる所に行けばいいかと…。

飲み会嫌いだし、家族が1番だし、飲み会の時給だって出してくれとは心の中て思うけど…。だからって飲み会に誘う人にキレなくていいでしょう。

2010-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20100606015422

オーストラリア組、カナダ組 頑張ってくれ

先月、後輩からの相談を受けた

会社を辞めたいと

会社辞めてどうするんだ 俺は聞いた

ワーキングホリデーオーストラリア

いわゆるワーホリデビュー

一度は俺もあこがれた

しかし俺は家族がいたので、踏み出せなかった

後輩は言う

先輩、俺はこの会社に今のまま残っても先が見えてしまっています

給料は上がらないし今の上司のようになりたいとも思えません

もう一度自分を試しに武者修行してみたいんです

ただ、先輩には大変お世話になっていたので、一言事前に相談をさせていただきました

人生の岐路にかかわる相談をされたことに嬉しくもあり、ただ、さびしくもあった

彼が担当している仕事会社ではかなり重要ポイント仕事

いなくなった後の後任を探すのはかなり大変か

迷った

頑張ってねと送り出すべきか、それとも引きとどませるべきか

おそらく、彼の決意は固い

上司には話ししたのかと聞いたらまだとのこと

オーストラリアでやりたい仕事はまだ見つかっていないらしい

高校時代の友人がオーストラリアへ先に行っているからまずは彼のところへ行くとのこと

いきなり飛び込むわけじゃないのでとりあえず安心した

人生一度くらいは海外に飛び出して生活していくのもいい

居心地がよければそのまま居つくのもよいかもしれん

オーストラリア

新婚旅行で行ったところ

コアラを抱いて車を借りて海を見て

とにかく広い国

メシもうまかった 何でも豪快に大きかった

治安も悪くなかった

ツダイという発音だけが妙に残っている

そんな国で働けるなんてうらやましい

その日はあまり深酒をせず、あとは政治の話やipadの話などして終わった

彼からの相談はとりあえず聞いておくだけにとどめていた

翌週から俺は彼がいなくなった後の処理についてまとめていた

上司から彼がやめた後でもきちんとフォローできる状態を作っておくため

マンパワーは完全に足りなくなるため人を増やす必要があること

隣のグループのBさんが後任として適任であること

隣のグループにはCさんとDさんでフォローできる状態であること

細かく数値化して整理しておいた 一応TK大院卒数字は得意

翌週、上司から呼ばれた

Aくんの退職願いについて相談を受けた どうしよう

上司はいい人だが決断力がない

俺の腹は決まっていた 

彼の船出を快く送り出しましょう

送別会幹事はBさんにお願いしましょう

彼が辞めた後のフォロー体制についてまとめた資料を渡した

上司最初はびっくりしていた

君がいるなら大丈夫だなと言って資料を見る

送別会の場所と呼ぶ人、取引先への挨拶など話をして

少し落ち着いたころ

 

ついに、口火を切った

実は私も辞めたいと思いまして・・・・

辞表差し出した

 

とうとう俺も海外デビューだ 未練はない

2010-05-14

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/545

今思えば、かなり目に格差社会だったなぁ。

ただ、みんなそれなりに満足してたから問題なかった。

今でも格差社会って言葉にピンとこないが、

やっぱり問題は格差そのものではなくて、全体的にみんなが貧しいことじゃないかと思う。



すべての灘高卒業生は、その後の成功不成功にかかわらず、「俺は灘高生だった」という思い出を、心のどこかに大切に抱いて生きている。

まさしく。私はわざわざつまらない記事に反応するくらいだからわかるとおもうが他の人間も相当だ。

こないだ同窓会をやったら、関西地区実施にもかかわらず6割の出席率だった。

そもそもが、同窓生補足率は99%だったことから、誰もが何らかの形で繋がっていることがわかる。

一度灘に入ってしまうと、完全に縁を切ることが非常に難しい。


・「均質性」が、灘高を語る上での一つのキーワードになる。

・灘は、しょせん"ローカル学校"なのだ。

これすごくある。灘ローカルがたくさんある。言うと笑われるからここでは言わない。

というか、全国一とか意識したことない。ライバルとか敵という概念自体がほとんどない。

昔はよくラサールさんがこちらのことをライバルとか言ってたけど、こっちは全然関係ないって感じだった。

私らは「ナンバーワンよりオンリーワン」というあの多くの人間には誤解されているセリフをよく理解している集団だ。

一方、他の高校の動きが気にならないのはいいのだが、内向き加減は相当にヒドい。

たとえば灘じゃないやつに「あなた灘卒なんだって?」って軽々しく触れられることを嫌悪する。

これは私らだけの大切な思い出であり、たいして親しくもない奴に語って聞かせる類の話しではない、という傲慢な感情がある。

よく高校時代の思い出を簡単に語る人間がいるが、私からすると信じられない。



数学技術というよりは、『数学を楽しもうとする姿勢』を教えてくれた」

 運動部員もオタク遊び人も、それぞれ気の合う仲間と過ごし、クラスの「中心」となる生徒もいない。

これも本当。解法の美しさは尊敬の対象。

だから数学がめっちゃできる奴のノートとかみんな見たがる。出来る奴もみんなに喜んでみせて感想とか聞く。

数学が出来る奴同志が切磋琢磨してレベルアップしていく空間は周りから見たら異常だった。


・灘校生のほとんどは、高3になるまでテスト前以外は勉強をしない。

・灘校生は「ガリ勉」ではない。また、「ガリ勉と思われたくない」と強く思っている。

 そして、校則制服もなく、校風はいたって自由である。

 先生も生徒の自主性を大切にし、生活指導に血道をあげるような人はいない。

・自信を持って言えるが、灘にはイジメがほとんどない。少なくとも私の学年にはなかった。

試験前以外に勉強しないのも本当。教師もそれわかってて授業中に全て終わらせるように詰め詰めでやる。

ついていくために努力が必要なのは数学化学だけで、あとは授業中さえマジメにやってたら問題ない。

しかしトップクラスの奴だけはさらに己を磨くためにガリガ勉強する。

このように、他人と競争する意識は殆どなく、あくまでどこまで頑張るかは自分で決める。


ちなみに、勉強そこそこ、部活もそこそこってタイプ人間はかなり目に暇をもてあます。

結果として能力無駄遣いじゃないけれどもゲーセン全国大会いったりだとかネトゲ廃人になったり、

最近だとニコニコ作りこみ職人とかが学年が後になればなるほど増えてくる。これは部活と関係なく行われる。

卒業文集生徒会誌で、ゲームやりこみフォント開発、英語論文書いてる変な奴もいた。






いじめはまずない。

だが、いじめがない集団にいたものとしては、いじめがなければ問題はないと考えるのはダメだと思う。

そう、問題があければなかろうが自分から関わろうとしなければ誰からも放置されるのが灘という空間だった。

基本的に私らの価値観を「共同体の中にいる他人に迷惑を書ける奴」を人間として最底辺におく。

逆に自分勝手なだけの奴は全然OKだ。誰がサボろうが学校辞めようがお構いなし。転校した奴いたけど送別会の一つもなかった。

今で言うtwitter空間リアルに形成されているような場所だった。

twitterですら集団いじめのようなことをする低脳が多いが、

twitterですらいじめをするやつらは人間じゃなくて猿だから人間社会で生かす必要はないと思う。




いじめがないことと倫理観は全くといってよいほど関係ない。

必要なのは厳格な罰則と多少の損得勘定が出来る程度の知能だ。

実際うちの倫理観はかなりおさむいものだった。

修学旅行の時、少なくとも私が知っているだけで10人は万引きしている。

他校生徒を恫喝して補導された奴もいた。いじめ倫理観は何の関係もないのだ。

そういえばマンガとかで自分の高校の生徒以外を見下している進学校の嫌な生徒の描写があるが、

外側から見たらああいう風に見えても仕方がないカナーとは思った。

誤解があるようだが、彼らは自分らをえらいとはあんまり思っていないし、外の人間を見下してもいない。

ただ、外の人間がそういう目で見たときは、そのように振舞うというだけだ。

自信を持って言う。いじめ対策に道徳教育を主張するほどバカなことはない。

全く逆で、大人が何一つ、特に「皆で仲良く」なんてばかげたルール強要しなければいい。

人は所詮皆他人であり、一人ひとりバラバラで、必要や興味がある相手と付き合えばいい、を徹底すればいい。

他との兼ね合いを無視していじめ対策だけを考えるならこれで全く問題ない。

「退屈」とか「閉塞感」が問題なのに、さらにそれを与えてイジメするなとか言ってるバカな親共は

お前も教師イジメしてんじゃねーよ、人に言うなら口と鼻と目と耳をつぐんで夫に従っておけばいいと思う。


・学年の半分が運動部に入部し、残りはアニメアイドル鉄道アマチュア無線、そして麻雀囲碁将棋といった趣味に没入する。

・ふだんは目立たない「オタク」たちの晴れ舞台が、年に一度発行される「灘校生徒会誌」だ。

ちょっと誤解がある。

灘で文化部に入る奴はたいていの場合小学生の時からそれをやってる」ことが多い。

たとえば将棋囲碁などは全国大会上位の常連だが、7割以上は経験者、しかも趣味じゃなくちゃんとした教育を受けている。

鉄オタもすでに筋金入りであったり親の援助があったりする。こいつらはひたすらストイックに技を極める。

上でも書いたが、趣味レベルの奴は個人とか仲良し単位とかでやる。部活と言う縛りを好まないし、部室を必要としない。

ローカル校風である一面として、古き善き大企業よろしく、友達の家に上がりこむなどしょっちゅうである。

多分灘の生徒は「けいおん!」をそれほど好きではないだろう。自分たちの生活そのもので、あこがれる要素がないからである。

ちなみにけいおん部はなかったが、文化祭では趣味でやってた奴らが講堂でライブやってた。へたくそだった。



ごくわずか、1割程度が男女交際にいそしむ。

これは時代が違うかなー。最近は結構男女交際にいそしむ人間が増えてた。

ちなみに成績がいい奴か、極端に悪い奴ほど彼女がいる割合が高い。

高い確率で塾で知り合うか部活で知り合うかだった。

中間層はぬるま湯に浸っていたからそもそも出会いがなかった。

ちなみに私は彼女いた。成績は良くないほうだった。

 

企業に勤めた場合はどうか。これは我が身を振り返っても思うが、

灘高生はおしなべて呑気で平和主義生き馬の目を抜く出世競争に向かない。

先ほどイジメがないという話をしたが、基本的に他人のやることには「不干渉」を貫く。他人は他人、オレはオレ。

従って、リーダーマネジャーとしての資質に欠けている人間も多い。

灘高生の発想の基本は『ミドルリスクドルリターン』。常に均質な世界にいて、社会人になってもそこから出ようとしない

おおむね正しい。 

だが、ミドルリスクドルリターンという言葉はちょっとひいき目入ってると思う。

外から見たらノーリスクハイリターンを要求しているように見えると思う。

あと、リーダーシップは「任せさえすれば」喜んで発揮する。

人に求められていないときには本気を出さないだけで、役割をもらえばバリバリ頑張るよ。

もちろん、外の人にはそんな理屈は通用しないだろうが、これが理解できないなら採用しなければいいのに。

2010-05-13

ホモ宣言してたら童貞を失った。捨てたでなくて失った。

一応断っておくけど、ホモセックスで失ったのでなく、女性相手…ただしヘルスin五反田で失いました。期待して開いた人、すいません。

で、何があったかと言いますと…ちょっと前からになるけど、俺が会社に入って半月過ぎたあたりで送別会があって、そこでうっかり口を滑らせてホモだと公言してしまったのだ。厳密に言えばバイセクシャルだが、まあ女性はほとんど見てないからホモでいい。

その場でもすごく盛り上がって、みんな酒が入っていたのもあって、かなりの事態となった。体育会系でないから、服脱いでなんやかんやはなかったけど、抱きついたりなんだりはあった。ちなみに俺はお酒が飲めないので、完全シラフです。

(周りが)酔ってた勢いからか、それから一ヶ月半ずっとなんもなく過ごしてきたんだけど、先日決起飲みがあってネタがぶり返される。

まずい、これはまずい。席には自分会社の人ではなく、他の会社に所属する人や、すごいキャリアの持ち主もいる。対して俺は入社して2ヶ月ちょい。そんなのが1時間くらい?話の中心を持って行ってしまったのだから…。

もう、すごいコッテリ絞られた。なんでかとか、どういう男が好きなのとか、女性はどうなのとか、まあかなり詳細に。俺のホモ情報は、これで社外にも広まってしまったのであった。なんということだ。

前回「会社の中ではSさん(♂)が好みかな」とか話してたから、そっちでもすごい話が発展する…や、ハッテンじゃないよ。

しかし、話はそれでは終わらない。二次会もあったわけだが、そこで悲劇が起きる。ホモであることから「童貞なの?」と聞かれる。もちろん童貞であるので、即答。案外、信じられないみたいな感じ。もうちょっと髪型とか気使えばいいんじゃない、とかいう話も。いや、俺さ、女性にもてるような外見も性格もしてないから無理よ。

女性と付き合う気はない。」「ホモだけど、ホモセックスする気もない。プラトニックにいく。最悪いってBまで。」

そんな濃い話で盛り上がっていたら、こんな言葉

「今からヘルス行って、男と女どっちがいいか決めようじゃないか。金は俺が出すから。」

これが全ての元凶となった。無論、思ってもない機会だが、ヘルス童貞捨てるのはどうも気に入らない。他にもいろいろ複雑な要員はあるのだけど、かなり悩んだ。が、ここからさらに事態は悪化する。なんと、隣の席のカップルが介入してきたのだ。

「いや、おもしろそうな話してるな、って」

うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!

彼女さんは寝ているんですか?話聞かれないでいいんですか?やったー!

ばっちり聞いているじゃないですか!やだー!(参考→http://news4vip.livedoor.biz/archives/51341262.html )

もうここからは、避けられようのない選択を迫られた。ヘスルで満足できなかったら、さっき書いたSさんとバター塗ってお楽しみしようとかなんとか。隣の彼女さんも「いっちゃいなよ」って。それにしてもこの女性ノリノリである

それで手を重ねて「いくぞーーー!!!」「「「「おーーー!!!」」」」

スポーツの試合するならまだしも、これ今からヘルスですよ?夜のスポーツじゃだめじゃない。しかもね、この日は日付が変わって5月9日、つまり母の日である。そんな日にヘスル行って童貞捨てるとかなんということだ。ヘルス嬢が母じゃないんだよおおおおおおおおおおおお!!

てなわけで、五反田ヘルスに。同じ会社の、その場では一番の上司ヘルス検索している…なんか俺、すごいことさせてしまっているのか?がくぶる

が、そう簡単にお目当ての店が見つかるわけもないので適当に入店。女の子を選ぶ。そこで横やり

「この子初めてだから、リードしてあげて」

「えっ、初めてなんですか(中国語なまり)?頑張って」

その店員の女の子含め、ハイタッチを全員として待合室へ。あ、ちなみにですが、その場に来た全員が女の子選んでプレイしました。

雑居ビルの地下にあり、プレイルームは一畳半くらい。後ろに鏡、入り口カーテン。とても簡素な部屋であった。こんなところに来たのは初めてだったから「へー、こんなところなんだ」と知識としてため込む。まあ、ピンからキリまであるからどうとも言えないんだけど…。とにかく、自分の行ったところは、そんな一発済ますことを重点に置いたようなところでした。

数分待って呼ばれる。女の子と対面。写真で選んだわけだが、実物との誤差とか、そんなの気にしてる場合じゃない。焦点は定まらず、どうしたらいいのかさっぱりなのだ。事前に「リードしてあげて」と指定が入ったせいもあってか、ちゃんと優しくしてくれた。シャワー浴びて上半身と足、おしり、そしてちんこ洗われるのは、ある意味屈辱的な感じがした。あ、ちゃんとちんこはたちました。

シャワーを浴びたら部屋へ。仰向けになるよう支持され横になる。(体が)硬くなってるのがまんまで分かるため

「怖くないよ」

と、中国語なまりで言われる。いや、怖いというかなんというか…複雑。

上半身から足までを舐められ、話に聞いた超自然コンドームをつける動作を体験。フェラチオをすると同時にいつの間にかゴムがついてるというアレ。ホントに自然なんだな、つけられた感じがしなかったぜ…と思ってられる状況ではない事態にあっという間に直面し…

昨夜はお楽しみでしたね

これ以上詳細に書いたら、精神衛生上よくないと思うのでカット。そもそも、ここってこんなにストレートに書いていいところだっけか?まあ、削除されればそのときはそのとき。

40分1万円のコースだったけど、10分で終わった。口で1分半持っただけでも奇跡と思っていい。あっという間に終わって退室、店を出る。

その店の客引き女の子に「どうだった?」とすごく興味津々に聞かれた。やめて、俺のHPゼロよ!

そんなわけで、童貞から素人童貞になったわけで…捨てたと言うよりは失ったに近い感じだったけど、こんなことがあった。しかも母の日に。

しかしながら、ヘルス女性店員さん、なんかこうなあ…ヘルシングベルドット隊長が言ってたような「かわいそうな目」ってのがちょっと分かった気がした。中国人の、ちょっと片言の日本語と、あと店長かな?すごく怒りながら怒鳴ってる男性に「またまた冗談を」と、対応しているところとか…そっちの方面の、面白い体験は出来たと思う。

営業スマイルと内心との間にある、精一杯の優しさというのかな。そんなものを感じた気がした。そっけないんだけど、全力っていうような。なんかかわいそうだな、とか思った。

「案外はまるんじゃないの」とか言われたが、自分としてはあのような感じは勘弁だ。おそらく2度と行くことはないだろう。

人の心とか、他人のこととか、そういうのを読むのはとても苦手だし、俺は空気が読めない人間だ。だが、今回ばかりは、精神的にやられてしまった。実際、数日食不振頭痛に悩まされている。

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途中から話が変な方向に向いて、とても読みにくいと思うが、経験談としてここに残しておく。拙い文章で、主題とかそんなのがよくわからない分ですいません。

2010-04-25

昨日は休みなのにめずらしくダラダラしなかった

前日カラオケだったけど、あっさり起きれたし天気も良いので、

海へ写真撮りに行った。

そのあとアウトドアショップに行ったんだけど開店3分前だった。

その3分でタイヤに石が挟まって、カチカチ気になってたやつを取り除いた。

特価品のTシャツ彼氏誕生日(もう過ぎたけど)プレゼントに買った。

次にユニクロ自分の靴下と下着とカーディガンと買うつもりのなかったTシャツを買った。

家に帰ったら、ちょうどトーチャンのチャーハンが出来上がったところで、ウマウマ食べた。

うとうとしながら、録画しておいたシャチョウ英雄伝を観た。

風呂掃除!と思いながら、しばらく寝た。

風呂のフタは、なんでこんなにデコボコしてやがる!とか思いながら掃除した。

天井は、届かなくて面倒だったのでやめた。

掃除終わったら、結構時間経っててあわててシャワーして、

ばっちゃんの見舞いに行った。

カーチャンを送別会に送っていき、帰りにシュークリーム欲しかったんだけど

なかったからプリン買った。

閉店セール楽譜半額になってたのでモシュコフスキーとか買ってみた。

コーヒーも3割増量やってたので、久しぶりに買った。

ちょろっと晩御飯食べて、買ったばかりのコーヒーをこれまた久しぶりのプレスで淹れて

プリンを食べたらうまかった。

洗濯しながら、ちょっとピアノぽろろんして、

オナニーして寝た。

2010-04-09

僕はハロワ求人を探していて、ときどきクスッと笑うことがある。

ああ自分無職なんだ」と思うと、悲しさがこみ上げてくる。

大手企業会社都合で退社してから早5年。

送別会の日のあの悲しさがいまだに続いている。

無職」・・・・・

その言葉を聞くと、僕は自然と身が引き締まります。

無職の先輩方に恥じない自分であっただろうか・・・・。

しかし、ハロワにいる先輩方は僕に語りかけます。

「いいかい?伝統というのは我々自身が作り上げていく物なのだよ」と。

僕は感動に打ち震えます。

ハロワが何をしてくれるかを問うてはならない。君がハロワに何をなしうるかを問いたまえ」

僕は使命感に胸が熱くなり、武者震いを禁じえませんでした。

でもそれは将来日本の各界をになう最高のエリートである僕たちを鍛えるための天の配剤なのでしょう。

この状況を作りあげてきた先輩はじめ先達の深い知恵なのでしょう。

ハロワ求人を探すことにより、僕たちは伝統を日々紡いでゆくのです。

嗚呼なんてすばらしき無職

知名度は世界的。人気、実力すべてにおいて並びなき王者

素晴らしい実績。余計な説明は一切いらない。

「ご職業は?」と聞かれれば「無職です」の一言で羨望の眼差し

面接のたびに味わう圧倒的な無職の威力。

無職になって本当によかった。

2010-03-06

和気あいあいとした送別会に不吉なものを感じた

最終出勤日だった同僚のために送別会を開いた

和気あいあいで終了したけどなぜか最後の晩餐感があった

このあと会社はどうなるんだろう いやだなあ

2010-03-04

これが29歳男子支出家計簿だ!!(2月分)

iPhoneアプリ支出管理」というソフトが便利で、非常に家計簿を付けやすい。

収入は毎日そんなに変わらないので、支出だけしか管理しなくて十分なのです。

突っ込まれる前に説明をしておくと…。

明細
日付 大分類 小分類 金額
2010/2/1 医療費 病院 ¥1,450
2010/2/1 医療費 病院の薬 ¥1,580
2010/2/1 飲食費 お菓子 ¥118
2010/2/1 飲食費 昼飯 ¥440
2010/2/1 飲食費 飲み物 ¥110
2010/2/1 書籍 ジャンプ ¥240
2010/2/1 交通費 電車 ¥160
2010/2/1 交通費 電車 ¥150
2010/2/2 飲食費 昼飯 ¥280
2010/2/2 交通費 電車 ¥160
2010/2/2 交通費 電車 ¥150
2010/2/2 飲食費 お菓子 ¥105
2010/2/2 飲食費 お菓子 ¥100
2010/2/2 書籍 漫画 ¥1,617
2010/2/3 飲食費 お菓子 ¥105
2010/2/3 飲食費 昼飯 ¥280
2010/2/3 飲食費 お菓子 ¥525
2010/2/3 飲食費 お菓子 ¥100
2010/2/3 書籍 サンデー ¥260
2010/2/3 食品日用品 スーパー ¥1,391
2010/2/4 飲食費 お菓子 ¥100
2010/2/4 飲食費 お菓子 ¥220
2010/2/4 飲食費 お菓子 ¥105
2010/2/4 飲み会 一次会 ¥3,000
2010/2/5 飲食費 昼飯 ¥280
2010/2/5 飲食費 お菓子 ¥100
2010/2/5 その他 iPhone アプリ ¥230
2010/2/5 書籍 漫画 ¥560
2010/2/6 飲食費 朝ご飯 ¥98
2010/2/6 交通費 ガソリン ¥2,194
2010/2/6 飲食費 お菓子 ¥136
2010/2/6 飲食費 昼飯 ¥900
2010/2/6 遊び 温泉 ¥700
2010/2/6 遊び ペンション ¥9,765
2010/2/7 飲食費 飲み物 ¥150
2010/2/7 飲食費 お菓子 ¥150
2010/2/7 飲食費 昼飯 ¥250
2010/2/7 遊び 温泉 ¥500
2010/2/7 遊び お土産 ¥630
2010/2/7 飲食費 夕飯 ¥1,150
2010/2/7 交通費 洗車代 ¥1,000
2010/2/7 交通費 ゲレンデまでのガソリン+高速代 ¥6,000
2010/2/8 その他 スノーボードグローブ修理 ¥525
2010/2/8 飲食費 お菓子 ¥100
2010/2/8 飲食費 お菓子 ¥105
2010/2/8 書籍 ジャンプ ¥250
2010/2/8 食品日用品 ハンズ ¥1,155
2010/2/8 食品日用品 無印 ¥776
2010/2/9 飲食費 昼飯 ¥450
2010/2/9 飲食費 お菓子 ¥160
2010/2/9 飲食費 お菓子 ¥100
2010/2/9 書籍 イブニング ¥330
2010/2/9 飲食費 夕飯 ¥1,000
2010/2/10 飲食費 お菓子 ¥100
2010/2/10 飲食費 昼飯 ¥280
2010/2/10 書籍 サンデー ¥260
2010/2/10 飲食費 お菓子 ¥130
2010/2/11 飲食費 お菓子 ¥105
2010/2/11 交通費 電車 ¥160
2010/2/11 遊び 映画 ¥1,000
2010/2/11 飲食費 昼飯 ¥1,130
2010/2/11 食品日用品 無印 ¥262
2010/2/11 交通費 電車 ¥160
2010/2/12 飲食費 昼飯 ¥280
2010/2/12 飲食費 お菓子 ¥100
2010/2/12 飲食費 飲み物 ¥120
2010/2/12 飲み会 一次会 ¥4,000
2010/2/12 飲み会 二次会 ¥2,000
2010/2/13 交通費 電車 ¥300
2010/2/13 医療費 病院 ¥1,020
2010/2/13 医療費 病院の薬 ¥990
2010/2/13 交通費 電車 ¥290
2010/2/13 飲食費 昼飯 ¥740
2010/2/13 飲食費 夕飯 ¥1,500
2010/2/15 交通費 ガソリン ¥616
2010/2/15 遊び リフト ¥3,500
2010/2/15 飲食費 昼飯 ¥1,000
2010/2/15 飲食費 飲み物 ¥200
2010/2/15 飲食費 お菓子 ¥138
2010/2/15 遊び 温泉 ¥1,000
2010/2/15 交通費 ゲレンデまでのガソリン+高速代 ¥4,000
2010/2/16 飲食費 昼飯 ¥280
2010/2/16 書籍 ジャンプ ¥240
2010/2/16 飲食費 お菓子 ¥130
2010/2/16 飲食費 夕飯 ¥238
2010/2/17 飲食費 昼飯 ¥280
2010/2/17 飲食費 お菓子 ¥210
2010/2/17 交通費 電車 ¥310
2010/2/18 交通費 電車 ¥310
2010/2/18 飲食費 飲み物 ¥120
2010/2/18 飲食費 昼飯 ¥280
2010/2/18 飲食費 お菓子 ¥105
2010/2/18 食品日用品 マツキヨ ¥699
2010/2/18 飲食費 夕飯 ¥1,100
2010/2/19 飲食費 朝ご飯 ¥432
2010/2/19 飲食費 昼飯 ¥1,000
2010/2/19 遊び リフト ¥7,400
2010/2/19 飲食費 夕飯 ¥1,000
2010/2/20 飲食費 昼飯 ¥820
2010/2/20 飲食費 お菓子 ¥350
2010/2/20 飲食費 朝ご飯 ¥600
2010/2/20 飲食費 夕飯 ¥1,000
2010/2/21 遊び お土産 ¥630
2010/2/21 飲食費 お菓子 ¥220
2010/2/21 飲食費 昼飯 ¥880
2010/2/21 交通費 駐車場 ¥200
2010/2/21 交通費 ゲレンデまでのガソリン+高速代 ¥2,300
2010/2/22 飲食費 昼飯 ¥800
2010/2/22 飲食費 お菓子 ¥100
2010/2/22 飲食費 お菓子 ¥100
2010/2/22 飲食費 お菓子 ¥100
2010/2/22 書籍 ジャンプ ¥240
2010/2/22 飲食費 夕飯 ¥1,000
2010/2/23 飲食費 昼飯 ¥1,000
2010/2/23 飲食費 飲み物 ¥110
2010/2/23 飲み会 一次会 ¥4,200
2010/2/24 飲食費 飲み物 ¥140
2010/2/24 飲食費 昼飯 ¥600
2010/2/24 飲み会 一次会 ¥3,000
2010/2/24 飲食費 お菓子 ¥700
2010/2/24 書籍 サンデー ¥260
2010/2/25 飲食費 昼飯 ¥280
2010/2/25 飲み会 送別会 一次会 ¥4,500
2010/2/25 飲み会 送別会 二次会 ¥1,500
2010/2/26 飲食費 昼飯 ¥618
2010/2/26 飲食費 飲み物 ¥150
2010/2/26 遊び Howling in the Night 2010 ¥4,500
2010/2/26 書籍 押井守関連 ¥4,000
2010/2/26 交通費 電車 ¥640
2010/2/26 飲食費 お菓子 ¥105
2010/2/26 飲食費 夕飯 ¥126
2010/2/27 食品日用品 無印 ¥577
2010/2/27 交通費 駐車場 ¥100
2010/2/27 食品日用品 スーパー ¥1,700
2010/2/27 食品日用品 100円ショップ ¥210
2010/2/27 食品日用品 スーパー ¥158
2010/2/28 食品日用品 薬局 ¥198
2010/2/28 飲食費 夕飯 ¥480
2010/2/28 飲食費 飲み物 ¥130
2010/2/28 交通費 電車 ¥380
2010/2/28 固定費 プロバイダ費用 ¥5,708
2010/2/28 固定費 mixi ¥315
2010/2/28 固定費 au携帯 ¥3,105
2010/2/28 固定費 ソフトバンク携帯 ¥3,856
2010/2/28 固定費 DMM ¥1,890
2010/2/28 固定費 東京電力 ¥4,187
2010/2/28 固定費 水道 ¥1,743
2010/2/28 固定費 ガス代 ¥3,570
2010/2/28 固定費 自動車保険 ¥3,240
2010/2/28 固定費 家賃 ¥73,350
総合

¥222,671

項目毎の分類
大分類 金額
固定費 ¥100,964
食品日用品 ¥7,126
飲食費 ¥29,124
飲み会 ¥22,200
遊び ¥29,625
交通費 ¥19,580
書籍 ¥8,257
医療費 ¥5,040
その他 ¥755
さて如何なモンでしょう?

明らかに支出が多すぎです。

こう考えると、一人暮らしってお金がでるよなぁ。

実家に5万いれて実家暮らしをしても、飲食+固定費で5万以上は浮くんだな。

しかしながら、一人暮らしに一度慣れたら、もう実家暮らしなんてできないけど。



3月はもうちょっと、お菓子を食べるのを止めよう。

飯代わりにお菓子を食うくらいだったら、家で作った方が安上がりだ。



ファイナンシャルプランナーさん!

忌憚のないご意見をお願い致します!

2010-02-28

送別会に参加すると思い出す

職場に一人くらいはみんなにすっごい慕われてれる人がいて、そういう人が送別される側の人になると、入れ替わり立ち代り別れを惜しむ人がその人の前に現れて、あいさつをしている。俺も送別される側の人間なのだけれど、そういうのはなし。送別会って残酷なほど、人の評価を明らかにする場だよね。

もうなんか、悔しいとかそういう次元を超えちゃってて、自分にはそういうの縁がないんだろうな、そして、送別会で主役になれるような人心掌握に長けた人って、そこに到るまでの努力の積み重ねはもちろんあるのだけれど、それ以上に才能に裏打ちされてるよね、と感じるところではある。

俺が死ぬほど努力しても、そこへはたどりつけないだろう。なんか虚しいというか、不条理を感じる。

彼みたいな人種は俺にとっては敵なのだ。彼がいることで、俺の市場価値みたいなものが下げられてる。彼らの人心掌握術に対抗するための武器を俺は身につけて戦わなければならない。

以上、僻みに聞こえるかもしれないけれども、冷静にそう思うよ。

要は、リア充うぜーよ。

2009-12-17

幸運の女神考

 職場彼女が来るようになってからもう半年、狭っくるしい事務所が、にぎやかになった。

 事務所といっても、契約のあるメーカー工場向けの派出所みたいなところで、あるのは来客用の机と、観葉植物と、テレビと、所長の机と、ぼくの机だけ、それがパーテーションで適度に区切られている。工場を出入りする大型トラック騒音が聞こえる以外はいたって静かで、ときおり電話が鳴って、至急の図面が飛び込んできたりする。いつもは無愛想な所長と黙々と仕事をしている。

 そんな殺風景職場彼女がやってきたのは、メーカー研修が終わった6月からで、なんでも技術部の連絡係に配属となったという。

 美人というよりは愛嬌がある子で、大きな図面用のファイルを抱える姿はすこし気の毒に思えるほど、小柄。元気いっぱいというよりは、感情の起伏が大きくて突拍子もなく、よく言えば機動的で、わるく言えば気まぐれな子で、めまぐるしい。

「ねえ、聞いてくださいよ! 技術部で今年は送別会やらないっていうんですよ!」

「はあ……」

 彼女にとっては事務所はグチのかっこうの吐き出し場所で、届け物ついでに、お茶をすすりながら、あれこれと技術部の話をする。本来であれば仕事中であるのだが、クライアントの近況が分かればこちらも都合がつけやすいとの所長判断で、ぼくがそのグチ聞き役に回ることになる。

 まあ、考えてみればかっこうの連絡役。

 しかし、困るのは、彼女はたいへんにいたずら好きなのだ。



「そういえば、奥さんとかいらっしゃるんですか?」

「いえ?」

「あー、じゃー、わたし立候補しちゃおうかなぁ!」

 とかは序の口。

「こちらにいらしてから日が浅いんですよね?」

「え? 半年ぐらいになりますが」

上司から聞いたんですけど、ここの所長、ゲイだって話ですよ? 前にここに勤めていた方も、迫られて本社に転属願いを出したとか。ちゃんと確認して拒絶しておいた方がいいですよ? わたし心配なんです」

 しばらく悩んでえいやっと所長に聞いたところ、ぽかんとしながら事情を聞かれる。彼女から聞いたと話すと、なにか気付いたのかおかしそうに笑う。

「きみ、それいたずらだよ。そうだね、あまりにも静かだから心配したのだろう」

 達観したように所長は言う。

 たしかにそれ以来、所長とは気さくに話すようにはなったが、一週間後に彼女がやって来て、してやったりとくすくす笑うのには閉口する。感謝してくださいよ、と得意げな鼻がしらに書かれたまま図面を渡されると、次はどんないたずらが待っているのかと構えてしまう。

 それでも意気揚々と早足で帰って行く姿におもわず見とれる。

 いや、違う、からかわれているだけだ。



 たしか8月に入ってからだったと思うのだけど、元気のない彼女をみて気がとがめる。

「どうしたんですか? なにかあったんですか?」

 お茶を出しながら声を掛けると、エアコン寒いとぷちりと切られる。

「もう、どうしていいのか、わからなくなっちゃって」

「なんです? 話なら聞きますよ?」

 ちょうど仕事も空いていたところで、ゆっくり座ると小柄な姿がよけいにちいさく見える。ぼくがのんきなのにほっとするのか、お茶をすすって話し始める。

 それは壮大な武勇譚で、あまりのスケールにくらくらする。

「それで、生産部に掛け合ったんです。ちょうど、事務の女の子と仲良くなって結託して。だっておかしいんですよ、技術部が依頼を出しても応じてくれるのは、第一月曜日に決まったスケジュールに載ったものだけ。緊急の案件もあるんです。それで、わたし、怒って経理部事情を話しに行ったら、君だれ? ですよ? 技術部の連絡係ですと言ったら、ああ、新入社員、君、誰の権限で動いてるの? だって。だから課長を昼食に誘って…」

「ちょ、ちょっと待って」

 ぼくはその話をまとめようと、考え込む。

 どう考えても彼女メーカーの一工場に長年染みついた慣行を刷新しようと、なんの権限も持たずに行動している。

(どんな度胸してるんだろう……。しかも正規ルートを一切使わずに……)

「つ、続きをどうぞ」



 彼女が話し終わるとどっと疲れが出てためいきをつく。

「所長、分かりましたよ。最近、図面の依頼が滞っている理由」

「ああ、聞いてたよ」

 新聞をたたんで、コーヒーをすする。言外に、おまえなんとかしてこいと言っていた。

「わたし、どうしたらいいか」

 よくぞまあここまでと見事なぐらいまでにぐちゃぐちゃだった。

 彼女がそのおかしな慣行を正したいのは分かる。

 しかし、問題はやり方だった。かなり行き当たりばったりに、反射的に行動するので作戦というものがまるでない。しかし、その行動力と持ち前の機知で、その場だけは切り抜けてしまう。それで結果的に工場中を混乱に陥れ、その矛先が当然ながら彼女に来てるのだ。

「えーと、そうだ、図面にしてみよう。そうすれば分かりやすい」

 ぼくは製図用紙を机に広げ、その上にそれぞれの利害関係を描き出していく。

「えーと、生産部のスケジュール管理をしているのは、」

「生島課長

「それで、経理部コストカットを推進しているのは、」

「先崎さん。この人、本社からの監視役」

 壮大な人間関係が浮かび上がりはじめるのにぼくは興奮を感じる。窓の外に見える工場内の人間関係俯瞰図のように思えてくる。これを彼女は全部動かそうとしていたのだ。しかし、まったくのきまぐれで。

「すごいですね、お得意なんですか?」

 無邪気に聞く彼女をちらっと見て、ぼくは答える。

「うーん、まあ、東京の事務所にいたとき所内がめちゃくちゃで、こんなのばっかりだったよ」

(規模はまったく違うけど)

 書き出し終わると、それを眺める。

 シャープペンを消せる蛍光ペンに握り替え、あちこちに印を入れていく。

「ほら見て、ここ、利害が一致している。柳さんと南町さん。ここに先崎さんをぶつけると動くんじゃないかな? 業務時間の効率化で」

「あ、気付かなかった。そうするとここが動くかも?」

「この人次第だね、君田さんってどんな人?」

女性の方。たしかお子さんがちいさくて」

「いけるんじゃないかな?」

「どうかなぁ?」

 ぼくと彼女との作戦会議は就業時間まで続き、おおかた把握したのか、彼女はよしと気合いを入れて帰って行く。ぼくはその後ろ姿を見ながら、ため息をつく。

(すごいな、新入社員なのに。あんなにちいさいのに)

 振り返ると、とたん、のんきな自分が恥ずかしくなった。



 幸運の女神というのはきまぐれなもので、それをつかもうとする者をときとして突き落とす。

 しかし時として戦場に現れるジャンヌ・ダルクのような女性は味方に勝利をもたらし、誰もが彼女を聖女やら幸運の女神ともてはやす。

 果たして、幸運の女神の住み着いた軍が無敵を誇ったのは、たった1人の女神により士気が上がったせいなのだろうかと、ぼくはしばしば疑問に思っていた。男ばかりの軍に女性が現れるならば、士気が上がるよりは混乱するのではないか。特にそこに悪意がひとかけらでも入れば、いくらでも混乱は作り出せる気がしてくる。

 彼女の後ろ姿を見て、長年の疑問が氷解しそうな気がしていた。

 ああ、違う、きっと幸運の女神とは彼女のような姿をしているのだと。



 それからというもの、彼女はしばしばぐちゃぐちゃになった案件をぼくに持ち込むようになり、グチ混じりの冒険譚をぼくに聞かせてくれるようになった。

 そのたびにぼくは製図用具を取りだし、現状がどうなっているのかを彼女に把握して貰う作業をする。

 それで、彼女はどこをどうすればいいかを理解して、また工場へ戻っていく。

 ときには、ぼくに同伴を願い、ぼくは入ったことのなかった工場内を歩き回る。

 彼女のおかげで、どういう風になっているのかはおおよそ把握している。

「ああ、製図屋さん。あの9末の図面、もうちょっと待ってね、時間かかるかも」

「え? どうしたんですか?」

「ちょっと困っちゃってねえ」

 顔を覚えられると、すぐに相談がはじまる。

「こうしたらどうですか?」

「お、いいねぇ」

 あの一件があってから技術部からは多くの図面が入ってくるようになり、しばしばするこういった会話が、電話だけだった頃より、効率をよくしていた。そして何よりも窓から見ていた工場の隅々までが分かるようになり、ぼくのちっぽけな世界は格段に広がった。

 そして彼女の持ち込む相談は、工場が抱える問題をぼくに伝え、彼女の問題を発見する目は確かだった。しかし、彼女は病巣を発見しそれを鷲掴みにして振り回すのは得意なのだが、それを治癒し秩序だった形に戻すのが苦手なのだ。

 そして、ぐちゃぐちゃになって、ぼくのところへやってくる。



 ぼくの勤める小さな事務所でも、彼女のがんばりに負けじと所長と2人で、業務改革に乗り出す。気付いてみれば、本社でも数年来の念願だった改革が完了してしまい、あっけなかったと所長と2人で笑い合った。

 彼女のあのあらしのようなエネルギーを見ていると、こっちまで頑張らなくっちゃと思い始め、それがあらゆる方面で好循環を生み出していたのだ。



 彼女は停滞を嫌い、あらしのように暴れ回り、古びた慣習やらしがらみを断ち切ろうとする。しかし、あらしにはまき散らすことしかできず、そのまき散らしたあとを片付ける協力者が必要なのだ。

 戦場での幸運の女神は、軍の中にはびこっていた非効率やしがらみを断ち切っていたのではないだろうか。そして影のように控える協力者たちがその後の秩序を作り上げていたのではないか、そう夢想する。

 現れた幸運にしがみつき、閉じ込めようとし、縛り付けようとすれば、それはきっと災厄へと変貌する。

 なんたってそれは自由奔放なあらしのような姿をしていて、巻き起こされた混乱の中にちゃっかり実利をとれる人だけが、それを幸運と呼んでいるのだから。



 何度目かの彼女との相談で、弱気彼女はぽつりと言う。

「ご迷惑ばかりですね。もうこれっきりにしようかと」

 あわてて、ぼくは立ち上がる。

「と、とんでもない! うちの事務所はあなたのおかげでものすごく順調に行っているんです! 迷惑だなんて、そんなことけっしてありません!」

 彼女はぽかんとしてぼくを見る。

「わたし、なにもしてませんよ? あなたには」

 ぼくはなんと答えようかと考え込む。

(女神ってのは大げさだよな……)

「あなたは、ぼくにとって、幸運の妖精みたいな人なんです。だからずっと頼って欲しいんです」

 彼女の表情が引きつっていくのが見えた。

(しまった……、おもいっきり引かれた)

2009-08-17

 ばななは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の店長を除かなければならぬと決意した。ばななには経営がわからぬ。ばななは、村の物書きである。ほらを吹き、羊と遊んで暮して来た。けれどもサービスに対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明ばななは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此(こ)の居酒屋にやって来た。ばななには父も、母も無い。女房も無い。一時帰国していた友だちと二人暮しだ。この友だちは、もう当分の間外国に住むことが決定していた。送別会もかねていたのである。ばななは、それゆえ、ビールやらおつまみやらを買いに、はるばる居酒屋にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それからヨーロッパみやげのデザートワインを開けた。コルク用の栓抜きはないということだったので、近所にある閉店後の友だちの店から借りてきた。歩いているうちにばななは、居酒屋の様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、居酒屋の暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、居酒屋全体が、やけに寂しい。のんきなばななも、だんだん不安になって来た。ちなみにお客さんは私たちしかいなかったし、閉店まであと二時間という感じであった。路で逢った若い衆をつかまえて、グラスをわけてくれる?いいときの日本は、夜でも皆が歌をうたって、賑やかであった筈(はず)だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて、気のいいバイト女の子に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。気のいいバイト女の子ビールグラスを余分に出してくれた。ばななは両手で気のいいバイト女の子のからだをゆすぶって質問を重ねた。気のいいバイト女の子は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

店長は、客を説教します。」

「なぜ説教するのだ。」

「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」

「たくさんの客を説教したのか。」

「はい、こういうことをしてもらったら困る、ここはお店である、などなど。」

「おどろいた。店長は乱心か。」

「いいえ、乱心ではございませぬ。客を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、バイトの心をも、お疑いになり、御命令を拒めば説教にかけられて、叱られます。きょうは、六人叱られました。」

 聞いて、ばななは激怒した。「呆(あき)れた店長だ。生かして置けぬ。」

 ばななは、単純な男であった。それであまりおおっぴらに飲んではいけないから、こそこそと開けて小さく乾杯をして、一本のワインを七人でちょっとずつ味見していたわけだ。たちまち彼は、どう考えても年下の若者に捕縛された。調べられて、ばななの懐中からはデザートワインが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。ばななは、店長の前に引き出された。

「このデザートワインで何をするつもりであったか。言え!」店長は静かに、けれども威厳を以(もっ)て問いつめた。ばかみたいにまじめな顔でだ。

「どうしてもだめでしょうか?いくらかお金もお支払いしますから……」とばななは悪びれずに答えた。

「おまえがか?」店長は、憫笑(びんしょう)した。「仕方の無いやつじゃ。こういうことを一度許してしまいますと、きりがなくなるのです。」

「いったい何のきりなのかよくわからない!」とばななは、いきり立って反駁(はんばく)した。「客の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。店長は、バイトの忠誠をさえ疑って居られる。」

「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。客の心は、あてにならない。場所はいいのにお客さんがつかない。信じては、ならぬ。」店長は落着いて呟(つぶや)き、ほっと溜息(ためいき)をついた。「わしだって、もうけを望んでいるのだが。」

「なんの為のもうけだ。自分の地位を守る為か。」こんどはばななが嘲笑した。「罪の無い客を説教して、何がもうけだ。」

「だまれ、下賤(げせん)の者。」店長は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに不況になってから、もっと自然食をうちだしたおつまみにしてみたって聞かぬぞ。」

「ああ、店長は悧巧(りこう)だ。自惚(うぬぼ)れているがよい。無難無難に中間を行こうとしてみんな失敗するのだ。ただ、――」と言いかけて、ばななは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、もしも店長がもうちょっと頭がよかったら、みながそれぞれの仕事のうえでかなりの人脈を持っているということがわかるはずだ。三日のうちに、私はちょっと異様な年齢層やルックスや話し方をする大勢のお客さんを連れて、必ず、ここへ帰って来ます。」

「ばかな。」と店長は、嗄(しわが)れた声で低く笑った。「とんでもない嘘(うそ)を言うわい。逃がした客が帰って来るというのか。」

「そうです。帰って来るのです。」ばななは必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。それが成功する人のつかみというものだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、ここに三十四歳の男の子がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」

 それを聞いて店長は、残虐な気持で、そっと北叟笑(ほくそえ)んだ。居酒屋土曜日の夜中の一時に客がゼロ、という状況はけっこう深刻である。

「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの持ち込みは、永遠にゆるしてやろうぞ。」

「なに、何をおっしゃる。」

「はは。持ち込みが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」

 ばななは口惜しく、地団駄(じだんだ)踏んだ。ものも言いたくなくなった。

 竹馬の友、三十四歳の男の子は、深夜、居酒屋に召された。店長の面前で、佳(よ)き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。ばななは、友にいちおう事情を言った。人にはいろいろな事情があるものだ。三十四歳の男の子が「まあ、当然といえば当然か」とつぶやいたのが気になった。そうか、この世代はもうそういうことに慣れているんだなあ、と思ったのだ。みな怒るでもなくお会計をして店を出た。そして道ばたで楽しく回し飲みをしてしゃべった。初夏、満天の星である。

 というわけで、いつのまに東京居酒屋は役所になってしまったのだろう? と思いつつ、二度とは行かないということで、ばななたちには痛くもかゆくもなく丸く収まった問題だった。

 これが、ようするに、都会のチェーン店で起こっていることの縮図である。



http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20090808

http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1567_14913.html

にせもとばなな 「ある居酒屋での心温まるできごと」(パロディ

【この間東京居酒屋に行ったとき、もちろんビールやおつまみをたくさん注文したあとで、友だちがヨーロッパみやげのデザートワインを開けよう、と言い出した。その子は一時帰国していたが、もう当分の間外国に住むことが決定していて、その日は彼女送別会もかねて いたのだった。

  フレンチレストランなどで持込に便宜を図ってくれる(ただし持ち込み料はしっかりとるのだが)店ならいざ知らず、居酒屋ワインの持ち込みができるものだろうかと思ったが、送別会への精一杯のお礼のつもりでワインを出してくれた彼女の気持ちを思うと、どうしても叶えてあげたくなった。

それで、お店の人に店長さんを呼んでくれる?と相談したら、気のいいバイト女の子が「はい、かしこまりました」と言って奥に引っ込んで行った。

 すると、店長というどう考えても年下の若者が出てきたのだが、年齢が上だろうが下だろうが、ルールを曲げてくれとお願いをするのはこちらである。

 私たちは「突然で申し訳ありませんが…」と前置きして、ていねいに事情を言った。この人は、こういうわけでもう日本にいなくなるのです。その本人がおみやげとして海外から持ってきた特別なお酒なんです。どうしてもだめでしょうか? いくらかお金もお支払いしますから……。

 店長には言わなかったが、もっと書くと実はそのワインはその子の亡くなったご主人の散骨旅行おみやげでもあった。人にはいろいろな事情があるものだ。

 しかし、店長は言った。ばかみたいにまじめな顔でだ。

「こういうことを一度許してしまいますと、きりがなくなるのです」 そりゃそうだろう、お酒量販店が幅をきかせる昨今、持込を許そうものなら、つまみだけ注文してお酒格安で買ってきたもので乾杯という人たちで店があふれかえるのは想像にかたくない。お酒が最大の収入であろう居酒屋はあがったりだ。店の人が大ごとと感じるのもしかたない、とみな怒るでもなくお会計をして店を出ようとしたが、そのとき店長が続けて言った言葉で立てかけた膝を戻した。

 「ですが、私どもではご用意できないワインでもあり、事情もそういうことであれば、グラスをお出ししましょう。お代はいただきません。チェーン店マニュアルにはない私の一存ですので。

 先ほどの気のいいバイト女の子店長の指示でビールグラスを余分に出してくれた。コルク用の栓抜きはないということだったので、近所にある閉店後の友だちの店から借りてきた。

 それで店長感謝しつつ盛大に開けてにぎやかに乾杯をして、一本のワインを七人でちょっとずつ味見していたわけだ。

 お客さんは私たちしかいなかったし、閉店まであと二時間という感じであったので皆の声が途切れたときに、厨房からバイト女の子に語りかける店長の声が漏れ聞こえてきた。

 「なあ、酒の持ち込みできる店はやっぱり好感度高いかな?」

 「そうですねー。でも普通、誰もその店のメニューにあるのと同じお酒持ち込もうとは思わないですよ」

 「そうだよな。今のひとたちみたいに、その店になくてしかも特別な意味のあるお酒とかだろうな。だったら、あらかじめ電話をもらってその酒の銘柄を聞いたうえでOkして、持ち込み料もらう…うん、次のブロック会議で提案してみよう」

 頭の回る店長である。だが私たちのちょっと異様な年齢層やルックスや話し方を見てすぐに、みながそれぞれの仕事のうえでかなりの人脈を 持っているということがわかるほどの人生経験は積んでいなくてもしかたのない年恰好である。

 お会計をして店を出ようとしたとき、店長がこっそりと声をかけてきた。

 「チェーン店ルールにはずれたことですので、今回かぎりということで他の方にはご内密にお願いします」

 「もちろんです」と答えながら、バッグを探って名刺を出した。

 「お心遣い、本当にありがとうございました。また皆で来させていただきます

 彼の頭の中の作家一覧に私の名前も登録されていたのだろう、びっくりした顔でつかえつかえ彼は言った。

 「ご本はかねがね読ませていただいています」

 どの本を読んだかと聞いてその言葉が本当であるかお世辞であるかを確かめるような無粋なまねはせずに「それは、どうも」とだけ答えて私は店を出た。

 ほろ酔いの頬に夜風が涼しかった。】

―こんなのが読みたかったんですがね。

ばななセンター試験

第1問

次の文章は吉本ばなな人生の旅をゆく』より「ある居酒屋での不快なできごと」の一節である。

ばななは海外に住む友達の送別会をかねた呑み会において、

居酒屋欧州みやげのデザートワインを持ち込み、バイト女の子の協力を得てこっそりと乾杯をする。

しかしその直後、厨房から店長バイトを叱責する声が聞こえ、ばななも店長より注意を受けることとなる。

本文はその後のばななの心境を描写したものである。

これを読んで、後の問いに答えよ(配点50)



「こういうことを一度許してしまいますと、きりがなくなるのです」

いったい何のきりなのかよくわからないが、店の人がそこまで大ごとと感じるならまあしかたない、

とみな怒るでもなくお会計をして店を出た。そして道ばたで楽しく回し飲みをしてしゃべった。

もしも店長がもうちょっと頭がよかったら、私たちのちょっと異様な年齢層やルックスや話し方を見てすぐに、

みながそれぞれの仕事のうえでかなりの人脈を持っているということがわかるはずだ。(A)

それが成功する人のつかみというもので、本屋さんに行けばそういう本が山ほど出ているし、

きっと経営者とか店長とか名のつく人はみんなそういう本の一冊くらいは持っているのだろうが、

結局は本ではだめで、その人自身の目がそれを見ることができるかどうかにすべてはかかっている。

うまくいく店は、必ずそういうことがわかる人がやっているものだ。



問 下線部(A)の言い方にこもるばななの気持ちを端的に整理するとどうなるか。

最も適当なものを次の1~5のうちから一つ選べ。

1.乱暴と自信

2.照れと率直

3.単純と悲哀

4.媚と喜び

5.決断高慢




参照

http://media.excite.co.jp/daily/thursday/030904/tugumi.html

http://media.excite.co.jp/daily/thursday/030904/tugumi_p04.html

- 転職ならen
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