はてなキーワード: 軍師とは
こういう現場からの悲痛な声に対して、普段は勇ましく政を語ってるブコメ軍師様共が、どいつもこいつも「お疲れさまとしか言えない」みたいなこと言ってて本当に嫌になる
口だけで行動に移さない、移していても結果の出ていない、そんな正義にいったいどれだけの時間を費やすつもりなんだか
究極的には、その結果がロシアやイスラエルの蛮行を実質的に許可してること等にも繋がってるってのに、結局のところ起きてしまったことにはとことん興味がないんだよなこいつら
だから一番肝心要の今この瞬間に起きている事実に対しては、言葉を濁してそそくさと逃げの姿勢に回って、落ち着いたらまた別の安全地帯からブコメ軍師様を始める
そういうとこだぞ
まず私は株式会社エッタラジェンダについて特に支持する立場でも反対する立場でもない。今回の件について自分の頭の整理をするための文章なのでもし目に止まった方がいたらこんなことを考える人もいるんだー、ふーん程度で流してほしい。
この知らせはさほど広いとは言えないインド界隈にゆっくりと知れ渡る。
社名が映画RRRのエンディングテーマの曲名であったことから社名に対する賛否両論が巻き起こり、特に否定的な反応が目立った。
私自身、率直な感想としては「私はなんでもいいけど大丈夫かいな」だった。
「旗を上げろ!」という意味の「エッタラジェンダ」という言葉はRRRの象徴的なシーンやメッセージを思い起こさせるもので、ファンにとって思い入れの強い言葉になるのは自然なことだと思う。
個人的にはこれは線引きの問題だと思っていて、会社という団体を立ち上がることで「エッタラジェンダ」の「内側」がファンの中で生まれてしまったことが大きかったのでは、と思っている。
多くの人が強い思い入れを共有する集団の中にエッタラジェンダという具体的な集団がつくられ、突然エッタラジェンダの外側に出されたように感じ戸惑う人がいてもそんなに不自然なことではないような気がする。
これがもし「合言葉を共有する集団」のど真ん中で行われたことじゃなければこんなことにはならなかったのでは。
長い妄想だけど、喫茶エッタラジェンダにはRRR大好きなマスターがいて、一般的なカフェメニューの他に結構本格的なインドカレーが食べられたり赤と青のシロップがじわりと混ざり合うイメージドリンクがある、とかだったらむしろファンとして一度は行ってみたいお店になれた世界線もあったんじゃないかなあ。そしてたまに貸切でインド映画イベントや期間限定イメージメニューとか出てくるとか(そういうお店行きたい)
もし株式会社エッタラジェンダシステム開発(長い)だったとしても名刺交換の時に「へえ、インド映画?そんなに好きなんですかあ」で済みそうな気がする。そもそもこの場合は映画ファンに向けて大々的に会社設立の報告をする必要もあまりないが。
他にも「ん…?」と思われてしまう原因、いろいろあったんじゃないかな。
・「エッタラジェンダ」という言葉の日本での意味合いが限定的すぎる。例えば株式会社ビームだったら同じことにはならなかったのでは(炎上の気配が見えても違う意味を強調して若干逃げ場もある)
・RRRのヒットで界隈が急に大きくなり、強まった商業色や乗っかり的なものに対するファンの疲労。これをぶつけられたのは気の毒である
・設立者の方のこれまでのファン活動を鑑みて、権利関係に関して深く理解された上でとは考えにくい部分がある
などなど。
ただ、上記のいずれも反対する気持ちは理解できるという話で、法律的または権利的に直ちにアウトではなくあくまで道義的(可能性)または気持ち的な問題がメインだ。
上記の線引きがどうの話も個々の感受性や思い入れのベクトルや強さの問題で、コンテンツに対する愛情の強さとは必ずしも比例しないし、辛いと思うこともどうでもいいと思うことも間違っていないと思う。
今回否定的な気持ちをツイートしたほとんどの方も気持ち的な問題というところは理解されている印象を受けた。悲しみや怒りを感じる投稿は多くあったものの、社名変更の希望通り越して強要だったり、口汚く罵倒する言葉はほとんど見えなかった(見えるところにないだけでDMではわんさか届いてたりするのかもだけど)
新たな挑戦をする人を寄ってたかっていじめているような見方をされている方もいたけど、(もちろん強い言葉で詰め寄るのは論外として)嫌だと思うものを嫌だと言うまでの権利は誰にでもあっていいはずだ。今回、新たな挑戦「そのもの」を叩く人って言うほど多かったか…?
結局好きなものを共有するだけで、それ以外は異なる価値観の人の集まりでみんなが同じ意見であることは不可能だし、その状態を目指す必要もない。どの意見も間違っていない。間違えがちなのはいつだって伝え方のほうだ。
そもそもファン向けビジネスをしようと思った時、お気持ちを蔑ろにできるものなのだろうか。ファンというもの自体お気持ちの集合体だと思う。お気持ち論は根拠にならないという意見もあったが、結構な割合の人が同じように感じている気持ちを無視して進むことは事業としてリスクがあったのでは。
つらつら書いてみたけど、会社は結局一番残念な形で終わってしまった。お会いしたことはないが、設立された方はオフ会の仲間の皆さんからとても慕われているようだ。ホームページ(すでに消えたが)を見ても「良い奴」なんだろうなあと思う。
行動力が並外れに高くてあっという間にリーダーになってしまうタイプなのかな、と。それだけに今回これだけあっさり全部取りやめてファン活動そのものから撤退されるのは惜しいと思う。
何度も開催した大規模オフ会の中心的な人物(だよね?)として多くの人から慕われていたのが、いざ会社を立ち上げた時にぶつけられた想定外の否定的な意見の数々に戸惑い打ちのめされたのは想像に難くない。ご本人から詳細を説明されたツイートも状況を好転させることはできなかった。一個人にそれをすべて耐えろと押し付けるつもりはないが、もう少しいい形で共存できる方法はなかったのかと考えてしまう。元々は同じファンなのだから。
実務的に頼れる(それこそ法務とか、今回の対応含め)人物はいなかったのか、長いことインド映画を盛り上げてきた方々の力を借りつつ一緒に進めることはできなかったのか、勢いよく進む傍らで大局を把握する軍師(表現)的な方がいるだけでも随分違ってたのではなどと、今回のことが起こらなかったもしくはうまく乗り切れたシナリオを思い描いている。
また、この新しい団体によるイベントはどんなものだったのか、いつか私も何かの上映会に参加していたのだろうかともはや叶わないたらればに思いを馳せる。
追記。
今回の騒動を異なる価値観と気持ちのぶつかり合いではなく、単なる「集団いじめの加害者」と「新しいことをしようとして潰された被害者」の物語としてとらえる人の多さに少し驚いてしまった。
人の感性って思いのほか色々あって、絶対に分かり合えない価値観の人も少なくない。
自分が理解、共感できる痛みは尊重すべきもので、自分が理解、納得できない痛みは非難していいなんていう善悪の考え方は社会で生きていくにはあまりに危うい。だいたい他人の気持ちは誰かを納得させるために存在しているものではない。
その気持ちに至った土台の中に明らかな事実誤認が含まれているのならそれを教えるのはアリだと思うが、気持ちそのものの否定は争いしか生まない。
もう一つ、設立者の全面撤退により、今回の会社に対する議論ではなく結局クレームつけて潰したという構図だけがクローズアップされてしまい分断が加速しそうだなと思っていた。
設立者さんの人柄やコンテンツ愛で補われている部分も多々あったが、会社設立までのプロセスや問題提起されてからの設立者さんの対応にはいずれも思うところがある。これが全て有耶無耶になって批判勢がただ悪者になるのも違うのでは。
しかし、設立者さんは撤退の際問題提起をされていた方にDMで捨て台詞の暴言を送りつけていたとのことで。相手の言い分を理不尽と思うなら公に反論してもっと議論を重ねればよかった。批判を押し切る選択肢も、少し主義を曲げて社名を変える、スピーディーにユニット名を全面に出す(そういやこの話どうなったん)などやりようがないようには思えない。
これまでの対応でもあまり良い手を打たれているとは思えず歯痒い思いをしていたが、これは本当に悪手だったと思う。そもそもネット上での騒動なんだから裏で仕返ししようとバラされるに決まってるじゃないか。本文スクショを貼られなかっただけ良かったと思う。こんなことをしたら「愛と勢いに溢れたちょっと不器用だけど応援したい人」のイメージまでも失ってしまう。
サークル内の兄貴分としてはとても頼りになる人、けれどいざ法人化となったとき批判する勢力を納得させるだけの力量もなく、かといって一度全て飲み込んで突き進み結果で語るだけの推進力もなく(社名を絶対に譲歩できないのであればこれが一番現実的な選択肢だった)、多くの人が寄り添った「優しすぎた被害者」の立場までも本人が手放しかけている。
もしくは人一人の力なんて結局はこんなもんなのかな。
御社はだいぶ当該Vtuberに恨みつらみがあった様子ですが、当初の契約解除のお知らせにはそのような感情を載せるべきではなかったと思います。経緯を仔細に説明したところで誰も検証できませんし、内容よりも運営が怒っていることへの感情的なインパクトの方がずっと残ります。
「合意した契約があり、それが履行されなかった」ことを淡々と述べればよかったです。
同僚Vに動揺が走るでしょうが、「契約が守られているうちは味方であり、必要なら契約内容を見直す姿勢がある」とビジネス上での信頼関係が築けているかが大事です。上場企業なのですから、お互いに契約にシビアにならざるを得ません。
これができないなら、また近々同じようなことが起きると思います。
田角からでもいいでしょうし、ステートメントとは分けて運営アカウントから別ツイートで労いの表明があればかなり違ったでしょう。とにかく表面上は「決まったことでもう覆らない」感を演出することです。
スシローで皿ペロやコンビニでおでんツンツン並みに無くてクビなんだわ。何のための秘密保持契約(NDA)って話で下手したら賠償問題。だから、大炎上した
とりあえずエージェント使ってたらそのエージェントは二度と使えない
無限♾️投稿しているけど、マジでここ、なにが増田の理解を妨げているのかわからない。日本は法治国家だぞ?法律と契約に基づいてお仕事する。お気持ちで人員稼働させない
霊界から使命を得たガチスピの人でなくば、端的に基地外ですよね
脚本家のせいで死んだ、編集のせいで死んだ、小学館のせいで死んだ、日テレのせいで死んだ、原作ファンのせいで死んだ、ネット民のせいで死んだ、
いずれも正気じゃないですね
遺書も公開されていませんし、たとえ遺書にある内容が公開されても、それが事実かどうかわかるのも、亡くなった本人だけですよ?
もちろん、虐待・拷問などの物理攻撃を加えられていたとか監禁されていたとか死ぬよう脅されていたとか、
胸糞な旭川14歳少女イジメ凍死事件や類似する事件、くら寿司パワハラ焼身自殺事件や類似する事件、
自殺が裁判で労災と認定されるような事件とか、因果関係が明らかであるケースは除きますが、
それ以外の自死はさまざまな不幸がタイミング悪く重なった結果であって、何かひとつの不幸でどうこうは基本的にない
ここ理解出来ていれば、脚本家のせいで死んだ、編集のせいで死んだ、小学館のせいで死んだ、日テレのせいで死んだ、原作ファンのせいで死んだ、ネット民のせいで死んだ、
そんなイタコ芸は出来ないはずです
もちろん、自死に結びつくことにならないよう社会全体がフォローをするは大前提にあれど、それはそう
誰も今その話をしていないし、何事も命あっての物種だと思いますけど、理解はフツーに出来ます
こういうとネトウヨ!といわれそうなのでまず言っておくが、政府批判を辞めろ、とか言うわけじゃない。
なんで辞めるのかっていったら、もう不毛な議論にしかなっていないから。
メリットデメリット両方あって、「こっちがいい!」「こっちが悪い!」とか正直決められないんよ。
山本太郎の現地入りも政治家が主導できるみたいなメリットはあるけど、外部の人間が自分から要救助者になりに行くようなもの(特に山本は松葉杖や車いすが必要だった)で、余震で転んでケガ悪化して…というデメリットがある。
「個人のボランティアを控えろ」も、人が来なくて渋滞しないからその分自衛隊・救急・警察など救助のフェーズで必要なリソースを速やかに奥能登へ送れる、ただしデメリットとして避難所での支援は遅れる。
ヘリや自衛隊もありったけぶち込めばたくさんの人が早く助かるメリットがあるけど、陸の孤島になりやすい奥能登の特性を考えるとかえって遅れたり、救助を急いだ結果ヘリが墜落して二次被害になるデメリットがある。
これだけメリットデメリットがあるから、こっちがいいんだー!とか言ってられないんよ。
挙句の果てには「政府や石川県は原発事故を隠している!だから来るなと言ったんだ!」だとか「渋滞はデマ!政府の初動が遅かったことをごまかすために、渋滞を言い訳にしたんだ!」という陰謀論まで流す始末。
渋滞云々、「一分一秒も無駄にできないのに、このタイミングで来られて事故られたらマジでシャレにならないから来ないで」と言う話なのにねぇ。
よく言えば政治に熱心な方々、悪く言えば場をひっかきまわしたい奴、とにかく特定の政党をこき下ろしたい奴、そういう奴の言うことを信じて拡散しちゃう奴。
こいつらが暴れまわっていてもう見ていられない。
被害が落ち着いたら、今回の対応の検証も必要だけど、正直これも不毛になりそうなんだよなぁ…
だって現状見てたら「俺の考えが絶対正しい」バトルにしかならないだろ。
「もっと救援をぶちこんでればみんな救われた!!!」「いいや!むしろ混乱が起こり、救えるものも救えなくなっていた!」って具合にな。
三が日はネット見てる余裕がなかったのでネット民の初動を追うことはできなかったが四日目には山本太郎や石田ゆり子、千羽鶴など「叩いていい敵」が既に設定されていて風俗で説教するおっさんみたいなのが大量に群がり、みかん盗んだ大学生や自販機壊した男女には「死刑にしろ」「自殺に追い込め」等の罵倒をぶつけて気持ちよさそうに他罰欲求を発散し、軍師様たちがぼくのかんがえたさいきょうのさいがいたいさくを開陳し合って被災地には迷惑YouTuber数人が凸する神展開。
アイドルがデマツイートをRTしたら集団で叩かれ鍵垢に追い込まれたり、その他様々な誤報に踊らされてここぞとばかりに強い言葉を使って息巻いている連中が続報で梯子を外され一転してサンドバッグにされる哀れな姿も味わい深かった。