はてなキーワード: 躁鬱病とは
あれ以来、空の色は深みを増して美しく映るようになった気がしている。
たるみきった暑さの中に忍び込む蝉の声が、ひどく懐かしく、視界は白っぽく煙っている。その光景が好きだ。汗をかきながら、日向を走っていく子どもの姿を追いかけて、静寂に沈む夏の町を歩いていくのが好きだ。
でもなんでこんなに苦しいんだろう。プールで潜水しながら空を見上げているみたいに、ただ静かでそして苦しい。
死にたい。死にたくてたまらない。そういいながら十五年を過ごしてきた。
身長は少しだけ伸びて、すっかり夏休みとは無縁になったのに、十五年前のままプールの底に沈んでいる気がする。
死ぬのが怖くなかったらいいのに。こんなに死にたいのに、どうして怖いんだろう。
http://anond.hatelabo.jp/20101016114205
私も躁鬱病、ラビットサイクルの双極性障害Ⅱ型って診断をもらってる。
躁が酷い時は恐ろしいことたくさんやった。
その時の自分は私にはこんなに人を惹き付けるのよー、オホホホホホっていう信じられない思考。
そしてそのツケが一気に鬱に出る。
これは私なんて人間には価値はないからボロボロになってしまえばいいという自傷行為
だから相手もキモメンから選んでいく。
これの解消法は本当に日記と身近な人の協力しかない。
今の気分は鬱で沈みまくっているので-10とか、何でも出来る気になっているので150とか
そしてそれを一週間単位で線グラフにすると浮き沈みが一気に出る。
身近な人間にその数値を読んでもらうようにして、お金の管理、行動の抑制
本当におかしいと思ったら即医者に連れて行けとお願いしておく。
で、逆ギレ起こしやすい躁の時はそのグラフを見せるように言っておくと
私の場合は意外と冷静になって話を聞けた。
今は安定して、鬱になりそうだと思ったら家で睡眠を取るように心がけ
躁だなと思ったらできるだけ人がいない所で1人で出来ることをやるようにしている。
これで今は何とかなってる。
躁の時の自分のことが好きな人は結構いるけど、そう言う人には極力鬱の自分を見せていくと
一番大切なのは借金をしないことと身近な人間を裏切らないこと。
それだけ守れば多少の躁鬱は見逃してもらえると思う。
http://anond.hatelabo.jp/20101016012817
気持ちはよーくわかる。何故なら俺も躁うつ病だからだ。
とゆーわけで誰かの役に立てばということでこんなことかいてみる。
ちなみに、当方現在リーマン。躁うつ病患者にありがちなことに、高校大学ともに一回中退してる。
鬱レベルは大したことないが、躁レベルはそこそこ高くふと思い立って借金して海外生活を始めるレベル。
①日記をつけよう
躁鬱というのは躁と鬱を行ったり来たりする病気である。
「躁の時はマジ俺ドラゴンボール集めて世界の覇者になれるんじゃねーの?カンボジア辺りにあるんじゃねーの?」
とか思ってリアルにカンボジアに行ってしまうし、ひとたび鬱に入ると
「生きる価値もないゴミムシです、俺を殺して5匹のワラジムシを代わりに生かすべき」とか真剣に考える病気です。
しかし、近年は鬱を抑える薬も躁を抑える薬も出ているので、躁の時には下げる薬を鬱の時には上げる薬をっていう
対症療法で基本的には間違いありません。色んな説があるけれど、個人的に双極性障害(=躁鬱)というのは遺伝的・器質的なもので完治はあんまりないと思った方がいいと思います。母親も祖母も躁鬱でどっちも自殺してるんで、なんとなくそんな気がする。
そーいうわけで、基本的には現状把握こそが何より大事だということを頭に叩き込むべき。
これはどうすればいいかといえば、日記をつけるしかないです。鬱は単純に体調・気分が最悪になるので本人にもすぐわかりますが、スカーっと脳が晴れ渡って万能感に支配される「躁」はまず自分では気づけません。
どこで気づくかといえば、睡眠時間のリズム。人によっては食欲。だから日記は「睡眠25時→7時、食事朝カロリーメイト、昼ラーメン、晩焼き魚定食」みたいに必要事項だけをサクっと記入しておけばオーケイ。もし暇なら睡眠時間と食欲の変化グラフをつければ、あなたの躁鬱の波がはっきりとわかるはず。鬱の時は10時間とか寝てるし、躁になると2時間寝てないみたいにわかりやすい。これで、睡眠時間が減ってきたら下げ、増えてきたら上げる。これが人生の基礎になります。自分がどんな波を持っているのか理解しておいてください。日単位で変わるラピットサイクラーには対応出来ないかもしれないけど。
②警戒すべきは鬱ではなく躁
「死因・躁鬱」ってことはまずないです。躁うつ病患者が死ぬときは、躁で空を飛び回った後垂直落下して自殺するパターンが多い。
というのは、もちろん病態として躁の波が大きければ大きいほど鬱の落下も激しくなる、というのもあるんですが、躁のときに「やらかした」ことを鬱の時に受け止めるハメになり「死ぬしかねぇ」になるパターンが多いです。躁が終わった後借金の請求書の前で自殺を検討した俺が言うんだから間違いない。つーわけで、とにかく鬱はしょーがないものと受け容れて、躁を抑え込むことに全力を費やしましょう。薬を使ってきっちり寝ること、躁の時は全ての判断を保留すること、酒を控えること、適度な運動。とにかくこれしかないです。
③躁をどこで発散するか
躁スイッチがオンになると、マジで全身がムズムズします。会社に辞表を叩きつけてユーラシア大陸横断しようかなぁ、とか真剣に考え始めるわけですよ。これは適宜発散しないとマジやばいです。俺は「持っているものを捨ててどこかへ旅に出てしまう」タイプの躁人間ですが、友人には「買い物フィーバーを起こす、免許もないのにハーレー買った」とか「危うく都内に家を立てるところだった」とか「オーストラリアの炭鉱で露天掘りをしてきた」とか色んなヤツがいます。俺自身も、高校中退→旅に出る、大学中退→旅に出る、と人生で二回やらかし、二回目では借金が200万以上出来ました。なんとか人生立て直して今に至りますが、マジこれはシャレにならない。結局、これを抑え込むには運動くらいしかないです。「酒」ってタイプもいるけど、こっちはオススメしない。マジでアル中一直線なので。他に、「創作活動をする」なんてのもオススメ出来るかもしれません。ジムでガシガシ筋トレするとか画材買いこんで絵を書くとか、小説書くとか漫画書くとかそういう躁の時のための趣味を持っておくのが大事です。
④金銭面でのパートナーを作ろう
躁鬱野郎に金銭管理能力は無いです。誰かに管理してもらわないと、あなたはいつかカネでやらかします。
つーわけで、既婚者・もしくは恋人がいる人はヨメ(ダンナ)に口座の管理をしてもらい、自分の口座には10万以上いれないことにしましょう。基本的にお小遣い制度じゃないと、我々は上手く生きていけません。そして、金遣いの荒さを観測してもらい、向こうの判断で薬を飲むなり病院に行くなりしましょう。俺自身も(躁鬱病患者にありがちなことですが)非常に結婚が早く、二十歳そこそこで結婚して以来全てのカネの管理はヨメにやってもらってます。給料が真っ直ぐヨメの口座に入るようにした方がいいかと。ヨメなんていねーよって人は親ですね。もちろん、「ヨメに使い込まれたらどーするんだ」とかそういう疑問があるのは当然なんですが、そのリスクを勘案に入れても尚やった方がマシです。躁鬱病患者の金遣いの荒さはマジで異常なので。他、薬の管理も俺はヨメにやってもらってます。オーバードーズで胃洗浄はもうイヤですから。
⑤友人にカミングアウトしよう。
早めにやっといたほうがいいです、これ。
というのも、躁が強めの躁鬱病患者は「破天荒な面白い人」と周囲に認定されているパターンが多く、場合によっては一種のホーリー・フールとして変な尊敬を勝ち取っている場合さえあります。(これを中島らも型亢進と呼びます。今作ったけど)この状態は、物凄く病気を悪化させるのでさっさと周囲に打ち明けて「俺こーいう病気やねん、やばそうなら止めてくれ」と言っておきましょう。躁の部分に変なアイデンティティを持ってしまうとえらいことになります、というかなりました。現在俺は会社以外のほぼ全ての人間関係に自分は躁鬱だとカミングアウトしているので、しょっちゅう「躁臭いから薬飲めよ」という忠告をいただきますが、これくらいの状況だと結構躁は抑え込めます。
⑥躁鬱の波を乗りこなそう。
しかし、躁の波は上手く乗りこなせば中々良い結果を生むことがある。これを使いこなして人生なんとかするのが基本です。
躁というのは抑制して乗りこなせば、単なるエネルギーの奔流に過ぎません。ここまでたどり着けば、躁鬱は個性(キリィ!となれます。大学受験のとき、就職活動のときにたまたま躁がかぶっていい結果を出した俺が結果論でほざくけれど、躁のキチガイじみたエネルギーを乗りこなせば、人生は結構這い上がれる。そういう意味で、躁は病気と言うよりは個性と呼んだ方がいい面もあります。とにかく、自分の状況を見極め、適宜調整し上手く生かしましょう。躁鬱病患者のラリった集中力・行動力のいい面だけは美味しくいただける状況に自分を持っていくのを目標にして、前向きに躁鬱ライフを生き抜きましょう。借金はするなよ!
俺の見た目はキモオタそのもので、ほぼ90%の人間が俺をアニメやエロゲが好きなオタクだと思っている。まぁ実際少しはアニメやエロゲも好きなんだけどさ、何もそれだけってわけじゃない。みんなが普通に聴いていそうな音楽も聴くし、みんなが普通に見ていそうな映画も見る。特に好きな音楽はロックで、日本語ロックではBUMP OF CHICKENやRADWIMPSが好きだ。映画は北野武が一番好きだけど、アバターやアリス・イン・ワンダーランド、シャッターアイランドのような大作も好きだ。でも一番好きなのは洋楽を歌うこと。英語の発音はとにかくカッコいい。厨二病みたいなものかもしれないけど、これだけは誰にも負けたくなかった。毎日とは言わないけれど、自分の部屋で時間があれば、好きな洋楽(Red Hot Chili PeppersやGreen Day、Weezer、NIRVANA、Oasis、Blur、Coldplay)の歌詞を見ながら、英語の発音を真似て歌った。特にレッチリの曲は何曲か完璧に歌えるようになった。英語の曲が完璧に歌えるというのは本当に気持ちがよかった。
そいつらはニヤニヤしながら「XXく~ん、カラオケ行っかない?」と俺に聞いてきた。
俺は「あぁ、いいよ」と言った。レッチリを歌おうと思った。
そうしたらそいつらは「えっ!?ウソ!?行くの?マジで!?www」と、俺の顔を見ながら、何故か全員で爆笑していた。俺はその反応で、そいつらが何を期待しているのか理解した。
きっとそいつらは、俺の風貌がキモオタであることから、こいつは一般的な歌が歌えない、アニメソングや萌え萌えソングしか歌えないと思ったのだろう。普通の歌が歌えないキモオタと、普通の歌が歌える自分という比較をしてまず一回優越感に浸り、そしてその後アニメソングを歌う自分をバカにすることでもう一回優越感に浸ろうとしていたのだと思う。俺は何だか無性に嬉しかった。
カラオケにつくなり奴らは「XX君早く歌ってよ~得意な萌え萌えとかいう歌を」とニヤニヤしながら言ってきた。俺は迷わずレッチリを入れた。『By the way』。アンソニーの美しいサビと途中の高速ラップが素晴らしい歌だ。その後もガンガン洋楽を入れた。Green Day、NIRVANA、Oasis、Maroon5、一曲しかしらないけどModest Mouseも入れた。奴らはポカンとしていた。当然だろう。今までアニメソングしか歌わないと思っていたキモオタが、実は洋楽好きで、洋楽を歌えるだなんて夢にも思っていたんだろう。しばらくヘラヘラしていた奴らは、やがてあからさまに「あー…」とか「うぜ…」とか言い始めた。彼らからその言葉を引き出すことが出来て、彼らを苛立たせることが出来て、俺は本当に嬉しかった。
カラオケが終わって俺と奴らは外に出た。奴らは明らかに苛立っていた。
奴らのうちの一人が俺に言った。「お前、マジうざいわ。明日からお前のこと『ウザ夫くん』って呼ぶから」
確かに僕はウザいのかもしれない。でもお前らも充分ウザいぜ。
そして僕は一人に帰路についた。
どうしてみんな、見た目で人を判断するのだろう。見た目と内面が乖離してちゃいけないのか。家に帰る途中で僕は少し泣きそうになった。あーぁ、楽しい。あーぁ、つまらない。あいつら全員死んじゃえよ。と俺は一人心の中で愚痴った。
唐突に俺は閃く。
確かに、見た目で判断されるのはつらい。人は中身なんてみないし、「なんで」という思いは増すばかりだろう。
でも、だからこそ、そういった予定調和な空間をぶっ壊すことが出来るのだ。クラスの意地汚い連中や、見た目がキモオタなやつはアニソンしか聞かない、アニメやエロゲしかやらないと思っている連中。そういった奴らが予想している展開を外して、そいつらを異次元に連れて行けるのだ。そいつらの予想を崩して、奴らをしらけさせたり、苛立たせたりすることが出来るのだろう。そんなこと、一般人には出来ない。キモオタの顔を持つ、俺にしか出来ない。
そう考えると、俺は唐突に心の中に爆弾を隠し持っている気がして、何だか無性に嬉しくなった。跳ね上がるぐらい嬉しかった。数分前まで鬱状態だったのに、急に躁状態になった。躁鬱病か?って一瞬思ったけど、何でもかんでも病気で片付けるのはやっぱ間違ってるぜ。
呼ばれた気がしたから書く。
まず、生まれた時から失敗だった。
幼少期はイジメられっことして育った。かなりスサマジイ感じのイジメで
掃除用具入れに放り込まれて窓から投げられたのを覚えている。今思い出すとひどい話だ。
気弱なデブだったのが最大の問題だったと思う。当時80キロくらいあったから
一体何人が参加してたのかと思うと中学校に放火したい思いは消えない。
高校生になると同時にそんな自分を叩きなおそうと柔道部に入った。
案の定イジメられた。しかし、微妙な柔道の才能が花開く。はじめた時期が遅かったわりにはそこそこ強くなった。
高校生のとき、久しぶりに会った小学校時代のイジメっ子の骨を全部あわせて6本折った。
気軽に声をかけてきたのを何も言わずにやったから、相応の報いは回避できなかった。
施設入りは避けられたが、家には金が全く無くなった。高校にももう行けなくなった。
18になると同時に家を出て、それ以来最低限必要なやりとりを除いて親とは連絡していない。
弟が言うところによると、おふくろは躁鬱病が悪化して今はなんか電気を通す治療をしてるらしい。
で、その後大検とって奨学金借りて大学いって今ふつうのリーマンです。
毎月6万親に送ってるから金はないけど、社宅で悠々自適な暮らしをしてます。
それでも不足する分は早く出社して一番仕事をすることで補っているつもり。
親が元気でいるうちになんとか2000万送金したいと思ってます。元気じゃないけど、少なくとも旅行に行ったりできるうちに。
せっかくなので、両親についての部分、別に書いておくとしましょう。
婚活をしていた時には同居していましたが、今は離れて暮らしてます。原因は、この結婚云々……いや、違うかな。これはあくまできっかけの一つ。前兆は以前からありました。
まあとにかく、女性に逃げられた――親の視点からするとこうなるようで――自分に対して風当たりが色々厳しくなりました。曰く、甲斐性がないとか。ちゃんと説明しないからだ、とか(何を説明しろと言うんでしょうね)。あげく、お前が一人暮しをしたことがないからだ、とか言い出しまして。
ついには、家から追い出されました。まあ、半分は自分で飛び出したような物ですけど。
一人っ子。親(自分から見れば祖父母)からはかなり甘やかされて育ったので、何でも自分の好きな通りになると思っている。そんなのが社会に適応しきれるわけもなく、躁鬱病を発病して退職。ただ、大きな会社だったので色々面倒を見てくれたようで、それなりに贅沢しなければ普通に暮らしていける模様。
ただ、そんな父親が家にいるというのは色々困った物で。鬱の時はうかつに何か言うと症状が悪化するので、腫物に触るようにしか接することができず。逆に躁の時はこちらが何を言っても聞かずに、自分勝手に何でもやりたがる。で、自分の思い通りにならないと逆ギレする。
まあ、勝手にやって自分で責任をとれるんならいんんですが、明らかに家族に迷惑がかかることも平気でやってくれる。それに対して自分が色々と口を出すのも、かなり腹立たしく思っていた模様。
そんな父親を支えていたのは、母親。ずいぶんと大変だったことは想像に難くなく、だから自分は家を出ずに、ことあるごとに父親の矢面に立ったり、母親の愚痴を聞いたりして、負担を減らしてきた……つもりでした。
でも。この結婚の騒動で父親と対立した時に言われてしまいました。「自分は何にもできない。一人になったらお金を稼ぐこともできない。だから、どうやっても父親についていなければいけない」と。「だから父親の意見には賛同することしかできない」とも。
理屈として、その母親の考え方は分かりますが、感情としては分かりません。分かりたくありませんでした。
そういえば昔から、波風を立てずに物事を済ますことが第一の人でした。例えば小学生の頃に子供がいじめられていても、子供の性格が悪いからだ、と子供に言うばかりで何もしてくれなかったり、とかね。
どうも両親が欲しいかったのは、「息子の嫁」ではなく、「家事をやってくれて自分達の面倒を見てくれて、世継ぎを生んでくれる女」だったようです。
見合い相手を探す時、色々口出しされました。「若すぎるのはダメ、話があわないから」「長女はダメ。一人娘もダメ。実家によく帰るから」「年取ってると子供が産めないからダメ」とかとか。
もちろん無視して見合い相手を決めたりしてたんですが、それもまた気に入らなかったみたいですね。
長続きした見合い相手も、こんなところを透かし見て、見限ったのかもしれません。
で、こんな両親を見てしまうとね。もし自分が結婚したとしても、相手とうまく結婚生活を送れるかどうか、分からなくなってしまったのです。なにしろこんな両親の子供だしね。
そんなこんなで、親から出て行くように言われ、自分としても愛想が尽きたので、一人暮しをすることにしたのです。
まあ、実に快適ですね。
どうも親としては、家事が大変になって泣きついてくるか、誰でも良いから嫁を見つけて結婚するだろう、とでも思っていたようですが……実家にいた時も料理はたまに作っていたので、基本的なところは問題なし。洗濯は洗濯機が全自動だし、狭い部屋なので掃除もそれほど苦になりません。
こんな楽な家事をやってもらうために結婚する、ってことは、まあありえませんね。
親とはほとんど没交渉です。たまに連絡するくらい。遠く離れてしまいましたし。
去年躁鬱病と診断されて、今年失恋して、自分の中に残ったのはその確信だけだった。
感情の起伏が激しいとか、頭がおかしいと言われていった病院ではいい患者で、先生が気にいるようにわざと波を作って薬の量を調節している自分がいた。しんどくなったのでやめてしまった。薬の量と種類の変化でその現実を見るのがいやだった。
恋人には心を開かないとか、ものの見方がずれてるとか、頑張るところが間違ってるとか、いやな奴だとか、多重人格だとか、気付かないで人を怒らせてるとかいろいろ言われた。たぶん自分のためにと思って言っているであろう言葉も最後は矯正をされているようでしんどくなって爆発して、そして恋人とは連絡が取れなくなった。恋人のつながりの友人との縁も切れた。さみしくてさみしくて人に媚びばっかり売ってる自分自身を見るのがつらい。
見捨てられ不安から、さみしいという気持ちにまで感情をグレードダウンすることができたのに、怒りから呆れ程度にまで感情を抑えることができるようになったのに、深入りして境界がわからなくなるところから一線を引いて自分にとって怖くない距離で人との付き合いを持てるようになったのに、でもだめだった。それでは恋ができなかった。止められない感情を持つと暴走するのに、恋愛をするときはそれを適度に制御させながら止まってはいけないんだと知った。そんなことはできるわけがない。暴走するか、火をつけないか、そのどちらかでないと失うものが多すぎると知っているのに、それでは許されなかった。
古くからの友人や仕事上でのひととはうまくやっているしかわいがってくれてる人もいるのに、恋人も家族もできない。その現実を見るのがしんどくてしょうがない。どうしてだめなんだろう。どうして治らないんだろう。ふつうの人になりたいと願い続けて、頑張ってきたのに、好きな人から嫌われて拒絶されて存在を消されるなんて辛すぎる。
何にもやる気がおきない、食べるのも面倒臭い、人と会うのが怖い。起きるのが辛くて一日中ふとんの中で過ごす事もしばしばあった。
たまに起きてもPCの前で鬱病チェックとかググってたり、メンヘル板でROMってたり。次第に自分は鬱病なんじゃないかと疑い始める。ますます気が滅入る。
ネガティブシンキングの連鎖は朝から晩まで止まる事を知らなかった。
まぁ、ここまではそんな珍しくない話かな。
こうして4週間ぐらいひきこもりの日々が続いた。もう朝も昼も夜も日付にも感心がなくなってきた頃の事だ。
幸いな事に自分を心配してくれる友人がいたので、彼のススメで精神科に通う事になった。
厳密に言うと、通ったのではなく2度ほど受診しただけなんだが。
開院時間や休診日などのチェック、問診票のPDFをコピー、記入を行い準備完了、いざ出陣。
電車で二駅、そこから徒歩数分の場所にあった。
私は大の病院嫌い、それに加えてこの精神状況。正面ドアを開くまで5分ぐらい手前でウロウロしてしまった(自動ドアではない)
初めての病院って大体こんな感じになるよね?
靴を脱いで上がる。ロビーはコンビニの4分の1くらいの大きさ。受付は目の前だ。そこで初診の旨を伝えると、窓口の小汚いおばさんから想定外の言葉が返ってきた。
「当クリニックは完全予約制です。申し訳ございませんが来週の◯曜日、◯時にまた起こしくだしあ」
え?え?アポ必要なの?マジで?そんなのホームページに書いてなかったじゃんか!!なんでそんな大事な事を予め知らせてくれなかったの!
ひきこもりには電話なんてできねえよ!ネット予約できるようにしやがれ!てか正確な情報掲載しろよ!
私は受付前で挙動不審、軽いパニック状態に陥り、他の患者の痛い視線を浴びながらそそくさと病院を出た。靴を脱いでからここまで2分も経っていない。
後日、あのババァの言われた通りの時間に合わせて、再び足を運んだ。
この時気付いたのだが、ドアに貼付けてあった受診時間や休診日の張り紙を見ると、ここまでホームページと違っていたのだ。もう呆れて物も言えない。
前回来た時より私の心は弱っていた。もうノーガードにも程があるだろってぐらい。19歳なのによぼよぼの足取りでソファへ腰掛けた。
ここから第二の地獄が始まった。精神科の雰囲気がもう堪え難い程酷かったのだ。
前述の通り、ここはとても小さなロビーでソファが3台ほど備わっていて、受付と向き合う様に配置されている。
ロビー側はやわらかな照明で患者をいたわる姿勢がわかるのだが、正面にある受付を照らす蛍光灯が気持ち悪くなるぐらい眩しいのだ。
ロビーと受付は吹き抜け?のような構造なので互いを遮る物はなにもなく、全てがダイレクトにはね返ってくる。
この構造が生み出した更なる弊害は、受付看護婦の私語が常に耳に入ってくる事。
ここでは表記できないような品の無い言葉や、業務に関係のない私語や嘲笑、それら全てがこちらの五感を障る。もう耐えられん。
おまけに謎のバックミュージック。ヒーリング効果のある音楽なのだろうが、私から言わせればファミコンゲームの安い電子音。
S.E.N.Sとか世代を選ばない無難な音楽を流せよっ!てフロントに怒鳴りつけたくなった。
時々、診療室から先生と患者の会話のやり取りが聞こえるのもあり得ないよね。
先生がカウンセリング中に部屋を出る事があるんだけど、こいつドア閉めないの。ロビーから患者丸見えだよ、なによこのプライバシーを配慮しない最大限の努力。
ただでさえ他人の視線や言葉に敏感な患者(私)の容態を悪化させるには十分すぎる環境作りだった。
こいつら・・・・・・治す気あんのか?
いよいよ自分の受診の番がやってきた。既に私は、相手の言葉が耳に入らなくなる程ストレスが溜まっていた。
気付くと自分は「躁鬱病」と診断されていて、窓口で一週間分のパキシル(抗うつ剤)を受け取り、3500円も財布からなくなっている。
……そうか、やっとわかったよ。精神科医は来る人来る人を「鬱病」にさせ、お金をふんだくる最低な奴なんだね。
あらゆるメディアが「うつ病」を有名にして流行らせたけど、あれは精神科医の陰謀だよ。もう洗脳だよ。
そう気付くと、私は次回の診療なんて行く気が失せてしまったね。
長くなったけど、私が言いたいのは友達を大切にしましょうってことです。
自分のことをある程度理解してくれる友人、あるいは家族が一番のお医者様です。臭いけどこれ真理。
*追記
http://www.zakzak.co.jp/gei/200902/g2009021810_all.html
たとえ18歳以上でも、年若い女性が男ばかりの事務所に連れ込まれて、言葉巧みに、あるいは脅迫をともなって、AV女優にされていってるのかもな。
実際、元軍団の「藤原あこ」は≪精神崩壊した為ただ今休息中≫としたブログを公開。≪精神崩壊するまで頑張る必要はなかった。躁鬱病って何≫≪着エロや男性への激しい嫌悪感と、ギャランティが発生しない事、精神疾患の悪化≫など書き連ね、「藤近みかん」も≪一人、二人、ヌード・AVへ転身してゆく仲間たち…いつか私も流されるんじゃないか≫と不安な心情を吐露している。
それにしても、痛々しいな。
しかし、その前日には
http://www.zakzak.co.jp/gei/200902/g2009021732.html
こんな記事が載っている。
この社会…
はてだで書こうとしたがやめた。
自分は双極性障害を長いこと患っている。一型と二型の中間くらいだ。躁になると眠らなくなるし、無駄に攻撃的にはなるし、攻撃的な自分に激高する場合もあるし喚き始めることもある。無意味に遠出をして出先で動けなくなることもある。webサービスに登録しまくったり、無料メールアドレスを大量に取得したりなどしたりもする。金銭感覚が狂って普段の10倍近いお金を使うこともある。やたら辛いものを食べたり、もしくは全く何も食べなかったり、飲食を一切せずトイレに行かないこともある。軽い時はやたら人に会いたがったり、新しい本を買い込んで勉強を始めたり、新しい趣味を始めたりなどする。これらはその時々の状況によって全く異なる。一応社会的に困難な状況になったことはないので二型と判断されることは多いし、薬もきちんと飲むは飲むのだがきかないので現状では眠れないときに睡眠薬を飲む程度の治療しかしていない。
どちらかというと抑うつ状態に入るときの方がひどい。鬱に移行する時はまだ眠らない時期にあたり、イライラがピークを迎えているが、気分だけはどんどん下降していくので夜な夜な些細なことに憤ったり苦しんだり申し訳なく思ったり嘆き悲しんだりなどする。発作的に電車に飛び込もうとしたり車に突っ込んで行こうとしたり、信号に気付かずに飛び出したりするのもこの時期である。眠れないのに起き上がれない。起き上がったら立ち止まれない。しかし、鬱の薬は気分を上昇させるので、このときに鬱用の薬を飲むと躁転して大変なことになるので使えない。躁鬱用の薬は上下の気分の振幅を減少させる働きはあるが、自分の場合はデフォルトが低めなので下の方はあまり改善がみられず、上側が大幅に減少してしまいなおのことひどい状態になる。
しかしそんな状態は基本的にはあまり外部には出てこない。自分の内部だけで処理をすることができる理性が自分の中には存在していて、それが治療を厄介にしている部分もあるが、社会的にひどい状態になるということはほとんどない。病気のことを知らなければ順風満帆だと思われているし、優秀だと評価されることも多いほどだ。
現在の主治医には「双極二型障害の疑いあり」という診断をいただいており、治療は眠らない時の睡眠薬投与だけになっている。眠らない状況をどうにか回避すれば躁がひどくなりすぎることもなく、したがって鬱に移行するときの状態もひどくなりにくいという自分自身の経験を主治医と相談した結果である。名目は不眠治療となるので、社会的に白い目で見られることはない。躁鬱病というと鬱病以上に奇異な目を向けられることが多いのでこの点はありがたい限りである。
自分はもう治らないだろう。治そうという意識もあまりない。そもそも正常な状態がどんなだったか自分でも思い出せない。それほど長い病歴だ。まだ二十代だが病歴は10年以上になる。今はただ平穏な日々が来ることを祈るのみであり、現在の治療でそれは十分にかなえられている。
鬱病がどういう病気かは知らないが、平穏に過ごせる日々が戻ってくればそれでいいのではないだろうか。攻撃性をネットで表明せざるを得ない状態に置かれている患者さんたち(いらいらは鬱の症状の一つでもある)に平穏な日々が戻ってくることを祈ることしかできない。これらの病気は治らないかもしれない、治さなければならないものでもない。もし「治らなければならない」という強迫観念に取りつかれている人がいるのであれば、治らなくても平穏が戻ってくる日もあると伝えたい。
躁鬱病の人いる?
でも、躁鬱病ってあんまりきかないんだよね。
で、自分が躁鬱なんだけど。
自分は、調子のいいときは普通に物を判断できるし、人とコミュニケーションもとれるし、人生を楽しめるから、逆に欝状態のときは、こんなの自分じゃないって思うんだよね。
理由もなく突然人と話せなくなるのも、引きこもるのも、死にたいと思うのも、全部病気のせいだ。
本来の自分ならこんなこと思ったりしない。
他人に対してネガティブな感情を持ったりしない。
全部病気が悪い。
しばらくして欝状態がよくなると、また楽しい日々がやってくる。
ほら、やっぱり思った通りじゃないか。
これが自分なんだ。
これこそが本当の自分なんだ。
会いたいと思う人に会える。
楽しい会話ができる。他人を好きでいられる。
こんなことを毎月のように繰り返してる。
はやく治ればいいのにと思ってもう10年近くたってる。
治って本来の自分に戻りたいと思ってる。
だけど、ある人は言う。
「欝状態のあなたもあなたなんだよ」
自分は認めたくない。
そんなネガティブで他人を受け入れられなくて死にたいとか思う自分は自分じゃない。
またある鬱病の人は言う。
冗談じゃない。
一生この病気とつきあっていくなんて考えられない。
治るためならどんなことだってするって思ってるくらい。
そこで、思うんだけど、躁鬱って治るの?
実際に治った人っているの?
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これどうやって返信書くの?
下のほうにコメントみたいになるやつ。
病院は行ってるよ。
躁鬱と診断されてまふ。
薬もちゃんと飲んでるんだけどな。
落ち込みやすいっちゃ落ち込みやすいともいえるんだけど、理由もなく突然死にたいとか思うのはちょっと普通じゃない気がするんだけどなあ。
昔から母親と父親は共依存の関係にあってしばしば家庭内に緊張が走ることがあった。それは今でも変わらないし、子供たちもそういう関係の中に組み込まれていたから、きょうだいは全員「なんか変」だ。
19のときに家を飛び出してからかなり攻撃の対象にされたけれども、最近は私に対するそれはかなりなりを潜めている。その代わり、子供たちが家を出て行ったことによって母親と父親の共依存関係は昔よりも強化されているようだ。
父はその影響か胃潰瘍、肺炎、癌とさまざまな病気を患い、体のあちこちを手術している。仕掛けるのが父親の場合があるのであまり同情はしないが、それに対して常軌を逸したやり方で反応する母にもやはり同情はできいない。父がこまごまとしたミスや要らぬお世話をわざわざ焼いて母親をぶち切れさせると、母親はところかまわず怒鳴り喚き散らし、物に当たり壊し、身体的な暴力も言葉の暴力もどちらも力の限りに振るう。寝ているところをわざわざ起こして怒声を浴びせたりもする。父親はそのたびに萎縮したふりをして、しかしまた同じことを繰り返す。そんな母親から離れることもなく、不用意な発言を繰り返して、自分が被害者であることをアピールしようとする。一般的には父親が同情されるように見えるとは思うのだが、正直仕掛けているのが父親であることははっきりとわかるのでどちらにも同情しない。二人のそういう関係のせいで子供にどれだけとばっちりが飛んできていたか、身をもって知ればよいとすら思う。二人とも自分のやっていることは正しいと信じ込んでいるし、相手が悪いと思い込んでいるし、もう歳なのでおそらく死ぬまで変わることはないだろうし、大体二人ともそういう状況を回避しようとすら思っていない。わざわざ進んで対立する機会を作り出しているようですらある。
昔はずいぶん殴られた。虐待といってもおかしくないレベルの暴力は日常的に振るわれていたし、冬に外へ追い出されたこともある。支配下に完全に置かれているうちはふつうの感覚が何かわからなかった。自分の意思で笑うことすらできなかった。10代で躁鬱病と診断され、病院に通い続けているがそれも母親は認められずありとあらゆる嫌がらせをしたり暴言を吐いたり、今でも薬を飲むな頭がおかしくなる、などといっている。ひどく頻繁に友人・恋人と共依存の関係になり、異常に自分に自信がなく自傷癖もある。実家を離れて久しいのでだいぶ改善はしているが、それでもまだ病んでるほうであろうと自分で思う。
姉がいるが、姉も「なんか変」だ。姉は父親とそっくりなところがあって、母親ともかなり共依存になっているのではないかと思う。どちらかというとうまく言ってるように見えるほうの共依存ではあるけれども完全にコントロールされていて、服も趣味も仕事も母親のGOサインが出ない限り自分で選ぶことができない上にひどくみっともない格好をしていても気にしないところがある。私が家を飛び出してから、なんでもない顔で私が暮らしている場所に上がりこむようになり、居座り、居着き、したり顔でえらそうな顔をしては文句だけをいっちょ前に言うようになった。最初のころは完全に居候で一人でないと暮らせないような狭い安い古いアパートにいつの間にか荷物や布団を運び込んで一切の生活費を出さないというような非常識なことをやってのけたりもした。
結局なんだかんだともめたりなどしたし、幾度かの引越しをはさんだが、今も同居をせざるを得ない環境(主に姉の事情だ。私はひとりぐらいができるのだが、それをしたところで相手が転がり込んでくる)にある。
日常的な文句、やってやってるんだという態度、神経を苛立たせるようなミスやおせっかいやらは無視することでスルーできるが、人の失敗に対して嫌味をいい続ける、せせら笑う、人がしんどいといってることを考慮せずに自分の事情と感情だけで人を動かそうとする、無駄に喧嘩を売ってくる、何気ない言葉尻を捉えて嫌味かとののしる、やめてほしいといってることをわざとする、常に仏頂面か喚いているかばかにした顔で笑っている。などなど。正直限界である。
一時は改善していた躁鬱病も最近になって悪化しており薬の量が増えている。病気になるのは気持ちの問題だとか、怠け者だから悪いのだとか、薬を飲むななど母と同じことを言うだけならスルーする技術を身につけているからいい。問題はうつになっているときにふとんを無理やり上げたり朝早く起こそうとしたり、動けないといっていても気力が足りないのがいけないんだとせせら笑いながらありとあらゆる雑用をペナルティとしてさせようとするところにある。自分は朝早くに私を起こすためだけにおきて、7時ぐらいに布団を干すようなばかなことをして、9時からまた寝て仕事もろくにしていない。ニートではないがワープアと読んでいいようなレベルの収入しかない。私は学生だが10時には学校に行き、8時か9時過ぎまで実験をしてその後バイトにいって11時に帰ってくるような生活をしているのだ。土日も学費と生活費(仕送りはない)のために一日働いているし、朝六時に起こされると鬱でなくても正直きつい。それでなくても躁転したときが怖いので無理はしたくないといっているにもかかわらず、である。病人の言うことは聞く耳を持つ必要はないと思ってるようである。
少し前まではお前の目の前で自殺してやるぞと思ったりすることが頻繁にあったが、最近は姉の頭をハンマーでめった殴りにしてやりたい衝動に駆られることがある。顔を見るだけで胃が痛くなり、声を聞くだけで吐き気が襲ってくる。この一年で特に悪化して、体重もかなり落ちてしまった。健康なほうだったのに病気が続いているし、決して小食ではなくおいしいご飯を食べることは好きだったのに一日一食を食べるだけで胃もたれするほどだ。死にたい、死んでほしい。みんな死んでほしい。父も母も姉もみんな死んでほしい。楽にしてほしい。なぜ人の人生をめちゃくちゃにすることしかできないのか、そういう方法しか取ることができないのか。理解しようとは何度もしてきたし、どういうことが起こっているのか専門書を読んだりもしてきた。でも理解しても自分は救われないのだ。しんどいことには代わりがないのだ。私は黙って耐えてスルーするタイプだから、相手の挑発に乗って同じような人間にならない代わりに自分の体を壊していくことしかできない。しんどい。死にたい。楽になりたい。
来年就職すればこの苦しみから逃れられるだろうか。社員寮に入ってしまえば姉も追いかけてはこれまい。母親は来るという妄言を吐いているが住所は教えないつもりである。家族に関することすべてに対して嫌悪感がぬぐえない。幸せな家庭なんてあるんだろうか。みんな死んでくれないだろうか。
この人が"DQN"と呼ばれている。確かに行為を見れば"DQN"だ。
しかし、
以前から申請していた障害年金が支給される事に成りました。
今まで隠してましたが、実は私、慢性の躁病患者なんです。
躁病は、鬱相を伴う場合が多いそうです。
いわゆる躁鬱病ですよね。
これを見て納得がいった。そういうことか。
身辺に躁鬱病患者がいたからわかるんだけど、躁状態ってそういうものなんよね。常識や社会性がどんどん欠けていく。行動力は上がるのに判断力は下がる。確か中島らももそれだったという話だけど。
で、実際にここまで反社会的行為をやってそれを嬉々として公開してしまうってのは、確かにこれは「障害」でしかないし、年金不正受給どころかむしろ正当な受給なんじゃないかと。
問題は、適切な医療を受けられてないことだろう。こういう反社会的行為を薬物なりなんなりで抑えられるようでないのなら、入院なりなんなりするほかないわけだけれど。
元増田です。あの記事は以下の記事の続き。
「うつ病が「移る」というのは、こういう当事者の実態を無視する安易で失礼な表現だと思うよ。」ってのはそう思う。
でも、「うつになる要因はかなり個人的な部分が多い」ってのは実証されてないんじゃないかな。
「うつ状態」になることはよくあるけど「うつ病」あるいは「躁鬱病」であると判断するには一定の基準があるというか、気分障害だけどほとんど体の問題が多いと思うんだよね。で、「うつ病」が完治するって本当にまれなケースなんだよね。殆どの人が再発する。で、一生この病気と付き合って行かなきゃ行けない。
親子とか男女とか親密な関係だと共依存とか発生しやすいし、それこそ普通の人間関係の壁を取っ払った極みだからそこには普通に病理が発生するのだとは思うよ。「うつ状態」や「うつ病」だけじゃなくてもね。
遅レスだけど
まず、今「精神病」ってカテゴリを使うのが無意味だってことをわかってほしいな。昔は、「精神分裂病」、「双極性障害(躁鬱病)」、「てんかん」を三大精神病と言ってたんだけど、今は精神病にはいるのは「統合失調症(精神分裂病)」だけ。「双極性障害(躁鬱病)」は「気分障害」の下位カテゴリだし、「てんかん」は脳の器質的障害とはっきりしたから「精神病」には入らないんだよ。だから、今「精神病」という言葉を使う必要はないんだよ。
そうかなぁ。俺は鬱病七年間患ってるけど、明らかに鬱の人って一人くらいしかいないなぁ。彼女でちょっとメンタル系の人はいたけれど、まあ関係性の問題もあるから、「伝染した」と言えるのかもしれないけど。
カップルの片方が「うつ病」になったって言うのが診断上の事実だったらちょっとびっくりだな。まあ、彼氏彼女で同棲って密着した関係になると共依存的なことは起こりやすいと思うけど。それにしても、うつ病(気分障害)は精神病じゃないよ。
「うつのメンヘラ」ってのが「うつ状態をたまに示すメンヘラ」って言うのならあると思うよ。でもうつ病の診断基準は結構しっかりしてる。身体症状がやっぱりあるからね
ただ、「うつ状態をたまに示すメンヘラ」の人は、単純に鬱傾向な人なのか、擬態うつ病なんだよきっと。
「精神病が感染するか」っていう観点は、「統合失調症」が確率的に遺伝するってのと、「うつ病」になりやすい病前性格が遺伝すると考えるとありかもしれない。
でも、精神病がウイルスや菌みたいに感染するってのは無い。メンタル的な病が共依存的になって健康な人を害することはあるかもしれないけど。
自分が言ってるのは人情的な話ね。
それまで躁鬱病の話は2回出てるわけで、そりゃググればわかるっしょ。
そこにあえて、情報出さないでほのめかすってどーなのよ!?って話。
とか、底意地の悪さがチラチラ見えるねえ。がんばれ。
悪化する前に病院行った方がいいんじゃね?よく知らないけど。
まぁ躁鬱病知らなかったくらいだから、精神科にも相当の偏見持ってるんだろうけど
フラフラなのに「俺ぁ病院なんざいかねぇ!」とかいって意地張って酒飲み続けて
ある日吐血するようなオヤジみたいになっちゃうかもよ?
ググりまくって躁鬱病のページなんかを見まくった。
まさに俺、と恐くなった。
でも「日常生活に支障をきたしつつある」なので、もうちょっと何事もなかったかのように生活してみる。
みんなどうもです。