はてなキーワード: 読みかけとは
http://daitai.diary.to/archives/1645741.html
これ読んだんだけど、皆結構神経質じゃね?
「自分の本であっても、読みかけの本を開いたまま机に置くなんてしないでしょ?」って言ってる人がいてかなり驚いた。
そんなん日常茶飯事なんだが…しおり?持ち歩くの面倒だからほとんどしたことないよ
あるいは図書館の本では流石にしないけど自分の本だったらドッグイヤーとか普通にやりまくるし。
っていうか「本を大事にする」っていう発想が正直あんまないんだよね
だから「本を大事にしなきゃ」って言ってる人がいてびっくりした。
なんで?だって本って重要なのは中身だろ?そりゃバッラバラになって解読不能、なんてことになったら困るよ?でも読みかけの本を置いておくと跡がつくとか、ちょっとも汚れるのは嫌、って、なんかよくわかんねーんだけど、その感覚。それって「本」の中身が好きなんじゃなくて本の外見が好きなのか?まあデザインがいい表紙の本だったら分かるけどさ…写真集とか、でもそういうのはもとより持ちあるかないしな…
本は何より読んでなんぼでしょ?大事にするより、多少あらっぽくても何度も読まれたほうが寧ろ本を大切にしてると言えないか?
こんなに当然の如く本を大事にしなきゃ!って人がいるのに驚いたわ
神経質だな~
好きな事にすら集中できなくなった事の方が重大だ。
携帯も自分のパソコンなんぞも持っていなかった高校までの時分には、
暇さえあれば10分の休み時間にさえも図書館に入り浸り、行き帰りの電車の中でも
本を開いていたような性分だったもんだから、文庫本1冊ぐらいなら忙しくとも
2日あれば読破出来てしまっていたのに、今では数行読んだら他の事が気になって
パソコンに向かったり携帯をいじくったりしてしまうという体たらく。
今でもほら、読みかけの本を放り出して日記なんぞ書いている始末。
お陰で読んでいない本が溜まる一方だ。本だけでない、あれだけ好きだった
ゲームですらもう長い事触りもしていない。PCゲームも積みゲーが埃を被っている。
この集中力の低下、いったいどうすれば治るものか。
そうなんですよ、単純に面白くないんだよね。
よし釣られてやるぞ、と気合入れて読みかけても、何か途中でどうでもよくなって気付いたら別のことやってしまう。俺が釣られないくらいだから相当だぞ。
昼ちょっと前に起床。テレビをつけたら、『笑っていいとも!』がはじまるところ。最初のコーナーが長引いている。「テレフォンショッキング」の時間が短くなるんじゃないかと、毎回勝手にいらない心配をする。
「テレフォンショッキング」が終わるころ、やっと布団を出る。トイレに行く。茶の間で親と適当にしゃべる。部屋に戻って、布団をたたんで、座布団に座ってテレビ。タモリはいつも早起きで大変だなあ、でも、それだけの金はもらってるんだろうなあ、案外割のいい仕事かもしれないなあ、とか考える。
読みかけの本を読みはじめる。10分くらいで飽きてきて、中断。テレビの上に、せっかく買ってきたのにまだ読んでいない本が、7,8冊ある。どんどん増えていく。
アコギを弾こう、と手にとってみると、弦がゆるゆる。「弦を毎日ゆるめておかないと、ネックが曲がる」と誰かから聞いて、昨日の夜、さっそくゆるめて寝たんだった。面倒臭えなあとかなんとかブツブツ文句を言いながらチューニングする。チューニングし終わってジャカジャカ弾いてたら、3弦が切れた。アコギの3弦は、もうストックが無いんだった。あーあ。仕方がないから、エレキギター用の4弦を張ってみる。鳴らない。ビャンッ、ビャンッと頼りない。タモリのせいだ。
ギターにも飽きてきて、腹も減ったし、そろそろ朝飯でも食うか、と台所へ。冷蔵庫を開けたところで、今ごろやっと目覚まし時計が鳴る。…目覚まし時計のくせに、オレより遅く起きるな!心構えが成ってない。5分前行動するくらいの気持ちでやってほしいもんだ。タモリを見ろ、タモリを!
納豆ご飯、みそ汁、お茶を、なんとか無理していっぺんに持って部屋に戻ったら、扇風機につまずいて、あやうく全部こぼすところだった。タモリのやつにスキを見せると、こういうことになる。油断禁物だ。
古い扇風機だから、倒れた拍子に金網がとれて、それでもしぶとく回っている。そんな扇風機を見てたら悲しくなってきて、テレビのタモリに向かってリモコンを投げつけてやろうかと思ったけど、リモコンが壊れたら嫌だからやめた。
『笑っていいとも!』が終わって、チャンネルをそのままにしておくと、『ごきげんよう』がはじまってしまう。あれを見てると、なぜだかものすごく恥ずかしくて、背筋に寒気が走って、外へ飛び出して走り回りたくなる。どうにも耐えられなくて、「あっ!」と声を出してしまうときもある。
テレビは面白くないから消して、音楽を聴くことにした。昨日買ったばかりの、ホフディランのアルバムを聴こう。うん、かっこいい。1曲目は、そのまんまどこかで聴いたことがある気がしないでもないけれど、かっこよければすべてOKだ。タモリにも聴かせてあげたい。
遅めの朝食を終えて、横になる。動くのが面倒臭い。1時間くらい自分と戦って、やっと立ち上がって歯を磨き、顔を洗う。また横になる。テレビをつけたら昼のドラマをやっていて、ついつい最後まで見てしまう。そのままの勢いで、ワイドショーも最後まで見る。ワイドショーを見ながらまた自分と戦って、番組の終盤になって、やっとヒゲを剃る決心がついて、ダラ、ダラと剃る。本を読んだり、アコギを弾いたり、レコードかけたりしながら、またまた自分と戦って、夕方になってようやく立ち上がって、寝癖を直しに洗面所へ。ここまでで、起きてから4時間もかかっている。いつものことながら、自分が情けなくなる。あぁ、タモリ!
PM5:45からバイトだから、いつもPM5:00には夕飯を食べる。PM5:00という約束になっているのに、うちの親はいつも、「片づかないから、早く食べちゃいなさい」とかなんとか言って、PM4:30にはもうばっちり夕飯を準備してしまう。
「早く食べな」
「食べな食べなって言うのは年をとった証拠だ」
「ゴチャゴチャして片付かないから、いいから早く食べな」
「さっき朝飯食ったばっかりだから食えねえよ」
「じゃあ食べるな」
「急いで食うとウンコが硬くなるんだよ」
バイトまでまだちょっと時間があるから、アコギを弾く。新しいことを覚えようとしないから、弾く曲はきまってオアシスか奥田民生だ。そろそろ飽きてきたな。
「だれかギター弾いてるんですか?外まで聞こえてますよ。息子さんですか?なかなか上手いじゃないですか」
玄関先で声がする。新聞の勧誘だ。親のご機嫌をとっている。でも、残念でした。ご機嫌取りも、無駄な努力ですよ。うちの親は巨人ファンだから、あの新聞しか読みません。タモリになんとかしてもらえよ。
ちょっとのつもりで横になったらそのまま寝込んでしまって、起きたのがPM7:30。バイトは完全に遅刻だ。仕方がない。電話して休むことにした。読書、テレビ、ギター、レコード、読書、テレビ、ギター、レコードで一日が終わる。気がつけばもう、日付も変わって朝方だ。タモリはもう、とっくに寝てるんだろう。もうすぐ起きる時間かもしれない。
週に5日間、文句を言わずにクルクル働いて、休日はささやかに遊ぶ。すばらしい!僕もタモリさんのような、立派な勤め人になりたいです。どうすれば、なれるんだ。
木原音瀬の「さようならと、君は手を振った」を貸してもらったので読んでみたよ。内容ネタバレあり。
身勝手な主人公にあまり魅力を感じられなかったのと、そんな主人公が同性に手を出すことに対してあまりにも抵抗や葛藤がない様子だったのがどうにも非現実的に思えて、始めの方を少し読んだところで一旦読むのを止めていたんだけど。
恋人と喧嘩して、いろいろやるべきことはあるけれど取り組む気力がわかない状態で、じゃあ読みかけの本でも読むか、と何冊か枕元に並べて読み始めてみたところ。
身勝手な主人公に対して、そばにいられるだけで幸せだからと、ただひたすら愛情を与えるだけで何も求めないヒロイン役の男子。これが現実の恋人と喧嘩中の身である自分にぐさぐさ来たわけ。
喧嘩って、大抵はエゴとエゴのぶつかり合いじゃん。自分と相手で同じものを奪い合って、そっちが与えてよ、いやいやそっちが先に与えてよ、ってやってるよーなもん。そこで先に与える側に回れば、仲直りもできるし結果的に相手も与えてくれて丸く収まるのは理屈で知ってる。けれど感情ではそうそう先に折れる気にもなれないもの。
だけどこのヒロインはもう折れっぱなし。ていうかはなからエゴをぶつけないから奪い合いが起きない。それが実際の恋愛において果たしていいか悪いかは別として、折れた方が丸く収まる局面では絶対に取り入れた方がいい姿勢。
で、あることに気がついた。これってBLなんですよ。男同士。男同士の恋愛でそうして与えまくる人が描かれてるとどうなるかというと。いや、逆に、男女の恋愛において与えまくる人が描かれてるとどういう印象を受けるかというと。「この男は女を母親扱いしてるんじゃないか?」ってひっかかりを覚えるんだよね。で、男同士だから、それを感じない。少なくとも私はそれを感じなかった。
それで気づいたのは、私自身が「与える側に回ることで甘えられることが日常化し、やがて母親扱いされること」に怯えてたということ。ものすごく。ごくごく狭い観測範囲の話だけど、これまで自分自身の経験や友人知人の様子を鑑みるに「この人常識ありそうなのに浮気してるんだなぁ」と思える男性は、大抵自分の妻や恋人を「母親」にしちゃってた。だから自分は絶対そういう風になりたくないと思ってた。それで自分のエゴをおさえること自体がどこか怖かったのかも、なんてことに気づいた。
松浦理英子などでもそうなんだけど、男女の物語として描かれていたら何気なく見過ごしてしまうものを、男同士あるいは女同士の物語として描かれると、視点が変わるからこそ見えてくるものがあるんだろうね。なかなか興味深い発見ができたよ。
そりゃ持ち歩き過ぎだわwノートPCとPDAを同時に持ち歩く意味がわからんw
出先で少年ジャンプを買ってむき出しにせず持って帰る
加えてこれか…。
俺も昔はモノが多い男だったけど、何か鬱陶しくなって大量に処分しちゃったんだよね。
漫画本とか今は5冊くらいしか持ってない。専門書系は処分しないから増え続けてるけど…。
ともあれオタの人のリュックの中身(の一例)がわかってよかった。
できればそれで満員電車に乗るのはやめて欲しい。
ちなみに世間ではガチガチのハイテク重装備より軽装で爽やかな方がかっこいいもんなんだよねえ。
俺もノートPCくらいは持ち歩きたいけどLet's Note買う金がないから無理だwあれより重いノートなんて持ち歩けないw
社会人1年目(23歳)。地方県庁所在地一人暮らし。恋人・友人はいない。
何の予定もないので家でごろごろすることも可能だが
そうはさせない。
「予定がない」
おれはこれを「完全なる自由」と肯定的に捉えている。
何も考えずに出かけることが多い。
大体休日は朝8時から9時に家を出る。
自転車。
適当に街を行くと喫茶店があるのでそこでコーヒーとたばこと漫画/小説。
喫茶店は行き着けの所に行くこともあれば新規開拓もする。
内装・音楽の雰囲気がよくて一人で来てる奴(服装に気を遣う人間・スポーツ紙を読んだりしない人間限定)が多ければあたり。
ジジババの溜まり場だったり内装にこだわってなかったりテレビあったりしたら全てハズレ。
味は二の次。雰囲気さえよければいい。
新規開拓はリスクが高いのです。
(余談だが喫茶店に関して、今まで行った店は開店時間・内装・音楽など分かる(調べられる・聞ける)範囲は
全て記録している)
閑話休題。
持ってきた本やたばこやむかつく客の来店等で滞在時間は変わる。
早ければ30分、遅ければ2時間ほど。
その後どうするか?
本の種類ってはんぱじゃないよ?
いくらでも時間つぶせる。
まあ1時間としようか。
まあ大体11時から12時くらいになってるわな。
腹は減ってないよ。朝飯食べて家出るからね。
ここで運動です。
ここは地方都市。
そして俺の乗っているのは自転車。
どんな路地にも入っていける訳です。
景色を芸術品と同等に捉えている自分としては「道」そのものが美術館のようなもの。
通ってない道や雰囲気のいい通りをキョロキョロしない程度に味わうわけです。
ひからびた民家や小汚い子猫、貧乏くさい料理のにおい、寺の地面に舞い散る落ち葉。
その全てが鑑賞に堪えうるのです自分にとっては。
いわゆる「車で走りにくいクソ道」が一番いい)
道も喫茶店と同様いきつけと新規開拓があるため、
「おやこんなところに道があるぞどれどれ?ふむ、これはいい道だ」
というシチュエーションが好きなのです。
まあ、どっちにしても30から40分くらいか。
そんなこんなで小腹も空きました、と。
次に行くのは洋食店もしくは古汚い食堂またはラーメン屋な訳です。
洋食店はカップル・小汚いジジババがいないことをせつに願いつつ来店。
適度な満腹感が非常に心地よい。晴れの日ならさらに。
まだ昼。
ここからが孤独にとっては難易度が高くなる。
カップル・友達・家族連れの出現。
何かに時間を挟み3時から4時に喫茶店に行くわけだが、ここの時間の使い方。
図書館・本屋・レコード屋(文字通りLPとかの普通のレコード屋)・たばこ屋は一人で問題ないが服屋(路面店)。
こいつが厄介。
「一人で来ている客がすでにいる」
ことが条件だからだ。
いればあたりでいなけりゃはずれで。
こいつばかりは運試しだ。
途中新規開拓できそうな店を見つければ寄る(書き忘れたが1回目の風景探索でも寄る)。
そうしていると3時から5時になっている。
喫茶店だ。
あたりをひくことを切に願う。
できるだけ長くいたいからな。
出ると日も暮れている。
スーパーで野菜や肉を買い、その時点で空腹感がかなりあれば外食(行く店は前述)。
家では読みかけの本やRSS・行きつけサイト・ニコニコ・増田・ホッテントリの巡回。
こうして休みの一日は終わる。
http://vipvipblogblog.blog119.fc2.com/blog-entry-75.html
を読みかけたんだが、
で、ほうじ茶吹いた。
どんな仕事してるのか気になるなら直接聞けよ。お前の嫁だろ。携帯盗み見るとか、躾がなってないにも程がある。37でそれとか笑わせんなおっさん。ほうじ茶返せ。
だめだと分っていたのだが好奇心で…とかって罪悪感覚えてるならまだ救い様があるが、自分で自分を誤魔化してるようじゃ終わりじゃないか。普通に携帯を断りなく見るとかって、お互いの間でOKという認識ができていなければ絶対できない行為だと思うし、非常に下品で恥ずかしい行いだと思えるんだけど、実際世間では違うんかね。そこらへん突っ込んでる人間皆無だから余計気になった。
いや…浮気はだめなんだけどさ。
たとえば12月の夜に
賛美歌流れ出す街に出たんだ
君のいない隙間うめるような
何か探してたかもしれない
やっぱそうだと どんな騒がしくても
なんとなく誰かとすごすのは やりきれない
懐かしいものばかり輝いてみえる時は
新しい何処かへゆく はじまりと
君はまだあの頃のまま 無防備に歩いてますか
たとえば12月の夜に
絡まってはもつれてゆく人の
思いとかすのも人だけれど
12月は取り繕った感じが ちょっと否めなく
なんだか好きになれない
過ごしたあの日々なら もう遠い
それでも振り返っては行く先さがそうとする
たとえば12月の夜に
なくしたモノばかりが輝いてみえるのなら
新しい何処かへゆく 時がきた
なぜかな その強さが少し悲しくみえたんだ
たとえば12月の夜に
がんばれ。
「マッサージいかが?」
「お兄さんマッサージどう?」
道玄坂を下っていると何人かの女性から声を掛けられた。終電を逃した午前2時すぎ。
「写真だけでも見てってよ」と言ってきた人は、中国人かなあ、綺麗だった。
「いやー、帰りまーす♪」そう言うとあっさり去ってくれた。
「『ヌキ』なんかどう?ヘルスは?」
スーツの男。これはシカトした。
客引きの数がすごい。ひどいな。なんだこの街。最低だ。
……昨日までならそう思ったと思う。でも今夜は違った。
みんな必死に生きてるんだよね。いろんな生き方があっていいはず。他人の人生を否定してはいけない。否定してはいけない。僕はこれを忘れちゃうことがあるから困ったものだ。
さてさて。
なんてこった!スターバックスが開いてる。。始発が出るまでここで読書をしよっかな。鞄の中には読みかけの『傭兵ピエール』
店に入る。本日のコーヒー330円。あれ、若干高い?まーいーや、と思ったら閉店30分前らしい。やめたやめた。
外で適当に時間をつぶそう。
こうして今、僕はセンター街入り口のところで突っ立ってケータイに向かい親指を動かしている。
始発電車が動き出すまで2時間弱。それまで何してよう?
スクランブル交差点からぐるっと周りを見渡す。ざっと30人は目に入る。
『渋谷センター街』と書かれたゲートの下には一人の男が立っている。ナンパしているようだ。
そばを若い女性が通る。
声をかけた。。。無視された。
男、声をかける。女たち立ち止まる。
「ご飯食べ行こう」と言ってるのが聞こえた。
あまり言葉を交わした感じはなかったけど、20秒位で交渉成立?4人で一緒にどっか行っちゃった。
母ちゃん、東京はこげんばい。
太めのカップルが僕のすぐ後ろで揉めている。
「じゃあ、もう、朝帰るぅ」手を強く握りながらA子(Aliceとする)が言う。
「意図がよくわからない」B夫(Bob)は困った顔をしている。
Aliceは甘え声で「どこからでも帰るぅ??。ていうかもう帰らないぃ。」
あ、Bobに抱きついた。しかもキスしてる。
Aliceよかったねー。続きはあっちでやってねー。
坂の上に消えてく二人。
へんなひとはまだまだいる。
韓国人の男二人がスタバをバックに写真を撮っている。こんな時間から観光か。
空が白んでだいぶ明るくなってきた。時刻は四時を過ぎました。
おやすみ。