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はてなキーワード: 評論とは

2012-01-16

はちまの「今回の騒動について」をビジネス文書風に訳してみた。

あくまでビジネス文書「風」ってことでよろしく。

  

原文

http://blog.esuteru.com/archives/5722252.html

  

  

関係会社各位

お世話になっております

株式会社KND清水でございます

今回の件で、様々な憶測が飛び交い、大変ご心配迷惑をお掛けしております

弊社の情報が表に出ました件につきましては、

大変遺憾ではありますが業務上やむをえないことだと考えております

  

しかし、日頃お世話になっておりますお取引先の皆様につきまして

あわせて情報が流れておりますことで、

多大なご迷惑をかけていることにとても申し訳なく思っています

  

ここに社を代表いたしましてお詫びします。申し訳ございません。

  

今回の件の責任をとるため、

弊社の担当清水(鉄)を更迭し、

清水(友)を新担当といたしまして、

弊社宣伝ブログ更新は新担当の業務とさせていただきます

営業自体は継続させていただきたいと思います

  

お取引先の皆様には大変ご迷惑をお掛けいたしまして申し訳ございませんでした。

話題の提供である部外者の評論は意に介さずという社の方針でございましたが、

局面がここにいたりまして、

お取引先の方々よりの温かいご指導にはしっかりお答えしなければと思い、

このような形でご報告させていただきました。

なにとぞご容赦ください。

  

株式会社KNDも貴社から広告の売り上げがなければ成り立ちません。

これからもあることないこと書いて界隈をビジネス的に盛り上げて行きたいと思いますので

今後ともなにとぞ弊社の広告宣伝事業にご支援賜りますようよろしくお願いいたします。

  

これで今回の騒動からさようならさせていただきたいと思います

今までと変わらぬ弊社とのお取引をなにとぞよろしくお願いいたします。

  

株式会社KND 清水

津田は昔からJASRAC業界を「旧態」として批判をしてきた

とは言え強引な批判や解釈だったりするんだ

するとライター評論としては傷モノだし、安定した仕事得られない

だって仕事って「旧態」頼りなのが現実じゃん?



でも津田はあえて批判を強めてネットを盛り上げるんだよ

相手がJASRACとかだから世間のウケもいいんだよ

結果、世間デマ勘違い理論武装してしまうんだが

津田は一切見て見ぬふりの放任プレイなさるんだ



そして頃合計って「ネットでの汚い発言や見当違いな批判はどうかしてる」って言うだろ?

津田が批判してきた「旧態」に擦り寄うんだ

そうすると「旧態」から仕事が来てステップアップって訳さ

これが彼のアーキテクチャってやつだ

2012-01-06

宇野常寛を批判している人によくある無知、もしくは勘違いについて

ポップカルチャー評論家宇野常寛ARBはいかにもな90年代Jロック(キリ」オレ「ARB80年代なんだが」宇野ぐぬぬhttp://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/237067

この人達勘違いしてるよ。宇野氏ポストモダニスト歴史実証主義への深刻な懐疑が

思想形成の根底にある。

 

南京大虐殺捏造か実在か、戦後民主主義虚妄か否か、好きなほうを信じればよい。」

宇野常寛ゼロ年代の想像力』50ページ、

 

何故彼がこんな挑発的な主張をしたかといったら、歴史実証主義が現代ではもう「無力」だからだよね。

ポストモダンフェミニスト上野千鶴子は、従軍慰安婦南京大虐殺論争に加わった時、

なんとウヨク修正主義者を実証的に批判する吉見義明らを批判した。

 

上野曰く「南京大虐殺はなかった」と主張するウヨクも、あったとするサヨクも、実証主義を使って

己に都合のよい史料だけを見て無限自分正当化し続ける。

そんな土俵ウヨク批判に実証主義者は無力すぎる。それを第三者が見たら、

ウヨクサヨクも同様に確からしくない」という印象を持つでしょう。

 

重要なのは過去を生きた人の身になって想像しようとする気持ちと、物言わぬ「痕跡」の声に

耳を傾けるオーラル・ヒストリーでさ。

戦後生まれのアジア人が、日本軍に殺害された被害者の声を想像して代理できるように、

宇野氏も70~90年代当時を生きた日本人として「ARB」を受容し、語ることができる。

 

ARBを聴いて「いかにもな90年代Jロック」「いかにもな「虚構の時代by大澤真幸)」のロック」と感じた

彼の感想は、1個の体験的事実であって、この印象を他人が抹消することはできない。

物知り顔で「あの時代の空気は~」って説教垂れる老人は、自分の感じた空気感が正しいと

独断している事がタチが悪い。偏った体験とセンスを持つ1人でしかなくなんの根拠もないのに。

 

個別の事実よりも、全体として過去がどのような感じであったかを再構築する想像力が重要でしょう。

相対主義世界で、ロックアニメといった個々のコミュニティ正当化せずに、

色んなコミュニティを見て周り、その上でニュートラルであろうとする誠実な意思が必要でしょう。

閉じたコミュニティから偏見剥き出しの批判に意味はないでしょう。

正しさは正しくあろうとした人物を、未来の人々が正しく判断するでしょう。

   

    

タグARB けいおん! 輪るピングドラム 幾原邦彦 批評評論 ポストモダン

2011-12-24

絞った情報での判断

出された情報がある特定の条件で絞られた情報をそれがすべてであるかのように語って評価するのはどうかと思う

情報を出した奴が知らないだけかもしれないし、意図的に絞っているのかもしれないが

一旦その情報ポジションを把握すべく周囲の情報をあつめて客観的な判断ってできないの?

ソーシャルメディアもある程度発展してきているし、情報を集めるの得意な奴も多いのに

いきなり評論・評価から入るなよ。まず情報あつめようとしようよ

そしたら群衆として正しい判断できると思うよ

2011-12-12

[]就活ライバルの先を行く考え方

「あの企業入社試験に、あのひとが答えたなら」から一部改変して引用



1:聞き手が「こういうことをやっているのか、面白そうだからあって話を聞いてみよう」と思わせられる要素を中に入れておく




2:小論文は全部、評論ではなく自己PRのためにやっている。学生評論家ではない。抽象的な問題には、「私にとっての○○」という枠を意識することで、オリジナルな答えを導ける。




3:学生の文章は一文一文が長くなりがちで、読み返さないとわからないことが多い。ワンセンテンスを短くしてテンポよく受け取れるように。




4:抽象的で小難しい言葉は使わない。あなた自身と周りの人みんながわかるような言葉を使う。




5:「会いたいな」という発想か、「ここが聞きたいな」と思わせる体験を入れておく(小論文内で語りきろうとしない)。そうすると、面接の時に、自分の売りとなるキラーコンテンツを引っ張り出してもらえる。




6:企業は字で人柄を見る。「手書きだからこそ出来るPR方法がたくさんある」ことを意識しておく。(手書き履歴書の問題などで、条件反射的に企業バッシングなどをしてしま思考停止気味の人は注意)




7:自己PRの三原則は「ならではの話」「だからの話」「立体的な話」。これらを意識的に盛り込むこと。9割の学生はこれすら出来てない。

(「ならでは」=自分自身が持っている話。絶対に自分しか経験していないようなこと。

 「だから」 =こんなことをやってきたから今のこれにつながっている、という話。ビフォーアフターを伝える。

        ただし、ありきたりなバイト体験などは「ならでは」を満たしてない。これだけを意識するのはNG.

 「立体的に」=具体的に見えるような話。聞き手が共感できるレベルまで話を浮かび上がらせること)




8:主張は言葉ではなくて内容でするもの。「私には忍耐力があります」と伝えたい場合言葉でそのまま書くのはバカ。

 その忍耐力を事実で示して、「あ、こいつ忍耐力あるな」と聞き手に思わせる。





9:問題を通じて、独自性自己紹介の両方を表現する。独自性を少し入れて、オリジナリティもアピールして、

  最後にまとめとして自己紹介を重ねるという形が基本。最初自己紹介をしても何も伝わらない。




10自分の強み弱みは、一歩引いた広い視点で考える。自分ひとりよがりではダメで、

  聞き手が興味をもつような内容に。





・・・なんというか、味気ないなー。

この本に載ってる「実例」はすごいものばかりなんだけれど、

達人の技を箇条書きにしてまとめるとこんなに味気がなくてつまらないものになるのか、と驚く。

可能なら、こういう箇条書きとかまとめの本を読むんじゃなくて、達人の技を直接見るのが良いと思う。

Webコンテンツ評論家、みたいなのって今いるの?

誰かオススメ知らんかね。

文学文壇から降りてポップ化しただのしないだの的な内容のちょっと前の評論を昨日たまたま読んでいて、それからずっと気になっている。

場がWebとなるとある意味ポップ化とかいレベルじゃない感じなところあるよね?

そういうの拾ってる人っているの? ニコニコ動画文化論とかになっちゃうの?

いや、アスキーアートとかWebコミックのが読みたいんだけど。

もっと絞って言うと例えば『クラクラモクラン』とか『胎界主』みたいなのの位置付けが知りたいんだけど。

っていうかアレか、形式がWebってだけでコンテンツ自体はさして新形式でもないのでーみたいな感じなのか。胎界主とかは。

内容についての言及は結構見る。面白いよね。続きが超気になる。

続きと同じくらいあの物語の位置付けが気になる。いや完結してないから今位置付けてもどうしようもないだろうけど。

文学はさあ、アレじゃん。なんか俺の知らないとこで青春文学とかミステリ小説とか恋愛小説とかの定義がいろいろ出来たり消えたりしてるんじゃん?

そういうの、ないの? 何か。誰か。

2011-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20111202161503

・人に物を尋ねるとき自分から

ご指摘はごもっともだけど。

具体的にお前のケイケンと半生とヒット歴を聞こうじゃねえの。

と、元増田かどうかもわかんない相手に聞かれてるんだから「先に名乗れ(言葉のあやね)」とねじ込んでもいいんじゃね?

本気でわかんないのは「何かを言うときには、それなりの経験が必要だ」と、前の人が考えていることなんだよ。聞きかじりの意見を言っちゃいけないってことになったら、周りの人間ほとんど無口になっちゃうよ。

野球みて「打順がどうの、作戦がどうの、監督がどうの」とビール飲みながら評論している連中つかまえて「お前はプロ野球を率いたことがあるのか?」と突っ込むくらい、珍奇な質問。

でも、口調からみて、本気で「この方向で相手を追い詰められる」と信じてるみたいだし。

で、総合的には、この増田、私と同意見なんだよね。「小説でそれなりになるためには経験が必要だ(かなり、ねじ曲げてるが、意味はそうだろ)」と言ってる。だから不毛な議論でツリー伸ばすより、パンっとケンカに持ってちゃったほうが、まだ面白い話が出来るかなあと思った。

面白い話に飢えてるんだよ。ネタくれ。ネタ

2011-11-19

サッカー

この間テレビ見てたらニュース評論みたいな番組

先日の日本北朝鮮戦での北朝鮮サポーター反日ブーイングのひどさが論じられてたの。

「こんなアンフェアな態度は同じスポーツファンとは思えませんね」

「キムによる独裁政権から人民視野が狭まってこういうモラルの低い状態になってしまうんですかね?」

「キム政権反日教育の影響の大きさが伺えます

しかし同じように反応してたら我々も同レベルに落ちてしまうので、ここは冷静に受け流さないと」

そこまで言っちゃうのか、ってくらい厳しい論調だったの。

テレビが他国に対して明確に叩きの姿勢を示すなんて珍しいような気がして、オオ、と思ったんだけど

なんか違うよな?

韓国サポーターだって似たようなことしてんじゃん?

反日教育なら朝鮮南北揃ってお家芸じゃんか。

「大震災お祝いします」だっけ?

韓国試合したらいつだってサポーターの蛮行はネットで話題になってるよ。

でもTVニュースでは見たことない。

ちゃんと報道してる?

2011-11-12

世の中にはいろんな職業があるよ

就活はうまくいかなかったみたいだけど、会社員フリーター以外にも働く方法、食べてく方法はたくさんあるよ。

アイディアがあるなら起業してみるのもいいと思うけど、大学に興味があるんだったら、折角ある貯金を使って大学に行くのもいいと思う。

大学では頑張れば授業料をチャラにしてくれたり、奨学金をタダでくれたり、そういう制度もあるから、うまくいけば使った分の貯金も取り戻せるかも。

大学を選ぶなら、研究室で選ぶといいと思う。

まず興味のある学部学科を調べて、そこにどんな教授がいてどんな研究をしてるのかを調べる。

オープンキャンパスとかオープンラボとかに行ってみると、雰囲気が分かっていいよ。先生とか学生さんにどんどん質問できるといいね

それで、人柄とか研究分野で興味を持てる教授がいる大学に行くといい。

普通大学生研究学問に興味を持ち始めるのは、だいたい研究室配属のある3年か4年になってからなんだけど、1年の時から興味を持ってまじめに勉強してれば、先生にも目にかけて貰えるし、早い段階から研究をやらせてくれるところもある。

理系なんかだと、研究に必要な設備が高価だから自分独りじゃできないようなことも、研究室設備を使ってできるから楽しいよ。

研究と言っても、試験管で薬品を調合したりするいわゆるハカセがやってるみたいなことから、調べ物とか、計算とか、ものを作ることとか、もの評論することとか、とにかくいろんな分野があるから、何かしら興味を持てるものがあるんじゃないかな。勉強好きだったら特に

研究者学会で発表しなきゃいけないから、自分意見をしっかり持たなきゃいけないだとか、論理的に考えられなきゃいけないだとか、そういうのはあるけど、人付き合いは、研究のことだけ喋ってればいいから、研究職には結構人付き合いが苦手な人は多い。

らくなみちではないけど、フリーターだってらくじゃないから、そういう道を選択肢に入れてもいいと思う。

もちろん卒業して会社に勤めてもいいし、学生ベンチャーとか初めてもいいし、NPOでもいいし、青年海外協力隊とか行ってもいいし、公務員になってもいいし、未来は可能性に満ちあふれているよ。

http://anond.hatelabo.jp/20111112043751

2011-10-14

http://anond.hatelabo.jp/20111014174025

ほんとに色々

ルポっぽいものアニメ評論風俗社会問題、何かの体験記、国語ネタ日記的な雑文

共通点も無いから単に「比較的読みやすいから」ぐらいでよく載るんでしょ

増田って半分以上が本人にしか意味からない書き付けみたいなのだから

普通にまとまった文書いてりゃ高頻度で載るさ

2011-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20110917205527

あれは文系から

理系の人ならおそろしくて評論なんてできません

2011-08-31

はてな以外のオタクコミュニティは会話が成り立たない

アンチ」呼ばわりね。

それほとんどのオタク界隈であること。

むしろ今頃気づいたのかよアホかよって言うレベル




曲がりなりにも作品批評や批判をして

まともなレスポンスが返ってくるオタク界隈って

ネットでははてなぐらいだと思う、マジで




はてなも別の意味でのバカは多いけど

一応「自分インテリ」的なひそかな自負のある人が多いので

単なる作品批評に対して人格攻撃と受け取る、みたいな反応は少ない。

でもこれはネット全体から見ると稀有なこと。




自分2chふたばアニメ漫画スレッドに参加することが多いけど

穏やかな口調での部分的な批判にすら「アンチは出て行け!」と大騒ぎする人の多いこと。

たとえば「今週の作画ちょっと荒れてたね」とか「あの設定と今週の内容は矛盾してない?」ぐらいでも

もう大噴火して怒り狂う人がいるんだよね。それなりの数。というかそれが多数派。




どう見ても作品自体を否定してるんじゃなくても

アンチ」として扱おう、排除しよう、と強情になるし、

だいたい仮にそのアニメの「アンチ」だとしてもそこまで感情的対応するのはおかしい。

彼等の特徴は実は2つあって

「批判=作品否定と読み替える」の他に

「作品否定=それを見ている自分達への人格否定と捉える」が備わっている。本気で。




しばらく見ていて彼等の気持ちを理解したんだけど

彼らが自分の視聴してるアニメスレッドの中でしたいことって

「すごいイイよね」「みんながイイって思ってるよね」という確認、

感情的紐帯の実感だけ。




から極端な話、

肯定的なレスでも、よく考えて書いたようなレスは嫌われる。

「語り乙!」とか「批評家乙!」とか言われてる。3行以上はアウト。

推奨されるのはより動物的な、「萌えーーーー!」みたいな、群れ動物の鳴き声みたいなレス





考えてレスする奴は全部ウザい、っていうのが当今のネットオタクコミュニティ正義




逆にはてなとか評論クラスタは考えすぎて頭パンパンみたいな人が多いんだけどw

ちょうどいい塩梅の場所が絶無だなw

http://anond.hatelabo.jp/20110831105604

2011-08-21

宇野常寛批評用語の名前空間リソースを浪費しすぎ

最後に、宇野は「〈いま・ここ〉だけが無限に広がるこのリトル・ピープルの時代の新しい世界においては、私たちは〈いま・ここ〉に「潜る」こと、徹底して内在的であることが逆説的に超越に接近してしまう」と語るけど、このレトリックって、大澤真幸麻原彰晃に対して指摘した、

徹底した俗物性、過剰なまでの〈内在性〉が、逆に、麻原の〈超越性〉の根拠になっているのではないか。(大澤真幸『虚構時代の果て』)

とまったく同じなのだけど、これは本人的には大丈夫なのかしら。

ttp://blog.livedoor.jp/toshihirock_n_roll/archives/51653048.html

たとえば『完全自殺マニュアル』の鶴見済氏やオウム真理教麻原彰晃は、「革命」を失った今、世界を変えるのではなく自分を変えようとしたわけですよね。ドラッグや「修行」によって。麻原は鶴見さんほど徹底できなかったヘタレから革命のでき損ないに走っちゃったわけですしかし、彼らのやったことはまさに「内在」的なアプローチだったと思う。だって世界変革を「諦めて」自分チューニングするんだから

でも、ぼくがこの本で書いた「拡張現実の時代」においては、先ほどのゲームの例が代表するようにネットワーク的なものに支援されて超越―内在といった図式自体が崩壊していて、徹底的に内在することが超越に近づくというモチーフが頻出する。「ここではない、どこか」ではなく「いま、ここ」に留まったままゲームルールを書き換えるための想像力の行使に焦点を合わせているわけ。それはそのまま「虚構の時代」(鶴見・麻原)と「拡張現実の時代」の違いでもある。ここもポイントで、「外部」を断念するというとすぐに鶴見・麻原的なものを年長世代自体は想像しちゃうけれど、それは90年代時間が止まっている思考ですね。21世紀的な現実は「徹底して内在することによる超越」が、自意識チューニングではなく現実コミュニケーションとして創作物の生成や社会変革の可能性の方向に向かっている。これがまさに「仮想現実から拡張現実へ」ということ。

ttp://synodos.livedoor.biz/archives/1813624.html

いやいやいや。。。ちょっとウノさん、何言ってるんです・・・・。「内在」っていうこれまで批評用語としては、「超越-内在」っていう二項対立の一項として使われてきた用語を、かなり強引に自分タームの「内在」(これってむしろ「組織インサイダー=内在者」っていう意味に近いと思うんだけど)に引きつけて使ってて、不要名前空間コンフリクトを起こしてる気がする。まさに、

文系評論はすぐに一般名詞専門用語化する傾向がある。しかも、その本だけでしか通用しない専門用語をすぐにつくっちゃうのだ。”壁_temp”とか、”想像力_temp”とかい名前にしてくれればわかりやすいのだが、我慢して慣れてみよう。

http://d.hatena.ne.jp/kawango/20110818

っていう奴。今まで現代思想界にはCritique.naizaiっていう広く使われてる変数なり関数なりがあったのに、そこにまた紛らわしいUno.naizaiっていう変数なり関数なりを持ってきてて、そこでCritique.naizaiをUno.naizaiと間違えてコンパイルした人に、「お前はUnoパッケージインポートしてないから俺の本が読めてない」って文句言うのはちょっと無理筋過ぎないか


まあ、用語の問題を脇に置けば宇野常寛の言いたいことも分からなくはない。現代思想社会理論がこれまで、超越(トップダウン理想主義的な社会モデル)か、内在(個々人の内面インナースペースからの改革)か、という二項対立に拘泥したきたのに対して、組織の内在者=インサイダーが、組織へのハッキング的なコミュニケーションによるアプローチをかけることによって、ゆるやかに社会を変えていきましょう、ってのが彼の言いたいことなんだろうなあ、と思う。だけどそこで、現代思想のこれまで数十年の歴史のある用語体系に土足で踏み込んで、「内在」なんていう一般名詞を無理やり自分タームで使うのは無理筋だし、これまでその用語体系を使ってきた人の名前空間を不必要に混乱させる振る舞いだと思う。せめて「内在者(インサイダー)的アプローチ」くらいの用語にしておいてくれれば分かりやすいのにねえ・・・

2011-07-31

コミケで見つける(予定の)気になるタイトルの本

半年くらいまえに、「コミケで見つけた気になるタイトルの本」ってネタがちょっと前に盛り上がったのを思い出したので、今年の夏(C80)にある面白そうなタイトルを紹介しつつ。

「おもしろそうだから買いに行こうかね」、なんておもってる奇特コミケ経験者さんのためのガイドでも書いてみようかと。

個人的なアンテナにひっかかったタイトルはこんなかんじ。

(【~~~】は、ジャンル


8月12日

ゲーム(その他)】
レトロゲーム恋愛小説
バルーンファイト」「忍者じゃじゃ丸くん」なんかをテーマに書いてるらしい。
「つぶれたゲームセンターMAP 中央線沿線編」
 
ゲーム(電源不要)】
「深い海のポニョ クトゥルフ神話TRPGリプレイ
 
なのは完売高度な情報戦オリジナルカードゲーム)」
本家の「まどか完売」がなくなってしまったのが皮肉だけれど

8月13日

同人ソフト
「持ち込みカラオケシステム じょいはっく」
同人ソフト」といいながらハードウェアな本も並ぶのがすてき
「History of BMS 1998-2011」
 
人工衛星作ります
 

8月14日

評論情報
「昨今のIBMメインフレーム
 
「はんだ合金
 
眼鏡歴史
 
「可換理論のためのtensor積」
 
日本植物たち」
4800種、11000枚の植物写真を収めたDVD
イグノーベル賞ファンブック」
受賞者にメールで取材したてりも
監視員、警備員から見た美術館の内側」
 
鳥居本」
 
「前代未聞! 割り箸レビュー本」
 
鉄道旅行メカミリタリー
「あの夢の国にも廃線はあった」
 
「農機 写真と解説」
 
コロプラ 47都道府県748地域 リアル土産完全制覇ガイド
 
旧日本軍地下要塞調査報告書」
 
工場夜景
 
廃墟と星空」
 
「パチゾイド大図鑑
 
ギャルゲー
「出来ちゃった 妹に俺の子が その場合対処法(法律的に)」
 

入手のために(コミケ初心者用おまけ)

カタログを手に入れる

いつどこでどんな本が売られているのか、すべてを把握するためには、カタログを読むことが、ほぼ唯一の手段ですカタログがなくても入場はできますが、会場内は、「目当ての本を探しながらあてもなく歩く」ことをが許されるような環境ではありません。諸注意や心構えなども書かれているので、できれば一冊購入し、目を通しておきましょう。

どこで売られているかからないひとは、コミケ公式から、取り扱い店を探すなり通販するなり。

いつ行くかを決める

同人誌ジャンルによって、3日間のうちのどの日に、会場のどのあたりで売られるかが決まっています。上のリストを見てのとおり、こういう本を探すなら、本番はたいてい3日目です。金曜土曜に行っても買えないので、気をつけましょう。

どこに行くかを決める

カタログの巻頭には、切り離し可能なサークル配置図があります通称、「宝の地図」)。サークルの場所は、「ア-20」みたいな書式の「スペースNO」で表されます。行きたいサークルは、事前にスペースNOをチェックし、配置図に書き込んでおきましょう。ついでに、「このあたりはこのジャンル」みたいな、おおざっぱな色分けをやっておくと、現地で「もう少しあちこち回りたいな」と思ったときに便利ですカタログをまるまる持って行ってもかまいませんが、重いですよ?(現地には、カタログ等の冊子専用ゴミ箱もあるにはある)

当日の装備を決める

重装備だの糧食だの水分だの寝袋だのが必要だ、みたいな話を聞いたことがあるかもしれませんが、それは早朝から並ぶ必要があるモノをどうしても手に入れたいひとだけの話です。ここのリストにあるような本は、そんな慌てなくても、たいていは売り切れません。きっと。

ゆっくり行くぶんには、常識的なお出かけと同じていどの荷物で問題ありません。自動販売機がすぐに全滅するので、飲料くらいはあったほうがいいかもしれません。コンビニもあるので、そうそう困ったことにはならないと思いますが。それと、宝の地図だけは忘れずに。

会場へ向かう

改めて書きますが、このリストにあるような本は、そうそう売り切れたりしません。12時くらいにビッグサイトにたどり着くようにすれば、スムーズに入場して、ゆっくり探し物ができると思います

もっとも、そもそもの発行部数が極端に少なかったりもするので、売り切れるときはさくっと売り切れてしまますが。そのときは素直に諦めてください。

また、サークルによっては、好きな時間に来場し、好きな時間に帰っていってしまうこともありますタイミングが合わず出会えなかったときも素直に諦めてください。次回にその経験を生かしましょう。

本を入手する

サークルNOと配置図を手がかりに、目当てのサークルまで行きましょう。これが、地味に難易度が高かったりしますが。「ここのサークルNOは○○ですよ」みたいな掲示をしてくれているサークルもありますが、そうじゃないところが多数なので、ぶっちゃけ迷います。ところどころに貼られているサークルNOの文字と宝の地図を見比べながら、人の波に耐えてがんばってください。

無事に着けたら、「これください」でも「新刊一部」でも「既刊新刊ぜんぶ一部ずつ」でも、お好きなように。おつかれさまでした、これで目的ひとつは達成されました。次の目的地に向けて、また人の波に突入してください。

帰る

帰るまでがコミケです。気を抜かないように。りんかい線ゆりかもめダダ混みなので、体調には気をつけてください。個人的には水上バスゆっくり座れる可能性が高くてオススメ日の出桟橋から浜松町までの徒歩がダルいですが。

2011-07-27

Twitter充こわい #change2011

Twitterだねえ。

著名人が動いているのを見たり面白い事言ってるのを見るのもよい。

友達が元気そうにしててなんだか楽しい



それくらいの、暇つぶし10割でしか使ってないのだけれど、それは活用できていないらしい。

有意義?な使い方っていうのがもっとある

評論であるとか、人生観であるとか、論をぶって。

RTしたりされたり、そうして己を磨いていく。のかな。



#change2011とかいタグ友達が使ってて、急に欧米政府がとか言い出したぞなんだと思ったら、皆はもっとすごいや。


どうやらこれはイベントなのね、皆足並みそろえて燃えたぎっている。どーりで大学生が多いと思った。



そしてなんだかむずがゆい

要するになんかアホらしい。



成長過程といえばそうなんだが、偉そうにまとまりの無い事を無勉強で呟くのはどうかと思うよ。

アウトプット大事だけれど、それっぽい言い方をする事が練習になるわけではなくて、一応の論理筋道を立ててモノを言うのがアウトプットの練習になるんだと思うよ。



世界を変える、そのための努力もする」って、世界を変える事は目的で有り得ないだろが。

ある事をやりたいから、そのために動く結果として世界が変わるだけで。世界を変える事を第一に打ち出すってのは違和感


メッセージ性のある人間が注目、尊敬されんのは仕方ない。

自分はその人間のどこにひかれてるのか少し考えてみてくれよ。

その人をモデルとして生きていくのは悪い事じゃないが、その人の勉強量を見たら偉そうなことを言うのを恥じろよ。

知識人のまねごとをするなら勉強しろ。新書ビジネス本コーナーの人口と、Twitter知識人人口の開きは一体。

って大学生だし仕方ないか



・・・



から復唱しかしないのになんで偉そうなんだよ!

理解して無いだろお前らって言われてるじゃねえか!


「感動しました、すぐ行動に移します」って!何をだよ!勉強をか!考えてからしろよ洗脳されるぞそれ!

行動力は大事だけど、自分で考えた事を行動に移すんだよ!言われた通りじゃ何も変わってねえだろ!





、と。

世界と較べて日本大学生は、という論調が多いことから目指すもの世界で通用するリーダーなんだろうけど、大半は日本就活に飲み込まれ日本企業活躍して埋没していくのかしら。


結論はプログラミングを学べなのかな?そんなことも聞いたこと無かったのかいweb進化論やら何やら何やらでさんざん言われてる事だろうに。




まあでも、少しでも本当に糧としてくれる人がいればいい、のかね。

もしくは、話を聞いて少しでも全体の意識が高くなってくれれば、それでいい、のかな。

それだったら少し意識が高くなっただけの皆さんは、衆愚として馬鹿にされてるけど大丈夫

2011-07-26

中国のパチもん新幹線事故なんだが、実は、もっとたくさん死んでいるという話が出ている。大紀元の記事なんだが、

脱線・落下した6つの車両は満員時には600人乗れる。新華社数字に基づいて計算すると、600-211(負傷者数)-35(死亡者数)=354人。

http://www.epochtimes.jp/jp/2011/07/html/d31775.html

この354人はどこに消えたのか?なぜ慌てて埋めたのか?」

そもそも、「なんで35人死亡なのか?」という理由なんだが、どんな事件事故でも、35人を超えて死ぬと、その地区共産党委員会の書記が更迭されるという規則があり、なので、どんな事故災害でも必ず、死者は35人だそうでw

事故後、「35人は訳あり数字だ」と書き込むユーザーがいた。「今回の高速鉄道は35人死亡。河南省平頂山の炭鉱事故も35人死亡。重慶市の暴雨による死者も35人。雲南省の暴雨被害も死者35人。『35』のカラクリを教えよう。実は、死者36人以上の事故が起きた場合、市の共産党委員会の書記が更迭されることになっている。そのため、事故が起きた当初から死亡人数は35人以下と決まっていた」

中国だけに、ありそうな話ですw で、政府は必死に事態の沈静化を図っているようだが、

▼死傷者数は権威部門の発表に基づく▼報道頻度を控える▼市民献血タクシー運転手が搬送を支援するなどといった感動的な出来事に焦点を合わせる▼事故原因を掘り下げない、権威部門の発表に準ずる▼反省評論を避ける、というものだという。一連の中宣部の報道規制は、民間メディア政府の責任を問う声を封じ込める狙いがあるとみられる。

マスコミに余計な事は報道しないで、騒ぎを大きくするなと指令しているようだが、まぁ、今じゃ中国にもネットがあるので抑えようがないですねw

2011-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20110710135659

評論はしても「じゃあどうすればいいのか」という処方箋は出してこなかったように見える。

p_shirokuma さんと、一番苦しんだオタク世代

最近p_shirokumaさんという人のダイアリエントリを何度か読んだ。

率直に言ってあの人は心を病んでいると思う。

別に特徴的・突飛な病み方ではないけども。




彼のエントリを読んだことがある人なら皆知っているだろうけど

彼の書く文は何の話でも何の評論でもほぼ必ずオタク叩きに繋がる。

主にオタク社会性欠如についてだけど、それをなにか分析している風にDisる。




「よくわかんないけどオタクキモい」のような

世のあっさりしたDisとは一線を画す粘度と執着力・持続性があって、

本人の中の簡単ではない鬱屈や執念が見て取れる。




病み方として珍しくないというのは

あの所作はオタクには割りとよくある(あった)ものからで、

私よりひと世代上のオタクがああいう「オタクとしての自意識」に大変に苛まれた世代だった。

何度も見てきたからあの感じはすぐにピンと来るし、その人の世代までわかる。

きっとp_shirokumaさんもあの世代(現在30代中~後半ぐらい)だと思う。




TVエヴァンゲリオン発狂していたあの世代。

もうすぐ30になる私の世代はあの発狂にはついていけず、発狂の理由もついに肌での理解はできなかった。

オタクであることが単純な趣味や楽しみでは終わらず、

常に自意識の問題として苛まれ、勤のせいで迫害も激しかった世代。




あの世代の人達が「オタク同士で社会性を張り合う」という不毛どんぐりの背比べをするのを私は何度も見た。

「俺はあいつよりはましな服」。「ちょっと〇〇と一緒に居るのは恥ずかしい」。「このアニメを消費する人間性とは」。

どっちもオタク服とオタクオーラで同じアニメ見てるのに。

仲良くすればいいのに。




p_shirokumaさんはあの世代の帰結の型のひとつとしての

オタクをやめることが出来なかったけど

 オタク自分を肯定することも出来ないままオジサンになった」

パターンなのではないだろうか。




大多数のあの世代のオタク

ある程度の年齢になると自意識葛藤から開放され

「まあオタクですし」と肩の力を抜くのと違い、

真面目な性格ゆえに病状が重いパターン




オタク嘲笑の恐怖に晒されてた学生時代の心の張り詰めを今も保ち、

オタクのみっともなさ」や「『オタクださ!』とバカにされること」を強烈に意識して恐れ続けながら、

それでもオタクをやめたり離れたり出来ない人が

どう生きていくかと考えたとき




オタクを脇かつ上から分析するという体

・「みっともないオタクの話」を誰よりも早く自分自身でやる

精神科医の名乗り




というのはほとんど逆算的に導き出されるといっていい必然スタイルではないか

オタクの話ばっかりするけど自分自身はああいうのとちょっと違うんです」という説明と釈明と予防。

あの世代に大量にいた、「俺はもうオタクじゃないけどオタクって奴らはさあ…」という話ばかりする人、

それを10年続けた最終形態なのではないか




我々やそれ以下の世代は

現在30中盤OVERあの世代の苦しみがもうわからない。

また、更に上の世代になるとやっぱりそういう自意識とはちょっと違うらしい(オカダトシオなどを信じれば)。

そうするとあの世代は、変わっていく世代と世代に挟まれ、同世代では同士討ちを繰り返す、一番苦しんだ世代なのではないだろうか。




私は中高生時代にゲームセンターあの世代と知り合い、交流した。

変な長髪を縛ってる人がよくいたのもあの世代までだった気がする。

いろんな癖はあるけど楽しい先輩達だったことを思い出す。

2011-07-02

偶然見つけた面白いサイト

ぐぐるで「DGSE,SDECE」とかいキーワードでぐぐってたら見つけた。

http://f59.aaa.livedoor.jp/~intelljp/index.htm

その筋では有名なのかな?

2005年あたりから放置されてるのが残念。

読んでて面白かった。

ソース独立軍事評論とか独立新聞とかロシアの記事から取ってるのが多いのかな。

2011-06-08

ゆとり」という言葉を使うことに抵抗のない人はアタマが悪いと思う

ええ言葉狩りですがなにか?

とにかくこの言葉自分の中ではマジックテープの財布を使う人より人生において安直で恥ずかしい人だと思ってる。というわけで私の前では使わないで欲しいですよ。



議論能力がない

ゆとり世代なんて言葉を使う人は、全てにおいて「ゆとり」な人間はいないってことをまず理解してほしいな。

人格すべてがゆとりとか、まして世代そのものがゆとりなんて乱暴な議論、いや議論と呼ぶにも値しないただの印象論で満足出来ちゃうひとって何考えてるのかちょっとわかりませんね。



視野が狭すぎる

この言葉、使ってる人からしたら

既存常識で「この歳になったら出来て当たり前」ってことができてないことを差して言ってるんだと思うんだけれどもそれ視野が狭すぎない?

というよりも、まったく自分の目でモノを見てないよね。 世間の目と自分の目が違うって認識してるのかな?

そうやって、既存のものさしでものごとを測って、新しいことに目が向かないってそんなに自慢できることなのかな。

自分が把握できる問題にしか気が利かない=予測が利かない状態で、果たして上の年代として責任を果たしてるって言えるのかな。


レッテルの罠にはまって思考停止している

こういう人には、できれば、

人そのものや世代そのものをゆとり扱いして自分の目を曇らせるよりも、目の前の人間、目の前の問題について、きめ細かに見る姿勢を持ってほしいなぁ。

予め「この世代の奴はゆとり世代だ」と思い、その思い込みを裏付けする点ばかりを目ざとく見つけ、そしてレッテル強化のお仕事を完了する。

そういうのは、「気がきく=予測ができる=仕事がデキル」というのとはちがうとおもうのですよ。ただ思考してないだけだと思うの。



責任意識が皆無 (ホントに仕事できるんですかね?)

あとね、ゆとりを責めることができるのは、<言及している問題について>実際に行動した人だけだと思うの。

ゆとり問題を口に出すひとって、自分ゆとり世代人間を一方的に攻撃し、弾劾する立場にあると油断して、自分の問題意識を無防備にさらけ出すひとが多いのね。

人間自分責任を負わなくていいことにはどこまでも積極的になれるし、どんな綺麗事も言えるのだなぁ、、といつも感心します。就活コンサルタントとか代表例ね。

でもさ、そこまで問題がわかってるなら、どうしてこの人達はそれに対してなにもしないのかな。

何が問題かわかっててそれでも行動しない若者ゆとりと読んでる人たちが、全く同じことをしていてもゆとりにならないんだ。へー。

あのね、その問題が本当に存在して、それでも誰もその問題について行動してないなら、みんな「その問題については」ゆとりだと思うわけね。

これは若者責任だ、大人には一切の責任はない、なんて明確に切り分けられる問題なんてないと思うんだ。 それがわかってるのかなぁ。わかってないんだろうなぁ。



下の世代に対してルサンチ入ってる

そもそもゆとりってなんだろう。余裕があるってことだよね。それって悪いことなのかな。

なぜゆとり=悪いことみたいに考えてるのかな。そういう大人の人って結構精神やんでると思うの。

仕事始めたら忙しくて、いろんなことを試したり、考えたりする余裕が無いのかもしれない。

そりゃ学生たちが羨ましくて、ついすっぱいブドウとかの状態になるかもしれないのだけれども、

からって、今を楽しんでる若い人相手に、平気で水を刺しにくるその態度って最高に気が利かない=KYですよね。

映画を見にいって、みんなが楽しんでるところに、うんちくやら評論をかまして否定的な意見をぶつけてくる人って10人いれば一人くらいいるけど

あなた自分がその10分の1だって自覚がないのかなぁ。あってやってるなら最低だなぁ。



色々書いてきたけど、「ゆとり世代」って言葉を聞いて

それを不思議に思わず、むしろ同調し、それに載っかかった意見を述べるひとってさ。

基本的に、あんまり頭よくないよね。それでいて、行動もしないよね。

頭のいい人は、この言葉使わないで、自分言葉で話すよね。

なにより、ゆとりという言葉に繋がって出てくる問題を自覚したら放っておかないよね。

頭も使わない。行動もしない。そうやって問題を放置たままで、責任だけは自分より若い人に押し付ける。

ああ、なんだこれ?ばかじゃないの?ばっかじゃないの?




http://d.hatena.ne.jp/takamoto8/20110607/1307425591

注意や教えないのもいけないし、気にもしない方もいけない。

うんうん。だから注意したんだよね。ブログに書くんじゃなくて。


やっぱりそういうのはうるさいと思われても、教えてあげないといけないんだな。。

なんていうことを考えていた。

うんうん。その気持を持って教えてあげたんだよね。ブログに書くんじゃなくて。



やっぱり新人研修は大事だ。

Oh・・・



要するに「~することが必要だが俺はやるつもりはない(キリッ」ってことですね。ゆとり社会人乙(爆。

2011-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20110520104231

元増田です

自分がかなりお寒い人間だったと気づいたので

自分自分に突っ込む形式で自己批判して終わっておきます



ようするにやらおん池田信夫みたいなやつって話でしょ。

テレビ馬鹿経済評論家ばっか取り上げて、まっとうな経済学者が評価されてないみたいな話。

そんで池田信夫みたいなのが評価されてるのは危険からまともな経済学者もっとがんばれって言ってるんだよね。

あるいはまともな右翼がいないかきっことかネット右翼がめだつの危険だとか。

まともな会社イメージ報道されないし、まともな経営者報道されないでホリエモンみたいな奴が目立つの危険だとか。

まともなジャーナリストが評価されないで上杉隆みたいなのが幅を効かせてるのはダメだとか。

そもそもマスコミを非難するためにネットバンザイとか言ってる奴が何も考えずにデマ拡散しまくってることとか。



したらそういう構図いくらでもあるよね。そんなこといちいち指摘されなくても皆わかってるよ。

まともな政治家が居ないからうんぬん。まともな親が居ないからうんぬん。まともなアニメがないからうんぬん。

でも私がそういうのを気にするのってどこかにまともな評論とかきれいなマスコミがあるって思ってる証拠だよね。

そんなのはどこにもない。みんなの反応を見る限り、そういうのは期待すること自体間違ってる。

あと、まともな何かを求めてる割に、評論のこともしらなければアニメのことも不勉強。なにがやりたいのか。

やらおんだけ見て、やらおんを見てるようなやつは駄目って言うのは、ワイドショーを見て日本終わってるっていうのと変わらない。

例えば朝起きて、コレ読んでみたけど

http://tundaowata.info/?p=11914

こういう事やってる人いるけどお前もやるかと言われたら私には無理だなと思った。

何もやる気がないのに、何かやる気があると見せかけたいニートみたいなのが私。

むしろ、やる気はあるけど、学問面白くないのが悪いみたいな言い訳をしてる。情けない。




ということで結論はやっぱり 「あたしって、ほんと馬鹿」でした。根拠もなく変な理想を信じるって良くないね

2011-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20110520134153

うんだからあなたみたいな無名な人の反応ならそれでもいいですあなたには期待してない。

仮にも評論世界の豊穣さを論ずる人が、よりにもよって個人攻撃だけかよってところが問題なのね。

そんなに評論が素晴らしい物なら、この記事を徹底的にたたきつぶして欲しいといってるわけ。

要するに、あの人に期待してたら、見向きもされずにふられたので嫉妬の炎が燃えたってことです。OK?

2011-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20110519081236

ゼロ年代」とかの問題は、本当は各人が別の事話してるのに、なんとなく同じことを話してるかのように話が進んじゃう事だよな。

そういう前提条件の違いは、本田何某とか東何某とかが、不特定多数自意識を満たすために垂れ流す分にはいいんだが、評論を戦わせる場になると致命的。

結局「定義」の話になって、各人が自分に都合のいい定義をしてることが発覚して、「これだから○○は・・・」みたいな属性攻撃に移っていくのが、日常光景

2011-05-18

ゼロ年代批判をやってる人たちは90年代の亡霊なんじゃないか

90年代に「ぼくのかんがえたじせだいのあるべきすがた」が挫折して臆病になった人たちが日常ものに依存し、今度は00年代の人たちが考えたいろいろなものを否定する。「ぼくのかんがえたありかたですらだめだったのに、自分たちより若いヤツが考えたものが正解だなんて認めないぞ」と下の人間に嫌がらせを続ける。しらんけど80年代にもそういうのがあったかもしれん。悲しい連鎖よのう。




そんなことを思ったのがこの記事でのやりとり。

http://togetter.com/li/137071

まおゆう批判の話。批判の内容は結構納得行く話だった。実際突込みどころは沢山あるからね。

でも、そうやってやれ特権少数の支配肯定だとかエリート様だけ実存回復はずるいとか言ってる人が

自分の解決策として挙げたのがコレか。

インキュベータ搾取されないためには、向上心なんてものは一旦よけて、まず、ありのまま自分を肯定することから始めるべきだと思うのです

すごい違和感。いや、ガッカリ感。同時にとても納得。

この人の主張は結局「ゼロ年代的なるもの」が嫌い、ってそれだけだったわけだ。

ああこの人90年代オタクなんだなと思い、実際にブログを確認したドンピシャだった。




その思想はさ、精神的に搾取されないことだけを考えていればよい物理面が最低限満たされている人間の話だよね。精神守るために物理面での搾取はある程度受け入れる余裕があるってのが前提じゃない?それこそ90年代の悩みという気がする。00年代そのものに否定的なのは、単純に90年代の夢が忘れられないって事じゃないの?

この人の立ち位置はすごく気に食わない。 インキュベーターと直に向き合いながら頑張ってる人をインキュベーターの手先であるとして批判している一方で、インキュベーターそのものとは敵対しようとしない(というかちゃんと見えてない、理解できてない、突っ込んでも無駄と諦めている)ような卑怯さを感じる。「ゆとりがあるからこその潔癖さ」「他人に都合の悪いところを押し付けての正論」にすぎないのでは。自分テクノクラートだったらどうするか、を示していただきたい。あいや、そういうのから降りた人たちが90年代オタクしたっけね。失礼失礼

こういう卑怯な人な立ち位置にいないと安心出来ない人のために、まどマギ世界の主人公が少女じゃないといけなかったんだなとわかる。インキュベーター対峙するもの、特別な力を持つものが、オタク以下の存在じゃないと納得できない人達がいるんだ。自分より上の存在が肯定され、生き残るのが怖いんだ。そういやまおゆう批判してたkagamiまどマギ全肯定しててびっくりした。お前はまマギにすくってもらう資格ねーだろが、と突っ込みたい。私はamamakoのことが嫌いだが、それでもまおゆうまどマギ双方を否定した彼の一貫性は評価したい。

別に爺さんのように「戦時中の苦しさをしらないやつらが贅沢言うな」とまで言う気はない。昔の物理面が絶対だって考え方ね。「誰が養ってやってると思ってる」の傲慢さは私も死ぬほど嫌い。けれども、さっきの解決策はちょっと00年代の若い人の苦しさに対してあまりに鈍感すぎるのではないか。のんびり過ぎるのではないか。私も90年代のにんげんだから正確には理解できてないけども、彼らの不安や苦悩を軽視して今までの日常を維持しようじゃないかハーレム最高だよ、幻想に閉じこもり続けようよってなんだそれ。空気読めないオッサンにも程がある。もうオッサン時代遅れからブヒ系のアニメ以外についてくちだすなよと言いたい気分。

もちろんゼロ年代の発想が90年代より優れているとは言わないよ。個人的にはゼロ年代の発想ってやっぱり問題が大きい、より病的で余裕がなくて、貧しいカンジがするのであんまり好きじゃない。でも、それに対してただ「近頃の若いもんは」と言い続け「90年代にもどってこい」というメッセージしか出せないのでは、ただの老害であると私は思う。(さっき年寄りたちの話しを持ち出したのは、老害にはさらなる老害を持って、老害の何たるかを理解していただきたいという趣旨)。少なくともゼロ年代人間が「貴族的な人間」「特権階級とか特殊な力を持った人間」を中心としたファンタジーを求めなければいけなかったのかって考えもしなかったなら、オタクとしてダメダメでしょう。良し悪しだけで考え、「なぜ」をすっとばすような人間が、オタク評論をする資格などないと私は思うね。




ただし、このあとで同じ人が

個人の尊厳努力大津波から身を守ってくれるわけじゃないっすからねえ

って言ってるアタリが、もしかしてこれからのオタとオッサンオタクとの理解の架け橋になりそうな気はする。 本当に地震って、すでに変わりつつ合った認識の変化を後押しする大きな事件になるような気がする。もう90年代は終わったんだよ。00年代決断主義も違うってことになったよ。90年代回帰論も、00年代エリート正当化もやめて次考えようよって話になるんじゃないのかな。

最後になりますが。お気づきになった方もいらっしゃるかと思いますが、わたくし、まおゆう読んでおりません。読まずにここまで偉そうなことを書いたことを深くお詫びいたします。



単に90年代回帰しておしまいなんてケチなことは言いませんよ。私の考えるスタート地点は1789年1945年ですから

自分で少しずつやってるのは、90年代までとゼロ年代の"無視されたこっち側"の整理。老害仕事

それは失礼。こっち側とやらがどこにあるのか存じませんが、ずいぶん壮大なお考えがあるようですね。はやく体系だった形としてまとまるよう応援しております

そうでないと無視されたというかあなたが求めてる物がまずどこにあるのかわからんので

せっかくの崇高な思想も、今回のように表面部分だけを見て個別の叩きというか、コレジャナイ病の人と同じだと判断してしまいそうです。それは勿体無い。

ところでそれって、エロゲや今のアニメに求めるよりは、もっと昔のアニメ手塚治虫や一部の少女漫画に求めたほうが早いものだと思いますよ。


あずま ひろき風を感ずる

全然意識してないけど多分それあなた勘違いだと思う。全部が東風に見えるとか、モルダーあなた東さんに恋してるのよ。。

話変わるけどあんまり東先生バカにすんなよ。別に信者じゃないけどとりあえずベースとなってる物くらい読んでから批判しろよ、とはいつも思ってる。

信者が本買って無批判にマンセーする一方で、批判する側が著書の一冊も読まないとか、この今のねじ構造はどないなっとんねん。

本の一冊読む程度の興味もないなら、放っておけばいいのに。どんだけ暇なの。


この視点で90年代00年代が整理されるようには見えないなぁ

誰も整理なんかしようとか思ってねーし。なんでそこ基準で評価されなきゃいけねーんだよ。別の店行け。シロクマさんにでも頼め。

整理しようと思ったらそれこそ90年代をまた数個に分割しなきゃいけねーじゃん。誰がやるかそんなめんどいこと。

どんだけ整理されてあとは召し上がるだけのメニューを期待してんだよ。そう言う学術的のが欲しかったらプロ仕事にもっとちゃんと金払え。


「〜年代」っていう、10単位で区切ってその間の大多数のムーブメントを指す言葉を「私も90年代のにんげんだから」とか使うところからして既に間違っているよねw

言葉の使い方は大事だよね。確かに私が間違いですすみません。できればタイポ的な問題以外も指摘してくれると嬉しいけど。

上のと合わせて、この言葉を使うと、どういう内容を想像されるか始めて知った。童貞とかオタクとかと同じくらいイロイロな意味がくっついてるのな。

これは単に私の無知。普段はこういう言葉を使って会話してないんで知らんかったわ。




おまけ。ゼロ年代には元気だったけど次の世代に対して老害として振舞う可能性が高い人達一覧はここね。

http://togetter.com/li/137022

自分の手持ちのものさしでしか人を測れなくなったら(評論する相手の中に新しいものを発見しようとする気概を失ったら)それはもう寿命だろ。

しいものは何一つ生み出せないって自分で宣言してるようなものだもの。

2011-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20110510132508

元ページ読んだが、別にしょぼいとも俺すごいとも言ってないね

演出の話もしてくれって言ってるだけ。

そして、「まどマギ」に関しては、古典的な作品であるとも言ってるが、これにも同意する。

ループも、魔女の話も、目新しさはない。

あれが目新しく見えてしまうのは、「演出」や「ギャップ」じゃないの?ってのは、ストーリーや思想を評論する人間こそが言わないといけない。

(以下、私見)

それをこぞって「素晴らしい」ってなってるから市場ただ乗りするだけの低俗って思われても仕方がない。

かれらこそ、ゼロ年代だの、エヴェ世代だの言わずに、ただ普通に普通古典物語じゃん」と言わなければならない。

その上で、なぜ流行たか、なぜ評価されたかを、解釈に任せた空気であるゼロ年代」とか使わずに論評してこその批評家だろ。

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