はてなキーワード: 袈裟とは
愚痴なので読む必要ないです。
http://smoothfoxxx.livedoor.biz/archives/51989078.html
この記事は、男向けに書いていると見せかけて女向けに書いている。
女をバカにしているように見せかけて男をバカにしている。
「こんなん無理だ、クソゲーかよ!」と怒ると「何SPA!の記事にまじになっちゃってるの」と記事の書き手に笑い返されることだろう。
http://www.sugoren.com/report/entry_1746.php
この記事は、女向けに書いていると見せかけて男に向けて書いている。
男をバカにしているようにみせて女をバカにした記事。
「要するに」明確な意図を持たず細かくは間違いだらけなことを具体性もなく伝聞で語り、事実を元に間違いを指摘されたり否定されると「イラッとした」で全て済ますバカ扱い。
つられて女を馬鹿にすると後ろに控えていた用心棒のフェミ局にバッサリ袈裟斬りにされる仕様。
意図が見え見えなんだけれど、結局私はどっちを観てもイラっとしてしまった。
とにかく「対象を特定していない一般論」のくせに「項目が多い」という時点でもうイライラする。
また、今時、男、女とバッサリ分けて語るという時点で読む価値ゼロなのがわかっていて読む。そのことについてまたイラつく。
イラつくとわかっていて読んでるというか、イラつきたくて読んでるのに、イラつくとやっぱりイラつく。イラ多すぎ。何行ってんのかわからん。
っていうかこれ「会話の温度が違う」「男はその女に価値があると思ったらとことん傅け」の2つで全部表現できることじゃん。
ばかじゃないの?
女が大事だと思って話してる時に冷めた態度取ったらキレるよね、とか女が軽く振った話にgdgdと食い付くなって話でしょ。
要するにうちの親父みたいな奴はうざいですよって話よね。
どーでもいい、心底どうでもいい。
というか本当は記事の話なんてどうでもよかったんだ。
何がむかつくって、こういうどうでもいい記事を書いて給料もらってる奴がいるのに、俺は無職だということだ。
これでは、いつまで経っても平行線なままのはずだ・・・・・・・・
弁護士被害者の人の中には、給費制反対を主張したり煽る人もいますが、私は給費制維持の方が良いのではないかと思います。
パレードも良いけど、弁護士の人たちは、自分がしてないからと言って放って置くのではなく、弁護士憎けりゃ袈裟まで憎い(造語)状態に陥ったような人たちの心のケアを考えたり
人権を守る仕事を快く引き受けたり、懲戒処分されたらお金を返す事を取り決めたり、親が弁護士でお金が余ってる人は、給費制の対象にしないなどの制限も考えたりした方が国民の支持や賛同を得やすいのではないかと思います。
給費制を無くすと、今でも困窮してる声がネット上でも読めるのに、益々困窮する人が出てくるのではないかと思います。
お金がある人しか目指さないようになったら、益々良くない事になるとのではないかと思います。
入ってたのは、これ
1 ■ありがとうございます!
情勢は厳しいとは思いますが、先生のお力をお貸しできたらと思います。
よろしくお願いいたします。
事実は小説より奇なりというが、この言葉は小説の方が奇で当たり前なのに、現実が奇な場合がある時に、使われる言葉だと思う。小説の方が奇とは誰が決めたんだろう?そんな決め付け、現実を売り込みやすく調理しているメディアの方々の思い込みではなかろうか?
決め付けが世の中に横行しているのは、そういうマスゴミの姿勢にも責任の一端はあるのではないだろうか?
マスゴミ側からしたら、逆だ、多くの人に受ける為にやっているだけだ!というのかもしれないが。
内容は悪くないとしても、本のタイトルでも○○○○マンに明日はない、とか○○○○の危険性を指摘するのはいいけど、それは言い過ぎなんじゃないか?と思うようなのをよく付けたがるようだ。(○○にしたのは、そんなような意図で付けられたタイトルだったがはっきりした言葉はうろ覚えだったから)
地震が起きてから2~3ヶ月の比較的早い時期だったかに、元アナウンサーの女の人が、親切な情報とそうでない情報とについて、書いていた。
自分も関わってきてわからないでもないが、というニュアンスもあったような気もするが、ついつい煽ってしまうマスコミの体質と、自分が親切だと思った情報というのは、自分が身内や身近な人に伝えたいと思う情報だ、というような事だった。煽りに煽ればどこまでも煽れるようなショッキングな内容ばかりバレて、不祥事に次ぐ不祥事で、どうしようも無い出来事ばかり続いて、みんな不安なのに、不安に乗じたかのような情報や特集が組まれたり、いや伝えないといけない事だという意見もあるだろうし、中には伝えないといけない情報やそう思って伝えたものもあったのかもしれないけど、何だか入り乱れていて、悲惨な被災地の様子をずっと流していたのを見た被災地の人が、ああいうのより安否確認情報をやってほしいとネットで書いていたりもしたのも見た。
さらに最近ではマスコミではなく不安に付け込む商魂逞しい人も居たりするのか、今日新しくツイッタで私をフォローしてた人のプロフを見たら、HPが載せてあり、水素が体に良いとか水素水がどうたらと・・・、というのと放射能にも効く!とか載せてて、いくら疑似科学っぽくても、見ただけで似非だ!ニセだ!と叩くのもどうかと思ったので、何も言わなかったが、複雑な気持ちになった。
ソースの提示を求めたり、どういう作用でそうなるのかどこかで証明されてるのか、学会に論文は提出されてるのかなどの質問はしても良いのかもしれない。
ちょうど疑似科学の事に触れてしまったが、疑似科学似非科学というものについても、それらを一つ一つ精査して、どこがどういうふうにおかしいのか、科学的でないのか、言及していくのは結構骨が折れる作業だと思う。
科学的でない証明を科学はやる必要はないから、何と言って良いのか、正確にはわからないけど
普通は、棲み分けできていて、害が無いものであれば、いわしの頭も何とやらみたいに、わざわざ権威や本物の科学者が出張ってくる必要も無いのだが、たまに物凄い事が起きていて、何でそんな事になったのか全く理解できないけど、詐欺師的な人に教育機関が引っ掛けられて、冗談のようなビデオが学校で流されていたりする現象もあったりして、さすがに専門家が批判をしていたが、それも色々物議を醸し出していたようだった。
その事は疑似科学という捉え方で良いと自分は思うが、その事だけじゃなくて色んな疑似科学に対して、疑似科学を叩く人たちについての疑問を述べる人や、専門家の中でも頭ごなしに叩くのは如何なものか、という意見もあった。
この辺もパラドックスで、科学的というならきちんと説明すべきだが、そもそも科学は科学的でないものを、科学的でないと証明しなくてはいけない義理は無いのだw 義理と言うか義務と言うか。 そうなんだけど、一般の人の事を本当に思って科学的な考え方を浸透させたいと思っている知に対する深い愛情を持つ人ならそうするかもしれないけど、それは別にしなくても良いことなので、特に権威主義的な人たちは、わざわざしないだろうなと思う。権威を愛する人たちはしないだろうと言った方がいいのかなw
科学に、非科学的なものを科学だと言う疑似科学を、科学的に非科学だと証明しなくてはいけない義務は無いが、ネットでよくある疑似科学を取り上げている時の取り上げ方が、科学的ではないものもあると思う。これらの人たちが口にするのが、「科学には疑似科学を科学的に擬似だと証明しなくてはいけない義務は無い」なんだと思う。しかし、それを見た人への影響を考えると、なぜ科学ではないのかをわかるように説明した方が、良いのではないだろうか?と思わない事も無いが、まあ表現は自由なので何とも言えないとも思う。
疑似科学一つとっても、ここまで入り乱れている。
疑似科学じゃなく、弁護士でも精神病院でも、何でも圧倒的な力の差ができてしまう状態で人と人とが接すると、色々と問題が起こるようで、それについて、また言及する事を仕事にしている人たちが、出張ってきたりして、ますます儲けて自分は大学教授になったりしているという例もあるが、こういう事についても、一面的な捉え方や批判や非難だけでは、どうしようも無い問題もたくさんあると思う。
ジャーナリストたちは、如何にして批判をうまく書く事ができるのか?という事に心を砕くのか、昔から一面的な捉え方が好きなようで、善悪の図式を作ってしまう。
という言葉もあるように、善意だからと言って、必ずしも良い結果が出るとは限らないし、何か問題があるのは悪意があるからとも限らない。
だから、余計怖いと思う。
でも、昔からわかりやすいと思うからなのか、その方が売れると思うからなのか、水戸黄門の悪代官やないんやから~!!と言いたくなるようなキャラ設定がお好きなようで、イメージ戦略にも余念がない。
うつ病の薬と言うと、依存性があって嵌らせられる。医者や製薬会社は薬売りの悪代官!!! すごい人になると、うつ病の薬と自殺率の増加を結びつけてネットニュースの記事にしていて、データの読み方について、はてぶで突っ込まれていた。それを見たのは他のネットニュースの記者の人のツイッタだった。。。 その人に連絡したり相談する気も無くなった。。。
うつ病の薬については、本当に依存性はあると思うし、のまずに済んだらなるべくのまない方がいいと思うけど、正確な医学的知識を持つ医者が処方して、本人の状態をみて用法用量を守って出している場合もあるので、一概には言えない難しい問題だと思う。
自分としては、なるべくのみたくないので、今回の事で精神的にまいって神経内科に行った時も、漢方薬のうつ病の薬と同じ働きをするものを、処方してもらったりしていたが。。。
うつ病の薬については、依存性や危険性もあるが、統合失調症の陽性症状には、薬はかなり効果的だし、服用は必要なような事が、統合失調症の陽性症状について語っている掲示板からも、読み取れるし、統合失調症については薬を受け入れて病気の認識を持ってくれるかどうかが重要なようなので、薬は必要だと思った。
それで、ずっと前に、精神病院や精神科医を批判している人のブログをやっている人に、メールでやり取りしかけた時に、その事も併せてブログに載せた方が良いのではないか?サイトの性質上不安定な人も見るだろうから、薬=危ない!と刷り込まれてしまったら良くない場合もあるのではないか?と送ったら
返事が来なくなった。。。
ということもありました。。。。。
これだって、事実は小説より奇なりな事も、多々あり、入り乱れた世界が構築されていると思う。
弁護士に関しても、私がツイッタで、「弁護士憎けりゃ袈裟まで憎い」という造語で揶揄したような状態に陥っている人もいると思う。
でも、これも、どういう立場の人が言うかによっても違うと思う。
弁護士自らは、これを言う人たちに対して、揶揄したり鹹かったりは慎むべきではないかと思う。
むしろ謙虚に受け止め、これらの人たちの心のケアも含め取り組むべきではないかと思う。
しかし、さらに、入り乱れていて皮肉な意味で興味深いと思ったのは、これらの弁護士憎けりゃ袈裟まで憎いという幻の袈裟まで見てしまうような人たちが、力を入れている企画で、ラディフェミ叩きがあるのだが、ラディフェミ被害はあるにしても、ラディフェミに走る人たちの追い詰められた状況もあるのではないかと思うので、単純に叩いていいのかどうか難しい部分もある事なのに叩いている。
自分達の弁護士憎けりゃ袈裟まで憎い状態の状態が進んだのが、一部の事実の捏造まですると言われているラディフェミだとは思わないのだろうか?
男性でもこういうふうに言う人もいる。
http://twitter.com/denzirousann/status/125613385307013120
フェミニンな(特にラディフェミ)人達の抑圧性って彼女らが批判するマチズモをそのままひっくり返しただけに見えることも多いけど、そうなってしまうのにはそれなりの理由があって、だからと言って彼女達の思想主張をそのまま受け入れることは出来ないけど、アレな人扱いしてるだけじゃだめぽ
でも、私はこう思った。知らない人なので返信ではなく、自分で自分用覚えとして、つぶやいといただけだが
http://twitter.com/Tasmanian_good/status/126317550513553
もっともなご意見。でも、元男性で過激な発言「父親はタネとカネを出したにしぎない」をしDVでっちあげてるという疑いだか被害の声も挙がってる性同一性障害弁護士のような人場合は?^^;そんな倒錯的な昔の漫画みたいな人もいるw
そう、本当にそんな嘘のようなストップ何とか君!みたいな人もいるのだ。この弁護士の事を弁護士批判の一つとして行ってる人もいるが、こういう弁護士がいて迷惑した人もいた、というのは構わないと思うが、だから弁護士は~・・・という方向に持って行くには、極例すぎると思った。
このストップ○○○クン弁護士と名づけたくなってしまうほどの倒錯した弁護士さんは、不思議なんだけど、性同一性障害を言いつつ、恋愛対象は男性ではない状態なのだろうか?
あそこまで嫌っていては恋愛対象になどできないと思うのだが (そういう人達を男女どちらについても、今は毛嫌いする人たちとして、名称もできているそうだが、それなのだろうか?)
男のままで、「タネとカネ」という言い方をしていたら、どうなっただろうと想像してみたが、やっぱり変だと思う。責任を放棄して建設的な方向で物事に取り組む事をやめた姿勢とも、捉えられるから。芸術家とかアーチストと言われる人たちの感性に近いのかもしれないが、社会的に責任ある仕事に就くにはどうなのかな?と思わざるを得ないかんじ。。。
女になってしまった事に関しても、自分が女性性を持って生まれて、それによってラディカルなフェミニズムに走らなくてはいけないほどの社会的抑圧やトラウマがあったのではないので、女性性を持った者が受ける待遇--男性ほど社会的に優遇されてない事、経済的に自立しにくい事などの、社会的不公正や、そのくせ別なところでは、甘甘にしてあって、そのせいで更に経済力を手に入れにくくなっている事などの、社会的文化的構造的な歪み--を受けたわけではないのに、弁護士に幻の袈裟を見てしまう人たちのように、男憎けりゃ袈裟まで状態になっているかのごとき極論を振りかざし、人を煽動しているが、その責任の一端は元男であるのならば、自分にも還って来る事なのに、女に性転換したから、自分だけは免罪符を手に入れ、煽っている立場に行っているのは、矛盾を通り越していて、倒錯と言って良いと思う。
自分は男性性を持つ者として社会的には、優遇された立場に居たはずである。なんで、そんな人がラディフェミなのか?意味がわからない。
よく考えてほしい。その出来事は相手を全否定してしまえるほどのことなのかな?
いままで好意的に見えていたものが色あせていった理由はなんだろう?
過去が変わったわけではないし、当時は本気で好ましいと思っていたんだろう?
好ましいと思っていたが、相手が嫌なことをしたら、嫌なものに見えてきた。 過去にやったことは何も変わってないのに!
自分は悪くない! 相手が悪いことをしたんだ! っておもってないかな。
相手が悪いから、相手に関することは全て悪くあってほしいと願う。
彼と喧嘩した。
反射的に、彼を凄くつまらない人だと思った。
頭でそう思った事はあったけれど、初めて感情でそう思った。
そんな風に思いたくなんてなかった。
臆病な自尊心と尊大な羞恥心というものが残念なまでに似合う人が、もうすぐ入籍する私の婚約者。
言い訳ばっかりして自分の殻を分厚くすることが自衛法で、自分の非は断固として認めたがらないあたり、思春期の頃の私によく似ている。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いを地で行く思考回路は、私には理解できないし、共感もあんまりしたくない。
共通の友人が沢山いて、お互いの家族にも何度も会っていて、一緒に暮らしていて。
彼そのものを見ても、不器用でどうしようもなくて放っておけなくて。
もし仮に振ったりしたら寝覚めの悪い結果になるし、失うものもきっと多いし、もっと酷ければ私にも被害が出るかもしれなくて。
今までも喧嘩して苦しむ度に、彼と私の良いところと悪いところを比較して、それでも好きって思い直して、
彼の機嫌が直ったら私の苦悩もなかったことにして、そんな風にやり過ごしてた。
でも今、全部投げ出してしまいたい気分。
っていう一行を打つ時に感じた痛みが、好きだからなのかもったいながりだからなのか、両方ないしは別の感情なのかがわからない。
運の悪さと心の未熟さがもつれ合って転げ落ちているような人。
性格の問題点を取り上げて、「それは~だからこうなった」と責任を負わせるだけの説得力はある彼の育ち。
だけど私は暖かな人生を歩みたいんだ。
好きになった人には憎悪やら嫉妬やらにとらわれ続けてほしくない。
身近で頻繁にカッカされてると、単純に精神衛生上よろしくないってのも大いにある。
文章を書いていると、頭の中がクリアになっていくものだけど、今回は何だか感情までフラットだ。
捨て鉢になっているんだろうか。
数年前に自分で突き放してしまったけれど、心の片隅ではまだ引きずっている元彼に別れを告げることを決めた、あの時の気持ちによく似ている気がする。
最近のホメオパシーをめぐる議論で気持ち悪いのは、論点が、科学的無知につけこんで騙す悪者がいるから成敗して正しい知識を伝えないといけない!というのがほとんどで坊主憎けりゃ袈裟までになっていること。
そもそも乳幼児死亡事件は、ホメオパシーという個人的信条を職業倫理に優先させた助産婦の犯罪行為で、責められるべきはホメオパシーではなく、その人の悪意(法律的意味で)でしかない。それは、例えばエホバの証人を信じる医者がいて、輸血をしないせいで患者が死んだというシチュエーションを想定すればわかる。その場合は明らかにエホバの証人じゃなくて医者が責められるだろう。そういうふうに考えると、解決すべき課題は助産婦業においても医者と同様の職業倫理を持たせる(もしくはいい加減なのを徹底させる)、ということになる。親がホメオパシー信者で子供が死ぬという場合もあるが、それについても保護責任者遺棄致死扱いにすべき。
ホメオパシー自体は害にも薬にもならないもので、「信じるなら勝手に信じれば」の慰めや祈りの類と変わらない。高いレメディを売りつけているというのを問題視する人もいるが、そんなことを言ったら、単なる石にとんでもない価格をつけている宝石業界は詐欺師集団になってしまうし、カラープリントを高く売りつける秋葉原の絵売りはすぐさま取り締まらないといけない。繰り返して言うが、問題はホメオパシーそのものでなく医療関係者がそれを勝手にやったことであって、ホメオパシーを規制しても構造的に考えないとまた同じことはいくらでも起きる。
あと、ホメオパシーを信じる人を無知と単純に断罪しているつもりの人も多いが、個人的に慢性の大病をしたけど病院はなんの役にも立たず、結局指導とは違う形で食べ物を変えるのが一番効いたことからも、背景としていわゆる公式の医療に不信感を持っている人はとても多いことは認識すべき。SSRIもNSAIDも結局は症状を悪化させるだけだったし、病院はおじいちゃんおばあちゃんの慢性病をできるだけ引っ張って健康保険のお金を引き出しているように見える(意図はともかく結果としてそうなっている)。100万人に1人しかかからないような難病治療にお金をかけてばっかりいて、検査じゃ特に悪くないのになんだか体が調子が悪いという状態にはほとんど役にたたないし。地方に行くとよくわかるけど、そういう年寄りを狙った宗教団体はいくらでもある。そういうのもついでに断罪すれば?そうなったとたんに支えのなくなった年寄りは絶望して自殺しまくるだろけど。
昔のブクマ漁ってたらこんなのがあって、最近のまおゆう関連の話題に共通するものがあったのでなんとなく。
今更だけど、まおゆう関連のエントリーはなんで批判的なものが目立ったんだろう。
現実ではどうとか、あれをリアルだと思う奴はどうとか、どうでもいい気がするのだけど。
漫画だったからっていうのはあるだろうけど、図書館授業では皆そういう本に我先に飛びついていってた記憶がある。
あれと同じ類じゃなかろうか。
過去の記録をネタに分かりやすく取り入れて話が作られているという、ただそれだけでしかないのに、実際の話との差を、理屈をこねこねして批判的なことを書き連ねているほうがよっぽどリアルとの区別できていないようにしか見えなかった。
創作はお話として面白かったかどうかが全てであって、ネタとして使われた内容のリアルさなんてどうでもいいんだよね。
そこで仕入れた知識を鵜呑みにして語る人間がいたとき、そこで初めて「その人間が」問題となる場合があるのであって、物語そのものとは全く関係のないところのはずなのに。
確かに信者化してリアルだリアルだと並べる面子はいたし、それが鬱陶しく感じたり一言言ってやりたいというのは分からなくもないのだけど、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いのか、作品まで「リアルさ」がどうのとダメ出ししてるエントリーを書いていた人は、自分が信者化して絶賛している人間の逆、アンチ化してヘイトスピーチしてる人間だという、同じことをしている意識がエントリーを書いてて(書いた後に)なかったんだろうか。
使われているネタを含め、あれを楽しめたという人は、(作者が意図したかどうかは知らないけど)作品のターゲット層の人だったんだろうし、使われてるネタの現実との差が気になって楽しめなかったという人は、ターゲット層からずれていたというだけの人。
自分がターゲット層から外れていたという前提を端から無視して(もしくは考えもせず)批評という薄っぺらな皮を被り、自分の気に食わない部分があると文句を言っていただけにしか見えなかった。
面白い面白いと入っていた人には、面白いお話に出会えてよかったね、で済んでしまうんだけど。
長々と書いたけど、「使われているネタを鵜呑みにして、それによって何かトラブルが起きるとしても当人の責任の範疇。面白かったと言っている人間に『実際は違うからな、あれをリアルとか思ってんじゃねーぞ』と水を差すのは無粋」「現実との差をポイントに作品批判してる人間は何かを勘違いしている」ってことで。
twitter のタイムラインから流れる都議会選の開票速報を横目に見ながら、時代錯誤な厚みと正方形に近い形状のブラウン管に映る政治家の無表情を装う苦しい顔を見つめると耳に入ってくる電車の音、ほのかな潮の香り、まとわり付くような湿った生暖かい空気を感じるとき、はてな民は自分のたるんだ白い腕が震えていることに気づき、その震えがクーラーもないような部屋や隣の住民が迷惑を省みない音量でサンボマスターがカヴァーした「あの鐘を鳴らすのはあなた」をヘビーローテーションしていることによるものではまったくないことを知る……。
はてな民はなにができるだろうか? 注目エントリー一覧から2chまとめブログの記事を探してきて読みふけること? アイマス動画をマイリストに叩き込んでいくこと? 自分のpostがさまざまなめりっとで取り上げられていないか定期的にチェックすること? ドラえもんに釘宮理恵がゲスト声優で出演したときに「くぎゅううううう」って叫ぶこと? はてなブックマークが付くことを期待して、アルファブロガーの記事を思いっきりDisる記事を書くこと? サブアカウントをプライベートモードで作ってエロサイトをブックマークしていくこと? はてサヲチスレに張り付いて特定個人を攻撃し続けること? 匿名ダイアリで「id:y_arim です。この前、美容室にいったんだけです。美容室。そしたらなんかもうヱヴァの話でいっぱいなんです。」と騙ること? 「リンクは許諾制です」という個人のファンサイトをブックマークして晒し者にすること? ブックマークにブックマークを重ねて、さらにブックマークを重ねて「馬鹿と煙は高いところに登る」とか書かれているコメントを一瞥だにせず、さらにブックマークを重ねること? ライフハック記事をブックマークして、「あとで読む」タグをつけて、あとで読まないこと? 上から目線の非現実的なブコメにはてなスターを連打すること? テレビを見ながら今までにやったことのないやり方でタダごとではない旨さのトマトソースを作ってしまうこと? ヨーロッパ旅行に行く日に空港まで行ってから、パスポートを忘れてしまっていたことに気付くこと? はてなキーワードの「子育て」を含む日記を追いかけて、主婦層の生活を夢想すること? あるいは twitter's fotolife に張り付いてかわいい女の子の写真を探すこと? 将棋オタクの取締役崩れにガツンと一言かますこと? 児童ポルノ単純所持違法問題に口は出すが、金と労力は出さないこと? 自分が炎上したら、プライベートモードに変更してアカウントを削除して何食わぬ顔で3日後にはてなに戻ってくること? 自分の書いた記事をプリントアウトして精神科に持って行くこと? 新サービスの開始と同時に XSS 脆弱性をついて遊ぶこと? あるいは CSRF のトラップを仕掛けること? 一旦ログアウトして、コメント欄で通りすがりざまに袈裟切りすること? 「原作の「櫻の園」は、簡単に言うと女子高生の同性愛を最大のテーマとしています」と書くこと? あるいは、ライトノベルに詳しくないのに「ゼロの使い魔」を「正統的なライトノベル」「非常にオーセンティックな、ライトノベルの鑑のような作品」と書くこと? iPhone を持って便座に座り、一本糞をひねり出すときの息みの勢いで 1get すること? その糞を流す前にプライベートアカウントに乗り換えて 2get して注目エントリー入りする素地を作ること? 流したらお尻を拭かずにパソコンで違うアカウントから 3get して注目エントリー入りさせること? id:finalvent の記事に100文字以内でクドクドとネガコメを書くこと? ネガコメを書きながら Air のトゥルーエンドを鑑賞すること? 病床の子供にネガコメを約束すること? あるいはたんにネガコメをすること……。
だが、できることといえば「死ねばいいのに」タグを付ける、ないしはたんにネガコメする。ネガコメする。ネガコメするのはきもちいい。ネガコメするのはいい。ネガコメはいい。あまったるくネガコメする。ねこのあたまをなでるようにネガコメする。きぬのようになめらかにネガコメする。めをとじてネガコメする。うたいながらネガコメする。きもちよくネガコメする。ブックマーク、きもちいい、ネガコメ、いい。やさしくネガコメする。どきどきしながらネガコメする。もえるようにネガコメする。かわいくネガコメする。さそうようにネガコメする。ネガタグ、めをほそめる、ほほがあがる、ネガコメ、あまったるい。ネガコメする。ネガコメにスターをつける。ネガコメにスター。へんなネガコメにスター。かわいくスター、へんな、ネガコメ、スター。ネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスター、へんな、ネガコメにスター。ネガコメにスターをつける。ネガコメにスター。ネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスター、きもちいい、ネガコメにスターネガコメにスターネガコネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスター、あまったるい、ネガコメにスターメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスターネガコメにスター。
書いた後じっくり考えて、要するに言いたい事は
「私だって女なんだぞ、ないがしろにすんなヽ(`Д´)ノウワァァン!!」
かも知れない、と思いました。(女だからこその不満なので改題しました)
頭がよろしくない上に、話が飛びやすいのであっちこっちいったりするけれど
全文を通して言いたいのは、主に規制派の声に対して『女としての自分』が非常に不愉快になったこと。
泣きたいぐらい、胃が痛くなるぐらい、不愉快だった事。
難しい事や規制反対!と声を上げるのは頭の良い人に任せます。(署名とかなら参加しますが)
文章は、読みにくくないよう心掛けますが解りにくかったらごめんなさい。
最初に。前提として、私は女です。(さっきも書きましたが)
凌辱ゲー命とかじゃありませんが、それなりに楽しむし、これ以上の規制が必要なものだとも思ってません。
ああ、ついでにチカン被害者でもあり、レイプ未遂に遭ったこともあることを書いておきます。
そうも見えるとの意見がありました。
エロゲをする私がそういった言葉に返せるのは「そうですか、私にそのつもりはないんですけどね」という言葉のみです。
当事者でもなく、見た感覚でそういわれても応えようがないですから。
同じ女性から言われたなら当人には謝るけど、あくまで個別対応しかしません。
ついでに「プレイするのやめて下さい」と言われても、「嫌です」としかいいようがないです。
何故って私は自分の家の自分の部屋でそれを楽しんでいるんですもの。
それが不快だという人の前で「見てみて、これ笑えるー!」とか言ってプレイした訳じゃないもの。
誰かがヘッドホン着用でスラングいっぱいの歌を聴いてて、その音漏れに対して
「その歌は悪意に満ちあふれてる!」なんて言いますか?
言わないですよね、多分。
私がそれをプレイする事が不快で耐えられないというなら、こう対応をします。
「じゃあ私に関わらないで下さい」「むしろ趣味を貶されてこちらも不愉快です」。
私がその人の見えないところで自分の趣味を楽しんでいて、その人の身体に何か直接的な害悪があるんでしょうか。
間接的な害悪だというならそんなものは世にごまんと溢れていますし(だからいいというわけでもないですが)、
その害が学術的に確かに立証出来るものでないなら「一部の不快感」の域を出ないと思うんですけど。
で、そのゲームそのものの存在自体に性差別を感じて不快だというならば、
それを単純な娯楽の一つとして消費していた自分は同性に対する虐待者であり、
痴漢被害、レイプ未遂にあったにも拘らず、女性の痛みが感じられない非常な愚鈍者
と言われている事とそう変わりないと思うんですが、そこまで私、酷い人間ですかね。
まぁ生きてりゃ必ず誰かを傷つけるでしょうけど。
逆に私も傷付きましたよ? 規制派のその発言で。
「この鈍感」って、思いもよらないところからハンマーで殴られた気分でしたよ?
『一部の女性』を女性性全体の声であるかのような言葉には更に嫌な思いをしましたし。
私、女じゃないんですかね。変わり種ではあるかもしれませんが、女を捨てた覚えは無いです。
そもそもこういうゲームって原則的には日本国内でしか流通してなくて、
ついでに恐らくオタ系の通販やショップ、もしくはエロ系サイトにいかなきゃ滅多に目にしないものでしょう?
レンタルショップなんかで二次エロAVは一般の棚に陳列されてますか?
女性ならそのエリアに行ったらもっと刺激的な(絵という記号ではなくなった)ものを目にする筈ですよね?
要は既にある程度の規制はされてる訳ですよ。
こういうのを関係ない『外部』に持ち出してしまうのは
大概それを作ったり愛好したりしてる人とは違う場所の人なんですよね。
そして、今まで見えないところにあった筈のものが視界に入った途端、ヒステリックに叫び出したりするんですよね。
なんていうか、むしろ喜んでるようにすら見えましたよ。
「ほらほら見て下さいこんな酷いのやってるんですよー? しんじられないでしょー? 気持ち悪いでしょー?」って。
まぁ私には、自分の中の正義に酔って批判する事を目的化してるようにしか見えないので、致し方ない事でしょうか。
しかし、ホントこれに関する騒動は嫌だと思いましたよ。
よく女性向けの腐女子のサイトで検索避けだのブクマ禁止だのの文言に違和感を持つ、という男性の言葉を聞くけれど
腐女子が怖れているのはまさにこういう外圧に他ならないと思います。
私もしていることだけど、同人誌の奥付には多く「ネットオークションへの出品禁止」の文字が記入してあって、これも同様の理由。
「目につかなくていい人の目にまで入ってしまうのは面倒だから」。
腐女子コミュニティは恐ろしく閉鎖的なんですよ。(但し堺市の図書館の件を見てもいくらか腐女子の方がアクティブですが)
こっちは同好の士だけで楽しんで迷惑かけないようにひっそりやってんのにおおっぴらにするバカがいるんだよ!みたいな。
腐女子の同調圧力はある部分で凄くて、一部過激派がいたり、新参の考え知らずも逆に古参の頭固いのもいたりするんですが、
そういうのは結構分かりやすく村八分にされます。
(抑圧的すぎるのもどうかと思うんですけどね、自分の性欲を肯定出来ないのに性表現描いたりとか。
「ええ、好きですが何か?」くらい言えないなら描かなきゃいいのにとか思わないでもない。
そもそも表現者として覚悟が足りない、とか言ったらこのマッチョめ、とか言われるんでしょうか)
こんな事をここで書いた私もきっとある方面の腐女子を敵に回すでしょうね。
個人的には腐女子の好むBLも、やおいも、性表現が入った時点でポルノとなんら変わりないと私は思っています。
ただ、消費の仕方が恐らくは男性よりもやや多様性に富んでいるだけで。
エロゲ規制云々てね、基本BLや、やおい規制をされるのと私にとっては同じなんです。
なんでかって自分の性的消費活動を阻害されるようなものだもの。(性欲以外の目的で楽しんでる人には失礼……!)
ここで男が男を襲うのはそう日常的にある事ではないし、
だからBL作品がエロゲと同様の危険性を孕んでいるとは言い難いとかいう人もいるんでしょうがね、
その意見って女性の『襲いたい欲』をまるっきり無視してくれやがってるんですよ。
もうね、ホントムカつく。
このキャラとこのキャラが仲良くしてるのが見たいのよ〜って人もいますよ。
でも、私みたいにいかにして受(男)を可愛がりたいか、って試行錯誤する人もいる訳ですよ。
そこにやや残酷な考えが入ったり、いたぶりたいわーなんて思う事もある訳ですよ。愛ゆえに。
じゃあ、普通にSMとかでいいんじゃないの? とか言われそうなんだけど違うんです。
私はマゾヒストを喜ばせたい訳じゃないし、役柄を演じたい訳でもない。
分かりやすい暴力でなく、自分は自分のままで性欲を発露させたいんですよ。主にこちらが主導権を握る形で。
男性に跨がってこっちが積極的に動いたとして、いくらか「能動的」と言える立場ではあっても
逆レイプなんて言葉もあるっちゃあるのに、殆ど認識されてない。
解りますかね、この隔たり。
はしたない、みっともない。はぁ、甘んじて受けますよそんな言葉くらい。
可愛いあの子(男)を襲いたい女の性欲は「抱かれたい」女の性欲ではないんですよ。
あえていうなら、『淫乱』じゃなく、『色情狂』なんです。
彼氏にそういう事したいのかって言われたら、それも違いますから。
大体彼氏に2次の受の可愛らしさなんてものがあろう筈もない。
彼氏には別の部分で満たしてもらいます。
女の自分にも(恐らく一般的には)男性側にあるのが普通と捉えられがちな『襲いたい欲』があるわけです。
そこんとこ真っ向から否定されちゃ堪りません。
女性として慎ましさや奥ゆかしさが足りない、そんな批判なら「ごもっともです」と返します。
が、その一方で、「私があなたの主張に添わなければならない理由もない」とも言います。
初めて痴漢にあったのは小学三年生の時の事でした。
そこが見知らぬ土地だった自分は大人しく母を待っていたんです。
一人の男性が私の後ろを通ったんです。
手の平はしっかりこっちを向いて、お尻を撫でられました。
初めに持ったのは強い違和感。
まずお尻に当たったのが手の甲じゃなく手の平だったのがよく分からなかったし、
なんとなく、その手の平の熱に不自然なものを感じたので。
でもその違和感がまだよく分からなくて、私はまだ同じところに立っていました。
二度目。なんかおかしい。ハッキリそう思いました。
この本屋は壁の殆どに本棚が並んでいて、何もないところがあったと思ったらそこはスタッフルームのドア。
壁を背にすることが出来ない事に軽くショックを覚えて、暫くうろうろしました。
まだ『違和感』の段階を出ず、痴漢だと認識出来なかった私は、店の人に言い出す事も出来ず、
店を暫く歩き回った後、さっきから少し離れた場所に落ちつきました。
相手の姿は二度とも確認出来なかったので、相手がどこにいるのかは解りませんでしたが
それでも少し動いた事で何か変わるかも、と思ったんですね。
でも、三回めがありました。はっきり鷲掴み。
(なんせ小学生の凹凸のあまりない体なんで、男の性欲対象だなんて考えてみた事もなかった)私は、
途方に暮れ、本が売り切れてしまったらしい空きの有る平台に座ってしまったんです。
自分でもこれはまずいよなぁ、と思ってたんですが、他に対処法が思い浮かばなかった。
ちょっとパニックに陥ってたんでしょう。
店の人にやんわりと怒られたところに母親が来て、とりあえず事態は収拾。
けれど母は私がそんなことをしたのが不思議で仕方がなかったようで帰りに理由を聞かれました。
母親には謝られました。すぐに言い分を聞けばよかったと。
そこで「恐かったんやね」と言われて初めて自分が性対象としてみられる事に恐怖を覚えた事に気付きました。
この事はいまでも鮮明に思い出せます。
痴漢の恐怖で泣いたのはこれが初めてでした。
さらには変な人に襲われてレイプされそうになった事もありました。
ですが、それは全て個別の事であり、男性と女性としての私の間にではなく、
あくまでも性犯罪者とその被害者である私の間に起こった事だと受け止めています。
けれど私はやっぱり女性専用車両は「痴漢を怖がる女性」の一時的な対処策にはなっても
根本的な解決ではないし、なんかおかしい対策だよなとしか思いません。
(「じゃあ一般車輌に乗ってる女は痴漢OKって意味なんだな」とか言った痴漢予備軍共には目眩する程の怒りを覚えましたが)
性的被害者としても、主に性的に搾取される側であったとしても、男性性全体に諦めを持つような事はしないし、したくない。
その凌辱という(一種異常に見える)性欲を、肯定こそできなくて不快に感じる事はあっても、
否定までするつもりはない、という人(女性)はきっと少なくないと思います。
(というかそもそもそれを曝け出しておおっぴらに理解してくれ!なんていう愛好者はそういないでしょ?
身内ともなればそれなりに相互理解が必要かも知れないけれど、それは家庭内の問題でしかないと思います)
私は自分が女である事を嫌っていう程理解してますし、それは永遠に変わりません。
故に性表現の一種として凌辱があったとしてそれを自分に当て嵌める事も出来ません。
それを痛みとして捉えてしまう方には同情しますが、
それらは常にあなたを苦しめる直接的な理由なのですか?とは聞いてみたいです。
性犯罪に遭ったからこそ、感じる痛みなんじゃないですかね。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというか。そうじゃない方もいらっしゃるでしょうけど。
別に規制反対派はそういったゲームを被害者向けに御開陳したいわけじゃないと思いますが。
むしろ、性的被害者を傷つける事は、規制反対派の多くの人にとっても望まぬ事であると思います。
しかし『規制』という名の下に排除をするなら、抗戦くらいはします。
存在する事さえ許されないものなんて、そうそうあっては困るのです。
ああ、もうなんでこんな赤裸裸と語ってるんだろう。
女の性欲とか、もうね、自分でも何書いてるんだって思いますよ。
でも理解してもらおうと思ったら羞恥を堪えてでも書かにゃ、って気になります。
もうホントイライラした。
これ読んでこいつサセ子だとか思う人もいるかもしれませんが、思うだけなら勝手です。
現実を思い浮かべたらげんなりするので、
可愛い子が羞恥を堪えて涙を湛えながら訴えてるところを想像しましょう。
(内容がちとアレですが)
特にピックアップしていない方も、色々なご意見ありがとうございます。
id:legnum
一応冒頭に書いてますが、エロゲ規制に対してではなく規制派の声に対して私はそう感じたんですよ。
分かりやすく真っ先にレスした方が「ネカマ乙」と仰ってる訳ですけど。
女の性欲の発露が、こういう形になると男性は怖いんですかね。
別にとって食ったりはしないのに。
id:lisagasu
誰得も何も、個人的には誰に対しても毒にも薬にもならないと思います。
でも、呪詛にはなってるかもしれませんね。
規制派にちらほら見られた、『女性の味方』的なパフォーマンスがとても嫌だったんで。
それを言ったら、そもそも女性の側からこそ差別をされてるって事になるんでしょうけど。
id:KOH5611
女の主体的な性欲って男にとってそこまで脅威・恐怖なのか
男性にとっては多分、恐怖だと思います。
上のレスで『別にとって食ったりはしないのに。』と書きましたが、
その言葉もあの性欲の話の後ではそれほどの効力を持たないでしょうね。
自分が性的搾取される怖さっていうのは凡そこちら側(おおまかに女性)の方が理解が追い付きやすいです。
想像力が無駄に長けている方だと『直感的な恐怖』に留まらないと思います。
『男は野獣』なんていいますが、女も心には猛獣を飼っていたりする事を意外と知らない人も多いです。
あと、もともとあのコメントは私のエントリに対してではなく、レスを下さった方に対してのものでしょうけれど
まぁ一部の女性から「余計な事言ってくれた」的な反発は絶対に食らう内容だと思ってましたw
id:y_arim
自身でも「自意識過剰乙」で済む内容だろうなぁという意識もなきにしもあらず……。
が、元よりこれは不快感表明という感情論なので『同性に対する虐待者』云々の部分はやや誇張させて頂きました。
最たる例が韓国嫌い。2ちゃんねるの嫌韓に影響されたようでとにかく韓国が嫌い。
そのせいで、4??5年前には普通にうまいうまいと食べていたキムチも嫌いになってる。
以前は、冬になると食べたいと行っていたキムチ鍋も食べたいとは言わなくなった。
キムチ鍋に限ったものではなく、鍋に餅をよく入れるのだけど、
トッポギと言う韓国の餅が鍋にちょうどいいと思って勧めてみたらイヤそうな顔をする。
で、この間、おもしろいものがあるから、と韓国のサイトを紹介した。
それで、ハングルが鬱陶しいからと、中身を見ないで見るの止めてた。
身内のことながら、バカだと思う。
思想的なのはどーでもいいんだけどさ、それで自分の楽しみを減らすのはばかげてる。
食べるの好きなくせに、こんなことで食べられるもの減らしちゃ、楽しみを減らしてるだけ。
おもしろいツールがあるのに、作ったやつが嫌いだからって、使わないのはもったいない。
正直、こんな極端なやつの相手をするのに疲れたよ。