はてなキーワード: 表現規制とは
ヘビーなネットユーザー男子の不愉快なところが盛り上がっているようなので、ヘビーなネットユーザー男子の私(観測範囲:はてなブックマーク、Togetter、Favstar、vip、2chコピペブログ、ネットウォッチャーのTumblr等)による感想。
これはTwitterで見かけた。しかし発言者@kuromohairがラディカルフェミニストを自称していて、尚且つ「ラディカル・フェニミストの発言」とする題名でトゥギャられていたためフェミニストからの批判もあった。
発達障害者や同性愛者へのヘイトスピーチを繰り返す「ラディカルフェミニスト」 - Togetter
・オタクが非常識な行動をして非オタクに迷惑がかかった話を聞くと、加害オタクに肩入れする。空気を読むことを強制される日本の同調圧力への批判などにつなげて、なんとしてもオタクを擁護する。
「同調圧力批判でオタクの非常識を擁護」はよくわからない、というか見たことが無い。それ抜きで強いて挙げるならハルヒダンスやオタ芸に「いいぞもっとやれ」と喝采を送るニコニコ動画あたりか。
驚異的人数でハレ晴レユカイを踊るoff in 秋葉原(本番) 325 秋葉原駅前 ‐ ニコニコ動画(原宿)
・虐待や母子家庭、貧困家庭など本人には避けようの無い不遇な環境で育ち、結果としてグレたり低学歴になった人間に対して「自業自得」「ざまぁ」と叩く。結局低学歴DQNには共感できないから叩き、コミュ障には共感できるから擁護しているだけ。
コンクリ犯に対するバッシングと加藤に対する擁護、みたいな扱いの違いは散見される。オタクに対する表現規制問題でネットが盛り上がっていた頃、福岡で実施されたヤクザ雑誌規制は完全にスルーされていた。「低学歴には共感できないから叩き」という記述から察するにはてなダイアリーを指していると思われる。
・ストーカー被害に悩まされ、暴行を受ける恐怖に日々怯えている女性に対しても、「そこまで思われること、欲望されることをありがたく思え」と考えている。女性から需要の無い非モテ男性は「誰からも欲望されない最も不幸な存在」と吐き散らす。ストーカーを純愛呼ばわりする人間も存在する。
ストーカーを純愛呼ばわり、は見たこと無いが、欲望されていることをありがたく思え、は増田とはてなハイクでみた。「非モテ男性」と記述されていることからもはてな界隈を指しているものと思われる。
現実で女に拒絶されているから妄想の中でさえ和姦など想像できない
・「女には穴があるから人生イージーモード」と「男は何歳になってもモテ続ける優れた存在、女はあっという間に羊水腐って可哀相」を、状況に応じて使い分ける。
これは2chまとめブログでよく見かける。既婚の若年女性芸能人のスレッドと未婚の壮年女性芸能人のスレッドを比べればわかる。ソースは多すぎるくらいなので貼る必要もないだろう。
・男が「調教しやすいから」という理由で処女を選ぶのは当然の権利であり正義だが、企業が「調教しやすいから」という理由で新卒を選ぶのは「再チャレンジを阻む日本の悪習。欧米を見習うべき」と叩く。
前者と後者が同一であるという確証は無い。というか関係無いのではないかと思う。ただしYahoo!知恵袋やTwitterで、「処女厨と新卒主義はメンタリティが似ているのではないか」という指摘なら見た。
・男が女を年齢で選ぶのは「妊娠可能年齢を考えた上での本能的な判断」であり正義だが、企業が「伸びしろが無いから」「高給を要求されるから」「研修などの投資を回収しきれないから」などの理由で、採用を年齢で差別するのは「再チャレンジを~」という理由で悪。
同一人物が言っているところを見たことが無い。
・男が女を「若い」「美人」「処女」「育ちがいい」などの高付加価値スペックで選ぶのは当然の権利だが、女が男を「イケメン」「背が高い」「高学歴」「安定高収入」などの高付加価値スペックで選ぶのは「卑しい」「これだから最近の日本の女は」と叩く。
見たことが無い。「※イケメンに限る」のことを指しているのかもしれないが、これは「卑しい」という意味ではなく「男性全員を対象にしているかのような指南記事」に対する批判であり「自分とは関係の無いこと」という自虐。「これだから最近の日本の女は」はネットというよりリアルでの飲み会で壮年男性がこぼすことのほうが多いのではないかと思われる。
・男の理想を叶える二次元美少女は至高の存在であり、二次元をたしなむ男は最善の選択をしている紳士だが、おばさんの理想を叶える韓流ドラマやスターの存在は韓国による攻撃であり、ファンのおばさんは反日キチガイ。
ネトウヨとオタクは重なるのか、という話になっているようだが、それはそこそこ重なる層もあると思われる。しかし本質は他クラスタに対する嘲笑ゲームでありオタクや韓流に限られないと思う。
なんというか・・元増田は捏造すんな。はてなブックマーカーは都合の悪いことを全部2chのせいにすんな。
http://anond.hatelabo.jp/20111218204414
(追記)元増田に1.5(?)が追加されたようなので。
知的障害者や脳性まひなどの重度障害者は社会に貢献できないから見下していい、関わりたくないと考えるが、アスペは「本人も苦しんでいる」から庇護されるべきで、アスペという病気を学校や企業が理解すべきであり、人事や上司はアスペへの理解と愛情をもってアスペが能力を発揮できる環境を整えるべきと考えている。多くの女性がアスペを恋愛対象として避けるのも差別だと考えている。理解と愛情をもって接するべきなのは常に周囲だけであり、本人は「病気だから」という理由で好きなように振舞ってよいと考えている。
これは『メンヘルは「本人も苦しんでいる」から庇護されるべきで、メンヘルという病気を学校や企業が理解すべきであり、人事や上司はメンヘルへの理解と愛情をもってメンヘルが能力を発揮できる環境を整えるべきと考えている。多くの男性がメンヘルを恋愛対象として避けるのも差別だと考えている。理解と愛情をもって接するべきなのは常に周囲だけであり、本人は「病気だから」という理由で好きなように振舞ってよいと考えている。』という精神疾患者が言ってもいないのに、そう思っているに違いないと思われていること・・をアスペルガー障害と勘違いしたか意図的に改変したものだろうと思われる。
表現の自由、こればかりは、僕は何があっても否定される訳にはいかないものだ、と思っている、だって、こう僕が言うことも否定されてしまうから。
それは身近な例で、たとえば人殺しという表現について規制されてしまえば、現実に人殺しが在るのに人殺しという表現は無くなってしまう。
醜いものが在った時、見て見ぬフリし、聞いて聞かぬフリし、考えて考えぬフリし、思って思わぬフリするかの如くである。
どうなるか?人殺しについて学ぶ機会すら規制されてしまう、ということだ。
愚、とは間違いの歴史の集積である。何も無かった空間で人が不利益を被ってきて、そういう失敗を成功によって打ち勝つために育ててきた定義たちだ。
愚、という価値観について人は大いに学べばいいと思う。なのに、人殺し、という重大な愚に対して考える機会を奪ってしまうのか?
考える機会がなければ、人は愚に対して準備ができなくなる。
無知であれば無理解となり、無理解であれば人はどうするかわからない、どうしていいかわからない。
そうすれば、曇った思索の中で殺人を犯してしまうかもしれない、この可能性を少しでも積極的に減らそう、とその目的を果たすために人は愚を定義してきたのだ。
愚を表現し、表現された愚を知り、理解し、学ぶこと。これは果たして愚か?間違いか?
そうは思わない。人が最大限の悲しみを払って血を流し、受け継いできた愚を消そうとすること、これは相当な愚であると思う、人殺しとどちらが程度の酷い愚か、それはまた別に考える機会を設けるとしてもだ。
何であれ、表現の自由は何処までも許された方がいいものだ、と思っている。
でも、表現をするにしても、TPOくらいをわきまえた表現の実現は必要。だって、名誉棄損は名誉棄損だ。
ん?待てよ?
表現の有無、既存の表現を消せ、という話ではないか、規制し有罪となる表現の枠を考えよう、という話か。
だから、だとして、実生活と相関のない架空のものを描いた表現は無罪で、実生活と相関のある表現は時に有罪となるのだ、と思う。
だいたい、実生活を営むのは人だ、だから法は人の不利益に関するものが多いはずだ、人の肉体を傷付けたいだとか、人のお金を盗んだりだとか。
でもまあ、不法投棄、という罪もあるが、これもよく考えれば人が不利益を被る可能性がある。
なら、実生活と関連しない空想上の表現、これは人に不利益をもたらす可能性はあるだろうか。
これはもしかしたら、なかなか難しい問題なのかもしれない、さかんに議論されているのもこのためなのかもしれない。
こればかりはもうどうにもならない。
表現が好きか嫌いか、表現でどれ程好い思いをしたか、嫌な思いをしたか、このあたりに大きく関与してくる。
表現は人に好い影響も嫌な影響も与える。
殺人の不利益を学び、それを起こすまいと考える場合、そのまま殺人を犯す場合。
おそらく前者が好い影響であり、後者が嫌な影響だ。
こういう二つの場合が存在する中で、これをどう評価するか、といった問題は
知らない方がいいことがある、これに対する意見、姿勢へ繋がる。
知らないことは知らないままにしておいた方が幸福だ、間違えない、と考える人、
出来るだけ多くのものを知ろうとした方が幸福を掴める、間違えない、と考える人、これはもう個人差であり、一概にどうこう言えない。
醜い現実に対する姿勢はそれぞれだ、強いられてはいけない(ただ、生きるということに知るということは内包される気はする、そこから更に主観に基づく言及もできそうだが、またの機会だ)。
感情が理解の先に来るものと、理解が感情の先に来るものがあるように思える、前者は易しいこと、後者は難しいこと、とか一般に言う。
ふむふむと納得してから、アッ!と感情が湧いてくるものと、アッ!と声を上げてからそれを理解できるもの。
だいたい、感情が生まれるのはアッ!という間である、理解だとかそういう言葉で説明できるような何某が追い付ける暇はない。
だからだいたいの場合、感情の方が先に来るような気がするのである。
性、性交は前者である。この場合、何故、は感情の後に付けたされるものだ。
何故、そういうものに興奮するの?という問いは愚問だ、性的欲情の理由はあってないようなものだ
(先に架空表現が人に不利益をもたらす可能性についてもあってないようなものだ、と言及したのを思い出しただろうか)。
感情の存在に善悪はあるか。それはわからないが、仮に消さねばならぬ存在が悪の感情があったと仮定して、感情の生成を阻止し切ることは可能か。
だいたい不可能である。感情よりも先に言語、などという記号を脳内に流し通すことができなければ幾ら特定の感情を否定しても、生成を防げない。
セックスは感情である。その感情の生成を先に防ぐことなど到底できない。
だから、こういうセックスは悪だ、とか言ってもその感情の発露を防ぐことはできない、その実行を防ぐことができても。
だから、何とかという否定されるべきセクシャリティがあったとして、その生成を阻止することは不可能である。
人は知るものと知らないものを持っている、もっと言えばその程度は、よく知っているもの、少し知っているもの、半端に知っているもの、あまり知らないもの、など様々だ。
だとして、知らないものは知らない方がいい、のだろうか、そもそも知らないものなど消してしまえ、害悪の元凶だから罪にしてしまえ、なのか。
この辺が、表現の影響の善悪が、知らない方がいいことがある、に対する姿勢に繋がると述べた理由だ。
しかし、これはもう解釈の違いでどうとでもとれてしまうので、唯一の解決策などない。あるとして政治的に言えば民主主義のお家芸多数決だ。
結局、架空表現が有罪か無罪かに対しての答えは、すごく曖昧で、有罪でも無罪でもあり、有罪でも無罪でもない、これに尽きる。
架空表現は、人の実生活からは断絶された存在であるから、それでどれだけ好い思いしたか嫌な思いしたか、その違いによって向けられる認識も変わる(断絶されているものが認識を変えるといった矛盾がこのセンテンスには含まれてしまっているが、他にどうしても説明がつかなかったためこうした稚拙な便宜しか思い付かない)。
レイプされた人(※例えば女)は、「あんな表現(※例えばレイプポルノ)に影響された人(※例えば男)がいけないんだから、あんな表現がいけないんだわ、無くなってしまえ」と言うかもしれないし、
レイプポルノでオナニーする人(※例えば男)は、「自分たちがこういう表現で愉しんでるだけなんだから、誰にも迷惑は掛けない、掛けていない」と言うかもしれない。
しかし、全ての罪、というものには基準、法則性など無い。有罪だから有罪なのであり、無罪だから無罪なのだ、理屈など無い、多数決だ。
これの、どちらが多く存在するか、単にこれが結論だ。
今現在、地球には何億の人が居て、それで男女はそれぞれ幾ら存在して、という話よりもここは僕の話をしよう。
僕は、架空表現により傷付いた人の肩を持ち、「性暴力に繋がる表現はよせ」と主張し、
片や、架空表現により笑顔になる人の肩を持ち、「実生活に関係はない、芸術は芸術だ、表現の自由は確保されてしかるべき」と主張し、
「ならお前は賛成反対どちらだ」と聞かれれば以上のような答え方をしてくるような平和主義者、事なかれ主義者、そして自称隣人愛好家だ。
(胡散臭い隣人愛好家だ、それにしてもなんと胡散臭いことか。ほんとに隣人を愛しているのか、それで?甚だ疑問は残る、大いに疑問は残る、そしれそれらは僕の好奇心を大いに揺さぶる。扨、饒舌が過ぎた。)
「レイプものが存在するとレイプが増える!」なんて言ってるアホは無視すればいい。たしかきちんと否定されてたはず。
実際に表に立って反対するならそういうのも相手する必要があるだろうが、単に論じたいなら相手するこたない。
やっかいなのは、そういう反社会的な表現そのものが規制すべきものなんじゃないか、と言ってる連中。
実際、差別的な表現とか中傷とか規制の対象とされてるものはあるわけで、虹はそういうものとは違う、ということを明らかにする必要がある。
一つ目は、反社会的表現があったからといって、それを肯定してるかどうか分ける必要がある、という態度。
レイプを肯定してるのは規制してもいいが、否定してるもの、肯定も否定もしてないものは規制すべきじゃない、ということ。
これはまあ多分難しくない。
もう一つが、肯定してようが否定してようが虹なら別にいいじゃない、という態度。
難しいと思う。もしかしたら強弁する必要があるかもしれない。
誰か頑張ってくれ。
そりゃ「困る」事はあるだろうね。
マスコミに面白おかしく取り上げられて、(そういうのは大抵捻じ曲げられてるから)
同人界を全然知らない知り合いに変な誤解をされていたたまれない、とかね。
恐らく「そんな事されたら腐女子文化が存続出来なくなっちゃう!」なんて一片も思ってないよ、彼女ら。
そもそも「腐女子文化が存続出来ない」ってどういう事態を想定しているの?
「腐女子叩きが加熱して腐女子が怯えて居なくなってしまう!」→ありえねー。
そもそも「腐女子叩き」に怯えてる腐女子なんてリアルじゃ見た事ねー。腐内部の内ゲバによる叩きの方が100倍怖いー。
「表現規制のターゲットになって販売禁止に!」→18禁にすればいいだけでしょ?そもそも二次創作は元々商業関係ないし。
(18禁禁止の会場が増えて18禁可の同人イベントが開催しにくくなるとかはあるかもしれないが、それはそれでネットに移動するか非18禁にすればいいだけのこと)
「全ての一次作品が二次創作禁止を明確に打ち出して二次創作が一切出来なくなってしまう!」→これもありえねー。
「とあるジャンルの著作者側が二次創作禁止を明確に打ち出してそのジャンル壊滅」ならありえるっつーか実際時々あるけど、別ジャンルに移動するだけだ。
東京都の表現規制条例と大阪府の国歌斉唱問題。どちらも似たようなことを感じてしまうな。
なんていうか、どうしてそこまでしないと駄目なのかがわからん。
どうして条約を制定してまでゾーニングを押し付けなければならないのか。
どうして脅迫してまで国歌斉唱時の起立を促さなけえればならないのか。
どうしてこうも極端な対立になってしまっているのか。そこがわからん。
このままの流れが続くと、たぶん五歳の子供が逮捕されたアメリカのようになってしまうよ。
信念とか信条とか、そういった強靭な拠り所に寄り添って人生を謳歌するのが悪いとは言わないけどもさ、あんただけのユートピアを作っては貰いたくないんだよね。
権力とか圧力とか、そういった強大な仮想的と対峙して生活してもらっても別段構いはしないけどもさ、ナルシズムに酔っただけの英雄気取りは見てて痛いんだよね。
無論、東京都と府の教員の側だけに限らないんだけどもさ。やり過ぎだもん、実際。
曲げられない思いとか、内に秘めとけば十分じゃん。手が届く範囲だと、したくなっちゃうんですかね。学者と同じか。アスリートなんかと同じなのか。
可能性がある限り、それを求めたいのか。
ああ、面倒くさい。もしそうなのなら、いやきっとそうなんだろうけど、そういう「やりたい」思いに下支えされているものなのだとしたら、もう反論のしようがない。勝手にやってくれと言わざるをえない。
そこまではいい。厄介なのは、そういったことを認めてしまうと、こちらとしても動かざるを得ないということにある。実に億劫だ。ならやらなければいいのだけれど、やらないと現状が変わってしまう。決着がついてしまう。
いや、激流に身を負かしてしまってもいいのかもしれない。当事者意識を排除してしまえば、そう言った態度をとればいい。それが一番楽そう。でも、違和感だけは残るんだよね。
鬱屈としてる感じ。現状維持派だけじゃなく、みんながみんな鬱屈としているのかもしれない。
何にだろう。よくわからないけど、みんないろいろなことにぶち当たってるんだろうな。いつもいつもぶち当たっていて、すごく身動きが取りづらくて、ストレスが溜まってるんだろう。
どうしてなんだろう。生きづらい社会だなんて言い古された昨今だけど、どうしてそんな社会になってしまったんだろう。
不景気だから? 経済がよくなると、社会は幸福になるの? そもそも社会の幸福って何? 社会の幸福は個人の幸福に結びつくものなの? 個人の幸福って社会の幸福にフィードバックされるものなの?
より幸福な社会を作ろうって、一番最初に誰かが思い始めたとする。なぜならその人がそう思ったその社会には、その人が満足できるだけの幸福が満ちていなかったからだ。
その人はより良い幸福を求めて、何度も何度もすり合わせを続けてきた。繰り返し続けた結果が現在の社会だ。僕らはまだ幸福な社会を求めているんだろうか。それって無理だと思うんだけどな。
幸福な社会と、社会の幸福は別物だ。幸福な社会ってのは、社会の幸福も個人の幸福も含まれた総体だ。要は理想郷。全てが最適化されていて、十分なフリースペースが確保されている、そんな存在だ。生きていける。生きていける……。
そう言えば、さだまさしは生きることは大体辛いことだって言ってた。ならどうして生きるんだろう、なんて野暮なことは聞くまい。その前に存在してしまっているのだから、仕方がないもの。
仕方がない。諦めかあ。諦めが蔓延してるから、こんな社会なのかしらん。そんなはずはないだろうけどなあ。
理想郷ってどんなんなのだろうね。たぶん、今のままの人間は生きていない空間なんだろうな。
脱線した挙句乱文になってしまった。綺麗にまとめてもない。そもそも初めからそんなものは用意してない。
ここらでやめとこう。
http://www.cyzo.com/2011/04/post_7037.html
成人指定の商業を大好きな人って、実はそこまで多くないというのを鑑みるに、少数・弱小を犠牲にしての、「規制の成果は出ましたー」という格好はつけたい(が、大手出版社に不利益を与えるつもりはない)都、自分たちの利益を手放すつもりのない大手出版社、売り場規制とかがなくて楽に手に入るエロを求めたいヲタ(「一般誌とは思えないエロさ!」みたいな喜び方、よく見るでしょ)という強者・多数派トリプルウィンじゃないですか。
都条例の改正のずっと前から、懇話会系の関係者は「出倫協系と都の青少年課は癒着しすぎ」「懇話会系をスケープゴートにして好き勝手やってる」って批判をずっとしてたわけで、それを考えればこうなるだろう(「条例による萎縮」じゃないだろう)としか言いようがない。コミック10社会の動きにエールを送ってたみんなは、上みたいな批判を知らなかったの? それとも無視してたの?
はじめから「表現の自由」「表現規制」の問題じゃなかった。大手出版社にもし「表現規制と戦う」という意識があるなら、例えば松文館裁判の時とかにもっとなんかしてただろうよ。
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一応書いとくと、都条例改正自体は反対です。特に近親相姦という法律とかの問題じゃないものを規制に入れてるのは、同性愛規制とかにつながりかねない危険なアレだ。ただ、現状のゾーニングはまともに機能してないと思うし(秋田とか画報とか)、「ゾーニング自体不要」「流通への規制は一切認められない」みたいな意見にも与せない。
・例えば「きちんとした性教育を受けていない人間が、「安全日なので中で出して」みたいなものを読んでしまう」というような状況は防がなければいけないわけで、正しい性教育とセットでのR-15は必要
・俺ら男はたいていエロが好きなせいで、エロを嫌いな人への配慮足りなすぎ。コンビニなどでの売場規制はもう少しきちんと行われるべき。レンタルビデオ店とかみたいなゾーン分けは必要だろう(ただ、それを急激にやると、絶対に「売上が落ちてつぶれるエロ系出版社」「廃業するエロ漫画家」が出ちゃうので、ソフトランディングは考えるべき)
自分の基本スタンスは、あの条例は賛成できなかったが、表現規制は必ずしも否定しない(性・暴力ともに)。
特に1)は個人の主張である。信念であるうちはいいんだけど、それが「実証的に証明された」例があったら教えてくれ。え、規制が緩い国の方が犯罪率が低いとかいうデータがある?それは示唆するデータであることははっきり認めるけど、国が違うデータ等を使って「日本でもそうなる」と応用できると言い切れるデータなの?そして、そもそも、相関関係は因果関係ではないですよ。それらを総合してまともに使えるデータはどっかにあるんですか?
自分が見てきたデータからすると、「エロを抑止しても犯罪効果につながる可能性は低い」「エロ規制が犯罪を抑止する証拠はない」「エロを開放すると犯罪率が減る可能性を示唆するものはある」けど、それ以上じゃない。条例反対運動で「エロ規制が犯罪を抑止しないとわかっている」と批判している人がいて、それはいいんだけど、それと同じ口で「エロが犯罪を抑止する」「エロを規制するとかえって治安が悪化する」って言いきるのは、正直「あんた大丈夫?」って思ってしまう。きもい。
3)エロ嫌な人への見下し
条例推進派の発言等にも多々見苦しいものはあったが「エロに免疫なく育った人とあったことがあるが人間的に云々」と非常に小馬鹿にした発言が散見されたが、エロ免疫なしで育ってもまともな人はちゃんと自分の知ってる中にもいる。性教育についてはある程度教えた方がいいだろうという立場だが、それ以外のエロコンテンツに触れておかなかった人間がそんなに見下されるような人間とひとくくりにされると、なんだその傲慢なカテゴライズは、という印象はぬぐえない。エロを知ってても嫌いな人は少なからず(どちらかというと女性に多いか)はいるが、それが何か問題なのか?エロが氾濫することを嫌う主張だって意見としては尊重されていいはずだ。棚が分けられたって封がしてあったってコンビニに並んでるエロ本の表紙が並んでいるんだっていやな人はいる。そういう人はおろかなのか、そういう人は今時マイノリティだから我慢して生きるべきなのか。少なくとも「そういう人とも折り合って生きられる社会のルールってなんだろね」ってかんがえられないようならダメじゃね?すでに都条例は通ってしまったが、こういう私から見るとキモい言動をするのは、運動の内側のオナニーにはなるかもしらんが、外向けの運動としてはマイナスはあっても(現実問題マイナスはたいしてないだろうが)、まず、プラスにはならんと思う。
Ilovenoel 表現規制, 余談 『18禁ゲームも出す事によるセガサターンの躍進→18禁枠廃止→じり貧→ドリームキャスト不振→ハード事業からの撤退』と言う一連の流れを思い出した。 2011/02/13
はて。私の記憶が確かならば
『初期はPSと互角(優勢だった時期もあった)→やがてセガサターン苦戦(FF7がPSで出た影響が大きい)→18禁OKを強調し出す→逆にファミリー層に敬遠されるようになり衰退は止まらず→18禁廃止しても変わらず→セガマニアにも無謀と言われつつドリームキャストで次世代機(当時)戦争に参入→当然のごとく惨敗→ハード事業からの撤退』
だったような。
セガサターンの18禁ゲーなんて所詮下着止まりで、本気でエロゲやりたかったらPC買うのが当たり前だったしね。
あと、初期に売れたのは「18禁ゲーがあったから」ではなく「バーチャがあったから」だよ。
バーチャ専用機なんて言われたもんだ。
ゲハな増田さん居たら補足してーん
これはタイトルからして詐欺だな。「はてなから真実を(キリッ!」のはてなサヨクが反対する側の意見を捻じ曲げることはよくあるが、法華狼の日記なるこの記事もまた酷いね。
チャンネル桜が漫画の性表現を全否定したことで、困った立場に置かれた漫画家が一人 - 法華狼の日記
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20101225/1293296039
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20101225/1293296039
YouTube - 【青少年健全育成条例】表現の自由と店頭販売の現状[桜H22/12/23]
http://www.youtube.com/watch?v=EeYTGkGvkzw
で、この動画のどこに「チャンネル桜が漫画の性表現を全否定した」根拠があるのか?「はてなで真実を語る(キリッ」のはてなサヨクの法華狼よ。むしろ、チャンネル桜のその動画では、漫画の性表現を否定しないと言っているのだが。全く逆のことを言って、はてなサヨクってバカじゃないのか。
チャンネル桜が言っているのは、漫画の性表現は否定しないが未成年にどきつい性表現の漫画を見せるなということで、これは一般感覚からそんなに外れてない。チャンネル桜は、成人漫画での性表現を成人が見ることには別に何も言ってないし。「こういう漫画はせめて中学生とか高校生以上」とか言ってるから、18歳以下でもなくて、小学生や中学生に見せるなということでもある。となると、チャンネル桜は漫画の性表現の未成年規制というよりは、小学生や中学生に対する販売規制の年齢制限をしろってことでもある。
法華狼は「はてなから真実(キリッ」の程度の低いはてなサヨクだから仕方ないが、チャンネル桜のその動画を見ればすぐに分かる嘘を付いて何を言ってるのだろうね?
で、このはてブがまたバカが揃ってるわけだよ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20101225/1293296039
Gl17 対象先の米欄・・・保守系が一貫して規制主導してるのと、だから桜が擁護するのは明らかなんだけど、こういう時は魔法の呪文「左右に関わらず」が炸裂するので信条の守りは安心!だね。幸福にはなり難そうだけど。 2010/12/26
はぁ、またこの程度の低いブサヨのGl17が「ウヨクめ!」とかいう思想で意味の分からないことを言ってるよ。保守系が一貫して規制主導してるというのは違うしね。いやしかしね、一貫して規制主導してきたのは、APPとか、日本キリスト教婦人矯風会とか、ECPAT/ストップ子ども買春の会とかのサヨク側の連中なんだが。Gl17は、そういうサヨクが何を言ってきたのかも知らないのか。いやさすがに、このGl17はバカだろ。
サヨクのバカどもには、もう少し知識を付け加えてやろうか。日本キリスト教婦人矯風会はいつできたのでしょうか?日本の婦人団体のことを少しでも知ってる?いや実はね、日本キリスト教婦人矯風会は今ある婦人団体の中で一番古い歴史があるんだよ。半端なサヨクはそんなことも知らないんだけどね。サヨク界の重鎮が規制派の代表にいるのに、ウヨクを叩いているサヨク共はつくづくバカだね。チャンネル桜は最近できたのだが、矯風会はとっくの昔の戦前からあるんだよ。
そして、チャンネル桜とかの保守系は別に成人まで規制しろと言ってないし、チャンネル桜は、18歳未満でなくて、中学生以下ならいいとかまで寛容なことを言っている。しかし、APPとかのサヨク側の連中は、成人まで規制しろと言っている。サヨクのほうがひどいことを言って、まさに性表現を全否定のようなことを言っているのだから、APPのようなサヨクこそ批判するべきなんだが。APPとかって結論的には、結局のところ統一教会と似たようなことになってる。
はてなの頭の悪いサヨクはもう少し考えろ。チャンネル桜は、むしろ性表現には寛容だ。こんなチャンネル桜を見えない敵で叩いているサヨクは、世界の右翼と言われる層がどれだけのことを言っているのかも知らないよな。日本のサヨクって日本を批判しながら、結局日本から出られないで日本に蛆虫みたいに寄生するしかないバカだからな。
「はてなから真実(キリッ」の法華狼の日記に、「肉屋を支持する豚」とあるが、性表現規制問題で「サヨク様」とか言ってサヨクに頼るのは、まさに「肉屋を支持する豚」だ。まぁ、Gl17を見ても、サヨクはサヨクが何とかしてくれるというお花畑だからね。
サヨクを支持しても、APPとか矯風会とかECPATとかは、お前らのことをゴミクズサヨクと思っているから、お前らを裏切るという感覚もなく、ゴミみたいな扱いしかしないからな。
まぁ、肉屋を支持する豚サヨクは、性表現でもウヨサヨに必死で、サヨクにすがり付いて泣きを見ればいいのではないの?
いやしかし、法華狼の記事のレベルの低さには笑うね。これを持ち上げるはてなサヨクって、やっぱりはてなの癌だな。こんなアホな奴らがいるから、はてなはいつまで経ってもマイナーなんだよ。
せと弘幸Blog『日本よ何処へ』:☆言論・表現の自由を守るシンポジウムのお知らせ
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52628816.html
http://ameblo.jp/doronpa01/entry-10767938965.html
都条例の漫画、アニメの件での表現の自由規制に反対デモを真っ先にするのが、在特会、瀬戸弘幸らってのは、サヨクのお株がまた奪われたな。
在特会代表の桜井誠は、「公権力による表現規制を絶対認めないぞ!」って言っている。こういうシュプレヒコールのデモもするんだろうから、サヨクは本当にお株を奪われたな。
公権力による表現規制反対というサヨク側の専売特許であるかのように思われいたのを、在特会、瀬戸弘幸らが真っ先にデモをするとか、それほど日本のサヨクは弱体化しているってことだな。映画プライドの件を思い出せば、サヨクが表現の自由を重視してないのは明らかだが。
公権力規制のデモでさえも、一番行動力があるのが在特会、瀬戸弘幸らって、日本のサヨクは本当に終わってるのではないのか?日本のサヨクは公権力規制でさえもデモもできないヘタレだらけで、役立たずのゴミどもだな。
表現規制反対とか言ってるサヨクは、ネットで言ってるだけだろ。ネットで言うだけでなく、サヨクならデモくらいしてみろよと思うが、今のサヨクってもうそんな力がないからね。サヨクって在特会をネットで叩いているだけで悦に入っている役立たずだしな。
サヨクが未だにしているデモって、全共闘の時と同じ米軍基地ハンターイ!と、戦前からある労働問題ばかりだね。硬直化したサヨクは、もうダメだね。
瀬戸弘幸は「私はエロに関してはかなり寛容」とか言って、表現規制をするなって言ってるね。瀬戸弘幸はエロの規制問題に関わってきたんだと。ネットで表現規制反対とか言って悦に入っているサヨクよりも、よっぽど現場で経験してきたわけだね。
桜井誠は思想に関係なくデモに参加できると言ってるから、この真っ先に公権力規制反対デモをする桜井誠のデモに、サヨクは頭を下げてでも参加してこい。
http://ameblo.jp/doronpa01/entry-10767938965.html
なお、今回のデモ前集会およびデモ行進は思想の左右を問わずどなたでもご参加いただけます(ただし、主催者側の指示に従えない方のご参加は拒否いたします)。
http://ameblo.jp/doronpa01/entry-10767938965.html
【日時】
平成23年1月15日(土)
14:30集合 15:00出発
【集合場所】
http://www.kaigishitsu.jp/room_akihabara.shtml
※ デモ前に瀬戸弘幸氏主催による『東京都の青少年健全育成条例改悪反対シンポジウム』 が同ホール(7階)にて開催されます。シンポジウムの詳細については下記<シンポジウムご案内>をご参照下さい。
【デモコース】
地獄のミサワ的な言い方になっちゃうけど、いまさら感が非常に強い。
ATOKの変換語彙自主規制は90年代半ばにはすでに実装されていて、
その規制語彙の一覧などを見れば、
一度も気づけないなんてことが考えにくいほどに無茶な規制を組み入れている。
”不快表現、差別語なんて一般的な場面ではつかわねーから気づくわけないだろ!”
たとえばラーメン店の屋号としてつかわれる支那そば屋の支那をなぜ変換できないのか、
なんてことに人生で一度もぶち当らないで済むような上流階級の貴族様や、
ぶち当たっても変換できないのが当然と思ってスルーしてきたような問題意識の乏しい人が、
だれかがATOKに変換語彙自主規制が導入されていると言っているのを耳にして、
にわかに「20年来のパートナーと別れる」なんて言い出すのなんて、だっせーなとしか思えない。
古女房がプロ市民として長年活動していることを他人から指摘されて初めて気づいて、いきなり離婚すると言い出すような。
程度の差こそあれ、MS-IMEにも表現規制は導入されていて、
メーカー側の勝手な配慮により自動変換不能にされてる語彙は少なくないことからすれば、
他に十分な変換機能を備えたまともな選択もない以上、実際に使う使わないかは別として、
ジャストシステム様が「おめーらには使わせてやんねえ」とのたまってるド下品な語彙リストを
ユーザー辞書としてぶち込んで抵抗してやるぐらいのことしかできない
・・・はずだった状況もGoogle日本語入力が登場するまでの話で。
盲滅法もつんぼ桟敷も一発で変換してくれる素敵な変態IMEのGoogle日本語入力があるんだから、