はてなキーワード: 葉鍵とは
タイトルに出てきたホメオパスについて、何で嫌われているのか、言及されて無いな。
ついでに言うと、あれは砂糖玉を薄めてるんじゃないの。
そうすれば抵抗力が付くんじゃないかって事で。
そして、それで十分であるとして、それ以外の医療、つまりは機械医療を放棄しているのが問題なんだ。
そういった事でおきている問題の積み重ねによって、叩かれるに至っている。
村上隆が叩かれてるのは、
村上隆が表現しようとしているオタク像、オタクのエネルギーって奴を現代のオタクは持ち合わせていないから共感できないという事。
岡田斗司夫に「発想が古臭い、とにかく顔がブサイクすぎる」と94年に言われているほど当時ですら過去のオタク像を表現している。
国内に向けて、「これがオタクですよ」って言っても「それは30年も昔のオタクで既に絶滅している」と即否定されるんだから、
海外に向けて、「This is..., the "OTAKU"!」と言ってウケを取る。
国内のオタクからすると、海外にオタクとはそういうもんだという認識をもたれるのが嫌なんだ。
日本に来る外人が、「Where is a ninja?」、「Where is a samurai?」と聞いてきても困るだろ。
同じように、アキバであんな30年前のオタクを探されても出てこない。
あれは、パソコン通信や、雑誌の投稿欄、コミケの変質といった状況で生まれたもの。
今の、インターネットや、ニコ同、同人誌卸の存在といった状況には生まれえない。
当時の彼らの欲してやまなかったもの全てに最初から手が届くんだから。
うーん、言うのは簡単だけど結構難しいかもよ。と思ってしまう。
そもそも東方フィーバーは結構色んな要素があって今に至っていると思うし。
○二次創作そのものを考える場合
・原作、キャラクター、音楽などすべてにおいて二次創作OKを出すという事は
その作品に関わるクリエイターやスポンサーがみんなOKを出さないと難しくないか?
・その結果、大きなスポンサーや優秀なクリエイターが離れてはしまわないか?
・二次創作を認めることで企業側の公式グッズの販売で利益を見込める割合が落ちてしまい、
○東方そのものを考える場合
・そもそも東方がブームを維持しているのは、単に同人界に「次が来ない」からではないか?
・東方ブームの前にも葉鍵や月だとかそれ以前にも様々な「鉄板(後述)」があったけど
なかなかその次の鉄板が来ないからとりあえず東方に乗っているって状況ではないか?
・東方はたまたま神主の個人企業主としてのいい感じの緩さで儲けを重視することなく、
「皆の衆、勝手にやってくれい」って感じで居られるが、企業にそれができるか?
ちょっとでも何か色気を見せたと単に「必死だな」とか叩かれて崩れるのが目に見えてしまわないか?
・どんな業界でも(しかし、同人やネット界隈では特にその傾向が顕著なんだけど)、
1つずば抜けて大ヒットしてしまうととにかく誰も彼もがそこに追随してしまって
とにかく「そのネタ」でさえあればピンでもキリでもすべらない状態が生まれる。
(ニコ動が特に判り易いかも。初音ミクとかフタエノとかIKZOとかの鉄板ぷりと言ったら)
東方はたまたまその「鉄板」になれただけで、別にどんなものでも二次創作を認めただけで
鉄板になれるとは限らないのではないか?
とか色々思ったけどとりあえずここまで。
いちゃこきシーンってわざわざ「エロシーン」にする必要なくない?
朝チュンでもいちゃいちゃできるじゃん。
具体的な描写あったほうがよりニヤニヤしねえ?
ちなみに他の増田も漠然とはイメージして語ってるとは思うが、エロシーン要るいらない議論の対象となってるのって、とりあえず完全ヌキゲー見たいなのはとりあえず別で、葉鍵(leafはちょっと違うのも多いけど)系のメーカーの作品だろう。
そんで、特に、ToHeartや鍵のはいらないんじゃないかと言ってんだろ?
俺は逆に葉鍵のもういんどみるやオーガストみたいにエロも手厚くすべきだと思うわけよ。
もちろん、文章がしつこいとか描写がへたくそとかの問題もできる限り改善した上で。
エロシーン複数回にすればベッドヤクザ問題も多少解決できそうだし。
ところでふと思ったが、エロゲーにエロシーンがある裏の理由は「ポルノメディアであることで、ストーリーへの評価が甘くなる」ってのがあるような気もしてきた。
何これポルノメディアの分際でなかなかストーリーいいじゃんみたいななるのやもしれん。
「俺、エロゲー好きだよ」と言う男に、好きな作品や作家を聞いて葉鍵の名前があがってくるとげんなりする。心底がっかりする。葉鍵は私も大好きだし、素晴らしいメーカーだと思うけども、臆面も無くKanon・ToHeartの名を挙げる人のほとんどが、それ以外のエロゲーをやっていないんだもの。それどころか、そのメーカーさんの最近の作品もやっていない。せめて「フルアニ」ぐらいやってから言ってもらえませんかね。
要するに「エロゲーを理解する心の広い俺」を演出するために、いちばんてっとり早くて優等生な回答なんですよね。Key・Leafは。あと、オーガストもこのカテゴリに入る。
確かに男性に人気のエロゲメーカーとして鉄板なことは間違いないけど、本当にエロゲーが好きならもっとたくさんの名前が挙がってもいいと思う。もっとやれよ!純愛泣きゲ以外も!最近のも!「君望」「D.C.」「みずいろ」「Fate」のコンボはもう飽きました。
1度だけ「今宵も召しませ♥アリステイル」という回答が返ってきて、土下座せんばかりに感動したことがあります。あ…この人、本当にロリコンだ…と思ったよ。
二次創作のガイドラインに、「プログラムでの使用禁止」(つまり初音ミクの絵を使ったゲームの禁止)と明記されてるのに、なぜ作るんだろう?
最初に権利関係を確認するのは当然だろうと思うんだけどなぁ。
それに作った本人が連絡しなくても、それをみた第三者が通報すれば、当然通告されると思うよ。そういう偽善者というかお節介というか、自分がダメだったから他人もダメにしてやれ、という考えの人は多いから。
それから葉鍵は、営利目的でない場合には別にゲームを作ろうが問題なかったはず。ショップ委託はグレーゾーンだったから、下手に問い合わせて薮蛇になるのを避けてた、というのはあったと思うけど。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3448142801/
■重要なお知らせ■
クリプトン様より通告を頂まして、
頒布再開につきましては完全に未定となります。
申し訳ありません。
EJIN研究所 江神号
※尚、画像自体は残しても大丈夫だと思いますので
そのままの形で残しておくことにしました。
こんなヤツらいたんだなぁ…と苦笑してやってください。
初音ミクゲーを作ってる他の同人ゲームサークルは、戦々恐々としてんだろうけども
後先考えず「うちのサークルのは大丈夫でしょうか?」とかクリプトン社に問い合わせしまくるのは勘弁。
この文面だけ見るとクリプトン側が一方的に「初音ミクの二次創作パトロール中に貴サークルを発見しましたので、即刻発売を取りやめたし!」とか言ってきたようによめたんだけど、
ええっと、半ばパニックになった僕の文章がいたらなかったこともあり、
一部で誤解が生じているようですので、簡単に経緯を説明しておきます。
今回の頒布停止につきましては、こちらからお伺いのアプローチした、
というわけではなく、クリプトン様のほうから頒布停止通告のメールを頂きまして、
それに合わせて対応させていただいた形です。
2月8日のガイドラインQ&A追加に伴い許諾申請をお願いしておりますが、
これにつきましては頒布停止後の動きです。
言葉が足らず、誤解を招いてしまったようで申し訳ございません。
そもそもタイトルに「初音ミク」ってそのまんま使うのはどう考えても死亡フラグだったし、未練たらたらでこんな文面をサイトトップに掲載すんのもどうかと思った。
粘着とかに通報されまくったのはお気の毒。。。
こっからは別のサークル宛の話なんだけど、葉鍵の二次創作で同人ゲームを作ってた奴らだって、いちいちリーフとかkeyに伺いたててなかったろ?
「戦え!俺の柏木初音」とかいうタイトルでリリースしなかったろ?
っていうか公式団体に「二次創作作っていいですか?んでメ○ンブックスとか○らのあなで売っていいですか?」とか聞かないでくれ><、あの渡辺製作所だってそんな愚行してなかったハズだ。
そんな事聞かれたらどこだって「NG」を出すしかないじゃない。
いいか、クリプトンとかに問い合わせるのは考え直してくれ。
(あずまきよひこ氏の話も参考に。)
とまあ12月24日にあんな長文「リトルバスターズ!18禁化に寄せて」を書いたわけだが、殿はこんなちっぽけな俺の遥か彼方、斜め上5万kmくらいを突き抜けてくれたよ。いちおネタばれね。
とりあえずタイトルで吹いた。素晴らしすぎる。ある意味18禁化をネタにしたというか、これまでのKeyの「エロはいらないよね」的路線に対するアンチテーゼというか、ある意味あの「筋肉筋肉ー!」とかいうカオスなゲームにこれ以上ないくらい相応しいタイトルだと思うのですよ。というか性的な意味よりも、真人が「俺の筋肉が、エクスタシーに達したああああ!」とか言っている姿しか思い描けないくらいです。謙吾はエクスタシー大統領な。取ってつけたような18禁化ではなく、かつてない状況でエロを発揮せよと前回書いたわけですが、このタイトルをつけるということはKeyは(というか多分、殿は)本気ですよ!?
佐々美と佳奈多が来ましたね。佳奈多だけで9000円出すよ俺。マジで。城桐央の真骨頂を見せて欲しいです。そして真面目な意味でも、あの虚構世界でこの二人の位置づけって?という謎は散々考察されたネタなわけで、今回その一端が見えるかもしれないというのはかなり注目に値します。その他の追加要素は……あまり期待しすぎるとよろしくないので、生暖かく待つとしましょう。
※12.25追記:すいません、ネタばれなのでやってないけどこれからやるつもりの人は読まないでください。書くの忘れてた……そういえば正式発表されたんですかね?これでデマだったら涙目。
最初この情報を知った時の感想は「へー、そうなんだ」でした。んで葉鍵板やら各種ブログやらを見て回って、あまりのウブな反応っぷりに吹きました。「リトバスにエロはいらないだろう……」「友情の物語が崩れる」「ショックです」などなど。う、ウブすぎる……。その割に「エロエロなアフターもの、FDなら良かったのに」という意見は多い。なんという解離。というか、未だに智代アフターがトラウマなのでしょうか。兎にも角にも、実にウブな「リトバス大好き!俺のリトバスを汚さないで><」というご意見の数々に大変、心温まる今日この頃です。
感情的な「エロはやめて」的言説は置いておくとして、エロを入れると「リトバスの構造的に不味い」という説は考察してみたいところです。これはつまり「リトバスは虚構世界をループする中で理樹(と鈴)が成長していくお話だから、構造上、全ルートを理樹(と鈴)は体験しているという前提が成り立つ」ため、単なるマルチエンディングと違い、トゥルーエンドの理樹きゅんは「みんなと致した」末の理樹きゅんになってしまうということです。しかも、回避策として浮かぶ「バッドエンドえろえろ作戦(別名:ナギー夢現エンド方式)」ですら解決できないのが厳しいところ。だって理樹きゅんの繰り返しの中にはバッドエンドも含まれているわけだからね(いくつかのバッドエンドにおいて、次の世界を示唆する言葉は散見されます)。小毬発狂エンドや美鳥バッドエンドでのえろえろは容易に思いつくだけに惜しい。実に惜しい。しかし本当にそうだろうか。本当に「不味い」のか? 実は、全然不味くないんじゃないか? なぜキスはよくてエロはだめなのか。ラストでヒロインたちはキスの話をしているじゃないですか。そもそも「みんなと致した」末のトゥルーが不味いなら、各ルートそれぞれ、恋愛関係になっている時点で不味いし、その時点で「不潔です><」とか批判しないといけないわけです。事実、そういう批判もあるはずです。でも、その構造は受け入れておきながら、いざエロが絡むとなったとたん「不潔です><」は無いでしょう。
個別ルートで純愛を語りながら、それらを渡り歩く美少女ゲームに必須のスキルを、とある偉い人は「解離」と呼びました。リトバスも最初からエロありだったら、この解離スキルを使いこなした歴戦のユーザーはエロ部分を含めて「面白かった」と言うでしょう。「Keyにエロはいらない」というお決まりの言葉は当然出るでしょうが、それはもうお約束みたいなものです。ところが、一度「エロなし」の物語を見てしまった僕らは、いざ「エロあり」になった瞬間、解離がうまく機能させられなくなってしまっています。何を今さら的なウブな反応は、ひょっとするとこの部分にあるのかも知れません。ToHeart2の場合と違って、明確に「共に様々な困難を乗り越えてラストに至った理樹きゅん」との記憶を持つだけに、この解離は困難を極めるというのが正直なところなのでしょう。
だが待ってほしい。逆に考えるんだ。だからこそリトバスのエロはかつてないほどに興味深く、Key史上でも類を見ない独特な魅力を放つ可能性を秘めています。そもそもエロとは禁忌であればあるほど魅力を増すもの。Keyのエロは予てより「予定調和的」で「不必要なもの」としての位置を占めてしまっていたがために「必要のないもの」として処理されてきました。当然です。エロゲーというフォーマットだからエロがあって当たり前。ここから「ずらす」ために麻枝准はAIRを作ったわけです。ナギーの「バッドエンドでのみエロ」はエロゲーのかつての機能からすれば奇形だったわけですし、観鈴ルート→AIRルートに至って完全にエロゲーとしての梯子の数々を外しまくったのも、Keyがエロゲー屋さんであるという前提があったからこそ機能しました。翻って、CLANNADで完全にエロなしとなったKeyは、リトバスもエロなしになって「もうKeyはそっちなんだね」という印象を刷り込むことに成功しました。そこでエロ。そりゃあみんなびっくりするよ。リトバスは元々エロでもいけるように作っているのですが、ユーザーとしては「エロなしで当たり前」なのがリトバスです。「エロなしで当たり前」のはずの物語でポルノグラフィーが展開するという禁忌。遣り様によっては、Keyの新しい世界が見えるかも知れません。そもそもリトバスは実験色の強い作品であり、今後の「ポスト麻枝時代」を築くための礎という位置付けがなされているのは容易に想像がつくというもの。どんどんやってほしい。なんでも試してほしい。それを受け入れるだけの余剰が、あのリトバスという途方もないゲームには含まれていると私は信じています。