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2012-01-27

#吉田寅次郎の思想#

・「ことは長州藩内の問題ではない。寅次郎個人の問題でもない。一藩の軍学師範約束を違えることは、長州満天下に恥をさらすことです。最大の不忠なのです!私人としての寅次郎がどうなろうとも、私は公人として立派な行動を取らねばなりませぬ」


・「僕は気が狂っているかもしれません。しかし狂うぐらいに行動して初めて道は開けるのです。家族にも私の突き進む道を見ていただきたい。きっと褒めていただけるはずだ」


・愚かな人間とは自分の信念を曲げてしまう男のことです 自分で一旦決めたことなら生涯をかけて貫かねばなりません


金子くん、使命を見失ってはいけません 私達が守ろうとしているのはあの人々の平和笑顔です

 私も一瞬君と同じ気持ちになりました 我々が命がけで苦労をしているのに、と

 のうのうと遊ぶあの庶民に怒りが込み上げそうになりました。

 しかしだからといって、彼らも苦しまねばならんと思うのはトンデモない誤りです 驕りです!

 私達が守るべき庶民が愉しむ姿に怒りを覚えるのは本末転倒であります

 何のために戦うのか それを忘れてはなりません それが武士なのです

 自らの意思で死地に飛び込むのが武士なのです 我々は決して「戦ってやるのだ」などと思い上がりをいだいてはなりません

 

 逆に、どれほど苦しかろうと事情があろうと、戦うべき時に戦わずのうのうとしている武士を許してはいけません

 我々が武士である以上、それを肝に命じておきなさい


・我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!(投夷書)



密航計画が幕府に知れるのは時間の問題。ならばその前に自ら名乗り出よう。

 「逃げ隠れしたと思われては僕達の誠実さが伝わらない」死刑覚悟密航を企てたとわかってもらわねば役人の心を動かすことはできない。

 私から何かを説くわけではない。私の姿を見せるだけでいい。

 命をかけてこの国の前途を憂えている人間がいると知れば、その人がまた真剣にこの国を考えるようになる

 そんな人を増やすのが、これからの私の使命だ、喜ばしいことではないか

 私は無理だったが、その人達が私の夢を継いでくれる 絶望などないさ


・にげれば僕達は悪いことをしただけの人間になります

 僕は誓って悪いことはしておりません 命を捨てて貴国の船を訪ねたことはいまでも英雄的な行為であったとおもっております

 英雄けが牢に入る資格を持つのです

 ただ、こうして牢にいると顔を動かせないのが辛いであます 

 まさかさらし者になるとは思わなかった

 この状態では悲しい顔を見せればそれが他の理由でも人々は僕をダラしない、情けない罪人だと思うでしょう

 といって怖い顔をしてもニコニコ笑ってもトンデモなくふてぶてしい悪漢だと思われてしましま

から僕はどんな表情もできない… まだ英雄であることに慣れていないのであります・・・



#佐久間象山鎖国制度評価#

 「我が国の祖法」とおっしゃるが、

 我が国の歴史を見るに、学問文字仏教儒学すべて海外より伝来したもの

 そもそも聖徳太子はるばる波濤を越えて隋に試写を使わされ それが遣唐使となりて交流が栄えたところから始まっております

 江戸幕府における鎖国令についても

 これは三代将軍の御代 寛永年間に起こった島原の乱に原因を持つ非常時の措置にほかなりません

 二百余年を過ぎてなおこれに執着するのは弊害のみが多く国家発展の妨げとなり

 神奈川条約が結ばれた今、鎖国事実上死文となっているのではありませんか?

 徳川幕府そのものがすでに町民中浜万次郎くんを直参に登用し重用されているのですよ

 本年よりは急ぎ多くの優秀な若者外国に送り、異国事情を学ばねばならぬ時ではありませぬか?

幕府側の対応自首してこなければこんな問題起きなかったのに」w



#坂本龍馬岡田以蔵#

「以蔵、怒る!詳しく怒れ!何に、どういう訳で怒るのかをよくかんがえて怒らんか!」

「以蔵、お前の言うとおりだ、わけのわからん上の勝手カラクリでわしらはすきにされてるんだ。お前のおかげで分かったぞ!」

エライ人も偉くない人も同じだということを教えてくれる人が偉い人なんじゃ」

「以蔵、もうすぐ世の中は変わる。お前も何でもやれる時が来る。だから短気を起こすな」

→刀振りかぶってる相手に両手広げて真正面から抱きついてくる人間は斬れない。お前には負けた



#日本が勝てない理由#

 戦の相手は米国だ 黒船が撃ってきたらどうやって戦うんだ?

 それぞれの藩が自分の持ち場だけで戦う よそが買っても負けても知らぬ存ぜず それで勝てるわけ無いだろう!

 藩が互いに連携を取らなければ作戦すらタテられないというのに 各藩が共同戦線を組むのは幕府が禁じている

 各藩が仲良くなったら将軍家より強くなることを恐れている 幕府馬鹿か!

 目の前に巨大な敵が出現しても各藩は互いの顔色を伺い前の敵より後ろの将軍家に睨まれるのを恐れている

 結局江戸湾防備にしても 形だけのことしかしない 幕府も各藩も、国が消えれば全部なくなってしまうのに自分のことしか考えられない

 こんなことではこの国は他の国と戦争なんかできない この国を変えなきゃどこにも勝てない!

 この国を何とか一つにまとめなければすべてが滅びる 



#日の丸の旗の話#

 海軍の創設に際して、薩摩が強く主張し、幕府が反対した日章旗であるが、

 面白い事に鳥羽伏見の戦いにおいては、

 幕府日の丸を掲げ、錦旗を掲げた薩摩日の丸賊軍として攻撃目標にした。

 以来戊辰戦争あいだじゅうは日の丸皇室に背く悪の象徴として、官軍の手によって踏みにじられ引き裂かれ焼き捨てられたのであった



#大災害が起きても、大飢饉が起きても、幕府地方を支援することはない#

 安政東海地震 M8.4 五ヶ月前に安政伊賀地震、翌日に安政南海地震一年後は江戸直下型地震

 しか幕府には蓄えがないし、そもそも幕府は他の班を助けるという発想自体を持たない。

 幕府が支援するのはあくまで御三家親藩だけであり、

 たとえば天明の大飢饉の際には、白河藩は餓死ゼロであるのにたいし、付近岩手藩は最も餓死者が多い結果になった。

 しかもその最中将軍家の祝賀パーティーなどがあったわけで、

 これをみても、徳川日本代表や支配者などではなく、ただの一番強い藩でしかしかなかったことがわかる。

 この不安定さのせいで、思想の取締や、政道への口出し禁止、参勤交代外様藩の力を弱めるなどの措置が取られたわけで

 どうせなら、徳川家が名実ともにもっと強大な支配者として君臨していれば、話は変わったかもなー。



#開明の志を持っている藩は多いが・・・#

 薩摩藩を筆頭に

 九州肥前佐賀藩鍋島直正宇和島藩の伊達宗城

 越前福井松平春嶽下総佐倉堀田正睦水戸徳川斉昭など。

 それはいい。しかし私が知りたいのはその先だ。

 お互いに競争をするのはいいが、みんな自分の班のことしか考えていない。

 私は攪拌の江戸湾警備をこの目で観てつくづく情けなくなった。

 三百も藩があって、それが互いの垣根を取っ払って力を合わせ、西洋列強に立ち向かう方法はないのか?

薩摩西洋化にした所で所詮一昔前を追いかけているに過ぎない。

 イギリスアメリカの最新兵器に比べればおもちゃのようなものよ。

 攘夷も開国も、どちらも無理なんだ。このままじゃどっちにしろしてやられる

 この国が生まれ変わる方法ひとつしかない 貿易だ。

 しかし、やつらは数百年ずっと相互貿易文明を発展させ富を蓄え、その力で東洋へ次々と乗り出していった

 そんな連中を相手に 訳もわからず国を開いて交易を開始してもいいように食い物にされる。

 だからまず船だ! 一隻でもいいから最新鋭の蒸気船を購入するんだ。

 それに志ある若者を乗せる!航海術を覚え、世界の海に乗り出すんだ

 世界中に物を運び文明を知り、やがて貿易国家としてこの国を栄えさせていく

2012-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20120119190253

その証明責任はないし、自分自首する時に提出する為だったかもしれない

論点はそこじゃなく殺意の行き場だと思うんだが

2011-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20110212165522

ならば早くこの人のようになればいいのに。

今35才なんだが、コイツは16才以降、今まで檻の中に居た時間の方が長い

小・中と、ひどい虐めを受けて、ある日突然キレて生き方を変えた奴なんだが

本人曰く「また、正月前には自首予定」、、、似たように虐められていた他の仲間達が

「もう20年以上たってるんだ」

「もうやめてやれよ」etc

言っても聞かない

何か壊れてしまって

昔虐めていた連中に徹底的に粘着して復讐することが

人生の目的なっちまってる

 

虐めていた連中4人の人生は、殆ど崩壊と言うか

毎日地獄のようだとは思うが

あいつらが全員、自殺するまで止めねぇ」と

ケラケラ壊れたように笑うのが怖かった。

 

鈴木・林・金山

これ読んでたら、柴田のようにあの世まで逃げろ

お前等が虐めてた過去は、忘れもせず水に流しもしないが

相手は、ナチ戦犯を追いかけるモサド並みだ

柴田墓石たたき壊して、骨壺にウンコかけるなんてまともじゃねぇが

止めようもない。

家族ターゲットした復讐は

放火に始まり(少年院3年)

ひき逃げ(4年半)

いたずら電話

嫁と息子、娘への○○○ (5年)

○○○シーン撮影して、職場なんかに送りつけたり

 

完璧にイッちまってるから

柴田死んでから、全員街を出て行ってるのに

今3人は、何処にいるかまで調べてる

はっきり言って怖い、今までは新聞地方版だけだったが

そのうち全国ニュースに流れるんじゃないか

http://d.hatena.ne.jp/hagex/20101029#p1

2010-11-29

「ニセモノの良心」の人とやりとりしてみた

または「告発の方法について」、または「地方テレビ局の人は楽天的しい」の巻。

夕べhttp://soulwarden.exblog.jp/12373871/でやり取りした結果分かったことをまとめてみたい

【1】告発ルートテレビ局などのメディアを使う時

 ・詳細不明のデータ媒体は開封までこぎつけても「間違いなく捨てられる」。ただし、「暇な時期ならネカフェに持っていってみるかも」しれない。

 ・「裏が取れる資料とセット」なら食いつく可能性はある。内容が分かるメモがあれば「ずいぶん違う」らしい。ただしどう違うかの詳細は不明。

 ・基本的には「どこにでも顔を出して『あいつは信頼できる』ライン作っとかないと地元報道はいけない」。ルートがない場合電話して、「信頼できる記者捕まえて、身元秘匿と情報提供、公開スケジュールの調整を行う」。

 ・ただし上記のような方法、さらに具体的には、どのように情報提供すれば見てもらうことができるか、どのように記者と交渉すればよいか、身元の隠匿はどの程度保証されるのか、といった情報を事前に知ることができるメディアは(あるかもしれないが)おそらくはない。

次は報道等で察しがつく、もう一方の方法。

【2】告発ルートYoutubeなどを使う場合

 ・公開は確実にされる(自分でするので「されないケース」はない)。

 ・ある程度のPCにまつわる知識が必要。本屋雑誌くらいは買う必要があるかもしれない。

 ・情報認識されやすい方法をある程度考える必要がある。ただし、一見して理解可能な情報場合はその必要もない(尖閣ビデオに解説はほとんどない)。

 ・「裁判所の書類ひとつIP出」されたりする。ただし、野良無線LANや身元確認の甘いネットカフェを使う、コインPCを使う、他人を雇ってアップロードを代行させる、など身元の隠匿方法は考慮可能。ちなみに尖閣ビデオで実行者が捕まった直接原因は捜査はなく、自首



…とまあこんなところだろうか。巷の報道をさらっとしか見ていない人間にとっては、「Youtube告発情報を流すことはできるが、CNNです情報を流すのには使えない」という認識じゃないだろうか。もちろん「さらっと報道を見ている」以上の人間、きちんと調べている人間にとっては、結局は捕まってるな、とかCNNへの送り方がまずかった、ということは理解できる。が、同時にオウムときTBSビデオ問題などの事例、ネットを介した身元判定の困難さも分かるはずだ。つまり、情報公開でも身元隠匿でもYoutubeなどのほうが安定する、という結論になるだろう。

仮にメディアルートを選んでも、そのためにとるべき手段は不可視だから、情報公開が失敗する可能性はかなり高い。失敗すれば結局Youtube等のルートを選択するしかないだろう。



ところで、件の地方テレビ局勤務の人は、「まあこんな大ネタなかなかない話ですが、『次』が起こった時にじゃあ今回のような三枚目を繰り返すのか、それともちゃんと抜けるかってのはけっこうポイントかも知れません」と書いている。上記の状況を踏まえた上で、それでもメディア告発ネタを「抜ける」可能性があると考えているらしい。正直、楽天的だなあ、と思う次第だ。

2010-11-20

暴力装置

たとえば数学者プログラマが、

喫茶店に入って、

コーヒー or オレンジジュース」が付くセットメニューを注文して、

コーヒー and オレンジジュース」を要求することは、

無いと思うんだ。

---

たとえば化学者が、

居酒屋に入って、

「ここにある酒はすべて低級アルコールだ」

とは言わないと思うんだ。

---

たとえば、

不特定多数受け手と想定した場合に、

確信犯/故意犯容疑者/被疑者自首/出頭、...

の違いを厳密に突っ込んでも、

しょうがないと思うんだ。

うそれは、

受け手解釈したような意味しかならないと思うんだ。

---

専門用語には平易な単語で構成されるものがあって、

一見した感じでは専門用語に見えなくて、

しか専門用語としての意味が、

一般的な解釈とズレを生じるものがあって、

(まっとうな)専門家は、

うい言葉を使う場合に紛れないように気を使っていると思うんだ。

---

あるいは誤解されたまま広まってしまった専門用語というのがあって、

(まっとうな)専門家は、

これらにも同じように気を使っていると思うんだ。

---

自分の発言がマスメディアに載る可能性が強いと感じている人は、

そこらを知っていたはずだと思うんだ。

2010-10-07

バカの集団

ここで言う「バカ」とは具体的な意味ではなくシンボル的なものとして欲しい。

最近バカの集団についてよく考える。最新鋭のバカばかり集めた集団は、

どのような行動をとるだろうか。



バカでも集団となれば上下関係はできると思う。部下が失敗してもバカは叱らない→自滅

バカは上司に失敗を報告しない(隠蔽)→自滅

バカは行動に対して効果測定しない→徒労→自滅

バカは人の話を聞かない→徒労→自滅

バカは人の振り見て我が振り直さない→徒労→自滅

バカは仲間の足を引っ張る→自滅

バカは自分より頭のいい奴を仲間にしない→自滅

バカは利益より面子にこだわる→自滅

バカはときに目的を失っても走り続ける→自滅

バカは効果がなくても繰り返せば効果が出てくると信じてる→自滅

バカはやれと言われたことはやらないが、自分の好き勝手なことはする→自滅

バカは相手に敬意を払わない→?

バカは沈む船から逃げ出さない→自滅

バカは自分で考えない→自滅

バカは相手を説得するとき相手の論理ではなく自分論理を話す→バカ

バカは例えば法を犯したとき、自首が最善策だとわかりきっていても家で悩んでいる。

バカはやるなと行ったことを敢えてやる。→ゲスの勘ぐり

バカは自らうんちに近寄り、臭い!と騒ぐ。→自業自得

バカは他人に(自分の気持ちを察しろ)と念じている→無理

バカは自分の都合良い情報だけを信じる→マスコミ情報マスゴミ批判

バカは意見は述べるが根拠は示せない→俺の根拠はお前が探せ

バカは形勢が逆転されると急に被害者になり、謝るから許してとか言い始める→なんでもあり



というような集団を半年くらい観察してるのだけど、

こっちの胸が痛む。

2010-09-05

平成22(わ)39 殺人死体遺棄 松山地方裁判所刑事部平成22年07月02日

主文被告人懲役9年に処する。未決勾留日数中120日をその刑に算入する。理由(罪となるべき事実被告人は第1平成22年1月9日午後3時15分ころ,愛媛県宇和島市内の被告人方において,実母A(当時82歳)に対し,殺意をもって,座っていた同人の背後から延長コードをその頸部に巻き付けて強く絞め上げるなどし,よって,そのころ,同所において,同人を頸部圧迫により窒息死させて殺害した第2前記日時ころ,前記場所において,Aの死体冷凍ボックス内に隠匿し,もって,死体を遺棄したものである。(証拠の標目)括弧内の番号は,証拠等関係カード検察官請求証拠甲乙の番号又は当庁の押収番号を示す。[判示事実全部について]被告人の当公判廷における供述被告人検察官に対する供述調書3通(乙2,3,Aの氏名及び被告人との関係について,乙1〔不同意部分を除く〕)検察事務官作成統合捜査報告書(甲4)[判示第1の事実について]検察事務官作成の報告書(甲9)押収してある延長コード1本(平成22年押第9号の1)及びタオル1枚(同号の2)(法令の適用)- 2 -被告人の判示第1の所為は刑法199条に,判示第2の所為は刑法190条にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,刑法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に刑法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人懲役9年に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中120日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする(なお,検察官は延長コード1本の没収を求めているが,同延長コード権利関係が必ずしも明らかでないことから,没収しないこととした。)。(量刑の理由)1結果の重大性被害者は,尊い命を突如奪われた。犯行の結果は非常に重大である。信頼していた実の息子に殺された被害者の無念さは計り知れず,同情の念を禁じ得ない。2動機や背景被告人は,被害者が年を取り,客の注文を忘れるようになったことから,被害者がやがて働けなくなるだろう,その時には今のような暮らしはできなくなるなどと考え,将来の生活を悲観し,無理心中を決意した。その背景には,多重債務状態で,返済も遅れがちになり,消費者金融から督促の電話も頻繁にかかってくるようになったことで,精神的に追い詰められていた事情も認められる。しかし,その経過をみると,被告人は,仕事を辞め,実家がある宇和島市に戻った後,10年くらい前から被害者と一緒に焼肉店を経営するようになったが,父親の遺産や,妹の保険金が入るなど,ある程度まとまった金を手にしたにもかかわらず,自分借金の清算もせず,焼肉店の運転資金に回すほかにも生活費や遊興費に漫然と使い続け,その貯えのほとんどを失うに至っているのである。経済的な困窮の責任被告人にある。また,被告人は,そのような自分の悩みについて,一切周囲に打ち明けることな無理心中を決意しているのであるが,結局,- 3 -母親や知人に弱いところを見せたくない,良く思われたいという気持ちが,そのような最悪の判断をしてしまった原因の1つであるといえる。被告人被害者は,仲の良い親子であったが,被告人が,被害者精神的に依存していた面も見受けられる。被害者の衰えにショックを受けたことが,被害者を支えるという選択ではなく,将来を悲観し心中するという選択につながっている。被害者を一人の人間として受けとめず,その命を奪うということがどれほど大変なことであるかについて思いが至らなかった点が,非常に悔やまれる。3殺害の態様被告人は,うつぶせに寝ている被害者を見て,とっさに犯行に及んだのであるが,被害者を殺した上で自殺することについては,犯行日以前から考えていたもので,衝動的,偶発的な犯行とは評価できない。被告人は,手,タオル,延長コードで3度にわたって被害者の首を絞めており,その経過からも,強い殺意があったことがうかがえる。とりわけ,タオルで絞めた後,死んだと思った被害者が起き上がっているのを見て,犯行を中止するのではなく,コードで首を絞めて殺したことは,強く非難されなければならない。被害者は,首を絞められたことで窒息死していて,首にはもがいた際にできたとみられる傷があることからも,その苦痛や恐怖は計り知れなかったといえる。4死体の隠匿被告人は,被害者を殺害後,その死体を自宅内で冷凍ボックスに入れて隠匿している。その経過をみると,まず,自殺するまでの時間を確保するために死体発見を遅らせようとして冷凍ボックスの中に死体を入れ,その扉を固定するなどし,その後,母親に対して申し訳ないとの気持ちから,冷凍ボックスの上に布団や帽子等を置き,母親への書き置きを残すなどしている。1つ1つの行動をみると冷静な面も見受けられるが,全体をみると,母親の死という事態に直面した被告人の心の揺れ動きが認められる。5自首の評価- 4 -自首が成立することに争いはない。ただし,その経過をみると,上記のとおり,被害者発見を遅らせるため死体を隠匿した上で,自殺を図ったものの,運良く助かったものである。その後,被告人は,警察に110番通報して自首しているが,この時点で犯行から3日が経過している。このようなことからすると,ある程度被告人に有利には考えるべきであるが,犯行直後に警察に連絡して自首した場合と同じには扱えない。6まとめ以上の事実,とりわけ本件犯行の結果が重大であること,殺害の態様,犯行に至る経過を考えると,本件について,執行猶予を付すべきではないし,自首減軽をすることも相当ではない。そして,刑期については,先に述べたような経過や態様で人1人を殺した重さを踏まえつつ,他方で,被告人が,実母である被害者を殺害したことに対する後悔と謝罪の念を繰り返し述べている点も考慮して,懲役9年が相当であると判断した。(量刑意見検察官懲役12年,弁護人懲役3年執行猶予5年)平成22年7月2日松山地方裁判所刑事部村越一浩裁判長裁判官伊藤隆裁判官- 5 -松原経正裁判官

2010-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20100525131146

自首しろ。そしてムショの中で反省し、社長会社の人に一人ずつ手紙を出せ。

2010-03-27

冷凍餃子

http://www.asahi.com/national/update/0327/TKY201003260548.html

直接の実行犯ではないヤクザの子分が「お勤め」の為に自首した、ってイメージでいいのかな?

実際に自首したのかどうかは知らんが

2010-02-14

カツ丼食うって

自首するってことか。良い心がけだ。

2009-12-15

天皇の「政治利用」は霞が関トリック

西松建設事件で民主党小沢一郎代表(現幹事長)の秘書逮捕されたときも思ったが、わたしの頭がおかしいのか? 世間のほうがおかしいのか? とにかくどうかしていると思う。

 先週末からさかんに喧伝されている「天皇政治利用」問題だ。あれのどこが政治利用なのかまったく理解に苦しむ。ことの経緯を冷静に検証すれば、「100日ルール」をミスったのは官僚不手際だったことがわかる。それを官僚が「政治利用問題」にすり替え責任回避しているに過ぎない。こういう責任逃れ、保身に関する官僚の智恵は本当にすごい。しかし、それは国益にも何にもならない。しばらく《THE JOURNAL》をさぼっていたが、あまりにデタラメなので復活することにして。しかし、本当はわたしの頭がおかしくなっているのかもしれない......。

 新聞報道によると、そもそも中国側から「国家指導者クラスの来日を打診されたのは前政権下の2009年の初めだったという。外務省は当然、これに対する準備と情報収集を始めたはずだ。もし、始めていなかったら職務怠慢というほかはないが、"優秀"な外務官僚がそんなミスをするはずはない。周到な準備の中で習近平国家副主席が来日することはつかめたはずだ。習が次期主席の最有力候補であることは、チャイナウォッチャーなら誰でも知っていることだからだ。もし知らなかったとしたら、外務省はバカである。知らないはずがないのである。そこで、次に外務省がやるべきことは「前例」のチェックである。

 調べればすぐに分かることだが、1998年に胡錦濤現国主席副主席として来日した際、天皇陛下と会見している。となれば、次期主席を確実視される習副主席の来日に際し、陛下との会見要請があるのは当然、予測できただろうし、外務省としてもその準備を始めたはずだ。なにごとも根回し優先の霞が関で、ここまで簡単に素人でも予測できる事態を前に何もしないはずはない。当然、この段階でどのレベルかは不明だが、内々で宮内庁にも意向を伝えていたはずである。もし伝えていないとしたら、それこそ職務怠慢である。

 宮内庁側も、当然こうした動きは察知していなければならい。本当に天皇陛下の体調をおもんぱかるなら、それに影響を与えそうなあらゆる情報を収集していなければならない。とくに外務省の動きは、「要人来日=陛下との会見」と直結しているだけに、常に連絡を密にすべき相手である。中国側から要人の来日が打診された年初の段階から、両省で連絡を密に取り合い、情報共有していなければならない。していないとしたら職務怠慢である。

 新聞報道によると、最終的に中国側から習の来日を伝えてきたのは10月だったという。あわせて天皇陛下との会見を希望していることを伝えられたそうだ。しかし、そんなことは外務省宮内庁もとっくに知っていなければならない事項だ。なにしろ、素人のわたし(山口)が考えても容易に想像できることだから。もし、知らなかったとしたら、その職に留まる資格はないといえる。

 役人仕事は、ここから「ルールに合わせる」ことだ。習副主席の最終的な来日日程が決まらず、100日を切りそうだと判断したら、どういう方便を使ったらルール違反にならないのかを考えるのが、官僚仕事ではないか。今回はなぜか、外務省宮内庁もそれをしなかった。

 羽毛田信吾宮内庁長官によると、来日100日を切った11月26日になって"初めて"外務省から「内々の打診があった」という。これを信じろというほうが無理だ。羽毛田は、それまでまったく知らない寝耳に水の事態だというのだろうか? 外務省となんら情報共有していなかったのだろうか。だとしたら、これも職務怠慢というほかはない。

 繰り返すが、中国側は遅くとも10月には習の名前を挙げて、陛下との会見を希望している旨を外務省に伝えている。これまでの例から考えると、この段階で即、情報宮内庁に伝わらなければならない。それがなぜか今回はできていなかった。

 ミスはどこで発生したのか。単なる連絡ミスなのか、職務怠慢なのか、あるいは新政権に対する意図的なサボタージュなのか。現段階ではハッキリしないが、いずれにしても省庁間の連絡ミス情報共有できていなかったことが、「100日ルール」を犯した根本原因だ。なぜなら、ここまではすべて事務方の仕事だからだ。

 そのことを官邸政権)が知ったのが、おそらく直前になってからだったのだろう。それでドタバタが始まったのだ。羽毛田はこの動きを見逃さず、官僚側のミスを覆い隠すために「政治利用」という分かりやすいロジックを持ち出したのだ。

 「100日ルール」を守らないとなぜ、「政治利用」になるのだろう。では、バリバリ政治意図を持った要請でも100日以上前に持っていけばOKなのか。いずれにせよ、羽毛田の主張は矛盾している。本気でこれを問題視しているのなら、(根耳に水の)11月26日の段階で新聞記者に対して「官邸がこういう横紙破りの要請をしてきた。宮内庁としては容認できない」と語ればよかったのに、そういうことはしていない。しかも、最終的に平野博文官房長官電話による説得を「宮内庁といえども政府機関の一翼を担う......」などという理屈で、自らの判断によって受け入れてしまっている。つまり、羽毛田も共犯なのだ。

 今回、あえて記者に漏らしたのは、「自首」による共犯逃れを目論んだに相違ない。自ら語れば免責されると考えた、官僚の浅知恵だ。

 もし、羽毛田が宮内庁長官として本心から今回の一件が天皇政治利用であり、あってはならないことだと考えるなら、身を賭してでも会見を阻止すべきである。辞表を叩きつけて、その場で新聞でもテレビにでも出まくって、自らの主張をプロパガンダすればよかったのだ。それをせずに、長官の職にとどまり、小沢に批判されても「辞めない」と言い張るのは、結局、すべてが保身だったと言われても仕方あるまい。

 もちろん、この間に訪中を控えた小沢幹事長サイドから政府に対して何らかのア

ピールなどがあったかもしれない。しかし、あったとしても最後の最後の段階での話ではないか。繰り返すが、最終段階まではあくまで事務方の仕事なのだ。その事務方の連絡ミス(あるいは意図的なサボタージュ)を「政治利用」にすり替えていることは否定できまい。

 しかし情けないのは、こんな簡単な霞が関トリック新聞が見破れないということだ。新聞を読むと、まるで霞が関官僚が書いているような解説ばかりで驚いてします。たとえば、「100日ルール」ができたのは、陛下前立腺がんの手術を受けた2004年からだというが、ではそれ以前はどんなルールがあったのか、まったく触れていない。自民党政権下では、2004年より以前も100日を切る要請はなかったのか? 

 週刊朝日過去に、皇室関係者らの声を元に天皇の公務が多く負担がきつ過ぎるのではないかという記事を何度も書いているが、そうした声を一度として顧みることがなかったのは、羽毛田をはじめとする宮内庁官僚ではなかったか。だから、わたしには羽毛田らが陛下の体調をおもんぱかっているというのは、まったく冗談にしか聞こえない。だったら、もっと早くに公務負担を減らすべきだった。

 「陛下のお体への気づかい」という誰にも否定できないワードをそれこそ政治利用し、民主党政権を牽制しようとしているのは、羽毛田ら宮内庁を中心とする霞が関官僚ではないのか。

 なんてことに憤るわたしはやっぱり頭がヘンなのか。やっぱり新聞に書いてあるとおり、これは小沢らによる天皇政治利用なのだろうか......。わからなくなってきた。

2009-11-10

ありそうな話だが粗筋は思いついた。

南半球クリスマスは夏。空港に二人の日本人が降り立つ。

 二人とも殺人犯。片方は無差別殺人。片方は銀行強盗殺人

 いじめによる逆上、あるいは貧乏からの犯行。

 二人はバーで偶然出会い、互いの事情を知り、追っ手を逃れながらも

 現地で色恋沙汰も起こしながら、転々とする。

 日本警察は、二人の情報を得て、それぞれを追う。

 二人はある時、別件で現地警察に尋問された。でもまだつかまらない。」

結末は選択できる。

1.自首する

2.また行方不明になる

3.つかまって死刑判決を受けるが後で撤回され、X年後に出所し再会

4.死んでしまう、または死刑になる

架空の話だから2番でいいのか。

だが書くのは苦手なんだ。

2009-11-02

深イイ話

http://blog.livedoor.jp/jyoushiki43/archives/51232658.html#more

何年か前、俺の親戚の叔父家族がやってるコンビニにも

客が居るときに強盗入ったことがある。ちょうど叔父がレジ番やってた時。

買い物を精算するふりをして、果物ナイフを向けられたらしいんだが、

叔父はすぐそばに新聞紙を筒状に丸めて、ガムテープグルグル巻いて止めたものを常備してたんで、

即座にそれをひっつかんでレジ台を強烈に一発「バンっ!」って叩いて、

>>1の人と同じようなことを大声で叫んだらしい。

んで強盗に「んな金あるわけねぇ!」と威嚇してる流れで、

いかに自分たちフランチャイズオーナーの取り分が少ないか、

本部に搾取されてるか、いかに自分たち家族

倹約倹約を重ねて細々と生活しているかをぶちまけるというか

愚痴が入り出したら、叔父は涙ながらになっちゃって、

最後は強盗に遭った恐怖とかどうでもよくなって、

厳しいコンビニオーナーの生活がこんなに苦しいのに、

さらに強盗かよみたいな状況に情けなくなって号泣

犯人も生活苦だったらしく、もらい泣きしながら

「申しわけありません」と深謝して、叔父に頼んで警察呼んでもらったそうな。

犯人逮捕まで店内に居た人たちも事情聴取とかされたそうだけど、

叔父の話を聞いたことで、みんな結構大量に買い物をしてくれたらしい。

犯人のほうはとりあえず未遂ってことと自首と同じってことと、

何の縁か叔父が所轄の担当さんに何度か電話したり手紙

「彼は立ち直れるから、刑務所には送らないでやってくれ」って頼んであげたこともあってか、

犯人執行猶予保護観察付きの判決もらって社会復帰。

釈放の足で叔父の店にやってきて深々と謝罪し、担当さんから聞かされた叔父の嘆願のことに

感謝したそうな。

叔父は、その元犯人にうちでバイトしないかって声かけたけど、

かれは感謝した上で断って、自力で更生するって

約束して実家のほうに身を寄せたらしい。

で、何年かして彼がまた叔父を「私のこと覚えてますか?」と訪ねてきた。

郷里で小さいカレー屋だかを起こして、なんとかやってるらしい。

今でも彼から毎年、歳暮中元と年賀状は届くそうだ。

叔父の家族では、「こんなことって本当にあるんだねぇ」って、今でも話すらしい。

以上、まるで「深イイ話」みたいに出来すぎた話だけど、**************。

2009-08-08

出頭って

自首して刑罰を軽くしようって魂胆か

2009-06-11

インターネット世論中国独裁政権の脅威となった。

共産党員の腐敗と荒淫に抵抗したヒロイン登場!映画にでもできそうだ。

いささか旧聞だが、その事件は5月10日夜におきた。

中国湖北省巴東県政府の幹部3人が、地元の「雄風賓館」でカラオケ楽しみ、飲んだ勢いか女性従業員の玉嬌に「性的サービスをするよう」要求した。

ところが拒否されたため三人は集団で強姦し、玉嬌が強く抵抗、所持していたナイフで、主犯格を殺害し、もう一人の幹部に怪我を負わせた。

殺害後、自ら警察に通報し自首警察彼女逮捕して精神病院に収監した。ここまではよくある話、中国では日常茶飯、たいがいは泣き寝入りである。

ネット時代、共産党末端の横暴は民衆から意外な手段での報復を受ける。

地元警察精神病院に収監されていた玉嬌に暴行を加え、虐待したほか、玉嬌の母親を脅して、「死者(貴大)の精液が付着した彼女の下着を処分せよ」と命じた。さらに、無料弁護を申し出た弁護士の解任を強要した。

あまりの横暴を見かねた匿名氏がネットに書き込みを始める。

するとあっという間に中国いたるところに伝わった。共産党情報操作の網の目をくぐることがあるのだ。

およそ二億人の署名が二週間で集まり、殺人犯の玉嬌を支援した。彼女は一躍、ネット上のヒロインになった。彼女モデルの「巴東烈女伝」がネット網に流れると熱狂的に読まれ、若い男性を中心としたファン・クラブも登場した。

それらの多くは玉嬌を早く釈放するよう当局に要請した。

▲民衆の抗議がネット空間でなされ、それが成功した。

北京言語大学日学文研究所の高旭東所長が代理弁護を要求したおりの手紙も公開された。

高は次のように言った。

孟子曰く「富貴も淫する能わず、貧賎も移す能わず、威武も屈するあたわず、これ大丈夫という(富貴でも不正をせず、貧しくても卑屈になることなく、威勢な武力に屈することはない。これは立派な行いである。玉嬌さんの行為は中華民族精神である。事件を歪曲報道する新華社真実を語れ)」。

結果、当局は玉嬌さんを殺人罪起訴しようと準備したが、世論の高まりの前に、書類送検だけにとどめた。

こうしてインターネット世論独裁政権の脅威となった。

これまでの暴動やデモ農地を収奪された農民が政府ビルに詰めかけ、投石し、建物破壊し、パトカーを燃やすなど群衆行動が多かったが、近年は共産党幹部の不正や腐敗を批判する行動が目立つようになりつつある。

インターネット普及以後の新現象である。

そういえば、08年に上海公安警察六人が、たった一人の若者に刺殺された事件でも、ネット世論は圧倒的に刺殺犯を支援し、「烈士」「義賊」と賞賛の嵐だった。

ネットは西側の政治を大きく変えて、オバマ誕生を生んだが、中国でも次の段階へ至る。当局はあらゆるパソコンモニター化を制度化しつつあるが、新技術の進展のスピードには追いつけないだろう。

2009-05-19

自首したから罪を減らすって言っても

自首した事によって得するのって被害者以外はほとんど警察じゃね?

闇サイト殺人」のニュース見てて思った。

2009-05-08

人気ブログ『秒刊SUNDAY』が新幹線キセル方法を執筆執筆者が警察署自首

http://news.livedoor.com/article/detail/4140640/

いつもは嬉しそうに秒刊にリンクしてるやつらが、このニュースは完全スルー

個人ニュースの隠蔽体質はマスゴミ以下

2009-04-18

山口登(二代目山口組組長)

山口登(やまぐち のぼる)。明治35年(1902年)、兵庫県神戸市兵庫区で生まれた。父は、初代山口組山口春吉組長だった。山口組事務所は、神戸市兵庫区西出町にあった。大正14年(1925年)、山口春吉の引退により、山口組二代目を継承した。この時、山口組はまだ、大島組・大島秀吉組長の系列組織だった。同年、神戸市須磨料亭で、山口組二代目相続披露宴が行われた。跡目相続儀式は、大島組幹部・浦安五助の仲人で行われた。披露宴には、大島秀吉大島組幹部・川端勝次、大島組幹部・本多仁介、その他の大島組幹部、大島秀吉の舎弟、大島秀吉の若衆、兵庫県県議会議員神戸市市議会議員などが出席した。山口春吉の手から離れ、新しく山口登の子分となった者は、34人だった。難波島之助は、山口登の舎弟となり、参謀格となった。その後、山口組組員と大島組組員の喧嘩が多発した。山口登は、大島組組員との喧嘩を諌めることはしなかった。昭和2年(1927年1月大島秀吉宅に年賀に行った。大島秀吉は、山口登に、山口組組員と大島組組員の喧嘩が多発していることを咎めた。山口登が詫びを入れると、川端勝次が山口登に本心で詫びを入れているのかを詰問した。山口登は激怒した。本多仁介が、川端勝次と山口登をなだめた。昭和3年(1928年)3月、金融恐慌が発生した。山口組は、神戸市兵庫区古湊通りの鮮魚塩干物の朝市を縄張りとし、仲買人の魚を小売店に運搬する利権を独占していた。そのため、経済的な打撃が限定的だった。同年、山口登は大島組への上納金をやめた。昭和4年(1929年1月山口登は、大島組への上納金をやめたために、大島秀吉から破門された。昭和5年(1930年)3月、神戸市は、失業者対策として、兵庫区新町神戸中央卸売市場建設を計画した。新浜町は、大島組の縄張りだった。この利権を巡り、山口組大島組と対立した。同年7月神戸市新開地で、山口登の若衆・田尻春吉が川端勝次を射殺した。同年8月6日夜、山口登は、山口組組員に拳銃日本刀を持たせて、5台の荷馬車に、神戸市兵庫区西出町の山口組事務所家財道具全部を載せて、山口組事務所を出発し、同区切戸町に向かった。一部の山口組組員は、切戸町の新しい山口組事務所で待機していた。他の山口組組員は、大島本家を監視していた。同年8月7日午前3時、山口登は山口組事務所を、兵庫区西出町から同区切戸町に移した。ここは大島組の縄張りで、神戸市中央卸売市場建設予定地の近所だった。同年8月7日神戸中央卸売市場の杭打ちが始まった。山口組組員は武器を持参して、工事現場に寝泊りした。同年10月、、田岡一雄(通称はクマ。後の山口組三代目)が、新開地本通りの剣劇小屋「湊座」で、料金を支払わずに入場したため、木戸番から咎められた。田岡一雄は木戸番を殴り倒し、湊座の舞台に上がって暴れた。山口組が湊座の用心棒を務めていた。その後のいきさつには2説ある。

溝口敦・笠井和弘・ももなり高『実録・山口組武闘史 血と抗争! 菱の男たち1』竹書房2002年ISBN 4-8124-5658-4や正延哲士・天龍寺弦・池田鷹一『実録 鬼頭良之助と山口組二代目 激動ヤクザ伝』竹書房2006年ISBN 4-8124-6362-9では「田岡一雄は山口組舎弟・古川松太郎(山口登の娘婿)や山口組若衆・山田久一(通称はトラ。後の三代目山口組初代若頭)に捕まった。田岡一雄は神戸市切戸町の山口組事務所に連行され、暴行を受けたが、根をあげなかった。山口登は田岡を古川松太郎に行儀見習いとして預けた。田岡は古川の自宅に居候した」となっている。飯干晃一『山口組三代目 1野望篇』徳間書店徳間文庫>、1982年ISBN 4-19-597344-9では「数日後、田岡一雄は、山口組組員に捕まり、山口登の舎弟・灘波島之介の自宅に連行された。灘波島之介は、山口組組員が田岡を暴行しようとするのを止めて、田岡の身柄を預かった。田岡一雄は、灘波島之介の家に寄宿した。その後、灘波島之介は、田岡を古川松太郎に預けた。古川松太郎が田岡に行儀を仕込んだ」となっている。昭和6年(1931年1月須磨料亭で、宴会を開き、馴染みの花隈の芸妓・ぽん太を呼んだ。その後、月に2、3度、ぽん太と逢引した。昭和7年(1932年)5月、山口登が後援会長を努める大関・玉錦(後に横綱)が、前頭の宝川と揉めた。田岡一雄は、日本刀を持ち、山田久一や玉錦、山口組舎弟・西田幸一らに連れられて、宝川の元に押しかけた。田岡は、日本刀で、宝川の指を切り落とした。同年7月7日須磨の待合で、山口登はぽん太と会った。同日午後10時すぎ、大島組の刺客守屋謙造に襲撃された。山口登の若衆・村上常吉が1ヶ月の重傷を負ったが、山口登は待合から逃げた。同年7月8日守屋謙造は、山口登殺害に失敗したため、大島組を去った。その後、本多仁介は、「日本が軍国調になっていくときに、抗争事件を起こすのはまずい」と大島秀吉に進言した。大島秀吉は、本多仁介の進言を容れて、大島組から山口組への殴り込みを禁止した。それから山口登は、山口組の新しい資金源として、浪曲興行に着目した。神戸市議会議員・福森庄太郎に相談すると、福森から浪曲師・松風軒栄楽と鬼頭良之助(本名森田良吉。父・山口春吉の兄弟分)を紹介された。同年7月山口登は四国で、松風軒栄楽の花興行を催した。興行は赤字だった。庄村吉之助(通称はホラ吉)が、松風軒栄楽のマネージャーだった。山口登は、庄村吉之助を引き抜き、山口組興行部を作って、庄村を山口組興行部支配人に据えた。また、庄村吉之助の側に、山口登の若衆・笠種次を付けた。同年12月、神戸中央卸売市場開業した。山口組は中央卸売市場利権を獲得し、市場に賭場を開いた。同年、もしくは昭和11年(1936年1月20日[1]、山口登は田岡一雄を若衆とした。昭和8年(1933年4月山口組興行部は、神戸市湊川神社前の「八千代座」で、鼈甲斎虎丸、東家楽燕、初代天中軒雲月らによる浪曲大会を開いた。昭和9年(1934年4月山口組興行部は、八千代座で、ディック・ミネ美ち奴、楠繁夫、東海林太郎らによる興行を行った。同年 8月、海員争議が起こり、会社側から山口登に、紛争解決の調停役を依頼された。山口組舎弟の西田幸一と田尻春吉が、山口登の代理人として会議に出席した。西田田尻は、組合と話し合いを持ったが、組合側の右翼総会屋とこじれて、乱闘となった。西田幸一は殺害され、田尻春吉は意識不明の重体に陥った。田岡一雄と、田岡の親友・岡精義は、西田幸一死亡の知らせを受け、海員組合争議本部に乗り込んだ。田岡が、日本刀組合長を斬りつけ、重傷を負わせた。田岡一雄 は傷害罪で懲役1年の実刑判決を受け、神戸刑務所に服役した。同年9月3日夜、山口登は、庄村吉之助と笠種次を伴って、法善寺横町近くの料亭で、吉本興業社長吉本せいと会い、吉本興業東京進出に尽力することを約束した。同年10月13日から、吉本せい東京新橋演舞場大阪漫才公演を開催すると、この東京興行の応援に駆け付けた。翌日、吉本せいから「自分東京にいる間は、浪曲師広沢虎造吉本興業の専属にしたい」と云う相談を受け、快諾した。その日の公演が終わった後に、吉本せいと共に、東京浅草浪花家金蔵宅を訪ねた。浪花家金蔵との話し合いの結果、広沢虎造吉本興業の専属にすることと、広沢虎造マネージャーを引き続き浪花家金蔵が行うことがを取り決められた。昭和10年(1935年)、山口登は、藤田仙太郎(元関脇・山錦善治郎。本名山田善治郎)を若衆とした。同年10月、田岡一雄は神戸刑務所から出所した。昭和11年(1936年1月20日、もしくは昭和7年(1932年)[3]、山口登は田岡一雄を若衆とした。同年2月、不二拳倶楽部主催者・岡本不二夫から、国技館で、チャンピオンピストン堀口挑戦者・ジョー・イーグル東洋フェザー級タイトルマッチ開催の依頼を受けた。岡本不二夫は、日本拳闘倶楽部の協力を得て、国技館に、東洋フェザー級タイトルマッチ開催を打診した。国技館は「西洋スポーツであるボクシングの試合を開催させることはできない」として、岡本の要望をはねつけていた。山口登は、岡本の依頼を引き受けた。同日、嘉納健治(通称はピス健。嘉納治五郎の弟。大日拳創立者)に会い、国技館での東洋フェザー級タイトルマッチ開催の了承を得た。その後、上京して、相撲協会と会談し、国技館での東洋フェザー級タイトルマッチ開催の了承を得た。翌日、右翼団体40、50人が、山口登の宿に押しかけ、国技館での東洋フェザー級タイトルマッチ開催に抗議した。山口登は、頭山満と会い、右翼団体を抑えてくれるように依頼した。頭山満は、山口登の依頼を快諾した。同年7月、田岡は、昼夜2回の浪曲師広沢虎造の花興行を行った。昼席は福原の「大正座」で行い、夜席は兵庫県会議事堂で行った。昼の興行の利益は全て、山口登に上納された。同月、田岡一雄が口答えをしたために、怒った。田岡は山口の怒りが収まるまで、東京の玉錦の元に身を寄せた。その後、若衆の大長政吉(通称:悪漢政。二代目山口組若衆頭・大長一雄の弟)を破門にした。大長政吉が新開地で酔って大暴れし、堅気の人間3人を傷付けたためであった。昭和12年(1937年1月27日国技館で、ピストン堀口とジョー・イーグル東洋フェザー級タイトルマッチが行われ、山口組国技館の警護に当たった。ジョー・イーグルの判定勝ちが決まると、田岡一雄がリングに上がり、審判に詰め寄った。田岡は警官に取り押さえられ、拘留された。同年2月、玉錦のとりなしで、田岡を許した。田岡は神戸市に戻った。同年2月25日、大長政吉が、新開地菊水館で、支配人(元、山口春吉の舎弟)を殴打し、売上金を勝手に持ち出した。菊水館の用心棒だった山口組の若衆・山田久一は、田岡一雄とともに、大長政吉を探し、福原遊郭の「大阪楼」にいることを突き止めた。2人は大阪楼を急襲した。田岡が大長政吉を鉄瓶で殴打し、大怪我を負わせた。これに激高した大長政吉の弟・大長八郎(二代目山口組若衆)が、その日のうちに、切戸町の山口組事務所に殴り込んできた。田岡が大長八郎を日本刀で斬り殺した。同日、田岡は警察自首した。同年2月27日、田岡は懲役8年の実刑判決を受け、服役した。同年、神戸市の荷役業者の鶴井組・広田寿太郎組長、酒井組・酒井新太郎組長、藤原組藤原光次郎組長が兄弟分の盃を交わし、「鶴酒藤」を結成した。昭和13年(1938年)、山口登の舎弟・新居利治は、徳島県小松島市で、小天竜組を結成した。まもなく、大長一雄は山口組を去った。昭和15年(1940年)、山口登は、広田寿太郎、酒井新太郎、藤原光次郎と兄弟分の盃を交わした。広田寿太郎、酒井新太郎、藤原光次郎が拠点を横浜港に移すと、山口登は鶴酒藤神戸部長となった。同年7月広沢虎造吉本興業に無断で下関・籠寅組(組長は保良浅之助)の企画による映画出演の誓約書を書いた。これに、吉本せいは立腹し、山口登に調停を依頼した。山口登は、下関で保良浅之助と交渉し、映画出演を白紙に戻させた。同年7月28日浅草浪花家金蔵は籠寅組幹部・山村周平の訪問を受け、「籠寅組で映画を作りたいのだが、広沢虎造を出演させたい」という申し出を受けた。翌日、浪花家金蔵は神戸に行き、山口登に相談した。山口登は「8月2日に、浪花家金蔵宅で、籠寅組と話し合いをしたい」と云う旨の電報を保良浅之助に打った。同年8月2日山口登は東京浅草浪花家金蔵宅で籠寅組と話し合いを持った。このとき、ボディーガードに客分の中島武雄を連れていた。和解金として用意した、十円札で1000円の札束を胴巻に入れていた。籠寅組からは5人が臨席した。山口登は「広沢虎造を籠寅組には貸さない」と云う旨を伝えたが、籠寅組の5人に襲われた。中島武雄が日本刀で刺殺された。山口登は庭に出たが、日本刀やあいくちで18ヶ所の傷を受けた。ただ、胴巻の札束が刃を止め、一命を取り留めた。浪花家金蔵が浅草の地回りの一団を連れてきたために、籠寅組の刺客たちは退散した。昭和17年(1942年10月4日山口登は、この傷がもとで、死亡した。享年、41。

2009-03-29

http://anond.hatelabo.jp/20090329170638

刑務所に行きたい人がよくやるのは万引きですね。

堂々と万引きして,すぐに捕まって警察を呼んでもらう。

2,3回やれば刑務所に行けます。


他は器物損壊。公園トイレの窓ガラスを割った上で近くの交番自首するわけです。


ただし,どちらにしても,「人に迷惑を掛けない犯罪」などありえません。



警察検察拘置所刑務所裁判所,施設も人員もすべて税金でまかなっているのです。

公園の窓ガラスが割られれば,近所の子どもが真似するかもしれない。

万引きをしてすぐに捕まったとしても,店側は今後の被害を防ぐために防犯カメラを設置しなければならなくなるかもしれない。



それに,刑務所はあなたが思っているほどいいところではありませんよ。

被害者のいない罪を犯して刑務所へ行こう

「誰でもいいから、人を殺せば刑務所へ行けると思った」人に殺されてしまったりけがをしたりした人は本当にかわいそうだと思う。

人を殺して刑務所に行きたい。

行って安定した生活を望みたいです。

http://anond.hatelabo.jp/20090327211737

他人の自分勝手に振り回されるのは嫌だ。

刑務所へ行きたいけれど、人を殺すのは気が引ける。そんな人のための「なるべく他人に迷惑をかけずに刑務所へ行く」方法ってなにがあるだろう。

傷害や殺人の未遂でも、狙われた人はPTSDになりそうなのでよくない。

国家反逆罪は即死刑だけど、そう認めてもらうのが大変そうだ。

行方不明の人を「あれは私が殺した、遺体は細かくしてゴミに出したりミキサーにかけて下水へ流したりした」ということにして自首する、にしても矛盾のないでっち上げは大変。

こんなのはどうだろう。

いい案ないかなあ?

2009-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20090319100851

海外だと自首よりさらに積極的なやり方もあるよな。

「仲間を売ったら罪を軽くするよ!」って司法取引とか。

日本にも昔はあったらしいけど、今はどうなんだろう。

怖い。

心情は理解できるけど

日本司法は、人を1人殺しても『ごめんなさい』と言って自首すれば自分の命は守れるのか」

http://www.excite.co.jp/News/society/20090319/20090319M40.142.html

2008-12-28

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081227-00000083-mai-soci

食うものに困って食い逃げして、それで自首しちゃうあたりが無性に切ない。

それとも刑務所に入るのが目的だったのか。

娑婆より刑務所のほうが住みやすいこんな世の中じゃ。

2008-12-24

朝日は「裁判」に、何を求めているのだろうか?

本日東京版14版社会面の記事から。(ネット上では、自分が見たのと同一ではないが、概要はasahi.com(朝日新聞社):A級戦犯15人、意見書の写し 「自衛戦」主張明らかに - 社会)に)

国立公文書館で、東京裁判被告の、弁護団意見書が出てきた、という話題。

見出しは「A級戦犯 自説強弁」「責任転嫁も」。要約では「戦争は自衛だったと訴えたり、自分は命令に従っただけだと主張したりと、正当性を強調する姿がうかがえる。戦争では多くの犠牲者が出たが、自らの『非』に触れた記述はほとんど見られない」。


これはひどい


どうやら朝日は、裁判を、「反省」を求める場であり、同時に、慣用的に使われる「裁判真実を明らかにしたい」とする場であると考えているらしい。

確かに日本では、特に前者に関して、歴史的なそのような潮流があったことは事実である(たとえば新律綱領中の自首に関する規定)けれども、解説的な識者は「裁判上の反論であり、歴史事実かどうかは吟味が必要」という至極まっとうなコメントをよこしている。

そもそも(刑事裁判とは、有罪(guilty)であるかないか(not guilty)を、法(この際東京裁判の法的正当性云々という話題は脇に置いておくにしろ)に則って決める場である。極論すれば、「真実が明らかに」なることや「反省」云々は、それに付随するものでしかないということを朝日は忘れているのではないか。


これから始まる裁判員制度に関しても、世論への影響が小さくない朝日が、「裁判」をどのようにとらえているか、考えさせられる記事であった。(まさか東京裁判が「裁判」ではない、というオチはないと思うが)

(ちなみに個人的に裁判員制度は、判決にばらつきが出て、量刑不当を理由とした上訴が頻発し、逆に裁判か長期化すると予想してます)

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