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はてなキーワード: 自慰とは

2012-01-22

自炊

一人暮らしで、お金がないし、好きなモノをいっぱい食べたいので自炊してる。

けれど、料理をするのが「嫌いじゃない」範囲を超えない。


自炊って自慰行為と同じような気がしてならない。

自分快楽のために、自分自分の為にあれやこれやする。

自分満足度を上げる技術は向上するけれども、

相手の満足度を上げる技術に繋がっているのか不明。


から時々すごく虚しくなる。

自炊し出してから自慰の回数が減った。

自炊自慰なのかもしれない。

http://anond.hatelabo.jp/20120122164816

トラバありがとうございます

私も笑うことはとてもいいことだと思う。時には無理したって笑うことだって必要だと思う。

楽しいから笑うんじゃなくて、笑うから楽しいって言葉もあるしね。

からあなたのように、個人が自分の判断で意図的に笑おうとするのは素晴らしいことだと思う。

ただ、私がキにしてるのはもう少し深刻な人たちです。

こういう意図的な笑いがあまりにも頻繁に必要なのだとしたら、ちょっとそれは自分を見直す必要があるし、

まして笑いたくないところで笑いを強制されるような場があるのではないかと思ってるんですよね。

無理やり笑うって結構しんどいと思うんですよ。しんどいかこそ価値があるんだと思うけれど

あんまり頻繁にやってると、身体の根っこの部分がくたびれるような気がしてます




富樫の話はオチです。

人のことは批判してながら、結局自分もそうやって笑ったりワクワクするきっかけを求めてる。

で、それはそれでいいじゃないか、と思うんですよ。

それが仕事じゃないから、現実じゃないから、小説じゃないから、良い作品じゃないから、ステマから

批判しようと思えばいくらでも出来ますが、本質は全部一緒でしょ?

要するに、みんな何かで感情揺り動かしたい。自分が生きてるって実感を得たいわけじゃない。

そう思うと、何か親しみを感じます。愛しい気分にすらなります

自分は理解出来ないけど、他の人はとにかくわらをもつかむ思いで恋空とかゲーセン女とかもしドラとかをその日の自慰に使うんでしょう。

私は私で違うもの使いますよ、と。

そして、お互い賢者モードになってから話をしましょうよ、と思ったり。



ただ、不安とか神経症に悩まされている人が、

眠れないから安酒を飲んで、くたびれるまではしゃいで、くたくたになって、

それで日中ろくに動けなくて、ますます不安になるとか

何かに追われるように、自分を追い詰めるようにそういうものにしがみつくのはやめたほうがいいと思う。

不安で神経が高ぶって眠れぬ時には、おとなしくクスリを飲んで寝ることです。医者相談すべきです。

根本的に治したいなら、安い話を読むのをすっぱりやめてセルフヘルプの本に真剣に取り組むべきです。


孤独のグルメの例のセリフは、本当に自分にとって真理だと思う。

モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ、独り静かで豊かで・・・

2011-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20111209175140

女がちんこを欲しいと思うのはどんなときか。

それはちんこに脳を乗っ取られた男がオナホールを欲しいと思うときと同じだ。

オナニーしたいときだ。

そういうとき女はおもちゃを使う。

この国は女向け性風俗はお粗末の一言しかないが、女が楽しめるおもちゃとなるとそこそこのクオリティものが揃ってる。

あるいは、ちんこだけではなくてもっと大きな、ちゃんとした、素晴らしい快楽が欲しい、そういうとき、女は男を誘う。

お前みたいなちんこの怪物じゃなくて、このhttp://anond.hatelabo.jp/20111208112331増田が言及しているような、

から見て信頼できる、脳みそのきちんと機能している男を誘う。



お前は誘われない。お前は必要とされない。

どんな女もお前なんか欲しくない。

なぜならお前はちんこからだ。ちんこ脳みそを食われた化け物だからだ。

どんな女もちんこの怪物なんか欲しくない。

ちんこが欲しければちんこおもちゃの方がいい。ちんこおもちゃ脳みそちんこの怪物と違って、女の快楽のために動かせる。

或いは、ちゃんと信頼できる、言葉の通じる、頭のまともな男の方がいい。

そいつらはちんこに脳を乗っ取られたりしてない。そいつらは女の快楽のために動いてくれる。

女がそいつらの快楽のために動けば喜んでくれる。

簡単なことだ。

からお前は一生セックスできない。誰もちんことはセックスしない。



ちんこを使って女ができることと言えばオナニーだけだ。大元童貞元増田が言っていたような、生身の人間を使った自慰だけだ。

生身の人間を使って自慰が出来る女は、必ずその快楽のために生身の人間を選別できる。

より大きな快楽のためにちんこ使い捨てられる。

お前を使う女は必ずお前より良いちんこのためにお前を捨てるだろう。

あるいはより大きな快楽のために、お前に隠れてお前とは別のもっと良いちんことこっそり楽しむだろう。

お前はどのみち使い捨てだ。仕方がない。お前みたいなちんこの怪物は、それくらいしか使い道がない。価値が無い。

ちんこの怪物なんかそうでもなけりゃ去勢して檻に入れておくしかない。危ないからだ。

そんな獣にも劣るものは女にとっちゃ危なくてしょうがいからだ。



脳みそちんこに吸収されかかって干からびているのは、お前にとっては幸いなことだ。せめてものことだ。

お前には何もわからないだろう。それはお前にとって幸いなことだ。

2011-12-05

MTM07のオナホについて

MAKE: Tokyo Meeting 07 という個人が作成した電子工作手芸品などを展覧する催し物があった。

立ち寄ってみたところ、海上を入って一番最初一角に、TENGAという男性用の自慰用器具(通称オナホ)が置いてあり、改造され電動でうごめいていた。

まわりには、親子連れや若い女性も居る。赤ん坊幼稚園児といった幼い子供もいる。大学の敷地で開催され、幅広い年齢層に開かれた入場無料イベントだ。

なのに、入ってすぐ展示してあったのは、オナホだったのだ。



最低の気分になった。



追記)

https://twitter.com/tks/status/143236598836887552

https://twitter.com/okini3939/status/142848375149166592

これです

みなさんは、これについて、アリだと思いますか?無しだと思いますか?

これに限らず、オライリーは今後、なんらかの基準を設けて出展を禁止する処置をとる必要が出てくるでしょう。

巨大化したコミケが様々なルールを設けたように、残念ですが、常識をわきまえない輩が出てくるので。

ほうっておけば、悪ふざけのすぎる、目立ちたいだけの、わいせつコスプレなども出てくるかもしれません。

2011-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20111203182715

過去3人の男友達に全く同じ事をされたことがある。

私もあなたと同じく特に拒絶感は沸かないタイプだったし、どういうわけかそのうちの一人と交際して結婚までしたw

私の見解では、多分彼らにとってそれは「シモネタ会話の延長」なんだと思う。

シモネタが1対1で話せるフランクな関係→じゃあ、自慰してますよ~ってアピっても引かれないか!?どうだ!?・・という感じで

よりプライベートシモネタを赤裸々に見せても引かれないかどうか、あなたとの関係性とか距離感を測っているのではないかな。

記事中の彼は「実はさっき自慰してたんだよね」という微妙に奥ゆかしい言動から「堂々と宣言してから自慰しに行く」というあけすけな態度にエスカレートしているけど

そのようにだんだんエスカレートさせていけば最終的にはあわよくばオナ見せスカイプセフレ関係になれるかもしれない、と考えているのかもしれないよ。

2011-11-28

何をすべきかわからず。ただ何もできず。

進むべき場所や、着地点が、いつまでも、わからず。明日、これから、今、何をすべきか、わからず。ただ、情報を、右から左へ、受け流す。何を入れて、何を処理して、何を吐き出すか、わからず。ただ、目の前にあるのは、真っ白い原稿用紙。何かを書きつけるための、原稿用紙。でも、何を書けばいいかからず。どこから手をつけていいか、わからず。



何をすべきかわからず。ただ何もできず。



ペンは机の上。音楽をつける。一曲が終わらないままに、次の曲に早送りする。いつも、二つ以上のことを、同時にこなそうとして、一つのことも出来ず、ただ、何も生まれず。そうやって生きてきた26年間が、とても無意味に思えて。それでも、何か出来ると自分に言い聞かせて。きっと自分は特別なんだと言い聞かせて。20年後に自分が何をやっているか、わからず、何もわからず。今日もまた、意味もなくインターネットを歩き回り、エロ動画を見つけ、自慰にふけ、また何ごともせずに、トイレに行って、寝るだけ。



何をすべきかわからず。ただ何もできず。



目の前にあるのは、沸いたお湯と、カップ麺と。一杯のビール。それだけ。ただそれだけを、飲んで、食べる。考えがめぐり、テレビをつけ、全てを忘れ。番組が終わり、5分間のニュースが始まると、全てが終わったような気がして、別の番組をやっているチャンネルに切り替え。何をすべきかわからず。ただ目の前の時間を食べる虫を眺め、食パンは干からび、粉をふき、カビが生えている。



何をすべきかわからず。ただ何もできず。



春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。何もやってないけれど、季節はめぐり、半周遅れでついて行く。何もできず、何をすべきかわからず。何かをしようと思っても、集中力がもたず、常に言い訳をして、次の言い訳を考えている。外に出れば何かが生まれると信じて、外に出て、夕焼けの下散歩をして、何かが生まれると信じて、夜が来て、家に帰る。音がほしくて、テレビをつけ、9時から始まって、何も生まれず、12時が来て、風呂に入り、また眠りにつく。



何をすべきかわからず。ただ何もできず。



空を見上げても、何も感じず、感じようと思っても、何も生まれず、また眠りにつく。



何をすべきかわからず。ただ何もできず。

2011-10-21

胸が大きくて得することはあるか

http://togetter.com/li/80752

 この手の議論で胸の大きい子達は往々にして「得することひとつもなんてないよ!重いしセクハラされるし!」と言うんだけど、確かに苦労のほうが断然多いけど、おっぱいってすばらしいものだと思う。

 私もG70だけど、自分の胸は好きだなぁ。触ってて気持ちいいもん(性的意味合いではなく、手の感触として)

 小さい人も気持ちいいのかもしれんけど、やっぱりでかいほうが手に包んだときに手に余るっていう満足感がある(決して自慰ではないです!)

 自分の体にあんなに丸くてプリッとふわっとしたものがあるってすばらしいと思うんだけど……。あの子達は自分おっぱいのすばらしさに気づいてない。

 二の腕のやわらかさだっておっぱいと一緒という人もいるけど、形からして違うよ!ぜんぜん違うよ!おっぱいの丸みに勝るものはないよ!

 もちろん、もうちょっと小ぶりになってほしいなという願望はある。将来絶対垂れるし、垂れるし、垂れるし、服合わないし、ブラジャーサイズないし。でも、おっぱいって良いもんだよ。

 そんなに自分の体嫌いになるもんじゃない。

2011-09-19

独身の時は女性なんて性の道具だくらいに思ってたんだけど、実際、独身の頃は女子中学生から巨乳人妻まで30人くらいと楽しんだわけだけども。

結婚してみれば生まれた子供は2人とも女だった。


で、上の子が2歳で、寝るとき自慰行為がやまず、枕とか妻の腕とかに自分の陰部をなすりつけるわけ。

へぇ、と思って見てたら、時折俺の腕を股間に抱え込んでこすりつけるわけ。

顔が真っ赤に上気して、はぁはぁ言っている娘をみると、顔だちが割と整っている美形な娘だけに、ある種の趣味を持つ男にはたまら風景なんだろうなあと理性が囁きつつ、

でも娘が自分の腕で性的快楽を得ているかと思うと、腹の底から湧き出る気持ち悪さに、腕を振り払って娘を泣かせるわけ。


なんつーか、近親相姦的な気持ち悪さっつーかね。


これって、動物的な感覚に近いわ。理性とかそういう世界じゃない。


から近親相姦表現規制する都条例には、理性は疑問を持ちつつ、本能では大賛成せざるをえない。


条例反対派の連中は、こういう本能的な反応を理解しなさ過ぎだと思うよ。

2011-09-12

http://anond.hatelabo.jp/20110912000301

そういう願望が湧いてきた時には一発抜いて落ち着くようにすれば?

聞いた話だと、その辺を歩いている若く綺麗な女性を見て興奮し所構わず自慰をを始めてしまうような知的障害者に対して「そういう時はトイレでやる」という事を教え込むらしい。

欲望を抑える方法ではなく、誰にも迷惑をかけずに欲望を発散する方法模索する方が今の社会じゃ現実的なんだろう。

から悶々としたらとりあえず自慰で発散しろ。

(一応マジレスだよ)

2011-08-30

文章修行のためにアノニマスダイアリーを用いる、とか

文章力を向上させたい。まじで。ほんとに。切実に。

文章を上達させるには、もうひたすら書くしかない。

かといって、ひたすらチラシの裏に連々やっても、それはただの自慰行為

最低限人の目が欲しいわけです

自分ブログテーマに沿って書いてるし、思うままガシガシ書くには適さない。


そんなわけでふと思いつきました。匿名ダイアリーいいんじゃね?

自分の思うこととか考えたこと、そんな文章を一日一回くらい匿名で垂れ流す。


ぶっちゃけ基本はチラシの裏と変わりませんが、自分の文章の評価を視覚化できるのがいい。

ブクマの数とか、トラックバックとか。

いや、思考の垂れ流しに普通そんなもんつかないけど、たまについたことがあったらその文章には「なにかある」となるわけで。

そんな感じで誰かに評価される万分の一の可能性に期待しつつ、もっさもっさ悪文日記を書く、という使い方を今日からしてみようかと思うんだけど。

いかな?いいよね?

2011-08-28

http://anond.hatelabo.jp/20110828145356

知恵をつけようがつけまいが、雑草の背伸びでしかない。

根っこから毟られるまでの自慰

それで満足したければ、知恵つけるなりデモするなり議論するなり拡散するなりすればいいんじゃないかな。

いずれにしても無駄だけどね。

2011-08-18

AuxxxrAxt 麻黄自慰

毒吐きpostすいません。被害者人達は傷ついてTwitterそのものを止めたり人間関係を断ち切るしかないくらいに追い込まれてるのに、何で犯人は周囲に味方されてケロッと元通りになろうとしてるんだろ‥?こんな風に不倫浮気って世の中に許容されてくんだろうか‥。怖い。ホントに怖い‥。

2011-08-16

[]

ってタイトルでその日の自慰で参照した図案と精液の濃さ・量を記録して行こうと思う。

今晩から

2011-08-12

http://anond.hatelabo.jp/20110812185342

しかし、自虐オナニー自分を傷つけてるだけで誰かを攻撃してるわけじゃないのに、

そういう文があれば必ず煽ったりするという風潮は好きになれません。

自虐オナニー自分を傷つけてるんじゃないよ。

傷つけて見せて、それによって誰かに慰めてもらう事を期待してるんだ。

何しろオナニーは「自慰」だからね。

その「こう言えば誰か慰めてくれないかな、チラッチラッ」という視線が気持ち悪い、という人につつかれたんだろう。

まぁ、俺もそういう手合いは気持ち悪い。



罵詈雑言や汚い言葉を使う人たちに「そういう事言うのはやめて!なぜそういう事するの?」

と言うにはどういう書き方すればいいんでしょう・・・。

「書き方」だけを問うなら、そりゃもう自分の好きなように書けばよい。

君が言いたいのは「そういう奴らを、自分の目の前で自分の思うようにさせるにはどう言えば効くでしょう」だろ。



現代日本では、法に触れない範囲ならば、罵詈雑言を吐くのもそれに異を唱えるのもそれぞれの自由。確実に他人を好きなように操る方法などない。

それは俺が、君のその煮え切らない(としかこちらには思えない)態度を、どう言っても俺の気の済むようにやめさせられないし、君にもその義務がないのと同じようにだ。



過去自分も同じような感じだったら、それを改善したとしても

自分が別の同じような人に改善を求めるってのは筋が通らないんですか?

筋が通る通らないの話じゃない。

極端な言い方をすれば君の主張は「昔泥棒をしていた人間が別の泥棒に『お前、泥棒とかしてんじゃねーよ! 何でそんな事するんだ?』と説教している」のと似ているわけ。

要は、態度の中で経験が全く生きてない。

さっきの君は、自分が似たような道を通ってきたにもかかわらず、まるで今その道にいる人間の気持ちなんかわからない、というような態度を取っていたのがお粗末だな、と思っただけ。

反省だけなら猿でもできる。経験者なら経験者の切り口があるだろと。それが知恵ってやつだろと。清廉潔白な小学生正義の作文なら小学生に書いてもらえばいいんだ。

清く正しい未経験者的な発言しかできないなら、その暴れていた過去も改心した過去も大した意味はないと言わざるをえない。

何を言っても、結局は同族嫌悪まりだ。


おっしゃるように、過去自分も似たような傾向がありましたが、

友人や知人に指摘され注意するようになりました。

だったら、そうやって指摘された時どんな気持ちになったか、何故それで注意するようになったのか、君を指摘した時その友人達はどんな気持ちだったか、そういう事を踏まえて「伝わるように」発言しなくてどうする? と言っている。




想像力は、人間人間たる所以だ。他のどんな生命体にもない、人間だけの機能だ。

人間社会においてそれを使わないのなら、君はあまり人間として機能していないのかもしれない。

2011-08-02

自慰独白

僕は昨年の10月頃まで2年ともう少しの期間をある女性と付き合っていた。

ある理由から、理由はともかくきっかけはとてもくだらないことだった、が別れる事になった。

当初彼女はまたよりをもどしたいというようなことを言っていた、僕もそれを望んでいた。

その時僕は互いに落ち着く時間が必要だと思っていた。

熱にうなされるのではなく、本当に相手が必要かどうか確かめ時間が必要だと思っていた。実際その時は彼女もそれには同意してくれたようだった。

でも実際はちがった。僕はその期間を経ることで二人の関係がよりよいものになると考えていた。しかしそれは愚かな思い違いだった。

最初のうちは頻繁にあった連絡も頻度が減って行き、いつしかほとんどこなくなった。僕があえてあまり連絡を取らないようにしていたことももちろん影響はあったと思う。そしてよりを戻したいという話ははるか過去の話になり、やがて彼女は僕に苛立ちを感じるようになった。

僕は彼女を見誤った。自分自身も見誤った。彼女は実際のところ、そういう理性的な話よりも安らぎがほしかったのだと思う。

しかし言い出せなかった。なぜならそれは正しかたから。でもそんなもの価値はなかった。よしんばあったにせよたいした価値ではなかった。

そしてそれが理屈よりも優先されることなんて古今東西一度もなかったし、これからもないだろうと思う。

そういうことにいまさら気づいた。あまりにも遅かった。いや本当は知っていた。でも忘れていた。より厳密に言えば、思い出そうとはしなかった。

もはや彼女の気持ちは僕にはない。当然だ。別れてからのおよそ1年ほど僕は彼女孤独苦痛しか与えて来なかった。彼女未来を、幸せをつかむためにすでに踏み出してる。もはや彼女の中で僕は過去の何かだ。それがなんであれ僕の望む未来につながらないことはわかってる。いまどき小説だって、僕の望む奇跡は起こりはしない。

過去にも似たような理由で大切なものを失った。つまり自分の強さの基準で相手を測るということで。その時僕は今度はうまくやると、思った。でも結果はどうだろう。まったくといっていいような愚かな勘違い、自らの傲慢さを味わう結果になった。むしろ過去よりもひどいといっていい。

そしてさらに愚かなことに、そのもろもろのもの彼女に与えている影響のせいで彼女を不幸な未来に追いやったのではないかという考えがどうしても抜けない。ただしなにもしてやれない。そうしたことを考えることすら、愚かであり、もし彼女が聞けばきっと怒り出すだろう。何様のつもりだと。反論のしようもない。

こうしてこんなことを書いていること自体、見苦しいことだというのはわかってる。でもこうでもしない限り気が狂ってしまいそうだった。死んでしまいそうだった。いつかこれを見直したとき笑い飛ばせるときがくるだろうか。今の僕に確信はもてない。

いつだって僕は持ってるもの過小評価する。感謝の気持ちを忘れ傲慢になる。それがこうした結果を招くという事実を何度も味わっているにもかかわらず。いつのまにかその味を忘れてしまうほどに薄く。それは救いなのか呪いなのか。少なくとも今の僕は忘れたがってる。必死に、醜く、すべてがなかったことになれば言いと願ってる。

2011-07-29

幸せになりたい

どうして苦しいことを認められなかったのか。

私の苦痛は私の苦痛であって他人には計れないはずでした。

だけど私は自分苦痛を見ようとしませんでした。

小学生の頃、道徳の授業で少年兵についてのビデオを観ました。

「かわいそう」でした。

人の世と隔たれた様なアフリカの小さな村での、矮小な自由から別の異質な自由を手に入れた彼等は、かわいそうでした。

彼等は学校に行けません。

彼等は人を愛せません。

彼等は私たちと同じじゃありません。

からかわいそうでした。

皆大体同じことを考えたと思います

今の社会では愛や希望と同じくらいに、他人の苦痛が氾濫しています

そして情報化のおかげで感情というよくわからないものが相対化され、値札がつくようになりました。

苦痛という感情もその一つです

彼等の苦痛と私たちの苦痛は同じ所に並べられません。

違うのです

単純に、彼等の苦痛が大きくて、私たちの苦痛が小さい。

周りの人も全然疑問は湧いてないようで、私もそう考えていました。

「苦しい」と言えば、

「お前より苦しい生活している人は一杯いる。」と言われ、

死にたい」と言えば、

「お前が死にたがっている今日は、昨日死んだ奴が生きたかった明日なんだ」と言われる。

そしてそんな言葉を口にすること自体が恥ずかしく思われる様になり、中二病なんて名前が付けられる程になりました。

私は小学生の時に太っていることを理由にいじめられていました。いじめと言っても一部のクラスメイトなどに「デブ」などと言われるくらいなのでまぁ大そうなものではありませんが。はっきりとではありませんがその頃、デブスポーツも出来ない私は全く価値の無い人間なのだと考えていたのですが、小学校高学年あたりでそのいじめはなくなりました。

理由は私の兄にありました。

私の兄は、かっこよくて、スポーツが出来て、私みたいに太っていなくて、そして、とてもユーモアのある人でした。

少し我の強い人でしたが、一緒に遊んだ時はなにかと私を笑わせてくれたのでその時の兄はとても好きでした。私はかっこよくないし、スポーツも出来ないけど、人を笑わせることなら出来るんじゃないか、と考えました。

実践してみれば簡単なことでした。

道化と化した私はクラスの人気者になりました。

その時は嬉しかったのです

変顔をするだけで笑ってくれるし、デブと言われても開き直ればそれでまた皆笑ってくれる。ああ、自分価値はここにあるんだなと思っていて、将来はお笑い芸人になろう、などと考えていました。

今思えばここが間違いだった、と感じています

道化見世物です。故に私という存在は指をさされ、馬鹿にされ、笑われるべき存在です

そしてそのピエロは観客の嘲笑に包まれた喜びを糧に生きていくのです

私は見世物として存在することに慣れました。

人の好奇心は底が無く、少しタガが外れれば面白いことならなんでもいい、と考えてしまます。要するに、面白ければ私には何をしてもいい、という結論に至るのです

私はそれを苦痛だと考えませんでした。

周りの人が笑ってくれることが喜びであり、それが快感でした。

ただ、やはり好奇心というものは一か所に止まらずに色んな方向に向くもので、自分では飽き足らず、いじめや、危ないいたずらもするようになりました。

私はそれを見ているのがとても嫌いでした。

笑うべきは私の存在であり、どんな下らない罵倒でもそれを身に受けるのは私の専売特許のはずでした。私の生きがいを横取りされたような気持になりました。

しかしその時からいらぬ疑問を抱くようになりました。

他の人はいつも私がされていることを嫌がるのです

それは単純に、私は苦痛を喜びに変えただけであって、他人にとって苦痛はただの苦痛だったのですから

私は本当にうれしいのか?


中学生になり、地元学校だったので小学校ほとんどの生徒が同じ中学校入学しました。思春期ですのでこの頃から自分の体型にコンプレックスをもつようになり、友達部活の入部を勧められて、これは良い機会だと思い、サッカー部に入りました。

相変わらず私を知っている人達は私を私として扱います

そうするとやはり、私を知らない人達も私を私として扱うのです

わたしは結論しました。

自分はいじめられていると。

部活に入ったお陰で自分でも見違える程痩せることが出来ました。しかし二年生になってすぐやめてしまいました。原因はいじめもありますが、何より私はスポーツのセンスが無いようで、後輩に馬鹿にされるのがこわくてやめて、というのが一番でした。

こう書いていると私はいつも教室の隅に追いやられているような生徒に感じると思いますが、私は交友関係が広く、人気もそこそこありました。情けないことに、私こそ周りの人達と同様に私を私として存在させていたのです

何故なら、私はその私しか知らなかったかです。それに、今の私をやめてしまえば私の価値はどうなるのだろう、何か残るのだろうか、と考えていました。

中学生にもなると、いたずらなどを楽しむより、好奇心の側面としての、暴力的な行動が盛んになります。それで中学二、三年生では私はサンドバックでした。どこかで会う度に殴られるようになり、私のクラスでは暴力をけしかけるような人はいなかったので、教室の外へ出るのが恐くなりました。

勿論初めのころは抵抗していました。しかし、毎日、毎時間と続く暴力と、自分が未だに道化でいるという立場のせいで怒りを露わにすることができないという下卑た矜持と、そして何より、彼等の私に対する態度に絶望しました。

私が少しふてくされると、彼等は「ごめん」と言ってくれました。しかしすぐにまた同じことをするのです。その度に彼等は謝り、謝罪という行為の中に含まれているであろう自省や克己を蔑ろにして、5分前の誓約を堂々と捨てるのです

一度、本気で怒ったことがありました。その日は珍しく喧嘩別れになったのですが、翌日にその人物は私に少し沈鬱な面持ちで謝罪してきました。私はその言葉を信じていました。しかしその翌日には何も変わってない、彼等と私の関係が在るだけで、自分が激怒した様子を真似された時は、名状しがたい、確かな殺意と、他人に対する恐怖と、途方もない呆れがないまぜになった感情で吐きそうになりました。その時、自分は人に怒ることはやめて、諦念が纏わりつくようになりました。

ただの暴力一部の人間には大変興が乗るようですが、大半の人は一歩引くのが普通であって、いくらなんでも、やり過ぎではないのか、何故こんなことをするのかと聞くことにしました。この頃は最早彼等の前での私が思う私はただのいじめられっ子でした。

彼等いわく「お前を見ているとむかつくから」とのことでした。

なるほど私を見ていると苛立つのですかそうですか、じゃあ私はどうすればいいのだろうか、私という存在がむかつくのですかじゃあ私が消えればいいのですね。

彼等は私を少しも憎んでいないというのは知っていました。週末になれば遊んだりもするし、私を殴る以外にもコミュニケーションをとろうとするからです。一方私は殺意を持っていましたが、彼等に対する好意も持ち合わせていました。何故なら、暴力的じゃない彼等は面白くて、自分と対話してくれるからです。そして彼等は私をいじめていると考えていないのです

限界はどうしても来てしまものです。三年生頃には、家に帰って布団の中で泣くことが多くなりました。何故自分がこんな目に、自分は悪くない、やりかえそう、殺そう、という感情が渦巻くのですが、不思議なことに翌朝になると何事もなかったかの様にすっきりとしてしまうのです。一人で絶望を反芻する度に決意し、忘れる、ということを繰り返していました。同時に、私は学生生活を楽しんでいました。私でいることを楽しんでいたのです

そして学校面白い奴でいる私と家で惨めに布団にくるまって泣いている私とで、完全に乖離しました。

しかし私は希望も持っていました。自分の様子が変だと気付いた母親に尋ねられ、私は「馬鹿で嫌なやつがいる」とだけ言いました。すると母は、高校生にもなればそんなやつはいなくなる、と言ったので、私はなるほどと思い、多少の虚脱感と戦いながら勉強に励みました。高校生になれば自分は変われる、と信じながら。

勉強のお陰で、それなりの、県内で指五本のうちに入るか入らないかというレベルの高校に入学出来ました。少し離れたところにあり、何より自分日常的に殴っていた人達はその高校に全くいなかったのでとても喜びました。


人格は変えることができませんが、キャラのようなものなら簡単に変えられると思っていました。しかし私はそこでも私を私として存在させたのです

何故そんなことをするのか、私はいつまでも子供ではなく、自分の思考、行動の原因がわかるような年齢になりました。

かわいそうな自分が好きでしょうがない。

私なりの結論でした。

そしてそれは正鵠を得ていました。

教科書を破られたり、靴を捨てられたり、落書きされたり、チョークを食べさせられたり。一日そんなことが無いと、何故か残念な気持ちになるのです。そして、私が望んだ苦痛を与えられると、不快感情と同時に、安心できるのです高校生にもなって、いじめられている悲劇的な私が好きなのです。皆から同情の目線で見られている私が好きで好きでしょうがないのですしか絶望します。私は変わることができなかった。私は悪くないのに惨めなままだ、それは他人が無知蒙昧であるからだと怨み言が頭に並びます

この頃、自殺願望がありました。しかし実際は死にたくなどありませんでした。何故なら私はまた、今の私を楽しんでいたのです

高校三年生頃になると、受験シーズンとなり皆が勉強に励むのですが、私は中学生の頃の 様に大学希望を持つことが出来ませんでした。それ以前に、普段の勉強からしてやる気になりませんでした。たまにやる気になって休み時間などに勉強していても、クラスの人が辞書を投げてきたり教科書を濡らされたりして勉強になりませんでした。

全てが嫌でした。

それなのにクラス委員などに就いている自分が嫌でした。

苦痛を期待している自分が嫌でした。

惨めに耐えているだけの自分が嫌でした。

友達と楽しく会話している自分が嫌でした。

こんな恥ずかしいことで頭がいっぱいになっている自分が嫌でした。

死にたい、とか、何故生きているのか、とかは子供が持つ感情であり、十八にもなった男子が持つべ感情じゃないのです。何より私は毎日学校に通えて、屋根のある家で寝食が出来て、家族がいるので、とても恵まれた人生を送っているのです

私より不幸な人は世界中にいっぱいいるのです。私は、私の苦痛を認めることなど許しは出来ないのです

二律背反の、板挟みの状態がずっと続きました。

学校で笑います。家に帰って泣きます。猿の様に自慰します。寝ます。さっぱりして学校に行きます。この頃は寝ることと自慰行為が喜びでした。

私はそれでも狂えない。皆の前では面白いやつで、先生の前では立派なクラス委員ですおかしいはずなんです。頭が焼き切れるはずなんです

それでも私は理性的です。生きているのです

しかし生きることを望みたくないのです。私が悲劇であるためには。

生きることも、死ぬことも、選びとらずに責任を放棄したのです

結局これが私の思春期の全てでした。


大学生になりました。

冬に勉強をそこそこにして、なんとか国立大学に入り、親の前での面子を保たせました。

大学は県外で、更に海を渡ったので、実家に帰るにも一苦労なところまで来ました。と言っても別にその大学に行きたかった訳でなく、県外であり、かつ自分学力で行ける範疇大学を選んだだけでした。やりたいことも無ければ、大学生の遊びを謳歌したいわけではなく、またしても選ぶことをやめたのでこの結果になったということでした。

大学生活の一番初めの感想は、喪失感でした。

大学生にもなり、皆、落ち着いた行動をしている。それに慣れていなかったので戸惑ったのと同時に、自分の知っている自分がいないことに気付きました。

最早かわいそうな私はいないのです

かわいそうな私を求める人はいないのです

随分と薄っぺらい絶望が全身を覆います

大学では色んな人が色んなとこからます

しかし確実に私と違うところがありました。

彼等は正常でした。

彼等には目的があり、良心があり、喜びがあり、夢があるのです

彼等は目を輝かせて自分の将来を語るのです

彼等は何の疑問を持たず勉学に励むのです

思い切り殴られた時より、制服をびりびりに裂かれた時より、この目を見るのが苦痛でした。

苦痛の得ることの出来ない私は、更に酷く、目を覆いたくなるようなことをするようになりました。

自分苦痛を認めずに、自分いじめ人間に同情をし始めました。彼等を誰も止められなかったのがいけないのだ、彼等の行いは環境のせいでありもし自分が彼等ならば同じことをしていた、と。傍観して楽しんでいた人達も同様に立場が逆なら私もそうするだろう、と。

苦痛の無いことが私には苦痛なのだ、苦痛を失えば私は私でいられないのだ、と。


現在私は大学二年生になり、成人を迎えました。

使用期限の過ぎた苦痛に、記号と化してしまった過去苦痛に相変わらず縋りついています

行きたくは無かったのですが、身体が限界の様なので、最近になって心療内科に行ってみました。どうやらパニック障害のようですしかしその症状は殆どからあるもので私には馴染み深いものでした。この機会に精神科に行こうか、とも考えたのですが、この頭を治す気にはなってないのでやめておきました。

すぐに三年生になり、就活が始まります

私は毎日働いて生きていくことに魅力を感じませんが死にたくはありません。生を望み、相も変わらず自慰をして寝る生活です

結局私はいつまでも私なのです。変わることなど出来ませんし、忘れることも出来ません。意志も薄弱で、一人の大人としての責任も持てません。

しかし案外明日には希望を持って歩き出すかもしれませんし、誰かと衝撃的な出会いをして価値観が180度変わるかもしれません。

こんな人間になってしまいました。多分私は誰かに決めて貰うのを待っているのでしょう。そしてわかったような顔をして卑下をしながら斜に構えていればいいと考えるのでしょう。

私の苦痛は私だけのものです。他の不幸や苦痛と秤にかけることなど出来ないんだ!、とでも思えばよかったかもしれません。

でも結局子供ですし、そんな考えにはなかなか辿りつきませんよね。大変です人生は。


なんか最後の方で口調が変わっている気がしますし、長ったらしく冗長とした文をたっぷりと書きましたがこれもオナニー好きな私のオナニーです。不幸自慢みたいなのって気持ちいいですよね。書いたら少しすっきりしました。何も解決してませんが。

それよりとにかく幸せになりたいです。でも私の求める幸せがよくわかりません。

こんなクソッタレはもうダメですかね?

2011-07-26

あんまり人に表立って言えないこと。

男なんだけど、自慰をした日を記録しているということ。

女性生理周期を記録するように、それを記録するのもいいと思うんだよね。って気持ち悪いですね。ごめんなさい。

ただまぁ、日記と合わせると、このときなんか妙にテンション上がってたからやけにしちゃってたんだな、とか、嫌なことがあったからしてたんだな、とか、バイオリズムっていうの?なんかそういう気持ちの上下や体調管理に役立ってる。個人的には。

まぁ、歳を取ったから多くて週に1~2回、少ないと1ヶ月してない、とかだから記録できるのかもしれない。若いときみたくほぼ毎日してたら記録の意味ないし。

まぁ興味があれば一度記録してみるのもいいかも。意外と発見があるかもしれない。

2011-07-20

≪20個以上当てはまる人は自殺注意≫

1、 出不精で週末・連休一歩も出ないのが普通ネットすら出不精になりほぼ2chのみに

2、 部屋が汚い。片づけ方が分からない

3、 一日中カーテンを閉めてるので埃がすぐに溜まり掃除を諦めた

4、 散らかってるが飲食物や匂いのあるものだけは片付ける

5、 本棚は触らないから綺麗だが、ラインナップが15年以上変化がなく色落ち埃まみれ

6、 学校の机や職場など、公共の場は綺麗に使う

7、 なので清潔かと思われ過去に友人を自分の家に入れて幻滅されたことがある

8、 資格勉強等、何をやっても中途半端で結果を出せない

9、 自慰でティッシュを使うのすら面倒でそのまま下着に出す(男性のみ)

10、服はタンスに入れず、母親が置いていった洗濯から無限ループ

11、家に帰ると即効色落ち虫食いTシャツ等、完全家用の処分服に着替える

12、ヘアバンド等で前髪も癖がついた状態で、服装含め急な来客に既に対応できない

13、ギリギリまでやらない。それで冷や汗をかいたのに直せない

14、トラブルがあるとすぐ謝る。外では絶対に自分の不機嫌な感情を見せない。言われる一方

15、自分プライベートを話せない。恋愛卑猥な会話が一切無理

16、常に気を遣い真面目でいい人と思われている。でも実際は唯の無気力で怠け者

17、元々はテレビっ子だったが最近ニュース以外ほぼ見なくなった

18、でも実は全時間2chに置き換わっただけ

19、育ちは保守的で品が良く、酒・煙草パチンコ性風俗等を嫌う。飲み会カラオケが怖い。要は子供

20、店員や他人のちょっとした品のない行動、キツい態度にすぐ傷つき人間不信になる

21、友達がいなかったために飛行機の乗り方旅行の仕方、冠婚葬祭マナー携帯常識を知らない。それを知られるのが怖い

22、楽しいと感じることがなく趣味がない。ゲームアニメももうやる気力が無い

23、服のセンスはあるのに自分でそのセンスを実現する能力がない

24睡眠時間は8時間以上ないと体調崩す

25、手帳に予定を書くなんて信じられない。想像しただけで疲れる

26、美容院にいけない。自分で切るか行けて無言101000円カット

27、男性の「お前」「しろよ」等、威圧的な口調や態度を恐れる。極度の男性恐怖症

28ロリショタ同性愛性同一性障害等、特殊な性嗜好or障害を持つ

2011-07-11

「今ここでわたしは辱められました」って宣言するのにどれだけ勇気がいると思ってるのさ。

「そんな演技、女は誰でも出来るだろ。」は、ほぼ「たいしたことじゃないか痴漢してもいいんだ」と同じ。



こんなことが頭に浮かんだのは電車で耳をそばだてていたから。



女子大生たちが、酔った勢い女子高生時代の痴漢体験を話していた。その中にこんな男性が出てきた。

「いつもある車両に乗ろうとすると、『この車両痴漢がよくいるから乗っちゃだめだ』と教えてくれる男の人が居た。」

こういう男性こそ、本当に痴漢冤罪を考えている人なんじゃないかなーって思ってさ



痴漢といや、親に露出狂オナニーを説明するのは嫌だったな

自慰行為って言葉を知らなかったから、手でマネしたんだよ

2011-07-02

http://anond.hatelabo.jp/20110702212920

オレもそうだなー

オレの場合二次元だけど

自慰の時はエロ漫画エロ画像か、エロアニメエロ小説、そして実在の人物と関係ないエロい妄想

そんなもんだ

でも妄想たくましいおかげで実際の女性ともできる

いつでも妄想できるからいつでもエレクチオンする

仕事中も1/3くらいはエレクチオンしているから隠すのが大変で困る

http://anond.hatelabo.jp/20110702212920

それを無理に周囲や環境のせいにするなら、ITのせいと言えるかもしれません。

性に関する情報自慰用のコンテンツが充実している現代では

性欲のあり方自体が対コンテンツ的な形になってしまうのではないでしょうか。

俺の場合は、相手については問題ないんだけど

自分がすることに違和感があったなー

人がしてるのを見るもの、って刷り込まれてたせい

元増田とはかたちが違うけど「対コンテンツ的」という点は似てそうなので書いてみた

生身の人間相手に欲情とかできない

真面目な話です

生身の人間相手に欲情する人ってなんかおかしいのではないでしょうか。




自分は初めてそういうことになったとき

「え、今からこの目の前に居て日ごろ会話もしてて今こっち見てる人に欲情するの?」と大変びっくりました。

事前に想定していなかった驚きでした。




そもそもそういうことに目覚めた頃から

性欲といえば一方的に見た女性の身体に抱くようなものでした。

普段学校普通に会話している女子と、そういうのは結びつかない。

これは少なくとも最初は、男なら誰でもそうじゃないんでしょうか。

それともみんなは最初から生身の相手を想定して妄想とかしてたんでしょうか。

自分はそんなこと一度もしたことがありませんでした。




自慰とき

雑誌PCから好みの顔や体つきの女性を探して欲情して射精するので

その妄想の中には生身の人間としての相手はもちろん、自分自身も存在しませんでした。

生身の人間自分がどうこうなんていう妄想をしたことがない。




普通の人はある程度成長したら生身の人間相手に具体的なあれこれ

という風に妄想をするんでしょうか。

自分はそうではありませんでした。

そこには自分も相手もおらず、一方的に欲情するのが自分の性欲でした。

おかしいのはこっちのほうなんですねたぶん。




こんな人間がどうなるかというとつまり

彼女セックスとかしたくないんです

強烈な拒絶の「したくない」じゃなくて

そんなことに思い当たらないという消極的な「したくない」。




実際なんというか、上手くできません。

最初は異常な倒錯行為をしているような落ち着かなさがありましたが

最近はただただ居心地が悪い感じがしています

最中の一瞬興奮できることがあっても、持続しません。

2回に1回は出来ません。

終わるとほっとします。

彼女が嫌いなんではないのですが説明してもわかってもらえません。

治そうっていわれて治ることじゃありません。




この原因は自分のこれまでの自慰妄想の習慣のせいだと思っています

それを無理に周囲や環境のせいにするなら、ITのせいと言えるかもしれません。

性に関する情報自慰用のコンテンツが充実している現代では

性欲のあり方自体が対コンテンツ的な形になってしまうのではないでしょうか。




なにかの動物の話で

群れやメスに接しないで大人になった飼育下のオスが

まともに生殖行動を出来なくなる、というのを読んだことがあります

自分にはああいうことが起きていると思います

自分は極端な例だとしても、この傾向の男性は相当数居るのではないでしょうか。




これは二次元がどうこうとかオタク系がどうこうの話ではありません、念のため。

自分三次元(の印刷物)が好きです

2011-06-30

嫌悪と性欲の間

とある有名はてな民・ブロガーツイッタラー(注:1)を見てきた。はてなツイッターで彼をフォローし、ブログも欠かさず読んできた。

そして、いつの間にか、わたしは彼にいくらかのシンパシー見出していた。

どこにも言えずに抱えている性嫌悪と性欲を、そして自分を汚れた存在と思ってしまうことを、包み隠さずに話しているからだ。

だが、わたしの性嫌悪は、彼のそれとは起点が大きく異なっている。

そのため、彼からしたら、わたしのシンパシーなど、邪魔ものに過ぎないのではないか、とも思う。

以下に、かい摘んで書いても長文になってしまうが、性嫌悪と性欲の間でもがくことになった経緯を記していこうと思う。

わたしは女性であり、直接の原因は元交際相手からのDVであったからだ。

詳細は諸々の理由(注2)から省くが、それなりに凄惨であった。

以後、性的ものを心から憎んでいる。

わたしはそもそも、かつては性依存ですらあった。

家庭にも学校にも居場所がなく、自分存在価値を見出せない思春期を送っていたわたしは、高校生になった際に携帯電話を所有したことで存在価値見出した。

当時、わたしの住んでいた地域では、J-PHONEを当たり前に所有しており、わたしのような人間にもスカイメール(注3)でメル友の誘いが来ていた。

そこで女子高生であることを明かし、食いついてきた相手と会うことになった。そして、「体さえあれば、射精するまでの間だけだとしても、必要とされる」ということを覚えてしまった。元々性欲が強かったこともあり、抵抗なくその誤った考えを受け入れてしまった。

スカイメール出会い系ナンパ不思議なことに、淋しいとき自暴自棄とき希死念慮手前のときほど、男はわたしを誘った。決して美人でもなく、醜く太ったわたしを。一瞬の充足感のためだけに、自分を粗末にしていた。

その安っぽい充足感は更に強烈な虚しさと淋しさを呼ぶだけだと知っていても、やめられなかった。


どういった喘ぎ声やフェラチオが相手を興奮させるのかも覚えた。何も感じていなくても物理的刺激さえあれば潮を吹くことも覚えた。男に組み敷かれる自分を、斜め上から俯瞰で見ていた。一度も快感を感じたことはなかった。

セックス愛情表現、究極のスキンシップ生殖行為。それは当時のわたしにとっては絵空事で、実際は自傷行為に他ならなかった。後にうつ人格障害でかかったカウンセラーから、「見境のないセックスは、女の子にとっては身も心もぐさっと貫かれる自傷行為なんだよ」と聞かされた。

そのような日々を送っていた中、前述の元交際相手と出会い、DVを受けたことにより、自分自身に、今まで依存してきたセックスに、男性に、つまり広く性というものに強い嫌悪感を持つようになったのである

それから4年近く経つ今でも、嫌悪感からセックスはおろか恋愛さえ遠ざけて生きており、セクハラ(注5)により心因性失声を起こす程度には立ち直れていない。

嫌悪だけで済んでいれば、どれほど問題はシンプルだっただろう。

ただ、わたしはさらりと書いたが元来性欲が強いほうであり、ほぼ毎日自慰行為をするような人間でもあるのである。あれほど嫌悪している性に対する欲望は尽きず、手で自分を慰めた後、自分を消し去りたいほどの感情に駆られるのである嫌悪している自分を、それにも関わらず自分を慰める自分を。

DV以前から妄想によって自分を慰めていた。しかし、DV後は、SMプレイで責め立てられている自分妄想し、時にはSMもの動画ネットで探しておかずにすることも増えた。性嫌悪の引き金になった行為(注4)にも関わらず、である

SMで責め立てられている妄想自分を慰めて達する、そして絶望嫌悪感に突き落とされる。その繰り返しの日々である

最近、母になる友人が増えた。彼女たちの夫と顔を合わせていればいるほど(注6)、彼女たちを汚らわしく気持ち悪く思ってしまう。

同様の理由で、妻と子を携帯の待受に設定している会社人間も、芸能人夫婦も、汚らわしく気持ち悪い存在に見えてしまうのだ。

どのようなセックスをし、どのようなプレイの後に子を授かったのか。無意識のうちに想像し、そして祝福する感情嫌悪感との間で押し潰されそうになるのだ。

わたしはこんな自分を赦せないし、肯定することができない。

「いつか全てを愛してくれる人が現れる、そうしたらそんな感情から解放される」と言われたことがあった。しかしどうして、わたしのような人間を愛することができるのだろう。

全てを愛してくれる人など、その場しのぎの慰めであって、幻想押し付けしか受け取れないのである


おそらく今夜も自分を慰め、圧倒的嫌悪感の中安定剤を飲んで眠るのだろう。

こんな自分を肯定する術は、どこかにあるのだろうか。

嫌悪と性欲の間、拭えない自己否定自分を肯定されたい気持ちの間でもがいているからこそ、わたしは勝手id:y_arimシンパシーを感じてしまうのである


注1:id:y_arim

注2:検閲、被DV経験者へのフラッシュバック喚起、自分でも目を背けたくなるなど

注3:1通3円で半角128文字まで送信できるSMS携帯番号同士でやり取りできたため、適当な番号にメールを送ることで容易にメル友を作ることができた

注4:本義のSMには愛情があるらしいが、愛情がまったくない時点では虐げられるAV嬢と似たようなものかも知れない

注5:妻と子の写真携帯の待受にする人間お腹を揉まれ、誰も止めなかったということがあった

注6:写真だけでも辛いものがあるが、結婚式に参列していたり、夫婦と食事に行っていたりする程度に面識がある場合

2011-06-25

初めて風俗に行ってきたので考えたこと、感じたことをつらつら書いていこうと思う。

以下感想

  • 行くのがちょっと遅すぎたか、という感じ。かの偉大な北方先生は「ソープに行け」という万能アドバイスを残しているが、あれって実際、童貞歴が長すぎると効果がないようである
    • これについて、事前の考えとしては、「ソープに行くと気持ちいいので色々悩んでたのがアホらしくなる」、または「童貞で悩んでいたのが、なんだ、セックスなんてこんなものか、と自信がつく」というのがあのメソッドの含意だと解釈していた。実際、こんなものか、とは確かに思ったのだが、あまりにも何もなさすぎて、何の問題も解決しなかったので拍子抜けした感じである女性に対して自信がついたりしたということは全く無い。
    • どうも自分は、童貞であることについて深く考えたり悩みすぎたり、それでいて実際の行動(合コンとか)にはあまり移さなかった結果として、いわゆる「童貞をこじらせた」状態になっているらしく、つまり、手遅れということなのかと思う。
    • 上はどちらかというとメンタル面の話だが、肉体的物理的な話をすると、純粋にそう気持ち良いものでもなかった、ということもある。今まで数年間、散々エロマンガだのエロゲーだのAVだので自慰し放題の生活を続けてきたせいで、女性の生の肉体との接触によってはあまり快感や興奮を得られないようになってしまったようである。これも噂には聞いていたが、実際その通りらしい。
  • はいえ、様々な知見が得られたので決してムダではなかったとも思う。
  • たとえば、風俗店というのは(より正確には自分の行ったソープランドは)、美容室マッサージ店に似ていると思う。相手への信頼のもとに自分の身体の一部の自由を委ねて、何がしか快楽を得る、という店と客との関係が。後付けの知識だが、実際、一部の風俗店業態マッサージ店と限りなく近接・混淆しているようだし、また、台湾では「床屋」とは風俗店のことだとも聞く。フィクションにおいて恋人たちが髪を切ったり洗われたりするのは深い信頼のあらわれであると同時にセックス隠喩である、とはこういうことか、とそんなことを身体を洗われながら思った。
  • 愛のないセックスは虚しい、みたいな話をここですると増田的にはきっと恰好のネタになると思うのだが、まあとにかく、楽しくはなかった。これは純粋自分初体験で緊張していたというのもあるのだろうけど(噂には聞いていたが実際なかなか勃たなくて焦った)、嬢の身体を見ても興奮できないのである感覚としては家族のそれに限りなく近い。キスしてもただ、「肉である」という感想しか得られない。
    • これは相手の嬢の方には非常に失礼なことであるし、態度には出さなかった(はず)。どこまでも当方の問題であるわけだから。実際、ローションプレイはなかなかに気持ちよかったし、最終的には射精まで漕ぎ着けられた、とは付記しておく。
      • ここまで文章を書いていて気がつくのは、自分風俗店に行ったときの話をしているのに口をついて出てくるのは自身についての省察ばかり、嬢の話はこれっぽっちも無い、ということである。今時の男は自分のことにしか興味がない、というスポーツ新聞コラムニストの言を頭から信じるわけではないが、実際そういう部分はあるのだろう。とうとうここまで恋人を作ることができなかったのも、畢竟そういうことか。
    • しかしながら、世の人が「作業になっちゃったセックス苦痛」と言うのが少しだけ理解できた気はする。
  • さて本番、という段になり、愛撫を促された自分は思わず硬直した。いざ抛り出された女性の裸体を前にしたとき、一体どうしたものやらとんと見当がつかないのである。とりあえず見よう見まねで(すなわちAVやらエロゲーやら何やらのように)手を動かしてはみるものの、どうにも奏功している感触がない。初めてだから仕方ない、とフォローは可能なのかもしれないけども。唐突に話が飛ぶが、これは車の運転についてもそうで、ちっとも上手く出来やしない。「誰でも最初から上手いわけじゃない、練習あるのみだ」と人は言うのだけど、どうも自分の拙さはやや常軌を逸してかけているように思えてならない。そういうわけで近頃は世人に対する驚異と尊敬の念いよいよ高まるばかりである
  • ところで奇妙なことに、挿入とピストン運動(古い)、嬢に両足で腰を銜え込まれる感覚は、これまで何度か夢に見たものとさして変わりがなかった。膣内は思ったよりも浅く、ややもすると抜けてしまいそうになるものから腰遣いには注意を要した。といってもただ振ってるだけだったのだが。いずれにせよ、人間想像というのは、ときにはそう外れているものでもないらしい。
  • 店を出て上記のように縷縷思索に耽りながら、ふと頭を過ったのは、これはポルノグラフィティの鑑賞にあたってフィードバックに使える、ということである。今や自分キスの、挿入の感触を知っている、これでまたひとつ豊かな視聴(あるいは読書プレイ)体験の世界が広がったのだ、と嬉しがりながらtumblr.で流れてきた『とある科学の超電磁砲』の佐天×初春キス画像を眺めている。1万6千円はけっしてムダではなかったのだ、と納得しこの稿を終えたい。

ブコメで頻出している「1万6千円って安すぎだろう」という突っ込みに対する応答も含め、補足を書いたのでそちらも参照してもらえると幸いです

http://anond.hatelabo.jp/20110625102225

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