はてなキーワード: 自己弁護とは
別に「独裁」を連呼はしてないけど、橋下も、その支持者も嫌いなので一言。前出の動画を見て簡単に要点をまとめるけど、
まあ、おおむねそういうことを言ってる。ここまではOK?
でも、この上段と下段は矛盾してる。そこが理解できているのだろうか。これをなぜ矛盾というか、順に説明したい。(これが矛盾だと理解できる方は、一気に下の「矛盾について」までジャンプしていただいて構わない。)
まず、橋下や多くの橋下支持者の言う「民主主義」とは何か。本当に理解しているのか? たとえばそういう人に、民主主義って何?って聞いてみると、それは多数決のことだとか言う。馬鹿!としかいいようがない。少しはググれ。多数決というのは、民主主義の本体ではなく、言ってみれば糞のようなものだ。生きていれば必ず出る。それが糞。だが、それはものの本質ではない。やむを得ず出す余剰や排泄物を本質だと言ってみるのは、スカトロプレイに人間の真実がある、というSM愛好家の口吻と同じ程度の説得力しかない。要するに一種の自己弁護と詐欺である。
政治とは意思決定だ。その意思決定の主体を、どこにおくか。大昔は神に預託された巫女が、あるいは神権をもった王がもった。しかし、徐々に一人の意見の過誤を防ぐ意味から、多くの頭脳による方法が用いられるようになり、君主制(一定の中からトップを選ぶ)、寡頭制(複数で決める)、貴族制(階級全体で決める)、あるいはそれらを組み合わせることで意思決定がなされるようになった。古代に一度行われていた民主主義は、近代に入り、社会や経済の成熟と歩を並べ、自由主義・資本主義社会の進展とともに、「みんなの意見を合わせると、おおむね正しい結果になる」という知見の下、選挙による間接民主制という形で、多くの国で採用されることとなった。(余談だが、間接民主制をとる場合、大前提として、投票する大衆は、現下に起きている事態について、必要かつ十分な知識をもつ必要がある。そこで、間接民主制をとる集団では情報を適切に配分する方法が必要となる。多くの近代国家では、そのために民主制とセットで、権力から自由なメディアを発達させてきた。自由なメディアの無い国に、民主制は成立しない。)
で、「みんなの意見」をまとめるために、民主主義はどのような方法を取るか。それは「話し合い」である(というより、それ『しか』方法はない)。集団での意思決定であるから、理でもって他者と交渉し、協調の精神で話し合いをすすめながら、最終的に合意を得て決定する。その際、たとえ少数であっても、その少数意見を尊重すること無しには、集団で合意の形成などできない。特に、間接民主制の下では、たとえ一人の意見であっても、その一人の背後には膨大な人間が存在しているため、軽視することは許されない。少数意見を採らない場合、反対を主張する多数派には「採らない理由を合理的に説明する」義務があるのは当然だ。
ただ、もちろん政治は現実のものであり、現実の人間は不完全なので思想・信条や見解の相違がある。時代の要求する文化によっても、物の価値は変動する。その変化の前後で人の価値観は異なるだろうし、そうなると、どれだけ理を尽くしても最終的に対立が解消しない、という事態は起こり得る。だがそれでも、もちろん政治は決断をくださなければならない。だから、理を尽くして越えられない壁がはっきりしたときには、それを越えるため万やむを得ない解決手段として、『多数決』が用いられることになっているのである。
本来、とにかくひたすら話し合うのが民主主義である。だから、決定を多数決に持ち込むような事態は、民主主義が敗北するときと言ってもよい。だが、民主主義が敗北しても我々は民主制を放棄するわけにはいかない(それよりマシな方法が存在すると知られていない)から、その場合に意思決定を行う最終手段として『多数決』は許容されているに過ぎない。多数決とは民主主義の糞だというのは、つまりそういう意味だ。現代日本の民主制は、理と協調の精神による話し合いを通して多くの素晴らしい意思決定を行っているが(与野党がケンカばかりしていると思っているお子様は、日本の色々な法律がどのように成立しているかちゃんと確認すべき)、不完全な決定のいくらかを多数決という糞としてひり出してもいる。それだけを見て、多数決は素晴らしいなあ、とか思ってる人間は、スカトロジスト(糞尿愛好家)と呼ばれても仕方ない。そう呼ばれることに誇りを覚えていて、一緒にするなと怒る人もいるかもしれないな。すまん。
さて、以上を踏まえ、比喩として、もう一度言う。多数決は糞だ。少数意見を最終的に「採らない・採れない」ことはもちろんある。それでも、一定の合意を得るための様々な譲歩や協調のための配慮は必要なのであって、それは民主主義のコストなのではなく、民主主義による意思決定を可能な限り正しいものにするために絶対必要な手続きだ。だから、多数決をタテにして少数意見を圧殺する人間は、そもそも民主主義者ではない。数の暴力を振りかざして権力を握る人間は、端的に言って独裁者である。
最初に【矛盾】と言ったのは、「少数意見を尊重する」ことこそが民主主義のルールそのものであり、少数意見を尊重しないのは単なる独裁(あるいは数の暴力)であるにも関わらず、「民主主義のルールを守る」と言ったその口で彼が「少数意見を尊重しない」と述べているからだ。少数意見を尊重しないなら、それは民主主義ではない。彼は法律家であり政治家であるのだから、そんな初歩の初歩をしらないわけがない。
あるいは、彼は「ここで民主主義のルールとは選挙のことを言ってるのだ」と言い逃れるかもしれない。だが、「選挙」とはあくまで「間接民主制」を成立させる手続きの一つに過ぎず、民主主義における意思決定システムの本質とは無関係であることもまた、言うまでもないくらい当たり前のことだ(首長が選挙で通ったからといって、その主張が議会の全体合意もなく自動的に「承認」されるような詐術が成り立つなら、最初から議会は必要ない)…これもまた、政治の初歩の初歩であり、法律家であり政治家である彼が絶対に知らないはずはない前提だ。ではなぜ、彼は平気でこういうことを言うのか?
それは、選挙民のほとんどが「民主主義とは多数決のこと」であり「多数決=選挙のこと」である、と二重に勘違いしていることを知っていてそれを都合良く利用するためだ、としか解釈できない。その二つの勘違いを利用することで、「選挙に通ってしまえば独裁してもよい」という思い込みを形成し、支持者がそれを支持する「空気」を作りだして、反対する良識派(というか当然起こる反対)を封じ込め、本来通るはずのない法案を作成し議会を通過させようとしている…それが、目下彼がせっせとやっていることではないか。そして、そういうところがヒトラーの手口と酷似していると指摘されているところであり、彼に警察権や軍事力、立法権があるかないか、ということが問題なのではない。まあ、個人的には彼は、ヒトラーの尻尾というより劣化矮小版のコイズミジュンイチローだと思っているけれど。
以上を踏まえて、彼の言っていることはシンプルに嘘だと私は考えている。嘘から発生する利益を享受する人間をなんというか。その呼称は各自に判断に任せるが、いずれにせよ、民主主義の破壊者が、口先だけ民主主義を唱えながら権力の位置にあるという現状を、どのように見るか、これは呼称なんかよりも重大な問題だと考えている。
これは、彼個人が善意の人であるか悪意の人であるかという問題ではない。民主主義のシステムそれ自体にそもそも脆弱性があって、その脆弱性がまさに攻撃されており、ウィルスチェッカー(メディア)も、そのウィルスがまさに自己の中から(メディアが創りあげたスターとして)誕生したために有効に機能していない、という状況をどう見るかという問題である。
以上、簡明に反論してみたつもりだが、随分長くなった。反論があれば伺う。
女性の92.1%は経済力も理由に配偶者を選択するが、男性は30.2%でしかない
注目すべきことは、女性においては、これらに加えて相手の「学歴」、「職業」及び「経済力」について、
学歴がある程度職業選択に結び付き、また職業に応じた所得格差が存在することを踏まえると、
後で見るように、結婚生活においては夫が家計収入を稼ぐべきという意識を女性は持っていると言うことができる。
一方、男性が女性よりも重視する又は考慮すると回答した割合が高い条件は、相手の容姿のみである。
こうしたことから、女性が結婚相手に求めようとする条件は多岐にわたっており、特に男性と比べて経済力に関心が高いことが分かる。
「養われる」ということにどうしてもロマンを感じるみたいなことを言う
それならさあ
男女雇用機会均等法とか共同参画とか
マクロで見たら何もいいことしなかったんじゃないの
やっとわかったん?w
そうだよ。もしそういう目的だったんなら百歩くらい譲って福祉とかジョークで言い出すくらいはアリだったよ。
どのみち手段のまずさで叩かれてただろうけどw
そうじゃないのに何福祉とか言っちゃってンのお前。っていう話でしょ。
お前は自分の不快を取り除きたい、自分が不快でなくなればそれでいいという自己中思考にもとづいて、人を脅迫していたのだよ。
そしてそれを正当化するために福祉とか社会のためとか言っちゃってるんだよっていう話だよ。
ようやく話が通じたなクサレ脳みそ。
なんで全員がクチャラーのためを思って動く前提なんだよw
万人がクチャラーくんのためを思う必要はない。まあそれはごもっともだね。
しかし同時に、クチャラーくんをイジメる権利を迷惑かけられた側が得ているわけじゃない。
元増田がやったことはやっぱりただのイジメでありエゴの押しつけだ。
イジメ自体どうかと思うが、同時にそれを正当化しよう、批判を逃れようとするその卑怯っぷりが気に食わない。
言い訳しても正当化にならないからwwwつうか理屈として完成してないから言い訳ですらないしwwww開き直ってんじゃねえよカスwwww
まだ「自己中心的思考」とか言ってるし。俺は自己弁護してるというよりは正論吐いてるだけだからwww
結果的にはクチャラー本人のためにも周囲のためにもなるね。
これがもう間違いなんだよね。
「不快感の報い」が不正だもん。誰がどうやって測ったの? って話になるでしょって書いただろ。
明らかにやりすぎなのを正当化しようとしてるだけ。
そして矯正が副作用であるなら、余計にそのイジメの正当性はなくなる。
イジメ自体が目的だった、単にスッキリしたいだけだった、理屈としては八つ当たりそのものだ。
ラッキーだったね、結果的には何とか大事にならなくてホントラッキーだったよ。というだけの話だからだ。
何だよ退治って。馬鹿じゃねえの。
たとえば25歳までクチャラーやってたとして
まだまだ世間にかけた迷惑のほうがよっぽど大きいでしょ。
だから、どうやってそれを測ってんの? って話。
自殺すれすれまで追い込むって相当でしょ。なんでそこんとこ正当化できちゃうんだろ。どういう精神構造してんのか不思議。
この辺は妄想だしw
だいたい本人の利害かナルシシズムで説明が出来た。
「女がわりー」は本人や友人がスーフリ方向なサークルをやってたと考えれば要するにただの自己弁護だし
「時代かー」はナルシシズムそのものだ。
つるんでる友人と集団自己陶酔とか
程度の差を考えなければいたって普通の若者、若者のお約束ともいえる。
違いはそういうディテールぐらいで)
一方
ひたすら目に付く人間、特に女について、常に敵意を剥き出して難癖つけているだけ。
ここには、ネットで問題起こす若者にありがちな「私達とそれ以外」的な感性が、ありそうでない。
女への基準不明なほど広範な敵意や悪口は、狭い友人の輪の中ですら株が上がりそうな感じがしない。
オシャレゴリラのツイッターは、それが彼の友人や後輩にどのように愛されて楽しまれたか容易に想像がつくが
アディダス社員のツイッターやミクシィにはそういうのすらない。
大学の同学年の女、若きイケメンスポーツ選手の妻、スーパーで見かけるおばさん達、
攻撃対象の選定が「女」以外に共通点不明。
ラインナップを見るに嫉妬とか対抗心と言った簡単な説明も出来そうにない。
果ては自分の帰属先の一つである”勤め先”にも無用かつ理由も無い悪態をついてる。
オシャレゴリラやトンコツ王子ほどわかりやすい精神構造や利害を持たない
もう少し破滅的なピチガイだった気がする。
まあそんな差異なんかほぼ誰も興味ないだろうし
ここに墓碑として駄文をうずめておきたい。
花岡という故人の行状や評価を含め
元のブックマークの文脈はしらんけど
agricola あほか
俺は「あったのではないか」と疑問点を指摘しただけで、あったと断言はしてない。人のブコメを改竄してタイトルに持ってくるとか、おまえは産経の記事書きか。
2011/05/16
問題にされてるのは
人の訃報に「落ち度」とか「(嘲」とか言うてることであって
踏み止まるなら「この花岡って奴はこう言われて仕方の無い奴なんだ」と毅然と説明するしかないし、
撤回するなら「興奮しすぎました、口が過ぎました」とスッパリ詫びるしかない。
故人を嘲るような発言が悪であるのを中途半端に認めてしまいつつ
こういう人がいるのは仕方ないと思うけど
こういう人のモラルや脇に隙間がありすぎるコメントに無用心にスターつける人がたくさん居るのもどうかと思う。
自陣営にこういう人が居たら敵よりも警戒しないといけないよ。
元増田に同意。
私はずっと、自己弁護のために自分の中でトラウマを利用してきた。
「あの時こうなったのが原因だ」と。
もちろん外には出さないが、自分を保つためには必要だった。
彼にとって、ネットでトラウマやルサンチマンを公開すると言うのは、そうした自己弁護の一種なのだと思う。
原発擁護者の中にも、最後に「私は被災者だ」とか言い出して無敵になる輩がいるが、そういう類。
障碍者や、犯罪被害者、被災者の方にも、無意識か意識的にか、自身の傷を前面に出す人がいる。
私は、たとえ無意識にでも、「議論を有利にしたり、自己弁護するために」属性を利用する人は、相手にしなくていいと思っている。
http://anond.hatelabo.jp/20110424063737
自分は観測範囲が狭いということはよくわかった。
id:JSK、前回も書いたんだけど、ホントに残念ながら、これ釣りじゃないんだ…
それとid:babanshikaに
「こうはなりたくないって見本みたいなサブカル系中ニ病だけど、自分がならないためにどうしたらいいか、とりあえず好き嫌いはなくそう、そして何か一つの道を究めよう」
って言われて、改めて自分の前回のレスを見直したところ、確かに変なサブカルの人みたいなレスだった。そんなつもりは無かったので正直反省してる。
また弁明というか自己弁護させてもらうと、結局のところ自分は「娯楽」で「楽しみたい」。ジャンルとか枠とかどーたっていい。
だから笑ったり泣いたり考えさせられたり、とにかく自分の中で「おもすれーwww」が成立すればそれで良い。
そうすると、各枠で毎年1割程度は面白いと思える新作が出るから、それを少し遅れて拾っていくだけで一年の娯楽用時間を楽しく消化できる。
でも娯楽を極めるっておかしくね?
例えば『歴史モノが好きで良作駄作含めて読み漁り、気がついたら結果としてその道を極めたような状態になる』ならわかる。
けど「極めるために色々読む」ってのは仕事以外じゃ無理。楽しみたいのに泥水をすするなんて無理。
アニメについて言うと…なんかしらんけど変な「入り辛さ」がある。
朝と夕方のアニメが低年齢層向けであるために自分が楽しめないのは仕方がない。
けど「深夜にやってる○○ってアニメが面白いらしいよ」って噂を聞いてそのアニメを見ると、何故か高確率で萌え。萌じゃない場合は厨二。
絵柄が時代の趣向を反映してカッコいい/可愛い絵柄なのは構わない。
けどストーリーがなぜそっち方面ばっかりになるのか分からない。
いずれにしても、萌えと厨二があると拒否反応が出る自分にとって、アニメは観測が困難な枠。
正直まどまぎ最終話ですっぽんぽんなシーンが出てきた時には危うくTVを消しかけた。
エヴァもリアルタイムで見てたときはいろんな意味で高難度な場面が多々あった。
いっそ「No Moe, No Tyu-ni」ってラベルが貼ってあれば観測ぐらいは出来るんだろうけど、
何だか深夜アニメは萌えか厨二を入れないと死んでしまう病気にかかってるみたいだし、きっと無理なんだろうと思う。
そうなると、「萌えや厨二がある程度入っていても、それでも『見たい』と思わせる内容」か、
「萌えも厨二もなく、『他の娯楽に手を出すよりもこっちを見たい』と思わせる内容」なら少なくとも見れる。
しかしその条件に当てはまるものを探そうとすると、萌えにぶつかって疲弊し、他の娯楽に手を伸ばす。
詰んだ…
http://anond.hatelabo.jp/20110422235719
ブコメで「エヴァに呪われている」とか「エヴァ脳の恐怖」とか「エヴァをアニメの物差しにしている」といったコメントを見て、なるほど的を得ているなと。
そして残念ながらid:kyo_ju、ネタじゃない。マジで書いた内容なんだ…orz
てか自分でもマジでエヴァ脳だと思う。じゃなきゃ増田で書かない。
俺がこんなコメントを普通のブログに投稿してる奴をみたら、とりあえず全力で叩く。
何でだ?
自分なりに考えてみたんだが、エヴァに前のめりで楽しんでた人達、というか後ろに引いて見ることが出来なかった人達は、
エヴァが終わった後の娯楽としてそれぞれ別個の道に進んで行ったかと思う。
まずアニメという枠に傾倒する道。
アニメは当時の世相を反映してか「自分探し」のような内容か、あるいは「萌え」に特化した内容ばかりだった。
自分探し的な部分は十分エヴァで堪能したし、萌えは視聴者が勝手に後付けするものであって主食として作者が提供するものじゃないものと考えているので無理だった。
SFは─漫画だろうと小説だろうと、作者の設定自慢ばかりで人の営みが希薄なのが多かった。「イカにSの面白さを最大化するか?」が最大の関心事になっている世界だった。
Fだけでいいから人間ドラマが欲しくてSFの道には進まなかった。
※その中で何故か『BLAME!』だけは面白いと思ってた。我ながらかなり謎。
「設定?誰がんなもん語るか。察しろ。」というスタンスがよかったのかも知れない。
あるいは設定の説明がない分、人間(と愉快なクリーチャー達)の営みに思考が集中できたせいかも知れない。
自分は娯楽なしで生きられるような人間ではない。おそらくは他の人もそうだと思う。
大人になって仕事や家事に忙殺されても、アウトドアや人付き合い以外の何かしらの娯楽を大なり小なり楽しんでるんじゃないか。
人によって、それが映画だったり、ドラマだったり、推理モノだったり、歴史モノだったりすると思う。
自分は「エヴァの次の娯楽」として、最終的に「古いモノ」を選んだ。
小説に手をだし、散々色々な誇大広告に騙された結果、最低10年以上「これは良い」と語られる小説は、少なくとも個人の趣味で好き嫌いはあっても外れはないことに気づいたからだ。
そしてこの単純な法則が、小説という枠だけでなく他の枠にも当てはまることを知った。
「古いモノ」を楽しむコツとして、「その当時の世相や時代背景を同時に知る」ということ。
今ではやや物足りない部分があったとしても、当時としては革新的な技術や手法、あるいは独自の視点が盛り込まれていたために長らく語り草になることが多い。
それと同時に他人の解釈をガン無視すること。例えるなら、どれだけ権威ある人が「このキャラはツンデレだから萌え」と言っても自分が「ツインテールだから萌えであってツンデレなのはどうでもいい」なら自分の直感に従って楽しむこと。
こんな風に古いモノ、かつ娯楽として時代の振り落としを生き抜いたモノを、自由気ままなオレオレ解釈で楽しみ、アニメを見なくなった結果、自分はアニメの物差しはエヴァとジブリと千年女優だけになったorz
敢えて弁明、というか開き直らせていただければ…
だって仕方ないじゃん!1年間で1割より少ない程度で面白いアニメは出てると思うよ?
けどその1割弱を探すためだけにアニメの世界に飛び込めば、まさに「渡る世間は萌えばかり」、あるいは「前門の厨二アニメ、後門の監督が厨二の自称芸術unkoアニメ」ばかりじゃん!
アニメの作り手にしても、ちょっと成功して有名になるとすぐ芸術気取りしたり宮崎駿の後継者気取りしてばっかじゃん!
そんな中途半端なことをするくらいなら、いっそワーグナーみたく「アニメはただの芸術じゃない。神聖な祭事だ!」ぐらい突き抜けつつ「よろしい!私に投資する権利をやろう!」的なノリで資金調達&製造とかやれるだけの実力と人間としてゲスな気概を持って挑めよ!>ヤマカン、細田
特に'00年代は酷かったよ!観客の声を聞かずに監督が見たいアニメか、大向うの観客の声しか聞いていないアニメばっかだったよ!
「そもそも今客席にいない人を、どうやって小屋に来てもらうか」を考えている人なんて皆無だったよ!
00年代はまだブロードウェイ- ミュージカルの方が観客を呼ぶためのモノ作りをしてるよ…
例えば「Wicked」はファンタジーで低年齢児を釣り、女の友情で少女を釣り、あげくに社会派的要素で親を釣り上げる万能釣り竿だよ。
「Next to Normal」なんて狂気の中から家族愛を導き出すーそれも母親が主役でーっていう化け物ミュージカルだよ。
ミュージカルってさ、親しみが無い人には「子供が見るモノ」あるいは「軽いモノ」ってイメージがあるんだ。
酷いと「演劇と歌が同居する必要性がないんじゃねーの?」って言われる始末www
まぁ当然だよね。舞台としては戯曲という枠が、歌劇としてはオペラという枠が、ダンスはバレエという枠が、技巧も歴史も名作も持ってる。
けどミュージカルが子供やミュージカル自体にマニアックな人ばかり相手にしてたってお金にならない。
彼らが飯を食っていくためにミュージカルという枠のファンを増やすしか無かった。
かと言って技巧だけで挑めば間違いなく他の枠に負ける。
だから彼らはあらゆるものを取り入れ名作を作り上げた。
例えば古典の悲劇の恋愛をベースに、彼らの身近にあるダンスや風俗、そして身近にありすぎるマイノリティへの差別問題を注入したWSSとかね。
そういったことを繰り返し繰り返し続けた結果、今のブロードウェイミュージカルの地位が出来上がった。
アニメを作ってる側の人からも、「売れない、売れない」という声ばかり聞こえた。
けど自分からしたら、なんでアニメを作ってる人は「今、テレビの前にいない人」を捕まえようとしないんだろうと思ってた。
筋を古いモノから流用し、装飾や人々を今の時代に合わせ、最後の結末に自分たちのメッセージを盛り込む。
これだけでも十分面白いモノが出きるのに。
「守破離」の全部が大事なのに、今のアニメは「守」だけ「破」だけ「離」だけみたいに、個別の実装しかないものが多い気がする。
「魔法少女」っていう小さな視野で見ても、かなり綺麗に守破離してる。もちろん違う角度から見たときにも様々な守破離があるのがまどまぎの魅力。
けど、きっともう後16年くらいは守破離をしっかり出来たアニメは出ないんだろうなぁ…
まどまぎの脚本の人は「ロボットものを書きたい」って言ってるらしいから、おそらくロボットを書くのに夢中になって客席を見なくなるか、大向うの客席しか見なくなる。
そうすると悲劇が好き過ぎる人みたいだし、シェイクスピアを消化しないままシェイクスピアの再発明を得意気にしちゃったりするんだろうなぁ…
かといって他のアニメの作り手は、まどまぎのパラメーターだけみてメソッドを見ず、もっと酷いものを作るんだろうし…
「処女厨がウザい・怖い」的な発言をよく作り手側のコメントで見かけるけど、
なら小デュマみたく処女厨を逆手にとって、ビッチであることが生きるために必然である椿姫を処女厨の目の前に置いて、
「それでもお前らこいつを罵れる?」といけしゃあしゃあと言ってのけるような人は今までいなかったし…
なんかよくわからんけど怒ってるんだな。何を怒ってるのか全然わからないけど、真面目に読んでみるよ。
どうもしたくないよ。ただアンタの言い草に心底腹が立つだけだよ。
はっきりしてるよ、生 き た く な いんだよ。
関係あるよ。アンタが思ってるほど死ぬのは簡単じゃないって言いたいんだよ。そんなことも解んないの?
俺の言い草ってなんだ。意味分からん。別に腹を立てるのは構わないけど、意味が分からない。生きたくないけど死にたくもないし本当は生きたい?全然わからない。死ぬのは簡単じゃない?どっちだ。全然わからん。そんなに難しいなら何故こんなに人は死んでるんだ?日本では統計にあがってるだけで年間自殺者は3万人だっけ、そういうの関係ないか。君自身にとって、死ぬ事はハードルが高いってことを言いたいんだね。今を生きる事よりも死を選ぶ事がハードル高いって。じゃあ俺と何が違うんだ。俺が思ってるほど死ぬ事は簡単じゃないって言うけど、それは君にとっての話だろ。死へのハードルなんて、人それぞれ違うぞ。死への恐怖心が人によって違うのと同じぐらいに。あっさり死ぬ人は死ぬし、ずるずると死ぬ人は死ぬ。それぐらい知ってるだろ。君はたまたま死を目の前にしても生きたいと思った。それだけなんだね。わかったよくわかった。それで、俺が死を目前にしてもいないのに、死の恐怖を知ったように抜かすなと。死の恐怖なんて誰でも知ってるだろ。程度の問題で。やっぱり何が言いたいのかわからん。ぬるいって言いたいわけ?そ、そうですか。
アタシの主張ははっきりしてるよ。ただアンタがイヤな奴だってことだよ。
アンタが正しいとか間違ってるとか、マイノリティとかマジョリティとかどうでもいいよ。
ただアタシがアンタみたいのが心底嫌いだってことだよ。
いちいちそんなこと宣言するなよ。
何に腹を立てているのか全然わからん。君が言いたいのは、ただ俺に腹立ってるってだけなんだよね。それはわかった。なんでかはわからんし、何が言いたいのかもわからんけど、俺がここで匿名ダイアリー書いた事に腹立ってんのな。そんなことをいちいち主張されてもな。何とも答えようがないな。返答なんか求めてないだろうけど。そんでやっぱり何が言いたいのかわからん。腹を立ててる事はわかったが、まあそれさえ伝わればいいのか?俺の理解なんてのは求めてないだろうし。俺に死ねって言いたいだけ?まあ、それは、言えばいいんじゃん?
やっぱりあなたは「生きる」ことにも「死ぬ」ことにも真剣に向き合ってない。
ただ単純に「楽」だからだ。どうしてもそうとしか思えない。
真剣に向き合うってどういうことだ?説明してくれ。どういう意味で言ってるんだ?楽って何が楽なの。生活に苦労してないってこと?生活なんて、今の日本では高望みしなければなんとでもやっていけるよ。そうでないとホームレスなんか成立しないからなあ。それが楽してるって事?俺は別に楽してるんじゃなくて、何も求めてないだけだよ。求めるものが大きければその分努力も必要になるよね。君はいったい何をそんなに求めて、毎日大変な努力をしてるんだ?ただ生きるだけか?そんなに大変なのか?何がそんなに大変なんだ?俺には全くわからん。戦時中なのか?障害を持ってるのか?病んでいるのか?極貧なのか?外人か?いじめられてるのか?借金背負ってんの?差別するつもりはないけど、俺が元のエントリーでも書いてたように、「生命の危機に瀕している」人から同じ基準で俺を判断されたらそうなるかもな。俺は飽くまで俺を基準にしてしか言ってないから、君の立場は知らんし、君も当然俺の立場を知らん。甘いと思うかもしれん。それでむかつかれても、俺はなんとも出来ないし。俺と君とでは立場が違うから、としか言えない。ただ、知ってるだろうけど、自殺は富めるものや満たされている人間にもそれなりにいて、北欧でも多い。それは寒いからか。つまり、どの立場にあってもそれ相応の辛い事、楽しい事があって、どちらかに優劣をつけるのは俺は間違ってると思うよ。腹を空かしている人間が、悩める人間に腹を立てるのは筋違いだと思う。それぞれの痛みは、同じ死に向かうほどだとしたら、それは優劣をつけられるだろうか?
それはいいとして、俺は悩んでもいないし辛いわけでもないから、そんな俺が人の苦しみを代弁しているように見えてむかついてるって?そういうこと?そんなつもりは無いんだけどな。
自己弁護って、俺は誰に対して何を弁護すればいいんだ。俺は被告なのか?世間に訴えられてるのか?そんなことはないと思うけど、ただ自分の考えを書き綴って、まあそれ自己弁護って言われてもしょうがないか。よくわからないけど、同調する人がこんなにいるとは思わなかったね。それはそれでいいんじゃないの。甘やかすも何も、本人がどう思うかは本人次第だから、俺に言われてもな。
国会と言う政治的な場で「暴力装置」という社会学・政治学用語を用いたのに
「一般人がウェーバーを知るわけが無い」「一般人に誤解される表現が悪い」「インテリ気取り」
調の言葉をぶつけて自己弁護する奴は恥の上塗りだからやめようぜ。
専門的な場でわざわざ無学な一般人の知的レベルに合わせる必要なんてない。
その溝を埋める役割を果たすべきはメディアだ。
今回はマスコミではなくTwitterやはてブがネットメディアとして役割を果たした。
相変わらずYahoo!知恵袋やYahoo!ニュースのコメント欄は役立たずだったな。
「暴力装置」は近代国家論や権力論を議論する上で不可欠の知識だ。
そのことを知らずに批判した議員もいるのだが
国民の代表のくせに政治学講義の5月頃に学ぶような初歩的な内容を知らないのでは話にもならない。
勉強して子供にきちんと説明できるような賢い大人になりなさい。
馬鹿を量産してどうするの。
その31だか32だかの男が実際に単なるダメ男だったという可能性も結構あるしな。
そりゃそうだろ。元増田的には「女性に慣れてない」+「誘っておいて女に金を払わせる」でダメもダメ男だろ。それは確定事項。
そこじゃなくて、元増田の「自分はわがままなのか?常識はどうなのか?みんなはどう思うのか?」という問いが問題なんでしょう。
「男がダメ男かもしれない」というのは、なんの関係もない。ダメ男だから元増田がわがままでいいとはならないし、ダメ男だから常識はずれの行動してもいいともならないし、ダメ男だから男よりも元増田に共感するともならない。
ぶっちゃけて言えば、元増田が鼻につくところは、文章から「30男は女慣れしてない、みっともないダメ男だから、仮に私が常識はずれな行動をとっていたとしても別に構わないよね。」という差別意識とか上から目線みたいなものがプンプン匂ってきてしまうところ。
いい女というか、よい人というのは決して差別意識や上から目線を持たない、持ったとしても自分を戒める、持ってしまっても相手の所為にして自己弁護しない。そういう意味では、元増田が自己弁護的にこんな文章を晒したことは非常識ではないにしろ、下品だと言える。
素直に喜びたいのだが、とってもモヤモヤするのだ。
不幸になれ、とまでは思わないけど、幸せになってほしくない、そんな漠然とした気持ち。
我ながら、人として最低だと思う。が、モヤモヤしてしまっているのは紛れもない事実。
いたたまれないので、この場を借りてそっと告白させていただきたい。
友人、とするからいけないのかもしれない。
中学時代から大学卒業まで、濃密に付き合っていた相手、というべきか。
同性なのだが、あまりに好きすぎて、多感でデタラメな中学時代などはそれを恋愛感情とまで自分で誤解してしまったくらいだ。
大学卒業間際、あることをきっかけに喧嘩になり、それっきり、会わなくなってしまった。
そもそも、友達、だったのかどうか。
絵がうまいし小説もうまい、と当時の私は思っていた。事実、中学生としては上手だったと思う。
「見せてほしい」とお願いすると、同じものを同じ枚数かいてもってこい、と言う。
だから私は小説なんか書き始めたのだし、当時は下手なイラストも必死で描いた。ほんとうに下手だった。
友人複数と交換でリレー小説をやったりもした。いつも私がキャラを殺すと怒られた。
楽しかったのは間違いない。けれど私は、メンバーの中では、いじられキャラを微妙に超越したいじめられキャラだった。
ボケと突っ込み、の体裁をとりながら、私が何か言えばいきなり手が飛んでくる。
はじめのうちはちょっと突く程度だったものがエスカレート。
こちらが笑っているうちはいじめにならないから、と、私も痛いのを我慢していたけど、
ついに、脳味噌ずれるのが分かるほどの平手打ちをもらったときは、意志に関係なく涙が出てしまった。
さすがにどうかと、ヤツに手紙を書いて渡した。
なんて返ってきたと思う?
「自分には、対等な付き合い方というのが分からない。見下すか、敬うかしかできない」だと。
要は、ペルソナが強すぎるのだ。
「自分のキャラ」みたいなものから一切逸脱できず、ただそれを演じることに徹している。
そこを理解してくれと言うのだ。
事実、二人でいるときは手をあげることはない。
それでもやっぱり、好きだったのかねぇ。
強くたたきすぎるのはナシ、みたいな密約のもと、謝られるわけでもなく同じ関係は続き。
オタク仲間、というのが少なかったからかもしれない。
別の高校に行っても、長電話したり遊びに行ったり来たり。
でも、この頃になると、学校が違うから明確な学力の差が見えにくくなってくる。
視野も広がるし、友人も増える。
私も小説を書くのが好きになって、素人ながら作品と呼べそうなものも作れるようになってきた。
そうなってくると、力関係は変化し始める。
コテコテのドオタクでいるより、好きなものを適度に取り入れたい私と、
なりふり構わぬ服装や態度を、こちらがやんわり諭すような場面も出てきた。
そして受験。
お互い一浪し、ヤツは有名大学の文学部二部、私は芸術系学部の文章創作コース。
こっちは大学の課題で小説を課され、プロの小説家に添削を受けているんだから上達は早い。
ヤツの書いた、あいかわらず中学クオリティの作品の粗もよく分かるようになった。
でも、こき下ろすようなことはしなかった。
こっちはプロを目指そうとしているのであって、趣味で書き続けている人の楽しみを奪ってはいけない、と。
この頃になると、家族に次いで親しい大親友と言っていいくらいには気心を許していたと思う。
・・・少なくとも、こちらからは。
あくまで「自分のキャラ」のなかでしか行動しないヤツに、私はだんだんいらだってきていた。
とにかく、成長がない。他者から学ぼうとしない。影響されない。
だから、迫ったのだ。本音で付き合え、と。
ヤツのペルソナをすべて論破して、丸裸にしてやった。
そうやって逃げるのは怖いからだろう? ほらまた自己弁護に走った、
それは本心じゃないだろう、なぜそう言いきれる?
思えば私も若かったし、性急だったと思う。
自分はこんなにお前のことを知っているぞ、とひけらかしたかっただけなのかもしれない。
10年付き合っていてはじめて、ヤツは涙をみせた。
初めて本音に触れた、と思った。漠然と、勝ったと思った。
そんな風に思う時点で、私も薄っぺらだったわけだ。
それっきり、会っていない。
ただ、私はそのとき予言した。
「そんな風に自分の殻に閉じこもった付き合い方をしていると、幸せになんかなれないぜ」と。
それから、約10年。ヤツをネット上で見つけたのは、ほんの数年前だ。
精神安定剤をオーバードーズしていることが自慢げに書かれていた。
複雑な気持ちになった。不幸自慢は気持ちのいいものではない。
でもどこかで、ほら言ったとおりだ、という思いもあった。
一方私は、小説家とはいかないまでもライターとして仕事で文章を書くようになっていた。
信頼も得ていたし、役職をもらって後輩を育てるまでになっていた。
大した成功ではないが、ヤツと比べてしまえば雲泥の差。
HPに設置された掲示板に声をかけるか迷ったが、やめておくことにした。
何を書いても、自慢になってしまう気がした。
それからさらに数年。
一定の自己実現欲も満たせたし、第二の人生といった感覚の引退。悔いはひとつもない。
ふと、ヤツを思い出した。
正直、自殺しているかも、とさえ思った。なぜか、それだけはやめてほしいと思った。
安否確認のつもりで昔見つけたHPを開くと、ブログが変わっていて、
ヤツが何を思い、どう変化していったかは知る由もない。
真に心を開ける相手を見つけたのか、
心を開かないことを許してくれる相手を見つけたのか、それすらわからない。
ただ、相変わらず昔の小説の続きを掲載し続けているヤツと、
今の私が社会的に同じところにいるということが、妙にモヤっとするのだ。
もしかすると、私こそがヤツに対して、一定の強い思いを抱えたままなのかもしれない。
ヤマを超えたんで
(12月検収が実態がどうであろうと確定。後減価7割超でで経理に睨まれるのも確定。)
担当と飲みに行ったらすごいピュアで、でも正しくて、その場ではヘタレたことしか言えなくて。
詐欺的であることは否定しないけど、他にだまされるよりはマシだと思うしかないし。
SIてそういう商売だし。でも面と向かって言われるとつらいっつーの。営業だって人間だっつーの。
やりきれなくて担当と別れた後、馴染みのショットバーにいったら某技術系派遣会社課長が
部下に説教していて、いやそれは個人の問題ではないからとやりきれない。
それは部下のせいではなくて、1ドル=100円の時はインテグラルがどーこーいって製品設計と初回のラインは
国内でといってたくせに、90円切ったところで節操無くグローバル展開マンセーし始めたのが原因だから。
ものづくりがどうこういってたかたは金型をなんだと思っているんでしょう。
いや、俺がどうこういうよりみんなわかってるんだよな。
何がいいたいかというと、少子化の原因は
家族を理由にしての醜態を見て、
こころある若者はおいそれと子作りできないことだと思ったってこと。
それなりに頭の回る子供なら耐えられないレベルの自己弁護だと思うよ、
今の中年の醜悪さは、。
いいから東京新聞で右に曲がって1号沿いに走れといったら
気に食わなかったらしく激しく遠回りされた。
結論はない。
http://d.hatena.ne.jp/hatayasan/20100822/p1#c1282941774
jituzonjituzon 2010/08/28 05:42 お前、私のことをウォッチして楽しんでたようだから、退会した理由を教えてあげるよ。
id:anigoka氏が私を侮辱・名誉毀損ではてな運営にコメントの削除申立をする
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16日にその旨メールがくる(一週間以内に削除または削除しない合理的な理由を書かないと一週間経った時点でサービス停止の後アカウント削除します)
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以前適用されていた合理的な理由を返信
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一週間以上経っても連絡もサービス停止もなかったのに27日夜に「すみませんが様々な事例により昔とルールが変わりました。一週間猶予の後アカウント削除しますのでログ保存やアウトポートをお願いします」とメールがくる
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なぜか、あの粘着ストーカー増田を書き、私専用の誹謗中傷wikiまで作った斉藤のり子=dropdb=webkitが「自分が追い込んだんだ、勝った!」と勘違いしてTwitterで大歓喜
↓
斉藤のり子は関係ないのになんだこいつ
という流れ。
はてな運営が私のアカウント削除を決めた理由は2005年にphaたちの本名をダイアリに書いてプライバシーを侵害したことがあるから。
5年前のことまで遡る運営はある意味すごいと思った。
まあ勘違いして喜んでる奴は私が生きてて活動可能なことをわかってないバカなんだろうなと思う。
そのうち正式なアナウンスがあるからそれ読め。
訊いてもいないのに威圧的&上から目線&長文&全く関係ない内容で自己弁護&罵倒を行う実存先生マジパねえっす。まあ死のうが生きてようが実存がはてなから消えてくれてよかったよ。