はてなキーワード: 自己中心的とは
「シェア」とか「繋がり」とかが、時代のトレンド、テーマのように考えてたけど、なんか違和感が芽生えてきた。
何をもってシェアや繋がりが大事なのか。今まで、若い世代は近所付き合いなどの繋がりが薄く、それを円滑にするためにシェアが大事だ!って言ってると思ってたけど、今の世代はメディアが言うほど繋がりに植えていないし、自己中心的な人や空気を読めない人は排除されるコミュニティに成り立ってて、繋がりに飢えているはずがない。(あるのは、自分が誰かを演じてる違和感の方だ。)
人付き合いが薄くなってるっていうのは、単純にコミュニティの形成、形式が変わってきただけなんじゃないか。
その中でも、若い世代はコミュニティをきちんと生きてるように俺には感じる。「人間観察が趣味です。」とか意味不明なこと言いながら、必死に空気を読みながら生きているじゃないか。
それでもなお、やれ「シェア」やれ「繋がり」などと、背中を押されているように見えてきたのだ。
では、何故シェアや繋がりをテーマにもってきたのか、それは時代や世代がそうさせたんじゃなく、社会や企業がそうさせたに過ぎなかったと思ってきた。
仮定する筋書きは以下。
→若い世代の消費行動とか、もう全然わかんない、全然予想できない。困った。てわけで、シェアさせよう。ネットに赤裸裸に書いてもらおう。
→メディアでまず、「若い世代は人間付き合いが下手。」「昔みたいな人情も無い。」レッテルをはろう。
→レッテルを貼ったら、あとは若い世代向けトレンド(ケータイなど)から「シェアせよ!繋がりが大事!」と号令をかける。
→流れに敏感な若い世代は、自分を”ウィキリーク”させていき、消費行動や世代性を惜しみなく公開。
→ああね、なるほどね。新しい消費行動もだいたいわかったから、もう号令かけなくていいよ。 ←今ココ
シェアって、そもそも何を指してたのか。
みんな情報は金になるのを知ってるくせに。海外にどんどん負けながらも、国内での生き残りも大変な企業。畳み掛けるように現れた、「スーパーコンペティション」の現象で、有益な情報はもっとシェアされなくなっていく。
政府や東電が情報を公開しない事を全面的に否定できないのは、自分たちだって重要な事はシェアしないからじゃないのか。
日本国民がもってる問題は、ほんっとうに根が深い気がした。
インターネット上でのシェアなんて、まだ「エンターテインのシェア」と「自分ウィキリーク」どまりなんだと思う。
ある、歯科医院での場面。
痛かったら手を上げて教えてくださいね
→
とは、一言も言っていない。
■患者様だぞ!!
患者側の権利者意識、簡単に言えば大柄な態度と心理が関係しているのだと思う。
歯科医師も衛生士さんも、一言も「痛い=あなたの都合で、治療を止めます」とは発言していない。
どこまで炎症が進んでいるかとか痛みがどのくらいの深さとか知りたい。
患者の心性や感じ方を知りたいわけではない。
あくまで、口腔の状態を知りたいのだ。
■逆誘導尋問
誘導尋問。
間違った前提を気づかせない質問。
そして人は時に、
自分は大事にされるべき患者だ、という間違った前提を持っているから
痛い→不快→尊重してもらえる→小休止すべき、というイラショナルビリーフになる。
■プチ処方箋
こういった
晒し者にならないためには
「人間は自己中心的に考える生き物なんだ」と言う前提に立って、
□おまけ
歯周病菌は女性ホルモンを栄養源として好み、女性ホルモンが大量に分泌されると
簡単に増殖します。
この度行定勲監督・吹石一恵主演で映画化が決定した『ゲーセンで出会った不思議な子の話』。だが、書籍化・映画化が決定しても、このストーリーの書き手は決して名乗り出ることなく、ネット上ではこのストーリーに対し、様々な点から疑いが提出され、果ては低迷するアーケードゲーム業界によるステルスマーケティングではないかという説まで浮上している。
私は、ある裏情報筋から、このストーリーの書き手のIPアドレスを入手した。そして、エヌ県エフ市というある郊外の市から書きこまれた、という所まで書き手の所在を特定し、早速現地に向かった。
まず私はその街にゲームセンターがないかを探した。すると、今はもうないが、かつて「UTOPIA」というゲームセンターがその地にあったことが、分かり、そのゲームセンターに昔よく行っていた男性に話を聞くことが出来た。彼に、いつも帽子を被り、格闘ゲームをやっていた女性に心当たりはないか聞くと、彼はこう言った。
「あーあの女か!あいつはひどい女だったよ。なんだい、お前もあの女に騙された口なのかい?」
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その男性によれば、帽子をかぶり、奇妙な振る舞いをする女性は確かにいたという。だが、そのような女性を男性が放っておくはずもなく、彼女の周りは常に男性で囲まれていたという。
「あなたも囲んでいた一人だったんですか?」
その女性は機会があればあらゆる男性にアプローチをかけていた。例えばふたりきりで居る時に急に泣き出して見せ、理由を聞くと、自分は家庭で居場所がなく、そのためこのゲーセンに入り浸っているのだと言ってみたり、あるいは「あなただけに打ち明ける秘密」として、自分は不治の病であり、もう長くはないのだと言ったり。そのようなアプローチに非モテ童貞が転ばないわけがなく、彼女がゲーセンで囲んでいた男性の一人を連れてラブホテルに行く姿も、度々目撃されていた。
当然、そんなことをしていれば人間関係はめちゃくちゃになる。その女性をめぐってのいざこざがそのゲームセンターでは日常茶飯事のこととなり、ゲームセンターの治安は悪化、客足は遠のいた。そのゲームセンターが潰れた理由の一端は、あの女にあるんだよ!と、男性は語気を強めて言った。
だが、ゲームセンターが潰れたことにより、そのただれた人間関係も自然に瓦解した。そして、時間の経過により、いつしか囲んでいた男同士の間で、「同じ女を追いかけた者同士」という仲間感が生まれ、今では良い飲み友達になっているという。
「まぁこんな郊外の狭い人間関係の中じゃあ、いつまでもいがみ合っていても仕方ないからな!同じ穴を共有した者どうし、まぁ兄弟みたいな関係なのよ。がはははは!」
正直、このようなホモソーシャルは私にとってはとても気持ち悪かったが、それはともかく、私はその「兄弟」にも話を聞いた。しかし話を聞けば聞くほどに、その女性は、掲示板で語られたような可憐で無垢なキャラクターとは異なる存在に思えた。しかし一方で、その容姿や、外から見た雰囲気は、驚くほどあの掲示板で語られた内容と一致しており、そのことが私を困惑させた。
その女性は、今どこでどうしているのかを、なにか情報を持っていないか聞くと、彼らは口を揃えてこう言った。
「いや、全然知らねぇ。そういやあいつはどこ行ったんだろうなぁ……」
調査はここで行き詰まった。
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あの「不思議な子」は今どこで、何をしているのか。手がかりを知るために、私はその街で聞きこみを開始した。すると、ある女性教諭が、彼女の行方を知っているかもしれないというので、私はその女性教諭に話を聞きに行った。
その女性教諭は、今は教師を辞めていた。彼女に、帽子をかぶった、「不思議な子」の行方を知りませんかと聞くと、彼女はこう言った。
「あいつは、死んだよ」
その女性は、元々彼女の教え子であった。そして、卒業後も頻繁に会っていたそうだ。その関係が、教え子と教師の関係どころか、友情を超えた親密なものであったことは、その女性について語る言葉の端々から見て取れた。
女性はとても不安定な人間だった。とても自己中心的であるように見えて、実はとても繊細で、誰かから嫌われていることが分かると半狂乱になり、彼女に怒鳴り散らしたという。「あの子はね、誰にも同じように好かれたかったんだよ。とっても、弱い子だったからさ。」そう彼女は言った。
そして、ある日、女性はある男にこう言われた。「お前みたいなビッチ!死んでしまえ!」と。
「次の日、この街の外れの崖から、あいつは飛び降りたんだよ。」
女性は飛び降りる前に、彼女にだけ電話を掛けた。その内容は、自分を悪しざまに罵った男性の罵詈雑言であった。いつものことだったので、彼女が受け流していると、彼女は最後にこう言った。
『結局、セカイは、あたしのことが嫌いなんだよ』
「私は、あの子の『セカイ』にはなれなかったのさ、結局。」
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私は、彼女から、その女性が飛び降りた場所を聞き出し、そこに出かけた。掲示板に書かれたストーリーの書き手がどんな奴なのか、それはもう、私の関心からは外れていた。どうせ、最初に話を聞いたような連中が、面白がって掲示板に投稿した話なんだろうと、そんなふうに思っていた。
そして、市の外れの崖に行こうとした時、私は一人の青年が、私の前を歩いていることに気づいた。その青年の手には、あの、トルコキキョウがあった。
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「ええ、私があのお話を書いたんです。この下で眠るあの子に、何か物語を捧げようとね……」
青年もまた、あのゲームセンターの常連の一人だった。ただ、青年は、女性を取り囲む男どもの輪の中には入れなかった。遠くから、その女性を見つめていたけれど、声をかける度胸はなかったのだ。
ただ、一回だけ青年と女性は、会話をした。喫煙所で、その女性に話しかけられたのだ。にっこり笑いながら、「君は、格ゲーはやらないの?」と。
「今思えば、ずーっと見つめられていたことに、気づいてたんでしょうね(笑)」
青年が「格ゲーはやらない」と答えると、彼女は格闘ゲームのことを沢山語った。ストリートファイター4というゲームのさくらというキャラクターが可愛いとか、そんな話を。
「ただ自分は、正直憧れの子に話しかけられたことで頭がいっぱいで、彼女が話す内容は全然頭の中に入ってこなかったんですがね」
そして、一方的に色々なことを話しかけられて、最後に彼女はこう言った。「一回で知りたいこと全部知れるほど、簡単じゃないよ~」と。
「でも結局、私が彼女と話せたのはその一回きり。そのあとすぐ、そのゲームセンターは潰れてしまって……」
そして青年は、その女性の思い出を抱えたまま暮らしていたある日、ある女性が、崖から飛び降りたということを耳にする。そして調べていくと、その女性は、あの憧れの子であったことを知った。
「それが分かると、居ても立っても居られなくなって、そして、気づいたらあの物語を書き上げ、掲示板に投稿していたんです。」
そしてその物語によって、青年は彼女をこの汚れたセカイから救い出し、自分との、「永遠の愛」の中に、匿ったのだ。
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気づけば、話すこともなくなり、私と青年は無言のまま海の向こうを見つめていた。
この話を発表すれば、この青年の「永遠の愛」は破壊され、セカイにあふれる汚らしいゴシップネタとして消費されるだろう。だが、私はそういうことをしなければならない職業だ。だからしょうがないんだ……と、私は一人自己憐憫に浸っていた。
そんな時だった。海の向こうから、「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」という音が聞こえてきたのは。
「一体なんだ!?」と思い、私と青年が海の向こうを眺めると、そこには
クジラの上に、キャスケット帽をかぶった、ショートヘアーの、吹石一恵によく似た女性が、立っていた。
クジラは猛スピードでこっちに向かい、崖に突っ込んだ。あの子は空に向かって羽ばたき、そして、青年の胸に飛び込んだ。そして、彼女はこう言った。
彼女「ずっと待ってたんだよ、あなたが、私のことを呼んでくれるのを」
青年「え、それっとどういう……」
彼女「鈍感だなぁ君は。」
彼女「わたしは、ずっと君が、わたしを好きだって言ってくれるの、待ってたんだよ。」
彼女「でもひどいなぁ、私のこと、物語の中とは言え、殺しちゃうなんて。そんなに薄幸美少女が萌えなのかい?この~」
青年は呆気に取られたようだったが、しばらくすると、何が起きているのかに気づき、そして、まるでこどものようにわんわんと泣き出した。そう、悔し涙ではなく、嬉し涙を。
彼女「君は、絵を描くのが好きとかいう風に書いてたけど、それは本当?」
青年「いや、絵は全然描けないwコピックマルチライナーっていうのを見かけて、その言葉の響きが良くて、つい使っちゃったw」
彼女「そっかー。わたしも絵は全然描けないよw格ゲーはどうだい!」
彼女「よーし、私が特訓してやろー。お姉さんに任せなさーい! 」
もう、私がここに居ることはお邪魔だろう。そう、物語の結末はいつだってこうあるべきなんだ。
あ、そういえば一つ言い忘れたことがあったことがあったっけ。それを言っておかなきゃ。
俺「トルコキキョウの花言葉はね、永遠の愛なんかじゃないんだよ。
希望 さ。」
なるほど。そういう行動に対して肯定的ということは、君はジコチューな人なんだな。
つーか定期的にって、そんなニュースを意識的に目にするような人なんだな。身内にそういう人でも居るのか?
自分勝手な理由で作って、自分の頭の出来が悪いために教育を失敗して、そして最期は相手のことを考えず一方的に殺す。
そんな行為が評価できるとお前は本気で思ってるの?
生まれてから為される淘汰のほうが、理にかなっている。
子供にとっての迷惑は全く考えない自己中心的な人間ってことか。
しょーもねー。
君が誰なのかは分からないが、人を傷つけているのは自分が相手している人の方からだよ。
というより、
これは只の状況対人論証だろう。
主張する相手が「どういう状況に身を置く人間か」で相手のしている主張が正しいか正しくないかを決め付けるような判断をしてはいけない。
それは誤謬に繋がる。
(信用金庫の営業課の課長だったらしいが、実際に「嫌な上司」だったんじゃないかと思っている。
笑ってしまうが、なんか会社の人から「死ね」という内容のイタズラ電話が掛かってきたり、プライベートでも何かとトラブルメーカーな人だったので……。)
中学生くらいの頃から家を出る時まで、毎日ネチネチネチネチと暴言を吐かれ続けていたことがストレスとなって精神を病んでしまった。
なぜそんなことをされる羽目になったのかと言えば、父親が別の仕事で失敗してしまって自己破産を起こした辺りから始まったことなので、それが原因なんじゃないかと思う。
それで自分をターゲットにして、八つ当たりをするようになったんじゃないかな、と。
本当の所はなにも分からないけどね。
どうであれ自分の感じた事を正直に言えば、辛かったとしか言えない毎日だった。
父親は自分にどれだけネチネチとしつこく嫌味を吐き続けても、それは全て「お前の為だ」とか「お前が悪いから俺はこうしてるんだ。別にしたくてやってる訳じゃねえんだよ。」というようなセリフで全て自分のせいにされてしまっていた。
というか、あの手の人間と対峙したことのある人になら分かると思うけど、ああいうタイプは基本的に「直接的な暴力や暴言」を振るってこない。
だからこそとてもタチが悪い……。やり返される隙を与えるような攻撃はしてこない。
というよりも、そもそも人の話に聞く耳をまったく持ってくれないので、何をどう言っても会話にならない。
とにかく会話がまったく成立しない。何を言っても「自分が正しくてお前が間違ってる」の一辺倒でどうにもならない。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~with3/gyakutai/morahara/morahara.htm
まあ、全然うまく説明できていないけど、↑ここに書かれている事には、本当によく思い当たるフシがある。
当時は「親の言うことなんだから自分が悪いに決まっているんだろう」という気がしてならなかったが、今では判断能力も身について父親がしてきたことは暴力だということが分かるようになっている。
そういう経験があるからこそ、「子供の立場を無視した親にとって都合の良すぎる主張」は許せない。
理不尽な目に遭ってきた親もたくさん居るのだろうけど、それと同様に、私のように親から理不尽な目に遭わされて人生を壊されているような人も世の中にはたくさん居るということも頭に入れておいてくれれば、自分のような人間は助かる。
まず始めにそれはただ愚痴をこぼす形で言ったものだから真面目な反応が返ってきてちょっとビビった。
という言外の意がある。
体感でいうと論理的に話ができると感じる人間は、100人に1人とかじゃないだろうか。よく分からん。
まあハッキリしないが「多すぎる」と感じている位には「論理的に話が出来ないと感じる人」と出会ってしまうことの方が多いよ。
それが不運によるものなのか、自分の人との付き合い方の問題なのか、世の中に(自分よりも)論理的思考のできない人が多いことによるものなのかどうかは分からんし、あんま考えたことないな。
そもそも「アイツは論理的に話が出来ない」とする自分の判断自体が間違ってる可能性もあるんだろう。
精神的な成熟度合いを計る尺度については人それぞれだと思うけど、自分としてはひとえに「どの程度の理性があるか」で評価してると思う。
気に入らないと思う理由による。
道理に合わない勝手な理由で滅べと言ってるのなら「自己中心的で精神的に幼いなあ」と思うだろうけど、
情理を尽くした理由の上でそう望んでいるのなら、その是非は別として「精神的に幼い」とは思わない。
あと、人から「それは道理に合わない」と指摘されて訂正できる程度の理性を備えているようなら「精神的に幼い」と思わない。
人間が過ちを犯すことは仕方がないので、人の話に聞く耳を持って自分の間違いを素直に正せるなら問題ないと思ってる。
そして、たとえ「道理に合わない勝手な理由で滅べと言ってる」としても、それが「道理に合わないことだと自覚した上で」主張してるなら、「精神的に幼い」とはあまり思わないだろうと思う。(場合によるけど)
単に「自分と異なる価値観を許容できない人」が居るという話じゃないのかな。
恋愛好きや猫好きの人に限った話ではないと思う。
とあるバンドのとある曲がたまらなく好きであるが故に、それを好きになってくれない人が許せない、とかそんなよくある話。
好きであれば好きであるほど、異なる価値観は受け入れ難くなるものだと思う。
加えて、自分の視点からすると、猫好きな人の中にそーいう自己中心的な人が特に多く居るように感じたことはないんだけどな‥‥。
(自分は猫好きだけど、他人が猫嫌いだったからといって特になんとも思わない。恋愛好きな人については、あまり見かけたことがないのでよく分からない。)
・絵が下手
・発想が凡庸
・「理系」としてまとめられている非常識性・変人性がただの中二病レベル
・「オタク」としてまとめられてる趣味行動・奇行が浅すぎライトすぎ
・「過剰に論理的」とか「発想が人と違う」ではなく「凡人の変人ぶりっ子」なのがバレバレ
・一方で、本当に変というか、確かに非常識だな(それも単に悪い方向に)という部分がチラホラ見えるがそこには自覚がない
・作者の本当に変な部分は「理系」「オタク」に誤集約してスポイルする事でスルーしている
・寿司屋でネタの正式名称がどうのと因縁つけるのの何が面白い?
冗談抜きに中学生ぐらいがいきがってやりそうな行動でしかない。
これを本人は、読み物として提出出来るぐらい面白いネタだと思ってる。
ずっとこの水準で「俺って面白い変人デショデショ?」なので、かなりキツい。
・作者の同期や彼女との人間関係だけは本当に変人というか、確かに人よりかなり劣っている。
しかもこっちには見世物的な意識が感じられない。むしろなんかイジケたマジレスが多い。
彼女との別れの顛末なんかも、自己中心的でナイーブな視野からの描写に終始し、
「僕はこう感じて」「僕はこう疲れた」ばっかし。客観性・論理性が皆無。
そのつまらん愚痴がカネとって人に読ませるようなものか考えてないのは
これも自意識過剰のなせる技だと思う。
自分の気持ちや関心と、他人の気持ちや関心と、区別があんまり付いてない。自分大好きすぎ。
これは変人ぶりっ子な作者の唯一の「本当に一般レベルとちょっと違う部分」なんだけど、
自覚がないのでそのまんま垂れ流し。
せっかくの本物の変人性部分なのにエンタメ変人ショーにはなってない。
・そもそも「普通の人と一味違う変人」としてのギャップを変人本人が解説するってのは構造的におかしい。
「自分の思考・発想が普通の人と違うと自覚し意識する変人」て。
それはどうやったって「自意識過剰・演出過剰な凡人」でしか有り得ない。
『となりの801ちゃん』(読んだ事ねーけど)は
常識人である801ちゃんの配偶者が観察日記的に述べていくんでしょ?
変人や異界人を描写しネタとして提示していくにはこれしかないよね。
繰り返すけど
「俺ってこんなに変なんだよ」「ほら変でしょう」っていうのは変人ごっこにしかなりえないよね。
構造からして頭が悪いし、変人ショーとしては凡人臭がき出すぎだし、自意識未整理すぎというもんだよ。
「ヘビーなネットユーザー男子の不愉快なところ」というのがあるのでそれの女版を書いてみた
フェミクラスターたちは男性差別は女性差別によって生まれたと考えている
どうやらこのクラスターの人たちは男社会によって女性差別が生まれ、派生的に男性差別が生まれたのだから、女性差別に吸収されてしまうと考えているらしい
女性はさまざまな圧力があるが、男性は外見を整えなさい、○○らしくしないさいという圧力はないと考えている
でも、現実は違う
恋タメに代表されるように男性に対しても外見を整えろという圧力は存在しているし、
オタクっぽい趣味は持つなよとメンズナックルなどの雑誌ではさんざん言われている
でも、なぜかはしらないが、ホモソーシャル社会で上位を占めている男性の行動を非難することはない
その理由は至極単純で下位の男性はオタクやブサメンなどフェミクラスターたちにとって興味のない存在ばかりで占められているけど、
上位の男性はイケメン、金持ち、やさしいなどのこのクラスターにとって好意を感じる存在で占められているからだ
あるフェミクラスターがDVにあっているとtwitterで行っていた
だが、さらにタイムラインを追いかけると、夫はこのフェミクラスターに対して不満を抱いており、このフェミクラスターのプロフィールそのものが自己中心的な内容だった
別のフェミクラスターも女性差別を撤廃すれば、男性も幸せになれると喧伝していた
だが、現実は逆で女性差別が減れば減るほど男性と女性の自殺率の差が開いている
しかも、その上、フェミクラスターの活動によって利益を得るはずの女性たちですら、つらい思いをしている
(http://www.shisokan.jp/hansei-joseigaku/jisatsu-kakusa/)
本当にフェミクラスターたちは周りの幸せを考えているのだろうか
この一連の流れを考えると疑問に思わざる負えない
フェミクラスターやその他の女性たちはホモソーシャル社会の上位層と恋におち、セックスなるものをしている
その行いを通じて下位層に対してはセックスしたければ、上位層まで上り詰めなさいと無言の圧力をかけている
結果としてホモソーシャル社会は維持され、フェミクラスターやその他の女性は上位層の男性と恋をするという利益を獲得し続けている
でも、twitterでは男性社会があるから私たちは成功することができないのですと盛んに喧伝し続けている
でも、男性の性欲の発散が優先され、それらの現実が顧みられることはない
障害者の性でも同じだと盛んに喧伝している
でも、女性は男性と違い、見ず知らずの人とセックスしたいとは考えていない
それゆえに女性向けのポルノ産業は成立しづらいのだが、その点は無視している
そんなに女性の性欲が無視されていることが問題なら女性の嗜好にあった店を自分たちの手で作ばいいんだが…
フェミクラスターたちはそういうことを一切しようとしない
アスペルガーは知的障害者であって、自己中な我侭でもなければ、精神疾患でも無い。
曰く、自己中心的、相手を考えていない、自分がどう見られているのか気にしていない、優先順位がおかしい、甘ったれている、卑怯、など。
その後、アスペルガーについて思い至った。行間が読めない、強く言えば相手に興味がない。つまりは自己中心的判断しかできない。
自閉症もアスペルガーも何人か知っているが、本当にアスペルガー診断くだされた人は論理的で実際偏差値もかなり高く、自閉症の言動に近いものを感じる。
上にあるのは、思い込みが激しい感情的な奴に多いタイプで、真逆のように感じる。
思うに、仕事の仕方が下手なのか、仕事がそもそも合っていないのかのどっちかだよ。
でもその前に、
現状を変える努力よりも、アスペルガーのせいにしようとした時点で、甘えてるし、
仕事の仕方を注意されているのに、やり方を変える努力や仕事やめるなんて発想の前に死ぬ事考えた時点で、優先順位がおかしいというのは事実だと思う。
その注意してくれた人は、よく見てくれている人なんじゃないか?
叱る人間には2タイプ居て、一つは趣味がサドな奴。もう一つは成長を願って叱るタイプ。
最近私のTwitterのタイムライン(以下TL)が酷いことになっている。
1日でそこまでTwitterを見る機会が無いので、あまりフォローをしないように決めているのだが、私がフォローしている人の中で厄介な人物がいる。
リツイートを含めて1日に100ツイートぐらいする時があるのだ。
解析ツールを使って調べたが、その人に1日の平均ツイート数は40ツイートだった。
恐らく私のTLの8割近くはその人のツイートだ。
それだけならまだ我慢しようと思えば我慢できる。
「こういうツイートする人は嫌い。不快なツイートは見たくない。」みたいな感じなツイートをするのだ。
「『眠い』とかどうでもいいことを呟くな。」とか呟くのだが、当の本人が昨日「眠い」と呟いたのを私は見てしまった。
それに「不快なツイートを見たくない」という当の本人のツイートが量と質ともに不快という状況で、どうしたものかと思っている。
「Twitterは好きでやってるんだし、文句を言うな」「そんな奴フォロー解除しろよ」という声が聞こえてきそうだが、
友達ということでフォロー解除はしにくいし、Twitter自体は情報収集ツールとして重宝しているし。
その人はキュレーターぶって気になる記事みたいなのをツイートするのだが、佐々木俊尚さんやはてなブックマークのホットエントリーから引用することが多く、
その2つともフォローしている自分としては何ら目新しい情報でもないということで厄介だ。
もちろん佐々木俊尚さんもはてなブックマークもフォローしていない人からしたら新しい情報なんだろうが・・キュレーターみたいなことするな自分で見つけた記事を発信してほしい。
と私の主張も曖昧且つ自己中心的なんだが、これからSNS上の作法というのも意識しないとSNSがつまらないものになってしまうのでは、と思う。
基金訓練、今は求職者支援制度に名前が変わったみたいですけど、そこの講師をやめたというか、会社ごとやめて転職しました。
何の講師をやっていたかというと、今をときめく(?)Androidの講師です。
転職先にも少しなれてきて、今までのことを振り返って書き留めてみたのですが、せっかくなので発表することにしました。もともと僕だけが読むメモのつもりで書いたので、読みやすい文書ではないですがご容赦のほど。
Androidの講師になるまでは、Javaのサーバーサイドのエンジニアをやっていました。
お客様のところに常駐し、システムの一部ではあるけど、自社メンバーだけで上流行程から担当し、僕はそのチームリーダーでした。
プロパーの方でも仕事がないような状況で、それでも僕らのチームは半年ほどは細々とメンテなどの作業をやっていたのですが、最終的には契約終了になってしまいました。
自社に戻って、何をするのだろうと思っていたら、Androidの講師をやれ、といわれました。
Androidは、暇だった時期に少し動かしてみて、簡単なアプリなら組めるようになっていたのですが、人に教えるほどの技術はありません。しかも準備期間は1週間ほどしかありませんでした。
ビデオ教材と教科書が用意されていて、それに従っていれば最低限の講義はできるのと、最初のうちは純粋なJavaの講義だったので、前半をやっている間に講師はAndroidの勉強をしよう、という、何とも乱暴な計画を立てたのでした。
ほぼ定員いっぱい近い受講者の方が集まったのですが、スキルが全くバラバラです。
JavaやC#,C,C++の経験者がいるかと思えば、人差し指だけでキーボードを打っている方もいます。
講義の最初のうちはコマンドプロンプトを使うのですが、教材には説明がなく、最近の人は知らないだろうと思って説明書を作っていたのですが、まさかコピーペーストのやり方から説明することになるとは思っていませんでした。
それでもやる気のある方はまだましで、どうみても給付金目当てとしか思えない、やる気のない方が何人もいます。
こちらも準備不足の中、生まれて初めて「先生」と呼ばれる仕事を始めることになりました。
基金訓練を始める前は「きちんと技術を教えられるかな」ということばかり気にしていたのですが、講義の運営の方が問題続出でした。
いかにもやる気のない方々は講義中もトイレだ電話だといって抜けてしまう、講義中に当てても「わかりません」しかいわない、かといって質問もしない。当然課題も期限までに出さないので0点しか付けようがません。
そういう方でも、こちらから無理にやめさせたりすることはできないので、何とか講義だけはでてもらっていました。
けど、それがよくなかったようです。
まじめに受講されている方々から「金をもらって受講しているのにあの態度は何だ」「入校条件(キーボード入力)すら満たしていないのではないか」「講義のペースが遅すぎて時間が余る」などの苦情があがり、まじめな方から「就職が決まった」などの理由で辞めていってしまいました。
後に残った、やる気のない方々と、講義を続けていくしかありませんでした。
1度目の皆さんが修了し、2回目の講義を行うに当たって、前回の反省点を改善すべく、いろんな手を打ちました。
最後の手は、会社に怒られるのではないかと正直不安でした。実際辞めていく方が増えたのですが、こういう方は「家業が忙しくなったので手伝う」「体調が悪くなったので療養する」といったもっともらしい(?)理由で辞めていったので会社から怒られるようなことはありませんでした。
むしろ受講生の方の中から、積極的に他の方にアドバイスする方が増えたため、スキルの低い方からも「質問をしにいける人が(講師以外にも)大勢いたのでよかった」といってもらえるようになりました。
今回は、終了後の受講生の方どおしの打ち上げ会に呼んでいただきました。おおむね好評だったのだろうと思います。
未経験だけど、求職者支援制度を利用してプログラマになりたい方向けに、こういう人がプログラマに向いている、こうした方がいい、という条件を挙げてみます。
プログラムの勉強ははっきり言って辛いです。やりたいことが明確になっていないと、なかなか続かないです。
僕は「写経」と呼んでいるのですが、サンプルプログラムを実際に打ち込んでみて、エラーがあれば自分で修正する
という「訓練」をやらないと基礎が身に付かないです。そもそもキーを打つのが苦手、という人はきっぱりあきらめましょう。エラーの原因を自分でぐぐって調べられないような人も、この業界には向いていないです。
いき当たりばったりではなく、最初に手順・段取りを考えてから作業を始める方が向いています。
講義でも、課題作成に何日もかかる課題があるので、何も考えずに適当にやっていると期限までに終わりません。
「きりん、うさぎ、あひる、かば、4つの動物で仲間外れは?」みたいな問題が苦手な人は、向いていないと思います。
単に「読める」ではなく、課題を理解し、既知の技術で解けるものと未知のものに分けたり、繰り返し処理や、複数の似たような処理を一つにまとめるといった作業ができるかどうかです。
さっきの抽象的な考えもそうですが、今までそういうことを意識してやっていない、という方が多いと思います。そういう人は、しんどい思いをすると思います。
「AとBという方法がありますが、ここではAについて説明します」と講師がいったら、Bは自分で調べましょう。習ったプログラムを少し変えてみてどうなるか試してみましょう。それがうまくいかなかったとしても、経験というプラスが残ります。
講師の言うことが理解できたと思ったら、自分で応用問題を考えて、プログラムを書いてみましょう。もしそれが期待した結果にならなければ、どこかで理解が間違っている可能性が高いです。
先ほどの「試してみる」もそうですが、BLOGで実施すると、それをみた方からコメントやアドバイスをもらえることもあります。
いきなり何十行もプログラムを書いて動かなかったとしても初心者はまず動かせるようになりません。少し書いて、動かして動作を確認し、また動かして、を繰り返す方が結局早く完成します。
ちゃんと動く「プログラムの断片」を増やすことは、後で同じようなプログラムを書くときに、「断片」をそのままコピーして使えるようになると言うことです。
一度プログラムを書き始めたら、まずやることはプログラムを完成させて動かしてみることです。プログラムを書いている途中で、同じような処理があるからforで書きたいとか、メソッド化したいとか、思うかもしれませんが、プログラムの初心者はまず動くプログラムを書いて、それができてからきれいに書き直しをした方がいいです。
すぐに解けない課題は、書いて残しておきましょう。書いて整理することで、解けることがあります。今は解けなくても、後で見返して解けることがあります。
特に図に書く、という作業は意識的にやった方がいいです。講師に質問するときも、口で説明するより、図に書いた方がずっと通じやすいことがあります。
自分ができたことで他の人が詰まっていれば、アドバイスしてあげましょう。助けてあげると言うだけでなく、他人に説明すると言う作業は、自分自身の理解をより深める作業でもあります。
もちろん自力で最後まで解くことが重要な課題もありますが、そういうときは講師がそれとなく言ってくれるはずです。
とりあえずアプリを書いたら、同じ講義を受けている人や講師に見せて感想をもらいましょう。
アイコンを書くのが苦手なら、イラストが上手そうな人を見つけて、書いてもらったり、書き方を教わったりしましょう。
訓練を受けているのは同じような環境の方ばかりなので、相手だって同じことを考えているはずです。
紙のノートに講義内容を書いたり、テキストの余白にメモしている人がいますが、それは講義の内容を聞いて即理解できる人が、聞いたことを忘れないためのやり方です。
わからない人は、わかるようになるまで、何回でもノートを書き直した方がいいです。わかったことを継ぎ足して、表現を見直して、時には冗長な表現を削って、自分だけのオリジナルのテキストを作るつもりで書きましょう。当然書くのは紙のノートではなくパソコンをつかいます。
プログラミング以外の世界でもプロや、プロ顔負けの技術を持つセミプロ、ハイアマチュアといった方は自分の作品を世に出すときに恥ずかしがったりしません。不安はあっても、それを上回る意欲を持って、どんどんアプリを書いて、マーケットに載せましょう。
ひょっとすると業界の習慣よりあなたの意見の方が正しいこともあるかもしれませんが、未経験の人が言っても周囲はたぶん聞いてくれません。「私はずっとこのやり方でやってきたしこれからもやる」という意見はひとまずおいておいて、まずは周囲に認めてもらうようにしましょう。
余りに差がありすぎて自信をなくすと逆効果ですが、技術を身につけたければ自分より優れた人から学ぶのが一番です。コミュニティーや勉強会にも積極的に参加しましょう。
外国人のふりをした日本人なのかどこか近くて遠い国の人なのかわかりませんが特に反論したい点をいくつか
>1.マナーに異常に厳しいが、融通が利かずユーモアがない(ジョークやいたずらをしないけど、靴を並べないと怒る)
茶化したりジョークでごまかすのが全てにおいて正しいという認識がおかしいですね
>5.差別はないけど、いい人でも仲間はずれにしたりいじめたりする(みんなだれかのことが嫌いなのかな。怒っている。)
これは洋の東西を問わずどこでもありますね。「日本だから特に酷い」というものでもありません。
>7.感情表現が変(愛してるというと軽いといわれるがほんとなのに。私や私の外国人の友達もよく軽いといわれる)
ダイレクトに表現すること=正解 というのは文化の押し付けに他ならないですね
子供第一っていうか、要するに「子供を苦しめることはみんな悪、何をおいても子が泣きを見ることだけは避けるべき」みたいな感じだよね。
そんで、その命題でもって何もかも語ろうとしすぎてる。
でたでた。
「相手の論陣を極端化して論破しやすくしてから戦う」という典型的藁人形論法。
「子供を苦しめることはみんな悪、何をおいても子が泣きを見ることだけは避けるべき」
俎上の母親は自分の子供にシリアルと買い弁当ばっか食わせて夜更かしさせて放置してるわけだわな。
子供の為に出来る、追加リソースゼロの方策(助けてくれそうな人に頭下げてすがる、交渉する)すら真剣にとってきてないわけ。
今回子供が喜んでるの見てもただ「報われない自分が可哀想」って泣くわけ。
0点じゃねーか。
その子はとっくに苦しんでるし泣き見まくってるよバーカ。
「30点ぐらいなら取れなくないように見えるから30点は取れよ」って言われてるだけだ。
そしたら被害者面で「100点を取れと強要された!」とかトンチキなこと喚く。
どこの誰が0点人間に100点なんか期待するんだバーカ。
あのな、そういうのはボチボチ最善と思われるルートをたどってからほざくことだ。
自分の感情のためだけに、「両親や従兄弟に頭下げてお願いする」ということすら回避した母親を
「無いなら作れや!」ってなるのはいいんだけど、そこで母の過去の選択がどうのこうのって責めたって策なんか出てこねーんだよ。
過去の選択について間違いを認識して反省してるならみんなだって責めやしねーよ。
まるっきり認識してないじゃん。
そのことを認識して後悔や反省をしてるなら追加で責めたりしねーよ。
目の前の「策」である従兄弟のことも生かせそうにない状態だよね。
「策」は目の前にいくらでも転がってるんだよ。
あくまでこの母親が、自分の理想のために、それを掴むのが嫌なんですってよ。
バカじゃねーの。
普通のシングルマザーはこの母親みたいに恵まれてねーし、理想とか寝ぼけたこと言ってねーよ。
てめーこそ勝手に他の罪の無いシングルマザーを巻き込もうとすんなバカが。
文中の登場人物で「誰かを蔑ろにしてる」人間は一人だけ、この母親だ。
「両親の思い」も「わが子の健全な発育」も「出来すぎた従兄弟達の親切心」も全部蔑ろにして
いまだに「理想どおりに出来なかった私が可哀想」と抜かしてる。
こいつが可哀想だとすればそれは
徹頭徹尾自分のことしか考えないで生きてるせいでそうなったんだよ。
厳しい批判を受けたら
ダメ人間の典型パターンだけど、その攻撃方法がクズ丸出しだな。
「幼少期に可哀想な目に遭った奴だろう!」なんていう人格攻撃の手段があるか?
2chのネトウヨのチョン呼ばわりなんかより更に人間として下だわな。
「きちんと養育されない子供が可哀想な目に遭う」、なんてことについて
心を痛めるんではなく攻撃に使えちゃうその神経。
こういうレベルの人間が人の親やってたらと思うとマジでコワ!としか言いようがない。
まあそういうレベルの人間がこの問題の母親みたいなことも出来るんだろうけど。
そのためなら「今泣いてる母親は泣いてて当然」となるわけだ。
この「泣いてる母親」は
誰にもこんな奴を助けることは出来ない。
自分で自分の了見を改めて、他人のことや他人の気持ちを考えられるようにならない限り
もっとはっきり言えば、
つまり、
馬鹿だな。
それだ。
"ハッカー集団"アノニマスが、メキシコの麻薬組織につかまっていた仲間を無事奪還した、というニュースを読んだ。
"ハッカー集団"という称号から、アウトロー的な、コンピューターのハッキングを行う犯罪者の集団をイメージするけれども、アノニマスはそんなにかっこいい存在じゃないらしい。
日本の「ふたば☆ちゃんねる」と「2ちゃんねる」をモデルに作られた「4chan」に集まる暇人が自然発生的に集まってできた集団で、要は日本のVIPPERらと同じようなものだ。
しかし、今回の彼らの実行力には、脱帽した。
それにしても、日本のVIPPERや鬼女さんやはてなーと比べると、彼らには機動力・戦闘力があり、目的実現のための能力が高く、行動に一貫性があるのが羨ましい。
くらべて日本のVIPPERなどには、なぜそういう凄みがないのか……いや、凄みがないのが悪いわけじゃないけれども、彼らと同じくらいの実力がVIPPERらにはあるはずなのに、いささかアノニマスに見劣りするのが、日本人として悔しい。
余計なお世話かもしれないが、日本のネット集団が、アノニマスに負けないくらい力を発揮するための方法を考えてみた。
彼らには「アノニマス」という共通の名前で、サイエントロジーやソニーと戦ってきた歴史がある。
それに比べて日本では、VIPPERとか鬼女とかに細分化されていて、それらをくくる名前がない。
4chanの「Anonymous(アノニマス)」に当たるのは「名無しさん」だけど、これは、名前として微妙だ。
VIPPER、鬼女、はてなーの機動隊をまとめる、もっとかっこいい名前はないか?
ちなみに「匿名旅団」という名前を考えてみたんだけど、どうだろう?
2chanではお馴染みの人気作家の富樫作品の中の「幻影旅団」をイメージしている。
生存の優先順位が、原則、団員ではなく旅団そのもので、メンバー全員が戦闘狂、なんて幻影旅団の特性が匿名旅団にあってもいい。
VIPPERや鬼女さんのような、ネットでゆるく結び合った人間集団の名称としては、悪くないんじゃないか。
VIPPERや鬼女は、これまで、犯罪行為をネットで自慢したバカの会社に電凸を行ったり、個人情報を晒したりして、一定の成果を上げてきた。
しかし、花王やフジテレビ、電通のような巨大企業を相手では、力不足じゃないのか?
具体的な成果が挙げられないまま、ネットの話題はTPPへと移ろうとしている。
たぶん、これからもフジテレビや電通は、韓国から金をもらい、韓国に偏った、事実と異なる報道を続けるのだろう。
せいぜい潰せるのは個人程度で、企業が相手ではなんの痛痒も与えられないなんて、なんて無力なんだろう。
「敗北の味が知りたい」
なんてうそぶいていたって、結局それが実力だ。
ソニーに何百億という損害を与えたり、中近東の革命の際に政府機関のコンピュータに侵入したりと、アノニマスに機動力があるのは、「表現の自由」という共通の理想があるから。
人間ってのは、衣食のためだけでは実力以上の力を出せないもの。
現実以上の“理想”を実現しようとした時に、異常な実力を発揮できるもので、そのための「錦の御旗」が必要だ。
昔、堀田善衛という作家が「長い未来についての理想をもたぬものは、それをもつものの未来像のなかに編入されて行く」と書いていた。
理想という共通の目標がなければ、実行力を発揮しようにも、矛先はあちらに向いたりこちらに向いたり、散漫となり、結局何も成し遂げられないままに終わってしまう。
かといって、アノニマスと同じように「表現の自由」を理想として掲げるのも芸がないし、たぶん、誰も賛同しない。
理想は外から与えられるものではなく、自然発生的な、VIPPERや鬼女やはてなーたちの行動に共通して見いだせるものでなくては、たぶん共感は得られない。
あると思うのだ。
たとえば嫌韓。
韓国人だから嫌い、という人種差別的思想を持った人々は、2ちゃんねるには案外少ないと思う。
そうじゃなくて、韓国人の「歴史の捏造」や「自己中心的な態度」、「道徳や法律に反していても、反省せずに開き直る行動」に嫌悪感を感じる人々が多いのではないか。
そして、嫌韓に限らず、これまで炎上の対象となったものには、日本の匿名旅団の中の人々が抱える、共通の価値観に反するものへの嫌悪感があると思うのだ。
そういう価値観を、絞り込んで、改めて理想・信条とできれば、たぶん匿名旅団の戦闘力は上がる。
(内容は別の人に任せた!」)
アノニマスは「ガイ・フォークス」の仮面をかぶって、団結力を高めている。
やる夫の仮面をかぶるのもいいけど、他にあったらいいなと、ここも他人任せ。
……と、以上、思いつくままにダラダラと列挙してみた。
つづき
タイトルでも、児童養護施設虐待告発ブログと書きかけて、ああ違った、告発はしてない、と思い書きかえた。
そうなんだよな、告発じゃないんだよな。。。
施設の運営が民間に委託でも、そこに任せていた自治体や行政側(おそらく、県のどこかの機関ではないかと思うので、その当時の県知事なども責任問えないのかな?知事は公務員じゃないから時効がどうなるかわからないが)は、国家賠償請求の対象にできるんじゃないのだろうかと、納得できない。
・知事
・市長
・県や市の福祉担当
などは、どうなるの?
それと、もう一つ
里親虐待から、里親制度に反対(廃止を目指す?)らしいけど、その根拠が人格に問題がある里親に子供が引き渡された場合危険極まりないからというものになってるけど、その主張だと、制度自体全否定するのは無理があるという突込みが入る論旨になってると思う。
施設で合わない職員に一対一でいびられた場合を、例に出して説明してた。それは確かにそうだが、一年に一回くらい重篤な虐待事件が明るみに出る、他にはネットの匿名掲示板に里親虐待の元里子からの書き込みがある、という程度では、制度を見張る第三者機関を設置するなど、見張る目を徹底するとか、力が偏らないように、圧倒的弱者という立場を作らないように配慮するなどで防げない事もない、と言われてしまうのではないかと思う。
それで、うまく行けばそれでも良いと思うけど、どうして”言われてしまう”という言葉を使ったかというと、里親会が利権になっているのではないか?という事があるから。それが訴え切れてないから。「地獄への道は善意で敷き詰められている」という言葉があるように、悪意があるからうまく行かないというわけでもない場合もあり、この場合も善意の(つもりかもしれないが)里親もいて、それを里親会に利用されているのではないか?という疑問はどうするのだろうか?
里親会が、力あるなあと思ったのは、大手新聞が皆揃って、里子の問題行動を書き立てているから。あるのかないのかわからない里子の試し行動について、ある事前提で、それによって里親が傷つくみたいな書き方をしているw 笑えるww じゃあ返せばいいじゃんw どうしても育てなければいけないわけじゃないんだから。(下に新聞比較あり)
何があっても、試し行動があっても、そこから殺害や虐待に至るのは、短絡的で自己中心的な感情的な人格というのが伺えるとは思わないのだろうか? こういう印象操作のような事を平気で大手新聞がやっているというのに驚いた。
このへんは、もっと冷静に指摘するべきではないのだろうか? それについて以前にいろいろ書かれている部分もあり、それをもっと落ち着いて言うべきだと思うのだが・・・
前から、反発する里親からの書き込みに対し、善意か悪意かのような部分で議論している里親虐待を書くブログ(私の書き込みは載らなかった)があるが、善意か悪意が問題ではなくて、善意でも問題があるところが問題ではないかと思ったのだが・・・
里親の質の問題と、里親会利権の問題と、トイレの水を飲ませたという虐待と、そうではないけど他人と暮らすのは里子の精神的負担になるのではないか?というのが、全部混ざっている。
私は”実親制度”というのは、皮肉で書いただけで、もちろん制度ではないのは知っている。
里親制度を強固に擁護する考え方をする人たちが居るというのは、”親”というものの持つ宗教めいた力とも関係あると思う。そういう面では、実親虐待から”逃げている”(現在進行形なのに注目)人たちの問題と、非常に似通った難しさを抱えた問題だと思う。そのことを言ったんだけどなー
人道的疑問
里親虐待はなぜいけないか?非人道的悪逆非道な行いだから?それとも可哀想な里子被害者が出るから?(犯罪被害者になって亡くなった人が何名もいる。ニュースにもなっている)
そんなの知らない関係ない、という人も居るかもしれない。そういう人に向けてはやってないかもしれないと言われるかもしれない。ではどういう人に向けてやっているか?「「人道的見地からものを考える人」」ではないのか?
他人や社会にはそれを期待しつつ、里親そっくりの事をしながら、里親よりさらに問題にされない存在の実親虐待については、全く関心が無いなんて!!!! 人道的なのだろうか???
http://alfalfalfa.com/archives/1494324.html
お金をせびりにくるなどの実害報告も。そこまでになったら弁護士が入ったそうですが。
これだって、実親の虐待で亡くなる人もいるけど、実親制度廃止はできないと、自分達だって思うくせに。里親制度廃止を言われて驚く人たちというのは、それくらいの気持ちなんだと思う。実親については、やたらに里親と比べて良さを強調するが、ブログの人のそもそもの問題を引き起こした事の責任の一端は、この人の実親にもあるはずなので、おかしいのではないかと思う。 やむにやまれぬ事情があったにせよ、我が子が里親からその後本人がブログを立ち上げ虐待を訴える(里子全体ので、自分はされてない犯罪に近いまたは証明されたら犯罪になる虐待も含む)くらいに酷い扱いを受けているのに、何もしない、知らない と言うのは違和感を感じる。
そのあたりは、本人さんの親だし、事情もあってと考え、遠慮して誰も疑問を差し挟めないのかもしれない(または、そういう意見は載せない)。けど、そのあたりの不満や不安も、里親攻撃に転嫁されているのではないか?という疑問も感じた。 ( 坊主憎けりゃみたいに、里親志望の人の自己愛やエゴを指摘し批判してたけど、その程度のエゴは実親でも持ち合わせている。他人である里子にそのエゴを発揮してしまうのは良くないかもしれないが、少なくともトイレの水を飲ませたという虐待をする人とは区別して考えるべきだと思う。そうしてるつもりかもしれない。善意の人の気持ち悪さとして書いているエントリもあったから。でも実際の里親や志望の人との書き込み欄のやり取りを見たら、最初から悪意があるものとして扱っているような面は感じられた )
元里子の人と里親の集団や個人と、それぞれネットでサイトを運営されてますが、どうして意見がこうも違っているのでしょう?
検索ワード 「試し行動 里親会」 「里親 名称」 で検索してみて下さい。
まず、最近の「試し行動」については、某大手A新聞が記事にしてしまっているというのを知恵袋の質問で読んだから、検索する事になりました。
hatenaやtwitterや、北海道信の社説にまで、それがある事になっていて、驚きました。
巧妙に里子側をかばっているように見せながら、「試し行動がある」のを前提に話を進めている。
「試し行動の存在」は確定事項みたいですが、確定して得をするのは誰でしょう?
虐待された子供は養育里親には委託されない。虐待された子供は専門里親の元に預けられ、専門里親はごく僅かしかしない。
というのは、神戸新聞の虐待事件と関係ない時期の里親の人を好意的に取材した記事にも確認できるので、事実でしょうけど
そうすると、里親の一部の団体や一部の個人の主張は、妙だと言わざるを得ない・・・と思うのですがどうでしょう?
2年ほど前の「里親 名称」問題でもなかなか香ばしい方々もおられるようで。。。
わんにゃんななしさんたちと揉めてます。
http://logsoku.com/thread/yuzuru.2ch.net/dog/1250786840/
神戸新聞該当記事 http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/kurashi/200805kazoku/04.shtml
魚拓 http://megalodon.jp/2011-0917-1859-33/www.kobe-np.co.jp/rentoku/kur...
検索画面 http://www.webpagescreenshot.info/img/689658-916201170826PM
北海道新聞 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/314000.html
魚拓 http://megalodon.jp/2011-0825-1422-34/www.hokkaido-np.co.jp/news/ed...
里親に紹介されてるものの画像保存 http://www.webpagescreenshot.info/img/811417-917201110445PM
新聞でも里子さん虐待の発覚しにくさを指摘した人の意見を取り上げたものも
産経新聞 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110614/crm11061417000034-n1.h...
魚拓 http://megalodon.jp/2011-0821-0024-13/sankei.jp.msn.com/affairs/new...
一日にメール数千通の実力を持つ人もおられるようだから・・・(本当かどうかはわかりませんが、わんにゃん名称の時に数千通のメール送る集団も居ると上の方に貼った某巨大掲示板過去ログにあります)