はてなキーワード: 自主規制とは
facebookが全地球上の利用者の行動データを黙々と集め続けているというブログ記事が多くの注目を集めて、ガクブルする人のうめき声や罵詈雑言が飛び交ったことは、これを見ている人はまだ記憶に新しいと思う。
さて、日本語圏の、だいたい日本国と重なるネット社会はどうだと思う?
2ちゃんねるで有名人の殺害予告を書き込んだ奴の家に警察がやってくるというニュースはそんなに珍しくなくなっている。ヤバげな書き込みがあれば、奴らはあっというまにきみの発信者情報を特定してドアをノックするというわけだ。
そういう意味で、すでにぼくたちは「公権力に」よってネット上での行動を監視されているわけだ。
これもよくいわれるんだけど、こういう状況は、ミシェル・フーコーというフランス人が「パノプティコン」と呼んだ状況に似ているかもしれない。
パノプティコンというのは、ベンサムというイギリス人が考えだした刑務所のモデルのこと。監獄がドーナッツ型になっていて、中央の穴の部分に看守の建物がある。囚人たちは、四六時中看守に見られているような気がする。たとえ看守の建物にだれもいなくてもそうなんだ。いつのまにか、囚人は看守の視線を自分の中に取り込んでしまうから、下手なことをしようという気を起こさなくなるというわけ。ようするに、その監獄にいる囚人はどんどん自主規制するような、監視者に都合のいいシステムがパノプティコンだ。
2ちゃんとか自分のブログに何か書こうとしているとき、自分の心の動きを思い出してみて、どうだい?
アイドルを殺すとか、新宿駅を爆破するとか、そういうことを書き込んだら、たとえ冗談でも警官が家に来るらしいってことは漠然と「知って」いるだろ? だからめったなことではやらないだろ? そもそもやろうと思わないだろ?
なぜなら、きみは自分が監視されていることを「知って」いるから。
でもさ、きみはほんとに、どっかの地下司令室みたいな所で、日本中の掲示板やブログの内容を膨大な数の監視員がチェックしているところを見たのかい? SF漫画の中で見ただけじゃないのかい?
たとえそんなところが本当にあったとしても、そこで働いている奴はいま夜食のビッグマックを頬張るのに夢中になっていて、きみの書き込みなんか見ちゃいないかもしれないんだよ?
でもきみは心のどこかで自主規制するよな。だって、ヤバいことを書き込んだら、奴らが来るって「知って」いるから。
ところで、そういうネット上のパノプティコンみたいなものは、べつに「公権力」じゃなくてもこの国では勝手にどんどん作れることは知ってたかな。
ほかでもない、ネット上の風評被害対策とか、「ソーシャルメディアマーケティング」をやっている民間企業だ。こいつらはネット上の自警団というよりは、傭兵だ。金で雇われれば誰でも手にかけるから。
たとえば、きみが2ちゃんか自分のブログである企業の批判をしたとする。傭兵たちは独自のクローラーを毎日ネット上に走らせているので、君の言葉はすぐに見つける。そしたらすぐに2ちゃんの運営ボランティアかブログのプロバイダに削除依頼をかけるか、訴訟をちらつかせながら発信者情報の開示を始める。
誰だって、どこの馬の骨とも知らないやつに自分の居場所を突き止められたくない。弁護士の対応なんてしたくない。
まあ、きみがただ単に相手を傷つけようとして、根拠のない誹謗中傷を垂れ流そうとしてそういう目に合うのなら、自業自得というものだろうね。
でもさ、他人のでたらめを見かけてそれを指摘しようとしたときに、ナイフをちらつかせられたらどう思う?
とくに、企業に雇われた傭兵たちが嘘八百をいい散らしているのを指摘しようとしたときに、訴訟を恐れて自主規制しようとしたら?
そもそも、指摘する声を出せないように傭兵たちが街中の広場をすでに封鎖してしまっていたとしたら?
なんのことはない。きみは気がついたら彼らが勝手に作った「民間刑務所」のなかで監視を恐れながら粛々と労役に励んで、傭兵たちが大声でおすすめする臭い飯を、きみ自身の苦役で稼いだ労賃で買いつづけるわけだ。日本語圏のネット社会は、気がついたらそういうプライベートな監獄で何重にも囲まれていたという話。
たまたまそういった「民間刑務所」の看守見習いがヘマをしでかして、刑務所のオペレーションに関する書類を落としてしまったとする。それを拾った奴が広場で騒ぎ出し、市場のゴミ拾いが日課で壁新聞の好きな奴がその書類を市場の外に、街のいたるところに見えるようにして貼り出してしまった。でもそのゴミ拾い人は傭兵たちの訴訟攻撃にぶるってしまって早速自主規制したまま黙っている。その間に市場での騒ぎは手際よく鎮圧されてしまった。傭兵たちは普段からそれで飯を食っているので、自分たちのこととなると作業は早い。
市場の住人たちも、その外で壁新聞を読んでいた人たちも、なにかおかしなことが起こっていることをばくぜんと感じ取っている。たとえ騒ぎが収まった後でも、そのおかしな感じは消えるだろうか。自分たちが「民間刑務所」の中で暮らしていたことに気づいた後で。
雑誌・テレビなどを作る側は文化牽引している感が強いんだとおもう
一方情報を受ける側は、こんな流行に乗っているとか流行の枠からはみ出したのが
かっこいいとか完全にこの枠を意識しちゃってる
韓流ゴリ押しなんかも、この枠の中にいるのか超えているのかだけではないか?
結局振り回されているだけ
情弱とかもメディアに頼りキリでそのソースも限られていていかに早く効率良く
それを知っているが故のメリットってのもあるんだと思うけどやっぱり枠の中か
外かって話じゃないか
防犯カメラにプライバシーをさらけ出してでも安心というふわふわした
ものに頼ったり、自由自由と言いつつ自主規制でがんじがらめにして保身したりする
支配されるほうが安心できるという人が多いから仕方ない
まず最初に、今回の地震と津波に際して早くから支援体制を敷いていただいた
食品メーカーの方々
それを高速も動かない間にも届けてくれた運送関連の方々
販売をしていただいたスーパーの方々
現在も被災地への物資提供・医療支援・ボランティアを続けて頂いている
企業や個人の方には感謝してもしきれません。
未だ満足にインターネットや連絡手段が取れない被災地の方に代わりまして
御礼を申し上げます。
また、地震発生時から燃料不足など困難な状況でありながら
昼夜問わずインフラ復旧の為に当たっていただいた電力水道ガス道路関連の方、
市ガスに関しては現在も名古屋ナンバーや大阪ナンバーなど遠方からも
現在も支援を頂いている状態です。
余震による新たな再点検を求められるといった苦境が続いておりますが
自身の安全も含めて無理を成されないように。
市ガスに関しては仙台の天然ガス施設が被害を受け、新潟からのパイプラインで提供されています。
下水についても今回の津波で破壊されたり電子系統がやられた関係で2~3年は簡易処理しか出来ない状態です。
宮城県に限らず被災地を抱える県の方で処理場が機能してない地域の人は
自分たちは水が使えるからと今までのような使い方をしてしまいますと
疫病が発生する可能性も否定できませんので節水に努めましょう。
津波で下水処理場、ゴミ焼却施設に大きな被害、想像を超える宮城県内各施設の被災状況(2)
下水道復旧は数年かかる見通し 沿岸部に集中、被害深刻
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104020353.html
>下水管や処理場が復旧しないと、汚水が路上にあふれ疫病を引き起こす恐れすらある。このため新潟、札幌、大阪など自治体の下水道事業者からのべ2600人が応援に駆けつけ、被災状況の調査や簡易処理での復旧の手助けをしている。
過ちを繰り返さない為に。
私が住んでいた地域は幸いにも地震から2日後という
早期に電気の復旧が行われた為、
手元にあったIS01のワンセグテレビと充電池でギリギリ間に合わない程度で
情報難民にならずに済んだという綱渡り的状態だった。
その間もワンセグで見ていた、地震だ!津波だ!何人が死んだ!
在京キー局主体報道が並ぶ。
そして思った。
それを今、報道してどうなるのだ、人一人も助けられないじゃないか。
家族や親戚が居ても津波の被災地に行く手段は無いのだ。
津波による第一報の大切さはわかる。
でも、それが終わったら次の事を考えなきゃいけない。
死ななかった人の命を如何に助けるかだ。
まずは
車での移動はしないでください、
不要不急な人には売らないでくださいとマスメディアは伝えるべきだった。
緊急車両だけに、と。
更に30分歩いて帰宅していった。
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自宅の電気が13日夜に復旧した翌日の14日、
電気が復旧したテレビで見た情報が計画停電発表による東京での買い占め、
計画停電の影響で弁当やパンなどがいつも以上に売れる事は別におかしくないと
最初、連日の報道に何やってんだかという呆れがあったが
次の瞬間、恐ろしさに気づいた。
そのガソリンや軽油が届かない事で間接的に救える人を殺しているのではないかと。
共に千葉のコンビナートが被害を受けたことによる需給バランスが崩れた為だ、
それにすぐ届く訳じゃないと思いながら軽い怒りと
地震が起きる前に石油精製の設備が余ってるという情報を報道で知っていたから
どちらなんだろうという不安が感じた事を憶えている。
後に撮影した写真を確認しながらに
仙台でも地震発生後に冷静さを失い
自分が良ければ、家族は大丈夫だろうかという感覚で
間接的に人を殺したかもしれないという意味では
仙台も同じだなと人の事言えないじゃないか思い直した。
仙台港石油コンビナート鎮火 「在庫配分、被災地優先」宮城知事
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110316_39.htm
この15日緊急車両優先と宮城県知事が指示するまで
仙台で起きた事は地震発生翌日後ガソリンスタンドが自主的に行なった
一般車ガソリン5L10L規制+
整理券受け取りまで朝方から4時間待ちで受け取り午後3時といった
自主規制だった。
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次に重要なのが生活情報だ。
給水車は何処に出てますと行った情報もテレビのL字に載り始めたのが13日か14日
後に知ったがラジオの方が生活情報を流すまで早かったとの事。
そして情報を得る為に重要な電池。
準備はしていたつもりが充電池の自己放電で3セットの内1セット、
しかも半分程度しか残量が残っていなかった。
これが今回の最大の危機であり、認識の甘さが露呈した格好となった。
頑張れ日本、がんばろう日本と言い出したのは3月20日
http://woman.infoseek.co.jp/news/entertainment/story.html?q=20110320hochi169
http://mainichi.jp/select/biz/bizbuz/news/20110320dog00m020025000c.html
ACジャパンのサッカー編はYoutubeの日付を見ると22日
http://www.youtube.com/watch?v=Pre2YcOROnk
ACが新CM制作!SMAP、長友ら出演
http://www.sanspo.com/geino/news/110324/gnj1103240505012-n2.htm
http://weblog.hochi.co.jp/tajihouronn/2011/03/post-8942.html
>青葉区の北仙台のあるスタンドで前日の夜9時から並んだ男性は、
>翌朝7時半の開店と同時に10リットル制限の給油に成功。
>しかし、11時前には完売となりました。
>この日給油ができたのは約300台。
>後続の200台以上の人々は徒労に終わりました。
仙台の物資状況 3月21日
http://ffxi.no-blog.jp/2008/2011/03/post_d3bf.html
仙台の物資状況(震災から2週間
http://ffxi.no-blog.jp/2008/2011/03/15_d5e5.html
>昨日3/26のスーパー (市中心部からバスで20分ほどの周辺部)
POPからみるにミヤギ生協です。
ミヤギ生協はそれでも全国から商品をかき集めていて商品が充実してる方でした。
高速が一般開放された3月24日がターニングポイントで3月26日から商品が徐々に入ってきました。
それまでは大根一本300円、キャベツ600円、タマゴ400円といった状態です。
それでも商品が買えた仙台はまだ良い方です。
この頃、津波の被害を受けた被災地は悲惨です、
仮にお金があっても禄に買う所も水も電気もガスもありません。
それで計画停電したから東京目線でがんばろう日本、頑張れ日本なんて言ったら
被災地は見捨てられたと思うでしょう。
それ以前にがんばろう日本、頑張れ日本って誰に言ってるの?
食事も無く、ろくに暖房もなく、薬もガソリンが無く届かなくて
避難所だけで30人以上亡くなってるのに。
被災者に頑張れって言うの?命を繋ぐ事に精一杯なのに
頑張れる人はもう限界まで頑張ってのに。
意味が分からないよ。といった状態でした。
そんな状態で頑張れなんて言われたら鬱状態になり、
下のような言葉が被災者から出てくるのは仕方がないじゃないですか。
それなのに
>何でこんな態度でかいの?鬱病つーかただのクズ
とか、他にも叩くような事がはてブに書かれています。
はてブで書けるなって、
人として本当のクズをはてブでこれだけの数同時に見るとは思いませんでした、
ただただ怒りしか湧いてきません。
「『頑張って』と言わないで…」被災地からの悲痛な声。
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20110320/Techinsight_20110320_50513.html
>3月19日の『ニュース 深読み』(NHK総合)では、被災者から次のようなコメントが寄せられた。
>「電気が復旧し、避難所から自宅を片付けるため家に戻った。あまりの惨状に呆然としていると
>テレビから、“頑張ってください。”との声がしてきた。何度も何度も。
>“これ以上、どうやって頑張るの?”と悲しくなった。」
>「“頑張ってください。”って言葉を聞くたびに、落ち込んでしまいます。」
頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。
http://anond.hatelabo.jp/20110407001402
>すげぇ言われてるんだけど、CMとかで、頑張れ頑張れとか。
>ちょっと気を許すと、「一緒に頑張ろう!1人じゃない!」とか言うわけ。
>いや、おまえら家あるじゃん?そのCM撮ったら家帰ってるじゃんって。
>仕事もあるじゃんって。
>「正直、不幸になってくれたら嬉しい」
>と言われた。
CMについて思っていた気持ちを書いてくれたID:nakamurabashiさんの記事です、
これを読んで今回の事を書く気になりました。
[雑文]なんかいろいろおかしいなーと思った話
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20110410/1302373143
>なんていうのか「だれが」「だれに向けて」「なんのために」言ってのかまったくわからなかった。
>あれ、サッカーの日本代表応援してても同じじゃねえかな、って。
>で、さっき不意に気づいた。まず、被災地の人たちはがんばれない。がんばれるわけない。
>だって、家とかなくなって、体育館とかで暮らしてて、がんばれるはずないじゃん。
>じゃあ「がんばれ」のメッセージはそれ以外の人たちに向けられている、と考えられるんだけど、
>じゃあ、あの大量のがんばれ日本とか強いぞ日本とか団結は日本の力って、いったいなんなんだろう。
>ふつうの人たちのがんばりの許容量を超えたがんばれメッセージだけが大量に出回ってる。
>善意搾り出さなきゃいけないってことか。そうやって搾り出された善意どこ行くん。千羽鶴作ればいいん?
この時期に必要な言葉は被災者に向けてなら
いつになったらこの状況を抜け出せるのかという希望です。
頑張ろうという言葉も最低でも食、衣食住が足りて
そして被災者、被災地域の方からの声として出るべき言葉であって
その地域以外からの頑張ろうの強制ではないはずです。
被災地域以外であれば酷い被害状況ですが、
今も命の危険に晒されてながらも助けられる命があるのです、
その命を助ける為にも〇〇日まで我慢してください。というべきだったはずです。
また、どんなに平凡な表現であっても伝えるべき言葉は
頑張れ日本やがんばろう日本、日本の力を信じてるではなかったはずです。
フジテレビがひとつになろうと言ったって情報共有が成されなければ
その言葉だけでは思いをひとつになんかなれないのです。
日本の力を信じてるという意味のない言葉より
まだテレ朝がテレビで、日テレがホームページで言ってるつながろう日本の方がまだ伝わります。
「被災に遭っても頑張ってる姿、助け合う姿、必死に生きようとする姿に感動しました」
「過酷な状況なのに物資の奪い合いも強盗盗難の類も少ない」
何を言ってるんですか、非常に厳しい状態でこれ以上誰も死んで欲しくないと
命があるだけでいいのです。
私も今回の震災で叔父を亡くしました。
今、命がある被災者を全力で支えることができるのは生きて無事な人間だけじゃないですか
被災者を頑張れる環境まで持っていく事が今できる我々の責任じゃないんですか。
死んでしまったらどうしようもないんです、取り返しは効かないんです。
また日本では同じように大震災といわれる事が起きるでしょう。
その状況の時に今回と同じ事を繰り返してはいけないのです。
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備蓄について
今回の地震で分かった事は在庫を抱え込まないかんばん方式やコンビニの単品管理に代表される
今回は地震が起きた時が午後3時に近い頃でまずはみんなが自宅に帰宅して
家族の安否確認をすることに必死で何かを買って帰ろうという余裕も無く、
停電したことから店側の準備も整ってなかったことから
長蛇の列が出来ることになる。
イオンやヨークベニマル(イトーヨーカドー系列)などは2時間待ちにもなり、
開店している店の商品は一日で底を突く。
更に翌日は開くかどうかもわからない店に皆が並び店員が大慌てで
仕方ないとばかりに繰り上げ開店を行い、商品は消えていった。
まるで食欲旺盛な大蛇があるだけのエサを丸呑みして行くようだった。
この時に大切なのが
平時に普段、自分の家で消費する一ヶ月分の物を備蓄しておくこと。
そして出来るだけ買い占めなきゃ不安だという気持ちを周りに起こさせない事である。
ちなみに私は自慢じゃないが貧乏だ、貧乏人には貧乏人らしい
備蓄のやり方がある。
その家によって違うと思うが
米なら楽天辺りで30kg買って米びつに一袋分(10kg)+一袋10kgで合計20kgになったら
一袋10kg買い足して20kgを割らないようにするだけでも主食は確保できる。
基本的に精米した米は賞味期限が短い、
3ヶ月も持たないというか食べられなくはないが風味は落ちる、
虫が付くかもしてないと米屋さんなら言うだろう。
また、備蓄向きと思われているインスタントラーメンも賞味期限は一年持たない。
特にフライ麺の賞味期限切れは食あたりの可能性があるので賞味期限は守った方がいいです。
2chのスレなどを見ると麺を茹でてお湯を捨てれば
メーカーが余裕を見て設定してるであろうマージン分3ヶ月ぐらい過ぎても食える的な話もあるが、
災害時で最も重要な水を捨てるという蛮行を働けば下手すりゃ死にかけます。
止めておきましょう。
日清食品 よくお寄せいただくご質問
http://www.nissinfoods.co.jp/utility/customer/faq.html
弊社で販売している製品の賞味期限は通常製造日からカップめんで5ヶ月、袋めんで6ヶ月となっています。
スパゲッティと乾燥大豆は涼しく風通しのいい所に置くと3年間持つので
スパゲッティを500g入り20袋=10kg用意しておくと飽きが起きにくい。
また乾燥大豆はどうしても起きやすい野菜不足やタンパク質不足を解消できる
備蓄のマストアイテムと言ってもいい。
いっそのこと避難所に備蓄して欲しいくらいだ。
イタリア軍の逸話を知ってる人はスパゲッティは水を大量に必要になるじゃないか!
と言うかもしれない。
それはあくまで茹で汁を捨てるという事を前提にしている。
スパゲッティを茹でる時は塩を入れないで茹で汁を味付けし直せば
乾燥大豆は30kg単位で買うのが一番安い。
国産大豆でも1万円、アメリカ産大豆でも6000円程度であることから
お米と変わらないぐらいの安さだ。
30kgを買ってみたが二人分と考えると一合カップで量ると150g程度で二日分になる。=400日
一袋で一年程度、多すぎると感じたら知り合いと分ければいい。
大豆ダイエットで有名な大豆イソフラボンの影響か、大豆を食べて自転車で移動するようになったら
一年で100kg→70kgになった。ダイエットにもおすすめである。
地震があった時点での備蓄は
米が米びつに一袋分(10kg)+一袋10kgで合計20kg
スパゲッティ500g入り25袋 12.5kg
乾燥大豆 10kg程度
賞味期限が切れた いりゴマ1kg5袋=5kg
賞味期限が切れた インスタント味噌汁250個(一袋100個入り)
この賞味期限が切れたものは賞味期限間近の商品を格安で売ってくれる所を
見つけたので買い貯めしていた物だ。
乾物や熟成が見込めるもの、アルミパウチな上調味料なラーメンスープなどであることから
どれも賞味期限が半年は過ぎているので気になる人にはオススメしかねる。
今回の震災を乗り越えられたのもこの備蓄でバリエーションが増やせたから
という気がしないでもない。
災害時は水分も大切だ。
普段は飲まないがお客さんように特売日に100円で買ったジュースも
備蓄してあった。
ただし、炭酸入りだと賞味期限近くなると微炭酸になってしまう、
その点は注意。
バヤリース1.5L×2本
伊藤園天然水ソーダ1.5L×2本
本当ならば給水所ができる3日間に必要なペットボトルの水を準備しておいたほうがいい。
一人当たり一日2Lペットボトル1本が目安だ。
備蓄ではないが他にあった水分は
ヨーグルトを作る為に買って置いた低脂肪牛乳1L×4本
電気ポット(1Lタイプ)+魔法瓶エアーポット(2.2Lタイプ)
うちでは小型の電気ポットで沸かしてエアーポットに入れるようにする事で
保温時の電気を使わないようにしている。
と同時にお湯を移して空になった電気ポットに常に1Lの水を入れておく事で
断水時に最低1Lの水を確保できるようにしている。
LPガスという状況下での苦肉のエコ+災害対策という訳だ。
エアーポットのお湯が温くなれば電気ポットに戻して沸かし直したり、
もう1L沸かしたお湯を入れればいい。
エアーポットは空気が多ければ多いほど冷えやすい、
朝2L入れて徐々に使ってぬるくなったら料理に使ってもいいのだ。
燃料や電池の備蓄について
今回、問題が出たのが電池だった。
準備していた物が単三12本。
しかし、自然放電と昇圧機能のないUSBコネクタ付きバッテリーケース
BP‐1だった為、充電が直前まで使っていた1セット分しか使えなかった。
USB出力付電池ボックス2種を試す 【起】
http://mast.cocolog-nifty.com/main/2010/03/usb-e306.html
電池の備蓄を考えた場合、
エネループか普段使いの100円ショップ充電池+アルカリ乾電池の二択だろう。
電池は時間が経つほど残量が減って行く。
使用推奨年月日が製造から5年の物が多い物を考えると
一年目に5セット買って一年毎に1セットづつ買い換えるという事がよいのではないかと思う。
余震の事を考えるとロウソクよりLEDライトの方が安全だからだ、
http://www.kansai-event.com/kinomayoi/battery/alkaline.html
>上位のほうが消費期限が長い = 製造から日が経っていない。
>という考察もできるのではないでしょうか。
>グラフに載せている「オーム電機(参考) 消費期限04-2005」や
>「富士通7300(参考) 消費期限 08-2003」の電池はかなり性能が落ちています。
燃料の備蓄について
今回、電気が二日後に回復したという奇跡的な状況が起きた事や
地下埋設型のLPガス事で安全ピンが作動する事もなく当日から使えた事が
他の方と比べて非常に楽な展開になったは間違いない。
ガスが使えない状態であったとしたら
+余裕があれば電気があれば使えるIH卓上コンロを準備する必要がある。
必要としてカセットコンロに載る鍋やフライパンのサイズは28cm、
ミニサイズのカセットコンロは18cmが標準的なので注意しよう。
カセットガスは高いので電気が復旧したらIH卓上コンロに切り替えたい所だ。
両方使えるIH対応の物を普段から使っておきたい。
石油ストーブは暖房と料理両方に使える凄い奴。
しかし、備蓄の事を考えるとエアコンがある家は持っていないケースが多いかもしれない。
また、地震での転倒による火災発生などに気をつける必要がある。
灯油に限らずガソリン軽油といった石油類は使わずに一年間置いておくと
劣化してしまい煤が不完全燃焼が発生する可能性がある。
どうやら燃料劣化防止剤スタビルというものがあるらしい。
よく分からないが調べてみてはどうだろうか。
http://minkara.carview.co.jp/userid/355641/car/259411/1470407/parts.aspx
http://item.rakuten.co.jp/yusayusa/10000460/
トイレットペーパーはシングルで12コ入りのものを3セット準備しておくとよい。
これも最低2セットは維持しておくこと。
鼻紙から食器の汚れを拭き取るのにも使える。
水が重要な時に力を発揮する。(特に汁物を食べた時)
備蓄としてはそんなに必要ではないかもしれない。
ダイソーやイオンで売ってる40M巻を2本買って一本維持する形でいい。
水汲み道具の準備
折りたたみの水を入れるウォーターバックみたいなものもありますが
常日頃から水を貯めるということを意識して
ゴミ捨て場に捨ててある4Lの焼酎ペットか20L焼酎が入っていたキュービテナーを保存しましょう。
衛生状態がいいので使いやすいです。
水専用のポリ管を用意してもいいです。
最高気温が20度以上(スプレーで黒く塗っておくと15度以上)
の気温になって晴れの日に4Lペットを日の当たる外に置いておくと
体を洗うのに丁度いい温度になります、一人が全身を洗うには16Lは必要です。
日頃から近くのゴミ捨て場でカンビンペットボトルの日にもらっていきましょう。
4本置いて温まったら翌日が雨でなければ新しく水を入れたペットボトルと交換して置いておきます。
一人当たり8本あるとスムーズに使えます。
これもLPガスが高いから考えついた方法ですが
夏場などで備蓄の水が多く必要になる季節にマッチしています。
テレビで学者さんが言うには一日10%ぐらい下がる的な事を言ってたので
それ対策と地震後に白濁が発生しやすいので
それを避ける為に貯め水用としても4Lペットは便利です。
ですが、大きすぎて蛇口から水を入れられない場合があります。
その場合は醤油などに使われている取っ手付き1.8Lペットに入れてから移すか
瞬間湯沸かし器の目盛を水にして入れましょう。
津波や計画避難など家を離れなければいけなくなった時に持って行けるもの
リュックサック一つ分と考えたほうがいい。
数日分の着替え、500mlペット2本、クッキーや飴玉などの最低限の食料
貴重品、モバイル機器 歯ブラシ等衛生用品 トイレットペーパー1個 ゴミ袋
赤ちゃんのおしりふき(体を拭く為) 使い捨てマスク トランプや双六、ポータブル将棋
皮手袋 軍手
他にもあるかもしれないので教えて欲しい。
軽登山に必要なものを参考にするといいかもしれない。
スーパーはコンビニの一週間以上早く商品が入荷し始めたのに比べて
更にチェーン毎の復旧度合が明らかに違ったのだ。
具体的に書くと
スーパーの開店情報については河北新報で17日から掲載されるようになってきているが
26日時点で
ローソン 食品なし
ファミリーマート 山崎の菓子パン(コッペパン、ソーセージパン)、東洋水産の緑のたぬき・赤いきつねのみ
セブンイレブン おにぎり、賞味期限が長い弁当(4日間ぐらい)業務用の牛乳、タマゴ、食パン
また最小ロットを1個からという必要な分を必要な分だけ
送る為には合同配送センターが必要となり
スーパーのように箱買いで直に送ってもらう事ができない構造が
立ち遅れを招いたと見ている。
スーパーには惣菜加工のキッチンが付いてることから
原材料が手に入れば加工出来てる違い
まーこれ読めば狂ったように批判する人が多いだろうなっていう内容を雑に書き殴る。その内気が向けば、徐々に加筆するかも。特定の人が見れば誰が書いたか分かりそうな・・・。
デマは不安を煽るものが多いが、中途半端にインテリな奴が根拠薄弱な安全情報を流したりする例も。原発に対する非科学的な恐怖感に対する反動化だろう。無闇に恐れることはないという主張が勢い余って無闇に安全だというデマに繋がるのだろう。どっちにしてもデマは大迷惑なので止めて欲しい。
切込隊長こと山本一郎までその中に入ってしまったのが、人間の能力の限界を感じさせる。彼は結構賢い部類に入ると思ったんだけど、それでも人間の能力は個人レベルでは限界値も低いようだ。知能や倫理のネットワーク化が人類の課題。相互に補完・訂正し合って相乗効果を高められるか否か。
国同士が協力できずに地球規模でまとまれないのは、人類にとって地球が最大単位だから。それ以下の単位では、争いはあっても、学習によって視野を広げればまとまることも可能。そう言う意味でも宇宙開発は意味がある。地球よりも広い範囲を自然な意識内に収められれば、地球規模で人類がまとまれるだろう。
あと、デマに関しては、どこそこの教授が言ったからとか、米軍情報だからとか、そういう理由で信じた人が多かったが、やっぱりそういうのに弱いんだなと。 MITの教授だけど実は原子炉や原子力工学は専門外で物理の先生ですらなくマーケティングだか何だかの先生だと後で分かったりということがあった。デマに対する方策として、「信頼できるソース」というのがあるけど、これは肩書きとか機関名の権威に盲従しろってことではない。あくまで、自分の頭で総合的に情報分析・判断する際に、どういった情報を取捨選択するかという際の目安でしかない。取捨選択の判断基準としては、学問的手法によるのが適切。仮に優秀な学者が唱えた説でも、それは学説に過ぎないという当たり前の事実。あと学者の情報と現場を知ってるエンジニアの情報を組み合わせることも考えて欲しい。
これは私のような存在、中の人の気持ちも知ってるし、外の人の立場でもあるので書いておこうかと。もっとも中の人、外の人にも色々いるんだが。
絶賛する声が大きすぎて怖い。もちろん、気持ちは分かる。だから絶賛を非難する気はない。
しかし、まず第一に彼らはそれが仕事であること。つまり平時より課せられた使命であること。特に自衛官は我が身を顧みないことを宣誓し署名している。だから義務を果たしているに過ぎない。
念のためにもう一度書いておくが、それでも彼らに感謝するという気持ちは充分分かる。そうした過酷な義務を大阪市バスの運転手よりはるかに安い給料で遂行してくれるのは確かに有り難い。
が、しかし、彼らには宣誓に応じた義務を給料と引き替えに果たすというのが役割だということを忘れないで欲しい。
度を超えた絶賛は、自衛官らにとっても国民にとっても不幸なことだ。彼らは超人ではない。肉体的・精神的に被災者以上に過酷な状況の中で作業を続けることは、自衛官などなら平気だという訳ではない。
精神的に余裕のない被災者から容赦ない罵声を浴びせられることもある。自己完結型の組織として自前で用意した環境を享受すれば非難される。自分の家族も行方不明のまま。大量の遺体が腐り始める。理不尽なことが山ほど降りかかってくる。
そんな現場にいる人達をヒーロー扱いするというのはやや失礼なことだとさえ言っても良い。もっとも彼ら自身は何とも思う余裕もないだろうが。彼らに報いる方法は、彼らが充分能力を発揮できるような環境を平時の間に整えることだ。はっきり言ってしまえば、毎年の予算を増やすこと。そしてそれが有効に使われているか、官僚の都合が優先されていないかチェックすること。彼らに感謝すると言いながら、予算には関心を持たない人は多いのではないか。年々減っていく予算をどう思っていたのか聞いてみたい。いや聞きたくないわ。予算に関しては全体の額だけではなく、内訳も非常に重要。イージス艦とか支援戦闘機とかMDとかも大事だけど、もっと地味なところは蔑ろにされがち。柱の浮いた廃墟のような倉庫とか、すぐちぎれるペラペラの個人装備とか、歩いてるだけですぐ部品がなくなる小銃とか。今や第三世界と呼ばれた国々の軍隊の装備にも劣る点が多々ある。ハイテク装備にだけ目を奪われるとこうなる。
自衛官らを超人扱いして有り難がるのはやめよう。頑張ってくれてる同じ日本人として感謝しよう。
コンプレックスの強い人がそれを軍隊のロマンへの心酔という形で発散したがるというのはよくあることなんだが、今の日本では主にネトウヨがこれに該当する。極端な国粋主義というのは軍隊の内部よりも、外部から内部に浸透してくるものだと考えている。三島由紀夫が自衛官に冷笑されたのは当然。軍隊ではああいう人は一番浮く。井上和彦とか話にならん。ああいう人はヒーローを語ってその尻馬に乗ろうとしてるだけ。
連日の過酷な状況を伝える暗いニュースの連続で、自分自身は直接被災していないにも関わらず、心が参ってしまう人が続出。見なきゃ良いんだけど気になるから見てしまうんだろうね。そういう人はなるべく民放のセンセーショナルな番組を見ないようにした方がいいと思う。とかく人の不安や恐怖やらを煽りがちなので。情報は1日1回、NHKのニュースを見て、後は新聞の一面でもざっと眺めれば充分でしょう。
ネットの情報は読み解くのに相当のリテラシーと時間が要求されるのでこういうときは実はあんまり実用的でない。
んで、自主規制とか自粛とかいわれる物が行きすぎというのも分かるが、わざわざ話題を逸らすこともないとも言える。そういう訳でこの文章を書いている。
遺体を映すべきだという声をよく聞くけど、それは要らないと思う。それを見てたらどうなるの?慣れるの?そんな場面を見なくても震災から学ぶことは十分出来ると思う。
以下加筆するかも・・・・多分しない
日本の先駆的研究者、松浦祥次郎氏も再考を迫られたことを明かした
不可欠であっても数は減らせる
M9レベルを基準にすることについての国民の合意を確認しておく必要
数十兆のダメージか→国民皆でかなりの負担をすることになる(全員が「被災者」でありサバイバー)
今の日本に必要なのは抽象的な協力概念ではなく、国民が賢くなって賢い政治を選択すること
戦後政治を変えるのは震災前から喫緊の課題であったがもう猶予は一切無い
今、間違った復旧・復興をすると取り返しがつかない→反面、新しい街作りの機会
補償にも効果測定は必要(効果は補償された人・されなかった人・国民全体の人心の安寧も含む)
その防止策は?
場所は確かに難があるが、では財政難の中でどの選択肢を採れるか
庁舎近辺を徐々に再開発するのは無理?庁舎が来れば需要も生まれるのでは?
数々の地震に耐えた現庁舎も今後はさすがに不安(そこが出発点だったはず)
他にもあったけど、ありすぎて忘れた。とにかく考えさせられたことが多すぎて全部覚えてらんない。不安を煽るつもりはないが、もはや崖っぷちであることは事実であると認識した上で勇気が必要。
こういうアホなりにも真面目に考えてびっしり(というか8行おきじゃなく)書かれた文章(つっても作文程度だが)より、どっかの歌手が書いた5行くらいの詩を読みたがるのが大衆なんだと思ってるけど。
きっちり考えるより、分かりやすい言葉に感動してる方が圧倒的に楽だという誤謬の根本原因をどうするのかまで考えないとな。それは俺なんかより、インテリが考えるべきことなんだけど。インテリというのは優れた思考力を与えられている分、俺たち愚民を導く責任があるんだよ。ワンフレーズで国民を先導ならぬ扇動する政治家とか論外。
で、NHKの水野解説委員と横尾アナウンサーには萌えた。彼らは常識的なインテリだと思う。他にもテレビに出てる人でもいいこと言ってる人はいるし、それが放送されているのだから、まだマスメディアには存在価値が残っている。
追記
読めば分かると思うが、私のこの文章が歌手の安っぽいフレーズより有用だという主張をしているのではない。下らない物が結果的によい効果をもたらすことは良くあるし、私から見て下らない物が世の中のためになる価値ある物かも知れない。しかし、そういった価値判断以前に、単純に、真面目に書いた長文より情緒的なワンフレーズがとっつきやすく、それだけで満足してしまうことによる誤謬の可能性というのは大きいという構造の話。いずれにせよ、その辺はこの文章の主題ではないんだけれど。
普段は考察厨の強引過ぎるこじつけにうんざりしてたりするんだけど、まどかマギカとその放送中に起こってしまった東北関東大震災(東日本大震災)に関しては共通点を思い浮かべずにはいられなかった。
第9話でQBが"エントロピー"という言葉を出してまどかに対して語っているが、このシーンを見て「ついていけない」と感じた人もいるかもしれない。でもこれは現実でも起きる可能性のあるエネルギーの問題を抽象化したものだと考えられる。QB曰く「エネルギーは形を変換する毎にロスが生じる。宇宙全体のエネルギーは、目減りしていく一方なんだ」 実際に化石燃料などの資源から発電する時や、遠距離の送電をする時、あるいは電化製品などで別のエネルギーに変換される時に起きるロスが生じている。化石燃料は無尽蔵では無いし、一度発生させた電力を増やすことができない以上は、エネルギーは問題自体はいつか直面せざるを得ない状況にあった。多く国では比較的効率の良い原子力発電を使うことで問題を先送りできていたが、実際に福島第一原発が危機的状況になりさらに関東地方を中心に電力不足に陥ってはじめて、これまでの原発が抱えていたリスクがどういうものだったのか誰にでも理解できる形で表面化した。QB達のような異星人と同様に、なんらかの新しい発電システムを模索していかないといけないのは間違いないだろう。
また、魔法少女は"魔女"という人間に害をもたらす存在と戦っているが、そのことを他の人に気づかれることは無い存在として描かれている。これはリスクというものがいざ問題に直面しないと認識するのが難しいと言うことを表現してるように思える。もちろん事前にリスクに対してある程度まで対策を行うことは不可能ではない。しかし、未来を完璧に予知できない以上はリスクに対して完全に対策を行うことはできないし、なによりも普段の生活だけで精一杯な全ての人々にこのようなリスクの本質について認識させるのは難しいし時間もかかる。しばしばマスコミによってパニック的な消費行動が起きているが、それを避けるためにも個々人で様々な分野の研究結果やフィクションなどに目を通して悪い可能性というものについて普段から考えておくことは有益だと思う。本当に起こるかどうか不確定な物事へ、対策を行うと言う判断をしてそのための時間的・金銭的なコストを支払うことになるのは他でもない自分自身である。そういう意味で「徹頭徹尾自分のためだけ」なのだと思う。
ヒットしたフィクションの作品には、その時代の人々が抱えている問題を何らかの形で表現していることが多い。このような作品は将来的に生じるかもしれないリスクというものについて考えをめぐらす絶好の機会になり得る。だからこそ、自粛や自主規制は最小限に抑えて欲しいところである。しかし、すでに放送された「ワルプルギスの夜」後の破壊されて水に沈んだ町並みについては、被災地の現状を強く連想してしまう。もちろん偶然の一致によるものだろうが、現実問題としてそのような映像は被災者のPTSDの回復に悪影響を与える可能性もあるので、放送する側がどういう判断を下すのか気になるところである。
togetterが見難くて仕方ないのでまとめてみた。
昔書いた記事→問題多いTVゲーム「有害指定」』 完全版は左記リンクから購入できますが、5年前の記事ですが、この後どうなったのか、これからのことを考えるのに有用だと考え、僕が書いた本文だけは公開しちゃいます。
今年5月、あるテレビゲームソフトが神奈川県で「有害図書類」の指定を受けた。地方自治体の条例で規定される有害図書類指定とは、悪影響となる恐れがある書物・映像作品を、18歳未満の青少年に販売することを禁止するものだ。
主に成人誌など性的な表現を扱う媒体になされてきた措置で、テレビゲームソフトを指定したのは、神奈川県が全国で初となった。
「有害指定」を受けたのは、米国のロックスター・ゲームス社が開発した「グランド・セフト・オートⅢ」(GTAⅢ)。日本国内ではカプコンが「大人のエンターテインメントの形成を狙い」、
プレイステーション2用のソフトとして2003年に発売した。世界で1000万本売れている大ヒット作で、国内での販売数は35万本とスマッシュヒットとなっている。
ゲームは、マフィアやギャングの依頼で盗みや殺人、破壊工作を含むさまざまなミッションをこなすというストーリーで、「バイオレンス・アクション・ゲーム」というジャンルに属する。
GTAⅢが「有害」とされた理由は、これまでのような性表現ではなく「暴力・残虐表現」なのである。
テレビゲームは通常、ゲームの本筋から外れる動きはできない。モンスターを攻撃することができても、それ以外の対象を攻撃したり、商店を襲って商品を強奪することは不可能だ。
しかし、GTAⅢはプレーヤーの自由度が非常に高く、本来マフィアと戦うはずの主人公が、意味もなく通行人を射撃したり、バットで殴りかかったりすることができる。究極的な高いリアリティーを誇っており、そのゲームシステムは当時高く評価された。
家庭用ゲームの業界団体であるコンピュータエンターテインメント協会(CESA)は毎年、優れたゲームソフトを表彰しているが、GTAⅢは03年度の優秀賞3作品のうちの一つに選ばれたほどだ。
ところが、過激な暴力表現を含むその内容は倫理観などの観点から物議を醸し、青少年がこうした内容のゲームをプレーすることで、何らかの犯罪を誘発するのではないかとの声が一部で囁かれ始めた。
これらの声は、GTAⅢのヒットとともに大きくなり、主に児童保護団体などが自治体に規制を呼びかけ、神奈川県による有害図書類指定へと結びついたのである。
〝残虐ゲーム規制〝の動きは各地へ波及している。神奈川県に続いて埼玉県が9月にGTAⅢを有害図書類に指定。東京都や大阪府、京都府などもテレビゲームの規制について検討に入った。
GTAⅢは、ゲーム業界関係者などの専門家を含まない児童福祉審議会のメンバーによって、「あんな酷いものを子どもにさせるのは良くない」という、非常に観念的な基準に基づいて「有害認定」されたといえるからだ。
しかもテレビゲームが与える影響について、科学的な根拠が提示されたわけではない。残虐・暴力表現を含むテレビゲームが、青少年に悪い影響を与えるか否かは、諸説飛び交う微妙なものであり、とても十分な議論を経たとは言えない。
また、わざわざ行政が規制を行うことの必然性もきちんと議論されていない。
家庭用ゲーム業界は、コンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)という特定非営利活動法人(NPO法人)により、ゲームの内容によって、対象年齢別にソフトを分類する「レーティング」を行っている。
レーティングによって、ゲームソフトは「全年齢対象」「12才以上対象」「15才以上対象」「18才以上対象」の4種類に分けられ、現在ほぼすべてのソフトのパッケージに、その年齢以上の表現が含まれることを示すシールを貼っている。
しかし、CEROのレーティングはあくまで、その年齢層への〝推奨 でしかなく、対象年齢以外の顧客に販売することを規制するものではない。
神奈川県をはじめとする行政サイドは、この点を突き、「有効性に乏しい」として規制に乗り切ったわけだが、こうもあからさまに家庭用ゲーム業界の自主努力を無視しては、反発を招くのも当然だ。
経済的な影響もどこまで考慮されたかは疑問だ。家庭用テレビゲーム市場は、国内だけで4000億円規模の巨大なマーケットである。
「規制される恐れがある」という事実は、これまで、ある程度自由にユーザーのニーズを追ってきたメーカーの大きな足かせとなることは明白である。
任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)以来20年間、家庭用ゲーム業界が年月をかけて模索してきた「面白いゲーム」が制作しづらくなるのだ。
「CEROのレーティングで『18才以上対象』の指定を受けることは大ダメージ。
一部の大手量販店では、『18才以上対象』のソフトは最初から仕入れないところもあり、それだけで当初の見込みより販売本数が大きく落ち込むこともあり得る」。大手メーカーのマーケティング担当はこう本音を語る。
「推奨」に過ぎない自主規制の枠内ですらこうなのに、行政のお墨付きで規制が行われたら、どのくらいの機会損失が発生するかは想像もつかない。
拙誌の『隔月刊ゲーム批評』(05年11月号)において、お茶の水女子大学の坂本章教授は、テレビゲームの有害図書類指定について、以下のように問題点を指摘している。
「第一に、表現の自由を侵害する。第二に、クリエーター育成の障害になる。自分の仕事が法律違反と背中合わせの状況では、クリエーターは十分に創造性を発揮できないであろう。
第三に、思考停止をもたらす。法的規制によって、『ゲーム悪影響問題』は法律で解決するものと捉えられるようになり、多くの人々がこの問題にどのように取り組むかについて考えたり、議論することを止めてしまう」
特に注目すべきは、3点目の「思考停止」である。坂本教授は「ゲームに限らず、さまざまなメディア・作品とうまく付き合えるようにする『メディアリテラシー教育』を重視すべきだ」と続けている。
法規制に伴う思考停止は、こうした教育の機運も損なわせる恐れがある。もう一度考えておきたいのは、「暴力・残虐表現のあるテレビゲームをプレーすることは、本当に青少年に悪影響を及ぼすのか」ということだ。
「ゲームの悪影響」を叫ぶ動きはファミコン時代からあった。凶悪な少年犯罪が発生するたびに、テレビゲームはマンガやアニメなどと共に槍玉に挙げられてきた。
容疑者の部屋からは、残虐表現を含むテレビゲームが発見され、さらにそのゲームを好んでプレーしていたという「事実」がマスコミで報道される。
GTAⅢも今年2月の大阪府寝屋川市で起きた教職員殺傷事件で逮捕された少年が好んでいたとされる。
だが、ゲーム機を所有していない子どもは一体どのくらいいるのであろうか。家庭用ゲーム機の世帯普及率は70%以上ときわめて高く、持っていて当然である。
GTAⅢと同様、残虐表現を含むとして問題視される「バイオハザード」シリーズは、各作品とも国内だけで100万本クラスのヒット商品だ。
家庭用ゲーム機所持者の大半は、バイオハザードシリーズのいずれかの作品をプレーしたことがあると言っても過言ではない。本当にテレビゲームソフトが子どもに悪影響を与えているのなら、少年犯罪はもっと増えることになる。
技術の発展によりテレビゲームの表現や描写は、現実と見まがうほどリアルになってきた。それが現実とバーチャル世界の混同を招き、ゲーム世界を模倣した凶悪な犯罪を発生させる引き金となることは、可能性として否定できるものではない。
ゲームを制作するメーカーは、こうした点も憂慮し、確たる倫理意識を持って青少年に有意なテレビゲームを提供する責任について、考えていかなければならないだろう。
また、今回の行政による規制が家庭用ゲーム業界の危機感を煽り、大きな問題提起となった側面もある。
CESAといった業界団体は、GTAⅢの有害図書類指定を受けて、明らかに18歳未満とわかる購入希望者には「18才以上対象」ソフトを販売しないなど、より強制力の強い自主規制プランを発表し、その実施を販売店各社に要請した。
今後、行政と家庭用ゲーム業界の間で共に「テレビゲームの有害性と規制」について、大いに議論がなされるのであれば、今回の規制は良い結果を生むことだろう。
ただし、「臭いモノには蓋をする」だけの場当たり的な規制でしかないのであれば、やはり強制的な法規制はあまりにも問題が多い。
表現・言論の自由の尊重という観点や、ユーザーのニーズを満たせずに産業として衰退する可能性という、経済的な視点からすれば危険ですらある。
そして議論の場に、「悪影響」を受ける対象者である青少年の声を反映させなければならない。
今回の論争は、筆者のような「大人になったファミコン世代」と「ゲームを知らない世代」ばかりが熱い論争を繰り広げ、肝心の対象者が置いてきぼりになっている。
流れはここで把握できるが、
当然のことながら、都条例改正案成立によって死すべき運命なのは、実在青少年ではなく、非実在青少年である。
それも、規制そのものよりも、自主規制による影響が大きいと言われる。
その、自主規制による死者(=自殺者)第一号が、なんとTwitter上で出た。それが「みつばと」である。
今回の騒ぎは要するに「作:mituba_To、主人公:みつばと、語り手:みつばとの兄」という(おそらくは自作自演の)狂言であろうが、
〜というような感じの「芝居」についての批評まがいのことは、どうせネットで誰かがやるだろうから略。
閑話休題。
みつばとは死んだ!(なぜだ!?←坊や(=非実在青少年)だからさ)
しかし、キャラクターは新たに語られる度に、別の生を生きることができる。
それならば、規制反対派として、規制による犠牲者第一号であるみつばとを死んだままにはしておけまい。
俺の主張はこれだけ。
二次創作による救済を!
俺は今のままでいいんじゃないか、という考えだなー
もちろん一般漫画より面白いweb漫画が多数あるのは承知だが、それでもカネがそれほど回ってない以上、編集もアシもなしでやってるところが多いだろうし、クオリティとしては商業媒体より低いところがほとんどだろう
一般漫画がこれだけ溢れてて、面白いものなんて腐るほどある中でなぜあえてweb漫画を読むか?
っつたら、俺の場合は「レビューに晒されてないから」なんだよね
安易に人気獲得のためにバトル展開にするとか、萌えとかエロに走るとか、大衆迎合のためにグロを自主規制するとか、そういう商業主義的なものと対極的な、作者が自分が本当に面白いと思ってるものを1年も2年もかけてこつこつ完結させていくのを見守るのがweb漫画だと思うし、そうあって欲しい
地獄のミサワ的な言い方になっちゃうけど、いまさら感が非常に強い。
ATOKの変換語彙自主規制は90年代半ばにはすでに実装されていて、
その規制語彙の一覧などを見れば、
一度も気づけないなんてことが考えにくいほどに無茶な規制を組み入れている。
”不快表現、差別語なんて一般的な場面ではつかわねーから気づくわけないだろ!”
たとえばラーメン店の屋号としてつかわれる支那そば屋の支那をなぜ変換できないのか、
なんてことに人生で一度もぶち当らないで済むような上流階級の貴族様や、
ぶち当たっても変換できないのが当然と思ってスルーしてきたような問題意識の乏しい人が、
だれかがATOKに変換語彙自主規制が導入されていると言っているのを耳にして、
にわかに「20年来のパートナーと別れる」なんて言い出すのなんて、だっせーなとしか思えない。
古女房がプロ市民として長年活動していることを他人から指摘されて初めて気づいて、いきなり離婚すると言い出すような。
程度の差こそあれ、MS-IMEにも表現規制は導入されていて、
メーカー側の勝手な配慮により自動変換不能にされてる語彙は少なくないことからすれば、
他に十分な変換機能を備えたまともな選択もない以上、実際に使う使わないかは別として、
ジャストシステム様が「おめーらには使わせてやんねえ」とのたまってるド下品な語彙リストを
ユーザー辞書としてぶち込んで抵抗してやるぐらいのことしかできない
・・・はずだった状況もGoogle日本語入力が登場するまでの話で。
盲滅法もつんぼ桟敷も一発で変換してくれる素敵な変態IMEのGoogle日本語入力があるんだから、
どこが?
いや、差別描写とかの自主規制は過剰なまでにやってるみたいだけど、
性描写に関しては全然やる気ないよね。いかに国や地方の規制をかいくぐってどれだけギリギリを狙えるかのチキンレース繰り広げてる。
いやいやいやいや、自主規制や契約の上での規制より国や地方の規制の方がリアリティがあるって、そんなの無理だから。所詮国や地方にとって他人事であるようなこういう規制にそんなリアリティを持たせることって不可能だから。
だからって「国や地方の意を汲んで」自主規制するというのも大きな問題を抱えているわけだけど、意を汲まずに自主規制すればいいだけだから。そうでなければ自主規制なんて無理。
今の出版社は「国や地方の」意を汲みすぎるところと自主性の強いところがあるのは知っているけど、それも市場のありようだから。自主規制を強くしたいところは強くすればいいんじゃね?
この理論を立てたfurukatsuさんのことは知る気になれないけど、財やサービスに関する不法行為はもう民法だけではなく刑法の世界にある意味踏み入っているから。
男なのに「あたし」と言う時点でどっかの改変コピペな気がしないでもない(でもぐぐっても引っかからなかった)けど
着床前遺伝子診断による確実な産み分けの技術は確立しているし、日本でも行われているよ。
ただ日本だと伴性遺伝による重篤な遺伝病の回避の為としてしか認められていない
(と言ってもあくまで学会の自主規制であって法律で決まってる訳じゃないからそれ以外でもやってる病院はあるらしい)けど。
海外なら単にその性別の子が欲しいと言う理由でも普通に出来る国もある。
それに効果が無いとしてもそれにすがりたい人も居るんじゃないかね。神頼みと同じようなもので。
でもそれで望んだ性別と逆の子が生まれたらどうすんだろ。
「あれだけ頑張っても駄目だったんだから仕方ない」と潔く諦められるなら良いけど、
「あれだけ頑張ったのに何故失敗したんだ、こんな子要らないのに」となるなら不幸だよな。
世間では東京都の条例が話題になっているが,もっと強固かつ凶悪な規制を行っている主体について,何故かスルーされている。出版社のことだ。
「面白ければジャンプは全部載せる」などと言ったそうだが,パンチラや擬似フェラは面白くてヤミたんの乳首は面白くないということだろうか?んなわけない。ジャンプでは現に性表現が規制されているのであって,その基準がもし「面白いか否か」だったならば,これ以上に曖昧かつ恣意的な基準はない。結局のところ件の発言は,実際には「面白く,かつジャンプの性表現規制に引っかからなければ,ジャンプは全部載せる」と言うに過ぎない。自らが行う性表現規制を棚に上げ,あたかも性表現の守り手であるかのように発言するのは欺瞞も甚だしい。実際のところ,面白くない漫画が規制されている点で東京都よりも厳しいのだ。
だいたい出版社が行う規制のことを世間では「自主規制」と呼んでいるが,出版社から見れば「自主規制」かもしれないが,作家から見れば出版社は他者である。作家の表現の自由の観点からは,出版社による規制は「自主規制」ではない。「放送禁止歌」の放送を禁止したのは,美輪明宏ではなくテレビ・ラジオ局なのだ。
しかもこの規制は,強固かつ凶悪だ。この規制に逆らえば,流通制限どころか出版自体が事前規制によって不可能となる。しかもその影響は作品単独にとどまらず,作家について属人的に,出版が規制されることさえあるのだ。「同人で書けば良い」等というのは嘘だ。正規の流通ルートに乗らなくなっても問題ないというなら,東京都の条例もまた問題ないことになってしまう。
こうした事前規制が,不明確な基準によって行われている。各雑誌の出版コードや成人向け指定の境界について,明確な基準があれば教えて欲しい。不明確な基準の萎縮効果はさんざ論じられているところである。
それだけではない。事前規制を潜り抜けても全く安心出来ない。担当と相談の上でヒロインとの和姦を描いたら,妊娠・結婚での打ち切りを余儀なくされることまである。大学進学やライバルといった伏線は全て台無しだ。出版社の規制の場合,後出しジャンケンによって,作品の内容すら枉げられてしまうのだ。
だいたいこうした規制の根拠も不明だ。ジャンプに乳首を描いたりマガジンで和姦を描くと犯罪が増える等ということが,科学的に証明されているだろうか?
それに,規制の根拠は別の方向からもやはり不明だ。成人向けとそれ以外とは実際のところ「消し」の大きさで区別されているが,仮に性表現による何らかの「悪影響」が認められるとしても,その多寡は消しの大きさで決まるだろうか?つゆダクや暴想処女やナナとカオルやNIGHTMARE MAKERやえんじがかりに比べ,性本能と水爆戦の「悪影響」の方が大きいなどとどうして言えるだろうか。消しの大きさという基準は,規制されるべきでない作品まで成人向け指定されてしまう点で,目的達成のための合理的関連性すら認められない代物だ。
しかも成人向け指定がされていても,なお消しを入れなければならない。しかも,消しをどの程度入れるかについて,やはり明確な基準はない。今日の基準はクリトリスに髪の毛一本分の黒線を引けば良いという程度のものであり,ここまで緩和されたことで単なるクンニや手マンを超えて栗吸いや膣内での指曲げといったより精緻な表現が可能になり表現の幅が広がったのであるが,こうした表現が可能になったのはつい2〜3年前の話だ。この間に基準が改められる明確なアナウンスがあったわけではない。つまり,つい数年前までの作家は,不明確な基準のために表現が萎縮していたのだ。
これはネットの力が大きいと思われる。
代表的なのが
”「ドラエもん」でしずかちゃんのシャワーシーン”
過剰な表現規制に対する反応だ。
当初こそこれは分かりやすい、ショッキングな例だっただろう。
だが、都側はこれに対して冷静に「青少年の環境の整備」を主張してきた。
常識的な感覚ならば、条例の目的がこうした過剰な例を目的とする物ではない事は
あまりに明らかだ。
本来は、もっとグレーゾーンの作品を例として出す検証作業に移行すべきだったのだが、そうした議論は積極的に行われなかった。
(”性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発”に対し
作品の性質上、ある程度のリアリティを持って描写、表現する事が必要な作品とそうではない作品)
また、このドラエもんの例を今だに取り上げる輩は後を絶たず、
当初こそショッキングだった例も都側の対応姿勢を充分に聞く期間を経て
「下らない極論をいつまでも挙げるしか反対の理由を持たない」代表となってしまった。
くり返す輩が後を絶たない事で、反対派の主張は議論に値する内容ではない、という印象を裏付ける結果をもたらしたのだ。
・「非実在青少年」の削除
2月の提出案に尤も大きく反対されたのは
被害を受ける存在など実際には居ない、という事だった。
被害も存在しない、という論だ。
今だにBLを代表に被害者も犯罪者も存在しない、という論を持ち出す人間が後を絶たない。
都側は既にそれは焦点ではない事を明確にしているにも関わらず
規制反対理由としてあげる声が残った。
これは反対派の反対理由が2月の提出案から全く進歩していないことの裏づけでもある。
こうした声の繰り返しは、反対派は規制の本質(目的)を正確に捉えていない、とみなされる結果となった。
自分が振りかざした武器のダメージがまさしく自分に返ってきた例である。
今回の規制は、既存の法律でも禁止されている部分を補完する物である。
逆に言うならば、これまでの規制でも充分にグレーゾーンの作品、雑誌も存在したという事だ。
青少年への購読・購買に自助努力をする時間は充分にあったのだ。
2月の提出案の反対の声を反映し、一般社会の興味も格段に上がった。
これまで漫画に興味のなかった層も
と目を向けるようになったのだ。
当然そうなると、前例の「ドラエもん」や「BL」の反対論のような
全体から見た場合に、問題がある雑誌、作品がごく一部だったとしても
取り上げられる問題のある雑誌、作品が極端に目立ち、認識されるのだ。
戦略としては、こうした世間の目に対して、出版社側は過度な守りの姿勢をアピールとして用いるべきだった。
特に目立つセックス描写の多い、有害図書認定されるような作品、雑誌のハードルを上げ
あるいは18禁という明記を行うなど、販売・購入時の防止策を用意しつつ
同時に、年齢規制を行うべきではないが、グレーゾーンの表現が必要な作品とは違う、とするアピールだ。
一部の成人向け同様の作品を載せた青年誌であり
自分達が読みたい作品、雑誌を奪うな、という利己的な購買層に主張であり
あまりに利己的な自己都合の主張はマイナスイメージの植え付けにしかならなかった。
これらによって一部の「規制の目的に該当しない作品である」という冷静な分析・主張が覆い隠され
「販売・購読したいから規制に反対である」という反対派の構図が出来上がってしまった。
「販売の規制対象にする事で表現を守りたい」という意見などもあったが
それを急に大きくあげつらうこと自体が、”ヲタク”というカテゴリの人々が
また、目的を踏まえた上で条例の内容の是非を論議するのではなく
そうした個人の姿勢を大きく上げる行動こそが、確たる反論が尽きた場合に行われる行為だ。
大雑把に分けたが、これらの行為で反対派は2月から、
長く条例を賛成に導く手助けをしてきた事になる。
おそらく2月当初は反対だった一般の人間が賛成に回った理由も
こうした反対派の行動が原因だろう。
都知事の問題行動があってて尚、都側の完全な勝利だ。
こうした敗因に加担した反対派には、本当に必要な表現の自由の為に
表現の自由の息の根を止めようとしているのは誰なのかを。
子供にポルノを見せてはいけないと言うのは日本だけではなく世界の主流でそれに反対するのは無理。
でも日本はポルノ漫画が野放し、だから何らかの規制は絶対に必要である、と言うのがまず大前提なんだよ。
横だけど、「出版社が自主規制案を出してくれないから反対できない」と議員が言ってたのは事実
「なーんにもやりたくありません、今まで通りの野放し状態を認めて!」じゃ議員も動けないんだよアホ
私は素人なので、条例について間違った解釈をしてる可能性も多々ある。
間違っている点とか変なとことかあれば突っ込んで欲しいな。
この条例が出てきたそもそもの原因は、一般誌のクセに成年誌となんら変わらないことをしている本の存在だと思う。
代表的なものとして、チャンピオンREDいちご。内容的には確実に成年指定。
ただ「性器を直接描画はしていない」とか「これは赤貝だ」とか法の網をかいくぐる方法で、一般誌として売っている。
某掲示板等でジョークとして「そうか赤貝なら問題ないな」という人はいるけど、本気でそう思ってる人はいないと思う。もしいたら病院に行くべきだろう。
内容はどう考えても成年指定必須。しかし何故か一般誌だから未成年に売ることができる。
それはおかしいだろう、と、それらを成年誌として指定にできるようにするために作られたのがこの条例だと思う。
なにが問題とされているのかよくわからない。別にその漫画が消えるわけではない。成年誌として続ければいい。
これもブルマのチチが出るから規制対象!というが、その程度で規制対象となり成年指定になると本気で思ってる人はいるのだろうか。そして、行われるのだろうか。
この条例は、そんなちょっとしたお色気シーン規制のために作られたものなのか? 違うだろう。
「それすらも可能になるのが問題だ」という返答をよく貰う。
それは、道を歩いてる人を監視し、一歩でも私有地に入れば不法侵入か何かで犯罪者にできると言ってるのと同じレベルだと思う。やろうと思えば可能だが実際にやる人はいない。
なにが問題とされているのかよくわからない。実際に起こってしまっては手遅れだと言うが、いや起こらないだろうと。
私自身、一般誌成年誌問わず面白そうなものであれば雑誌や単行本を購入して読んでいる。漫画を読まない日はない。
一般誌のちょっとしたお色気シーンでニヤニヤするし、ライバルとの白熱したバトルシーンをカッコイイとも思うし、成年誌のエロいシーンで興奮もする。
だからこそ思うのだが、お色気シーンとは思えない明らかな性行為を描きたいなら、普通に成年指定漫画として描いていけばいいのではないだろうか。
そもそも出版社や漫画家たちがしっかりと区別をつけて成年誌として売っていれば、この条例は発生しなかったのでは?
出版社や漫画家たちが自主規制を行えず、一般誌の限界にチャレンジだヒャッホゥ!と暴走するから、その限界を下げるという結果になったのでは?
出版社や漫画家たちが自主規制をしなかったせいで、行き過ぎた表現を一般誌で行うことで、重箱の隅を楊枝でほじくるかのように、赤貝なら法的に問題ないぜ!という理解不可能な行動をするせいで、私たちの愛する漫画文化が問題視されてしまう、と。
各個人がしっかりとしたモラル意識を持ち、自主規制を行えるようになって、それで初めて自由というものが与えられる。
一般常識を説く某掲示板の方々はよくこんなことを言うのに、どうして漫画とかになるとそれが理解出来なくなるのか。
出版社や漫画家たちからモラル意識が欠如し、一般誌と成年誌の住み分けを正しく行えずマトモな自主規制ができていない今、上が抑えてくるのは当然の流れ。
それでは困る。ではどうするか。まずは出版社が正されるべきだろう。