はてなキーワード: 腐海とは
「設定の勝利」って言われる話こそ、実は高い技術の勝利じゃね?
「ベン・トー」読んでそう思った。
設定が奇抜であればあるほど、「出オチ」という判定をくだされて終わる可能性が高い。
ニコニコとか超ベストセラークラスだと、別に出オチは出オチとして歓迎されると思うけれど
特にアニメや週刊誌のような作品で一度「出オチ」という評価を下されると二度と復活できない。
「どうせ出落ちだろ」という圧力に耐えて、話を持ちこたえさせ、
そこから再度浮上できるのはそれこそ作者の高い技術が求められるってことになると思う。
なんせ、アニメやラノベは一回パッケージで騙せば済むというものじゃないからなぁ。
というわけで、ベン・トー。
最初私これ絶対1話か2話で切るわーと思ってたけど、今のところ今期アニメで一番面白いと思ってるですよ。
どうせ出落ちだろ、って思う人程見て欲しい作品。 読んでみると王道中の王道を楽しめますよ。
素直に王道やればいい仮面ライダーで学園ものやったあげくイマイチ盛り上がらんというというちぐはぐ感はなんとかならんのか。
なんかマスに近づけば近づくほど、お笑いとか皮肉とかそんなんでまっすぐなメッセージがやりにくく
色物とか腐海のようなゲテモノの世界にこそ純粋まっすぐがあるってのがなんか間違ってる気がする。
参考記事
http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20111112/1321057463
一般的に言う良い企画について語ってるもの。普通はこういう企画のほうがいいよね。
逆に言えば奇抜な企画のほうが力技が必要になるわけで、ベン・トーはかなりすごいと思う。
http://blog.livedoor.jp/kashikou/archives/51837848.html
http://raitonoberuteki.blog.fc2.com/blog-entry-9.html
これは「はがない」の記事だけど、「ベン・トー」も余計なことを考えずに美味しく味わえるように作られてると思う。
私も「ベン・トー」と「灼眼のシャナ」を比較して、同じテーマ、同じ中二病ネームの羅列でありながらも
いかに作品が飲み込みやすく作られているか語りたいと思ったけどめんどいのでやめた。
蛇足。おなじアサウラさんがシナリオ担当の「アキバストリップ」がなぁ・・・。
ベン・トー面白かったからこっちも買ったんだけど、うーーーーーーーーーん、って感じでした。
もっとガチでやってほしい。荒いポリゴン絵が服が脱げてもただのお馬鹿としか思えない。
ランブルローズくらいは頑張って欲しい。PS3とかのフルハイビジョンで作りなおして欲しい。
「生徒の自主性を高めるために夕食を用意しない学寮」単に生徒を保護する気がないどうしようもない学校だよね。どこが奇抜な設定?
私はベン・トーについて「設定が奇抜くらいしか特徴がない」といってるやつをDisってんだよ。
一見変わったふうだけど、この作品の魅力は設定面に負ってるわけじゃないって主張をしてんだよ。
タイトルもわざわざわかりやすくしてやってるのに、まだわからんとか頭悪すぎだろ。
お前らの国語能力じゃラノベさえもちゃんと読めないんかもしれんので、口を開くなボケ。特にWelなんとか。
私が言いたいのはこれだよ
設定の勝利って、ベントーは当初本当に売れてなかったのが「設定めちゃくちゃだけど作者の文才は高い」みたいな感じでじわじわと売れていってようやくアニメ化までこぎつけたんだぞ
人生に置いて何人かの女性と付き合ったことはあったが、初めてまとな恋愛をした三ヶ月、そして更に元彼女に振られて二ヶ月が経とうとしているが、未だに引きずっているのである。
もちろんあわよくば復縁したいなんかと毎日考えてしまっている。だからこの日記を匿名で書いている。
これまでは恋愛の恋の字すらなく、フラグが立てば折り、そんな生活を続けてきた。
しかしその蜜の味を知ってしまったからか、元の自分に戻れるきがしないのである。
もはやこの気持ちは元彼女に対する愛情なのか、それとも自分のプライドを傷つけられた執着心なのか自分では判断することができない。
しかし一つ言えることは、私の自尊心は完膚なきまでに叩き潰されたのは間違いないのである。
それを取り戻すため、そして心に大きく開いた穴を塞ぐための何かを求めいるのは確かである。
それは元彼女からの愛情であるのか、他者からの愛情であるのかどうかは定かではない。
しかし他の女性と食事などをしても、満足できないのは確かである。
経験上初めて振られることになったわけだが、未だに気持ちの整理がつかない。
しかしこれは私だけでなく、生きている殆どの人間が経験しているんであろう。
なので時間が経つにつれて、私もその一員になるのかもしれない。
自分が思う人と一生を添い遂げることができないというものは、生きている上で一番残酷なことなのかもしれない。
もうしばらく私は腐海に沈んでいることにする。
僕はしょうがないんだよ。
イケメンじゃないしリア充的な趣味や空気の中では生きていけない腐海の生き物だし。
職場の性比は半々ぐらいなんだけど、女の事は話が合わない。
食事して何十分も一緒にいたりすると何を話していいのかわからない。
なんかよく「鼻で笑いながら聞いている」とか言われるんだよね。
大口開けて笑ったほうがいいのかな。
それ以前にコミュニケーションの才能がないのか。
でも皆はそうじゃないはずだ。
なんで結婚しないんだ?
子供がたくさん生まれれば、この結構面白い国である日本も存続する。
なんでそうしないんだ?
僕の姉は既婚者だけど子供を産む気配がない。
もし経済的な事情で足踏みしてるなら援助を出しても良いということを
今度遠まわしに言ってみようか迷っている。
みんなはそれができるのに。
お前ら、地べたに額こすりつけてよーく聞け
お前らがダサい理由を俺が教えてやる
見抜かれたことに絶望し、救いを求めろ
結論からいうとお前らは煮崩れた肉ジャガ。だからダサい
調味料編
調理器具編(まな板も含む)
材料編
技術編
少しでもあてはまったやつ手を挙げろ
「火の七日間」と呼ばれる最終戦争から千年余り。高度な文明は滅び、世界は瘴気が充満する腐海とその住人である獰猛な蟲たちに浸食され続けていた。そんな腐海のほとりにある辺境の小国「風の谷」は、大国ティターンズとの戦乱に巻き込まれた。「風の谷」の族長レコア・ロンドは、攻め入るティターンズの将軍達に取り入ってかろうじて国を存続させていたが、女将軍エマ・シーン率いる大軍による攻撃で「風の谷」はとうとう滅亡の危機に瀕する。
苦悩の末、レコアは腐海の奥深くに封印されているという古代兵器「パラス・アテネ」を探すため腐海へと赴くが、蟲たちにあっさりと捕らわれるのだった。しかし、人間の女と蟲との邂逅こそが、古代兵器「パラス・アテネ」の封印を解く鍵だったのである。
ただ、事はそううまくは運ばない。蟲との邂逅時、レコアは無垢な肉体ではなかったことによって、「パラス・アテネ」の封印解放は不完全なままに終わり、「パラス・アテネ」は暴走を始める。自ら呼び寄せてしまった「火の七日間」の再来に、既に深く傷ついたレコアはそれでも立ち向かう……。
――シロッコ「フハハハハ!見ろ!クズどもはやはりクズだ!」――
――あのお姉さんは まだオーストラリアにいるのです。たぶん。――
1950年代のオーストラリア、メルボルン郊外にある開拓移民たちの暮らすとある小さな街。界隈では仲睦まじいことで有名なカップル、カツ・コバヤシとサラ・ザビアロフであったが、「結婚するまではダメよ」と頑なに身体を許してくれないサラに対して、カツのフラストレーションは溜まる一方であった。
そんなカツの誰にも言えない趣味は、隣人ベルトーチカ・イルマの寝室を覗くことである。今日もまた部屋の明かりを落として双眼鏡を強く握るカツであったが、黒と赤に染められた服に身を包んだ集団に、ベルトーチカが掠われてしまう現場を目撃する。
忽然として姿を消したベルトーチカ。日が経つにつれて街はその噂で持ちきりになった。ベルトーチカの身を案じ、軍から街へと戻ってきたフィアンセ、アムロ・レイの悲壮な姿に心動かされたカツは、ベルトーチカが掠われた現場を目撃したことをアムロに告白する。「黒と赤」というカツの言葉にはっとした表情を浮かべるアムロ。これによってカツは、思いもよらぬ巨大な暗躍との闘争の中に身を投じることとなり、そこでガール・フレンド、サラとの悲痛な遭遇を果たすのだった……。
――やさぐれたりしたけど、今は反省してます――
ホンコン・シティに住むどうしようもないワルガキ、ヤザン・ゲーブルは、両親にも愛想を尽かされ、13歳の誕生日に、女主人ミライ・ヤシマが運営する更正施設「シャングリラ」に預けられた。
ミライは、持ち前の運動神経も生かしてハングライダーによる宅急便の仕事をやってみたらどうかとヤザンに薦める。迅速な仕事、また、エイのような形が特徴のハングライダー、派手な黄色の仕事服も相まって、ヤザンの宅急便は瞬く間に街で有名になった。しかし、その裏でヤザンは更正施設内で意気投合したダンケルやラムサスらとつるみ、昼間の仕事の傍らで物色していた家に夜中に押し入っては盗みを繰り返し、ジャンク屋ゲモンから盗品と引き替えに回してもらったマリファナを楽しむ日々を送っていた。
そんなヤザンであったが、いつものように強盗する家を物色していたある日、街の学校で飛行クラブに所属しているという女の子、ロザミィに出会う。ヤザンのことを何故か「お兄ちゃん」と呼ぶロザミィを最初は煙たがっていただけのヤザンであったが、ロザミィと徐々に親しくなるにつれ、また、ロザミィの背負う過酷な運命を知るにつれて、次第に更正の道を歩んでいく……。
――愛とは、こういうものか――
最重要国際指名手配犯シャア・アズナブルは、人口の極端な減少でしか、これ以上の地球の汚染を食い止めることはできないという思想の持ち主であり、これまで数々の無差別大量殺人テロおよび要人暗殺に手を染めてきた。その過激だが確固たる思想と綿密かつ鮮やかな犯行によって、市井のごく一部ではあるが影で支持する者が後を絶たないシャアは、クワトロ・バジーナという偽名を取得し潜伏した次の要人暗殺計画先のミラノで、身寄りのない少女ハマーン・カーンと出会う。
常に冷静沈着なクワトロことシャアであったが、何かにつけて目の前に現れるハマーンに心を許し、うっかりと暗殺計画に関するメモを見られてしまう。ハマーンを始末することを一度は決めたシャアであったが、拳銃を突きつけられてもひるまずに「撃ってみて」と呟くハマーンを見て殺すには惜しいと思い、部屋に軟禁する。
暗殺計画を着々と進めつつ、軟禁したハマーンに対して辛辣に応対するシャアであったが、その裏腹でハマーンにどんどんと惹かれ、ついにはベッドを共にする。事が済んだ後、ハマーンの凛々しくも優しい眼差しに、シャアは、かつて狂おしく愛した女ララァ・スン、ひいては、うっすらとのみ記憶に残る母のぬくもりすら感じるのだった。今や、シャアの精神はハマーンの虜となってしまった……。
サイド2宙域において廃棄されたと見られる小規模コロニーを発見したアーガマ一行は、ティターンズ艦隊の追撃をかわすため一時的に身を隠すこととし、リック・ディアスに搭乗したアポリーとロベルトをコロニー内探索に派遣する。
生命維持システムはいまだ稼働しており、空気も存在し広大な草原が広がっているコロニー内に驚きながらも探索を続けるアポリーとロベルトであったが、突如としてカラス型MA「ユ・バード」を駆るバーバ・ユ・バーバの襲撃を受ける。廃棄されたと思われたコロニーは、巫女バーバ・ユ・バーバを教祖とし、八百万の神々を崇拝する海賊ゲリラ宗教組織「ユヤ」の根城だったのである。
バーバの猛攻をなんとか凌いだアポリーとロベルトではあったが、2人を除くアーガマ乗員は既に「ユヤ」に捕らえられており、投降を余儀なくされる。2人は先の戦闘振りからパイロットとしての腕を買われ、「ユヤ」の新人パイロット養成を言い渡される。
バーバの命令通り従順にパイロット養成を行いながらも、人質解放と脱出の機会を窺うアポリーとロベルト。しかし、バーバは新人パイロット養成と同時に、アポリーにロベルトを、ロベルトにアポリーを名乗ること、アポリーに口髭を伸ばすこと、ロベルトに口髭を剃ることを命じており、2人は次第にどちらがアポリーでどちらがロベルトなのかがわからなくなり、アイデンティティの喪失に悩まされるのだった……。
――シロッコ「ジ・O!動け!ジ・O!何故動かん?!……あ、動いた。」――
大量生産は生産設備に集中的に資本投下する代わりに数桁違う大量の製品を量産することで一つあたりのコストを押し下げる。販売見込みが大きくなればなるほど競争力は増して最終的な利益も大きくなる。
広告はその捌ける数の見込みを押し上げるためにあって、1万個売れる商品を宣伝で10万個売ることが出来るならその利益の増加分までの広告費用は正当化される。
その手段はマスメディアの登場によって既に構造的な効率化が極限まで進んでおり、そのため様式化し、ごく最近まではテレビで一定時間露出さえすれば十分な広告効果が得られるという単純作業ながら大きな対価を得ることが出来る安易な事業だった。しかし事業は既得権益に大きく依存し参入障壁となっていたため競争らしい競争は起こらなかった。
革新の動機は失われたことで「マスコミでもっともらしく紹介すれば売れる」という認識の単純化がおこり、世代の交代とともに誰も広告の機能と意義など忘れて自分勝手な勝利宣言の叫び合いに明け暮れた。
(註:実際の営業はお客さんと付き合うのでもっと細かな芸が無いといけない)
今は世界は腐海に沈み、自分の行いの意味を理解する知者など死に絶えてただ生活する愚民だけとなったが振る舞いだけはかつての文明人のようにとることは出来るのだ。
「アフィ、アフィ、ハテブーね、シャッチョさん、10のホウホですごっく儲けよ。マシュアプね。」
思いっきり周回遅れでやっと映画「ゲド戦記」を見たわけだが、感想は多くの人と同じ。これではジブリ作品の将来があやぶまれる。今まで、ナウシカ・トトロ・宅急便・ラピュタなどの超一流作品を宮崎駿監督の指揮のもとに出して来たスタジオジブリ。優秀なスタッフを抱えていても、監督が違うだけでこんなにも出来が違うとは。結局は監督なんだな、と。
「ゲド戦記」を見てあらためて認識したのは、宮崎駿が作る「世界観」の説得力のすごさ。子供にしか見えないネコバス、毒をまき散らす腐海、飛行石、神様たちの銭湯ーそんな、本来ありえないものを題材にしながら、わずか最初の五分間で彼が作り出した世界が妙に納得できてしまい、あとはワクワクドキドキしながらストーリーを楽しむだけ。それが宮崎マジックである。
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思いっきり周回遅れでやっと映画「ゲド戦記」を見たわけだが、感想は多くの人と同じ。これではジブリ作品の将来があやぶまれる。今まで、ナウシカ・トトロ・宅急便・ラピュタなどの超一流作品を宮崎駿監督の指揮のもとに出して来たスタジオジブリ。優秀なスタッフを抱えていても、監督が違うだけでこんなにも出来が違うとは。結局は監督なんだな、と。
「ゲド戦記」を見てあらためて認識したのは、宮崎駿が作る「世界観」の説得力のすごさ。子供にしか見えないネコバス、毒をまき散らす腐海、飛行石、神様たちの銭湯ーそんな、本来ありえないものを題材にしながら、わずか最初の五分間で彼が作り出した世界が妙に納得できてしまい、あとはワクワクドキドキしながらストーリーを楽しむだけ。それが宮崎マジックである。
映画「ゲド戦記」の一番の問題は、この「観客に映画の中の世界観を瞬時に納得させる力」の欠如である。あんなに「入って行けない」映画は久しぶりであった。映画が作り出す世界観が納得できないままでは、主人公の気持ちも伝わって来ないし、ワクワクドキドキもしない。Wikipediaのスタジオジブリの項目に書かれている「宮崎(駿)と高畑の2人が引退したらジブリも終わる」という言葉も納得できる。少し寂しい気もするが、これだけ映画が産業として成熟しているにも関わらず、良い作品を作る力が一個人に属しているというのは、なんだかそれはそれでうれしいような気もする。
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「ゲド戦記」を見てあらためて認識したのは、宮崎駿が作る「世界観」の説得力のすごさ。子供にしか見えないネコバス、毒をまき散らす腐海、飛行石、神様たちの銭湯ーそんな、本来ありえないものを題材にしながら、わずか最初の五分間で彼が作り出した世界が妙に納得できてしまい、あとはワクワクドキドキしながらストーリーを楽しむだけ。それが宮崎マジックである。
映画「ゲド戦記」の一番の問題は、この「観客に映画の中の世界観を瞬時に納得させる力」の欠如である。あんなに「入って行けない」映画は久しぶりであった。映画が作り出す世界観が納得できないままでは、主人公の気持ちも伝わって来ないし、ワクワクドキドキもしない。Wikipediaのスタジオジブリの項目に書かれている「宮崎(駿)と高畑の2人が引退したらジブリも終わる」という言葉も納得できる。少し寂しい気もするが、これだけ映画が産業として成熟しているにも関わらず、良い作品を作る力が一個人に属しているというのは、なんだかそれはそれでうれしいような気もする。
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「お弁当には海のものと山のものを入れてください」
まなめさんの「料理って数学だよね」も読んだ☆ 一番しっくり来た★ 俺には武器が足りないのか^^; 素材+加工セットのデータベースが小さすぎるorz
それでまた考える★ じゃあ、出来るようになる為にはどうすればいいのだろうか。現存する膨大なレシピを片端から作って経験値を貯めるのはなんだか迂遠だし金がかかろう(sigh) じゃあ範囲を区切ろう。区分として文化圏が有効っぽいので、ここは日本人らしく和食という括りで……いや、はなから和食はハードルが高い。ここはイギリ……だめだー★ 林望「イギリスはおいしい」で「イギリス人は何でも一緒に形がなくなるまで煮る」「塩が足りない。でもたまに多すぎ」(うろ覚え)と書いてあって、「これ、どこの俺の話?(゜д゜)」などと思ったのだった。和食にしよう。和食のレシピを因数分解して要素のデータベースを増やすとしよう。ああ、そう考えると道場の本にあった五種類の命のダシはいきなり要素を提示してくれてたんだなぁ。って何でこんなに料理本読んでて一向にうまくなる気配がないのだろう(´Д`;)
やはり実践だ。実践が足りない。机上演習だけでは防衛力にならん!書を捨てスーパーに行こう。行ってきた。この素材を毎日さまざまに加工することで基礎力をつけるのだ。見ろ、この青々とした大量のピーマン……なぜだー★なぜしょっぱなから応用の利かなそうな脇役素材を、安いという理由で大量に購入するのか!そうか素材には主役と脇役がいるのか☆ 買う前に気づけ!ピーマンが大量にあるので、ここに肉を買ってくれば青椒牛肉糸が……和じゃねぇ!!
食のボーダレスが進む前、和食は地理と季節によって比較的限られた食材で構成され、手法としても完成していたはずだ。まずはそこからじゃないのか。そうですね。それでモヤシか。そうです。
スーパーで買い物する人々は偉大だとつくづく思う♪ 素材オブジェクトには栄養素と味のデータがあって、煮る・焼く・炒める・蒸す・打つ・買うなどのメソッドがあって……メソッドによって味・食感が変わって……ああ、賞味期限なんていうデータも持ってたな。そんなややこしいオブジェクトが一杯あるライブラリーであるところのスーパーから成果物である料理作る。なんて複雑な作業なんだ。仕事帰りにそんなことできん!
訊きたい気持ちはわかるが答えるのに困る質問の最右翼だと思うがどうか?子供やおとんは内蔵レシピが貧弱か、あるいはいままで食べたものにラベリングされてないので「なんでもいい」と答えて、おかん切れる。切れるのは今ならよくわかる。でもおかんは切れる前にイメージする旬の素材、あるいは特売の素材をあげて、どうやって喰うのがその日の気分なのかを訊くのが良かったんではないかと思いました。あとそれにあわせた素材を一緒に買いにいくとか。今おかんのひとはそうやって教育すると俺のような悩む大人を減らせるのではないかとおもったのでした。Φ(.. )
さて、料理よりも先にまずは腐海に沈んだキッチンを清浄の地へと導かねば……。
テクニックがあってテーマのない人間は哀れだ。彼らにできるのは対象物を微妙に損ねたかたちで表現することだけ。それは実に精密、そして意外な仕掛けが施されていて、見るものすべてがひと目でその力量に惚れこむだろう。これは素晴らしいと感嘆し、陶然としたひとびとは我先にと商品に売約済の札を貼りつけ熱狂の渦に叩き落とされる。
そうして彼らは瞬く間に幾許かの名声と、それなりの現金を得て懐があたたまる。だが、それで終わりだ。何も変えられはしない。聞こえてくるのは賞賛の声と、いくらかの妬み嫉み。彼らが血反吐に塗れてつくりあげた精巧なレプリカを誰もが正しく理解し、受容しているのだ。彼らに実現可能な高みとは完璧な世界の表現でしかない。正確にいえば「わずかに欠けた現状」である。そんなありふれたものを誰もが買い求めた。苦渋や、浮き立つようなしあわせが掬い上げられているかに見えるそれを欲した。そして陳腐な空想に浸るのだ。もしかしたら存在したのかもしれないかわいそうな自分を幻視し、涙した。そうしたひとびとから圧倒的な支持を受けていた彼らは、その事実に慢心することはなく、むしろ常に脅えていた。彼らは自身を他人事のように見つめるのに長けていた。これこそが唯一にして絶対の力点だった。彼らは自分の存在意義と限界をしっかりと弁えていて、立ちまわり方を誤った際の自分の末期を見とおしていた。自分の地位を脅かす存在を想定していた。
それは散漫な人間だった。自分を制御する術を持たず、学のない、道理を知らない愚か者だった。己の境遇を恨んでは憎悪の腐海に沈み、海底から虎視眈々と世界への復讐を果たそうと構想を膨らませていたがしかし、その奇想を実装する能力を持たない人間だった。零れる言葉は誰からも理解されず、あきらかに奇異。おそろしく、不気味な、妄想の片鱗を垂れ流すことしかできない異常者。ようするに逃げ場のない人間だった。殺されるか、殺すか、二つの選択肢しか持たない。だから、そういうものが死なないのであれば、確実に自分たちのもとに到達して、かならずや復讐を果たす。彼らはそう考えていた。いや、仮に志し半ばで野垂れ死んだとしても、結果は変わらないのだ。今世紀中には無理でも数百年をかけて間違いなく殺される。歴史の隙間に葬り去られる。この世に蒔かれた憎悪の種は水を遣らずとも芽をだし、突如としてシステムに痛手を負わせる純粋な悪意の表象となる。それはやがて黒々とした花をすべての人間のこころの中に咲かせるだろう。今、もしもそれを目にすることができたところで、誰ひとりとして正当に評価できないのはわかりきっている。彼らですらあれは花ではないと酷評するのが関の山だ。あの花は決して枯れないのだから。花は枯れてこそ花である。だとしたらあれは花ではなく……。
彼らは行き過ぎた妄想を止めた。完全に未来を予測するのが不可能であると知っていた。失望に足をとられて転ぶのをよしとはしない。すぐさま構想を練り始めた。愚か者には枠を与えるべきだ。今すぐにでも教育を受けさせなければならない。きちんと枷をはめ、思考は決まった円環上で堂々めぐりするように仕向けるのが最善だろう。生活に困って妙なことを考えないように、みな同じだけの富を持てる社会にすればいい。すべての人間を同じ高さに引き上げコントロールする。それができればこともなし、だ。さぁ、選挙に出る準備を。
すっかり夢中になっていた、いや、恐怖で混乱したのかもしれないが、彼らは重大なことを失念していた。彼らにはテクニックはあった。しかしそれだけだ。
http://anond.hatelabo.jp/20061215103645
ここまでくると、[これはひどい][ぶっ転がすぞ]タグをつけるために記事を探しているようにしか思えないね
いや、まぁ、その、そういうタグをつける趣味の方をですね、別に責めているわけでも何でもいかなるものでもまったくありません(予防線)
なお、今回の元ネタにつきましては、ご本人直々のブログ「ココロ世代のテンノーゲーム」から採用させていただきました。id:umetenさん、ありがとうございました(。∀゜)!
http://d.hatena.ne.jp/umeten/20060803/p1
http://d.hatena.ne.jp/umeten/20060816/p1
この日記を読む限り
・(福)さんに合おうと思っていたのだが、よく考えたらサークルチェックができておらず、 どこにおられるのか分からないまま結局あえずじまいで終わってしまった。非常に申し訳ない気がした。
ああいうことを書いておいて会いたいという図太さは確かに非モテとして必要だよね!
補記の補記:ちなみに「20060816/p1」の
・コミケ会場の空気は「おかしい」と思った。腐ったジャングル、いやまさに腐海かここは。 ・人の波に巻き込まれてえらい奥まで行く羽目に。もう帰れないもう戻れないという風にやや遭難。 ・すれ違った人の腕にぶつかったらジットリ。手すりにつかまったらベットリ。あれ……涙がでちゃう。 ・本当に必要なのは椅子じゃなくて、障気マスクもとい酸素マスクだと確信した。助けてユパ様!!
という箇所もいいよね!プププー自分は汚らわしくて汗臭いオタとは違う人間ということですカー。