はてなキーワード: 義体とは
『魔法少女まどか☆マギカ』が耐え難い。いや、耐え難いなら見るのやめろよって言われるのは当然だけど、イヌカレー戦闘パートとかは本当に格好イイと思っているんだ。でも、24分のうち他の16分くらいが非常に辛い。イヌカレーパートを見るために耐えているが第6話で心が折れそうになった。
何よりもダイアローグが致命的にツマラン。口でうだうだと説明するアニメは云々……っていうテンプレートな説教をしたくなる。この説教はその実は甚だ疑わしいけども、『まどか』くらいストレートに当てはまってしまうアニメもないよね。『攻殻機動隊』のように聴いてて面白いダイアローグが展開されるわけでもない、ただただ退屈なだけのダイアローグが、なぜか毎回毎回長大な尺を占めている。ボクには訳がわからないよ。
聞いていると途中で聞き流すようになり、後からちゃんと聞こうとして再視聴してもやっぱり挫折して途中から聞き流す。演出の工夫を見せてくれればまだ耐えられるかも……と思ったが第7話でイヌカレーが会話パートに投入されたにも拘わらず途中で挫折してしまったので、ああこれは純粋に脚本の問題なのかなと思った。こんなしんどいアニメをよくみんな直視できるよなって思う。いや、私の我慢が足りなすぎるのか。みんなすごい。
つかあれだけ映像の工夫を見せているのに、「ゾンビになった」とかいうさやかのヴィジュアルに何の変化もないのはどういうこってい。口先だけで「魂が抜かれた」とか「ゾンビになった」とか言われても見た目に変化がなければ共感できんよ。正確にいうとそういう抽象的なことをクソつまらんダイアローグで処理するからキツイんだよ。6話の気を失っただけみたいな描写では弱いって。魂が抜かれたなんて口でいくら言われても実感なんて無いわ。QBも肉体の強度を上げたいんなら、草薙素子よろしくこの子たちを全身義体化すればいいんじゃないかな。
影絵バトルマジ良かったよ。
夏休みで暇なので、大凸の中の人からいろいろ誤解の多すぎるブクマコメントに全レスをつけてみる(メモっぽいものを除く)。本社の研究部門所属です。会社内では、本文記事自体は調査がまだ甘くて低レベルだという扱いでした。
DNPも凸版もパッケージ印刷を何十年もやっています。DNPは缶やペットボトルが得意。凸版は紙器加工やビール瓶向けが得意という印象。どっちも全部できるけどね。どちらもパッケージ製作ラインだけでなく充填ラインも持ってて、DNPはコカコーラ社とべったりで、だいぶ前に製造子会社は工場ごと買収したため日本向けのはかなり作っているのです。お茶の「一」はそこそこヒットしたりもしたけどもう消えたね。IR報告を見るといいよ。
id:C_L 大凸は結構前から多角経営で印刷以外の事業が大きいからほかの印刷屋さんから印刷屋さんじゃないとみなされているけど。業界分析とかも大凸含めて考えるとおかしくなるので省いてほしい
この人はDTP系のWebsite持ってる詳しい人なので、私もそう思います、という反応しかできません。
id:zm_nouveau 近くの凸版工場は人もずいぶん減ったし、機械もあまり動いてないみたい。凸版の下請けやっていたとこはほとんど潰れた。下請け回すほど仕事がないから。
凸版は普通の印刷部門の半数は広告関係。景気の影響を受けやすい。しかも凸版はDNPと違って拠点が集中していないためリストラ余地が大きいといったところ。
id:ryoubi *コメント デジタル化が進んで衰退が必至な印刷業界の今後の大まかな事業展開。他分野に生かせる技術はあるから既に多角化しているだろう。後で調べるかも
入社案内とか取り寄せるとサーベイは簡単ですよ。Webの求人情報でもいいけど。
id:nanoha3 インクジェット系の印刷で最近面白かったのが服の生地への印刷。 最近何かと印刷業者を使うことが多いけど、確かに一般人にはあまり印刷技術の違いは見えない。選択出来る紙の種類が150種類以上あるとか楽しいけど。
布への印刷はEPSONですね。広丘へ見学に行くとくれます。印刷技術も幅広いのでなんともいえません。紙は150種どころじゃなくあります。直接紙を持ち込めばどんなものでも使えますよ。カタログなんかを見せて営業に頼んでも大丈夫。印刷技術の違いどころか印刷で作ってることすらばれてないものも多々あったり。
何で大手マスコミってすぐ権力利用とか工作とかに走るんでしょうね。やっぱり競争原理を一切働かせてない腐った業界だからですかね。
id:atawi 出版, 印刷, ビジネス 昨今の社内プリプレスは赤字垂れ流し部署だと思うけどなぁ。ワンストップは魅力だけど、それだけの体力と需要があるかどうか。
実は社内プリプレス部門は効率化が進みすぎて利益率20%とかになってたりする……。もう材料消費とかもあまりないし設備も安くなってるし昔ほど人も要らないし。少量多品種になってるから印刷は大変だけどプリプレスの仕事量は減ってなかったんだよね。ちょっと今年は稼働率がやばいみたいだけど。まあでも全部合わせても百億円単位程度なので両者の事業規模からしたら誤差。
どっちもまだ依存心理が残りすぎてるのが営業への課題らしいですよ。御用聞きと雑用しかできない営業がいっぱい生き残ってますからね!
技術の正当な応用です。
id:MATO 読み物 小さいところの印刷会社は、例えばデザインから看板の施工まで全部うちでやれます!的な営業が多いかも。
大凸もそういう囲い込みをずっとしてますが大会社しか狙ってないから目立たないだけですね。
id:kirishima2813 ビジネス, メディア, 経営, 読み物, 出版 結局、インターネットの普及で「紙媒体」の需要が激減なのは仕方ない。ただ記録的資料は、保存においてはデジタル媒体よりも優れている。「エコ」の流れとはいえ、刊行物の需要が落ちるとは思わないが、必死だな。
えーとしらけ世代の老害か中学生でしょうか。必死なほうがいろいろ出てきて面白いですよ。
id:filemente 出版, ビジネス, 経営 紙媒体が衰退している。全くゼロになることも無いだろうが/紙媒体は記録性、携帯性において優位/ホワイトボードやWebスケジューラの最大の的は手帳とペンだ。当面逆転は無さそうだ。
まあそうですが手帳やペンは文房具屋の領域かも。
id:hidematu book, business, publishing, media 雑誌とネットはイスとケーキくらい違う。
大凸は基本的に雑誌の内容を作っていたわけではないので。
id:ken_c_lo publishing, media, platform DNPも凸版も情報産業の本質を根本から考え抜いて動いてる感じ。こういう企業がITやメディアじゃなくて大手印刷から出てくるっていうのは、何だか日本っぽいかもしれない。
不思議ですよね。
id:yo4ma3 business, 経営, 印刷 "印刷業界は、景気の影響を受けにくい業種だと考えられていた。" ⇒ いまは相当値下げ圧力が強くなってるのも確か。発注側の目も厳しくなってる
ええ、近ごろは発注側要求が厳しすぎです。価格だけでなく品質も。「景気の影響を受けにくい」は記事が嘘だと思いますね。基本的に日本の成長率とほぼ同一の成長率で来てますから。バブル崩壊の影響がたまたま出版ブームや技術革新(DTPとか)で相対的に少なかっただけ。
id:zakkie ビジネス 記事の内容は業界にとって十年以上のトレンドだし、技術屋から見れば強みを生かしたまっとうな事業が成功しているわけだが、「あまりなじみがない」人からは「不穏な動きを繰り返す」ように見えるんだ。なんか新鮮。
まったくです。
id:mk16 ビジネス, メディア, book, business, 社会, 経営, 経済, media, publishing, 出版 印刷技術だけでマザーボード作れたら、世界制覇できる。
凸版もDNPもプリント基板のシェアは日本トップクラスですよ。LSI部分は作ってないけど。どちらもプリンティングエレクトロニクスは当然手を出してます。フォトマスクや液晶カラーフィルタなら両者合わせて世界の2/3は押さえているし。
id:mayoneez 出版, ビジネス, 経済 『約99%が従業員300人以下の規模』300人ってかなり多いんじゃ……
一般に用いられる大企業と中小企業の分類法をそのまま使っただけでしょう。
いまがんばってるよ!でもインクジェットより普通の印刷のほうが本気で桁違いに効率が違うから(4桁くらいかな?世間の人は輪転機の速度をなめてる節があるね)電池やELは印刷法で作るでしょうね。この前DNPがグラビアでOEL作ってたじゃない。ちなみに人工細胞はまだだけど細胞構造ならもう大学研究室レベルで存在します。
id:kobeni_08 印刷, メディア 紙媒体は必要最低限になる、という事態そのものをどう考えているんだろう?印刷業会は。
雑誌とか本とかの紙媒体以外にも印刷っていろいろあるし。考えてるからエレクトロニクスとかに手を出してるんですよね。あと記事にないけどバイオ系とかもかなり。
id:julajp 印刷から、もう一度塗装の側に立ち戻ってみつめなおしたらまだまだできる事やニーズの掘り出し見出せたりしないのだろうか。
塗装と印刷はちょっと別物なんだけど、コート加工技術には強いので、フィルム系の加工とかインクリボンとか液晶のフロントガラス部とか太陽電池バックシートとか壁紙とか応用製品はものすごくいろいろやってるよ。
輪転機で表面加工やコーティングができるってのはあまり想像されていない節があるね。
結論:
http://www.dnp.co.jp/about/dnp_info02.html
とか
http://www.dnp.co.jp/works/index.html
とか
とか
http://www.toppan.co.jp/corporateinfo/fields/
あたりを見てみるといいんじゃないかなー。多角化が進んで、もはや何だこいつら状態になってると思うよ。景気が良いころは2010年ころに正式社名をDNPやTOPPANに変える計画もあったみたいだけど今はどうなっているんだろう。
化粧するのが嫌で嫌でたまらない。
顔に塗りつけるファンデーションの匂いが嫌だ。肌にべったり付いた
粉の粒子が肌の水分を奪い取るような気がする。
口紅のべったりした感触が気持ち悪い。肌が汚れる。嫌な臭いがする。
化粧下地の日焼け止めもまた気持ちが悪い。べったりしたものが
顔に塗られるとうっかり触ることもできない。汗も拭けない。
というか汗すらかけない。
何より臭いも感触も自分の顔から来るものだから逃げられない。
皮膚を汚すための化粧とは違い、皮膚を保守するためのものだと
分かっているから耐えられるのか、それともあれだけは
嫌な臭いがしないように作られているものなのかは分からない。
かと言って、しないとしないで「何で化粧しないの?」と言われるかと思うと
しないこと自体に罪悪感を植えつけられるようで気分が悪い。
世の他の女性はあのおぞましい感触に平気でいられるのかと思うと感嘆を禁じ得ず、
それと同時に平気でない己が憎くすらなってくる。
いっそこの顔ごと感覚器官を自由にオンオフできる義体にすげ替えて
しまえるのならどんなに楽か。
脳や身体といったハードと記憶や意識といったソフトが不可分な人間と違って、ソフトとハードが可分かもしれない人工知能は完全に取り替えることの出来る自身の身体をどのように意識しえるのだろうかという問題の直接的な答えは、攻殻機動隊の義体という人間のハードが可分になった世界に見るように単に衣服や道具の延長であろうが、その背景を掘り下げたときに、本来的に可分かもしれない人工知能はそもそも自身の身体というものに興味を覚えるだろうか?と言う事を表す問いが「鏡を見たいと思うだろうか」であり、そして人工知能が持ちえる自身のイメージとはどうなりえるか?と言う事を表す問いが「何が映るのだろうか」であり、そもそも人工知能が自身のイメージを持ちえるのかという?と言う事を表す問いが「自分の夢を見るか」であり、そして自身のイメージを持つということは自意識の象徴の一つであって、逆説的に自分自身・自分の身体のイメージを持たない自意識・人工知能は存在しえるか、身体のないコンピューター上の仮想空間において人工知能は実現可能であるのか言う問いとなるのだが、しかし、私自身は私自身を夢の中でみたという記憶はなく「自分の夢を見るか」という問いは適切ではないという気がしつつもテンプレに従ったわけだが、ミギーとシンイチが夢で会話するシーンにおいてシンイチが自身を見て異常に驚き目を覚ますというエピソードに見る様に、潜在意識下における自身のイメージ化がどのようになりえるのか?という意味でメタ視した「意識は自身の夢をみるか?」とすると、これはもうテンプレを逸脱しているので、自己複製ネタも絡めた「コンピューターは電気回路に卵を産むか?」というタイトルでどうか。
いや、「ロビタ」はチヒロが登場する「復活編」であってるよ。
とある事故(「火の鳥」が原因だと後から判明)で致命傷を負い、死を回避するために肉体のほぼ全てを機械化(攻殻機動隊風に言えば全身義体化か?)した青年の悲劇。
紆余曲折を経てチヒロをつれて駆け落ちした主人公は機械の肉体を失う事になるが、その対価として自らの人格を愛するチヒロの電子頭脳に移植され名実ともにチヒロと一心同体となる(電子頭脳内で二人が抱き合ったまま溶け合うシーンが描かれる)。しかし電子頭脳の容量を確保するために図体はドラム缶に頭と手が生えたような醜い姿になりはて、完全に機械となった影響のせいか、もとの人格は次第に失われ安っぽい人工知能のような思考と口調になっていくのだった。
さらに紆余曲折を経た主人公は一般家庭にお手伝いロボとして拾われ「ロビタ」と名づけらる。その微妙な人間くささがウケたロビタは大量に複製されて全世界に普及していくが、ふとしたことで子供を死なせた事故の原因だと決め付けられてしまい、事故に関与したとされるロビタは欠陥商品として回収、廃棄処分の憂き目にあう。同時刻、それを感じとった全世界の無数のロビタが一斉に職務を放棄し、一台を除いた全てが溶鉱炉に身を投げるという大事件に発展していく(残った一台がどうなったかは他の編で描かれている)。
復活編の特徴は、人間と機械の狭間で苦悩する主人公が完全にロボットになってしまうまでの悲劇と、「ロビタ」と呼ばれるお手伝いロボが前代未聞の集団自殺を遂げるまでの経緯が時間をさかのぼるように同時進行で描かれ、まるで無関係に見える二つの物語が、「主人公の成れの果て」=「ロビタ」と判明する最後でリンクするというところにある(と俺は思ってる)。
その他、育児をベビーシッターに押し付けて自身の娯楽や仕事ばかりを優先させ、いざ我が子が死ぬと無理やりにでもロビタを犯人にしてしまう親の姿など、40年近く昔に描かれたとは思えないシーンも見所のひとつか。