はてなキーワード: 美しい国とは
首相がそもそも反日なんじゃないかというわけがわからない展開。こういうのも日本らしい。
政治家のそれぞれの後ろ盾への利益誘導が過ぎて、普通に生活している国民の未来を食い物にされるのは残念だよね。
できるだけ多くのひとを幸せにする方向で動いてほしいところだよ。まったく、君たち人間の考えることはわからないことだらけだよ。
利益誘導がすぎると結果全員首吊ることになるのにどうしてなんだい?
犯罪者の子は犯罪者としてあつかわれる美しい国だとかなんだとか批判があるみたいだけど、市民の党は伊沢けい子がやらかして公民権停止になってたりしてるから何もそれだけじゃないよ。
その前はトップ当選しているからねそれなりに選挙活動がうまいのさ。
今回は落選した森氏も選挙公報を見る限りではまともことしか書いてないので通っても不思議はなかった。
直前にヨド号の息子らしいぞという真偽不明の情報がネットで流れたぐらいで、選挙期間中だから報道はなかったし、不確かな情報のままだった。
「6.11新宿・原発やめろデモ」において発生した、20歳学生に対する集団リンチ
「6.11新宿・原発やめろデモ(http://611shinjuku.tumblr.com/)」において、20歳の学生に対する、集団リンチ事件。
「ヘイトスピーチに反対する会」有志
柏崎正憲 栗原学 常野雄次郎(@toled) ほくしゅ(@hokusyu82) 山口素明 ほか2人
被災地では家を追われ、未だに住むところも決まらない人たちが大勢いる中で内閣不信任・解散総選挙という実に「国民の生活が最優先」なことを実行してくれている永田町の「国民の代表」たち。投票所に使えそうな施設はことごとく避難所に使われてるのに選挙っていうんだからすごいよね。その中でも、「我らの最後の希望 (ドイツ語にすればunsere letzte Hoffnungかな。どこかで聞いたフレーズだね)」として待望論がささやかれて久しいオザーリン同志(ちなみにこの人の元の役職は幹事長。英語にするとsecretary general。ちなみに関係ないけど「書記長」もsecretary general)。その右腕とささやかれる川内博史代議士が地上波テレビですごいことを言ってくれてたみたいだよ。
下の動画をみてくれるかな。
http://www.dailymotion.com/video/xiwwdj_yyyy0-2ysvyyyyy100msvyyy_news
時間のない人のために一番香ばしい部分を抜き出してあげるからね。だいたい1:25あたりから観るといいと思うよ。
わたくしあの、衆議院の科学特別委員会の委員長ですから、先週の金曜日参考人質疑をやって、そこで専門家に話を聞きました。1ミリシーベルト(以下mSv)というのはですね、人間の体というのは60兆の細胞でできてるんですね、その1mSvというのは60兆の細胞すべてに放射線が1回突き刺さってDNAを破壊することを1mSvというんですね。
内部被曝の場合はですね、これは文部科学省の資料ありますけど、0.2マイクロシーベルト(以下μSv。念のため、0.2μSv=0.0002mSv)で外部被曝100mSvと同等だと。文部科学省の資料です(キリッ
えーと、放射能と放射線に敏感で、「ナポレオン孫正義の言うことは全て正しい」がモットーのはてな民の皆さんならおわかりだと思うけど、1つ目の発言、すごい言い方だよねー。「自然放射線」でぐぐればすぐわかることなんだけど、日本の自然放射線の平均がちょうど年間1mSvくらい、世界平均で2.4mSvくらいなんだよね。世界各地の自然放射線にはばらつきもあるけど、だいたい年間0.1mSv-10mSvの範囲内におさまっていると考えれば間違いないね(イランのラムサールとかには局所的にもう一桁高いような極端な場所もあるらしいけどそういうのは除外)。1mSvがそんなに有害なら原発事故が起こる前に自然放射線で僕たちとっくに死んでるよねー。だって人類全て細胞が破壊されちゃってるんだもんねー。
んでしかも2つめの発言、矛盾することを平気で言ってるからもっとすごい。「全ての細胞のDNAが1回破壊されること」という形容が正しいかはともかく(面倒なので検算しない、というかだいたい放射線といってもいろいろあるわけだから検算しようがない)、ともかくSvってのが「人体が受ける影響」を測る単位であるという認識は間違っていない。それなのに内部被曝0.2μSvと外部被曝100mSvは同等ですって???要するに「内部被曝と外部被曝では体に受ける影響は50万倍違っても体に受ける影響は同等」って言ってる訳ね。すごいね。すごすぎて全然意味わかんないよ。それって日本語?それ、どこの文部科学省が作った資料よ。まさか文科省は文科省でもオウムの文科省(こんなネタ、歳がばれるかな)じゃないよね?
なんだかねー、これほど頭のいい人たちが国民の代表として一生懸命働いてくれちゃってるし、現首相は現首相でサミットの公式記者会見で孫正義のトンデモ自然エネルギー推進論を名指しでマンセーしちゃうしさ、本当に今の日本って美しい国だよねー。「大和魂があれば科学的な議論の裏付けがなくてもなんとでもなる、疑う奴は非国民!」なんて声が聞こえてくるようだよ。本当に僕、この国に生まれたことを誇りに思っちゃうなあ。
自分の発言は消してもRTされた分は消えませんし米のサーバーに永久保存されますからね既にmixiへリンクと発信者、発信文を連絡済みですRT @ohusotukida @mpd110 ところで、この嘘情報流したヤツ、さっきのツイート速攻で消したみたいですけど覆水盆に返らずですね
2分前 webから .一応明日mixi本社の担当部署宛に送っとくwRT @ohusotukida これ→ユースケ@ウソップの人 (yusuke_usopp) on Twitter via kwout http://kwout.com/t/a3n8rpgb 撮っておいたのでよかったらご活用…できるかなぁ
12分前 webから
強制わいせつの被害の実態把握は難しいらしい。
女の子が被害にあっても、その後の調査や裁判で二重に苦痛を感じるからなかなか告発がされないそうだ。
でもこれって、児ポ規制や非実在青少年の話とそっくりじゃないか?
正直言って、問題はこのことだけじゃない。
人の羞恥心につけ込んだり、数に物を言わせたり、
声が大きいほうの意見が通ったり、権力者にしか発言権がなかったり、
この国の民主主義なんて嘘っぱちだ。
俺は心底そう思ってるんだ。
決して、エロのために言ってるんじゃない。
主張できない国日本なんて糞喰らえだ。
未必の故意を疑われない範囲でちょっとだけ反乱してみる。
これなら何を言っても恥ずかしくない。
例えば、税務署の窓口で「総理は脱税してたじゃん」とちょっとだけごねてみる。
外国人参政権に賛成している議員がいたら、ちょっとだけ選挙に行って、
ちょっとだけ知らない人に投票する。
テレビの街頭インタビューにであったら、ちょっとだけ話をそらしてみる。
女子高生が二人並んで歩いている。
「民主党支持が許されるのは、団塊の世代までだよね。キャハハハハハハ」
エコと称して、春先、街中に杉の苗木を植えてみる。
ちょっとだけテロリズム。
「鳩沢先生どうぞ一杯」
「そんなこと言わず、次も投票しますからw ささ、ぐいっと」
ちょっとだけ暗殺。
「疲れてるんでしょ、そっとしておこうぜ」
ちょっとだけ救急車を呼ぶのを遅らせてみる。
「0時23分、心肺停止」
「いや、脈あるんだけど」
ちょっとだけ早めに死亡確認。
ちょっとだけの精神で俺たちはフリーダムになるんだ。これこそ言論の自由だ!
感動した! ありがとう! 美しい国日本! 友愛ッ! 友愛ッ!
そんなとき、後ろから肩をたたかれた。
おまわりさんだった。
「これってちょっと未必の故意じゃないんじゃないか?」
「……」
「ちょっとだけ署までご同行願います」
1999年7月04日(日) 日曜洋画(テレ朝) 『エンジェル・コマンド』
1999年7月05日(月) 月曜映画(深夜、日テレ) 『コマンドー』
1999年7月06日(火) 深夜映画(テレ東) 『地獄の戦場コマンドス』
1999年7月07日(水) 深夜映画(TBS) 『地獄のコマンド』
1999年7月08日(木) 木曜洋画劇場(テレ東) 『地獄の女囚コマンド』
1999年7月09日(金) 金曜ロードショー(日テレ) 『必殺コマンド』
1999年7月10日(土) ゴールデン洋画劇場(フジ) 『コマンド戦略』
1999年7月15日(木) 木曜洋画劇場(テレ東) 『エグゼクティブコマンド』
1999年7月22日(木) 木曜洋画劇場(テレ東) 『ルモンド』(フランス映画)
当時のテレビ欄を見る機会があったので確認してみたら妖怪「冷や水浴びせ」が出てきた。
1999年7月04日(日) 日曜洋画(テレ朝) 『チェーン・リアクション』
1999年7月05日(月) 月曜映画(深夜、日テレ) 該当枠なし
1999年7月08日(木) 木曜洋画劇場(テレ東) 『特別企画・時代屋の女房』
1999年7月09日(金) 金曜ロードショー(日テレ) 『キンダガートン・コップ』
1999年7月10日(土) ゴールデン洋画劇場(フジ) 『評決のとき』
1999年7月15日(木) 木曜洋画劇場(テレ東) 『デンジャラス・プレイ殺しのエンジェル』
1999年7月22日(木) 木曜洋画劇場(テレ東) 『ハートブルー』
イヤ判ってたよ?ネタとして楽しんでたよ?ほほほ本気にするわけないじゃん。
ネタ相手につまんない事しちゃったなあと後悔。
今まで、自民党は、55年体制の下、経済政党、現実政党としての側面を示してきた。個別の政策には、賛否両論はあるが、このスタンス自体は非難されるべき点ではない。しかし、自民党にはもう一つの側面がある。それは、保守イデオロギーの体現者としての役割である。
私は、自民党が下野したことで、経済政党、現実政党としての側面が消失し、単なるイデオロギー政党になり下がることを懸念している。
自民党のセンセイ方の中には、勢い余って、単なる右翼と変わらないような主張をするときがある。中山成彬、安倍晋三、森喜朗など。「日教組の組織率が高いところは学力が低い」「美しい国」「日本は天皇を中心とする神の国」、彼らが繰り返してきた発言の背後には、現行憲法に対する苛立ちと、それに連動する、明治以降の近代日本において創造(かつ想像)された、余りにも素朴過ぎる国民国家観(領土、国民、国家が一つになって、国民は単一の存在として把握され、平準化されるべきだという国家像)が垣間見える。中曽根(父)が作成した改憲草案は、近代の産物であり、20世紀前半から中盤にかけて頂点に達した、「国民は一つであり、一つになるべきである」というイデオロギーを露呈している。そういえば、中曽根康弘って、「日本は単一民族である」と発言しているんだよな。書いていて今思い出した。
イデオロギーは、特定の支持者にとっては、ありがたいものである。しかも、一種の洗脳であるので、熱烈な支持を生み出す。妥協が許されない。イデオロギーは、対立する世界を認めない。そのイデオロギーを熱心に支持する者にとって、解は一つしかない以上、複数のイデオロギーの共存は難しい。したがって、論争が集結しない、世界観対立しか生み出さない。これには、なんの生産性もない。
個別政策に賛否はあるかもしれないが、経済政党、現実政党としての自民党は、それなりに評価すべきものがある。
民主党も、今回の選挙のマニュフェストが現実路線へ転換した、と言われているが、政権を担うに当たって、経済政党、現実政党としてのスタンスを取ることにしている様子。個別政策には異論がありうるが、このスタンス自体は、賛成すべき。
しかし、民主党は、参院の勢力構図上やむを得ないとはいえ、社民党と協力する道を選んだ。社民党は、上記の自民党のように、イデオロギー政党である。特定の支持者(絶対平和を愛する人たちなど)しか支持を集めることができない。これは、民主党の政権運営にとって致命的になる可能性がある。
特定のイデオロギーを熱烈に支持する人にとって、妥協は屈辱である。現実に合わせて、政況に合わせて、妥協を選択し続けると、支持が乖離する。これは村山内閣時に起きた、社会党離れである。
あまり知られていないことかもしれないが、成立した法案のほとんどは、自民党と民主党が成立に合意したものである。共産党は「民主党政権の建設的野党となる」とのたまっているが、全く違う。自民党政権の最大の建設的野党は、民主党である。民主党も、自民党の政策のほとんどに最終的には賛成している。政策を遂行する手段、方法には反対する時もあるが、政策の目的自体には賛成している。
はてなで最近人気を集めた「民主党に政権取られてしまいましたが・・・」のエントリ。http://anond.hatelabo.jp/20090906052539
これも法案のほとんどが自民、民主が合意したものであることを忘れている。いわゆるド派手な「対決」法案は、全体のわずか1割以下。年によっては片手で数える程度の時もある。今年の国会は選挙前なので対決ムードを演出したかった様子だが。むしろ、対立が多いのは、「自民党+民主党 vs 社民党+共産党」という構図。法案の成立に最後まで反対する社民、共産の拠り所は、現実ではなく、イデオロギー。
民主党は、思った以上に現実政党、経済政党である。確かに政権を担当していないため、自民党のセンセイ方の現実感覚よりは鈍いかもしれないが、それも程度の問題。今までずっと副委員長や書記の立場だった人が、委員長になる感じ。民主党には閣僚経験者もいるし、現実感覚は、それほど心配していない。2~3年経験を積めば、マシになると思っている。
むしろ、足を引っ張る可能性があるのは、左派イデオロギーの体現者たる社民党である。みずほちゃんが現実に合わせて妥協する態度をとると、社民党信者の支持が離れる。左派イデオロギーを貫徹すると、現実に合わない。民主党300超議席の前には、単なる幼女の我儘にしか映らない。
イデオロギーは単なる世界観対立しか生み出さない。現実の政治の前には優先順位は低い。民主党はそれが寄り合い所帯であるから、イデオロギーを前面に出すと党が瓦解することを知っている。そのため、実は、イデオロギー政党としての側面は、自民党よりも弱い。
下野した自民党は保守イデオロギーにこだわらず、建設的野党として、経済政策などに協力すべき。与党となったみずほちゃんは、現実の前に妥協を許さないイデオロギーを吐くべきではない。それが嫌なら、閣外協力か、共産党と同じ道を歩みなさい。私は、このように思っている。
なお、このエントリを読んで、私が反イデオロギーの立場に立っていると思われるた方へ。私は、多様な世界観が共存することを前提とした上で、政治はできる限り個人の世界観を抑圧も奨励もしない方が良いと思っています。個人が特定のイデオロギーを持つことは否定していません。
さて、国政選挙編。
http://anond.hatelabo.jp/20090725024708
http://anond.hatelabo.jp/20090726002306
このエントリ↑の続きです。
俺は、上記のエントリからも予想がつくと思うが、国政選挙では、小泉流の構造改革路線を支持した。公共事業をガンガン削れ。既得権益を完全に打破すべきだ。自民党をぶっ壊す。この言葉を俺は、断然支持した。これで日本が良くなる。脂ぎったオヤジたちは、消滅はしないが、間違いなく勢力は弱くなる。日本の赤字状況も改善されるはずだ。公共事業に依存するのは、一種のパターナリズムだ。それよりも、自発的起業体制を整えるべきだ。労働者派遣など、行き過ぎた面もあると思ったが、痛みを伴う改革である以上、一時的にはやむを得ないと思った。
安倍首相の下で参議院選挙が行われたとき、俺は、悩んだ。小泉流を継承する経済政策については、安倍晋三を支持できる。しかし、「美しい国」のフレーズの下、前面に提示してくる保守的価値観には合わない。価値を国家という装置によって押し付けようとする姿勢に嫌気がさした。価値は家族や地域、コミュニケーションなどの空間で形成されるべきであって、国家が押し付けるべきではない。価値の多様性、多元性を認めるべきだ、というのが俺の立場だ。
この時の選挙で、民主党は、公共事業の拡大による景気対策を主張した。これは昔の自民党と変わらない。脂っこいオヤジたちの世界だ。民主党案では、国の財政状況を改善できるのか、と。
昔からの自分の政治信念を優先させるならば、自民党。しかし、価値の押し付けには反発がある。悩んだ末、俺は、批判票として、共産党候補に入れた。結果は、自民党の大敗、民主躍進。民主党の政策には、賛意を示す点もあるが、構造改革路線を批判した点には賛成できなかった。
結局、自民党も、構造改革路線からの後退を始めた。このとき、自分が支持する政党がなくなった。精神的、価値的な次元では、多様性、自由を容認すべき。経済については、選挙の足を引っ張り、既得権益をむさぼる利権団体をぶち壊し、財政再建に取り組む。自分の立場は、ここなのに。決して異常な立場ではない、と思っているのに。
このエントリ(→http://anond.hatelabo.jp/20090726011213)にも多少関係のある話ですが、自分の立場は、保守、リベラルという枠組みで自己規定することができない、という自覚はある。上記のエントリは、おそらくアメリカの共和党と民主党の対比をモデルとした保守、リベラルの対比だと思う。特徴的な人物と言えば、共和党がレーガンで、民主党がリンドン・ジョンソン、かな。
このような枠組みに、自分は当てはまらない。政治理論に関する文献は、大学の時にかじっただけであんまり詳しいわけではないが、自分は、典型的な保守でもないし、典型的なリベラルでもない。自分の立ち位置がわからない。こういうのは、変なのかな。
自分の考え方の奥にある話。なぜ公共事業が無駄、と思われるのか。
一言で言うと、役に立ったと実感できないから、だと思う。橋を造る、道路を整備する、としても、すでに現状に特に不満がないならば、役に立つ実感を得ることができない。
例えば、3年ほど前、とある県のとある県庁所在地に住んでいる20代後半男性の「俺」の実家から徒歩10分ほどのところに、新しい橋が建設されました。橋を渡ったところに大型の買い物施設があるわけではありません。近隣住民は、通常の生活をしている限りではあんまり使いません。自動車を利用する人たちも確かに以前よりは便利になったと思いますが、以前も不便で不満だらけだった、というわけではありません。もちろん、トラック運送業者の方々など、自動車運転を専門としている方はどう思っているのかはわかりません。だけど、日常生活で自動車を使うレベルの人間では、過去の状態に不満があったわけではない。
つまり、20世紀後半に自民党が色々開発してくれたおかげで、ある程度、生活基盤が整備されているわけです。新たに道路や橋を造っても、確かに便利になったといえばそうだけど、別に以前の状態に不満があったわけでもないのです。公共事業の成果を実感できない。だから道路、箱モノを造る公共事業が無駄、と思われるのです。
裏を返すと、役に立つ、と実感できる公共事業を実施すれば、支持を集めることができる。
例えば、名古屋の天守閣工事。詳しくは、このエントリを参照→http://anond.hatelabo.jp/20090726163635
名古屋在住ではないのでわかりませんが、名古屋市民が役に立ったと実感できるならば、有益な公共事業だと思います。
そして、今、現在。
自民党の政策は、箱モノ行政から脱却できていない。生活者レベルで役に立ったという実感がないのに、公共事業の投下。だから、利益を与える代わりに票を得るという構造だ、既得権益だ、と批判の対象となる。麻生首相は大型公共事業を実行したが、あくまで目的は景気対策。生活者の利便性の向上、ではない。だから、特定集団の支持(=業界団体の票)しか集められない。公共事業を遂行しようとするならば、生活利便性の向上以上の正当化根拠が必要だと思う。
では、民主党はどうか。箱モノ行政を支持する人たちは、相対的には自民党よりも少ないが、民主党内部にも、存在している。あくまで私が書いた最初のエントリは、とある県のとある県庁所在地の話なのです。とある県のとある県庁所在地の民主党系の市長は、箱モノ行政体質を改善して、赤字財政をなんとか立て直している、というだけ。
だから、民主党政権になったら箱モノ行政を改善する、という期待感はあるが、実際のところは不明。予算の組み替えは、現実路線なんかに走らずに突っ切れるならば、凄い。高速道路の凍結も断固として実現できるならば、凄い。だが、実施できるのかという面は不安。
道路や箱モノよりも、医療や教育にお金を回すべきだという民主党の方向性自体には賛成できる。民主党政権が誕生した場合、戦後の日本が形成してきた社会システムをどれだけぶちこわすことができるのか、は個人的に注目している。また、民主党案では、財政赤字の解消ができるか不安。ま、これは自民党案でも同じだけど。プライマリーバランスの問題はどこに消えたの?
今の自民党の迷走を招いたのは、おそらく、安倍晋三がバカだったからだと思う。
小泉さんは「痛みを伴う改革」と言った。ある程度の「痛み」は織り込み済みなんだ、と。小泉が選挙で圧勝した以上は、国民は「痛み」を共有すべきだ、と思った。だから、安倍が惨敗した参院選の結果に、俺は、国民のわがままさを感じた。かく言う俺も、安倍晋三を支持しなかったんだけど。
小泉改革への批判と受け止められているが、俺は、安倍晋三の選挙対策がバカだったから、と思う。小沢さんが「国民の生活が第一」と、生活者レベルの問題、さっきの自分の言葉でいえば、役に立ったかどうかという実感を改善すると訴えたのに対し、安倍ちゃんは、「美しい国」。イデオロギーには、やはり信者しかついていけない。イデオロギーを前面に出せば、神々の争い、世界観闘争を生み易く、反発も招く。しかも、安倍ちゃんの場合、バカ右翼と同レベルで、歴史的検証を欠いている。こういうこと書くと、お前はサヨクか、と思われるけど、俺は福島瑞穂の憲法観もカスだと思っているからね。私はやや特殊な立場です。
憲法改正よりも、生活レベルの改善。イデオロギーよりも、景気や、雇用を争点化した方が支持が集まる。これに着眼した小沢さんは、参院選で大勝利。自分は支持しなかったけど、選挙対策能力の高さはさすが、と思った。
イデオロギーを前面に出さず、小泉さんの後継者として政治改革、経済政策を実行していればよかったんですよ。結局、それがわからなかった安倍ちゃんは、保守観丸出しのイデオロギーを表明し、反発を招いた。その後の自民党の顛末は見ての通り。福田、麻生と続き、小泉改革を揺り戻す。昔の自民党に戻ったといわれても仕方がない。
選挙というのは単一の争点で戦うものではないが、経済政策に関しては自民党は行き詰まりを示しているんじゃないかなーと思う。自民党政権で恩恵を受ける人が特定化、特権化され過ぎていて、国民の一部にしか恩恵が受けられない。恩恵を受けない人にとっては、なぜ恩恵を受ける特別な業界があるのか、という理由が欲しい。なのに、その理由は、もうすでに賞味期限切れ。
どんな場所で どんな声で どうしたいって
そうじゃない
就活はとっくに終わってるんだ
内定なんて見当たらない
わかるよ
君が受けない企業も全部
エリートと信じたいから
自分に何が出来るかどうかなんて
面接で初めて気づくでしょう
キミシニタモウコトナカレ
闇の果て 目を凝らしたよ
何処で どんな声で どうしたいって
美しい国と清らかな心を忘れ
この企業狂い始めた
誰一人傷つけないで就職するのは
むずかしいことなのですか
正しいことも憎しみや怒りも
弧描くように全て巡るけど
キミシニタモウコトナカレ
内定のため 落ちても這い上がる
あの日 照らした夕陽が
交わした握手が この胸に在るから
受かってみろ 言葉つなげ
とどいてる? このPRが・・・
何処で どんな声で どうしたいって
学生泣いてる
キミシニタモウコトナカレ
内定のため 落ちても這い上がる
あの日 照らした夕陽が
交わした握手が この胸に在るから
衆院選の前哨戦として与野党対決が注目された静岡県知事選。静岡県出身、在住の俺が千葉県知事選の解説を参考にメモ代わりに解説。
選挙としては、石川前知事が空港問題で3月に辞意を表明したことから湧き上がった県知事選だが、もともと今年いっぱいで任期切れであったこともあり、海野徹が2月に県知事選出馬を早々に表明。元民主党の国会議員だったが、既に離党済み。今回は民主党推薦も受けない完全無所属出馬を表明。主な政策は、県庁・公務員改革。渡辺喜美が積極的に応援に加わり、他に何故か平沼赳夫や城内あきらが応援していた。海野は民主県連の支持母体の連合静岡との仲も悪く、2004年参院選、2007年静岡市長選に連敗してることもあり、もともと民主県連も歯牙にもかけていない。小沢が海野のことを気にかけたことにより、「民主分裂選挙」という報道が出たが、そんなことは元からない。
前知事の辞意表明後、自民県連と民主県連は保守静岡らしく石川後継の相乗り候補を模索する。報道によると候補者擁立は民主主導だったようだが、候補は川勝平太ではない。どこぞの経済学者だか弁護士だかを自民県連に提案し相乗りでまとまりかけるが、自民党本部が知名度が低い・相乗りはまずい、と口出し。自民県連が相乗りを蹴る。
自民県連はその後、参院議員の坂本由紀子を足早に擁立決定。石川県政下で副知事もつとめたこともあり、石川後継のド本命として出馬。女性ならではの出産・子育て支援などの政策表明。
民主県連は相乗り壊滅後、迷走。相乗り候補の予定者には逃げられ、自民同じく参院議員の牧野を擁立しようとするが、民主党本部が貴重な参院議員を手放すのを拒否。一時期は自主投票の話も。川勝平太は早々に声が上がっていたが、大学学長職の立場もあり、当初は断固出馬否定。その後、学長職の辞職のめどがつくと、橋下大阪府知事のように一転出馬表明。石川色の強い坂本を嫌う一部自民県議も川勝擁立運動に加わり、本命3候補が出揃うことになる。
今回の県知事選の争点。空港問題で前知事が辞職したこともあり、石川県政への総括と是非というものがありそうなものだが、そもそも自民県連のみならず、民主県連の推薦する川勝も石川前知事のアドバイザー的な職を経験していて、明確な石川県政へ否定を唱えるのは海野と共産候補のみ。そこに衆院選の前哨戦と煽る全国メディアの報道もあり、争点などどこ吹く風でぼやけまくり。結果、共産候補同じく完全無所属打ち出した海野も泡沫候補になってしまい(地元新聞の直前世論調査では20代で海野支持が圧倒的に多かったのが救い)、坂本と川勝の石川後継の保守対決。それこそ国政の影響が大きいはずだ。
静岡ならではのこと。横に長い静岡県。西部、中部、東部と考え方も文化もまるで違い、それぞれの出身者を応援する傾向がある。今回は、東部は坂本、中部は海野、西部は川勝(川勝の出身は京都、居住地は長野だが、勤めていた文化芸術大が西部にあるため)。
当選した川勝とは。既に話題になってるとおり、「新しい歴史教科書」の執筆者の1人で安倍政権下の「美しい国プロジェクト」メンバー。保守系文化人の1人。前知事否定もすることなく、民主勝っても保守は変わらず。与野党問わず保守系議員や知事に人気が高く、既に政界でも顔が広い。新聞広告では、やたらその顔の広さをアピールして、静岡に関係ない著名人の友達の名前をずらーっと並べ、これだけ有名な方々が支持してくれてますって宣伝。選挙公約も、なんか理念的、観念的な言葉が多い。俺は嫌いなタイプ。
今回の選挙、保守静岡とはいっても、ほんとに「衆院選の前哨戦」報道に押し流された不幸な選挙と思っていて、千葉県知事選のような「完全無所属」旋風は吹かなかった。そもそも海野とおるが役者不足で、参院選、市長選での負け犬イメージが大きすぎた。静岡人は保守とともにミーハーでもあるので、東国原、橋下、森田クラスのタレント候補が立ってれば、一気に情勢が変わったことだろう。
それ以前にまず「18年前の写真集を本棚から発掘して焚書するとどんな犯罪抑制に効果があるんですか」という根本的なところが議論されてないところが凄い。
そりゃ宗教やってる方々にとっては、ポルノ焚書による精神的な浄化→道徳うp→美しい国→犯罪発生率低下、みたいな流れが自明なのかもしれないが、非宗教系の政治家にとっても、非宗教系の国民にとっても、いわんや非宗教系の社会学者にとっても、自明でもないし飛躍した妄想でしかないわけで。
でも自民にしても公明にしてもこの問題を取りしきっている宗教系の方々にとってはそれは立証が必要なものではなく神仏的に考えて自明な確信的なものであって、外部からそれを議論することは教義論争に匹敵するコストを有することになるわけで、もうあれだよ道徳基準で法律作ることに疑問を感じない人々を政界に多数派として送り込んでしまった時点で国民は負けとる。
ふとテレビを見ると、ミツバチとオオスズメバチの闘いを描いた自然ドキュメンタリーが映っていた。餌を求めて巣に侵入するオオスズメバチと、集団で相手に取り付いてもろとも熱死させようとするミツバチ。俺が最初に見たのはディスカバリーチャンネルかなんかだったと思うのだけど、そのあと地上波の番組や科学の入門書なんかでもよく見かけるようになった。よくある「自然界の驚異」みたいな文脈でエンターテインメントとしても科学への入り口としても取り上げられているっぽい。
俺最初にこれ見たとき、「うわーミツバチすげーでもなんか気持ちわりー」って思ったのよね。なんか違和感がある。それが今日ようやくわかった。
でかくていかにも凶暴っぽいフォルムのオオスズメバチ一匹にみんなで立ち向かっていくミツバチ。あー美しいね、たしかにオオスズメバチは倒せた。でもミツバチのほうだってボロボロじゃん。一部は弱って死ぬし、そうでないのも大方はふらふら。これって空母一隻沈めるためにボコボコ突っ込んでった特攻機の群れを思い出して、たいへん胸糞悪いわけよ。その場ではなんとか撃退できたとしても、物量に物を言わせて大挙して来られたり波状攻撃掛けられたらおしまい、ってところまで構図がそっくりでアホらしくなる。もちろん彼らパイロットたちの犠牲には最上の敬意を払うべきだけど、だからといって総体としてのあの行いはとうてい肯定されるべきもんじゃない。
そういうノスタルジックでナショナリティな雰囲気を肯定するためのものとしてあのドキュメンタリー素材はウケているわけだ。だって、あれを見た年寄りが孫に何を言うかなんて簡単に想像つくじゃん。「ミツバチだってこんなふうに協力してがんばれば強い敵に勝てるんだぞ。おまえも(ry」 いや、ボロボロになってますから。しかもこのあと生き残れるかなんてわからんわけですから。
しかも、いわゆる「布団蒸し」戦法が使えるのがトウヨウミツバチだけってのがまた気持ち悪い。セイヨウミツバチは熱死しちゃうから出来ないらしい。特攻は俺たちにしかできませんってか。やれやれだぜ。
こういうのが放映されつづけるかぎり、協調性と自己犠牲を賛美しつづける美しい国の神話は終わらんよな。需要あるし、再強化するし。