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はてなキーワード: 綾波レイとは

2011-11-23

http://www.internationalsaimoe.com/

1 御坂美琴

2 シャナ

3 立華奏

4 黒猫

5 逢坂大河

6 中野梓

7 長門有希

8 桂ヒナギク

9 秋山澪

10 涼宮ハルヒ

11 唯(AngelBeats!)

12 ユークリウッド(これはゾンビですか?

13 仲村ゆり(AngelBeats!)

14 シャルロット・デュノア

15 戦場ヶ原ひたぎ

16 千石撫子



その他の勝負

東雲なの(日常)     3267   東雲はかせ(日常) 4148

種島ぽぷら(WORKING!!) 4067  山田葵(WORKING!!) 4415

水瀬伊織(THE IDOLM@STER)2891   高槻やよい(THE IDOLM@STER) 4998

水菜子(花咲くいろは) 4108   鶴来民子(花咲くいろは) 5200

星井美希(THE IDOLM@STER)5630   菊地真(THE IDOLM@STER) 2846

小阪ちひろ(神のみぞ知るセカイ) 4297 高原歩美(神のみぞ知るセカイ) 5103

安城鳴子(あの花) 4864   鶴見知利子(あの花) 4440

如月千早(THE IDOLM@STER)4878   三浦あずさ(THE IDOLM@STER) 3886

エリュシア・デ・ルート・イーマ(神のみ) 6783 ハクア・ド・ロット・ヘルミニウム(神のみ) 6201

綾波レイ(新世紀エヴァンゲリオン) 6897 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル(魔法先生ネギま!) 6065

川島みなみ(高校野球女子マネージャー) 3396 湊智花(ロウきゅーぶ!小学生) 9069

木之本桜(カードキャプターさくら) 6524 ちぃ(ちょびっツ) 5118

めんま 5993  いか 6174


など。

2011-05-19

ゼロ年代に「オタク正史」を書けた批評家本田透

このエヴァ騒動によって一時、オタクは「萌え」と「サブカル」に大分した。「萌え」系オタクは、エヴァでいえば綾波レイ惣流・アスカ・ラングレーなどの萌えキャラハァハァしていた純粋オタク系統であり、「サブカル」系は、オタクよりも恋愛資本主義の側に擦り寄ってオサレ系を目指した連中だ。


だが、あれから数年、どうなっただろうか?


 そう、サブカル市場として成立せず、萌え市場けが拡大したのだ。サブカルは短期間で事実上滅び、講談社ノベル雑誌ファウスト』のような「半萌え・半サブカル形態によってかろうじて命脈を保っているばかりとなった。

これは当然の帰結といえる。


オタク文化そのものが「二次元>>>>>>>>>>三次元」という前提によって威力を持てる妄想文化である以上、サブカルが「三次元>>>>>>>>>>二次元」とやらかしたら、オタクの大勢がサブカルから離脱するのは時間の問題だった。

本田透電波男』2005,(引用文庫版(p.566)))


この「サブカル」ってのを「一部の批評系」にしたらしっくり来る。

萌えオタ罵倒してフニャフニャ主義だとか言ってた本人が、いざ容姿を出すと初音ミク痛車よりも映像映えしないリア充ならぬリアル三十(さんじゅう)だったり、映像だと(字幕の向こうの群衆におびえて)大人しくなりキャラ崩壊してたりとゼロ年代批評はいろいろありました

電波男』は要するに「萌えには階級格差を無化する力があるんだ!」という本です現在は『はがない』『IS』『けいおん!』など、良かれ悪しかれそうした表現が主流になりつつある。いかにも小泉構造改革以後の空気感みたいなのと関連付けやすい『カイジ』や『ウシジマ君』は有名になったけれど、なぜ彼らはアイドル(=偶像)になれなかったのだろう。



代わりにネットオタク偶像となったのは『初音ミク』や『アイドルマスター』や『ラブプラス』それに『けいおん!』だった。

そして社会に出て自らの文化アイデンティティを主張できたのは、『スクールカースト』ではな痛車聖地ローソンだった。そこにある想いは「余暇時間まで勝ち組・負け組意識させられ自己啓発されるのはキツい」というあたりまえのものだろう。

それすら許せん、となにかと理由をつけて萌えオタ罵倒してた件の人物は映像に出たらしょぼしょぼで(以下略

映像まとめサイトが「差異化ゲーム厨」への抑止力になるならば、少なくとも差異化ゲーム厨が野放しな環境よりは良いと思う。まあともかく萌えからフニャフニャ主義への流れなんてなくて、フニャフニャ主義こそむしろサブジャンルに過ぎないっつうか、萌えだけで刺激が足りない時に触れる程度。



ようするにゼロ年代は「差異化ゲームの思想」ではなく「無関連化する思想」が勝利した2005年の段階でこのことを説明し得た『電波男』は、フニャフニャ主義本よりもよっぽどゼロ年代の「正史」を正しく語っている。

2010-12-03

もしネルフの住人が心療内科受診した

全員キチ●イだらけのエヴァを見て、

こういうタイトルの本無いかなーと思って検索してみたら

ちょっと違うけどあった。


http://www.amazon.co.jp/gp/product/4838721684/


シンジノルアドレナリン

 「闘争と逃走のホルモン

 逃げられないときは、とことん父親を責める・・・。 

 逃げちゃだめだ、逃げちゃダメだ で有名ですよね。

 攻撃か沈黙二者択一的なところが、

 なんか、自分と似ています・・・。

 恐怖政治が続くと、ノルアドレナリンが分泌されまくり枯渇します。

 すると、うつ病になります

惣流・アスカ・ラングレードーパミン

 「モチベーションの源」

 いつもテンションたかく、明るく、困難にもめげない娘ですよね。

 

綾波レイセロトニン

 「癒し

 常に冷静で、命の危機でも冷静です

 それでいて、周りを落ち着かせている気がします。

 穏やかとも言えるでしょう。 

 感情に支配されず、感情を支配している理想的な状況だと自分は思います。

葛城ミサトアドレナリン

 「攻撃的」

 大胆かつ勇ましい指令が印象的です

赤木リツコアセチルコリン(副交感神経伝達物質

 「知的

 ときには行動的(交感神経)、ときには沈着冷静(副交感神経)ですよね。

 このたとえすばらしい

渚カヲルエンドルフィン

 「超越的」

 漫画版でもそうでうし、映画版でも最後に神的な

 登場をした彼。

鈴原トウジメラトニン

 このたとえば、本で見てください。

 たとえがすばらしい


エヴァって脳物質無意識意識して

作られたのかも知れないですね。  


つまり、シンジ君たちはこの逆をやればいいということだな。


ドーパミン…………明確な目標を設定し、それにつながる小さな目標を積み重ねなさい。

ノルアドレナリン時間制限を自分で決め、それをプレッシャーにして短期集中型の活動を心がけなさい。

アドレナリン………朝ごはんを摂るようにしなさい。

セロトニン…………朝起きてからの数時間を最大活用しなさい。

メラトニン…………寝る前にPC画面ばかり見ないようにしなさい。

アセチルコリン……やる気が出ないときは、まず行動を起こしなさい。

エンドルフィン……感謝の気持ちを忘れないようにしなさい。

シンジ君は真面目すぎるので、プレッシャーは放棄したいいわけだ。

綾波レイはもうちょっと夜型の生活を送ったり朝寝坊するといいわけだ。

トウジくんはもっと深夜にPCエロ画像検索とかすればいいのね。

カオルくんは・・・宗教の領域だからなぁ。脱洗脳とかすればいいのか?

ミサトさんアスカは・・・はやく恋人ができるといいね

リツコは行動起こしすぎだから、ちょっとサボれ、と。



・・・うん、全部無理だね。

なんというかエヴァの登場人物は脳内物質レベルでどうあがいても絶望であることがわかりました

つまり物語スタートした時点でバッドエンド確定してたってことやね。なにそれ。



あとついでにレレレのおじさんと化してしまった鷲巣先生

リチンとかバリンかいろいろな物質が出過ぎちゃったようです

彼は治療できますか? このままでは死因=レレレ とかいう前代未聞のキャラになってしまう。

2010-11-16

初音ミクラムちゃん綾波レイがごっちゃになっている

うちのおかんをなんとかしてくれ!

2010-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20100916235206

漏れは30代後半だが、いつも「オタクコスプレ」をしている。

綾波レイTシャツとかあたりまえ。ロン毛を後ろで束ねてる。

でもモテるというか好かれるというかメールの返事に困ることがある。

こんな時代がやってくるとは、中学自分に教えてやりたい。

まずお風呂に入らないことから始めてはどうだろうか。

でも標準で人から好かれる機能が備わってるんだと思う。

2010-08-09

アニメ漫画にある「女の子物語」の主人公は、大雑把にいって2種類である。

説明のため、ひとつタイプの名を、仮に社交型とする。


特徴

・皆から愛される人気者。社交的。

・食べる事が好き。空腹になると不愉快になる。

・集団の中で、無意識にいいポジションにいる。

・好き嫌いがはっきりしている。

・判断の基準が「好き・嫌い」 清濁合わせ飲むタイプ

感情の起伏は激しいが、後に残らない。

アイドル顔。

・原色やパステル系の色を好む。

など。


もうひとつタイプの名は、仮に神秘型とする。


特徴

・控え目。自分意見より、人の意見を優先する。ゆえに病気ストレスなど、生理的な影響を受けやすい。

・生活感がない。

自分の嫌いなものははっきりしているが、好きなものは曖昧。たとえば、「何を食べたい?」と聞かれても答えは返ってこないが、「これは食べたくない」は、すぐ答える。

・ ほっそりとしている。

ファッションセンスがよい。

・清潔か不潔か、自分なりの価値ラインをもち、不潔については、過剰に反応する。

・「あんなことをさせてしまった私が悪い」「こんなことを気にする私が悪い」と、言いがち。

・人の感情の波を和らげる力がある。

など。


こういった女の子が、主人公や、主要登場人物になりやすい。もっとも、中学生向けあたりから、そう単純にはいかなくなるのだが。

社交型と神秘型は、陰と陽である。


話はそれるが、例えば綾波レイ長門有希など、なぜか神秘型は、「男の子物語」に、登場することが多い。

神秘型の女の子に引かれやすい男の子タイプがある。仮に職人型とする。


特徴

・集中している感覚が好き。

・独断と偏見が強い。自分の中にある善悪概念で白黒つけるため、敵味方がはっきりしている。

・完全主義者。過剰なこだわり。

・こだわりが非常に強いが、自分に興味のないものは、まったく興味が持てない。オール・オア・ナッシング

・面倒見はよい。頼られると嫌いな人でもほっておけない。仕切り屋。

・執着心や持続力が強い。

睡眠は短くて深い。

・狭い場所を好む。


神秘型というのは、自分感情を廻りの人物、特に主人公に流されやすい。自分自分感情を、よくわかっていない、ともいえる。

彼女の事を、もっと知りたい」と職人型が思っても、女の子本人も、自分の事を、よくわかっていない。それゆえ職人型の男の子は、神秘型の女の子にハマる。


話を元に戻す。

アニメ桜蘭高校ホスト部」の話をする。原作漫画の方ではない。アニメの主人公は女子高生藤岡ハルヒ。他に6人の男の子が登場する。この作品、主人公のハルヒが、何を思い、何を考えているのは、ほとんど描かれない。彼女について考えたりするのは、廻りの6人である。主人公の女子高生藤岡ハルヒは神秘型である。彼女内面が描かれたと思われる「不思議の国のアリス」を連想させる回があった。あそこまでしないと、自分の願望がわからない、と捉えると、少し可哀想な気もする。

アニメでは、須王環と鳳鏡夜とハルヒ常陸院光と常陸院馨とハルヒ、の三角関係を描く事が多かった。それ以外の組み合わせだと、恋愛というよりコメディー色などが強くなっている。

須王環と鳳鏡夜は友人である。

常陸院光と常陸院馨は兄弟である。

埴之塚光邦と銛之塚崇は君主と臣下である。

最後の2人は、傍観的な立ち位置にいたので省くが、三角関係を描く時、「どちらを選んでいいか、わからない」「どちらを選んでも、おかしくない」という人選にしないと、うまくいかない。このアニメ場合、「友人」と「兄弟」の二つを使って、三角関係を描いた。

三人の関係ではあるが、須王環と鳳鏡夜、常陸院光と常陸院馨、対照的に描かれていた。太陽と月、昼と夜、どちらが正しいとか、間違っている、などではない。藤岡ハルヒと他二人は、恋愛一歩手前の関係ではある。が、友人対女の子兄弟女の子、といった関係でもある。おまけにハルヒは、自分感情を、よくわかっていない。だが、自分はわかっていないが、他人のそれは、わかるのである。

どのような最終回を迎えるのか、見ていて非常に興味があったが、ダイナミックな一回転で終わった。上から見ると、一回りしただけにも見えるが、横から見ると、一段昇ったのである。らせんうずまきのように。

もっとも、このアニメを、男装した女の子が、男子高校生に囲まれて、学校生活が楽しくなってよかったね、という話で捉えても、何の問題も無い。これはアニメだ、おとぎ話だ。

とはいえ、である。

私はフェミニズムジェンダーの人ではない。けれど、あまりに男にとって都合のよい女として描かれている。男装をしているため、女の友達がいない。ドラえもんの、しずかちゃん状態である。男装をしていると、特権階級の一員として扱われるが、普段、女の子の格好をしている時は、貧乏人である。こうして文章にしてみると、楽しいものではない。

父親はニューハーフであり、バイセクシャルである。典型的オカマ口調であり、女性連想させる。弁護士だった母親とは死別ている。が、回想シーンなどで登場する時の姿は、まるで父親のようである。その母親の後を追うように、娘のハルヒ弁護士を目指している。これが、父親と母親を逆転しただけなのか、別なものなのかは、今は触れない。

想像というより妄想ではあるが、ハルヒ性格を考えると、恋愛よりも、進学、卒業して働くこと、喰いっぱぐれない事を優先しそうな気がする。「お金持ちだから」という理由はあるものの、男の子達の意識に、そういうものがあるのだろうか。私には見えない。彼らに稼ぐ能力が無い、といっているわけではない。「お金はあって当たり前」と思っているように見える、といっているのだ。けれど、「結局女の子は、最後は王子様と結婚するものさ」とのん気に思っている男の子の側と、「それよりも、まずはひとりで食べていけるようにならなきゃ」と思っている女の子の側の、深くて暗い溝が、ぼんやりと見えるのは考えすぎだろうか。

この作品は、「女の子物語」ではあるが、「女の物語」ではない。女の子は、いつかここを卒業していく。いかねばならぬ。

神秘型を物語に登場させた場合、本人よりも廻りの人物が、彼や彼女について、多く語る。自分が語らない事で、キャラクターとしての内面が描かれる、という使われ方が多いように思う。さらに、神秘型の人物を語ることで、その人物は神秘型の彼/彼女を、どう思っているか、がわかる、という仕組みになっている。神秘型にモノローグは似合わない。させるとするなら、ポエムとして、だろうか。神秘型は、謎にしなければならない。

2009-12-28

うたの所有格。

何か本当に増田綾波レイみたいに意味深そうな台詞を一言だけつぶやいて去って行く人が住み着いているようだから口説いてみようか...。

ウソ。男だったらどうしよう(笑)

音楽業界は厳しい」というのは流石に言うし、思うが、だからといって「〜が売れない」とは口が裂けても言えない。

まぁ、他人事じゃない。聞けなくなるのはつらいから。というのがその理由ね。

ウェブでの配布と著作権コンフリクトを起こしているのは伺えるんだけど、

「うたは実際に誰の物か?」というのは、簡単なようで難しい問題だ。

だが著作権を持ち出せばこんなの簡単だ。ペーパー上の問題になる。

明らかに作者の所有物であり、企業の所有物である。それを一先ず破棄してみよう。

「何をうたっているのか?」もうそれは愛する人へとか...。月並み過ぎるな。

それより前。演歌ぐらいだと、土地だな。土地擬人化する。

失地。故郷と言うけれど、先の「売れないとは口が裂けても言えない」とはホントそんな感じ。

時に世代。時代で区切る。「70年代の〜」とか。青春時代ノスタルジー

だけどそれは成れの果てだ。その時代ではそんなんじゃなかった筈だよ。

ジャズは大人の音楽だ」というのはフカシだからね。若い黒人がメッチャクチャな音楽をやっていた所に好事家が集まっただけ。

何か霧散してきたが、結局”うた”とは非在の響きであるという。その個性とは裏腹に、個人の所有物であることをことごとく否定する。

「ならばうたわん。我らの歌を。」カラオケで他人の作った曲が自然に歌えるのは、他人の物であって、自分の物であるからだ。

あとねぇ。何だ?「売れない」と言いたく無いのは「売ろうとしてない」と思われたく無いからだよ批評家君!!

2009-12-16

高校の頃、同級生から「お前はオタクだ」と渋い顔で認定されてから、自分オタクなのだと何となく意識しながら生きてきた。

そのときのその子の態度、口調、表情の端々から、非難の色が滲み出ていたので、オタクとは一般的に肯定されないものなのだと感じた。

それからオタク趣味を表にせずに過ごしてきた。

普通女の子の生活って面倒なものだな、と思いながら大学時代を乗り切った。

そうしたら段々とオタク趣味は薄れていった。だけど消えはしなかった。だから”自分オタク”という意識も消えなかった。

大学卒業し、正社員じゃないにしろ社会人になり、オタク趣味が始まった中学時代の友人らと久しぶりの再会を果たした。

彼女らは更なる進化を遂げていた。進化しすぎて前が見えない。


まず、ネットで用いられている言葉を当然のように用いる。

ちょwおまww とか、~~ですた、など、風化しつつある言葉も当然のように用いる。

また、「俺の嫁」という言葉を多用していた。

自分が女ならばそこは婿じゃないのか、という突っ込みはしなかった。

伴侶にしたいと思わせるほど魅力的なキャラクターに用いる常套句のだし、

何より「俺の婿」もしくは「私の婿」じゃ語感が悪いのだろうと勝手に思うことにした。

彼女らの嫁は複数いる。好きな作品が出来ればそれだけ増える。多分半年に1回くらい増えている。

果てなく増える逆ハーレムが羨ましいことこの上ない。それだけ惹かれる人物に出会えるのは素敵なことではないだろうか。

(しかし、嫁になる基準のひとつ、そしてもっとも大きな基準を担当声優とするのは頂けない。

これは彼女らが声優オタクになった頃から思っていたのだが、担当声優があの人だからこのキャラクターが好きというのは失礼なのではないかと思う。

キャラクター自身は勿論、その作品を作った方々に対して、そして担当声優の方に対して。

「リナの声が林原さんだから、声優が同じである綾波レイが好き」と以前友人が言っていた。

どちらも作品の中で段々と魅力を増していったのに、声優が同じだから好きだという。ましてや、この2名の場合は性格がまるで違うのに)

友人の一人はこの3月まではニートのような生活をしていたが、やっぱり昔からの夢を追いたいからと言って、4月から声優の育成学校に通い始めた。

また別の友人は、パートで働きつつ、地元イベントmixiなどで企画されたオフ会に参加。今はダンス情熱を燃やしているようだ。

布代に給料を費やし、寝る間も惜しんでコスプレ衣装を作り、イベントがある度にその姿を披露する友人もいる。


正直、今の私には、イベントに行く情熱すらない。欲しいゲームを買って、遊んで、感想を書き込む。それだけで精一杯だ。

このように、未だに色々と活動している友人を見ると、私はそこまでオタクではないのか、と錯覚する。

そして、自分趣味のために生きられる友人らを羨ましくも思う。

少し前まで、私はこの友人らを、自分未来をまともに考えない人たち、と馬鹿にして、見下していた。(自分だって同じ穴の狢のくせに)

だけど、オタクな話をする友人らは心底楽しそうだった。

私は楽しくないわけではなかったけど、彼女らほど楽しめてはいなかったのではないかと思う。

先日の忘年会の際、上司に「若いんだからもっとはっちゃけろ」と言われたが、こういうことなのだろうか。

自分未来が怖いから、色んな勉強をするより、今楽しめることを楽しんだ方がいいのだろうか。

(だけど、今を楽しむと後悔することになるのは経験上よく分かっている)


彼女らの生き方を羨ましく思うけど、だけど私は彼女らのような生き方は出来ない。同じオタクでも。

そう考えたら、自分がとてもつまらない人間のように見えてきた。それでも今を楽しんでリスクを増やすような生き方は出来ない。

私にとってゲームを初めとするオタク趣味は、心身を癒す「ただの趣味」だけど、彼女らにとっては「生きがい」そのものだ。

私と彼女らの違いは、たぶん尊重するべき違いだ。

私がオトナのふりをして、もっと将来のことを考えなさい、というのは失礼にあたることなのだろうと思う。


帰りの電車の中で、友人の1人私に言った。

「今からでも夢を追っていいんだよね」

私は答えた。

「夢はいつから追ってもいいものだよ」

この言葉には、「失敗した際の後始末を全て自分で出来るのならば」という枕詞がつく。

彼女がこの言葉に気づかないことを願うばかりだ。

2009-10-06

中田氏。おめでとう。

http://anond.hatelabo.jp/20091004232244


中田氏、おめでとう。

39歳、おめでとう


「僕は僕が嫌いだ」

「でも、中田氏できれば好きになれるかもしれない」

「僕は中に入れてもいいのかもしれない」

「そうだ、僕は僕でしたくない」

「僕は僕でしたくない」

「僕は中に入れたい」

「僕は中に入れてもいいんだ」


テロップ

『嫁に、ありがとう』

『ホロに、さようなら』

『そして、全ての非モテ達に』

『おめでとう』

2009-08-15

綾波レイ

 実物空間での、『会話したことの無い憧れの女性』を表現している。会話したことの無さが、表情のなさとして表現されている。

 物語空間重要な位置に立っているのは、思慕の強さのため。

碇ゲンドウ

 実物空間では「僕」にとっての部活動の先輩であることは、劇中で碇シンジと同居していないことからわかる。年長者としての権力をフルに使って愛しのあの子(=綾波レイ)を奪ってしまう。

 部活の先輩は父の幻影を背負っているが、ゲンドウはその父の幻影を本当に父として物語空間に描かれてしまったもの。

碇シンジ

 実物空間における、視聴者幼児的な万能感を持ちながら、無能さにも気付いている『僕』。

 物語空間では、幼児的な万能感が、チェロ演奏能力エヴァンゲリオンを操縦する能力として現れている。

葛城ミサト

 シンジの行動の良し悪しを判定する指導的な親の役割をしていることからわかるように、実物空間において、ミサトは「僕」にとっての父である。加持リョウジとの性的な結合(=アンドロギュノス)や、彼と同じく人類保管計画発動前に死亡することから、彼とは実物空間では同一人物であることがわかる。アスカ的な性的積極性を持っているのは、作り手の単なるイタズラ。

加持リョウジ

 実物空間における同一人物(=葛城ミサト)が持っていない父的な外見を、物語空間で描いたもの。実物空間では、「僕」(=碇シンジ)の父親。

惣流・アスカ・ラングレー

 猥談により、性交というファンタジーは実在するらしいと「僕」は信じている。友達から、それは確からしいものとして聞かされている。

 しかし、内気な性格のために、「僕」と女性の間には距離がある。物語のなかで性交を実現させるために、グロテスクなまでに性的な積極性を持った存在、それがアスカ

 実物空間ではアスカは、友達の恋人という疎遠な存在でしかない。

2009-07-13

この前テレビでやってたエヴァ見たけど

社会現象巻き起こしたアニメだっていうからどんなもんかと楽しみにしてたのにかなり拍子抜けした。

使徒って結局何か分からんし、最初から最後まで「で何…?」な感じで終了した

なんか小難しいイメージあったけど、実際そんなこともなくて、「それっぽい」言葉匂わせてるだけだったし。

色々無理ありすぎないか?なんで突然つれてきた子供を突然乗せてんの?そりゃ主人公も逃げたくなるだろっていう

「逃げちゃだめだ」って台詞は有名だったから知ってたけど、てっきり主人公はものすごいダメ人間なのかと思ったらとんでもなかった。そりゃありゃ逃げたくなるだろよ。

13の子供に重大すぎる任務負わせる割に、誰一人主人公のメンタル面を専門的に見てやってないし、グダグダじゃん。

綾波レイも期待してたけどなんかイマイチ……

別に特に魅力感じなかった

正直長門の方がいい。っていうとゆとり満開だと思われるだろうけど、張り合ってるわけじゃなくマジで綾波のどこがいいか分からなかった。単なるメンヘラじゃないの?あれ。可愛くないし、別に。なんか綾波だけじゃなく、全体的に、まあ年代的にしかたないんだろうけど「無駄に」鬱々した雰囲気とか、メンヘルっぽい、病んだ空気が流れてたけどそれ自体苦手。みんなで鬱々鬱々して、ダメなんだ…ダメなんだ……みたいな感じが、正直すげえ鬱陶しい。勝手にやってろ、って言いたくなる。



けいおん!のほうが好きだわ。

なんかエヴァって一度見たら充分っつー感じ

けいおん!は何度も見返したくなるけど、エヴァはそうならない

まあそういうものなのかもしれないけど




追記

ブコメとか見たけど、別に古いのを受け付けないわけじゃないよ。白黒映画でスキなもんはたくさんある。エヴァファンは批判されて悔しいからそういうことにしたがるのかもしれないけど、残念ながら単純に「つまらない」ので言ってるだけ。

確かに当時の技術としては凄かったんだろうねってのもあるけど、そういう「当時ならではの技術」って結局、その時しかウケないんだよね。結局そこが凄かったんだっていうなら、本質的な凄さじゃなかったってことでしょ。技術が全然ダメでも、今みたって面白い数十年前のドラマとかあるわけで。


それと長門綾波がいたからこそじゃんてのは言われると思ったけど、ぶっちゃけそれが何?て話。何がいたからこそ、って言い出したら全てがそうでしょ。俺たちだって先祖がいなきゃ生まれなかったけど、だから何よ。それと作品のよさ、キャラクタの良さは別問題でしょ?綾波本来のキャラの魅力じゃなく、「綾波恩恵」で言い負かそうとする時点で、負けを認めてないか?「エヴァはこうこうこういう事を成し遂げたから、社会現象になったから」ってそこに頼る文面ばっかりでうんざりだ。そんなところでしかアニメの良さ語れないなら俺が言うまでもなくエヴァなんか終わってるじゃね?

2009-07-07

THE END OF EVANGELION」の感想集 2

http://anond.hatelabo.jp/20090707100038 の続き

 弐拾六話では全ての人とあっさり和解でき、すんなり受け入れられた。
しかし世の中そんなに甘くないというか、実はそれこそが自己中心的世界
と言える。もっとリアルに描いてみよう、というのが26話ではないかと。

 何故なら「本質的に解り合うことのできない他者が存在する」というこ
と、他者を認識するとはそもそもそうしたことである筈だったから。庵野
氏の構図で言う幻想世界の内部において、シンジはどうしてもそのことを
容認できず、他者を理解できないまま、自分を理解するよう他者に縋り続
けた。補完計画が完成し、群体から単体に還元され、全てを包含レイに
抱擁された時点で、彼はやっとそのことに気付いた。
 ラストアスカを殺そうとしたのは、アスカが正に他者であることを、
彼が遂に知ってしまったから。でも結局殺せないし、前のようにエヴァの
胎内に逃げることもできない。そこは既に第弐拾六話の月面と同様に、後
戻りの聞かない場所、補完が導いた現実世界。・・・

 なんと、エヴァと融合し全てのヒトを包含した神が、人一人殺せず、孤
独に耐えかねて泣いているんです。
 私はここに最高のユーモアカタルシスを感じました。こんなに見事な
ラストは、これまで観たことも読んだことも恐らく無かったです。(^-^)
宮村優子さんのラジオ発言とか最近目にするようになった彼女の雑誌のコメント
を見ると、宮村さんは今回の劇場版をお気に召さなかったのかなとも思います。
自分でも「なかなかのモノが出来た、俺の選択って凄いぜ。フフン」と庵野監督
が思ってたのに、いざ、脚本を渡したら宮村嬢からの冷たい反応。それにショッ
クを受けてああいったラストにしたのかな(^^;?
無責任な憶測ですけど
 あのラストシーンは,シンジが選んだこの世界が決して「気持ちのいい世
界」ではないことを辛辣に描いていました。しかし同時に,そこには絶望だけ
でなく,わずかな希望もあることをも示していたと思います。


 希望アスカの手,シンジの涙。 
                  そして,『会いたい』という気持ち。
 ラストシーン絶望的。シンジはほんの少しだけ変わった。もうひとり、ほ
んの少しだけ変わったひとがいるみたい。でも、その「ほんの少し」への一歩
のなんて遠いこと。2人は、まだ変わっていないみたいに見える。だけど、絶
望は希望の裏返し。これからどうするか、それは、私たちに委ねられたのかも
しれない。
  ひとつだけ考えられるのは、シンジ物理世界に戻ろうと決意したのをアスカ
  も知っていて、そんなシンジとだったら一緒にいても良いかな、って思ったの
  かも知れない。
  でも、砂浜で再び自分の首を絞めてる彼を観て「ああ…やっぱり何も変わって
  ないんだな…」と思っちゃったとか。
 寂しいことを言ってしまえば、アスカにとって、自分のために泣いてくれた人
を身近で感じたのは初めての体験だったのかもしれません。初めてで慣れてない
から、「気持ち悪い」のかも。
庵野監督は最後までアスカの扱いに困ってしまったようですね。その苦悩がラス
トシーンにも出てしまったのでしょうか。「おまえがいるから滅茶苦茶になっち
ゃったんだ~!」ってね。でもその存在を消せない(笑)
 嫌悪も一つのコミュニケーション。心の壁は現実そのもの。
 そして、今までと同じ、自我と、人を代表とする非我との戦いがつづく。
 何度もそれを確認しながら、幸せにも不幸にもなれるラストだったと思います。

 ラストシーンアスカ。第1話のレイと同じ場所に包帯を巻き、首を絞められな
がらもシンジの頬をなでる。
 これって、つまりアスカの中の“母性”を表してるのかな、と思いました。綾波
レイは「母」のメタファーそのものと言っていいでしょう。そして、シンジの側に
横たわっているアスカレイと同じ姿であることは、彼女もやはりシンジを優しく
包み込む“母性”を内に秘めていることを意味しているように思えます。その後の、
シンジの頬に触れる行為も。

 しかし、彼女最後の言葉は「気持ち悪い」。シンジを拒絶する言葉です。これ
は“14歳の女の子”として、「私はあんたの母親になる気なんて、今のところ、
さらさら無いわよ」と言ってるんじゃないでしょうか。「あんたが何を求めてるの
か分かんないけど、受け止めてあげる気なんてないわよ。余裕もないしね」と。ま
あ、あのシンジ-自分を傷つけるかもしれない他人を殺すこともできないで、ただ
しゃくりあげている-を受け止めることなど、14歳の少女に過ぎない、もちろん
自身それなりに問題を抱えているアスカに、できるわけないでしょう。たとえ“母
性”を持っているにしても。むしろ、一方的に求める方が酷です。(さらに、相変
わらず求めるだけっていうのも、また問題だ)。

 しかし、将来的には彼らがどう成長し、変化するかは分かりません。そういう意
味では、もう多くの方が感想に書いてますが、「これから」を感じさせてくれるラ
ストシーンではありました。もう語られることのない物語の続きの中で、彼らは彼
らなりに成長していくのでしょう。
不快感(=気持ち悪い)」というのは、赤ん坊が最初に感じる感覚だということを聞いた
記憶があります(←記憶あやふや)。そうでなくとも、「気持ちがよくない」という感
覚は、まぁ、「夢」だとか「望んだ世界」ではなく、「現実」を示唆しているのかな、
とも深読みしましたが・・・深読みしすぎかな?
 シンジアスカは、それこそお互い誰でもよかったんだと思います。憎む相手も
愛する相手も。でも、自分を互いに真正面からぶつけ合った過去が、二人には出来
てしまった。互いに、相手に対する憎しみも、相手が欲しいという気持ちも、相手
を拒絶する言葉も告げてしまうほど、互いの気持ちを相手にぶつけた。そして、そ
の憎しみも欲求も、おそらく今後の彼ら自身の心を強く拘束していくでしょう。
 ラストシーンで、くびを絞め、瞳を動かし、頬をなぜ、涙を流し、気持ち悪いと
つぶやいた二人は、それこそ、愛よりも深い、憎しみもかなわない、たとえ離れて
も、ひととき忘れても、もう互いの心の一部そのものにまで結びついたように見え
ました。

 One more final:   I need you.
 
 もう一つの終局もすべてのおしまいではありません。英語のタイトルは『私はあ
なたが必要である』でした。
 そして、皆に等しく、同じ戦いが、始まり、続きます。
 でも生きてさえいれば、幸せになるチャンスはどこにだってあります。だって生
きてるんですから。

 愛よりも深く。
 夏の映画は誰も他人を受けいれられなかった二人が、とにかくも深く結びついて、
そこから再び、同じ戦いが始まる、終局であっても、何も解決していない、ラスト
でした。
シンジ内面に問いかける声も、もはや静かなレイの後ろ姿ではなく、アスカの
赤裸々な罵倒へと変化しました。「お願いですから、もう電話してこないで下さ
い。」「よりを戻すつもりは更々ないの。」「その、やっぱり、友達以上に思え
ないの。」「ハッキリ云って迷惑なの。」「これ以上付きまとわないで下さい。」
これらのセリフ作品の展開からは伺うことができない以上、庵野監督自身の人
生から引用してきたものと解釈されます(もちろん脚色を加えているでしょうけ
れど)。つまり、劇場版におけるアスカは、これまで庵野監督を傷つけてきた
「5人の女性」のような「他者」を象徴する役割を与えられるようになったのだ
というのが僕の理解です。
 そうすれば、ラストシンジアスカの首を絞めかけたり、アスカがその後で
「気持ち悪い」と言ったりする寒々しい展開も、すんなりと納得できるのです。
現実の他者は、お互い決して期待通りの反応をしてくれない存在ですから。
 オタク依存を打破するために作ったアニメが、逆にオタク依存の代表になっ
 てしまった苦い皮肉。昨日某アニメショップで見かけた会話。

 「これ買えば」(とシンジ君が表紙のアニメディアニュータイプを指さす少女)
 「えーいゃぁー」(と汚いものでも見るかのように嫌悪する少女B)

 彼女らの心の中にはカヲル君しかいないらしい。作品全体のテーマを見ようとせ
 ず、自分のお気に入りのパーツを使って幻想エヴァを作り上げて固執する。虚
 構からも逃げ続けている。自分以外のエヴァはいらないのだ。そして、そのこと
 を指摘されると過剰に反応し激怒する。「ぱふ」の一部読者はひどいものだ。無
 論、綾波アスカの一部ファンにも言える。
 そういう意味で、庵野さんが「気持ち悪い」と言わざるを得なかったのは良く分
 かる。だから実写を入れてこれでもかこれでもかというぐらいに観客に語りかけ
 た。でもそれは届かない。最も病んでいる人間、庵野さんが最も一言言いたい人
 間は嫌悪する現実ファンタジーに変えて消し去ってしまうのだ。
シンジくんの首締めはちょっと??な気もしましたが
アスカシンジの頬を撫でて「気持ち悪い」は、
頬を撫でるシーン拒否、否定の感情からではなかったと思ったので
集合体としての生命の海から浮上して「こ」の世界の「ここ」にいる
「こ」の自分を認識し他の存在シンジ認識し
「気持ち悪い」ことも沢山あるけど「ここ」に自分と他人が存在
することを知覚認識して噛みしめていると感じました。

いやぁすっかりアスカが主役でしたね。
ここまでアスカ映画になってくれるとは
嬉しい誤算でしたってのはアスカ者の偏見でしょうが。

      とでも思わなきゃやってらんないよなぁ。
かくして、シンちゃんはアスカちゃんのドレイとなり、
一生、幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
                                                       <終劇>
       自分は性的嫌悪感からくる言葉だと思ってるんですけどネ。
       DEATHの新作カットの「ミサトやバカシンジの使ったお
       湯なんて~」の頃には、もうシンジ君が自分の事を性的対象
       して見てる事に気づいていたのでは?このぐらいのお年頃の
       と女性ってそういうのたまらなく嫌だと思うのですがどうで
       しょう?
シンジアスカを殺そうとするが思い止まる。アスカに優しい言葉を期待する
"ファン=シンジ"だが"虚構=アスカ"は"気持ち悪い"と突き放す。

そういうことか?ヒゲメガネよ。
それと映画アスカシンジを否定したのは
(自分の勝手解釈ですが・・)
「シンジアスカの事を、好きで求めているのではないのを、
アスカは気付いていた。なので、コーヒーメーカーに激突させ、
最後に’気持ち悪い’とまで言った」
好きで求めていない、というのは、恋愛感情のみ、でなく、
シンジは弱い自分を何とか持ちこたえさせる拠り所に「強く
見えるアスカ」にすがっていたふうに見えたからです。
アスカにしてみればそんなおかんのような役、あまり嬉しく
ない気が・・・。
 また、最後の台詞「気持チワルイ・・・」ですが、ラストシーンでのアスカ
の様子を見てみると、腕と頭部と目に包帯およびガーゼが当てられており、
これは第壱話においてストレッチャーに乗せられてシンジ君の前に初登場
した綾波レイそっくりの状態で、加えてあの目線から察するに、アスカの
中には、彼女自身の魂や人格に加えて、レイの魂が入り込んでいるのだと
私は感じました。

 いわば、アスカとしてはトラウマを刺激するモノとして忌み嫌っていた
レイの魂が自分の内面において(シンジへの想い故に)融合しつつある
ことについて現在のところ「ケンカカレー」(歳バレ?)の状態にある、
ということで「気持チワルイ・・・」という言葉に繋がったのだと私は考えた
のですが、みなさんはどう思いますか。
あのラストシーンは実はハッピーエンドである。
あの砂浜のシーンは補完直後のシーンではない。
実はその前にシンジアスカを見つけ、傷の手当をし、ミサトの墓を作ると
いう一連のシーンがあったのである。
しかしアスカは何も話さない、何も反応しない病室アスカの状態に戻ってし
まっていた。(偽りの復活)
そんなアスカを不憫におもったシンジは思い余った挙げ句、彼女の首に手を
のばす。
しかしその時、今まで何も反応しなかったアスカの腕が動き、シンジの頬を
撫ぜる。
嬉しさのあまり、涙を落とすシンジ。
更にアスカは言う。
「(あんたバカー、何泣いているのよ)気持ち悪い(わねえ)」

そうあのシーンは「クララが歩いた」パターン感動的なラストシーンなの
である。
しかし観客の期待を裏切る事ばかりを要求された監督は素直に感動的なシー
ンを作る事ができずにあのような解りにくい形にしてしまったのである。
だが安心したまえ、ビデオ・LD収録時には完全版として失われたカット台詞が収録され、誰の目にもハッピーエンドである事が解るに違いない。
(笑)
シンジ監督アスカ・観客に置き換えると、あのラストシーンは
また違った見方が出来ますね。
現実から遊離してしまっている観客を不憫に思った監督真心アスカが無反応だったら悲惨ですね。
それより、もし「気持ちいい」と言われたらどーする(笑)
 シンジ・観客、 アスカ監督ではどうでしょうか?

 シンジ「わーん。こんなEVAはいらないよぉ~。
     謎もあまり解明されてないし~
     そこで気絶してないで、もう一回EVA作り直してよ~」
 アスカ「(まだやれっての?)気持ち悪い....」
1:呼吸困難になった為の気持ち悪い
  えー、シンちゃんに首をギュッとね!(爆)された惣流ちゃんですけど意識
  の無い状態で首を思いっきり絞められては血のめぐりも悪くなり気分が悪く
  なったという、低血圧で良く立ち眩みしてる女の子意見がありました(苦笑)
2:あのセリフみやむーちゃんのアドリブ説
  庵野監督に捧げるアドリブ説(黒い説ですわねぇ(苦笑))という人若干名
3:怪我のために気分が悪い説
  右手の謎の治療跡で判ると思いますが怪我してる場合気分が悪くなるもんです
  (経験者談)
4:2日目説
  ・・・・・・(^^;)・・・・・・
5:観劇してる人へのメッセージ説
  ・・・・・・
 「きもちわるい」。
 他人の体温が気持ち悪いことって、ないですか?
 でも、その嫌悪感を、人は「愛情」で中和させる。
 けれどそれは「無理をしている」のかもしれない。
 本当は、人なんて、生まれてこない方が良かったのかもしれない。

 だけれど、生きている。
 それでも、生きている。
 生きていなければならない。
 
 決して理解できない「他人」の隣で、それでも「一人ではなく」生きている。
 エヴァみたいな「黙示録もの」のラストって、和解・融合、善悪何れかによ
る統一、純粋な荒廃、・・・みたいな一元的な世界の出現で終わるのが相場じゃ
ないですか。これは魅力的だけど、弱点があります。つまり、解り難いんです。
 具体的にどんな世界になるのかが想像できない。私達の周りにあるのは、一
元的把握が通用しない、それこそ「他者」が存在する世界です。争いの無い平
和な世界、とあっさり書くことはできるけれども、そこがどんなところなのか、
人或いは人々が何を考えて生きるのか、よく考えると理解できない。
 放映版の受け入れ難さって、ラストのそういう典型的ユートピアが、観る側
の想像力を麻痺させたせいがあると思うんですよね。

 映画版は、そうした典型から脱したところが凄いと思います。シンジとゼー
レの意思に従って、一元的な新世界を一度は成就しておきながら、シンジの成
長というモチーフを重ねて「その先」を開いてしまった。この点に限れば、黙
示録を越えちゃってますよね。そうして出来上がった「他者の居る新世界」に
は、シンジがその成長の代償として手に入れた、純粋で人間的な憎悪や悩みや
悲しみがあり、観る側として非常に素直に感応できる。これがユーモアやカタ
ルシスでなくて何であろうかと。そしてまたそうした世界を、アスカの最後の
台詞一つで完成したところがまた見事なんですよね。
インパクトのある、出来るだけ短い、どうとでもとれる演出、ということで
ああなったんではないでしょうか。鏡のように、見たいものが見える、見た
くないものが見える、うがった人にはうがった見方が見えるラストシーンだ
と感じてます。
最後にアスカが包帯をしている意味は、
「アスカ自身が女になった」
「シンジにとってアスカが女になった」
という二つの意味を同時に持っていると思います。
「気持ちわる」という言葉には、リアリティを持たす効果と、
触れあいによって「産むことが可能な存在となった」=妊娠イメージを出す効果、
それに、存在が個に分かれていることの実感(喜びも悲しみも)が
表現されていたように捉えられました。
 最後のシーンについてはアダムとイブというよりアジア系神話 洪水で生き残った
兄妹の話(日本のイザナギイザナミの話でもこういう始まりのものもあります)
の方を連想しました。

 アスカの気持ち悪いのセリフですが考えによっては色々とれるセリフですね。
私はシンジと一線を引くセリフと取りました。
(ここから他人としてスタートとして2人の関係はどうなるかという・・・)
この最後はFANが自分たちで考える宿題だと思えました
最後のアスカも女っぷりがよかった!きっと、あれがアスカのやさしさじゃないの
かな?と思った。急にわかったようなアスカになったら余計かなしいもん。
とっても、ハッピーエンドだったと思います。映画みたあと結構すがすがしかった。

気持ち悪い,はよかった。絶望とそれでも幻想を構築しなくてはならないという
意志が感じられ・・・るか? 絶望だけか? 慰めてもらいたいのか?
立派に完結していたと私は感じましたし、救いもあったと思います。
ラストセリフは、生々しい接触も含めてアスカシンジを受け入れ始める、
という言葉ではないのか、と思うのですが。
少なくとも、突き放されて終わったとは感じませんでした。
私、あのシーンは本編に絡まないと思ってます。
庵野のファンに対する愚痴だと思ってます。
ファンによって傷つき首を絞められた「エヴァ」から、
おおよそ倒錯しているファンの一番多いアスカの声で、
ファンに対して文句を言ったんだと思います。 
創世記によればエデンの園では人も含めてすべての生き物は裸で(つまり自分自身
をすべて晒して)いても恥ずかしいとは考えなかった。ところがアダムエヴァが
禁断の知恵の木の実を食べた途端に裸でいることに気づいて恥ずかしくなり、身体
を覆って隠した。このことが神の怒りに触れ、2人はエデンを追放された。
・・・ラストシーンの2人はやはり楽園を追われたアダムエヴァなのですね。
自分の殻(ATフィールド?)を壊すことができなかった(あるいは自分の殻に閉じ
こもって出ることができなかった)シンジアスカだけは結局補完されることなく、
荒廃した世界に取り残された・・。それでもアスカシンジを拒絶するかもしれな
い・・と。
この映画を、人間の内面の描写をメインとして考えると、まさしく、私の好きな
ジャンルに入るんですよね。いっかい、救っておいて、最後にもう一回、落とし
ちゃうっていう。(笑)でも、最後は、あれでよかったと思います。だって、簡
単にシンジが、他人を認め、世界も、そんなシンジを喜んで、迎え入れるで終わ
ってたら(テレビの終わり方かな?これは。)、面白さ半減だと思います。そこ
で、アスカに気持ち悪いといわれて、自分の選んだ世界の厳しさというものを示
して、終わった方が、なんか、心に重ーくのこるじゃないですか!(だから、
ONE MORE FINAL なんだとおもいます。)

  補完中にシンジアスカと、ものすごい勢いで傷つけあいます。
彼は最後には彼女の首に、手をかけるのです。
そこまで他人というのは自分にとって厄介なものなんです。
理解不能ですからね。

  それでも、シンジは「融合」ではなく「他者との並存」を選びました。

  「共生」だとか「相互理解」とか美辞麗句に彩られた根拠なんて、
これっぽっちも示されないのに。
根拠があるのだとしたら、寂しさゆえの「I need you」くらいなものです。
単体になってしまったら永遠に孤独ですからね。
(この辺、あまり自信無いな。二回目を見たほうがいいかな?)

  目の覚めた彼は、隣で寝ているアスカの首を、再び絞めにかかります。
そりゃ、あたりまえです。
自らの選択とはいえ、自分を苦しめる元凶が、
現実に厳然と、そこにいるわけですから。
ほっとくと、こっちが殺されるかもしれませんし。
「他人がいる」─────本当に深刻です。この問題は。

  なぜか生きていたアスカが、そんなシンジの頬に手をやって、
彼に「他者のいいところ」をちょっち認識させます。
苦しみとともに、ヨロコビもまた確実にあるのです。
シンジの手から、力が抜けて、その後のアスカの一言で
「終わらない夏の物語」の幕が引けます。
 アスカの「キモチワルイ」発言は、相当ショックだったのですが、
彼女らしい発言だなとも思います。少なくとも、病院のベッドで
息だけしてる状態で生きている彼女より、ずっといいです。
 「詩編 The End of Evangelion」では、アスカの言葉は、
「あんたなんかに殺されてやるもんですか」が入っていますが・・。
 現実は、そうそう、都合のいいようにはならないんだという事に
通じている気もします。
私が思ったのは、アスカはショックで植物人間状態がある程度つづいており、
(目がサカナだった)シンジはいっそ楽にしてあげようとしたと見えたのです
が。包帯をきれいに巻いてあるところを見るとシンジが悩むに十分な時間はあ
ったのでしょう。(だからエントリープラグから気が付いたらあの場面、てい
う訳ではない。)そしたらもう動かないはずのアスカの手が動いたので、嬉し
くて涙が出た。ついでに「気持ち悪い」という正常なアスカがはくセリフが出
て、アスカが完全復活したという、無条件ハッピーエンドだと迷いもなく思っ
たのですが。
あの最後のアスカ首しめられシ-ンですが、そのあと
のアスカセリフが最後の最後に観客を現実に引き戻すオチ
みたいにかんじました。首しめ、まえふり?みたいな(笑)

 TVシリーズを見る限り、アスカシンジに対して14歳の少女らしい「嫌いだ
けど好き」という心理を抱いているようです(まぁ25話で助けられなかったこと
がしばらくもめる原因にはなるでしょうが)。それゆえに、シンジ腑抜けさに我
慢がならないのでしょうか。ただ、その心理とは別にエヴァパイロットとしての
ライバル意識も強烈ですから、非常に言動もわかりづらくなるのでしょう。

 シンジの方は、ミサトさんレイアスカもいいという宙ぶらりん状態ですが、
考えてみれば男ならたいていは心理的二股、三股は当たり前です。しかし、この中
で本当に可能性があるのはアスカだけなのですから(ミサトは年上過ぎ、レイは・
・・実の所は母、ユイですから)、将来的になんとか努力するでしょう。そのため
に現世に戻ったのですから。

 で、最初のコミュニケーションが首締めと「気持ちわるい」。一種ダークな感じ
もしますが、「他人とのコミュニケーションが最初からうまくいってたまるか」と
いうことであれば、先がどうなるかは・・・
 しかし、あのラスト必然とはいえ悲しい物がありましたね。
アダムにとってイブとは所詮他人であり、殺意を抱く対象であ
り、自分を傷つける存在なわけですから。
しかし、やはり最後はきついです。安易な現実礼賛はもっと嫌ですけれども
あそこにはやはり意地の悪さは感ぜずにはいられません。
少数派なのかもしれませんが、肯定否定はともかく「私の趣味としては嫌だ」
というのだけは間違いないです。こんな人もいるということで、一応、存在
を認めていただけるとありがたいです。
やはり、あれは監督からのメッセージと取るべきではないかと。
月に斜線が入っているように、もうこの「エヴァ」は終ったんだ、
もう人の作品に自分の考えに目くじら立てて攻めるのはやめてくれ、
見る側と自分は「他人」なんだ、そこまで立ち入らないでくれ、攻めないでくれ、
こっちにしたら「気持ち悪い」んだ、
エヴァ庵野の首を絞めるのはもうやめてくれ・・・
そういう事だと私は感じました。いつまでも他人に依存されると気持ち悪いって
事だと・・・そういう意味の、監督の「エヴァは終ったんだ!」という宣言
ではないだろうか。
私はあのラストシーンは
「自分に棘があることも、相手が針を持つことも、
全てを承知した上で敢えて一歩前に進む事が出来るようになった
シンジ君」に成長した、と言う風に考えています。

「気持ち悪う。」の台詞に関しては、あそこから人類の新しい
時代が始まる的な雰囲気(オーケストラが聞こえてきそうな、
とでも申しましょうか。)の中で、劇の中の世界ではこれは
現実なんだ、と言う目的で入れたのではないでしょうか。
(日常性を出したと言った方がいいかもしれません。)
まあ、いわゆるハリウッド的な大円団では無いよ。ってとこですか。
私はいい出来だったと思ってます。
 アスカは「気持ち悪い」よりもその前に差し出した手の方が重要だと思います。
敗北の象徴である同じ右手だというのがヒントでしょう。
 シンジが心象世界ラストシーンアスカを求めて首を締める
シーンはレイプメタファーじゃないかという意見がありました。
確かにそう解釈するとあのラストも非常に理解しやすくなるんで
すよね。
そしてラスト台詞ですが、私はシンジだけでなく、世界の全て(自分も)
に対して感じたメッセージだと感じました。生きていくには気持ち悪い世
界だけど、やっぱり死ぬのは嫌だ、と。そもそもアスカシンジを好きだ
とは思ってなかったのでショックではありませんでしたが、手も触れず、
目も動かさなくてあの台詞だったら、やっぱつらかったかな(^^;)。ともかく、
我が儘を貫き通した監督に拍手!
やっぱシンジアスカの首を絞めたのは、ATフィールドの象徴で
しょうな。人は生まれながらにして、他人を拒絶すると

  
  

2009-07-05

ヱヴァンゲリヲン

ヱヴァンゲリヲンのその後

レイシンジを取り込んだまま凍結されるエヴァ初号幾。

廃棄される要塞都市。幽閉されるネルフ関係者

ドクマへと投下されるエヴァ6号幾。胎動するエヴァ8号幾とそのパイロット

セントラルドグマに幽閉されたリリスはその本来の目的である「物語」生成をはじめた。

ADAMを捕食したゲンドウ

リリスから生まれたエヴァ初号機綾波レイ碇ユイ/リリスの魂)と、碇シンジ(18番目の使途/リリン人類)を体内に取り込み「神」へ続く階梯を昇る。

リリスは「物語」生成により因果律を支配し、時空間に多元宇宙を発生させる。

最終目標リリスを撃破する為にエヴァ初号機セントラルドグマへ。

そこへ立ちはだかるEVA6号機と渚カヲル、月の裏側の地中深くの遺跡から発掘されたEVA8号機とメガネ

超絶最終進化形態差延し続ける碇ゲンドウの三つ巴の戦いの果て、全てを「捕食」する事によってエヴァ初号機は「巨大知性体リリス」を破壊するに至った。

「これで、全て終わる。リリスが発生させた「物語」は多元宇宙内で無限物語と登場人物の役割を変異させながら、様々な形象を持って「君と僕のセカイ」を数多の数生み出してきたが、「君と僕のセカイ」の、全ての始まりを断ち切った事で劇終し、僕(シンジ)は救われる」

シンジ独白後、結局宇宙は無数に分裂したままとなった。

シンジを巡る「物語」は収斂したものの、リリスの暴走によって、多元宇宙はそのままとされ「重力変動源」やら「光の国」やら「蟲と話す少女」程度なら可愛いもので「シュバルツシルト境界面を割ったり」「多元宇宙の先の神」とか「天使」とか「妖精」とか「炎髪灼眼」やら「魔法」とか「FSS」とか「ハードボイルドワンダーランド」とか「浮虜記」とか「古事記」とか「日本書紀」とか「聖書」と「カエサル物語」なんかが生まれた。

でも、その全ては「巨大知性体リリス」の記号的限界に直面している事が後に解明された。それらは東洋の島国に棲む少数民族が太古の昔に使用していた「言語」で書かれていたそうな。。

エヴァ日本文学宗教の融合の果てに「物語」の統合を図る「物語」でした。

2009-01-13

オタク趣味の人たちばかりの職場にいたときの話

しがないプログラマーやってるんだけど、3年ぐらい前にオタク趣味の人たちばかりのチームに配属された。

休みに「長門有希なんて綾波レイパクリじゃねーか」とかで大激論していた。

全く話に付いていけなかった僕は、その二人はアニメキャラクターで、そのアニメYouTubeにあると教えてもらった。

(当時のYouTubeには、エヴァンゲリオンハルヒも全話アップロードされていた)

YouTubeでそれぞれ1話だけ見たが、よくわからなくて2話を見る気にならなかった。

それ以上に、「たとえ全話見たとしても、あの人たちの会話には入れないんじゃないか?」という思いが強かった。


芸能人の話題と言ったって、ドラマを全話見る必要ないし、サッカーの話題と言ったって、毎週ゲームをチェックする必要も無い。

名場面や名試合をネットでざっとチェックすれば会話に入れる。

でも普通の人がオタクの人たちの会話に入るにはかなり敷居が高いと思う。「プリキュアの黄色ってかわいいっスよねー」じゃダメなんだ。


結局そのチームには半年ぐらいいて、毎日のようにアニメ談義を聞かされたが、覚えていることといえば「昔、長門という戦艦があってアメリカ核実験で沈められた」ことぐらいだ。


http://anond.hatelabo.jp/20090113030035

http://anond.hatelabo.jp/20090113093700

オタクってのは本編だけに詳しい人を指す言葉じゃ無いと思うよ。

例えば綾波レイで話しを進めるならば、コミックエースだのトレーディングカードなどなんか見ると

プラグスーツ(って言うんだっけ?)と制服以外にも、デザイナーデザインしたり既存ブランドから選択したオサレな服を着たりしてるだろ。そういうところから服飾業界考察して実際に服屋に足を運んだりテレビファッションショーやってたら見るなりして世間とコミュニケーションをとっていくことは可能だと思うのよ。

んで他人と話すときは、綾波という入り口だけ伏せて。

2008-10-06

綾波レイ 痛車

http://akibanana.com/?q=node/1196

写真のってるんだけど、すごいね。多分有名なんだろうな。

綾波レイ 痛車」で検索して出てくるのとはまた別のみたいだけど。

画像検索したら少しだけこの車と思われるものがあったけど、だいぶ変わってらっしゃる……。


ところで痛車プライバシーというか、なんというか、そのあたりってどうなってるんでしょうか?

2008-09-12

惣流・アスカ・ラングレー後藤真希高校生頃)or沢尻エリカor榎本加奈子(昔)

痛いニュース(ノ∀`):「もしもヱヴァ実写化するなら?」 アスカ役一位はしょこたん

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1174072.html

えーーーーーーーーーーーーー

<私の中vr>

碇シンジ: ?

綾波レイ: 堀北真希or香椎由宇

惣流・アスカ・ラングレー後藤真希高校生頃)or沢尻エリカor榎本加奈子(昔)

葛城ミサト木村佳乃or松嶋菜々子(昔)

赤木リツコ:黒木瞳(昔)orリョウ(昔)or小雪

碇ゲンドウ:?

碇ユイ:石田ゆり子

冬月コウゾウ:橋爪功

伊吹マヤ:?

日向マコト:?

青葉シゲル:?

加持リョウジ:韓流俳優 (オオカミの誘惑チョ・ハンソンみたいな目つき)

渚カヲル藤原竜也(昔)

鈴原トウジ:?

相田ケンスケ:

洞木ヒカリ


こう考えてみると俳優の顔って思いつかないな・・・。

上のほとんど顔による印象です(苦笑)。

レイは本当はもっと薄い顔立ちの方がいいんですが

(上の二人は目がすごくぱっちりしていて大き過ぎるから)。

2008-03-25

萌えってなんだろうな?

最近、自分にとっての萌えってなんだろうと考える。

桃井かおり中森明菜のようなけだるいキャラも好きだし、木村カエラもいい感じ。

清水ミチコも好きだ。

一方で、嗣永桃子のような鉄板アイドルにも萌え萌えだ。

しかし、綾波レイに対する感情だけは特別なのだと感じる。


海老ちゃんとか押し切りもえあたりは、死ぬ程嫌い。

2007-11-16

http://anond.hatelabo.jp/20071116064415

ヒント:綾波レイにとっての「笑い」という感情。

2007-10-26

アニオタがここにも。

 父がエヴァはまっているらしい。

 金曜はレンタル半額だとかで、3つ借りてきたよーとほくほくしていた。


 きっかけは妹がはまっていたラーゼフォン

 無理やりDVDを見せられ、全然わけがわからない・話が読めないと言っていたのに克服(?)したあげく、流れでエヴァにたどり着いたらしい。

 曰く、「エヴァはねー若者には難しいかも。大人のおじさん向けのアニメだよ」

 そーなのかー?w私はエヴァについて綾波レイハルヒ長門、といった程度の知識しか持ち合わせていないので、真相は分からないが。


 そんな父の職業校長

 今度開かれる生徒向けの進路集会では、某宮崎アニメをとっかかりに話を進める予定らしい。

2007-09-10

オタクじゃない俺がエヴァを語る

高校二年の夏休み、たった4日間でエヴァの全編が放映された。

エヴァはそれ以前から何かで放映されていたんだろうけれど、

今でもそこら辺はよく知らない。

そんな俺がエヴァにはまる4日間。


当時、進学校に通う俺は、

今まで好きだったサッカーをやめ、

徐々に受験勉強を始めつつも

のんびりとした高校生活を送っていた。

もちろん、彼女なんていないぞ。

当然、夏休みは特に予定がない。

せいぜい塾に行くか、プレステをやるくらいだろう。

それでも暇が苦痛じゃなかったのは、高校生だからだろうか?


そんな生活を送る中、あの4日間は衝撃的だった。

あれを見た後、夏休みノスタルジックなものに変わった。

いったいなぜ?

今でもそれはよくわからない。


エヴァ純粋に面白いアニメだった。

不気味な使徒がどこからともなくやってくる。

そして、頼りないポンコツロボにハラハラさせられる。

使徒ってなんだろう?どこから来るんだろう?」

「まだ秘密秘密兵器はあるのかな?」

謎めいた設定がいっぱいあって、好奇心をくすぐるSFワールド。

そんな舞台で、弱々しいシンジ

不思議綾波レイと、魅力的なアスカ

かっこいい大人のリツコさんが活躍する。

そして、彼らはオンリーワンであり、それぞれが悲劇の主人公

活躍の場が与えられた彼らをうらやましく思ったし、

それと同時にせつなさを感じた。


俺はレイ派かアスカ派かと言われればアスカ派だ。

まあ、正直なところアスカに軽くほれた。軽くだぞ!!

そんな俺にとって、エヴァ残酷だったのは、

アスカ使徒にやられて、そのままストーリーが完結してしまうことだ。

もう一回アスカが見たい、そんな期待を裏切られた。

そもそも、あのアニメ全体が、希望を裏切るストーリーになっている。

主人公シンクロ率がどんどんあがっていく才能を持った人材だ。

だけど、あのロボットはとても弱い。絶望的に弱い。

正義ヒーローロボットに乗った瞬間、カスのように弱くなる。


ストーリー全体がどうやって終ったかはよく覚えてないし、

劇場版も見てない。

人類補完計画が実行されたのかよく知らないけど、

人類補完計画残酷だよね。

結局、地球は守れたのか?

みんな幸せになれたのか?

謎めいた設定も結局のところ謎で終ってしまった。

それについて友人といろいろ語り合ったものだし、

その情報を求めて、わざわざゲルゲットショッキングセンターラジオで聞いてみたりもした。

エヴァが他のアニメと一線を画するのは、

そういった表に出て来ない設定に深みがあるところだとは思う。

それ以上に、ハッピーエンドで終らせてくれないところに、

多くの人がノスタルジックなっちゃったのかな・・・


俺はもう27歳のいい大人だ。

あの静かでのんびりとした生活を送っていた17歳の平和さを

もう一度感じたいと切に思う。

いい意味で若い時は平和を感じられる。

エヴァの中の主人公たちは平和の中で、刺激的な非日常を送っていた。

アニメなんだから、非日常なんて当たり前だとは思う。

だけど、僕が憧れているのは、エヴァの中の日常なのかもしれない。

その日常は現実の世界にも転がっている気がする・・・

現実は期待を裏切るものかもしれないけれど。


おそらくリメイクされた劇場版を見ることはないと思う。

機会があったら見るかもしれないけれど、そこまで見たいとは思わない。

でも、アスカハッピーエンドがあるなら、見に行くかもなー(てへ

2007-01-28

連ドラ(1)「空を自由に飛びたいな」

 きっと、ここから見える風景なら、どこへでも手を伸ばせばすぐ飛んでいける。

 例えば、僕は、勉強もできないし、スポーツも出来ないし、女の子ともうまく話せない。それどころか友だちだってほとんどいない。だから仮に僕はのび太と名乗ろう。こんな僕にはぴったりの名前じゃないか。そうだろ?


 この屋上で風に吹かれながら、風景を眺めながら、やっぱり、すぐ飛んでいけるなんてことはないんだって気付いた。冷静になればそんなの当たり前だけど。

 そんな無力感を抱きながら、僕はそこでズボンを下ろし、自慰にふける。

 校庭で遊んでる奴らを見下ろしながら、高揚してるんだ。

 お前らなんかここから見るとゴミに見える、なんて毒づきながらホントは羨ましいななんて思ったりしながら。そうしては握り締めたその手を激しく動かし、奴らにぶっかけようとした。けれども、のび太から発射されたものは、屋上の手すりの先を飛び越えただけで、そのまま屋上の床にこぼれ落ちた。

 のび太はその残骸を見つめると、また遠くに目線をやった。目線の先には大きな海が広がっていた。振り返ると、高い山がそびえ立っていた。

 のび太は、この空を飛んでその先に行ってみたいと思った。

 今の自分の知らない世界はどんな風になっているのだろう。今の自分じゃない、新しい自分になれるんじゃないか?


 空を自由に飛びたいな。

 


 

 初めてそれを目撃した時も、特別な驚きもなかったし、それほど嫌悪感もなかった。ああ、こんなところでもする人がいるんだな、という目の前の事実だけをそのまま言葉にしたような感想だけだった。

 何故そういうふうに思ったのかと問われても、それは綾波レイが、そういう種類の人間だというそれだけのことだ。

 ただ、この自分のテリトリーさえ犯されなければ、それだけで良かった。


 綾波はいつも昼休みが始まるとすぐここに駆け上がった。立入禁止の屋上に続く扉を開けると、心地よい風が蒼い髪を揺らした。彼女はそのまま扉の隣にある梯子を使って、さらに上に登った。屋上の出入り口のために作られた、屋上のさらに、でっぱりの小部屋の小さな屋上。それが少女の居場所だった。

 1畳ほどしかないそのスペースで横になって空を見上げると心が落ち着いてくるのだった。


 あの日もそうやって空の雲の形に思いを馳せていた。突然、開くはずがない扉が開く音がした。

 彼女は反射的に息を潜めながら、屋上を覗き込んだ。教師が私を探しに来たのか? 自分のテリトリーが失われてしまうのではないか、という不安で胸が張り裂けそうになった。しかし、そこにいたのは、少年だった。

 少年は落ち着きなく辺りを見渡しながら、そこに座り込んで弁当を広げた。彼女はようやくホッとしてまた空を見上げた。自分の場所を侵すようなことはない、と思った。

 しばらくして、また少年に目をやると、彼は立ち上がり、手すりに身を寄せながらまた落ち着かないような感じで辺りを視線を泳がせていた。

 そうしてるうちに、少年はおもむろにズボンを腰まで下ろした。

少女の胸は再び高鳴ったが、それはほんの一瞬の事で、少年が激しく手元を動かし始めた頃には、自然と口元に緩み、微笑んでしまった。彼女はその少年の後ろ姿をずっと見つめていた。少年は「あ、あ」と、僅かに声を上げると、お尻の両端がキュっとくぼむと今度は「ん……」と息を吐き出した。少年は手を動かすのをやめると、自分の足元をしばらく見つめたあと、腰まで落としたズボンのポケットの中のティッシュを不器用に探し回ったが、持っていなかったのかそれを諦め、尻を丸出しにしたま弁当の置いてあるところまで戻り、それを包んでいたナプキンをはずすと、自分の股間をそれで拭いた。


 それから綾波は、ここから見上げる空の風景を見るのと同じ心情で、少年オナニーを眺めるようになった。少年はほぼ毎日やってきて、ほぼ毎日ズボンを下ろした。彼女もほぼ毎日、それを見ながら時に自分も自慰の真似事をしようとしたが、すぐにバカバカしくなってやめた。けれどもそれとは少し違う恍惚感を感じていた。


 少年は大抵は立ったまま下を眺めながら、それをやるのが主だったが、時には横になったままだったり、座ったままだったり、あるいは、食事をしながらだったりもした。

 そんな中、彼女が少し不満だったのは、彼の後ろ姿しか見ることが出来なかったことだ。別に彼の正面を、具体的に言えば性器自体を見たいという興味ではない。けれど、何か中途半端秘密を握っているような、不安定な感じがして嫌だった。すべてを見ておきたい。そんな良く解らない勝手な想いが日を追うごとに募ってきていた。



 

 その日ものび太はいつものように食事を摂ると、そのままぐったりと寝転がった。そしてそのまま空を見上げると、今まで感じたことのない感じがした。今までは周りの風景や、下に映る光景しか見ていなかったが、真上に広がる空を落ち着いて見上げたことはなかった。

 仰向けのまま彼はズボンを下げ始めた。

 綾波は久しぶりに胸の高鳴りを感じた。今までにない体勢で、少年のすべてが見えるアングルだった。初めての彼のその姿を見たときと同じ微笑みを浮かべた。

 のび太は膝までズボンを下ろし、それを握り締めるとその手を動かし始めたが、少し物足りない感じがした。すると彼は何かを思いつき、ズボンを完全に脱ぐと、服も脱ぎ全裸になった。全裸になって一度、大の字に寝るとかつてない高揚感に包まれた。そして完全に勃起したものを激しく動かした。


 綾波レイは思わず身を乗り出した。

 その時。

 不意に少年少女の目が合った。


 

 

 のび太はその時、何があったかすぐに理解することが出来なかった。

 彼女は自分の衝動を抑えることが出来なかったことを、すぐに激しく後悔した。

 綾波は観念して、その場に立ち上がった。

 のび太は呆然とその光景を見つめていた。金縛りにあったように全裸のまま動くことは出来なかった。今は自分が全裸であることに気を回せるほど冷静ではなかった。見上げた先のスカートが風に舞ったが、いつもなら、その奥を食い入るように凝視するはずの彼が、そこには見向きもせず、彼女の瞳だけしか目に入らなかった。視線をはずすと何か重大な何かが起きてしまうような気がしたのだ。


 程なくして、綾波のほうから視線をはずした。すると、のび太を襲っていた金縛りも解けた。のび太は急に自分の今の姿が恥ずかしくなり慌てて手で隠した。

 彼女は慣れた感じで梯子を降りるとのび太の方に近づいた。

「どうするの?」

「え?」

「続ける? 服着る?」

というと、彼の服を手にした。

「あ、わ、ふ、フク、着る」

「そう」

 彼女は少し落胆した感じがしたが、それを表情に出すことなく、そっと、服を手渡した。

 のび太は慌てて服を身に着けた。綾波はその風景を見ながらまた少し微笑んだ。


「あ、あの、見て、見てたの?」

「ええ、ずっと」

「ず、ずっと? え! ずっと?」

「そう、ずっと」

 彼女は悪戯っぽく口元を緩めた。

「な、なんで?」

「なんで? 貴方が急にここに来て、勝手にやってたからじゃない。私は前からここにいたのよ」

「じゃ、じゃあ、なにか……」

「なにか? 何か言えば良かったの? 私はどうすれば良かったの?」

 彼女にそう問われて、のび太は返答に困った。確かにどう対処されれば良かったろう? そんな良い方法なんてないんだろう。のび太はしばらく考えた後、はっきりとした答えの出ないまま口を開いた。

「……笑ってくれれば」

「え?」


「笑えばいい……、と思うよ」

2007-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20070126091826

派遣会社つのはだいたい登録すると定期的に仕事の状況とかを聞きに連絡してくるもんですよ。

無職の時に連絡されるとちょっとありがたいと思う反面「たいがいにせー」とか思ったりするし、仕事してる時期に連絡が来ても「うっせーマンドクセ」とか思ったりする。どちらにしてもこの「定期的な状況確認」はうざったいことこの上なし。

しかも派遣で働いても「ちょっとは使えそうな捨て駒」っぽく扱われることがあったりなかったり。実は自分も今派遣で働いてるんだが、自分と同じように派遣された人がバンバンやめてく状況。自分の部署は派遣契約社員・社員含めて大体15人程度いるんだが自分が入った後で辞めてった人が7人ほどいたりする(しかも全員派遣)。

要因は派遣先だけでなく派遣元やら派遣された本人にもあるんだろうけれど、自分としては派遣先のフォローの問題がそこそこ大きいんじゃないかと思う。ある程度のアドバンテージが見込まれる派遣社員ではあるけれど、やっぱりフォローが適切でないとダメなような気がする。派遣先もひしひし感じてるのか改善の方向でやってってるらしいし頑張って欲しいが今のところどれほど効果があるのかどうか…

で、自分もなんとか数ヶ月粘ったけれどモロモロあってやめることになった。初めての派遣なんだけどこれほどキツいもんだとは思わなかったぜ。「奴隷ですから」とは思わなかったけど、綾波レイの気持ちにはなったなぁ。私が辞めても代わりはいるもの。

まあ派遣元や派遣先の胎生、じゃなかった体制によっては幸せになれるとは思うけれど…どうなのかね。

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