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はてなキーワード: 結婚式とは

2012-02-10

未だにぐぐることすら出来ない人って結構いるじゃない。

まぁそういう人は「ぐぐれる人に聞こう」ってなるじゃない。

そこそこ的を得検索結果をまんべんなく出してたら、「あいつに聞けばいいや」ってなるじゃない。

その結果、いつもメールとか電話が着信しっぱなしになるじゃない。

ちょっとデザインかじってたりweb作れたりすると、「簡単でいいから作ってよ」って人が寄ってくるじゃない。

「今時web作るのってタダでできることばっかりなんだから、全部無料で作ってよ。メシおごるから」とか言うじゃない。

結婚式のウエルカムボード作って〜」「そういうの得意なんだよね?」とか言うじゃない。

もちろんめでたいことだからタダでって圧力かけるじゃない。

さらにPC自分の興味範囲で自作してたり、不具合対応に慣れたりしてると、

「なんもしてないのに壊れたからなおして」っていう人が出てくるじゃない。

1日かけて普通に動くレベルまで調整して返したら「ありがとー、ごはんおごるわ」とか言うじゃない。

そういうのがエスカレートして、

ニコニコから音楽落とすのどうやんの?」

「タダでpspソフト落としたいんだけど」

漫画全巻落ちてるサイト知ってる?」

とか言ってくるじゃない。

知らないって言ったら「調べて」って言うじゃない。ヘラヘラしながら。

試しに「それしたらなんかくれんの」って聞いたら「なんかおごる」とか言うじゃない。



なんで「なんかおごるから万引きの仕方教えてー」と言えるのかと考えたはじめたら悲しくなった。

次々と他愛もなく浴びせられる要求に、善意が枯渇していくのを感じた。





氾濫している情報から適切な情報を届けることに対して「タダでできそうラッキー」とか「安く買いたたける」としか考えていない人が、大勢いたんです。

感謝言葉と「なんかおごる」程度の謝礼で、私に「都合のいい秘書になれ」「万引きをしろ」と簡単に言う人が、大勢いたんです。

これは5年前の話ですが、それ以来PCを介した情報を誰かに気軽に届けることに対し、身構えて知らない振りをすることが多くなりました。

2012年現在どうなの?

私は未だに「ぐぐれない」人がたくさんいて、少しでも「なんかおごったらやってくれそうな人」を見つけたらそういう人達がダッシュで突っ込んでくるような気がしてならない。

2012-02-07

スイート10ダイアモンド

長文注意



四月からプログラム系の学校に行こうか、

結婚10周年の指輪を妻に買おうか、

迷ってました。



ネット相談して

http://anond.hatelabo.jp/20120131004052

後者に決めました。



もちろんサプライズにしたい。

でも指輪サイズがわからない。



指輪サイズを探りたいんだけど、ここで問題が起きました。



以前お話しましたが、夜になると記憶を失くすときがある…

と思ったら、昼間も約束を平気で忘れたりする昨今。



指輪サイズうまいこと聞きださなきゃ」という記憶

忘れちゃ思いだし、忘れちゃ…を繰り返してる。




ついに、忘れてしまう恐怖が勝ってしまい、

さっき、この件を思い出した時、

意を決して、ストレートサイズを聞いてしまいました。



ここでもう一つ問題が…。




うちの妻は「空気を読まずネタバレ」してしまう癖があります

ドラマ推理小説も、感動すればするほど、

まだ見てない俺にネタバレをして、怒らせてくれます

何度カーネーションを観る楽しみを奪われたことか。




そんな妻にサイズを聞いたら、

「ん?

………スイートテンならいらないよ(笑」




(笑ですよ、(笑 !!



もう頭にきて、

「絶対贈んない!」

って言ってやりました。

ええ、言ってやりましたともっ。




くだらない相談にバカにせずコメントをくれた方々、ごめんなさい。

我が家結婚10周年は、何も形に残るものはなく、終わりそうです。



ちなみに4/29は「晴れの特異日」です。結婚式にはもってこいだよ。

2012-01-21

http://anond.hatelabo.jp/20120121231126

頭わりぃなぁw

ってか言葉遊びで頭がいいと思ってるが、現実で恵まれていない非モテくんだと見受けられる。

多数の人間に対して好感を持たれるのがファッションだ。

葬儀結婚式ファッションだと言ってふんどし姿で参加するようなものだ。

2012-01-16

一眼レフでオ◯◯ー気持ちいいお( ^ω^ )

写真を撮るようになった。


別に撮影趣味になったわけではない。

日常を押さえて歩くほど暇ではないし、そこまで繊細な感性も持ち合わせていない。

旅行スポーツ観戦、帰省、友人・親族結婚式、…etc.

なにかイベントがある度、カメラを持ち歩くようになった。


昔は写真が好きではなかった。

撮影者は今その瞬間の世界にあえて没入していないと思わせ、実のところ望んで没入することができない、なにか傍観者であることを肯定している人のように思えた。

写真を撮る人は、客観視できることの優位性を示すような、冷めていることを美徳とするような、リアルでない世界の人だと思っていた。

後で写真を見返して、当時を振り返るのは、現実現在からの逃避だとさえ思っていた。


今ならよくわかる。

未来は暗い。

撮影の瞬間に失うリアリティ以上に、現在リアルでない。

撮影の瞬間思っていたことを、その瞬間生きていたことを、確認したい。


写真を撮らなくなったとき、僕は生きているか、死んでいる。

一眼レフでオ◯◯ー気持ちいいお( ^ω^ )

写真を撮るようになった。


別に撮影趣味になったわけではない。

日常を押さえて歩くほど暇ではないし、そこまで繊細な感性も持ち合わせていない。

旅行スポーツ観戦、帰省、友人・親族結婚式、…etc.

なにかイベントがある度、カメラを持ち歩くようになった。


昔は写真が好きではなかった。

撮影者は今その瞬間の世界にあえて没入していないと思わせ、実のところ望んで没入することができない、なにか傍観者であることを肯定している人のように思えた。

写真を撮る人は、客観視できることの優位性を示すような、冷めていることを美徳とするような、リアルでない世界の人だと思っていた。

後で写真を見返して、当時を振り返るのは、現実現在からの逃避だとさえ思っていた。


今ならよくわかる。

未来は暗い。

撮影の瞬間に失うリアリティ以上に、現在リアルでない。

撮影の瞬間思っていたことを、その瞬間生きていたことを、確認したい。


写真を撮らなくなったとき、僕は生きているか、死んでいる。

2012-01-14

facebook、はじめた。

外資系的な会社だと、外国人な人と仲良くなったりするには便利かも。

まぁ、結局、日本語しかほとんど書いてないし、日本人友達や、日本に住んでいる外国人しか友達になってなかったりする。

いいなった思うのは、何をしたとか、話だけではなくて、写真で分かるのは、便利。

あと、以前に世話になった人の様子を知れるのは、面白い

同じ職場の人にしても、長期休暇に、どこに行ったとか、川下りしたとか、ウェイクボードやったとか、目で分かるし。

結婚式二次会飲み会年賀状に書くネタきれいな風景転職先での生活など。

色々と、知れる。

しかし。

たとえ、公開する範囲を絞ったにしても、後ろめたいことを過去にしていると辛いよなぁ。

あと、社内の別の部署との人とかとは、浮気とか不倫とかは、出来ないでしょ。

気になる人がいたけれど、もう、あきらめーよーかなー。

どーしよー。

2012-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20120111110643

高2の長女をヤリ捨てする高3の先輩

父の不倫、母の自殺、次々受けるストレスに苦しむ長女。

そんな長女を、部活の先輩が相談に乗るふりをしながら口説き落とし、呼び出して繰り返しセックスした後、

長女から依存が面倒になってくると、今度は別の後輩を口説きはじめた。

裏切られたことを知った長女は先輩に別れを告げるが、はたから見れば"身体目当てのヤリチンにヤリ捨てられた"でしかない。

まず重大な事実誤認が。

長女と先輩は母親のこと以前から付き合っているという設定です。

母親の死の真相にショックを受けた彼女相談に来て泣いている肩をそっと抱いて・・・というのは

不誠実と言われればそれまでかもしれないが、そこまで非難されることでもないと思います

そもそも長女の側にも、父親へのあてつけのために男に抱かれたいふしがあったわけだし。


長女はかなりのウザキャラで、父親を嫌悪し家から追い出すのはわかりますが、弟妹にも父親に会うことを禁じたわりには

世話をするわけでもなく、自分は面倒な家から逃げて男に走って朝帰り、弟妹と喧嘩をしては怒鳴り散らすありさま。

メンヘラ度合いも進行していき、先輩に一方的に悩みをぶつけたり、体目当てじゃないよねと問い詰めたり

うんざりした先輩が、じゃあそっちは俺の話を聞いてくれたことあるのかよというと、私のこと嫌いにならないでと泣き

最終的に駆け落ちを言いだして先輩をどんびきさせます


先輩が女をとっかえひっかえするヤリチンかのような言われようですが、実際は部室で彼女最近ヤバイという愚痴を後輩にしていたら

「じゃああたしと付き合っちゃいます?」という悪魔のささやきをうけてその気になっちゃっただけです。しかも長女乱入により未遂。

長女に目撃されて開き直れるほどワルでもなく、後日弁解に行き、精神の安定を取り戻した長女から

私は現実を忘れるために先輩に依存してただけでしたと、正式に別れを切り出されます

よくもわるくも普通の気の弱い高校生という感じで、エキセントリックな登場人物が多いこのドラマでは1、2を争う普通の人だと思います


ミタにヤらせてと命令する中学生長男

長女同様、家庭内不和からストレスを受ける長男

苛立ちをバスケ部の後輩たちにぶつけ、キャプテンとしての人望は失墜。ユニフォームゴミ箱に捨てて非行に走り出す。

そして更につのった苛立ちを、ミタにヤらせてと命令してぶつける。

ミタの脱衣の途中で現場を長女に見つかり、強く非難される。

これはあくまで命令を何事もなく完璧にこなすミタが癪にさわり、何か無茶な命令をということで行われたものであって

本当に服を脱ぎだした時のキョドりっぷりからみても本気でヤる気などまったくなかったのは明らかな描写だと思います

のちにミタが自分本心をわかってくれたことに感動して泣き、部員全員の前で謝ってバスケ部に戻ろうとするなど

これ以上なく素直でいい子に描かれてると思います

力の誇示のために女をヤリ捨てる父の同僚

"父"との不倫職場でバレてしまい、四面楚歌の状態で出勤する女性を、

父のライバル的な存在の同僚が弱みにつけこんで口説き落とし、肉体関係に持ち込む。

その同僚は出世のため常務の娘との縁談をまとめており、その女性の相手をまともにする気など全く無かった。

要するに"父"への当て付けのために抱いてみただけであった。

女性会社を辞め、有名企業社員からビラ配りのバイトに落ちぶれる

こいつはわかりやすい悪者で、常務の娘が本当に好きだった元恋人結婚式に乗り込まれ花嫁強奪されるという

わかりやすい天罰を受けます。追いかけて転ぶ時の転びっぷりは一見の価値あり。

セリフもいちいち過剰で非常に漫画チックなキャラですので、あまり男性嫌悪とつなげて考える人はいないんじゃないでしょうか。

どうでもいいけど、不倫女役の野波麻帆エロ薄幸オーラがすさまじいので、あの境遇もさもありなんという感じで余り同情できません。

おのれの弱さを直視できず怒鳴り散らしてばかりの母方の祖父

娘、義理の息子、孫など、相手を問わずすぐに怒鳴り散らして威圧し、嫌われている祖父。

死んだ母の妹にあたる叔母のことも絶えず怒鳴り散らしていたため、

叔母はいつでも笑顔だが、常に人の様子伺いをして媚びまわり、ネガティブ感情を一切発露できない人間に育ってしまった。

頑固で分からず屋で怒ってばかりだけど、実は不器用なだけで愛情にあふれてて、一度たがが外れると急速にデレ化する。

まさにステレオタイプ中のステレオタイプ、THE頑固親父です。

これが駄目なら日本お話の多くはどうなってしまうのか。

ミタにつきまとって肉体関係を迫り、ミタの家族を殺した弟

ミタの母と義父(ミタ実母の再婚相手)との間に出来た種違いの弟はミタに執着していた。

弟だけでなく、義父からも肉欲を抱かれていた。

ミタは愛する男性結婚して息子をもうけ、幸せ暮らしをしていたが、弟から執拗に肉体関係を迫られるようになる。

それを拒絶したことで弟は逆上し、家に火をつけてミタの夫と息子を焼き殺し、自殺してしまう。

ミタの両親とミタの夫の両親は息子を失って嘆き悲しみ、全てはミタが悪いのだと責める。

ミタの笑顔が男を誘うから不幸を招くのだと刷り込まれ、ミタは感情を失った。

回想シーンすらなく、ミタのセリフの中にしか登場しない弟。

焦点は一生笑うなといった夫の母親と罪の意識を感じ笑うことを捨てたミタであって

弟の存在はすごく希薄です。話の都合上、原因を作るために登場させた感ありありで

ほとんどの視聴者にとって感情移入の対象になってないと思います

2012-01-06

学生の頃。「いつまでもお互い糞餓鬼のままでいようね」と

唯一僕と対等に話してくれた彼女が昨日結婚した。



結婚式で、彼女は僕の前にくると申し訳なさそうな顔をして

「ごめんなさい。先に大人になっちゃた」

あなたが一日でもはやく大人になれる日を楽しみに待ってるわ」

とそれだけ言って、人の輪の中心に戻っていった。



怖くなって友人の静止を振り切って駅まで逃げました。

今年もまだ童貞の僕は糞餓鬼のままでした。

2012-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20120105001541

増田オヤジさんがどういうつもりか、想像しかからない。

けど、もし増田が、写真だけでも先に撮りたいと思うなら撮っておいたほうがいい。

後で悔やむかもしれないと一瞬でも思うことがあれば全部やっておいたほうがいいよ。

結婚式の練習のために先に写真撮らせて」と言えば済む話だ。

本番の結婚式には絶対出て欲しい、と思っていてもドクターストップがかかるかもしれない。(あれ?結婚式写真の話じゃなかったらごめん)

 

オヤジさんも多分怖さとの戦いの最中だと思う。結婚式前に亡くなるなんて子供のためにも絶対阻止したいと思うんじゃないかな(想像ですまん)

 

体力が落ちてきて、それでも会いたい人とは会い、和解しておきたい人と和解しておいたのが俺のオヤジだった。

家族が後で困らないようにきれいに清算もしておいてくれた(親戚関係はいまいちアレだったから、入院中でも親族呼んでた)

話が出来るうちに、後悔がないように話をしたほうがいいと思う。慰めでも励ましでもなく。

 

不謹慎かもしれないが、ついでに書いておく。

家族がなくなるというのは、想像以上にショックで正常な判断がつかない。

よって、葬儀の進行などについては信頼できる家族義理家族も含む)・親戚またはオヤジの部下などに同席を頼んでおくといい。

かなり葬儀業者のいいようになってしまうことが多いのだ。オヤジ場合オヤジの部下を頼んでおいてくれたらしく、非常に助かった。

増田オヤジさんが少しでも快復することを祈る。

他人の死とどう向き合えばいいのか

父が末期がんで死にかけている。

父なので他人というのは語弊があるが、自分以外の人の心はわからないので、自分以外という意味での他人。



昨年5月に発覚したステージⅢの癌は、何度かの抗がん剤治療を完全に無視して進行している。

「1年生存率」なんて言葉意味とリアリティを深く受け止めたのは情けなくも11月ぐらいだった。

5月に発覚したから、1年後って、そうか……

1年過ぎるのは早いと毎年感じていたが、カウントダウン視点で見たことはなかったし、そう考えられなかった。甘かった。

癌の進行は何て容赦がないんだ。



今、父の病状は厳しい。

痛みから入院に至り、口から食べる食事の量も1/3ぐらいになってしまった。緩和ケアという段階に至っている。



それでも、父は先の話ばかりで、決して残り時間とか自分の死後とかの話をしない。

本気でそう思っているのか、あえてそう言っているのか、それ以外に他意があるのかわからない。

そして、それを父に聞けない。とても聞けない。



父は1ヶ月後の私の結婚式に出席する予定で、でもそれは客観的に見てもかなり厳しそうで、

それでも自分が出席する前提で結婚式当日の段取りなど口出しや相談などを持ちかけてくる。

(病状が芳しくないし)事前に写真だけ撮ろうか…?とかどうしたい?とかそういう事も聞けない。

なんとなく…父が未だに治ると信じて疑っていなかったらと思うと何もいえない。



父は自分の死とどう向き合っているのか?全くわからない。

かけるべき言葉、態度、わからない。

死なんてデリケートすぎるこの事にどう言及していいか、慰めるか?励ますか?話を聞くか?わからない。

自分には自分のことしかからない。

2012-01-01

駄文長文注意)女の価値は「若さ」とかいってるけど違うよ、「美人」かどうかだ

http://anond.hatelabo.jp/20090621154203

若さなんかじゃない、美人じゃなければ価値が無いんだ!若くたって美人以外は無理なんだよ(ああ、でも若さと煽る事で少子化対策を計ってるのか・・・?)


逆に男は、↓経済力とかあるけど、その前提として見苦しくない容姿(※ただしイケメンに限る、は正しい)だと思う

【話題】 結婚に不可欠なものは? 圧倒的得票数で1位に選ばれたのは「相手の経済力

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1325399987/

圧倒的得票数で1位に選ばれたのは《相手の経済力》でした。「ゼクシィ結婚トレンド調査2011」によると

結婚式にかかった費用首都圏平均額は356万7千円なのだそう。

2位には《きっかけ》が選ばれました。「結婚タイミング」とよく言われるように、長く付き合うほどに

きっかけ》が掴めなくなってしまって…という人も多いかもしれません。結婚式場選びの口コミサイト

「みんなのウェディング」によると「大学卒業を機に」「交際5年目の記念日に」など“人生の節目”を《きっかけ》に

結婚話に踏み切ったカップルもいるようです。

3位には《自分経済力》がランク・イン。恋人はいるのに、“経済力”と“きっかけ”がないがために、

なかなか結婚に踏み切れない…という人も多いのかも!?

http://news.livedoor.com/article/detail/6161875/

調査方法NTTドコモ「みんなの声」にて投票実施

 

投票数:22187票

投票期間:2011/10/22~11/4


↓これ、ちょっとおもしろかった

49 :名無しさん@12周年:2012/01/01(日) 15:53:35.37 ID:nKrq6oqC0

女性の反論をお待ちしております

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

男が生産し女が消費。

   ↓

マスゴミ女性を煽って消費させる。

   ↓

元々、煽りに弱い女は真に受けて大成功

   ↓

マスゴミスポンサーに受けの良い女に媚びるようになる。

   ↓

マスゴミが女に聞こえの良いフェミ、男叩き開始。本能に基づきビッチ賛歌。

   ↓

女が増長。ますますビッチ賛歌。

   ↓

男、叩きのめされて結婚しなくなる。

男、男が求める女性像と女が目指そうとする女性像に埋められぬ隔たりを感じ出す。

でも女はそれが理解できない。とりあえず"童貞""おたく"のレッテルを貼っておく。

   ↓

生産と消費が切り分けられて、女に購買力が無くなる。

男は相変わらずマスゴミ扇動には乗らない。

   ↓

今更ながら男と女をくっつける作戦開始。全ては女の消費を取り戻す為。

されど女、女からの歩み寄りは拒否。結婚しない男を叩くことで結婚を煽る。

   ↓

  逆効果

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

2011-12-18

http://anond.hatelabo.jp/20111218000852

はてな民は礼儀とかクソ食らえな人種では?



する側に大した負担が無い軽い事であればまだ寛容だけど、「負担があるのにも関わらず強制される事」に関しては日々叩きまくってるだろ。

「酒が嫌いでも忘年会に付き合って一杯くらい飲むのが礼儀だ」

年賀状は当然出すのが礼儀だ。メールで済ませる?失礼な」

履歴書は手書きで作るのが企業への礼儀だ。パソコンで作る奴は手抜きと見なす」

結婚式葬式も周囲への配慮としてちゃんとやれよ。籍入れるだけなんていい加減な事やるなよ」

どれもこれも袋叩きだ。

2011-12-06

この記事(結婚式で熱烈な“人生初キス”、貞操守ったカップルの誓いのキスが話題に。)を見て思った。

高齢童貞処女ニートも虹ヲタも「宗教上の理由で」って言えばアリに聞こえる気がする。

宗教上の理由で純潔を守っています

宗教上の理由で仕事はしていません」

宗教上の理由で立体の女性恋愛はできません」

宗教上の理由で深夜にアニメを見なければならないのです

2011-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20111204125933

最近、3つの結婚式に出席したけど、うち二つは余興なしだったよ。

しかも余興なしの結婚式の方が、余興ありの結婚式よりものんびりしたムードがあって評判もよかった。

余興なんてどうせたいして面白いものにならないんだから

料理を美味しい物にして、生い立ちビデオor両親への手紙で、後は各テーブルに新郎新婦挨拶まわりするのがいいと思う。

余興のあるなしよりも、新郎新婦が直接声をかけに来てくれたかのほうが、出席者にとっては重要だと思う。

2次会は三つともなかったなぁ。

ドレスだって花嫁さんに「選ぶの大変だったでしょ?」って聞くと「選択肢が少なかったからあんまり迷えなかった」と残念そうに言われたよ。

動き出せばそれほど大変でもないんでない?


コーディネーターの方に、「病気の親を呼ぶので、くつろいだ雰囲気で、短時間で終わらせたいです」って言うとスマートな演出を考えてくれそう。

2011-11-28

結婚式スピーチを頼まれたのだが、結婚する二人とは大学卒業以来、ほとんど会ってないんだよなあ。請け負ったものの、大学時代から5年くらい経ってるので、二人との思い出がかすみ気味。新鮮な記憶じゃないことって書きづらいし、気分が乗らない…むぅ。

2011-11-27

うちのボケじいさんは、京大出身

うちのボケじいさんは、京大出身

しかし今では飯の回数すら数えられないほどのボケ老人。

どんな大学出たって、ボケる時はボケる。


で、最近はばあさんに向かって「毎日ご苦労様ですありがとうございます」とお礼ばかり言ってる。

そんな状態が1年半くらい続いて、半月くらい前に

「こんなに親身になってくれる方はなかなかいらっしゃらない」

「貴方は素晴らしいお方だ。もし独り身なら、ぜひ結婚して欲しい」と言ってプロポーズしてた。


ばあさんが号泣して、おふくろが尾頭付きの鯛で2回目の結婚式と言ってお祝いしてた。

http://2chcopipe.com/archives/51779812.html

2011-11-20

未来のための感情メモ 2011.11.20

感情ナマモノで刻々と変わるから、書いておく必要があるだろう。

父の肺癌が刻々と進行しているそうだ。

実家を離れているか情報は全て母から入ってくる。

2ヶ月半後に私の結婚式がある。

父の癌が判明して急に進んだ話だが、その時まで父が生きているかは全く判らない。

今の率直な気持ちをメモしておこう。

結婚式はほぼ親のためにやると思っているので、

父がその日まで持たないというのは正直考えたくない。考えるのを避けている。

医者さんも大丈夫だろうと言っているし、車椅子でもバージンロードは歩ける。

父ともあまり話していない。話すのが怖い…と何となく思っている。何でだろう?

父は正直家庭的ではなく、家事は全く手伝わず飲み会で連日午前様、金遣いは適度に荒く単身赴任後はほぼ家にいないという人だった。

当然夫婦喧嘩も多く、ここ数年は穏やかになったが母は「定年後ももうちょっと働いてくれないかなー」

父は「地元戻りたくないわぁ」とお互い、お互いのいない場所で愚痴っていた。

(当時、父の赴任先と私の就職先が同地区だったのでたまに飲みに言っていた)

父と母は病気が判明してからお互いやさしくなれた。

これは反面教師にしようと思っている。

2011-11-19

いわゆる「女叩き」に合うのも覚悟の上で、どうにもまとまらないもやもや増田に吐き出したいと思う。

最近Facebook中学・高校時代の友人たちとの旧交がみるみるうちに復活しつつある。

田舎なので同級生のほとんどは大学進学と同時に都会に出て行き、そのままそこで暮らしている。

残っている友人たちは、地方公務員になったとか、あるいは親の仕事を継いだとか、そういう人たちだ。

わたしは少し前にうつ病を患い、真っ当な社会生活を営めるようになるまでに相当の時間を要した。

今も万全ではなく、回復過程にいる。

最近ようやく、休みの日に外を出歩いて気分転換できるだけの気力と体力を取り戻したところだ。

それに伴い、地元に残っている旧い友達、あるいは社会人になってから新しくできた友達と、週末に食事をしたりしている。

その延長線上で、男からセックスを求められることの多さに、本当に辟易している。

真正面から攻められたこともあるし、「あわよくば」的に滑稽なまでに必死な姿を見せつけられて悲しくなったこともある。

食事をおごられてるわけでもなく、好色をアピールしているわけでもなく、ただ、他愛のない話をしているだけのはずだ。

わたしのことが好きなのか、という意味の探りを入れると、彼らはすっと身を引く。

まり、わたしは彼らにとって「セックスできるかもしれない女」のひとりでしかなかったということで、その事実に大変に傷つく。

男女の友情とか固く信じているわけではないが、もう少し、「セックスするかさもなくば他人」みたいな両極に振れずにすむような、余裕のある付き合いはできないものなのか、と思う。

先日、弟の結婚式で上京した。

せっかくの機会なので東京在住の友人たちとも久々に会ったのだが、彼らはそのような下品ながっつき方はしておらず、それでいて楽しく和やかな時間を過ごすことができた。

これが普通だろうに、地元組は、どうしてこれができないのだろうか、と思う。

旧い友人を、風俗の代わりにしかできないような、そんな人生楽しいか?

と、人生観すら否定したくなる。

そのくらい、わたしはわたしにセックスを求めたがる男友達嫌悪している。

学生時代に性に奔放だったとかそういうわけでもない。

友達は男女ともにたくさんいたが、彼氏がいる時期は少なかった。

誰か教えてほしい。

彼らは、なんでこんなに下品な大人になってしまったの?

もう、レズになりそう。

冗談抜きで。



トラバブコメを受けての続き




住んでる場所によって根本的な人間性がさほど違うとは思ってない。

言われている通り、表現の仕方が違うだけのことだと思う。

でもその違いってわりと大事だ。

奥底で思ってるぶんには別にいいんだよ。そういうもんだと思うからさ。

それを露骨押し付けてくるなよー節操ないなあ、って話です

というわけで、男がせっくすせっくす!な生き物なのはもちろん知ってるさ。

ただ大人になったらもうちょっと節度を持って行動しましょうね、って話なんだけど、自分の友人に意外とそれができない人が多いって事実に落胆してる。

ブルータスお前もか、的ながっかり感。

女友達ももちろん会ってるよ。

同じ頻度で会う男友達がことごとくこんなんばっかりで、あれれ~?この人たち前からこんなんだったっけ???と当惑しておるわけです

2011-11-16

友達風俗嬢になってた

24歳。うつ病会社休職中。



毎日ごろごろしながらスマフォTwitterやったり、2chまとめブログをみている。そのうち見るのにも飽きて友達や取引先の担当者名前検索するようになった。ヲチ目的じゃなくて、元気にしてるのかな、みたいな感じで。時間たっぷりあるし、医者からも何もするなと言われているので、覚えている名前を片っ端から検索した。



同姓同名は多いんだけど、本人がヒットすることはまずなかった。Facebook大学友達(しか留学経験がある子ほど)が数人いたくらいで、取引先の担当者にいたってはゼロ実名主義根付きにくいなぁーなんて思ってたら、小学校高学年~高校1年くらいまで仲のよかった女の子2chコテハンになっていた。芋づる式にコテハン検索前略プロフとア○ーバブログが引っ掛かった。前略プロフメンヘラテンプレで、ブログは都内某所のデリヘルに勤めてる女の子日常ブログって感じだった。



えっ…マジ?本人??

デリヘルという言葉を聞いて、漫画デリバリーシンデレラくらいしか思い付かない。ブログを読んでみると、モザイクのない顔写真乳首の黒さが生々しい生活感を感じるおっぱい丸出しの写真。すかさず彼女が働いてるデリヘルのウェブサイトを見る。女の子一覧でブログに書かれた源氏名を探す。あった。顔出し写真スリーサイズ、OKとNG行為の表。間違いない、あの子だ。あの子デリヘルに勤めてるんだ。



そういえば彼女は高校3年生のとき、せっかくの進学校行ったのにいじめでやめちゃったんだっけ。中学のころ同人世界にハマって毎日コピー用紙ハンター×ハンターラクガキしょうもない萌え語りした手紙書いて交換して成績悪くなって、私は頭が良くないから市内の南にある底辺不良高校しか行けないわ~って言いながら自転車に乗って下校してたあの頃が懐かし…くなんて全然ない。今、感じるのはあの頃の自分と今の自分が繋がってないような気がするモヤモヤだけだ。病気たからかな。そういえばあの子学校やめて体調崩して絵の専門学校行ってるって母親から聞いたような気もする。R-15(笑)とか言って男キャラが男キャラのケツ舐めてるホモ小説書いて見せたらセックス経験もないのに書いてバッカじゃね?ってその子に言われたのを思い出した。当時14歳。14歳がwww15禁とかwwwありえねーしwwwっていう痛々しい勘違いを思い出す間もなくOK行為AFって書いてあって混乱した。放尿にもOK。14歳のころ散々ヤベー変態!!ってキャアキャアしながら受のキャラに絵や小説内にさせてた行為彼女はお客さんっていう知らない男の人からされている。

なんで?なんでその職業で働いてるの?きっとまだどんな職業にも就ける時代を一緒になって過ごしてきたけど、そのなかにはデリヘルも入ってたの?



コテハン源氏名で色々ググったら、専門も1年くらいで辞めて地下アイドルやったりメイド喫茶で働いたり引きこもったり、色々してたらしいということがわかった。ブログも遡って見てみると、親戚の結婚式に行ったりお墓参りに行ったりはしてるらしいので両親や親戚に今の仕事は話してないんだろう。



因みに彼女が高校を辞めてからずっと連絡はとってない。ちょうど同じ頃に、友達に会うよりも初めてできた彼氏に会うことを優先してたからだ。我ながらクズである。まぁ浮気三角関係の相手が彼女友達という具合だったので彼女とは連絡しにくい状況にあったのもあるが。



あの頃に比べると、今はなんだかすごい遠くに来たような感じがする。病気もしたし、亡くなった人もいるし、ひどいいじめを受けたり、泣きながら仕事から帰ったこともあった。中学・高校の頃は失業保険の受け取り方や年金税金が腹立つほど高いことやお金がなくて病院に行けないことや仕事場で死にたくなる経験をすることがあるなんて思ってもみなかった。たぶん彼女も同じこと思ってたりするかな。



前略プロフで、子供はいらないけど結婚はしたいです☆って書いてあったけど、本当なんだろうか。やっぱ子供は2人欲しいな~って言ってたのを高校生ときに聞いたけど考えが変わったんだろうか。それより、ネットおっぱい丸出しの顔出しを結婚相手とか相手の親御さんに知られて破談になったりしないんだろうか。っていうかデリヘルの仕事はどうするんだろう。ずっと続けていくには向かない職業(と勝手に思ってるんだけど)だろうから、何か事情があるんだろうか。


色々聞きたいこともあるけど、何だか怖くて連絡できないままだ。

でも、彼女が働くお店のウェブサイトの出勤状況が半年ほど更新されてないので心配もしてる。

2011-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20111114183215

元増田のケースだと、授かり婚からこそ、素直に喜べないのもあるのかもね。

…えっ?

「喜べない」って言い方をするという事は、「喜ぶ」のがデフォだと思ってるって事だよね??



そんな発想は今までの人生において見た事も聞いた事も想像した事も無かった。

実家との関係が悪くなくてもあくまで「行くのは嫌ではない」と言う程度で、「喜んで行ってる」と言う発想は無かった。

(行けば金貰えるとかそういう実益があるのなら別だけど)

しかも「喜ばないのは素直じゃないから」って…

…世の中色々な人が居るんだなあ。勉強になった。



うちの義実家は親戚同士の関係性が物凄く強いとされる(結婚式は親戚丸ごと100人超呼ぶのが当たり前、という)

地方のそこそこ田舎(ど田舎と言う程ではない)にあるけど、

それでも月1で来いなんて言われないよ。用事無ければ行かないのが当たり前だよ。

増田一体どこ住んでるんだよ。

2011-11-13

友人の結婚式に出席してきたんだけど…

やっぱり、学生時代恋愛ってーのは、(ごく一部の例外を除いて)

実らないものなのかなぁ....?

2011-11-04

親には感謝すべきなのか

このまとめ(虐待された人が親を憎むのは悪いことか http://togetter.com/li/209210)を読んで。

自分語り乙な話だから増田に書く。


わたしは母子家庭で育った。母は女手一つでわたしを育てた。

母も女なので、幼少〜小学校低学年まで付き合っている彼氏がいたりしたが、相手の親に

子供を捨ててきたら結婚させてやる」と言われ、わたしを捨てず、彼氏と別れた。


その後、母は仕事先でとある男と知り合い、付き合い始めた。

その男は、自分会社を起こし、金があったらしく、我が家の生活もその男のお陰で豊かなものになった。

ある日のこと、母がその男にわたしを預け飲み会へ出かけた。


その晩、わたしはその男性的ないたずらをされた。

(入れるまで行かないと強姦じゃやなくて、いたずらになるらしい)

当時のわたしは、そんな知識はまったくなかったので、自分に何をされたのかわからなかった。

ただ、気持ち悪かったことだけは覚えている。

その後、その男行為エスカレートしていき、男が泊まる日は、母がお風呂に入っている間に

わたしの布団に男が入ってきて…という事が何度もあった。

わたしは嫌だったが、子供ながらに、我が家の生活がこの男の援助によって成り立っていることを

理解していたので、自分が我慢すれば母が苦労することはないと思い、思いっきり抵抗することも、

母にその行為を話すこともできなかった。

ただ、男の事が嫌いだと何度も母に訴え、別れるよう促したが、(当たり前だが)母には理解されず、

中学生になるまで、母とその男の付き合いは続いた。


その後、男が浮気をしたとかで母がその男を別れた後、わたしが精神不安定になり、自殺未遂を起こして、

今までのことを母に話した。

母は男を相手に裁判を起こした。

その時、母に「今まで男にそういうことをされていると話さなかったのは、自分(母のこと)を女として

見ていて、男とのことを嫉妬していたからか」と言われたり、

自殺未遂を起こした当時、母には付き合っている男性がいたが、裁判のために通院していた精神科医

先生に「付き合っている男性はいない」と嘘を付いたり(裁判を有利にするためについた嘘だとは思うけど…)、

母は男にわたしに性的ないたずらをしているというような事を言われていたが、冗談だと思っていたと

わたしに話した。


その後も色々あったが、裁判に勝ち、慰謝料をもらったらしい。

(出廷していないし、母から説明されなかったので、男からいくら貰ったのか不明)

慰謝料は、わたしの入院費、家電の買い換えなどに使われたと思われる。)


そんなこんながあり、親と不仲になったため、成人してすぐに一人暮らしをしたが、

わたしが結婚することになり、「表面上」母と仲直りした。

彼氏よりわたしを選んでくれたり、女手一つで育ててくれて感謝もしてる。

から結婚式ときだって感謝手紙を(我慢して)書いたし、読んだ。

でも、職場の人や、旦那の親に「もっと里帰りしないの?」や、「親孝行しないと!」と

言われると、どうしてもモヤモヤしてしまう。

母があの男と付き合わなかったら、わたしはあんな目に合わなかったと思わずにいられない。

今は旦那結婚してすごく幸せなのに、母の話題になったり、母から連絡がくると、どうしても

その考えが頭を過るし、時々わたしが男に襲われているのを母が助けもせず、むしろ男に加担する

というあり得ないような夢まで見る。


わたしが母にもっと早く男にされている行為を話せば良かったって分かってるけど、どうしても

から母に感謝なんて出来ない。出来れば、今後関わり合いたくない。

でも、こんな話、旦那にも旦那の親にも言えない、友達にも、職場の人にも。

2011-10-31

からスティーブ・ジョブスへの弔辞

A Sister’s Eulogy for Steve Jobs

モナ・シンプソン (Mona Simpson)

2011年10月30日



私は母子家庭一人っ子として育てられました。

しかったので、そして父はシリアから移民だと教えられていたので、

父については、オマル・シャリフのような人ではないか想像していました。

裕福な人であればいいなと、いつか私たちの(いまだに家具も揃っていない)家に迎えに来てくれればいいなと思っていました。

のちに面会したとき、私は、父は理想燃える革命家で、アラブ新世界を導く人だったのだと、

から転送先を残さずに住所を変えてしまったのだと思い込もうとしました。



私はフェミニストでありながら、自分が愛せる、自分を愛してくれる人を長いあいだ探していました。

二十数年間、父がその人なのだろうと思っていました。

25歳になってその人に出会いました。

それが兄でした。



私は当時、ニューヨーク処女作を書こうとしていました。

他の作家志望者3人と一緒に、クローゼット並の大きさの事務所で小さな雑誌仕事をしていました。

ある日、弁護士が私に電話をかけてきました。

その弁護士は、上司健康保険をねだるような、カリフォルニア中流階級の娘である私に、

「裕福で、著名で、あなたのお兄さんである人物の代理人だ」と名乗りました。

同僚編集者たちは騒然となりました。

時は1985年、そこは新興文芸雑誌の事務所、

それでも私は大好きなディケンズ小説の筋書きに放り込まれたようでした。

弁護士は兄の名を伝えるのを拒み、同僚たちは賭けを始めました。

一番人気の候補は、ジョン・トラボルタ

私が密かに期待していたのはヘンリー・ジェイムズ後継者

何の苦もなく優れた作品を生み出す、自分より才能のある作家でした。



初めて会ったときスティーブは私と同じ年格好で、ジーンズを履いていました。

オマル・シャリフよりもハンサムな、アラブユダヤの顔立ちでした。



私たちは長い散歩しました。

偶然にも二人ともそうするのが好きでした。

何を話したのかはあまり覚えていませんが、

とにかく友達にしようと思えるような人だと感じたのは覚えています

彼はコンピュータ企業で働いていると言いました。



コンピュータのことはあまり知りませんでした。

私はまだオリヴェッティのタイプライターを使っていましたから。



コンピュータを一台、初めて買おうかと思っているとスティーブに言いました。

Cromemcoという名前でした。



スティーブは、そのときまで待ったのは良かったと言いました。

彼は、恐ろしく美しいものを作ろうとしていると言いました。



これからスティーブから学んだことをいくつかお伝えしたいと思います

つの期間、合計27年間に渡って、私は彼を知っています

期間を区切るのは年数ではなく、生き様です

彼の充実した人生

彼の病気

彼の死。



スティーブ自分の愛するもの仕事しました。

彼は頑張って働きました。

毎日働きました。



とても単純ですが、本当のことです



彼は散漫の対極のような人でした。



彼は、たとえ失敗に終わるとしても、頑張ることを恥とはしませんでした。

スティーブのように聡明な人が挑戦を恥じないのであれば、私も恥じる必要はないのかもしれません。



彼はAppleを追い出されて、つらい時期を過ごしました。

彼はシリコンバレー指導者500人が現職大統領を迎えるディナーのことを話してくれました。

スティーブはそこに招待されなかったのです



彼は傷つきましたが、 NeXT に行って働きました。毎日働きました。



スティーブにとって最高の価値は、新規性ではなく、美しさでした。



イノベーターにしては珍しく、スティーブは物事に忠実でした。

シャツが気に入れば、同じものを百枚注文しました。

パロアルトの家には、黒いコットンのタートルネックが、

おそらくこの教会にいる全員分はあると思います



彼は流行や小道具を好みませんでした。

自分と同世代の人が好きでした。



彼の美学はこういう言葉を思い起こさせます

ファッションとは、美しく見えるがのちに醜くなるもの芸術とは、最初醜く見えるがのちに美しくなるもの



スティーブはいつも、のちに美しくなるようにしようとしていました。



彼は誤解を受けるのを恐れませんでした。



パーティに招かれなかった彼は、三台目か四台目の同じ黒いスポーツカーNeXT に通い、

あるプラットフォームを、チームとともに静かに作っていました。

それは、ティム・バーナーズ・リーがのちに、

ワールドワイドウェブを動かすプログラムのために使われることになるものでした。



愛について話す時間の長さにかけては、スティーブ女の子並でした。

愛は彼にとってこの上ない美徳であり、最高の神でした。

はいつも、一緒に働く人々の恋愛生活を気にしていました。



女性が気に入るかもしれない男性を見つけると、

独身なのか? うちの妹とディナーはどうだい?」と声をかけました。



彼がローリン出会った日にかけてきた電話を、今でも思い出します。

「こんなに美しくて、頭がよくて、こんな犬を飼っている人なんだけど、結婚するつもりだよ」



リードが生まれて以来、彼は止まることなく家族愛情を注ぎ続けました。

彼はどの子にとっても実の父親でした。

リサの彼氏と、エリン旅行と、スカートの長さと、イヴの愛馬についてやきもきしていました。



リード卒業パーティに出席した人はみな、リードスティーブゆっくりとしたダンスを忘れられないでしょう。



ローリンに対する変わることのない愛が彼を生き延びさせました。

はいつでも、どこでも発露するものだと彼は信じていました。

スティーブ皮肉や冷笑や悲観とは無縁でした。

私は今も、そのことを学ぼうとしています



スティーブは若くして成功した人でした。

彼はそのことで孤独を感じていました。

私が知るかぎり、彼の選択のほとんどは自分のまわりに巡らされた壁を壊すためのものでした。

ロスアルトから来た中流の男が、ニュージャージーから来た中流の女に恋をする。

二人にとって、リサとリードエリンイヴ普通の子供として育てることは重要でした。



彼らの家には押し付けがましい美術品などはありませんでした。

スティーブとローリンが一緒になったことが分かってから何年間ものあいだ、

夕食は芝生で食べていましたし、食事が野菜一種類だけだったこともありました。

一種類の野菜をたくさん。

一種類だけです

ブロッコリー

旬の野菜

簡単な調理。

とれたてのハーブなど、適切なものを適切なだけ。



若き億万長者でありながら、スティーブはいつも私を迎えに空港まで来てくれました。

ジーンズを履いて待っていてくれました。



家族会社電話をしたときには、秘書のリネッタが

「お父さんは会議ですが、お呼びしたほうがいいですか?」と答えてくれました。



リードが毎年ハロウィン魔女のかっこうをしたがったときには、

スティーブ、ローリンエリンイヴ魔女になりました。



彼らはキッチン改装に取りかかったことがあります

何年もかかりました。

そのあいガレージでホットプレートを使って料理しました。

同じころ建設されていた Pixarビルはその半分の時間で完成しました。

パロアルトの家の中はどこもそんなかんじでした。

バスルームは古いままでした。

ただし、これが重要なところなのですが、その家は最初の時点ですばらしい家でした。

スティーブは目利きでしたから。



彼が成功を満喫しなかったというわけではありません。

何桁分か控えめではありましたが、十分満喫していていました。

パロアルト自転車屋に行って店内を眺めて、

その店で最高の自転車が買えるんだと自覚するのが大好きだと話していました。



そして実際、買いました。



スティーブ謙虚でした。

スティーブは学びつづけるのが好きでした。



彼はある日、育ち方が違っていれば自分数学者になっていたかもしれない、と言いました。

彼は大学について尊敬を込めて語り、スタンフォードキャンパスを歩くのが好きでした。

最後の数年間、彼はマーク・ロスコ絵画の本を研究していました。

それまで知らなかった美術家を知ってから

未来Appleキャンパスの壁に何があれば皆を刺激できるだろうと考えていました。



スティーブは物好きなところがありました。

イギリス中国のバラの栽培の歴史を知り、デビッドオースティンにお気に入りのバラがあるCEOが他にいるでしょうか?



はいくつものポケットにいっぱいのサプライズを持っていました。

たとえ二十年間人並み外れて近しく寄り添ったあとであっても、

きっとローリンにはこれから発見するものがあるだろうと思います

彼が愛した歌、彼が切り抜いたポエム

彼とは一日おきくらいに話をしていたのですが、

ニューヨークタイムズを開いて会社特許の特集をみたとき

こんなによくできた階段のスケッチがあったのかと驚きうれしくなりました。



四人の子と、妻と、私たちみなに囲まれて、スティーブ楽しい人生を送りました。



彼は幸福大事しました。



そしてスティーブ病気になり、私たちは彼の人生が狭い場所に圧縮されていくのを見ました。

それまで彼は、パリ散歩するのが好きでした。

彼は京都で手打ちそばを見つけました。

スキーでなめらかに滑降しました。

ドタドタとクロスカントリーしました。

もうできませんでした。



最後には、日々の喜び、たとえばおいしい桃ですら、彼を楽しませることはできませんでした。



ですが、私が驚くと同時に彼の病気から学んだことは、

多くのものが失われてもなお、多くのものが残っているということでした。



兄が椅子を使って、ふたたび歩けるようになるための練習をしていたことを思い出します。

彼は肝臓移植をしたあと、一日一度、椅子の背に手を乗せ、支えにするには細すぎる足を使って立ち上がりました。

メンフィス病院廊下で、椅子を押してナースステーションまで行って、

そこで座って一休みして、

引き返してまた歩きました。

彼は毎日歩みを数え、毎日より遠くまで進みました。



ローリンはひざまづいて彼の目を覗きました。



あなたならできる」と彼女が言うと、

彼は目を見開いて、唇を引き締めました。



彼は挑戦しました。

いつもいつも挑戦しました。

その試みの中心には愛がありました。

彼はとても直情的な人でした。



その恐ろしい時節、私は、スティーブ自分のために痛みをこらえていたのではないことを知りました。

目標をさだめていたのです

息子リードの高校卒業エリン京都旅行

家族を連れて世界を回り、退職したときにローリンと乗るために造っていた船の進水式。



病気になっても、彼の好み、彼の決意、彼の判断力はそのままでした。

看護婦67人を試し、優しい心があり全幅の信頼をおけると分かった三人をそばにおきました。

トレイシー、アルチュロ、エラムです



スティーブが慢性の肺炎を悪化させたとき医師はすべてを、氷をも禁じました。

私たちは標準的なICUユニットにいました。

スティーブは普段割り込んだり自分名前ものを言わせたりすることを嫌っていましたが、

このときだけは、少し特別な扱いをしてほしいと言いました。



「これが特別治療だよ」と私は伝えました。



彼は私のほうを向いて、「もう少し特別にしてほしい」と言いました。



挿管されて喋ることができなかったとき、彼はメモ帳を頼みました。

そしてiPad病院のベッドに備え付けるための装置のスケッチを描きました。

新しい液晶X線装置設計しました。

特別さが足りないと言ってユニットをもう一度描き直しました。

妻が部屋に入って来るたび、笑みが戻るのが分かりました。



一生のお願いから、頼む、と彼はメモ帳に書きました。

こちらを見上げて、お願いだから、と。



彼が言いたかったのは、医師の禁を破って氷を持ってきてほしいということでした。



私たちは自分が何年生きられるか知りません。

スティーブ健康だったころには、その最後の数年にも、

彼はプロジェクトを立ち上げ、それを完了させるようAppleにいる同僚に約束させました。

オランダ造船業者は、豪華なステンレス製の竜骨を組み、板を張るのを待っていました。

三人の娘はまだ結婚していませんし、二人はまだ女の子です

私の結婚式でそうしてくれたように、彼女たちと並んで花道に立ちたかったことでしょう。



私たちはみな、最後には、途中で死にます

物語の途中で。

たくさんの物語の途中で。



ガン宣告のあと何年も生きた人についてこう言うのは正しくないかもしれませんが、

スティーブの死は私たちにとって突然でした。



二人の兄弟の死から私が学んだのは、決め手はその人のあり方だということでした。

どんな生き方をしたかが、どんな死に方をするかを決めるのです



火曜日の朝、彼はパロアルトに早く来てほしいと電話をかけてきました。

声には熱と愛情がこもっていました。

同時に、それは動き出した乗り物に荷物が引っかかってしまたかのようでした。

申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに、

私たちをおいて旅に出つつあるときのようでした。



彼がさよならを言おうとしたとき私は引き止めました。

「待って。行きます空港タクシーで行くから。きっと着くから



「間に合わないかもしれないから、今のうちに言っておきたいんだ」



着いたとき、彼はローリン冗談を言い合っていました。

毎日一緒に暮らしてきた夫婦のように。

視線をそらすことができないかのように、子供たちの目を覗き込んでいました。



昼2時まで、彼の妻は彼を支えてAppleの人と話させることができました。



そのあと、彼はもう起きていられないということがはっきりしました。



呼吸が変わりました。

つらそうに、やっとの思いで息をしていました。

彼がまた歩みを数え、より遠くへ進もうとしているのが分かりました。



これが私が学んだことです

彼はこのときにも努力していたのです

死がスティーブに訪れたのではありません。

彼が死を成し遂げたのです



彼はさよならを言い、すまないと言いました。

約束したように一緒に年をとることができなくて、本当にすまない、と。

そして、もっと良い場所へ行くんだと言いました。



フィッシャー医師はその夜を越せるかどうかは五分五分だと言いました。



彼はその夜を越しました。

ローリンはベッドの横に寄り添って、息が長く途切れるたびに彼を引き寄せました。

彼女と私が互いに目を交わすと、彼は深く吐き、息が戻りました。



やらなければならないことでした。

はいまだに、厳しいハンサムな顔立ちをしていました。

絶対主義ロマンチストの顔立ちをしていました。

その呼吸は困難な旅路、急峻な山道を思わせました。



山を登っているようでした。



その意志、その使命感、その強さと同時に、

そこにはスティーブ不思議を求める心、

美術家として理想を信じ、のちの美しさを信じる心がありました。



その数時間前に出た言葉が、スティーブ最期言葉になりました。

それは三度繰り返す単音節言葉でした。



船出の前、

彼は妹のパティを見て、

子供たちをゆっくり見て、

人生の伴侶ローリンを見て、

そして皆の肩の向こうを見ました。



スティーブ最期言葉は次の通りです

OH WOW. OH WOW. OH WOW.

2011-10-28

平成23年10月28日

匿名であってもこんな事を書くのは恥ずかしいが、自分にとってとても大きな事件だったし、

はてな匿名ダイアリーは恥ずかしい文章ばかりだし、何より思いを外に吐き出したいので書く。



■今年の4月頃、何の気は無しに昔の同級生の名前

何人分かインターネット上で検索してみたら一人の元同級生のブログが見付かった。

12年振りに見た同級生の顔はえらい老けていて驚いたが、

それでも確かに中学生当時の可愛い顔を成長させた様な可愛いらしさが有った。

その人は家柄と経歴と育ちがまず凄い。祖父の代から家族全員が音楽好きで、女子高出身で音大の大学院を出て、

普段はフルート奏者だが男子校でのフルート講師や絵のモデルをやっている。

しかも一日12時間フルートの練習をこなす事もあり、人柄もキャピキャピした派手さが無く

犬好きで犬を見かけるとつい撫でてしまう、というぶりっ子と言われかねない可愛らしさを自然体で有している。

家の写真フルートを有したり音大の大学院に進む点から富裕層である事が伺える。

『何だよこの化物じみた完成度。誰が作者の漫画の登場人物なんだよ。男子生徒はこの先生に絶対惚れるだろ』

突っ込みを入れたくなる。

正に物語に出てくる様なお嬢様そのもので、ブログを読み進めていく内に俺はうっかり惚れてしまった。

中学校時代可愛い女子生徒だな程度にしか思っていなかったのだが、

まさかこんなに漫画みたいな人だとは、俺が今になってこんな形で惚れる事になるとは思いも寄らなかった。

それからは、我乍らストーカーの様だと思いつつ、

ブログを読んで情報を得てはその人が自分彼女になった妄想をする様になった。

街に出ても、今擦れ違ったのはあの人かも、公園に行けばあの人に会えるかも、と想ったり、

今迄していた自分金持ち成る妄想にその人を嫁として組み込んで、

嫉妬したり相思相愛になったり盲目的に恋したり離婚したり死に別れたりと

様々な妄想毎日半年近く続けて日々を充実させていた。

危ない。このままじゃいずれ現実妄想の区別が付かなくなって本当にストーカーになりかねない、

自分でも怖気づく時が有る位空想上の彼女の虜になっていた。

■ところが今日、その人のブログを久し振りに見たら入籍の報告が書いてあった。

妄想の源泉が尽きてしまった。それも一番起きて欲しくなかった抗い様の無いはっきりした形で。

絵に描いた餅が破れた。砂絵が掻き消された気分だ。

まりに早過ぎる。せめて後半年位は僅かな希望を、夢に浸らせて欲しかった。

現実的に考えれば自分とその人が結婚に至る事はまず無いし、

可愛い子なんだから彼氏が居ても不思議ではないなと思っていたのだがそれでも悔しい。

まさかこんな事がという信じられない気持ちだ。残念だし間違いであって欲しいと思う。

なんでよりにもよって俺が好きになったこの人なんだと。

ブログに2~3度書かれた結婚への憧れも彼氏を前提にしたものだったのか。

300本近くの記事に彼氏を匂わせる文章は一つも無かったから、単なる遠い憧れとして捉えているのだと思っていた。

■これからはどうしよう。こんな事実を知ってしまっては妄想を楽しむ気も起きない。

お近付きに成る為にその子が使っているフェイスブック

俺も使い始めようかと考えていたがその必要も無くなってしまった。

何をどうしよう。心の宛て所を見失ってしまった。


平成23年10月30日

 その人の名前検索すると検索結果の一番に入籍の報告が出ていて心が痛い。「いいよ、もう知ってるから出さないでよ」と思ってしまう。

結婚相談所広告も見る度に入籍の話を思い出して憎い。地震後に彼氏との結婚を考える女性が増えた、という報道も今思い返せば憎い。

地震さえなければ入籍なんか無かったのか、一縷の望みが消えなかったのか、と考えてしまう。

 ただ、その結婚相手が自分以外の中学校の同級生でなかったのは微かな救いだった。

若しそうだとしたら折角の機会を無駄にしたという理由で後悔はより強くなっていたから、そうでないのは良かった。

 よくよく考えれば、漫画に出て来る様なしっかりした人なんだから婚期を無為に伸ばしたりせずちゃんと人生設計を立てて

20代の内に結婚をするのは当然か。寧ろ賢いというべきだ。

職業柄いつもドレスを着ているし結婚式への参加も多いが、ウェディングドレスに新鮮味を感じたりするんだろうか。俺が着せてあげたかった。

 もうすぐ誕生日だが、実家で過ごす最後誕生日になるかも知れないか彼氏家族と何か特別なお祝いをするんだろうか。

 何故か一度書かれた同い年の従姉妹結婚式についての記事が消されている。

■この人はフルートを各地で演奏している。

ブログは個人的な日記ではなくファンの閲覧を前提しており、記事も仕事絡みが大半で私的な内容は少ない。

固定ファンが記事のほぼ全てにコメントを付けているしつまらないコメントであれ返信も細目に行い欠かしていない。

どう考えても一般人ではなく小さなアイドルとしてのブログだと言った方が正しい。

俺は『立派な元同級生』に惚れたつもりだったが、その実単に『アイドル』に惚れてしまっていたのだろうか。

いやしかし、ブログという文字情報仕事としての振る舞いを理由に惚れるのも含めて恋愛と呼ぶ気もする。

■俺の記憶に有るあの人の声と笑顔を独り占めさせて貰えるのも、

何か小さな冗談を言い合ったりふざけてじゃれあったり愛だ好きだを語ったり

二人の人生について悩み合ったり頼ったりする相手、『人生の伴侶』も決して俺ではなく彼氏なんだろう。

俺には何の相談も無しに大切な事を決定し、どんどん幸せになっていき、勝手自分人生を生きて満喫するんだろう。

俺はといえば、これからも何か有る度にこの人の事を思い出してブログを読んでみては、

旦那との日常妊娠出産子供の成長話やこの人自身の立身出世振りにやきもきして自分自分を苦しめるんだろうか。

俺の存在なんかは当然その人の人生に掠りもしないんだろうな。

そういえば、俺の誕生日に書かれたブログ記事には当たり前だが何も特別な事は書かれていなかった。こんな事がいちいち空しい。

嫌われたり疎まれても構わないからこの思いの一片でもあの人に伝わって欲しい。

平成23年11月2日

今日ブログを全部読み終わったらあの人の家の凡その位置が分かってしまった。

中学校の同級生だから同じ学区の範囲内に住んでいるのは当たり前だが、憧れの人がこんな近くに住んでいたとは思っていなかった。

グーグルストリートビューで自宅写真を探すが見付からなかった。

平成23年11月3日

久し振りに大きな地震が起きた。あの人もこの地震に揺られたのだろうか。

同じ体験が出来たと思うとこんな事でも嬉しいが、こういう共通体験を話し合う機会は一生無いのだと思うと虚ろな気分になる。

平成23年11月7日

あの人の自宅が在りそうだと目星をつけた所を周る。いよいよストーカーの様になってしまっているが、

この辺りには別の理由で一度来てみようと思っていたのでそれを自分への言い訳にする。

それにしても、あの人は果たしてこんな所に住んでいたのか。

あの人と同じ体験を僅かでも積み重ねられてより理解を深められた事は何となく嬉しいが、

市内にこんな所が在ったのか、という驚きの方があの人への興味を上回ってしまう。

平成23年11月9日

あの人の誕生日だ。今日も自宅の在りそうな周辺を周るが、全く見付けられない事もあって公園で遊んでいる方が楽しい

平成23年11月10日

あちこちに普段しない遠出をした事も働いてか、漸く最近になってあの人への思いが薄くなってきた。

恋人が居ないという事は妄想上の恋人であっても寂しいが、やっと恋人妄想をする以前の状態を思い出してきた。

もう『他人』なのだから普通に適当幸せになればいいんじゃないか、という他人事な投げ遣りな気持ちであの人の事を考えたりする。

平成23年11月13日

あの人のブログ更新分を読むと、入籍した前後に既に引っ越していたらしい。

自宅の近所をうろついて擦れ違う事が出来れば、一目見る事が出来れば、と思っていたがブログを読み終わるのが遅過ぎた。

もう完全に機を逃した。一生擦れ違いもしないだろう。

結婚式今日行われるらしい。何の問題すら無く順調に準備が進んでいる。

俺と彼女の無縁っぷりに改めて感心するばかり。俺の悩みは何の障害にもならずにスイスイ自分の道を進んで行っている。

俺の存在に気付いてもらうにはもう超自然的な何かに祈る他無いな。

 妄想の中のあの人は俺の子供を二人産んでいつまでも若々しいままでよく俺を叱ってくれた筈だが、

そんな昔の出来事を思い返して現実比較してどうのこうの考えると、馬鹿らしい上に自分が辛い。

 数年内には子供が産まれるのだろう。彼氏名字を冠した子供が。俺の知らないどこかの土地幸せ子育てをするんだろう。

その頃にはもう未練なんて無くなっているだろうが、自分が置いて行かれている気持ちを味わう様な気がする。

平成23年11月14日

もう結婚式を終えて初夜を迎えたんだろうか。二人で裸で抱き合ったまま寝たんだろうか。我乍ら気持ち悪いがつい考えてしまう。

もう名字も変わっている筈だ。妄想しようにもあの人の名前すら不明になってしまった。

次の22日は『いい夫婦の日』だ。実際いい夫婦になるんだろう。

次のクリスマスはやっぱり仕事なんだろうか。それとも新しい家族の為に休むのだろうか。

消し切れない雑多な思いを書き出す事で何とか解消したい。

平成23年11月16日

13時頃あの人の自宅が隣に在るらしい公園に行くと、真っ赤な晴れ着姿の女と袴姿の男がカメラマン撮影されていた。

まさかあの人なのか、と思って顔を確認するとあの人よりも若い20代前半の全然違う顔の女性だった。

あの人と擦れ違える可能性は無くなった訳だし、もうこの公園に来るのは暫く止めよう。

 あの人は大阪結婚式を挙げて今は海外新婚旅行中らしい。結婚式写真を見るととても様になっていて嫉妬も何も湧かない。

ブーケも投げたらしい。本当に出来の良い人だ。

2011-10-27

http://anond.hatelabo.jp/20111026145458

忙しいのはわかってるし、そんな内容ははどうでもいいんだ。

どうでもいいというか、忙しくしようと思えばいくらでも忙しいのだし、それを避けようと思えばいくらでもできる職場だって、みんな知ってるよ。

個人的な意見というか体験を、ただ先生というだけの関係ない人にぶつけて申し訳ないけどきいてくれ。



真剣に働く教員の女と付き合ってたけど、無理だった。

の子はすべてが学校中心の生活だった。

彼氏である俺のことが後回しなのはある程度仕方ないとは思う。

でも、あの子はそうなって当然と思っていて、そこにお詫びする気もなければ、待ってくれることや予定を合わしてることに感謝する気もなかった。

自分が忙しいからそれは仕方ないことで、俺の振る舞いは当然だと思っていたのだと思う。




いろいろな社会常識も欠落、というか、時間いからそんなのしょうがないじゃん!ですべてが許されると思っているみたい。

俺の元彼女は、結婚式の招待状が送られてきたのに、口頭で返事をするだけで同封の葉書を送らなかった。

お祝いのお金新札を用意せず。

「そんなん一年目で仕事一生懸命してたら、そんなのできなくて当たり前でしょ!」

って逆切れした。

の子の中ではそうなのかもしれないけど、結婚式に招待してくれた人はかけらもそう思っちゃくれないってことがわかってないようだった。





当時俺は結婚をするつもりで親に紹介したが、母は、

「あの子を嫁にするならば、通常は嫁がフォローしてくれるケースの多い近所付き合いなどは全部自分でするつもりでいなさいよ」

とだけ言った。




想像の通り、元彼女は、増田のいうとおり社会経験のない人だった。

現役で大学入って、大学4年で一発で教採合格した人だ。

地雷だった。




まあ、あの子人生からいいんだ。

の子社会常識が欠落していて、どんどん友達も、彼氏も失っていく。

そしてそれは、仕事一生懸命頑張って、とても大好きな生徒と向き合ってるから仕方ないんだ、で納得してるならいい。

現にいまはそうなんだろう。

でも、ほかの増田も言ってるとおり、生徒には自分なんかいなくたっていいんだよ。

自分がすべての大切なものを捨てて、ちょっと冷静に考える余裕を欠いているうちに、取り返しのつかないものを失ってるんだよ。

それに気づいたら、どうするつもり?

あと何年で気付くかわからないけど、あのこは今年で3年目だ。

の子のいう大好きな生徒たちは、今年でみんな卒業する。

俺と別れた時に、それでも私には生徒がいるから、って言ってた生徒はいなくなるんだ。

早ければ、春になればすべてを失ってた自分に気付くんだろう。

それでいいの?

どうなの?

先生ってどうなの?




の子は、俺が福岡いかなかったら絶対結婚してたって言ってたけど、俺から言わせればあの子が少しでも余裕のある時間を持てるように心がけてさえいれば、

絶対結婚してたって思うよ。

元増田は、「生徒のためにはどうかと思うけど手を抜ける」って言って、生徒を犠牲にしちゃうのはさすがにありえないでしょ、って雰囲気をかもしだしてるけど、

それでも「手を抜ける」仕事なのは事実なのだから、いくら忙しかったって、それは自分で選んだって、ことだ。

○○よりも生徒を優先する、って選択だ。




の子がどうなっても構わないと言えば構わないのだけど、やっぱり今でも気にはなるし心配

俺は、あの子よりも一点以外、すべてにおいてすぐれてる新しい彼女ができて、いまは幸せなのだけどね。

そしてその、あの子が今の彼女よりも優れていた一点っていうのは、「仕事を頑張ること」だけだと思う。

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