はてなキーワード: 竹内久美子とは
先日週刊新潮だか週刊文春だかで、動物行動学者だか遺伝学者だかの
読者から「芸能人の子供には女の子が多いと思うのですが・・・」という質問に対して
「アメリカのエグゼクティブの子供には男の子が(性比と比べても)多い」と反論している。
「男の子が多い」というデータそのものも、統計学的検証に耐えうる精度を保っているとは
思えないような代物なんだが、彼女は、その根拠薄弱なデータを「正」として、
そのデータを成立させるための「こじつけ」をこねくり回している。
いわく
「男の子を育てるには、(女の子と比べて)手間・体力がかかる。
(確かにそうでしょう)
↓
「だから、エグゼクティブの男の子とそうでない庶民の男の子では、
(・・・まあ、認めましょう)
↓
(・・・???????!)
「生存率を高めるため、女性側が性別を選択する」って、
アンタ、ラマルクの「用不用論」か?
さすがに性決定遺伝子が精子側にしか存在しないことを知らない竹内久美子ではないと思うが、
3段論法の最終段のぶっとびっぷりには、タマげた。
せめて、
「エグゼクティブ家庭は食生活がアルカリ性になる傾向にあるから、
変なツッコミを受けなくて済むと思うのだが。
男ってどうしようもない奴が多いね。何だかんだ言って女性の方が優しいよ。
男は壊れている奴が多すぎる。荒らしの95%は男だし、犯罪者も9割以上が男。
どうして男はこんなにも壊れ易いのか?それは染色体に原因がある。
竹内久美子さんによると男性はX染色体を一つしか持っていないから遺伝的に不安定なのだそうだ。
オランダには先祖代々犯罪者の家系と言うのがあって生まれてくる男子はことごとく犯罪者になってしまうが、女子は問題なく育つらしい。
X染色体を二つ持ってさえいれば犯罪者になりやすい遺伝子を抑えられるのだ。
男性の方が人口比が高いから、市場原理的に考えても女性の方が価値がある。
題は結構マジかも。元記事の意図はさっぱりだから、記事から論文を復元してみるテスト。
「囚人のジレンマ」ゲームとは、協力と裏切りという選択肢があり、裏切ったときに得る報酬>協力をしたときに得られる報酬>両方とも裏切り合ったときの報酬>裏切られたときの報酬となるように設計された環境において、人々はどういった行動をするのかを調べるゲームである。
これまで「囚人のジレンマ」系研究によって以下のことが知られている。
最後の研究が、評判が機能する環境において、裏切り戦略が一般に不利だという話に繋がっている。
http://www.swissinfo.org/jpn/front.html?siteSect=105&sid=10322161&cKey=1234439657000&ty=st
ここで検討されている戦略はどういったものだろうか?
まず、
に分けた。
ダニエル・ランキンは、
上記の2つのグループを混ぜ合わせ、25回の融和をさせてみた。その中から、1番少ないコストで最も利益を上げたサンプルを取り上げ、次の実験にも使い、負けたサンプルは取り除いた。このプロセスを2500回して結果を集計した。
その結果は「評判の悪い生体、つまりほかから助けを受けない生体は強く、評判が良い生体は淘汰される。最良の策は思いやりを持たないこと」
だとランキン氏は言う
皆様。理解できたでしょうか?
私なりに、記事中の彼のモデルを再構築すると
つまり(1)と(2)の違いは、協力を受けないかどうかではなく、(1)手違いがあっても「(次のゲームに)切り替えていく」グループ(2)一度でも裏切られたら「絶対に許さない。顔も見たくない」という態度のグループなわけ。
先行研究との違いは、エラー込みの評判利用型ゲームと言えばいいかな。
実は、先行研究の弱点でもあるのだけれど、この評判利用型繰り返しゲーム最大の問題点というのがあって、評判の利用できる範囲が設定されていないというのがそれ。全ての参加者が、前の対戦における行動を参照できるというのは、評判ではなく自己申告を利用しているに等しい。
というわけで、どうひっくりがえしても評判の悪い生体、つまりほかから助けを受けない生体は強く、評判が良い生体は淘汰される。最良の策は思いやりを持たないこと
にはなりません。
また記者の責任かはわからないが、どの戦略を残すのかについてかなり奇妙なことをしている。
研究結果が、道徳上なんらかの影響があってはならないとランキン氏は強調するが、経済界にとっては、ある種の影響を与えるものだ。研究中ランキン氏は、米イェール大学の金融学者ウィリアム・バイネッケ氏の研究書を参考にした。バイネッケ氏はインターネットの書籍オンラインショップ「アマゾン ( Amazon.com ) 」や「バーンズ・アンド・ノーベル ( Bernesandnoble.com ) 」の書評を分析し、評価の高い本より評価の低い本ほど、売り上げが多いことを発見した
アンチが沸く本はいい本という話を、行動選択の話に引きつけてくるなんてトンデモそのもの。
本文のとなりに微妙な解説記事が
ランキン氏の説明によると、例えば誰かを助けようと自分で決めたとして、誰もその人の行動を知らず、その人にとって見返りもないというのであれば、助けないのが最良であるという論理が成り立つという。
「一方で、誰かに見られていて自分の名声にかかわるとか、ほかの人全員がすることに自分の行動が左右されるとなれば、協力したほうがよいという判断が働く」
囚人のジレンマ型ではないの?対戦型なら少なくとも対戦相手には必ず、協力か裏切りかが伝わるんだけど。
評判の評価システムが狂ってるとしか思えないが。
(つまり、自分が子供を作らなくても自分の遺伝子は後世に残せる)
…という話をいつだったか聞いたのだが、
ちょっとそれは聞きかじりすぎてダメだが、一応ソースはわかる。
生物学者のE.O.ウィルソンが社会生物学という本の中で、「それに近いこと」(そのまんまじゃない)をいっている。
http://www.amazon.co.jp/dp/4783501122
これは蜂のような、自分が子孫をのこさない行動を取る個体のいる生き物がどうやって進化したのかを説明するもの。
いとこが8人いて彼らが子供を残すなら、君の生物学的特長はたいてい引き継がれるよ。という話ではあるのだけれど、このとき君がいとこの子育てに関与しない場合、いとこの子はほかの一族に比べて有利でも不利でもない。すごい厳しい環境で殺したり殺されたりが日常茶飯事だと、君の特徴は残らないかもしれない。そこで君が積極的にいとこの子育てに関与したとする。食事を持ってってやったり、子守をしたりね。そうすると、親だけが世話する他の種族に比べてちょっとだけ生き残るのに有利になる。結果として「いとこの世話を生理的に嫌がったりしない」という君の特徴はいとこの子等のうち誰かに引き継がれていき、積み重なると、子を生む親とその世話をする大勢の親族という生き物が出来上がる。
勘違いしないで欲しいのは、「どうしてそうなったか」を説明する話で「どうすりゃいいのか」を示す話ではないということ。
竹内久美子あたりが嬉々として混同した話を振りまいて、それがあっちこっちで断片化してトリビアみたいな形で残ってるけど信用したりしないで欲しい。
何に幸せを求めるかはほんとに人それぞれだけど、「生物学的にこうだから幸せなんだ」ってのは欺瞞だから。
君の生物学的特徴が残ること(≠君の子供が生まれること)と、君の人生とはあんまり関係がないとは思わないか?
この手の願望はいつも理解できなくて。
簡にして要を得た批判ができないようだ。屁理屈の付けかたなどウチのオクサンなみ。
批判の要点が分かってないようだ。竹内久美子並。
批判の要点が分かってないようだ。竹内久美子並。
参考:竹内久美子
http://flinker.jp/item/detail/220545
レビュー読んでみるといいよ。
だからさー。http://anond.hatelabo.jp/20070904115743このへんもそうなんだけど、遺伝子の話を「ビーバーのダムは遺伝子の表現型か」的な話にもってって一般化するとループするからやめよーぜ。最終的に決定論と非決定論みたいな神学論争になりがちだし。増田が全員竹内久美子に見えて絶望的な気分になるし。
もっと個別に!
もっと寛容に!