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2018-01-14

日本銀行歴代総裁wwwww

1 吉原重俊(よしはらしげとし)

2 富田鐵之助(とみたてつのすけ)

3 川田小一郎(かわだこいちろう)

4 岩崎彌之助(いわさきやのすけ)

5 山本達雄(やまもとたつお)

6 松尾臣善(まつおしげよし)

7 高橋是清たかはしこれきよ)

8 三島彌太郎(みしまやたろう)

9 井上準之助(いのうえじゅんのすけ)

10 市来乙彦(いちきおとひこ)

11 井上準之助<二度目の就任>

12 土方久徴(ひじかたひさあきら)

13 深井英五(ふかいえいご)

14 池田成彬(いけだせいひん)

15 結城豊太郎(ゆうきとよたろう)

16 渋澤敬三(しぶさわけいぞう)

17 新木栄吉(あらきえいきち)

18 一萬田尚登(いちまだひさと)

19 新木栄吉<二度目の就任>

20 山際正道(やまぎわまさみち)

21 宇佐美洵(うさみまこと

22 佐々木直(ささきただし)

23 森永貞一郎(もりながていいちろう)

24 前川春雄(まえかわはるお)

25 澄田智(すみたさとし)

26 三重野康みえやすし)

27 松下康雄(まつしたやすお)

29 福井俊彦(ふくいとしひこ)

30 白川方明(しらかわまさあき

31 黒田東彦(くろだはるひこ)

これ半分以上ノーヒントで読める増田いるの?

2008-12-24

朝日新聞GLOBE(12/22) 金融危機中央銀行 [その2]

http://anond.hatelabo.jp/20081223235800 の続き。

(G-3面左上)

上司・学界相手に、持論を譲らず

総裁、私は量的緩和を拡大すべきではないと思います。効果が見込めません」

2003年秋、日銀総裁室。金融政策担当理事の白川方明が、総裁福井俊彦にそう直言すると、居合わせた数人の幹部に緊張が走った。

量的緩和に一定の効果はある」。福井は首を縦にふらなかった。

量的緩和政策は、01年、福井の前任の総裁、速水優の時代に導入された。金利目標に政策を行うのではなく、民間銀行日銀当座預金に置いている「資金量」を目標にする政策に切り替えたのだ。

ゼロ金利に戻る中での窮余の策ではあった。ただ、資金量をじゃぶじゃぶにすれば、民間への融資に回ったり、株式などへの投資に回ったりして、経済活性化するのではないか。そんな期待も背負っていた。

当初の5兆円の目標を段階的に引き上げ、03年に福井総裁に就任したときには15〜20兆円に膨らんでいた。

白川も、量的緩和に全く効果がないと思っていたわけではない。市場に潤沢に資金が供給されることで、市場安心感は広がる。しばらく金利引き上げがないという判断から長期金利が下がる効果も見込んでいた。

ただ、01年以降の結果を分析したところ、量的緩和の拡大が直接、株価を上昇させたり、経済の需要を増したりする効果は乏しいと判断した。

福井と白川の違いについて、当時の日銀幹部はこう解説する。

福井総裁は『多少でも効果があるなら、あると言って続けたほうが経済にとって良い』という考え。白川理事は『効果がたいして期待できないのなら、効果があると言い張るのは、ごまかしに近い』と思う。2人の哲学の違いだった」

経済論壇では、もっと根源的で、いまなお決着がつかない二つの考え方の対立がある。

学習院経済学部長の岩田規久男は「日銀は、ゼロ金利量的緩和政策も解除すべきではなかった。デフレ(物価の持続的下落)基調は続いており、ゼロ金利に戻すべきだ」と話す。

岩田は、デフレ脱却を提唱する「リフレ派」の代表的な論者として知られ、日銀を激しく批判してきた。デフレ下では、借金をしている企業や個人の負担が重くなったり、人々が価格の下落を待つためにモノを買い控えたりして、経済そのものに大きな打撃を与える、とみる。

デフレ不況の原因か

リフレ派」の多くは、バブル崩壊後の不況の大きな原因がデフレにあるとみて、日銀が1〜3%程度の「インフレ目標」を掲げるよう唱えてきた。海外ではこうした目標採用している国も多く、FRBの議長になったバーナンキを含め、米国経済学界でも主流だった。小泉政権で閣僚を務めた竹中平蔵や、量的緩和政策をいち早く提唱した元日銀審議委員の中原伸之も、インフレ目標の導入を訴えてきた。

一方、白川ら日銀の多数派はインフレ目標に否定的で、金融政策は、景気全体や地価や株価などの動向も含めて判断すべきとの立場だ。デフレは、資産バブルの崩壊に伴う長期不況の結果であって、デフレが緩やかなペースにとどまる限りは経済に悪影響を与えないとの考えに立つ。

白川と岩田はともに、東大経済学部教授だった小宮隆太郎の門下生である。小宮が02年に編集した本で、2人の弟子はそれぞれ鋭く対立する立場から議論を展開した。

今回の危機でも、リフレ派と日銀派の視線はまじわらない。

「危機なのだから、一刻も早くゼロ金利の復活を」と主張する「リフレ派」に対し、「日銀派」はゼロ金利量的緩和に否定的だ。

日本の超低金利で、米国などに資金が流れ込んだ。世界バブルの2割ぐらいの責任がある」と日銀の元理事は言う。「リフレ派」の言い分を聞いていたら、バブルは加速し、崩壊のダメージはさらに大きかったとみる。むしろ、もっと早く金利を上げるべきだったという意見が、「日銀派」の中には根強い。■

2008-12-23

朝日新聞GLOBE(12/22) 金融危機中央銀行

朝日新聞GLOBE金融危機中央銀行」のうち、http://globe.asahi.com/ 上に掲載されていない部分を以下に載せます。

(G-2面の囲み記事)

ハプニング総裁に就任

白川は、数年前まで、日銀内部で副総裁候補ですらなかった。

入行の2年後輩の稲葉延雄(現・リコー特別顧問)が、副総裁、そして総裁候補の「本命」だった。稲葉は、若いころから金融政策を担当し、1998年施行された日銀法の改正作業でも、日銀内で中心的な役割を担った。

他にも、やはり日銀法改正にかかわり人脈の広い三谷隆博、国際派の平野英治ら、理事を経験した有力候補がいた。

最近になって白川の存在感が増してきたのは、日銀幹部に、海外中央銀行幹部と対等に話ができる経済学の専門知識が求められるようになったためだ。ただ、福田政権が今年春、白川を副総裁に指名したのは、意中の総裁候補が武藤敏郎(当時、日銀総裁)だったことも大きい。

財務事務次官経験した武藤は各界の太いパイプがあり、調整能力にたけている。理論派の白川は、武藤と組み合わせるとちょうどよいと目された。この時点では、あくまで白川は「知恵袋」として、総裁を補佐することが期待されていた。

ところが、運命は、本人も予想しない方向に転がっていく。

参議院で多数を握る民主党は、「財政金融の分離」を唱えて財務省OBの起用への反対を崩さず、武藤総裁案を葬り、やはり財務(大蔵)事務次官経験した田波耕治案も一蹴した。

主要7ヵ国財務相中央銀行総裁会議(G7)が近づくなか、総裁空席が長引くダメージは大きい。となると、民主党が同意できる、残る総裁カードは、白川しかなかった。

当時、白川は58歳。50代の若さ総裁の退場は52年ぶり。金融政策などを決める政策委員会の5人の審議委員のうち、4人は白川よりも年上だ。

いきなり約5000人の職員を擁する組織のトップに就いた白川の指導力、調整力には不安もある。首相麻生太郎は、白川自身の意向も聞き、山口広秀を副総裁に任命した。

山口日銀出身だが、政府との実務交渉経験が長い。今後、内部管理的な業務や政府との意思疎通などで、山口が担う部分も増えていくとみられる。■

華やかな場所は苦手

総裁である福井俊彦は、社交的で人づきあいがよく、経済界にも豊富な人脈があることで知られた。財界人とも頻繁にゴルフをした。

白川は少人数の食事会での議論は好きだが、パーティなどの華やかな場所は苦手。若いころはテニスを楽しんだが最近はやらず、ゴルフも年に数回程度。週末の楽しみといえば、「双眼鏡を持って、妻とバードウォッチング」といったところだ。

もっとも、この秋からは金融危機の対応に追いまくられ、バードウォッチングどころではない。

白川は1949年福岡県小倉で生まれた。姉と弟の3人兄弟。父は、地元東洋陶器(現・TOTO)に勤めるサラリーマンで、後に社長となる。地元の公立小中学校から県立小倉高校に進んだ。

高校時代の同級生で、以来親しくつきあう読売新聞大阪本社執行役員松尾徹は「誠実で、はったりがない。困った顔をすることはあるが、怒った姿をみたことがない。線が細そうにみえるが、案外、楽観的で腹がすわっている」と白川を評する。

東大文科一類に入学したが、経済学部に進む。法律より経済学に面白みを感じたのが理由だ。

21歳の夏休み帰省先の小倉から上京するブルートレイン(寝台列車)の中で、津田塾大の学生だった美恵子と知り合い、日銀に入ってまもなく結婚した。日銀就職したのは「ビジネスは大切だが、自分民間企業に向かないと思ったから」。

入行4年目で米シカゴ大学留学して経済学修士号を取得。博士号を取るためにもう1年の延長を願い出たが上司に断わられ、日銀を辞めてシカゴに残るかどうか悩んだ。

その当時、白川の1年先輩で、相談を受けた大塚二郎(現・政策研究大学院大学教授)は、「日銀を辞めて学者になったら」とアドバイスした。「組織の中で出世するタイプには見えなかったしね」と大塚は笑う。

服装にはさほど構わないが、ネクタイにはこだわりがある。海外出張の時に免税店自分で買う。今年10月の「クールビズ」明けの記者会見では、小倉高校の同級生たちから贈られた小倉織のネクタイを締めた。

週刊誌に「いつもの寝グセを何とかしたほうがいい」と書かれると、友人が「寝ぐせ直し」用の整髪料をプレゼントしてくれた。以来、毎朝それを愛用している。■

2008-12-22

[][]2008年12月22日朝日新聞 GLOBEより 福井と白川の哲学の違い

総裁、私は量的緩和を拡大すべきではないと思います。効果が見込めません」

2003年秋、日銀総裁室。金融製作担当理事の白川方明が、総裁福井俊彦にそう直言すると、居合わせた数人の幹部に緊張が走った。「量的緩和に一定の効果はある」。福井は首を縦に振らなかった。

量的緩和政策は、01年、福井の前任の総裁速水優の時代に導入された。金利目標に政策を行うのではなく、民間銀行日銀当座預金に置いている「資金量」を目標にする政策に切り替えたのだ。

(中略)

白川も量的緩和に全く効果がないと思っていたわけではない。市場に潤沢に資金が供給されることで、市場安心感は広がる。しばらく金利引き上げがないと言う判断から長期金利が下がる効果も見込んでいた。

ただ、01年以降の結果を分析したところ、量的緩和の拡大が直接、株価を上昇させたり、経済の需要を増したりする効果は乏しいと判断した。

福井と白川の違いについて、当時の日銀幹部はこう解説する。

福井総裁は『多少でも効果がるなら、あるといって続けたほうが経済にとってよい』と言う考え。白川理事は『効果が大して期待できないなら、効果があると言い張るのはごまかしに近い』と思う。2人の哲学の違いだった」

2007-01-28

[][]わたしもここまでは言えなかった。すごい。

その圧力は、違う...

解釈をそろえろって、その圧力のかけ方は違うなー。

その政府の圧力にこたえちゃったら、中央銀行としての機能が一つなくなるんだよなー。

するのしないの、思わせぶり、。。。

あげるあげるといいながらなかなかあげない日銀みたいだ。

と書いたがもっと面白くできないといけないなと思った。天才的だなって思った。

http://bogusnews.seesaa.net/article/32257893.html [同人誌動向] 「日銀ヘタレ受け」本が人気

日本銀行福井俊彦総裁が痴態を繰り広げる姿に、多くの女性が欲望をたぎらせている。

池袋「ケイブックス」の女性向け同人誌フロアでは、今月はじめから特集の平台を組んで「日銀ヘタレ受け」を扱っている。その数およそ20冊以上。売り場担当によれば、中でも人気は

中川秀直自民党幹事長×福井総裁受け」本

だとか。これまでに200部を売り切った「アブない??利上げ」では、中川幹事長の「オレさま攻め」が冴えわたる。

 
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