はてなキーワード: 神経症とは
http://anond.hatelabo.jp/20120122164816
私も笑うことはとてもいいことだと思う。時には無理したって笑うことだって必要だと思う。
楽しいから笑うんじゃなくて、笑うから楽しいって言葉もあるしね。
だから、あなたのように、個人が自分の判断で意図的に笑おうとするのは素晴らしいことだと思う。
ただ、私がキにしてるのはもう少し深刻な人たちです。
こういう意図的な笑いがあまりにも頻繁に必要なのだとしたら、ちょっとそれは自分を見直す必要があるし、
まして笑いたくないところで笑いを強制されるような場があるのではないかと思ってるんですよね。
無理やり笑うって結構しんどいと思うんですよ。しんどいかこそ価値があるんだと思うけれど
あんまり頻繁にやってると、身体の根っこの部分がくたびれるような気がしてます。
富樫の話はオチです。
人のことは批判してながら、結局自分もそうやって笑ったりワクワクするきっかけを求めてる。
で、それはそれでいいじゃないか、と思うんですよ。
それが仕事じゃないから、現実じゃないから、小説じゃないから、良い作品じゃないから、ステマだから、
批判しようと思えばいくらでも出来ますが、本質は全部一緒でしょ?
要するに、みんな何かで感情揺り動かしたい。自分が生きてるって実感を得たいわけじゃない。
そう思うと、何か親しみを感じます。愛しい気分にすらなります。
自分は理解出来ないけど、他の人はとにかくわらをもつかむ思いで恋空とかゲーセン女とかもしドラとかをその日の自慰に使うんでしょう。
そして、お互い賢者モードになってから話をしましょうよ、と思ったり。
眠れないから安酒を飲んで、くたびれるまではしゃいで、くたくたになって、
何かに追われるように、自分を追い詰めるようにそういうものにしがみつくのはやめたほうがいいと思う。
不安で神経が高ぶって眠れぬ時には、おとなしくクスリを飲んで寝ることです。医者に相談すべきです。
根本的に治したいなら、安い話を読むのをすっぱりやめてセルフヘルプの本に真剣に取り組むべきです。
孤独のグルメの例のセリフは、本当に自分にとって真理だと思う。
まぁオチとしては、神経症を連呼する増田本人が神経症でしたってところだと思う。
どんなに気を遣っても非難されてる気がするとかそんな感じだろう。
いや、イヤフォンをしていながら、シャカシャカ音が漏れ聞こえるとしたら、「難聴になりたいんですぅっていうシグナル」だとは思うよ。
お前は何を言ってるんだ…。
ここでの大多数の増田の主張は「0.1dbより遥かに大きい音漏れさせてる馬鹿がいっぱいいてウザい」であって、神経症だかなんだかの人間の主張ではない。
だから
と言っているし、その少数派の大声だけが拡大されて慎ましやかに音楽を聞こうとしているミュージックラバーズ(笑)が過剰に避難されたり、周囲を気にし過ぎて脅迫観念に縛られるのがおかしいんじゃないかと思っているわけでして
が真理だとしたらipodなんて売れるわけないし
神経症に気を使うべきか云々に対しては
俺が気に入らないだけっていうなら理解するし俺は堂々とそれを無視できる
「私はペースメーカー使用者ですので電磁波を出す機器の使用を中断する配慮をお願いします」って掲示して優先席へ行くならなら携帯の電源をオフするか別の車両に移るし
「私は神経症で極微小な音だけでも発狂して大声あげてしまうので配慮お願いします」って掲示して優先席へ行くならもちろん音を切るし一切近づかないよ
「音楽をいつでも楽しむ権利」とやらが、そんなに市民権を得てないということなんじゃないかね。
音楽なんか家で聴けばいいだろ、って奴、さっきもいたじゃないか。
「公の場では、私的な楽しみは制約を受ける」ってことが、そんなに変とも思わないしな。俺個人としても。
市民権を得てない権利を振りかざせば、そりゃ攻撃される。権利を認めない人との間で、軋轢が生じる。ごく当り前。
まぁ、攻撃にめげずに何らかの社会的活動を続ければ、いつか市民権を得る時が来るかも知れないが。
そこについては、俺はなんとも言えん。
…それはともかくとして、だ。さっきから少し気になる点がある。
「神経症」であれば、「配慮する必要はない」というエクスキューズになるのか?ということだ。
仮に、シャカシャカ音を気にする人は「神経症」であるとしよう。
でも、公の場に一定数の「神経症」の人がいるとするなら、「神経症」の人への配慮は必要ではないのか?
ペースメーカーの人への配慮が求められるように。
自分の楽しみが優先?
俺は個人的にはシャカシャカ音とかはそんなに気にならない方だが、
「気にする奴は病人」ていう態度はあまり気持ちの良いものには思えない
(少なくとも賛同者を増やす態度ではないと思う)し、
それから、
特定の音質が他人から見て過剰に気になるからといって、神経症とまで言い切れるものなのかどうか。
「黒板を爪でキー」は、音が小さくても気になるとか、そういうのあるだろう?
今度はキミが、「うるさい音漏れにはちょっとくらいのシャカシャカ音は含まれないと皆思ってる」っていうデータを探してみるべきじゃないかな。
という意見に対しては色々探っているんだけど、統計というかきちんと議論をしているコンテンツがないんだよね。
そもそもこれにいちいち反応しているのはマナーやモラルを理由に大声で0.1dbの音漏れも許さんぞっていう人間は実は少数派の声がでかい神経症なんじゃないかという主張だ。
http://anond.hatelabo.jp/20111221124303
「音漏れ=爆音=難聴」というのもおかしい決め付けだと感じる。
これはもう脅迫観念なのかもしれないけれど、ほんの微小な音(プレイヤーの最小設定)で聴いていても「シャカシャカ音」が漏れているんじゃないかと不安になる。
もちろんそういう奴もいるかもしれないけれど「シャカシャカ音」に関してはそういう場合だけではない。
本質として音楽は自由なものだし携帯プレイヤーがこれだけ普及しているのに屋外で音楽を聴く人間はジャンキーなんて意見は頭がおかしいとしか思えない。
まとめると音漏れが良い・悪いの話ではなくて
「盛大に音漏れするのはもちろんダメ。だがイヤホンや音量にも気を使っているのにほんの微量の音漏れだけでも許されないなんて息苦しい。」というのが通勤時に音楽を怖々最小音量で聴いている自分の考え。
たとえば以下のページを見てみると大体わかるんだけど
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=47922
音漏れはどこまで許せるのか、というような議論になると大抵過激な電車内無音至上主義者がマナーやらモラルやらを盾に音楽を聴くのがそもそも悪いというような論になるのだけれど(統計をとったわけではないが)シャカシャカ程度なら気にならないという意見もある程度あるなかで「音楽をいつでも楽しむ権利」を阻害されるのはいかがなものなの?
アンケートでさ、音漏れが不快って人はかなりの数いることは分かったわけだよね。
あとは音量とか音の内容とかで程度の差はあるだろうし、そこは人それぞれだろうけど
「かなりの数、不快な人がいる」ことが分かった時点で、そういう行為はやめておこうと思うのが普通じゃない?
音漏れさせないように(いいイヤホンで?音量下げて?)聞くか、車内で音楽聞くのやめるか、すればいいだけだよね?
「ちょっとのシャカシャカ音くらいなら大したことないはずだ、気にする奴は神経症だ、不快って言うなら基準値をはっきりしろ!」
…なんて言う人は、そりゃ攻撃されるよ。そこはちっとも理不尽じゃないと思う。
「シャカシャカ音程度」とか書いてるけど、シャカシャカ音は程度で片付けられるものかどうか?
そこを問われてると思うよ。
今度はキミが、「うるさい音漏れにはちょっとくらいのシャカシャカ音は含まれないと皆思ってる」っていうデータを探してみるべきじゃないかな。
見つからなければ、音漏れが不快な人が多いという事実しか明らかになってないんだから、判明した事実を尊重して、
「ちょっとくらいのシャカシャカ音ならいい気がするけど、そこは分からないので、大事を取ってやめておく」
という態度を取るべきでは?
前半は単純にキミの頭が悪いとして、「微小なシャカシャカ音」が難聴になりたいんですぅっていうシグナルだと思うのは神経症だと思うよ
http://anond.hatelabo.jp/20111221132242
http://anond.hatelabo.jp/20111221132257
ありがとう、やっと話が前に進む
それでこういうアンケートで気になるのが
車内通話(小声ならOKという意見もあり)や騒々しい会話(小声ならOKという意見もあり)と同列に並んでいる事と
「音漏れ」について音楽が明らかに聞きとれるぐらいの音量なのか、ごく微小な「シャカシャカ音」なのかが判らない所と
http://okwave.jp/qa/q6549438.html
なんかをみると、明らかに異常な神経質が極微小な「シャカシャカ音」に対して大きな声を張り上げているのを見ていると
なんだか「これは本当か?」と思えてくる。
増田でも
厨二病という概念が無かった時のことを想像する。中二病という言葉が廃れ、死語になった時代を想像する。
極端な話、ナポレオンが登場しなければ、「俺はナポレオンだ」という形の妄想は存在、成立し得ないのである。
そしてまた、本物のナポレオンが「俺はナポレオンだ」といったところでそれはちっとも狂気ではない。ただの事実にすぎない。
だがナポレオンという人格の型が社会にあるイメージを流布させてから「俺はナポレオンだ」という妄想を持った病人は、
それは社会のもったイメージを過剰にないし不当に自己の中に取り入れてしまった個人である。
ナポレオン、という人間像が全く意味を持たなくなった、たとえば現代においては---これはナポレオンに限らず、現代においては英雄的個人とか、社会に対して極めて大きな意味合いを持つ個人というものが極端に存在しにくくなってきた。
だからこそ、こういう形の誇大妄想はしだいに影を潜めてきたのだと私は思っている。
だが私は多少先を急ぎすぎたような気がする。
上記は30年前に書かれた文章である。
30年前では中二病とは上で言う「ナポレオン妄想」であったのだろう。
現代ではナポレオン妄想と違って、現実に妄想を託せる人物や背景がいないことから、
マンガやアニメ、ラノベという最初から仮想で都合の良い舞台の、都合の良い主人公に、己の誇大妄想を託すようになった。
ただでさえあやふやなフィクションに、さらに自分の妄想をかぶせるのだから、強度は脆い。
それをほんとうの意味で信じきることができるほど緻密に設定を行い、現実の制約を超えてそれにのめり込むのなら、
かつての妄想狂と比較にならないくらい深刻な症状ということになる。
現実に適応するために、そこまでやらなければならないヒトというのが確かにいたのだと思う。
それだけ現実が狭量で、現実的であること、正常であることを強く求められてきたということだと思う。
ただし、「中二病」という言葉が広がったことで少し事情が変わった。
妄想するくらいは、若い頃には自然とかかるはしかみたいなものだということが認められるようになった。
結果として、大半の場合、実際は仲間内だけで通じる演技のような形で共有し、
みんなで妄想狂ごっこ、神経症ごっこをすることで、ほんとうの意味で神経症になることを防いでいるようだ。
一人で抱え込んでいると、ほんとうの意味で深刻な妄想狂になってしまう。
そうならないように、明らかに嘘とわかる底の浅い世界観、共有可能なレベルで妄想を行い、それを開示し、消費していく。
一つの妄想を掘り下げていくことを防ぐため、数やバリエーションにものをいわせて、必要以上にのめり込まないようにする。
キチンと2次元であることを強調され、間違っても現実と混同されないように配慮された上で、効率よく妄想して、効率よく消費して、できるように特化した作品や媒体が数多く出るようになった。
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20111129-OYT8T00833.htm
よく知らないのだけれど、大丈夫なのかこれ? 中二病よりさらに深刻な何かの臭いがするぞ。
多分5年くらい遅れてる議論だと思うので、もうネットの中には答えがあると思う。
ありていにいえば仕事ができない。
俺の仕事はただやるだけなら単純な仕事だ。オーダーが来るそれに対応する工事を行う。
技術的に大したことじゃない。
しかし、それだけやってりゃこの上なく楽だが所長の仕事の亜補佐などしないといけないんだが
それが何をやっていいのか分からなくなってきた。
目的はわかる、やるべきこともわかる
しかしどうまとめていいのかわからない、自分が何をすべきかわからない
相談しても答えが得られらない
動けない、やる気が出ない。
この仕事を初めて3年たつ。
最初は頑張ってやろうと思っていた。
しかし、どうにも仕事がたのしい、やりがいがあると思ったことが無い。
そして田舎に転勤した。
同僚はみな60を超えた人ばかり
くだけてしゃべる相手、仕事の悩みをする相手
精神的に頼れる相手なにもいない。
しかし最近それもできなくなってきた。ジムにも通っていたがダメ。
体が動きたいと思わないんだ。
これとは15、6からの付き合い。
もう人生の半分はこれだ。
24くらいからどんどんひどくなってきて今が一番かも知れない。
火事を起こすかもしれないという恐怖心で
その場を離れるのに10分はかかるのはざら。
引いどいときには30分近くかかる。
難度も難度もふつうあり得ないのはわかっていてても火の元が気になる。
さすがに限界だ。
書き散らし、自分でも浮かんだまま書いた
全部じゃない
もしいたらありがとう。
けけけ。逮捕されたのはたったの12人か似非反原発のバカどもが。しかも「不当逮捕」だの何だのと。現地の平穏な住民が本気出して警察に通報してれば、もっと増えてただろうにな。
それだけの事を実際にやってただろ。住民が知らぬ存ぜぬを通すとでも思ってるのか。
しかし自覚が無いんだ、アカい豚の内臓の老廃物どもはね。あいつらはおっぱいの大きなママにマルクスのご本を読み聞かせられて育った腰抜けの神経症で、印鑑をつくために朱肉にトントンするのは必ず4回と決めてる(5回する奴はスターリンの手先だ)。ちびっこ野球の試合では監督に大声を張り上げてピッチャーを志願し、うまく投げられずにパパに泣きついたら、いつの間にか試合自体が無くなった。高校時代に憶えた「自己批判せよ」を中野キャンバスで自慢げに連発し、どうにも浮いてしまった時に出会ったのが今の同志で、プレゼントされた「Z」だか何だか書いてある薄汚いヘルメットは家宝ってな。
(トラバしてくれてる人が居るみたいだけど、ごめんね、俺は書きたい事を書くだけに留める。俺は昨日のデモ見て本気でムカついてて、ここに吐き出さなきゃ収まりがつかないのだ)
昔似たような経験をしたので釣られておく
仕事のし過ぎは、『仕事ができなきゃ死ななきゃいけない』と思い込む所に問題がある
もう一回書くと
仕事のし過ぎは、『仕事ができなきゃ死ななきゃいけない』と思い込む所に問題がある
あなたは『仕事が出来ない』のじゃなくて『出来ない様にさせられている』様に思えるけど
あなたの職場の環境が異常な状態なのは他の方のレスからも明らかだよね。
あと、働きすぎると仕事をする能力は何処までも落ちます、あと人間関係も上手く維持できなくなります。
そして本当に何にも出来なくなって自分が無能に思える位何に対してもパフォーマンスでなくなるよ。
それと心に余裕がなくなるので、悪循環にはまってどんどんドツボにはまる。気力もなくなる。生きる意欲も奪われる。
つまり『仕事が出来ない』のじゃなくて『仕事が出来ない状態になっている』様に思えるけど
たとえ万が一にもあなたが本当に仕事出来なかったとしてもけっして死ぬ必要はないし、生きる価値が無い訳でもないから、
仕事なんてカネを稼ぐ手段でしかないのに、仕事が目的化して出来なきゃ!やらなきゃ!成功しなきゃ!って企業や組織、果ては社会はそう仕向けるからね。
仕事が出来なきゃ死ねってどんだけ酷い理屈だよ。奴隷かよ。ふざけんなよ。それって子供や老人、病人は死ねって事と同義じゃないかな
そんな狂った価値観にに引きずられて
考え方そのものに余裕がなくなってきてない?
相談するとか交渉するとかブチ切れるとか訴えるとか休むとかサボるとか上司殴って転職するとか色々選択肢はあるはずだけど、
それが思いつかなかったり無理だと思ってしまうのは
考え方そのものに余裕がなくなってきているせいじゃない?
ぶっちゃけると鬱や神経症のかなり酷い状態っぽいので、心療内科に行った方が良いと思う、
私はそんな所行くような人間じゃない!とか考えるかもしれないけど、
死にたいとか書いている様じゃ、一度心療内科いった方が良いよ。まじで。
町医者で内科と一緒にやっている様な所があるから、まずは体調の不良を訴えて会社半休して行くのがおすすめ
毎日終電とか、死を意識するレベルなら私の時よりずっと酷いよ。
私の場合は終電も死を意識するところまで行かなかったけど、体の方がおかしくなって内科行ったら
「そりゃ精神的な問題だよ、いっそ休んじゃいましょうか」と言われて、晴れて診断書が出て休職出来ました。
休職って言われた時は、仕事が回らなくなる!とか、引継ぎとか責任とか、将来の展望とか思いっきり後ろ髪ひかれたけど、
あの時医者が無理にでも止めてくれなかったら多分、ヤバイ所まで突き進んでしたのかなと思う。
しかし休職した人に対してあまりにも酷い扱いをする職場だね、正直そいつらは狂っていると思います。
あと、復職は可能ですし法律でもちゃんと守られているので安心してください。余裕が出来たら色々調べてみて。
色々書いたけど、まずはちょっとだけでも立ち止まって、「仕事をし続ける」と、「全てを終わらせる」以外の選択肢も考えてみて、
なんか矛盾してる。
酒の場合は単純に、アルコールが作用するのが脳の部位のうち「いろんなものを抑制するところ」だから。
文字通り抑えが利かなくなっちゃうので、普段出さないようにしてるネガティブな面がのぞく。
甘え方が「ベタベタする」とか「若干無理目な要求をする」とかそういうポジティブな甘えならそんな嫌がられないし、
酔い方が「馴れ馴れしくなる」とか「げらげら笑う」とかそういうポジティブな酔い方なら嫌われないよね。
ヒステリーと比べても鬱陶しいこと五十歩百歩だと思う。
事によると、これらはヒステリーを嫌うみたいには堂々と避けられないから余計タチが悪いかも。
人間だからある場面で羽目を外したくなる気持ちはわかるし許されるべきだけど
そこでネガティブなイヤ~な行動ばっかり見せる人って
嫌われる一方だと思うんだけど。
本当はネガティブなイヤ~な行動したいんだけど嫌われないためにそうしないとしたら、それは羽目が外れてないよね。
本当に許されるべきだと思うなら許してあげなさいな。
ガチの神経症の入った「ヒステリー」はちょっとしたきっかけで一気にアクセル踏み込んじゃうので、素人は相手すべきじゃあない。
冷静沈着で刺激しないようにーとか思ってても、その冷静さが気に食わないと言って火がつく例がある。
アーティストの常識もサラリーマンの常識もフリーランスの常識も全部違っていいと思うが。
フリーランスは常にお客様に先に貸しを作って置かないといつ切られるかわからないから
こういう行為を見て自分の不安神経症が刺激されるのは構わんけどそれを他人におしつけんなよ。
小さいねとしか。偏屈なアーティスト精神もいいけどエンターテイメント業界の人間なら其れ位のサービス精神は御約束事のフォーマットとして身に付けておけばいいんじゃないかな。芸として。未だ若いんで一生遣って行く気もそんな無いんでしょうけど?或は範疇の狭いプロ意識とか??何も別にそんな金払ってでも聞きたいって程の本気の迫真の演技を要求している訳でもなく予定調和の礼儀として形式的に言ってるだけだろうし。出来ないもんは出来ないでいい訳だし。
ずいぶんナチュラルに「業界のお約束」がビルトインされとるなぁ。んでそれを押し付けるってのが当たり前だ、と。馬鹿か。