はてなキーワード: 社会的弱者とは
NTRもので違和感あるのは寝取る側がDQN系って設定が多いんだよね。つまり想定読者より階層の低い人間ってわけだ。じゃあ実際寝とってるのはどんな人間なのっていうと、想定読者よりステータスのいい白馬の王子様系なんだわ。つまり略奪が正当化されているのよ。学歴や収入、血縁のいい人間のほうにくっついたほうがマシってのは、考えてみれば当然でしょ?
つまりは創作モノのNTRってのは虚構なのよ。多くの女性はより優れた男性に寝取られたいという願望が必ずある。それを否定することはできない。それを否定することは人間の本能を否定するに同じ。無謀。恋愛以外にも言えることだけど、何かを変えるときに抵抗する勢力ってのは現状維持に旨味がある人なんだよね。つまりは既得権益側。主人公もその勢力。
NTRものが胸を抉るような気分になるのは、相対的に性的弱者であるけれど、必ずしも社会的弱者とはいえない読者が、読み手に比して社会的に弱いけど、性的には強者である人間に汚されるのが辛いんだよね。でも勘違いしてはいけないんだけど、先にも書いたようにより社会的強者が弱者のパートナーを寝取るのは何も問題ないこと。今はまだ格差がはっきりとはしていない日本だけど、これがよりはっきりとすればここで書いた傾向はより明らかになると思う。
建前としては誰しも当たり障りのない答えをする。「浮気するなんて最低」「お金よりも愛が大事」「見た目はあまり気にしてないよ」でもそれは、あくまで建前。心のどこかで、こんなめんどくさい綺麗事を吐かなくて済む外の世界へ連れてってくれる白馬の王子様がいると思ってる。それが女。
男でそういうの理解できないなら、仕事に置き換えてみればいいんじゃないかな。ギスギスした環境、給料も安い、でも転職すればいいとこにいけるはず。そして実際損せず転職できるならするでしょ?気持ちいいとこで働きたいもんね。
まあ、要はNTRで悲しんでる暇があれば社会的強者になって早く寝とれよって話。女はそれを望むし、相手の男も虐げられて一石二鳥。
15年以上前の話、小学校低学年だった頃、クラスの女子にイジメられていた。キモい、ウザい、死ねとイジメられていた。
暴力的なイジメはなかった。常に精神的な言葉や態度に依るイジメだった。
今思えば、肉体的な暴力的なイジメだったら、反撃できたと思う。言葉によるイジメには反撃出来なかった。『女の子に暴力を奮ってはいけない』という道徳律に縛られていた。
女子に対する言葉による反撃は何の意味もなかった。一対多では端から勝ち目がなかった。
学校ではずっとイジメられていた。小中とずっと、女子にイジメられていたから、いつの間にか自分は『そういう立場に置かれている存在』だと思い込んでしまった。
本当は思い込まなくてもよかった。塾では普通に皆と、和気藹々と会話できていた。でも、学校の場の空気が自分をイジメられっ子の立場に押し込んでいた。
イジメられ続けたまま、小中学生時代が終わった。小6の時に自殺しようと思ったけど、出来なかった。今思えば此処で終わらせておけば楽だった。
結局、誰も助けてくれなかった。教師は事なかれ主義から、明らかに俺のことを見て見ぬふりをしていた。親はイジメられている俺を不甲斐ないと怒鳴るような人間だった。母親は『男なのにそんなだと馬鹿にされるよ』が口癖だった。
高校に入り、ネットなどを見始め、身近にある友人関係や家庭は破綻していたので、身近でない、遠方にある社会的な話題に触れることが多くなった。
思えばコレが間違いだった。ただ、自分にはどうしようもなかったと思う。身近な人間が誰も助けてくれなかったし、悪意を向けてくるのみだったから。政治社会的な話題を用いて、自分を慰撫するしか無かった。つまり、たとえば悲惨な家庭環境にある人間が、「虐待は悪」という社会的メッセージを読んで、救われるという流れだ。その頃の自分は、無意識に「女子からのイジメ」を慰撫できる社会的メッセージを探していたのだと思う。
ネットで、自分と同じ立場の人間が居ないか、イジメの話題で調べるようになった。結果として、吸引されるように、喪板などを見始めた。
『そういう立場に置かれている存在』の女性からのイジメ経験談が書きこまれていて、似たような人がいることを知って、多少救われた気がする。
『そういう立場に置かれている存在』に名前が付けられていたことを知った。『非モテ』だった。
そのうち、「はてな」も見るようになった。「はてな」で知ったことは、ミソジニーなどの単語や、ジェンダー論や非モテ論で、男性は強者であり、社会的に自省するべきと規定される存在だと言うことだった。
これには、イラついた。
だが、自分と同じような立場にある『そういう立場に置かれている存在』を名指しして、「政治的に正しい人達」がその内面を断罪していた。女性に対する恨みなんて無かった。ただイジメから来る惨めさから、後退しているだけなのに、散弾銃でミソジニー、悪、などと指摘してくる正義の人達が居た。全くの他人に対する指摘だとはわかってるけど、散弾銃の弾が自分にも当たってて痛かった。
どこか自分が悪い気がしてきた。でも自分は悪く無いと思っていた。自分はどう考えても強者ではなかった。イジメられていた弱者だった。でも自分の内面が断罪されているように思えた。本当は誰かに慰撫して欲しかった。身近な人間でなくても、単なる社会的メッセージでもよかった。誰もしてくれなかった。『キモイ奴は一人で死ねば』だとか『男性は強者で自省すべき』だとかそんな言葉しか無かった。
はっきり言って、『弱者』『少数派』と認定されて社会的に慰撫して貰える『社会的弱者』が羨ましかった。自分はマイノリティにすらなれない、イレギュラーだった。
このような話題や、議論を見ている内に、悪性サイクルに取り込まれた。
こんなことはもうやめる。馬鹿だった。
自分はただ、イジメられている時に、助けて欲しかっただけだった。
身近な人間は誰も助けてくれなかった。遠方から発せられる、社会的なメッセージは、男性は強者であり悪いと断罪していた。
非モテだとか、弱者男性だとか、ジェンダー論だとか、本当は、全てどうでもよかった。
そもそも『モテ』や『非モテ』には一切の興味がなかったし、恋愛はどうでもよかった。自分は草食系どころか霞食系だった。社会構造などもどうでもよかった。ジェンダーもどうでもよかった。政治思想的に男性を断罪する人達が指摘する『内面』は、自分には一切関係のないものだった。他人が勝手に内面にありもしないものを見出して来たから、もしかしたから自分にもあるのかもしれないと思い込んでしまっただけだった。女性に対する恨みなんて存在しなかった。身近な人間が誰も助けてくれなかったから、政治思想に何か縋れるものがあるのかもしれないと思い込んでしまった。自分は馬鹿だった。
女子からのイジメによって発生した惨めさが、子供の頃に解消されず、いつしか政治思想的な話題に吸引されて、悪性サイクルに取り込まれていたに過ぎなかった。
本当にばかみたいな話だ。
こんなことは、2011年ですべて終わりにする。
はてなブックマークを使ってない人ならともかく、書き込みした時 はてなIDで書き込みしてるのだから、ブクマを見る可能性高い事もわかっている
まともな批判でもなく
考えてみれば批判の対象とされるような事ではない
ほんとに死ねと言うのかだよ
間接的なら良いわけでもない
社会的弱者も生き延びられるようにとか、社会にももっと違ったものの見方考え方を、という提案をしながら
自分達は、自分達を、排除するな 疎外するな と社会に働きかけるポジションを取っていて、自分達は平気で排除する。
排除とは、どういう事かというと、相手の立場や気持ちや権利を、全く考慮しない、配慮しない 人間と思わない 人間扱いしない それで、そういうふうに扱って良い人間だと、決め付ける。変な人 アレな人 だ・か・ら・と
アレだからとか、コレだから、というのは、後付で何とでも付けられて、先に「「相手の立場や気持ちや権利を、全く考慮しない、配慮しない 人間と思わない 人間扱いしない」」 これがあるのではないか?
なごみけいエントリだったのに、なんでこんな事に と物凄く嘆いたかというと、そんな事はなくて、「「相手の立場や気持ちや権利を、全く考慮しない、配慮しない 人間と思わない 人間扱いしない」」 これが できる立場の相手を見つけた!!と思ったからではないのか?
随分と、社会に向けて発信しているパブリックイメージと、違うないかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000821.html
「地方公務員とか出先機関の国家公務員の皆さんというのは正直あまり他に能力・技能を生かせる場所がないかもしれず、多少待遇を切り下げたって辞めないよと言われたらそうかもと思う」と言いつつ、「警察官を警戒しないといけないような社会ってものが特に社会的弱者にとってどれだけ過酷か」と言うのは説得力がないように思う。警官はほとんど地方公務員なんだから、多少待遇を切り下げたってやめないというのを認めるなら、たいして低下しないから費用対効果考えたら気にする必要ないんじゃないの?キャリア官僚の質低下を警官の質悪化という話にすり替えてるだけじゃないの?ってなるだろうに。しかもその後で優秀な人材をウォール街に集めたから彼らが富を独占して一般庶民が貧困化したかのように書いてるのでますます支離滅裂。民間に行って私利私欲のため世界中に迷惑をかけるような優秀かつ邪悪な連中に警官やらキャリア官僚として権力を握らせることに警戒心を持たないなんて幸せな人だなと思う。そもそも大統領が替わるたびに官僚上層部も入れ替えて金融業も含め民間からくるのに、優秀な人材が官界ではなく民間にいたから金融危機が起こったかのように言うのも事実認識としてどうかと思うが。それにアメリカよりはるかに大きな政府のEUが今まさに財政危機で世界中に迷惑をかけようとしてることについては「優秀な人材が官界にいったから」ってことにはならないのはダブルスタンダードじゃないのか?仮に民間に行く方が悪さをしやすいなら、待遇下げたら代わりに警官になるであろう人が今民間にいることは問題ないの?とも問い詰めたくなる。官民関係なく無能はそもそも働くなという話かもしれんが、それを言い出すと能力向上のための職業教育とか無駄だからやめろとなって長期的にどうなの?と思う。
この前の移動が直前だから公務員住宅が必要(じゃあもっと前に言えよとしか思えない)とか公務員擁護するにしてももちょっとましなこと書きゃいいのに。別に公務員人件費減らせとか普段はおもわないがこういうの見たら、さっさとけずっちまえよと思う。
(目的)
第一条 この法律は、暴力団組員が一般市民を拉致、監禁したり、殺害するなどの犯罪行為や、暴力団同士の抗争に一般市民を巻き込んで害を与えたり、組員が私人間の契約等に介入して社会的弱者を不利な立場に追い込んだりする等の公序良俗に反する行為によって、国民の人権を直接、間接に著しく侵害していること、および、我が国の法体系が暴力主義を否定していること等に鑑み、暴力団の結成を禁止することによって、暴力の根絶を図り、暴力団に抑圧されてきた国民の自由や人権を回復するとともに、公共の福祉の増進に資することを目的とする。
第二条 何人も、暴力主義的思想に基づく団体を結成してはならない。
(国家公安委員会の解散命令権)
第三条 当該暴力団がこの法律の制定以前に存在するとしないとにかかわらず、国家公安委員会は、暴力団に対して解散命令を発することができる。
(罰則)
第四条 第二条の規定に反した者、第三条の解散命令に従わなかった者は、十年以下の懲役または一億円以下の罰金に処する。
理 由
もともと、暴力団の存在は憲法が許容しているとは考えられないことに加え、近年、被害金額が膨大な窃盗行為など、警察活動によっては捕捉し難い重大犯罪が暴力団組員によって遂行されたり、一般市民宅に銃弾を撃ち込む等、著しく危険な行為が暴力団組員により行われたりしていることのほか、暴力団組員が民間会社幹部や芸能人等と交際して競争相手等不都合な人間を拉致、監禁したり、殺害したりするなど、著しく公序良俗に反する行為を行っていること、および、暴力団組員が金銭消費賃貸借契約等私人間の契約関係等に介入し、社会的立場の低い弱者を不利に追い込んだり、競売の妨害をしたりするなど、暴力団の反社会性が高まってきており、これまでの暴力団対策や暴力団排除の手法では社会防衛が困難となっており、暴力団の結成自体を禁止する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。
デリダの赦しの話、Routledgeから出ているOn Cosmopolitanism and Forgivenessは薄いす分かりやすいのだけど、和訳はないのかしらと探したら本にはまとまってないらしい。おそらく現代思想2000年11月号に所収?
http://kunieda.sfc.keio.ac.jp/2010/10/jacques-derrida-le-siecle-et-le-pardon-1999.html
で、この現代思想をさがしていたら、イラン人難民問題の話にたどりつく。同性愛者として難民を希望して日本へやってきたイラン人S氏の苦難。
日本の入管には人の心がないのか?
http://www.kt.rim.or.jp/~pinktri/afghan/gendaisisou.html
例のおっさんが「イランに同性愛者はいません」とかほざいたとおり彼の国における弾圧は容易に分かるもの。
で、
恥ずかしいことに結局このSさん日本から難民指定を受けることなく、別の第三国で難民指定を受けることになって出国だという。
http://www.sukotan.com/shayda/shayda_50.html
これが極東アジアを代表する民主国家か?先のベージに書かれた支援者の素直な表現に同意する。
3.私たちはしかし、その勝利を、十分な喜びとともに祝うことはできない。むし ろ、私たちは悲しみをすら感じている。それは、彼がすでにもうこの土地にはいない こと、私たちが彼と同じ土地において生き続けていくことができないことに由来す る。この勝利は、私たちと彼との間に国境という分断線を引くことを前提にかちとら れた。今、この土地に彼はおらず、私たちは、彼を拒絶する政府を持つこの土地で生 き続けなければならない。この勝利は、喜びではなく、喪失感とともにある勝利であ る。
4.この喪失感が意味することはすなわち、私たちの=この土地に生き続ける者とし ての私たちの闘いは、終わっていないということである。私たちと彼との間に引かれ ているのは、彼を難民として受け入れる政府を持つ土地と、彼を拒絶する政府を持つ 土地との分断線である。この分断線を消していくこと、「十分に理由のある迫害の恐 怖」に直面した者たちを難民として受け入れる、当たり前の政府を、自らの土地に持 つことが、私たちの課題として残された。
決して答えへと到達しえない赦しの概念を論じ考えたデリダの、人としての、あたたかさ、にこの国の政府が学ぶことを望む。
(アパルトヘイトを乗り越え、共に生きようと模索する南アフリカの国民を支援したデリダの議論に僕は敬服する。)
また市井にある私が、社会的弱者(という立場にさせられている、追い込まれている人々)のサポートをなんなりと出来る範囲で実現できれば。
【蛇足】
街宣車をデモによこした右翼の方々はイデオロギーを離れ、こうしたアクチュアルな社会問題へ動くことができるだろうか?
【参考】
・それらの人が巷に溢れてるのは非常事態じゃない
って事なんだよね。
でだ、仮にそれらの事を非常事態と認識したり、身内と認識する社会だったと仮定して。
そうすっと今度は、「ソマリアの難民は同じ人ではないのか?」とか、「非常事態じゃないのか?」とか言える。
どこかでラインを引いたら、それは結局、それ以下の人を切り捨てているということ。
だから、これらの話で譲歩するってのは、無限に誰かを助けるって話にしかならない。
そうしないなら、どこかでラインを引いて誰かを見捨てる判断をするってことだから、
今度は「ホームレスだけを特別に助ける」という話になるだけ。
社会的弱者ほど、天皇や権力者や、時にこうした被災者や原発作業員をまつりあげて、それに自分を投影してものを語るという手法をとりがち。自分探しのあげくに、スキル不足の果てのウヨに。これは弱者の逆転ロジックだ。そう戦中のメンタリティに似ている。これが一定数超えると社会は一気に暗黒時代。
ただ、なぜ「これが一定数超えると社会は一気に暗黒時代。」なんだろう。ここがわからん。
そのツモリはないのかもしれないけれど、逆転そのものを否定しているように読める。
今のマジョリティが正しいとか既存秩序の維持が大事という前提があるのか?法学者だけに。
悪貨が主流になればそれは良くないことだと思う。ただ、マイノリティは常に悪ではあるまいよ。
ちなみにtweetへの批判をするときは基本的に前後をちゃんと押さえるべきだと思うので追加
社会的弱者ほど、天皇や権力者や、時にこうした被災者や原発作業員をまつりあげて、それに自分を投影してものを語るという手法をとりがち。自分探しのあげくに、スキル不足の果てのウヨに。これは弱者の逆転ロジックだ。そう戦中のメンタリティに似ている。これが一定数超えると社会は一気に暗黒時代。
こういう連中が増えてくると、やれ不謹慎だ、やれ非国民だと窮屈になる。原発作業員は命がけだとなじるあなたは何?逃げずに都内に踏みとどまっているって?所詮、東京で日常生活しているだけのくせに。対権力批判ならともかくフラットな関係なら自分を基準に他人を批判しろよと。ちゃんと実名でね。
ただいまのつぶやきは、京都に一家で避難した弁護士さんを批判している某弁護士さんに対する揶揄でございました。
どうか永遠に少数派でいてくださいってお祈りですよ。戦中みたいに相互に非国民呼ばわりで牽制しあう世の中は嫌ですよねっていうこと。うさばらしするのに権威を借りてくることもないでしょう。
読み返してみると社会的弱者というのは違うかもしれない。性根の腐った奴と読み替えてもらいたい。上から目線は認める。でもそれは腐って下に行くからだと思うけども。あと想定しているのは暴力的になること。憂さ晴らしなら別にスルーしますけども。
twitterのことに限定してる趣旨ではなく。ただ単なるつぶやきでも狭量な意見が多くなってくると気持ち悪くないですか?世相が過度に自粛傾向になるとか。不謹慎呼ばわりする声が市中に満ちてくる感じ。名誉毀損しない程度の個々人の発言は自由ですよ。当然
確かに、狭量な人に狭量かもしれんなぁ・・・
うーん。今は戦中ではないものの非常事態ではあるわけで、ある種狭量であるべき(引き締めが必要な状況)時だと思うんだけれど、
あと、一人の人間を批判したいためだけに、こういう一般論を迂回してくるあてこすりのような言い方をするのはいかにも学者メンタリティを感じる。
学者や弁護士の独特のロジックは、論理的思考から離れて過度に技巧的な部分が含まれており、外部の人間に違和感を与えるのかもしれない。
被害を見ると役員の首をすげ替えたぐらいで済むおはなししじゃないよね。
家族と住む家を奪われたひとが仇討よろしくしでかしても止められない。
被害者は何十万人もいるわけでその中の1万人にひとりの割合でも相応の確率になる。
生活を奪われた人が残された家族のためになど社会的弱者がとりうる最後の手段だ。
今回はその殆どは天災だけど、あまりに巨大すぎて人災として代謝するひともでてくるだろう。
原発さえ事故をおこしていなければ助かったのに・・・と、すり替えがおきる可能性は非常にたかい。
たとえそれが勘違いであったとしても怨恨の根は取り除けるものではない。
直接の因果関係はあると分析はされていない。
しかし、core30のような中枢がつまづく可能性は5年後は1ヶ月前までの延長線上にはまったくもって無いことを意味している。
やれやれだ。
この記事に出てきている人はどれもちょっと問題ありだが、偏見とか私怨と考えれば納得出来るレベル。
しかしArtanejpの発言の頭の悪さは図抜けている。
本人もバカであることをアイデンティティとして大事にしているようで恐ろしい。
そもそも、主婦兼ライターと非モテ界隈が対立するのはふつうのコトだし、
<bどういう経緯で抗争になったのか知らんけど</b>非モテの人もこのクレーマーライターの人も非常にナーバスで自分を守る傾向が強いから抗争になったのでは?
非モテ界隈から見れば「おまえがいうな」と言うような非常に繊細な機微に絡んでしまう事をこのクレーマー化してるライターの人が不用意に書いた(連発した?)んだろうし
これだけ長文を書いているにもかかわらず、ひとつも「お前の中ではな」でない客観的な事実がない。
リテラシーとかそういうレベルじゃなく、日本語能力の問題でもない。
もっと恐ろしい何かの病気だと思う。林先生に相談した方がいい。
どちらにしても、
(私もそういう視点を持つのだが)非モテの人から見れば自分たちは明らかな敗者・社会的弱者(相対的な意味、障害者や老人を絶対的弱者と定義した場合の話)であり
…非モテの人が噛み付くのも当然のこと書いたんじゃないの?と…
何しろ、非モテ界隈の人は物心ついた頃から女と家庭と社会・学校、全てからぎゅうぎゅう押し込められ傷めつけられ、異性からも相手にされない上に侮蔑すら日常的にされ自尊心を著しく失って動けなくなってる人が多いのだから…彼らに甘えるななどというのは簡単だけどそれじゃ何も解決しないのだよね。
だから、クレーマーライターの人は自分で揉め事の種を派手に蒔いておいて、
3行前に自分で書いたことをもう忘れている。
サバイバーだかなんだか知らないけど、
自分とは正反対の立場にある人々への冷酷でない視点や配慮があったのならば、ここまで噛み付かれなかったろうと…
この人が言っている「自分とは正反対の立場にある人々への冷酷でない視点や配慮」ってこれは日本語ですか?いいえ非モテ語です。
長かろうと前提と導出は間違ってないんだな?
他人への影響力がない人は他人への影響力がない、以上のことは言えてないと思うぞ。
相対主義と言っても学術的な話じゃなくてもっと日常的な意味でね。要するに『人それぞれ』というセリフが好きな人の話。
料理や映画、ファッションの好き嫌いなど日常レベルの相対主義は多いけど、音楽というのも相対主義がリアルに実感できる分野だと思う。自分の好きな音楽は、徹底的に他人の好きな音楽と一致しない。例えば俺は高校時代にロックにハマったが、比較的メジャーなこのジャンルでさえ、クラスで音楽の話をできるのは一人しか居なかった。ずいぶん熱心に布教もしたが、効果は皆無だった(枕に顔押し付けて足バタバタさせたい過去)
ところで、友人に話し上手でモテる男がいるのだが、その男はノイズミュージック周辺のマニアックな音楽をよく聞いてる。ノイズくらいマニアックなジャンルは少ないだろうが、彼の周りには彼に影響されてノイズを聴き始めたという女の子が結構いる。俺には結構な衝撃だった。『そんなもの布教して、なんで大丈夫なの!?』初めて路上に出る初心者の運転をハラハラ見守ってたものの、結果的に無事故無違反の完璧な運転をみせつけられたような、複雑な気分。
しかし今ならば納得出来る。結局、彼が布教に成功したのは布教するのに充分な洗脳力を持っていた、というだけのことなのだろう。それはルックスだったり、表情だったり、声のトーンだったり、相手の話を聞く態度などが関係してるのだ。高校時代の俺はここを誤解していた。こんなに素晴らしい音楽なのだから布教できて当然だ、と。極端に言えば布教できるか否かに、音楽自体の魅力は関係ない。成功している新興宗教の教義を手に入れたからといって、演説をした上で何万人もの信者を洗脳することは、ほとんどの人にはできないように。
逆に言えば相対主義的な言説の好きな人間は、他者を洗脳する力のない、社会的弱者であるといえるかもしれない。言ってしまえばコミュニケーション力などというものは、いかに他者を洗脳できるかという能力である。幸せそうなカップルだって多かれ少なかれ、強者が弱者を洗脳してる関係である。だから『人それぞれだから』のような相対的な言説を多用する人は、本当に対象自体がマニアックすぎる場合(例えばスカトロ)もあるが、他者を洗脳する能力に乏しい社会的弱者である、という可能性も多々あるのではないか?
東京都青少年健全育成条例改正案に反対する緊急ネットワーク:声明
http://blog.livedoor.jp/fujoshi2010/archives/51650119.html
根来祐などについて言われていること。
18 :salon ◆y0izD0axK2 :2010/12/13(月) 14:57:08 ID:hw3498NM0
>「 腐女子のつくってきたBL・やおいの文化は女性による女性の為の文化です」
>「緊急結成!女子会!!
メンバーは、腐女子、フェミニスト、アーチスト、ワーキングマザー、セクシャルマイノリティーなどなど。」
http://blog.livedoor.jp/fujoshi2010/archives/51650103.html
http://d.hatena.ne.jp/negorin/
21 :salon ◆y0izD0axK2 :2010/12/13(月) 15:06:19 ID:QJWzB/Mk0
>>940のツイッタ、苦言に対してこんなのだぜ…
yunegoro
うわーん 批判されてる~(T_T)
なんじゃこりゃw
28 :salon ◆y0izD0axK2 :2010/12/13(月) 16:01:37 ID:g1aarMXp0
>根/来/祐(キャバクラユニオンサポーターズクラブ事務局長)
>「今後、匿名での交流会開催や、デモなどもやってみたいと考えている」
ずっと興味ない様子だったのが
2~3日前からいきなり
と言い出してるよ
40 :salon ◆y0izD0axK2 :2010/12/13(月) 18:26:40 ID:Z/Ua5f76P
>>35
昨日まで何もしてこなかったのはあんたでしょw
反対運動する事でマンガ家や小説家とコネクション作ろうって魂胆?
旨味があることに気づいて飛びついてきたんだね
他人の危機に群がるハイエナみたいな奴だ
>大きな敵がいるという事は同時につながるべき人の存在も明確にわかってくるんですね
>ある種チャンスでもあります。
>つながれる人とお話をしていく事で日ごろ見えなかったネットワークを可視化し、
41 :salon ◆y0izD0axK2 :2010/12/13(月) 18:30:35 ID:zCSitjrR0
おまいらあんま煽るなよ
>ID:HatzjesA0
個人として活動するなら好きにすればいいと思うよ
しかし今までの活動で築きあげられたものも知らず
ドン退かれても仕方ないと思うよ
42 :salon ◆y0izD0axK2 :2010/12/13(月) 18:35:06 ID:/zHZhqKB0
>>38
その人のついったーざっと読んでみたけど、
セクシャルマイノリティ方面の運動のエサに
51 :salon ◆y0izD0axK2 :2010/12/13(月) 23:08:35 ID:rqsPVQn60
>13日に、フェミニスト、腐女子、セクシャルマイノリティ共同で、
>性暴力に絶対反対だからこそ、条例改正に反対という声明を書いています。 #hijitsuzai
hamemen白石草
http://twitter.com/hamemen/status/13606038234206208
昨日いきなりブログ立ち上げて
今日議員にアポなし凸抗議かまして「もしも民主が賛成に動くなら区議会選挙に響きますよ」と脅迫
呆れて言葉もでないわ
318 :風と木の名無しさん:2010/12/13(月) 22:59:35 ID:RwHwDCWu0
>>307
身内の顔してるけど擬態しきれてないよね
フィクション同性愛取り扱ってる腐女子とセクマイを一緒に扱って
(相手に失礼、というか協調できても別団体で活動する)
囲い込もうとしてるんだろうなあ
30代前半男性、親と同居47%=未婚率の上昇影響か―世帯動態調査 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101210-00000089-jij-soci
このニュースに対する反応 http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1291970321/l50
つまり、家庭が矛盾に満ちて壊れていた事によって何らかの精神的外傷を受けていた人が「結婚に夢が持てない」状態になる。
結婚しないのは本人の意志のように見えるが、もう少し引いた見方をすると社会的弱者が自然淘汰されている過程と考えられる。
30代前半に限らず団塊ジュニア世代あたりも親と同居している割合が高くなっているに違いない。
団塊世代が引退せずに働き続けることがよく批判されているが、彼らが働き続けるのは70歳手前まで働くと年金額が増えるからでもあるが、大半は職がない我が子を養うためである。
年金不安が叫ばれる中、無駄な出費を抑えて出来るだけ貯蓄しようとする人々が増えている。
自立できるのにしないで親と同居する人々は、住居費を浮かせて、夫も妻も働いて親世代に子供の育児を助けてもらう形態を取っている。
大人になったら家を出るべき、と「かくあるべき論」に固執する人々は月々の家賃、子供を保育所に入れる費用、自身の年金の計算をしたことがあるのだろうか?
30歳超えてもまだ子供でいようとする精神的に未熟なパラサイト・シングルはだいたい金を貯蓄せずどうでもいい遊興費に使っている。
出産には社会を継続的に維持するための人員を確保するといった社会的意義がある。
国や社会のために生きてるんじゃねえよ、という言い分はわかるが、
それは語学が堪能であったり、海外の銀行にプライベートバンクを設けて働かなくても食っていけるだけの金を蓄えていたり、
そのような日本を出ても生きていけるレベルの人物が言うのならわかるが、
日本でしか生きていけないレベルの人々が、子供を産まず(社会を維持運営する事に協力せず)に自由気儘に生きる!というのは、ただのフリーライダーだと思われる。
独身税はそろそろ必要だろう。結婚する金がないという人は酒もタバコもやっているし、外食で美味いものを食べている。徴収する金はいくらでもある。