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はてなキーワード: 眼差しとは

2011-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20111114125919

島本さんのノリが王道熱血パロだなんてな、判断できない方が池沼だよ。

ほんとかにゃー

「も、もちろん知ってたよ!」って急遽言い出したんじゃないかにゃー?




パロディとは「(∀`*ゞ)テヘッ」の塊だよ

むしろ「(∀`*ゞ)テヘッ」の眼差しがわからなければ面白さがわからない

構造的に言って、「(∀`*ゞ)テヘッ」嫌いの人が島本漫画を好くわけがない

パロディだと気付いてない場合を除き




君の話を全部信じるなら全体として矛盾するにゃー

2011-10-13

いぬきもち

大きな大きな振動と、とてもとても、とてもうるさかった騒音が止んでしばらく経ちました。

はいま、窮屈な檻に閉じ込められています。頑丈そうな鉄の棒が、循々と周りを囲っているのです。立ち上がることはできますが、歩くことはできません。同じ場所でくるくる尻尾を追いかけ回ってみれば、確かに多少なりとも運動にはなるのですが、目一杯走りまわることが何よりの楽しみである私にしてみれば、少々どころか全く物足りない状況に陥ってしまっているのです

厳重に施された不自由は、身体はもちろんのこと精神をも蝕んでいくものです。鬱積し続ける不満によって、私の心身は内側から漆黒に染め上げられつつある――。

抗おうとは思うのです。けれど、行動を大きく制限された檻の中では、体制を変えたり、意味もなく回ってみたりすることがやっとなのです。それ以外には、丸まってふて寝をすることしかできません。そればかりか、少し前までは眠ることさえもが容易ではなかったのです。私が入れられた檻は、なんだかよく分からないランプがやたらめったらに点灯している円錐型の箱に囲われているのですが、この箱もまた異様なほど狭く小さくて、つまるところ私は極小の檻に捕らわれたまま、狭っ苦しい箱物に乗せられるや、いつ終わるともわからない唐突な振動と騒音とに怯えることを余儀なくされていたのです

そうなのです。本当にけたたましい振動と騒音だったのです。私がまだ人に捕まることもなく、広い森の中を、あるいは街の中を自由に歩いて回っていた頃には体感したこともなかったほどの揺れと音だったのです。身体が芯からさぶられ、鼓膜が破れてしまうのではないかと怖くなったくらいです。いまも足元が揺れているような気がしますし、耳の奥がきーんと甲高い音を立てているような錯覚を覚えています。もう過ぎ去ってしまったことなのできっと幻覚なんだろうとは思うのですが、酷いものだなあと感じないわけにはいかないのです

ため息混じりに、私はついつい考えてしまます。ただただひたすらに死を恐怖し、生きることだけに全力を注いで日々を過ごしていた私を捕らえて、温かな毛布と、安全空間を与えてくれた人間という存在は、どうしてこんな場所に私を閉じ込めたのでしょうか。人間でありながら独特の雰囲気を纏っていた彼女もまた、結局は他の人間と同様、小汚い私を忌み嫌い、時には石を投げつけたり蹴りあげたりする悪童や暴漢などの類と同じだったということなのでしょうか。

とてもとても優しくしてくれたのに。額を撫でてくれた手のひらが大きくて暖かくて、とうの昔に失くしてしまったはずの温もりを思い出しかけていたというのに。思わず寄りかかってしまいそうな、くっついて眠ってしまいたくなりそうな安らぎが、確かにあったはずだったのに。

どれもこれも私が抱いていた幻想だったというのでしょうか。ドロドロとした液状のご飯や、なぜこんなことをしなくてはならないのか全く意味のわからない厳しい訓練を終えた後、あらん限りの言葉と抱擁でもって褒め称えてくれたことの全てが、単なる演技だったと言うのでしょうか。

私を騙すために?

いいえ、そんなことはないはずです。長らく生きることだけに執着していた私にはよくわかるのです。相手の感情機微というものが。真贋を見極める眼にだけは、確固たる自信があるのです。何が危険で何が安全か。鋭利感覚を持ち合わせていなければ、私はこれまで生きてこられなかったわけなのですから

主に彼女が私に与えてくれたものども。それは今まで口に含んだこともなかったような食事であり、おおよそ誰も経験したことのなかった訓練の数々でありました。それらは、正直なところ嫌なことばかりで、何度も何度も施設から逃げ出してやろうと考えてしまうくらいでした。伏せることも座ることも許されずにじっと立ち続ける訓練では、足ががくがくとしてくるのはもちろんのこと、身動きが取れずにもどかしい思いをしなくてはならなかったし、ごわごわとした衣服を着せられたことも、またへんてこな装置の中で外側へと押しつぶされるような力に耐える訓練も受ける羽目になったのです

捕まえられた当初、私はそれらの訓練が心の底から嫌で嫌でたまりませんでした。自由に外を走り回りたかったし、物珍しそうに私を覗き込む人間たちが怖くておぞましくて我慢ならなかったのです。何度も何度も大声で威嚇しました。牙を見せ、爪を剥き出しにして、絶え間なく吠え続けることだけが、私に安らぎを与えてくれるものだと本能的に思い込んでいたのです

でも、彼女は違いました。彼女だけは、意固地なまでに獰猛な態度をみせる私に歩み寄ろうとしてくれたのです。私と同様、人間たちに捕らえられたものたちの世話を、彼女は一手に引き受けていました。人見知りな私は、彼らとの接触すら断とうとできるだけ近寄らず、檻の隅っこで丸まる毎日だったのですが、彼女はそんな私に近づき、側にしゃがみ込んで、何をするでもなくただただ優しく見守ってくれていたのでした。

その眼差しの、なんと温かなことだったか

鉄の猜疑心と鉛の恐怖心とでがちがちに固められていた私の心を、彼女眼差しゆっくりと剥がし溶かしていったのです。ある日、そっと差し出された彼女の手のひらを、私はくんくんと嗅いでみました。素敵に柔らかな匂いがしました。寒くて余所余所しい無機質な施設の中で、彼女の手のひらからミルクのような穏やかさが漏れ出していたのです

それが彼女の本性なのか、それとも作り出した仮面だったのか、依然として私には確証が持てなかったのですが、取り敢えず気を許しても大丈夫そうだと判断しました。以降私は彼女にだけ従順な態度を取るようになったのです

彼女は私の変化を大変嬉しがり、より一層私との距離を縮めようとしました。時たまその一歩が大きいことがあり、私の爪牙が彼女の手のひらを傷つけることもあったのですが、彼女の優しさは変わることなく、かえってより一層深いものへと変貌していくようでした。

この空に向こう側には何があると思う? 穏やかな声で彼女が問いかけてきたことがありました。その日はちょうど訓練も休みの日で、私は彼女に連れられて久々に施設の外へとやってきていたのでした。高台の上にある施設から少し離れたところになる平原で、私の隣に座った彼女は真っ青な大空を見上げながらそんなことを口にしたのでした。

無論、私には答えることなどできません。私の言葉彼女には伝わらないし、そもそも空の向こうなんてもの想像したこともなかったのですから。だから私は内心、何も無いよ、ずっとずうっと空があるだけだよ、と思うだけ思って、黙っていました。

そよ風草原の草花を静かに撫でていきます

宇宙には何が待っているんだろうね。髪を押さえつけながら彼女はそう呟きました。ぼんやりとした夢見るかのような口調でしたが、その眼には溢れんばかりの光と希望が満ち溢れていました。

ああ、これが人間なのだな。刹那に、見上げたていた私は心底打ちのめされてしまいました。私なんぞが思いも至らない、想像することもなかった世界を見上げて、あまつさえその場所に名前を与えて、遂には到達することさえ見据えている。外へ外へと向かうことのできる、好奇心と云う名の侵略性を持ちえている存在人間なのだなと。

がんばろうね。そう言って私に微笑んだ彼女笑顔が、脳裏に焼き付いてしまいました。訳もわからないまま吠えて尻尾を振った私は、なんとも単純で愚かで滑稽でさえあったのかもしれません。それでもあの瞬間そうすることが何よりも正しかったし、そうあるべきだと自発的に思えたのです。驚いた様子の彼女は、すぐに満面の笑みを取り戻すと、ぎゅっと私の身体を抱きしめたのでした。ぎゅっと、ぎゅうっと抱きしめてくれたのでした。

それからどれほど時間が経ったのでしょう。訓練は次第に厳しさを増していき、それにともなって私が入れられる檻も小さな物へと変化していきました。最終的にはその場で立ち上がり一回転するのが精一杯な檻になったのです。狭くて心地よくなくて私の苛々は加速度的に増していきましたが、彼女笑顔と時折見せる辛そうな表情とが頑丈な堰となって日々を乗り越えさていくことができたのでした。

私が入れられた極小の檻が狭っ苦しい箱物に搭載される直前に、私は彼女とお別れをしました。がんばってね、と彼女真剣な表情で口にし、あなたならきっと大丈夫、と抱きしめてくれました。いつもと変わらない暖かくて安らぐことのできる抱擁だったのですが、その奥底に到底隠し切ることのできない感情があることに、私は気づかないままいられませんでした。

それは青い滴のような感情でした。爛漫な彼女が、穏やかで底抜けなまでに優しいはずの彼女が、気丈なほどいつもどおりに振る舞いながら、はたはたと湖面に水を漲らせている。後もう二三滴、滴が落ちればわっと決壊してしまいそうな静かな緊張感を、貼りつけた微笑の裏に懸命に隠そうとしている。

私にはもう、与えられた役目を見事遣り遂げることしかできなくなってしまったのでした。檻の中でじっとしたまま、何日間か我慢し続ける。寝食の問題はそれほどでもないにせよ、重なりに重なる苛々に耐え続けなければならないという辛抱のいる役目を負わないわけにはいかなくなったのです

もちろん、私には我慢し続けられるだけの自信なんてありません。我慢しなければならない確固たる理由もないのですしかしながら、彼女とのお別れをしている最中に、私の運命は定まってしまったのです

私はライカクドリャフカライカなのです彼女に与えられた名前を、その時私は初めて意識したのでした。

私が入れられた檻を乗せた箱物は、依然としてたくさんのランプを点灯したまま変化がありません。宇宙への航行は順調に進んでいるようです。だから問題は私の方。じっとして我慢しなくてはならない私の方にこそ、この任務を遂行するための因子は偏っているのです

一時はとんでもなく暑くなった船の中ですが、現在は然程でもありません。むしろぐんぐんと気温は下がってきていて、肌寒い気さえします。いいえ、もしかしたらまだまだ船の中は暑いままなのかもしれません。私にはもうよく分からないのです。もうずっと同じ景色のまま、朝も夜もわからず我慢し続けているのです。食事の回数までもが朧気になってしまっては、今が何日目の航行なのかを判別する術は残されていないのです

狭い檻の中での排泄は、綺麗好きな私にとっては屈辱以外の何者でもありません。が、それさえも与えられた役割であり任務であるというのならば、私は彼女のために我慢し続けなければならないのです。もう少しだけ。もう少しだけ。我慢し辛抱し続けなければならないのです

ああ、でも、なんだか疲れてきてしまいました。行動が制限されているので、食べては寝続けることしかやることがないのです。始まりこそそんなに眠ってばかりいられるかと思っていたのですが、案外眠れるもので、近頃は眠っている時間のほうが多い気さえするのです。とにかく眠くて眠くて堪らないのです。加えて眠っていると彼女との夢を見られるので幸せです。起きていると我慢しなくてはならないのですが、寝ていれば幸せなのです。とてもとても幸せなのです――。

かしゃんと、餌箱が開く音が微睡みの中に響き渡りました。また今回もドロドロとした美味しくもない食事が始まります夢現な私の味覚はもう死んでしまっていますが、それでも食べないことには死んでしまます。死ぬわけにはいかないのです。私の任務には生き続けることも含まれているのですから

綺麗に器を舐めきって、私は再び丸まって檻の中に伏せます。次の食事の時間まで、また寝続けなければならないのです。あと何回このサイクルが繰り返されるのかはわかりません。でもとにかく続けなければならないのです。そのためには少しでも体力を温存しなくてはなりません。船内の景色を見続けるのは辛いので、眠って彼女と会うのです。会って彼女と戯れるのです。戯れたいのです

広い高原で、彼女はずっと遠くで私を呼んでいます。私はその声に向かって全力で走るのです。カシャカシャと。檻が立てる音をも気にせず、夢現のまま全力疾走し続けるのです。まだ彼女の元まで届いたことはありませんが、きっといつの日か届くはずです。その時こそ、私の役目は、任務は遂げられるはずなのですから

シャカシャ、カシャカシャ。

私は高原の中を走り続けます

シャカシャ、カシャ……カシャ……。

微笑を湛えた彼女の胸に飛び込む瞬間を今か今かと夢見ながら。

2011-08-28

http://anond.hatelabo.jp/20110828180236

二次元ロリペド嗜好の人が現実の小児に向ける眼差しを見る限り、

少なくとも、そういう方々向けの三次元女コンテンツは山ほどございまして

をつなげてしまうんだ?

俺そういうのに該当するのって、TMAを筆頭とする馬鹿コスプレAVしか知らんぞ。

チャイドルチャイドル創作とはまた別の世界だと思うし。

http://anond.hatelabo.jp/20110828115129

二次元ロリペド嗜好の人が現実の小児に向ける眼差しを見る限り、

そういう連中ってそんなに多いの?

ネット上でネトウヨネトウヨ言ってる奴らとか韓国韓国言ってる奴らと同様に「実物」を見た事が一度もないんだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20110828095257

創作ロリペド現実小児性愛についても同様。

横だけど、二次元ロリペド嗜好の人が現実の小児に向ける眼差しを見る限り、そうは見えないのよな

2011-08-21

彼女はたぶん堕胎する

どうして彼女は分かってくれないんだろうか? どれだけ時間を費やし、言葉を重ねても、彼女に届かない。

その事実に僕は悲しくなり、泣きたくなり、感情が酷く高ぶってしまって、思わず怒鳴ってしまった。

 「お前に何が分かるんだよ!」

 僕が大声を出すこと自体があまり無かったので、彼女は狼狽した。感情の波が防波堤を超えてしまて、

なんだか僕は止まらなくなって、彼女に近づいて肩を掴んだ。彼女はまるで見知らぬ暴漢に乱暴されたかのごとく悲鳴をあげた。

僕は驚いて、彼女の口を手で塞ごうとしたら、勢いが強かったのか、あるいは無意識にそうしたかったのか、彼女の頬を手のひらが音を立てて打った。

 よろめいて、そのまま彼女は倒れてしまう。僕を見上げて、自分が何をされたのか信じられない顔をしている。僕はもう駄目だった。

 彼女の顔面を膝で・・・

 何十分かの後、彼女は虚ろな眼差し天井を見上げている。服はぼろぼろで、体中に痣や擦り傷が散らばっている。彼女を殴打し、蹴り、

暴力の勢いのまま押し倒して、レイプのように犯してしまった。いや、実際にレイプだったのだろう。

 彼女の性器は赤く腫れて、中から僕が放ったばかりの精液が垂れ流されている。避妊具を使わないセックスは初めてだった。彼女妊娠するのだろうか?

するとしたら、彼女子供をどうするんだろうか? 荒れ果てた室内と彼女を見ると、堕胎、という言葉が浮かぶ。 

2011-08-07

カオスランジのこと いろいろ疑問

大分話がでつくしてきたようなんですが、ここ4、5年日本現代思想コンテンポラリーアート業界にうとかったので、色々、わからないこと疑問になっていることでてきました。


カオスラウンジ宣言、これはなに?

無尽蔵に、彼ら的な言葉でいえば機械的に、作品(前芸術てきなものも含めた)が創造されていくネットアートにすると。「ネット」と「アート」の分断を克服すると。

ただネットというのは結局現象ですよね。ファインアート意味的に作品にはならない。

ある意味でその非・固定、永久に、automaticallyにつくりつづけられるシステムとしてのネット、を、どうしてピンで昆虫採集みたいに物理的に止めてしまうのか?そうしたらもうそれは『ネット→現象』でなくて『アート→作品(芸術としての)』への変換にすぎないんじゃないの?

いちばんよくわからないのが、東氏がいうところの、いわば郵便的可能性をネットがもっていると、そういうところを、まあアートでやると。

で、その郵便的な話をちゃんと喋れる東氏が理論的に助けててどうしてこんな単純なことに気付けなかったのか?????

素朴に疑問。


ネットアートの分断を克服する?

前段の疑問を百歩ゆずったとして、そもそもネットアートを分断を克服するって?分断していたの?

このへんがよくわからない。

ふたばとかPixivが、機構としてコミュニケーションの速度と多様性を支援しているのはわかるんだけど、それってカフェや飲みや、パーティーなんかで芸術家出会ってベラベラしゃべったり酔っぱらったり、その場でなんかやってみたりしてたのと、構造的に同じではないの?そーいう場にたまたまいた人が一緒にもりあがって、なんかになっていく感じも同じだし。創作過程という意味では全然分断していない。

彼らは発表の機会が云々とかいっているのだろうけど、そういうカフェや飲みやで話したりドンチャンしたことが作品?Pixivではポートフォリオとして使っている人もいるけど、ポートフォリオは静的で、彼らいっているところの機械的につくりつづけられるネットの有り様ではない。

加えてもしここでいうところのアート近代的な(ファインアート伝統の延長線上にある)アートではなく、語源としてのアート技術創造そのものとしたら、ギャラリーネットにある作品をわけることは始めからありえないんじゃないの????

これはどうしたいんだ??


アーキテクチャ

カオスラウンジ宣言に出てくるアーキテクチャという概念を東氏は引っ張っているようだけど、これってなに?

システムと力の話?ということはマルクスの疎外とフーコーの力と、構造主義ポスト構造主義における社会への眼差しがやってきたことをまぜて焼き直しただけ?

浅田彰が「そんなことはもうやってきた」ってのはそのとおりじゃないの?

なにがしたいの?


最初お祭り騒ぎなのかーっと自分も参加して面白かったけど、なんだか疑問ばかりになってきた…。

誰か説明してほしい…。モヤモヤ

2011-06-20

不思議なんだけど。彼女は昼食を食べている途中でそう切り出した。不思議なんだけど、最近よく同じ夢を見てしまっているんだ。

へえ。どんな夢なんだろう。私は購買で手に入れたサンドウィッチを飲み下してからそう尋ねてみた。

変な夢なの。彼女は箸を置くと、困ったような悲しんでいるかのような表情を浮かべて力弱く微笑んだ。とっても変な夢でね、いつもいつも、その時間帯に受けなければならない授業に出席できない夢なんだ。

決まって授業に遅刻してしまった場面から始まるのだというその夢は、確かに奇妙で意味深な内容を伴っていた。彼女には寝過ごしてしまったとか、気分が優れなくて少し体調を気にしていたとかいう具体的な理由があるわけでもなく、出し抜けに授業が始まってしまった学校廊下を歩かざるを得なくなってしまっているのだという。

わたしはね、出なければならない授業のノート教科書参考書と筆記用具を腕に抱いて、一人ぽっちのまま、惨めな気持ちでとぼとぼと静かすぎる廊下を歩いているの。恥ずかしさとか後悔は全然ないんだけど、ただひたすらに辛くて苦しくて悲しい気分になってるの。

それはまた面妖な夢だね。相槌を入れると、彼女はまた萎れかけた向日葵のような笑顔を浮かべた。スーちゃんもそう思う? まあ、私なら少なくとも辛くも苦しくも悲しくもならないと思う。そうだよね、どうしてわたしは夢の中でそう思ってるんだろうね。

それは本人にしかからない類の問題だった。答えに一番近いはずの彼女がわからないのだから、私になんてわかるはずがない。黙したまま紙パックのジュースを飲み始めると、でもそれだけじゃないんだよね、と彼女が続きを口にした。

わたしはね、夢の中でまっすぐその時間帯に受けなければならない授業がある教室に向かっているんだ。サボろうとか逃げちゃおうとかいうことを考えもせず、じっとリノリウムの床に眼を落としたまま、脇目もふらずにその教室に向かっているの。それで最終的には目的教室に辿りつけるんだけどね、こう、ドアをスライドさせてね、びくびくしながらも懸命に勇気を振り絞って視線を上げてみると、時間を飛び越してしまったみたいに、その教室ではもう次の授業が始まってしまっているということに気がつくの。英語なら英語化学なら化学。わたしが抱えていたノート教科書とは全く別物の、わたしとは関係の無い別のクラスの授業が開かれてしまっているの。

わたしは夢の中ではこれっぽっちもお呼びじゃないみたいなんだ。そう言って彼女は少しだけ俯いた。追いつけないんだよね。何をしても。何があっても。結局どこにも行けないんだ。搾り出すような声は紛れもなく小さな悲鳴だった。

でも、夢なんでしょ。現実じゃあり得ないことでしょ。私はできるだけ、それがなんでもないことであるかのように口にした。気にすることないよ。気にしないほうがきっといいことであるはずだよ。

でも、この夢、結構堪えるんだ。暗く沈んだ声で彼女は口にする。いつもみんなに置いていかれてしまうんだもの。どれだけ繰り返しても、どれだけ身がつまされそうになっても、わたしが望む空間には絶対に辿りつけないんだもの。それにね、朝起きると、汗がすごいんだ。ベタベタしてて気味が悪いの。

堪ったもんじゃないんだ。彼女は諦め卑屈になってしまった敗北者のごとくいびつに笑った。嘲笑だった。彼女自身はまるで悪くないはずなのに、自分自身のことを嘲り貶して一笑に付したのだった。

しばらく私はなんと返事をしたらいいかからず迷った。励ませばいいのか、同情すればいいのか、あるいは突き放してしまったほうが彼女を思いやることに、優しさになるのかどうか。重たい沈黙が流れこんできて、更に焦ってしまった。残っていたパンを食べきった。ジュースを三度口に含んだけど、あまり味がしなかった。

ちらりと上目遣いに彼女を覗いてみると、箸を手に持って食事を再開していた。動作は緩慢で、なるほど最近妙に元気がなかったのはこの夢があったためなんだと確かな確証でもって納得することができた。

紙パックをじゅこじゅこいわせてジュースを飲みきり、私は一言だけ、大変だねと彼女に話しかけた。顔を上げて、うんと頷いた彼女の表情は、内心どこかほっとしているようだった。

ちょっとだけね。かなり、大変なんだ。そう言って屈託なく砕けた彼女の表情には、今にも崩れ去ってしまいそうな脆い矜持が滲んでいた。

やっぱり、私は何もできない、できるはずがなかったのだ。

その揺るぎない事実をありありと突きつけられて、私は少しだけ鼻の奥がツンとした。

そうなんだ。うん。ま、あまり気にしすぎないことだよ。スーちゃん、それさっきも言ってたよ。そうとしか言い様がないんだから仕方がないよ。ふふ、それもそうかもしれないね

食事を終えて、私は窓際に設置された横に長い業務用のストーブに、彼女はすぐ側の椅子に腰掛けた。私は窓の桟にもたれかかってぼんやりと外の景色を眺めている。ちっとも動かない雲とか誰もいないグラウンドなんかを、頭を空っぽにして見下ろしている。

きっと隣で彼女は、おしゃべりに興じたり忙しなく教室から出入りしているクラスメイトを見ているんだと思う。ちょっとだけ淋しそうな、羨望の色を帯びた眼差しで、彼らのことを見守っているのだろう。

でもね、と言って彼女は夢の話を切り上げる際にちょっとだけ付け足しをした。でもね、もう絶対にどんなに願っても足掻いても辿りつけないのだとするのならね、いっそのことそこに辿りつけなくてもいいような気が、最近はするんだ。どこにも行かないまま、この場所に留まったまま私の時間を過ごしていたほうがいいようなね。何かにつけて、今はみんな早過ぎるんだもの。ついて行けなくたって仕方がないと思わない?

苦笑を浮かべた彼女に、私は何も答えなかった。そんなこと言っていられないよと思いつつも、やんわり苦笑を返しただけだった。

ぼんやりと窓の外に広がる景色を眺めてみる。グラウンドに動くものは見つからず、ぽっかり空の真ん中に浮かんだ雲は動かないままだった。

2011-06-15

AKB女子高の華々しさと陰湿さの象徴

今までアイドルとか全く興味を持たなかったけど

まとめサイトを見て、ものすごい憤りを感じた。


http://blog.livedoor.jp/chihhylove/archives/4997227.html




もしこの動画の渦中の人

スレ内で憶測されているような状態であったなら、

誰がそんなことをさせたのか?

本人が好き好んで晴れ舞台

自ら仕込むようなことは考えられない。




させられている本人の気持ちを分かって欲しい。

もし自分彼女と同じ立場だったら耐えられない。





人気票が沢山入ったとしても

テレビ舞台の裏側で、

仲間たちの嘲笑と馬事を受けながら

表では何事もないように笑って振舞うなんて

とてもじゃないけど出来ない。



自分女子高出身ではないけれど、

高校時代、同じ中学出身の友人を怒らせてしまった事と

今まで全くオシャレに興味がなくて、

デブで油肌で髪も癖が強くておまけにメガネ

気持ち悪い容姿だった為入学してすぐに村八分にあった。

(それと厨二病も患っててものすごく痛いキャラだったか

ネタにされるの当然なのかも知れないけど…)



結果そのおかげで少しはオシャレに興味を持ったし、

ダイエットもして15kg減少した。

スキンケアも気を使って肌状態は改善されたし、

ヘアケアも気にして、今では昔の写真を見せると

「誰これ?信じられない。」と言われるぐらい容姿は変わった。



しかし、人間関係を築こうとすると

ものすごく 億劫になるというか、

なかなか上手い距離感で人と付き合う事が全くできなくなった。



多分未だに自分の中で、女子グループへの

トラウマみたいな物が根付いてて、

自分の素を曝して 生きていく事が出来ない。

自分を曝け出すと、高校時代の時の様に

嘲られたり、陰口を言われたりするんじゃないか

そんな風に潜在意識で思っているのか、

それとも自分人間関係を築く経験の少なさが理由なのか、

なにが原因かなんて分からないけれど、

とにかくリアルでのなんでもない人間関係にすら

ものすごい気を使ってしまうし、

なかなか相手にも踏み込んでいけない。

相手から頼られるの逆にすごく嬉しいのだけれども。





とにかく、動画ステージに上っている子の

スピーチを笑いながら見ていた子達の目が、

自分が高校時代に受けた嘲笑の眼差しとダブって、

酷い嫌悪感に襲われた。




若い女の子たちが集まれば確かに華々しく見えるだろう。

いつも連れ添って、仲が良さそうに喋ってて…

しかしその裏にある、陰湿さなんかを垣間見てて

「ああ、きっと女子高ってこんな感じなのかな」と思った。



ステージ女の子には自分のような苦しみを味わって欲しくない。

女子同士でのそういった陰険ないじめみたいなものって

なくすことは出来ないんだろうな…。

2011-02-03

革命する日本中国人留学生

自分大学教員をしている。
今いるところは中国人留学生比較的多いところなのだけど、
演習のクラスで授業を受けている中国人留学生
それも大陸出身(香港台湾以外の、共産党支配地域中国)の 学生怠惰さには、辟易していた。
授業は遅れてやってくるし、言い訳ばかりする。
日本人の友人は作らず、内輪で固まる。
同じ中国人でも、台湾香港出身者が、勉強熱心で、社交的なことと正反対なのだ。

ところが、先日、彼らを食事に誘ってみて、
そうした見方が間違っている…というわけではないにせよ、
一面的なものであったことを知った。

まず、不真面目そうだったAくん。
彼は無口で引きこもり気味、いかにもやる気がなさそう。
それでいて単位だけはほしいと言った感じで、
ぼくの持っている「ダメ大陸出身留学生」のステレオタイプそのままといった学生だった。
教室での、ぼくの勝手想像は、
「彼が日本に来るのはアルバイト目的で、勉強する気などないのだろう。
おそらく日本ことなど大嫌いなんじゃないか
「そのうち発狂して犯罪にでも手を染めるんじゃないか
そんなところまでエスカレートしていた。
彼について言う限り、ネット右翼が、
中国人想像するときとそんなに変わらない目で見ていたんじゃないかと思う。

ところが話してみると、
彼は、おそろしく日本通で、妙に日本流行文化に詳しい
飲み会の席での振る舞いなどについても非常に熟知していて、
なんと言ってもおもしろい。
あまりにも想像と正反対で、驚いた。
背景には、彼の父親が、
長年日本企業で働いているということの影響があったようだけど、
理由はともあれ、彼はかなりの知日派だったのだ。

授業中まじめだったBくんは、大学院早稲田に行って、
日本企業就職したいと言っていた。
勉強は良くできるが遅刻魔のCさんは、
日本仕事をするために資格を取りたいと言っていた。
いずれにせよ、彼らが自分の国に限界を感じていて、
今後の人生設計において、
日本を生活の基盤として生きていこうとしていることが分かった。

これはすごく大事なことだと思う。
日本人であるぼくだって日本の政治文化、嫌な部分は目につくし、
そういうのを含めて全部好きかって言われたら、好きじゃないところもある。
でも、自分の生活上の、また文化的な基盤だと思っているから、
より良い国であってほしいと思う。
無駄日本破壊してどこかにいこうとなんて思わない。
これは、偏狭な「愛国心」よりもずっと根源的なものだろう。
これは、良くも悪くも、このご時世に日本留学するという
選択をしてしまった彼らにとっても変わらないのだ。

ぼくは中国には何度か行ったことがあるし、
中国人に対してはそれほど偏見を持っていないつもりだった。
特に、一緒に仕事をするようなエリート層については、
立派な人も多いと思っていた。
ただ、ぼくの勤務先(偏差値50ちょっとの中堅校)の
大陸出身留学生あたりだと、
やる気もないし、不真面目、別の世界の人だと思っていた。
それが偏見だったと思い知らされた。

さて、宴もそろそろ終わりに近づいてきたころ、
知日派のAくんが口火を切った。「共産党についてどう思いますか?」。
それからいくつか意見が出たが、
今の中国を悪くしている元凶は共産党であること、
それに対して変えていく運動は、
政府の強力な情報統制によって進まないことなどが、
彼らの共通認識のようだった。

自分も、共産党に対する直接的な嫌悪感を伝えると同時に、
自分なりの情勢分析を伝えた。
今の中国の発展には、貧富の格差重要な役割を果たしており、
そのために、共産党による抑圧が貢献しているという面があるということ。
から民主化は、他の地域では例をみないほど大きな混乱を招く。
日本で暮らすぼくたちにも大きな影響を与えるが、
長い目で見たら、中国民主化地域の安定に必須であり、
ぜひ、さまざまな困難を乗り越えて実現してほしいと思っていることなど。

そうした中、いつか来る中国民主化に際して、
こうして外国勉強をして、外国語ニュースにそのまま接することができる
中国人留学生重要な役割を果たすんだという話が出たりして、
その場はもう、革命の闘士の集会のような雰囲気になっていた。

もちろん、事なかれ主義現実主義的な彼らのこと。
自分から行動をするようなことはないと思う。
タイトルに書いた「革命する中国人留学生」というのは大げさだけれど、
もし本当に民主化運動が起きたら、
何か自分にできないことはないかとは考えている。
いざことが起きたら、それに呼応して周囲を引っ張っていく可能性のある人たちなのだ。

彼らは一面では、人見知りで人と関わるのが苦手、
一部の人は遵法意識が低く、不真面目に思えることもある。
まぁ、はっきり言って、これだけ揃えば、
偏見の目で見る人が出てくるのは仕方ないのかもしれない。

ただ、それにもかかわらず、もう一面では…、
彼らはぼくたちと多くのものを共有している。
日本経済や国際関係を心配する眼差し
自由への渇望、共産党への嫌悪感
これから日本経済的にも政治的にも、
中国との難しい外交上の駆け引きを強いられる中で、
日本はもっともっと彼らを大事にしてもいいのではないだろうか。
別に人数を増やせとか、ビザを甘くしろとか、
補助金を増やせとかそういうことを言っているわけではない。
犯罪者を見るような目で見るのではなく、もっと暖かい目で見ること。
身近にそういう人がいたら、思い切って話しかけてみるということ。
拝外主義的な言説を見たら、ちょっと疑って考えてみること。

東アジア地域情勢が大きく変化する中、
自衛隊を増強するのも大事かもしれないけれど、
同時にこういう地道な努力、気持ちの変化のようなものが、
日本平和のためにも重要なんじゃないかと思う。

2011-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20110105054718

浮気で女を叩くくせにAVになるところっと擁護だもの。

わかってないな。

これはダブルスタンダードじゃない。

「身内としての女」と「性処理メディアとしての女」はまったく違う生き物だ。

前者の集合をA、後者の集合をBとしようか。



Aの集合に属する女が不貞行為を働いたら多数の人間に損害が及ぶ。

最も損害を被るのは女自身なのだが、まわりの迷惑を考えて後先考える知能があったら浮気なんかせんわな。

裏切られた彼氏がかわいそう、だけじゃ済まなくて、風評被害のほうが凄い。



早漏チンコが小さかったか彼氏浮気されたのかという小さなレベルから

あんな女を育てた家族は情操教育が施すことが出来ないメンヘル機能不全家族

まともな教育を施されていない低所得下層民の集まりに違いないといったレベルまで、

浮気女と関わった人間全員が偏見眼差しで見られて被害を被るわけだ。だからAの集合に属する女の浮気は許されない。

俺が裏切られた彼氏の立場だったら顔面が変形するまで集中的に殴るかもしれない。



Bの集合に属する女は浮気をしようが誰も責めない。

最大どれだけのチンポを上下の口で同時に咥えたことあるの?と質問しても心は痛まないし

別にBの集合の女が死んでも代わりはいくらでもいるわけ。肉便器の名前なんか覚えないでしょ。

痴女ジャンル女優が一人減ったのが残念!はい次の人ってなもんでね。

今までヌいたAV女優名前を一人ひとり覚えているのか?

俺はAV女優名前なんかを覚えた事がない。

2010-08-20

http://anond.hatelabo.jp/20100820063430

高校生だと、もやもやする話だろうなあ…。

一番お金が欲しい時期だし。



さて、グッズを作ろうと画策している人は、高校生が作ったものだから、無料で使って当然と思ってる。

多分、何も深くは考えてないと思います。

元増田は、グッズをもらうだけでは不十分(不当な扱いを受けているかもしれない)と思っているわけですよね。



現実的な対処の仕方としては、著作権云々というよりも

元増田が頑張ったことに対する報酬」を、グッズ以外にも求めていくことになります。これは交渉次第です。

現金で○万円もらう。(ココが現実的な落としどころでしょう)

・グッズを制作する際に「design by 元増田」などを入れてもらう。

・グッズの売上の10%をもらう。



経緯を見ると、元増田が直接交渉するのではなく先生から

「このキャラクターを作った生徒に対して報酬を与えたいと思うのですが、○万ぐらい出してくれませんか?」と

言ってもらうのが一番カドが立たずに良いと思います。高校生だとナメられちゃうしね。

もしくは、元増田が「ところで、いくらかお金もらえたりするんですか?!(期待の眼差し)」を言える人だったら、

そう言って相手の良心に訴える方法もあります。

(僕が高校生だったときに、映像作ったりしてお金を貰ったりする時は、このパターンで貰ってました。あんまり相場感とか交渉の仕方とか分かんなかったし…)



某猫がお金をもらっていて、元増田がもらえないということに疑問があるようですが、

残念ながら、元増田キャラクターと、某猫は全く別のものです。



某猫は、作った企業リスクお金をつぎ込んで有名にしたものです。

どれだけグッズを作っても売れない可能性や、有名にならなかったり、一瞬で忘れ去られるかもしれません。

最初に全く認知されていないキャラクターPRするのにもお金がかかります。

その結果として有名になったキャラクターは、ほとんど芸能人みたいなもんです。

「みんなが知ってる有名なウチの某猫ちゃん!これをおたくイメージキャラクターとして使いませんか?

 1年間だと○○○万円で、ポスターや冊子、共同で開発したグッズ(売上は折半ね!)に使えますよ」という売り方。



元増田場合は、イラストレータさんに「キャラクター作ってくれない?」とお願いするのに近い。

これは幾らか払って、著作権ごと買い取る契約になっていて、価格の基準は【芸能人を使うギャラ】や

著作権云々】ではなく【イラストレータさんの作業賃】なんです。

だから、仕事をお願いしたお客さんは、上がってきたキャラクターを、イラストレータを気にせずに

どんどん色々なところに使ったり、グッズを作ったり出来るわけです。



もしくは、よくある「街のイメージキャラクターを募集します!採用者には現金10万円!」という

公募キャンペーン現金10万が、グッズになっているイメージ

これも、キャラクターの反応が良くてグッズを作っても、原作者にはお金がいかないでしょう。



著作権を調べてみると、著作者人格権著作権ってのがあって、

日本法律だと、著作者人格権ていうのは、著作者以外に譲渡することが出来ません。

つまり、何があってもイラストレータさんの権利は守られるような気がするのですが

契約書で「著作権譲渡し、著作者人格権は行使しない」という契約を作るので、

お客さんは何でも出来るわけです。



説明不足な感は否めませんが、なんとなく理解の手助けになったでしょうか。

つーか、地方のおっさんとかって、モノに対してはお金払うんだけど、

他人が一生懸命考えて作ったものとか、人がサービスすること等に対してびたいち払う気がない人が多いので

しっかり交渉して満足行くようにしたほうがいいです。



個人的にはグッズを100個ぐらいもらって、友だちや親戚に

自分がつくったよー!!」って配りまくるのが一番いい気がするけど。

あと例えば理想的な形で「著作権は持ち続けてグッズを作る時は、契約内容によって都度許諾します」とか言うと

それなら、そもそも頼まないっていう話だと思うので。

2010-07-27

私には男友達がいない(追記 7/30)

人生で一度だけ、浮気をしたことがある。だけど、人によってはそんなのは浮気ではないと言うのかもしれない。私がしたことは、単に彼氏以外の男と一緒に寝たというだけだったから。セックスなんかせずに、文字通り一緒に寝ただけだった。

彼氏と付き合ってからは3か月が過ぎていた。最初は毎日のようにメールが届いたけれど、徐々にその頻度は減っていった。だけど、私の心の平衡を崩すのはその頻度の減少ではなかった。少しずつ、メールの文面に彼の体温が感じられなくなっていくということ。あるいは、別れる間際に特有の、あの他人行儀な距離感。焦燥ははやばやと諦めに変わる。ああ、もう終わったんだ。

さみしい、というのはこういうことなのか、と思った。さみしい、というのは、単にそこに何かが無いからさみしいのではない。そうではなく、自分の手元にあることが想像可能である事物を喪失しているからさみしいのだ。私はさみしかった。だけどそれは固有名詞で表わされる彼氏の不在によるものではなかった。私にとって耐え難かったのは、一般名詞で表わされる彼氏の不在だった。それはさまざまな事象の欠落、たとえば人から気にかけられるということ、人の体温を感じるということ。



そんなとき、男友達と酒を飲む機会があった。彼は人との距離をとるのがうまい、と私は思う。他人が抱える心のすき間に、欠けたピースをさりげなく差し込んでいくような人だ。彼は他人の論理整合性の欠如には素早く反応するけれど、思想信条の違いについては他人を否定することがない。私は彼のそういうところが好きだった。

すこし過剰な意味を含むような言い方で、私は彼に告げる。たぶん、そろそろ別れると思うよ。そうか、とだけ彼は答える。どうせあんたたち、いずれくっつくんでしょ、と目の前にいる女の子が言った。その言葉を黙殺して、私たちは視線を交錯させる。それはないな、と私は思った。顔は好きだけど、もうちょっとわがままでいてくれないと、私はちょっと、ときめかない。

夜明け近く、ね、ちょっと膝かしてよ、と言って私は人目もはばからずに彼の膝の上で目を閉じた。泊まっていく、と彼が訊ねる。私は無言で同意を示す。これから起こるであろう出来事を考えても、罪悪感は感じられなかった。私と彼氏の関係は、既に私にとっては脳死状態にあったから。定義上は生きていても、実質的によみがえることのない。

彼と一緒のベッドに入る。彼は私を抱いた、けれどそれは社交辞令以上の意味を含んでいなかった。それ以外、彼は私に何もしなかった。ただひとこと、俺、彼氏いる人に手出さないことにしてるから、とだけ彼は言う。それが駆け引きを優位に進めるための言葉なのか、それとも本心から出た言葉なのか、そのとき私にはわからなかった。



結局、彼氏からは、そのあと1週間くらい後に「友達に戻ろう」というメールが届いた。果たして戻る地点などあるのだろうかと思ったものの、それは表に出さず、今まで楽しかっただとか、今まで言えなかったことを後悔の無いように伝えた。

すぐに返事が来た。その文面からは、この人はまだ自分のことが好きなのだということが伝わってきたけれど、それなのになぜ別れようとするのか私には理解ができなかった。そのメールには、返事を返さなかった。返せなかった。

1か月くらい経った後、別れた彼氏から唐突に、会いたい、というメール。後輩の女の子に、これどう思う、と聞くと、さびしくなったんですね、会うなんて言っちゃ駄目ですよ、と返された。いつだって適切なリアクションをする子だと思ったけれど、間抜けな私は既に会おうと返事をしてしまった後だった。結局、付き合っていた頃と何ら変わりのない時間の過ごし方をして、それから終電の無くなった彼を家に泊めた。

同じベッドの中で、私は彼に背を向けて眠る。彼が私に後ろから抱きつく。あのさ、もう別れたんだから、そういうの、やめようよ、と言いかけて、彼が泣いていることに気付く。泣きながら何度もごめんね、ごめんね、と謝っている。それは、聞いているこちらが苦しくなるような、泣き方だった。ごめんね、もう、さみしい思いはさせないから、だから、もう一度。



私を部屋に泊めた彼と、その後、また会う機会があった。そういえば、彼氏とやり直すことになったよ。私がそう切り出すと、そうなんだ、よかったね、と口を開いたのは彼ではなく、別の男友達だった。すこし時間をおいて彼は、俺、お前のこと、すこし好きだったのに、と言う。

すこし、って何だろう、と思った。それがすこしではなくて我慢できないほど好きだったら、彼氏と別れている間に君とくっついていたかもしれないけれど、と思ったけれど、やっぱり言えなかった。



それから半年くらい経った頃、学校から家に向かう途中、彼氏から電話の着信。初めてだった。いつもなら、いま電話していい、とメールで確認をしてから電話をする彼が、何の前触れもなく電話するなんてことは今までになかった。

自転車を降りて、電話に出る。どうしよう、俺、Oの浮気相手と勘違いされてる。そんな内容の言葉を彼は私に伝えた。Oは私と彼の共通の知り合いで、彼氏がいるにもかかわらず手当たり次第に手を出す女として知られていた。どうせあんたたち、いずれくっつくんでしょ、と私に向かって言った女。彼は私の言葉をさえぎるように喋り続ける。でも、俺、本当にやってないから、お願いだから、信じてよ。

ああ、そうだったのか、と私は自分の鈍さをいまいましく思った。今まで理由のわからなかった彼やOの言動の意味が、その瞬間にはっきりとする。たとえばOが私に向かって、何であんたきれいでもないしかわいくもないのに、と吐き捨てたこと。それは単に、彼が体を許しても心まではついにOのものにならなかったことからくる嫉妬だったのだろう。そう思い当たるまでに時間はかからなかった。

私は彼に言う。状況がぜんぜん飲み込めないよ、なんで浮気を疑われる状況になってるかよくわからないし、とりあえず後でOの彼氏に聞いてみるから。彼は、それだけはやめて、と言った。お願いだからそれだけはやめて、もしそうしたら、俺、別れるから。



家に帰り、Oの彼氏Mixiメッセージを送る。メールアドレスは知らなかった。返ってきたメッセージには、よかったら電話して、と家の電話番号が記されていた。

その電話で、なぜ浮気を疑ったかその根拠を告げられた。彼とセックスしたことを得意気に吹聴していたということ、ご丁寧に手帳にもその記録があったこと。私は訊ねた。いつくらいの出来事だったのかと。彼の回答によれば、それは私が別れを告げられるちょうど1か月前のことだった。

どうするの、Oと別れるの、と私は訊ねる。涙声を装いつつも、それはほとんど尋問に近いやり方だった。どうしようかなって迷ってる。そんな答えが返ってきたことに苛立ち、私は彼らを別れさせようと、たったひとこと言葉を加える。別れた方がいいよ、なんていうものではなく、Oの彼氏が最も強く罪悪感を持つような言葉を、最も彼が傷つくようなタイミングで、私は彼にささやく。



その後、彼氏に会い、隠してること、あるでしょ、と問い詰めた。長い沈黙の後、彼はOとの間にあったことを話す。それにしても、と彼は続ける。君は俺のこと何でも知ってるね、でも俺には君のこと、何にもわからないよ。

私は思う。私は君のことなんて、何も知らない、ただ、知っている振りを装うことができるだけ、だって昔の私のメンタリティーとよく似たものを君は持っているから。けれど、その言葉は口にするには少し重すぎる、と思って口を閉ざす。

私の横で彼が眠る。夜中、目を覚ますと、また彼が泣いていた。だけどそれは、私には聞こえないように声を押し殺し、心の底に沈殿した澱を洗い流すような、そんな泣き方だった。私は彼を許したのに、なぜ泣いているのかわからなかったけれど、それでも彼がいとおしくて後ろからそっと抱きしめる。彼はひとこと、そういうことするから泣けるんだよ、と言って私の手を払いのけようとする。私は、離さないようにと、彼を抱く手に力を込める。



2週間くらいした後、Oの彼氏からメールが届いた。その内容は、Oと別れることにした、私には背中を押してもらって感謝している、という簡潔なものだった。思わず、舌打ちした。確かに私は彼らが別れることを望んだけれど、だけどあまりにもタイミングが悪すぎる、と思った。



次に彼と会ったとき、家に寄っていい、と彼が訊いた。私の部屋で彼は何か言いかけて、それを口に出せずにいる。私は、別れたいんでしょ、と訊ねた。だけど、それは既に疑問文ではなかった。彼は、やっぱり君には何でもお見通しなんだな、と言って唇の端に歪んだ笑みを浮かべる。だけど目は笑っていなかった。

私は彼に理由を訊ねる。だって、俺といると、君の価値が落ちる、なんて意味のわからないことを彼は言う。きっとOに何か言われたのだろう、と思った。だって、そんな語彙は彼の中には無いはずだったから。だけど、何を言われたのかは見当がつかなかった。

何言ってるか、よくわからないんだけど、と私は言う。

もう、罪悪感に耐えられない、と彼は言った。

そっか、じゃあ別れたらいいよ。

引き留めてくれないんだ。

引き留めても戻ってこないことくらい知ってる。

ね、最後にひとつだけ、わがままきいてもらっていいかな。そう言って、彼は私に体を預けた。初めて会ったときに付けていたのと同じ香水の、少し甘い匂いがした。ここで体を離せば、もう、こうやって肌を合わせることもないのだろう。だけど、自分で幕を引かなければいけないのだと思い、もういいよね、と言って私は彼を自分の体から引き離す。

彼は、今までありがとう、と言って部屋のドアを閉める。私は、返事をしなかった。



その後になって知ったところによれば、Oの彼氏にOの浮気を知らせていたのは、私を部屋に泊めたあの男だった。彼は言う。だって、Oの彼氏があまりにもかわいそうだったから。この嘘つき、と私は思った。かわいそうな人間に、より残酷事実を告げることは、さらにかわいそうなことではないのか。

私はそれ以来、いかなる男の知り合いに対しても「友達」という呼称を与えるのをやめた。だけどごくたまに、「知り合い」と呼ぶにはいささか親密すぎる人間関係に、何という名前を与えようか、すこし悩んで、そして結局口を閉ざす。



(追記 7/30)

そろそろこの文章を新しく目にする人もいないかな、と思って追記してみます。



世間でベストセラーになる小説自分にはちっとも面白いと思えなくて、そして自分面白いと思う小説は世間では全く受けなくて、だからきっとこんな文章を書いても目にとめる人なんてほとんどいないだろう、と最初は思っていました。それなのに、被ブックマーク数がいつの間にか自分ブログでも見たことない数字になっていて驚いています。こんな真性かまってちゃんの文章に付き合っていただいて、褒めてくれた方にもdisってくれた方にも、どうも、ありがとうございました。

特に、読みづらい、と思われた方には申し訳なく思っています。普段、読みやすい文章が良い文章だと思っていないため、リーダビリティに気を配らない書き方をしてしまいました。こんなに多くの人の目に触れるのだったら、もう少し気を遣った書き方をすべきだったと反省しています。



なお、トラックバックにも書いたのですが、僕は男で、僕以外の人間も全員、ほんとうは男です。tweeterやブックマークコメントを見る限り、トラックバックはあまり読まれていないようなので、今一度書いておきます。ですが、ブックマークコメントに書かれているような、「おっさん」と呼ばれるほどの年ではありません。おそらく、コメントを残してくださったほとんどの人よりも年下です(僕には理解しがたかったのですが、「女でないのに女の振りをして文章を書く」というのは、社会通念として「おっさん」とみなされるのでしょうか。それとも、僕の文体が学生くさくなかった、ということなのでしょうか)。



僕にとって一番の驚きだったのが、「誰の考えも全く理解できない」というコメントがあったことでした。あるいは、「(僕の)フィルターから見た人間はみんな裏工作をしているんだね」というコメントがあったこと。ある人にこの文章を見せたときにも僕はこう言われました。

「感動したけど、他人の態度に対する過剰な意味付けとか、その反射的態度は僕にはよくわからない」

たとえば数学方程式を解くのと同じくらいのレベルにあると思っていた行動が、他の人にとっては必ずしもそうでないということが、僕には大きなカルチャーショックでした。もし、そういう人が誰かを好きになったとしたら、どうやってアプローチするのか僕には想像もつきません。



おそらく、ですが、そういう人は、日常で不意に放たれる「自分に好意を持っている(いない)」というサイン必然的に見失うことになると思うのです。そして、自分に好意があるかどうかを些細な行動によって見極められないのだとしたら、いったいどうやって"go or no-go"の判断を下しているのか、僕には理解ができません。もし、「そんなのわからないけれど、好きだから告白するし、それでうまくいく」というのだとしたら、それは人としてものすごくハイスペックだと思うし、不確実性に立ち向かうそ精神の強靱さに、僕は賞賛と羨望の眼差しを送らずにはいられないのです。

2010-07-19

いまごろ観終えた、化物語の最終話。

戦場ヶ原さんやっぱし好きだわ。あの瞳、眼差し言葉遣いと硬派な態度がたまらない。容易には人を寄せ付けない感がいいんですよ。

羽川さんのようなキャラにそれほど心が動かないのは、たぶん僕自身はあんなふうに素直で優しくは生きられなかったからだろうな。

最終話に関して言えば、忍野さんいなくなってちょっとさびしかった。

2010-07-14

なぜ若者食堂で「ひとりウンコ」をするのか

『なぜ若者食堂で「ひとりウンコ」をするのか』を読んだ。

http://www.amazon.co.jp/dp/4396613679/

私の世代で友達に恵まれない者は、かつてランチメイト症候群となり、あるいは便所飯をせざるを得ない生活に涙を呑んでいた。友達がいないことそれ自体が問題となるのではない。一人で食事をすることそれ自体が苦しいのではない。「あいつは友達がいない人間である」と周囲の人間思われることが、明確に地位を低下させ、人間としての尊厳を著しく損なわせるのだった。人間性やコミュニケーション能力が高らかに賞賛され、みんなと仲良くできること、みんな一緒の集団行動に足並みを揃えられること、とくに友達を多く所有できる人間ほど値打ちがあるというイデオロギーが支配的であった。裏を返せば、そうした評価軸で採点の低い人間は、江戸時代で言えば穢多・非人である。新たに打ち立てられた被差別社会で暗く生きることを余儀なくされた。いつの世も、人々は被差別者を求めているのだ。

ところが、最近の若者は、良く言えば気骨のある人種が揃っていると聞く。友達がいないことで自らが学内で受けた軽蔑眼差しに対して、昼休み食堂憂さ晴らしに明け暮れているらしい。私たちの世代は、便所で食事を済ませる便所飯が主流だった。 ところが、彼らは食堂ウンコを撒き散らしては、群れている集団に泡を食わせているという。ここに私たちは逆転の解決法をみとめるべきだろう。

実は私の会社食堂でも、そうした新入社員をちらほらと見かけるようになった。すでに学生時代に、つるんでいる連中の食器の上に妨害されずに大便を盛り付ける術を身につけているのだろうか。その一連の所作はこなれていて目を見張るものがある。全国の大学民間企業官公庁では、悪臭が立ち込めることが常態と化してからは、食堂の利用数が軒並み激減しているという。鼻をつまみながらカレーライスをほおばり、かつての屈辱の涙が感涙に変わったことに気づくと、人知れず食堂の隅で私は拍手を送るのである。

2010-06-22

祖父との思い出

今からとても変なことを書くけど、増田だから気にしない。お目汚し御免。

シベリア特措法というのが成立した。戦後ソ連によってシベリアに抑留された人たちに対する保証金だとか。

【主張】シベリア特措法 忘れまいソ連不法行為

http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100621/erp1006210248000-n1.htm#

だからソ連けしからんとか、その他諸々政治とかに関わる話もあるのだろうけど、以下すべて個人的な話。

ひとつ本件について感想を述べるならば、何を今更で、うちの祖父はシベリアに抑留されて、戦後15年目くらいに亡くなっている。それを戦後65年経ったところで給付されますといったところで遺族がもらえる訳でもないし、そもそも今更そんなものをもらったところで、祖父を亡くして一家の大黒柱を失った母の成人するまでの暮らしが楽になることもない。

それをけしからんというのもなんだかなあと思うし、もしうちの祖父が存命ならどう感じたかと思うとまた祖父のことを思い出す。

祖父のことを思い出すといっても、僕の生まれる遥か前に祖父は亡くなっていて、祖父の人となりはすべて写真からでしかわからない。だから、孫にとってどういう呼び方が相応しいのかわからない。おじいちゃんがいいのか、じいちゃんがいいのか、おじいさまがいいのかすら。

そして母はたまにしか祖父のことを語らず、しかし思い出話をするときの昔を懐かしむ眼差しは両親のそろった家庭に生まれ育った僕の伺い知ることのできない凄みと、祖父への親しみがあり、それはなんとなく覚えている。主に母にとって厳しい父親だったこと、小さいながらも家と仕事を持ってそれなりに幸せな家庭をもっていたこと、子供が生まれてから転勤の少ない職場転職したこと、猫が恐かったこと、数学がとてもできたこと、満州へわたった事情と、祖母とのなれそめとかとか。

そして祖父の人柄を自分の中で作るようになり、偶然かどうか、祖父と似たような仕事に就いた。もし生きていれば祖父は僕とどう接するのか、自分にとってどういう祖父なのか、きになれば尽きることはない。そういうことが年に数度。

だから祖父との思い出のあるやつはいいなあとか、後々思うようになった。子供の頃はそんなおっかないじいちゃんはいらないとおもってたものだけど。

そしてこのような戦争とか、シベリアについての話をニュースで聞くたびに思う。もし祖父が生きていたら今の世の中、戦争についてどういうか。それとも全て墓場まで持っていくか。人となりは母と祖母とその親戚の口からしか伝わらない。そして2人とも祖父は「海軍士官学校」にいたとかいう程度の認識しかない。ちょっと絶望的。

またこういうニュースを聞くたびにこう思う。軍人同士の付き合いで曾祖父が祖母と祖父を引き合わせて結婚した2人の間に母が生まれて、父とであって僕が生まれて、確かに戦争記憶なんて僕にはないし、話をする人もそうそう多くはないけど、確実に僕の人生に何らかの影響を与えているって。なによりシベリアから帰ってきて、その後同胞を置いて帰ってきてどうせ拾った命と、魂削るまでして祖父が働かなければ早死にすることもなく僕は祖父と孫として会話ができてたかもしれない(祖父が残した数少ない記録のうちの1つである手記にそうあった)。

母の話を聞くたび、祖父の人格を補完していって、きっとこういう人だったのだと仮定して、そこから自分との会話を想像したりする。あのときああいう人ならこう言っただろうなあって。

そうして僕は祖父との思い出を作ってたまに他人を羨んだりする。あいたかったなあ。俺もじいちゃんと仕事の話とか、したかった。母も、和久井映見が演じるOLが友達と飲み屋で飲んでて、たまたまその父親が後から飲み屋であって、父親のツケで飲みまくるっていうCMを見て、私もああしてお父さんに甘えたかったとつぶやいた。幼い妹は、悪い娘だねといったけど、母は寂しそうな顔をして、僕はまだ子供でよくわからなかった。

僕もじいちゃんと酒飲んでみたかった。だから酒を好きじゃないけど、酒を飲んでみんなと酔っぱらうのが好きだったという祖父のお墓に酒を持って今年も墓参りに行こうと思う。

2010-05-24

ニートは堂々と親に養われるべき

タイトル釣り



まずは自己紹介のようなものを。

僕は6年通った学部をこの春卒業して今はフリーター

おっとそこのあなた、こんな自己紹介の時点で何か色眼鏡かけてないですか?

なんて、別に属性で人を判断するのは普通のことですけどね。

これが普通のことだと思うからこそ、今日はこんな記事を書いてみようと思ったのです。



大学の後輩の質問

きのう大学の後輩と飲んでいて、その子とは大学卒業して以来会うのは初めてだった。

そこで話題は自然と、とりあえず僕が大学卒業して良かったとか、この先はどうなってるのかとかいう話になった。

とはいえ、こういうとき僕に気をつかって、というか色々変なものを引き出しても面倒だし、

その辺のことについてあまり触れないでいてくれる人もいるんだけど、

この後輩はとても素直な感じかつ気をつかってくれる子で、わりと率直に聞いてくれた。



曰く、

世間体というものは気にならなかった(ならない)んですか?」

自分世間体の方が重いから、留年しそうだったけど正規ルートを進みました」



ものすごく単純に答えられる筈の質問(意見)なのに、僕は答えに窮してしまった。

なぜなら、それは僕がずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと考えてきたことだから。

僕は世間体が気になるし、その重さをとてつもなく感じている。

ただ、その重さをバネに留年回避しようと頑張れなかっただけだ。2年も。そして今も。



世間体を気にする眼差し

この日本社会アウトローになることは、辛い。

何が辛いかって、実際の世間の風当たりが強いとかいう以前からして辛い。(実際問題もあるけど、それとは別に)

世間の風当たりが強いと思い込んでいる自分との戦いが、まず辛い。(まず、ね。まず)



そんな思いこみ(でない場合も多々あるけど)はどこから来るのかというと、自分だ。

自分が人を見るとき、いかに世間体というフィルターでもって人を見ているか、

浪人した人、留年した人、ニートフリーターワープアホームレス

こういった人たちを見てきた眼差しがまるっと自分に返ってくる。



そうした眼差しは、自分内面化した様々な価値観の底とか横のあたりにべっちょりと付いてる。

だから、いざ自分アウトローに、当事者になってみないと、その眼差し意味に気づくのは難しいのかも知れない。

さらに、当事者になったところで、その眼差しを捨てられるわけでもない。

僕が「世間体」で悩んでしまうのは、まったくこのためだ。



後輩の質問に対する答え

したがって、後輩の質問と意見は、殆どそのとおりに僕も思っていることなのだった。

それなのに、どうしてそう即座に答えられないのかといえば、

それは、ただ単に、僕がずぼらだから。根本的にはそう。

ものごとを勘案して動ける人に対して、動けないずぼらな僕が、伝えられる言葉がないから。



だがそれだけでもない。

やっぱり、どこかに「この扱いは不当だ」という意識がある。

「なぜ人一倍世間体を気にする自分が、世間体を振りかざす人に説教されねばならぬのだ」という気持ちがある。

これは、後輩の質問に説教の要素を感じたということではなくて、これまでに蓄積してきたもの。

この積もる怒りに同意して欲しいという気持ちが邪魔をして、「自分世間体を気にしている」と簡単に言うことを阻んでしまう。



だから?、ついでに僕は「世間体」に同意していないことまでをも表明してしまう。

なんともややこしい奴である。

そんなわけで、僕自身は世間体というものの扱いには大変困っている。

しかし、同意しないことを貫くという考え方はちょっといい感じがしている。それが標題につながる。



気にするけど同意しない

たとえば、いつまでたっても親に養われ続けることを阻むものは何かと考えたとき、それは世間体なんじゃないかと思う。

現実問題として、働いた方がいいとか、将来困るとか、そういう話はわかる。それは社会全体で解決していけばいい。

しかしニートとかワープアの無縁死とか見てると、これは上でしてきたような話と関係してくるように思える。

つまり、素直な後輩が語ったように、普通の人は世間体を気にして人生のある程度を決めていく。

それができる人はいいが、世間体を気にしてもしょうがない人が気にする視線に同意して人生を決めるから、問題が起きるのではないか。



ただ、それはタイトルのような主張とは結びつかない。

タイトルの含意は、世間体の内容を新しく決めようとしてるだけだから。

こうした世間体であれば僕も気にしなくて済むから大丈夫、という話をしたいわけではない。

僕が言いたいのは、世間体は気になるけど、そんな視線に軽々しく同意して人生を決めるべきじゃないっていう単純なこと。

僕は大学留年時に親の援助をわざわざ一切絶ったけれど、何もいいことはなかった。

「いや、でも偉い」と思ってくれた人は、少し思いを馳せてもいいかもしれない。

その言葉が、僕のような者に届くとき、援助を受ける人に届くとき、どう響くのかということに。

2010-04-09

私は出会い系で異性を探していて、ときどきクスッと笑うことがある。

ああ、私は非処女なんだ」と思うと、嬉しさがこみ上げてくる。

処女膜を中学の時にきゅうりで無理に破ってから8年。

非処女となった日のあの嬉しさがいまだに続いている。

非処女」・・・・・

その言葉を聞くと、私は自然と身が引き締まります。

非処女の先輩方に恥じない私であっただろうか・・・・。

しかし、先輩方は私に語りかけます。

「いい?伝統というのはわたしたち自身が作り上げていく物なのだよ」と。

私は感動に打ち震えます。

「男が何をしてくれるかを問うてはならない。君が男に何をなしうるかを問いなさい」

私は使命感に胸が熱くなり、武者震いを禁じえませんでした。

でもそれは将来日本の各界をになう最高のエリートである私たちを鍛えるための天の配剤なのでしょう。

非処女を作りあげてきた先輩はじめ先達の深い知恵なのでしょう。

出会い系で異性を物色することにより、私たちは伝統を日々紡いでゆくのです。

嗚呼なんてすばらしき非処女

知名度は世界的。人気、実力すべてにおいて並びなき王者

素晴らしい実績。余計な説明は一切いらない。

エッチしたことある?」と聞かれれば「非処女です」の一言で羨望の眼差し

童貞を奪うたびに味わう圧倒的な非処女の威力。

非処女になって本当によかった。

僕はハロワ求人を探していて、ときどきクスッと笑うことがある。

ああ自分無職なんだ」と思うと、悲しさがこみ上げてくる。

大手企業会社都合で退社してから早5年。

送別会の日のあの悲しさがいまだに続いている。

無職」・・・・・

その言葉を聞くと、僕は自然と身が引き締まります。

無職の先輩方に恥じない自分であっただろうか・・・・。

しかし、ハロワにいる先輩方は僕に語りかけます。

「いいかい?伝統というのは我々自身が作り上げていく物なのだよ」と。

僕は感動に打ち震えます。

ハロワが何をしてくれるかを問うてはならない。君がハロワに何をなしうるかを問いたまえ」

僕は使命感に胸が熱くなり、武者震いを禁じえませんでした。

でもそれは将来日本の各界をになう最高のエリートである僕たちを鍛えるための天の配剤なのでしょう。

この状況を作りあげてきた先輩はじめ先達の深い知恵なのでしょう。

ハロワ求人を探すことにより、僕たちは伝統を日々紡いでゆくのです。

嗚呼なんてすばらしき無職

知名度は世界的。人気、実力すべてにおいて並びなき王者

素晴らしい実績。余計な説明は一切いらない。

「ご職業は?」と聞かれれば「無職です」の一言で羨望の眼差し

面接のたびに味わう圧倒的な無職の威力。

無職になって本当によかった。

僕は会社仕事をしていて、ときどきクスッと笑うことがある。

ああ自分正社員なんだ」と思うと、嬉しさがこみ上げてくる。

財閥系大手企業に入社してから早2年。

入社式の日のあの喜びがいまだに続いている。

正社員」・・・・・

その言葉を聞くと、僕は自然と身が引き締まります。

企業の先輩方に恥じない自分であっただろうか・・・・。

しかし、先輩方は僕に語りかけます。

「いいかい?伝統というのは我々自身が作り上げていく物なのだよ」と。

僕は感動に打ち震えます。

上司が何をしてくれるかを問うてはならない。君が上司に何をなしうるかを問いたまえ」

僕は使命感に胸が熱くなり、武者震いを禁じえませんでした。

でもそれは将来日本の各界をになう最高のエリートである僕たちを鍛えるための天の配剤なのでしょう。

この企業を作りあげてきた先輩はじめ先達の深い知恵なのでしょう。

会社で成果を上げることにより、僕たちは伝統を日々紡いでゆくのです。

嗚呼なんてすばらしき正社員

知名度は世界的。人気、実力すべてにおいて並びなき王者

素晴らしい実績。余計な説明は一切いらない。

「ご職業は?」と聞かれれば「正社員です」の一言で羨望の眼差し

商談のたびに味わう圧倒的な財閥ブランドの威力。

正社員になって本当によかった。

僕は道を歩いていて、ときどきクスッと笑うことがある

ああ自分日本人なんだ」と思うと、嬉しさがこみ上げてくる。

日本国帰化してから早2年。

認定の日のあの喜びがいまだに続いている。

日本国民」・・・・・

その言葉を聞くと、僕は自然と身が引き締まります。

日本国民の先輩方に恥じない自分であっただろうか・・・・。

しかし、先輩方は僕に語りかけます。

「いいかい?伝統というのは我々自身が作り上げていく物なのだよ」と。

僕は感動に打ち震えます。

日本政府が何をしてくれるかを問うてはならない。君が日本政府に何をなしうるかを問いたまえ」

僕は使命感に胸が熱くなり、武者震いを禁じえませんでした。

でもそれは将来日本の各界をになう最高のエリートである僕たちを鍛えるための天の配剤なのでしょう。

日本を作りあげてきた先輩はじめ先達の深い知恵なのでしょう。

日本帰化社会に出ることにより、僕たちは伝統を日々紡いでゆくのです。

嗚呼なんてすばらしき日本国民

知名度は世界的。人気、実力すべてにおいて並びなき王者

素晴らしい実績。余計な説明は一切いらない。

「出身国は?」と聞かれれば「日本です」の一言で羨望の眼差し

サミットのたびに味わう圧倒的なJapanブランドの威力。

日本帰化して本当によかった。

2010-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20100408100846

あ、あともうひとつ

何度も議論されているけど、表面的な優しさと女の子の求める優しさというのは異なるもの。

自分自分と同種の人間が「優しさ」って言う時に思い浮かべるのは

「仁」「博愛」

なんだよね。



その「女の子が求める優しさ」の「優しさ」は

>他人に対して思いやりがあり、情がこまやかである。「―・く慰める」「―・い言葉をかける」( 大辞泉

だよね。



つまり言葉が指すものがはっきり違った。

て言うか今、自分概念ほうが正しいと思いつつ念の為「優しさ」辞書を引いたら

女の子が求める優しさ」の方しか載ってなかった。

「優しさ」には公平さや広さや特に比較弱者に対する眼差し

みたいなことは必要条件でも要素としても定義されてないんだな。

自分の今まで抱いてきた優しさの概念はどこから来てたんだろう。

いろいろとびっくり!

2010-03-30

大切な人に別れを告げてきた

増田です。

先ほどのエントリーの続きです。

http://anond.hatelabo.jp/20100330144828

あれから、すぐ会えることになったので

その男友達に会って、好きな人がいること(誰かは言ってない)を伝えてきっぱりとお断りをしました。

すると、すごく辛そうな眼差し

「俺は自分の気持ちを押し殺すことはできないし、諦めることはできないよ。絶対にね」と言われました。

正直、私の心も辛いです。お互い涙が溢れてきました。

そのうちに彼の手が伸び、抱きしめられました。

いけないことなんだと何度振りほどきましたが、

何度かしているうちに気持ちが溢れて振りほどくことができなくなってしまいました。

彼は大切な人です。彼に触れることがすごく嬉しいですが、好きな人ではありません。

泣いてる私を見て「もう少しだけ時間をくれないか? もう少しだけ見てほしい」と言われました。

彼は恋愛慣れした人ではなく、ただ真っ直ぐで不器用な真面目な人です。

「辛い時は、私を憎んでもいいから」と言っても聞かず、ただ抱きしめられるばかりでした。

正直に言えば、触れることは嬉しくても、彼に対して絶対的な安心感はありません。余計に辛くなりました。

彼も途中で「離したくない」と言って長い間このままでした。

改めて、大切な人だけど好きな人ではないことを自覚しました。

少し落ち着いた頃に、考えていた言葉を伝えました。

「もし、あなたに他の好きな人ができたら一番の友達になってね」

その瞬間、彼は泣き崩れました。

私も泣きながらなのでいつ崩れるかわからない状態でした。

彼は駄々をこねていましたが、でも私はギュッとしてしまいそうなので走って離れました。


ようやく落ち着いてきた頃です。

今思えば、彼も私もドラマ漫画にあるようなセリフは、本当に思いつめているとそういう言葉自然と出てくるんだなと冷静に思い出せるほど落ち着いてきたようです。

2010-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20100324111235 への返答

id:ululunだけど増田に書くよ。

A.誰も変態と呼ぶべきではないよ

→ それは平和な良い世界ですね。でも、世の中そうなってはないでしょ。

良くわからないのが「世の中そうなってはいない」という事実が存在したとして、それが一体何を物語るというのだろう。

世間がそうだからといって「あなた」がそれに即した思想信条を持たなければならない理由は?

進め一億火の玉だ、お国の為に戦うぞ、というのが「世間」の風潮だったら竹槍でB29に立ち向かう訓練をするタイプだよね。

そして「それ」は現実にちょっと前の日本という国で起きた話なんだ。

戦争日本が勝てるとか本気で思っていた国民が何割いたのか私は寡聞にして知らないのだけれども「お国」が怖くて多くの人達は従うしかなかった人もいるんじゃないのかな?赤紙、という召集令状が来るのを誰もが恐れていたのに送り出す時は涙を隠しながら万歳三唱をしていたという話はいろんな文献に載っている。

「世間」というのは、だから恐ろしい、というよりは「世間」を理由にしてはならない、と思う。ましてや「思想」を行政に委ねるなどという行為は余程慎重にしなければ危険極まりない行為だと思う。

とてもではないのだけれども「感情」によって思想を委ねるような大事なことを決定するような事は避けるべきだと思う。

勿論、「未成年者が性的な陵辱を受ける行為を肯定的に描く行為」を気持ち悪いとか怖いとか言う気持ちは十分に理解するし、そうした事を言いたかったり法の整備を願う気持ちを否定はしないよ。


個人的には他人に肉体的・精神的危害を与えない事なら何をやっても良いと思ってる。

SMだって怪我したり死んだりしなければ良いんじゃねえのと思う。八王子監禁王子裁判がこないだ開かれて話題になっていたけれど、ドアを部屋の中から出られないようにしてるとかは流石にどうなんだろうねえ、と思う。檻に閉じ込めるプレイはあるけど何日も監禁するのは流石にどうよ、と思うからね。余程当事者同士の了解がなければやったら裁判になる事だってあるでしょ。

小学生女の子が30歳の年齢差がある男の人と恋愛沙汰になっていいかについては法律云々を除外して考えるなら精神的に未発達な部分があるからもう少し待ちましょう、としか言いようがない。日本国籍を所有しているなら16歳になれば婚姻出来る。

逆に言うなら16歳で婚姻出来るのに18歳未満の「未成年者」が性行為をする事は法律で認められているにも関わらず、その表現を抑止しようとする合理的理由が説明されていないのは謎といえば謎だよね。

で。同性愛。まー、釣りで書いてるのかなって思うけど、これは趣味とか嗜好とかじゃなくて生まれついてのものだから。中には思想的理由から同性愛に走る人もいるんだけれど、同性愛というのは左ききとかと一緒で「なおす」とか「かくす」ものではないし「いけない」ものでもない。個人的にはスカトロだろうがSMだろうが隠さなくたって良いと思ってるし、私も散々はてなダイアリで書いて来たように女装をして外出とかしてた人間なんだけど、恥というのは「世間」という構造が産み出したものであり、その世間というのは何処に存在するかというと「人からどう見られているのか」という眼差しそのものであり、結局は「私を眼差す私」なんだって事に気づいたりする。それを「世間」という存在するかしないマジョリティに肩代わりさせて言ってるに過ぎないって思ってる。世間という曖昧もこもこな、それこそ非実在世間とでも言えば良いんだろうか、「みんながそう言ってるから」っていう「みんな」って誰と誰と誰なんですかって話なわけで、そもそも数的に多かったら正解なのかとか従わなければならない具体的根拠は何よって話なわけですよ。


http://anond.hatelabo.jp/20100324111235に「感情論で人を裁くのか」という話が書かれているのだけれども感情で人を裁く事があるという事実をもってして、気持ち悪い、怖いという「感情」で思想を法の下にひざまずかせて良い根拠にはならないと思うよ。

気持ち悪いとか怖いというのは個人の価値基準でしかなくて、それを言い出したら「怖いというあなたが怖いので、怖いというのをやめてください。そうしないと私の恐怖を取り除く事はできません。どうしてもやめないのなら法にするべきです」と言ってしまう事だって出来るでしょ。


変態というカテゴライズについて、どういう認識でいるのが正しいんだろう?

先ず、いろんな「人」と逢い、話を聞くこと。趣味や嗜好以外の「人」の部分で話し合えない人というのは殆どいない。

少なくとも私は出逢った事はない。

大抵の意見の相違は「ぼたんの掛け違え」を超えるものではない。人はそれをエゴと呼ぶ。

例えば私はうんこは食わないし、食いたいとも思わない。目の前でうんこを食うプレイを見たいとも思わない。

同じように「未成年者が性的な陵辱を受ける行為を肯定的に描く行為」を見たいとも思わないし、極端な話そんな描写満載の漫画とはこの世の中から抹殺されてしまっても構わないとすら思っているよ。

だけれど東京都((ではなくてもどの行政でも良いけれど))が「法律で」表現に対して「あれは駄目、これはオッケー」と決めるのってどうなんだろうね、本当にそんな事をして良いの、という疑問がある。だからちゃんと話しあおうぜ、というのが私の考え。


個人的には子供ロリエロを見せる事はないでしょう、と思うんだけど、じゃあビニール袋に封入したらロリエロ野郎が減るわけじゃないよね、とも思う。ロリエロ読めないと犯罪しちゃうぞゲヘヘヘヘって言うわけじゃなくて、増える事はないかもしれないけれど減る事もないんじゃね、と思う。規制されたら減りましたとか増えましたって数字は知る限り存在しなくて、じゃあ規制しても良いだろって事を言い出す人もいそうなんだけど規制しても「隠される」だけで、まあそれで安心っていうのはなんか変な話っていうか、臭い物に蓋をしたらもう安心みたいな何も解決になってないじゃんっていう。まあ解決しようもないんだろうけれど解決しようもない事にわざわざ法律という網を被せなければならない理由が「怖いキモい」はどうなのかなあ、と思うし、エロロリビニール袋被せても状況は変わらないと思うよ。ハレンチ学園は禁止にならないって話もあるように絶対「漏れ」る表現が出て来て、じゃあそうした「漏れたもの」を見て不快に思ったらどうするの?規制強化を訴えるの?その先にあるのは何?って思わないのかな、思わないか。


で。ちょっとだけ寄り道的に自分語り

私はローマカトリックをあつく信仰している両親の元に生まれた。

従って幼児洗礼を受け、物心ついた頃には「日曜には教会にいくもの」と決まっていた。

キリスト教の事について知らない人もいると思うけれど、当たり前のように東京都青少年うんたらなんかよりずっと厳しい戒律がある。知ってる人もいると思うけど「汝、姦淫をするな」というアレね。

まー、アレはモーゼの十戒って奴でキリスト以前に存在した言葉なんだけど、って話をしはじめたら長いんで省略するんだけど、「汝、姦淫をするなかれ」の「姦淫」をどう定義付けるかというのかって言う話なんだけど「結婚したら貞操を守れ」とか「レイプすんじゃねーぞ」って思われてるかもしんないんだけどそうじゃなくて結婚する迄貞操を守りましょう、一度相手を決めたなら、他の異性を性的眼差しで見たり、あるいは心の中で「良いな」と思ってはならない、というのが「姦淫するな」という事です。

結婚する迄貞操を守れとかって、某掲示板人達が手を叩いて喜びそうだけど、じゃあ「あのコかわいいな」ってちょっとでも思ったら姦淫の罪っていうのも大変だよね。でもまあそれが当たり前だと思っていた私にとっては助平な話をするクラスメイトとかその手の本を持ってくるクラスメイドが大嫌いだったし憎んでもいたし反発もした結果、いじめを受けた。


で。18歳になるくらいまでこうした事の意味がわからなかったりしてロクに友達も出来ない儘、図書館にある本だけが自分にとっての情報源だったんだけど((私が子供の頃はインターネットなんて存在しなかったからね))、いろいろと読んでいるうちに「自分の考えは間違っているのではないか」と思うようになった。

その理由の一つに「自分左ききである」というのが起因している。キリスト教は特段に左利きに対して定めているわけではないのだけれど「神の偉大な右の手」みたいなフレーズが出てきたり十字を切るとか聖体拝領とかを左手でやると物凄く怒られたのね。自分はだから、自然左手を使ってしまう自分を「悪い子」だと思っていた。

そんな体験を持つ私が敢えていう。思想信条国家抑制してはならない。どんな神を信じるのかが自由であるのは、神を信じない自由が保障されてこそなのだ。あなたはキリスト教を信じる事が法律で決まったら、それに従うのだろうか。こういう書き方をするとキリスト教馬鹿にしていると思う人がいると思うのだけれど、決してそうではない。私の父はキリスト教と共に生き、教会とともにあり、キリスト教に多くの貢献をし、多くの人に愛されながら逝った一人だからである。私の父は父なりの人生を歩み、幸福であったと確信している。

しかし、父は父、私は私なのである。

それぞれの人生が異なるように、何を信じ、何を信じないのかを決めるのは、その人に委ねられるべきであり、決して行政の手に委ねられてはならない。


さて。私は自称売れない絵描きプロフィールに示している、利害関係者の一人だからポジショントークだと言いたい人もいるらしいんで、可能な限り利害関係にないと思われるところから発せられている反対表明のリンクを書いてこのエントリを締めたいと思います。勿論、下記のリンクを示す事が私の言説の正しさを示すものでも、未成年児童に対しての表現抑制を主張する人の意見が間違っている事を証明するものでもありません。単純に「こういう人達が、このような立場から意見を表明している」という事実を示したうえで「どう考えるのか」を皆さんが考える一助となれば、と思い、示しています。


http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/data/100318_3.pdf

日本弁護士連合会による反対表明。


http://www.jla.or.jp/kenkai/20100317.html

社団法人日本図書館協会による反対表明。


http://miau.jp/1268478000.phtml

miauによる反対表明。


http://nbi.sfc.keio.ac.jp/files/statement_20100312.pdf

ネットビジネスコンソーシアムによる反対表明。


2010-03-05

もう鬱すぎて氏にたいから書かせてくれ

病的な便秘症の私はうんこネタとは疎遠の存在だった。

そしてこの前バイトの休憩時間、休憩が一緒になった女の子とご飯を食べた後トイレに行ったんだ。

そしたら普段は職場トイレじゃ出ないのに何だか催してしまった。

出る時に出さないといつ出てくれるか分からないもんだから、

うんこしようとカモフラージュ携帯持ってトイレへ。

ちゃんと「うわなんかいっぱいメール入ってるわ~」のセリフと共にね。

で、ここで重要なのが、私うんこする時すっごい気張るから、

いつも拳を握って「出でよ!神龍!」って絞り出したような声出してうんこするんだよね。

これが小さい頃から癖になってて。

まぁここまではよくある話なんだが

でまぁ今日職場だからもちろんそれは出来ない。

なので拳を握りながら口パクで「出でよ!神龍!」ってやってたら、

思わず最後力みすぎて「…ロンっ!」て大声で言っちゃったんだ。

もうパニック。咳払いしたけどごまかせる訳ないじゃん。だって大声だもん。

そしたら案の定外から「何今のwww」とバイト仲間の声が…

まさかうんこしてたとは言えない…

だけど逆にごまかしたら格好悪いし後で皆に奇声発した事言いふらされそうで怖い…

ここで私はピンときた。ヨゴレキャラなっちゃえばい~じゃん!

うんこしてた~★ギャハ★とか言えば

やだ汚い~★いちいち言うなし~★

で笑って流せるじゃん!と思い、

「いや~うんこしてたら力みすぎて声でちゃった!へへッ★」と言った。

するとバイト仲間は沈黙。どうしたのかなーと思い、流して外に出ると軽蔑眼差し

「そういうのって言わない方がいいと思います。」と言われた。

その瞬間固まったね。何故に敬語?みたいな。

多分そういうのが嫌いな子だったんだ。知らなかっただけなんだ。

その後はものすごく気まずい感じで仕事に戻り、

心なしかそのバイト仲間と喋った他のメンバーがよそよそしい感じがして

いたたまれなくなった私は仮病使って早退してきた。

長文駄文本当にスマソ。でも今まじ氏にたい。

明日バイト行きたくない。誰か助けてくれ。

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