はてなキーワード: 省みるとは
この期に及んで「俺の言ってることが分からん奴は馬鹿だ!愚民だ!破滅しろ!!」
と言ってる人たちも、いい加減に今までやってきた事の内容と結果を省みる時だと思う。
ポピュリストが出てきたなら、自陣営でもポピュリストを作ればいいじゃないか。
組織票固めるだけで勝てるようなご時世じゃないってことは嫌になるほど分かってるだろ。
有権者が政策の中身まで見てくれるような期待をする方が間違いだ。
どうせテレビで投票決めるんだから、テレビ映りのいい奴を連れてこいよ。
相手が自分らを攻撃するからって、同じ土俵でネガキャンやってどうするの。
「そこまで必死になるほど既得権手放したくないのか」って思われて終わりだよ。
特に新潮・文春はゲスいネガキャンしてたけど、ああいうの一般有権者ドン引きだから。
あと、共産系の支援団体が平松の応援してたみたいだけど、完全に逆効果だ。
人物関係の整理ねえ。増田でそれって相当不毛だけど、こういうことにしとこうか。
元増田は「自分の感情のためにいじめてます」っつってるじゃん最初から。
いいからまず人の話をよく読め、な?
元増田ってこいつな↓
http://anond.hatelabo.jp/20110914135838
同一人物って証拠はないけど、それ以上に別人とも思えないし。つうかこんなの複数いたら嫌だw
確かに自分の感情のためにいじめてますね。でも感情のためにいじめてるとだけ書いてるわけじゃない。
同時にイジメを親のしつけ代わりとかおためごかしコイているでしょ。
で、アンタがどの増田か知らんけど
こいつってことにしとくわ。
元増田の取り組みを個人的に賞賛してるのは俺。
賞賛までイッちゃってるアレなのは確かにアンタぐらいみたいだけどw
元増田も正当化にかけちゃ最初から引けをとらんよ。要するに同類ってこった。
つうか、まだ自演ってことにしといた方が多少マシだったかもな。
だって自分の感情のままにイジメやるやつを社会的に意義があるとまで言って賞賛しちゃう人って立ち位置だよアンタ。
やばすぎるだろwwww
いいからそーやって自分が受けた不快感に憤慨する元気の100分の1を
そっちの方がずーっと簡単だから。
これはもうホント、クチャラー叩いてる側に言いたいwww
自分がクチャラーから受けた不快感に憤慨してイジメ正当化する、その元気と脳みその容量の1000分の1でいいから、
自分がちゃんと理屈通してモノ言ってるか省みるのに使ってほしい。
そっちの方がずーっと簡単だしマジに周囲に与えてる不快感の防止になるよ。
それは他人にとってわがままに見えるのはしょうがないかなあ、と。
「他人にどう思われてもいいやっ」て自分が自分に対して言えるのは、
それが自分の何かを押し込めていると感じるのなら、
あなたは自分で自分にどこか後ろめたかったりするのかなあと思いました。
もうちょっと自分を知ってあげてください。
「他人の目を気にしない」状態にはなれないような気がします。
本日、京都府警川端警察署に勾留されている京大受験生に寄せ書きを届けてきました。私たちは今回の件に関する京都大学および京都府警の対応に大きな憤りを感じている学生など有志であり、彼の一刻も早い釈放を願うものです。
氏名が分からなかったのですが、差し入れはすんなりできました。以下の寄せ書きのほかに、救援ノート http://qc.sanpal.co.jp/kyuennote/、ONE PIECE総集編(分厚いやつ)、山の本三冊を差し入れました。一人につき三冊まで入れられるとのことです(一日二件まで)。
★どうしてそこまでされなければならないのか。みんな君へのひどい扱いを怒ってるぞ!がんばれ!!
★あなたは悪くない。カンニングの対処ぐらいで警察にたよる大学がなさけない。逮捕されて不安だろうけど、がんばれ。(今年で大学を卒業した学生より)
★aicezuki君へ。「カンニング」行為そのものより、なりふりかまわず警察にチクってあなたを逮捕させた京大当局のほうが何兆倍もひどいと私は思っています。人間を選別し、競争にかりたてる大学受験制度にそこまでして守るべき価値などない。大学は本来、あらゆる人々に開かれた場所であるべきなのに。いまはほんと、しんどいと思うけど、体に気をつけてね。こたえたくないこと、イヤだと思うことには、いっさい答えなくていいから。外に出れたら、どこかで会おう!(京都大学の一大学院生より)
★私は、あなたへ何と呼びかけていいのか分からないけれど。ネット上の名前で呼びかけるのも不思議な感じがしてしまうので、やめておきます。周りが何と言おうと、誰が何と言おうと、あなたのしたことは、警察におわれたり、捕まったりするようなものではないと思います。それはただ単に、大学(京都大学も含めて)のあり方、というものが変わってしまって、あなたがその分かりやすい“みせしめ”にされてしまっていた、しまっている、という話だと思います。あなたのしたことのいい悪いではなくて、マスコミがどれだけ取り上げたとかであなたの取り扱い方が変わっているというのが本当におかしいと思う。苦しいかもしれないけど、あなたのやったこと、されたことにたいしてどこかで何かを感じる人は絶対にいる。私もその一人です。あなたは一人じゃないです。昨日、読売テレビに取材を受けそうになりました。私個人が映像、写真が好きでないのと、テレビが放映されるかもしれないことを考えて断ってしまいましたが。本当は、「この逮捕は不当であり、大学内で処理すべき」と言ってやりたかった。言えなかったのは私の意志の無さですが、そういう人もいる。必ずいる。メディアが流すのは「真実」ではないし、あなたに告げられる全てが「真実」ではない。今はこの文章を書くくらいしかできませんが・・・。
★京都はとっても良いとこ、みんなあったかい人ばっかりやで!警察の言ってることなんて気にしたらダメだよ!!ずっと応援してます。
★警察の、意地の悪いおっちゃんの、言うことなんか聞かんでもええんやから、いくらおどされようとも、自分の言いたくないことは、言わんかったらええんやで。「世間をこんなに騒がせて・・・」なんて、説教をたれてくる、意地の悪い警察のおっちゃんは、絶対におるやろうけど、聞かんかったらええんやから。まあ、なんぼ僕らが励まそうとも、あなたが、しんどいのとかは変わらへんかもしれへんけど、少なくとも、あなたのやった行いを、別にええやん、と、特に特別視することも問題視することもせずにいる人は、いっぱいいるし、僕もその一人です。「頑張れ!」としか言えないんだけども・・・。ほんま、マスコミとか警察、そして大学当局が馬鹿みたいに騒いでるけど、気にせんかったら、いいからな、頑張れ!
★試験会場でも勾留されている今も孤独(コドク)と感じているかもしれませんがこのノートにあるように、あなたはコドクじゃありませんよ。テストでわからないことがあって、人にきくことが、なぜ犯罪になるのか。人は一人で生きているものではないよ。わからないときは、人に聞いてもよいというメッセージをあなたは広めたと思います。(京都で楽しい生活を送った大阪に住む人より)
★警察に受験生を突き出した京都大学を、許さない。カンニングでタイホされるなんて、絶対おかしい。私のまわりの人もみんな言ってます。どうか、こんなことに負けないでほしい。大学受験をあきらめないでほしい。メンツを保つのに必死な大学、ネタに飢えてるだけのマスコミ、絶対に許さない。がんばれ!まけるな!あなたは悪くない。犯罪者扱いしてるヤツらは許さない。(3浪京大生より)
★あなたは英雄です。英雄は試験に直面したり、大変の無理解に苦しむものです。あなたが切り開いた可能性は大きい。そして歴史は、京大や警察ではなくあなたの側にあります。それぞれの現場で、これからも共にがんばりましょう。
★ひどいめにあったね。とうきょうにくることがあればあそびにきてください。
★カンニング程度で被害届とは狂気の沙汰。思い悩むこともあるかもしれんが、完全に大学側がアホなのでくじけないように。寒いと思うけどガンバレ。応援してます。(企業奴隷より)
★カンニング自体は許される行為ではないと考えますが,それが偽計業務妨害罪などという罪に当たるか自体がかなり議論のあるような状態で,東北から遠く京都まで身柄を引っ張って来て,逮捕勾留という強制的な身体拘束をすることが正当とは思えません。既に全国的に過剰な報道がなされており,また,警察による意図的な取調べがなされることにより,真実がねじ曲げられる懸念もあります。一刻も早く,逮捕勾留された少年の身柄が解放されることを望んでおります。
★たった一人の若者の反乱と攪乱に、権威と権力を持つ大学と警察とメディアが自らのナルシシズムを省みることなく引き起こした大騒乱が、現今の社会の醜悪な権威と権力の腐乱したカリカチュアでしかないなら、責めを負うべきは受験生という若者一人ではとうてい有り得ないというべきだろう。問われているのは責任でも罪状でもましてや良心などという道徳や倫理でもなく、むしろシステム維持と面子に執心する権威主義と保守主義の排外的で抑圧的な浅ましさではないだろうか。必要なのは血塗られた犠牲の羊という現在ではなく沈着さと思慮のもたらす未来への投企の力ではないだろうか。もしその力が意に反し貧困でしかないのなら、いまわたしたちの為すべきことはただひとつであるはずだろう。
★京大生でも今回のタイホはおかしいと思ってる人はいます。私も今回のタイホはおかしいと思います。吉田寮から応援してます。
★ぼくはカタブツなので、試験中の不正行為はいかなる事情があろうとも決して許容すべきではないと考えています。今回あなたが犯した行為は、多くのマジメな受験生に対して侮辱であり・・・ということを改めて書くつもりはありません。あなたが反省してさえいれば、これ以上の罰は不要です。(農学部3回)
★aicezukiさんへ。「カンニング不可」なんて学校が決めたこと。それが罪に問われるなんて「明らかに不当」である。君は不当に逮捕されているのだ。それを決して忘れないでほしい。警察に洗脳されることなく、自分が罪を犯していないことを絶えず考えていてほしい。(京大生、文学部生より)
★別に、そんなに騒ぐほど悪いことしてないよね。(元京大生)
★苦しかった受験勉強の上で受けた受験のプレッシャー、とても辛かったと思います。あなたがしたことは他の受験生から見たら非難するべきものであるかもしれませんが、このようなことが起きても、私は不思議だとは思いません。それを、京都大学との話し合いもなしに警察に引き渡すということは、やりすぎなのでは、と思います。頑張って下さい。応援してます。(京大理学部生より)
★aicezuki様へ
これ以外にあなたの呼び方を知らないので、便宜上こう呼ばせていただきます。もはや、あなたにとってこの名前は思い出すのも辛いものなのでしょうが。しかし、この後でも触れますがあなたのやったことは、世の中が騒ぐほどには、そんなには悪くは無いのですよ。だから、この名前をみたからといって、あるいはテレビをつけて大人たちがしたり顔でこの名前を呼んで非難していても、あまりへこんだりしないでください。
私はこのメッセージで、あなたのやったカンニングという行為自体の是非について云々言うつもりはありません。今の入試制度はダメで、あなたのやった行為はそれに風穴を開けるような革命的行為であってとか、あるいは入試制度は厳然とあるんだから、その公平性を揺るがすのはとんでもない行為だ…云々とか。私は今の入試制度が良いものだとは決して思いませんが、それをどう改善していっていいものか代替案など考えていたりしているわけではちっともありませんので、何せ偉そうなことはいえません。何よりあなた自身はどのようなつもりもなく、ただ合格したいという一心でやったことなのでしょうから(そういうつもりで無かったらごめんなさい)。まあ入試制度等々について色々と考えた方が良いのでしょうが、行為自体の是非についてはひとまず置いておきましょう。
少々前置きが長くなってしまいましたが、改めて私があなたに応援のメッセージとして言いいたいことを言わせていただきます。あなたは、たかだかカンニングくらいで逮捕されてしまい、警察やメディアといったよく知らない大人たちに二重三重にか囲まれ、非難や擁護を受けながらわけの分からない状況にいるのでしょうが、あなたは本来はそんな状況に置かれなければならないほどには悪くはないよ、ということです。カンニングがばれた以上は不合格は仕方ないでしょうが、ただあなたが今逮捕されている状況は間違いなく不当であり、どう考えても非常識なバカな大人たちの行き過ぎた制裁です。ちょっとしたケンカをして相手にかすり傷をつけたからといって逮捕される人っているでしょうか?駄菓子屋で10円ガムを盗んだからといって逮捕され、あまつさえ社会に論争を巻き起こすことがあるでしょうか?もしあったとしたらおかしいですよね。やりすぎですよね。でも、そんな変てこな明らかなやりすぎを今回やってしまったのですよ京大は。京大にどういう意図がある(あるいは無い)にしろ、自分たちの用意した監督官の不手際とか内部調査をしない怠慢を棚上げにしておくためには、逮捕というのは結果的には絶好の手段になりますからね。あなたを、まるでとんでもない悪人であるかのように扱うことで、自分たちは一方的に被害者であるかのように見せることが出来ます。まああれこれ考えたところで、どういう意図で京大がこういうことをやっているのかは本当のところはわかりませんが、しかしどちらにしろ、あなたを警察に逮捕・起訴させるという行為があなたにとって、大学にとって、社会にとってどういう影響を与え、どういう事態を巻き起こすのかすら全く予想できないバカが今の京大の執行部の連中なのです。だから、あなたは今非常に辛い状況にいるのでしょうが、この事態が自分が悪いせいだとかあまり自分を責めないようにしてください。何度も言いますが、あなたは無知な大人に過剰な制裁を受けてしまって不当にも今のような状況にいるのだと私は思うのです。
あまりに過酷な仕打ち受けてしまった今、適当に「がんばれ」とか「負けるな」なんて励ましを言っても、あなたが再び立ちあがる上ではあまりに無力なような気がするのでとりあえず「あなたはそんなに悪くない」とだけ、言っておきます。それが、私がこの事態を傍観していて抱いた、素朴で単純な実感であり、これ以上でも以下でもないし、これ以外もありません。
本来ならば、他人同士で私はあなたのことを応援も非難もすることはなかったのでしょうが、こうなった以上、つまり不当にもあなたのしたことを何か重大な話題であるかのように扱う風潮が蔓延して非難や擁護が飛び交ってしまっている以上(本来重大事として扱わなければならないのは今回京大の執行部がまたまた踏みにじった大学の自治についてだと私は思うのですが)、とりあえずあなたを応援するしかないと思っています。こういう形でなんとも無力な応援ですが、何か少しでもあなたにとって勇気付けになれば、私としては本当に幸いです。あなたの入学しようとした京大ってこんなもんです、社会ってこんなもんです。それでもあなたがまた入試を受け たい(京大でもどこでも)だとか、あるいは就職なり何なりで社会に出るだとか、何にせよあなたの選択する道を私は影ながら応援しています。仮にも最高学府の1つと言われる大学に受験するという所まで漕ぎ着けたのですから、あなたのこれまでの人生での選択ややってきたことはそんなに大きく間違ってこなかったのだと思いますし(まあ学歴やいわゆる「頭の良さ」で人生の良し悪しが決まるとは当然思いませんが、それなりは誇っていいのかなとも思います)、そしてこれからもそうである事を祈ります。少なくとも変な大人たちの引き起こした騒ぎにその選択がゆがませられないように、そこだけはあなた自身がこれからがんばってください。応援しています!(最近卒業したばかりの元京大生より)
(以上)
自分で省みることのできる自己像なんていくら客観的になったつもりでも限られてるもんだよ。
人からどう見られてるかなんて、誰にも本当にはわからない。
少なくとも一面があるなら、それを裏から見る見方があるはずだしね。なんて。
昨日の夜遅い晩飯を食ってるときに、先日行って来た合コンのことを愚痴るだけ愚痴られた。
彼氏もいるし、面倒臭いから誘いは断ってたけど頭数合わせでどうしてもと頼まれたようなのだが、行ってみたら最悪なのがいて散々だったらしい。
Blogだかなんだかをやっていてネットでは割と知られているとかなんとか「わざとらしさがミエミエなさりげなさ」で度々自慢してたそうだが、姉はそんなことに興味などなく、勿論そいつのことなんて知りもしなかったんだろう。
とにかく「俺様の武勇伝」というより「僕ちゃん凄いんだよ」な感じで気持ち悪かったと。
最初のうちは場を壊さないようになんとか話を合わせていたそうだが、途中で幹事に言って席を変わってもらったらしい。
思わず味噌汁を噴きそうになったのが「観測範囲がどうのって語るのが特に気持ち悪くて仕方がなかった。まず自分の姿観測しろっての。自分の姿を省みることも出来ないくせに観測だのなんだの偉そうに語ってるのにドン引き」の一言。
思わず特定の誰か(達)を連想した俺は悪くない。
吹奏楽部はなかば徒弟制度のようなものが息づいていて、講師の言うことは絶対、みたいなところはあるし、実際そういう面につけこんだ性犯罪なんかもありましたよね。
ただ、そういう類(吹奏楽やってるとモテるよとかいう、私に言わせれば「勘違いや錯覚の類」の話)を聞いて自分の世界を省みるに、そういうこととは無縁の世界だったなあ、とギャップを感じる次第で。
部内恋愛は形式上禁止されていたものの、付き合ってる人もいたし、部外恋愛ならそれこそ付き合ってる人のほうが多かったなあ、と。
そもそもこの記事を書くにいたったのは、「 俺が女の子としたかったたくさんのことを書いていく - おはようwwwお前らwwwwwwww」のまとめを読んだのがきっかけなんだけども。
『退かぬ!』
何が何でもバックをしない。
狭い道でのすれ違いで、自分が下がればすれ違えるのに絶対に下がらない。
壁に突っ込んでガリガリ異音がしているにもかかわらず、さらに前進しようとする。
「バックできないんでそちらが下がってもらえます?」と平気で言う。
『媚びぬ!』
周りの車両・歩行者に対して気配りをしようという気持ちが一切無い。
他人を危険な目に遭わせてもなんとも思っていない。
車を停めるときでも
など停めてもいい場所かどうかを考えない。
世の中は自分を中心に回っているというような思考を持っているようだ。
『省みぬ!』
狭い道や車庫入れのときに車体を壁に擦ってしまった。
このようなときに
という自らを省みる行為をしない。すべて他人のせい。
ところで、
↓ |女女女女| | | | | |女女女女| ↑
はどうなるの?
世界が崩壊するの?
女の進路妨害能力の高さは異常
もちろん、そうした低俗な遊びってのは一杯あるよね。
表に出ないだけで、「罰ゲーム」と称して、嫌われ者と親しくさせ双方の反応を楽しむ悪趣味な行為は腐るほどあるだろう。
大抵の場合は、自分たちの下劣さは省みることもなく、勘違いしてんじゃねぇよ的な嘲笑が行われる。
今回は、そうした類の行いを、なんら抽象化することなく、全世界に垂れ流したわけだ。
それも、行為を行われたほうが対抗手段が無い状態でね。
たまたま、本人たちの予想以上に問題が膨れ上がってこんなになってしまっているが、そうでなければ被害者の泣き寝入りだろう。
小杉太一郎(amamako)は行き過ぎた批判を批判しているが、正直意味がわからん。
問題になっていなかったら、あなたのように「ただの悪ふざけだろ」と思うような人間にはスルーされ、あれを楽しむような連中に消費されるだけだ。
あいにく面と向かってないので、理屈で決めないといかんのですよ。
理屈じゃないんだったらそれこそ全角だろうと半角だろうと文句は言えない。言ってはいけない。
向こうの相手にどれほどのモラルを期待してるの?
君の文章は私にとって不快極まりないんだけど、あなた自身を撲滅することを自身が奨励していいのかい?
周りの人が口にしないからって、「俺の礼儀は素晴らしい」とか思い込んでないかい?
あと、終始一貫して理路整然と矛盾なく説明出来ているなら、枝葉末節にこだわることすらできないんだよ。
つまり君は枝葉末節に拘られた時点で説明が整然としていない。どっかおかしい。
で、省みるのはどちらですか?早く説明責任を果たしてください。気が狂いそうでどうしようもないです。
この心の蟠りを解すことができるのはあなたしかいません。さあ、その自称理路整然な主張で納得させてください。
非モテ特有の発想だね。大嫌いな女を批判しているつもりが、無意識に自分を投影している。
自分を受け入れてくれないのは相手が悪い。女は男を顔で判断する、だからこんなに性格の良い(と本人は思っている)俺様を選ばない。俺様は何も悪くない。顔は悪いかもしれないがそれは人間の本質じゃない。だから審美眼のない相手が悪い。
自分を省みることをしないから、こうやってすんなり不満だとか復讐心だとかって言葉が出てくる。
まっとうな恋愛経験を積んできた人間なら相手に恋人がいる時点で諦めるか、仮に告白して玉砕したとしても相手を逆恨みしたりはしない。
人生は一度きりである。
あなたは、数多くの淘汰―それも、戦争をはじめとした大規模な災害を含め、数多くの精子と卵子のマッチングを経る―をくぐりぬけた、先代からの結実です。
あなたは種の存続という使命以外にも、先祖の血を絶やさないという大きな目的があります。
ところがどうでしょう。
今のあなたは生産性の低いアニメやあなたの貴重な時間を奪っていくゲーム、異性と付き合う度胸(もちろん女性も)もなくBLやエロ、しまいには風俗に溺れ、コミケに散財してしまう酷い有様まで落ちぶれました。
他人は今のあなたを望んだでしょうか。先祖は今のあなたを潔しとするでしょうか。
どれだけ規模が大きくなろうと、悪は悪。悪貨は良貨を駆逐するように、悪辣な思想は善良なる規範を侵犯します。
己を省みるのです。
あなたはこれまで、どれだけの金銭をお人形に費やしてきたか。
あなたはこれまで、どれだけの金銭を性欲のために投じてきたか。
省みるのです。
子孫を残さずに、独り洋布団の上で最期を迎え、あなたはこれまでの人生を回顧するでしょう、必ず。
そのとき、あなたが歩んできたその人生は、振り返るに足るものでしょうか。それとも、後悔と嫌悪しか齎さないでしょうか。
どちらに転ぶかは、今のあなたが決断できるか、否か。それだけです。
己を律し、そして戒め、問答してみるのです。
その答えが、変わらないのであれば、誰も止めることはないでしょう。
惑いがあるなら、そのときは、自分の行いのただしさに、得心が行かないでいるということにほかなりません。
省み、戒め、迷いを絶つのです。
それが、あなたのためです。
大体においてそういう他人の気持ちより自分の気持ちの方が大事という人達だからそういうことができる。
そういう人も多い。何故ならそういう場合に「いざ離婚して」来てくれる人は同じことを繰り返す可能性があるから。どんなに想い合って結婚したつもりでも他の人に気持ちが移ればあっさり他へ行く人だってことで。
それでも「自分だけは特別なはず」と信じている能天気な人なら喜ぶかもしれない。
また、人のものを奪うことで自分の価値を感じられる類の人も一定数存在する。
「そんな、あの人が別の人と・・・」としくしく泣くよりも先に「あいつ私を舐めやがって!」とプライドを傷つけられたことに苛立つと思う。泣き寝入りなんかしないよ!
浮気しないような人を頑張って探してください。
ただし、相手が浮気したからといって自分には何か問題がないかと省みること全くなしに相手をとっかえてるだけだとまた同じように浮気する人をつかむので注意。
あと、口では「浮気しない」と言ってる人の大半は、能動的に浮気相手を探しはしないけど好みの相手から寄ってこられたら浮気する可能性が十分あります。
振り返ってみると、私の父と母はあまり折り合いが良くなかった。だいたい顔を合わせると罵り合っていたように思う。共産党の専従だった父は実に「野党精神」旺盛な人で、家庭のことで何か気に食わないことがあると(家庭を顧みない自分を差し置いて)いつも母を詰った。共産党員らしい几帳面さで問題点を洗い出して問い詰める父に、血の滲むような努力で仕事と家事を両立し、暮らしを支えてきた母は激昂し、時には皿が飛び交うような諍いを繰り返した。それに自分がどう反応していたのかはよく思い出せない。子供なりの頓珍漢なやり方で、父や母に何か気を使っていたような気がする。(帰ってくると笑顔でお帰りを言いに行く、積極的に肩揉みをする等)ともあれ、そういう諍いに巻き込まれるのは恐ろしいことで、彼らのご機嫌をとることが生活の指針になっていたことは覚えている。概ね幼少の頃は良い子であろうとした(客観的にはともかく、主観的には)。
父はおよそ仕事に熱中する人であったが、家庭内のことに無関心というわけではなく、むしろほんの些細な出来事にまで拘り、様々な形で命令を発し、物事を支配しようとした。家庭は彼の王国だったと言ってよい(いや、人民共和国と言うべきなのか)。彼の築いてきた学歴と自信に比して、彼の党内での立場というのは実に弱々しいものであったようで、それを埋め合わせようという願望もあったのかもしれない。家庭内のどんなものにも彼は権力を振るいたがったし、自由にさせていることであっても、不満が感じられたときにはいくらでも介入し、彼の満足行くように改めさせた。彼はまさしく闘士だった。向かう方向はまるで見当違いだったが。それでも、彼が母や子供に暴力を振るうことが(記憶にある限り)さしてなかったことは、彼の美徳と言っても良いかなとは思う。しかし、彼が子供と自分の自我を分離できなかったことは、子供の成長に大きな悪影響を与えたと私は確信している。子供が何をやりたいか、ではなく、父が何をやらせたいか、子供が何に不満を感じているか、ではなく、父が何に不満を感じているか、それだけが問題になった。そこから子供が外れようとすれば、恐ろしい査問が始まることになる。今でも、そうやって査問を受けたときに感じた恐怖と屈辱の念は忘れられない(ただ、彼がそのように振舞わざるを得なかった背景について整理して考えると、彼を非難する気持ちはどんどんしぼんでいってしまう。結局、彼もまともな家庭で育っていないのだ)。私よりも数段優秀だった上の兄弟が某国立大学の受験に失敗して、それでも某有名大学に入ったときの騒ぎなど、見ているこちらまで頭がどうかしてしまうぐらいだった。優秀であっても、努力をしても、結果は真っ黒に塗り潰されている――彼との生活から、私はそういうメッセージを受け取った。
一方、母は「みんな我慢している。楽な生活なんてない」と子供たちを叱った(今でもたまに口にする)。私は恐ろしかった。超人的努力で家庭を支え、苦しみに堪え、そして報われずに生きる母の姿には、まるで生きる希望も喜びも見出せなかったからだ。正直、その言葉は、子供を教え導くためというより、家庭内で一番我慢を強いられてきた彼女の自我を守るためのものだったように思う。(「私はあなたのようには生きられない」と訴えたときの母の怒りたるや、凄まじいものだった。状況に押し潰されて、意味を考える暇もなく「我慢」の結婚生活を強いられてきた彼女には、「我慢したくない」「我慢に何の意味があるのか」という主張は自分の人生の否定にしか映らなかったのだろう。)そういう潜在意識の透けて見える姿で、子供たちに「我慢」をさせようとする母は、とてもとても恐ろしかった。今でも、我慢するしかない、という言葉を聞くと、自分の中で、明日への希望が全く消え失せていくのが分かる。「明けない夜はない」でなく「明けない夜を生きていけ」という教えには、人から長期的展望を奪い、刹那的な生き方へと誘導する力があるのではないかと思う。私は何か希望が欲しかった。結局縋る先は間違えた訳だけれども。
奇行が目立つ子供だった私は友達も少なく、専ら空想の世界に親しんで暮らした。願望を実現するために計画を立てて行動する、という発想もなく、誰かがいつか自分を拾い上げて夢の国に連れて行ってくれることを待ち望んでいた(当然、そんなものは実現しない)。現実に対して何か求めても無駄、何かやってみようとするだけ無駄、という無力感と、両親の叱責に対する強い恐怖感に私の思考も行動も拘束されきっていたのだと思う(流行の玩具を持っていない私を不憫がって、友人が「余りをあげる」と申し出てくれたときも「両親が怒るかもしれないから」と断ってしまうぐらいには)。もちろんそのような抑圧の下にあっても、子供らしく欲しい物を求めることはあったし、客観的に見れば我侭としか言いようのない要求もしてきたと思う。だが、そうした要求を口に出すことにハードルがあったし、また、そうした要求が聞き入れられることにもまた、高いハードルがあったし、要求が聞き入れられても、「聞き入れてやったこと」の恩に応えるよう求められ続ける、というさらに高いハードルがあった。無論、共働きにも関わらず決して豊かとは言えなかった我が家の台所事情を考えれば、何でも子供の求めたものを買う、なんてことはできっこなかった。だから、ことあるごとにカネ・カネ・カネと言われたのも止むを得ないところはある。ただ、父や母の不和と、それが生み出す強い緊張感、暗黙の強い要求と支配は、子供が自分自身の財産(小遣いやらお年玉やら)をどう使うか、という計画性や、正常な欲求の発達までも妨げたと思っている。どんなものに、どんな風にお金を使うのか。どう資産を運用するか。どう節約するか。何に使うか。そのことについて子供の頃に落ち着いて考え、学ぶことができた人のことを、私は羨望している。もちろん、必要を感じたなら今からでもやるしかないことではある。ただ、願望や欲求の正常な発達なしに、必要性だけでそれを手に入れようとすることはとても難しい。
私は小学校から中学校に至るまで、勉強だけはよく出来た。きちんとした学習の習慣があったわけではなく、単純にそういう方面に適性があったのだろう。テストの点数以外のあらゆる要素において、私はほとんど完全な劣等生と言ってよかった(宿題は全くやらない。ノートも全くとらない。授業中に騒ぎ出す、他の生徒と流血沙汰を起こす、等々)。行動・努力することに対する無力感と、テストの高い点数が自分自身の可能性を証明しているかのような小児的全能感とのせめぎあいが、私を同級生達と比べて圧倒的に情緒不安定で幼い人間としていた。私には何の目的も方向性もなかった。自分がどんなことをやりたいと思うか、そのためにどう努力するべきか、そういう意識は全くなく、ただ目の前にある面白いことに飛びついていただけだった。中学・高校以降はさらに反抗精神が加わり、叱責されたことに対する敵意と憎悪と、命令に対するボイコットがそれに加わる。私は自分の意思が奪われることに強い憎しみを持ち、それに抵抗した。実際に論理立てて主張をするなどの一部の行動は、それなりにまともな態度だったと評価することもできるが、「私の現在と未来は、彼らが自由にできる物ではない」と訴えるために、私自身の現在と未来の可能性を自ら破壊したことは、実に実りのない行為だったとしか言いようがない。結果は当然惨憺たるものに終わった(せめて前者の比較的穏健な訴えが当時もう少し受け入れられていれば、と思うときもあるが、それはこういう結果を招いた私自身の責任を軽くしようという、下種な欲望の表れなのだろう。私がそのような道を選んだことの責任は免れ得ない)。
本当は、両親に何かを期待するのではなく、正確に現状を認識し、自分自身の能力でそういう状況を切り拓き、逃れ、先へ進むための方策を考えるべきだったのだと思う。しかし、私には出来なかった。自分の願望を達成するために、自らの意志で計画を練り、主体的に行動していくこと、そこからフィードバックを得て、自分自身を変革し、成長していくこと、こうしたやり方から遠く離れた生き方を選んでしまった。そのことが、今も自分の人生に大きな影を落としている。そうできる可能性がなかったわけじゃない。高校時代にはそれを達成することが出来たかもしれない出来事や、出会いがあった。多分、妄想や空想でない希望があった。しかし私はそれを生かすことが出来なかった、それどころか、気付いてすらいなかった。そして、その失敗を乗り越えることなく無駄な人生を続けてきた。今更そう理解することで、私は過去から復讐を受けているような気持ちに苛まれる。今からでもあの希望に立ち返って、取り戻すことが出来たなら。それがもうとっくに手遅れで、今や子供の頃に散々お世話になった妄想とほとんど変わらないしろものだと分かっていても、そういう蜃気楼みたいな希望に縋らなければ、今は前に進む気力すら保つことが困難なのだ。
だが、そうやって、取り戻せない過去に縋りつく自分の姿はあまりにも亡霊じみていて、客観的に自分を省みる度に、鋭い痛みが走る。幻を支えにする自分の耳元で、お前はもっと建設的に、現実的に生きなければならない、と理性が囁く。多分それは正しい判断なのだけれども、私には、その囁きがおぞましいものにしか聞こえない。その声が、かつて両親が私を縛り付けた言葉を思い起こさせるからだ。親が私を支配し、縛るために使った言葉と、私自身が自分自身の意思と判断で下すその言葉は同じ手段を示していようと、同じものではない、理屈ではそう分かっていても、どうしようもない無力感に、呑みこまれそうになる。私は、どこにも逃れることができず、多分このまま檻の中で一生を終えるのだという確信。
もちろん、わざわざ自己憐憫めいた口を利くまでもなく、こんなことは世間にありふれているということはよく知っている。私はその中の、ごくつまらない例の一つにすぎない。もっと建設的に、もっと現実的に、もっと合理的に生きなければならない。さもなければ、明確な意思と主張をもって戦い抜くか、死ぬか。私には後者をやるほどの強さがない。よりよく生きなければならない。嗚咽はどこかに押し込めて。古傷はどこかに包み隠して。自己憐憫はどこかに放り捨てて。そして如何にも楽しげに。人生を満喫しているような素振りで。きっとうまく騙せるはず。
不具合を抱えながら、私は私を騙し騙し動かしている。オーバーホールできる場所まで走り続けられるのか。途中でエンコしてのたれ死ぬことになるのか。死ぬまで騙し騙し動かし続けることになるのか。恐らくは三つ目を選ぶことになろう。多分、世間に一番多いのもそれだ。そういう人生にも、そういう人生を送る人物にも、私は価値を見出すことが出来ないが、そういう人生も、そういう人生を送る人物も、痛ましいなとは思う。恐らく、もっと苦しい状況を生き延び、自己実現を果たした人々にとっては鼻で笑うような話だろう。いや、是非鼻で笑っていただきたい。勝利はあなたたちのものだ。心から、それを祝福したい。私はその隣を、びっこを引きながらとぼとぼ歩く。時折、同じ道を歩く者同士が石を投げ合うのを見る。「不幸な自分をそんなに哀れんでもらいたいか、乞食め」と。何もかもがひどく虚しいが、そう思うことさえも、ごくありふれた、つまらなく、くだらなく、何の意味もないことだと感じる。勝者の説諭も敗者の同族嫌悪も首をすくめてやり過ごし、びっこを隠してとぼとぼ歩こう。何も無い道を歩きながら願いを呟く。私と同じ道を歩む者が今後少なくありますように。同じ道を歩む者たちにささやかでも幸せがありますように。いつか全ての人々の夜が明けますように。
Hよ。
あいつらは着実に社会で実績を積み上げていってるぞ。
お前は自分に天賦の才があると思い込み、彼らの日頃の鍛錬や積み上げる実績を鼻で笑い、
あまつさえ彼らからの忠告や助言すら自分に対するルサンチマンだと嘲笑っているな。
彼らはお前よりも随分と先に行っていることを理解しているか。
確かにお前の地力は高いと言えるだろう。
サボっているわけでもない。
ただ一点、現実が見えていない。
だから、分からないんだろう。
それとも分かっていて認めたくないだけなんだろうか。
それとも、たとえ今現在彼らが自分より先に進んでいるのだとしても、
自分が一歩踏み出せば一息に追い越せると思っているんだろうか。
どう考えていようとも、お前は彼らに追いつく前にトレーニング不足で失速するだろう。
脇腹の痛みと焼ける喉に喘ぎながら、歩くそれに劣るスピードで走ることになるだろう。
立ち止まればその場で崩れ落ち、レースに復帰できなくなるから足を動かし続けるしかなく、
周囲にも自分はまだコースの上にいる選手なのだと主張し続けるだけ。
積み上がるのは実績ではなく、大口を叩き、睥睨した人々からの反感を基にする嘲笑と冷笑。
その間にも、もはやお前のことなんて眼中にない彼らの背中が視線の先で遠ざかっていくんだ。
それでも、そんなお前に声援を送ってくれる観客もいるだろう。
しかし、プライドが肥大してしまったお前は、格下の人間と見ている相手からのそれも侮辱ととり、
皮肉を吐きかけるか跳ね除けるだろうことが予想できてしまう。
最終的に、気付いた頃には肩を貸してくれる人もおらず、自分が立ち止まっていることを認めたくなくて、
近くにいた自分より劣っていて弱そうな人間をはけ口にするだろうことまでも。
お前の親がそうだったように。
お前はそれが嫌だったはずなのに。
これを読む可能性が高いだろうHよ。
こうする以外にもはや俺の言葉すら聞かなくなったHよ。
そして恐らく、これも鼻で笑うであろうHよ。
俺はもう諦めた。
お前は色々と見込みがない。
一つだけはっきりと言えるのは、
お前はあの人の子供だったということだ。
今まで何度も言った。
そして、これが最後だ。
普段は本当に「諦めてます」「期待してません」みたいに振舞っている同僚A。
しかし、時折怨念じみたものを見せる。
完全にそういう類のことを諦めて飄々としてる先輩がいるだけに、尚更目立つ。
以前言ってみた。
「本当は『特に自分からモテようとするつもりはないけど、彼女がいない事に触れられるのは嫌』ってだけだろ?」
「レッテル貼りが我慢できないってのは、自分のプライドがそれで傷つく、気にしてるってことだろ」
と。
そしたらAは黙り込んだ。
昨日また鬱陶しいことを言い出した。
その時Aと話をしていた同僚Bは俺同様にウザいと思っていたようで、お前いい加減にしろよ、と楽しそうに自分の考えを語っていたAの顔を凍りつかせた後に吐き捨てた。
「お前、モテる努力をするのが、みっともない、格好悪いって思ってんの?」
「ひとそれぞれだけどさー」とAはお決まりの台詞で逃げようとするがBは追い討ち。
「結局お前って、モテたいけど努力はしたくない、でも誰か、ありのままの自分を好きになって! ってだけなんだよな。『主体性がなくて努力もせず、自分に甘い』誰がそんな人間に魅力感じるかよ」
それを聞いてAは激怒。
でもBは全く動じない。
「図星かよ。結局それを認めたくなくて自分や周囲の人間にポーズとってるだけじゃねーか」
「モテる努力ってのは、自分を相手にプレゼンする能力を身につけるってことなんだよ。表面上しか見ない女が多すぎるって、内面で見る気にさせてないのはお前自身だろ。人のせいにすんな」
「モテたいけど努力はしたくない、でもモテたい? いい年して馬鹿か?」
「そんなんだからモテねーんだよ。お前がモテてないのは『女に』じゃなくて『人に』だってことにいい加減気づけ」
「興味がない振りやらなんやら、結果が伴わなかった時の逃げ道ばっかし用意して、こういう話にいちいち反応して喚き散らして、笑って受け流すこともできてない時点で底が透けてる」
「逃げるなら全力で逃げてりゃいいものを、逃げてる自分の姿を見られるのが嫌だから人と並んだまま顔だけ背けてるだけ。側で腐ったプライド振り回して悪臭撒き散らすくらいなら立ち止まってろよ。俺らはその間に先に進むから」
全否定されて血管切れるんじゃないかってくらい首筋まで真っ赤でぶるぶる震えてるA。
震える声で反論。
「お前みたいにレッテルを貼る奴がいるから~(後半聞き取り不能)」
でもやっぱりBは容赦なし。
「そうやって自分に甘い台詞吐いて責任転嫁するばっかりで自分を省みることすらできないから根性腐るんだよ」
「大体、好印象にしろ悪印象にしろどっちもレッテルなんだよ。得たいレッテルを得るため、避けたいレッテルを避けるために努力することの何が悪いのか言ってみろよ」
「世の中のカップルや夫婦にお前の口からタレる糞を投げつけてみろよ」
Aはもう何も言えないみたいだった。
そのままAは逃げるように退社。
Bは吐き捨てるように一言。
「今の自分を認めたくないなら人じゃなくて今の自分を否定しろっての。変える努力もしない、できないやつが文句ばっかしウゼぇんだよ」
俺も似たようなことを前にAに言ったけど、容赦がなさ過ぎてちょっと乾いた笑いが出た。