はてなキーワード: 目玉焼きとは
まず、今回の東日本大震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々のお見舞いを心から申し上げます。
次に、僕のスペックです。都内の大学に通う学生(新二年生—ちなみに一浪—)です。所属学部のカリキュラムによって、ほとんどの授業を英語で行って、レポートも英語でたくさん書きました。といっても、僕の英語の能力はだいたいTOEIC700点前後だと思います(TOEICはうけたことがありませんが、学校で受けさせられたテストなどで換算するとこのくらいです)。700点前後なので、あまり大したことは言えた身ではないのですが、英語については昨年度かなり自分でも悩み、考えたし、また、TOEICなどのスコアだけで英語の実力のすべてが測れるとも思っていないので、僭越ながらも英語についての意見を述べさせてもらいます。(ちなみに未だ日本から出たこと無いです)
最後に、書こうと思った動機について。主に二つ。ひとつは、日本人の英語熱が、去年のユニクロ、楽天の英語公用語方針表明から、加熱の一途を辿っていることを受けて、自分—英語が公用語の学部で学んでいる自分—が何か良い意見を述べることができればいいなと思ったから。あとひとつは、自分の英語に関する考えを今の時点で言語化して整理しておきたいという考えがあるからです。
英語学習者の多くは「英語ができるようになりたい」や「英語上達!」などと言います。が、少し待って下さい。その宣言って少し漠然としすぎではないでしょうか。ここで、試しにあなたが今思っているその「英語」に修飾語を二つ付けてみて下さい。例えば、ある会社員の場合は、practicalと businessを足して、”Practical business English” (実践的ビジネス英語) となります。こうすることで、あなたが必要な英語がもっと鮮明になるでしょう。さらに対策だって立てやすくなると思います。子供が語学を身に着けながら成長するときの様に、日常の様々な場面での遍く英語表現を身に着けることは大人には困難です。しかし、範囲をうまく絞れば、そこに特化して勉強することで仕事で困ることが少なくなると思います。
僕は昨年度、英語を話す日本人を数十人ですが見てきましたが、およそ二つのグループに分けることができます。それは、日本語を話すときと同じ感覚で英語を話している人と、英語を話すときは全く別の口の開け方や筋肉の動かし方、さらには呼吸法までする人たちです(帰国子女の方々は幼いころの海外経験の中でこれを自然に身に着けているように思われます)。タピオカドリンクを飲むときは、コーラを飲む時に使うストローじゃ飲めないように、英語を話すときも日本語用の発声方法を脇に置いて、英語用の発声フォーマットで話さなくてはならないのです。先に示した前者の人々はだいたい、声が小さいぼそぼそとしたしゃべり方をします(もちろん発音は滅茶苦茶チョッピーです)。これは、はっきりいって意識の問題だと思います。発音やアクセントの前に態度(attitude)の問題だと思います。
これは上とだいぶ関連があるのですが、英語を真剣に話そうとすると多かれ少なかれ「欧米人っぽさ」や、悪く言えば「ネイティブかぶれ」が現れてしまいます。だが、これらに対して嘲笑したり、からかったりしてはいけないと思うのです。日本人の間で「かぶれ」に見えてしまうことも、英語話者同士では普通の事なのです。だから、間違っても日本人によるつまらない価値観から、その人の外国語に向かおうとする態度を軽蔑してはならないと思います。お互いにとってマイナスにしかなりません。
英語がわからないから話が理解できない、と思ったことがある方。それは本当に英語が問題でしょうか?例えば、去年流行った「ハーバード白熱教室」。この番組はiTunesやYouTubeで無料で見ることができます。僕も、視聴していて三周目も終わろうとしている頃ですが、まだよく理解できているとは思えないです。『これからの「正義」の話をしよう』も、その原著である”Justice-what’s the right thing to do-”も持っていて一通り読みましたが、未だ理解できたという確信がありません。なるほど、「テメエがアホなんだよm9(^Д^)プギャ―」という意見もあるでしょう。しかし、サンデルの授業内容がそれなりに高度なことも事実ではないでしょうか。日本語で聞いたとしてもそれなりに高度なことには変わりません。それをさらに外国語でとなると余計に理解が難しくなってしまいます。自分の英語読解/聴解能力を疑う前に、言語に拘わらずそれを理解できる知的基盤が備わっているか。それをただ「英語が分からない」と悲観する前に、確認する必要があると思います。
某経済評論家などを「達人」と見做している英語学習者は、いつまでたっても英語ができるようにならないと思います、失礼ながら(インタビューもそんなにあてにしちゃいけない)。そもそも、本当に英語できる人間は、日常のほぼ全てのタスクを英語でこなしているような人たちではないでしょうか。論文であれ、企画書であれ、会議であれ、学術発表会であれ。そういう本当の「達人」らは、われわれ一般人に指南するような立場を超越していらっしゃいます。さらに、そういう人たちはあまり表に出ない人たちです。なぜなら、一流のビジネスパーソンは週刊誌の英語特集に顔だすくらい給料安くないし、言語学など学問分野の一流たちもそんなところに出て自分の株をさげるようなことをしないでしょうから。
では誰をロールモデルにするのか。はっきりいってツールである英語にロールモデルが必要であるとは思わないのですが。強いて言うなら、『英語達人列伝』の中から探すといいと思います。これを読めば、「日本人は英語ができない」といった言説が神話であると思え、すこし勇気が湧いてくると思います。
英語学習において、発音を磨くことは何かと批判の対象になります。恐らく、それは英語学習における贅沢品と受け取られるからでしょう。目玉焼きも焼けない人間が高級イタリア料理「カルパッチョソースのデミグラス和え 地中海の新鮮な貝の奏でるムースとともに」(※こんな料理はありません)を作ろうとするように捉えられてしまうのかもしれません。
しかし、僕は発音も大切だと思います。磨けるなら磨いた方がいい。じゃあ、どのくらいまで磨くか。もちろんネイティブレベルとは言いません(発音向上批判がネイティブ信仰批判と結びつけられることも多い)。が、強いて言うなら「自分の発音に自分で酔えるくらいまで」としておきます。英語を話している時の自分がいつもと少し雰囲気違うな、とか仕事できそうだな、くらいに思えるくらいです。語学学習は基本的に孤独な作業であると思います。周囲に誰も人がいない部屋で黙々と音読…そんな状況で心を支えるものが、わずかながらのナルシシズムだと思うのです。ここで注意しておきたいのは、自分の発言を瞬時に考えて話す「スピーキング」と音読教材を見ながら話す「スプリクト読み」の際の発音能力は個人の中でも違いがあるということです(ここでは詳述しません)。
昔NHKで「英語会話」の講師をしていた東後勝明氏はこう言っています。
「発音が大切だ」と言えば、すぐに、「本国人のような発音の必要はない。日本人なのだから日本人の発音で十分」と反論が返ってくる。「単語を覚えたほうがいい」と言えば、「単語だけを覚えても何もならない。その使い方を覚えなければ駄目」と言われてしまう。うっかり「会話ができなければ」などと言おうものならたちどころに「ただペラペラしゃべれるようになるだけではかえって人間が軽薄に見えて困る」と一蹴され、「それより、内容のあるものが読めることだ」とか「話す内容が大切」ということで会話の重要性は影をひそめてしまう。
「文法をしっかりやりなさい」と言えば、「文法に頼る英語力には限界がある」とか「文法を教えすぎるから、英語が使えなくなっている」と、これにもまた反論が出る。それでは「実際にありそうな自然な対話をそのまま暗記してみれば」と言えば、「会話はそんなに準備されたせりふ通りにはいかない。そんなものをいくら暗記しても役には立たない」と誰かが言う。… ( 東後勝明 「聞き、覚え、使う」 現代新書編集部 『外国語をどう学んだか』 講談社 1992)
要するに、唯一絶対の方法なんてありませんよ、ということであり、たとえ少し間違った勉強法をしてしまっても、それほど差はないですよ、ということ。やりかたで戸惑って学習不安なんて愚かだと思いませんか。ネットで情報収集だけに一生懸命になっている方、とりあえずブクマして満足している方。
世界に飛び出ていく為のツールである英語を、日本の企業や学校の基準に合わせてどうするのでしょうか。会社や学校の要求に応えることが重要であることは言うまでもないですが、これから英語を勉強して身に着けるということは必要不可欠であるということ。すなわち、グローバル化によってかつては「あった方が有利」だった英語から「ないとダメ」というように変化してしまったのです。だから、これから英語学習する人――特にビジネス面の方々――は、外国、とくに韓国、中国にライバル意識を持って外国語を学ばなければならないのではないでしょうか。
英語に関することで今問題だな、(というか、もったいないな)と思うのが巷の「英語学習」と、学問としての「英語教育」との乖離です。この春休みに入ったころに、集中して現在刊行中の「英語教育学大系」シリーズ(大修館)を読んだのだが、個人的に得るところが結構あった。そういった学問分野での研究成果をうまく巷の「英語学習」に反映させればいいと思うのだけれど、実際「英語学習」者たちの間でウケてしまうのはTOEIC900点をとった人たちのアドバイス記事。もったいない。
これ500B!超えたらblog再開させようかな…なんてw
訂正
帰国子女の方々は生まれつき後者の姿勢が備わっているきがします→帰国子女の方々は幼いころの海外経験の中でこれを自然に身に着けているように思われます
・わりばし、100均で買おうや
・紙皿、100均で買おうや
・紙コップ、100(ry
・500円くらいの小さいテフロン加工の深めのフライパン
-目玉焼きつくったり、玉子とじのなんかつくったり、ちょっとしたもの焼いたり、ラーメン作ったり、マジ便利
・2000円くらいのテフロン加工の大きめで深めのフライパン
-節約生活にパスタは必須よな、パスタソースつくるのに絶対いるよな
・ミキサー
-安くて単純なやつでいい。やさい不足はにんじん+トマト缶(78円のを半分)のハイパージュースで解消な。売ってる野菜ジュースは糖分たっぷりだから気をつけろや。
野菜をおいしく料理していっぱいくおうとすると金かかる。にんじんとトマト缶はいつも安いし、栄養たっぷりぞ。
・トング
-揚げ物、炒め物、パスタ、焼き物、すべてに対応しておる。もう菜箸はいらんな。でもチャーハンは厳しいぞ。
じゃあの
・水が飲みたいと、戸口を叩いていた女は言った。もう随分と何も飲食していないのだという。こちらと人里離れた山小屋住まいだから、人に分け与えるほどの食料など持ち合わせていない。女が水だけを要求してくれてありがたかった。真夜中の真っ暗闇の森のど真ん中で、ごくごくと喉を鳴らした女はにっこり微笑み礼を言うと、そのまま闇の中に溶けていった。夏虫が鳴いている。べったりと背筋に汗をかいてしまっていた。
・犬を殺してしまったんだそうだ。泣きじゃくる歳の離れた弟は、どれだけあやそうとも泣き止む気配を見せなかった。埒が明かない。疲れてきたので背伸びをした。一体何があったんだ。何度も答えが返ってこなかった問いをもう一度口にしていた。眦を二三度拭ってから、しゃっくりと一度、それからようやく弟はもごもごと何かを言い始めた。溜息が出る。面倒くさいと空を見上げたら快晴だった。
・生え育った手のひらの上で、少女は胡坐をかいていた。しばらく経つと親指と人差し指の間から足を投げ出してぷらぷらさせ、またしばらく経つと今度はやわらかく曲がった中指に背を預けて瞼を閉じた。荒涼とした周囲には、乾いた風鳴りばかりが響いている。手羽のように尖った枝先を細々と伸ばす枯れ木が、もぞもぞと幹を揺らしていた。少女は本を読んでいる。ハードカバーの、分厚い本だった。背表紙には解読不明な文字が並んでいる。無論、それは中身にしても同じで、少女は意味のわからない記号の羅列を熱心に、ときには嬉々として読み続けていた。やがてひとつの章を読み終えた。重たい本を閉じ、胸の上に置く。再び目を閉じた。てのひらがぐしゃりと少女を潰した。
・その日、少年は無闇に声が大きかった。話している相手が顔をしかめてしまうほど大音量で、叫ぶようにして会話をしていた。また、少年はどうやらこちらの言葉が理解できていないようでもあった。どれだけ文章を変えてどうなったのかと訊ねてみても、ずっと同じ事ばかりを、昨日変な夢を見たんだ、としか口にしなかった。やがて、ある医者が少年に適切な診断を下した。いわく、今少年の耳には大量の音食い虫が潜んでいて、そのせいで耳が聞こえなくなってしまっているのだと。ためしに小型カメラで少年の耳の穴をのぞいてみれば、モニタリングしているテレビに黒光りする無数の蠢きを確認することができた。音食い虫を殺すためには、完全なる静寂を用意しなければならない。医者に言われると、少年を気の毒に思っていた人々は一様に口をつぐんだ。物音ひとつ立てないように、彫像のように固まった。車も動かさない。電気を使うものは全て電源を落としてしまった。少年は石の世界でひとりぼっちになった。
・タバコが好きで好きでたまらなくて、とうとう調理して食べるようになった。目玉焼きに降りかけてみたり、炊きたてのご飯に混ぜ込んでみた。どれもこれもそれなりにうまかったのだが、一番気に入ったのが煮出しタバコであった。お茶のように、珈琲のように、タバコの葉に熱湯を注いで飲むのである。これがなかなかに効いた。苦味で舌は麻痺し、喉は痺れ、胃は爛れていくかのようだった。鼻腔に強烈なにおいが通り抜け、あやうく気を失いかけた。最高に気持ちが良かった。よく臨死体験をしたなどという者がいるが、そう言った人たちもこの快楽を味わっていたのではないだろうかと思った。そしてそうなのだとすれば、彼らはあまりにも意地汚い人間であるように思えた。このような快楽を経験しておきながら、それをわが身ひとつだけの実体験に留めておこうなどという考えが理解できない。どうして周囲に広めようとしないのだろうか。共有してこその財ではないか。憤然とした気持ちでタバコをばらし、粉末を茶漉しにあけた。熱湯を注ぐ。芳醇な香りをいっぱいに吸い込んでから、一息に飲み込んだ。
・割れたコップに男が映った。散り散りになった破片のひとつひとつに、そいつはにやにや顔で写りこんでいた。君も変なヤツだね。そいつが話しかけてくる。わざわざガラスのコップを七つも割ってさ。一体何がしたかったんだい。思いっきり叩きつける訳でもなく、あくまで自然に割れたように見せかけるのには随分と苦労したんじゃないのかい。そのとおりだ。全てのガラスを同じ場所で、誰が見ても不自然と映らないように割り続けてきたのだ。投げつける訳でもなく、高いところから落とすのでもなく、持ち寄ったガラスをことごとくその場で割り続けたのだった。わからないね。君はいったい何がしたかったんだい。そうにやにや顔が言うので、お前には関係ないと答えてやった。だからさっさと消えやがれ。魂が消えるように、ぽつりぽつりとにやにや顔は消えていった。ガラスの破片の中に溶けていった。本当に君も変なヤツだね。そう言って最後までにやにやしていたそいつは消滅した。逆剥けた大地に囲まれて、素足のまま歩き出す。
・びっくりした。そしたら、右目と舌べらが落っこちてしまった。とんでもない痛みを感じながら、真っ赤に染まっていく地面に晒された右目と舌ベラを見下ろす。さっきまで、右手で押さえている窪みにはまっていたはずの球体はぼんやりと視線を上げてきていて、指の間から、そしてぽかんと開けた口から鮮血を滴らせているわたしを観察しているようだった。観察。そうだ、わたしは観察をしていたのだった。その最中に悲しくなって、怒りっぽくなって、しばらく気分が落ち込んで、最後にびっくりしてしまった。びっくりしてしまったから、右目と舌ベラを落っことしてしまった。参った。全部わたしの問題だ。とにかくいまは右目を拾ってはめよう。そして舌も口に含んでいよう。思い左手を伸ばそうとしたらばしゃんと音がした。左手も落ちてしまった。肩からどんちゃんと。ぶしゅうっと壮大な音を立てて血が噴き出し始める。どうにかしなくちゃ。あせればあせるほど頭は混乱していく。もうあたりは一面に血の海だった。血の池地獄って、一体誰の血の中を泳いでいるんだろう。白血球とか赤血球とか、そういったものにとっては毎日が血の池地獄なんじゃないだろうか。考えていたら、膝から下が潰れてしまった。血に倒れこむ。頬を強打して顔をしかめてから、右目が私を観察していることに気がついた。
生まれて20年。今まで全く包丁を握ったことがなかった。
実家暮らしなので母がご飯を作ってくれるし、学生時代の調理実習自体が数回しかなかったうえにいつもスープ係をしていた。
そんなわけで、本当に初心者。目玉焼きも出来ないくらいの初心者。「20年くらいなら別に良いじゃないか。これから作れたら問題ないじゃない」と言われるけど、やはり作れるに越したことはないなと思っていたし、何より時間が有り余っていた。
作るなら家族に「美味しい」と言って貰いたい!
で、まず初めに本屋に行って、初心者向けかつ自分が食べたいと思うレシピの載った本を購入。一部で有名な某カレご飯には興味はあったけど、家族で食べるにはハイカラな気がして、一般的な本に。
買ったのは野菜の切り方(小口切りとか)や魚のさばき方を写真で説明してあるもの。これが結構便利。
・油の量も分からないので、わざわざ計量スプーンを使う(結局、油多かった)
・心配で「これで合っている?合っている?」と何かするたびに母にチェックしてもらう
・挽肉を炒めたフライパンを放置して野菜を切っていたら、肉が焦げる(レシピを一読していなかったので何をすればいいのか分からなくて混乱)
・レタス、切れてない。
そんな感じで見た目があまり宜しくないし、味もちょっと・・・なタコライスが完成。この時点で料理をしたことを後悔してた。やっぱり私には無理だー、と。
でも両親は美味しいと言ってくれて、凄く嬉しかった。今回のはお世辞かもしれないけど、もっと上手くなろうと思った。
それから毎日、料理をした。和洋中、様々。ぬか漬けも始めた。魚もさばいた。みじん切りも出来るようになった。チラシを見て、安い献立を考えるようにもなった。
料理をしている人から見れば、当たり前なことかもしれないけど、私としてはものすごい進歩だった。
昔は朝ごはんを食べないことの方が多かった。
一人だと準備が面倒だったのが一番の理由だと思う。
だが最近、結婚した事もあり、積極的に朝ごはんを作るようにしている。
お互い働いており、朝に全部は準備出来ないので、
ごはんは夜のうちに研いでおいて、起きる時間にタイマーセット。
起きたら最初にするのはごはんのかき混ぜ。ごはんのいい匂いで目が覚める。
次に、お湯を沸かして(手抜きだけど)ほんだし入れて、お味噌汁用乾燥わかめ入れて
鮭が焼けた日は、私も旦那もちょっとテンションが上がる。
で、のりたまとふじっこの子持ち昆布も食卓に置いて「いただきます」
これからも寝過ごさないように頑張るよ。
僕は、起きようと思ったが、寝不足体で体が動かず、結局二度寝してしまった。
次起きた時は携帯電話が無くなっていた。不思議なこともあるものだ、とPCで時間を確認した。
12時10分だった。
せっかくの休日を無駄にしてしまったと、後悔と自己嫌悪で頭が痛くなったが、これも運命だと僕なりに解釈し、しきりに部屋の外側から聞こえる豚の鳴き声が、治まる頃を狙って部屋から出てた。
部屋のドアを開けたすぐ前では、まるまると太った豚達がサウナへ行くの準備をしており、ニタリと嫌らしい顔で僕も行くように誘ってきた。
もちろん断りを入れ、昼ご飯を作らせた。そして、僕が特別好きでも嫌いでもない、地元ではよく見かけるポークと目玉焼きが出てきた。ポークはとっても厚く切られており、ついでに言えば僕の好みではなかった。
豚達がサウナに出かけ、暇になったところでテレビを付けてみた。何回かチャンネルを回し、結局、高校生クイズと言うものを見ることにした。クイズと言うことで名門校ばかりが名をあげており、特別僕自身の興味を誘うものは無かったが、時間帯が時間帯だったので、これしかマシなのがなかったのだ。この結末を書けば、最後まで残った医学部進学率一位の高校と東大進学率一位の高校に通う生徒達の対決であった。16対16まで延長戦を行い、16対17で東大進学率一位の高校が優勝した。それだけの話しである。おめでとう。
それは君がどういう人だかわからんのでそれを知るために投げてる質問。
大体二択で、「なにかしたんですよ」か「なにもしてないですね」の二つ。
「あー休日寝てたんですよ(なにもしてない)」だと、相手は君が自分に興味をもっていないか、話したくないかのどっちかと考えて話しかけるのをやめる。
「なにかしてた」だと、相手はそっから話題を広げて君という人を知り、どういう話をしたらいいか判断できる。
こういう時は
「休日寝てたんですよ疲れちゃって。なんか疲れ取るいい方法しりません?」
とか、相手に質問投げ返せばいい。
話したがりやだったらがんがん話しかけてくるし、そうでなかったら適当に話を切り上げてくれる。
相手とコミュとりたかったら相手の服装や話の内容に出てくる話題を出して質問すればいい。「最近あなたのつけてる服かわいいって誰かがいってましたけど、何処で買ったんですか?」とか。
まあ、一番無難なのは食べ物の話題だな。目玉焼きにマヨネーズかけて失敗しちゃったけど何かけてますか?って話やら、インスタント焼きそば流しに流しちゃったとかいうありがちな話で10分くらいは持つだろう。
そういうくだらないけど笑える系の話のストックを10個くらいもってると、名前忘れてる相手とすらてきとーに持たせることができる。ストックはまとめサイトとか笑える体験談とかその辺で探して「こういうのみたんですけどね」といえばいい。
258 名前:学生さんは名前がない[sage] 投稿日:2009/07/10(金) 19:22:31 ID:u3K5Gtxg0
俺は500mlの水に固形コンソメ2個入れて野菜スープ作ってる
入れるものはハム(ソーセージ)、キャベツ、パプリカ、人参、玉ねぎ
2日目はご飯入れて雑炊に
3日目は少し水を足してスライスチーズを加えてラザニア(リゾット?)風に
こういう風にして野菜スープは3日ぐらい持たせられるよ。参考にどーぞ
304 名前:学生さんは名前がない[] 投稿日:2009/07/15(水) 10:51:30 ID:P4M2p3XqO
307 名前:学生さんは名前がない投稿日:2009/07/15(水) 23:30:10 ID:os+9Tfx30
以前良くしてたドンブリ
でかい丼に、サニーレタス2枚くらい一口大(10円)、長芋サイコロ切り(10円)、オクラ1本(20)
カイワレ大根適当切り(20円)、豆腐半丁サイコロ切り(30円)、トマト適当サイコロ切り(20円)。
焼き海苔一枚(20円)をもんで掛け、全体へ適度にポン酢しょうゆを振り掛ける。
それをぐちゃぐちゃにして食べてよく夏を乗り切ってたw
焼いたりしないで良いからさっさと作れるし、安いしうまいし食が進むよw、
成長して立派になった自分像に憧れる。
たとえば毎日筋トレしてムキムキのマッチョマンになったとしよう。
鏡に映った肉体美に優越感を感じ、僕は幸せで胸いっぱいになるだろう。
……ほんの一瞬だけ。
毎日筋トレ?
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
しんどい、ダルイ、めんどくさい。
そんな毎日を送って何が楽しい?
ひたすら苦痛の毎日を送って手に入れたものって、
手足が動くことも、五感が使えることも何もかもうれしくない。
じゃあ、何のために努力してたの。
僕はそれを手に入れて、喜びを得たいと思っていたのに。
いつの間にか、毎日苦痛を感じることに喜びを感じろと言われる。(誰に?)
いつの間にか喜びの対象をすりかえられる。
馬鹿じゃないの?
あほうなの?
何が何だかわからない。
わけもわからず、「むかつくっ!」と声を張り上げてる。
ああむかつくっ!むかつくっ!むかつくっ!むかつくっ!
おれ「おれ、今朝目玉焼き食べたんだよ!」
おまえ「自分語りしやがって。。。自慢かよ」
おれ「じまんじゃないよ!」
おまえ「図星だからって。。」
普段いつもこんな会話してるの?というか会話してるの??