はてなキーワード: 病人とは
なんかここんとこ増田で、専業主婦の嫁が自炊に興味なくて困るとか鬱の嫁が休んでいてくれなくて困るとか読んでいた。
話に加わる気になれなかった。
なぜか。
私はとても羨ましいと感じていたからだ。
どちらの元増田も、きっと真面目に深刻に困っている。でも私は、それが羨ましい。
だって、君たちは守るものがある。頼ってくれるものがある。それは、君たちを強力に現世につなぎ止め、君たちを君たちの主観で強烈に承認するものだ。
君たちは勇者で主人公だ。君たちがいなければ、二人の専業主婦の命が危ない。それはセカイの危機だ。
そして、本来優秀な嫁が社会に再進出したり、鬱な嫁が寛解したりするのが君たちのストーリーで、嫁の役割はそれまでは穀潰しだったり等身大ドールだったりペットだったり病人だったりするわけさ。
ところが私は、大変に存在が軽い。唯一仕事だけで社会と繋がっていて、今の仕事に別の担当が就いたり会社が無くなったりしたら、財産が尽きて路頭に迷う前にまず自分の存在意義が無くなる。「xx担当の増田さん」でしかない直結した存在なのだ。
私はこれが大層怖い。
勇者な増田はきっと私みたいなのを見ると苦労を知らない癖に馬鹿なことを言っていると思うだろう。確かにそうなのかも知れない。
でも私は、今の身軽すぎる自分が恐ろしい。
だから今すぐにでも、足手まといが、欲しいのだ。
・不幸を悲しむのは、不幸が起こってからでも遅くはない
・真に貧しい者としてとどまっているのは、知性のない者だけ
・敵には助言を求め、その助言の反対のことを行え
・無知が支配するところでは、自分に英知があっても何の役にも立たない
・金持ちとは、自分の富から収益をあげ、その富を楽しむ者である
・すべて金で買うことができるが、知性だけは買うことができない
・善と悪を区別できるだけでは、まだ賢者とは言えない。
二つの悪の中から小さい方の悪を選ぶことができる者が賢者である。
・すべての人に対して一様に親切な者は、たいていはまた、すべての人に対して一様に不親切である
保守派全部をそういう風に罵らないで欲しいな。
個人個人がキチガイなだけ。
「「独身男女に重負担の税金を掛けろ」みたいな話をしょっちゅう増田で喚いてる病人」以外に
「「女から仕事を奪って結婚しないと食えないようにすれば少子化解決」みたいな話を以下略病人」
は別人だと思う。
そうかあ?
同じ奴だと思うけどなあ。
わざと摩擦が多いような暴力的な”政策”ばかり”提言”するこのお方。
本当の動機は
そういう独裁者レベルに強権的な立場に自分を重ねながら発言することで
ひとときの全能感を味わいたいというだけのみっともないウンコ。
芸風は酷似してると思う。
同類の別人て可能性がかすかに残るけど。
むしろそれすらも作った「キャラ」な煽りネタ師なんじゃないかと思えてくる
と思ったけど想定している名物増田と違った。
「「独身男女に重負担の税金を掛けろ」みたいな話をしょっちゅう増田で喚いてる病人」以外に
「「女から仕事を奪って結婚しないと食えないようにすれば少子化解決」みたいな話を以下略病人」も居て
別人だと思う。んで今居るのは後者。
「音楽をいつでも楽しむ権利」とやらが、そんなに市民権を得てないということなんじゃないかね。
音楽なんか家で聴けばいいだろ、って奴、さっきもいたじゃないか。
「公の場では、私的な楽しみは制約を受ける」ってことが、そんなに変とも思わないしな。俺個人としても。
市民権を得てない権利を振りかざせば、そりゃ攻撃される。権利を認めない人との間で、軋轢が生じる。ごく当り前。
まぁ、攻撃にめげずに何らかの社会的活動を続ければ、いつか市民権を得る時が来るかも知れないが。
そこについては、俺はなんとも言えん。
…それはともかくとして、だ。さっきから少し気になる点がある。
「神経症」であれば、「配慮する必要はない」というエクスキューズになるのか?ということだ。
仮に、シャカシャカ音を気にする人は「神経症」であるとしよう。
でも、公の場に一定数の「神経症」の人がいるとするなら、「神経症」の人への配慮は必要ではないのか?
ペースメーカーの人への配慮が求められるように。
自分の楽しみが優先?
俺は個人的にはシャカシャカ音とかはそんなに気にならない方だが、
「気にする奴は病人」ていう態度はあまり気持ちの良いものには思えない
(少なくとも賛同者を増やす態度ではないと思う)し、
それから、
特定の音質が他人から見て過剰に気になるからといって、神経症とまで言い切れるものなのかどうか。
「黒板を爪でキー」は、音が小さくても気になるとか、そういうのあるだろう?
http://www.nli-research.co.jp/report/report/2009/08/repo0908-4.pdf
そのURLの中に
と書いてあるけど内容読んでないのか?
それともとりあえずURL貼っとけば、どーせ内容なんて読まねーだろうから反論になってない事はバレないだろうとでも思ってるのか?
厨二病という概念が無かった時のことを想像する。中二病という言葉が廃れ、死語になった時代を想像する。
極端な話、ナポレオンが登場しなければ、「俺はナポレオンだ」という形の妄想は存在、成立し得ないのである。
そしてまた、本物のナポレオンが「俺はナポレオンだ」といったところでそれはちっとも狂気ではない。ただの事実にすぎない。
だがナポレオンという人格の型が社会にあるイメージを流布させてから「俺はナポレオンだ」という妄想を持った病人は、
それは社会のもったイメージを過剰にないし不当に自己の中に取り入れてしまった個人である。
ナポレオン、という人間像が全く意味を持たなくなった、たとえば現代においては---これはナポレオンに限らず、現代においては英雄的個人とか、社会に対して極めて大きな意味合いを持つ個人というものが極端に存在しにくくなってきた。
だからこそ、こういう形の誇大妄想はしだいに影を潜めてきたのだと私は思っている。
だが私は多少先を急ぎすぎたような気がする。
上記は30年前に書かれた文章である。
30年前では中二病とは上で言う「ナポレオン妄想」であったのだろう。
現代ではナポレオン妄想と違って、現実に妄想を託せる人物や背景がいないことから、
マンガやアニメ、ラノベという最初から仮想で都合の良い舞台の、都合の良い主人公に、己の誇大妄想を託すようになった。
ただでさえあやふやなフィクションに、さらに自分の妄想をかぶせるのだから、強度は脆い。
それをほんとうの意味で信じきることができるほど緻密に設定を行い、現実の制約を超えてそれにのめり込むのなら、
かつての妄想狂と比較にならないくらい深刻な症状ということになる。
現実に適応するために、そこまでやらなければならないヒトというのが確かにいたのだと思う。
それだけ現実が狭量で、現実的であること、正常であることを強く求められてきたということだと思う。
ただし、「中二病」という言葉が広がったことで少し事情が変わった。
妄想するくらいは、若い頃には自然とかかるはしかみたいなものだということが認められるようになった。
結果として、大半の場合、実際は仲間内だけで通じる演技のような形で共有し、
みんなで妄想狂ごっこ、神経症ごっこをすることで、ほんとうの意味で神経症になることを防いでいるようだ。
一人で抱え込んでいると、ほんとうの意味で深刻な妄想狂になってしまう。
そうならないように、明らかに嘘とわかる底の浅い世界観、共有可能なレベルで妄想を行い、それを開示し、消費していく。
一つの妄想を掘り下げていくことを防ぐため、数やバリエーションにものをいわせて、必要以上にのめり込まないようにする。
キチンと2次元であることを強調され、間違っても現実と混同されないように配慮された上で、効率よく妄想して、効率よく消費して、できるように特化した作品や媒体が数多く出るようになった。
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20111129-OYT8T00833.htm
よく知らないのだけれど、大丈夫なのかこれ? 中二病よりさらに深刻な何かの臭いがするぞ。
多分5年くらい遅れてる議論だと思うので、もうネットの中には答えがあると思う。
※トラバの指摘に基づいて「俺の」を追加しました。ご指摘ごもっともです。ごめんなさいね。
見下す女よりこっちのほうが腹立つわい。
http://nice.hateblo.jp/entry/2011/11/25/023223
・接触欲をみたすため生き物に触れに行く
・コンプレックス対策として身体を鍛える
・得ている愛を再確認するため親孝行をする
まず2だけど長年引きこもってる間ずっと鍛えてるから間違いなくお前よりはガチムチですが何か?
家に帰ってもやること無いから黙々と仕事して給料も貯金も国民平均よりは高いですが何か?
そういう問題じゃねーんだよ。
親孝行・・・だと・・・。「親こそが愛を与えてくれる基本的存在」って誤解はどうなってんだ。
親は愛を与えることも多いけど、それ以上にズタズタに引き裂いて踏みにじる存在でもあるよ。
接触欲とかもさぁ・・・。ハリネズミのジレンマじゃないけど、こっちは呪い状態なんだよ。
触れたい以上に、触れれば相手を傷つける、相手が自分を傷つけるという強迫観念がやばいから引きこもってんだよ。
自分たちがクズで有害な存在って分かってるよ。おとなしく引きこもってるんだから引き摺り出さないでよ・・・。
最低な女の人は、増田で釣りっぽく書くんじゃなくて、直接親の前でいってやってよ。
あんたはただの売れ残りだけど、こっちは病人なんだよ。人外なんだよ。犬畜生だよ。
親にこの現実を理解させるには、健常人としての最低ランクである売れ残りの言葉しかないんだよ。
童貞ってのは、世間で良いこととされていることをマイナスに変換してしまう病気なんだよ。
お前らにとって良いことを押し付けられても吐き気しかしねーよ。
求めてるのはお前らはクズだけど一応生きて呼吸するくらいなら許すよっていう話だよ。
お前らみたいなクズを飼ってくれるor飼われたい女もたまにいるからそいつらみつけろよ、ってことだよ。
河北省の京漢線・元氏駅の土間で、私はアンペラの上に仰向けに倒れていた。銃一挺を抱くように持ち、外套を頭から被って、眼を瞑っていた。
この何日か、衝心性の脚気の発作が烈しくなったため、今朝、雪の中を南下、行軍して行く部隊と別れて、この元氏駅で北上して行く列車を待っている。列車に石家庄駅まで運んで貰い、そこで下車、最近設けられたと聞く石家庄野戦病院に入院する。
──これが自分が選んだ自分を生かす、ただ一つの道であった。これ以外、生き得る方法はなさそうであった。部隊の軍医も、看護兵も、また同じ意見であった。
私が仰向けに倒れている元氏駅には、中年の歩兵上等兵が駅長として、これまた一人、アンペラの上に胡坐をかいたり、そこらを歩き廻ったりしている。駅長と言っても、他に駅員が居るわけではなく、ただ一人、駅に配されている。
一日に三、四本入って来る軍用列車を迎え、送り、それをどこかに、電話で連絡するだけの仕事を受持っているようであった。
夕方、彼は病兵の私のために夕食の支度をして、飯盒と罐詰を持って来てくれた。その時、二人は初めて、壊れかかった石炭ストーブに手をかざしながら、言葉らしい言葉を交した。
──夜、七時過ぎには、一応列車は来ないことになっているので、七時になると、俺は俺で、そこらの壕に入る。壕の方が、幾らか寒さは防げる。お前さんも、好きなようにしてくれ。このまま、ここに居たければ、ここに居ればいい。
──ただ、どこへ行ってもいいが、臨時の列車が来ないものでもない。臨時であろうと、なかろうと、上りが来たら、お前さんは、それに乗ることだ。おとなしくしていたら乗れない。しがみついてでも、乗っちまうことだ。
──そうしないで、こんな所でうろうろして居てみろ。お前さんの場合は、いいところ三日で、まあ、お陀仏だな。
そんなことを喋っている時、遠くに銃声が聞えた。
──ああいうのは、大丈夫!毎日、今頃になると、撃ってくる!撃たしておけばいい。近寄っては来ない。だが、すっかり昏れてしまうまでは、線路の向うには行かない方がいい!
駅長は言った。
いつも、お前さんはここに一人か、と私が説くと、
──ここに来て、まだ五日ほどだ。咋日までは、自分の隊から離れちまったのが、四、五人、ごろごろしていたが、それぞれ、みんな、昨日のうちに、列車で、前線の己が部隊へと向った。すると、替って、今日はお前さんがやって来た。病人でも、まあ、居ないよりはましだ。
実際に、病人であろうと、なかろうと、居ないよりはましであるに違いない。こんな大平原のただ中の、ちっぽけな駅に、一人で置かれたら、気でも狂う以外、どう仕様もないだろうと思う。
結局、夕近くなると、二人は駅の小さい建物から出て、その横手に掘られてある帯状の、細長い塚の中に入った。かなり深く掘られであるので、待合室に居るより、寒さは多少ましだった。
それに、列車が来れば、すぐその音が響いてくるので、そこから直かに、ホームに上って行けばよかった。
二人は、それぞれ、壕の中に己が寝所を造り、身を横たえて、外套をかぶった。いつか、雪はやんでいる。どれだけの時間が経ったか、知らない。
──おい、起きろ。
その声で眼を覚した。
──夕焼がきれいだ!こんな夕焼は、めったに見られるものではない。こんな所に、ばら撒かれていればこそ、こうしたものにも、お目にかかれるというものだ。まるで、天の火事だ!
私は黙って、夕焼を見ていた。駅長が騒ぐだけあって、西の空は真赤に焼けただれ、それが大きく拡がっていた。確かに、今までに見たことのない、壮大な天の火災であった。今朝、別れた部隊は、どこで、この天空の大火災を見ているのであろうか、と思った。
それから、また眠った。
その夜、十一時、北上する臨時の貨物列車が入って来たので、壕を飛び出した。いつからか、また雪が降っている。待ちに待った列車に乗り込もうとしたが、容易なことでは乗り込めなかった。雪をかぶった無蓋貨車で、どの車輌にも、やたらに梱包が積み上げられてあり、何人かの応援でもない限り、そこに身を移すことはできなかった。
駅長はホームを駈け廻り、私を乗り込ませる車輌を物色し、自分も半ば、それに乗り込むようにして、私を引き上げたり、押し上げたりして、どうにか私を、車輌の一つに乗り込ませてくれた。
列車が動き出してから、私は世話になった駅長の名前も、所属している部隊名も聞いていないことに気付いた。気付いた時は、もう遅かった。駅長は、長い、これほど長いとは思わなかった、長いホームに一人だけ立って、手を振っていた。“孤影”とは、この時の、彼のために造られた詞であった。私もホームに向って、手を振ったが、私が手を振るのが、駅長の眼に入ったか、どうか。
私は、私の八十年の生涯で、“別れ”なるものを一つ選ぶとすると、昭和十二年十一月の、この元氏駅に於ける、深夜の駅長との別れということになる。私はある時、ある所で、ある人と別れたのである。本当に別れと言える別れを、異国の小さい雪の駅で経験したのである。
看護師をしているが、最近病棟に立て続けに面倒な患者が入ってきている。面倒な患者というのは所謂モンスターペイシェントというやつである。なんと5人くらいいる。毎日どうでもいい用事で呼びつけられ怒鳴られほんとにやってらんないので彼らの共通点をしたためておく。ちなみに病棟は急性期の内科病棟で、癌の患者が多い。
1.ルールを守らない
病室で携帯を使う、夜中でも電気を消さない。指摘すると「特別に許可されたんだよ」と烈火の如く怒る。医師が注意すると「うっかりしてた」「看護師が使っていいと言った」「前の病院は良かったから」等言い訳や嘘をつく。
2.同室患者と揉める
同室患者に聞こえるように悪口を言う、同室者の悪口を書いたメモを婦長に提出する。内容は「おやつを食べている音が嫌」「面会者の声が気になる」など。本人も守れていないものが多い。また上記のクレームを夜中に看護師を呼びつけて大声でまくし立てたりするので、同室患者はみんな不眠。
3.立場が弱そうな者に当たる
若そうな看護師とか看護助手をわざわざ呼びつけて「お前は看護師失格だ」「優しさが足りない」などとよくわからない罵詈雑言を浴びせる。物を投げつける。強そうなおばちゃん看護師とか婦長とか医師には言わない。特に医師には必ずと言っていいほど媚びる。先生が来てくれただけで元気100倍です!とか。だから罵詈雑言は浴びせるが、「上を呼んでこい!」とは絶対に言わない。ちなみに若い看護師への暴言は大体廊下まで聞こえており同室患者にも筒抜けであることが多い。
4.かまってほしいアピールと自分こんなに頑張ってるよアピール
歩けるのに車椅子に乗りたがる。車椅子に移る時は必ず「辛い…」「痛い…」と言い、「支え方がなってない」等と文句を言う。歩けるなら歩いて下さいと言うと「病人を歩かせるのか!死んだら訴えるからな!」とキレる。そんなに歩けないならトイレはお部屋に置きましょうかと提案すると「寝たきりにする気か!がんばって車椅子に乗っているのに!」とキレる。結果1時間から30分おきにゆっくりゆっくり車椅子に移りトイレに移り文句を言い用を足し文句を言い車椅子に移り…激しく手がかかる。そういうのが他にも薬とかごはんとか検査とか諸々である。うんざり。
男女比はまあ個人個人の問題だから出しにくいにせよ、うちの病棟は男が多い気がする。痛がったり、かまってほしがったり、仕方なく話聞いてたら「さみしくて…」とか言い出すのは男性。女性でめんどくさい人は何人か見たけど、手首切ったり号泣したり、すでに精神科の既往がある場合ばっかりだった。女性は同じ女だから看護師に甘いところもあるのかもしれない。こういうややこしくて面倒くさい患者を見てると、入院も集団生活を送れる人じゃないとできないんだなあとつくづく思う。あと人のこと「お前の優しさは上辺だけ取り繕った偽物だ」とか驚きの罵倒しといて、後で「本当は自分にだけ特別優しくしてほしくてそんなこと言った」とか言うのほんとやめてほしいと思う。なんかもう屈折しすぎて私のような小娘にはついていけません。あー増田に書いたらすっきりした。なんか改行とかむちゃくちゃですいませんでした。