はてなキーワード: 町山智浩とは
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・もしドラ作者「エースの系譜」文章
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リアル周辺によりますと本人のはてな出没は実験的な釣り場として半分本気半分ネタと割り切ってやっておられるということでありまして
書いてすっきりしたので仕事に戻れます。こんなことでもやもやした気持ちになって自分の時間がもったいないです。
お察しします。
もうちっと何でこんなことになったかを付け加えると、
①町山智浩氏が日本にいないため、対面のコミュニケーションで埋め合わせられる理解がない。
②twitterは論争向きでない。用意に誤解を生むし、話しあう項目をごく限らないといけない。そこですれ違いが起こると全く理解に達しない。
おハロー。
聖おにいさんはオサレというのよりサブカル臭。それも悪いタイプの。
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とても根が深いサブカルミーハー問題。『このマンガがすごい2010』を読んで。
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「このマンガがすごい!」は罪深い延命装置。もう犠牲者を増やすな!!
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を書いたぼくだよ。みなさん自意識丸出しでごちゃごちゃ言ってくるんで、胸焼けするぐらい非常に切ない気持ちになりました。なんというかもう……。
「かわいそうだね?」
って言葉しかでてきません(おっと、つい芥川賞受賞作家ネタが飛び出しちゃったよ。やべー、まさかここで芸術に携われる人間だったら絶対にチェックしておくべき、芸術を理解できないやつは興味ないふりして精神防衛していることでお馴染みの芥川賞のネタが飛び出すとは、俺のセンスパねえ)。
はてなブックマーク、およびツイッターの皆様がたは心のホメオスタシス機能をフル稼働させて自分の殻に閉じこもっちゃっていますね。みなさん図星を突かれたことを必死に隠そうとしていますけど、何で等身大の自分を直視できないのかねえ。
「格好をつけないことで、格好をつけている」
「「ホメればセンスいいと思われる記号」を批判すればセンスいいと見られると思ってる人の典型的批判」
やれやれ。春の熊に全員屠殺してもらいたいよ(センスある村上春樹ネタ)。
ぼくはきみたちの断末魔の叫びで心が汚れちゃったんで、ストラヴィンスキーを聞いて洗い流していました。グッドなアートはエバーグリーンな輝きでディ・モールト・ベネだね。
ということで、本題。反応を見ていると、ぼくが批判したい対象がイマイチ伝わっていないようなんで、ここでまとめて表明してみようと思う。
これ以上、この惨状を放置しているとホント取り返しのつかないことになるからね。砂漠に水を与えるようなものだけど、何もやらないよりはマシ、かな……。
きみらの軽い脳みそでも理解できるように4つに大別してあげているから熟読してほしい。2010年代はこういう奴らをいかにカルチャーシーンから排除するかにかかっているので、宇野常寛さん、荻上チキさん辺りは参考にしてほしいね。東浩紀さんは河原で石でも積んでてください。
では、いきますよー。
「ボンクラ」なんていう安っぽい価値観で連帯して、「中学生マインド」なんていう恥ずかしい心性を至上価値にしちゃっている一派。やっていることはひよこのオスメスの仕分けみたいなもん。ライムスターの宇多丸や町山智浩辺りが「いい」といったものを「味方」と見なして手放しで褒め称えて、けなしたものを一緒になって叩けば、「センスあるポジション」にいられると思っている。
「売れてる邦画はテキトーに叩いておけばおk」みたいな頭からっぽな行動も平気でしちゃう。そんで周りも見てもいないのに賛同しだすから目も当てられない。
中身をまともに分析しないで「大沢たかおが出演しているから、これはクソ映画だ」みたいな論理で動いていて、そんで「バカな大衆」と「審美眼のあるセンス抜群の俺」という謎の対比をしだすんだよね。「なぜこういう内容の邦画がいま売れるのか」なんていう深遠なトピックに触れることは一切ないし、考える頭もない。
自分の物の見方だとか価値観だとかが一切抜け落ちた、ゾンビみたいな奴ら。サブカル年長者の金魚のフンをやることに、羞恥心の欠片もない。「独自な物の見方をする人間」についていけば、「独自な物の見方をする個性的なわたし」が出来上がると思っている。
彼らの反応は非常にわかりやすい。ちょっと宇多丸のラジオを聞いただけで、習性がまるわかりで、「ああ、この映画はこいつら叩くだろうな」ってことがすぐに判別可能になる。その分かりやすさが蔓延の原因だといえよう。映画リテラシーがないのに、センスいいと思われたいやつらの格好の逃げ場になっている。
そんで、こういう奴って美意識がないから恥ずかしげもなく部屋に映画のポスターをべたべた貼って、ダサいバンドTシャツを着ていたりするんだよね。それでいて、オシャレに過剰なコンプレックスを抱いているから、「無理してオシャレしているやつは上辺だけの中身のない単なるカッコつけで、ちょっとダサいくらいの自分が本当は一番センスいいんだ病」にかかっていて非常に厄介。自分のダサさまで理論武装しなきゃ生きていけないなんて、ほんとに可哀想だ。
この病気を完治させるには映画について語りだすたびに「それ、ウィークエンドシャッフルで宇多丸が言っていたことだね」って言い続けるしかないと思う。「あ、その映画、町山智浩がキラキラで紹介してたやつか」、「昔、みうらじゅんがその映画をネタにしているのを見たことあるよ」でも可。
「人生で大切なことは、すべて伊集院光のラジオから教わった」とか真顔で言っちゃう恥ずかしいやつら。
映画秘宝系との違いは、映画を見たりする気力も何もなくて、横になってラジオを聞くぐらいの体力しか残されていないのに、自分が第一線にいることを疑わずに最新のカルチャーを必死に否定してくる。「最近のアニメって萌えばっかりで中身がないよね」って見もしないくせにしたり顔で口を挟んでくるのがこいつら。
自分が中年化し、ついていけないことを認めることができなくて、漫画やアニメは伊集院が褒めるものだけが絶対だと思っている。『わたしは真悟』だとか『アストロ球団』だとかね。
映画秘宝系はまだ自分の足で作品を鑑賞しようっていう根性があるけど、こういう奴らにはそれすらない。平気でCMカットのMP3音源を違法ダウンロードして、「やっぱり伊集院さんって聡明だよなあ」なんてアホ面下げてる。その続きはもちろん「本当に頭が良い人って伊集院さんのことを言うんだよな。やっぱり人は学歴や職業じゃなくて、物の見方で頭の良さが決まるんだよな~」なんて考えいて、「ダメな自分は本当は感性が鋭くて、周りのくだらない奴らよりもずっとずっと頭がいいんだ!」って泣きながら自己肯定をしている。
もうなんでもあり。
こういう奴らのためにはっきり言ってあげるけど、「感性」っていうのは行動で示さなきゃ形にならない。布団のなかで自分を慰めるための感性だなんて、ありゃしないよ。ゴミクズよ、もうよせ、こんな不毛な自己肯定は。
「センスがいい」というタグを貼られた商品を必死に買い集めて、なんにもない空っぽな自分を必死にデコレートしようと頑張っている。ビレバンに下駄を履かせてもらわなきゃ、外を歩くことすらできない可哀想な人。自分がビレバンから与えられる餌を食べているだけの家畜だってことに気づけない。
こういう奴がセンスいいと思われたい一心でカルチャーシーンを引っ掻き回して、むちゃくちゃにしていく。「このマンガがすごい!」で上位に入る漫画が悲惨な犠牲者なのは、前の記事に書いた通り。
なんにも作り出せない、作ろうともしないくせに、必死に消費物で「ぼくちゃん、クリエイティブなんだじょ!」とアッピールしたい厚かましい愚鈍なマリオネットたち。
こういう奴には「お前、ひょっとして浅野いにお漫画の登場人物を気取ってない?」って聞いてみよう。ズレてない眼鏡を何度も押し上げながら、「き、きみぃ、いにお漫画はね、単なるセンチメンタルじゃなくて実験的な手法にも取り組んでいて云々」って聞いてもいない作品論を震えながら語りだすぞ。
さらに「そのボブ、もしかしてつぶやきシローをリスペクトしているの?」って言ったら卒倒しちゃうので注意。
もし友人にこの手合いがいたら適度に自意識を潰してあげて、「やっぱビートルズが一番だよな」ぐらいのレベルに留めさせてあげるのが吉。弾けもしないのに部屋に置いてあるギターは、親切心で河原で燃やそう。
そう、お前らだよ。お・ま・え・ら☆
はてブやツイッターなどの安全圏からお手軽に一言批判して、「ふふ~ん、ぼくちゃん、こいつらよりも頭がいいもんね~。見てみて! ぼくこの人否定しているよ!! こいつより頭いいんだよ!! ほら、見ろよ、もっと! 見ろっ、見ろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」と汚い欲望を身体中の穴から漏らしている。
文字数制限を盾にして根拠もなにも示さずに、自分の頭で否定できる一文をなんとか見つけ出して、「やれやれ。きみはなんにもわかってないね」とただ否定するだけ。熟議に何の貢献もしない、耳を汚すだけのノイズ。
大抵のバカなネットユーザーは脳の大部分が「最新情報の暴飲暴食」でスカスカになっているため(俗に言う「グルーポンおせち状態」)、比較検証なんていう基本的なこともできない(本人は「できない」とすら気づいていない。そこを突かれると「時間がないから」「忙しいから」と言い訳して、何も届いていないメールボックスをチェックしだす)。だから、「最後に勝利宣言をした人間」に説得力があると思っちゃう。
このような「つぶやき批評家(気取り)」と「情報ジャンキー」はまとめてネット中毒矯正院にぶち込むべきですね! そこで『アルプスの少女ハイジ』でも見せて、少ない情報をいかに咀嚼するかを学ばせたほうがいい。こいつら、醜く太っていることが勲章だと思っているからさ。
以上、今すぐカルチャーシーンから撤退すべき害毒な消費者4タイプでした。こういう奴らが蔓延っちゃったのは「個性が大事」という間違った教育と、「作品の解釈は受け手が決める」なんていう甘やかしの成果だと思う。
確かにある程度の解釈は読者に任されるだろうけど、それを理由に笑っても怒っても何しても構わないなんてことはない。それだとスタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を見て、原子力礼賛だと思っちゃうようなことを許してしまう。
ぼくのような高い視座に立てているクリエイターって本当に少ない。名前を挙げるとしたら、映画監督の紀里谷和明か、小説家の岩崎夏海くらいか。
特に岩崎夏海の『「小説の読み方」の教科書』は上記であげた連帯のためだけや、センスいいと思われたいだけに消費する行為の解毒剤として最適なので、みんな読みなさい。早く読まないと、時代に取り残されちゃうよ。2010年代のクリエイターズ・バイブルだね、この本は。
みんなもうさ、中身のない自分を無理やり肯定するためにアートを利用するのはやめようよ。空っぽな自分を直視して、中身ある人間になるために努力するべきじゃない? ソクラテスもプラトンも、みんなそうやって大きくなっていったんだよ。
お前の説明読んでるだけでもつまんなさがぷんぷんするけど
だいたい「もしドラ腐しで1時間」ってだけでしつこすぎてうんざりするわ
あったかいのはお前のおつむだよ
いくらもしドラが「無条件で馬鹿にしていいもの」扱いになってるつったって
自分でカケラも見ていない物について評論家がねちっこく馬鹿にしてる様子を
1時間もニタニタと見てられるってほんとうに気持ち悪いウスノロ脳みそだな
前から思ってたけど
町山クラスタってのは本当に
「あんまりセンスが無いけど尖ったセンスに憧れてる」みたいな奴等の集いだよな
「さすが町山さん!」って掛け声かけるタイミングを計ってるだけのザコの群れ
日垣いじりだってなんだよ
日垣がぶっこわれてるのなんか町山親分がいじりだすよりずっとまえに好事家は気付いてしっとりと味わってたよ
親分にへばりついた周回遅れ集団がラッパプープー吹きながら拾いあげて
グチャグチャグチャグチャいじりながら「さすが町山さん!」とかやってる
頭おかしくなってる奴と口喧嘩して次々に矛盾を指摘して打ち負かして、それが何の手柄なのかわからん
みんなが決して直には触れずに楽しんでたものを後から来てベタベタ触って手柄顔のヤボテンさん達
ほんとにやることなすこと垢抜けない田舎もんみたいな集団だよ
つまり広義の「サブカル」っていうのか、そのあたりの連中が本当に寒い
アニメオタク以下のセンスしかないのに「センスのいい人間」に憧れて
その中で特に映画クラスタはみんなちょっと町山親分を意識して無頼風の毒舌キャラを決めながら
やることなすこと面白くない
ブログ書いてるなら書く記事書く記事つまんねえ
親分の知遇を得てるわけでもないくせに
みんなで「町山さん」て呼ぶのがまたキモい
昨日見たテレビの話しながら「紳助さんがさ…」なんていう奴いねーだろ
プロレスオタクが一部のくたばったレスラーを語るときさん付けで呼ぶ(「馬場さん」)のと同種のキモさ
っていうか人種がどっか共通してるだろ
そういうセンス悪い同士の似たような仲間でつるんで
しじゅう町山親分の”活躍”をわがことのように得意顔で論じながら
でも実際は頭も口も回んないから
親分が弱いのを選んでは大げさにぶちのめす会場に集まって
「さすが町山さん!」てそればっかり
いつまで町山親分のケツの匂いを嗅ぎ飽きないんだあの無頼芸風の羊の群れは
http://anond.hatelabo.jp/20110813113947
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・もしドラ作者「エースの系譜」文章
http://anond.hatelabo.jp/20110319224832
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http://anond.hatelabo.jp/20120208132754
http://anond.hatelabo.jp/20111205175021
リアル周辺によりますと本人のはてな出没は実験的な釣り場として半分本気半分ネタと割り切ってやっておられるということでありまして
あなたも土下座するのかなあ?
都合の悪いことには口をつぐむよね、当然。
それが大人の処世術だ。
d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20081103
クリントン政権が対日貿易赤字是正のための圧力をかけたことが未だにトラウマになって、
「民主党が政権を取ったら日本にまた圧力をかけるぞ」と言い続けている連中がいるけど、いったい何のために?
クリントン政権が日本に圧力をかけたのは、米国内の生産業(特に自動車)を保護するためだった。
当時、日本はアメリカにとって最大の貿易赤字相手国だったからだ。
ところが現在、アメリカの貿易赤字相手国の第一位はダントツで中国なのだ。その額は2位以下とはケタ違いに大きい。
日本は第4位である。すでに大きな脅威じゃない。
まず、圧力をかけるべきは中国なのだ。
ブッシュ政権が日本に圧力をかけなかったのは親日だからじゃない。
貿易赤字に関してブッシュは年金問題などと同様にほったらかしていただけだ。
その時、日本も標的になるだろうか?
アメリカ国内に自動車工場を持ち、アメリカ人を雇ってアメリカに貢献している。
なにしろ、アメリカでいちばん沢山売れている車はトヨタのカムリだけど、アメリカで作ってるんだよ!いっぽうGMやフォードやクライスラーは工場を人件費が安いメキシコや健保を国が負担してくれるカナダに移している。
だからトヨタ・カムリは本当はアメ車で、フォードやGMやクライスラーの車は今やアメ車ではなくなってきている。
民主党が保護主義を取るのは、工場などで働く労働者を支持基盤としているから、彼らを守るためだ。だったら守るべきはGMよりもカムリの工場ということになる。
かつてはアメリカ人の6人に一人は自動車産業に従事していると言われたが、今はフォードもGMもクライスラーも三社ともすぐにでも潰れそうだ。
もう今さら日本に圧力かけても遅すぎる。
だからむしろ日本には、今の調子でアメリカを支え続けて欲しいわけだ。いや、アメリカの自動車産業を救ってくれと頼んでくるだろう。
「ブッシュは親日」とか言ってた連中は、ブッシュが北朝鮮による拉致問題に結局何もしないまま、北朝鮮をテロ国家指定から外したことをどう思ってるのかな?
http://anond.hatelabo.jp/20100127001517
さらにヴァージョンアップさせるとこうなる。
この時期になると大学生向けに読むべき100冊みたいなリストが出回る。
あんなリストを真に受ける人も少ないだろうが……はっきり言って悲しくなるくらいお粗末だ。
ずらっと並べられた古典名著。あまりに埃の被ったラインナップにがっかりする。
こういった学問には「原書病」とでも言うべき、くだらない風習が根強く残っている。
原典や本文を極度に重視するのは不健全だ。それ自体は面白いとしても、その後発展と整理を経て洗練されている。
歴史的興味以外であえて出発点に戻る価値はすごく小さい。そんなところに本当の「教養」は存在しない。
難解で時代遅れな文章と格闘したって、趣味以上のものにはならないし、考える力は湧いてこない。絶対誤読するし。
そこで本当に頭を強くしたい人が読むべき書籍リストというものを作った。
これは単なる学問という空気に浸ってみたい人が読むものじゃなくて、日常に根ざした本物の力を分けてくれるものだ。
この100冊さえ読めば考える素材に困らないだけでなく、コミュニケーションの強者にもなれる。
飲み会で古臭い古典の話をしたって煙たがれるだけだが、この100冊をネタにすればそんなことにはならないし、
黙考はずいぶんと深くなるし、ブログのネタに応用すれば必ず一目置かれる。
選んだのは現代的で網羅的、そして極めて平易なもの。どの分野にも精通できるように色んなジャンルのものを配置した。
この100冊を大学生活のうちに読み切れば、必ずや一生の財産になるだろう。
ここに挙げられた本が、現代最新型にアップデートされた真の「教養」だ!
『逃走論』 浅田彰
『アメリカン・コミックス大全』 小野耕世
『よいこの君主論』 架神恭介
『おまえが若者を語るな!』 後藤和智
『シミュレーショニズム』 椹木野衣
『箆棒な人々』 竹熊健太郎
『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』 西寺郷太
『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』 ばるぼら
直接の答えにはなりませんが、町山智浩さんのアメリカ論の一つに、
「アメリカにはもう大都市にしか書店はないが、そこに行けば大量のブッシュ批判の本が並んでいる。
いや、政治に関する本の8割がブッシュ叩きだと言ってもそんなに誇張ではない。
でも、これを読むのはインテリだけ。
それは何度も書いたように共和党を支持するコングロマリットに寡占支配されている。
だから、ムーアも言っているように、アメリカの人口の4割がいまだに「イラクが911テロの犯人」「イラクは大量破壊兵器を持っていた」と信じている。
そんな人々に見せるために作られたのが「華氏911」なのだ。
だから、「『華氏911』はムーアの著作と内容が同じだ」と批判してもまったく無意味だ。
この映画は、ムーアの本どころか新聞すら読まないアメリカ人をどれだけ動かすかで価値が計られる映画だからだ。」
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20040814
http://www.dan.co.jp/~dankogai/ldr-hbc/ より
mixiにも入ってるんだけど、この4月1日に利用規約が新しくなる。 それを読んでmixiを今すぐ止めなければ! と思っている。 mixi利用規約 制定日 平成20年4月1日 制定 第18条 日記等の情報の使用許諾等 1. 本サービスを利用して、ユーザーが日記等の情報を投稿する場合には、ユーザーは弊社に対して、当該日記等の情報を日本の国内外において無償かつ非独占的に使用する権利(...
ミクシイに載せた文や写真は勝手に商品にされます。 - ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20080303
アメリカで、YouTubeに載せた動画がCMになって、2億円くらい儲けたらしいんだけど、それはぜんぶGoogleの懐に入ったという件について。
ここ数ヶ月、ずっと心に残っていたが忙しくて書けなかったことを書く。
梅田望夫氏は、新著『ウェブ時代をゆく(http://d.hatena.ne.jp/asin/4480063870)』の発売を記念して講演会を開いた。その様子はリアルの世界に生きる人は、ウェブ時代をどう生きたらいいのか--梅田望夫氏講演:前編:コラム - CNET Japanと「たいしたことない自分」だから、本を書いた--梅田望夫氏講演:後編:コラム - CNET Japanにまとめられているが、僕が気になったのは、後編での来場者からの質問に対する梅田氏の返答である。
――米国大統領選挙において、ソーシャルネットワーキングサービスやブログをどのように活用しているか、実例を教えて欲しいのですが。
あんまり知りません(笑)。これは重要な問題で、僕が米国に住んでいるから大統領選挙について語れるという前提が間違っている。肝に銘じてほしいと思います。
そういうことは自分で調べたらいいんですよ、すぐできます。Googleがあれば、調べてみましょうか、というだけです。ウォッチしようと思ったら、そこに壁なんてない。心から知りたいなら僕に聞くのは間違いで、Googleに訊いてください。もちろんGoogleだけではないけど、そこをとっかかりにいくらでも調べられますよ。
旧世代の人には多いんですよね。昔は情報が少なくて、米国選挙で何がおきているかを知るには英字新聞とかから情報を得るしかなかった。
時間の使い方の違いだけなんだよね。僕は(大統領選挙について)ウォッチなんかしてない。自分の優先順位に従ってやってるから、いくつか優先順位が高いと決めたもの以外には語る資格がないんです。
そういうものに対しては、答えないことが僕にとっての倫理観なんです。適当なことなら答えられるけど、それなりに自信があるもの以外は質問に答えない。そういう時代なんですよ。本当に知りたいならGoogleに行ってください。それがウェブ時代ということです。
梅田氏は「僕が米国に住んでいるから大統領選挙について語れるという前提が間違っている。」と言うが、これはまさにその通りであって、僕の姉夫婦はアメリカに住んでいるが大統領選については私の方が余程知っている。しかし、この質問は正確には大統領選挙について聞いたものではない。「大統領選挙においてSNSがBlogがどのように活用されているか」を聞いている。『ウェブ進化論』や『ウェブ時代をゆく』を読んで梅田氏を知ったにすぎない私などからすれば、梅田氏は一般的抽象的にいえば「ウェブの専門家」である。その「ウェブの専門家」でありアメリカ在住の人物に対し、「大統領選挙においてSNSがBlogがどのように活用されているか」を聞くことは不合理なことだろうか。私はそうは思わない。
私は梅田氏が大統領選挙におけるウェブの使われ方について知らないこと(答えないこと)を非難しているのではない。優先順位の低い情報をダラダラと摂取することは無意味だし、調べようと思ったらGoogleに聞けばある程度のことは分かる。確かにその通り。正論だ。「優先順位が高いと決めたもの以外には語る資格がないんです」。これも正論。「そういうものに対しては、答えないことが僕にとっての倫理観」。大いに結構、尊重しましょう。
だが、専門家は自分が知っていることだけ答えればいいのだろうか。「詳しくは知らないけど一応の返答はする。情報の手掛かりだけは教える。もし間違ったことを言ってしまったら訂正して謝罪する」。これも専門家の責任のあり方ではないか。
例えば、カリフォルニアのバークレー在住の町山智浩は映画評論家である。彼は当然映画評論が専門であるが、問われれば大統領選挙についても答えるし、キリスト教原理主義についても答えるし、ウェブについても答える。なぜか。皆が彼にそれを期待しているからだ。町山さんは話を大きくし過ぎるところがあって、時には間違ったことも言う。放送禁止ギリギリの発言もする。でも、間違えばきちんと訂正して謝罪する。そして彼は信頼されている(少なくとも僕は信頼している)。それが彼の責任のあり方だ。
他の専門家はどうか。例えば、弁護士は様々な法律相談を受ける。弁護士の業務も今では専門分化されているので、全ての領域をカバーできるわけはない。では、知らないことを相談されたら彼らはどうするか。まずは知っている限りのことは答えるだろう。そして、その問題に詳しい他の弁護士を紹介するとか、しかるべき専門機関を教えてたりする。そこまで含めて、弁護士としての責任の果し方だろう。「本に書いてあるから自分で調べて」と言うことなどあり得ないはずだ。
さて、梅田氏である。梅田氏が「大統領選挙においてSNSがBlogがどのように活用されているか」についてフォローしているか否かはここでの問題ではない。問題なのは、梅田氏が「ウェブの専門家」として期待されているところについて無自覚であることだ。無自覚でなければ、わざわざ講演会にまで出かけて行って恐縮しながら質問をした人に対して(ここは想像)、こんな冷たいことを言い放てるはずがない。「Googleで調べて下さい」で済むなら専門家など存在する意味はない。Googleで調べればいろんな情報が得られる時代だからこそ、専門家には水先案内人としての役割が求められる。
それがウェブ時代ということです。
(支離滅裂なのは理解している)
標題に書いた通り、本書の感想ではありませんが、ちょっと思ったことを書きます。
まあ、私自身、元理系の無知なヌルオタなのは自覚していましたが、うなってしまう箇所がありました。少々長めですが、引用します。(当然、無断引用なので、問題等ありましたら、削除いたします)
(以下、P151からP152にかけて)
ローマ帝国は、独裁者によって運営されています。というより、独裁者(デイクタトル)という言葉自体、ローマ帝国の政治システムから生まれた用語です。
もともと共和国家であったローマは、度重なる戦役や国内の混乱に対処するため、迅速かつ公正な判断を下す統治者制度をつくりました。それが「独裁者」です。
長老たちによる推薦と市民の選挙によって「独裁者」を選び、それまでは議会で長々と、時には数年も話し合いながら結論を引き延ばしていた懸案も、あっというまに解決させる。
独裁制は当時のローマ帝国の混乱を一気に解決しました。今の私たちから見ると、ディクタトルは「大統領」とか「社長」と翻訳した方が理解しやすいかもしれません。
独裁者=ディクタトルは共和制ローマから帝政に移行したときに「皇帝」と名前を変えます。独裁者が任期制だったのに対し、皇帝は基本的に終身制でした。
独裁者の任期問題で苦労したユリウス・カエサルが作り上げようとした「終身独裁者」というシステムが皇帝制度です。カエサルの死後、一時は共和制に戻りかけたローマでオクタヴィアヌスは皇帝就任を宣言します。
(このあたりのローマ帝国の歴史経緯は西欧諸国ではかなりの常識です。たとえば『スターウォーズ』のお話を理解するためには、「共和制→帝政」の理解が不可欠なんですけど、あまりそのあたりに踏み込んだスターウォーズ論は読んだことがありません)
さて、この文章を読んでいる方は、このスターウォーズに関する「常識」をご存じでしたでしょうか?私の場合、自分の無知を棚に上げて、どうして誰も教えてくれなかったのか?と逆ギレしてしまいそうになってしまいました。なんというか、映画評論家とかって、自分の感想しか言わないじゃないですか。そんなのは、インターネットの素人の意見の方がよっぽど信用がおけます(私に限らないと思いますが)。プロに求められているのは、一般人に作品の背景を教養学的に解説し、作品の面白さをさらに上げる講釈家みたいな仕事だと思うのです。
そういう意味では、町山智浩氏の『映画の見方がわかる本』は良い仕事でしたね(元ネタがあるそうですが、それでも、日本語の本にした功績は大きい)。マンガ夜話やアニメ夜話も、そういった意味では良い番組だと思います。
いずれにせよ、TVのバラエティ番組が脊髄反射的に視聴者を笑わせて、時間を消費させる時代というのはもう終わっているような気がします。働き盛りにとっては時間は貴重な資源ですし、若者は携帯やPCで、自らコミュニケーションしていた方が楽しい。結局、TVは、団塊世代を中心とした老人向けの番組が多くなるかも知れませんね(笑)。
つまり、言いたいのは、プロにはプロならではの仕事が求められるでしょうし、ネットの普及で、「プロならではの仕事」の定義が変わってきている訳で、その辺に自覚的なプロがどれくらいいるのかということですね。まあ、露骨な世論誘導をするTV業界は、無自覚なまま滅んでしまっても良いと思いますが(笑)。