はてなキーワード: 男の中の男とは
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
なぜならば、これは、いかなる仕事においても、成功するための最大の秘訣だからである。
腕力は楯を打ち砕き、人を殺すこともできるが、人の心を開くことはできない。これができるのは、目に見えない愛の力だけである。この愛の心をもって、顧客に接しえぬかぎり、私はただの行商人の域をでることはできない。私は愛をもって、私の最大の武器としよう。私に呼びかけられた客は、私の愛の力の前では、結局は、商品を買わないではいられなくなるにちがいない。
あるいは客は、私の説明に納得しないかもしれない。私の話をのっけから信じないかもしれない。私の着ているものを感じの悪い服装だと言うかもしれない。私の顔つきが気にくわないかもしれない。私との売買契約が、疑わしいと思うかもしれない。
しかしながら、どんなにかたく凍りついた地面も、やがては太陽の熱には溶かされてしまうように、私の愛は、人の心を暖め、開いてしまうであろう。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
では、どのようにして、それを成しえるのか?
これより以後、私は、すべてのものを愛の心をもって見ることにしよう。そして、私は生まれ変わるのだ。
私は太陽を愛する。それは、私の骨の髄まで暖めてくれるがゆえに…。また、私は雨を愛する。それは、私の心を洗い清めてくれるがゆえに…。私は光を愛する。それは、私の行く手を照らしだしてくれるがゆえに…。また、私は、暗闇さえ愛する。それは、私に星の輝きを見せてくれるがゆえに…。
私は喜びを歓迎する。なぜなら、それは私の心を広げてくれるからだ…。しかし、また、悲しみにも耐えよう。なぜなら、それは私の魂を開いてくれるからだ。
報酬は当然、私に支払われるべきものだから、私は喜んで、それを受け取ろう。しかし、障害も、それは私がその仕事に挑んだゆえに、生じたことだから、同じく喜んで迎えいれよう。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
しかし、どのような言葉を持って話しかければよいのか?
私は私の敵をたたえよう。これによって、彼らは私の友となろう。私は友を力づけよう。そうすれば、友は私の兄弟となる。つねに、私は、彼らをたたえるべき理由を探すべく努めよう。けっして、彼らの悪口をかき集めるようなことはするまい。
他人を非難したくなったら、私は自分の舌を噛もう。その反対に、人を褒めたくなったら、私は屋根の上から大声で叫ぼう。
鳥や、風や、海や、そして、大自然のすべてが、彼らの創造主を褒めたたえる音楽を奏でているではないか。そして、人びとも同じく、創造主が創りたもうたものである。その創造主の同じ子らに向かって、私も音楽を奏でることができないはずがない。
これ以後、私は、この秘密をけっして忘れることはない。そして、この秘密が私を変えるのだ。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
それには、どのように振るまえばよいのか?
私は、人びとの行為をすべて愛する。人の行為には、たとえ表面からは見えなくても、すべての人に、褒めたたえられるべき性質のものが秘められている。
私は、愛の力をもって、彼らが心のまわりにはりめぐらした不信と憎しみの壁を崩し去ろう。そして、その場所へ、私は丈夫な橋をかけよう。そうすれば、私の愛は、そこを渡って、彼らの魂の中へ入っていくにちがいない。
私は野心家を愛する。なぜなら、彼らは私を勇気づけてくれるからである。私は失敗者を愛する。なぜなら、かれらは私に教訓を与えれくれるからである。私は王様を愛する。なぜなら、彼も等しく同じ人間だからである。私はおとなしい人を愛する。なぜなら、彼らは神のように謙虚だからである。私は富める者も愛する。なぜなら、彼らは孤独であるから。私は貧しい人も愛する。なぜなら、彼らは、この世の中にいちばん多くいるからである。私は若者を愛する。なぜなら、彼らは若々しい信念を抱いているからである。私は老人を愛する。なぜなら、彼らは歳月のもたらしてくれた知恵をもっているからである。私は美しい女を愛する。なぜなら、彼女らの眼には、悲しみがたたえられているからである。私は醜い人を愛する。なぜなら、彼らの瞳に宿る平和と静けさのゆえに。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
しかし、私は、人々の行いに対して、どのように対応すればよいのであろうか。
その答えは、ただの一語をもって答えられる。「愛をもって」この一語である。ありは人の心を開くための武器である。同時に、他人からの憎しみの矢や、怒りの槍をはね返す楯でもある。災難や失意が激しくこの楯を乱打しても、やがては、春雨のように力を失ってしまう。この楯は市場では私を守ってくれ、一人いるときは、私の心の支えになってくれる。失意のときは泰然、得意のときは冷然とさせ、心の乱れを鎮めてくれる。
楯は日を追うごとに強力になるが、やがては、その楯さえ、私は必要としなくなる。私は、その楯をかたわらへ放棄し、あらゆる武器を持たないまま、世間の人びとの中へ入っていくことができるようになる。そのときこそ、私の名前は、ピラミッドより高くたたえられることだろう。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
しかし、私は、はじめて出会う人びとに対し、どのように接すればよいのであろうか?
方法はただ一つである。無言のうちに、心の中で、私は彼に近寄り、そして、「私は、あなたを愛している」と呼びかける。この言葉は、沈黙のうちに語られるが、しかし、それは、私の眼の中で輝き、私の額のしわをぬぐい去り、私の唇に微笑をもたらし、私の声の中にこだまする。そして、この時、はじめて彼の心が開かれるのである。
心がすでに、私の愛で開かれているのに、私の商品を拒みえる者がいるだろうか?
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
私は、何にもまして、自分自身を愛する。
そして、つねに私自身を知りつくすべく努めよう。私の肉体の一部と化した、精神、魂、心のすべてを知りつくすのだ。
私は、自分の肉体の要求に、そのまま溺れることなく、清潔さと適正さをもって、その要求にやさしく応えよう。私は、私の精神が、邪悪なるものや絶望的なるものに引きつけられることをけっして許さず、むしろ、それらを、長い間に培った知識と叡知をもって、高い境地にまで昇華させよう。
私は、独りよがりな自己満足に陥ることなく、瞑想と祈りによって、自らの魂を高めていこう。
私は、自分の心が狭く、冷酷になるのを許さない。人々と、愛を分かちあい、寛容の心を成長させ、世界が暖かい友情で包まれるのが、私の望みである。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
今より、私は全人類を愛する。今この瞬間より、すべての憎しみは、私の血管から除かれる。なぜなら、もう私には、愛する時間はあっても、憎む時間はないからである。今この瞬間より、私は男の中の男になるべく、その第一歩を踏みだす。私は、愛をもって、売り上げを百倍にも増やし、偉大な商人になってゆくのである。
たとえ、私には何の長所がないとしても、案ずるには及ばない。愛さえあれば、成功への道は必ず開けるのである。愛がなければ、あらゆる知識や技術をもっていようと、きっと失敗することだろう。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
そして、私は成功する。
最近の若人はダメだ!! あまりにもヘボまっていて面構えを見てもかったりい感じ全開で街を歩いている若者たちはダメだダメだたるんどる!! 若者は若者らしく毎朝4時起床!! そして毎日16kmジョギング&256回腹筋!! これしかない!! そして生卵を32個ストレート・フロム・ザ・バレル64とかき混ぜて一気飲み!! その後はメインディッシュで松家すき家吉野家にハイテンションで乱入して牛丼大盛りを64杯一気食い!! そして最強に強まったスーパーサイヤ人へと変身して体温を512度まで高めて体液を全て蒸散!! これしかない!! そして爽やかな気分になったところでおもむろに全裸になりスクランブル交差点の真ん中で脱糞!! その後天に向かって元気に生きていることに感謝を注ぐべく「あまづあまぐり!!」と絶叫!! それでこそ男の中の男の中の男の中の男の中の男の中の男の中の男の中の男の中の男の中の男の中の男の中の男だーッだーッだーッ!!(残響音含む) ていうかそもそも自分が全然やる気がしない朝の習慣を他人に押し付けるのは良くないと思った。あと牛丼を食いまくると太まると思った。あと命がいくつあっても足りないという言い回しがあるけれど命が沢山あったらそれだけ便利だと思った。
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俺はプレイ当時(小学生)はビアンカ派だった。でも2度目のプレイのときは折角だからフローラを選び、そのときはあれこれ選択に至る経緯を脳内補完したので、ちょっと書いてみようと思う。
俺の脳内ではフローラは主人公に尊敬の気持ちや憧れ、コンプレックスを抱くことになる。
それまで大富豪の箱入り娘であったフローラにとって、成長した主人公との出会いはもう凄まじいインパクトを伴うものだったはずだ。若くして父を失い、一度は奴隷の身に落とされるも自力で脱出するという壮絶な人生。一国の王とは親友を超えた間柄で、彼の下に留まれば不自由のない一生が保証されるにもかかわらず、偉大な父の意思を継ぎ、世界を救う勇者を見つけてともに戦うべく厳しい旅を続ける。長い冒険で培われた圧倒的な逞しさと知性、視野の広さ。自分以外の者のために尽くせる優しさ、魔物をも従える懐の広さ。幼馴染のアンディなどとは、男としての格どころか、人間としてのスケールが違うことを、フローラは理解する。幼い頃に出会ったときは、ただの臆病そうな子どもだった主人公が、いまや自分を遥かに追い越している。フローラも捨て子なので悲しみを背負ってはいるが、そんな彼女自身が今生きていられるのは全面的に義父母のおかげで、要は幸運によるものなのに対し、主人公はもう完全に自力で未来を切り拓いている。何から何まで完敗なのだ。そこでフローラは自分のちっぽけさにコンプレックスを抱くようになる。
そして同時に、フローラはそんな男の中の男である主人公に熱烈に恋してしまう。彼に愛されたい、彼の見ている世界を一緒に見てみたい。彼のいるところへ辿り着きたい。狭いサラボナという世界ではアンディが一番の理解者かもしれないけれど、もしアンディと結婚したらそれは生涯サラボナに留まることを意味し、もう二度と、主人公が歩む広大な景色を見ることはできなくなると悟る。そういうスケールで世界と関わっていけるチャンスは、この機を逃せば二度とやってこない。
主人公的にも、フローラは(子どもの頃に船で一緒になったときから)自分とは住む世界の違うお嬢様だと思っていたのが、お互いに身の上話の合間に気持ちを打ち明けあっていくうちに、その健気さに胸を打たれ始める。圧倒的な女性らしさといい、比類ない教養といい、自分が手に入れられなかったものばかりで、当然に憧れを感じる。そして修道女出身ということで、どことなく惹かれていた(けれども気持ちが固まっていなかったのでヘンリーに譲ってしまった)マリアに近いものさえ感じられる。
まして主人公は半生を共にした仲間と別れてラインハットを発ってから、(魔物がいたとはいえ)ずっと孤独な旅を続けてきたのだ。フローラは当然にそんな主人公の持つ寂しさを癒してあげたいと思うだろう。主人公にとっても、心優しく、繊細で純粋なフローラは、徐々に守ってあげたい女性になっていく。いつしかフローラと話をする時間が、主人公にとって替えがたいやすらぎをもたらしてくれるようになる。
そういうバックボーンを盛って、偶然ビアンカと再会するまでに主人公とフローラがかなり仲良くなってしまったことにすると、元々ビアンカ派の俺でも結構迷える。