はてなキーワード: 田母神とは
山内せんせが「軍には軍全体の意志がある」とか言っちゃってて、ぞわわああああああとした。エジプト軍に限らず、一般的な軍の話をしていたと思う。専門家がそう言うんだから、そうなんでしょう。軍には、軍のトップの主観には回収されえない、軍全体としての意志が「ある」。
ぞわっとした、というのも、日本の「軍」のことを考えたのです。田母神さんが防衛庁長官から陸軍総統を解雇されたこと、これ間違ってなかったんだろうなあ。暴力を見ないためには、それは間違っていなかったんだと思う。
その上で、それは間違っていたんだと言うこともできる。暴力は、政府、あるいは政治によって飼い慣らされている、彼らに従順でいる。それ自体は悪いことじゃない。嫌な感じがするのは、従順でいるその統治者の側に対し、あまりにわたしたちが無知なことである。具体的に言えば、わたしたちは田母神さんを覚えてはいても、田母神さんを解雇した防衛庁長官が誰だったかということの方を先に忘れるのだろう。
暴力がなにかによって飼い慣らされたとき、暴力とその「なにか」は、どのような関係性にあるのだろうか。あるいは、「なにか」は、いかなる仕方で、暴力を統治するのだろうか。統治されるものに対して、統治する者は圧倒的にベールに包まれていられる。わたしたちは、その政治家たちについて、マスコミを間接的に通じてしか知ることができない。自分の目で見て、判断することができない。それにすら気づかない。頭が悪い…ということなんだろう。もちろん、わたしも含め。
こんなことを考えていて、こわあああと思ってしまったのだった。おわり。
でも、田母神だしなぁ…。
事件でも起こさないと、新聞には載らないんじゃね?
その程度には、記事のフィルタリング機能は機能してるって事だろ。
ならば、沖縄島民が「受け入れたくなる」ように仕向けるしかない。
現状では、沖縄島民は「米軍はアメリカの侵略のために使われている」程度の認識である。
これを「侵略からの防衛軍」という立ち居地に変更すればいい。
しかし、沖縄島民に対して「中国の侵略」「北朝鮮の侵略」を唱えても、
「荒唐無稽」と突っぱねられるだけである。
沖縄島民が、唯一「侵略感情」を有するのは、唯一、大和民族に対してだけである。
となると、倒錯した話であるが、
大和民族から守るための防衛軍なんだ」と説明した方が、
沖縄島民の理解を得やすい。
まさに、以前米軍司令官が口を滑らせた
「日米安保は瓶の蓋論」である。
「日米安保廃棄、自主防衛、核武装、靖国遊就館史観復活」を主張させる。
立ち上がれ日本のフィクサーである石原閣下も反米主義者なので、
反米主張はお手のものだろう。
こうすると、沖縄県民は、「天皇主義者・靖国主義者による侵略の恐怖」に怯え、
米軍に「助けを求める」だろう。
なので、極めて逆説的だが、「立ち上がれ日本」を支持することが、
「沖縄島民に県内移設を納得してもらう近道」になるのである。
ほんのりと暖かくそしてどこか懐かしいぬるぬるとした笑いをぼくらに提供してくれていた本格派キチガイ政党こと幸福実現党が撤退するそうです。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090813k0000m010134000c.html
電撃結党、某与党を10倍速で置き去りにする高速党首交代、金田一電撃出馬、ドクター中松との歴史的同盟、チャンネル桜で特集番組、産経新聞見開き2面占拠して田母神氏xアフロディーテ対談、そして満を持してのエル・カンターレ御自らの出陣、まさに日本のキチガイ界の総力を結集せんとするその気概、この目に焼き付けさせて頂きました。
2009/4/7の読売新聞の論点にて元陸将が田母神論文批判を書いていた。
だいたいこんな内容。
●(田母神さんは)自衛官が命を捨てる国防の根拠を「侵略の過去を持たない良い日本の歴史」に求めているが、
交戦国は互いに異なった正義があるのは世界の常識で、日本の主張だけを正義とするのは客観性に欠いている。
●自衛官の決意の前提(文のまま)を「良い日本の歴史」とするならば、歴史の評価が定まるまで
●今の日本を見れば、政治も道徳も決して良い日本とは言えない。それでは「良い日本」が存在しないから、
自衛官は命を捨てる国防の決意を持たないことになるのだろうか。
●自衛官が国防を決意する根源は歴史でなくて、「自分の国は自分の手で守る。主権者には国防の義務がある」と言う
●私も在職中に政治決定への反論を考えたことがある。だがその都度、先輩から「軍人は所詮職人だよ」と諭されて受け入れてきた。
組織のトップがこのルール破れば、部下はそれに倣って勝手放題の行動を取るかもしれない。
己の所信に忠実ならんとして、組織を省みないのはトップではない。
●軍国主義華やかなりしころの軍人は今の自衛官に比べて遥かに自由であったことと思われる。
だが一部の現役将校たちは、専門外の軍事以外の分野に発言を求めだし、クーデターも純粋な青年将校の行為と主張したのではなかったか。
http://kakisyann-kaisou.seesaa.net/upload/detail/image/001-6e6f8-thumbnail2.jpg.html/
でもってそれに関するネタを2ch軍事板で探してたらこんなスレを発見。
694 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/04/12(日) 00:52:06 ID:???
読んだ香具師いる?
696 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/04/12(日) 11:32:05 ID:???
ああ、読んだよ。
至ってまともなもんだよ。
戦中派とか厖大10期ぐらいまでは、組織人としてごくまともで、非常にラディカルでバランスのいい
方々が多かったなあ。
ところが俺が厖大にいた頃に冷戦構造が終わり、さてこれから日本の防衛をどうするべきかって
学生なりに真剣に考えていたところに、タモさん世代は混乱して、なぜか皇軍に「原点回帰」しちまった。
講話とかで平気で旧軍を「先輩方」と言ってしまう神経には、呆れたものだよ。
自分たちの存在意義や使命感を半世紀前に求めるって、どんだけよ?
ああこういうバカな司令官になっちゃいかんのだなと、その時みんなで思った。
ちなみに厖大一桁は、旧軍の将軍を「諸君の先輩は」と言った旧軍将官に対して
といって、新たな国防の担い手であることを高らかに宣言したという逸話がある。
隊内のいわゆる「むかし防人、いま自衛隊」ちゅうたとえは、そこから来たわけで。
705 名前:696[sage] 投稿日:2009/04/12(日) 12:54:42 ID:???
「先輩なし」というのは、表面的につながっているとか継承された部分があるとか、
本質はそういう話じゃないと思うんですよ。
彼らが任官したとき、上司も部下もみんな「旧軍関係者」なんです。
にもかかわらず、20代のそこそこの若者が、周りが旧軍出身という環境で、
自称「大先輩」にそれを面と向かって言ったという、その勇気と気概が痛快で
見事なわけで。
もっともこの勇に至ったのも、当時講話なんかを旧軍関係者がすると、平気で
当時の海軍や陸軍の礼装で来きて、ひたすら武勇伝を宣う、今で言う「KY」な
負け戦しといて、軍装して自己弁護とは、なんのこっちゃと。
こりゃあ、指揮官がこんなのだから戦に負けたんだなと思ったんだろう。
井上成美は、こういう連中に「恥知らずが!」と激怒した話があるらしいけど。
706 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/04/12(日) 13:51:56 ID:???
なるほどね。そういう背景があったんですなぁ。
了解しました。
昔の自衛官はえらかったんだねぇ。
むしろ我々もみならわなきゃいかんね。
720 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/04/12(日) 16:38:45 ID:???
>井上成美は、こういう連中に「恥知らずが!」と激怒した話があるらしいけど。
当時は蟄居して自伝書いて印税を部下の遺族に渡してたんだっけ?
そりゃ恥知らずって怒るのも判る気がする。
そもそも敗軍の将が平気で兵を語ってるんだからな
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1239170839/
はるかに年下の若造が、大先輩に対して「我らに先輩なし!」と言い切れてしまうその若さと気概にちょっと震えるくらいの感動を覚えた。
【広島】田母神氏が8月6日原爆の日に「ヒロシマの平和を疑う」と題した講演を予定→広島市長が日程変更を要請
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1246283608/
要請書は「表現の自由の視点で考えれば、いつどこで何を発言するかは自由で当然の権利」と断った上で、
市民への影響が大きい田母神氏の講演は「夜明け前から心静かに死没者を慰霊する被爆者らの悲しみが
いやが上にも増す」と懸念。「広島における8月6日の意味は表現の自由と同様に重要」として、
日程をずらすよう配慮を求めた。
35 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/06/29(月) 23:03:19 ID:3jm8NqP1O
72 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/06/29(月) 23:09:05 ID:cSP/WayU0
言論弾圧w
82 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/06/29(月) 23:10:27 ID:AO99vlS/0
おいおいwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
広島死長さんよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
言論弾圧してどうすんだよwwwwwwwwwwwwwwwwwww
プッw
279 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/06/29(月) 23:45:00 ID:rC6jU6LI0
原爆の日とかもうどうでもいい
http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20090528/p1
http://d.hatena.ne.jp/a-kubota/20090530/1243663042
に便乗してみる。
分かりやすく今までのことを要約すると、
はてサのid:D_Amon氏、「南京事件否定論を真に受けるのは無知だ!きちんと歴史を勉強しろ!」と自分で歴史学の初歩とやらのエントリーを書いてそこらじゅうに爆撃する。(正直いやがらせかと思う)
↓
自称中立のid:a-kubota氏、「中立の俺が肯定派も否定派も分かりやすく説明してやるぜ!」とかいいつつwikipediaを信用して(笑)肯定論と否定論の要約をする
↓
はてサ諸氏、「歴史学の結果である肯定論とトンデモでしかない否定論をいっしょくたに扱うとはなにごと!ムキー!!」
ってのが今の状態。
それで中立のid:a-kubota氏が否定派と肯定派の両方を紹介してくれたので、なぜはてサ諸氏が否定論をまともに取り扱わないのか、
なぜ南京事件否定論をまともな論のように紹介したa-kubota氏がキレられているのか、説明したいと思います。
まず「南京事件肯定派ってどんなことを肯定しているのか、そもそも肯定派の言ってる南京事件って何か」を知って、
それから有名どころの南京事件否定派の本を読んで否定論者の言ってることって根拠があるのか調べてみるってのが、理想なんだと思う。
けれども、a-kubota氏のエントリを見て満足しちゃうような人って、絶対にそんな面倒くさいことしないのね。
id:D_Amon氏が「じゃあもっと要約してみた。これを読め!!」って言ってみても、それすら読めない。
なぜかと言えば、id:D_Amon氏が信用できるか分からないので、読んでみて結局無意味だったら嫌だし。
と言うわけで、中立のid:a-kubota氏が紹介した否定論と肯定論のうちなぜ否定論がトンデモなのかを短く、めんどくさくなく説明しようと思います。
と言ってもどう短くしても内容に立ち入ると面倒なので、内容には立ち入りません。
たぶん短い。
藤原彰・笠原十九司・秦郁彦は歴史学者ですが、東中野修道は歴史学者ではありません。(政治学、思想学の人)
他にも渡部昇一とか小林よしのりとか田母神さんとか否定論を唱える人はいますが、歴史学者は一人もいません。
否定派VS肯定派の順で紹介していきます。
李秀英の勝利。松村俊夫は「李秀英の言うことはこれこれこういう部分でおかしい。嘘っぱちだ」と言ったが、
裁判では「松村さん、あなたの言ってるこれこれこういう部分っていいがかりですよ」となって敗訴。
稲田は裁判長にほとんど相手にされずに本多勝一の勝利。本多勝一と言えば、初心者でも「胡散臭い人物」ってことは知ってると思う。
うん、そうなんだ。胡散臭い人物にも惨敗するのが否定論者なんだ。
夏淑琴の勝利。東中野修道は「夏淑琴の言うことはこれこれこういう部分でおかしい。嘘っぱちだ」と言ったが、
裁判では「お前別に問題のない証言をわざと英語を訳し間違えて辻褄合わなくしてるだけだろ」ってなって敗訴。
東史郎は南京事件で嘘の証言をしたってことで敗訴した。日本の司法が嘘の証言に甘いってわけじゃない。
証言者では敗訴した人間はいるけど、敗訴するような人の証言は学者はやっぱり重く扱わないし、肯定論の学者が敗訴したことはない。
http://www.mofa.go.jp/MOFAJ/area/taisen/qa/08.html
日本政府の南京大虐殺の定義は「日本軍の南京入城後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったこと」でこれは事実としてる。
他にも文部科学省が「南京事件あったかどうかわかんないよ」って書いたつくる会の教科書に検定意見つけて「南京事件あったよ」って書きなおさせたこともあったでしょ。
例えば東中野に賠償命令判決だした三代川三千代裁判官は、保守的な判決出すのに有名な人だし、秦郁彦に至っては右翼、「つくる会」の会員だったこともあるくらいだから「極右」って言ってもいいかも知んない。
肯定論者は左から保守から右からいろんな人いるけど、否定論者って極右しかいないよね。
どっちがイデオロギーより事実を優先しててどっちが事実よりイデオロギーを優先してるか明らかだよね。
例えば、否定論の論法の一つに、
「1947年の東京裁判で出てくるまで、南京で虐殺が起きてるなんて話はどこにも無かった!東京裁判でいきなり話がつくられた証拠だ!だから南京大虐殺は嘘だ!」
ってのがある。さらに、
「1938年に、蒋介石が『南京で日本が残虐行為をしてる!』って宣伝するための証拠を捏造する部隊を作った証拠をつかんだ!だから南京大虐殺は嘘だ!」
ってのもある。ひどい時には同じ人が言ってる。
でもさ、1938年にしきりに南京大虐殺を宣伝してるんなら、1946年には広く知られてるはずだよね。同じように「南京事件を起こしたのは朝鮮人だった説」とか「便衣兵の処刑を大げさに言った説」とか互いに矛盾しあう説がいろいろあるって言うか、
「南京大虐殺」を捏造した勢力も捏造した理由も違いまくるのに、なぜか喧嘩せずにお互いに褒めあってるよね。
おかしくね?
対して肯定論者って、細かいことでも主張が違うと議論しまくる。
有名な例でいくと笠原VS秦とか。
お互いに「南京事件あった」って言ってることは同じで、南京事件の中身でも幕府山で起こったこと、下関で起こったこと、安全区内で起こったこと、新口路で起こったこと、大まかには同じこと言ってるのに、それでも例えば幕府山事件の詳細で細かい違いがあっただけでも喧嘩しまくる。
なぜかと言えば真理を求めてるからに他ならないと思うわけ。
--------------------------------------------------------------
最後の方は「初心者へ」って感じじゃなくなっちゃったかも知れないけど、「大まかに信じれることを知りたい」って人には参考になったと思う。
これを見ても、
「日本以外のすべての国と日本政府と日本の司法と自民党の大半と民主党のほとんどと公明党共産党社民党全員とマスコミが間違っている!俺が正しい!」
って言う人もいるだろうけど、そういう人は「初心者」では絶対にありえないからいいや。
--------------------------------------------------------------
後日追加。
おまけとして、これを紹介しておこう。
否定派のサイトだけど、第一話を読めば南京事件が大体どういうものか分かるんじゃないかと思う。
id:D_Amon氏のやつは文章がいっぱいで読めないって人向け。
細かいミスと捏造は違うんじゃないか?それに、捏造と言われて十分なネタはあると思うが。
たとえば、youtubeやニコニコ動画等でもアップされている、TBS絡みの検証動画を見て、良心が痛みませんか?
石原知事の発言の文脈を無視したテロップ事件は、細かいミスに入りますか?
ウソの証言映像を流したり、アンカーの過激な発言で不買運動を煽った不二家報道の流れに疑問を持ちませんか?
ミスとも捏造とも違うけれど、APA会長・社長と田母神氏と、鳩山某氏も写っている写真から鳩山某氏だけ抜いて
それから、細かいミスをここぞとばかりに叩くとおっしゃっていますが、
ではなぜ、TV報道で政治家の「細かいミス」をさかんに取り上げて叩くのですか?
先程も書きましたように、視聴者も「みたい情報」「価値があると思う情報」を選別する権利があります。
TV局が、食品の添加物表示が正しいか?とか、政治家・評論家の発言が正しいか?を評価・選別・確認するように、
視聴者もTV局が伝えている内容・主張が、事実に照らして正しいかを確認する権利があり、それをしているだけです。
そしてまた、その手段がネットの普及で容易になっただけのこと。
増田なのでお互いの身分は確認しきれない部分もあるけれど、ほんのインスパイアネタをキッカケに、
報道の中の人からレスポンスをいただけたのはありがたいことです。こちらの声が少しでも伝われば幸い。
(追記)そういえば、ツリー全体を見直していて気付いたけれど、主張のoriginは共通しているのかもしれません。
捏造はキライ、ただネラーの過剰反応には同意できない。そういう主張は私とあなたで共通していると思います。
私も、ネラー等がとりあげるすべての「反応」「炎上」が正しいとは思いませんし、やりすぎを感じることもあります。
趣味関係のサイトで見ているところがあって、その人の日記ではたまに政治関係のことにも触れているんだけど、この日記が色々と興味深くて面白い。
内閣や自衛隊は何があっても徹底擁護。彼らは悪くない仕方がなかったんだとかそういうのばっかり。彼らに批判的な視点を持っている人は即売国奴認定。
自衛隊の情報保全隊の事件の時は「彼らは自分たちの身を守るために仕方なくやったことなんです!」と自分自身が自衛隊の子息だったことで教員につるし上げられたり家に嫌がらせを受けたことをあげつつ徹底擁護。
海自のあたご事件の時は、冒頭にとってつけたように「はじめにお断りしておきますが、行方不明になられたかたのご無事をお祈りしております」と書いて次の文から漁船乗組員への罵倒、見下し、決め付け、レッテル貼り。
ミサイル防衛関係では「国民一人あたりたったの○○円で他国のミサイルから国民の安全を守ることができるんです」とはじめ「人の命はお金で代えられるものなのでしょうか?」と「自分に反対するものは人命をなんとも思わない人でなし」という印象付けにもぬかりがない。
田母神アパグループ作文コンクールの時は「言論の自由がなくなった社会になったら僕は地下にもぐって戦いますよ!」と勇ましく宣言。
小泉さん安倍さん麻生さんを悪く言うマスゴミ、ミンスは売国!彼らは改革を進めて日本を良くした(している)とことあるごとに発言。そういや福田さんのことは話題にしてなかったな。
最近の麻生「郵政民営化反対だった」小泉「笑っちゃうくらいあきれた」に関してはどう考えているんだろうと思っていたらそれには一切触れず。
この手の日記を見ていつも思うんだけど、これって「政府のやることにはすべて反対!なにがなんでも反対!」って喚いている連中と一緒なんだよね。表向き言っていることが違うだけで。
http://anond.hatelabo.jp/20081126031331
誰が誰の足を引っ張ってるんだ?
ネットが毎日の足を?
挙げれば暇が無いが、これは手心を加えていいものなのか?
>例えばみんなが変態変態って言ってる毎日新聞がどれだけ雇用を生み出しているか考えてほしい。
不二家の時に同じ話を聞きましたよ?
トヨタなんて、日本の何パーセントって単位になるのでしょうけど、
だから奥田氏の発言はチャラ・・・とはならんでしょう。
>「弱いもの達が夕暮れ更に弱いものを叩く」という慣用句があったと思うんだけど、マスゴミ叩きや電凸などはそれを地でいってるよ。
マスコミが政治家をたたくのは何でですか?農相が自殺しましたよね?
第4の権力って聞いたことありますか?
ちっぽけな自分が強大な悪の権力者を潰すんですよ。だから悪い証拠が必要なんですよ。
>マスコミを壊してまで拡大させるほどネットジャーナリストは「中立」で「正しい」ものなんだろうか?
ネットジャーナリストが伸びたのは「中立」でも「正しい」からでもないです。
強大な悪の権力者を叩いていたから大きくなったのです。
スキャンダルが大好きな業界の方ならわかりますよね?どんな記事が皆の注目を集めるのか。
>「他のメディアは信用できないから、自分たちだけのメディアを作ろう」とならないのだろうか。
たしかに日刊、週間紙やTVとして放映するメディアを作る事は無いかもしれません。
でも、あなたを苦しめている媒体はまさにメディアじゃないんですか?
>彼らが自分らの世直しの仕方は間違っているということに気付くのはいつなのか。永遠に来ないかも。
それを蹴落としたのがマスコミ。背景には政治家の支持者と、反支持者たちがいた。
そして、尊敬される地位にはマスコミがついた。ほとんどすべての情報を掌握する事で他者の生殺与奪を握るまでに至った。
尊敬される地位とは、蹴落とされる地位でもある。例として、アイドルを思い浮かべるといいかもしれない。
しかし、蹴落とした後には、自分が蹴落とされる側に回る。
<1>「日本語が亡びるとき」騒動と「児童ポルノ」問題はよく似てる
ほんとうは水村さんは、同好の士の間だけで、ひっそりとこの本が読まれることを希望したのだろう。この手の言説が流通してしまう「文壇」の閉鎖性は、喩えは悪いかもしれないが、民主主義(=大衆)に対する鬱屈したコンプレックスにおいても、あの田母神論文が信じられてしまう航空自衛隊並みだと思う。だからこそこの本は、多くの人に読まれる必要がある。
「読まれていないからこそ、外からは見当違いな批判ばかりが出て、それを内部の人間がプギャーしてる」という構造は、児童ポルノ問題に近いと思う。閉じたサークル、言いかえれば「○○オタク」について言及するときはたいていこういう的外れな意見になる。最近でいえば「彼氏が・・・で恥ずかしい」ってやつがそれに当たるだろうか。
常識的に考えて欲しいだけなんです!
「いや、それあんたの常識だから」というのは全員が心の中で思ったツッコミだと思われる。
およそ閉じた世界の出来事というのは、外部には確実に誤解される。しかしかつては権力者による迫害や、集団リンチの理由であった「誤解」が、言論の自由が広く認められる現状においては、むしろ世界を守るために機能していたりする。つまり、この「誤解」ゆえに、閉じた世界は守られることが多い。
たとえば児童ポルノ問題については、規制論者はろくに規制しようとする対象も知ろうとせず「けしからん」という結論ありきで話し合う。議論が「(〓の問題に)ついて」→「about」→「アバウト」とエキサイト翻訳を1回かましたような状態になっており、本人たちは「大まじめにアバウトな議論をする」という滑稽な状態になるのだ。「とにかく規制するべきだ、改善すべきだ。理由はたぶんこんな感じ」と勝手に脳内補完したり、見えない敵と戦ったりする。
「これって陰謀だわ」
「よくわかんないけど陰謀だ!」
「大陰謀だ!」
陰謀とかないから。児童ポルノとか、日本文学オタクはそんな大それたこと考えてないから。このように、脳内お花畑で完結してしまう人が多いので、決して議論がコアの部分には触れることはない。内部のコアな問題を理解できるのは、内部にいる人間だけである。それを彼らが理解するまでは安心。外側の敵が見えない敵と戦っている間は大丈夫。
<2>当事者が本当にやばいと思わない限り何も変わらない
話変わるが、今の世の中、言論や思想の世界は勝ったり負けたりに命がかかってない。外側からの脅威がないのだ。そして、そのことががあまりプラスの方向に働いていない。もちろん前向きに言論や思想について話し合い、広げていこうという人たちには上からつぶされずに伸び伸び活動できるので良いことなのだが、実際には新規にそういうものを立ち上げて活動している人の話とかあまり聞かない。
むしろ脅威がないことによって、「敵を知り己を知る」が死語になり、同行の士の狭い世界で盛り上がることだけで満足してしまい、外側の研究どころか、自己規定すらも怠ってしまう。結果として、外から人は入ってこず(正確には入ってきても辞めてしまう)、既存のメンバーが高年齢化して、寿命がきた時点で死滅することになる。
今の時代、己の属する世界を殺すのは、外側の存在ではなく、むしろ内側のメンバーの惰性であることは間違いない。つまり「外からあーだこーだ言われているうちが華」なのである。そういう意味で、「日本語が亡びるとき」がこの機会に「クソ本」とかさんざん外側からたたかれることで、逆に文壇が己の姿を見直すべき、という意見には全面的に賛成。(そういや最近ウィンプとかマッチョとかいう話はどうでもよくなったんだっけかウィンプのみなさんは。サバイブ何とかはもうなくなった?外から何も言われなくなったら終わりだよね)
ちなみにビジネスにおいてはこういう甘い話はありえないはずなのだけど、日本の場合そうでもない感じ。SIer業界とか、就職とか、著作権とか、はてな自体にも当てはまると思ってる。
見当はずれな「外側での議論」が行われているうちは間は、まだ業界の雰囲気として余裕がある。その間は変わっていかないんだろうなーと思う。本当にやばいなら、何が問題かは「自分の脳内」だけで完結させずに、真剣に探しに行くはずだもの。自由に言論をすることはいいのだけれども、何かを「敵視」するなら、もっと相手に敬意を払うべきだと思う。そして、それ以上に「何か」を語る時に、自分について振り返る習慣があった方がいいと思う。