はてなキーワード: 産業医とは
一度病気で休職した後復職したが、来週また休職届を出すことにする。場合によっては退職するかもしれない。
みんな、休職したときは、できるだけしっかり休んだほうがいいぞ。
下り坂に入ってる時は、自分ではその下りを止める手段ってない。
引き潮に飲まれた時逆らうな、という教訓は知っているんだが、
どこまで後退するのかが分からないのが恐怖で、自分はそれに耐えられなかった。
以前の自分は、自分で言うのも何だけどすごい頑張ってたと思う。
でも、今の自分からみて、あそこまで戻るのはどう考えても無理だ。
かつての自分は超人パワーみたいなのがあって、それがある時いきなり失われたみたいな感じなんだ。
周りのみんなは、ちょっと調子崩してるだけだと思って、善意から頑張れって言ってくれる。
少し休んで、また元の調子に戻ってくださいね、って励ましてくれる。
で、自分もそれに応えようと思うんだけど、ほんとに無理だ。
がんばろうと思っても身体が動かないし、無理やり机にかじりついてると頭痛とか吐き気がしてしまう。
もっと休めばよかった。
少し無理して会社復帰したけど、今の自分がどれだけダメに成ったかを思い知らされるだけだった。
定時までも働くことができない。
あきらかにみんなに気を使わせている。自分はみんなの足を引っ張っている。
貢献するどころじゃない。マイナスだ。それでもみんなは優しくしてくれている。
本当は、みんなの気持ちに感謝スべきなのに、心が狭くなっていて、ただ自分が惨めだとしか思えない。
優しいみんなを嫌な気分にさせているのがつらい。
産業医にもさんざん大丈夫だっていって業務復帰をOKしてもらった手前、
やっぱり駄目でしたと言いがたく、復帰後も大丈夫だって繰り返してたけど、
どう考えても最近は自分が嘘を付いているという気分になって落ち込む。
家に帰っても、家族には大丈夫だとしか言えない。でももう限界だ。
休職して、何もやる気が起きずにぼーっとしている間、何も言わずに世話をしてれた。
やっとのことで恩返しができると思ったのに、頑張れなかった。
今日家族からせっつかれて、家族が無理やり、という形で休職の願いを出すことになった。
本来、この判断だって自分がやるべきだった。家族に言いたくないことを言わせてしまった。
不甲斐ない。申し訳ない。
いろんな人に世話になったのに、その恩をひたすら仇で返すような状態になっている。
自分の中で負い目がどんどん積み重なっていくようで息をするのもしんどく感じる時がある。
全く眠れないし、よく金縛りになる。も
ここで休職したり退職するのは、さらにその恩を踏み倒すようでそれだけは、と思っていたが、
返す見込みがない借金を繰り返すのはもっと駄目なことだ。
上で書いたけど、その判断さえ自分にはデキなかった。いつまでもうじうじと悩んでいるだけだった。
何も出来ないくせに、プライドだけは高くて、デキないことを出来ないという事もできない意気地なし。
私の父親は東大卒で途中までエリートだったが、途中からアル中になって家族みんなを苦しめた。
私はそういう父親を嫌悪して今まで頑張ってきたのに、今ほとんど同じ状態になっている。
私自身、アルコール受け付けない体でなかったらアル中になってたかもしれない。
芸能関係の人間やエリートが覚せい剤に頼ってでも自分を保とうとするらしいが、そういうものに頼りたい気持ちもわかる。
今は家族がいるが、将来見捨てられるかもしれない。きっとそうなるだろう。
家族に見捨てられたら、もうどこまでも落ちぶれるかもしれない。
どこかで留まりたい。でも今は無理だ。
私は東大卒でもないし、父みたいに高給取りでもなかったから大して蓄えもない。
仕事がなくなったらすぐに貯金もなくなってしまう。父の時のように祖父の支えを期待することもできない。
子供がいないことだけが今となっては救いだけど、どうしたらいいのか分からない。
それでも、とにかくもうコレ以上は無理だ。 どうしたら良いのか分からない。
せっかく書いたので、ここに吐き捨てておくことにする。
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今の悩みは以下が一番近い、むしろそのままの自分を言い表している。
# 回答がまったく助けになっていないのが酷い。
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怠け癖が再発してしまったのでしょうか? | 教えて!goo プラス - 教えて!goo
http://oshiete.goo.ne.jp/plus/q/114966
"去年は問題なく日々を過ごせていたのですが、
今年5月あたりから仕事トラブルで一時的に仕事ができなくなり、6月には仕事も回復したのですが思うように仕事がはかどらなく、現在はいつもの4割程度しか仕事がこなせていません。
デスクワークが大半を占める仕事をしているのですが、気が付けばインターネットに集中し、時間が過ぎて仕事を思うようにこなせない後悔の日々が続いています。
自己管理がしっかりできないようであれば自営業を辞め、収入は少なくなりますが再就職を検討したこともありました。
現在は危機感を感じることが非常に弱く、以前のように仕事を数日間で切りつめてやる日々ができなくなり仕事に集中できない人間になっています。
生活は悩んでいないように振舞っていますが、いざ机の前に座ると仕事を考えたくない自分がいます。"
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うつか怠けか。それが問題。
これまでの自分の症状は明らかに「うつだ」と自分でも認識できていたから、
なんとなくこれまでの対症方法で対処できていたような気がするし、それで納得できていた。
納得できていないのは自分の問題だとしても、分かっていてそれを変える(制御する)ことが「できない」。
しかもなぜ「できない」のか、理由を説明することができない。
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第4回 これってうつ病?それともなまけ? | Think IT
http://thinkit.co.jp/article/108/4
"従来、うつ病になりやすい人は、仕事熱心、秩序を愛し配慮的できちょうめんな人と考えられていました。従来型のうつ病は、まじめで会社に忠実な中高年が発症し、罪悪感が強いのが特徴的です。"
"しかし、最近増加している若い世代のうつ病は、自己愛的で、社会のルールをストレスと感じ、仕事熱心ではない傾向を持つタイプで、現代型うつ病やディスチミア親和型うつ病などといわれています。もともとやる気に乏しく、熱心に何かに取り組んで認められた経験のない人が多いのも特徴です。友人とはうまくいくが、仕事のノルマや上司との関係など厳しい社会生活で簡単に壁にぶつかり、うつ状態に陥ってしまいます。 "
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ここまで言われると腹が立つ。そんな気軽にうつになったりしない。
これまでは"憂鬱""焦り""不安""希死年慮"とそれに伴う"睡眠障害""動悸"などだったが、
最近はそういった症状が鳴りをひそめ、代わりに"怠け"が台頭してきた。
急速に"怠け"が増え始めたのは2011年6月から。7月が現在のピークだが、9月はそのピークを超える見込み。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 (2) 怠け病は本当にないのか?
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/2.html
"まず「欝ではなく怠けだ」という人たちはある典型的なプロフィールを持つことが多い。それは「仕事に関しては意欲がわかず、職場に行こうとしても様々な精神的、身体的症状のためにそれが出来ないが、趣味やそのほかの自分が興味の持てることに関しては積極的である」というものである。これでは確かに「うつ病」という診断を下すことには違和感が生じるのも無理はない。しかしこのプロフィールはすでに「健常人」と異なるところがある。それは「症状」の存在だ。普通私たちは意欲のわかないことは、ただそれをしないだけである。特に「症状」など起きない。たとえば確定申告のための書類を書くのが面倒くさい時、私たちは単純にそれを先送りするだけだ。その書類を書こうといざ机に向かうたびに、頭痛や吐き気やゆううつな気分になるということは普通起きない。しかしそのままにしておくと経済的、社会的な制裁があることを知っている。すると確定申告を我慢して行うか、あるいは制裁を甘んじて受けるかの二者択一となる。(中略)そこでもしA君を「こら、遊んでばかりいずに、働け!」と怒鳴りつけたとする。ここで二つの可能性がある。ひとつは重い腰を上げてハローワークにいくか、仕事を探そうとすると「症状」に襲われてしまい、それが出来ないか、である。後者の場合はA君は病院にいき、その症状に応じて診断を受けることになる。このA君の特徴をひとことで言い表すならば「なすべきことを強いられると、症状が出てしまう人」ということになる。でも、である。これって立派に病気なのだ。少なくともこれまでの精神医としての経験からすれば、そうなるのである。症状はあたかも意図的に作り出されているようだが、「気を取り直せ」とか「しっかりしろ」とか「たるんでる」とか「気のせいだ」とか「怠けだ」といっても、それはどこかに消えてなくなるわけではない。症状がそこにあって、ある程度は目に見えて、以上のような声賭けや恫喝をもってしても決して消えることがないとき、私たちはそれを病気、と呼ぶのである。"
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これを病気とされて薬が増えたり休養を勧められたりしてたら、
いつまで経ってもこれから先に進めやしない。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 その(7) かくしてうつは誤解される
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/7.html
"原因のきっかけへの取り違えは、実は患者の家族にも、そしてここが重要なのだが、患者自身にも起きる。心のうつの原則を一番信じているのは、実は患者自身である。"
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半分合ってる。
"これはうつだと断定してくれる"ことを期待する自分と"うつじゃない"と抵抗する自分がいる。
ここでも矛盾とそれに伴う葛藤が生じている。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 その(11)結論
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/11.html
"私は「結構昔もこんな人が社会のどこかに隠れていたんだろう。」という議論が好きだ。とにかく昔はいろいろなことがイーカゲンだった。"
"私は「最近の社会人は未熟だ」から「怠け方、甘え型のうつが広がった」と考えるよりは少しすっきりする。というのも「近頃の若い者は・・・」という議論は昔からいつの時代もあったのだ。それほど若い者が難題にもわたって未熟になっていたら、おそらく現代人は江戸時代や奈良時代、縄文時代の人間よりよほど未熟でだらしなく、甘ったれと言うことになるだろう。"
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まったく結論になっていないけれど、この結論が一番救われる気がする。
たぶん昔から私みたいなのはいて、今はただそれがうつとして扱われるようになったということ。
ひきこもってないだけまだマシ。
問題だと思って悩んでいるだけまだマシ。
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【0406】休職して遊びまわっている部下は擬態うつ病でしょうか
http://kokoro.squares.net/psyqa0406.html
"この方はうつ病ではないと思います。ご指摘の通り、擬態うつ病でしょう。そう考える理由が、遊びに関しては十分以上のエネルギーを注いでいるということにあるのも、ご指摘の通りです。"
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そういう意味では、自分は今の生活の全てを仕事に振り向けようとしている。
平日帰宅後はできる限り早めの就寝をして中途覚醒分の睡眠時間を取り戻すようにしている。
土曜日は各病院を回り、日曜日は一日のんびりするようにしている。
と書くと、擬態うつをごまかそうとしている心のあらわれなんだろうか。
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http://kokoro.squares.net/psyqa0200.html
"具体的な対応の仕方は微妙な点も多く、個々のケースによって変わってくるのはもちろんですが、原則としては、その職場での許容範囲を設定し、それを本人に明確に伝え、許容範囲を超えた場合には厳しい態度で接するべきであると私は考えています。
"
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これを自分からお願いする、というのはおかしいか。どれだけマゾなんだ、自分。
でも、叱ってくれる上司を求めているのかもしれない。
父性を求めているのか。立派なメンヘラだなぁ。
たぶん結局答えはない。
Yahoo知恵袋には、本吉病院長に対する地域の冷たい仕打ちがあったような記事が出てくる。
webには、そのようなものはなかなか出回らない。 とりあえず、ちょっとメモまで。
どうなのかな? 投稿者:一患者 投稿日:2007/02/20(Tue) 19:57 No.106
この頃、本吉病院に行くことに、ちょっと抵抗を感じるようになりました。誤診なのか知識不足なのか、適切な処置をされないで手遅れになるところだった人の話を聞きました。医者も生身の人間ですから、診誤ることもあるかもしれないけれども、私たち一般の人は医者を頼りに病院に行くわけですから、しっかり診察をしてほしいものです。
森町長がこの掲示板を見るかどうか分かりませんが、できたら、もっと医師に研修なり、勉強の機会を与えて、町民の命を預かるというのは、重責かもしれないけれども、でも、本吉町で唯一の病院ですので、高い機械を入れるばかりでなく、それを使いこなす人材や医師を育ててほしいと思います。赤字で大変でしょうが、一考お願いします。
直接、病院事務長や院長に話をすればいいのでしょうが……
あとは、勉強用に。
本吉町国民健康保険病院改革プラン(平成20年12月:本吉町国民健康保険病院)
本吉町国民健康保険病院は、昭和22年8月に旧津谷町国民健康保険組合の直営で一般病床24床の病院として開設された。
翌23年には、法改正により旧津谷町に移管され直営病院となった。
昭和30年3月の町村合併により本吉町国民健康保険病院となり、この年に新病棟が建設され、一般病床52床、伝染病病床12床を有する病院となった。
昭和34年当時の診療科目は、内科、外科、小児科、産婦人科を標榜しており、地域の中核的病院として住民の健康と福祉の増進に大きく貢献してきた。
しかし、その後人口減少などの理由により、病院は多額の累積赤字を抱えるようになったため、昭和47年に病院運営委員会を設置し累積赤字の解消に努めてきた。
その後も逐次規模の縮小が図られ、昭和61年には一般病床38床で、内科、小児科を標榜する現在の病院の規模となった。
昭和47年から取組んできた累積赤字の解消は、一般会計からの繰入金の増額等により平成6年に全て解消することが出来た。
その後は単年度の損失はあるものの繰越利益剰余金により累積赤字は発生していない。
本吉町内には、かつては数軒の医科医院が開業されていたが、医師の高齢化等により廃業し、平成15年以降は診療が行われておらず、本吉病院が町内唯一の一般病院として現在に至っている。
国の医療費抑制策による近年の診療報酬改定は、小規模な病院に与える影響が大きく本吉病院においても診療収入が減少している。
特に平成16年度の診療報酬改定により薬の長期投与が可能となり、患者の通院数が月2 回から月1 回になったため外来患者数が減少したことも診療収入減少の要因の一つとなっている。
現在本吉病院では、常勤医師2名により平日の診療に当たり、土日及び祝日等は東北大学病院より臨時医師を派遣いただき診療に当たっているが、患者数による必要医師数は常勤医師3名となっており、早急に常勤医師3名体制の確立を図る必要がある。・・・
本吉町国民健康保険病院は、一般病床が38床で、診療科目は内科、小児科を標榜しているが、現在は内科医師2名により、実質的には内科単科のみの医療提供を行っている。
外来患者数は、1日平均70~80名で年間約21,000人となっているが年々減少傾向にある。入院患者は1日平均35人で病床利用率は93%となっておりここ数年は横ばいとなっている。
外来、入院診療のほかに、件数は少ないが訪問診療や訪問看護・訪問リハビリ等も行っている。
本吉病院は、町内唯一の一般病院であることから、毎週日曜日は当番医として診療を行っているとともに、救急告示医療機関にはなっていないが、内科に係る初期救急については24時間受け入れを行っている。
また、町の健康福祉課が計画している乳幼児等の各種健診や予防接種のほか、町立の幼稚園・保育所、小学校、中学校の校医も受託している。
さらに、町内企業の産業医を受託しているとともに気仙沼地域産業センター主催の健康相談への協力も行っている。
以上のように、本吉病院が地域において果たしている役割は極めて大きく、本吉町の保健医療の推進を図る上で欠くことのできない重要な医療施設となっている。
本吉病院の正職員数は、医師2名、薬剤師1名、診療放射線技師1名、臨床検査技師1名、理学療法士2名、管理栄養士1名、看護師18名、事務職員5名の計31名、ほかに臨時職員が看護補助員9名を含めて21名で、合計52名となっている。
医師については、本吉病院の患者数による常勤医師必要数は3名で、1名不足となっていることから、当直等を含めた勤務時間が過剰になるなど医師の負担が重くなっており、早急に医師の確保を図る必要がある。
宮城県気仙沼市本吉町の市立本吉病院(38床)が苦境に立たされている。津波で1階が高さ1.7メートルまで浸水した被害に加え、2人の常勤医が辞職するなどして現場を離れたからだ。被災と「常勤医ゼロ」の異常事態が重なる医療現場で、看護師や派遣医師が「住民の身近な病院を守りたい」と奮闘を続けている。
押し寄せた津波に入院患者20人や職員は避難したが、1階の診療室やエックス線室、コンピューター断層撮影(CT)などの医療機器は水に漬かり、損壊した。
3月20日には院長(59)が辞表届けを提出。もう1人の常勤医の40代男性も体調を崩し、ともに現場を離れた。病院関係者は「停電、断水、薬不足の中、外来患者は普段の2~3倍に上り、昼夜働きづめだった。誰も責められない」と語る。
現在の医療活動は、徳洲会病院グループでつくる災害医療協力隊「TMAT」が担う。入院患者は岩手県立千厩病院(一関市)に移送し、24時間態勢で外来診療に当たる。
千葉県から5泊6日の日程でやってきた医師黒岩宙司さん(54)は「避難生活の長期化で風邪や不眠を訴える人が増えている。今こそ協力隊の力を発揮しなければならない」と力を込める。
病院職員は津波によって12人が自宅損壊、2人が家族を失った。自宅が津波で流された薬剤師長の遠藤博文さん(54)は「JR気仙沼線の復旧の見通しが立たず、遠距離通院はできない。ここを守るしかない」と、泊まり込みを続ける。
TMATの支援期間は1カ月程度の見通し。市は復興作業と医師確保という難題を背負った。
看護師長の佐々木美知子さん(44)は「人口1万1000の本吉地区住民にとって、病院はここしかない」と話す。
職務に追われ、2人の子どもと会えたのは震災1週間後だった。「住民の健康を守るため、病院存続のため、みんなで力を合わせたい」。言葉に強い覚悟がにじんだ。(高橋鉄男)
◎常勤医去り職員が結束/宮城県気仙沼市立本吉病院看護師長・佐々木美知子さん(44)
入院患者19人全員を岩手県の病院に移し、人心地ついた朝だった。
3月20日。気仙沼市立本吉病院。
男性院長(59)の姿が消えた。
震災から9日間、泊まり込みで診療を続けていた。部屋に辞職願があった。同じ日にもう1人の常勤医も体調を崩し、現場を離れた。
旧本吉町で唯一の病院は常勤医がいなくなった。
看護師ら31人の職員が残された。被災で派遣された外部の医療団の応援を受けている。4月上旬。
「おばあちゃん、眠れていますか」
2階の一室で外来の患者に話し掛ける。そばで派遣医師が心音を聴いている。
院長は地元が兵庫県で阪神大震災にも遭ったという。耐えられなくなったのだろう。
「責められないよね。私も逃げ出したいぐらいだもの」
津波で1階が水没した。医療機器が壊れ、カルテが流され、ガスと電気と水が止まった。
メモ用紙に「カルテ」と書き込み、急場しのぎの診療記録を作ることから始めた。
入院患者の足元で雑魚寝し、患者のタオルを借りて寒さをしのいだ。医薬品が足りない。患者によっては点滴を半分に減らさざるを得なかった。
病院は存続するのだろうか。常勤医の不在は職員を不安にさせた。
外来患者は1日200人前後。震災前の3倍に増えた。不眠や風邪を訴える。
「病院が地域の人に求められている。病院消滅の不安は消え、存続への使命感に変わった」
4月9、10の両日、地元の住民約100人がモップと雑巾を手にやって来た。自治会長(52)が常勤医不在を知り、「地域の力で病院を守ろう」と清掃を呼び掛けた。
1階の泥をぬぐい取る。職員も一緒に精を出す。
看護師長になって12年になる。2人いる管理職の1人として職員を束ねる。
「みんなと一緒に目の前の患者に向き合うことしかできない」
職員のうち、12人が家を流された。それでもほぼ休みなく働いてくれる。家族を失った看護師も現場復帰した。
家に帰ると、長男(8)と長女(5)に抱き付かれる。「うちはどうして休みがないの」と聞かれる。ほとんど一緒にいられない。夫(42)も市の水道職員で忙しい。
医療団はいずれ去る。
「それまでに常勤の医師を確保し、以前の運営に戻れるかどうか分からない。でも、職員と地域の人は命の拠点を残したいと頑張っている」
心の中でわが子に言い聞かす。
もう少し待って。いい未来を残すから。(高橋鉄男)
東日本大震災の津波で1階が水没した宮城県気仙沼市の市立本吉病院(38床)は、大半の医療機器が流されたうえ、院長ら2人いた常勤医が病院を去るなど苦難に直面した。だが、残った看護師や職員は県外から派遣された医師とともに「被災して苦しんでいる人をわれわれが見捨てるわけにはいかない」と奮闘を続けている。【村松洋、堀江拓哉】
3月11日、2階建ての病院は大きな揺れで停電した。非常用発電機でひと息ついたのもつかの間、約35分後には津波が襲った。1階が水没したが、入院患者19人と看護師長の佐々木美知子さん(44)ら看護師、職員約20人は2階に避難して無事だった。医薬品や布団、非常用食料は2階の一室に運び込んだ。
夜には自治会から発電機を借りて、心電図などの機器をモニターした。それでも院内は真っ暗で、懐中電灯で看護を続け、患者にはレトルト食品など非常食を食べてもらった。
来院者は増えた。不眠やストレスで息苦しさを訴える被災者が多く、通常の約4倍の270人が来院する日もあった。佐々木さんは10日間、自宅にも帰らずに看護を続けた。
17日には県外から3人の医師が応援に入り、19日には入院患者の転院を終えた。だが翌日、院長(59)の姿はなかった。机上に「一身上の都合」を理由にした辞職願があった。
院長は阪神大震災で被災し、東日本大震災では津波にのまれ、病院の燃料タンクにつかまって助かった。管理課長の鈴木幸志さん(59)は「2度も被災され、院長の家族も心配していた。去ったことをとがめるわけにはいかない」と話す。体調を崩したもう一人の常勤医も病院を去った。
残った看護師や職員たちも被災者で、計29人中12人が津波で家を流された。夫や親族を亡くした看護師もいるが、全員がほとんど休まずに勤務を続ける。
4月9、10日には地区の住民ら約100人が1階の汚泥の掃き出しなど掃除をしてくれた。地震から1カ月の11日、1階での診療を再開した。
応援の医師はいずれ県外に戻る。病院は今、市や医師会を通じ、新たな常勤医を求めている。佐々木さんは、常勤医不在で病院の将来を心配しながらもこう話す。「家を流され、私たちより困っている人が大勢いる。そんな人たちを診てあげられるのは私たちしかいない。今できることを毎日続けるだけです」
宮城県気仙沼市本吉地区で唯一の医療機関、市立本吉病院では、震災後に男性医師と院長が相次いで休職・辞職し、残された看護師たちが応援の医師と休まず働き続けている。
「大丈夫? 痛くないかな」。白衣の代わりに白いエプロンをまとう看護師長の佐々木美知子さん(44)が高齢の女性から採血し、優しく語りかけた。
1階天井近くまで達した津波は白衣も医療機器も流した。人口1万1千人の本吉地区から市中央部への道は断絶。佐々木さんらは、薬を求めたり体調不良を訴える市民の応対に追われた。院長(59)は1日に最大で270人の患者を診察した。
応援の医療チームが到着した14日から、50代の男性医師が休職。20日には院長が姿を消した。院長室の荷物にまぎれて辞表が見つかった。「院長がああいう辞め方をしたことを責められない」と佐々木さん。「看護師だけになってもやるしかないと覚悟した」
応援チームは小児科や外科の医師もいて、24時間体制で患者を診られる。皮肉にも、内科だけだった震災前より多くの市民を診察できるようになった。5月までは医師2人のチームが交代で来てくれる。ただ、地元の主治医と呼べる医者がいずれ必要となる。
「ここが地域の中心になって、福祉や介護、生活すべてを守りたい」。佐々木さんは同僚の看護師と肩を寄せ、笑いあう。「早く新しい先生に来てもらえるよう、私たちが頑張らなくちゃ」 (柚木まり)
説得力ねえなあ。
出産をしないでこのざまか。大企業は育児休暇があって産業医が配置されているにもかかわらず。
http://www.jinzainews.net/article/body/d55471b671baeb60e66f3a48dccfa876
上司として望ましいのは、女性より男性であり、そのことを女性自身も
自覚しているという説が発表された。「デイリー・テレグラフ」紙が報じた。
女性の上司は底意地が悪く、ホルモンの影響でイライラし、仕事と
http://www.japanjournals.com/dailynews/100812/news100812_4.html
20代女性に強まる「専業主婦願望」 理由は「働きたくない」「ラクしたい」
早稲田大学を卒業してすぐに就職したが、1か月で辞めてしまったという女性。
その女性の友人は、 「次の仕事が決まらないので今の彼氏に就職したい、と話していました。
たぶん9割以上の女には無理な所業だから現実を見たほうがいいよ、ということなんだね。
結婚も家庭も両立できればそれに越したことはないが、まわりに迷惑かけたり頑張りすぎて潰れるぐらいなら諦めたほうがいい。
現実を見るということは大事だ。
私は現在、心療内科通院中です。通い始めてからだいたい3年くらいかかってなんとか上向いてきました。
通院するようになってから、うつ病に関する新書や文庫など、手に入りやすい本を何冊か読みました。
そのうち、個人的にいい内容だなと思ったものを挙げます。
素人の感想なので、異論反論多々あると思いますが、何かのお役に立てれば幸いです。
マンガ。続編の『その後のツレがうつになりまして。』ともに文庫化(幻冬舎文庫)されています。
「休養」環境を整備するために家族にはある程度病気を理解してもらった方がよいと思います。
発病したての頃、家族がうつ病についてよくわかっていないようだったので、家族向けに買いました。
最近文庫になった『こんなツレでゴメンナサイ。』は(単行本は文藝春秋。文庫は文春文庫)、ツレさんの立場から、内面を詳しく書いています。
こちらを読んで共感したのは、自責感や体のつらさ、治りかけの時に「性格が悪くなる」というあたりです。
うつ病、心の病気には未知の部分があります。たとえば、薬は存在するのですが、「なぜ効くのかわかっていない」らしいです。
だから私はできるだけ新しく、また上手に整理された内容の本を求めていました。
この本は(おそらく現時点で)最新の見解を載せています。医師によりいろいろな立場があるので、一概に「最高」とはおすすめしませんが、
発病原因(内因性・心因性)と症状(精神症状が強いか身体症状が強いか、また重傷度)から治療方針を考えている実例が参考になります。
薬についても整理されていてわかりやすいとおもいます。また、「偽うつ」などと断じられやすい「新型(非定型)うつ病」も
治療と本人の精神的な成長で改善するであろうという見解も、ただ「困った若者」として排除する立場よりは理性的だと思いました。
友人知人にならば、最初に読む1冊として勧めるだろうと思います。
薬に対する反応性がいまいちで、何種類も薬を変えてきているので気になって読みました。
抗うつ薬は「中程度までの」患者にはあまり効果がないという研究があるようです(インターネットで検索してみてください)。
また、製薬会社のSSRIのPRの時期とうつ病患者数が増加した時期が一致する点は、気になってしまうところです。
ですが、医者や薬を悪者にしようとしているかのような煽りタイトルはちょっと誤解を招くように思います。
この本は「薬だけでは」治らない、と主張しているように思います。「患者化」つまり、患者であることにあぐらをかき、
周りの手助けをあたりまえと思う思考を戒めています。
治ろうという意志がなくては治らない、という思いを深めた1冊でした。
私は来春から就職しますが、まだ寛解していない病気とつきあっていくのには不安があります。
この本は「産業医」の立場から、働きながら病気を治す、病気を治して働く、
そもそも仕事のストレスが高じて病気にならないようにするには、ということを書いた本です。
社会人の方には、病気であろうとなかろうと、使われる立場でも使う立場でも、読んで欲しいと思いました。
「管理職へのアドバイス」という部分が、患者でない人向けです。
薬に対する反応がイマイチのため、医師に「認知行動療法」をしてみることを勧められました。その良書がこれとのことです。
分厚い翻訳書で高いです。それと、後半の難しい部分は読むのが辛いです。
一応読みましたが、アメリカーンな感じ(前向きに生きてればハッピー、信仰は持ってるよね当然)がするので、なんとなく馴染めませんでした。
認知行動療法は、医師に出される宿題をやって、採点(みたいなことを)してもらって、自分の考えのクセを自覚していくもののようですが、
そんな手間をかけられるほど時間のある医師が日本にはたぶんほとんどいません。臨床心理士も数が少ないと思います。
自力でこの本のワークシートをやってもいいのでしょうが、まるで『絶対内定』みたいな分厚さなので断念しました。
『いやな気分よさようなら』に挫折して、レイアウト優先で(とっつきやすさで)これを求めました。
ほんとうに自分でできる構成になっていると感じます。
ワークシートは1枚ずつしか印刷されていないので、コピーをとらなければいけませんが、見やすくわかりやすく、
どのシートをどういう順番にやればいいのか絞り込まれているのでよいと思います。
私は残念ながら本書を買った後に下向きの波が来てしまい、ワークシートは書かずに読むだけでした。
上記に挙げた以外にも、トンデモだなあと思う本や、スピリチュアルが入っている本、
わかりやすさを求めるあまり表面的な内容になっている本、内容が古くあまり役に立たない本など、
10冊以上は読んでいると思います。中でも、私が腑に落ちた本を挙げました。
いま、改善しつつあるのは医師や薬のおかげばかりでなく、これらの情報に接して考え方が変わったからだと思います。
自分ばかりがなぜという思い、どうして長引くのかという不安は、知識を得ることによってある程度軽減されます。
また、私が「治ることに前向きになった」と感じたのは、卒業年限となり、苦しいながらも就職活動をやり終えた頃からでした。
就職活動で、他人に伝わる言葉で表現せねばならなかったこと(今までは自分の気持ちを、ニュアンス優先の自分語彙で表していました)、
仕事をするという目標ができたことが前向きに作用したのだと思います。
私はあきらめずに進みます。
同病の皆様、そのご家族の皆様、患者の方と同じ会社で働く皆様。
発病自体は過ぎたこととして、これからを歩んで参りましょう。
吐き気とめまい。嫌々仕事やっていて、気分が沈みがち、休みもひきこもり。仕事続ける自信がなくなる。
→吐き気止め効かない
→休んでも解決にならないと思いつつも、1ヶ月半休職。昼夜逆転生活に陥る。
→仕事仲間ともう一度頑張りたくなって、復帰
→さらに数カ月経過し、今は元気、仕事もプライベートも楽しい ←今ここ
休職して失ったもの
・仕事での昇級の可能性(ゼロではないがかなり可能性がなくなった)
・それまで頑張ってきたことに対する評価(休んだことによって「休職」という点のみ評価され、それ以前の業績はないも同然。)
・上記2点によるモチベーションの低下(これまで頑張ってきたことが全部無駄になった・・・。今後、昇級・昇進の可能性もない・・・。)
・たくさん消化した有給休暇(今年はもう休暇とれない)
休職して得たもの
・働きやすい環境
・自分の感情や思考を少しでもコントロールする術(休職中にカウンセリング受けた。)
・弱ってる人はまず助ける、自分が助けてもらったから。という考え方。
休職したのが良かったかどうか
・後悔4割。あの時もっと頑張ってれば今頃昇級できていたかも、と思う。潰れる前にあんだけ頑張ってたことが全部無駄になったのは、負けず嫌いの自分にとってはとても悔しい。
・でも6割は良かったと思っている。あのままだと会社辞めてた。今元気で楽しく働けてるから、それが一番だと思う。
●愛媛:介護施設で働いていた女性職員3名が職場会議で介護について改善提案をおこなったら、やる気がないといって懲戒解雇された。
●愛媛:住宅販売会社に営業で勤めていた女性が突然、会社から売り上げが減少しているので解雇すると予告された。マンションを買って来月入所予定になっているが、解雇されたらマンション代が支払われない。
●愛知:12月末に解雇予告通知をもらい1月末に解雇。ハローワークに届いた離職票は懲戒解雇になっている。解雇と同時に住まいも放り出されている。
●愛知:警備会社で仕事中にケガ。労災申請をしたが、仕事を変えられて日給7000円だったのが、2000円に下げられた。会社が経費を差し引くのでとても生活できない。
●大阪:旅行者の添乗員をしていて、スペインで脳梗塞で倒れた。(2年ほど前)。会社が労災申請したと言っていたが、やってないようだ。
●大阪:11/30~就労、2/16~アルバイトになって時給が下がった。生活できないので辞めたいが辞めさせてもらえない。
●石川:旅館倒産。3月分まで給料はもらった。「一時金が出る」との噂があるが、そのような金が出るのか?
●石川:社内でリストラの噂がある。売上げ減が続いているのは事実。先にケガで3週間年休をとったのでターゲットになるのではないか?これからの対応を聞きたい。
●北海道:郵便局のパート。6か月更新で2年雇用継続していたが、3/31付けで雇止めと言われた。理由は言わない。JP労組あるがあてにならない。
●新潟:介護の職場で働いている。当初事業部部長で採用されてが、昨年10月に転籍を通告されて給料5万円引き下げられた。移動先の事務長補佐となった。今後2月にまた事務長補佐を解き、給料をさらに5万円引き下げられると告げられ、やむなくそれを飲まざるを得なかった。しかしさらに3月からも給料を5万円引き下げると言われ、「それは受け入れられません」と返答したら、「解雇通告書」をつきつけられた。(3/1)
●新潟:昨年1月6日から勤めているが、3日に1日は休みというシフトでの働き、有休ないと言われている。
●新潟:職場の上司3人から囲まれて退職届を書けと強要され書かされた。
●高知:市の臨時保育士。3/26の契約期間途中で「解雇通知」。理由は「職場での人の和をみだした」とのこと。
●高知:夫の労働災害。2/16夫が愛媛県で民家の修理に携わっていて落下。脊髄損傷の大ケガで入院中。コルセットを自費で作れと言われた。労災扱いになっているかどうかあやしい。
●高知:国家公務員。現在休職中(3回目)。16~17年にかけて経験のない業務となり残業が80~100時間ほどとなりうつ病を発症。「分限免職」となると言われている。
●香川:薬剤師。薬局の経営者が土建業もしているが、土建業が倒産し、従業員の昇給・ボーナス(全額)カットされ給与も減額された。
●愛媛:解雇の相談が大半。大手の介護施設で働いていた女性職員3名が職場会議で介護について改善提案をおこなったら、やる気がないといって懲戒解雇された。
●愛媛:住宅販売会社に営業で勤めていた女性が突然、会社から売り上げが減少しているので解雇すると予告された。マンションを買って来月入所予定になっているが、解雇されたらマンション代を支払えない。
●山口:甥のことで相談。甥が鬱病で退職、以後傷病手当で生活する予定。独身で心配、安い(2万円前後)住宅はないか。
●山口:NHKの朝のニュースを見て連絡あり、面談にて相談。契約社員(57才・女性)。職場の課長よりパワハラを受ける。始業・就業時間管理がでたらめで、未払い賃金の請求をしたい。また雇用期間も1年間から一方的に2ヶ月間にされた。
●福井:年金定期便が届いたことによって、天引きされている厚生年金保険料が多いことに気づき、会社に尋ねたところ、差額分を返すと言われ納得できない。何人かの同僚に聞いたら、同じような状況と分かった。警察や行政に相談したが進展なし。
●群馬:62歳。3Kなので職場替えを希望したら3月末で解雇という。
●群馬:60歳で雇用継続を望むが今まで実績がない。大丈夫だろうか?
●長野:10年1月末に退職。09年9月から賃金未払い。「払います」と言いながら払わない。
●長野:有給休暇が取れない。社長に話しても「景気が悪いのでダメ」と言われた。
●長野:老人福祉施設で、インフルエンザの罹患した職員が病欠したが、有給休暇で処理され、有給がなくなると無給で休む。これでよいのかと産業医からの相談。
●長野:保育園パート。半年働いたが、園児が減るので人員削減と言われた。なんとかまらないか?
●神奈川:大型運転手として、日給14000円で入社したのに、マイクロ運転だと言われ、日給を10000円にされた。
●神奈川:派遣で月給+皆勤手当をもらっているが、社会保険に加入したいなら、月給から1万円引くと言われた。が、賃金明細では別に社会保険関係で法令通りにひかれていた。
●神奈川:出産・育児休暇で4月復帰しようとしたら、会社が大変だからやめてほしいと言われた。
●京都:仕事中に発作が起きて、労災認定受けられるか?名古屋の事業所時代に上司からのパワハラに起因しているのでは、発症は07年夏ごろ、10月頃に病院にかかった。パニック障害、ストレス性血管攣縮性疾患と言われた
●京都:整理解雇を2人が言われた。その相手の人が「1ヶ月前に解雇通告されたらどうしようもない」と言われたのでしかたなく「退職届」を出せと言われたので出した。
●京都:高齢者雇用助成給付金の申請用紙を渡されたが提出して良いか。年次有給休暇が取れない。就業規則は見せてくれない。
●京都:歩合給になって、集金件数によって賃金が決められることになった。賃金が10万円→8万円→5万円と下げられ続けている。
●京都:11年前の職場でいじめられたことが原因で障害を持つようになった。恨みを晴らしたい。パート雇用でいつ解雇になるかも不安。
http://www.labornetjp.org/labornet/news/2010/1267574500952staff01
前から問題だらけの自認はあったし、課長にも相談してた。そんで定時帰りにしてもらったり、出社時刻に融通利かせてもらったり、何度も産業医と面接したりしながらなんとか仕事続けられるようにやってた。だけどここまでらしい。
今日朝来たと思ったら気付いたら定時間際になってた。、何度も話しかけられたけど無反応だったらしい。今は意識ちゃんとしてるけど最近こういう時間吹っ飛ぶことが何度かあることを話して、自分から近いうちにやめますと伝えた。休職したらといってくれたけど、事実上ここ2ヶ月ほど休職状態だったのでもう見込みないと思う。もともと一度休職したら二度と復帰できない気がして宝今まで粘ってたのだ。それでダメならもうどうしようもない。私が一人やめれば多分誰かが就職できるし、逆に宙ぶらりんだと申し訳ない。誓って言うが、仕事は嫌いじゃなかったし、部署の人はいい人だった。でも私がダメだった。いきなりやめろ言われたら意地でも休職にしたり会社にしがみついてただろうけれど彼らは自分のことを気遣ってくれたし、今までありがとうという感情しか思いつかない。ただこれ以上お世話になるわけにはいかないと思う気持ちが強い。
治そうとしても思い通りに行かないのが病気だしプロじゃないんだから日々力まずにいるのが一番だと思う
一番治ってほしいと願ってるのは患者本人なんだけどね・・・
できれば休職した方がいい感じに見えるけど
労働関係相談できる人がいたらその人に相談した方がいいかも
いなかったらフリーター全般労組とかに電話でもしてみたらどうかな
http://d.hatena.ne.jp/spiders_nest/
どういう待遇か知らないからどう対応していいかわからんがまあ相談できる人は作っといて損はないと思う
電話の際、もしつらかったらこんなことを言っておくといいかも
・鬱なのであまりたくさんの情報を出されても情報処理能力が落ちているので理解が難しいこと、
・だからゆっくり話してほしいこと、
・同じことを何回か質問するかもしれないが悪意ではないので許してほしいこと、
もしあてはまらなかったらごめん
自分はけっこうこういう感じだったので
とりあえずこんな感じ
特定できることに気がついたので、修正しました…ねよう
月末に会社を辞める。
体調崩したから。職場は嫌いだった。
たぶん、自分には合わない部署だったのだと思う。
結局体調崩して直属の上司に相談した。
休職できるって言う話が二転三転して、
結局すぐには休職扱いにできないとなり、やめることにした。
同時期に体調崩した別部署の人と待遇が違うことには、何も言わない。
でも、自分の体調不良が会社にはまったく認めらなかったことがむなしい。
出社して、変な汗かいて、吐き気が止まらなかったりして、
それでもがんばって会社に行って、無理に笑顔を作って、家では些細なことにいらいらして。
結局、やめることが決まった今も変わらない。有給のこってるのも使わせてもらえてない。
なんか、涙が止まらないで、起きてきてしまった。
がんばったら、だめなのかな。仕事があるからがんばったら、体調悪いって認めてもらえないのかな。
仕事なんて無視して休めばよかったかな。
でも、無理だよね。IT系って案件終われば案件がふってくるし。
今月の出社日ってあと9日くらいだけど、がんばって会社行ったら、もう死んでもいいかな
いいよね 誰にも相談できなくて、思わず増田に来ちゃったんだけど、もう死んでも許されるよね
職場の産業医が休めっていってくれても、上司に認められなかった自分はきっと、怠けているだけで、社会的にもいらない存在なんだとしか考えられない。
具合もきっと悪くないんだよね、甘えなんだよね、そんなやつは死んだほうがいいんだ。
親に謝りたい。生まれてきて、悪かった。育って悪かった。
死んでもいいかなって思った小学校の屋上に続く階段で、本当に死んでおけばよかった。
もう、生きることをがんばれない
死んだら、きっと楽だろうとしか思えない
明日も会社だ 寝なくちゃ
アドバイスありがとうございます。
まずは産業医を味方につけよう。どうしてこうなったか打ち明けてみよう。
自分では他の仕事なら出来そうな気がするが、その上司だけは避けたいと。
上司が異動を蹴るのは、たぶん増田が異動になると自分の評価が下がるから。
異動願いは上司あて? 人事に直接とか上司の上司にとかじゃだめ?
上司が悪いとかまわりの扱いがひどいとか、言いたいことはあるかもしれんが、
ここはぐっと飲み込んで、
「休職した元の環境に戻るとぶり返す可能性があるので異動を希望します」
と上のほうに伝えてみてはどうか。
産業医にも助言してもらいたいと訴えるべし。
10/1からの復職を目指しているわけだけど。
結局、鬱の原因となったパワハラ上司のいる職場へと戻らざるを得ない。復職するならば。
これが怖くて仕方がない。
復職しても、結局原因が解決していないのだから、再発してまた休職したんでは元の木阿弥。
先日も、休職期間延長の書類を提出しに行ったら、
「産業医をたぶらかして診断書書いてもらってさぼっているんだろ?」
と。
どう対応すればいいのさ、この上司。こんな事言うなんて信じられない。
顔を見るだけでも吐き気がするってのに。
今まで出した異動願いは全部無視されてるしなぁ。
前述の通り書類を提出しに職場へ行ったのだが。
私が休職しているのをいい事に、パソコンのモニタを小さい奴に取り替えられていた。
別の人間が「使ってないのもったいないし」と勝手に交換したらしい。
なんという嫌がらせ。
今までいろんな事があったり思った事があったりした事をメモした手帳を見なおしてみた。
もういろんな事が書いてあって、読み直しただけで鬱(大苦笑)。
http://anond.hatelabo.jp/20090221175345の後日談。
実はあの後も連絡は取っていた。どうしてかというと、私はどうしても、引越しその他もろもろにかかった費用を半額負担してもらいたいと思っていたからだ。
そこで最初に30万円というまとまった金額を貰った。最初から分割払いでは一体完済はいつになるか分かったものではないからだ。残りの20万円弱は職が決まったら分割で、という約束を交わした。特に文書などは作らなかった。一応相手を信用していたからだ。
ところがその数ヵ月後、町で買物をしていた私に急に元彼からメールが入った。内容をかいつまむと
ということだった。
私は恐ろしく諦めが早いので、もうそれ以上何をどうするでもなかった。相手の実家の住所も電話番号も分かっていたが、何もしなかった。
疲れたのだ。
激務からはやや開放され、事業所やチームの変更があったりして、また仕事ががらりと変わるようになった。
未経験のシステムだけに業務知識もなく、まるでペーペーの状態で仕事をしなくてはならなかったが、勉強しなくては、と思っていた。
だが、張り詰めていた糸が切れてしまったのか、私は会社に行けなくなってしまった。
何度か会社を休んでいた時、会社のトイレで首を吊ろうと試みたが、首がくっと絞まった瞬間怖くなってやめた。
そしてついに一週間会社を休んで、会社からは産業医と面談することを命じられた。
産業医は「即刻休職しなさい」と言った。面談後、会社に行くこともダメという。
そうして私は現在休職している。健康保険管理組合の方から月給の2/3は出るので、全くの無一文というわけではない。やはり正社員というのは守られている。
私の元彼に近い立場や、前回のエントリに否定的だった人はざまあみろと思うかもしれない。
ブクマではいつ休職するか予想していた人もいたような気がする。だとしたら大正解、素晴らしい予知能力だ。
現在は精神科に加えて、カウンセラーにも通っている。料金が非常に高いのだが、一応の効果はあるとみてなんとか行っている。
昔から付き合ってきた男性を省みるに、本当に男を見る目がないなあと思うのでそこもへこむ。
当方、30才で転職して、新卒どもと一緒に新入社員研修を受けてた。
なんかね、気味悪いの。高校・大学の延長線みたいな感覚のやつらが。
結構、福利厚生に重きを置いてる会社で、研修でも産業医からメンヘル予防みたいな講義があって。で、大多数が「うつ病なんかなるわけねーじゃん」みたいな反応。おまえらアホかと。間近で、元々目がキラキラしてハキハキ話してたような人間が半年くらいで死んだ魚の目みたいなうつろな目になって、話す際には顔も合わせずボソボソとしか話さない様を見たことあんのかと。まぁ、別の世界の話なんだろうね。
あとね、研修が終わる間際のアレ。メールアドレスやら電話番号の交換やら。お前ら何しに来てるんだ。コンパか。あの雰囲気にはついていけねぇ。あぁ、そうそう。研修でオリエンテーリングみたいなのあったんだけど、イケメン余裕だね。他のグループの女の子から連絡先交換迫られてたし。グループ違うのに、その女の子+イケメンはずっと一緒に行動してんの。バカじゃねぇ。
俺のグループは、俺にも他にnot新卒の男がいたんだけど、そいつの居ない場所で新卒茶髪男が「オレ、あいつ嫌いなんだよねー」とかグループの女の子に言ってんの。視ねよ、てめぇ。そのnot新卒はかなりまともなヤツだったぞ?
しかしね。not新卒組はマイノリティ。大多数がコンパの前哨戦みたいな微妙な駆け引きとか。
ついて行けねぇよ。頭痛い。さっさと終われ。気味悪りぃ。
■追記
ちょいとレスを。
そんなんできるのも1年目の今だけだぞ。
そうやって交流した同期のネットワークって何より大事だってことは
前の会社で知ってるはずだろ。
まだ間に合うと思うから、がんばれよ。
ありがとね。俺が新卒で入った会社は同期が居なかったから、これから大事にするよ。幸い、俺の部署には同じnot新卒が居るから、そいつと仲良くするよ。あと、できる範囲で新卒組たちとも。
新人同士で群れるな。ま、そんなものだろう。
群れからはぐれたので…[自分]----断絶----[自分以外のグループ]みたいな感じなので、精神的ダメージはデカいんです。
本意でないのに、そういう所に寄って行って話しをするのがすごい面倒&ストレス。
斜に構えて研修段階で疲れ切った人。5月病にご注意。
そのまんま表現してくれてありがとうw
「どいつが一番に辞めるかなーw」と品定めでもしてれば。/個人的には浮かれポンチを見るのは結構好きだな。
サーセンww浮かれポンチというか浮いている人ですw まぁ、ほぼ終身雇用な感じなので、余程の事がないと辞めないと思うよ。
デビューしたくないんだよ!
本当、そういうの見てたら頭がクラクラするんだよ。
はしゃいでる(ようにみえる)人たちも、不安なんだと思う。友達をつくらなきゃ、という強迫。
そうなのかな。言われてみれば。不安なんだろうね…。関係無いけど、映画なんかで極限状況で男女が惹かれ合うのが思い浮かんだ。
3ヶ月もすりゃめっきり変わるから放っておけばいいと思う。
うん。「お前ら、死んだ魚の目になれ!」と呪いの言葉をつぶやいてます。
お互い自分の意見をぶつけて指摘し合って、よくないと思ったことを直しあえればいいのになあ。そういうのは歳をとるにつれてムズかしくなるもんだけども。http://d.hatena.ne.jp/key_potpot/20090404/1238822859
うん。自分より経験が少ない人を批判するのは良くないってわかってるんだけど、あの雰囲気の異様さが受け入れられないんだよ。。
生暖かい目で見守っておけばいい
そうしたいんだけど、そういう集団に放り込まれた異物としての俺は辛いです。
はじめは皆そんなもんでしょうに。そこから抜け出せない人は1年以内に辞めてるイメージがあるけど。
アバンチュールしてくんなと思います。
■さらに追記
禿同。
仕事半分結婚相手探し半分なんだから、連絡先交換を頑張るのは当たり前でしょ。もう少し観察と推理力を身につけることをオススメします。
その「当たり前」が気持ち悪くて迎合できないんだよ…
一応貴方と同じような新卒の人もいると思う。周りのがっついてる感が嫌な新卒が。たぶん俺の二年後。それでも周りとは関わったほうがいいと思う。自分のためにも。
そういう新卒の人とは仲良くできそうです。だから、そういう人とつるむことにするね。良いか悪いかわからないけど、多分最悪の選択肢が「誰とも関わらない」だと思うから、それよりはマシだと思うんで。
「おまえらアホかと。間近で、元々目がキラキラしてハキハキ話してたような人間が半年くらいで死んだ魚の目みたいなうつろな目になって、話す際には顔も合わせずボソボソとしか話さない様を見たことあんのかと」
働いてたら、そういうのってヒトゴトじゃないんだよね。
大学でもそうだったなあ。「鬱になんかなるかよw」って言ってる人居るけれど、5月・夏休み明けは学内の混雑が緩和され、挙げ句宿舎では音を消した救急車を何度か見るようになる、と。
大学で、ですか…
全レスしてくれると聞いて
何となく、ブコメに全レスすることにしたよ。ブクマありがとう。
俺は新卒といっても10人ぐらいしか同期がいなかったので、会社の都合で分離した同期含め、今もすごく仲良いです。一生ものだと思う。これは気持ち悪いし、俺のときはこんなことなかったけど。良い同期に恵まれたのか
いいなぁ。俺が見た新卒たちって、多分「こいつは落とせそうにない(付き合えそうにない)」と判断したら、急速に疎遠になるような気がしてさ。なのにそんなにガッついてるの見ると、俺には無理だな、って思えてね。
http://anond.hatelabo.jp/20090404215638
研修なんかてきとーに済ませて、増田がはやく職場に配属されて、うまくとけこむことを祈っているよ。職場のみんなは増田の経験を買って採ろうと上に働きかけて、増田は採用されたはずなんだし。
ありがとう。励みになったよ。
■追記ラスト
だよね。そんなコンパの前哨戦みたいな知り合い方で連絡先を交換したって、後が続かない。
ちいせい奴だな(そしてその気持がわかる自分)
そだね。大物はこんなエントリ書かないだろうね。
締め…にならないかもしれないけど、とにかく、研修で大多数がコンパみたいなノリに見えたことが気持ち悪くて、さらに自分がそこに放り込まれて行動をともにせざるを得ない状況を強要されているのが堪らなく苦痛だったんだよ。でも、苦しさを吐き出せて、増田たちやブコメの意見を見れて気が楽になったよ。みんなありがとう。
鬱病の人を、空気のように扱いたくても、実際に公平に査定すると成果が良くないから給料下げるとか首にするとか考え始めなければならんのだが?
かといって、普通のノルマを与えると、鬱が進行どうのこうのと、産業医から来るぜ?いろいろ。
逆に言えば、そりゃぁ、鬱でも他の奴と同じだけ人と接して成果を出してればだれも気にしないさ。でも、一般的にそれは鬱とは言わん。
こういう言い方はこくだけど、鬱と診断されたら、鬱だと受け入れてほしい。
インフルエンザで高熱なのに、会社に出社されたら困るのと同じ理屈で
鬱なのに、普通と同じに扱えと言うのは無理。鬱は鬱対策として、仕事量を減らして、会社として妥当な対策するのは当たり前。
そうじゃなくて、ちゃんと鬱だというのを受け入れて、仕事量を適切に保って、周囲との関係も適切に保って、回復の道を会社と一緒に模索してください。お願いします。
個人的には診断も診察も医療だと思う。だからやっちゃ駄目だと思う。
業としては当然なんだけれども、その目的が「会社を休ませるか判断する」のか「病名を確定させるため」によって違うのかなあとも思う。
カウンセラーだから「質問の結果、こんな病気の恐れがあるから、会社を休んで病院へ行け」は良いけど「質問の結果、きみはこの病気だ。だから会社を休め」というのはアウトだと思うんだよなあ。
問題点はアウトの線引きがあいまいなところにあるんじゃなくて、「心の問題を病気だとみなして、それを専門に扱う医者がいない」ところにあるんだと思うけれども。現実的な解としては、医業類似行為として「はり師」とかと同じ立ち位置にするってのが良いと思う。臨床心理士って民間資格もあることだし。
あと、家族間の医療行為は事実上黙認されてるから、それを広げていって会社内に関してはOKにするとか。(産業医にくっつくかたちとかにはなると思うけど)
産業医を攻撃することは考えていません。
如何に生活するか、その事の方が重要だと思っています。
ただ、うつ病とは長期に渡り煩う病気である事は周知の事実であり
長期間病気である事を理由に期間を延ばす事はおかしいと思う。
まず、自分が納得していないことが一番心配なところです。
何か、ストレステスト、認知行動テスト、うつ病に関するテストを行い
その結果、この項目が良くないなど、他の私自身が納得出来る理由であれば
良いと思いますが、その部分が自分の中で一番引っ掛かっています。
その引っ掛かりがあっても職場側の最終判断に従うしかないと思っています。
産業医を敵だと思わないことです。
産業医は、あなたのことを心配してくれている。
せっかく復帰しても、続かなければ、会社のためだけじゃなく、何よりあなたのためにならない。
これは正論です。
あなた自身のために、生活費を節約するか、誰かから借りるか、誰かから援助してもらうか。
限られたコストで、あなた自身を守るのです。
あなたは頭がよさそうだから、きっといい方法が思い浮かぶはず。
職場に行って仕事をするのが非常に嫌で、職場に行っても詰まらない。
そんな状況が続いている。
一時期良くなったように見えたが、冬寒くなった最近は、嫌な気分や
落ち込みがちになり、人との会話も少なくなってしまった。
このままでは行けないと思い、主治医にお願いして、1ヶ月の自宅療養の
診断書を書いて貰い、職場に提出したら、すんなりなにごともなく承認された。
自宅療養して、職場に行かなくて良いこともあり非常に気が楽になり
心なしか、表情も朗らかになった気がする。
そして、半月もしたら、早く職場に復帰したいと思うようになった。
しかし、復帰に向けて主治医の復帰のための診断書を持って久しぶりに職場へ行き
産業医曰く、症状が長期化している事、時期的な問題から当初1ヶ月の自宅療養を
年明けまで延長するように勧められた。
私は、早く職場に復帰したいこと、主治医にはもう大丈夫であると言われていることを
伝えたが平行線に終わった。
この結果は、私の希望と主治医の診断書、産業医の意見を、職場側(人事と役員)が
総合的に判断することになった。
職場側からみたら産業医の意見を鵜呑みにする可能性が高く、年明けまで休まざる負えなくなる。
私の希望が尊重されないこととへの落胆と、当面の生活費への不安が募るばかり。
当然、年明けに更に自宅療養期間を、産業医の判断で延長される可能性も。
長くなった期間、なにをして凄そうか?無趣味な私。
不安がいっぱい。
まだ、決定ではないが気分が落ち込むばかりだ。